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魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」

Part.5


8 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage_saga]:2009/09/13(日) 18:18:24.27 ID:6HXLExsP

――開門都市、自治議会、執務室

東の砦将「こいつぁ……。本当なのか?」
副官「はい」
魔族娘「……あの、ほ、ほ……。本当なんです」

東の砦将「……っ」ぎりりっ

副官「三日ほど前からゲート方向へと移動する
 蒼魔族の部隊も目撃されています。規模は不明なれど
 1000以下ということはないかと」

東の砦将「警告を送ることも出来ないのか」だむんっ

魔族娘「ひっ。す、す、すみませんっ」

東の砦将「いや、すまん。気が立っちまった」

副官「……」

東の砦将「問題はこの手紙の主か……」
副官「はい」

「――魔族に敵対をしていた南部諸王国三ヶ国は
 中央の国家連合と戦争を行う事になった。
 南部諸王国三ヶ国は目下防御が弱体化しており、
 海岸部、および首都の後背は丸裸同然。
 領土を増やし民を“黄金の太陽の大地”へ導くのには
 絶好の好機かと、ご報告申し上げる」
9 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage_saga]:2009/09/13(日) 18:20:33.52 ID:6HXLExsP

東の砦将「こいつぁよ」
副官「はい」

東の砦将「人間だよな。ああ、人間だよ。
 俺には判る、間違いないね。人間だ。
 この手紙からは、人間くさい匂いが、腐った人間の放つ
 あのいやーな匂いがぷんぷんしやがる」

副官「……」

東の砦将「嬢ちゃん、そいつはどんなやつだったんだい?」

魔族娘「あの。わたしも見ただけで……。
 その手紙は……掏摸の子供から、買ったんです。
 で、でも……。  その商人は、たしかに蒼魔族の人と会ってました……。
 えっと、背は副官さんくらいで……。
 でも、横幅は、細くて、フードかぶっていて……。
 なんか、その……呼吸音が、変で」

東の砦将「変?」

魔族娘「漏れるような……蛇みたいな……」

東の砦将「喉の裂傷か、病か?」

副官「手配しましょう」

東の砦将「もう街に残っちゃ居ないと思うが、そうしてくれ。
 魔族も人間もかまわずチェックだ。
 くそっ。いったい何がどうなってるんだ。
 これ以上ドンパチ続けてどうなるってんだ!」
15 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/13(日) 18:37:49.43 ID:6HXLExsP

――地下世界への旅

 ヒュバァァァァァ!!

勇者「……魔界?」

「……魔界じゃない。地下世界」

勇者「地面の下に、魔界があったのか!?」

「そう」

勇者「……っ」

「……そもそも転移呪文は、瞬間移動呪文。
 ……次元跳躍呪文では、無い」

 ガクンッ! ガクンッ!
勇者「うわぁっ!?」

「高度を低く」

勇者「何でだよっ」

「地下には引力がない。斥力が代替している」

勇者「引力? 斥力?」
17 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/13(日) 18:41:03.76 ID:6HXLExsP

「……引力は、大地がものを引く力。この力で、物は落ちる。
 斥力は、物を押す力。地下世界では、碧太陽が斥力で
 万物を地面に押さえている。
 ……押さえないと、浮き上がるかもしれない」

勇者「なんで飛行呪が不調になるんだ? 関係があるのか?」

「……地下世界では、碧太陽に近づくほど斥力が強くなる。
 高く飛ぶことは不可能」

勇者「本当なのかよ」

「本当」

勇者「……訳がわからない」

「判るべき」

勇者「なんでっ?」

「いまは魔王が大事」

勇者「何処にいるんだ? あいつはっ。どうなってるんだ」

「“魔王”になりかけている」

勇者「判らないよっ」

「魔王城、その地下深く」
20 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 18:43:28.39 ID:6HXLExsP

勇者「判った!!」

 ヒュバァァァァァ!!

「……魔王の代わりは」ザリッ!「……わたしがする」

勇者「は? なんか変な音がしたぞっ」
「通信の、距離限界。……人間界の援護は、わたしがする」

勇者「出来るのか?」

「……まかせてちょんまげ」
勇者「……」

「……おまかせくださいこのくそ童貞」
勇者「……」

「……」

勇者「わ、わかった。深くは聞かない。頼んだ」

「了解」

勇者「あのさ」

「……」

勇者「来てくれて、ありがとうな。……すげー助かった」

「……いってきて」 ザリザリッ! 「まってる」
22 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 18:45:06.67 ID:6HXLExsP

 ヒュバァァァァァ!!

勇者「ここかっ。警備兵どもは居るのか? まぁいいさ。
 強行突破だ、このまま行くっ。……“加速呪”っ!」

 キュイィーンッ!

勇者「……魔法使い、おい」

勇者「……おいっ」

勇者「流石に通信限界か。
 ――誰もいないな。
 最下層、目指すぜ。たしか、こっちへ……」

 キュイィーンッ!

勇者「宝物庫を抜けて、回廊を抜けて……三層……」

 ドカッ! ガシャン!

勇者「あとで壊したの謝るからなっ! 五層っ!」

 ガチャン! キュイィーンッ!

勇者「七層っ! なっ、なんだっ!?」

 オオオーン!
  オオオオーン!

勇者「どす黒い……。こんな魔素、はじめてだぞっ。
 魔王……なのかっ。こんなに戦闘能力があるのかっ」
27 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 19:01:36.12 ID:6HXLExsP

――大陸草原、雪の集合地

女騎士「揃ったようか?」
将官「はい、中央征伐軍、どうやら予定数をそろえたようです。
 中央の天幕に主だった貴族、領主が集合。全体軍議を始めました」

女騎士「総数は?」
将官「総数四万近いですね。うち、兵力は二万八千です。
 そのほかは非戦闘要員と見えます。うち騎馬兵力は九千。
 全て望遠鏡部隊により目視確認」

冬国兵士 ごくりっ

女騎士「気にするな。喧嘩にならなければ
 数が多かろうが少なかろうが関係ない。
 いや、少ない方が財布に優しい分、勝ちだ」

冬国兵士「はっ、ははは、はいっ。姫騎士将軍の仰せのままにっ」

女騎士「で、今日の付け届けは?」
将官「はい。氷酒30樽、猪三頭、豚六頭を手配しておきました」

女騎士「ん。それで今晩も宴会だろうな」
将官「はぁ」

女騎士「自信なさそうだな」
将官「いえ。カツアゲされてる気分がちょっぴりわかったり」

女騎士「考えたらダメだ。考えない方が強いんだ」えへん
将官「それはそれでどうかなぁ」
28 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 19:03:14.49 ID:6HXLExsP

女騎士「次は飼い葉だな」
将官「飼い葉、ですか?」

女騎士「ああ、あれだけの馬が居るとなれば、
 大量の飼料が必要だろう?
 エン麦やカラス麦、干し草なのだろうな。
 もちろん馬車でそれらを輸送してきた領主もいるだろうが
 大半の領主は現地で買い上げるつもりだろう。
 金貨の方が持ち運びやすいのは明らかだ」

将官「はぁ」

女騎士「付近の農家に根回しを続けろ。
 今度はもうちょっと広範囲に広げるつもりがあるな。
 商人風を装え。軍が来ているから、干し草を持っていないと
 嫌がらせをされるかもしれない、と、それとなく云うんだ。
 このあたりの農家は、三ヶ国同盟には同情的だ。
 用意してきた干し草やカラス麦を買って貰え。
 場合によっては、同情した態度で無料で分け与えても良い」

将官「どんな意味があるんです?」

女騎士「ああ。持ってきた飼料は腐り水を吸わせてあるんだ。
 もちろん、馬が死ぬような物じゃない。
 ただ体調は崩すだろうな」
29 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 19:04:56.20 ID:6HXLExsP

女騎士「馬の体調が崩れれば、開戦日の指定が困難になる。
 もし会戦したとしても、突撃力が明らかに鈍る。
 騎士の取る戦術ではないが、今回は許して貰おう」

将官「なんで飼料にしたんですか?」

女騎士「人間の口に入る物であれば、毒味もするだろうし、
 毒物の選定にも気を遣わざるを得ないだろう?
 そこへ行くと、馬の飼い葉を毒味するやつなんていやしない。
 馬にはちょっぴり可哀想だけどな。
 戦争になれば、死ぬ馬も沢山出てしまう。
 その件で許してもらえれば良いな」

将官「それはまぁ、流れ矢に当たった馬なんて
 息絶えるまで血の泡を吹いて半日以上苦しんでいたり
 軍人のわたしでさえ沈んだ気分になりますからね」

女騎士「よし、指示を伝えてきてくれ」
冬国兵士「はいっ」

将官「これで、数日は稼げますかね」

女騎士「粘るしかないな」
将官「次の手は?」

女騎士「まだ三つ四つは考えているのだが」
将官「ほう?」

女騎士「敵陣の前で熊と素手で戦ってみせるとか?」
将官「それだけは勘弁してくださいっ。イメージが壊れます」
41 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 19:34:29.89 ID:6HXLExsP

――冬の王宮、謁見の間

女魔法使い「……くぴぃ」

女魔法使い「……すぅぅ……すぅぅ」

冬寂王「……」

女魔法使い「……んぅ。……くぴぃ」

冬寂王「あれは一応玉座だぞ?」
商人子弟「ええ」

従僕「変な女の子……」

女魔法使い「くふぅ……」くてん

冬寂王「我が王座に何でかような少女が寝込んでいるのだ」
商人子弟「さぁ……」

従僕「……」そぉっ つんつん

女魔法使い がぷっ

従僕「っ!?」びくっ

冬寂王「危険な刺客かもしれんっ」
商人子弟「……」こくり
42 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 19:36:05.88 ID:6HXLExsP

女魔法使い「っ!」 もそもそ
冬寂王「ぬっ」

女魔法使い「くかぁ……。んにゃむにゃ」 しーん

冬寂王「……」

かちゃ

執事「若。お茶が入りましたぞ。気を取り直して
 書類などあああっっ〜!?」

冬寂王「爺、どうしたのだ?」

執事「ま、魔法使いっ。ぬし、いままで何処にっ!」がしっ

女魔法使い「……」ぼへぇ

執事「どこにいってたんですかっ。
 勇者も女騎士もさんざんに心配していたんですよっ。
 多量のよだれを流している場合ではありませんぞっ」

女魔法使い「……ねていた」

執事「あなたって人はまったく。まぁ、勇者が居ないので
 いまはまだ正常のようですね」
45 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 19:38:12.28 ID:6HXLExsP

――冬の王宮、謁見の間

執事「紹介しましょう。彼女がかつての勇者の仲間、
 3人のうち1人。女魔法使いです」

女魔法使い こくり

執事「この状態の時は安全です」

女魔法使い ぼやぁ

冬寂王「この方も伝説の英雄なのか?」
商人子弟「まさかぁ」

執事「そのとおり。彼女こそパーティーの広域殲滅担当。
 108の呪文を修めかつては“出来の悪い悪夢”“昼寝魔道士”
 と呼ばれた最強の魔法使いです」

女魔法使い「……わたしは“ごきげん殺人事件”っていうのが好き」

冬寂王(小声で)「間合いが取りずらいお嬢さんだな」
商人子弟(小声で)「僕も感じてました」

執事「いや、この娘、やる時にはやり過ぎてしまう娘ですぞ」

冬寂王「……あまり決まってないような印象だな」
商人子弟「凄さが判りずらい感じですね」
48 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 19:40:20.16 ID:6HXLExsP

女魔法使い「……寝る」
執事「いま寝られると困ります。勇者とは会ったんですか」

女魔法使い「会った」
執事「勇者は?」

女魔法使い「魔界と呼ばれていた場所へ向かった」
冬寂王「……やはり、そうか」

商人子弟「こちらはわたし達だけで持たさなければなりませんね」

執事「それで、勇者は何か? 何を知っておるんですか」

女魔法使い「まお……紅の学士から指示を預かってきてる」
冬寂王「っ!?」

商人子弟「学士様とお知り合いなのですかっ?」
執事「旅に出ていると聞きましたが……」

冬寂王「して、どのような?」

女魔法使い「……おしえない」

冬寂王「なにゆえだっ」
執事「学士様とは知り合いなのですか?」

女魔法使い「……学士は、ゆるいところがあるので。
 胸とは言わない。胸はゆるいというより、たぷたぷ。
 それから、わたしと学士は、同じ一族。親戚。姉妹?」

冬寂王「ご親戚だったのか」
50 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 19:42:22.49 ID:6HXLExsP

女魔法使い「……それに」
執事「それに?」

女魔法使い「……すぅ」
執事「おきてくださいっ」がくがくっ

女魔法使い「……学士は、こちらの状況を、知らない。
 戦争になっていると、思っていなかった。
 ……だから、指示は、かなり。無駄」

冬寂王「そうか……。そういえばそうだったな……」

女魔法使い「……でも、手を打つ」

商人子弟「どんなです?」

女魔法使い「……偶蹄目の動物である家畜を用いて
 その危険性を弱毒化により減少させたウイルスを、
 意図的に患者に罹患させることにより、
 ……近縁種への排他的抵抗性、すなわち免疫を獲得させる治療法、
 およびその一般への啓蒙と頒布、接種体制を確立させる」

冬寂王「?」
商人子弟「……えーっと、判ったか?」

従僕「さっぱり判りませんー」 うるうる

女魔法使い「……」ぽけぇ

冬寂王「もうちょっと判りやすく頼めるだろうか?」

女魔法使い「天然痘の予防体制を成立させる」
52 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 19:48:48.44 ID:6HXLExsP

冬寂王「っ!?」
商人子弟「何を仰っているのか、判っているんですか!?」

執事「天然痘と云えば……。この大陸の悪夢ですぞ!?
 年間100万人とも、300万人ともいわれる死者を出す……。
 全身に広がった疱瘡や膿、かさぶたは
 たとえ治癒したとしても、一生その傷跡を残す悪魔の病気。
 罹患者を出した家は焼き討ちされるほどの業病ではないですかっ」

女魔法使い「……知ってる。研究したから」

冬寂王「女魔法使い殿は、学者でもあられるのか」

商人子弟「そうなのですか?」

女魔法使い「……専門は伝承学」

冬寂王「な、なるほど」

商人子弟「もし本当だとすれば、
 これは全人類にとって未曾有のニュースになりますよ」

従僕「ぼくの、お父さんの弟も天然痘で死にましたー」ぐすっ

執事「身内を天然痘に奪われたことの
 ないものなどこの大陸には居ないはずですぞ」

冬寂王「うむ、うむっ」
54 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 19:51:24.01 ID:6HXLExsP

女魔法使い「……治療法ではない。予防法」

冬寂王「それにしたって同じくらい意味のあることだ」

商人子弟「どうするのです?」

女魔法使い「……薬のような物を作って、
 接種という方法で感染させる。
 軽い病気になるけれど、天然痘にはかからなくなる」

執事「なるほど。一度天然痘の治った患者は、二度と
 天然痘にかからないというのと似ているわけですな」

女魔法使い「……同じ仕組みを使う」 こくり

冬寂王「効果のほどは?」

女魔法使い「……約7年」

冬寂王「ふむ、素晴らしい吉報だ」

女魔法使い「を……」

冬寂王「?」

女魔法使い「三ヶ国同盟および協力諸国の国民は
 1人金貨10枚で利用できます」

冬寂王「……っ!」

女魔法使い「そうなったら、いいなー」
56 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 19:54:04.47 ID:6HXLExsP

冬寂王「それで、風向きが変わるなっ」
商人子弟「ええ、確実に。停戦に向けた動きが可能です」

従僕「す、すすごいやぁ!」

女魔法使い「……そしてわたしは魔族です」

冬寂王「へ?」
執事「何を冗談を言ってるんですか。魔法使い」

女魔法使い「……みたいな」

冬寂王「……」
商人子弟「……」

従僕「?」

女魔法使い「……おね、がい」くてん

冬寂王「つまり、天然痘の予防方法は、
 魔族から技術的に供与されたと?」

女魔法使い こくり

冬寂王「そのように広めてくれと云うことだな?」

女魔法使い こくり
58 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 19:56:26.35 ID:6HXLExsP

冬寂王「…………」

女魔法使い「……」

商人子弟「王よ……。わたしからもお願いします。
 もう、王にだって、前線の兵士にだって少しずつ
 判ってきているのではないですか?
 確かに魔族は強大で奇怪な姿をしていますが、
 言葉を持つ、知的な種族です」

従僕「……」

執事「……」

商人子弟「進んで友好関係を築くとか、そう言う事じゃないんです。
 でも、一方的に精霊の敵呼ばわりして、
 こちらから反感を煽らなくても良いのではないでしょうか?
 もちろん武力侵攻してくれば戦います。
 そいつらは敵なんですから。

 ただ、人間にも様々な国があるように、
 魔族にも様々な国や派閥がある可能性があります。
 魔族を知らないで、このまま戦ったとしても
 勝つことはおぼつかないのではありませんか」

冬寂王「なぜ……。魔法使い殿はそれを望む?」

女魔法使い「……なぜ?」

冬寂王「なぜ、魔族と我らの仲を取り持とうとする」
60 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 19:58:48.13 ID:6HXLExsP

女魔法使い「……すぅ」
執事「いちいち眠り込まないと話も出来なくなったかっ」

女魔法使い「……“出来の悪い悪夢”は飽きた」

従僕「……」

女魔法使い「……眠りには、良い夢が望ましい」

冬寂王「そう……か……」

商人子弟「……」

冬寂王「確約は出来ない。中央はともかく民の反応が気になる。
 だがしかし、冬寂王の命ある限り、その言葉胸に留め置き
 決して無為なる血が流されぬように尽力しよう」

商人子弟「ありがとうございますっ」

執事「魔法使い……」

女魔法使い「……魔族です。本当ですよ」

きゅるるっ

冬寂王「はははっ。腹ぺこ魔族のようだな!
 どうだろう。
 我が城の厨房を襲撃しようではないか。
 ここにいる全員で襲いかかれば、
 何らかの食事にはありつけよう」
86 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 21:29:03.95 ID:6HXLExsP

――鉄の国、首都周辺、修道院の建物

鉄国少尉「洗浄を急げっ! 水を絶やすなっ!」

軍人子弟「布は煮沸するでござるよっ! もっと布をっ!」

鉄国兵士「市民が支援に名乗り出ていますっ。
 いかがしたらよろしいでしょうっ?」

鉄国少尉「いかがしましょう?」

軍人子弟「もちろん有り難いでござる。
 水の用意を、それから炉をさらに作ってもらうでござる!
 鍋を借りてきて湯を沸かせっ」

即席兵士「搬送入りますっ!」
白夜軽騎兵「うううっ!!」

鉄国少尉「白夜の……」

軍人子弟「考えるなっ!! 傷病者の手当は鉄腕王の裁可でござる!
 分け隔てすることなく、重傷者から判別用ハンカチを結びつけよ!
 軽傷者は野外テントへ搬送っ、市民に手当をしてもらうでござる。
 中傷者は修道院内部へ、止血および蒸留酒による消毒っ」

鉄国兵士「はっ!」

 ザッザッザッ

白夜軽騎兵「うううっ。死ぬっ、もうダメだっ」

軍人子弟「しゃっきりするでござる!
 その傷では死ぬどころか休暇にもならないでござるよっ」
87 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 21:31:56.43 ID:6HXLExsP

鉄国兵士「報告しますっ!」

軍人子弟「聞こうっ」

鉄国兵士「集計終わりました。
 我が軍は、死者18名、負傷者221名。
 白夜国は死者304名、負傷者892名、捕虜450名。
 なお、副指揮官と思われる死体は確認されましたが
 指揮官と目される片目の男は、死体および収容者の中では
 確認できませんでしたっ」

鉄国少尉「困りましたね」

軍人子弟「帰っていてくれれば、
 それはそれで好都合でござるが……」

鉄国少尉「そういうものですか?」

軍人子弟「下手に隠れられるよりも、少ない兵で
 出直してきてくれるなら、察知もしやすいでござるしね」
鉄国少尉「そう言えばそうですな」

即席兵士「あっ。将軍だっ!」

   ああ、将軍だ! すごいだべ! 完璧だたぜぇ
   そうさ、将軍の命令で一列に矢が飛んでいったんだ!

軍人子弟「は?」

即席兵士「将軍! 大勝利! 万歳!!」
  万歳! ばんざーい!! 万歳っ! ばんざいっ!

軍人子弟「ちょっとまつでござるよ。拙者は将軍では
 ないでござる。ただの街道防衛部隊指揮官でござるよ」
88 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 21:33:38.24 ID:6HXLExsP

鉄国少尉「まぁ、良いではないですか」

軍人子弟「しかし、違うでござる」

鉄国少尉「一般の市民やこの間まで農奴だった開拓民に
 軍隊内部の階級や呼称なんて判るわけがない。
 あの将軍っていうのは
 “格好良い”っていう意味なんですよ」

軍人子弟「――格好……良い?」

鉄国少尉「ええ、そうですよ。
 開拓民の倅の俺が言うんだから、まちがえっこありません。
 それにね、そんな格好良い、
 英雄みたいな将軍に“ありがとう”。って思った時
 学のねぇ頭の悪い連中や、俺たちは
 万歳って云うしかないんですよ」

軍人子弟「……そ、そうでござる……か?」

鉄国少尉「ええ。“将軍”! 今日の戦いは見事でした!
 俺たちはきっと孫が生まれても語り継ぎますよ。
 そのためにも、まだ続く戦、頑張っていきましょうっ!」

軍人子弟「そ、その……よろしくでござる」

即席兵士「将軍っ。あ、あれ? どちらに?」

軍人子弟「斥候が心配でござる。まだ行動可能な体調なものに
 食事と休憩をてはい、その後再編成して巡回部隊を組織すること。
 拙者、王宮への報告および、見回る場所があるでござる」
94 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 21:48:36.62 ID:6HXLExsP

――ふかいふかい、ねむりのなかで

「なんだ……寝苦しいな……」

「う……うん……」

「まったくべたつくような夜気だな。絞ったタオルでも
 メイド長に持ってきて貰わねば、やりきれ……」

「えっと」

「あれは、誰だ?」

――。

「あれは、わたしじゃないか」

――。

「うわぁ、これが幽体離脱という物なのか。初めてではないか」

――。

「うーん、本体の方がああもすやすや眠っているところから
 推察すると、この寝苦しさは何らかの霊現象もしくは精神的な
 失調と関係があると推測して良さそうだな」
95 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 21:49:37.98 ID:6HXLExsP

――。すぅ

「おお。本体が起きたぞ。
 すると幽体離脱中でも本体の活動は別口なのか?
 興味深い事象だなぁ」

――。

「こうしてみると、わたしも捨てたものじゃないではないか。
 どこぞのメイド長に虐められてすっかり卑屈だったが
 ぷにってるはぷにってるが、こう……よいのではないか?

   人間界に出てみれば女性の胸は大きくても良いと云うではないか。
 腰回りも無駄でなければ、多少肉がついていた方が
 女らしいわけで……母性本能や癒しが足りないと云われれば
 それはそうだが、こうやって客観的に見ると色気だって
 おい。おっ、おいっ!」

――。

「わたしの身体っ! 色っぽいのはかまわないが
 何でそういやらしい仕草をするんだっ。
 色んな方面への謝罪対応に追われるような表情をするなっ。
 わっ、わたしの身体なんだぞっ!
 調査しなくても知っているではないかっ!

   ど、何処を触っているんだっ。
 っていうか、たのむ、その姿勢は止めてくれっ。
 胸が揺れすぎるからっ」
99 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 21:53:14.78 ID:6HXLExsP

――しゃ。

「は?」

――ゆうしゃ。

「はぁぁぁ!?」

――ゆうしゃ。

「どっ、どこからとりだしたぁ、そのイメージっ!
 いや、わたしの中からだろうという想像はつくが
 どういうつもりだ身体っ!
 わたしをのけ者にして何をするつもりだ、はっきりとした
 返答をして貰おう期限は二秒だ12終了だ、応えろっ!」

――ゆうしゃ。

「待てっ。その手を止めろっ。
 いくら身体が相手だろうがわたし自身が相手だろうが
 それはわたしの所有物だぞ、
 一切手を触れることまかり成らんっ。
 いまこそ云ってやろう!!

 この駄肉っ!

 そのえろっぽい手をどけろっ!
 それはわたしのだっ!
 わたしが先にもらったんだ!
 おまけにわたしは、それのものなんだっ!
 駄肉風情が駄肉を捧げて手に入れられるなどと考えるなぁっ!!」
102 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 21:58:58.12 ID:6HXLExsP

――冥府殿、闇の奥底

 きぃいっぃぃっいぃぃいっぃん!!

メイド長「勇者ッ!」

勇者「どっけぇぇ!!」

メイド長「む、無茶ですっ! 勇者っ!
 この中は魔王しか入れない玄室っ!
 歴代魔王の残留思念がうずまいているんですよっ!?」

勇者「無茶を通せない勇者なんて、存在の意味があるかぁっ!!」

 ズガァアーン!!

魔王「――」

 オオオン!!
  オオオオン!!

勇者「おいっ! 魔王っ! 魔王っ!」がくがくっ

メイド長「だ、大破壊!?」
106 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 22:01:45.12 ID:6HXLExsP

魔王「――我の」
メイド長「勇者様っ! 殴って!!」

勇者「へ?」

魔王「――我の玄室へ」
メイド長「急いでっ!」

ぼぐっ

魔王「――」くたっ

 オオオン!!
  オオオオン!!

勇者「なんだってんだ?」

メイド長「昔の魔王の悪霊に取り憑かれちゃい
 かけてるんです! 中身が別物というか……」

勇者「ああ、そういうことか。理解した」

メイド長「いや、汚染でした。どうすれば良いんですかっ」

魔王「――我ヲ」

勇者「おい、魔王っ! 魔王っ! 正気に戻れ」 ぼぐっ

魔王「――」くたっ
116 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/13(日) 22:07:33.06 ID:6HXLExsP

勇者「おい、魔王っ! 何が“魔王にしかできない”だよ。
 強がりやがって! 自分を生け贄にして天災静めようとか
 そういう聖人じみた行動とってんじゃねぇよっ
 しまいにゃ食べてまうぞ、このぷに肉っ!
 おまえが柄でもなくこんなところで身を捧げたから
 偽者だったはずのメイド姉の方だって
 勢い余って聖人になっちまったんだぞっ!」

 ばしっ! ばしぃっ!

魔王「ゆウしゃ」
勇者「もどったかっ?」

魔王「――本物ダ」
勇者「嘘つけ、この旧世代っ!」

魔王「この我のものとなれ、勇」勇者「断る!」

魔王「我と共に来れば、貴様にはこの世の半」勇者「断る!」

魔王「ナ――ぜ――」

勇者「良いか、良く聞け時代遅れのポンコツ魔王っ!
 何が半分だこの詐欺師! そもそもお前のものでも無いくせに
 勝手に譲渡しようなんて片腹痛いんだよっ。
 そういう誠意の無い態度で勇者が口説けると思ったら大間違いだ!

 そんな化石化した台詞はなっ
 “今時の魔王が言っちゃいけない台詞集”にも
 ばっちり収録されてるんだよっ!!」

魔王「ナっ――」
122 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 22:12:31.22 ID:6HXLExsP

勇者「それになっ!」 ぎゅむっ

魔王「!?」

勇者「これは以前から俺の売約済みなんだっ。
 俺のものなんだ。契約をしたんだよっ。
 お前が占拠しようが、汚染しようが、俺のものなんだよっ!」

魔王「――何ヲ」

勇者「そうだよな、魔王っ!」

魔王「――云ッテ」

勇者「そうだよな、おいっ。聞いてるのか魔王っ!!」

メイド長「まおー様っ!!」

魔王「――何ヲ巫山戯タ」魔王「黙れ」

……オオオン!!
  ……オオオオ……ン!!
    ……オオ……オオ……ンッ

魔王「黙れ、駄肉め……。
 これでは甘やかな再会が台無しではないか」
 

勇者「甘いもなにもあるかっ。この強情魔王っ」

魔王「待たせたな――わたしの勇者」
勇者「寝坊しすぎだぞ――俺の魔王」
396 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 00:30:03.82 ID:498vELIP

――鉄の国、ギルド街、職人通り

片目司令官「はぁっ、はぁ、はぁ……」

 ズキィッ!

片目司令官「ッ!! ぐっふぅ、がふっ! がふっ!
 疼く、疼くぅ……。ここまで我を苦しめるか。
 砦将よ、冬寂王よっ。いや、この汚濁全てが我が目を喰らうのか。
 〜ッふ! ガフッ! アハッ! ギャハッ!」

 ズルン、ズルゥン

片目司令官「はぁっ、はぁ、はぁ……」

片目司令官「だがな、作戦は最後まで秘すべきものだ?
 そうだろう? 白夜王? ここに魔女が居る。
 はぁっ、はぁっ。ふはっ。ギヒッ。
 ここに、世界にあの地下牢で見た闇をぶちまけて、
 暗黒に引きずり落とそうと企む背教者が……。
 ギャハッ! ガフッ!」

……コッコッコッ

   通りすがりの職人「将軍の凱旋だっていうさ」
   通りすがりの徒弟「大勝利かぁ!」
コッコッコッ    通りすがりの職人「怪我をした人も多いらしい」
   通りすがりの徒弟「ああ、今度こそお手伝いしなきゃな」

コッコッコッ……

片目司令官「……ぎひひひっ。……行ったか」
397 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 00:31:09.42 ID:498vELIP

――鉄の国、ギルド街、鋳造工房、印刷倉庫

ガチャ、ズチャ……

「おねーちゃん。もう遅いよぉー」
「もうちょっとだけ、ね?」

片目司令官「はぁっ、はぁ、はぁ……」

「それにこの姿の時は、お姉ちゃんなんて呼ばないの」
「ぶーぶー。もういいじゃない」
「だーめ。一応あの演説を聴いちゃった人だっているんだし。
 当主様が帰るまではこの姿で居た方が、
 すこしでもみんなのためになると思うの」

片目司令官 にたり

「はいっ。次これでしょ?」
「あら、よくわかったわね?」
「覚えるよぅ。左の棚からねぇ。f、u、d、a、r……。ね?」 「よく出来ました」 「えへへ〜」

片目司令官「……紅の魔女にも、家族が居るのか。
 ふふふっ。背教者が人並みの家族だと? 聞くに堪えん。
 その絆もろとも闇淵へ沈むが良い」

「ん〜」
「できたぁ?」
「ん。できました。――新しい活版よ」
「刷ろう! 刷ろう〜」
「それは明日、職人さんが来ないとね」
「そっかぁ。じゃぁ、ご飯買って帰ろう?
 わたし、親方さんに云ってくるね♪」
398 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 00:32:31.96 ID:498vELIP

――鉄の国、ギルド街、鋳造工房、印刷倉庫

メイド妹「今日のご飯はなんだろー♪ 温かいスープに
 ちょっぴり黒パン、お豆の入った内臓煮込み〜♪」

メイド妹「お宿のベッドはふかふかで〜♪
 おうちに帰るの待っている〜きゃうっ!?」

片目司令官 にたぁり

メイド妹「ごめんなさっ!? ……お、おじさんは
 ……だ、だ、だれですか?」

片目司令官「……」にやにや

メイド妹「工房の人ですか? 工房の人は、
 もう夜だからいませんよっ。お、親方に用ですかっ。
 親方は母屋だからこっちにはいませんよっ」

片目司令官「我らに光と精霊の加護がありますように」

メイド妹「あ。修道会の人ですか?」ほっ

 ガシィッ!

メイド妹「っ!?」

片目司令官「修道会? あんな異端と一緒にしないで貰おうか。
 我は栄光ある第二回聖鍵遠征軍、駐屯司令官だよぉ。
 〜ッふっふっふ! あはははっ! ギャハハッ!」
400 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 00:33:48.45 ID:498vELIP

――鉄の国、ギルド街、鋳造工房、印刷倉庫

メイド姉「妹〜? 妹〜? 片付け終わったわよ〜。
 おなかすいたんでしょー? 宿屋に戻りますよ〜?」

カツン、カツン、カツン

メイド姉「もう、親方さんのところで
 何かご馳走になっているのかしら?
 うーん。あの要領の良さだけは、本当にすごいんだけれど」

ガゴンッ! ゴゥーン

メイド妹「〜ッ! 〜ッ!」
片目司令官「お初にお目に掛かりますな、学士殿っ」

メイド姉「だっ、誰ですっ!」

片目司令官「は? あはははは。ひゃっはっはっは!!
 そうか、そうであったな。失敬失敬。
 我を知っているはずもないのか。農奴出身の売女よ。
 ――我はな。お前の死神だよ。あははははっ!」

メイド姉「なっ」

メイド妹「〜ッ! 〜ッ!」
片目司令官「何をするつもりかって? 知れているだろう?」

メイド姉「妹を離してくださいっ」

片目司令官「はっはっはっは。そのような顔をせずとも。
 なぁ、異端者。くぁっはっはっはっは!」
401 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 00:34:43.81 ID:498vELIP

メイド姉「……」きっ

片目司令官「まずは跪くが良い。精霊に詫びるのだ」

メイド姉「わたしは精霊様を信じています。跪くくらい
 なんでもありませんっ」 ぺたっ

メイド妹「〜ッ! 〜ッ!」

片目司令官「お前のような下賎な商売女が精霊様の
 名をかたるなっ! 跪けっ! 許しを請えっ!
 己の罪を告白し、恥辱に涙を流せっ!」

ドガッ!

メイド姉「……なんのっ。ことですっ」
メイド妹「〜ッ! 〜ッ!」

片目司令官「この位倉庫の中が貴様の懺悔室だと云うことだ。
 くぅっくっくっぅ。あっはっはっはっは!
 だがしかぁし、そこに許しはないがなぁ」 ジャキンッ!

片目司令官「どうだ? 学士? この剣は。
 貴様の二つ名と同じだよ。
 紅の名にふさわしいだけの血を吸ってきている。
 そうさ。ギャハハっ!
 貴様にはここで、精霊の許しも得られず、
 惨めにのたれ死ぬという裁きがくだされるのだよっ。
 我が瞳の中の赤黒い地獄に賭けてなっ!!」

 ヒュバンッ!!
404 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 00:39:19.25 ID:498vELIP

メイド姉「っ!!」
メイド妹「〜ッ!」

ギキィン!!

片目司令官「何者だっ!?」
軍人子弟「ただの軍人で、ござるよ。うぉぉぉっ!!」

ズダンッ!

メイド妹 ずるっ、びりっ「お姉ちゃんっ!!」
メイド姉「妹っ!」

片目司令官「そこをどけぇ!!」

ビュッ! ビュゥッ! シャッ! ジャッ!

軍人子弟「――っ。はっ! やっ!」

メイド姉「あ、あっ」
メイド妹「弟子のお兄ちゃんだぁ!」

ズシャァッ!

片目司令官「見れば青二才ではないかっ! 貴様などとっ
 くぐり抜けてきた地獄と苦痛が違うわぁっ!」

ザシャァッ!

メイド姉「あっ! 腕をっ!」
407 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 00:40:24.23 ID:498vELIP

片目司令官「ふふふっ。なんだ、貴様?
 はぁん。英雄気取りか? あ?
 この商売女を助けに飛び込みそれでどうにかなるとでも
 思っていたのかっ!?
 あははははっ。この小坊主がぁっ!」

 ギィンッ!

軍人子弟「拙者、ただの軍人でござるよ。
 ――英雄でも勇者でもないでござる」

じりじりっ

片目司令官「ならば上官に道を譲るが良いっ!」

ギィンッ!

軍人子弟「指令系統の違い理解せぬのは
 ――単一独裁になれすぎた悪癖でござるねっ」

ギィン! ギィンッ!!

片目司令官「猪口才なっ! どうした、左手が痛むかっ!
 防御が甘いぞっ! それっ! それっ! アハハハッ!!」

軍人子弟「――っ!」

メイド妹「お兄ちゃんっ!」

(重心を崩すなっ。相手の爪先を観ろっ。視線を観ろ。
 ――ちがうっ! この不器用者っ!
 見るんじゃない、観るんだよっ!
 それじゃお前が隙だらけになってしまうだろうっ!)
409 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 00:41:26.07 ID:498vELIP

片目司令官「お前に勝ち目はないっ! あはははっ!
 ぎゃははっ! 素直に命乞いをするかぁ? 許さんがなっ!」

ギィンッ!

(相手と自分の弱点、長所を冷静に比較しろ。
 戦争も剣戟も一緒だ。冷静になれ。
 相手の長所をつぶして短所を攻めろっ。
 お前の長所は何だっ? ――常に考えろ)

 キンッ! ザシュ!ガキン!

軍人子弟「――確かにっ。拙者は長所のない男でござるから
 昨日ならば勝てなかったでござろうねっ」

片目司令官「いい謙虚さだっ!」
メイド姉「っ!」

ギィンッ!!

片目司令官「なっ! なっんだ、それはっ。なぜ手首が落ちぬっ!?」

軍人子弟「鋼鉄の矢でござるよ――。
 籠手代わりに巻いてござった」

 ザギンッ!

片目司令官「っ!」

軍人子弟「“ありがとう”。
 そう言われたでござるよ。
 落ちこぼれで、いつも不平ばかりだった拙者が。
 ――“守ってくれて、ありがとう”と。
 民間人を守る軍人にとってこれほどの誉れが他にあると?
 拙者の覚悟は今日定まりました。
 長所などそれ一つで十分でござる」
416 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 00:47:40.57 ID:498vELIP

――大陸草原、雪の集合地

中央騎兵「くそっ!」
傭兵弓士「なんだこれはっ」

歩兵隊長「またマメの薄いスープ、それに固くなったパンの欠片」
中央騎兵「パンの欠片? これはクズって云うんだ」

傭兵弓士「何が起きているんだ?」
歩兵隊長「軍資金は十分だと云っていたじゃないか」

中央騎兵「貴族のテントでは毎晩のように饗宴」
傭兵弓士「我らは、この塩味のゆで汁だけかっ」

歩兵隊長「穀物の価格が上がっているとは聞いていたが」
中央騎兵「そうなのか?」

傭兵弓士「そんなことも知らないのか?
 大陸中心部では早くも飢餓の兆候が広がっているらしいぞ。
 だから俺たちはまだ物価も上がりきっていないという
 今回の遠征に参加をしたのに」

従士「隊長方、これはここだけの話ですが……」
歩兵隊長「なにかあったのか?」

従士「どうやら、今回の遠征、軍資金はたっぷりとあるのですが、
 食料は殆ど持ってきていないと云う話があるんです」

中央騎兵「……っ!」

傭兵弓士「なん……だと……?」
417 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 00:48:48.10 ID:498vELIP

歩兵隊長「なんだってそんな」
中央騎兵「司令官達は正気なのか!?」

傭兵弓士「あー、いやだいやだ。お坊ちゃんどもはこれだ」

歩兵隊長「何が言いたい?」

傭兵弓士「考えても見ろ。これだけの人数が居たら、
 食料を運ぶ馬車や従者だけでどれほどの人数になると思う?
 それだけ余計に食料が必要になるだろう。
 食糧補給の望めないような場所にいくならまだしも、
 勢力範囲の中で戦うなら
 金貨を持っていった方が遙かに軽くて運びやすいってこった」

歩兵隊長「それはそうだが」

傭兵弓士「それにおそらく、貴族は焦ってたんだ。
 金貨を持っていても食料がなければ冬は飢えるしかない。
 だから、冬の前に決着をつけようとこの戦争を決意した。
 まだ食料のある南部諸王国を狙ってな」

中央騎兵「そうだったのか……」

傭兵弓士「俺たちだって、隊長のその言葉を信じて
 略奪のしがいのあるこの南の果てまでやってきたってのに。
 くそがっ!」 ぺっ! カランカラン……

傭兵弓士「こんな薄い茹で汁じゃ、戦になんてならねぇっ」

歩兵隊長「じゃぁ、すぐにでも敵陣に
 襲いかかればいいじゃないかっ」
418 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 00:50:19.13 ID:498vELIP

中央騎兵「いや、数日前から馬の調子が優れないんだ……」
歩兵隊長「なんだって?」

従士「本当です」

中央騎兵「それに、どうやら司令部の間でも意見が
 割れているらしい。湖の国が魔法騎士団を撤退させる、とか」

傭兵弓士「はん。あんな軟弱な学者野郎どもに戦争が出来るか」

中央騎兵「その他にも、いざ南部諸王国を前にして、
 南部諸王国を攻め落とした後の、
 領土分割についてもめ事が起きているんだ。
 どの貴族も、王族も自分の取り分を増やそうと
 派閥を組んでは睨み合っている」

傭兵弓士「ふざけるんじゃねぇっ!」
歩兵隊長「……っ」

傭兵弓士「俺達は戦うために来たんだぞっ。
 戦場で戦って、戦って、戦って。
 真っ赤に染まった剣の血を洗い流して生き残って、
 それで大串に刺した肉をあぶってしこたま強い酒を飲む。
 それが傭兵の戦いだ。
 女の腐ったみてぇに、奪ってもいやしねぇお宝の分け前で
 ぴぃちくぱぁちくするなんざまっぴらごめんだ。
 分け前に文句がありゃぁ簡単だ。
 剣で決めりゃぁいいんだ」
421 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 00:51:42.80 ID:498vELIP

歩兵隊長「……」
中央騎兵「……」

傭兵弓士「あぁん!? 俺が言ったことが間違っているって
 云うのかよっ! 文句でもあるのかよ、騎士様方はっ!」

歩兵隊長「それは……」

傭兵弓士「こんな薄いスープで一冬過ごせってのかよっ?」

中央騎兵「大司教様も来られている。話をまとめてくれよう」

傭兵弓士「ああ。はいはい。そういうこったね。
 貴族はいつでもそうだ。
 良いことは自分たちの手柄で、辛いだの苦しい事だのは
 全部精霊様の試練だと? あほらしい。
 ……俺は隊長の所に戻るよ。
 これからのことを話さなきゃならねぇ。
 俺たちだって報酬は金貨で貰ってるんだ。
 このままじゃ飢え死にしちまう。せめて肉かパンで
 給料をもらわねぇとな」

歩兵隊長「……」
従士「……」

歩兵隊長「仕方あるまい。立場が違う」

中央騎兵「ああ、我らは本当に困窮すれば領地から
 多少の支援もあるだろうが、傭兵達は根無し草だからな」

歩兵隊長「だがこのままでは……」

従士「寒くなってきましたよ、皆さん」ぶるっ
425 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 00:59:34.46 ID:498vELIP

――魔王城、下層、豪華な寝室

メイド長「いえ、良いですからっ!」
魔王「何を遠慮なんかしているんだ」
勇者「下手だけど頑張るから、ちょっとだけ我慢してくれ」

メイド長「いえ、そうじゃなくて。あんっ。だめですって!
 ま、まおー様がまだなのに、下僕たるわたしなんかが
 勇者さまのをいただくなんて、そんな恐れ多いっ」

魔王「勇者がそんなに甲斐性無しに見えるのか?」
勇者「……いや頼りなく見えるのは知ってるけれど」

メイド長「そういうことではなくて、そっ。見えますし」
魔王「見えないのがいけないのだっ。これ! 暴れるな」

メイド長「暴れますよっ」
勇者「ちょっとだけだって。すぐ終わるからっ!」

メイド長「だめですっ! な、何をしてるんですかっ」
勇者「わ。足首……細ぇ……」

メイド長「どっ、どうにかしてください、まおー様っ」
魔王「手間をかかせるものではないっ」

勇者「押さえてるから、破いちゃってくれ。魔王」
魔王「心得た」

 ビリビリィ!!

勇者「大丈夫、綺麗だぞ」
メイド長「あっ」
430 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 01:03:58.32 ID:498vELIP

魔王「どうだ? 腕は治療可能か? 繋がるのか?」

勇者「うん、切り口も綺麗だ。
 これは……指向性の圧縮冷気か?
 氷の刃、というよりは高速水流と冷気の複合技に見える。
 見たことのない技だ」

メイド長「ううっ。じろじろ見ないでくださいっ」

魔王「3代ほどまえに“氷と悪夢の魔王”がいたというから、
 その持っていた技なのかもしれんな」

勇者「何にせよ、傷口が凍り付いたせで出血も見た目ほどじゃない」

魔王「えっと、こうか?」
勇者「角度を完全に合わせて……。神経接合が始まると
 激痛だからな……。“催眠呪”……“小回復”」

メイド長「熱っ!」

魔王「メイド長、しがみついておれっ」
メイド長「すみませんっ」ぎゅっ

勇者「……いいなぁ、胸枕」

魔王「集中せんかっ!」
勇者「わぁってますよっ! メイド長、辛いと思うけれど
 大きく息を吸って、ゆぅっくり吐きだして」

メイド長「……ぅ。ほぅ〜」
勇者「そのまま」

メイド長「……ぅ。ふぅ〜……ぅ。ふぅぅ〜」
魔王「……」ぽむぽむ
432 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 01:05:59.41 ID:498vELIP

勇者「……催眠はいったかな。行くよ。……“再生術式”」
メイド長「っ! ふぅ〜。……んぅ」

魔王「何とかなったのか?」
勇者「ああ、うん。しばらく握力不足とか、しびれが出るかも
 知れないけれど。多分、傷口も残らない」

魔王「ありがとう」

勇者「いや、場所も良かった。間接部とか重要器官だったら
 俺の呪文じゃ間に合わなかったかも知れない」

メイド長「……すぅ」
魔王「寝ておると、あどけないな」

勇者「しばらく寝かせておいた方がいい。
 血液が減ったのはこの呪文じゃどうにもならないし」

魔王「そうだな……」
勇者「うん」

魔王「……」
勇者「ふぇぇ−。ちっと疲れた」ぺたっ

魔王「その」
勇者「?」

魔王「ありがとう」
勇者「あれは、敵の技との相性だよ。酸の技とかは治癒が辛くてな」

魔王「そうじゃなくて、その……。来てくれて、助かった」
勇者「あ……。うん」
435 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 01:08:14.58 ID:498vELIP

魔王「そ、その」
勇者「?」

魔王「疲れたであろう?」
勇者「……うん?」

魔王「おっ……。胸は、その。なんだ。
 メイド長がしがみついているが。膝なら貸せるぞ?」

勇者「は?」

魔王「膝枕などどうだ? い、いまなら特別サービスだぞ」
勇者「……えっと、その。さすがにメイド長もいるし」

魔王「いらないのか?」

勇者「……」(熟考)
勇者「……」(黙考)
勇者「……えっと」(長考)

魔王「いらぬのか?」
勇者「あうっ! ……では、その。ちょ、ちょっとだけ」

魔王「うん」

勇者 ちょこん

魔王「何を膝の先っちょの方に申し訳なさそうに頭を乗せている」
勇者「いえ。いや。えっと? ち、違ったのか?」
442 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 01:11:09.78 ID:498vELIP

魔王「勇者ともあろうが、なぜ少年時代の
 ひどい虐めがトラウマになったかのような遠慮をしているのだ」

勇者「す、すんませんっ」

魔王「膝枕というのは、こんな具合におなかに
 頭部が当たるような距離まで深く近寄ってするものだっ」

 むきゅぅ

勇者「……っ。あ、あ、あっ」

魔王「も、文句でもあるのかっ!? ぷにとか言うなよ!」

勇者「いや無いけどっ! そうじゃないけどっ! 静まれ俺の勇者回路っ」

メイド長「……んぅ」すりっ
勇者「ってメイド長の太ももがっ」

魔王「太ももが良いなら頬の下にもあるであろうっ!」
勇者「ごめんなさい、ごめんなさいっ」

メイド長「……んー」

魔王「何を想像しておるのやらっ。勇者のくせに」
勇者「いや、勇者だってその辺の事情と耐性は
 平均的な成年男子と変わらないわけで……」

魔王「……ふん」
勇者「……」

メイド長「……すぅ」
魔王「メイド長の呼吸音が落ち着いてきた」
勇者「ああ、もう大丈夫だ」
446 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 01:15:09.50 ID:498vELIP

魔王「……もふもふだ」なでなで
勇者「……うん」

魔王「どうしたんだ、勇者? 何かあったのか?
 あっちはどうなっている? みんな無事なのか?」

勇者「地上も色々大変だよ。大騒ぎだ」

魔王「……」
勇者「ん?」

魔王「そうか、知ってしまったんだな」
勇者「え?」

魔王「――“地上”と」
勇者「あ。うん……。魔法使いに聞いた」

魔王「彼女か。勇者の元仲間だというので、伝言を頼んだのだが」
勇者「何とかの図書館か?」

魔王「ああ、瀬良の図書館は我が一族の故郷にして本拠なのだ」
勇者「そこであいつ、ずっと魔法の本を読んでいたのか」

魔王「なにがあったのだ? 地上の世界で」
勇者「うん、何から話せばいいかな……」

魔王「……なにからでも。全てを聞こう」
勇者「結局、一通の書状から始まったんだ」

魔王「うん」なでなで

勇者「紅の学士は教会の教えに背いた異端者だってさ」
474 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 12:16:41.00 ID:498vELIP

――大陸草原、雪の集合地、三ヶ国軍天幕

冬国兵士「将軍っ! 姫騎士将軍っ!」
女騎士「何事だっ!?」

冬国兵士「敵軍に動き有りっ!」

将官「なんだって? 会戦日の指定はまだ決着していないぞっ!」

冬国兵士「そ、それがっ。一部の傭兵団のみが移動しています。
 独断で兵を進めている模様っ。望遠鏡と伝令により確認。
 彼らは味方にも隠密で行動している模様っ」

将官「馬鹿なっ! きゃつら戦のルールも判らんのかっ」

女騎士「ルールなどあってないようなものだ。
 彼らの判断は、なにも間違っては居ない」

冬国兵士「いかがいたしましょう」

将官「我が軍も早急に陣ぞなえを変更、三重連隊で
 防御の陣をひき――」

女騎士「不用っ!」

将官「しかし、この戦では防御に徹せよと」

女騎士「大局を見ろっ」

将官「っ!?」
475 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 12:17:58.34 ID:498vELIP

女騎士「たしかに傭兵どもは中央の考える教会と騎士道の
 規律を破り戦を仕掛けてきた。
 あとでなんらかの処罰があるかも知れないが、
 彼らにも理由が――おそらく食料の不安があるのだろう。
 しかし、その傭兵団との戦いが長引けば、
 救援という名目を中央の軍二万に与える事になる」

将官「……それはそうですが」

女騎士「冬国騎士に通達、直ちに第一種軍装にて会戦用意っ。
 無駄なものはいらぬ、速度を取れっ」

冬国兵士「はっ!」

将官「しかし、それではこちらは200も居ないではありませんかっ」

女騎士「敵だって傭兵団のみだろう?
 で、あるなら騎馬戦力は1000が良いところだ」

将官「無茶ですっ」

女騎士「おい、済まぬが具足と籠手を。盾はいらない」
女修道士「はいっ」

将官「姫騎士将軍っ!」

女騎士「戦ではない。この程度なら、な」

将官「そうではなく、鎖帷子は!? 胸甲はっ!?」
女騎士「重いだろう。つけるのに時間も掛かる」
476 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 12:19:41.27 ID:498vELIP

――大陸草原、荒れ地の中央部

傭兵隊長「いいか! お前らっ! 良く聞けっ!」

 ざわざわ ざわざわ

傭兵隊長「上の連中は頼りにならねぇ。
 いつまでたっても戦も始められねぇ、とんだ玉なし野郎どもだっ!
 だが俺たちは違うっ! ちゃんと玉のついた男だからよ!
 あんな女子供の率いるへろっちぃ奴らと戦うには
 何のためらいもねぇってもんよ!」

 あはははははっ!

傭兵隊長「だがな、連中の数は数で、
 ド田舎の三流国とはいえちょっとしたもんだ。
 とくに対魔族の常備軍って事で、
 槍兵、石弓兵あたりは随分鍛えられていると聞いている。
 そこでだ、俺たちは風のように襲いかかり、
 奴らの天幕をメチャクチャにして、さっと逃げる。
 先方は、おい、槍騎兵。おめえだ!」

傭兵槍騎兵「はいっ! お任せくださいよ、叔父貴っ!」

傭兵隊長「よーし、よしよし。
 切り裂いて、めちゃくちゃにしろ!
 何でも構わねぇから踏み荒らしてやるんだ。弓騎兵!」

傭兵弓騎兵「はっ!」

傭兵隊長「火矢も使え。天幕を燃やしてやれっ!」

傭兵弓騎兵「わっかりましたぁ!」
477 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 12:22:08.57 ID:498vELIP

傭兵隊長「だがしかし、おめえら!
 俺はこの激突で長居をするつもりはねぇ。
 さっと攻めて、さっと引き上げる。角笛が鳴ったら退却だ。
 あいつらの数を俺たちだけで引き受けるのはちと辛い。
 奴らの陣地をメチャクチャにして
 体面に泥を塗ってやれっ!
 そうしたら引き上げてこちらの陣地まで引き寄せるんだ。

   やつらはきっとケツにつっこまれたアナグマみてぇに
 怒り狂って追いかけてくるだろう。
 中央の貴族どもも巻き込んでやれ! そうすりゃ乱戦だ。
 これだけの人数差、俺たちが負けるわけはねぇ!!」

  あはははっ! 冴えてるな叔父貴っ!
  お前が大将だっ! 戦の開始だ! わかったぜ叔父貴っ!

傭兵隊長「なぁに。騎士道が何たらだと抜かす連中だって
 本当はこのままじゃ埒なんて開かねぇってことは
 判ってるんだ。
 この件は何人かの貴族様にも司教様にも話は通してある。
 悪いようにはしねぇってなっ!」

  おう、それでこそ俺たちの叔父貴だっ!
  悪知恵が働くことにかけちゃ叔父貴に叶うやつはいめぇ!

傭兵隊長「この腐れ豚野郎どもっ。こいつは悪知恵じゃねぇよ。
 がはははっ。なんつったかな、そうだ。チリャクってんだよ!
 戦の駆け引きだ。経験をつんでねぇ領主のぼんぼんどもに
 遅れは取るなっ! 行くぞ、お前らっ!」

  おうっ! おうっ! はいやっ! 行けっ!

傭兵騎兵「俺たちも行くぞっ! ――ん? あれは、なんだ?」
傭兵槍騎兵「〜っ! 敵だっ! 敵襲〜っ!!!」
479 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 12:23:47.81 ID:498vELIP

――大陸草原、荒れ地の中央部

女騎士「では、打ち合わせどおり一撃翌離脱で行くぞ。
 諸君!! 南部諸王国の勇士の力を期待する! 突撃っ!!」

冬国騎士「「「「オオオオーッ!!」」」」

 ダカダッ! ダカダッ! ダカダッ!
  ガキィィーンッ!!

傭兵騎兵「なんだっ!? こ、こいつら、どこから現われたっ」
傭兵弓騎兵「ぎゃぁぁぁっ!」

女騎士「戦果にこだわるなっ! 退けっ、右回転。槍交換っ!」
冬国騎士「はぁっ!!」

傭兵騎兵「なっ。なんて速度だ、反転っ! 後ろに居るぞっ!」
傭兵槍騎兵「いや、右だっ!」
傭兵弓騎兵「何処だ、見えないっ!」

女騎士「第二突撃、つっこめぇっ!!」
冬国騎士「「「姫将軍に勝利をっ!!」」」

傭兵騎兵「ギャァァッ!!」
傭兵槍騎兵「なんて突破力だっ。ば、化け物めっ!」

傭兵隊長「馬鹿野郎っ! 相手は少数だっ!
 取り囲め!  広がって押さえちまえっ!」

女騎士「離脱っ! 陣形直せ! 16番集合っ!
 直ちに第3陣形開始っ!」

冬国騎士「退けっ! 姫将軍の退却命令だっ!」
冬国騎士「イィィーヤッホゥ! お前らに捕まるかよっ!」
480 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 12:25:12.61 ID:498vELIP

傭兵隊長「追えっ! 見たところ相手は300がいいとこだっ!
 追いつけば一ひねりに出来るぞっ!」

傭兵槍騎兵「はっ! 追え追えっ!」
傭兵弓騎兵「つけあがりやがって、あの女っ!」

  将官「第3陣形っ!」

傭兵騎兵「っ!?」
傭兵槍騎兵「ど、どうしたっ」

傭兵隊長「どうした、追えっ!」
傭兵騎兵「そ、それが、敵が二手に分かれました。
 ど、どちらを追えばっ」

傭兵隊長「ただでさえ少ない兵を二つに? 狂ったか。
 どうせ女のやることはそんなもんだっ。お前は右を追え!
 俺は左を追うっ!」
傭兵騎兵「はっ!」

  女騎士「ふむ、追ってくるか。可愛らしいものだ」
  冬国騎士「ははははっ! 馬が本調子でもないでしょうにっ」
  女騎士「そろそろ、行くぞっ!」
  冬国騎士「了解っ!!」

傭兵騎兵「なっ! また二手にっ!?」
傭兵剣騎兵「どっ、どうするっ。どっちを追うっ」

傭兵騎兵「っ〜! 舐めるな、もう数えるほどではないかっ!
 再分割だっ! おまえは左の森の法へ追えっ!
 俺は右を追うッ!」
傭兵剣騎兵「判った! 遅れは取るなよっ!」
傭兵騎兵「女子供に馬鹿にされてたまるかぁっ!」
482 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 12:27:17.70 ID:498vELIP

――大陸草原、荒れ地、16番集合地点

ダカダッ! ダカダッ! ダカダッ!

将官「何番隊だ?」

冬国騎士「8番隊です。ただいま集合しました」
 伝令騎士「集合した隊は隊員を把握! 報告せよっ」

女騎士「どうだ?」

将官「はい。全ての隊が集合完了。
 ただいま報告させいますが、軽傷者や骨折者が多少出た以外
 大怪我を負ったものも脱落したものも居ない模様」

女騎士「二回撃ち込んだだけだからな。
 敵の被害もさほどでもないだろう。……その敵は、どうだ?」

冬国騎士「はっ。迷走させましたので、
 随分広い範囲に広がってしまっているかと思います」

女騎士「諸君っ! どうだ、疲れたかっ!?」

  おおおお! 我らまだ意気軒昂! 姫将軍、ご采配を!

女騎士「よしっ。呼吸も整っているようだな。
 では、再侵攻を開始する。今度は一丸となって行くぞ。
 先頭はわたしが受けもとう」

冬国騎士「そんなっ」 「そのような軽装で万が一があれば……」
冬国騎士「姫騎士将軍は、シスターの服ではないですか」
冬国騎士「せめて騎士団中央部にっ」「我らが戦いますっ」
483 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 12:29:10.09 ID:498vELIP

女騎士「そう思うなら戦果を挙げよっ!」びしっ

冬国騎士 びくっ

女騎士「ただし、今度は倒す必要はない。
 出来るだけ落馬させよっ! 敵を殺すのは本意ではない!
 彼らもまた精霊の教え子。
 いまひと時は対峙しているが我らが同胞だっ。
 やむを得ない時をのぞいて、なるべく殺さぬよう。
 落馬させて戦意を奪えばそれで十分。
 あまり倒してしまうとわたしが勇者に……いや、とにかく落とせ!」

冬国騎士「「「はっ!」」」

女騎士「敵の数は多いが、いまや散開につぐ散開を繰り返し
 一つ一つの部隊の数は我ら以下、
 おそらく半分にも満たないだろう。
 一気に襲いかかり突進力で落馬させ、
 残った相手は小刻みに移動しながらたたき落とせっ!」

冬国騎士「「「了解いたしましたっ!」」」

将官「行きますか」
女騎士「ああ、移動開始だ」

ザッカッ ザッカッ ザッカッ

冬国騎士「あ」  冬国騎士「おお」

将官「ん……?」
女騎士「来てくれたか」

将官「援軍ですか?」

女騎士「ああ。……雪だよ」
488 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 12:47:35.56 ID:498vELIP

――初雪

 ちらちら……
  ちらちら……

「雪だ……」
「ああ、雪だっ」

「このままで戦闘が……」
「うむ、司令部で動きがあるかも知れん」

 ちらちら……
  ちらちら……

「なんだって? ……そうか」
「招集! 招集! 梢の国の騎士よ! 士官用テントへ集まれ!」

 ちらちら……
  ちらちら……

「王弟元帥がご決断為されたっ!
 慈悲深きかの陛下は雪深きこの戦場で
 騎士や従士などがひもじい思いをしているかと思い、
 哀れみをおかけになられたのだっ!
 一部の中流兵をのぞき、今回の征伐軍は春まで延期となるっ!」

「帰れる!」 「俺たちは故郷へと帰れるぞっ!」
493 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 13:00:19.88 ID:498vELIP

――冬の国、官庁街、高級宿屋

タッタッタッタ。ガチャン!!

辣腕会計「委員っ!」

青年商人「どうしました?」
火竜公女「何か起きましたかや?」

辣腕会計「まったく。……昼からお酒を召し上がるなどと」

火竜公女「寒くて他にすることもありませぬゆえ」
青年商人「ご相伴していただけですよ」

辣腕会計「それより、委員。雪ですっ」

火竜公女「雪……」

青年商人「雪はご存じですか?」
火竜公女「ええ、ゲート付近では目にします」

青年商人「中央は退きましたか?」

辣腕会計「ええ。中央の征伐軍は、短期決戦を諦めた模様。
 ある程度の兵を、現在の平原から少し進めて残し、
 そこに簡易的な砦を作り、南部諸王国を睨みながらも、
 大部分の兵は春になるまで、一旦国元へ戻る様子です」

火竜公女「戦争は回避されたのかや?」
青年商人「当面だけ、です」
495 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 13:02:27.34 ID:498vELIP

辣腕会計「どうされます?」

火竜公女「……」

青年商人「どうやら天の機嫌も南部諸王国に
 味方している様子ですね。
 巨大市場を形成するなら、ここが好機でしょう」

辣腕会計 こくり

青年商人「すでに中央大陸中心部の貨幣の流れは
 自壊のプロセスに入っています。
 貨幣の再鋳造を始めたら一層の加速をするでしょう。
 再鋳造の応急処置としての意味はあったかも知れない。
 でも、応急処置は応急処置です。

 根本的な農民の貧しさ。
 通貨のぶれに対する信頼性の低下。
 戦争と略奪に依存した未熟な生産性を
 転換するだけの体質改善が本当は必要だったのに。

 ここで貨幣に手を加えるには……」

辣腕会計「“信用”が低下しすぎていた、と」

青年商人「光の精霊を奉じる中央聖教会は
 無限の信用と尊敬を受けている。受ける事が出来る。
 無条件で全員が従うのだと、己の権威を過信していましたね」

火竜公女「では、ここまでですね」

辣腕会計「は?」
496 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 13:05:08.36 ID:498vELIP

火竜公女「これは戦であったのでしょう?
 で、あるならば収めるべき矛というものがありましょう」
辣腕会計「しかし、この状況下ではまだ搾り取れるっ」

火竜公女「――天が下のすべての事には季節があり
 すべてのわざには時がある

 生まるるに時があり 死ぬるに時があり
 植えるに時があり 植えたものを抜くに時があり
 殺すに時があり いやすに時があり
 こわすに時があり 建てるに時があり
 泣くに時があり 笑うに時があり
 悲しむに時があり 踊るに時があり
 石を投げるに時があり 石を集めるに時があり
 抱くに時があり 抱くことをやめるに時があり
 捜すに時があり 失うに時があり
 保つに時があり 捨てるに時があり
 裂くに時があり 縫うに時があり
 黙るに時があり 語るに時があり
 愛するに時があり 憎むに時があり
 戦うに時があり 和らぐに時がある」

青年商人「あなたは……そう思うのですね」

火竜公女「思うに、商人殿は商人としては純粋だが
 時に危うくも見える。純粋なる鋼の脆さのように。
 時にその非情を悔いておるようにも。
 だからこの国へ来たのではないのかや?
 最後の決断をするために。妾にはそう見えてならぬ」

青年商人「商いの道には情は禁物です」

火竜公女「流される情であるのならばそうでもありましょうが
 情を武器に出来るだけの器量を持ちながら
 怯えるなどとはらしくもない」
497 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/15(火) 13:07:11.53 ID:498vELIP

青年商人「……」
火竜公女「どちらに転んでも良いように準備していたのであろう?」

青年商人「……」
火竜公女「強情な殿方だの」

青年商人「強情ではなく慎重なのです」
火竜公女「妾は助けぬぞ。我が君、勇者のようには」

青年商人「……」
火竜公女「塩は欲しいが、それとこれとは別ゆえな」

青年商人「なかなか、心やすくは行きませんね」

火竜公女「当たり前であろう。
 火の粉が飛んでくる距離が良いと云ったゆえ
 ここも戦場なのだ。心して戦わねば」

青年商人「判りました。聖教会の救援に向かうとしますか」
辣腕会計「……助ける、のですか?」

青年商人「商人なりのやり方でね。
 そのそも二大通貨体制、拮抗体制は視野に入っていました。
 対立二つがあるからこそ、
 その間に入って“利”を得ることが出来る。
 いま一気に搾取するよりも、持続的な商売を採用する。
 そういう判断ですよ」

辣腕会計「はぁ……」

火竜公女「我が君を裏返したような殿方よな」

青年商人「商人子弟殿に冬寂王への面会を依頼してください」
辣腕会計「はっ」

青年商人「南部の英雄と話を固めるとしましょう」
501 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 13:31:44.21 ID:498vELIP

――聖王都、八角宮殿、西の対の宮、奥深い一室

軍閥貴族「口ほどにもないではないか」

蒼魔上級将軍「ふんっ」

軍閥貴族「何が魔族一の軍勢だ。凍土を越えることも
 叶わず引き返すとはっ」

蒼魔上級将軍「そうは言うが、ご自慢の中央の精鋭兵とやらは
 そもそも戦もせずに、食糧難でとって返したと云うではないか。
 われらが南部諸王国の後背をついたとしても、
 それでは軍略にならぬ。我らを陥れるおつもりだったのか?」

軍閥貴族「貴様、云わせておけばっ」

暗殺者「ふしゅるしゅるしゅる」

蒼魔上級将軍「騎士侯爵だなどと勇ましいことだ」

軍閥貴族「貴様ッ。そのような侮辱捨て置けぬ。
 ここで銀剣の錆にしてくれても良いのだぞっ」

カーテンの影「……」

王室つき司教「おのおの方、その辺で一旦矛を
 収めてはいかがですか?」
502 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 13:33:31.91 ID:498vELIP

蒼魔上級将軍「……ちっ」
軍閥貴族「はっ」

王弟元帥「良い。初めから一筋縄でいくとは思っていない」

王室つき司教「さようで」

軍閥貴族「しかし、この冬の飢餓を考えれば
 再軍備の目処もなかなかに厳しく、
 また冬の間にきゃつらの巻き返しがあるやもしれぬのですぞ?
 王侯や貴族の中には、南部に尻尾を
 振る事を考える連中も出る始末」

蒼魔上級将軍「裏切り者か? 粛正すれば良いではないか。
 戦うまえから投降を考えるような敗北主義者を
 生かすような柔弱な姿勢が信念の所在を総括させぬのだ」

暗殺者「ふぅーっしゅっしゅっしゅ。
 流石魔族の若君。云うことが血なまぐさい。歓喜の音色」

王弟元帥「いい加減にせぬか。
 ――確かにあの雪の草原で南部三ヶ国同盟を打破できれば
 それに勝る事はなかったが、
 かといってこの敗北で我らが失った物は多くない。
 我らにはまだ大量の臣下、領土、物資、兵士が温存されておる。
 考えてみれば、あの戦で失ったものなど、
 たかが数百人の傭兵のみ」

王室つき司教「さようですぞ」

軍閥貴族「はっ」
蒼魔上級将軍「ふぅむ」
503 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 13:35:05.85 ID:498vELIP

王弟元帥「通貨の高騰は『同盟』の仕業と判明しておる。
 所詮奴らは時流になびくだけの商人よ。
 甘い蜜、勅書、教会の権威を振れば尻尾を振ろう。
 すでに新貨幣鋳造の準備は整っておる。
 ――そうであるな?」

暗殺者「ふしゅるしゅるしゅる……。御意に。
 魔界より開門都市を通して……砂金の調達も続けております」

王弟元帥「軍資金はこの新貨幣でまかなえばよい」

軍閥貴族「はっ」
蒼魔上級将軍「我らには無縁のこと」

王弟元帥「蒼魔族との約定は先の通り。
 我らの悲願が達成された暁には、南部三ヶ国の領土を与えよう。
 人間界に領土を持つ唯一の魔族として、
 汝らは覇業へとのりだすのであろう?」

蒼魔上級将軍「いかにも。
 そしてその後もずっと『教会の敵』をも演じましょう。
 あなたたちが君臨し、君臨しつづけるためにもね」

軍閥貴族「……腰抜けが」

蒼魔上級将軍「口を控えて貰おう」

暗殺者「ふしゅるしゅるしゅる」

王室つき司教「考えてみれば、南部諸王国などと云う
 無力な防衛のためにずいぶんな金を支出したものです。
 制御できる脅威であれば十分でした物を」
504 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 13:37:05.66 ID:498vELIP

軍閥貴族「しかし、それもこれも、
 南部の跳ね返りものどもを始末しなければならぬ前提」

蒼魔上級将軍「その通りだ。珍しくもな」

カーテンの影「……教会は常に……一つ」

王室つき司教「さようで。我が教会は常に一つの教え、
 一つの聖書、一つの頂点により構成されねばなりませぬ。
 人を導くとはそう言ったもの。
 我らが教会は堅固にして盤石。
 その信仰心は金剛石よりも確か」

軍閥貴族「では……」

暗殺者「ふーっしゅっしゅっしゅ」

王弟元帥「第三回聖鍵遠征軍を招集する」

軍閥貴族「おおっ!」

王室つき司教「聖鍵遠征軍は貴族だけではなく、
 聖なる教会の信徒全てに直接呼びかける人界最強の軍。
 その軍を持って、三ヶ国同盟を打ち砕き、そのまま開門都市、
 さらには魔王を目指す」

軍閥貴族「希有壮大な……」

暗殺者「ふしゅーるしゅるしゅっしゅ」
505 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 13:40:10.47 ID:498vELIP

蒼魔上級将軍「ふふふ。その方が我らにとっても好都合。
 魔王さえ死ねば次の魔王を選ぶための儀式が
 早々に始まりますからな」

王室つき司教「その時の魔王は……。ふふふふ」

蒼魔上級将軍「われら蒼魔族のもの」

軍閥貴族「しかしあの広大な魔界の版図を如何に渡るか」

王弟元帥「今回は魔族の側にも協力者が居る。
 詳細な地図の用意も出来た。そのうえ。ふふっ。
 我が手には切り札がある。
 ……あれを持て」

小姓「こちらにご用意してございます」 すちゃ

軍閥貴族「これは?」

蒼魔上級将軍「見慣れぬ鉄杖ですな」

王弟元帥「――マスケット。ふふふ。
 魔力のないものでも中級炎弾を生み出す機械よ」

蒼魔上級将軍「――機械?」

王弟元帥「ブラックパウダーを推進力に変えて敵を討つ。
 その最大の特徴は訓練だ。
 弓兵を育てるには一年以上の教練が必要。
 ましてや、中級炎弾を使う魔道士となれば5年以上が掛かる。
 しかし、このマスケットは違うのだ。これさえあれば、
 奴隷であっても二週間の訓練で軍を編制できる」

軍閥貴族「なんとっ!?」
506 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/15(火) 13:42:12.28 ID:498vELIP

王弟元帥「ふふふっ。これも異端の技。
 鉄の国に住むとある腕の良い鉄職人がな……ふふふっ。
 あの異端の魔女、紅の学士の依頼と指示を受け
 昨年よりずっと開発していたものよ」

軍閥貴族「そのようなものが……」

王弟元帥「これの生産に成功すれば戦が変わる。
 戦に用いることの出来る兵が十倍にもなるのだ!!
 我らにもはや不可能などはない」

蒼魔上級将軍「……寝返りか」

王室つき司教「寝返りではありませぬ。
 彼は光の精霊への正しい信仰に目覚め、
 新たなる帰依の念を深くしたまで。
 いまは精霊の愛に包まれて至福の境地にありましょう」

王弟元帥「この冬は我らにとっても恵みとなろう。
 マスケットを量産するのだ。
 職人を集め、宮殿に巨大な高炉をつくりだせ!
 一切を秘密のうちに数千の武器を作りだし、
 魔界をも駆け抜けようぞっ! 聖鍵遠征軍こそ我らが剣!」

王室つき司教「全ては精霊の御心のままにっ」

軍閥貴族「御心のままにっ」

暗殺者「ふーっしゅっしゅっしゅるしゅる」
507 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 13:43:33.16 ID:498vELIP

カーテンの影「声が……。聞こえる……」

王弟元帥「……っ」ざざっ

王室つき司教「御お言葉を、お言葉を……」ざざっ
軍閥貴族「猊下っ」ざざっ

カーテンの影「呼ぶ声が……」

王弟元帥「……」

カーテンの影「鍵を……手に入れよ。魔王の……身命を……」

カーテンの影「そして、開門都市にて……我が悲願を……」

蒼魔上級将軍「……」じぃっ

カーテンの影「我らが、教会の……悲願を……」

王室つき司教「必ずや! 必ずやっ!!」

カーテンの影「我らが千年の万年の……」

暗殺者「ふしゅーっしゅっしゅっしゅ! ふしゅーっしゅっしゅ!」

カーテンの影「……光の……精霊の……聖骸を……
 必ずや、必ずや……手に入れるのだ……」
530 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/15(火) 18:48:46.50 ID:498vELIP

――冬の王宮、広間、対策会議

青年商人「お初にお目に掛かります。
 南部諸王国の王侯の方々。
 わたしは『同盟』所属の商人。
 あらかじめ商人子弟殿を通して
 ご紹介して頂いたとおりのものであります」

辣腕会計「補佐を務める会計と申します」

鉄腕王「ご挨拶痛み入る」
氷雪の女王「雪の国の女王です。以後お見知りおきを」

冬寂王「畏まることはない。我らは王族とは言え、
 もはやこの三ヶ国同盟において農奴は解放されたのだ。
 もちろん我ら自身の誇りと名誉によって民のために
 身命賭ける覚悟はあるが、我らはもはや王という
 支配者ではない。同名の管理人にすぎぬ」

商人子弟(それこそが王の資質なんだと、
 僕なんかにゃ見えてるんですがねぇ……)

青年商人「かたじけなきお言葉を賜り有り難く存じます。
 では、時間も差し迫っていることかと思いますので、
 手早く交渉に移りたいと思いますが……」

冬寂王「……」ちらっ

商人子弟 こくり

冬寂王「よろしくお願いする、青年商人殿」
532 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 18:49:56.19 ID:498vELIP

青年商人「まずは第1の話題です。
 わたしども『同盟』は三ヶ国同盟が国家備蓄として
 保持している馬鈴薯の全て。また春までに生産される
 追加分全てを引き取りたい、と云う意向を持っています」

鉄腕王「全て……!?」
氷雪の女王「とてつもない量になりますよ?
 船で運ぶのなら何十隻を必要とすることかっ」

冬寂王「何に使うつもりなのだ?」

青年商人「中央の諸国家に売ります」

鉄腕王「馬鈴薯は聖教会によって異端食物の指定を
 受けているんだぞ?」

青年商人「中央は現在深刻な穀物不足です。
 もっともわたしが『不足』などと表現すると、
 色々問題もあるような気がしませんでもありませんけれど。

   だがしかし、飢餓が目の前に迫っているのは現実。
 この状況を打破するためには多少劇薬が必要でして」

冬寂王「それが馬鈴薯か?」

青年商人「飢えた腹で食べる馬鈴薯はさぞや旨かろうと思います」

氷雪の女王「……っ」

青年商人「飢えて死ぬよりは、馬鈴薯を食べますよ。
 人間そこまで割り切れて生きれる物じゃぁ、無い。
 意地っ張りも居ますが、この件では多数派ではないでしょう」
534 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 18:53:25.81 ID:498vELIP

冬寂王「しかし、中央諸国を全て救うほどの馬鈴薯は……」

青年商人「その辺はご心配なく。
 高価格を維持する程度にコントロールして麦を放出します。
 飢餓を起こすことが『同盟』の目的ではない」

冬寂王「我ら三ヶ国通商同盟に肩入れをしてくださると?」

鉄腕王「ふむ? 肩入れとはどういう事だ?」

青年商人「いえ、馬鈴薯を食べた国民が、
 その味を理解しそれが悪魔の果実などではないと云うことを
 自らを持って体験してしまう。
 その結果、いくつかの国々が三ヶ国通商同盟の方へ傾く。
 そんなことが仮にあったとしても、別にそれは
 『同盟』が三ヶ国通商に好意を持っているという話では  ありません」

氷雪の女王「……」

商人子弟「だがしかし、そうであってもわたし達には追い風です」

青年商人「それはもちろん。で、あればこそ交渉の余地がある」

冬寂王「『同盟』の意図はこの場合何処にあるのかね?」

青年商人「……」

冬寂王「もちろんそれが『同盟』の機密であるなら
 聞くわけにも行かないだろうが……」

商人子弟「いえ、おそらくそれが今日の交渉の一つの本題」
535 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 18:55:46.73 ID:498vELIP

青年商人「そうですね。冬寂王陛下。
 陛下達はいま、意識してか否か、歴史の岐路に立っておられる」

冬寂王「……」じぃっ

青年商人「三ヶ国通商同盟は拡大するチャンスがあります。
 今回の戦を無血に近い状況で回避できたこと。
 中央諸国の飢餓の兆候、長きにわたる不況、経済の停滞。
 そして聖教会の横暴と、農奴の解放運動」

氷雪の女王「それらが追い風になる、と?」

商人子弟「ええ」

青年商人「……すでにいくつかの打診があるのではないですか?
 自国だけは関税を緩和して欲しいであるとか、
 秘密軍事同盟を結びたいであるとか、と云った件です」

冬寂王「それはお答えしかねる」

青年商人「いままでのこの大陸では“聖王国−聖なる光教会”の
 一極支配がまかり通ってきた。
 もちろん様々な国や領主が存在していましたが、
 それらは結局はこの『中央』の自治地方として
 認められていたに近い。
 民を治めてはいましたが、教会には頭が上がらないというのが
 現状でした。また聖教会は聖王国と癒着して、
 氾濫しそうな分子を武力粛正することが出来た。
 三ヶ国通商は、そう言った状況に発生した、
 武力と、教会以外の教会――すなわち修道院の結合。
 これは歴史上類を見ないことです。
 規模は小さいけれど、そこにまったく新しいチャンスがある」
536 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 18:56:52.47 ID:498vELIP

青年商人「……そのチャンスとは、勢力圏であり、経済圏。
 わたし達商人の言葉で言えば、市場です。
 新しい政策を打ち出し、
 新しい農業を営み、人口も増えている三ヶ国。
 そこに中央からいくつかの国家が加われば、
 聖王国や教会でもおいそれとは手出しの出来ない勢力が誕生する」

鉄腕王「お前達は共倒れを狙っているのか!?」

商人子弟「いえ、そうではありません。鉄腕王よ。
 彼らは商人です。もしわたし達が共倒れをしてしまえば
 商売をする相手が居なくなってしまう。
 彼らが望んでいるのはあくまで利益なのですから」

青年商人「そうです、鉄腕王よ。
 たった一つしか国がない状態では商売の幅が狭くなってしまう。
 もしまったく二つの異なった勢力があれば、
 どれほどに商売の幅が広がるでしょう?」

鉄腕王「それが本題なのか」

冬寂王(中央諸国のいくつかを、寝返らせ、それが無理でも
 中立状態に持ってゆき、停戦の道を探るというのが
 わたし達の当初立てたプランだった。
 彼のこの発言はそれを後押ししてくれるに等しい。
 だが……)

冬寂王「商人殿。……そこまでの部分のお話は判った。
 それに対する対価はどのように支払えばよいのだ?」
537 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 19:01:00.83 ID:498vELIP

青年商人「まず、第1に馬鈴薯についてですが、
 これは0.8倍の重さの轢いた小麦、
 もしくは1.55倍の重さの大麦との交換でいかがでしょう?」

冬寂王 ちらっ

商人子弟 かちゃかちゃ「妥当……ですね」

青年商人「次に経済圏設立提案ですが、こちらはただの
 アドバイス。無料です」

鉄腕王「ただより高い物はない、と云うな」

青年商人「……ええ、至言ですね。
 この商売のやり方は、ある方より教わった物でして。
 ははは。
 私どもは、この場合“概念”といいますか“考え”を
 売っているのです。儲けは度外視してもですね。

 私ども『同盟』は新しく設立したその勢力内でも商売をします。
 勢力に活気があればあるほど利益が大きくなります。
 ですからこそ、無料と云うことでも利益は上がる。
 もちろん、そうですね。
 とりあえず、手始めに商館と銀行業開始の許可を
 頂きたいですね。商館は地区支部です。
 それは私ども『同盟』の活動拠点ですから」

冬寂王「ふむ。銀行施設、か」
538 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 19:06:23.61 ID:498vELIP

商人子弟「王……」

青年商人「……なにかございますか?」

冬寂王「いや、わたしも国がこのような状況でな。
 すっかり貧乏なのだよ。内帑金を用いて一つ新しい事業を
 興してみたいのだが、その銀行とやらは相談に乗ってくれるかね?  いや、商人どの。そなたは共同経営に興味はないかな?」

青年商人「ほう、どのような事業で?」

冬寂王「三ヶ国内部、また賛意を示してくれる国全てに
 湖畔修道会の修道院を作ってゆく計画だ」

青年商人「重要な考えかと思います。中央聖教会に対応する
 ためには修道院の密度も連携もいまより格段に必要となる
 でしょう」

冬寂王「それらの修道院では天然痘の予防治療を行う」

青年商人「……事実ですか?」
冬寂王「そうだ」

青年商人「あの人ですか?」
冬寂王「……あの方の一族、だな」

青年商人「判りました。わが『同盟』は初年度において
 金貨5000万枚相当の援助を行う用意があります」

辣腕会計「それは本当なのか。……奇跡だ」
539 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 19:10:17.34 ID:498vELIP

青年商人「このようなニュースを耳にするとは……」
商人子弟「黙っていたのは、騙していたわけじゃないんですよ」

青年商人「いえ、それはもちろん判ります。
 むしろこのような機密をわたしのような得体の知れない商人に
 打ち明けて頂いたことの方が大きな驚きです」

冬寂王「紅の学士殿にあったのだろう?」

青年商人「はい。機会は多くはありませんが。
 あの美しい方は、外面だけではなく
 この世界まれに見る気高く聡明な魂を持っていますね」

冬寂王「ああ。二人共に……」

青年商人「――」
辣腕会計 ?

青年商人「ですがどうして?」

冬寂王「あの方は出会った者に刻印を……。
 いや、種を撒かれているような気がする。
 さっき話した商人殿の中に
 あの方の残した種の芽生えを感じたのだ」

商人子弟(……判る人には、やはり判るのだ)

青年商人「判るような気がします。
 だがわたしも商人です。商売のことでは退きませんよ?」

冬寂王「結構だ」にやり
543 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 19:17:11.74 ID:498vELIP

青年商人「それでは、今日の本題の二点目にして、
 最後の交渉です」

冬寂王「伺おう」

青年商人「我が『同盟』は、三ヶ国通商同盟と魔族との
 少なくとも魔族のいくつかの部族との早期停戦合意を
 希望しています」

鉄腕王「なんだとっ」ガタッ

青年商人「落ち着いてください」

冬寂王「……」

氷雪の女王「まずは話を聞こうではありませんか」

青年商人「わたし達『同盟』は魔族との交易を望んでいます。
 小競り合い程度ならともかく、全面戦争は交易にも
 深刻な不都合をもたらします」

鉄腕王「相手は魔族なんだぞ!? 取引など出来るものかっ」

青年商人「出来ます」
鉄腕王「何を根拠に大口を叩くっ!」

青年商人「誤解しないで頂きたい。あなた方だけが命を
 掛けているのではない。本日わたしが持ってきた交渉の
 材料――物資、資金、情報、信用。これらすべては
 『同盟』所属の商人たちが命がけでそろえたもの
 わたしは彼らを代表して。いわば一勢力の司令官として
 この席に望んでいるのです」
546 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 19:42:43.51 ID:498vELIP

青年商人「そのわたしが、出来る。と云っている。
 それはわたしのみならず『同盟』所属商人全ての
 声だと思って頂きたい。
 何を根拠に? そうお尋ねですが、
 根拠はそれです。わたしがわたしであるから。
 商人であるから、出来ると云っているのです。
 命を賭して、やる。と」

鉄腕王 がたん

氷雪の女王「ほぅ」

商人子弟「……お歴々方。この件に関しては、
 僕は心情的には青年商人さんの味方です」
従僕「へっ?」

商人子弟「いや、僕はしがない役人にすぎないのですが。
 商人の家の倅ですからね。商人ってのは、特に旅回り
 なんて云うのは辛いものです。嫌われようと疎まれようと
 村から村へ、国から国へと回って物を売り買いするんですよ。
 そこには敵も味方もないんです。必要なことをやってるだけ。
 自分で決めた道を自分で歩んでいるだけですからね。

   この青年商人さんにとって、この話は
 “戦争中の隣の国だけど、実はすごい特産品があるんだ。
 そうか。そんな所へ行って交易がしてみたいな”って
 それだけのことなんですよ。
 まぁ、そのために中央大陸の農民の命を盾にとって
 戦争を止めようとするほど業情っ張りの御仁ですけどね。

   なんだかその気持ちはわかるような気がするんですよ」
547 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 19:43:43.38 ID:498vELIP

青年商人「……」
辣腕会計「子弟殿……」

商人子弟「ま、それに。おい、試算」すちゃ
従僕「はいっ!」ぴょこっ

商人子弟「現実問題、中央とのもめ事に軋轢を抱えたまま
 対魔族戦線や警戒網を維持するのは無理な話じゃないですか?
 聖王国からは宣戦布告まで出されちゃってるんだから、
 魔族あいてには多少なりとも懐柔工作なり、すくなくとも
 中立派工作なり行って、いまの事実上のこの戦争休止状態を
 何とか延長することに何の問題もないと考えます。

   この試算によると、魔族との交易が推定規模に達した場合
 三ヶ国同盟の税収額の実に36%が、関連税、または港の使用料から
 まかなうことが可能であり、対魔族交易の中心地となる。
 また現在のかさんだ防衛予算を圧縮することも可能です」

辣腕会計「……やりますね、彼」

鉄腕王「……」

氷雪の女王「国民の納得はどうなるのだ」

商人子弟「実際の魔族と戦っていたこの国として
 そこをじっくりと考えて欲しいとは思います。
 本当に魔族って人間を堕落させるための破壊の化身なんですか?
 僕には……。
 こう言うと魔族との戦で死んでしまった人に
 申し訳が立たないのかも知れませんが、
 戦場で出会った魔族の方が、教会の説教に出てくる魔族より
 ずっと人間らしかった気がするんですよ」
548 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 19:45:04.34 ID:498vELIP

冬寂王「やはりこの件については、重大すぎるために
 すぐさまお返事するわけには行かない。
 申し訳ないが商人殿」

青年商人「そうですか……」

冬寂王「しかし、早急に魔界に対する調査団を派遣しようかと思う」
氷雪の女王「調査団?」

冬寂王「わたしも指摘されて思い知ったのだ。
 我らは魔界のことを知らなさすぎると、ね。
 なぜだろう?
 二回も聖鍵遠征団を送り、
 合計で10万人に迫る人間が魔界へと入り込んだのだ。
 その風物や産業、あるいは風景くらいは
 聞こえてきても良いのではないか?

   それなのに、なぜか我らの知っているのは、
 悪夢じみたおとぎ話にも思える戦闘の様子ばかり。

   何かがおかしいような気がしてならぬ」

氷雪の女王「云われてみれば……」

冬寂王「いまはこのくらいしかお答えできぬ。すまない」

青年商人「いえ、十分でしょう」
辣腕会計「委員……」

冬寂王「もしかしたら、二つの世界は意外に近いのではないか。
 そのような予感もわたしにはするのだ……」
554 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 20:24:07.38 ID:498vELIP

――開門都市、神像の無き神殿、最深部

女魔法使い「……」

女魔法使い「……すぅ、すぅ」

女魔法使い びくっ

女魔法使い「……」きょろきょろ

女魔法使い「……発見」

カツン

女魔法使い「……不可視化解除。……ここ」

女魔法使い「……」

女魔法使い「……」

女魔法使い「……」

女魔法使い「……冗長系としてのマージンがわたしを
 誕生させたけれど、その意味について設計者が
 関知しているかは疑問」

女魔法使い「……存在するなら進む。結果を見るのが、
 勇者なら、わたしはそれでも悪くない。
 ……ん。……正しく、冗長系だね」
560 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 20:45:25.57 ID:498vELIP

――魔王城、前庭、“忘れえぬ炎”の広場

魔王「我が同胞(はらから)よっ! 我が臣民よっ!」

おおおおお! 魔王! 魔王!

  勇者「なんだよ、魔王。人気ないって云ってなかったか?」

  メイド長「歴代の中では不人気なんですよ。
   魔界では戦闘能力があるほど尊敬されますしね。
   先代魔王が広場に集まった民にこんな呼びかけをしたら
   もう、4、5人鼻血だしてたおれてます」

魔王「長きにわたる不在! みなのものには心配をかけたであろう。
 様々な憶測、流言飛語があったかと思うが、
 わたしはこの通り壮健であるっ」

おおおお! 魔王! 魔王! 魔界に栄光あれっ!

魔王(小声)「メイド長っ」
  メイド長「何でございますか? まおー様」

魔王(小声)「この服、もうちょっと何とかならなかったのか?」
  メイド長「何とかなったからそうなのでございます」

魔王(小声)「胸があふれそうだっ」

  勇者「あー。やばいな。眼がちかちかするわ」
  メイド長「女性魔王たるもの、色気を無駄に
   垂れ流さなくてどうします」

  勇者「お約束?」
  メイド長「お約束でございます」
561 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 20:49:02.77 ID:498vELIP

魔王「諸君! 長きにわたる憂悶の日々に堪えてくれたことを
 嬉しく思う。……わたしは帰ってきた。この魔界にっ」

  勇者「なんか、そうぽよぽよされると、ほら、なんての。
   相方として、泣きたくなるじゃんね? 普通に」

魔王(小声)「殴る」

  メイド長「勇者様にもアピールできるチャンスですのに」

おおおおお! 魔王! 魔王!

魔王「わたしが雌伏している二年の間に何があったかは
 知っている。まずは人間の征服していた我らが聖地の一つ
 開門都市を取り戻せたことは喜ばしいっ。
 かの都市は以降、我が直轄領としての庇護を与えるっ」

  メイド長「えー。次の原稿は……」

魔王「わたしが姿を見せぬ間、魔王に反旗を翻し、
 またわたしがさだめた法を逸脱したものに関しては
 我が忠実な剣にして将、黒騎士がその斬魔の剣にて
 粛正を与えたっ!」

  メイド長「勇者様、ここで前に出て、ガオーって」

勇者「え?」 ざざっ。じゃきんっ 「こうか?」

  メイド長「もっとすごい感じで、ガオーって!」

勇者「うう。なんだよそれ……こ、“広域殲滅光炎陣”っ!」

 ヒュカッ!!  ……ビリビリ゙ビリ……チュドオオオオオオン!!!
569 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 20:52:22.99 ID:498vELIP

  シーン ……と、塔が一瞬で
  ヒソヒソヒソ…………な、なにごとだ

魔王「こっ……。これが我が将の実力だっ!」
  メイド長「まおー様、ナイスアドリブフォロー」

おおお! すげー! 黒騎士すげー! すごすぎる! 魔王! 魔王〜! 魔王ーっ!! 魔王!!

勇者(やっべなんか出過ぎた)

魔王「本日は我からみなに通達がある。
 忠実なる同胞よ、我が臣民達よ! 人間と接触しはや20年。

   彼らの持つ姿も力もその性格も、すでに我らの
 よく知るところとなった。
 我らはいま正にっ! 歴史の岐路に立っておるっ」

魔王! 魔王〜! 魔王ーっ!! 魔王!!

魔王「わたしはっ!」 ばばっ
  メイド長「おお。黒マントひるがえり演出っ」

魔王「ここに、大部族会議っ、忽鄰塔の招集を告げるものである!」

魔王! 魔王〜! うぉぉ! とうとうこの日が来たっ!
人間との全面戦争だぁ! 今度こそ我らの大勝利だぁ!!

魔王「え? ちがっ。そうでなく」

魔王! 魔王〜! 魔王万歳っ!! 魔界万歳っ!!

魔王「……ええーいっ。
 すべては忽鄰塔において族長による決定があるっ!
 魔界の隅々にまで伝えよっ! 魔王が招集をしているとっ」
654 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 13:21:59.11 ID:BJlDi/AP

――冬越し村、真冬の朝、村の入り口

痩せたした村人「ほーぅい」
中年の村人「どんな案配だい?」

痩せたした村人「今日も寒いなぁ」
中年の村人「ああ、氷っちまうだがよ。何処へいくだ?」

痩せたした村人「ちょっくら豚肉をとりに倉庫へな」
中年の村人「おいら氷溶かしだがや。……おや」

痩せたした村人「?」

中年の村人「ほーぅい! ほーぅい!」

痩せたした村人「ありゃ、学士様でねぇかい!
 都におられるって話だったけんど
 おら達が村に帰ってきてくれたのかい!?」

中年の村人「ほーぅい! 学士様よぉーい!」

  魔王 ぶんぶんっ
  勇者「そんなに手を振らんでも」

たったったった

痩せたした村人「おかえりだがや! 学士様!」
中年の村人「おかえりなさい、学士様!」

魔王「うん。いま帰った」にこっ
656 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 13:24:02.27 ID:BJlDi/AP

――冬越し村、魔王の屋敷、暖炉の暖める広間

 めらめら、ぱちぱち

メイド姉「申し訳ありませんでした、当主様」

魔王「もう良いと云っているではないか」

メイド姉「しかし、当主様のお姿であのようなことをしでかし
 この件の影響は大きく、今後の当主様の活動にも
 変化を与えずには済みません」

魔王「かといって、あそこで殺されておったら、
 それこそわたしは幽霊になって
 住む家もいままでの成果も失ってしまう。
 おまけにメイド姉の幽霊も出てくるだろうから
 幽霊にたたられる幽霊ではないか」

メイド姉「は、はい……」

魔王「その件は、帰り道に勇者にも聞いておる。気にするな」

メイド姉「は、はい……」

魔王「それより長い間大変だったのであろう?
 もういいのか? 怪我などはしていないか?
 疲れてはいないか?」

勇者「いや、それは自分に云えよ」
メイド長「まったくです。人より重いものぶら下げてるんですから」
657 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 13:25:27.04 ID:BJlDi/AP

メイド姉「いえ、皆さんに本当に良くしてもらって」
メイド妹「うんうんっ! 鉄の国の料理も教えて貰ったよ!」

魔王「そうか、それは楽しみだな」なで
勇者「どんなのだ?」

メイド妹「海賊風スープとか、猪の香味炙り焼きとか」
勇者「豪快だな」

メイド妹「味が濃くて、ぎゅーって感じで美味しいよ?」
勇者「おお、なんか美味そうなな感じだ!」

メイド長「当主様がお出かけの間、
 家事に遺漏はありませんでしたか?」

メイド姉「家を空けておりましたので、
 その間は世話が行き届かなかったのですが
 村の方達が、冬支度と、雪下ろしをやってくれましたようで。
 昨日帰りましてから、邸内の埃払いなどを始めております。
 明日には全ての清掃管理を以前と同じような段階まで
 戻せるかと思います」

メイド妹「私もがんばったよ!」

メイド長「妹は何をしていたのです?」

メイド妹「シーツ全部洗濯した! リネンも全部きれい!」

メイド長「……よろしい。評価に加えましょう」
658 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 13:26:37.91 ID:BJlDi/AP

メイド姉「では、わたし達は廷内の清掃に戻りますので」
メイド妹「え? もっとお話……」

メイド姉「戻りますよ。妹。お話は夕食の時でもできます。
 それにいま全部聞いちゃったら、冬籠もりの間に
 お話を聞く楽しみが無くなっちゃうでしょ?」

メイド妹「うー」

メイド姉「ほら、いくよ?」 ずるずる
メイド妹「と、当主様。またー!」

メイド長「では、まおー様。わたしも冬の間の届け物や
 屋敷の遺漏、仕事の具合などをチェックしてまいりますので」

魔王「うむ。頼んだ」
勇者「よろしくなっ」

とっとっと

メイド長「あ、そうでした」

魔王「なんだ?」

メイド長「まだ屋敷の何処が汚れているか判りません。
 チェックも終わっていませんので、多少ご不便でしょうが、
 しばらくはこの部屋で大人しくしていてください。
 夜までには執務室を使えるようにしておきますので」

魔王「うん、お願いする」
勇者「たかが掃除で。汚れても死なないって」

メイド長「汚れた格好で歩き回られると掃除の手間が増えます」
660 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 13:28:28.73 ID:BJlDi/AP

――冬越し村、魔王の屋敷、暖炉の暖める広間

勇者「メイド長も神経質だなー」

魔王「ふふふ。あれでも気を遣ってくれたのだろう」
勇者「?」

魔王「少し休憩しろ、と云うことなのだ」
勇者「ああ。まだるっこしいなぁ」

魔王「そういう性格なのだ」にこっ

 めらめら、ぱちぱち

勇者「……」
魔王「……」

 めらめら、ぱちぱち

勇者「それにしてもさ、そのー。Quriltai?」

魔王「忽鄰塔だ。魔族の族長が集まり、
 重要事項を決定する大会議だな」

勇者「なのに、かえって来ちまって良かったのか?」

魔王「開催するためには一ヶ月以上掛かる。
 使者をとばして向こうも準備をせねばならぬからだ。
 忽鄰塔は本当に大きな集まりで、
 一人の魔王の治世の中でも2回も開けば多い方だ。
 中には1回の忽鄰塔も開かなかった魔王もいる」

勇者「ふぅん」
661 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 13:29:57.69 ID:BJlDi/AP

魔王「会議は族長同士で行われるが、
 族長だけが集まるわけではない。
 氏族の主立った顔ぶれがあつまって交流するのだ。
 市が開かれ交易も行われる。
 腕試しの決闘がそこここで開かれるし、
 中には恋に落ちる若者同士もいる。
 忽鄰塔の期間に生まれた子供は、将来利発になるとも云うな。
 そして多くの宴も催される。
 宴だけで時には一月にわたることもあるほどにだ」

勇者「ふーん。会議とお祭りと旅行が一緒くたのようなものか」

魔王「魔族の氏族の中には個性が強いものもおる。
 例えば竜族などは強力な氏族だが、多くの場合自分たちの
 領土に閉じこもって生活を続けているな。
 獣人族は山野を駆け巡る狩人で、あまり人里には暮らさない。
 彼らが他の氏族とふれあう機会である、というのも
 忽鄰塔の大きな役割なのだ」

勇者「そうか、人間と一緒にしちゃいけないな」
魔王「そのとおり」

勇者「今回の会議はやっぱり、その」
魔王「ああ、人間族との関係を見直さなければいけない時期だ」

勇者「……」

魔王「大丈夫。なんとかなるさ。そのためにもしばらくは
 この屋敷と地上界で資料集めや援軍の準備をしなくては」

勇者「そっか」
662 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 13:32:03.69 ID:BJlDi/AP

 めらめら、ぱちぱち

魔王「……ふわぅ。……んぅ」ぐぃっ
勇者「どうした?」

魔王「いや。暖かくてな。なんだか緊張が」
勇者「疲れてたんだろう?」

魔王「そうなのかな」
勇者「緊張している時は、疲れが自覚できないもんだ」

魔王「む。そういうものなのか」

勇者「激しい戦の後なんか、特蜷。
 もう何が何だか分かんないくらい気合いが入っちゃって、
 戦った後に海に飛び込んでゲラゲラ笑いながら8時間泳いで、
 陸に上がった後にいきなり寝むりこけて
 二日たった事もあったくらいだ」

魔王「それは勇者だけだ」

勇者「すこし寝るか?」

魔王「いや、眠くはないのだが。ちょっとだるいだけで」
勇者「そっか。……えーっと」

魔王「ん?」
勇者「あんまり柔らかくないし、
 寝心地悪いけど、膝を貸してやろうか?」

魔王「良いのか?」
勇者「おやすいご用だ」
668 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 13:37:27.58 ID:BJlDi/AP

「そこまでですっ!」
「その手を……は、離してくださいっ!」

「貴様ら、何者だっ!?」

 凍り付いたような月光の中を飛び込んできたのは二つの小さな
影だった。
 まだ子供のようなあどけない表情を、それでも闘志に燃やして、
 栗色の長い髪をたなびかせる少女。彼女のその幼いしかし将来を
十分に予感させる可憐な美貌に似合わない、薄手のぴっちりとした
服の胸部を盛り上げる発育した胸がふるえる。
 愛らしい腰回りにフリルを沢山つけたミニスカートからはニー
ソックスに包まれた健康そうな太ももを突き出され、強気そうに
大地を踏みしめた体勢で高らかに名を名乗る。

「わたしはごきげん剣士ななこっ!」

 その傍らに立つのは、少女と見まごうばかりの可愛らしい表情を
した少年。まだ発育しきらない、薄く華奢な上半身の線を晒しだし
てしまうような丈の短いブラウスと、細く滑らかな足を見せつけて
しまうようなきわどい半ズボンで、その身体を覆っている。
 少年はその格好が恥ずかしいのか、内股になって身をよじりなが
らも、奇っ怪な黒い影を見つめて気丈に声を張り上げる。

「ぼ、ぼくはごきげん賢者すいかっ!」

 二人が呼吸を合わせて手をハイタッチさせると、そこから奔流の
ように光が流れ、あたりに輝きの微粒子が舞い踊る。
 音楽的な炸裂音と七色の閃光は暗い倉庫を照らし、コウモリにも 似た怪人の網膜を焼き尽くす。

「わたしたちっ!」「ぼくたちっ!」
 くるりと回って武器を構える二人。

「相手が悪だかどうかも確認せずに、ノリと勢いで征伐執行!
 わがままいっぱい甘えたい盛りのお年頃っ!
 その名もっ“ごきげん殺人事件”っ!! 執行完了170秒前っ!」
675 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 13:42:32.34 ID:BJlDi/AP

――冬越し村、魔王の屋敷、暖炉の暖める広間

魔王「〜♪」
勇者「……ん」

魔王「勇者の膝、気持ちが良いぞ」
勇者「おお、そりゃよかった。眠くなったら寝ても良いんだぞ?」
魔王「そうさせて貰うかも知れないが……」

勇者「ん?」

魔王「勇者は何を読んでおるのだ?」
勇者「新作」

魔王「は?」

勇者「いや、五巻目らしいんだ。『ごきげん殺人事件5 3回チェ
 ンジで温泉旅行殺人事件』なんだけど」

魔王「意味がわからない」
勇者「俺にだって判らないよ」

魔王「判らないものをどうして読んでおるのだ?」
勇者「友人が書いたんだ」

魔王「ほう」
勇者「ほら、女魔法使いだよ」
魔王「そうなのか? 彼女にそのような趣味が?」

勇者「ああ。あっ。これは秘密だぞ? そう言えば
 口止めされてたんだった」

魔王「判った……。だが知ってしまうと興味をそそられるな」
勇者「貸してやろうか? 1巻から読めば同時に読めるぞ」
680 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 13:46:05.74 ID:BJlDi/AP

魔王「……」ぺらっ
勇者「……」

 めらめら、ぱちぱち

魔王「くっ。……ウサりんご大佐め、なんて憎たらしいやつなのだ」
勇者「そいつムカつくよなぁ〜」

 ぺらっ、ぺらぺらっ

魔王「……」
勇者「……ほほう」

 ぺらっ

魔王「なっ!? 胃の中までカブ汁で満たすだと……?
 なっ、なんて猟奇的で残虐な発想なんだ。作者は正気かっ!?」

勇者「……いやぁ、どうかな」

 めらめら、ぱちぱち

魔王「ふぅーむ」
勇者「どうした?」

魔王「いや、意味はまったくわからないが面白いな」
勇者「面白いが読み終わってもあらすじを解説できないんだ」

魔王「新規な体験と云えよう」
勇者「珍奇な経験としか云えないと思うぜ」
684 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 13:48:53.17 ID:BJlDi/AP

 めらめら、ぱちぱち

魔王「ふぅー。堪能したぞ。1巻最大の見せ場は、ショーツを
 盗まれたすいか少年のあられもない必殺技だな」

勇者「……いや、それはうがちすぎた見方だろう?」
魔王「では何処が良いというのだ?」

勇者「やっぱり深夜の路上でゾンビの物まねをする村人が
 60ページに渡って描写される所じゃないか?」

魔王「震えが来るな」
勇者「まったくだ」

 めらめら、ぱちぱち

魔王「……」
勇者「……」

魔王「勇者と、こうして背中をくっつけあって本を読む日が
 くるなんて、わたしは想像もしていなかったよ」
勇者「俺だってしてなかったさ。魔王となんて」

魔王「背中……暖かいな」
勇者「うん」

魔王「わたしはずっと一人で本を読んできた。
 もちろん簡単な物から難しいことまで、
 それこそ気が遠くなるほどの勉強もしたけれど、
 それにもまして一人であれやこれや、
 他愛のないことを想像してきたよ。
 でも、勇者と背中をくっつけるなんて簡単なことも
 想像していなかった」

勇者「実物で手を打てば良いんじゃないか? 魔王」
704 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 14:31:00.16 ID:BJlDi/AP

――冬越し村、魔王の屋敷、食堂

メイド妹「じゃーん! 今日はご馳走です!」

魔王「おお! 美味しそうだ」
勇者「家空けてたのに、良く食料があったな」

メイド長「ええ。村長と村の方達が、
 先ほどから何名もいらっしゃって。
 ご帰還のお祝いだと届けてくれるんです」

魔王「ああ、ありがたいな。
 それでは遠慮無くいただこうではないか」

勇者「おう」

メイド長「では、給仕を……」

魔王「ああ。良い。一緒に出してしまってくれないか?
 それに今日は、みんなで一緒に食べよう」

勇者「そうだな」

メイド長「ですが……」

魔王「習慣にする訳じゃない。今日だけだ。
 メイド長、ゆるしてくれ」

メイド長「主人の希望を叶えるのもメイドの仕事ですからね……」
705 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 14:32:17.41 ID:BJlDi/AP

魔王「では、頂きますだ」
勇者「いっただっきまーっす!」

メイド長「パンも焼きたてですね」
メイド姉「はい」にこっ

メイド妹「明日はレーズンの入ったのを作るよ。
 あ、お兄ちゃん。テーブルでの給仕はわたしがやるのっ」

勇者「いいじゃん。たまには楽すれば?
 スープくらい自分で出来るよ」

メイド妹「ちがうのっ。これはわたしの仕事なのっ。
 それにね、作った料理を盛りつけて、お届けして
 “美味しい〜”って顔を見るのは、お仕事だけど
 お仕事って云うよりもご褒美なんだよ?
 そこまでセットで料理人なのっ」

魔王「そのとおりだな。それはメイド妹の労働対価だろう?」

勇者「……そうなのか。判ったぞ。おねがいします」

メイド妹「は〜い♪ どうぞっ」
勇者「ん……」

メイド妹「どう?」
勇者「美味しいぞ。ベーコンも炒まって、馬鈴薯も最高だ」にこっ

メイド妹「わーい♪」
706 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 14:33:47.72 ID:BJlDi/AP

メイド長「こほん。妹」
メイド妹「はいっ」

メイド長「食事の場で腕を振り回す物ではありません」
メイド妹「ごめんなさい」

メイド長「でも、料理は腕を上げましたね」
メイド妹「は、はいっ」がたっ

勇者「――直立不動で敬礼してるし」
魔王「うむ、メイド長。良い掌握だ」

メイド長「これからも精進なさい」
メイド妹「はいっ♪」

勇者「美味いなぁ」
魔王「うん。この貝のバター焼きも良いな」

メイド長(小声)「ところで、まおー様」

魔王「どうした?」

メイド長(小声)「いかがでした?」
魔王「なにが?」

メイド長(小声)「お二人の時間ですよ」
魔王「ああ、楽しかったぞ。どきどきわくわくだ」
707 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 14:36:30.24 ID:BJlDi/AP

メイド長(小声)「おや。流石の童貞勇者も、では抱擁くらいは」

魔王「それにしても2巻でいきなり武器が砕けた上に
 自分たちが逮捕されるとは……」

メイド長(小声)「はい?」

魔王「“才能の無駄遣い”?
 ……いや“無駄遣いにしか使用できない才能”なのかな。
 世間の評価は判らぬが、ともあれ問題作ではあった」

メイド長(小声)「何を仰ってるのか、わたし……」

魔王「いや、『ごきげん殺人事件』だ。新しい形の物語で
 勇者と二人でずっと読んでいたんだ。面白かったぞ」

メイド長(小声)「ずっと?」
魔王「うん、ずっと」

メイド長「……」
魔王「?」

メイド長「勇者様ー?」
勇者「ん。なんだい、メイド長?」

メイド長「まおー様が、今晩の湯浴みでは背を流したいそうです」
勇者・魔王「えっ!?」

メイド姉「え、あ、わわわ」
メイド妹「一緒お風呂なの? いいなぁ〜」
メイド姉「わたし達は良いのっ」

勇者「何を言ってるんだっ。そ、そ、そんなのっ」
魔王「そうだぞっ。メイド長っ。横暴だぞっ」
708 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 14:37:46.80 ID:BJlDi/AP

メイド長「これは決定です」ぎろっ

勇者「お、おーぼーだぞー。ですよー?」
魔王「な、なんでそんなに怒っているのだ? 悪いことしたか?」

メイド長「まったく。時間というのは有限なのですよ」

勇者「その件は慎重に論議をしてだな」
魔王「そうだ、こういうのはムードとかタイミングが」

メイド長「お二方は何を聞き分けのない……。
 判りました。では、勇者様の背中はわたしがお流しします」

メイド妹「お、おねーちゃん?」
メイド姉「わたしたちには早すぎる話題だから、
 静かにしてようね、いもーと」

勇者「メイド長が……ふにふにほわぁん」
魔王「何を想像しているっ、勇者っ。
 そのようなこと許せるわけがないではないかっ」

女騎士「ふぅ。何で毎回こういう展開に出くわしてしまうのだ」

勇者「何時の間にっ」

女騎士「何度も声をかけたぞ。せっかく帰ってきたと聞いて
 たずねてみれば、灼熱開戦とはこのことだ」

魔王「女騎士ではないかっ! 無事に帰ったぞ!
 さぁ、座ってくれ。メイド妹、食事をもう一人分だ」

メイド妹「はーい!」
710 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 14:38:41.28 ID:BJlDi/AP

勇者「まぁ、とにかく風呂の話題は置いておいて」
魔王「う、うむ。ここは一時停止だ」

メイド長「判りました。二人ではともかく
 三人ではちょっと手狭ですしね」

勇者「そういう問題なのかよっ!?」

メイド長「主人のハーレムを整えるのもメイドの役目」

勇者「本当なのかよ、それ」
魔王「メイド長の“メイド道”は複雑怪奇なのだ」

女騎士「無事に帰って良かった。……これは修道院から
 くすねてきたワインだ。まぁ、控えめに飲んでくれ」

メイド長「有り難く頂きますわ」

魔王「話は簡単にだか聞いている。
 中央との戦を双方最小限の被害で食い止めてくれたとか、
 いくら礼を言っても足りない」

女騎士「相手は2万、こっちはその4分の1以下。
 いくらわたしでもまともにやったら死んでしまうよ。
 あれはああでなくては、わたしも困っていた」

勇者「悪いな、来てもらっちゃって。
 明日にでも挨拶に行くつもりだったんだけど」

女騎士「それが待てなかったのはこっちの都合だから。
 お帰りなさい、勇者」
723 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 15:32:34.88 ID:BJlDi/AP

――冬越し村、魔王の屋敷、夜の執務室

魔王「ふぅ……。やれやれ、やっとおちついたか。
 これで報告書やら書類の整理やら……。
 おおっと、そうだ。
 頼まれていた土産も渡してやらぬとな。
 明日は村長の所にも顔を出さないと……んっ。
 土産の包みは何処へ……」

コンコン

魔王「開いている。どうぞー」

女騎士「いま、良いだろうか?」

魔王「ああ。女騎士か。済まないな、騒がしい夕食で」

女騎士「いや、いいんだ。楽しかった。
 修道院の夕食は、宗教的な制約で静かだから。
 こういう楽しい食事は、気持ちが和むよ」

魔王「それなら良いんだが」

女騎士「うん」

魔王「……」
女騎士「…………」

魔王「どうした?」
女騎士「ああ。その。今晩のうちに話したいことがあって」

魔王「聞こう」
724 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 15:34:32.03 ID:BJlDi/AP

女騎士「その、魔王がいない間に」
魔王「うん」

女騎士「勇者に、剣を捧げた」
魔王「……?」

女騎士「判らないか。そのぅ……。
 剣を捧げるというのは、騎士にとって重要な
 ……誓約の儀式なんだ。
 それをしないと一人前とは云えないと云うほどの」

魔王「ふむ」

女騎士「騎士は主人を持って、
 剣を捧げた主君を持って初めて一人前になる。
 剣を捧げるというのは騎士にとって
 主君に全てを委ねると云うことで、
 主君のために働き、戦場では武勲を立てる生き方の規範なんだ。
 主君のことを思い、主君のために尽くす。
 ……主君のものになると云うことなんだ」

魔王「……っ」

女騎士「その誓いを、勇者に捧げた」
魔王「……」

女騎士「魔王がいない間に許可も得ずに、内緒で、卑怯だと思う。
 それは判っている。それに、勇者に対しても
 もしかした無理強いをしたんじゃないかとも……思っている。
 その……。剣を捧げた後、わたしは戦場に行ってしまったし
 勇者は魔界に行ってしまったから、確認はしてないけど。
 困ったような表情は、させてしまった」
725 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 15:36:26.26 ID:BJlDi/AP

女騎士「だからといって取り消せない。
 それは誓いだから、絶対に取り消せないし、
 もし可能だとしても取り消したくはない。
 勇者に剣を捧げたいというのはわたしの魂の願いなんだ。
 ――でも、これは魔王に内緒にすべきではないと思った。
 魔王が勇者の持ち主だからって言うのもあるけれど」

魔王「……」

女騎士「友達だって云ってくれたから」

魔王「……」

女騎士「だから、告げに来た。
 罵ってくれて構わない。いや、そうされるために来たんだ。
 も、もちろんっ。
 わたしは勇者のものだけど、勇者はわたしのものじゃない。
 ――騎士の誓いとはそういう物じゃないんだ。
 だから勇者がわたしに触れなくてもわたしは一生我慢できる。
 魔王と勇者の仲を邪魔するつもりはなくて、
 それは魔王が正しくて……。
 勇者に触れて貰ったりもしてないぞ?
 いやそれは、何というか、そういう意味でと云うことだが」

魔王「ん」
女騎士「うん……」

魔王「そうか」
女騎士「うん……」
727 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 15:38:30.33 ID:BJlDi/AP

魔王「わたしは、図書館で育って。
 と、いっても普通の図書館とも違うのだけれど……。
 つまり、人とのふれ合いが少ない環境で育ったのだ。
 だから男女に限らず情愛には疎くてな」

女騎士「……」

魔王「女騎士は、嫉妬を感じたことがあるか?」

女騎士 こくり

魔王「それは、なんだか胸のあたりがちくちくといがらっぽく
 呼吸が苦しくなるような、
 平衡感覚が失われるようなものだろうか?
 相手を特定できないような無方位の怒りと苛立ち
 それから自己嫌悪と寂しさがミックスされたような感情なのか?」

女騎士「うん、そう」

魔王「ではわたしは嫉妬しているのだな……」
女騎士「……」

魔王「わたしがもし魔力に溢れる魔王であれば、
 漏れ出したそれだけで、床を焦がしてしまうやも知れない」

女騎士「うん……」

魔王「一番哀しいのは、どこかで惨めな気分になっている
 自分が存在することだ」
女騎士「え?」
729 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 15:41:41.92 ID:BJlDi/AP

魔王「やはり勇者は人間の娘のほうが好きなのだろうな。
 ――などと思う自分がいるのが、ただ、哀しい」

女騎士「魔王……」

魔王「いや、そんな弱気は全体から見ればほんの1%にも満たない。
 勇者はわたしのものだ、誰にも渡さない。
 あんな過去の魔王など指先さえも触れることは許さない。
 でも、それでも。
 人間である女騎士には負けてしまいそうな気持ちもある」

女騎士「……」

魔王「でも、やはりだめだ。騎士の誓いが譲れぬものであるように
 わたしの所有契約だって不破の約束。
 ずっと昔から勇者が会いに来てくれるのを待っていたのだ」

女騎士「うん」

魔王「……」
女騎士「……そう、だよね」

魔王「だが、仕方あるまい」
女騎士「え?」

魔王「わたしは“仕方ない”と云う言葉が嫌いでは、ないのだ。
 もちろんその言葉は、十分な努力もしていないものが
 己の安逸を求める言い訳に使うことが多い事も承知している。
 だが、時にその言葉は飲むに飲めない妥協へ飲み込んでも
 前へと進む言葉になってきた。
 辛く厳しい現実を受け入れてでも立ち上がる
 勇気に満ちた言葉だからだ」
730 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 15:45:30.84 ID:BJlDi/AP

女騎士「……」

魔王「だから、わたしが魔族なのは仕方ない。
 女騎士が、勇者に……想いを寄せたのも、仕方ない。
 いや、沢山の類似ケースを考えれば
 一番妥当で痛みのないケースかもしれないな。
 そもそも歴代魔王の中ではハーレムを持たない者の方が
 少ないくらいだ。勇者のことは知らないが、
 それくらいの規模は予想してしかるべきだった。
 でも、そんな時に勇者の隣に誰がはべろうが、
 その中でも、女騎士が、いちばん“仕方ない”。
 他の誰であるよりも、わたしは我慢が出来ると思う」

女騎士「……魔王」

魔王「だからといって譲るつもりも負けるつもりもないぞ?
 大体の所、騎士の誓いとは聞けば主従契約ではないか。
 つまり終身雇用だ。所有とは概念レベルで勝負にならぬ」

女騎士「わたしにだって、勇者と旅をしてきた歴史があるのだぞっ」

魔王「歴史? 歴史と云ったか、この図書館族のわたしに?
 歴史などという言葉は150年前に通過済みだ」ふっ

女騎士「意味不明だっ。わたしは勇者(の毒蛇に噛まれた傷口)に
 口づけをしたことだってあるんだぞっ!?」

魔王「〜っ!? な、な、なっ。
 過去の栄光にすがってどうする! わたしは勇者に膝枕を
 した上に、先ほどは二人で読書デートを決行したのだっ!」

女騎士「はっ。読書デート。それこそ子供のような」
魔王「云ったな、女騎士」 ごごごご
732 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 15:48:19.60 ID:BJlDi/AP

――冬越し村、魔王の屋敷、談話室

 ドッゴォォォーン!!
  バキャァ!!

メイド姉「なんだか大きな音が……」
勇者「ああ、再会を祝ってるんだろう? 二人で。
 酒を入れるとみんな明るくなるよなぁ……」

メイド姉「当主様、飲んでいたかしら?」
メイド妹「ねーねー。お兄ちゃん、それはいいからー」

勇者「おう、そうだったなー。えーっと」ごそごそ

メイド妹「わくわく」

勇者「じゃーん、こいつがお土産だ! かさばったぞう!」
メイド姉「これは、なんです?」

勇者「まず、妹には緑柱石の髪飾りと“せいろ”だ」
メイド妹「せいろー? おっきいー。これ、かご?」

勇者「いや、これは鍋の上にのっけるんだ」
メイド妹「のっける?」

勇者「下でお湯を沸かして、湯気でものを暖めるんだよ。
 “蒸す”っていうんだけど。判るか?」

メイド妹「うわぁぁ! おもしろーい!!」
733 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 15:49:52.50 ID:BJlDi/AP

勇者「で、メイド姉には、こっちだ」
メイド姉「いただけるんですか?」

勇者「おう、あいつが選んだのはこの櫛。
 あいつも昔から使っているんだって。まか……じゃない。
 学士の故郷じゃ、娘が一人前の年齢になると、
 櫛を貰うんだってさ。美人度が上がって彼氏が出来るように」

メイド姉「綺麗です。宝石みたい……」

勇者「こっちは俺からだ」
メイド姉「これ……」

勇者「絹の朱子織だよ。ほら、なんかさー。
 服とかそういう洒落たものを買っていくと良いのかなって
 思ったけれど、そういう知識もないしさ。
 大きさが違うのもよく判らないし。
 だから、悪いけど、この布地で」

メイド姉「すごい……」

勇者「あ、やっぱだめだった? 手抜きだった? ごめんな」

メイド姉「いえ、いいんです。嬉しいですっ!
 こんな上等な。こんな綺麗な布地は見たことがありませんっ」

メイド妹「うん、すごーい! お姫様の衣装みたい」

勇者「そっか。学士が、姉なら仕立ても出来るって云ってたから」

メイド姉「はい、ありがとうございますっ」
746 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 20:02:52.49 ID:BJlDi/AP

――地下世界(魔界)、辺境部の通商道

びゅぉぉぉぉっ

中年商人「うっぷ、すごい風だな」
犬頭の商人「季節風だよ」
歴戦傭兵「こいつぁ、参るな」

中年商人「おーい! 飛ばされんじゃねぇねぇぞ!
 しっかり荷の確認をしろーい」

キャラバンの一行「ほーぅい!」

犬頭の商人「逞しいな、あんたらは」

中年商人「商売って云ったら何処でも同じじだろう?
 逞しくなきゃやっていけやしないさ」

犬頭の商人「違いない」

歴戦傭兵「この辺の治安ってのはどうなんだい?」

犬頭の商人「良かったり、悪かったりだね」
歴戦傭兵「ふぅむ」

犬頭の商人「近頃は落ち着いているが、
 この開門都市ってのは古代からの聖地なんだ。
 何十もの神殿があってね。
 それらのお参りで人の出入りが激しい。
 人間世界と軍が行き来していた頃は主要な中継地にもなってた。
 知ってるように、あんたらと戦争してたからだ」

歴戦傭兵「ああ」
747 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 20:06:22.25 ID:BJlDi/AP

犬頭の商人「そんなこんなで、支配者や、
 そん時ついてる勢力が変わるたびに治安が乱れるんだよ」
歴戦傭兵「なるほどな」

中年商人「いまは?」

犬頭の商人「今やってるのは随分と評判が良いね。
 税も安いし、交易はだいぶ自由だ。
 毎月のように広場を開放してくれるし、
 毎週月の曜と木の曜には市場を開いてくれる。
 俺たち旅商人には有り難いし、治安も悪くはないね。
 でも、だからって、このあたりが物騒になりやすい地域だって
 事には何の代わりもない。
 俺たちは決して油断をしないんだ」

歴戦傭兵「ああ、それが一番だよ」

犬頭の商人「あんたらは随分と大きなキャラバンだもんな」

中年商人「そうか?」

犬頭の商人「ああ、ここらを歩く商売人の殆どは
 らくだ一頭に荷を左右にぶら下げて引き歩く行商人だよ」

中年商人「馬車や、らくだ車は流行らないのか?」

犬頭の商人「砂やぬかるみに弱いからね。
 手を集めて引っ張り出せるあんた達のような十人以上の
 一行なら扱えるんだろうが、独り者の商人の手には負えない」

中年商人「なるほど。俺も若い自分にはポニー一頭をひっぱって
 旅暮らしをしていたことがあるよ」
748 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 20:07:44.19 ID:BJlDi/AP

犬頭の商人「何を扱っていたんだ?」

中年商人「その頃は麦、香辛料、それに割れ物だな」

犬頭の商人「麦か。このあたりでは、取れるには取れるんだが、
 あまり質は良くねぇな。殆どを酒にする」

歴戦傭兵「良い酒なのか?」

犬頭の商人「いやぁ、全然さ。酒と云えば、妖精族のが一番だ。
 竜族の醸す強い酒も上等だな。鬼呼族の作る米の酒も値段は
 張るが乙なものだ。なかなかお目にかかれないけどね」

歴戦傭兵「酒は、やはり難しいか」

中年商人「割れたりするトラブルがつきものだからなぁ」

犬頭の商人「そうだなぁ、だが、良い値段で売れた時には
 美味しい商売だ。何よりも、何処でもそれなりに商品を
 さばける」

歴戦傭兵「ちがいない。はっはっはっ」

中年商人「都に着いたら、何処を根城にすると良いかね」
犬頭の商人「まぁ、まずは庁舎に行って商札をもらわねぇと」

中年商人「許可か」
犬頭の商人「そうだ。そのあとは、茶館にいって一服するといい」
750 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 20:10:07.70 ID:BJlDi/AP

中年商人「茶館?」

犬頭の商人「ああ。そうだ。……人間達の街では違うのか?
 茶館っていうのは、茶を出す建物のことなんだよ。
 茶ってあるのか?」

歴戦傭兵「もちろんあるさ。馬鹿にするな。
 まぁ、言葉で何となく判るがよ」

中年商人「商人が集まるのか?」

犬頭の商人「ああ、そうだな。
 茶館は都市の商人が集まる、情報の集積地だ。
 高級な茶館には高いものを売り買いしたい
 金を持った商人があつまる。
 まぁ、茶館のランクがそのまま商人の懐具合になってる感じだな。
 もちろんこれは何の保証もないから、
 目星をつけた後は、嗅覚とコネを使って相手を見定める必要が
 あるのは、何処で知り合っても一緒だ。
 茶館によっては個室で茶を供するところもある。
 商談には便利な場所だよ」

歴戦傭兵「そういうことか」
中年商人「酒場と似たようなものだな」

犬頭の商人「酒場は朝早くは開いていなかったりするだろう?
 茶館は小鳥の鳴き声がする前から開いている。
 小鳥をかごに入れて飾っている建物が茶館なんだ」

中年商人「良いことを教えて貰ったよ」

犬頭の商人「そら、そろそろ見えてきたぞ」
歴戦傭兵「おお、あれかぁ。……はるばるとした街じゃないか」

犬頭の商人「あれが『開門都市』。このあたりじゃ一番の都だ」
753 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 20:33:08.45 ID:BJlDi/AP

――魔王城、東館展望部

メイド長「……ふっ。集いなさいっ!」

メイドゴースト ――

メイド長「ふむふむ。判りました。12番は腹痛で欠席ですね。
 他には体調を崩した子はいませんか?」

メイドゴースト ――

メイド長「わかりました。では、本日の業務内容です。
 今週はこの東館を集中的に。
 いいですか? 集中的に清掃を行います」

メイド長「リネンのセット、生花の準備、
 庭の手入れを行ってください」

メイドゴースト ――

メイド長「厨房ですか? 当然です。今週は食糧倉庫の
 全品入れ替えも行いますからね、手抜きはしないこと」

メイドゴースト ――

メイド長「は? ゴキブリ? 許可します。殺りなさい」

メイドゴースト ――

メイド長「怖い? それくらいどうにかなさいっ!。
 場合によっては初級魔術の使用も許可します。
 いいですね、当魔王城のメイド部隊の名にかけて
 遺漏は許しませんよっ!」
758 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 20:54:13.67 ID:BJlDi/AP

――地下世界(魔界)、開門都市、中央庁舎

副官「砦将、お客人です」
東の砦将「おお、入ってもらってくれ」

 ガチャ

中年商人「お邪魔しますよ」

東の砦将「いらっしゃい。俺がこの都市の自治政府、
執行委員なんてものを仰せつかっている砦将というものだ。
  あー、すまないが……」

中年商人「わたしは中年商人というものですよ。
 お初にお目に掛かります。
 いや、人間の方が仕切りをやっているとは聞いていましたが
 長い旅をしてきてみると感無量ですな」にこにこ

東の砦将「ははは。逃げ出す時に転んで取り残されただけだ」

 がしっ

中年商人「このような薄汚れた格好で申し訳ない。
 しかし、取り急ぎ報告をした方が良さそうだと思って」

東の砦将「どのようなご用件だろう?」

中年商人「塩の輸入を依頼されて運んできたんです」
759 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 20:55:22.25 ID:BJlDi/AP

東の砦将「火竜公女かっ? はははっ! やりやがった!」

中年商人「そう、随分気合いの入ったお嬢さんでしたよ。
 手紙も預かっている、これですな」にこにこ

東の砦将「かたじけない! 彼女は?」

中年商人「手紙にも書いてあると思いますが、
 まだあっちにいますよ。そうだ、紹介しましょう。
 こっちは今回のキャラバンの副長兼、護衛隊長の歴戦傭兵」

歴戦傭兵「よろしく」
東の砦将「おお、よろしく。これはわたしの副官だ」
副官「副官です。以後お見知りおきを」

中年商人「荷物は荷馬車に十八台。確認してみてくれませんか?」

東の砦将「よし、副官。見てきてくれ」
歴戦傭兵「俺も立ち会いましょう」すくっ

中年商人「頼んだぞ」
歴戦傭兵「一働きしてきますさ」

 がちゃ、とっとっとっと

東の砦将「……ふぅ、これで一つ心配事が減った」

中年商人「こっちも長旅の肩の荷が降りた想いです」
760 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 20:57:03.56 ID:BJlDi/AP

東の砦将「彼女はところでどうだった、どうしている?」

中年商人「わたしは、じつは『同盟』というあっちでは
 名の知られた商人のギルドに所属しているんですが」

東の砦将「ほう」

中年商人「彼女はそこに接触して、わたしの上司とでも
 云うべき商人に渡りをつけまして。
 その手配で今回の荷運びをしたってわけなんですよ」

東の砦将「そうだったのか。支払いの件など
 どうすればよいのだろう?」

中年商人 ふるふる
中年商人「私はすでに『同盟』のほうから手当を
 受けているんです。
 『同盟』のほうはお嬢さんと協力してもっと大きな仕事に
 手をつけてって云う話でしてね」

東の砦将「大きな仕事?」

中年商人「こういった塩をもっと潤沢に
 輸入するための仕事だそうですよ。
 今回のキャラバンは当面の塩不足をどうにかするための
 手始めらしくてね。わたしはそのために雇われたんです」

東の砦将「……ふむ」

中年商人「そちらの儲けからたっぷり手当は頂いているから
 代金などは頂く必要がないんですよ」

東の砦将「そうか。……では、中年商人殿は、この街への
 視察をかねていると思って良いのだな?」
762 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 21:02:47.10 ID:BJlDi/AP

中年商人「いや、それはどうだか。わたしは小物ですから」

東の砦将「ふっ。では、接待などしなくてはならないだろうな。
 だがこの街の政府は自治政府で、台所事情が厳しいのだ。
 わたしの馴染みの場末の酒場と云うことになってしまうが」

中年商人「いや、それはありがたい。
 かえってそう言う場所の方が気兼ねないというものです。
 わたしはこの街は初めてなんですよ。
 しかも長い旅をしてきた。
 長い旅の後に、都に詳しい人について酒場に入り、
 冷えた酒を一杯やる。これに勝る幸せなんてどんな宴に
 だってありはしませんよ」にこにこっ

東の砦将「はははは! 宿舎のでよかったら、
 水を浴びてくれ。日が暮れたら繰り出そうじゃないか。
 その頃には塩の検品も終わっているだろう」

中年商人「ああ、品質だけは保証できますよ。
 西ノ海で取れたまじりっけなしの雪花石膏のような花の塩です」

東の砦将「して、帰りは何か荷物でも仕入れるつもりなのかな?」

中年商人「いや、しばらくはこの街を根城に、
 色々話を聞いていこうかと思っているんですよ。
 良かったら紹介して欲しい職種もいくつかあるのですが」

東の砦将「ほう? どのような?」

中年商人「魔族の職人や傭兵というのは、
 どうすれば雇えるのでしょうね。
 ゲート後に開いた大穴、あそこに安全な街道を造るのは
 なかなかなにやりがいのありそうな仕事だ」
765 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 21:47:46.32 ID:BJlDi/AP

――冬越し村、魔王の屋敷、執務室

魔王「すさまじい激変だったようだな」

メイド長「ええ、レポートを見るだけでも、大騒ぎですね」

魔王「異端審問から始まり、天然痘の撲滅までか」
メイド長「はい」

魔王「青年商人の企てた策は、まさに“売り浴びせ”だ。
 資産の全てを投げ打つ戦略にはわたしでさえ背筋が氷る。
 さらには原始的な先物さえ創造しているんだ。
 銀行システムが流布していない世界において、
 半ば強引に信用創造を行い“見かけ上の現金”を
 増やしてのけた。
 その長いロープは中央諸国の首を軒先にぶら下げるに
 十分だったろうな」

メイド長「ええ」

魔王「それに、そのオチの付け方が洒落ているではないか」
メイド長「そうですか?」

魔王「ああ。ジャガイモに変える、とはな」
メイド長「はい」

魔王「青年商人は、あの位置から聖王国最大のスポンサーに
 なることも出来た。
 そうしなかった理由が、わたしとの約束という義理なのか
 それとも商人の嗅覚なのかは判らないが
 彼は二大経済圏の成立という賭けに討って出たんだ。
 その方が明日があると信じて」
766 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 21:51:24.73 ID:BJlDi/AP

魔王「彼の判断は、理論としては正しい。
 経済の発展のためには、多数の国家や多数の貨幣、
 それらの衝突や摩擦が必要だ。
 いずれやってくる魔族との交渉のためにも、
 それらの経験値は必要不可欠」

メイド長「ゲートは、壊れてしまったのですからね」

魔王「ああ」
メイド長「早かったですね」

魔王「だが、だからといって伝統や慣習に
 こだわる守旧派勢力が勝たないとも限らない。
 いや、事実それらの勢力は今まで勝ち続けてきたはずだ。
 それなのに、その賭に出た。
 一回も見たことがない勝利に賭けた。
 その商人の魂に、深い敬意を抱くよ」

メイド長「あとは、勝負ですか」

魔王「そうだろうか。時間との、相手の覚悟との、
 押しとどめようとする勢力との勝負だろう。
 でも、いずれ同じ事。二つの世界は“異世界”など
 ではなかったのだ。
 いずれ誰かが気が付いて、二つの世界の垣根は
 ぐっと引き下げられていただろう。
 それがゲート破壊と云う手段かどうかは判らないけれど

   魔力や法力による操作をしなければ行き来できない
 ゲートがなくなったことで地上と地下世界はいっそうの
 接近を迎えた」
767 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 21:53:37.40 ID:BJlDi/AP

メイド長「この波は、止めることは出来ない」

魔王「そうだ」

メイド長「準備が出来ていればいいのですが」

魔王「何時の場合も“十分な準備”などというものは
 存在しない。現場の工夫で乗り越えられるか否かだけだ。
 そのための支度だけは、出来うる限りしてきたはずだ。

   それに……」

魔王「見たか? メイド長?」きらきら

メイド長「はい」

魔王「すごいじゃないか! 素晴らしいじゃないか!
 これは……これだけはわたしが残していったものじゃない。

   生命、財産、自由の三つを自然権として謳っている。
 まだ旧来の信仰や神学と融合した形だが、これは明らかに
 人間性の自立や他者への友愛を含んだ、lumen naturale。
 啓蒙主義的な発想だ。
 ……この言葉は、この世界にいきている
 彼女個人が傷と痛みと精神の血の中から必死でもがき、
 探り出した自由主義の萌芽だ。

   わたしが教えたものじゃない。
 いや、教えたとしても“知識”では越えられない壁が
 存在するはずだ。教えることでどうにかなるものじゃない。

   彼女はその壁を魂の輝きで乗り越えたんだと思う」

メイド長「はい」
768 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 21:57:54.39 ID:BJlDi/AP

魔王「嬉しくないのか?
 この報告の言葉には、書いてあるよ。
 “二度と虫にはならない”、
 “それがどんなに辛く厳しくても”と」

メイド長「……いえ」

魔王「?」

メイド長「わたしは、彼女に……」
魔王「うん……」

メイド長「……なにか」

魔王「……」

メイド長「何ほどのことが出来たかと」
魔王「うん……」

メイド長「だめですね。……これは、言葉にはなりません」

魔王「……ふふ。彼女だけじゃない。見てみろ」

魔王「他にも有りとあらることが起きているようだ。
 紙を利用した記録の有用性の再発見。
 試験制度や報酬制度を含んだ官僚主義の成立。
 関税による輸入障壁に、原始的な本位制度。
 それにしても馬鈴薯本位とはね。
 なかなか上手く切り抜けたようじゃないか。商人子弟」
772 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 22:03:02.14 ID:BJlDi/AP

魔王「軍事にしてもそうだ。
 わたしは詳しくはないけれど
 野戦陣地や斜線陣形はこの時代の発想にはない戦術だろうな。
 戦場医療の充実、か。
 医療については確かに発想が抜けていたな。

 どれもこれも確かに教えたのはわたしだけど、
 すべてに工夫の跡がある。
 この世界に生きる人間が、この世界なりのやり方で、
 ちょっとでも何かを手にするために
 自分たちの知恵を凝らした創意の跡が見える」

メイド長「はい」

魔王「人間は、すごいな。
 世界は、すごい……。
 魔族だって負けていない。沢山の風車が回っていた。
 為替の機構だって軌道に乗ったそうだ。
 郵便の話を聞いた時には、わたしだってびっくりした。
 公共工事で病院を設立もすごい。
 獣人族、鬼呼族は互いの利益を保護するために
 共通の憲法に署名をするそうだ」

メイド長「はい」

魔王「図書館の外の世界が、
 こんなに騒がしくて
 こんなに無秩序な世界が、こんなに愛しく思える」

メイド長「まおー様?」

魔王「ん?」
774 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 22:06:56.60 ID:BJlDi/AP

メイド長「泣いて、いるんですか?」

魔王「え?」

メイド長「まおー様」

魔王 こしこしっ
メイド長「……レディはハンカチを使うものですわ」

魔王「ん」
メイド長「辛いのですか?」

魔王「いや、違う。たぶん」
メイド長「はい」

魔王「ちがうよ。これは。
 涙だけど、おそらく泣いている訳じゃない。
 良かった。そう思っている

 多分、わたしは、ちょっとだけ
 誇らしいんだ。

 わたしの手柄じゃないけれど
 この世界が、好きなんだ」

メイド長「――わたしもそう思っています。
 出会って、良かったと」
780 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 22:26:08.63 ID:BJlDi/AP

――冬越し村、修道院裏手の広場

ギィンッ!

勇者「……はぁっ、はぁっ」
女騎士「はっ、はぁっ……はぁっ、はぁっ」

ギンッ! ギンッ! ザシュッ!

勇者「せいっ!」
女騎士「やぁっ!」

ギィンッ!

勇者「気合い入ってるな」
女騎士「まだまだぁっ! はっ!」

勇者「こっちだっ!」

ヒュバンっ!!

勇者「〜っ! “加速呪”っ!」
女騎士「“瞬動祈祷”っ」

ギン!ギン! ガギン! ギッ! ギガッ! ガガっ!
 キンキンキンキン! ザシュ! ヒュバッ!

勇者「や、るなぁっ! せやっ!!」
女騎士「ま、だだぁっ!」

ジャギンッ!!
783 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 22:29:31.81 ID:BJlDi/AP

勇者「すごいな、腕が上がったのか、気合いか」
女騎士「両方だ」

じりじりっ

勇者「んじゃ、こいつで、仕舞いだっ! はぁぁ!」
女騎士「っ! “光壁三連”っ!」

ヒュバウッ!! シュバァァァーーッ!!

女騎士「〜っ!! って、うわぁぁぁっ」
勇者「で、おっしまい」 ぴたり

女騎士「……っ」
勇者「俺の勝ち〜」 だばだば♪ だばだば♪

女騎士「くっ……」ぷいっ

勇者「女騎士から稽古しようって云ったんじゃん」

女騎士「それはそうだが、悔しいものは悔しい。
 この悔しさを無くしたら、わたしは弱くなる。
 だからこの場合、悔しいのは正しんだ」

勇者「そっかそっか」 とさっ
女騎士「どうした?」

勇者「俺もちょっと休憩」
784 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 22:31:32.79 ID:BJlDi/AP

女騎士「髪は、切ったんだな」
勇者「うん。切って貰ったぞ」

女騎士「その方が良い。似合うぞ」
勇者「そうかな。頭が軽いと調子が良いな」

女騎士「じゃ、勇者は不調にならないな」

勇者「ああ、そうな」

勇者「……」
女騎士「……」

勇者「ちょっと待て、それどういう意味だ!」
女騎士「いや、他意はないんだ。軽口だ。ほんとだ」わたわた

勇者「……そ、そか? お、おう」
女騎士「……」

女騎士(ど、どうする。勇者の態度も不審だぞ。
 こっちまでドキドキしてきた。剣を捧げてから
 二人きりなんて無かったしな。ってか、顔おかしいか?
 わたしはもしかして赤面しているんじゃないのか!?)

勇者「……あー」女騎士「なんだ勇者っ」

勇者「なんでもない」

女騎士(な、なんであんな口調で返事してしまうのだっ
 わたしの脳みそのほうが最軽量かっ!?)
786 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 22:34:03.74 ID:BJlDi/AP

勇者「まぁ、女騎士は防御が固いけど」
女騎士「う、うん」

勇者「大きな技ほど光壁で止めようとするからな。
 自分の力量と停止力に自信があるんだろうけど」

女騎士「そうかな?」
勇者「わりとな」

女騎士「そうか……」

勇者「……あ、えーと」
女騎士「?」

勇者「けなしてるんじゃないからな?」
女騎士「そんなことは判ってる」ぷいっ

勇者「……」
女騎士「……」

勇者・女騎士「その」

勇者「あ、どうぞ。」
女騎士「そか……その、だな。勇者」

勇者「ん?」

女騎士「さっきも使ってた、剣がふわってぶれて、
 霞んで消える技な。気配も消えてしまう技」
789 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 22:36:19.21 ID:BJlDi/AP

勇者「ああ、勇者剣技その46なー」

女騎士「そうなのか? 昔からたまに使うよな。
 あれを覚えたい、見せてくれないか?」

勇者「そりゃ、無理だろう」
女騎士「そうなのか?」

勇者「だって、勇者の剣技だしなぁ。特別なんじゃないか?」
女騎士「やって見なきゃ判らないだろう?」 勇者「……それもそうか」

 かちゃ

勇者「こんな風に構えるだろう? いや、足はどうでもいいや。
 とにかく、剣を敵に向けて半身だ」
女騎士「ふむ」

勇者「で、左手の薬指で、重心を取るみたいに力を抜いて」
女騎士「剣を落としちゃうじゃないか」

勇者「そこはバランス取るんだよ。手のひらで柄が
 ぶらぶらする感じだ」
女騎士「なんて適当な技なんだ……」

勇者「そしたら、剣の刀身から魔素を吸い込むような気持ちで」
女騎士「詠唱するのか?」

勇者「いや、気持ちだけ。そんな気分で、周辺の空間を掴んで、
 引っ張るわけだよ、こうきゅーっと。で、いてもうたる! と」 女騎士「いきなり難しいぞ、おいっ」

勇者「だって、そういう気分の技なんだ」
女騎士「気分で技を作るなっ」
791 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 22:38:37.34 ID:BJlDi/AP

女騎士「まったく信じられないな」

勇者「そう言われても」

女騎士「人に教えるのも向かないのは判ったよ」
勇者「自分でも判ってる」

女騎士「……しょげてるのか?」
勇者「いや、そんなことはないけど。
 でも、壊したり殺すのが得意でも、あんまり面白くはないぞ」

女騎士「……そっか」
勇者「そういうもんだ」

女騎士「……」
勇者「……」ぶるっ

女騎士「冷えてきたな。修道院に戻ろう、暖かいものでも出すよ」
勇者「そうすっか」

女騎士「そしてその後、膝枕をする」
勇者「はぁ!?」

女騎士「少しでもハンデを埋める」
勇者「何の話だ」

女騎士「いいではないか! 協力してくれてもっ!
 胸は追いつけないんだから。太ももくらい使わせてくれっ」
勇者「……な、何で怒ってんだろう」

女騎士「これでもわたしは遠慮しているのだ。欲求不満だぞっ」
796 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 22:45:04.65 ID:BJlDi/AP

――冬越し村、魔王の屋敷、談話室

魔王「慰安?」
勇者「旅行?」

メイド長「はい」

魔王「なんだそれは? 天文学用語か?」
勇者「いや、それはないだろう」

メイド長「古代から伝えられるメイドへの報償です」

魔王「そうなのか?」くるっ
勇者「俺にふるなよ。聞かれたって知らないよ、そんなの」

メイド長「間違いございません」

メイド姉「旅行?」
メイド妹「おねーちゃん、それってなに?」

魔王「あー。遠くへ行くことだな」
勇者「旅みたいなものだ」

メイド妹「お引っ越し?」

魔王「いや、引っ越しは伴わない」

メイド妹「じゃ、屋根無し? 家無し放浪?」 じわぁ

勇者「なんか、生い立ちが忍ばれて胸が痛むな」
797 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 22:46:34.57 ID:BJlDi/AP

メイド長「慰安旅行というのは、普段家事に追われている
 メイドに対する最高の報酬であり、
 古来様々な文献において、絶賛されている休暇のあり方です。
 神代のギルドには専用の役人や部署まであったとか」

メイド姉「はぁ」

勇者「それは、どんなことをやるんだ?」

メイド長「まずは遠隔の景勝地へと赴きそこに宿を取ります」

魔王「ふむ」

メイド長「宿には当然他の使用人がおり、
 炊事洗濯掃除と云った日常的な雑事をメイドに代わり行います。
 普段は家事に忙殺されているメイドを解放する。
 それが慰安旅行の目的です」

魔王「つまり、休日か。なるほど、云われてみればもっともだ」

勇者「そういえば、そうだな。
 二人にはお休みらしい休みもなかったもんな」

メイド長「さらに云えば、慰安旅行には温泉がつきものです」

メイド妹「温泉?」
魔王「大きな風呂だな。場合によっては、
 城の大広間くらいの大きさがある」

メイド姉「そんなに!?」

メイド長「この温泉において日頃の疲れを洗い流し、
 メイドは新たなる段階へとステップアップできるのです」
798 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 22:50:53.85 ID:BJlDi/AP

魔王「ふむ、云わんとすることは判った」

メイド長「今回まおー様とわたしの里帰りによる長い不在。
 そのあいだこの二人のやってきた仕事と
 周囲の評価を鑑みるに何らかの報酬を与えるのが
 妥当と判断しました」

メイド妹「つまり、ごほーびって事?」ぴょんっ!
メイド姉「大人しくしてるの、妹」

魔王「うむ、この件については、
 わたしはメイド長に全幅の信頼を置くものだ」
勇者「云われれば納得だ。今まで思いつかなかったのが
 不思議なくらいだぞ」

メイド長「いえ、聞けば長い間、かなりの大騒ぎで
 それどころではなかったそうですし、仕方のないことでしょう」

魔王「わたし達も忙しかったしな」
勇者「魔王は例の広間で寝てただけじゃないのか?」

メイド長「メイド姉、メイド妹。こっちに来なさい」
メイド姉妹「はい」「はいっ」

メイド長 なでなで

メイド妹「え……」
メイド姉「あ……」

メイド長「よくやりました」
799 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 22:53:17.57 ID:BJlDi/AP

メイド妹「ありがとう! 眼鏡のお姉ちゃん!」
メイド姉「ありがとうございます、メイド長」

魔王「ふふっ」にこっ
勇者「よかったな!」 にこにこ

メイド長「ついては、まおー様、勇者様。お二方、加えて
 僭越ながらわたしも同じ場所に行きたいと存じます。
 他にもお誘いになりたい方がいれば準備させます」

勇者「そうなのか?」

メイド長「救出にも一役買って頂いたことですし、
 こちらでは戦争の危機回避やいざこざなどもあったそうですね。
 疲労もたまっていることでしょう。
 冬が開ければまた忙しくなるのでしょうから、
 行くとすればここがチャンスかと心得ます」

魔王「そう云えそうだな」
勇者「そうかぁ」

メイド姉「ご一緒ですね」にこっ
メイド妹「一緒一緒!」

メイド長「移動は勇者様にお願いします」
勇者「あー。転移? まぁ、手間が無いっちゃないか」

魔王「宿は取ってあるのか?」

メイド長「はい。長い伝統を誇る古城民宿でして
 目下急ピッチで準備中。3名どころか連隊規模の
 入浴にも堪える大浴場を備える雰囲気ばっちりの宿でございます」
858 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/17(木) 12:41:51.81 ID:z6GJxeoP

――魔王城東翼、別館、古城民宿“まおー荘”入り口

しゅいんっ!

メイド長「さぁ、到着ですよ」

魔王「なかなか綺麗になっているではないか。
 掃除したのか? 普段とは大違いだぞ」

メイド姉「ここが民宿ですかぁ、すごいです。まるでお城みたい」
勇者(いや……城だよ……)

メイド妹「すごーい! すごーい、これ壺?」ぴょこぴょこ

女騎士「ちょ、ま、まて。勇者。
 身体を休めるための二泊三日の小旅行だと
 云ったではないかっ!」

魔王「いかにもそうだが?」

女騎士「ここは、まっ。まっ。まっ」

メイド長「高級古城民宿、“まおー荘”でございます」

女騎士「嘘をつけぇい!
 どこからどう見ても民宿じゃないだろっ。
 なんだあの鎧はっ! 血の流れる絵はっ!
 何処の民宿にあんなものがあるのだっ!」

女魔法使い「……アート」

メイド長「あらあら。ゴーストのおもてなしの心は
 ちょっぴりずれていますわね」
859 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 12:43:21.98 ID:z6GJxeoP

女騎士「ちょっぴりで済むかっ。く、くそっ。
 ああ、精霊様すみません。汚い言葉を使ってしまいましたっ。
 あまりの事態のせいです。お許しください。
 こんなところで死地に踏み込むとは一生の不覚っ。
 わたしが突破のための尖錐騎行をするっ。
 勇者は中衛でみんなの護衛を、
 魔法使いは後方警戒と火力支援をっ」

勇者「おちつけ」 めこっ
女騎士「何をするっ!」

メイド妹「騎士のお姉ちゃん痛そ〜」

  勇者(小声)「少しは落ち着けっ!
   俺たちは魔王と一緒なんだぞ! やばいわけ無いだろっ!」
  女騎士(小声)「そ、そうであった……。すまない」

女魔法使い「仲良し……」

メイド姉「ええ、お二方は仲が良いです」

魔王「わたしだって仲良しなんだぞ。ほんとは」ぶつぶつ

メイド長「ええ、そうですとも。
 まおーさまと勇者様は仲良しですとも。
 わたしがその生き証人です」

魔王「メイド長のせいで、すごく嘘くさくなってしまったではないか」
860 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 12:45:10.64 ID:z6GJxeoP

メイド姉「仲の良いことはよいことですよ」にこにこ

メイド妹「いいこと?」

女魔法使い「……比較において好ましいということ。わたしも
 メイド妹と、仲良し」すりすり

メイド妹「昼寝のお姉ちゃんと仲良し」むきゅ

   女騎士「いーやっ! わたしの方が仲良しだっ」
   魔王「仲良しにおいてはわたしに一日長があるっ」
   勇者「もうね。みんな仲良しで良いじゃないですか」

メイド長「あらあら」
メイド姉「仲良しが過ぎてなんだか大変ですね」

メイド妹「お兄ちゃんは、女の人と仲良し?」
女魔法使い「……女の人、沢山と、仲良し」

メイド妹「もてるんだね♪」
女魔法使い「……そのような解釈をすることも出来る」

  魔王「……」
  女騎士「……」

メイド長「そういえば、勇者様。執事さんは
 誘わなかったんですか?」

勇者「いや、ほら。まだ色々話していないこともあるし。
 そもそも温泉にあの爺連れてきたらどうなるか判るっしょ」

メイド長「3人子弟の皆さんは?」
勇者「みんな忙しいんだよ。それにやっぱり前述の問題が、その」
863 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 12:47:56.24 ID:z6GJxeoP

メイド妹「お兄ちゃんは、男の子の友達いないの?」

女騎士・魔王 ビキィッ!

勇者「な、な、なにを云ってるのかな?」

メイド妹「一緒にお出かけしてくれる友達、いないの?」

勇者「え? あ。
 ……そんなことないすよ?
 たまたま。
 たまたまだよ?
 ほら、みんなもう要職って云うか、国家運営って云うか、
 組織の指導っていうか、いろいろあるわけじゃない?
 その辺子供にはちょっと難しくて判らないかなぁ、って
 思うんだけどさ。世の中ってのはそう簡単にはできてない
 わけですよ。ね。何事もさ。
 俺くらいの年齢になるとさ、一人で動くのがクールっていうの?
 なんでも群れて動けばいいってもんじゃないっしょ? ね?」

メイド長「そういえば、男性は勇者様一人ですね〜」
女魔法使い「……独占欲」

魔王「ゆ、勇者? そうなのか? 以前から勇者の知り合いは
 どうも女性が多すぎるのではないかとうすうす感じていたんだが」

勇者「な、なにをっ」

女騎士「大体勇者が見境なくあっちの街でもこっちの街でも
 ピンチの女性や少女を都合良く発見、
 その上救出しているからこうなるんだ。
 勇者はファンクラブでも作るつもりなのかっ。
 それとも作った上で会員を増やそうと営業しているのかっ」
864 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 12:50:02.67 ID:z6GJxeoP

メイド妹「お兄ちゃん虐められてる?」
メイド姉「怒られてるみたいね」

メイド長「あらあら、まぁまぁ」

女騎士「大体勇者はちょっと胸の大きい女性を見ると
 すぐにぽやんとして節操というものがないっ」

魔王「良いではないか。胸くらいっ。勝手に育ったんだ。
 肉に罪はない。いつまでたっても増えないよりは利息が付いて
 健全な財務状況というものだっ」

勇者「な、何で到着早々こんな流れに……」

メイド妹「お兄ちゃん、お兄ちゃん」
勇者「ううう……」

メイド妹「大丈夫。わたしが友達になったげるね♪」なでなで

女騎士・魔王 ビキィッ!

勇者「え、あ。……う、うん。ありがとう」

女騎士「勇者、まさか……」
魔王「よもやそんなことはあるまいと思っていたが」

勇者「ちがっ。ちげーよっ! 誤解だよ。
 なんか誤解に満ちてるよっ」

メイド姉「こ、こらっ。妹」ぺし
メイド妹「はう?」
865 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 12:51:40.46 ID:z6GJxeoP

メイド長「あらあら、まぁまぁ」

女騎士「だいたい身近に女性が複数いながら
 新規開拓とはどういう了見だっ」

魔王「勇者の所有者としても勇者の交友関係の
 性別比率については一言言わせて貰いたいっ」

勇者「ううっ。違うっ! 違うんだっ!
 今回はたまたまだったんだっ!」

女騎士「言い訳とは騎士らしくありませんね」

勇者「俺は騎士じゃないっ」

魔王「ただでさえハンデがあるというのに、
 これ以上出走馬を増やされては叶わないっ。どうにかしろっ」

女魔法使い「……勇者も受難」
勇者「助けろ、魔法使いっ」

女魔法使い「殺人事件は、常にごきげん」

勇者「意味がわからねぇ〜っ」

女騎士「それもこれも勇者が悪い」
魔王「甲斐性の欠如だ。安心感と安定感がないのが悪い」

勇者「言いたい放題云いやがって!
 女は簡単に連合軍を作るから包囲戦じゃねぇかよっ!。
 わぁった! 見てやがれっ。俺だってダチの一人や二人いるんだ。
 後で見てろよっ!!」

 ひゅいんっ!
881 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 13:17:41.28 ID:z6GJxeoP

――魔王城東翼、別館、古城民宿“まおー荘”、客室・姉妹

メイド妹「すごいすごーい! お布団ふっかふかぁ!」

 ぼふんっ! ぼふんっ!

メイド姉「こら。いもーと。そんなことしないの」
メイド妹「だって、ふっわふわだよぉ? すっごいよ?」

メイド姉「そ、そう?」
メイド妹「うんっ♪」
メイド姉「そうなんだ……」
メイド妹「お姉ちゃんもしようよっ!」

……ぼ、ぼふっ

メイド姉「わ、すごいっ」
メイド妹「でしょー? これ何で作るのかな? 綿かな、藁かな」
メイド姉「鳥の羽で布団を作るって読んだことがあるわ」

 ぼふんっ! ぼふんっ!

メイド妹「そうなんだ! すごいねぇ。鳥さんの羽で
 こんなふわふわ布団になるのかなぁ。――あ」
メイド姉「どうしたの?」

メイド妹「こっちにドアついてる」

とてて、ガチャ

メイド妹「わぁーっ!」
メイド姉「どうしたの?」
882 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 13:18:33.66 ID:z6GJxeoP

メイド妹「なんかね、洋服が一杯掛かってる。
 あと、リネンとか、お風呂もついてるよー」

メイド姉「温泉? 広間くらい広いの?」

メイド妹「ううん。お屋敷のと同じくらいだよ」
メイド姉「そうよね。メイド長も人が悪いから……。
 大広間ほどのお風呂があるなんて、大げさよ」

メイド妹「だよねっ!」

とてて

メイド姉「でも、とっても素敵なお風呂ね」
メイド妹「うんっ。あ、お姉ちゃん!」

メイド姉「なに?」
メイド妹「この石鹸、薔薇の花の形してるよ?」
メイド姉「わぁ……」

メイド妹「すっごいね!」
メイド姉「うん、うんっ」

メイド妹「後で入ろうね!」 メイド姉「そうね。二人で入るには大きいくらい」

メイド妹「お姉ちゃんとお風呂だぁ」
メイド姉「そんなにはしゃがないの」
メイド妹「髪も洗って〜♪」
メイド姉「はいはい」 にこっ
887 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 13:34:15.13 ID:z6GJxeoP

――魔王城、最下層、冥府殿の扉

女魔法使い「……」
メイド長「どうでしょう?」

女魔法使い「……反応はない」
メイド長「消失しましたか?」

女魔法使い「……判らない。でも」
メイド長「はい」

女魔法使い「この扉を破ったのは、勇者?」
メイド長「そうです」

女魔法使い「……」
メイド長「……」

女魔法使い「……残留思念の止揚結界も、破壊されている」
メイド長「やはり……」

女魔法使い「おそらく、もう継承は行えない。もしくは」
メイド長「もしくは?」

女魔法使い「……世界全てで無秩序に継承が行われる」
メイド長「では、魔王の霊は?」

女魔法使い「世に、放たれた」
893 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 14:03:21.90 ID:z6GJxeoP

――魔王城東翼、別館、古城民宿“まおー荘”、客室・姉妹

こんこんっ

魔王「おーうい、姉〜。妹〜」

ぱたぱたっ

魔王「わたしだ」

ガチャ
メイド姉「あ、はい当主様っ」
メイド妹「当主のお姉ちゃん、どうしたの−?」

魔王「なにをしていたのだ?」
メイド姉「いえ、お風呂に入って、着替えようかと」
メイド妹「うん。あのね、あのねっ。石鹸が可愛いんだよっ」

魔王「丁度良かった。お風呂に入るぞ」

メイド姉「はい?」

魔王「風呂は、少し離れた場所にあるのだ。案内に来た」
メイド姉「え? ……そのぅ、別の場所?」

魔王「そうだ。着替えだけ持ってゆこう」
メイド姉「は、はいっ」

  メイド妹「ぱ、ぱんつー。ぱんつどこやったっけー」
  メイド姉「妹のは、こっちの袋っ」

魔王「ふふふっ」
894 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 14:04:22.81 ID:z6GJxeoP

――魔王城東翼、別館、古城民宿“まおー荘”、大温泉

ドドドドドド!

メイド姉妹 ぽかーん

女騎士「んぅ。熱くて心地よいな」
メイド長「手前に行くほど浅くて温くなっていますよ」

女騎士「わたしは熱い湯が好みなのだ」
女魔法使い「……茹で騎士」

ドドドドドド!

メイド姉妹 ぽかーん

魔王「何を硬直しているのだ?」

メイド姉「だ、だって。お風呂に滝がありますよっ!?」
メイド妹「お風呂なのに天井がないよぅっ!?」

魔王「そんなことを云われても。それが温泉なのだ」

メイド姉「そ、そんな」おろおろ
メイド妹「湯気で真っ白でふわふわだよぅ」わたわた

メイド長「これ。取り乱さないで落ち着きなさい」

メイド姉妹「はいっ」びしっ
895 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 14:05:28.33 ID:z6GJxeoP

メイド姉「温かい……」

メイド妹「うん、熱々〜」
メイド長「真っ赤ですよ、妹」

メイド妹「でも、平気〜」ふらふら

女騎士「こらこら。ふらついているじゃないか」

女魔法使い「……南方寒冷地に住む人々は、
 普段このような熱い湯に長時間つかる習慣がない。
 それだけに耐性が低い」

魔王「そうなのか。風土的なものなのだな」

メイド姉「妹ったら、みんなと一緒のせいではしゃいでるんです。
 ごめんなさい。ちょっとあがってれば平気だよね?」
メイド妹「うー」

女魔法使い「……“氷の息吹”」ひやっ
メイド妹「ひゃうっ!?」
女魔法使い「……回復した」

ざざーん

魔王「うん。久しぶりだが、心地よいな」
女魔法使い「……」じぃっ

魔王「どうした? 魔法使い殿」
女魔法使い「なんでもない」

魔王「同じ一族ではあるが、入れ違いになり、
 あまり話も出来なかったな」

女魔法使い こくり
896 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 14:07:41.63 ID:z6GJxeoP

魔王「わたしは魔王で、専門は経済学と金融史だ」
女魔法使い「……魔法使い、伝承学」

魔王「そうか。勇者の、仲間だったのであるな」
女魔法使い こくり

魔王「勇者は、どんな人だった?」

女魔法使い「ばか」

魔王「そうか」
女魔法使い「……人を救うばか。損ばかりしている」

魔王「そうか……」

女魔法使い「魔界の勇者」
魔王「ん?」

女魔法使い「――人界の魔王は、好ましい?」

魔王「勇者のことは……。うん、大事な人だ。
 ……勇者は、なぜ王にならなかったんだろう?
 あれだけの戦闘能力、行動力、優しさ、
 そして勇者であるという、その名前の価値からすれば
 王になっていて当然なのに」

女魔法使い「……」

魔王「魔界に勇者がやってくる時、それはわたしの予想では
 まだ5年は先だったけれど、その時はきっと地上の王として
 やってくると思っていた」
897 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 14:08:37.17 ID:z6GJxeoP

女魔法使い「……ばかだから」
魔王「そうか」

女魔法使い「……」

魔王「勇者が人間の、地上の世界を統べる王となり、
 地下世界に攻め込む。
 わたしは魔族の希望を一身に背負う一人の勇者として
 地上世界にいる勇者を目指して討伐の旅に出る。
 ……そんな物語もあったのかな」

女魔法使い「意味はない」
魔王「ない、か」

女魔法使い「……その旅にきっとあなたはいない」
魔王「そうだろうな。わたしは、戦闘はからきしだ」

女魔法使い「……」
魔王「……」

女魔法使い「……」じぃっ

魔王「どうしたのだ? 魔法使い殿。わたしの内側に、
 何か見えるのだろうか」

女魔法使い「……でかい」
魔王「は?」

女魔法使い「……」
魔王「こっ、これは。い、いや。見ないでくれ」
899 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 14:11:49.92 ID:z6GJxeoP

メイド長「いえいえ、そうは参りません」すちゃ
女魔法使い「……こっちは美乳」

魔王「なっ」

メイド長「彼我戦力差を考えた上でも、
 ここは物量による飽和攻撃を敢行すべきかと存じます。
 駆け引きや、胸を温めるような幼い想い。
 そのようなものは圧倒的な戦力における理性の蹂躙の前には
 小枝で支えた抵抗線です」

女騎士「小枝とか云うな」
女魔法使い「……ちっぱい」ぷくっ

魔王「そうはいっても、わたしはこの胸にそこまで自信が
 持てないのだ。たゆたゆして落ち着かないし、形だって
 ちょっともったりしているというか……」

女騎士「重力に魂を引かれるのがそんなに自慢かっ」じわっ

  メイド妹「お胸のはなし?」
  メイド姉「わたし達は年齢なりだから。
   ほら、向こうで髪の毛洗おうね」

メイド長「いーえっ。男性の好みは女性の美意識とは
 自ずと違うものっ。指ののめり込むような柔らかさの中に
 殿方を引きつけてやまない甘い毒があるのですっ」

女騎士「〜っ。一部の大国の専横が価値観を歪める。
 そのような無法がまかり通って良いのかっ!?
 我が湖畔修道院はそのような横暴には断じて抵抗するぞっ!」
901 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 14:14:17.71 ID:z6GJxeoP

魔王「そ、そうなのか? こんな駄肉でも価値があるのか?」
女魔法使い「……魔王は、だいたい傾城将軍たゆんと同じくらい」

魔王「第3巻で負けたではないかっ」
女魔法使い「……人気に応えて5巻で再登場」

女騎士「虐げられた、貧しい暮らしに甘んじている
 心優しき人々の切なる願いを貴様はむげにするのかっ!」

女魔法使い「……大丈夫。そういう趣味の人もいる」

メイド長「あらあら、まぁまぁ。
 せっかくの機会を設けましたのに、
 審判たる勇者様がいませんと話にオチがつきませんね」

魔王「む、む、胸で人の価値を計るべきではないっ!」

女騎士「おお! 珍しく合意点が見つかったな!! そうだ!
 人間の価値は胸のサイズで計られるべきではないっ」

女魔法使い「……理知の光で真実を照らす。啓蒙主義」

  メイド妹「お姉ちゃん達、難しい話をしてるね」
  メイド姉「そうね。ほら、お耳に水が入っちゃうわよ?」
   ざざー。
  メイド妹「ううっ」ぶるぶるっ
  メイド姉「あのお話は皆様に任せましょうね」

メイド長「こうなっては、決着は次の勝負に持ち越しでしょうか」
魔王・女騎士「勝負?」

メイド長「はい、宴席を用意しておりますから」にこっ
905 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 14:24:09.44 ID:z6GJxeoP

――辺境の森

きつね「きゅーん」

勇者「た、たのむっ。俺の友達になってくれっ!」
きつね ダダダッ

たぬき「もっきゅー」

勇者「お友達からお願いしますっ!」
たぬき ビク

くま「がぁぉ! ぐぉふぐぉっふ」

勇者「この際何でも構わんっ!
 ともだーちーぃ、ぼしゅぅぅぅぅ〜ちゅぅ〜!!!」

くま びくっ。だだだだっ
925 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 15:32:31.82 ID:z6GJxeoP

――魔王城東翼、別館、古城民宿“まおー荘”畳の広間

魔王「勇者は遅いなぁ。冷めてしまうぞ」

メイド姉「どうしたんでしょうか?」
メイド妹「おぃひぃのにね♪ わぁ、こっちのお肉も美味しい!」

メイド長「援軍要請に手間取っているのですわ」
女騎士「宴会に遅れるとは間の悪い」

女魔法使い「……来た」

 とっとっとっと、ガチャ!

勇者「待たせたなっ! ばぁあーんっ!」

 東の砦将「……」
 副官「……」

メイド姉「お帰りなさいませ」
メイド妹「お帰り、お兄ちゃん」

メイド長「あら、お二人ですね?
 すぐ食事とお酒を用意させますわ」

女騎士「勇者、遅いぞ〜」
女魔法使い「……もぐもぐ」

魔王「話はともかく、まずはお酒だ。
 せっかくの慰安旅行だからなっ!」
927 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 15:33:59.26 ID:z6GJxeoP

勇者「だよなっ! さぁ、座ってくれ。飲もうぜっ」
東の砦将「ちょ、お、おい」

勇者「なんだよ?」
東の砦将「ちょっとこい」

  勇者「どうした?」
  東の砦将「こっ、ここはまさか」
  勇者「うん? 魔王城」

  東の砦将「だって、お前。
   黒騎士が、珍しく酒を驕るって云うから」

  勇者「おう。おごり、おごり。無料宴会」
  東の砦将「何がどうなってるんだよ。
   ってか、どういう集まりなんだよ」

  勇者「家族旅行みたいなものだよ」

メイド長「まずは一献どうぞ」
東の砦将「は、はい。……おおっと、ありがたい。
 これは……鬼呼族の米の酒ですね。珍しい上物だ」

メイド長「わたくしは、当主様の世話をさせて頂いております
 メイドの束ねメイド長と申します」

東の砦将「はぁ、これはご丁寧に。……やい、黒騎士」

勇者「?」

東の砦将「魔王の側近ってのはふかしじゃなかったんだな。
 こんな美人さんのメイド長がいるのか、
 お前、実はすごいやつだったんだな」
928 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 15:36:26.42 ID:z6GJxeoP

勇者「俺のメイドじゃないって。魔王のだよ」

東の砦将「そうか、魔王か……。
 もちろんあんな場所で執行委員なんてのをやってるから
 疑ったことなんか無かったが、魔王がいるんだよな。
 当たり前だが。

 俺も様々な戦場をくぐってきたが
 あのクラスの美女をメイドとして使う魔王か。
 やっと魔界の広大さが実感できた気がするぜ」

勇者「魔王か? 話すか? おい、魔王。魔王ー」

魔王「なんだ勇者? この魚も美味いぞ」のこのこ

東の砦将・副官「え?」

勇者「話してただろ? こいつが、東の砦将。
 開門都市で自治政府のとりまとめをやってくれてるって。
 こっちはその副官。いつも世話焼いて貰ってる」

魔王「おお! そうであったか! お初にお目に掛かる!
 砦将どの。あの都市の最近の安定ぶり、復興発展ぶり、
 全て聞き及んでいます。確かな手腕をお持ちのようだ」

東の砦将・副官「え?」

  東の砦将「ちょっとまてやぁ!?」がしっ
  勇者「いきなりなにするんだよ。
   魔王城なんだから魔王がいたって仕方ないだろうっ」
  東の砦将「サプライズアタックかよ! 心の準備させろよっ」
  勇者「傭兵だろっ! 出たとこ勝負で行けよっ」
  副官(副官で良かった……)

メイド姉「ほら、こぼしちゃだめよ?」
メイド妹「はぁい♪」
929 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 15:38:28.09 ID:z6GJxeoP

勇者「で、こっちが湖畔修道委員長でもある女騎士。
 時たま暇つぶしに将軍業もやってたりする」

女騎士「お目にかかれて光栄だ。東の砦将殿」

勇者「こっちは魔法使い。あー。眠そうに見えるが
 これでも結構強い。“出来が悪い悪夢”で判るかな」

女魔法使い「……もぐもぐ」ぶい

副官「そ、そ、それって」

東の砦将「救世の勇者の一行じゃないかっ!?
 なんでその英雄達が、魔王城で、し、しかも
 魔王と酒を飲んでいるんだっ!?

   どこの世界の家族旅行がこんな状況になるってんだよっ!!」

女騎士「おい、勇者。何の説明もしていないのか?」

メイド長「あらあら、まぁまぁ」

副官「ゆ、ゆうしゃ?」

勇者「悪い、悪い。おれ黒騎士だけど勇者もやってるんだ。
 いや、正確に言えば、勇者が黒騎士にスカウトされたんだよ。
 魔王倒しに云ったら、一緒にやらないかーって」

東の砦将「……」
副官「……」
937 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 15:54:13.03 ID:z6GJxeoP

――魔王城東翼、別館、古城民宿“まおー荘”畳の広間

〜♪ 〜〜♪
  メイド妹「んっみぃはよ〜♪ んみぃだよぉ〜♪」

女騎士「――飲まれているか? 砦将殿」

東の砦将「先ほど情けのないところをお目にかけました。
 すいません。女騎士様。頂いております」

女騎士「騎士様はよしてくれ。わたしのほうが年下ではないか。
 砦将殿の長年の経験や、将軍としての姿勢を聞かされて
 一度は会いたいと思っていたのだ」

東の砦将「は、はぁ……」

女騎士「さぁ、杯を交わそう。わたしのことは騎士と呼んでくれ」
東の砦将「じゃ、騎士殿」

とくっとくっとくっ

女騎士「……はぁっ!」
東の砦将「良い飲みっぷりですなぁ! ぷは!」

女騎士「そちらこそ、やるではないかっ」
東の砦将「はっはっは。傭兵ですからね。
 剣の腕、度胸、気っ風。その次に大事なのが、酒の強さです」

女騎士「あははははっ。もう一杯行こう!」
東の砦将「はっ!」

女騎士「あの街の様子はどうなのだ?」
東の砦将「開門都市ですか?」
939 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 15:56:17.51 ID:z6GJxeoP

東の砦将「近頃では、随分人も増えましたよ。
 最初は行商人ばっかりでしたけれどね。最近じゃぁ、
 逃げ出した人や新しい人もぼちぼち戻ってきています。
 人間の商人もね」

女騎士「人間の? ゲートは破壊されて大空洞になったのだろう?
 正式な通行許可はどこも卸していないと思うのだが」

東の砦将「商人ってやつは逞しい。
 許可があろうが無かろうが、商売のチャンスさえあれば、
 やってきますよ。
 もちろん見つかりゃぁ密貿易ってことになるんでしょうがね」

女騎士「ふぅむ」

東の砦将「……それにしてもね」

女騎士「ん?」
東の砦将「そうかぁ、勇者だったんですかい」

女騎士「どうしたのだ?」

東の砦将「いやいや。あの黒騎士ってのは、酒を飲むたんびに
 なんでこんなにいい加減なやつが、あんなに強いのかとも
 思ってましたが、勇者だったんですかい」

女騎士「ああ。勇者だ」ふわり
東の砦将「……」

女騎士「……」
東の砦将「……」

女騎士「ん?」
東の砦将「いや、騎士殿は」きりっ

東の砦将「勇者を見つめる時はとても良い眼差しをされますな!」
女騎士「か、からかうなっ!」
943 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 15:58:11.67 ID:z6GJxeoP

東の砦将「ってことは、勇者達はやっぱり戦争を?」

女騎士「したくはないと云うことだ」

東の砦将「そうでしょうなぁ。黒騎士はあの都市でも、
 随分そのことだけは口を酸っぱくしていっておられた。
 “魔族が嫌いな人間は俺の所へ来い。代わりに殴られてやる”
 “人間が憎い魔族は俺の所へ来い。代わりに俺が憎まれてやる”
 ってね」

女騎士「……そうか」

東の砦将「どうしたんで?」

女騎士「いや、地上世界もぐちゃぐちゃでな。
 魔族を許さないと燃え上がる中央と、
 三ヶ国同盟は対立を続けている。
 平和に暮らしたいはずなのに、誰もが手に剣を持っている時代だ」

東の砦将「そいつはぁ、仕方ありませんやね。
 あんな物騒な街に住んでいるから思うのかも知れませんがね。
 誰か偉い人が来て、全員から武器を取り上げれば
 そりゃ平和になるかも知れない。
 けれど、そんなものはお父やお母にゴチンとやられて
 喧嘩を止める子供のようなもんでしょう?
 そんなのは、本当に平和って云うんですかね?
 武器を持ったままでも握手を出来るから
 平和って云うんじゃないですかね」

女騎士「……」

東の砦将「いや、差し出がましい事を云っちまいましたね」

女騎士「出来ると思うか?」
東の砦将「魔族との共存ですか?」
944 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/17(木) 16:00:45.74 ID:z6GJxeoP

東の砦将「それは出来るでしょう」けろり

女騎士「そうかっ」

東の砦将「そんなことは自明ですよ。
 もう穴っぽこだってあいちまってる。
 今はまだ細い流れだけど、この流れが途絶えることは
 もう無いですよ。共存しなきゃ滅ぼしあいだ。
 共存するっきゃないでしょう。
 そんなものは『開門都市』を見ればすぐ判ります。
 ええ、共存できますよ。
 魔族だって人間だって、本当はたいした違いなんて無いんだ」

女騎士「うん」

女魔法使い「……問題は損害許容限界」
東の砦将「そうですな」

女騎士「どういうことだ?」

東の砦将「いずれ共存は出来ますよ。それは保証できる。
 問題は、それまでに、どれだけの血が流れるかって事です。
 その共存は五年後か、十年後か、百年後かは判らない。
 それまでに流れる血は年月に比例して大きくなるでしょう。
 もしかしたら、人間か魔族かどちらかの血を
 全て流し尽くすほどの血が必要かも知れない。
 共存は出来るでしょうが、それまで人間や魔族が
 『保つ』かどうかは別問題です」

女騎士「……」

東の砦将「キツイでしょうが、それが傭兵の見立てです。
 明日は来るけれど、今日流れる血の量は判らない」
947 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 16:11:06.40 ID:z6GJxeoP

――魔王城東翼、別館、古城民宿“まおー荘”畳の広間

副官「美味しいですね、これは何でしょうね?」
メイド姉「これは、野菜?」
メイド妹「にんじんだよぉ」

副官「にんじんはこんなに甘いのですか!?」
メイド妹「多分、蜜で煮てあるの」

副官「初めて食べましたよ」
メイド姉「わたしもです」
メイド妹「わたしも〜♪」

副官「やぁ、なんかすごいメンバーですねぇ」
メイド姉「そうですか?」
メイド妹「お兄ちゃん? お姉ちゃん?」

副官「いやいや。皆様すごいですよ」
メイド姉「あまり気にしたことはありませんが……」

メイド妹「ねーねー。これ! これすごく美味しいよっ!!」

副官「どれです?」
メイド妹「この赤い枝みたいなの」

副官「ああ、これは大沢カニですよ。割ると中身が美味しいです」
メイド姉「へぇ……わたしも」
メイド妹「うんうんっ。たべよう!」

 ぱきっ! ほじほじ。 ぱきっ! きゅりきゅり。

副官「何か落ち着きますねぇ」
メイド姉「はい」
メイド妹「美味しいもんねぇ〜」
949 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 16:18:45.22 ID:z6GJxeoP

――魔王城東翼、別館、古城民宿“まおー荘”畳の広間

〜♪ 〜〜♪
  東の砦将「んっなみぃがおっどるぜぇ♪ っぽをたてろ〜♪」

魔王「うむ。勇者」
勇者「どした?」

魔王「飲んでるか」
勇者「飲んでるよ」

魔王「わたしも飲んでいる」
勇者「知っているよ」

魔王「いや、知っていると云うことは知っている」
勇者「な、なんだそれ」

魔王「しかし、わたしは
 わたしが知っていると云うことを知っているか
 勇者が知っているかについて確認したかったんだ」
勇者「こ、こんがらがってきた」

魔王「そんなことはどうでも良いんだ」
勇者「魔王が言い出したんだろうっ!?」

魔王「多数の耐久財、資本財がある経済でしか成り立たない
 限定解などこの場合どうでも良い」
勇者「どうでもよさが難解になったっ」

魔王「勇者っ」
勇者「は、はいっ」

魔王「勇者、勇者、勇者っ」
勇者「さ、三連突撃ときたっ」
954 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 16:22:52.29 ID:z6GJxeoP

魔王「ほ」
勇者「ほ?」

魔王「ほーわこうげきっ!」 のしっ!
勇者「っ!?」

魔王「う。ダメだ。ここは譲らぬ、ぞ……。くぅ」
勇者「……えっと」
メイド長「あらあら、まぁまぁ。膝枕が気に入ったんですかねぇ」

魔王「……すぅ」
勇者「寝ちまったのか? 魔王」

魔王「……すぅ……すぅ」
メイド長「寝てしまいました?」

勇者「そうみたいだ」

メイド長「よっぽど思うところがあったのでしょうね。
 ……たぬき寝入りかも知れませんけれど」

          ぎく
勇者「?」

メイド長「いえ、勇者様。魔王様を寝室に連れて行って
 差し上げていただけますか?」

勇者「うん、ああ」
メイド長「では、よろしくお願いします」にこっ

















































Part.6







22 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 19:47:37.22 ID:z6GJxeoP

――魔王城東翼、別館、古城民宿“まおー荘”大きな客間

ガチャ

勇者「……ん、っせっと。っと」
魔王「……すぅ」

勇者「うわ、こりゃまた。……すげぇな。
 良く判らんけど、ベッドに天井ついてるぞ」

魔王「……んぅ」

勇者「そぉっと、そぉっと……。
 うわ、近寄ると余計すげぇ。
 ……下手な宿屋の部屋と同じくらい
 でかいぞ、このベッド。どんな布団だよ」

 ぼふっ

魔王「うー」

勇者「起こしちゃったか」

魔王「……うー」

勇者「気持ち悪いか? トイレ行くか」
魔王「……」きゅっ

勇者「いや、けろけろ吐くなら俺の服には吐くなよ?」
魔王「くっ……」
(メイド長っ。こんな発言にどうやってムードなんて
 作ればいいのだっ!?)
23 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 19:49:25.05 ID:z6GJxeoP

魔王「むぅ。平気だ。……でも、少しついてて欲しい」
勇者「うん、判った」

魔王「……」くてっ
勇者「結構飲んでたもんな」
魔王「うん。久しぶりだ。楽しかった」

勇者「そりゃよかった」

魔王「勇者」くてん
勇者「なんだ」

魔王「権利保持者的言動をしていいか?」
勇者「ん? いいけど?」

魔王「そうか」にこ「じゃあな」
勇者「うん」

魔王「靴を脱がせてくれ……ないか?」
勇者「へ」

魔王「ぬ、脱がせてくれ。その……ベッドが汚れるか」
勇者「う、うん……」

魔王「早くぅっ、するのだっ」ぱたぱた
勇者「暴れるなよ。汚れるんだろ」
24 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 19:50:34.69 ID:z6GJxeoP

魔王「んぅ。くすぐったい」
勇者「ったく……。これでいいか?」

魔王「ん。楽になった」くてっ ごろごろ

勇者「転がって移動するなよ」
魔王「広いのだ。立つとふらふらする」
勇者「はいはい」

魔王「勇者は飲んでないのか?」
勇者「いや、飲んだけど。酩酊するほどじゃない」

魔王「そうか、つまらないな」
勇者「なんで?」

魔王「勇者も酔ってれば楽しいだろうに」
勇者「なにが?」
魔王「雇用、実質利子率、および収益率の関係について
 2人で語り合うんだ。面白いぞう。ふふふふっ」
勇者「わかんないよ」

魔王「ぷくくくっ」
勇者「お前、相当に酔っぱらってるだろう?」

魔王「お酒は酔うために生産されたんだ。
 つまり私が酔っていないと云うことは
 酒類生産者の努力を無にしているではないか」ばふばふ

勇者「そりゃそうかも知れないけどさ」
25 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 19:51:33.70 ID:z6GJxeoP

魔王 ぽむぽむ
勇者「?」

魔王 ぽむぽむっ!

勇者「そこへ来いって?」
魔王「そうだ」

勇者「いいけど」

とさっ

魔王「勇者だ」のしっ
勇者「勇者だよ」

魔王「いいなぁ。暖かくて、触り心地がよい」
勇者「この酔っぱらいめ」

魔王「嗚呼! 自分を褒めたい。
 あの時の私はなんて目利きだったんだろう。
 自分の賢さを再確認できるというのは
 人生における喜びの一つだと私は思うなぁ」

勇者「その喜びはどうやら俺にはないようだ」

魔王「そんなことはないぞ?」
勇者「そうか?」
26 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 19:52:29.07 ID:z6GJxeoP

魔王「だって、勇者はあのとき、
 私を選んでくれたじゃないか……」

勇者「う、うん……」

魔王「勇者はとても賢い。本当だ。
 本当にするために、私はあらゆる手を尽くすぞ?
 そうしたら、勇者はいつか
 “あのときの俺はなんて賢かったんだろう”って。
 そう云えるようになるだろう?」

勇者「お、おう」

魔王「それでいいではないか、勇者」にこっ
勇者「おう。あんがとな」

魔王「いいんだ。私は、勇者のものだからな」
勇者「う、うん……」(どきどき)

魔王「……」
勇者「……そのぅ近くないか?」

魔王「離れないとだめか?」
勇者「だめ……じゃないんだけど」

魔王「それでこそ勇者だ」くたぁ
勇者「楽しそうな」

魔王「かなりな」
27 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 19:53:33.42 ID:z6GJxeoP

勇者「なんだかなぁ」
魔王「勇者もまったりしないか?」

勇者「へ?」

魔王「まったりして、しばらく喋ったりしよう。
 どうせ戻っても、もう宴もお開きだろう。
 まだ眠くはないし、たまにはいいだろう?」
勇者「えーっと」

魔王「場所開けてあげるぞ。広いし」
勇者「えーっと」

魔王「だめ……か?」
勇者「そう言われるとすごく断りづらいんだよな」

魔王「うむ。学習した。
 その時は肩をぎゅっとすぼめるようにして、
 半分泣きそうな表情でやると
 効果が倍増するという分析も出た」

勇者「……ちょっと用を思い出したので、また」

魔王「わかった! すまん! 謝りますっ
 以後乱用はしないっ。約束するっ!」

勇者「ふんっ。油断の隙もないな」
28 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 19:55:32.81 ID:z6GJxeoP

魔王「いいではないか。ちょっぴりごろごろするくらい」

勇者「魔王がごろごろするのに文句は言ってないよ」

魔王「いいではないか。ちょっぴり一緒にごろごろするくらい」

勇者「別にごろごろすることそのものじゃなくて
 あっさり魔王の手に乗っている自分自身に
 そこはかとないお手軽さを感じてきついわけだよっ」

魔王「難しい年頃だな」
勇者「簡単に生きたいのに、なんで難しくなる」

魔王「ほら、場所作ったぞ」
勇者「わぁったよ」

ぽふっ

魔王「脚を伸ばしてくれ」
勇者「なんで?」

魔王「靴を脱がせてやる」
勇者「いいよ! 自分で脱ぐよっ!」

魔王「いいではないか。私だって脱がせてもらった。
 くすぐったくて、ぞくっとして、
 正直未知の感覚だが、背徳的常習性を感じたぞ?」
29 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 19:56:48.85 ID:z6GJxeoP

勇者「そんな訳のわからない常習性を感じたくないよ」
魔王「面白いのに」
勇者「面白くないって云ってるのっ!」

こつん、こつん、こつん……

勇者「誰だろう」
魔王「通路だな」

こつん、こつん、こつん……

勇者「……」
魔王「……」

こつん、こつん、こつん……

勇者「……何で息殺してるんだよ。魔王」
魔王「……勇者こそ、何か罪悪感でもあるのか?」
勇者「……少しもないよ」
魔王「……私だって堂々としたものだ」

こつん、こつん、こつん……

勇者「……」
魔王「……やっぱり押し黙るじゃないか」

ギイィィィィ

勇者「っ!?」
39 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 20:36:29.15 ID:z6GJxeoP

――魔王城東翼、別館、古城民宿“まおー荘”大きな客間

女騎士「えーっと、7番。……8番」

コツ、コツ、コツ

女騎士「9番目。っと……私の部屋はここか。
 荷物は届いてるって云うけど……」

ギイィィィィ

勇者「っ!?」
魔王「……」
女騎士「……」

女騎士「なっ! 何をしているんだ、2人はっ!」
勇者「な、なにって」

魔王「夜のお茶会だ」
女騎士「魔王のごまかし方はそれだけかっ!」ぽかっ

勇者「いや、落ち着け」
魔王「だ、だって! だいたいっ!
 女騎士こそ何をしているんだ。
 こんな時間にいきなり訊ねてきてっ」

女騎士「いきなりも何も、この部屋は9番だろう?
 私に割り振られた部屋だぞ」

魔王「何を言うんだ。9番は私の部屋だ!」

勇者「そうなのか? 俺も9番だぞ?」
40 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 20:37:37.41 ID:z6GJxeoP

魔王「そんな馬鹿な話がある物か。
 クローゼットを見てみろ。ほら、これは私の鞄だ。
 やっぱり私の部屋ではないか!」

女騎士「いや、その奥のケースは私のものだ。バッグも。
 どうやら私の荷物もこの部屋に運び込まれているらしい」

魔王「じゃぁ、この風呂敷も?」
勇者「……いや、それは俺のです」

魔王「……」

女騎士「3人ともこの部屋なのか……」
勇者「誰が部屋割りしたかは予想がつくけど」

魔王「部屋が足りないわけでもあるまいに。
 なんでこういうことになるのだ」

女騎士「なんか、檻に入れられて戦う、
 コロセウムののライオンのような気分に……」

魔王「……せっかくこちらが攻めていたのにっ」
女騎士「何か言った?」

魔王「ううう。なんでもない」
女騎士「でも、やっぱり部屋割を組み直さないと」

勇者「そうだな。まぁ、2人で寝てくれ。
 俺は何処でも寝れるし。んじゃ、またあした」しゅたっ

魔王「少し待て」 女騎士「ちょっと待って」
41 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 20:39:03.38 ID:z6GJxeoP

――魔王城東翼、別館、古城民宿“まおー荘”大きな客間

  女騎士「――。――――」
  魔王「――――、――!」

勇者「なんだかなぁ」

魔王「あー。勇者。話がまとまったぞ」
女騎士「待たせて済まなかったな」

勇者「へ?」

魔王「今晩は3人で寝る」
女騎士「そう言うことでよろしく」

勇者「またまたぁ」

魔王「一度あったことだ。二度目は問題ない」
女騎士「教会の正義からすれば問題はあるのだが
 精霊様が細かく諭しておられた分野でもないことだし
 今回はお許し願おう」

勇者「……う、うう」じりじり

魔王「何でそう嫌がる」
女騎士「そうだ、嫌がるなんておかしいぞ」

勇者「別に一緒に寝るぐらいちっとも嫌じゃないけど
 お前達は空気が重すぎるんだっての!」
43 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 20:41:03.84 ID:z6GJxeoP

魔王「それなら安心しろ」
女騎士「今晩の所は休戦協定だ」

勇者「へ?」

魔王「いや、メイド長の作戦に乗って
 毎回のように戦ばかりというのも面白くない。
 だから今日は、喧嘩はしない」

女騎士「うん、私も魔王と喧嘩はしない。
 張り合わない。すこし話をして、寝るだけだ」

勇者「そう……なのか?」

魔王「そうだ。……んっ」ひょい

魔王「このあたりの部屋には、全ての部屋に小さな浴室が
 ついているのだ。汗を流して夜着をきてくる」

女騎士「いいのか?」
魔王「休戦だから信頼しよう。勇者と話でもしていてくれ」

とっとっと、かちゃ

女騎士「そう怯えない。剣の主のくせに」
勇者「お前ら、すごい勢いで喧嘩するからなぁ」

女騎士「それもこれも勇者が原因だ」
44 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 20:42:34.35 ID:z6GJxeoP

勇者「うすうす、判ってはいるんだけど」
女騎士「まぁ、勇者らしいけれど」

勇者「はぁ……」
女騎士「ため息をつかない。
 ……休暇の旅行に来てなんだけど、
 なんとかっていう魔界の会議があるというしな」

勇者「ああ。忽鄰塔とかいう」
女騎士「それだ」

勇者「何か云ってたのか、魔王?」

女騎士「良くは判らないけれど、
 随分厳しいのじゃないか? 何を目指すかにもよるが」

勇者「そういえば、最近は何だか
 相談したそうだった気もするな……」

女騎士「私も知識はないのだがな」えへんっ
勇者「俺だって無いよ」

女騎士「私よりは、魔界の知識はあるだろう?」
勇者「細かい知識はあるけれど、仕組みや、
 組織は良く判らない。地上みたいな意味での国家は
 あんまり感じたことがないな」

女騎士「そういえば、魔界でその種の国境を
 感じたことはないな……」
45 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 20:44:05.64 ID:z6GJxeoP

勇者「氏族とか、種族とか云う言葉、何となくで使うけど
 よく考えると細かい部分が不明瞭だしな」

女騎士「とりあえず、知能がないのが魔物。
 私たちの世界で云う、動物だよな。
 知能があるのが魔族。
 これはあちこちの都市や荒野に住んでいる」

勇者「忽鄰塔は、魔族の族長が集まり、重要事項を
 決定する大会議、って云ってたな」

女騎士「そこでよい決議が出れば、人間との戦争は終わる?」
勇者「それだったらいいんだけど」

からからから、カチャン

魔王「ふぅ」

女騎士「早かったな」
魔王「さんざん風呂には入ったから、汗を流しただけだ」

女騎士「じゃあ、私も借りる」
勇者「いってらー」
魔王「暖まっているぞ」

とっとっと、かちゃ

勇者「忽鄰塔の話をしていたんだ」
魔王「ああ」

勇者「困っているのか?」
魔王「困っている、と言うわけでもないのだが
 状況はあまり芳しくないな」
57 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 21:34:33.16 ID:z6GJxeoP

勇者「んー。そもそもの基本から聞きたいんだが、
 魔族って云うのはどれくらいの氏族がいるんだ?」

魔王「判らないな」

勇者「おいおい。把握もしていないのか?」

魔王「増えたり減ったりしているんだ。
 名乗りの問題でもあるからな。
 例えばある若者が新しい氏族だと名乗りを上げるなら、
 それは新しい氏族なんだ。
 もちろん古い氏族から縁を切る必要はある。
 魔族の社会は氏族を中心に動いているから
 “氏族から離れる”というのはなかなかに勇気のいることだ。
 でも、勇気があれば誰にでも可能なことなんだ」

勇者「ってことは、その会議にはおびただしい族長が来るのか?」
魔王「そうなるな」

勇者「良くそんなんで会議になるな」
魔王「大会議に出席するのは八つの大氏族と魔王だけだ」

勇者「そうなのか?」

魔王「ああ。さっきも云ったように、
 氏族というのは莫大な種類があるんだ。
 正確な統計ではないが、おそらく魔族と呼ばれる
 知的種族の4割は、そう言った雑多な氏族だよ。
 残りの6割を八つの大氏族がしめている。
 会議に出席する魔王は、4割の雑多な種族の信任を受けている。
 そういう建前なんだ」

勇者「そういうことなのか」
58 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 21:36:46.53 ID:z6GJxeoP

勇者「で、会議の議題とかは誰が出すんだ?」
魔王「基本的には魔王だな。話の流れで他の族長が
 出すこともあるが、進行は魔王だからな」

勇者「ふむふむ、その辺は人間の会議に似てるな」
魔王「普通だ」

勇者「で、話合う内容について、意見が割れたらどうなるんだ」
魔王「意見が割れないように話合う」

勇者「それでどうにかなるものなのか?」
魔王「意見をまとめるために、長い期間をかけるんだ。
 話し合いで一ヶ月をかけることもある」

勇者「そうか……。ちょっと想像がつかないな」
魔王「数日ごとに会議を繰り返すんだが、
 当然その間には各氏族が意見のことなる氏族に
 個別に交渉を行ったりするんだ。
 贈り物をしたり、婚姻の約束をしたりもする。
 時には圧力をかけることもあるな。
 そうして意見を調整するんだな」

勇者「ああ、そういうことか。多数派工作ってやつだな」
魔王「そうだな。それで、だんだんと意見をすりあわせて
 最終的には全会一致で結論が出る」

勇者「ふぅん……。それでも結論が出ない、
 っていうか、論が割れちゃったりしたらどうなるんだ?」
魔王「最終的には割れたことはないんだ」

勇者「――?」
魔王「300年ほど前の咬竜の焔魔王の治世に行われた
 忽鄰塔において、獣人族の族長が頑として
 同意しなかったことがある」

勇者「そうそう。あるだろう? そういうとだってさ」
魔王「そこで、焔魔王はその族長を消し炭にしてしまったんだ。
 結論は全会一致で素直にまとまったそうだ」
60 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 21:39:05.26 ID:z6GJxeoP

からからから、カチャン

女騎士「良いお湯だった」
勇者「お帰り」

女騎士「話の続きはどうだ?」
勇者「いま聞いてたよ、やっぱり地上とは
 いろいろ手続きが違うもんだなぁ」

女騎士「そうか……」

魔王「布団に入るぞ?」 もそもそ
勇者「聞く前から入ってるじゃないか」

魔王「べつに急いで入った訳じゃない」
女騎士「勇者は真ん中」

勇者「えーっと」

魔王「早く入れ。勇者」
女騎士「入らないと、わたしが入れないじゃないか」

勇者「おう」 もそもそ

魔王「ふぅ。なんだかこれはこれでよいものだな」
勇者「天井つきベッドなんて初めてだよ」
女騎士「天蓋って云うのだ」

魔王「まぁ、忽鄰塔の話はそんな感じだ」
女騎士「なかなかやっかいそうだ」

勇者「一筋縄ではいかなさそうだなぁ。
 だいたい魔王だったら“消し炭にしてしまう”なんて
 しないだろう?」

魔王「そんな実力はないし、したくもないな」
61 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 21:40:22.17 ID:z6GJxeoP

女騎士「条件面で折り合うとか、説得するとか」
魔王「まぁ、一氏族ごとに地道に行くしかないのかも知れぬ」

勇者「……」

魔王「どうした? 勇者」

勇者「あ、いや。魔界で見聞きした色んな人を思い出していた。
 あの人達はどの氏族だったのかなぁ、って」

魔王「様々な氏族の者どもがいるからな」

女騎士「戦った記憶ばかり鮮明だけど、考えてみると
 生活していたり家族がいるんだな。不思議だ」

魔王「こちらだって不思議に思っている。
 殆どの魔族は人間なんて見たことがないんだからな」

勇者「そうだよな」

魔王「……ぅぁぁぅ」

女騎士「眠そう」

魔王「少し眠い」

女騎士「寝るとするか」

勇者「話の続きは、また明日にでも」

魔王「そうだな。勇者」
女騎士「うん、勇者」
62 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 21:41:19.33 ID:z6GJxeoP

 むぎゅぅ すりっ

勇者 びきっ

女騎士「我ら二人が喧嘩をしなければ、良いのだろう?」
魔王「うむ。喧嘩さえしなければ勇者を堪能できるわけだ」

勇者「……寝るんじゃないですか」

女騎士「寝るから暖を求めてる」
魔王「落ち着きすぎて眠れないくらいだ」

勇者「すごく辛い気がするんですが」

女騎士「つらいのか? 剣の主。どこが辛いんだ?」
魔王「何か問題があるようだったら、わたしがすぐに解決するぞ?」

勇者「もういいっす」

女騎士「そうかそうか」
魔王「あいかわらず、もふもふだなぁ」

 むぎゅぅ すりっ

勇者「多分幸せなんだけど」

女騎士「それについては早めに結論を出すべきだな」
魔王「そうしないと有利子負債が膨らむばかりだぞ、勇者よ」
79 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 22:17:28.20 ID:z6GJxeoP

――魔王城東翼、別館、古城民宿“まおー荘”客室

メイド妹「んぅ……」ぼへぇ
メイド姉「……すぅ……すぅ」

メイド妹「あ。おねーちゃんだ」
メイド姉「……すぅ」

メイド妹「おねーちゃん、おねーちゃん」ゆさゆさ
メイド姉「……くぅん」

メイド妹「朝やよ ごはんつくららいと」ぼへぇ
メイド姉「……んぅ」

メイド妹「パンやからいと、おねーちゃん」
メイド姉「……んぅー。……すぅ」

 ほわぁ

メイド妹「おいしいぱん。ほかほか……においする」ぼへぇ
メイド姉「んー。いもーと。今日は、旅行よ……」

メイド妹「そか」きょろきょろ

メイド姉「すぅ……。すぅ……」

メイド妹「わ! わぁ! あ、朝ご飯があるっ」ずざざっ
80 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 22:18:44.99 ID:z6GJxeoP

メイド姉「すぅ……。すぅ……」

メイド妹「ど、ど、どうしよう?
 作ってないのに朝ご飯があるよっ。
 どうすればいい?
 お姉ちゃん、朝ご飯だよぅ」

メイド姉「……んぅ。……なかったらおなか減る癖にぅぅ」くて

メイド妹「そっか」

メイド姉「……くぅ」

メイド妹「そういえばそうだよね」

メイド姉「すぅ……。すぅ……」

 ほわぁ

メイド妹「良い匂い」じゅるっ

メイド妹「ど、どんなかなぁ……。わ。わ。黒いパンと、
 白いパンと、ベーコンエッグと、黄色い果物と、
 これなにかな。……ジャガイモのポタージュだぁ♪」

メイド姉「んっぅ」のびっ

メイド妹「お姉ちゃん。起きた?
 ご飯だよ! ご飯できてたよっ!」

メイド姉「すごいね」にこっ

メイド妹「食べて良い?」
メイド姉「二人で顔を洗ってからね」
81 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 22:20:18.27 ID:z6GJxeoP

――魔王城東翼、別館、古城民宿“まおー荘”午前の岩風呂

ザパーン、ザプーン

東の砦将「おうっ」
勇者「おっす。おはよう」

東の砦将「何だ、顔色悪いな。眠れなかったのか」
勇者「いや、いろいろ……」

東の砦将「そうか。まぁ、色々あらぁな」
勇者「……主に自分が敵だったんだけど」

東の砦将「戦場では良くある事さ。しゃぁねぇな!」

勇者「なんだそれ?」
東の砦将「酒だ。用意してくれたんだ」

勇者「昼から飲んでるのか?」

東の砦将「昼からだから美味いんだろう」
勇者「うーん。一理あるな」

東の砦将「よし、いこうぜ」

トットット……トク、トクッ

勇者「うっす。では一献」
東の砦将「乾杯!」

勇者・東の砦将「ぷはぁっ!」

勇者「肴は何なんだ?」
82 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 22:21:16.04 ID:z6GJxeoP

東の砦将「ああ、焼いた小魚と、野菜の塩もみだ」
勇者「美味そうだな」

東の砦将「どんどん行こうぜ」 トク、トクッ

勇者「ああ……。ぷはぁ」

東の砦将「で、どうなんだ?」
勇者「なにがさ」

東の砦将「どれが本妻なんだよ」
勇者「へ? 何の話だ?」

東の砦将「おいおいおい。家族旅行だって云っただろう?」
勇者「“みたいなもん”だよっ」

東の砦将「ほぉ」にやり
勇者「ど、どうだっていいだろっ!」

東の砦将「隠すなって」
勇者「隠してないって」

女魔法使い「……興味津々」

勇者「うわっ!?」

東の砦将「ど、どこにいたんだっ」

女魔法使い「……潜っていた」

東の砦将「魔、魔、魔法使いの嬢ちゃん」
83 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 22:22:28.09 ID:z6GJxeoP

東の砦将「どういう人間なんだ」

勇者「こういうやつなんだ。
 とらえどころはないけど、悪いやつじゃない」

女魔法使い「……本妻争奪戦勃発。実録極道物語」

東の砦将「えー」
勇者「……」

東の砦将「嬢ちゃんが本妻なのか?」

勇者「そんなわけがあるかっ!」
女魔法使い「……本妻なんかよりも深い仲?」くたっ

勇者「だいたいなんで魔法使いがここにいるんだ。男湯だぞ」
女魔法使い「……混浴」

勇者「混浴でも何でも問題有るだろう。ううう、なんとかしろ」
女魔法使い「……迷彩魔法で問題なし」

東の砦将「何か肌色をした四角が一杯ちらちらしてるが」
勇者「どこが迷彩なんだっ」

女魔法使い「……最先端の薄いぼかし」

東の砦将「本当にとらえどころがないなぁ」

勇者「これで魔法使いとしての腕は特級なんだ。
 導師クラスだろうが小指でひねれる」

東の砦将「そいつはすげぇな」
女魔法使い「ごきげん」
109 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 22:57:19.79 ID:z6GJxeoP

東の砦将「こうして昼から風呂の使って酒を飲んでると
 浮き世のしがらみが、すーっと抜けていくな」

勇者「うーん」
女魔法使い「……勇者はぬけないの? お尻が青いから?」

勇者「もう青かねぇよっ」

女魔法使い「……赤かったらお猿」

東の砦将「どうした? なんかあるのかい?」

勇者「あー。まぁ」

東の砦将「なんだい」

勇者「忽鄰塔って判るか?」

東の砦将「ああ、大族長会議だろう。
 魔王……って昨晩のあの美人が招集したって云う。
 その話は、今じゃ魔族なら四つの子供でも知ってるぜ」

勇者「そっか」

東の砦将「忽鄰塔がどうかしたのか?」

勇者「出来れば、その族長会議で、人間との共存の道を
 探りたいんだけれど、どうなるか判らないんだよなぁ」

東の砦将「そいつぁ、無理ってもんだろう?」

勇者「へ?」
112 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 22:59:43.56 ID:z6GJxeoP

東の砦将「いや、だからよ。今度の忽鄰塔は人間世界への
 遠征の規模を決めるもんなんだろう?」

勇者「誰がそんな話を?」

東の砦将「世間じゃもっぱらそういう話だ」

勇者「それは誤解だ。魔王はそんなことは望んじゃいない。
 永久和平条約とは行かなくても、何とか停戦というか
 少なくとも荒っぽくない結末を望んでいるんだ」

東の砦将「いや、そいつは昨日話を聞いたから判るけれど。
 今度の忽鄰塔じゃ無理だろう?」

勇者「なんでだ?」

東の砦将「だって、魔族の間に“今度はどこまで攻め込む”
 なんて話がある時点で意識が
 そっちに向かっちまっているってことじゃないか。

 みんなが戦争を望んでいるとは思わねぇが、
 うわさ話がこう流れてるって事は
 戦争したい誰かさんにとっては好都合なんだ。
 そいつはきっとこの流れを利用している」

勇者「……っ」

東の砦将「戦ってのは、武器だの人数だの練度も大事だけど
 こういう数字には出せないような“雰囲気”ってのも
 大事なんだよ。
 雰囲気を持ってかれちまった軍は大抵負けるな。
 傭兵生活が長いと、この匂いをかぎ分けるようになる。
 負け戦の軍に傭兵が居着かないのはそのせいさ」

勇者「……うん」
113 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 23:01:08.91 ID:z6GJxeoP

東の砦将「その上、八大氏族だ」
勇者「ん?」

東の砦将「人魔族、蒼魔族、巨人族、竜族」
女魔法使い「……獣人族、鬼呼族、妖精族、機怪族」

勇者「それが八大氏族なのか?」

東の砦将「知らなかったのか?
 まぁ、とにもかくにも。
 この八大氏族のうち、人間との和平……というか、
 共存を望んでいるのは妖精族だけだ」

勇者「へ?」

東の砦将「妖精族だけなんだよ。共存を望んでいるのは」

勇者「だって開門都市には色んな氏族の人たちがいる
 じゃないか。それをいうなら火竜公女だって」

東の砦将「それは時勢、ってやつだ。
 もし共存と決まれば、そりゃ共存するしかないだろう?
 開門都市では少なくとも、当面共存と決まった。
 だとすればその中でどう生きるかって話だよ。
 俺たちは本当は共存なんて望んじゃいなかったんだ、
 なーんて泣き言を言っても始まりゃしない。

 それと同じように、共存を望んでいない派閥だって
 もし共存になったらと考えて、色々手は打ってるさ」

勇者「そうなのか……」
114 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 23:02:18.16 ID:z6GJxeoP

東の砦将「公女の嬢ちゃんの話によれば、
 火竜の一族は頭は固いが馬鹿じゃないって事らしい。
 竜族は大体のところ山岳部に住んで、
 あまり他の魔族とも関わらない孤高の種族なんだ。
 共存に反対って云うよりは放っておいて欲しいって事だな。

 だが、竜族の住む山にはえてして鉱山物資が眠っている。
 魔界では少ない純度の高い鋼の取れる山も竜族のものだ。
 そういう場所に住んでいて、トラブル無しとは行かない。

 だから、娘の一人には、出来る限りの学をつけて
 人里に送り出したんだ。
 もちろん公女の嬢ちゃん本人の性格もあるけどな」

勇者「そうだったんだ」

女魔法使い「……それぞれの氏族も内側は複雑」

東の砦将「まぁ、そうゆうこともある」

勇者「そうなのか?」

東の砦将「枝族といってな。
 氏族の中も小さな氏族に分かれているんだよ。
 たとえば公女の嬢ちゃんは竜族のなかの、火竜族、
 その名門大公家の娘だ。
 竜族はほかにも飛竜族だの土竜族だのがいる」

勇者「複雑なんだなぁ」

東の砦将「まぁ、生きてるんだから仕方ない」
117 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 23:05:10.01 ID:z6GJxeoP

勇者「……」
東の砦将「どうした」

勇者「でも、どうにかしなきゃ」
女魔法使い「……」

東の砦将「ふぅむ」
勇者「……」

東の砦将「黒騎士だの魔王の力でどかんと……やっちゃまずいか」
勇者「ああ」

東の砦将「そいつは親父のげんこつと一緒だもんな」
勇者「そうだ。出来れば俺たちは手を出さないで事が
 うまく運べばいいのに」

女魔法使い「……」

東の砦将「俺にもなんて云って良いのかは判らないが
 例えばさっきの竜族みたいに“共存にしたい訳ではないが
 あえて云えば中立”みたいな氏族も他に探せばいるかも知れない。
 あいにく公女みたいな知り合いは俺には他にいないから、
 詳しい事情はわからんがよ」

勇者「ああ」

東の砦将「そういう氏族をきちんと調べてみるのが
 手がかりかも知れねぇな」

勇者「そうだな」
119 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 23:07:24.85 ID:z6GJxeoP

女魔法使い「……典範」

東の砦将「ん?」
勇者「なんだ、魔法使い」

女魔法使い「……」

東の砦将「は?」
勇者「……調べればいいのか?」

女魔法使い こくり

勇者「よく判らないけど、
 テンパンってのを探せば良いんだな?
 たはぁ。捜し物ってのは苦手なんだよな」
東の砦将「ふはははっ。お互いな」

女魔法使い「……」

東の砦将「まぁ、いいさ。そいつは俺の副官にでも言いつける」

勇者「悪いな」

東の砦将「いや、良いってことよ。
 戦争は避けられないかも知れないが、
 そうやって努力しておけば無駄にはならないさ。
 出兵する氏族が一つでも減るかも知れないし
 もし戦争になっても、
 いざという時に情けが刃に乗るかも知れない。
 俺だって、てめぇがいつか助かるために
 あがいてるにすぎないんだからな」
180 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/18(金) 17:56:18.27 ID:LAEzTxgP

――魔王城東翼、別館、古城民宿“まおー荘”テラス

メイド姉「お茶を入れました」
メイド長「ありがとう」

メイド姉「いえ……。静かですね」
メイド長「ええ」

メイド姉「……」こくっ
メイド妹「〜♪」

メイド長「メイド妹は何をしているのです?」

メイド妹「日記を書いてますー」

メイド長「日記?」

メイド姉「最近は良く書くんですよ」
メイド妹「へへ〜」

メイド長「それは感心です。文字は毎日書くにつれ
 理解が深まると云いますからね」

メイド姉「……えーっと」
メイド長「?」

メイド姉「絵が入ってても良いんでしょうか……」
メイド妹「これは、無いと、ダメなのっ」

メイド長「絵が入ってるんですか?」
181 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/18(金) 17:58:19.26 ID:LAEzTxgP

メイド妹「じゃぁん♪ これは昨日食べたスープ!」

メイド長「あらあら」
メイド姉「そんなに気に入ったの?」

メイド妹「うん、美味しかった! 酪が入ってまーす」
メイド長「あら。レシピまで? 誰に聞いたのかしら」

メイド妹「黒っぽいもやもやのおねーさんに教わりましたー♪」

メイド長「……」
メイド姉「え? え?」

メイド妹「ほかにも、酪を塗って漬け込んだお肉を焼いたの
 の作り方はこれでーす」 かきかき

メイド長「……はぁ。時々この子には驚かされます」
メイド姉「わたしなんて毎日ひやひやです……」

メイド妹「できたー!」

メイド長「ふふふっ。美味しい料理の研究ですか?」
メイド妹「はいっ。美味しいものは毎日書くの」

メイド長「料理以外のことも書くと良いですよ」
メイド妹「そうなのですか?」

メイド長「味の記憶は、印象ですからね。
 その日起きた印象深い事を書いておけば、
 後で味の記憶を思い出す時に役に立ちます」

メイド妹「そっかー! じゃぁ、女騎士のお姉ちゃんが
 謳ったことも書いておこう♪」

メイド姉「あれは忘れたいんじゃないかしら……」
194 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/18(金) 18:19:17.44 ID:LAEzTxgP

――魔王城東翼、別館、古城民宿“まおー荘”広間

メイド妹「これ、牛さんなのっ?」
メイド長「ええ」

東の砦将「牛なんて固くてまずくて食えたものじゃないと
 思っていたけど、これは美味いな」
副官「ええ、豚よりも歯ごたえがあって、爽やかですね」

メイド妹「ね、どーしてっ? どーして柔らかいの?」

メイド長「普通の牛の肉が固くなるのは、
 一杯働いているせいですよ。これは仔牛ですから」

勇者「へぇ、それで違うのかぁ」
女騎士「ふむ、こんな味だとはなぁ」

東の砦将「俺は気に入ったな。
 これ、串焼きにしたら美味いんじゃねぇのか? 岩塩かけて」
副官「いいですね、わたしはこっちの団子が好きですよ。
 スープに浮かべたり、ああ、煮込むのも良いかもしれません」

メイド姉「でも、あまり食べた事がないのはなぜかしら?」

魔王「それは生産性と関係がある。
 馬と比べて気性が大人しい牛は、
 農作業の大切なパートナーなのだ。
 畑を耕したり、牛車で樽を運んだりとな。
 馬車より遅いが、扱いは難しくない。
 それに肉を食べるよりも、乳を搾る方が多くの農民に
 取っては魅力的なのだろう。
 豚に比べて子供の数も多くはないから、一家に乳を提供する
 牛は家族の一員として扱われることもある」

勇者「そっかぁ」
女騎士「何にでも、子細はあるのだなぁ」
196 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/18(金) 18:20:59.62 ID:LAEzTxgP

東の砦将「しかし、魔界は地上と比べれば豊かだよな」
副官「そうですね〜」

メイド姉「魔界?」
魔王「しまった」

   東の砦将「云っちゃダメだったのか?」
   勇者「まだ内緒にしてたんだよ」
   メイド長「困りましたね」

   女騎士「そんなことか」
   勇者「女騎士。そんなことって云うけれど、
    なかなかこれはデリケートでさ」

   女騎士「わたしに任せろ」ズシャァ
   勇者「上手くごまかしてくれ」

メイド姉「魔界って、あの魔界ですか?」
女騎士「そうだ」えへん

   メイド長「……」
   魔王「まんま認めてるではないかっ!?」

女騎士「ここは魔界ので一番の高級リゾートでな」

   メイド長「たしかに一番高級、はあってますね」

女騎士「あちらにいる君たちの主人はこのリゾートの持ち主でもある」
198 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/18(金) 18:23:40.39 ID:LAEzTxgP

メイド姉「ご当主さまが!?」
魔王「ま、まぁな」

女騎士「そんなわけで格安利用できたのだ」

メイド姉「そうだったんですか。ご当主様はどこかの
 貴族だと思っていましたが、こんな領地をお持ちとは」

メイド妹「うんうん、美味しかった」

   メイド長「微妙なずれが気に掛かりますね」
   東の砦将「いや、いくらなんでも魔界だぞ」
   副官「あんなにけろっと受け入れられるものですか?」

メイド姉「では、魔界の貴族様なんですね?」
魔王「あ。ああ……貴族というか、なんというか……」
女騎士「有り体に言えば王族なのだ」

メイド姉「それで魔王様ですか。やっと得心しました。
 以前から、まおー様とか魔王様などの呼びかけを受けて
 らっしゃいましたから、不思議には思ってたんです」

メイド妹「お姉ちゃん、どうゆう事?」

メイド姉「えーっと。うーん……」
メイド妹「?」

メイド姉「ご当主様は、美味しい料理のたくさん出てくる
 お城をもってるんだって。で、地元には今の屋敷とは
 別の領地もお持ちなのですって」

メイド妹「そっか! お金持ちなんだっ♪」

   勇者「大物だっ!?」
199 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/18(金) 18:25:40.80 ID:LAEzTxgP

魔王「いや、お金はあんまり無いのだが……。
 城も代々のお下がりで維持費も馬鹿にならないし。
 直轄領からの税収はインフラと領地運営でかつかつだし……」

メイド姉「没落した偉い貴族様なんですって」
メイド妹「没落はどっちでも良いよぉ。美味しい料理が重要だよ」

メイド姉「それでも、ご飯は美味しいのじゃないかしら」
メイド妹「美味しい?」

メイド長「昨日でた宴席料理のような物が基本です」

メイド妹「すっごいねぇ! お金持ちだよ、お姉ちゃん!
 ご馳走も出てくるし、料理も上手だよ〜♪」

魔王「いやっ。そのっ。なにもわたしが作ってる訳じゃ……」

   東の砦将「これはこれで逸材だな。ちびの嬢ちゃん」

メイド姉「そうね」にこにこ
メイド妹「当主のお姉ちゃんは偉いと思ってたけれど
 本当に偉かったんだね〜。すごいよぉ、また料理教えて貰おう!」

女騎士「……ぷっ。くくくくっ」
   副官「あはははっ」

メイド姉「あんまり邪魔をしたらダメですよ。忙しいのですから」
メイド妹「うんっ♪」

メイド長「あらあら、まぁまぁ」

魔王「わたしは料理なんてまったく……」
勇者「魔族ってあたりは何のショックもないんだなぁ」
200 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/18(金) 18:55:13.04 ID:LAEzTxgP

――魔王城東翼、別館、古城民宿“まおー荘”滝の温泉

ザザァ、カポーン

女騎士「それにしても……。はぅぅぅん」
女魔法使い「……」

女騎士「食べて温泉、ごろごろして温泉、そして宴会だなぁ」
女魔法使い「……それが温泉宿」

魔王「慰労であるからな」きゅっきゅ
女騎士「うん……。あ゛あ゛」

魔王「なんて声を出すのだ」
女騎士「熱い湯に入ると自然に漏れるのだ。仕方ない」

女魔法使い「……はぅぅ」
魔王「……ふぅぅ」

女騎士「……平和だなぁ」
女魔法使い「……」
魔王「魔王城だからな」

女騎士「やはり、あれか?」
魔王「?」

女騎士「こういう生活を続けていると……肉がつくのか?」
女魔法使い「……なるほど」

魔王「そんなことはないぞ。
 わたしだってこんなに温泉三昧なのは初めてなくらいだ。
 幼少の時からこっち、研究生活一筋だったからな」
201 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/18(金) 18:56:37.42 ID:LAEzTxgP

女騎士「研究かぁ……はぅぅ」
魔王「言っておくが肉を増やす研究ではないぞ」

女騎士「自慢なのか」
女魔法使い「……コンプレックスとナルシズムの軋む音がする」

魔王「いっ、いいではないか。事実だっ」

女騎士「ろくな運動もせずに不摂生をしているから贅肉がつくのだ」
魔王「わたしのは駄肉だっ。まだ贅肉ではないっ」

女騎士「どういう区別で使ってるんだ?」
魔王「そ、それはメイド長が……」
女騎士「?」

魔王「“男を捕まえられない肉は宝の持ち腐れだから駄肉”
 だって云っていたんだ。魔族の女性として恥ずかしいと」

女騎士「どうも魔族のそのあたりの文化は直接的すぎると思う」
女魔法使い「……同意」

魔王「わたしが創った文化ではないっ」

女騎士「もっと他にも色々あるだろう。細やかさとか、
 気配りとか、家のことを細々と整える能力とかっ」

女魔法使い「……女騎士には一つもない」

女騎士「それ以外にもあるっ。突進力とか剣技とか武勇とか
 堅固な守りとか、詠唱能力とかっ」

魔王「魔族の文化だって、破壊力で異性を物にしようというほど
 無骨で野蛮ではないぞ」
202 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/18(金) 18:58:11.67 ID:LAEzTxgP

女騎士「愛情とか、貞節とか、誠意とかはどうなんだ」

魔王「そんな物はあっても当たり前だ。当たり前の物が
 あるだけではライバルに勝てないではないか」

女騎士「そうなのか?」

魔王「貞節については、地上の方が相当に厳しいと思うがな」
女騎士「ふむ……」

魔王「こちらでは、貞節は貞節で重要とされるが、
 それは精神的な関係においてだな。
 結婚に関してはまた少し別だ。
 特に身分が高い場合、子供を残すことも重要だからな」

女騎士「それは、地上の王族と似たような事情か?
 たしかに王族ともなれば、側室を多数かかえるしな」

魔王「その“側室”という言い方がこちら風に云えば
 愛情や誠意の部分で問題がある、と云うことなのだろうな。
 心の問題を正室、側室などと順番をつけるのは良くない、と」

女騎士「それで重婚するのか?」

魔王「重婚というとなにやら犯罪的だが、まぁそうだ。
 複数を相手とする婚姻関係は、さほど珍しい物ではないな。
 だがしかしその辺は氏族にもよる。
 蒼魔族などは純潔を重視するから、一対一以外認めようとしない。
 そのかわり兄妹で結婚することも一般的だ」

女騎士「魔界ってのはいろいろ有るんだなぁ」

女魔法使い「……人間だって、色々」

魔王「そういうことだな」
203 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/18(金) 19:00:00.40 ID:LAEzTxgP

女騎士「それにしたって」ちらっ

魔王「はぅぅ……」 ばゆん

女騎士「……」 ちょいん

女魔法使い「……すぅ」 ぷにり

女騎士「身長だって大差がないのに、何でこんなに
 戦力差があるのだ。寡兵にもほどがあるぞ」

魔王「何を言っているのだ?」

女騎士「なんでもない」

女魔法使い「……すぅ。……すぅ」ごぼ

魔王「湯に入ると実感する。肩が凝るのはやはり
 これのせいなのだ。重しが取れて、すぅーっとするようだぞ」

女騎士「……愛剣・惨殺廻天さえあればっ」ぎりぎりっ

女魔法使い「……すぅ」ごぼごぼごぼ

魔王「魔法使い殿も、なかなか可愛らしい割には
 ボリュームもあるのだな。着やせというのか。
 ところで、なんで水面につっぷしているのだ?」

女魔法使い がぼがぼがぼがぼ

女騎士「その状況で何で寝続けられるんだっ!?」
217 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/18(金) 19:24:10.46 ID:LAEzTxgP

――魔王城東翼、別館、古城民宿“まおー荘”中庭

さらさらさら……

メイド姉「……」

  さらさらさら……

メイド長「良い風ですね」
メイド姉「あっ。はい……。メイド長」

メイド姉「……」

メイド長「……」

さらさらさら……

メイド長「やっぱり、ショックでしたか」

メイド姉「……」

メイド長「騙していたことになるのでしょうね」

メイド姉「それは、違います。ちょっとびっくりでしたけど。
 ……妹は本当にけろっとしていましたけどね。
 あの娘は本当に強いから」

メイド長「……」

メイド姉「――たとえ当主様が魔族でも、メイド長や
 勇者様が魔族でも、わたし達が救われたという事実には
 変わりありません。
 あのときの一晩の温かさと食事は、
 わたし達を死から救ってくれましたけれど、
 それだけではないもっと大事な物も救って貰ったんです」
219 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/18(金) 19:27:30.57 ID:LAEzTxgP

メイド姉「でも、それとは別に、やっぱりショックです」
メイド長「……」

さらさらさら……

メイド姉「わたしは今まで、戦争という物については
 よく知らなくて、ただひたすらに恐ろしかった。
 鉄の国でわたしに剣を向けたのは、
 同じ南部諸王国の兵士の人でした……。
 その狂ったような眼差しが忘れられなくて
 いまでも夜中に飛び起きる事があるんです。
 だから戦争は恐ろしくて、狂っていて
 絶対にしてはいけないこと……そう思いました」

メイド長「……」

メイド姉「でも魔族は魔族だから……
 そんな風に考えて……。ううん、考えもせずに
 ただそういう風に納得していた自分がいました。
 “魔族との戦争は戦争じゃない”そう考えてるわたし。
 ショックを受けているのはその自分です。

 魔族は悪だからって信じていたから
 そうじゃないって判って、
 今まで自分の一部分だった古いわたしが
 ショックを受けているんです」

メイド長「魔族が善とは限りませんよ」

メイド姉「でも、悪ではない。
 わたしは当主様もメイド長さまも知っていますから、
 そんなことは判ります」

さらさらさら……

メイド姉「むかし、わたしは当主様に尋ねたことがあるんです」
220 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/18(金) 19:30:56.16 ID:LAEzTxgP

メイド姉「“戦争って何ですか?”って」
メイド長「……」

  さらさらさら……

メイド姉「当主様は云いました。

 “村に2人の子供がいて、出会う。
 あの子は僕ではない。僕はあの子ではない。
 2人は別の存在だ。別の存在が出会う。
 そこで起こることの一部分が、争いなんだ。
 戦争は沢山の人が死ぬ。
 憎しみと悲しみと、愚かさと狂気が支配するのが戦争だ。
 経済的に見れば巨大消費で、歴史的に見れば損失だ。
 でも、そんな悲惨も、出会いの一部なんだ。
 知り合うための過程の一形態なんだよ”
 ――って」

メイド長「まおー様がそんなことを……」

メイド姉「とても、哀しそうでした」
メイド長「……」

メイド姉「あのときのわたしは、少しも判りませんでした。
 同じ人間なのに、偉い人の命令で戦っているだけだ。
 これは“出会い”なんかじゃない。
 そんなことを思いました。
 当主様が何を思ってそんなことを仰ったのか、
 少しも判らなかった」

メイド長「……」

メイド姉「今でも、正直に言えば、判ってはいません。
 どのような気持ちで、あんな表情をなされたのか。
 でも、判らなくてはならないと思うんです」
221 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/18(金) 19:32:59.30 ID:LAEzTxgP

メイド長「強くなりましたね」
メイド姉「そんなことはありませんっ」

メイド長「あなたも、妹も……こほんっ」
メイド姉「はい?」

メイド長「自慢の弟子です」
メイド姉「あ……」

メイド長「……」
メイド姉「……」じわぁっ

  さらさらさら……

メイド長「入りましょう。身体が冷えますよ」

メイド姉「はい」

メイド長「メイド姉?」

メイド姉「はい」

メイド長「世界は広大で、果てがない。
 そこには無数の魂持つ者がいて
 残酷で汚らしく醜く歪んだ、でも暖かく穏やかで美しい
 ありとあらゆる関係と存在をつくっています。

   あなたにはすでに翼がついています。
 だからいつかそれらを見て理解できると思います。

   諦めなければ、きっと」

メイド姉「はい。――先生」
228 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/18(金) 19:51:54.30 ID:LAEzTxgP

――魔王城東翼、別館、古城民宿“まおー荘”エントランス

東の砦将「よーっし。荷物もまとまったぞ」
副官「たいした物はもってきませんでしたしね」

メイド姉「わたし達もまとまりました!」
メイド妹「お土産いっぱーい♪」

メイド長「まおー様、よろしいですか?」
魔王「ん。準備万端だ」
女騎士「移動時間がないというのは本当に便利だな」

勇者「一応ほら、奥義呪文だしな」

東の砦将「いやー。誰にも信用されないだろうな。
 魔王上で温泉に入ってきたとか云ったって」
副官「そうですねぇ、まぁいいじゃないですか」

女騎士「そういや、魔法使いは?」
東の砦将「ん? さっきそこらを歩いていたような」

とてててててっ

女魔法使い「……到着」

メイド長「では、帰りましょう」

魔王「勇者は砦将殿を先にお送りしてくれ。待ってるから」

女魔法使い「いい。わたしがする」

勇者「お、いいのか? 開門都市の場所、判るのか?」

女魔法使い こくり
230 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/18(金) 19:53:25.70 ID:LAEzTxgP

東の砦将「よっし、じゃぁ、魔法使い殿と行くかぁ」
副官「よろしくお願いします」
女魔法使い「……ごきげん」

しゅいんっ

メイド長「ではこちらも」
メイド妹「冬越し村に帰ろう〜♪」

魔王「勇者、頼むぞ」
勇者「ああ!」

女騎士「これ以上温泉につかっていると、
 色んな事を投げ出してしまいそうだからな」

魔王「帰れば山ほど仕事が待っているさ」
勇者「そうだな」

メイド長「またすぐ来ることになります」
魔王「うむ」

女騎士「え?」

魔王「月が開ければ、すぐにでも忽鄰塔だ」

勇者「情報を集めて、交換条件に使えそうなカードの交渉を
 すすめないとな。それから冬寂王や、中央の様子も心配だ」

女騎士「そうだな。帰ろう!」
勇者「任せとけ」

しゅわんっ!
231 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/18(金) 20:00:28.24 ID:LAEzTxgP

――地下世界、大河沿いの街、郊外の庵

奏楽子弟「おーい! おーぅい!」

 ガキン! ドグチャ

奏楽子弟「なんてボロ屋なのよ、まったく。
 うっわ、こ、これ何っ!? た、食べ物っ!?
 ぐちゃぐちゃじゃないっ。
 おーうい!
 いるんでしょー? 起きてよー!」

土木子弟「なんだー」

奏楽子弟「帰ったわよ」

土木子弟「あれ? どこから?」

奏楽子弟「『開門都市』に行ってくるって云ったでしょ!」

土木子弟「そうだっけ? そう言えば、しばらく会ってなかったな」

奏楽子弟「二ヶ月も会ってないのよっ!
 ほら、これお土産っ! それに食事もしてないだろうから
 こっちは出来合の焼きめしっ。ほら、お茶もっ」

土木子弟「ありがとっ。ふわぁーあぁ」

奏楽子弟「ほっとくといつまでたってもやってるんだから」
232 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/18(金) 20:01:56.53 ID:LAEzTxgP

土木子弟「仕方ない。工夫と設計、管理と運用。
 土木ってのは奥が深いんだ。
 師匠が残してくれた本だって完全に理解したと云えるのは
 1冊もない。治水からしてまだまだだ」

奏楽子弟「“テキストに溺れる事なかれ”って
 云われてるでしょう。
 いっくら学んだって実践しなきゃ意味なんて無いじゃないのよ」

土木子弟「そんなこと云われてもなぁ。
 そっちの音楽や叙述とちがって、土木ってのは馬鹿みたいに
 人でも金も必要なんだよ。一人でやるには限界がある」

奏楽子弟「兄妹弟子がこのていたらくとは、
 あたし情けないわよ……」

土木子弟「そういうなよ。やっとここの近くの村は
 一通りの潅漑指導が終わったんだ」

奏楽子弟「どうだった?」

土木子弟「ま、生産性は上がったんじゃないか?
 土木ってのはすぐには結果が出ないから、
 数年のオーダーで改良をしていくべきだと思うけれど、
 耕作可能面積は倍近く増えたはずだ。
 あとは河が肥料を運んでくれるのを待てば良いな」

奏楽子弟「へぇ、善行したじゃない」

土木子弟「まぁねー」

奏楽子弟「で、報酬は?」
土木子弟「ぼちぼちかな。ほらっ」
234 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/18(金) 20:03:34.61 ID:LAEzTxgP

奏楽子弟「わぉ、すごっ!」
土木子弟「やるよ」

奏楽子弟「ええっ。いいよ、そんなのっ!」
土木子弟「俺の稼ぎがない時は、なんだかんだと
 面倒見てくれたじゃないか」

奏楽子弟「そりゃ、ほら。演奏ってのは日銭になるから」

土木子弟「こっちは長い時間かけて報酬が出る。
 山分けすれば、同じことさ」

奏楽子弟「そう? ……じゃ、預かっといたげる」
土木子弟「おう、頼んだ」

奏楽子弟「……」
土木子弟「……もぎゅもぎゅ」

奏楽子弟「ここの仕事は、一段落?」
土木子弟「ああ」

奏楽子弟「どうしよっか」
土木子弟「つってもなぁ。次の仕事は決まってないし。
 師匠はどこに行っちゃったのかまったく判らないし」

奏楽子弟「うん……」

土木子弟「もっと色んな工事をしてみたいけれど、大規模な
 潅漑や堤防の作成、水道や道路の敷設、築城なんてのは
 大氏族の族長でもないとやらないし。
 俺、平民だからそんなコネはないしさ」

奏楽子弟「まったく稼ぎにならない技術だなぁ」
土木子弟「何を言う。土木は技術の王様なんだぞ」
235 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/18(金) 20:04:58.06 ID:LAEzTxgP

奏楽子弟「へー」
土木子弟「師匠が云ってたんだ」

奏楽子弟「師匠はあれはあれで浮世離れした人だから……」
土木子弟「天才だ」

奏楽子弟「浮世離れした乳だったからなぁ」
土木子弟「天才だ」

奏楽子弟「ま、それはいいとして。ほらっ」
土木子弟「え? なんだよ?」

奏楽子弟「出掛けるよ」
土木子弟「どこへ?」

奏楽子弟「仕事、無いんでしょう?
 『開門都市』は今すごく景気がよいみたいなのよ。
 城壁の修理とか道路の敷設とか、そんな話しもでているしさ。
 だんだん交易が戻ってきたから税収も上がってるんだって。
 おまけにあそこはどこの氏族にも支配されていない独立都市。
 わたし達みたいな妖精族と鬼呼族の若造でも
 何とか仕事にありつけるわよ」

土木子弟「そりゃ、いい話だな」
奏楽子弟「いける?」

土木子弟「師匠の本の他にはもっていく物もろくにない」
奏楽子弟「じゃぁ、旅立とう♪」

土木子弟「でかい仕事にありつきたいもんだ」
奏楽子弟「あたしだってサーガの一本も書き上げたいわよ」
258 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/18(金) 22:01:59.48 ID:LAEzTxgP

――冬の王宮、執務室

執事「そうではなくて、お茶は濃いめ。砂糖は二つ」
宮殿女官「は、はぁ」

文官「生産物税の書類はどこに仕舞ってあるのでしょうか?」
執事「去年の分までは商人子弟殿の執務室。
 それ以前は文書館ですな」

宮殿女官「冬の女王への親書の文面が出来ました」
文官「それは若にお見せしてご裁可を頂くように」

ばたばた
  ばたばた

冬寂王「忙しそうだな」
執事「おお、若」

冬寂王「やはり大変か?」
執事「いえいえなんの。せっかくのお役目ですからな」

冬寂王「やはり少し心配だが」

執事「心配めさるな、若。これでも爺は若い頃は
 ちょっと無茶するダンディーでならしていたのですぞ」

冬寂王「余計に心配だ」

執事「とはいえ、このお役目、他にこなせる人もおりますまい?」
冬寂王「それはそうなのだが」
259 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/18(金) 22:03:06.03 ID:LAEzTxgP

諜報局武官「局長。選抜隊準備整ってございます」
執事「よし、乙種兵装で待機」

諜報局武官「はっ」

冬寂王「魔界の奥となると連絡もままなるまいな」

執事「そうともいえますまい。何とか手立てを見つけます。
 潜入偵察とは腕が鳴りますなぁ。
 若い頃を思い出して、うきうき心が弾みまする」

冬寂王「くれぐれも若い娘に手を出さぬようにな」
執事「……」

冬寂王「しっかと申しつけたからな」
執事「はぁ……。しょんぼりでございますなぁ……」

冬寂王「爺の役目は調査と、和平の可能性の模索だ」
執事「畏まってございます」

冬寂王「出来れば、今魔族との間に戦争は起こしたくはない。
 国内が流入した民であふれかえり、産業が興っているこのとき
 中央との確執だけでも手一杯だ」

執事「はっ」

冬寂王「領民の反応を考えると、
 軽々な言質を与える事など出来るわけもないが
 わたしとしては、何らかの停戦協定なり
 秘密協定などを作ることも視野に入れている。
 いや、その方がどれだけ助かることかと思っている」

執事「さようでございますなぁ」
260 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/18(金) 22:04:25.54 ID:LAEzTxgP

執事「魔界では、いや地下世界では活発な動きがあるようです。
 『開門都市』は魔族に奪還されたと云うことですが、
 皆殺しにされたと中央が弾劾していた、
 商人を中心とした民間人の人間が生き残っているようで」

冬寂王「ふむ……」

執事「どれくらい生き残っておるかは判りませぬが
 渡りがつけられれば情報のとっかかり程度にはなりましょう。
 魔界には何度も渡りましたが、姿形は人間と変わらぬ
 種族も沢山おります。
 変装をして偵察する分にはさほど怪しまれたりもせぬでしょう」

冬寂王「出来る限り情報を集めてくれ」
執事「命に代えましても」

冬寂王「いや、それは代えんで良い」
執事「もう歳なのですから格好つけさせてください、若」

冬寂王「爺がいうと冗談にしか聞こえぬ」
執事「にょっほっほっほっ」

冬寂王「それにしても……」
執事「はい」

冬寂王「魔族とは何なのか……。
 魔王とはどのような男なのか、最近よく考える……」
執事「ふむ」

冬寂王「世界を統べて、他と戦うとは、
 あの世界ではおそらく並び立つもののいない英雄、
 征服者と尊敬を受けているのだろうな」

執事「さようでございましょうな」
286 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/18(金) 22:50:22.89 ID:LAEzTxgP

――氷の宮廷、小広間

貴族子弟「――と、そんなわけでして」

氷雪の女王「随分働いたようですね」
貴族子弟「いえいえ、食っては寝ての放蕩三昧でしたよ」

氷雪の女王「状況をとりまとめると、どうなりますか?」

貴族子弟「国の単位で三ヶ国通商への参加を希望しているのは、
 湖の国、梢の国、葦風の国。この3つですね」

氷雪の女王「ふむ……」

貴族子弟「もっとも、表だって参加を唱えられそうなのは
 湖の国だけ。他は“参加はしたいが教会は怖い”という  状況でしょう」

武官「やはり領土問題で?」
密使貴族「でしょうねー。赤馬の国をどうやっても無視できない」

氷雪の女王「もっともですね」

貴族子弟「逆に云えば、赤馬の国と……まぁ、あとはついでに
 白夜の国ですか。この二つを説得できれば“挟み撃ち”は
 無くなるわけですから、どの国も我が方へ参加を表明しや
 すくはなるんでしょうね」

氷雪の女王「農奴の件はどうなのですか?」

貴族子弟「それの前にまず、そのほかの領主のご説明をしましょう」

氷雪の女王「続けなさい」
287 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/18(金) 22:51:57.04 ID:LAEzTxgP

貴族子弟「えーっと、領主は。……どこにやったかな」

 ごそごそ

貴族子弟「ん。……こちらとの通商を望んでいるところは
 なんと! 24にものぼりますね。
 その多くは自治都市を預かっているいわゆる都市領主ですけどね」

氷雪の女王「やはりその立場ですと、交易が気になりますか」

貴族子弟「ええ。小麦を始め物資が高騰して
 “売れない”と云うのも確かに痛いのでしょうが、
 それよりなにより“荷が動かない”と云うのが痛いようで」

氷雪の女王「どういう事です?」

貴族子弟「物資の値段が高かろうと安かろうと、
 自治都市を預かっている領主にとっては
 直接影響が大きい訳じゃなかったんですよ。
 特に交易だけで考えた場合はですね。
 金貨2枚で買った物を3枚で売っても
 金貨5枚で買った物を6枚で売っても、儲けは同じ金貨1枚でしょ」

氷雪の女王「ふむ」

貴族子弟「しかし、今回の事件で、物資の値段が上がってしまった。
 あがったなりに売り買いがあれば良いんでしょうが、
 物が売れないから荷が動かない。
 荷が動かないと通行税も市門税も取れないんです。
 歌船河のほとりのある都市の領主は、
 河船税が去年の1/10になってしまったと嘆いていましたよ」

氷雪の女王「そういうことですか」
288 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/18(金) 22:53:42.77 ID:LAEzTxgP

貴族子弟「彼らの立場からすれば、
 いま一番荷が動いているように見えるのは南部です。
 南部と関われば、物資の流れが生まれて税金が取れる。
 何も自分の所で物を生み出さなくても
 物が流れる通路になればお金が落ちてくると云う思惑です」

氷雪の女王「それはそれで、頼りがいがありませんね」

貴族子弟「ええ、まぁ。
 ……例えば武器の輸出をしたとなれば
 あとから聖教会に睨まれるって事もあります。
 でも、“武器とは知らず、荷の行き来の途中にあっただけの都市”
 であるだけなら、どうとでも言い逃れは出来ますからね。
 通商を望んでいる、とは云ってもこちらの傘下に入りたい、
 同盟したいと云うほど強く望んでいるのはいくつある事やら」

氷雪の女王「……」

貴族子弟「だが一方、彼ら都市領主は農奴の権利解放については
 そこまで目くじらを立ててはいませんよ。都市に住む職人や
 ギルドの関係者の殆どは農奴ではないわけですから」

氷雪の女王「そうですね」

貴族子弟「農奴の解放について神経を尖らせているのは、
 耕作面積や教会の発言力が大きい国です。
 麦の国や楡の国が代表格ですね。湖の国も本来大きいですが、
 あそこは湖畔修道会発祥の地だけあって、農奴解放の報せが
 早く浸透しました。下からの突き上げもあって、湖の国の
 女王はこちらに親しい方へ傾いています」

氷雪の女王「ふむ」

貴族子弟「全般的に云うと、貴族には自信がないのでしょう」
290 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/18(金) 22:56:11.95 ID:LAEzTxgP

氷雪の女王「自信、ですか?」

貴族子弟「ええ。貴族の暮らしは税金によってまかなわれて
 いるわけで、暮らしの物質的側面以外は、
 身分制度によって支えられてるんですよね。
 つまり、王によって“お前は有能だ!”と保証されて
 農奴や家臣からは“あなた様に従います!”と崇められて、
 それで精神的には満たされているわけですよ」

氷雪の女王「……」

貴族子弟「それにたいして、農奴という最下層の、
 いわば“身分制度の底”を失ってしまうとどうなるか。
 自分自身も世界もがらがらと崩れてしまうのじゃないか?
 その辺が不安でならないんでしょう。

 見て判るとおり、農奴の解放を達成しつつある
 我が通商同盟でだって、
 開拓民や農民は、相変わらず税を納めている。
 もちろん徐々に仕組みは変わっていっていますけどね。
 貴族が居なくなったわけではないのです。
 別に農奴解放=貴族は全員死刑なんてことはない。
 でも、彼らは自信がないんでしょうね−。哀れなものです」

氷雪の女王「それにしては……」
貴族子弟「はい?」
氷雪の女王「貴族子弟は、貴族なのに随分余裕が
 あるように見えますね」

貴族子弟「ああ、それはもちろんですよ」

氷雪の女王「?」

貴族子弟「ぼかぁ、雅を信じていますからね。
 連中は貴族のくせに、雅も文化も信じていやしないのです」
292 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/18(金) 22:58:09.59 ID:LAEzTxgP

氷雪の女王「文化……」

貴族子弟「歌だの踊りだの芸術だのってのは
 決して馬鹿にした物ではないのです。

   犬がドレスを着ますか? 猫が絵を描きますか?
 熊が詩作をしますか? 豚が歌劇を演じますか?
 そんなことをするのは魂を持つ我らだけですよ。
 これぞ人間らしいと云うものです。
 無駄に見えても、ちゃぁんと意味があるんです。

   わたし達がわたし達であり、
 わたし達の今日をわたし達の明日につなげるために
 文化と洗練は続いていくんですよ。
 貴族に生まれたのなら、
 それくらい信じないでどうするんでしょうね?

   下からおだてられないと貴族を続けていけないのなら
 とっとと商人にでも軍人にでもなってしまえばよいのに。
 生まれただけで貴族面しているから、これっくらいのことで
 動揺するんですよ。
 “事はすべてエレガントに運べ”と祖母も云ってました」

氷雪の女王「……ふふふっ」くすくす

貴族子弟「女王陛下だってそう思いますよね?」

氷雪の女王「ええ、本当に。ああ、おかしい。くすっ」
貴族子弟「今後はいかがしましょう」

氷雪の女王「赤馬の国を頼みます」
貴族子弟「では」

氷雪の女王「ええ、もちろん。
 事はすべてエレガントに運びなさい」
314 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/18(金) 23:48:26.86 ID:LAEzTxgP

――鉄の国、王都宮殿、護民官詰め所

軍人子弟「うわぁぁぁあああ!?」
鉄国少尉「ど、どうしたんでありますか? 護民卿!」

軍人子弟「限界でござるよう」 がたがた
鉄国少尉「しっかりしてくださいよっ」

軍人子弟「拙者軍人なのにっ。軍人なのにっ」
鉄国少尉「わたしだって軍人ですってば」

軍人子弟「落ち着くでござる。拙者落ち着くでござるよ」
鉄国少尉「ゆっくり深呼吸でも」

軍人子弟「ひっひっふーひっひっふー」
鉄国少尉「それは妊婦では?」

軍人子弟「ひぃぃぃ、書類がぁ」がくがく
鉄国少尉「錯乱しすぎです、護民卿!」

軍人子弟「その“護民卿”というのが諸悪の根源でござるよっ。
 拙者一介の軍人にて、街道防衛部隊指揮官だったはずなのに」

鉄国少尉「軍人が功を上げて階級が上がるのは当然じゃないですか」

軍人子弟「それがなんで卿なんてつくでござるかっ!」

鉄国少尉「それは、ほら。
 鉄の国は軍人貴族で構成されてますから。
 基本的に行政職は全員軍人ですし。
 将官以上は全員部署を持って国の仕事しませんと。
 “軍人は戦争の時しか仕事していないので、
 平時は行政の仕事をすべし”というのが鉄の国のモットーです」

軍人子弟「ひぃぃ、騙されたでござるぅ!?」
320 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/18(金) 23:53:55.40 ID:LAEzTxgP

鉄国少尉「まぁまぁ、現実をみすえてくださいよ」

軍人子弟「書類怖い書類怖い」ぶるぶる

鉄国少尉「そんなに怖い物ですかねぇ」

軍人子弟「書類間違えるとぶたれるでござる。
 騎士殿が拙者を剣の腹でぶつでござるぅ。
 学士どのが鉄定規でぶつでござるぅ。
 椅子に座れなくなるでござるよ。
 トイレで泣くでござるよ」ぶるぶる

鉄国少尉「何か過去にあったのかなぁ……」

軍人子弟「そっ、そんなことはないでござるよっ」がばっ

鉄国少尉「まぁ、落ち着いてくださいよ。茶でも飲んで。
 書類が怖いのなら、俺が読んで聞かせますから。
 なんせ子弟殿にほれこんで、あの峠からずっと
 ついてきたんですからね」

軍人子弟「有り難いでござる。拙者挫けそうでござった……」

鉄国少尉「んで、まぁ。死ぬほど沢山書類があるわけですが」
軍人子弟「ぐふっ」

鉄国少尉「目下のところは、これ。
 これ一枚解決すれば書類の半分は解決しますよ」

軍人子弟「……どういう案件でござるか?」

鉄国少尉「ぶっちゃけ、“人が増えてるからどうにかしろ”
 という王様からの命令書ですよ」
322 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/18(金) 23:57:17.77 ID:LAEzTxgP

軍人子弟「はぁ? 人が増えたら良いではござらんか」

鉄国少尉「まぁ、良いことですけどね。
 人が増えれば食べ物だって一杯作れるし、
 戦争した時だって強いですから」

軍人子弟「で、ござるよね」

鉄国少尉「でも、とりあえずの所は問題が山積みな訳です。
 そもそも何でこの国にここまで移民が来ているかって云うと
 食料が豊富で農奴の解放が進んでいる三ヶ国通商同盟のなかで、
 中央に対して国境線が比較的近いのが
 冬の国と我が鉄の国だからですよね」

軍人子弟「そうでござるな」

鉄国少尉「しかし、そこでやってくる移民っていうのは
 殆どが逃亡農奴や、貧しい開拓民で、
 財産なんてろくに持っていなかったりするわけです。
 たとえ財産を持っていた場合でも、一家族で他国へとやってきて
 いきなり食っていくのは相当に難しいですよね」

軍人子弟「そう言えばそうでござるなぁ」

鉄国少尉「今まではそういた移民は冬の国や氷の国にも
 お願いしたり、あちこちの村にちょっとずつ
 引き受けて貰ったりして分散の処理してきたんですが、
 それも限度を迎えているわけで」

軍人子弟「ふむふむ、それでどうしたんでござるか?」

鉄国少尉「そこで護民卿が解決すると」

軍人子弟「ほほう! ……それって拙者じゃござらんかっ!」
330 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 00:05:14.66 ID:GDf918.P

鉄国少尉「そもそも護民卿ってのは民を護る役ですからね」

軍人子弟「ううう」

鉄国少尉「まぁ、さっきの話も問題ですが、
 貧しくなって食い詰めた開拓民が溢れれば、
 窃盗や略奪などの問題も起きてきます。
 色んな国からやってきた人々は、文化も生活習慣も違いますから、
 地元民とトラブルを起こすケースもありますよ。

   ここにある山のような書類は、そういった苦情が多いんです。
 もちろん、我ら護民卿の部隊が、酷い物については
 対処しているわけですが、受け皿を作らないと苦情の量は
 減らないんですよ」

軍人子弟「それは、その通りでござるな」

鉄国少尉「……」
軍人子弟「……」

鉄国少尉「どうです?」

軍人子弟「うーん。……師匠の教えでも、いくつかのケースは
 学んだんでござるが……。開拓民、でござるかぁ」

鉄国少尉「……」

軍人子弟(確かにやっかいでござるねぇ。
 場合によっては暴動なんてことも起きかねないでござるし、
 何よりも、無秩序に開拓を行った場合、防衛上の飛び地が
 無数に出来る恐れもあるでござるし……)
331 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 00:07:32.41 ID:GDf918.P

軍人子弟「ギルドはどうでござるか?」
鉄国少尉「ギルドですか?」

軍人子弟「鉄工ギルドは、徒弟として受け入れてくれたりは
 しないでござるかね?」

鉄国少尉「はぁ、それは聞いてみますね。
 ギルド評議会で良いのかな。
 ……それにしても徒弟ですから、
 多くて5人とか10人の世界じゃないでしょうかね……」

軍人子弟「で、ござるか。とすると、そもそもの工房を
 こちらで用意して、職人を招聘して教えて貰うとか。
 ……工房よりも大規模になるでござるかねぇ」

鉄国少尉「工房ですか?」

軍人子弟「いやいや、違うでござるね。……うーん。とりあえず」

鉄国少尉「とりあえず?」

軍人子弟「希望者は全て軍で雇用するでござるよ」

鉄国少尉「はぁ!?」

軍人子弟「だって、“軍人は平時は行政の仕事をする”のでござろう?
 それなら兵科を新設するでござる。工兵の下に。
 平時は農業を営む、半農半軍の組織を作るのでござるね。
 軍務は、とりあえず5年。5年つとめれば、適当な金額と
 農地を与えると云うことで設立できるでござろう」

鉄国少尉「軍で、ですか」
334 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 00:09:13.10 ID:GDf918.P

軍人子弟「妻子連れであっても受け入れ可能なように、
 年齢規制も広げるでござる。
 氷の国に近い荒れ地や森林に送り出して開墾を
 お願いするでござるよ。
 あのあたりであればそうそう戦にも巻き込まれぬ内側だし
 河もあれば丘もあるでござろう? 人手さえあれば
 優良な放牧地とのうちになるはずだと聞いてござった」

鉄国少尉「支援体制は? 食料などはどうするんですか?」

軍人子弟「軍人でござるから、当然国家からの支給を
 すべきでござろうね。
 この件については直接、鉄腕王に奏上するでござる。
 ただ、馬鈴薯の生育速度を上手に使えば3年で
 十分に元は取れるでござろう」

鉄国少尉「はぁ」メモメモ

軍人子弟「軍内部にも開拓民出身、開拓民の子弟だった
 軍人は多く在籍しているでござろう?」

鉄国少尉「それはもう。わたしがそうだったくらいですからね」

軍人子弟「7人ばかり集めて、この計画の問題点と、
 課題を洗い出しておいて欲しいでござる。
 それから修道院への協力要請を。
 前回も思ったでござるが、やはり従軍の医療者を
 どうにかすべきでござるね。
 医療兵、という科の新設も検討するでござるよ。

   そうすれば、新しく開拓をした村を結ぶ巡回路を
 設定するだけで、疫病を早期発見したり傷病者の元へ
 訪れる事が出来る仕組みも作れるはずでござる」
335 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 00:12:11.63 ID:GDf918.P

軍人子弟「加えて、街道整備でござるね」
鉄国少尉「街道、ですか?」

軍人子弟「街道の有無で、行軍スピードに
 倍の差がつくことも珍しくはないでござる。
 特に我が国および、三ヶ国は歩兵が多いでござるからね。
 物の流れも、人の流れも街道に左右されるでござろう?
 この際、街道を新設したり、古い街道の拡張をすべきでござろう」

鉄国少尉「どこにそんな金が?」

軍人子弟「これについては、
 氷の国と冬の国に無心しにいくでござるよ」
鉄国少尉「はぁ……?」

軍人子弟「鉄の国だけではなく、まずは大街道の整備を
 三ヶ国横断でやるでござる。そうすれば、交易も便利になるし
 人同士の交流も自然に起きるでござろう?
 鉄の国の財布も楽でござる」

鉄国少尉「それはそうかも知れませんが」

軍人子弟「さらに前後して、鉄工所を作るべきでござるか」
鉄国少尉「鉄工所……?」

軍人子弟「大規模な鉄工房でござるよ。職人を育てるにも
 働きながら育てられた方が良いでござろう?
 国営の機構を作って、武具の補充も目指すべきでござろうね」

鉄国少尉「お気づきでしょうが」
軍人子弟「なんでござる?」 きょとん

鉄国少尉「莫大に仕事が増えましたね」

軍人子弟「ひぃぃ、騙されたでござるぅ!?」
392 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 14:56:25.56 ID:GDf918.P

――開門都市、小さな月桂樹の神殿

土木子弟「なんだよ、つく早々」
奏楽子弟「参拝よ、参拝」

土木子弟「なんだよ。神殿か? お前そんなに熱心だったっけ?」
奏楽子弟「別にそんなでもないけど。
 せっかく音楽の神様の神殿もあるもんだからさ」

土木子弟「そうなのか?」
奏楽子弟「『開門都市』っていえば、神様の多い聖地だからね」

土木子弟「そっか」

奏楽子弟「一応その庭で商売しようってんだから
 挨拶くらいしかないと気分悪いじゃない?
 別に参拝くらい損する訳じゃないしさ」

土木子弟「そりゃそうかぁ」

奏楽子弟「さっ。きりきり歩くっ」

てくてく、てくてく

土木子弟「それにしても、神殿多いな」
奏楽子弟「そうねー。街を囲む丘には全部神殿有るんだって」

土木子弟「そうなのか、そりゃすげぇ」
奏楽子弟「大きいのは片目の神の神殿、雷霆の神の神殿、
 光明神、欺きの神、闇の神ってあたりだけどね〜」

土木子弟「で、音楽の神ってのは?」
393 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 14:57:23.40 ID:GDf918.P

奏楽子弟「じゃん!! ここでーっす」
土木子弟「これ、神殿じゃなくて祠じゃん」

奏楽子弟「ぶーぶーっ! どっちだって同じじゃない」
土木子弟「建築の様式上、明らかに違うだろ」

奏楽子弟「信じる心の貴賎はないのよっ」
土木子弟「たいして信じてもないくせに」

奏楽子弟「さっ。軽く掃除しててよ」
土木子弟「お前はどうするの?」

奏楽子弟「奉納に一曲弾くっ」ぴしっ

土木子弟「で、俺は肉体労働?」
奏楽子弟「そのとーり♪」

土木子弟「まぁ、いいんだけどね」

奏楽子弟 〜♪ 〜〜♪

土木子弟「それにしても、あいつ本当に音楽馬鹿の本馬鹿に
 なっちゃったなぁ。学んでいる時は色んな教科やってたのに」

奏楽子弟 〜♪ 〜〜♪
土木子弟「人のこと云えないか。俺だって土木好きだもんな」

ざしゅざしゅっ

奏楽子弟 〜♪ 〜〜♪
土木子弟「……せっ、っせ。結構土貯まってるなぁ」
394 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 14:59:08.54 ID:GDf918.P

――開門都市、小さな月桂樹の神殿の前

    奏楽子弟 〜♪ 〜〜♪

土木子弟「んっと。こんなもんか」

土木子弟「それにしても……神殿か。見事なもんだなぁ。
 二本の河と都市を囲む九つの丘、その丘の上に立つ神殿」

土木子弟「この都市を考えついたのは、相当な才覚の持ち主だぞ」

土木子弟「特に神殿が良いな。
 どの神殿も優美な胸壁があるじゃないか」

土木子弟「えーっと。ん? まてよ。
 どっかに紙あったかな、無いか。……地面でいいや」

がりがり

土木子弟「防壁、防壁内通路、胸壁だろー。
 これって神殿って云うよりは砦みたいだよな。
 形が美しいからそう見えないけど。
 参拝路を支援物資搬入路だと考えれば、開放型の防御線なのか?
 いや、開放型とも云えないか……。
 古代には防壁で繋がれていた可能性もあるもんな」

土木子弟「そもそもこれらの神殿はどれくらいの
 古さの物なんだ? 随分堅牢な作りだけど……」

土木子弟「今考えれば、二本の河川も
 護岸工事が為されていたようだし……。
 そもそも俺たちが渡ってきたあの船着き場も、
 随分高くて都合の良い曲がり角だと思っていたけれど、
 古代の堤なのじゃないか?
 石だの土塁だのを積んで作ったあとに、長い年月で
 土が被さって植物が生えてああなったとか」

中年商人「ふむふむ」
395 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 15:00:54.02 ID:GDf918.P

土木子弟「だとするとー」

がりがり

土木子弟「こっちが北だから、こんなもんかな。
 こんな風に街道があるけれど、
 本来はこの山を貫く街道があってもおかしくない、っと。
 いや、むしろ、南へ延びる動脈が必要なわけで。
 そうじゃなきゃ辻褄が合わないだろう。
 と、すると、この都市の本来の正門は南門なわけだ」

中年商人「ありますよ」
土木子弟「へ?」

中年商人「その方向には旧道があります」
土木子弟「ホントですかっ?」

中年商人「ええ、山を途中まで登って途切れていますけどね。
 ゲートへ向かう新道から分岐してるんですよ」

土木子弟「広さは? 工法は!?」

中年商人「工法は判りませんけれど、
 広さは人の身長の3倍弱ってところですかねぇ。
 場所によっては石畳になっていますよ」

土木子弟「石畳……」

中年商人「興味があるんですか?」

土木子弟「すごく見たいな! 旧街道かぁ。
 途切れている? それは何らかの災害のせいなんじゃないですか。
 その災害で途切れて、山を迂回する新道が作られたとすれば
 辻褄があうし。新道から旧街道が分岐したのではなく
 その逆が正しい物の見方だと思います」
396 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 15:02:14.46 ID:GDf918.P

中年商人「ふむふむ」
土木子弟「あ。すんません。見ず知らずの人を巻き込んで」

中年商人「あー。いえいえ、面白い話が聞けましたからね」
土木子弟「俺は土木子弟。見ての通り角つきの鬼呼族です」

中年商人「わたしは中年商人。この開門都市にやってきた
 旅の商人って所ですね」
土木子弟「旅商人さんか。それで道に詳しいんですね」

中年商人「ええ、まぁ。随分あちこちに行きましたから」

土木子弟「それにしても興味深いな」
中年商人「……街路に興味があるんですか?」

土木子弟「ああ、おれは土木屋なんですよ」
中年商人「土木?」

土木子弟「聞き慣れない言葉ですよね。
 堤防や街道を造ること、防壁や城を造ること、
 水を生かして農業に用いる水利、木を植えたり、
 災害に備えて山の形を変えたりもします。
 そういう一人の手には負えない、大きなものを造るのが
 俺の仕事なんですよ」

中年商人「街道も?」

土木子弟「街道もですね。獣道なんて云う言葉もあるとおり
 道なんて放っておいても歩きやすい場所には
 自然に出来上がっていくものだけど、
 造るとなるとこれはなかなか奥の深い物なんですよ」

中年商人「橋なんてどうです?」
土木子弟「ああ。橋も重要ですね!」
397 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 15:03:44.67 ID:GDf918.P

土木子弟「橋というのは橋梁とも呼ばれて、
 人や物が、谷、川、窪地などを乗り越えるための構造物です。
 人が渡る物を橋、水を渡す物を水道橋なんて云いますね。
 木造の物も多いけれど、石造りの方が主流じゃないかなぁ。
 いやまてよ、この時代……。いやもっと先の時代なら
 鉄製の物が出現する可能性もあるのかな?
 たとえばボルトのような物を……」

がりがり

中年商人「え、あ。いや」
土木子弟「となると、強度面での問題を負荷拡散して……」

がりがり

中年商人「もしもしっ」
土木子弟「あっ! いや、すいません! 話の途中で。
 こういう事になるとすっかり夢中になっちゃって」

中年商人「橋と街道に興味がおありなら、
 一度わたくしどもの仕事場を見に来ませんか?」

土木子弟「仕事場?」

中年商人「ええ。今まさに、橋を架けようとしているところです」
土木子弟「そうなんですかっ!? どんなです?」

中年商人「さぁ……。
 見たこともないような、としか云えませんね。
 なにせ、天と地が反転するような場所に橋を架けていますから」
401 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 15:07:41.43 ID:GDf918.P

――冬越しの村、冬の終わり、メイド妹の日記

「三度目の冬の終わりです。
 この冬は使える香辛料が増えました。
 肉荳蔀や胡椒、蕃紅花などです。こういうのは、
 お兄ちゃんが魔界から持ってきてくれて、とっても便利です。
 おにいちゃん万歳!

 当主のお姉ちゃんは色々忙しいみたいです。
 お兄ちゃんと一緒に、冬のお城に行くんだっていって
 今日も出掛けています。
 交易とか、通商とか、受け入れとかいっています。
 お土産を沢山用意しないといけないんだって。
 当主のお姉ちゃんは、魔界の王様もしているので
 お土産が沢山必要なそうです。
 お土産で貧乏になるんだって。
 大変だね。

 本日は、ソーセージの平焼きパイを作ります。
 胡椒が手に入ったので、胡椒味です。
 お兄ちゃんはこれが大好きです。
 血入りのソーセージのも作ろうっと。
 村長さんへ届けると、喜んでくれるから。

   もうすぐ、春です」
404 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 15:53:28.16 ID:GDf918.P

――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、天幕で作られた街

勇者「おいおい、すげぇな」
メイド長「そんな風に覗かれると、不審に思われますよ」

勇者「それにしたってこれは。……街みたいだぞ」
魔王「まぁ、小さな街程度の人は集まっているだろうな」

メイド長「各氏族の主立った実力者、小さな氏族の者たち、
 そういった忽鄰塔の参加者を目的に集まる商人や芸人、
 売り込みに来た戦士達。
 忽鄰塔には忽鄰塔に参加する何倍もの人数が詰めかけるのが
 常のことですから」

勇者「……いよいよか」
魔王「ああ、いよいよだ」

勇者「勝算はどんなものだろうな」
魔王「決して良いとは云えぬ。が、時間はある」

勇者「そんなことを云っていたな」

魔王「全会一致が原則だからな。
 わたしが首を振らなければ最悪引き延ばしは出来るわけだ」
勇者「ふむふむ」

魔王「とは云っても、無限の時間をかけられるわけでもない。
 いくら長いとは言え、二月が限度だろう。
 忽鄰塔においては前例が重視されるからな。
 時には魔王の言葉よりもだ」

勇者「そうなのか」
魔王「ああ。だから二ヶ月。
 その間に探り、交渉して事態を打開せねばならぬ」
405 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 15:54:52.26 ID:GDf918.P

メイド長「本日の所は、開催宣言と挨拶程度ですね」

勇者「開催宣言は、魔王がするのか?」
魔王「そうだ」

勇者「俺はどうすればいい?」
魔王「どうするんだった? メイド長」

メイド長「えーっと、守護騎士の扱いですよね……。
 魔王様が挨拶している間には、剣を抜いて地面に突き立て
 右後ろあたりでぼーっと立ってればよいのではないかと」

勇者「なんだかえらく地味だな」

魔王「魔王直属の最強騎士、かつ将軍というシロモノだからな」

メイド長「ええ。ある種の権威付けと脅しですから。
 ときたま“ギラッ!”とか無意味に殺気を放って
 参加者連中に“こいつ、出来る!”とか思わせれば
 いいんじゃないでしょーか」

勇者「不安になってきたぞ」

魔王「初っぱなから不安になってはダメだ」
メイド長「そうですよ。体力消費しますよー」

勇者「それもそうだけど」

魔王「我らの天幕はこれと周囲の八つだ」
メイド長「そんなに必要ないんですけれどね」

勇者「俺らだけだしな」
魔王「とはいえ、後で貢ぎ物を届けられたり、
 客人を待たせたりすることもある。
 そもそも魔王の天幕がちんけでは示しが付かぬ」
406 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 15:56:20.26 ID:GDf918.P

魔王「さぁて、そろそろか?」 すくっ
メイド長「お待ちください」

魔王「へ?」
メイド長「まさかその綿のシャツと巻きスカートに白衣
 なんて出で立ちで開幕の演説に向かうおつもりでは
 ないでしょうね?」

魔王「だ、だめか? やっぱり」おどおど
メイド長「何で小声になるんですか」
勇者「あはははっ。びびってやんの」

メイド長「勇者様」
勇者「はい?」

メイド長「しばらく背中を向けていてください」
魔王「だ、だめだっ! 勇者は外に出ているべきだっ」

メイド長「勇者様がいないと魔王様が抵抗するでしょっ!」

勇者「えー、はい。仰せの通りに」

   魔王「だ、だめだというのにっ! わ、わかった。
    脱ぐっ! 自分で脱ぐっ! ちゃんとするっ」
   メイド長「まぁたこんな地味な下着を着けてっ」

   魔王「暖かいのだ、良いではないかっ!」
   メイド長「色の取り合わせをお考えください。
    ほら黒ですよっ。ちゃんとつけて」

   魔王「やっ。ど、どこに触るっ。苦、苦しいっ」
   メイド長「脇から肉を持ってくるんですよ。
    こんな時こそ駄肉でも活用しないとっ」

勇者 ……ぽたっぽたっ。
407 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 15:57:48.85 ID:GDf918.P

――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、中央大広場

魔王「我が同胞(はらから)よっ! 我が臣民よっ!」

おおおおお! 魔王様だっ! 魔王様が演台にあがられたぞ!

魔王「まずは我が呼びかけにかくも多くの同胞が応えてくれたこと
 この魔王嬉しく思う。魔族の繁栄よ、とこしえなれっ!」

おおおおっ!

魔王「我が治世もはや二十年に達する。
 人間族の強襲により突破されたゲートは、
 長らく活動状態にあった。
 起動されたゲートは魔力や法力により制御され、
 我らが住むこの内側なる大地と、
 人間族の住まう外側なる大地の間を隔て、
 またつなげる関門としての役目を果たしてきた。

 しかし、ゲートはその役目を終えた。
 我が右腕にして守護の剣、
 黒騎士によりついにゲートは消滅したのであるっ!」

  メイド長「ほら、勇者様。一歩前へ。やり過ぎ禁止ですよ」
  勇者「お、おうっ」

勇者 ザッザッザ、ガシャン!!

く、黒騎士だ! あれが黒騎士……。魔王麾下の最強騎士。
光るらしいぞ? いや、俺は回るって聞いた。音も出るらしい……。

勇者 ギラッ☆

す、すごい殺気だっ! なんて恐ろしい気迫なんだ……。
409 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 15:58:34.99 ID:GDf918.P

魔王「我が同胞(はらから)よっ! 我が臣民よっ!
 ゲートは消滅したっ。
 これにより、内なる大地と外なる大地は、
 今ひとつの大地となったのである!

 我らの前に広がるのはもはや旧き日の我らが世界ではない。
 新しい一つの世界であるっ!」

おおおお! 魔王! 魔王様! 魔界に栄光あれっ!

魔王「我が臣民よっ! 今こそ我らは岐路に立つっ。
 この内なる大地に山積した諸問題にもけりをつける時が来た。

 あまたある氏族の長なるものよっ。
 参集に応えてくれて礼を言おうっ。

 だがしかし、今はそのような儀礼に時を費やすことなく
 我らが明日への道を探らねばならぬ」

おおおお!
  おおおおお!

魔王「我、三十四代魔王なる“紅玉の瞳”は
 ここに忽鄰塔の開催を宣言するものであるっ!」

おおおお!
  おおおおお!
 魔王様! 魔王様〜! 魔王様ーっ!! 魔王様!!
 

 魔界万歳! 忽鄰塔万歳! 魔族の繁栄よとこしえなれっ!!

   メイド長「……ふぅ」
   魔王「とりあえずはこのような物でよかろう
   勇者「なんか、もう、えらい人数だなぁ」
423 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 16:39:02.47 ID:GDf918.P

――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、魔王の天幕
――その夜

勇者「はぁぁぁ」 ぐってり
魔王「ううう。しんどかったな」 くたり

メイド長「あらあら、まぁまぁ」

勇者「何でメイド長はそんなにタフなんだ」
魔王「ば、ばけものか」

メイド長「わたしがご挨拶に付き合った訳じゃありませんから」

勇者「あれから何人にあったんだ?」
魔王「さぁ……? 15組くらいまでは覚えていたが」

メイド長「48氏族でございますよ」

勇者「48!? よんじゅうはちって云ったか」
魔王「数千人はいたかと思ったのに」
メイド長「まぁ、一組の氏族さまが挨拶に見えられると
 族長に何人かの有力な枝族のひとに、王子や王女や
 なんやかやにお付きの人なんかも来て、
 結構な大人数ですからね」

勇者「それが一斉に喋ると、なんかこー。
 うわーんと耳鳴りがするような……。すげぇな」

魔王「メイド長。茶を頼む。甘いやつ」
勇者「俺もだ。すげー甘いやつ」

メイド長「はいはい、お待ちくださいね」
424 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 16:39:58.04 ID:GDf918.P

勇者「なんだっけ、魔王」 くて
魔王「なんだ勇者」ずるずる

勇者「えーっと。八大なんちゃらってのは、挨拶来てたのか」
魔王「来てたぞ。真っ先に来てた」

勇者「よく判らなかった」
魔王「そうか。馴れないとなかなかピンとは
 来ないのかも知れないな。どこの氏族も立派な挨拶をしていたぞ」

勇者「そうか。悪いけれど、今後のためにもざっくり解説
 してくれないか? 今日の様子も含めてさ」

魔王「うむ、かまわんが。……メイド長、もう一杯たのむ」

メイド長「はい。畏まりました」

 とぽとぽとぽ……

魔王「まず、真っ先に来た使節は人魔族だな。
 人魔族はもっとも数の多い魔族だ。
 姿形は、人間族に似ているな。もちろん瞳の形や身体の各部分に
 特徴のあるものもいるが、ちょっとした変装で人間社会で
 暮らすことが出来るものが殆どだろう。

 人魔族は数が多い上に、混交や、他の種族からの流入も多い。
 生粋の人魔族は、紋様族や秘眼族くらいだろうな。獣人族や
 鬼呼族のものが、人魔族と交わり、一員になっているケースは
 珍しいことではない」

勇者「ああ、わかった。あの威厳のある貴族風のおじさんだな」

魔王「そうだな。あれでも斧を使わせると強いらしいぞ?」
425 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 16:41:19.41 ID:GDf918.P

魔王「彼らは人間界侵攻については、賛成でも反対でもないんだ。
 というか、数も多いし、枝族も多いから
 そこまで統一された意見を持ちずらいというのが本音だ。
 人間界侵攻に限らず、多くの問題に中庸の姿勢を取る。
 まぁ、氏族としては煮えきれないんだが
 個人個人は好奇心も強く、その場その場の状況に悪く云えば迎合、
 よく言えば臨機応変に対応してゆける連中だ」

メイド長「都市居住の魔族は、特に人魔族が多いですね」

勇者「ああ。開門都市で出会う、ちょっと猫目だったり
 腕が長かったりする連中は人魔族なのか」

魔王「そうだな。彼らは氏族としては、
 良くも悪くも保守的で堅実だ。
 と云うのも数が多くて、内部での
 意見調整が付かないせいなのだがな」

勇者「ふぅん。……まぁ、会議では敵でも味方でもない感じだな」
魔王「そうだ」

勇者「ふむ」

魔王「次に来ていたのが、蒼魔族の連中だ。
 肌が蒼くて、記章をいっぱいつけていた……判るか?」

勇者「ああ、判る。すっごいきびきびしてた連中だろう?
 蒼魔族は知ってるぜ。何度か剣をあわせたこともあるし。
 なんだろうな、エリートって感じだよなー。
 実際弱い蒼魔族にはあったことがない」

魔王「そうだな。蒼魔族は強力な部族だ。
 数としては人魔の半分もいないだろうが、
 身体能力と魔力に秀でていて、個体能力が高い。
 魔族の中でも優秀と云えば、優秀だ。
 彼らもいくつかの枝族に分かれているが、
 共通しているのは蒼い肌だな。瞳の色は金色から赤まで様々だ」
427 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 16:43:18.32 ID:GDf918.P

勇者「ふぅん」

魔王「彼らは結束力の強い氏族で、
 氏族内部では完全な階級社会を築いているな。
 蒼魔族の族長は、他部族の族長とは別次元の権限を持っている。
 また戦士が尊ばれる軍人国家的な性格を持っているな。
 彼らは純潔を重んじるために、他種族と交わることは
 殆ど無い。親戚での結婚が奨励されるほどだ」

勇者「魔族もいろいろだな。共存についてはどうなんだ?」

魔王「彼らは人間界侵攻論の急先鋒だ。
 もちろん領土的だったり経済的な野心も持っているが、
 一番強いのはエリート意識だな。
 その意識が発展に向かううちはよいが、
 戦争に向かうとなかなか物騒な一族なんだ」

メイド長「実際、大きな軍事力も持っているから始末に負えません。
 八大氏族の中ではもっとも多くの魔王を輩出しているという
 自負心もあるでしょうしね……」

勇者「やっかいそうだなぁ」

魔王「やっかいついでに、開戦論のもう一方の雄が獣人族だ。
 獣人族は、これまた様々な氏族に分かれているな。
 獣の身体の一部を身体の特徴として持っている氏族だ。
 いまの族長は銀虎公と呼ばれている。
 彼らはあまり都市には住まない。山野に城塞などを作り、
 そこに住むことが多いな。
 森の中や自然の中で起居するものも多いようだ。
文明程度では遅れた氏族だが、その分戦士としては強靱だ」

勇者「あー。んー……。魔狼元帥とかやっちゃった……」

魔王「それは先代の大将軍だ……。やっぱり勇者がやったのか」
メイド長「まぁ、あの将軍も開戦論派でしたから……」
428 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 16:45:27.72 ID:GDf918.P

魔王「この獣人族も、開戦論派だな。
 元々血気にはやった連中だし、地下世界では、
 最近耕作面積が増えて、原生林の伐採や開墾が進んでいる。
 新しい居住空間を求めて、地上世界を縄張りにしようという、
 いわば偏向した領土欲求だな」

勇者「偏向してるのか?」

魔王「獣人族の概念では、縄張りというか領土は重複可能なんだ。
 そもそも彼らの多く、まぁ肉食獣的な性向を持つ氏族は、
 1人あたりに要求する空間が桁違いに大きい。
 人間や農耕を行う魔族は、せいぜい一人が耕せる広さしか
 要求してこないが、彼ら獣人族が要求するのは、
 1人あたり数km四方の“狩り場”なんだ。
 その上、彼らは彼らと文化の違う氏族、
 つまり農耕をする氏族の縄張りと、自分たちの縄張りは
 重なっていても構わないと考えてる。
 なぜなら自分たちが行っているのは、
 農耕ではなくて“狩り”だから、だとね。
 これではいくら人数が少なくとも
 他の氏族との関係はぎくしゃくするよ」

勇者「そりゃそうだ」

魔王「まぁ、そんな獣人族も最近は内部で穏健派が
 育っていたはずなんだが……。
 今は強硬派が息を吹き返しているらしいな」
メイド長「そうですねぇ」

魔王「さて、次は機怪族だ。魔族の中でも相当に
 変わった連中だな。機械仕掛けの鎧みたいな連中だ」

勇者「ああ。うん、判った。いたな、そういうの」

魔王「彼らはからくりと魔力機関を育てている氏族でな。
 時に技術者を輩出することでも有名だ。
 もっとも彼らのからくりは、機怪族の身体と接合される
 前提なので、魔界全土に広まることは滅多にないのだが」
429 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 16:47:23.47 ID:GDf918.P

魔王「彼らもまた開戦論支持者だ。
 もっとも機怪族は前の二氏族よりは随分冷静というか、
 利己的で目的ははっきりしている。
 彼らが欲しいのは金属資源なのだな。
 それも希少土類が欲しいらしい。
 彼らの研究欲を満たすためには新しい金属サンプルが必要で
 そのためには地上はもってこいの鉱山なのだろう。
 また、彼らの領土の鉄鉱山は枯渇しつつある。
 それも開戦論を支持する理由の一つだな」

勇者「やっと説得できそうな相手が来たよ」
メイド長「そうですね」

魔王「まぁ、だからといって油断は出来ん。
 かれらは、八大氏族の中ではもっとも数が少なかったように思う。
 そのため謎が多くてな。わたしにも実態は知れない。
 どのような隠された目的や意図があるやも判らないのだ。

   そもそも、彼らがどのようにして生まれて、
 本当はどのような姿なのかも判らぬ。
 あの大鎧のような外見が本物なのか
 からくりなのかも今ひとつ判然とせぬのだ」

勇者「ああ、あれはからくりだよ?
 鎧の中には、クリーム色とピンクの、
 何かどろっとした果肉みたいなのがつまってて、
 その中に女の子が入ってるんだ。
 中から魔力伝達糸と圧力シリンダで動かしてるって云ってた」

メイド長「……」
魔王「……」

勇者「え? どうしたの?」
437 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 17:39:25.50 ID:GDf918.P

――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、魔王の天幕

勇者「らからなんれもないのり……」

魔王「わたしも女騎士もいるのに、なんでそう
 女子に好意を振りまいて生活するのだっ」

勇者「いや、あれは好意じゃなくて勇者の義務で……」
魔王「問答無用ぞっ」

メイド長「はぁ……」

魔王「連れ帰って紹介するくらいの覚悟があるならともかく、
 それだけの覚悟もなく婦女子の裸体だけを見るとは何事か」

勇者「はひすひません」

魔王「まったく!」
メイド長「ほんとですよ。傷物にする順番を考えてください」

勇者「えらいすひまへんれひた」

魔王「……」ぷんすか
勇者「……」

魔王「……えーっと、どこまで解説したのだったか?」
メイド長「人魔族、蒼魔族、獣人族、機怪族までですね」

勇者「のこりは……4っつか?」

魔王「と、なると……竜族か」
勇者「ううう。竜なら少しは判るぞ」

魔王「そう言えば火竜大公とは面識があるのであったな」
勇者「開門都市の時に賭けをしたからな」
439 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 17:41:58.71 ID:GDf918.P

魔王「竜族もまた高い戦闘力と英知を秘めた氏族だ。
 現在の長は火竜大公だな。
 竜の姿と人の姿を行き来できると云われているが、
 実際行うには高い魔力が必要とされるので
 限られた血筋の才能有るものが可能にする秘術だ。

   多くの竜族は、竜の角や鱗を秘めた人型の氏族だな。
 彼らもまた山中に住み、あまり他の氏族と関わろうとはしない
 孤高の氏族だ。だが決して愚かではないため、先々の
 展開を読もうとするところは買えるな。

   わたしとしては、今日火竜大公と話した感じでは
 そこまで馬鹿ではないと思った。
 だがしかし、ひいき目に見ても氏族としての態度は保留、
 中立であろうなぁ」

メイド長「そうですね」

勇者「まぁ、氏族を率いるなんて云う立場に成ると、
 どんな決断でも軽々しくは下せないのかも知れないな」

魔王「次は巨人族か」
勇者「おお、あのでかい連中だな?」

魔王「うん、そうだ。とは云っても、
 身長はわたしの3倍程度から倍程度の者が多い。
 彼らはこの地下世界でも中央部から北方にかけて住んでいる。
 多分に漏れず枝族にわかれていて、
 山に住まう者、森に住まう者、丘に住まう者などがいて
 性質も様々だ。
 中には乱暴者もいるが、それも“乱暴”程度であってな。
 凶暴とまではとても云えぬ。
 話してみれば素朴で素直な連中だと云えよう」

勇者「じゃぁ、味方になってくれそうか?」
440 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 17:43:32.48 ID:GDf918.P

魔王「それはそれで、ちょっと難しい。
 彼らの先祖は、どうやら地上世界に
 何回か出た事があるらしくてな」

勇者「そういえば、巨人のおとぎ話は地上にもあるな」

魔王「どうも、人間には良い感情を持っていない。
 “巨人を騙して無理矢理働かせる意地の悪い人間”というのは
 巨人族全体で語り継がれている、
 それこそ子供でも知っている物語なのだ。
 彼らは地上世界に関わることを望んではいない。
 どちらかと云えば放っておいて欲しい派閥だ。

 しかし、あえてどちらかを選べ、と迫るならば
 人間と共存するよりは戦争をすることを選ぶと思う」

勇者「人間のご先祖様何やってるんだよ……」
魔王「まぁ、仕方有るまい」

勇者「見るからにでっかくて気の良い連中っぽいのだけどな」
魔王「付き合ってみると、酒好きの良い奴らだ」

勇者「残りは?」

魔王「鬼呼族は角を持った氏族だ。
 なかなか複雑な氏族だが地下世界の東側を領域としている。
 魔族の中でも器用な連中で、法力を使いこなす者もいるな。
 妖力を持ち、姿を消したり変えたりするのもお手の物だ。
 ……魔物の中にも、動物とは言え、それなりに知恵を
 持つ存在がいるのは知っているであろう?」

勇者「ん? ああ」
441 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 17:45:04.60 ID:GDf918.P

魔王「そういった魔物を使役する術も鬼呼族が得意とするものだ。
 彼らは彼らなりのやり方で世界を見る。
 彼らの傘下に収まっている小氏族も多いし、支配地域も広い。
 あまり発言力は強くないが、それは彼らが魔族にもあまり
 興味を抱いていないせいだな。
 詰まるところは自分たちでバランス良くやっているのだ。
 そのせいで、人間界侵攻には否定的。
 だがしかし、共存したいわけでもない。
 出来れば二つの世界は切り離したいという所であろう」

勇者「そうか。鬼呼族とは知り合いが居ないように思う」

魔王「開門都市のあたりには少ないだろうな」

メイド長「お酒が有名ですよ。それに米、ですね」

勇者「米?」
魔王「温暖で湿潤な地方で取れる農作物だ。麦に似ているが、はるかに生育条件の制約は厳しい。その代わり面積あたりの生産量は段違いに優れる」

勇者「そんな作物があるのか」
魔王「気候によるんだ。南部諸王国では芽さえでないだろうな」

勇者「で、ラストは俺でも判る。妖精族だ」

魔王「うむ。いまは妖精女王が治めるのが妖精族だ。
 元来は森に住む小さな魔族の総称だったが、時を経るごとに
 だんだんと融和し、今では妖精女王の治める宮殿を中心に
 協力して暮らしを営んでいるな」

勇者「妖精族は味方なんだろう?」

魔王「ああ、彼らは殆ど唯一と言っても良い
 人間族共存派だ。聖鍵遠征軍からの被害にも遭っていないし
 悪感情を持っていなかったんだろうな。
 姿形に美しい者が多いので、
 おそらく人間とも会話しやすいのだろう」

メイド長「妖精女王もなかなか英明な方のようですしね」
444 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 17:51:42.78 ID:GDf918.P

魔王「ま、あ妖精族は基本的には
 ちょっと悪戯好きだが、戦争嫌いの臆病な連中だ。
 と云うのも彼らは魔力こそそこそこ有るが戦闘能力が低くてな。
 魔族同士の戦乱の世ではまっ先に
 犠牲になっていたという歴史があるからだ」

勇者「そう言えば、以前、人間との戦争の前は
 魔族同士で争っていたって云ってただろう?
 あれはどんな感じだったんだ?」

メイド長「あれは乱世でしたね」
勇者「乱世……?」

魔王「基本は鬼呼族と蒼魔族の戦い、
 人魔族と獣人族の戦いの二つが同時に起こっていた。
 だがまぁ、至る所へ飛び火してな。
 魔界の中に無関係と云えるような氏族や場所の
 方が少なくなってしまった」

メイド長「血なまぐさい時代でしたね」

勇者「魔王は止めようとはしなかったのか?」
魔王「もちろんした。あのときも忽鄰塔を開こうとしていたのだ。
 人間との戦争が開始されなければ……。
 いや、それは云っても、仕方ないか」

メイド長「……」

勇者「まぁ、それはそれとしてもだな」
魔王「うむ」

勇者「やっぱり相当に辛そうだよな」
魔王「うーん」
445 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 17:53:30.73 ID:GDf918.P

勇者「だって、人間との共存を認めているのは
 妖精族だけなんだろう? 

 そんで、全会一致って事はそれ以外の氏族は
 全部説得して人間との共存を認めさせなきゃならない。
 7つの氏族をそれぞれに説得して回るってのは
 これは相当に難しい問題だろう。
 ちょっと方法の想像さえ付かないぞ」

魔王「人間との共存は目指さないよ」

勇者「へ?」

魔王「共存じゃなくても良いんだ。
 とりあえずの所は、戦争の停止だけで十分だ。
 なんだったら限定的な鎖界、とかでもいい」

メイド長「鎖界とはなんですか?」

魔王「界を閉ざす。交流を断つってことだな」

メイド長「出来るんですか? ゲートのない今」

魔王「そりゃ完全なことは出来ないだろうが、
 お題目としては有りだろう。
 もちろん鎖界が戦争に繋がっては意味がないから
 人間側の、まぁすくなくともいくつかの国とは
 停戦協定をした上での鎖界と云うことになるだろうが」

勇者「そんなのでいいのか?
 魔王は共存を目指してきたんだろう?」
446 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 17:56:29.74 ID:GDf918.P

魔王「それはそうだが、絵に描いた餅を眺めていても
 仕方ないだろう。
 目下は戦争を急いで停止することだ。
 今のところはわたしが怪我で負傷をしたと云うことで
 休戦状態にあるが、別に条約を交わしたわけでもなく
 “事実上の休戦”でしかない。

 人間とは現在戦争中なんだよ。
 この状況では、小さなきっかけからどこで火が付くか判らない。

 現にこのあいだ蒼魔族が人間界に単独侵攻したけれど
 あれだって戦時下だから、魔王とは言えわたしにも
 なにも云えない」

勇者「そうか。……そうだな」

魔王「とりあえず、停戦を目指す。
 平和とか交流は戦争を止めてから考えるしかない。
 地下世界と地上世界の交流にはそれだけの価値があると
 わたしは思うんだ。だから、心配はしていない。
 わたしは経済屋だしな」

勇者「交易で?」

メイド長「うん。地下世界から見れば、地上は宝の山だ。
 塩や鉄や麦、羊や魚。欲しいものが沢山ある。
 地上から見た地下も同様だ。香辛料や金、茶。

   平和が来さえすれば、たとえ鎖界していたとしても
 地下と地上は徐々に触れあってゆく。
 当たり前だ。もうゲートはないんだからな。

   人が行き来をすれば、感情的に行き違いがあっても
 少しずつ傷も癒える。一口に魔族や人間と云ったところで
 個人個人はいろんな存在がいるのだって判るようになる。
 共存も出来るようになるさ」
447 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 17:58:52.13 ID:GDf918.P

勇者「そっか。うん」

魔王「目指す結論が、一時的な停戦であれば
 氏族の意見も中立で十分だ。
 “共存はともかく、積極的に攻めなくても良い”程度でな。
 積極的な抗戦論を展開している氏族は、
 蒼魔族、獣人族、機怪族の3氏族だけだ。
 この三者を口説き落とすか、鬼呼族を交流賛成にまで
 もっていって説得の側面支援に回ってもらえれば、
 とりあえずの停戦は成り立つと思う」

勇者「そう考えれば……。さっきよりは無理じゃない気がしてきた」
魔王「であろう?」

勇者「そうだな。俺たちの代で全部やらなくても良いんだ」
魔王「なにをいうか。見届けるまでは……」

メイド長「まおー様」
魔王「あっ……」

勇者「……」
魔王「……」

勇者「まぁ、うん。とにかく随分目の前が開けたぜっ!」
魔王「……」

勇者「なんてツラしてんだよ。忽鄰塔を乗り切らなきゃ
 どっちみち明日も明後日もないんだぞっ。
 そのみっつの氏族を切り崩す準備はあるんだろうな?」

魔王「む。それは、明日からの交渉次第だな」
勇者「作戦は?」

魔王「まずは時間稼ぎだ」
452 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 18:17:37.17 ID:GDf918.P

――地下世界(魔界)、中央の交易都市、酒場

執事「クリッタイ?」
魔族の旅人「忽鄰塔、だよ。クーリールーターイー」

執事「忽鄰塔ですか。ほむ」
魔族の旅人「どこの山から下りてきたんだい、爺さん」

執事「し、失敬な! 田舎者ではございませぬぞ」
魔族の旅人「いや、どこからどう見ても田舎者だよ」

執事「そうかもしれませんが」しょんぼり

魔族の旅人「まぁ、良いってことよ。
 暴漢から助けてもらったのは有り難かったしな!
 爺さん、あんた強いなぁ!」

執事「これでも昔はぶいぶいいわせてたのですよ」
魔族の旅人「昔はか?」

執事「いまもぶいぶいですぞ。主にこんな」ぎゅいんぎゅいん
魔族の旅人「わははは! 爺さん若いなぁ!」

執事「にょっほっほっほ」
魔族の旅人「まぁ、お陰で荷物も無事だったよ」

執事「ところで、その忽鄰塔なるものは賑やかなのですか?」
魔族の旅人「ああ、そうだよ。大会議って云うくらいだからな」

執事「ほむ」
魔族の旅人「どれくらい賑やかなのかは
 何十年に一度のものなんで行ってみなければ判らないが
 主立った氏族の族長全ての魔王様まで出席だし
 賑やかじゃないはずがないだろう」
453 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 18:19:02.00 ID:GDf918.P

執事「魔王、ですか」きらっ
魔族の旅人「魔王様だろっ、爺さん」

執事「そうでした! 魔王様魔王様。にょはは」ぎゅいんぎゅいん

魔族の旅人「俺もここらで玉蜀黍を仕入れたら
 忽鄰塔へと回ってみるつもりなのさ」

執事「おや、会議なのに今から向かっても間に合うのですか?」

魔族の旅人「忽鄰塔と云えば、一ヶ月は開かれているのが
 普通だって話だぜ。たとえ会議が早く終わっても、
 その場合は早く終わったことを記念して宴が開かれるはずさ。
 そうなれば玉蜀黍も捌けるだろうし、
 ああいう会合は東西から商人が集まるんだ。
 何か面白い荷が買い込めるかも知れない。どうせ一人旅だしな」

執事「そうですか、それは良いことですぞ」
魔族の旅人「ま、そんなわけで乾杯だ!」

執事「乾杯!」
魔族の旅人「乾杯!」

執事「にょっはっは。これは美味いですな!」
魔族の旅人「だろう、このあたりは玉蜀黍で酒をつくるのさ」

執事「にょっほっほ。いけますぞ!」
魔族の旅人「おうおう、どんといけ!」

執事(……忽鄰塔。魔王もその姿を現すという魔族の
 戦略会議……。情報の価値は無限に大きいでしょうな)
465 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 19:54:39.40 ID:GDf918.P

――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、騎馬の背

青年商人「配役に手違いがある気がしませんか?」
火竜公女「約束は、約束ですゆえ」

青年商人「適材適所という言葉があると思うんですが」
火竜公女「契約を捨てるかや?」

青年商人「……」
火竜公女「反故にするかや?」

青年商人「判りました」
火竜公女「殿方はそうでなければ」

青年商人「どこで間違ったかは反省の余地がありますね」

火竜公女「明日の朝日をみれるのならば
 反省会には妾がとっくりと付き合って進ぜる」

青年商人「いや、そこでお酒を入れるのが間違いだと思うんです」
火竜公女「酒は百薬の長にして人生の友と云うゆえ」

青年商人「公女のそれは度を過ぎています」
火竜公女「“我が君”の言葉であれば聞きもしましょうが」ふいっ

青年商人「……はぁ」

火竜公女「殿御ぶりが下がりますよ」
青年商人「もう大暴落ですよ。中央金貨も真っ青です」

火竜公女「行ってらっしゃいませ」
青年商人「骨は適当に肥料にでもしてください」
466 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 19:56:09.22 ID:GDf918.P

――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、竜族の天幕

さくり

火竜大公「誰ぞ?」
青年商人「こんばんは。お邪魔します」

火竜大公「何者だ? 近習、なにをしているっ」

近習「この男、公女殿下の紹介状を持っておりまして」

青年商人「よろしくおねがいします」
火竜大公「……良かろう。で、何者なのだ? 人間」

近習「にっ、人間っ!?」「人間ですって!?」

青年商人「判るものですか」
火竜大公「匂いが違うわ」

青年商人「ご慧眼ですね。竜族の長たる火竜大公。
 わたしは青年商人。人間の世界で商売を営むものです」

火竜大公「商売とは?」

青年商人「あらゆるものを売り買いしております」

火竜大公「ふむ。まぁよい。
 公女の紹介状ゆえ見逃そう。疾く去れ」

青年商人「そうはいきません」

火竜大公「何を言うのだ、人間風情が」ぼうっ
青年商人「いや、わたしだって去りたいんですけれどね」
467 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 19:57:39.38 ID:GDf918.P

火竜大公「消し炭にでもなりに来たのか」
青年商人「いや、消し炭にならなかった“ソレ”もいるでしょう?」

火竜大公「……っ」
青年商人「ええ、そうです。黒騎士です」

火竜大公「知っているのか」
青年商人「ほんのりと」

火竜大公「近習っ」
近習「「「はっ!」」」

火竜大公「さがっておれっ」

近習「たっ、ただいまっ!」
 ザッザッザツ

青年商人「……」
火竜大公「貴様、何者だ。何をしにきた?」

青年商人「実はさる契約がありまして。
 商業上の道義的な責任において、
 わたしはその契約に縛られているんです」

火竜大公「……」

青年商人「その契約者との約定に基づき、
 “火竜大公をこてんぱんにしてこい”と。このようなわけでして」

火竜大公「ふっ。商人風情が、そのようなこと出来るのか」

青年商人「出来ません」
火竜大公「ふっ。白旗か。……あの男に似た気配かと思えば」

青年商人「しかしながら降伏も出来ない案件で」
火竜大公「契約者には腹を捌いて詫びるのだな」
468 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 19:59:27.36 ID:GDf918.P

青年商人「いえいえ、そうも行きません」
火竜大公「なにゆえ?」

青年商人「契約を守られなかった契約者の鬱憤は
 その謝罪で多少は癒えるかも知れませんが、
 契約を守りたかったわたしの鬱憤は少しも癒えませんので」

火竜大公「大きな口を叩くではないか」

青年商人「そこでお願いがあるのですが、
 ……負けてはいただけませんか?」

火竜大公「何を言っているのだ。気でも狂ったか。
 いや、やはり消し炭になりたいものと見える。
 安心をしろ。一瞬で燃えかすまで焼き尽くしてくれようっ」

青年商人「塩を止めます」

火竜大公「は?」

青年商人「『開門都市』に流れている塩の流通量の95%を
 現在わたしが掌握しています。その塩を止めることも可能です」

火竜大公「……なっ。なにを」

青年商人「魔族豪商殿は竜一族でもっとも力のある商人ですね。
 彼の元へと卸される塩の蛇口を私どもが握っている。
 その事実を申し上げました」

火竜大公「卑劣なっ」

青年商人「今回ばかりは、正真正銘命がけですから」しれっ
469 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 20:01:48.47 ID:GDf918.P

火竜大公「……貴様」

青年商人「塩がこの地において貴重品であるとの認識は
 わたしも持っています。
 わたしとしても、依頼者としても竜族と事を
 無駄に荒げたくはない。
 いや、地下世界における交易において、
 竜族が新しいパートナーとしてもっとも相応しいと
 敬意を抱いております」

火竜大公「脅しておいて今さら世辞を言うつもりかっ」

青年商人「そこで買って頂きたいものがありまして」
火竜大公「……何を売りつけようというのだ」

青年商人「じつは、先年人間の軍に奪還された極光島。
 あの島を私どもは租借する結果となりました」 火竜大公「租借?」

青年商人「ええ、島ごと借り上げた形です。
 現在旧来の設備に加えて、塩田を整備しています。
 その塩田からあがる塩を」

火竜大公「買い取れと云うのか?」

青年商人「いいえ」 火竜大公「では、どういう用件なのだ」

青年商人「塩そのものではありません。
 この塩田から毎年採取される塩の、その総量の1/3を
 優先的に買い付けることの出来る権利。
 これを買って頂きたい」

火竜大公「権利、か」
青年商人「あくまで権利です。対価は毎年頂きましょう。
 しかし、価格については市場価格から両者が合意できる
 額を決定できるように取りはからいます」
471 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 20:04:41.44 ID:GDf918.P

青年商人「念のために申し上げれば、この“総量の1/3”は
 かつて魔族の軍は極光島を占領していた際、
 地下世界へ送っていた塩の量にほぼ匹敵します。
 塩田設備の差と、効率採集によるものだと考えてください」

火竜大公「……」
青年商人「……」じっ

火竜大公「強気じゃの」
青年商人「交渉は、それが可能なら強気で行うべきです」

火竜大公「ふんっ。……我が氏族にとってその塩は
 なければならぬもの。塩がなければ命を落とすものも出よう」
青年商人「……」

火竜大公「何が欲しいのだ。我の首かっ。商人っ!」ギロッ

青年商人「……」
火竜大公「……」

青年商人「“わたしと戦って負けた”と云うことにして頂ければ」
火竜大公「……何故かは知らんが、心底嫌そうだの」

青年商人「当たり前です。わたしは商人です。
 今回のような圧力をかけるような交渉だって
 けして好ましくはない。
 ましてや個人のプライドを対価に取るなど」

火竜大公「ふんっ。ここまで来て騎士道とやらか?」

青年商人「いえ、ただ利潤追求上、無意味であるばかりか
 不利益であるということです。
 将来的にパートナーになりうる可能性があるのならば、
 顔まで出して恨みを買う意味などどこにもない。
 同様の交渉は代理人や何枚かの壁を間に挟んでも
 出来たはずなのですが……」
473 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 20:06:12.66 ID:GDf918.P

火竜大公「出来なかった、と」
青年商人「ああ。面倒くさいですね。やめましたっ」

火竜大公「ぬっ?」

青年商人「さて、ここに極光島塩田開発の計画書および
 その生産量、塩の品質、輸送計画、コスト計算に関する
 資料、それらに基づいた事業計画書があります。
 われら『同盟』はとりあえず20年間、あの島を租借して
 塩田開発事業、およびその輸出事業の許可を受けている。

   本来は購入権利などでお茶を濁すべきかも知れないが
 それはわたしの商人としての勘もそろばんも矜持ですら
 “ぬるい”と告げている。

   直裁に申し上げる。
 我らはこの事業全体を“分割”する用意がある」

火竜大公「分割……?」

青年商人「そうです。この事業に出資して頂きたい。
 この事業全体は人間の金貨にして6000万の規模を持ちます。
 見返りとして、出資額に応じ、相応の割合の塩を
 毎年お届けしましょう。またそれとは別に塩を好きなだけ
 買い取って貰っても結構」

火竜大公「結局は塩の買い取りではないか」

青年商人「まったく違います」

火竜大公「……」

青年商人「これは一種の協定だと考えて頂きたい」
474 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 20:07:48.55 ID:GDf918.P

火竜大公「協定とは?」

青年商人「この契約が存在する限り、
 わたしどもの組織『同盟』は、竜の一族に塩を供給します。
 この事業が発展すれば、地下世界で塩を扱うことにより
 竜の一族がより交易での繁栄を願うことも可能でしょう。
 同様に、竜の一族が健在で、この契約を守っていてくれる
 限りわたし達はこの事業から手数料や正当な利潤を経て
 着実な利益を上げることが可能となる」

火竜大公「……」

青年商人「お解りのはずです。
 これは、塩の交易を媒介とした安全保障条約です」

火竜大公「そのようなことを信ぜよと?」

青年商人「全ての情報はそこに書いてある通り。
 現地の視察をなさっても構わないし、
 魔族豪商どのに塩の運び入れ状況と品質について
 お尋ねになるのも構わないでしょう」

火竜大公「……」

青年商人「私どもはこの魔界に販路を持ちたく願っています」

火竜大公「販路、か」
青年商人「……」

火竜大公「依頼者は公女か?」
青年商人「守秘義務のためにお答えできません」
476 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 20:10:10.36 ID:GDf918.P

火竜大公「良かろう、この話、検討しよう」
青年商人「……」

火竜大公「出資については追々詰めるべきであろうが、
 人間界の金貨は持ち合わせがない。
 砂金で払っても構わぬであろうな?」

青年商人「もちろん」

火竜大公「そちらの希望、および当方の事情からすれば
 出資金による金銭授受の他に、いくつかの物品について
 相互に物資をやりとりすることにより、空荷での
 交易を取りやめ利益を上げるべきかと思うが?」

青年商人「はい」

火竜大公「こちらから供出、輸出できる品目については、
 追ってリストを届けさせよう。これら取引の窓口は
 魔族豪商にて依存は?」

青年商人「ありません」

火竜大公「――覇は求めぬのか?」
青年商人「商人の手には余ります」

火竜大公「負けた。……公女にはそう言っておこう」
青年商人「……」

火竜大公「嫌そうな顔をするな。これは我のあずかり
 知らぬ事情なのだ。商人と依頼者の問題であろう?」

青年商人「はぁ……」

火竜大公「黒騎士殿に詫びる必要があるかどうかは
 じきに判るのであろうな。ふわーっはっはっはっは!」
482 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 20:38:12.02 ID:GDf918.P

――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、魔王の天幕

勇者「あ゛〜」 へたぁ
魔王「ううう……」 くたぁ

メイド長「あらあら、二人ともだらしない」

魔王「そんなことは云っても」 へろぉ

勇者「なんだ。会議だの根回しだのってのは
 こんなにも疲れるのか。合戦並みの疲労だぞ」 よぼよぼ

メイド長「神経を消耗するという意味では同じですからね」

魔王「で、どうだったのだー勇者」
勇者「そっちこそどうだったんだよー魔王」

魔王「……」
勇者「……」

魔王「せーので、云うか」
勇者「わぁった」

魔王「せーの」

勇者「蒼魔族はだめだめ」 魔王「獣人族は話通じない」

魔王「……」 がくっ
勇者「……」 ぽてっ

メイド長「あらあら」
483 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 20:39:53.69 ID:GDf918.P

魔王「獣人族の奴ら、はなっから話を聞かないのだ。
 どうもうさんくさい感じはするのだが、
 挨拶をした次の瞬間から帰れと言われる始末。
 挙げ句の果てには、女が魔王になっても
 ろくな事にはならないなどと陰口を叩かれる。
 あそこまで女性蔑視が強い氏族であったとは思わなかった」

勇者「蒼魔族は、なんていうか、表面上は最敬礼だぞ。
 よく判らんが、黒騎士ってのは強い戦士なんだろう?
 戦士部族らしい下にも置かないもてなしを受けたぜ。
 ただ、話はさっぱり通じてる雰囲気がない。
 “平和? 戦士である我らがそんな冗談を言ってはいけませんよ”
 くらいの温度感だ。あいつらどっかいかれてるよ」

魔王「はぁ……」
勇者「ふぅ……」

魔王「なかなか先行き厳しそうだなぁ」
勇者「もーあれだよ。なんだっけ? 昔の魔王みたいに
 ぱかーんとトップをやっちまうか?」

魔王「綺麗事を言うつもりはない。だからそれで氏族の意志が
 変わるならやむを得ないとも思うのだが、そうでないならば
 ただの押さえつけだ。いずれ噴出することになるだろう」

勇者「そうなー」

メイド長「お茶ですよ」

とぽとぽとぽ

魔王「ありがたい……」もそもそ
484 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 20:41:25.64 ID:GDf918.P

勇者「話すにしても交渉するにしても、もうちょっと
 情報というか、背景みたいなのが判ってこないと
 何にも見えてこない感じだ。
 蒼魔族ってのは、あれかな。教会なのか?」

メイド長「?」
魔王「いや、違うと思うが」

勇者「なんだろうな。うまくは言えないけれど、
 信仰みたいな匂いを感じたぞ。
 信仰と云うよりは、確信なのかな。
 疑いのない強さみたいな」

魔王「ふむ……。氏族に特定の宗教的な教えはなかったと思うが」

勇者「そうか……」

魔王「まぁ調べてみよう。
 獣人族の方はもっとあからさまな女性蔑視を感じたな。
 これはなぜだろう。新たな長と、その取り巻きのせいなのか……」

勇者「どんどん時間がたっていくな」
メイド長「ええ……」

魔王「そろそろ本腰を入れて交渉を開始せねばならぬのだが」
勇者「切っ掛けが欲しい」

魔王「軍人子弟と商人子弟、それに貴族子弟にまかせてある」
勇者「大丈夫なのかよ、あいつら」

魔王「信用するしか有るまい。信用できなかったら
 そもそも共存の道など探る意味がない」
523 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 14:47:51.85 ID:pOGbuk6o

――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、鬼呼族の天幕

鬼呼執政「では、停戦派にまわると?」

鬼呼の姫巫女「そうだ」

鬼呼執政「ご決断賜りまして」

鬼呼の姫巫女「我が鬼呼の地は極とは遠い。
 ゲートが無くなったとは言え、地上界への道のりは
 ずいぶんな距離になろう。
 戦を傍観すれば被害も少なかろうが、
 うまみも少ない」

鬼呼執政「人界への領土は作らぬ、とお考えで?」

鬼呼の姫巫女「領土が増えれば民は潤うだろうが、
 その間の線を保つ労力は潤いととんとん、だと。そう踏んだ」

鬼呼執政「それも道理でしょうな」

鬼呼の姫巫女「蒼魔族の専制地を迂回するのならば、
 竜族や人魔族の土地を踏み越えねば極へは至れぬ。
 交易をするにしても、何らかの方法を考えねば
 利を挙げることは叶わぬ。

 最悪、魔族を挙げての大戦争に兵を取られて、
 うまみは蒼魔族や竜族に全て持って行かれる
 などと云うことにもなりかねない」

鬼呼執政「と、なるとまた形勢が変わりますな」
524 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 14:50:40.78 ID:pOGbuk6o

鬼呼の姫巫女「そもそも、今の魔王は停戦を望んでいるようだ」
鬼呼執政「ええ、はっきりとは申されませんでしたが」

鬼呼の姫巫女「……ふむ」

鬼呼執政「魔王様も、得体が知れない方ですな」

鬼呼の姫巫女「先代は考えの判りやすい方だったからな」
鬼呼執政「ええ」こくり

鬼呼の姫巫女「そもそも今回の魔王殿は、
 聞いたこともない小氏族の出身だ。
 確固とした自分の領土も、支援を誓う氏族も持たずに
 しかも、見せしめの処刑や戦争もせずに
 よくぞ20年も持ったものよな」

鬼呼執政「そろそろ、命脈尽きると?」

鬼呼の姫巫女「占術官の言葉によれば、あと一月」
鬼呼執政「……ほう。病ですかな、それとも討たれるのか」

鬼呼の姫巫女「しょせん、占術。気力と意志であろうな」
鬼呼執政「いやいや、しかし。馬鹿にしたものでもありませぬ」

鬼呼の姫巫女「わたしはあの頼りなくて危なっかしい
 魔王が嫌いではないのだが……。他人ごととも思えぬゆえ」

鬼呼執政「しかし、まつりごとは自ずと別でございましょう」

鬼呼の姫巫女「心得ておる」
鬼呼執政「では、停戦。ということで」

鬼呼の姫巫女「その方向で、枝族の族長達への
 内々に説明を頼む。親書の草稿を文官に書かせよう」
526 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 14:52:58.30 ID:pOGbuk6o

――冬越しの村、魔王の館、厨房

メイド妹「いいの、お姉ちゃん?」
メイド姉「いいのいいの。
 皆様ちゃんと頑張って働いたんですからね。
 美味しい料理をどんどんお願いね」

メイド妹「うん♪ んっとね、次はベーコンと
 アスパラガスのパイ、それから肝臓の煮込みだよ。
 それにクレソンのサラダ」
メイド姉「上出来よ」にこっ

商人子弟「で、そっちはどうなんです?」
軍人子弟「拙者もう、へろへろでござるよぉ」 ぱたり
貴族子弟「エレガントさが足りないね。君たちは」

商人子弟「いや、そういう君も弱ってない?」
貴族子弟「曇りの日だって時にはあるさ」
軍人子弟「書類が。書類がぁ」

商人子弟「そんなこと喚いたって武勲を立てて出世したんだろ?」
貴族子弟「聞いているよ。なんでも護国卿だっていうじゃないか
 僕たちの中じゃ一番の出世頭だと思うよ」

軍人子弟「騙されたんでござるよ……」

メイド妹「はーい! 新作のパイだよぉ♪」
メイド姉「ワインもありますよ?」

商人子弟「おお、ありがとう!」
貴族子弟「お二人はいつも可愛らしいですな」
軍人子弟「飲まないとやってられないでござる」
527 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 14:54:25.23 ID:pOGbuk6o

メイド妹「あのねー。軍人のお兄ちゃんは、鉄の国で
 私たちを助けてくれたんだよ? 格好良かったよ」

メイド姉「ええ、凛々しかったです」

商人子弟「なんだお前。見せ場あったんじゃないか」

貴族子弟「そうだそうだ。
 女性を助けるなんて僕にふるべき役所だろう?
 君は自分の顔をわきまえたまえよ」

軍人子弟「軍人は民間人を助けてなんぼでござるっ」むぅ

メイド妹「喧嘩はダメだよー?」
メイド姉「そうですよ。注いであげませんよ?」

商人子弟「いやいや。これは喧嘩って云うか。なぁ?」
貴族子弟「そうそう。仲間内の愚痴ですよ」

とくっ、とくっ、とくっ

軍人子弟「騙されたんでござる……」

商人子弟「それに、なんだ。貴族子弟も……。もぐもぐ」
貴族子弟「?」

商人子弟「湖の国と赤馬の国での話は聞いているぞ?」
貴族子弟「まぁね」

軍人子弟「拙者も聞いたでござるよ!」

メイド妹「なになに、なーにぃ?」ちょこん
メイド姉「どんなお話ですの?」

貴族子弟「たいした話じゃないんですよ、淑女がた」
軍人子弟「いーや! たいした話でござる」
530 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 15:02:19.01 ID:pOGbuk6o

商人子弟「修道院で働いていた湖の王族の外戚がいましてね。
 まぁ、色んな事情で恵まれない環境でしたが、
 それでも王族の一人。
 歳は花も色づく16歳、美しく貞淑なること百合のごとし少女」

軍人子弟「おぬし語りが上手いでござるなぁ。
 このパイも絶品でござるが……。もしゃもしゃ」

商人子弟「なぁに、僕のは吟遊詩人の受け売りさ。
 で、この事情が事情なら、王宮で暮らしているはずの王女。
 この王女と、遊歴の身の上で修行中の赤馬の国の王子と
 知り合った。――修道院の光さす庭で、
 互いにそうとは知らぬまま」

メイド妹「わぁ。お話みたい!」

商人子弟「一目で恋に落ちる二人!
 しかしお互いの名も知らず身分も知らず、
 何度かの逢瀬を繰り返すもすれ違うばかり。
 時は風雲急を告げ、中央の国家に降りかかる未曾有の国難。
 物価の高騰に、なにやら戦の気配。
 赤馬の王子は国元へ呼び戻され、
 おり悪くその外戚の王女も宮殿へと力尽くで移されることに」

メイド姉「……王族の方も、自分の意志では生きられないのですか」

商人子弟「王族であらばこそ。って云うのもあるんでしょうね」

軍人子弟「きっと騙されたんでござるよ……」

商人子弟「もはや巡り会うことのない星の定めの二人。
 かたや湖の国の淑女としてゆくゆくは政略結婚の道具。
 かたや赤馬の国の王子として、いずれは長兄を王にいただき
 戦場へと赴く身。どう考えても二人の運命は
 離れて行かざるを得ない」
531 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 15:03:10.14 ID:pOGbuk6o

貴族子弟「……」
商人子弟「そこで我らが貴族子弟の登場だ。

 赤馬の王子と夜盗と化していた盗賊団と戦い
 酒を酌み交わしたと思えば、馬術大会で競いあう。
 かたや湖の国の宮殿にて、市井の卑しい生活を送っていたと
 陰口を叩かれ、友の一人もいなかった孤独な王女の
 話し相手となり、ダンスの手ほどきをする。
 やがて彼女は生まれながらの典雅さを備えたとも思える
 優美で清楚な姫君へと変わる」

メイド妹「かぁっこいい!」

商人子弟「舞踏会で再会をした二人。
 気が付かないままに赤馬の王子は二回目の恋に落ち、
 群舞曲の調べのままに、花のような娘と踊る。

 意を決した王子が赤馬の王へと出奔を願い出て
 二人でどこか他国へと駆け落ちするかと思えたその夜に

 貴族子弟が知恵を貸し、父王を鮮やかに説得。
 四方丸く収めて王子と王女の早春の恋も成就と聞けば
 ――これはもう、歌物語のようではないですか?」

メイド姉「素敵なお話じゃないですか」
メイド妹「うんうんっ!」

軍人子弟「なんでお前にだけ格好良い役が
 回ってくるでござるかっ」

貴族子弟「別に格好良くはないだろう?
 僕の役回りなんて、聞いての通り、徹頭徹尾脇役じゃないか」

商人子弟「いやいやいや。なかなか出来る事じゃないと思うぞ」

軍人子弟「夜盗の一団と戦ったのでござるか?」
貴族子弟「まぁ、やりあったけれど」
532 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 15:05:03.50 ID:pOGbuk6o

貴族子弟「あんな街角で歌われているような
 派手な戦いではなかったよ。
 傭兵崩れだったけれど、100人なんて嘘っぱち。

   本当は15人ほどしか居なかったし、酔っていたんだって。
 その殆どだって王子が格好良く切り伏せてしまったのさ。
 首領との一騎打ちは、それは流石に見応えがあったけどね。
 僕がやったのは、斥候して見張りを倒して。
 ……まぁ、僕が出来るのは、そんなものさ」

メイド妹「ねぇねぇ。お姫様は本当にそんなに綺麗だったの?」

貴族子弟「それはぁ。
 ――うん。
 でも、お話よりもずっとおてんばでね。
 穀竿なんて振り回したりして、勇ましかったよ。
 明るかったし聡明だったし、なによりも気品があったね。

 修道院勤めで、繕いだらけの古着を着ていた時にさえ、
 月の移る湖面みたいな美しくて、優しい娘だった。

 ……笑うと子供みたいなんだけどね」

メイド姉「……」

軍人子弟「何でこいつばかりが……ううう」
533 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 15:07:23.47 ID:pOGbuk6o

メイド妹「わぁ、美人さんなんだねぇ」

貴族子弟「メイド妹だって、十分キュートだよ?
 あと5、6年も立てば男の子が放っておかない
 淑女になること、間違いなしさ」

メイド妹「えへへへ〜♪」

商人子弟「何にせよ大活躍だ」

軍人子弟「だいたい、そんな可愛い娘にダンスだの
 教えて、おぬしの方はなーんにも無かったんでござるか?」

貴族子弟「ははははっ。ないない、全然さ。
 そもそも相手は、慕ってる男がいるんだよ?
 そこに僕が登場するなんて野暮も良いところじゃないか。

 僕はちょっぴり話し相手になって
 宮廷生活に付きものの細かい仕来りやマナーを教え、
 ダンスを1、2曲手ほどきしただけさ。

 なんていうのかな……。
 あんまりにも、彼女が必死なものだからさ。
 手助けしてやらずにはいられないほど健気で
 諦めを知らないものだから。つい、だよ。

 それに、花のような笑顔とでもいうんだろうね。
 あんな風に微笑まれたら、手助けせずにはいられないよ。
 ぼかぁこれでも貴族だからね」

メイド姉・商人子弟「……」
535 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 15:10:13.09 ID:pOGbuk6o

軍人子弟「さようでござるかぁ……。
 拙者も可愛い娘と知り合いたいでござるなぁ」

メイド妹「じゃぁ、貴族のお兄ちゃんは、がんばったんだね!
 えらいよぅ。もう一個パイをあげる!」

貴族子弟「これはこれは、レディ。光栄でございます」にこっ

商人子弟「まぁ、まだこの先色んな機会があるさ」
メイド姉「はい」

貴族子弟「そうさ、軍人君? 君にだって出会いがね」

軍人子弟「有るんでござるかなぁ……」

メイド妹「軍人のお兄ちゃんには、この馬鈴薯をあげます。
 たすけてもらったもんね!」

軍人子弟「なんかこのしょっぱい馬鈴薯だけで、
 拙者いきていける勇気がわいてくるでござるよ」

メイド姉「立派な仕事を為されているのですわ」くすくすっ

貴族子弟「税収と通商の方はどうなんだい?」

商人子弟「忙しいねっ」
軍人子弟「まったくでござるよ」

貴族子弟「おいおい、それが仕事なのだろう?」
536 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 15:12:55.05 ID:pOGbuk6o

商人子弟「追われてるよ。……でもまぁ、おかげさまで。
 この半期は前期と比べて、馬鈴薯の収穫量は倍だ。
 戸籍と里家制の効果が出始めてきた」

軍人子弟「その辺の制度、鉄の国でも運用できないでござるかね」

商人子弟「里家制はともかく、戸籍は早期に把握すべきだろうな」

貴族子弟「うちのほうで、紙の生産工房をふたつ増やしたそうだよ」

商人子弟「丁度良いじゃないか。過去の羊皮紙の記録も
 紙に移し替えた方が断然便利だぞ。かさばらないし」

軍人子弟「そこも手をつけるべきでござるかねぇ」

商人子弟「記録から手をつけなきゃだめだろう。
 記録、保存、参照は経験を蓄積するための基本だって
 授業でも何度も出てきたじゃないか」

軍人子弟「いやしかし、そこに手をつけるとなると、
 高官の皆様方に話を通す必要があってでござるなぁ。
 面倒くさい仕事がねずみ算式に……」

商人子弟「まーその悩みは判るけどね。
 ……となると、冬の国は王が若く変わったタイミングで、
 僕が士官したんだな。それで、結構やりたい放題やっても
 老臣さん達はあんまり文句を言ってこないのか。
 何事も都合が良かったんだな」

貴族子弟「エレガントにこなすためには、
 付き合いや根回しは重要なのだよ。諸君。
 ……それが社交という言葉の意味だよ?」
537 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 15:14:06.77 ID:pOGbuk6o

軍人子弟「いやはや」
商人子弟「で、我らが妹弟子の方はどうなんだい?」

貴族子弟「そいつは、是非聞かないとね」くるっ

メイド妹「美味ひぃね……。もきゅもきゅ」
メイド妹「はい?」

軍人子弟「お二人でござるよ」

メイド妹「??」
メイド姉「弟子って……」

商人子弟「おいおい。同じ師匠に教わったじゃないか」
メイド姉「でも、わたし達、そんな授業なんて」

貴族子弟「授業だけが学ぶ場ではないでしょう。
 ぼくたちが授かったモノはそんな小さくはないはずですよ」

軍人子弟「授業だけで学んだのなら、
 あんなにお尻が腫れ上がることもなかったでござる」

メイド妹「わたしはぁ、去年は40個新作のレシピを
 作りました! みんな美味しいと大好評でしたっ♪」

貴族子弟「それは素晴らしい。この煮込みなんて宮廷でも
 ちょっと食べられないくらい柔らかくて美味しいですよ」

軍人子弟「まったくでござる。鉄の国の酒場は量が多いばかりで、
 味付けはどんな料理でも一緒でござるよ」

商人子弟「うんうん。妹くんはどこに勤めるにしても
 我々三人の推薦状つきでコックになれるよ」にこにこ
538 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 15:16:19.56 ID:pOGbuk6o

メイド姉「わたしは……」

貴族子弟「ん?」

メイド姉「わたしは何もしてないです……」

商人子弟「おいおい、そんなことを云っちゃダメだよ」
貴族子弟「僕たちは、あの演説の学士が
 本当は君だって知っているんだし」

軍人子弟「そうでござるよ」 むしゃむしゃ

メイド姉「でもあれは、何かしたというわけでもないです。
 みんなに迷惑ばかり掛けて、戦争になりかけていうるわけで。
 正しいことなのか、間違ってはいないかって
 ずっとずっと思い悩んでいるのに」

商人子弟「それは結果だよ」

メイド姉「……っ」

貴族子弟「君は僕らの妹弟子なんだから、
 もうちょっとしゃんとして欲しいね。
 自信のなさは女性の麗質を曇らせるんじゃないかと僕は思うよ?」

軍人子弟「でも、子女はこのくらいがたおやかで良いでござるよ」

メイド妹「お姉ちゃん……?」

商人子弟「お節介かも知れないけれど、
 “そこ”にいつまでも隠れているわけにも行かないだろう?」

貴族子弟「……」
軍人子弟 こくり
539 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 15:17:48.18 ID:pOGbuk6o

商人子弟「まあね」にこっ

メイド妹「?」

商人子弟「まだ時間はあるさ!」

メイド姉「……」

貴族子弟「今日のところは、別件がありますしね」
軍人子弟「あ! そうでござった!」

商人子弟「たまに頼ってきてくれたかと思えば
 師匠の人使いの荒さってのは言語に絶するな」

貴族子弟「まったく。僕が一番の重労働だと思うね」
軍人子弟「こっちでござろう?」

商人子弟「懐が痛いのはこっちだよ。各種貴石を金貨で
 5万枚分だぜ? 痛いじゃ済まない」
貴族子弟「こっちは、12地方の土壌サンプルだ」
軍人子弟「拙者は純度別の鉄鉱石、馬車一台相当でござる」

メイド姉「あっ。はい。話は聞いています」

商人子弟「ここに預けるで構わないのかな?」

メイド姉「ええ、後で取りに来るって仰ってました」

商人子弟「師匠は何をやっているのだか」
貴族子弟「師匠のことだから、何かとてつもなく迂遠なことを
 天才的な手腕でやってるのではないかな」

軍人子弟「井戸の底から月を射貫くような人でござるからなぁ」

メイド妹「当主のお姉ちゃん達も、
 一緒にご飯食べられればいいのにね−」
545 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 16:24:18.28 ID:2wq60CIP

――地下世界(魔界)、天幕で作られた街、広場

おおおお! すっげぇ! 六人抜きだっ!

ドガシャァー!

勇者「俺の勝ちだ」
銀虎公「くっそぉぉぉぉ! 次だっ!
 誰かおらぬのか!? 我ら獣牙の勇士はっ!」

白狼勇士「わたしが相手だっ!」くるくるくるっ! すたっ!

勇者「銀虎公、魔王を侮辱した件。10人抜きで謝罪して貰うぞ」

銀虎公「良かろう、黒騎士よっ!」

白狼勇士「その戦、見事! しかしここまでだっ!」

 ガギィィンっ!

勇者「お。強いな」
白狼勇士「何を抜かす! 我と打ち合ったが最後、
 狼族の脚力から繰り出す必殺のっ!」

勇者「ヤクザキック」

 ぼぐぅ

白狼勇士「かはっ!? ……腹が。俺の腹が……
 無くなったようだぁっ!」

す、すげぇ。あの猛者、白狼が泡を吹いて……
悶絶してるよ……。起き上がらないぞ……

勇者「悪い、あんまり加減できなかった」
546 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 16:25:48.09 ID:2wq60CIP

銀虎公「次だっ! 次へ掛かれっ!」

銅熊勇士「我が無双の剛力をしかと受けよっ!」ずだーん!

勇者「しっかし、獣人族は層が厚いな。
 こんだけ強いのがわんさといるのかよ。
 ……呪文無しじゃ結構きついぞ」

銀虎公「ふふんっ。戦士の名誉にかけて
 証明するのではなかったか?」

勇者「云われなくてもっ」
銅熊勇士「せいやぁ!」 ずどーん! ずだーん!

勇者「せやっ!」 ひゅばっ!! キン!

銅熊勇士「!?」

鉄の六尺棒を一太刀で切った!? なんて切れ味だ。
あれが剣の魔王がかつて使ったと云われる黒の武具の力か……

勇者「武具じゃねぇよ、自前だよ」

銀虎公「ええーい! 五神将! 五神将はおらぬか、かかれっ!」

赤鮫将「ようやく出番かっ! 行くぞ、黒騎士っ!!」

ギン! キン! ガギンギンギン!

勇者「……って。ナニ食ったらこんなパワーが出るんだっ」
赤鮫将「骨が丈夫になる小魚だっ!」

勇者「冗談でもねぇっ!」
赤鮫将「はははっ! そらそら、足がもつれているぞ!」
547 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 16:26:58.60 ID:2wq60CIP

勇者「こういう場合は、いなすっ」 シュキンっ
赤鮫将「ぬぉっ!?」

 ずるっ

勇者「一手!」 ひゅばっ! 「二手ッ!」 ギンッ!
赤鮫将「早いっ! これほどとはっ!」

勇者「んでもってぇ」ひゅぅぅんっ「見えない刃っ!!」

ズダン!!

勇者「ふっ。峰打ちだ」

な、なんだ? 何が起きたんだ!? 黒騎士が一瞬素手になって
赤鮫将軍が起きれないぞ。痙攣してるっ。
今のはやばいだろ、垂直に落ちたぞっ!?

勇者「いま9人だ。引くならここだ」
銀虎公「……っ」

勇者「銀虎公に申し上げるっ! ここに集まった皆も聞けっ!」

ざわざわ、ざわざわ

勇者「魔王は弱いっ」

……え。
な、なんてことを言い出すんだ!? 黒騎士殿はっ。
549 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 16:29:46.73 ID:2wq60CIP

勇者「確かに魔王は弱い。銀虎公殿は別格として、
 今戦ったどの勇士にも、魔王は戦場では勝てないだろう」

そ、そんな……。魔王様は弱いのか?
でも魔王様なんだぞ? そんなわけが……。

勇者「いや、ちゃんと弱い。大抵の魔物より弱い。
 配下の俺が言うのも何だが、メイドよりも弱い。

 しかし、本当の強さとは何か?
 確かに銀虎公どのは戦場では無双の勇士だろう。
 しかし、万の大軍にたった一人で勝てるか?
 勝てはしまい。
 そのときは銀虎公どのも軍を率いて戦うだろう。
 それが長の強さというもので、己一人の力では
 成し遂げられぬ事をも成し遂げる指導者の器だ」

勇者「魔王は個人としての武力は弱いがそれで構わない。
 むしろ己のみが強く軍を率いることの出来ない魔王よりも
 己はか弱くても、大軍を率いて勝てる
 そんな魔王の方が、この魔界において強大なのは自明だ。
 さらにいえば、かの魔王はその上を行く。

 それは“戦をせずに勝つ”ことだ。
 かの魔王の目指す地平は遠く、
 誰にもが理解できる物ではないがな。

 魔王が在位してから、魔族通しも含めて戦で命を落とした
 ものがどれだけ減ったか」

銀虎公「……っ」

白狼勇士「それこそ怯懦の証ではないか!
 戦を避けてこそこそ逃げ回っていただけのことよっ!」

勇者「貴公は俺に倒されて今は死体だ。死体は喋るな」
白狼勇士「っ!」
550 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 16:31:40.01 ID:2wq60CIP

勇者「いかがか、銀虎公」
銀虎公「……」

勇者「魔王の強さを認めても、
 銀虎公の強さはいささかも揺らがぬ」
銀虎公「……」

勇者「魔王は弱い。戦場では力強き腕の力が必要だ。
 銀虎公どのの万夫不当の力が必ずや必要となろう」

銀虎公「……わかった」

勇者「では」

銀虎公「魔王に謝罪するとしよう。
 かの魔王殿は、その名にふさわしい実力を持っていると。
 黒騎士どのは魔王の剣だ。
 その武力があるのならば、獣人一党は魔王殿を侮らぬ」

勇者「ありがたい」すちゃ

銀虎公「だがしかし、魔王に武力が必要だという考えは変わらぬ」
勇者「……」

銀虎公「いまは我が武将に勝った黒騎士の顔を立てよう。
 戦場での差配に関する話もその通りだと認めよう。
 しかし、魔王は戦場で指揮を執ったこともないではないか。
 実際、戦功を立てるまで、あの魔王殿の実力はまだ判らぬ。
 判らぬものに、信頼は置けぬ」

勇者「……そんな戦場自体をこちらはなくしたいんだがなぁ」

銀虎公「そのような戯れ言判らぬわっ」

勇者「まぁ、とりあえずはこんな手打ちで良いかぁ」
551 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 16:39:45.21 ID:2wq60CIP

――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、忽鄰塔の天幕街

執事「ここが忽鄰塔の会議場。まるで街が出来たかのような」

諜報局精鋭「局長。後続部隊8名到着」

執事「にょっほっほ。交代要員は適当な丘をさがし
 天幕を張り商人を装うこと。
 そちらをしばらくの間本部とする。班編制の上哨戒を実行」

諜報局精鋭「はっ」

 ザッザッ!

執事「さぁて、どうなっていますかな」

諜報局精鋭「先行偵察、戻っています」

執事「聞きますよ〜」

諜報局精鋭「はっ。この天幕街には少なく見積もっても
 6000名以上の魔族が集まっているようです。
 周辺の渓谷などには今少しの護衛などが分散しており、
 激しくはありませんが、一種の軍事的拮抗が存在します」

執事「ふむ」

諜報局精鋭「ここに集まっている魔族の約1/3は
 族長や、族長に準ずる魔族の有力者、その側近、召使い、
 護衛などのようです。
 残りの2/3にはそう言った有力者や今回の会議を対象に
 商売をしようとする商人たち、また自分の腕を売り込もうと
 する士官希望者達も含まれています」
552 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/20(日) 16:40:54.65 ID:2wq60CIP

諜報局精鋭「忽鄰塔なる魔族の族長会議は
 中央の専用大天幕で連日のように行われています。
 文化的背景については未だはっきりとしないものの
 ここに集まった多くのものたちは、
 この会議が今月末までは最低でも続くと思っているようです」

執事「あと一週間ですか」

諜報局精鋭「中央の天幕の隣にあるのが魔王の天幕のようです。
 魔王は初日に演説をしたとのこと。
 驚くべき事ですが、現在の魔王は女性。
 つまり女王だとのことです」

執事「ふむ。女王……」

諜報局精鋭「しかし、以降姿は公には見せず、
 会議に専念している様子。先ほども云いましたが
 中央の大天幕との往復、もしくは会議に出席をする
 八大氏族と呼ばれる特に有力な氏族の族長を訪ね
 協議を重ねているのだと思われます」

執事「接触は?」

諜報局精鋭「現在までに機会はありませんでした。
 こちら側の情報が漏洩しないことを第一に考えて
 相当に防御的な配置で諜報をしています」

執事「そのままで結構」

諜報局精鋭「はっ」
553 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 16:42:47.05 ID:2wq60CIP

執事「しかし、ふむ」

諜報局精鋭「局長はいかが為されますか?」

執事「ここはわたしも潜入することにしますかね」

諜報局精鋭「大丈夫でしょうか」

執事「もちろん十分に注意はします。
 しかし、今までに巷間に流れた噂と会わせて
 会議は地上世界との戦争についてだと考えて
 ほぼ間違いがないでしょう。
 これについてはなんとしてでも確度の高い情報を
 入手するべきでしょうな。にょっほっほ。

   もし、必要であれば」

諜報局精鋭 ごくり

執事「“突然死”という二つ名の由来を指導せねばなりません」

諜報局精鋭「はっ、はいっ」

執事「にょっほっほっほ」

諜報局精鋭「ではっ、探索に戻ります」

執事「判りました。連絡は本部を使用してください」

諜報局精鋭「はっ」
561 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 17:21:46.06 ID:2wq60CIP

――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、魔王の天幕

魔王「……」
勇者「どうした? どこからだったんだ?」

魔王「ふむ。鬼呼族の姫巫女からの親書だ」
勇者「どんな?」

魔王「停戦に同意する、と」
勇者「おお。……つっても、
 あそこは元から交戦派じゃないよな」

魔王「いや、この意味合いは小さくはない。
 “交戦したくはない”と“停戦をしたい”では
 その示すところが大きく異なる。
 鬼呼族は大勢力であるしな。
 先の乱世では 蒼魔族とは感情的なもつれがある仲だ。
 蒼魔族を説得、とはいわぬが、意志をかえさせるには
 鬼呼族の側面支援はありがたいだろう」

勇者「そうか。……機怪族はどうだ?」

メイド長「勇者様に運んで頂いた、鉱石、土壌サンプルなどを
 全て届けさせました。大きな興味を示されたようです」

魔王「そうでなくては、かなわぬ」
勇者「これでテコ入れになったかな?」

魔王「確実に効果はあろう。機怪族は発展のためにも、
 一族を増やすためにも希少鉱石と鉄が必要不可欠だ。
 この二つが、地上世界との交易により安定的に
 供給されるとあらば、一族の意志は根底から
 問い直されることとなろう」

勇者「良い方向だな」
563 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 17:22:49.08 ID:2wq60CIP

勇者「それにまぁ、荒療治だけど、
 獣人族の方も云われたとおりにしてきたぞ」

メイド長「いかがでした?」

勇者「メイド長の思惑どおり、矛は収めてくれたよ」
メイド長「そうでしたか。ふふふっ」

魔王「どういう事なんだ?」
勇者「いや、獣人族の女性蔑視が酷いって言ってたじゃないか」

魔王「ああ」

勇者「その辺いじって喧嘩をふっかけさせてさ。
 そのうえで十人抜きとかいって、その侮辱を撤回させてきた」

魔王「そんなこと出来るのか?」
勇者「おいおい、一応は勇者だぜ」

魔王「でも、余計に感情が悪化しなければいいが」

勇者「その辺は、メイド長の作戦でな」
メイド長「はい」

勇者「適当なところでこっちも譲って、
 相手を持ち上げていおいたんだ。成功したとは思うけれど」

メイド長「しばらくはぎくしゃくするかと思いますが
 悪い方に転がってはいないでしょう。殿方ですからね」

魔王「ふぅむ、やるな」
勇者「ちょっとつついただけさ」
564 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 17:23:54.49 ID:2wq60CIP

魔王「だが、こうなると。そろそろ頃合いか」
勇者「うん」

魔王「……迷うが」

勇者「でも、そろそろ時間的にも押してきているんじゃないか?
 なんとなくだけど、他氏族の長も苛々している印象を受ける」

メイド長「そうですねー。あまりにも長引きすぎると、
 温度は魔王様の指導力の問題も感じさせてしまいますね」

勇者「だけどまだ、蒼魔族は全然攻略できてないんだよな」

メイド長「ですね」

魔王「いや、一度押してみる時期か」

勇者「いくのか?」

魔王「ああ、この件で鬼呼族が当てに出来ると判った以上、
 他氏族の反応も含めて探るべきだろう。
 特に機怪族の意見について変化があったかどうかを知りたい。
 うまくいけば、蒼魔族の底意が開戦であったとしても
 全体の意見の圧力で雰囲気を一気に停戦に
 持っていけるかも知れない。

 そうなれば蒼魔族の1氏族だけでは、そこまで強固に
 交戦の主張も出来ぬであろうしな」

勇者「確かにそうなるか」

メイド長「では、明日にでも」

魔王「うむ、最初の激突といこう」
567 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 18:13:48.69 ID:2wq60CIP

――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、忽鄰塔の大天幕

ざわざわ……

魔王「さて、議論も出尽くした感がある。
 我ら魔界を支える偉大なる八大氏族。その氏族の長がたに
 今一度、この先の人間界との関係について意見を求めたい」

紋様の長「ふむ……」

蒼魔王「そんなものは決まっている。踏みつくし侵攻すべきだ」

銀虎公「おう! 人間何するものぞっ。
 そもそものところが、われらが緑なる大地に盗賊のように
 忍び込み、火を放って侵略を進めてきたのは人間ではないか!」

鬼呼族の姫巫女「しかし、勝ちが決まったとういう訳でもあるまい」

巨人伯「そうだ……。関わり合っても……。
 人間とは……被害、増える、だけ……」

碧鋼大将「地上世界の鉱物資源には気を引かれますがな」

蒼魔王「鉱物資源など、征服してしまえばいかようにでもなる!」

火竜大公「……これは勇ましい」

妖精女王「わたしは反対です。せっかく二つきりの世界。
 戦争は多くを踏みにじり、踏みにじられ、
 互いに疲弊する選択肢。
 ここは平和への道を模索するべきです」

銀虎公「ふんっ。腰抜けの妖精族がっ」
568 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 18:15:46.37 ID:2wq60CIP

魔王「銀虎公。忽鄰塔の場だ、無駄な挑発は慎んで頂こう」

銀虎公「ふんっ」

魔王「わたしはなにも、停戦して即座に人間世界と
 共存しようだなどとは考えてはいない。
 だがしかし、現在の地下世界と地上世界の戦力を考えると
 戦争をして勝てるとは言いきれぬ。
 いや、緒戦もしくは短期間であるならば、
 奇襲を中心に勝ちを収めることも出来ようが
 長期に渡る遠征は費用から見ても難しいだろう。

   そもそも勝ってどうする?
 人数では圧倒的に勝る人間の地を我ら魔族が支配して
 その支配を維持できるのかが疑問だ。

   当面の間、ゲートが破壊された“極”には十分の防衛軍を置き
 出入りに関してはな警戒を続ける。
 我ら地下世界にとって有利で有益な貿易であれば、
 制限しつつ続行をしても良いが人間となれ合う気はない。
 開門都市を取り返したとは言え、我らは侵略を受けた側なのだ。
 謝罪の必要は認めぬ。
 ただ現在の状況を見て、戦争を継続するのが合理的かどうかを
 判断して欲しい」

   勇者「上手い言い様だな。あれなら反感もかき立てない」
   メイド長「魔王様ですから」

紋様の長「我ら人魔族は、最初からの意見を変えるつもりはない。
 この件に関しては氏族の中でも議論も意見も割れている。
 よって立場としては中立、どちらにも与せぬ」
569 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 18:17:06.97 ID:2wq60CIP

蒼魔王「われら蒼魔の意見は統一されておる、
 このさい人間は滅ぶべきだ。彼らには彼らの罪の深さを
 炎の中で思い知らせるのが我らの道だと考える」

銀虎公「我が一族も同様。人間どもの狩り場を
 我ら魔族の物とすれば、遠征にかかる費用など容易く
 取り戻せよう。……ただし」

火竜大公「ただし?」

銀虎公「そのための準備期間として、しばらくの停戦が
 必要だというのであれば、その声に耳を傾けぬでもない」

蒼魔王「銀虎公っ。臆したかっ」

銀虎公「何を言うっ!」

鬼呼族の姫巫女「わが鬼呼族は戦争には反対だ。停戦を求める」

蒼魔王「っ!!」

鬼呼族の姫巫女「万事考え合わせるに、
 こたびの戦は我が方の受ける被害が
 甚大であろうという結論に達した。

   おのおのがたも覚えておいでだろうが、
 我らは一度は人間界の版図、極光島を占領したのだぞ。
 しかし、その極光島を維持することは出来なかったのだ。

   それはなぜか?
 われらが維持に必要なだけの兵力や物資を
 あの島に供給し続けられなかったのが大きな要因といえよう。

   確かに口惜しいことではあるが、現在の我らは
 仲間内で争うばかり。この戦争をやり遂げる実力に
 欠けるのではないかという疑念をぬぐえん」
570 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 18:18:48.21 ID:2wq60CIP

妖精女王「私ども妖精族も停戦には賛成です。
 もとより戦を望んだことは一度もありません。
 しかるべき使いを立てて、人間との交渉に当たらせるべきです」

巨人伯「俺たちは……戦争……しないで……すむなら……
 停戦に……合意……する……」

碧鋼大将「停戦するにしろ、地上世界の物資は我が氏族に
 とって必要だと判断する。
 よって停戦の場合の条件に何らかの交易取引、
 もしくは賠償としての物資要求をしていただきたい。
 ――そのような条件下で停戦に合意しましょう。
 かなえられない場合は、一戦を辞さないと我が氏族は考えます」

火竜大公「まぁ、このような流れになってしまっては
 仕方ありませぬなぁ。
 竜族としても停戦に合意いたしましょう。
 懸念であった開門都市もまた、
 人間族からは奪い返し魔王殿の直轄領となった。
 あの地が征服されたままでは絶対に合意することは
 ありませんでしたがな」 ぼうっ

魔王「ふむ、ではとりまとめると……
 条件はあれど、停戦に合意できるとする氏族が6。
 中立が人魔族一統、そして交戦すべしが蒼魔族……。
 このようになるな」

   勇者「思ったよりも良い流れだぞ」
   メイド長「ええ。獣人族が曲げてくれたのが大きいです」

蒼魔王「なんて軟弱な奴らなのだっ。おのおのがた!
 魔族の誇りはどうなされた! 我ら魔族が人間の風下に
 立ってなんとするっ!」
571 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 18:20:58.03 ID:2wq60CIP

妖精女王「しかし、停戦は魔王様の意志でもあります」

銀虎公「ふんっ。小癪だが魔王は、魔王だ」
巨人伯「そう……だ……」

鬼呼族の姫巫女「われらが魔族の大協定。
 魔王の言葉にはそれだけの重みがある。
 一考しなければなるまい?」

蒼魔王「っ! 敗北主義者どもが」

魔王「どうだろう? 蒼魔の勇士よ、ここは曲げてもらえぬか?」

紋様の長「あえて、というならば人魔の意見も停戦だ。
 なにもことさら人間と和議を結びたいわけではないが、
 ここで会議の結果が割れては、
 またしても魔界は乱世をむかえてしまうだろう。
 それだけは避けねばならぬ」

蒼魔王「――そんなにも」
銀虎公「?」

蒼魔王「そんなにも魔王の言葉が重いのか。
 では、各々がたに問おう。
 たしかに三十四代魔王“紅玉の瞳”の意志は停戦に有りとて
 しかしその魔王ご自身が決戦を決意されたならどうなさる!」
572 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 18:22:26.35 ID:2wq60CIP

巨人伯「……それは……しかたない」

碧鋼大将「魔王のご意志であれば、我ら鋼の民はくつわを並べて
 戦場にはせ参じ、人間らと一戦交えるのみ」

銀虎公「それこそが我ら獣牙の勇者の望みよっ。
 そのような雄々しい魔王の指揮の下、新たなる肥沃な世界に
 領土を求めることこそ、戦士の誉れっ」

妖精女王「しかし、戦はっ。戦争は互いの氏族を滅ぼす
 諸刃の剣っ。そのようなことでは氏族の命脈保てませぬっ」

蒼魔王「それこそ魔王の責務であろうっ。
 魔族を導き魔界に大いなる繁栄をもたらすことがっ。
 優れた魔王であるならば、
 妖精族から被害を出さずに勝利を手にすることも可能なはずだ。

 妖精族は魔王に信頼を置くことが出来ないというのか?
 それともなにか? 妖精族は我が氏族可愛さに
 魔界全ての繁栄を否定するというのかっ」

妖精女王「そのようなことはありませぬが……」

蒼魔王「我ら蒼魔の一族は、ここに
 三十四代魔王“紅玉の瞳”の廃位を要求するっ!!」

巨人伯「っ!」
火竜大公「なんじゃとっ!?」

鬼呼族の姫巫女「そのようなこと、許されると思うてかっ!」
573 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 18:23:34.25 ID:2wq60CIP

魔王「っ!?」

   勇者「なっ、なんだ!? そんなことあるのかっ!?」
   メイド長「判りませんっ。そんなことが出来るか
    どうかなんて考えたことさえありませんでしたっ」

妖精女王「馬鹿なことをっ! どのような権利を持って
 たかが一介の氏族長がそのようなことを要求するのですっ!」

蒼魔王「出来るのだ。『典範』にも明記されている。
 非常に希なことではあるが、第八代の治世に前例がある」

巨人伯「前例……」
火竜大公「うかつっ」

鬼呼族の姫巫女「前例とは?」

蒼魔王「『典範』によれば、“魔王を除いた忽鄰塔参加族長の
 半分の賛成を持って魔王を廃位出来る”となる。
 すなわち、4名だ。
 使われたことが一度しかない権利だが、前例は前例だ」

銀虎公「そのような前例が……」にやり

碧鋼大将「魔王殿はその在位の間一度も戦の経験がおありではない。
 このような魔界存亡の危機にその資質が問われると?」

蒼魔王「我ら蒼魔族はそのように考える」

銀虎公「そうだな。魔王たるもの相応の実力を持ってなきゃいかん」

碧鋼大将「……理に叶うのであればそれも道」

巨人伯「……魔王は……おおきな……ほうが……良い」
574 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 18:26:18.09 ID:2wq60CIP

   勇者「何だってんだこいつら」ぎりっ
   メイド長「落ち着いてくださいっ」

火竜大公「ふぅ……」
鬼呼族の姫巫女「魔王の廃位か。……して、新魔王は?」

蒼魔王「それは魔王が倒れた時と同じように、
 新しい星が魔王を選ぶだろう。
 候補者の中から魔王選定の武会を開催して決めればよい」

銀虎公「今度こそ、我が獣人から魔王を出すのだっ」

蒼魔王「これは頼もしいことですな。だがしかし、
 われら蒼魔族も忘れて貰っては困りますぞ。
 どちらにせよ、次代は雄々しい魔王をいただけるというわけだが」

巨人伯「我ら……巨人の子らに……栄光は……輝く……」

鬼呼族の姫巫女「……そのようなことを考えておったか」

魔王「……」

   メイド長「まおー様が、真っ青です……」
   勇者「魔王っ。どうにかならないのか」

   メイド長「まったく予定にないことですから……」

蒼魔王「では、決を採るとしましょう、各々がた」

火竜大公「いや、またれよ」

蒼魔王「は?」
575 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 18:28:46.55 ID:2wq60CIP

火竜大公「これはこれで、重大事。
 しばし協議の時間をいただきたい」

蒼魔王「何を話合う必要がある。
 この評決は全会一致を目指す訳でもない。
 己が信じるところの意思を表明すればそれで事足りるわ」

銀虎公「その通りだっ」

鬼呼族の姫巫女「いや、火竜大公の云うことももっとも。
 氏族への説明も無しに決めることは、出来ないこともあろう。
 それぞれがそれぞれの事情を抱えているのだ」

蒼魔王「ふんっ」

巨人伯「日没……来る……」

蒼魔王「良いでしょう。日没まで後二時間ほどだ。
 採決は日没に行いたい。
 そのために二時間を協議に当てると云うことで宜しかろうな」

火竜大公「……良かろう」
鬼呼族の姫巫女「心得た」

妖精女王「そんな……」

魔王「……では」

紋様の長「いや、これは魔王“紅玉の瞳”殿の進退を問う評決。
 魔王殿、あなたが発言することは重大な『典範』への
 挑戦となりましょう。二時間を、心安らかにお過ごしあれ。
 結果如何によっては、今宵、開戦の決が取れるやもしれませんぞ」
603 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 20:29:22.37 ID:2wq60CIP

魔王「やられたっ」どんっ

メイド長「まおー様……」

魔王「あんな手に出てくるとは、予想してなかった。
 こちらの読みが甘かった……。
 わたしも魔王の権威に頼っていたというのかっ」

勇者「……」

魔王「……すまぬ。良いところまで議論を
 追い詰めていたというのに。このままでは……」

勇者「いや、これは俺の責任だ」

メイド長「勇者様……?」

勇者「警告は受けていたんだ。――魔法使いから。
 『典範』を探して、調べろって。それを突き詰めなかった
 ――俺の責任だ」

メイド長「……」

魔王「いや、そうではない。
 結局は目先の停戦ばかりを追いかけて、魔族の中に信頼を
 育てることが出来なかったわたしの無為が招いた結果だ」

勇者「駄目なんて云うなよ」
メイド長「そうですよ、諦めるには早すぎます」

魔王「しかし、この二時間で打てる手がない。
 あそこまではっきりと釘を刺された以上、
 わたしが他の族長の説得をすると云うことは、
 保身以外の何者でも無かろう。
 残されるとすれば、採決の場にて魔王廃位に票を投じた長を」
604 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 20:31:12.87 ID:2wq60CIP

勇者「殺しちまう、ってやつか」

魔王「そうなる」
勇者「だが、この状況になっては意味がないな」

メイド長「そうですか?
 まおー様だって云ってたじゃありませんか。
 過去には言うことを聞かなかった
 長を消し炭にした魔王さえいるって。
 それこそ前例があります」

魔王「だが、しかしそれは1名だったのだ」

勇者「ああ。つまりは、全会一致のために、
 その1名を取り除く必要があったんだ。
 消し炭って云う過激な手段に目が行くけれど、
 結局魔王は他の7氏族の支持を受け代表して粛正したに等しい」

メイド長「……」

魔王「この状況で、たとえば4名の長がわたしの
 廃棄に票を入れたとする。
 その長を皆殺しにして決定を破棄させたとしても、
 “半数の氏族が魔王を支持していない”と云う事実は
 消えることがない」

メイド長「そんな……」

魔王「今までも支持をしていたわけではないだろうが、
 それでも魔王の名前が持つ権威に従ってくれていたのだ。
 蒼魔族は判っているのだろうか。
 わたしの廃位うんぬんではなく、
 ここで決定的な亀裂が起きてしまえば
 また魔族の内部分裂が始まる。
 乱世の再来を自分たちで招いていることに……」

勇者「……」

魔王「事は魔王が廃位する、と云うことより深刻なのに
 ただ見ているしかできないとは……」
607 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 21:06:12.56 ID:2wq60CIP

――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、忽鄰塔の大天幕

蒼魔王「さて、時間だ」

魔王「……」

   勇者「大丈夫だ。いざとなれば力尽くでも」
   メイド長「でもそれじゃ」
   勇者「魔王を護る。そうすればまだチャンスはあるはずだ」

紋様の長「日が沈むな……」

蒼魔王「さよう。緑の太陽がその輝きを衰えさせる」

銀虎公「評決と行こうではないか、皆の衆」

碧鋼大将「良かろう」

巨人伯「……わがっだ」

火竜大公「……」

蒼魔王「では、動議を提出させて貰ったわたしから行こう。
 われら魔族が戦を望もうと望むまいと、
 現に今は戦時下である。人間が何時攻め込んでくるやもしれぬ。
 そのような時に、怯懦な魔王を頂くとは
 氏族の民に対する裏切りにも等しい。
 わが蒼魔は、現魔王の廃位に票を投じる」
609 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 21:08:21.73 ID:2wq60CIP

妖精女王「妖精族は現魔王の今までの業績を評価します。
 魔族同士の争いを止め、紙や土木技術などの面で
 魔界の文化に貢献なされました」

銀虎公「文化? ふんっ」

妖精女王「我らは小さきもの、かそけきもの。
 月光と森羅に住む妖精族は現魔王を支持します」

魔王「……」

銀虎公「わが獣人族にとって力が全て。力あるものに従い
 戦においては武功を立てて、平時にあっては力を蓄える。
 現魔王は1回の親征も行ってない故にその実力は未知数。
 わが獣人族は伝統に従い、力計れぬものに信頼は置けぬ。
 獣人族は、現魔王の廃位を求める」

鬼呼族の姫巫女「我らが戦に対する求めは
 先に話したとおりの現状維持。魔王を変えてなんとする。
 次に選ばれる魔王が、戦に狂った狂人でない保証はなく
 現魔王よりも力に溢れているという保証もない。

   我らは常に何時の世代であれ、
 配られた札での勝負を余儀されなくされてきた。
 それがこの世界の不文律。
 限られた選択肢の中で知恵をしぼる尊さを理解する故に、
 我ら鬼呼の民は現魔王を支持する」

碧鋼大将「地上に溢れる宝はやはり我が氏族に不可欠。
 その素晴らしさを教えてくれた現魔王には感謝するが
 やはり我らと人間はわかりあえぬ。
 魔族の中ですらその異形ゆえ、
 長い間権利も認められず機械人形の類として虐げられてきた我らは
 人間との交わりの中で、
 一度得た我らが権利が失われることをこそ恐れる。
 やはり人間と共には暮らせぬ。
 ――我らは、現魔王の退位を望む」
610 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 21:09:47.40 ID:2wq60CIP

紋様の長「我らが人魔一統は、この件に関しても中立を
 貫かせて頂く。つまり、棄権だ」

蒼魔王「ふんっ。その優柔不断がそのうち手ひどい
 火傷になって自らを焼かないように気をつけることですな」

巨人伯「……魔王は……ちいさ、すぎる……。
 俺たちは……小さいひとより……おおきな、ひとが、良い……
 ……いくさは。なくてもいい……が……
 魔王は……変わるなら……変わった、ほうが……
 良い……」

魔王「……っ」

   勇者「よっつだ……」
   メイド長「駄目――なのですか……」

銀虎公「魔王は廃位。これで次代の魔王が生まれるのだっ!」

碧鋼大将「新魔王、か」

蒼魔王「早速ふれを出さなければ。しかし、在位20年。
 長くはないが、けして短くはない。
 しかも、存命のまま魔王の座を降りることが出来るなど
 ある意味限りなく幸運なことと云えましょうな」

火竜大公「黙れ」

蒼魔王「は? なにを云っているのですか? 老公。
 もはや結果は出たのです。今さら何をかばう必要があります」

火竜大公「黙れ、と云ったのじゃ」 ごうっ!
619 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 21:24:51.07 ID:2wq60CIP

鬼呼族の姫巫女「……」

蒼魔王「では黙りましょう。ご老公。何か仰りたいことでも?」

火竜大公「我がまだ票を入れていない」

銀虎公「何を言っている、もう結果は出たのだ!」

蒼魔王「さよう。ご老公が現魔王を支持したとしても、
 結果は変わりませぬ。何を言い出すのです」

火竜大公「そのようなことを云っているのではない。
 我はこれでももっとも古くから魔界の氏族として
 成り立ってきた竜の一族、そのとりまとめたる火竜大公ぞ。
 何故その言葉を聞かれることもなく
 かような重大な決議を下されねばならぬっ!」

銀虎公「だから結果は変わらないと……」

火竜大公「黙らっしゃい!!
 我が一族を軽んじるのではない! そのように云っているっ!!」

鬼呼族の姫巫女「それは、もっともな仰りようではあるな」

紋様の長「確かに」

蒼魔王「ふむ。一理あるようだな。
 是非ご老公の判断も伺いたい。
 たとえその意見が結果にいささかも影響を
 与えられないとしても、ですがな」
620 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 21:25:55.06 ID:2wq60CIP

銀虎公「早く言って欲しいな、こちらは年寄りではないのだ」

火竜大公「……」

妖精女王「火竜大公、最後の意見を」

魔王「……」

紋様の長「ご老公、票を投じ為されませ」

火竜大公「……」

蒼魔王「ええい、何を押し黙っているのだ!
 みずから軽んじるな、発言を重んじろと云っておきながら
 沈黙を通すとは、いかなる了見か。応えて頂こうっ」

銀虎公「そうだ、ご老公。その態度はわれら八大氏族と
 忽鄰塔を愚弄することに他ならぬぞっ」

バサッ

東の砦将「遅れましたかい?」
副官 ぺこり

魔王「え?」
勇者「砦将……? なんで」
624 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 21:27:22.12 ID:2wq60CIP

火竜大公「では、我が竜の一族から申しあげよう。
 我が竜の一族は、ここに改めて、新しい氏族を紹介したい」

蒼魔王「なっ、何を言い出す! この危急の時にっ!」ダンッ
銀虎公「氏族だと!? 聞いたこともないっ!」

鬼呼族の姫巫女「説明して頂けるか? ご老公」

火竜大公「もちろんだ。
 だがひとまずは彼の者の口上を聞くのが宜しかろう」

東の砦将「あー。俺、じゃねぇや。
 えーっと。それがしは東の砦将と申す者。
 ここに忽鄰塔本会議すなわち大氏族会議への
 参加を求めてやってきた」

魔王「参加……?」

蒼魔王「何を言う! 忽鄰塔本会議は魔族のなかでも
 もっとも実力ある八大氏族と魔王が意志決定をする
 魔界の最高機関。
 貴様のような木っ端魔族が参加するような所ではないわっ!」

東の砦将「そいつぁどうも。俺は魔族でもない人間なもんで」

蒼魔王 がたっ!
銀虎公「人間だとっ!?」

巨人伯「に、人間……!」

蒼魔王「どういうつもりだ、火竜大公っ!!」

火竜大公「どういうつもりもこう言うつもりもない。
 そもそも魔族とはなんぞ? この地下世界、魔界へ住む
 ものの総称であろうがよ。この者は魔界に住んでいる。
 故に魔族だ。人間でもあるのだろうがな」
627 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 21:28:35.56 ID:2wq60CIP

銀虎公「そんな説明が納得できるかっ!」

火竜大公「『典範』のどこにも、人間を魔族と認めぬとは
 書いていないではないか」

鬼呼族の姫巫女「あははははは!!!」

紋様の長「その人間がこの会議に何用なのだっ!」

東の砦将「ええ、それをこれからご説明しますよ。
 俺、あー。それがしは、族長として」

蒼魔王「人間の次は族長だとっ!?」

東の砦将「そうですな。
 それがしは衛門族の族長として、氏族四万八千を背負い、
 この忽鄰塔大会議への参加を要求します」

銀虎公「……」
碧鋼大将「な、なんだ、それは……」
妖精女王「四万八千……?」

火竜大公「さよう。この忽鄰塔大会議は魔王と魔族の中の
 有力部族の長による会議。
 別に八大氏族などと決まっていたわけではない。
 思い出すが良かろう?
 そもそも機怪族が参入したのは、たかだか6代前ではないか」

碧鋼大将「我らはその権利を勝ち取った」
巨人伯「あれは……戦争の……結果……」

火竜大公「何も戦は必須ではない。4万を超える氏族と
 すでに会議に参加している二氏族の長からの推挙があれば
 それでよい」
635 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 21:30:35.71 ID:2wq60CIP

妖精女王「4万……?」

紋様の長「ばかな、それでは中小の氏族でさえ、
 大会議に参加できることになる」

蒼魔王「そうだ、そのような民の数で何故有力を名乗れる!」

火竜大公「そんなことは、わしのあずかり知ったことではないわ!
 前例があり、『典範』に記述がある。それだけよ」

副官「私から説明させて頂きます。
 えー。
 おそらくは前例の作られた時代による要因が
 大きいのではないでしょうか?
 つまり当時であれば、おそらく4万は十分な
 大氏族であったのかと考えます」

紋様の長「時代……だと……」

火竜大公「しかし、前例は前例だ。前例は絶対なのであろう?」

銀虎公「だ、だれが推挙するというのだっ!
 人間の治める氏族などっ!!」

東の砦将「頼むよ、爺さま」

火竜大公「我が後見に立とう。後1名は、そうじゃな……」

鬼呼族の姫巫女「あはははははっ! これは愉快、痛快じゃ。
 よかろう。わたしが立とう。妖精女王でも引き受けては
 くれようが、わたしもこの人間の言い様が気に入った」
644 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 21:33:49.52 ID:2wq60CIP

副官「こちらが氏族四万八千の連名書。
 および氏族の本拠地たる開門都市自治政府の信任状。
 ただいま後見を頂きました両氏族の長の言葉を持ちまして
 全ての条件を整えましてございます」

蒼魔王「我らの声はどうなるっ」

火竜大公「この前例は評決さえ必要とはせぬよ。
 手続きが終わった今よりこの男は衛門族の族長。
 この会議に参加し、発言する権利を完全に備えた参加者じゃ」

鬼呼族の姫巫女「はははっ! して、どうする」

魔王「っ!」
蒼魔王「……まっ、まさか」

東の砦将「問うまでも無きこと。我が衛門族が望むは平和と繁栄っ。
 すでに我が都市には多数の人間が暮らし、
 魔族と手を携えてやっておりますよ。

 もちろん面倒揉めごとはありやすがね。
 それでも何とかやっていけるもんでさぁ。
 俺たちゃべつにガキじゃねぇんだ。
 腹立ち紛れに殴り合うこともあれば、
 同じ釜の飯を食って肩をたたき合うこともある。

   人魔族、獣人族、妖精族に、竜族、蒼魔族、
 数は少ないが巨人族さんや機怪族、鬼呼族さんだって
 いらっしゃるんだ。
 ルールは一つだ。仲良くやって豊かになれ。

   俺たち……あー、なんだ面倒だな。
 それがしと衛門族は、現魔王を支持しますってことで」

火竜大公「さて。おぬし。半数は取れなんだようじゃの」
653 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 21:49:03.77 ID:2wq60CIP

勇者「砦将っ! 砦将っ! ば、馬鹿やろうっ!
 知らなかったぞ、俺はっ!!」

東の砦将「すまねぇな、勇……黒騎士さんよぅ。
 俺たちだって馬を何頭もつぶしてさっきついたばっかりなんだ。
 どうもその、二時間か? その間についちまったらしくて
 どうやっても魔王の天幕には近づけなくてな」

魔王「これだけのことを……。
 わたしはその恩に応えるほどの事もしていないだろうに。
 あの都市に砦将殿が残された遠因はわたしにもあるのに」

東の砦将「いいってことさ。あの馬鹿な司令官の
 煤払いをしてくれたんだって思えば有り難いくらいで。
 って、魔王さまだったな。
 えー、ありがたく思っているんです」

魔王「ふふふっ。普段どおりで良いのだ」

東の砦将「ほう。なんだよ、笑うじゃねぇか」
副官「ま、その辺は後ででも」

火竜大公「そうだの。卿の会議はこれ以上進むまい?」

鬼呼族の姫巫女「宜しかろうな、皆様方」

銀虎公「ちっ! 切り上げだ! 帰るぞっ!」

蒼魔王「不愉快だ。失礼するっ」ガタッ

紋様の長「あれが開門都市の……」がたり
654 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 21:50:40.53 ID:2wq60CIP

――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、忽鄰塔の大天幕前

魔王「そうか、それで馬を飛ばして……」
勇者「魔法使いが『典範』を届けてくれていたのか」

副官「そうなんですよ。でも、解読するのに時間が掛かって。
 それで、もしかして何か役に立てるかもと思って信任状を
 とったり慌ただしかったものです」

魔王「手間をかけたな。深く礼を言う」
勇者「魔王がこんなに感謝するのも珍しいぞ」

魔王「何を言う、わたしは恩知らずではないぞ!」

メイド長「あらあら、まぁまぁ」

勇者「まぁ、ともかく天幕で一息つこう」
東の砦将「喉もからからだし腹も減ったよ」
副官「そうですねぇ」

メイド長「とびっきりのお茶を入れますわ。
 ねぇ、魔王様。お祝いですから、紅葉色の深煎り茶でも」くるんっ

ヒュン! ヒュンヒュンヒュン!!

魔王「え」 トスっ

勇者「狙撃っ!? どこだっ!?」
東の砦将「弓矢かっ、伏せろッ!!」

副官「なんて威力だっ」

メイド長「魔王様っ!? 魔王様っっ!!!」

魔王「あ。……ん。……ゆう、しゃ」
勇者「魔王っ!!!!!」
755 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 12:21:22.12 ID:0Bi87sEP

――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、魔王の天幕

バサッ!!

火竜大公「魔王殿が倒れたというのは真実かっ!」

東の砦将「……」
鬼呼族の姫巫女「そうだ」

火竜大公「何が起きたというのだ。説明せんかっ!」

副官「あの会議の後、わたし達は魔王様の天幕へと
 短い距離を談笑しながら移動していました……。
 何者かが、無防備な魔王様を弓矢による狙撃で……」

火竜大公「魔王殿は、魔王殿は無事なのであろうなっ」

紋様の長「今は遅延の紋様を施した奥の部屋にて」

火竜大公「遅延……とは?」
紋様の長「毒をお受けです。その効果をゆるめるために」

東の砦将「弓矢は、肺を貫いた。どうあっても相当な重傷だ。
 いや、本来即死でもおかしくはねぇ。
 それを黒騎士が尽きっきりで食い止めようとしている」

副官「……」

紋様の長「紋様の唱え師と鬼呼族の癒し手に
 祈呪をさせてはいますが、あまりにも傷が深すぎ
 毒性も強すぎる……」
756 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 12:22:48.45 ID:0Bi87sEP

鬼呼族の姫巫女「なにゆえ……」

火竜大公「どこの誰がやったのだっ。
 このような時に、このような場所で。
 かつて忽鄰塔において魔王が討たれたことなど一度たりとて無いっ」

東の砦将「……っ」

鬼呼族の姫巫女「このようなやり方で魔王を討ってなんとする。
 そのような卑劣なやり口、
 我らが魔族において受け入れられると思うているのか。
 ――痴れ者がっ。
 卑劣な暗殺などで意を通そうとしても八大、
 いや九大氏族ことごとく背くことがなぜ判らぬ」

紋様の長「人間、ですか……」

副官「何を仰るんですっ!?」

紋様の長「このような方法で魔王を討ったとしても
 それは汚名になりこそすれ、武名とはなりません。
 魔族においてそれは判りきったこと。
 我ら族長を動かすことなど……。
 であれば、魔王を討つための人間の刺客を疑うのは必然」

火竜大公「……いや、さように考える我らたればこそ。
 ことさらに魔族かも知れぬ。
 討っ手が露見さえせねば汚名もまたかぶる必要がない。
 “障害が取り除かれた”。
 その一事を持ってよしと考える輩かも知れぬ」

鬼呼族の姫巫女「今は祈るしかないのか……」
757 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 12:24:04.91 ID:0Bi87sEP

ぱさり……

勇者「……」
火竜大公「黒騎士殿っ」
鬼呼族の姫巫女「魔王殿の様態はどうなのだ!?」

勇者「……一両日が峠だ」

東の砦将「っ!」

鬼呼族の姫巫女「何かいりようなものはないか?
 氷か? 薬草か? いま本拠に最高の癒し手を
 呼びに行かせておる」

勇者「……いや、お二方には世話になった。
 望める限りの援助の手をさしのべて貰って、感謝の言葉もない。
 いまはメイド長がついているが……。
 奥には入らないでくれ。
 ――壊死が、ひどい」

副官「そんな……」

勇者「……魔王が倒れたら、次の魔王の選出はどうなる?」

火竜大公「今はそれどころでは」

勇者「教えてくれ」

紋様の長「……星が魔王の候補者を選びます。
 候補者は身体のどこかに刻印が現われる。
 刻印がくっきりと大きいほどに魔王になる素質が高いと
 一般には言われています。
 事実、歴代の魔王は濃い刻印を持っている」
758 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 12:25:40.85 ID:0Bi87sEP

鬼呼族の姫巫女「刻印を持つ者は多くの場合複数現われる。
 と云っても、二人から三人だが。
 現魔王が即位した時は、例外的に刻印を持つ者が多かった。
 あのときは確か……」

紋様の長「六人でした」

鬼呼族の姫巫女「刻印を持つ者が一人であれば、その者が魔王だ。
 複数であれば、魔王を決めるための継承候補者戦を行う。
 魔王本人、もしくは従者を代理に立てての勝ち抜き試合だ。
 この勝者を持って魔王とする」

勇者「……そうか」

ざっざっざっ

火竜大公「どこへ行く、黒騎士殿っ」
東の砦将「おいっ!」

勇者「魔王の意に沿いに行く」

火竜大公「何を!? どこへじゃ」

勇者「……戦いを止めるには時を移す訳にはいかない。
 魔王の命を燃やす時は黄金の一粒より貴重だ」

副官「そんな……」

鬼呼族の姫巫女「黒騎士殿」
紋様の長 ざっ

鬼呼族の姫巫女「鬼呼族の長としてわたしはここに留まろう。
 結果をうけあえぬは断腸の想いなれど癒しの祈り手と共に
 最善を尽くしましょう」

勇者「感謝する」

ばさっ!
759 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 12:26:33.82 ID:0Bi87sEP

――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、天幕の街

ひゅん、しゅばっ!
 たったったったっ、たったったったっ。

勇者「夢魔鶫っ」
夢魔鶫「御身の側に」

勇者「足跡は?」
夢魔鶫「申し訳ありません、たどれませんでした」

勇者「位置の把握は出来たか」
夢魔鶫「北東の丘の一つです」

勇者「案内しろっ。“加速呪”っ」

ひゅん、しゅばっ!

――。 ――――。

夢魔鶫「こちらです」
勇者「……ここから狙撃したのか」

妖精女王「黒騎士様」

勇者「こちらにいたのか」

妖精女王「はい。妖精族は氏族をもって都市を封鎖しています。
 もっともわたしたちの戦力では、封鎖と云うよりも
 監視に過ぎませんが……」

勇者「それで良い」
760 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 12:27:26.96 ID:0Bi87sEP

妖精女王「魔王様は……?」
勇者「危険だ」

妖精女王「……」

勇者「そのまま監視を続けてくれ。変事があれば報告を頼む」

夢魔鶫「主上」
勇者「どうした?」

夢魔鶫「逃走経路を探索した結果、複数の形跡を発見。
 おそらく犯人は、数人から十人程度の組織で行動中です。
 互いに移動の痕跡を消しあいながら移動している様子」

妖精女王「集団なのですね」

勇者「そいつには聞きたいことがある、色々とな」
妖精女王「はい」

夢魔鶫「主上、おかしな痕跡を発見しました」
勇者「……なんだ」

妖精女王「何もないではありませんか」
勇者「これは……戦闘か?」

夢魔鶫「判りません」
妖精女王「妖精族の魔力でも、何かあったかどうか
 かろうじて感じることが出来る程度ですが……」

勇者「“影の中の一矢”。……爺さんか」
770 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 13:08:29.97 ID:0Bi87sEP

――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、天幕の街外縁

羽妖精「イタ?」
羽妖精「イナイー」

羽妖精「ミタ?」
羽妖精「ミナイー」

羽妖精「デモ」

羽妖精「デモ」

羽妖精「ナンカ、キタ」
羽妖精「兵隊ダヨ、兵隊ガイルヨ」

羽妖精「息ヲ潜メテイルヨ」
羽妖精「隠レテイルヨ」

羽妖精「ゴ注進ダ−!」
羽妖精「女王様ニゴ注進ダ−!」

羽妖精「黒騎士様ト魔王様ガ危ナイヨ」
羽妖精「危険ダヨー!」

羽妖精「ゴ注進ダ−!」
羽妖精「女王様ニゴ注進ダ−!」

羽妖精「谷間ニハ兵隊ガ潜ンデイルンダッテ!」
771 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 13:10:26.07 ID:0Bi87sEP

――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、蒼魔族の天幕

蒼魔王「黒旗がたなびいたか」

蒼魔武官「どうやら魔王の命脈は尽きたようですな」

蒼魔王「ふっ。あのような惰弱な魔王、
 どうあってもその命の炎は揺らめいていたのだ。
 我らが提案に乗り引退しておれば命ながらえたものを。
 しょせん、女に戦は出来ぬ」

蒼魔武官「真にその通りで」

ざっざっざっ

蒼魔上級将軍「王よ」ざっ

蒼魔王「おお。上級将軍、よくぞまいったな。
 魔王は死んだぞ。……どこの誰だかは判らんが
 まったく見事なタイミングの事件よな」
蒼魔武官「将軍、お早いおつきで」

蒼魔王「して、王子は?」

刻印の蒼魔王子「父上。僕も一緒ですよ」

蒼魔王「おお! 健勝であったか?
 我が息子にして世継ぎの皇子よ!」

刻印の蒼魔王子「はははっ。おかげさまでね」

蒼魔上級将軍「刻印の確認、済ませてございます」

蒼魔王「していかに?」
刻印の蒼魔王子「ふっ。この両目こそがその証」キィンッ
772 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 13:11:56.60 ID:0Bi87sEP

蒼魔上級将軍「二つの瞳に表れた刻印、これこそ魔王の証。
 しかもその強さたるや、歴代屈指かと」

紋章官「……蒼魔王子に称えあれ。ひゅっ」

蒼魔王「慶事である。わが治世もここに完結を見たか。
 刻印の王子を得た年に、魔王が死ぬ。
 これも魔界の神が蒼魔の一族を嘉したもうあかし!」

刻印の蒼魔王子「何時までも王子じゃ格好もつかないさ」

蒼魔王「……どういうことだ?」

刻印の蒼魔王子「将軍、頼むよ」
蒼魔上級将軍「はっ。御身がために」

紋章官「……」ニタニタ

蒼魔王「なっ! なにをっ!?」

蒼魔上級将軍「相馬族の繁栄のため、心安んじられよ、陛下」

蒼魔王「なっ! な、なっ! 貴様ぁっ!?」

ザッシュ!!
 ――ゴトン。

刻印の蒼魔王子「ふん」
蒼魔上級将軍「終わりましたな。刻印王よ」

刻印の蒼魔王子「刻印王か……。
 悪くはないが、別の称号が待っている」

蒼魔上級将軍「さようでございます、我が主よ」

刻印の蒼魔王子「魔王はこの僕が継ごう。
 ふっふっふっふ。はぁーっはっはっはっはっは!!」
776 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 13:30:45.41 ID:0Bi87sEP

――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、忽鄰塔の大天幕

蒼魔上級将軍「さて、お集まり頂いたのは他でもない。
 不幸な事件により魔王殿が身罷られたのは
 我らにとって大きな傷手。
 この窮地を脱するために、
 氏族の長の知恵を借りねばならぬかと思い、お招きした次第」

碧鋼大将「……」ぎろっ

火竜大公「お前は誰だ。それに蒼魔王はどこにいるのだ」

蒼魔上級将軍「これは失礼をした、
 わたしは蒼魔一族の兵を束ねる上級将軍。
 蒼魔一族はこのほど新しい族長を迎えた。
 今回のお招きは、新しい族長の紹介もかねていると
 思っていただければ、これ幸い」

鬼呼族の姫巫女「新しい、族長じゃと?」

蒼魔の刻印王「この僕だ。蒼魔王の世継ぎの長子に当たる。
 蒼魔王は昨晩、急な発作で世を去った。
 僕は父からの後継指名を受けて王として学ぶべきを
 学んできた身だ。この継承は蒼魔一族の支持も受けている。
 ――以後、お見知りおき願おう」

銀虎公「……そうかい。血の匂いがしねぇでもないが」
巨人伯「一族の……きめごと……」

火竜大公「ふっ、そうだな」

鬼呼族の姫巫女「氏族の内側には干渉しないのが我らが習い。
 それが蒼魔族の下した決断ならばしかたなかろう」
777 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 13:32:01.62 ID:0Bi87sEP

紋様の長「だが“魔王亡き後の”とは?」

蒼魔の刻印王「魔王殿が身罷られたことは
 諸卿らもご存じのことと思うが、その後の対応策についてだ」

銀虎公「対応策も何も……」

鬼呼族の姫巫女「次期魔王決定については
 星回りが決めることであろう」

蒼魔の刻印王「しかし、その時期が問題だ。
 わが蒼魔族がかねてから再三主張してきたように、
 今われらが魔界は人間界との戦時下にある。
 停戦とも交戦とも結論が出ぬままに
 魔王だけがこの世を去った。
 次期魔王を得ぬままに時を浪費しては、
 これは魔界の存亡に関わる」

勇者「……」

紋様の長「そう言われれば、そうではありますね」
碧鋼大将「では、どうせよと若長はいうのだ?」

火竜大公「魔王不在で忽鄰塔を続行すると?」

蒼魔の刻印王「それが必要であれば」

銀虎公「この九名で物事を決しようというのかい」

蒼魔の刻印王「ひとつ諸卿に報告すべき事がある。
 それは僕のこの両目に、刻印があると云うことだ」
778 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 13:33:41.64 ID:0Bi87sEP

碧鋼大将「両目……に!?」
鬼呼族の姫巫女「まさか……」

妖精女王「かつて“魔眼”と恐れられた魔王でさえ、
 刻印は右目のみだったと云うのに」

東の砦長「どういうこったい?」

蒼魔の刻印王「そうだ。僕はほぼ確実に、次の魔王だ。
 いや、現魔王が死んでいる今、
 ほぼ魔王であると云ってもおかしくはない。
 蒼魔族が確認している限り、現時点で他の候補者は、
 存在しない」

銀虎公「そうなのか!?」
碧鋼大将「そのようなことが……」

勇者「……っ」

紋様の長「考えてみれば、先代の六人は多い候補者でした」

蒼魔の刻印王「ふふふふっ。
 そのような影響が、今代で出たのかも知れないな」

巨人伯「魔王……決まった……か……」

火竜大公(蒼魔族め……。何が魔族のためだ。
 魔王廃位とはこのような心算あっての。
 ……いわば保証付きの要求だったか)

鬼呼族の姫巫女「だが、しかし現在は候補者だ」
妖精女王「ええ、そうです。けして魔王ではない」
779 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 13:35:30.99 ID:0Bi87sEP

蒼魔の刻印王「それは判っている。僕とて若輩の身。
 諸卿らに支持して頂くまでは、
 努々、魔王であるなどとは思い上がるまい」

碧鋼大将「ふむ」

巨人伯「では……どうしたい……」

蒼魔の刻印王「蒼魔族の長として、魔王の候補者として、
 諸卿らに云いたいのは以下のようなことだ。
 まず第一に今は非常事態であり、
 魔王の空位は望ましくはないと云うこと」

銀虎公「それはそうだろうな」

蒼魔の刻印王「第二に前魔王の葬儀を行うべきだと云うこと。
 と、同時に魔王殺害の犯人も探させなくてはならぬ。
 この責任者を決める必要があるであろう」

火竜大公「ふむ、もっともな話ではあるな」

蒼魔の刻印王「蒼魔族としては、この暗殺事件の犯人は
 人間だと考える」

東の砦長「憶測だっ!」だんっ!

蒼魔の刻印王「もちろん現時点では何の証拠もない。
 魔族が犯人である可能性も十分に考慮に入れつつ
 犯人を捜さねばならないだろう。
 だが少なくとも、これは魔族の内部分裂を誘う卑劣な
 やり口であることには違いない。
 この犯人は厳しく追跡し、捕らえなければならぬ」

碧鋼大将「人間か……」
銀虎公「奴らのやりそうな事だ。はんっ!」
780 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 13:37:35.10 ID:0Bi87sEP

蒼魔の刻印王「第三に、僕はいつまで待てばよいのか?
 と云うことだ。第一にも云ったように今は時間が惜しい。
 確かに星によって刻印が押される者が今後出るかも
 知れないが、継承候補者戦の時期を決めるのは
 八大氏族、いまや九大氏族となったか。
 その族長の持ち回りであったはず。
 その決定をお願いしたい」

鬼呼族の姫巫女「次は、どの氏族が主催を行う予定だったか?」

妖精女王「先代はわたし達でした」

紋様の長「で、あるなら、我ら人魔か」

蒼魔の刻印王「どうか決定を下して頂きたい」

碧鋼大将「……」
火竜大公「……ぐぐっ」

鬼呼族の姫巫女「如何にする?」

紋様の長「……」

蒼魔上級将軍「紋様の長。ご裁可を」

紋様の長「……今は危急の時であると。
 その言葉はわかります。
 またいたずらに長引かせれば魔族全体の和が乱れるでしょうね。
 わたし達には今すぐにでも新しい魔王が必要です。

   どれだけの時が必要か。
 これは難しい問題ですが……。
 時をおく危険の方が大きいでしょう。

   明朝。――明朝をもって継承候補者戦を行います。
 その時までに刻印を持つ継承候補者が他に名乗り出ない場合、
 魔王として、蒼魔の新王を頂くことになります」
781 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 13:39:05.22 ID:0Bi87sEP

蒼魔の刻印王「……黒騎士殿」

勇者「……何用か?」

蒼魔の刻印王「御身は魔王の片腕。
 その身体をつつむ漆黒の鎧兜は、
 かつて剣の魔王と呼ばれた覇王を包んでいたもの」

勇者「……」
東の砦長「黒騎士……」

蒼魔の刻印王「魔王殿が身罷られたことには
 深い哀悼の念を覚えるが、御身はわれらが魔界最強の騎士。
 悪逆なる人間の侵攻に立ちはだかる最後の砦。
 なにとぞご自愛くださり、
 我と共にこの魔界の柱石となることを願う」

蒼魔上級将軍「我が君と当代無双の誉れ高い黒騎士殿!
 これで魔族の軍は世に並び立つことのない
 最強のものとなりましょうなっ!
 ふはーっはっはっはっは」

巨人伯「……」
火竜大公「はしゃぐな、若造が」

蒼魔の刻印王「これは我が族のものが失礼をいたしました。
 申し訳ございませぬ、ご老公どの……」

火竜大公「ふんっ」ばふっ

鬼呼族の姫巫女「このままでは……。また戦火が」
妖精女王「戦になってしまうのですか……」
810 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 14:56:48.06 ID:0Bi87sEP

――地下世界(魔界)、天幕で作られた街
――明朝。

銀虎公「日が昇るな」
巨人伯「朝……だ……」

火竜大公「ふんっ」

妖精女王「誰も、来ませんね」
鬼呼族の姫巫女「この期間では難しいだろう」
蒼魔の刻印王「……」

  東の砦将「黒騎士、そんなもの。脱いじまえ」
  副官「そうですよ」

  勇者「こんなもんでも、魔王に貰ったもんでな」

蒼魔上級将軍「今朝の太陽も、碧の美しい輝きだな」
銀虎公「誕生の朝か」

碧鋼大将「……刻限だ」

紋様の長「良いでしょう。仕方ありませぬ。
 蒼魔の新王よ、前に。」

蒼魔の刻印王 ざっ
811 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 14:58:00.13 ID:0Bi87sEP

東の砦将「……」ぎりっ

紋様の長「我、紋様の長は忽鄰塔九大氏族の族長として
 そなたを最終候補者としてみとめる。

 正式に魔王と名乗るは、魔王城、最下層、冥府殿にて
 潔斎の四日を過ごしてからとなろうが、
 そなたはこれより魔王として生きる覚悟有りや?」

蒼魔の刻印王「無論」

紋様の長「魔王の継承者として、その力を引き継ぐや?」
蒼魔の刻印王「謹んで」

紋様の長「では、魔王の略王冠を……」

蒼魔の刻印王「しばらく。紋様の長よ」
紋様の長「なにか?」

蒼魔の刻印王「これより我が右腕として、
 この魔界全てを統べることのなる黒騎士に、
 是非その栄誉をおわけ願いたい」

紋様の長「よかろう。では黒騎士よ」

勇者「……」

紋様の長「黒騎士よ、一歩前に進み、
 この略王冠を新生魔王の額に乗せるよう」
813 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 15:04:43.13 ID:0Bi87sEP

東の砦将「黒騎士……」
副官「黒騎士様……」

妖精女王「黒騎士様……」じぃっ

勇者「……」ざっ

蒼魔の刻印王「我が片腕よ。長征の将軍よ。
 魔界最高の騎士にして常勝無敗の黒き死の使いよ。
 我が代の片腕としてそなたを迎えることを嬉しく思う。
 そのことだけでも先代には感謝の気持ちを抑えられぬな。

   この魔界に繁栄をもたらすために、その剣を
 魔王に捧げ、魔王の命により為すべきを為せ」

勇者「御命了承つかまつった。
 我が神聖なる所有の契約により
 我が身命は永世に魔王のもの。
 我が剣は魔王の敵を貫くものなり」

蒼魔の刻印王「……所有?」

東の砦将「黒騎士っ!!」

蒼魔上級将軍「新生魔王に祝福あれ!!」

 うわぁぁぁ!! ばんざい! 魔王ばんざーい!!

蒼魔の将校「魔王ばんざい!!」
蒼魔の侍従「新魔王、蒼魔の魔王万歳っ!!」
紋章官「ヘヒヒッ。ふしゅ。ばんざい! ばんざい!」

――黒点は伊達ではないのですぞ。

ヒュ………………ッ!!!!

シュカッ!
814 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 15:06:12.33 ID:0Bi87sEP

紋章官/暗殺者「ふしゅーへっひっは……。ごぶっ。
 く、くるじ……脚が、脚がぁ……。ふしゅっ、ふしゅぅ」

執事「静かにわめきなさい。みっともない」

ザシュ!

紋章官/暗殺者「ひげっ! ひぎぃぃ!! ふしゅるしゅる。
 な、なにを、なにをする、じ、爺ぃいしゅ」

蒼魔の刻印王「何者だっ!」
蒼魔上級将軍「我らが家臣に何の狼藉を働くっ!!」

執事「だまらっしゃい!
 儀礼の最中に取り乱すなど王族ともあろう者がはしたない
 若でさえもうちょっとお上品でしたぞ」

東の砦将「あ、あ……あの方は。昔戦場で見たことがあるっ」

勇者「爺さん、遅いぞ。遅すぎだぞ」

執事「にょっほっほっほ。お待たせして申し訳ありません」

火竜大公「何が起きているのだ」

執事「にょっほっほ。これを持っていると確信できる、
 そのチャンスを伺っていたのですよ。
 ほれ……。こいつの懐に」

ごそごそっ

紋章官/暗殺者「それはっ! へぶしゅるしゅるっ!
 その瓶はやめろぉ!!」
815 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 15:07:14.87 ID:0Bi87sEP

銀虎公「瓶……!?」

執事「壊死の毒ですよ。
 ……この毒のせいで、追っ手に差し向けた
 わたしの可愛い部下が五人もやられてしまった。
 恐ろしい毒です。
 既知の解毒方法では効果も望めない」

碧鋼大将「毒……まさか……」
巨人伯「暗殺……?」

蒼魔上級将軍「〜っ!!」

東の砦将「おう。なんで、魔王を殺したのと同じ毒使いが
 蒼魔の陣中にいるってんだ? え?」

紋章官/暗殺者「離せしゅるっ! 離すのだ、じぃ!」

紋様の長「それについてはじっくりとこの暗殺者に問う
 必要があるでしょうな……」

紋章官/暗殺者「貴様、爺っ! 俺を足蹴にっ!」 がばっ!

ザシュッ!!

紋章官/暗殺者「カハっ! あ、そ、そんな……。
 ふしゅ、しゅる……しゅ……しゅ……」

蒼魔の刻印王「危ないところでしたな、ご老人」ちゃきん

東の砦将「貴様っ! 大事な手がかりをっ!
 口封じのつもりか、蒼魔族のやり方はそうなのかっ!?」
817 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 15:08:09.14 ID:0Bi87sEP

蒼魔の刻印王「とんでもない、これはご老人を助けようと
 しただけにすぎません」にこり

蒼魔上級将軍「ふっふっふっ」

東の砦将「そのような言い訳が通ると思っているのかっ!」
副官「重大な疑惑行為ですよっ!」

紋様の長「蒼魔の王よっ!
 自らの口で、容疑者を捕縛し
 詮議しなければならぬと云ったそばから、
 重大な手がかりを握っているに違いないその者を
 殺すとはいったい何事ですかっ!?」

銀虎公「そうだ、信義に悖るにもほどがあるぞっ!」

蒼魔の刻印王「ふっ」

こつんっ――ばさっ……

碧鋼大将「こ、これは……。仮面……?」
巨人伯「この、おどご……」

火竜大公「この暗殺者は……。蛇蠱族だったのか……」

副官「蛇蠱族……?」

銀虎公「そんな……。獣人の一族だと……?
 ……ちがうっ!
 俺たちは違うっ! 確かに俺たちは力を発揮するための
 戦場を望んでいたが、暗殺なんぞ力を貸したりはしないっ!
 違うんだ、俺たちはこんな事はしないっ!!」

蒼魔上級将軍「誰が信じる、そのようなことっ」
819 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 15:09:23.38 ID:0Bi87sEP

碧鋼大将「それを言うならば、蒼魔族とて同じであろう!」

火竜大公「そうだ、その蛇蠱族を紋章官として
 雇い入れていた蒼魔族も疑念を避けることは叶わぬっ!」

蒼魔の刻印王「何か勘違いをなさっているようですね」

鬼呼族の姫巫女「何っ!?」

蒼魔の刻印王「言い訳? 疑惑? ふふふっ」

副官 ぞくっ

蒼魔の刻印王「僕はね、魔王なんですよ?
 言い訳などする必要はない。
 疑念を晴らす必要などさらにない。

   それが魔王。
 唯一にして絶対。
 至高にして無二。
 魔界の全てを統べる者。

   今さらそのようなご託を聞く耳はありません」

紋様の長「だが魔王は忽鄰塔において、
 氏族の長の半数を持って廃位出来るっ!
 このような状況下で魔王を続けられるわけがない!」

蒼魔の刻印王「僕は忽鄰塔の終了をここに宣言する。
 そして、再び忽鄰塔の招集を出来るのは魔王だけだ」

碧鋼大将「っ!!」
妖精女王「そんなっ」
824 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 15:12:54.86 ID:0Bi87sEP

蒼魔の刻印王「宣言しますが、僕は二度と忽鄰塔など
 開催しませんよ。
 こんな会議は自分の意志を押し通す実力のない、
 三流の魔王が頼る弱者の藁に過ぎない。
 覇道を進む魔王は、絶対の支配者。
 僕は、あの腐った女とは違う。

   魔界の秩序とは我が身、この魔王のこと。
 全ての法を越えた支配者が魔王っ。
 判っていないのはあなたたちのほうだっ!

   ふっ。これで詰み。……お仕舞いですよ、諸卿」

ざっ

「そのような考え方をこそ改めたかったんだがな」

蒼魔上級将軍「誰だっ」

魔王「誰だとは挨拶だな……。ごほっ」

メイド長「まおー様、ご無理は」
女騎士「まだ法術が不十分なんだ。戻ろう」

魔王「必要があるんだ、目をつぶってくれ」

火竜大公「魔王……どの……」
東の砦将「魔王さんよっぅ!!」

妖精女王「魔王さまぁっ!!」
827 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 15:14:15.82 ID:0Bi87sEP

蒼魔上級将軍「何故っ!! 何故貴様が生きているっ!」

魔王「ここで一度云っておく。
 魔王の身でこんな事をいうのもなんだが
 そもそもこの魔王というシステム自体が過渡期的性質を
 持っているのだ。
 たった一人の絶対者によって、その権威と武力と調整力によって、
 氏族間の意見の相違やバランスの欠如を
 全て吸収させようだなどという考えそのものが前時代きわまる。

   良いか? 忠義だなどと云えば聞こえはよいかも知れないが
 その内とちくるった魔王が出てきて、積み上げたものを
 全て根こそぎおじゃんにするのが世のおちだ」

執事「学士殿……」

魔王「済まなかったな。疑った」
執事「しかし、信じてくださった」

魔王「勇者が真剣にいうからな。
 “あの爺はD以上は絶対に殺さないんだ”って。
 それに、毒を使うのは流儀に反するのであろう?」

執事「わたしは紳士で通っていますからね。にょほっほっほ」

勇者「――と、云うわけだ“候補止まり”くん。
 俺の剣は魔王のもの。俺の剣は魔王の示したものを貫く刃」

蒼魔の刻印王「黒騎士、貴様ッ!!」

魔王「勇者っ!」
勇者「あいよぉっ!」

魔王「蒼魔の王を捉えよ! 出来れば生かしたまま。
 だが手向かいするならそれはそれで構わんっ!」
830 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 15:17:01.32 ID:0Bi87sEP

蒼魔の刻印王「はぁ!! まだ終わらんっ!!」

 ガギィィン!!!

勇者「っ!?」

女騎士「な、なんだ。あの異常な魔力はっ!?」
メイド長「あれは冥府殿の負の気っ!」

 ヒュバンッ!

蒼魔の刻印王「はぁっ! せやっ! せぃやぁぁ!!」

勇者「こいつっ。桁外れだっ」
 ギン! ギキン! ガギン!!

勇者「“加速呪”っ! “雷剣呪”っ! “被甲呪”っ!」
蒼魔の刻印王「“飛脚術”っ! “火炎鳴動術”っ!!!」

 ギンッ!! ガッギギギギ!!

東の砦将「な、なんて奴らだっ!」
副官「銀光しかっ、見えないっ!?」

魔王「勇者っ!」

蒼魔上級将軍「いまだ! 黒騎士は我が君が押さえる。
 今のうちに魔王を討ち取れっ! 魔王は軟弱だ!
 ましてや今は毒で弱っている、どの将兵にでも討ち取れるぞ!!」

勇者「なっ! ちょ。まて、それはたんまっ!」
蒼魔の刻印王「死にたいのか、貴様っ!」

 ヒュギンッ!!

勇者「まずいっ。こいつ……戦力だけで云えば真魔王かっ」
831 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 15:18:52.62 ID:0Bi87sEP

蒼魔上級将軍「行けぇ!!」

蒼魔騎兵「はいやっ!」「どうっ!」「突撃ぃぃぃ!!」

東の砦将「騎兵だって!? おい副官っ!」
副官「はっ!」

東の砦将「族長をまとめろ、天幕は役に立たない。
 蹴倒して足跡の防塁を造れっ!」

碧鋼大将「どこにこれだけの兵をっ!?」
銀虎公「うぉぉぉ!! やられる訳にはいかぬぅ!」ズダーン!!

  勇者「夢魔鶫っ! 行って魔王を護れっ!」
  蒼魔の刻印王「死人鴉っ! 行かせるな!!」
   ギン! ギキン! ガギン!!

巨人伯「おおん……魔王……まもる……」

魔王「このような身体が。……けふっ。げふっ。」
メイド長「まおー様!」
女騎士「寄るなっ! 寄らば斬るぞっ!!」

蒼魔上級将軍「弓兵隊っ! 構えぇぇぇーい!!」
蒼魔弓兵隊 ざしゃっ

東の砦将「ありゃまずいっ!」

メイド長「っ!?」

蒼魔上級将軍「近づくなっ! 矢の数で攻めよっ!
 一斉射撃準備っ! 撃てぇぇーい!」
832 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 15:19:55.28 ID:0Bi87sEP

ヒュ………………ッ!!!!

蒼魔弓兵隊「え?」

 ッカ

蒼魔弓兵隊「なんだ」

 ッカ

蒼魔弓兵隊「なんで、おまえ。……弓を捨てて」

 ッカ

蒼魔弓兵隊「首がっ! あいつの首がっ!?」

 ッカ

蒼魔弓兵隊「どこだっ!? 何をされてるんだっ!?」

 ッカ

蒼魔弓兵隊「見えないっ。俺の目がっ。目がぁ!!」

 ッカ

蒼魔弓兵隊「うわぁぁぁああああ!!」

 ッカ

執事「ふむ。二流の下というところですな」
835 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 15:21:48.25 ID:0Bi87sEP

東の砦将「あの爺さん、何やったんだ。あれは何なんだっ」
女騎士「射撃で倒したんだろう」

東の砦将「だって爺さん、何も持ってなかったじゃないかっ!」
女騎士「あの爺さんが何か持ってるところなんて見たことが無い」

東の砦将「あの爺さんは伝説の“弓兵”じゃないのかっ!?」
女騎士「そうだよ。でも、見たことはない」

東の砦将「なんで“弓兵”なんだよっ」
女騎士「相手は矢に刺されたように死ぬからだ」

  勇者「行けぇ!! “上級雷撃呪”っ!」
  蒼魔の刻印王「はじけっ! “凍結壁術”っ!」
   ドッシャァァーーン! ビリビリビリッ!

蒼魔騎兵「いまぞ! 魔王を討ち取れっ!」
蒼魔騎兵「蒼魔に魔王を取り戻せっ!!」

 ダカダッダカダッダカダッ

女騎士「っ! まずいっ。こっちは二日近く解毒に回復に、
 もう体力も法力も限界なのに。数で押されるとは……」

メイド長「わたしが行きます」

魔王「だめだ……けふっ。お前だって」

蒼魔騎兵「我に続け! 魔王を討つぞっ!!」

 ダカダッダカダッダカダッ

火竜大公「こわっぱどもがっ! 黙りんしゃいっ!!」
  ゴオオオオッッゥッツ!!
836 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 15:24:27.51 ID:0Bi87sEP

蒼魔の刻印王「はぁっ! はぁっ……。
 黒騎士よ、ここまでやるとは思わなかったぞ」

勇者「はっ……。はっ……。
 それはこっちの台詞だ、“候補止まり”くん」

蒼魔の刻印王「だがここまでだ。受けてみろ!!
 魔力充装っ“超高域炎撃死滅術式”っ!!」

メイド長「っ!?」

勇者「っ! 間に合えっ! 魔力結晶っ!
 “超高域雷撃結界呪文”っ!!」

ヒュダァァアン! ガキィィィィン!!

東の砦将「空がっ! 燃えあがる!?」

魔王「勇者っ!」
蒼魔上級将軍「わが君っ!!」

ゴゴオオオン!!

勇者「……はぁっ。はぁっ」
蒼魔の刻印王「……はぁっ、はぁっ。くっ」

執事「勇者。このままでは、学士殿がっ!」
蒼魔の刻印王「わが君、ここはっ」

蒼魔の刻印王「……兵を引かせよっ! 退却だっ!!」
勇者「……」ぎろっ

蒼魔の刻印王「……ふっ。命拾いをしたな」
勇者「魔王は守った。俺の勝ちだ」

蒼魔の刻印王「これは新たな戦乱の始まりに過ぎぬわっ。
 ふはーっはっはっはっは!!」
905 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 20:12:33.25 ID:0Bi87sEP

――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、忽鄰塔の大天幕
――その夜

鬼呼族の姫巫女「それで、魔王殿の様態はいかがなのだ?」

紋様の長「それが心配だ」

勇者「一命は取り留めるだろうが、二週間は絶対安静だ。
 その後も数ヶ月は不自由だろうな」

銀虎公「そうであったか……」

碧鋼大将「蒼魔族は?」

妖精女王「蒼魔族はどうやら付近に相当数の軍勢を
 伏せていたようです。そちらと合流して、領土へと
 帰還する進路を取っています」

東の砦将「……」

紋様の長「戦か」

碧鋼大将「蒼魔族の大会議に対する裏切りは明白だ」
巨人伯「……裏切り……よくない」

鬼呼族の姫巫女「きゃつらとの決着をつけるべき時が来たか」

勇者「現在魔王は病臥中だ。
 その判断はいま少し待つべきかと思う。
 今回の忽鄰塔にあたって、
 蒼魔族は独自の予定や策謀を持って動いていたという印象を受けた」
906 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 20:14:00.91 ID:0Bi87sEP

火竜大公「それについては同感じゃな」ぼうっ

勇者「で、あれば現在の逃走も何らかの策謀である
 可能性も否定できないだろう」

紋様の長「暗殺者についても詮議をしませんとね」

銀虎公「獣人族は無関係だっ。信じてくれ」

碧鋼大将「今さらそのような申し開きを!」

(その商人は、たしかに蒼魔族の人と会ってました……
 えっと、背は副官さんくらいで……
 でも、横幅は、細くて、フードかぶっていて……
 なんか、その……呼吸音が、変で)

(漏れるような……蛇みたいな……)

東の砦将「いや、それについては、思い当たる節がないでもない」

火竜大公「なんだと?」

東の砦将「開門都市で“蛇のような呼吸音をさせる男”が
 ある捜査線上に浮かんだことがあってな」
副官「ありましたね。結局捕まえることは出来ませんでしたが」

紋様の長「それが今回の暗殺者だと? しかしだとしても
 銀虎公や獣人の一族が無関係という証拠にはなりません」

銀虎公「本当だ、信じてくれっ」

東の砦将「その捜査自体は四ヶ月もまえのことで、
 当時はその男は人間だと思われていた。
 確かに人間の商人として開門都市に入り込んだはずなんだ」
907 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 20:15:51.57 ID:0Bi87sEP

副官「砦将……。そのようなことを。人間に対する疑義を
 いたずらに煽ってしまいかねません」

東の砦将「いいや。腹ぁ割っといたほうがいい。
 俺たちゃどうあがいたって新参なんだ。
 知恵を借りた方が良い結果もでらぁ」

紋様の長「……」

勇者「そうだよな……。うん。この兜ももういいだろう」
がちゃり

銀虎公「人間っ!」
碧鋼大将「まさかっ!?」

巨人伯「……その風貌」

勇者「ああ、俺も出身は人間だ。
 今でも魔界に完全に定住しているとは言いがたい。
 火竜大公の言葉を借りたとしても“半魔族”だな」

火竜大公「ふっ。はははっ。なるほど」
鬼呼族の姫巫女「人間が何故魔王の鎧を着ることに?」

勇者「俺はかつて人間に『勇者』と呼ばれていた男だ」

東の砦将「……云っちまうのかよ」

紋様の長「なっ!? 勇者ですって!」
銀虎公「魔族の宿敵、最強の人間!」

鬼呼族の姫巫女「やはりあの戦いの中、魔王殿が
 叫んでいたあの言葉は聞き間違いではなかったのだな」

碧鋼大将「万機千刀の猛者、我が眷属千をたった一人で
 屠ったというあの勇者かっ」
908 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 20:18:42.21 ID:0Bi87sEP

勇者「そうだ。……すまなかったな。
 あれは戦争だった。綺麗事は言わない。
 多くの魔族が俺に恨みを持つのは当然だ。
 俺が倒した」

紋様の長「……っ」

銀虎公「あれほどの手練れ、どこの魔族が
 隠れ潜んでいたのかと思ったが……っ」

火竜大公「ふぅむ。ふぅむ。得心がいったぞ」

鬼呼族の姫巫女「その勇者がなにゆえ、黒き鎧を着る?
 その鎧はかつての旧き魔王が纏ったもの。
 魔王の許し無くば触れることも出来ない、魔界の宝の一つぞ」

勇者「魔王に口説かれてな」

妖精女王「口説く……?」

勇者「――三年前の秋、俺は魔王城に忍び込んだ。
 魔王を討つためだ。
 人間は魔族と激しい戦争を続けていて。
 その頃の俺は、魔族が人間にたいして宣戦布告をして
 人間を虐殺していたと思い込んでいてな」

紋様の長「それは違う。攻め入ってきたのは人間だっ」

勇者「今は判っている。しかし、あれは戦争だったんだ。
 そして戦争にはその種の思い込みや誤解も付きもの。
 少なくとも人間世界ではそのように事実は喧伝されていた。
 酷い言い方だが、どちらに原因があったかは
 少なくとも俺にとっては重要ではなかった。
 魔族が人間を殺していた。それで十分だった」
909 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 20:19:37.57 ID:0Bi87sEP

銀虎公「……」

勇者「ともかく、俺は魔王の城に忍び込んだ。
 罠は仕掛けてあったが、それまで多くいた魔族の衛兵や
 戦士は姿を見せなくなっていた。
 俺は仲間とも別れて、一人で奥へ奥へと魔王の城の中を
 進んでいった。

   そこで魔王と出会ったんだ」

碧鋼大将「魔王殿と」

勇者「自分を殺しに来たこの俺を魔王はたった一人で迎えたよ。
 皆にも云ったように魔王は弱い。
 あった瞬間に判ったよ。
 ああ、こいつ今まで出会った魔物よりも格段に弱いって。
 でも、あいつはたった一人で俺を待ち構え、
 たった一人で俺を迎撃した。必死で。

   剣を交える以外のことをしようとした。
 言葉をつくして、信念を、自分の全てを賭けた。

   今なら何となく判る。あいつがあのとき死んでいたら、
 魔界がどうなったかも。人間の世界がどうなっていたかもな」

鬼呼族の姫巫女「どうなる……とは?」

勇者「あいつの言葉に寄れば、
 二つの世界は互いの存在に依存している。
 互いに憎しみあい、争いながらも
 互いの存在がなければ成立しないんだ」
914 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 20:36:46.36 ID:0Bi87sEP

東の砦将「……」

勇者「人間世界には疫病と飢餓という問題があってな。
 ……こちらから見れば、人間の世界は鉄やら塩やらがあって
 豊かに見えるそうだが、実際暮らしている人間にとっては
 そうでもない。食料が足りなかったりしてな。
 人が飢えて死ぬ。それをまぁ、言葉は悪いが
 ごまかすために魔族との戦争を決意した節がある」

副官「そう言われれば、頷ける節もあります」

勇者「一方魔界は血みどろの乱世だった。
 俺が見た素直な感想を言えば、魔界には魔族が多すぎるんだ。
 その上で居住可能な豊かな土地と、そうでない荒野の差が
 激しすぎる。それが戦乱の本質的な原因じゃないか?
 魔族同士を結束させ、まがりなりにも未来を見つめさせるために
 人間との戦争は有用だった」

紋様の長「……」
銀虎公「それは……」

勇者「魔王はそれがイヤだったんだな。
 こればっかりは理屈じゃない。
 いや、理屈はどうとでもつけられるだろうさ。

 本質をごまかした戦争は消耗戦にならざるを得ない。
 それは文明都市族の全てを浪費する戦いでしかない。
 とか。
 じゃなければこのまま一進一退の攻防を繰り広げることは
 乱世よりも甚大な人的被害を魔界にもたらす。
 とかな」
915 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 20:38:19.42 ID:0Bi87sEP

勇者「でも、おそらく。そうじゃなかった。
 ただ魔王は、イヤだったんだろう。
 そんな非建設的なことをするのが。

   魔族は――それを言うならば人間もだが、
 とにかく自分たちが生まれてきた意味は、
 そんなつぶし合いではなくて
 もっと他にもあるんじゃないか、って。

   そう信じたかったんだろう」

勇者「だから人間の勇者である俺に云った。
 そんなことは止めよう。もっと別の結末を見に行こう。
 そう云ったんだ」

勇者「俺は勇者だ。そう呼ばれてきた。人間を救う英雄だと。
 そうおだてられて魔界へ攻め込んだただの殺し屋だったよ。
 でも、魔王は違う。
 魔王は真剣に考えてた。
 自分に出来るどんな手でも使って魔界を救おうと考えていた。
 魔王が……本当の勇者だよ」

妖精女王「魔王様が……そんな……ことを……」

東の砦将「……」
副官「……」

勇者「ああ、別にあいつは戦争も争いも否定した訳じゃないぜ?
 ただなんて云うのかな、いまの『これ』は
 あまりにも不自然だ。歪んでいる。どこにもたどり着かない。
 そんなことが云いたかったんだと、今の俺は思ってる。
 あいつはちょっと頭が良すぎて、
 云ってることの半分も
 俺には理解できないことが多いのだけれど。

   あいつの考える『豊か』とか『平和』ってのは
 決して争いのない楽園じゃないよ。
 ただ、争いが自らを滅ぼさず未来へ繋がるって事なんだと思う」
916 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 20:39:59.82 ID:0Bi87sEP

魔王「ええい。わたしがいないところで
 余計なことをべらべらとっ」
メイド長「……」ぎゅっ

紋様の長「魔王殿っ」
銀虎公「魔王っ」

魔王「何時までも寝てはいられない。……こふっ」
メイド長「まおー様っ」

碧鋼大将「気をお確かにっ!」

魔王「見ての通りのざまだ。……やはり戦闘の出来ない
 そのつけが回ってきてしまった。笑ってくれ」

火竜大公「いや、魔王殿」
鬼呼族の姫巫女「笑う者などいようはずもない」

魔王「すまないな。……体力が持たない、手身近に済ませるとする。
 わたしはこの通りのていたらくだ。わたしの意志は勇者が
 ここで喋ったと思うが、それは一事忘れてくれても良い」

勇者「……おまっ。せっかく俺がっ」

魔王「良い機会だ。魔界は魔族のふるさと。
 その長の肩には氏族の重みが乗る。
 そして長達の方々にのし掛るは全魔界の重みだ。

   わたしは魔王としての権威を一時、この会議に預ける」

紋様の長「なん……ですとっ!?」
917 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 20:41:52.53 ID:0Bi87sEP

魔王「云ったとおりだ。火竜大公」
火竜大公「はっ」

魔王「会議の議長をお願いしたい」
火竜大公「承った」

魔王「妖精女王」
妖精女王「はい」

魔王「九大氏族以外の、小氏族のことも気にかけてやってくれ」
妖精女王「はい」

魔王「小氏族の件は妖精女王を後見とし、黒騎士に一任する」
勇者「……わかったよ」

魔王「重大事については、過半数の賛成を持って決と
 するのが宜しかろう。ただし、万端に配慮し交渉を
 尽くして欲しい」

火竜大公「承りましたぞ」

魔王「二月、三月もあれば戻る」
銀虎公「魔王! 魔王殿っ!」

魔王「なにか? 銀虎公殿」

銀虎公「獣人族は今回の件には無関係だっ。
 我らは暗殺などと云う卑劣な攻撃によって
 武勲を得ようだなどと考えたことは一度もないっ。
 今回の件は間違いなのだっ。俺はよい。
 しかし、我が氏族に今回のような不名誉を与えないでくれ。
 この雪華山、銀虎公。切にお願い申し上げるっ」

がばっ!
918 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 20:43:50.64 ID:0Bi87sEP

魔王「銀虎公、手を挙げられよ」
メイド長「まおー様っ。傷に障られますっ」

銀虎公「魔王殿、どうかっ! どうか、切にっ。
 我ら獣人は戦の民。誇りの民っ。
 卑怯にも同胞を暗殺し、
 しかも謀略によってその事実さえもなかったことにして
 ただ勝利をむさぼろうとは
 我が民はそのような恥辱にまみれるくらいなら
 死を選ばざるを得ないっ。
 どうか我が一命を持って。
 我が民の、我が氏族の恥を注ぎたまえっ」

魔王「銀虎公。銀虎公と獣人の一族を疑ったことは一度もない」

銀虎公「っ!」

魔王「それよりも、わたし自身が氏族の長がたに詫びねばならぬ。
 偽りの死を持って長がたを謀った事についてだ。
 ゆえあってとはいえ、誇り高き、魔族の中に大きな勢を
 振るう長がたを騙し、偽るような仕儀となってしまった。

   すまなかった。
 あのときああせねば、今回の暗殺の犯人は誰なのか、
 そして犯人は判ったとしても
 その背後には誰が立っているのか
 それを知るすべはわたしには無かった。
 全ては賭けだった。長がたの助力無くば
 わたしの命はとうになかったものと思う……。

   全てはわたしが、長がたの信頼を得るために
 すべきことをしなかったため起きたこと。
 自身一人で全てを進めようと傲慢にも思っていたせいだ。
 ……すまなかった」
920 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 20:45:44.76 ID:0Bi87sEP

碧鋼大将「いや、魔王殿はその器をしめされた」
巨人伯「……もう……小さいとは、見えぬ……」

鬼呼族の姫巫女「我ら一同は魔王殿の帰りを待とう」

東の砦将「ここは任せて、身体をいたわってくれ」
妖精女王「何かあれば、至急お耳に入れましょう」

銀虎公「魔王殿。魔王殿よ。
 ……覚えておいてくれ。
 我と我が一族は魔王殿に大きな恩義をおった。
 戦場において、魔王殿の命を三度かばうまではこの恩義は消えぬ。
 我ら獣牙の一族は、魔王殿に従い
 常にその身命を護る盾となりましょう」

魔王「ありがたい……ことだ」ふらっ
メイド長「まおー様っ!」

碧鋼大将「限界だ、すぐに寝所に運ばれよ」

メイド長「はいっ」

鬼呼族の姫巫女「癒し手を差し向けよう」

ばさっ ザッザッザッ

東の砦将「書状を書く。副官、お前は開門都市へと戻れ。
 自治委員会への報告と、色々入り用なものもあるだろう」
副官「はっ!」

紋様の長「それにしても……。魔王殿不在の忽鄰塔とは」

火竜大公「さりとてこれは大きな課題を残されたものだ。
 我らも我ら自身の大地と民を護れと?
 魔王殿の仰ることもごもっとも。
 我らもその責を果たす季節がやってきたということ。
 この歳になって、負うた子に教わるとはっ。はははははっ」
927 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 21:03:32.41 ID:0Bi87sEP

――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、忽鄰塔の大天幕、上部

ひゅんっ!

執事「そういう事情でしたか」
勇者「聞こえていたんだろう?」

執事「あなたがわざと聞かせたのでしょう」

勇者「あの場面を聞き逃すなんて事、
 爺さんはするはずがないからな」

執事「にょっほっほっほ」

勇者「あーっ」とさっ
執事「どうされました?」

勇者「やっぱあれだよなー。俺って人間の裏切り者だよなっ?」 執事「はぁ……」

勇者「指名手配だよなっ!? うぉおおお」ごろごろっ
執事「さようですなぁ」

勇者「おまけに魔族の中では外様も良いところじゃね?」
執事「はい」

勇者「今は魔王の懐刀って云うか黒騎士だから
 見逃してもらえているけれど、そうじゃなくなったら
 ふるぼっこじゃね? っていうか、魔王だって勇者の
 俺とつるんでいたら最悪殺されちまうよなっ? なっ!?」

執事「そうなっても逃げるくらいなら造作もないでしょう?」

勇者「そーいう問題じゃないじゃん」がくりっ
929 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 21:05:15.09 ID:0Bi87sEP

執事「ふむ」

勇者「だってそんなことになったらもてないじゃん?」
執事「それは仕方ないでしょう」

勇者「これからが勝負の年齢なのにっ!!」
執事「そう思っている内にこの歳ですよ」

勇者「だって女の子にちやほやされないんだよ!?」
執事「わたくしだってされてませんぞ」

勇者「だって爺さんは目つきがいやらしいから」
執事「勇者にだけは言われたくありませんなっ!」

勇者「はぁ……」
執事「結構本気で落ち込んでいますか?」

勇者「まぁ……」
執事「なぜです?」

勇者「……」
執事「……」

勇者「いや。やっぱし、嫌われたくは、ねぇよ」
執事「さようですか」

勇者「魔族の味方だもんな。
 正直、爺さんに撃たれても文句は言えねぇよ」

執事「ふむ。好かれるために勇者をやっていたのですか」

勇者「それは違う。みんなを、世界を救いたかったからだ」

執事「では、そのままで良いではありませんか」
931 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 21:07:23.70 ID:0Bi87sEP

勇者「え?」

執事「勇者のままで。
 人の世界を救うために魔族を討っていた勇者のままで。
 だってそうでしょう?

   もうゲートはなくなった。
 魔界は地下世界だったのですから。
 二つの世界など最初から無かったですぞ。

   世界は一つしかない。
 いや、一つしかない故に世界と呼ぶのかも知れませんなぁ。
 勇者。違いますか?
 世界を救うのが、勇者の仕事なのでしょう」

勇者「――ああ。そうさっ。ったりまえだ」

執事「では、多少嫌われてもへこたれぬ事ですよ。
 大丈夫です。

 確かにわたし達はあまりにもちっぽけな存在で
 持って生まれた邪悪で残虐な性質と云うよりは、
 あまりにも盲いていて愚かなために
 時に自分が何をしているかも判らずに
 人を傷つけ害してしまいますが、
 それでも、そんなに救いようがないほど
 馬鹿なわけでもないと思うのですよ。
 いつか判ってくれる時も、人も、あるでしょう」

勇者「爺さん……」

執事「それに、素晴らしいこともあるでしょう」
勇者「なんかあったっけ?」
933 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 21:10:10.72 ID:0Bi87sEP

執事「揉んだのですか?」
勇者「へ?」

執事「揉んだのですか、あのふよんふよんの大質量を。
 心躍る魅惑の楕円回転運動体をっ!?
 小悪魔的に跳ね回る我が儘なたゆたゆおっぱいをっ!」

勇者「えーっと、ね?」

執事「勇者、ぱふぱふ道の教えをお忘れか? ひとつっ!」

勇者「“ボインはお父ちゃんの為にあるんやないんやで〜”!」
執事「二つっ!」

勇者「“会えば拝め、拝めば触れ、触れば揉めっ!”」
執事「三つっ!!」

勇者「“おっぱいは文学! おっぱいは人生っ!”」
執事「よろしい。で、揉んだのですか?」

勇者「いや……機会が無くて……」
執事「にょほっ。とんだ臆病勇者ですね」
勇者「うっわ、すげぇ上から笑顔!? まじでっ!?」

執事「免許皆伝にはほど遠いです」
勇者「でも、(腕を寝ている間に)
 はさんだ(はさんでもらった)し……」

執事「なんですとっ!?」
勇者「……さ、(偶然)触ったし」

執事「さぁ、裏切り者決定ですな。にょほほほっ!」
勇者「何で、云ってることがさっきと違うじゃん!?」

執事「人間世界のではなく、男性の裏切り者ですぞっ!!」
954 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 22:14:03.03 ID:0Bi87sEP

――重力の衰えるとき、ゲートのあった大空洞

ゴゥゥーン!

奏楽子弟「それにしても、壮観ね!!」

中年商人「はっはっは! わたしなんか何回きても
 目がくらんでしまいますよ」

ゴォォーン!

奏楽子弟「何であんな巨大な岩が浮かんでいるのかしら?
 不思議でしょうがないわ。それにこの鐘の鳴り響くような音!」

中年商人「ええ、まったく」

土木子弟「やー」しょぼしょぼ

奏楽子弟「やーって、あんた! 目の下真っ黒じゃない。
 寝てないんでしょう!? まったく」

中年商人「調子はいかがですか?」

土木子弟「あはは。いやはや、すごいところですね」
奏楽子弟「もうっ! 土木馬鹿」

ゴォォーン!

土木子弟「そう言うなよ、こんなすごい場所なんだぞ?
 わくわくして当然だろう?」

奏楽子弟「そりゃ、すごいけれど」

土木子弟「まぁ、何とか目処は立ったよ」
955 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 22:15:30.17 ID:0Bi87sEP

中年商人「ほほぅ、なんと!」

土木子弟「まず、この空中に浮かんだ岩は、引力のせいだ」
中年商人「引力?」

ゴォォーン!

土木子弟「ああーっと。そうか、聞き慣れないか。
 モノが地面に落ちる力、みたいなものです。
 それが地上世界と地下世界では反対方向に働いている。
 我々は、一枚の板の表裏に住んでいるような関係にあるんです。
 その板が全てのものを引き寄せているから、
 どちらの側に立っていても、転がり落ちないで済む」

奏楽子弟「そう言うことだったのね……」

ゴォォーン!

中年商人「なんとこれはまた……。奇怪な話ですな」

土木子弟「で、この大空洞は差し渡し20里はある円筒状ですが
 いわば、その“板”にあいた穴のようなもの。
 穴の途中で引力は弱くなって、方向が切り替わる。
 そのせいであのような巨岩が、いわば
 “どちらにも落ちることが出来ない”状態で浮かんでいます」

中年商人「ほほう」

土木子弟「あの巨岩は小さなものでも
 馬小屋ほどの大きさがあるけれど、
 浮かんでいるから重さはないに等しい。
 それがわずかな気流や接触に寄ってふれ合い、
 おそらく金属質のこの空洞の内壁に反射して
 この鐘のような音を立てるんだ」
956 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 22:17:35.28 ID:0Bi87sEP

奏楽子弟「で、予定の方はたったの?」

中年商人「おお。そうでしたな」

土木子弟「うん、これが図面だ。こっちは工程表。
 もっとも、この図はおおざっぱなもので概略でしかない。
 必要な橋はプランに寄るけれど、
 大小合わせて12から30。
 個別の橋の設計は大体は想像できているけれど
 図面起こしにはもっと時間が掛かる」

中年商人「何故数に幅があるのですか?」

土木子弟「商人さんが通り抜けてきたとおり、
 ロープを伝って危険な場所は荷物を手運びすれば、
 この空洞は今でも通り抜けできます。

 キャラバンではなく、徒歩の旅であれば、
 危険はあるけれど普通の人でも通り抜け可能でしょう。
 それに対して道と橋を整備するのは、
 安全性の確保と、移動のしやすさを考えてです」

中年商人「そうですね」

土木子弟「地質も調べていくつかのルートを考えてみました。
 概略図を見てください。この赤い線のラインならば
 工期は約四ヶ月。造る橋は12。一カ所が石造で残りは木造。
 最低限の手間で、おそらく中型の馬車が通れるようになる」

奏楽子弟「ふむ」
957 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 22:19:03.80 ID:0Bi87sEP

土木子弟「こちらの二重線で示したルートは、
 かなり大規模な工事が必要になります。
 通す道も要所要所は二重にして崖崩れへの備えをするわけですね。
 作る橋は30。
 全て石造で作ったとして、おそらく工期は8年」

奏楽子弟「随分大規模だねー。お金もかかりそう」

中年商人「まずは四ヶ月でおねがいします」

土木子弟「随分即断即決ですね」

中年商人「ええ。金が惜しいわけではありませんが
 それ以上に時間が惜しい。一刻も早く馬車が通れる道が
 欲しいのです」

土木子弟「職人と人夫が入れば、真っ先に安全索を
 張りましょう。それで多少は楽になると思います」

奏楽子弟(なんだ、格好良い表情もするんじゃん)

中年商人「ありがとうございます! あなたに会えて良かった!」

中年商人「では一度開門都市へ?」
土木子弟「ええ、戻りましょう。俺も作業をする人を
 見て選びたいですし、人数や細かい点についても
 相談しなけりゃならない」

中年商人「そうですね。わたしもいくつか連絡を出さねば」

土木子弟「商談成立ですね」
中年商人「二つの世界へ渡る道を目指してっ!」

 がしっ
962 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 22:29:31.21 ID:0Bi87sEP

――外なる図書館、停時庫

ゴゴゥン!!

女魔法使い「……足りない」

ゴゴゥン!! ドグォォン! ゴォォォン!

女魔法使い「……まだ、たりない」

ぽうんっ♪
明星雲雀「ご主人、ご主人。そんなにしたら倒れちゃいますよぅ」

女魔法使い「でも、足りてない」

明星雲雀「そんなにしょんぼりしなくたって
 ご主人最強じゃないですか。ピィピィピィ!
 そんなに魔力あげなくたって勝てる人なんていやしませんよ!」

女魔法使い「……」
明星雲雀「また考え込むー」

女魔法使い「……すぅ」
明星雲雀「説明が面倒だとすぐ寝る」

女魔法使い「……うるさいピィピィ使い魔」

ピィピィバタバタ! ピィピィバタバタ!

明星雲雀「やっ! やめてっ! フライドはやめてっ!!
 せめてタツタにしてぇ! ピィピィ!!」
966 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 22:31:16.58 ID:0Bi87sEP

女魔法使い「瀬良は昴。昴は統ばる。その意は、集合。
 束ね、一つになる結束点。収斂の先」

明星雲雀「??」

女魔法使い「収斂とは常に1点。それが何故2つも?
 “良き問いは、常に良き答えに勝る”。
 それを問うべき」

明星雲雀「ご主人の云っていることはさっぱり判りません」

女魔法使い「……すぅ」
明星雲雀「寝てちゃ余計に判りませんっ! ピィピィ」

女魔法使い「……足りない」
明星雲雀「ピ?」

ゴゴゥン!! ドグォォン! ゴォォォン!

女魔法使い「……まだ、たりない」

明星雲雀「そんなに鍛えたら、また倒れちゃいますよぅ!
 もうごめんですよぅ、あんなに血をおはきになって!!」

ドグォォン! ゴゴゥン!!

女魔法使い「……間に合わないかも、勇者」

ゴゴゥン……!!

女魔法使い「……許して」




















































Part.7







182 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 14:11:37.45 ID:OGIpmW2P

――魔王城、深部、魔王の居住空間

魔王「けふっ。けふっ。わたしを病人扱いするな」
メイド長「そんなこといたって、まおー様」

勇者「そうだぞ。お前病人だろうが」

魔王「これは怪我だ。病気ではない」
メイド長「はいはい。それは怪我ですけれどね」

女騎士「少しは大人しく、治癒の法術をうけろ」
勇者「そうだそうだ魔王。反省しろ!」

女騎士「お前もだ、勇者!」
勇者「痛っ。ったったった!?」

メイド長「あらあら、まぁまぁ」

女騎士「勇者だから死ななかったようなものを。
 お前だって魔王に負けず劣らずの重傷だ」

魔王「ふっふっふ。のたうち回るが良い」

勇者「ったく。こんなの舐めておけば平気なんだよ。」

女騎士「治癒の通りが悪いな……」

勇者「密度の高い魔術だからな。このクラスになると
 ダメージと呪いとを一緒に撃ち込まれたようなもんだ。
 回復能力や免疫系まで狂わされる」

女騎士「毎回思うが、勇者の身体は人間離れしているぞ」
183 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 14:13:52.31 ID:OGIpmW2P

魔王「そう……なのか?」
勇者「元気だからな、俺」

女騎士「風邪を引かない種類の元気さだ」 ペシンッ!

勇者「〜っ!」
女騎士「毎回心配で寿命をすり減らす身にもなれ」

魔王「ふふっ。勇者も包帯でぐるぐるまきだ」
勇者「何で嬉しそうなんだよ」

メイド長「おそろいだからでしょう? 単純ですこと」

魔王「ちがうぞっ!
 わたしはただ単純に、勇者と境遇が似通うことにより、
 しばらく親交を深めることが出来るという現在の状況に
 密やかな愉悦を感じているだけだ」

メイド長「同じ事でしょうに」

女騎士「何か忘れているようだが、二人を救ったのも
 わたしの祈祷のお陰だぞ?」

魔王「感謝しておる。女騎士」
勇者「おお。さんきゅな」

女騎士「二人の治療のために、わたしもしばらくは
 魔王城へとやっかいになる」

勇者「え?」

女騎士「仕方あるまい。まだまだ予後が不安定だ」
184 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 14:15:07.78 ID:OGIpmW2P

メイド長「そうですよ。まおー様。
 いくらなんでも今回は無茶が過ぎましたよ。
 死んだふりするために治癒術を一時的にせよ止めるなんて!」

魔王「すまん……」
勇者「まぁ、今度からそう言う無茶は俺に任せておけ」

メイド長「勇者様もですっ」
女騎士「そうだぞっ!!」

魔王「あやつは……強かったのか?」
勇者「うん。まぁまぁかな」

女騎士(勇者……手加減していたのか? 体調でも悪かったか。
 確かにすさまじい強さだったが、
 勇者の本気ってあんなものだったか?)

魔王「こまったな」
勇者「どうした?」

魔王「これでは、勇者をもふもふ出来ないぞ」
勇者「そうな。まぁしかたないだろ」

女騎士「わたしは出来る」もふもふもふ
魔王「なんだと!?」

メイド長「あらあら。そんな事わたしだって出来ますよ」
 もふもぷぱにょぱにょ

魔王「メイド長までっ! なんていうことをっ!」じたじた

勇者「ちょっ! えっと、すんませんすんませんっ。
 うう、なんか良い匂いするしっ!?」

魔王「は、はなれろーっ!!」

メイド長「ふふふふっ。多少煽った方が
 魔王様は早く完治しそうですからね」もふもふ
193 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 14:44:25.10 ID:OGIpmW2P

――聖王国南部の開拓地、光の子の村

ざわざわ……。

開拓民「何が始まるんだ?」
痩せた農奴「しらねぇ」
小柄な平民「俺たちは、村の司祭様にここにいけって」
少年農民「ここに行けば、とりあえず一日二回は
 パンを食べさせてもらえるって聞いたのです」

開拓民「それは俺も聞いた」
痩せた農奴「ああ。俺はもう、
 パンさえ食えるなら、なんでも良いよ」
小柄な平民「おれもだ。何で麦を育てている俺たちが、
 パンの一つさえ食えないんだ……」

少年農民「ぼくも。僕が家にいたら、小さな二人の妹が、
 飢えて死んでしまうんです」

開拓民「……」

痩せた農奴「……今年の春は、麦はよく実ったけれど、
 値段はちっとも下がる気配がない」

小柄な平民「俺たちは、あれを食べていたよ」
少年農民「……あれ?」

開拓民「ああ……」
痩せた農奴「“悪魔の林檎”だよ」
小柄な平民 こくり

少年農民「だってあれは!」
194 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 14:46:05.98 ID:OGIpmW2P

開拓民「……仕方ないじゃないか」

痩せた農奴「いくら異端の食べ物だって、
 俺たちはこのままじゃ死んでしまうって云うところまで
 追い詰められていたんだ。
 俺の村、いや俺の国で、一度もあれを食べていない農民なんて
 居ないのじゃないかと思うよ」

小柄な平民「そうだよな……」

少年農民「だ、大丈夫なんですか?」

開拓民「なにが?」

少年農民「だって、異端なんですよ?
 身体に悪魔の印が浮かび出るとか、
 手が山羊の蹄に変わるとか、狂い死にするとか」

痩せた農奴「俺の村ではそんなことはなかった」
小柄な平民「こっちでもだ……」

少年農民 ごきゅり

開拓民「馬鈴薯、美味かったよな……」

痩せた農奴「ああ、たっぷりの湯で茹でて、バターをかけてな」
小柄な平民「薄っぺらい土壁の中で食ったけれど、甘かった」

少年農民「そんな……」 ぐぅぅぅっ

開拓民「仕方ないさ。俺たちは結局」

痩せた農奴「ああ、上の云うことに従うしかないんだ」

小柄な平民「そうでなきゃ、なけなしの財産も
 仕事も食い物も、根こそぎ取られちまう」
195 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 14:47:14.12 ID:OGIpmW2P

ざわざわ……。

開拓民「あ」

司教「……静まりなさい」

痩せた農奴「司教様だ……」
小柄な平民「初めてみた」

司教「この地に集った聖なる光の精霊の信徒に祝福を」

 がばっ、がばっ、がばっ

少年農民「し、司教様だっ! 司教様に祝福して頂いたっ!」

開拓民「なんてことだ。俺たちみたいな農民に司教さまがっ」
痩せた農奴「ありがてぇ、ありがてぇ」ぼろぼろ

しーん

司教「汝ら光の子がこの地に集められたのは、
 来るべき邪悪との戦いに備えるため。
 この村には畑があり、汝らを養うだけの
 食糧が備えられておる。
 また、汝ら悪魔との戦いを指導する教え手もある。
 汝らはこれから半年の間、この新しい村で生活し
 光の精霊の子としての奉仕をせねばならぬ」

開拓民「え……戦い?」
痩せた農奴「俺たちには、そんなことは無理だ」
小柄な平民「でも司教さまの言葉なんだし……」

がやがやがや……。
196 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 14:48:46.76 ID:OGIpmW2P

司教「安心するがいい! 光の精霊の子らよ!」

しーん

司教「光の精霊は、汝ら光の子を嘉したもうっ。
 慈悲深き彼の精霊は、決して我が子を見捨てることはない。
 汝らには、汝らを脅かす魔族を倒す武器をお与えになった」

開拓民「……?」
痩せた農奴「武器?」

ガチャ、ガチャリ

司教「その鉄の杖を持つがよい。
 この鉄の杖こそ光の精霊が魔を討つためにお与えになった
 マスケットなる武器。
 この鉄の杖さえあれば、
 汝らであっても歴戦の古強者がごとく、
 戦場をかけることが出来るのだ。――みせよっ!」

精鋭銃兵「はっ!」 ちゃきっ! ジリジリっ!

 ダンッ!! バキンッ!!

小柄な平民「何だ、あれはっ!?」
少年農民「離れた鎧が!」

司教「この武器は50歩離れた鉄の鎧さえ打ち抜く力がある。
 この武器を使えば、相手の爪も牙も、剣も槍も届かない
 距離から敵を打ち倒すことが出来るのだ!
 汝らはこの武器に習熟することにより、この大陸随一の
 精兵となるであろうっ!!」
197 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 14:50:58.11 ID:OGIpmW2P

司教「そして聞くが良い、精霊の子らよ! 祝福の使徒よ。
 大主教殿が今回、汝らに助けを求められたわけを」

痩せた農奴「だっ、大主教様っ!?」
小柄な平民「た、助けってどういうことだ?」

ざわざわ……。

司教「汝らも知るであろう、
 南の果て世界の凍える凍土に作られた監獄を!
 魔界と呼ばれる地は精霊に定められた幽閉の檻でもあるのだ。
 知るが良い。そこは教会の言葉に逆らう背教者が送られる
 凍てつく極寒の流刑地。
 魔族とはかつて精霊に逆らった罪人の裔なのだ」

開拓民「教会で何度も教えてもらってる話だ……」
少年農民「魔族はそれゆえ残虐な心しか持っていないのです」

司教「しかし、事もあろうにその背教者達は
 われらが光の子の宝を盗み、
 今の今まで謀り続けてきたのだっ!」

小柄な平民「へ?」

司教「それは、光の精霊様の聖なる遺骸。つまりは聖骸である!
 やつら教えに背いた者どもめらは、光の信徒の希望、復活の象徴
 聖骸を貶め辱めんがために、我らからそれを奪い、
 押し隠してきたのだっ!」

開拓民たち「っ!?」「せ、精霊様をっ!?」「まさかっ」

司教「大主教様は御自ら仰られた! このような過ちを
 我らは見過ごすわけには行かない。
 たとえ自らの命を掛けてであろうと聖骸を奪還すると!
 これは聖なる任務であるっ!
 光の子らよ! マスケットを持ち立ち上がれっ!!
 光の信徒の力を今こそ結集させるのだっ!!!」
204 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 15:21:24.70 ID:OGIpmW2P

――――鉄の国、新興の開拓村

巡回軍曹「さ、ここだ」

難民一家の父「ここですか!」
難民一家の母「寒いですね……」ぶるぶるっ

難民一家の娘「でも、ひろいよぉ!
 向こうの丘までずーっと道がまっすぐだよ!」

巡回軍曹「寒いのは仕方ない。南の国だからな。
 がんばって働けば汗も噴き出すさ!
 さぁさ、畑の方にいこう。誰かいるはずだ」

難民一家の父「はい!」

ぎぃっ、ぎぃっ
 ざっざっざっざ

難民一家の父「さぁ、馬よ。ボロ馬車だが頑張っておくれ。
 もう少しでたどり着くからね」

ぎぃっ、ぎぃっ

開拓民兵娘「おーうい! 軍曹さんじゃないかぁ」

巡回軍曹「おーうい! 調子はどうだい?」

開拓民兵「ぼちぼちですよ。
 今週中にも、この丘の根っこは全部掘り返せる」

開拓民兵娘「そうすれば、一面の馬鈴薯畑にできるよ」

巡回軍曹「そうかそうか!
 今日はまた新しい家族を案内してきたんだよ」

難民一家の父「川蝉の領地から来ました、よろしくお願いします
難民一家の母 ぺこり
難民一家の娘「よろしくなの!」
205 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 15:22:54.75 ID:OGIpmW2P

開拓民兵「へぇ! 川蝉! あんな遠くからよくぞ」
開拓民兵娘「ねぇねぇ、奥さんかしら? 顔が真っ青だよ」

難民一家の母「いえ、ちょっと寒くて……」

巡回軍曹「ああ。調子が悪そうだから
 わたしが付き添って、ここまで送り届けに来たんだよ」

難民一家の父「出来れば、妻を休ませてやりたいんです。
 わたしが二人分働きますから、どうかお願いしますっ」

難民一家の母「そんな、あなた……」

開拓民兵「そうだなぁ、まずは集会所にでも」

開拓民兵娘「ったく! なに云ってるのよ! 見なさいよ。
 ねぇ、奥さん。もしかして……お子様が生まれるの?」

巡回軍曹「え?」

難民一家の父「そっ、そうなのかおまえ!?」

難民一家の母「ええ……。はっきりとはしないけれど、
 先月あたりからずっと。そんな気もするの、あなた……」

難民一家の娘「えー!? お母さん、ほんとっ!?」

開拓民兵娘「ほら見なさい! そんな時にこんな寒いところに
 立たせておくなんてとんでもない! ましてや集会所だなんて」

開拓民兵「そ、そういうもんなのか?」
開拓民兵娘「だからあんたはいつまでたっても
 嫁の一人も来ないのよっ!」

巡回軍曹「ど、どうすればいいんだ!?」おろおろ
開拓民兵「そうだよ大変じゃないかっ」おろおろ
206 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 15:24:54.93 ID:OGIpmW2P

開拓民兵娘「これだから男なんてのは!」
開拓民兵「お前だって子供なんて産んだこともないくせにっ!」

開拓民兵娘「女には女の口伝、ってもんがあるのっ!
 ほら、奥様。まずこの上っ張りを羽織ってくださいな」

難民一家の母「そんな。……こんなにちゃんとしたものを
 お借りするわけにはいきませんっ」
開拓民兵娘「これだって、軍の支給品なんだよ。
 大丈夫、ちょっと貸すだけ。羊の毛だから暖かいよ?」

難民一家の父「ありがとうございます……」

開拓民兵娘「ね。村長の所までひとっ走りしてきてよ。
 このご家族は、わたしの家の隣を使わせて貰おう。
 薪と泥炭を運んでおくんだ」

開拓民兵「そ、そうだな! 俺はひとっ走り行ってくるよ」
開拓民兵娘「頼んだからね! それから、着るものと
 食べる物もね! 村長の奥さんにも来てもらうんだよっ」

巡回軍曹「任せても大丈夫かな」

開拓民兵娘「もちろん! さぁ、行きましょう。
 あんまり立派じゃないし小さいけれど、家があるんですよ。
 まとめて建てたばっかりだから、
 どれも同じ形で迷ってしまうけれど、
 何だったら後で何か植えて目印にすればいいです」

難民一家の父「い、いいんですか? こんなに良くして頂いて」
難民一家の母 こくこく

開拓民兵娘「何言ってるんですか。これから沢山沢山、
 この国の人も南の人もみんながおなかいっぱいになるまで
 ここで馬鈴薯を作ってもらう仲間じゃないですか」にこっ

巡回軍曹「鉄の国へようこそ! 開拓兵の一家の皆さん。
 我が国も、我が軍も、あなたたちを歓迎しますよっ!」
211 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 15:47:59.24 ID:OGIpmW2P

――――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、仮設会議場

銀虎公「さて」
巨人伯「……集まった」

火竜大公「お集まりの族長方、ご足労に感謝する。
 さて魔王どのから一時でもその全権を預かった以上、
 その信頼に応えるためにも、一つの失敗もなく
 やり遂げなければならん。そうですな、黒騎士殿」

勇者「その件についてだが、
 俺は少数氏族の権利について以外はなるべく
 他の族長達の判断を優先し尊重するように釘を刺されている。
 いってみれば外様だしな」

妖精女王「そのようなことはありませぬが」

紋様の長「魔界の、いや地下世界のことは我らで面倒を見よ、
 と云う魔王殿の意志であろうな」

鬼呼族の姫巫女「うむ」

銀虎公「頼られて撥ね除けるは武人の名折れぞ」

碧鋼大将「今日は、何の話を?」

東の砦将「ふむ」

火竜大公「まず、各々の氏族の中のことは
 今までどおり氏族の中で決めてゆけばよいと思う。
 この会議の目的はあくまで今まで魔王殿が一人でやられて
 いたことの代行。つまり、我らが魔族および地下世界全てに
 関わる問題の解決や、氏族間の利害、意見調整。
 そして一つの氏族では解決できないような問題での協力の
 あり方についてであろう」
212 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 15:49:33.84 ID:OGIpmW2P

妖精女王「ええ、賛成です」
紋様の長「異議はない」

鬼呼族の姫巫女「妥当であろうな」

銀虎公「と、なると」
東の砦将「目下の問題は、蒼魔族についてですな」
巨人伯「……そうだ」

火竜大公「そのとおりだ。蒼魔族はすでにこの会議からも離れ、
 独自行動に移ったようだ。
 物見の報せに寄れば、蒼魔族の領地へと軍を返すために、
 すさまじい速度で進んでいるらしい」

妖精女王「もし仮に蒼魔族が魔族全体を敵に回し
 暴れ回るようなことがあれば、
 我ら妖精族などはひとたまりもありません」

鬼呼族の姫巫女「われら鬼呼族は抗し得るだろうが
 それでも甚大な被害は免れ得ぬであろう」

銀虎公「それは獣人族も同じ事」

勇者「いや、まってくれ」
巨人伯「……なぜ? ……黒騎士?」

火竜大公「何かご意見でも?」

勇者「俺は蒼魔の新王と戦った。あいつの力は半端じゃぁ、無い。
 いまの蒼魔族は強いぞ。おそらく想像以上に、だ」

紋様の長「ふむ……。先の乱世よりも
 その力は上がったと見るべき、ということでしょうな」
213 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 15:50:33.26 ID:OGIpmW2P

鬼呼族の姫巫女「黒騎士殿が云われるのならば、そうなのだろう」

火竜大公「で、あれば、蒼魔族については
 一層この会議で取り扱わなければならぬ問題と云えよう」

銀虎公「そうだな」

碧鋼大将「他にも問題はあるでしょうが、
 目下もっとも急を要するのはこの蒼魔族の問題でしょう」

巨人伯 こくり

紋様の長「ふむ、まずは問題を整理してみます、か」
鬼呼族の姫巫女「それはよい」

紋様の長「ひとつ。蒼魔族は新しい王を迎えた。
 ひとつ、その新王、および彼に率いられた軍は
 魔王に向かって弓を引き、忽鄰塔を離脱した。
 ひとつ、その新王、および彼に率いられた軍は
 現在、彼らが領土に向かっている。
 ひとつ、その数は約1万数千。
 ひとつ、蒼魔族の新王は魔王候補者の刻印を持ち
 その戦闘能力は極めて高い」

鬼呼族の姫巫女「そのような所じゃな」

碧鋼大将「きわめて的確な要約だ」

火竜大公「と、なると問題は」

妖精女王「蒼魔族全体の意志、ですね」

銀虎公「は? 蒼魔族は裏切り者だろうが?」
214 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 15:52:21.41 ID:OGIpmW2P

妖精女王「とはかぎりません。特に蒼魔族新王の即位は
 この忽鄰塔中に行われたきわめて異例かつ、急いだものでした。
 今考えると、何らかの陰謀がなかったとも云えないでしょう?」

紋様の長「うむ」

鬼呼族の姫巫女「ことによると、蒼魔族の本国は、
 新王が魔王を裏切ったことをまったく知らぬ可能性もある」

銀虎公「じゃぁ、いっそ蒼魔族の軍が、
 奴らの都に着く前に攻撃しちまえばどうだ?
 そうすれば、もし蒼魔族の都が白でも黒でも問題はない。
 白なら敵が減るし、黒でも敵軍の合流を避けられる」

碧鋼大将「それは名案だが、蒼魔族の行軍速度が速すぎる。
 今から追いかけてはとても間に合わぬ」

巨人伯「……白か……黒、か……」

火竜大公「それは、わしには明らかなように思われるな」

紋様の長「どういうことです? ご老公」

火竜大公「この行軍速度が語ってくれているであろう。
 つまり、蒼魔の軍は我らには是が非でも
 追いつかれたくはないのだ。
 戦闘になれば自らの領土から援軍が来るということならば
 ここまでがむしゃらに自らの都に急ぐ必要はあるまい。
 つまり、きゃつらも己の都を掌握は出来ていないのだ」

妖精女王「一理ありますね」
215 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 15:54:04.24 ID:OGIpmW2P

鬼呼族の姫巫女「と、なると我らが魔族全軍をもって
 蒼魔族の都を包囲するのも逆効果と云えるでしょうね」

銀虎公「なんでぇ。だめなのか?」

鬼呼族の姫巫女「我らが魔族全軍を率いるとなると、
 その数は5万を超えるだろう。
 そこまでの数をそろえてしまうと、蒼魔の一族には絶望が広がる。
 魔王に反逆をしたのが新王だろうと何だろうと、
 すでに自分たちは魔界を裏切ってしまったのだ、とな。
 となると、これは自暴自棄というか、
 もはや新王に協力するしかないであろう。
 蒼魔族は、全て袋の中に猛り狂った狼となり、血を見ずには済まぬ」

銀虎公「面倒くさいことになって来やがったな……」

碧鋼大将「そもそも蒼魔族は厳格な身分制度を持つ
 軍政を引く一族だ。このような事態もあり得る展開だった」

巨人伯「ふぅ……む……」

東の砦将(また一方、最悪の場合、
 蒼魔の新王が軍人以外の自らの氏族の命さえ人質に取る、
 などという展開もありえるってこったな。
 通常でならばとうてい想像さえ出来ぬような卑劣な手段も、
 毒殺、暗殺さえも決意した連中だ。
 追い詰めたならばあり得るかも知れねぇ。
 こいつはショックすぎて魔族の皆様には言えねぇが……)

火竜大公「まず、蒼魔の軍が自らの領地に帰り着くのは
 避けられまい。これはすでに過ぎたこととしよう」

妖精女王「はい」
紋様の長「そうですね」
221 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 16:17:02.35 ID:OGIpmW2P

火竜大公「そのうえで。で、あればこそ、
 蒼魔の軍から目を離してはならぬ。今もっとも恐ろしく
 こちらがして欲しくないことは、蒼魔の軍が蛇のように、
 この魔界の中を動き回り、哀れな犠牲者に噛みつくことだ」

鬼呼族の姫巫女「そうだな」

火竜大公「蒼魔一族の領域の外には偵察を張り巡らせ、
 蒼魔の軍の動きをいち早く監視する必要があるだろう」

妖精女王「では、その役目は我ら妖精の一族が受けましょう。
 我らは小さく力も弱いですが、夜の闇をも見通し、
 小さな音も聞き逃しません」

紋様の長「もし妖精の一族が何かを見つけたのなら、
 我ら人魔が一族がその情報をここまでとどけましょう。
 人魔一族は氏族の中でもっとも数が多い。
 古来よりこの魔界の中に伝令の“駅”をつくり
 換え馬による情報のやりとりをしてきました」

火竜大公「各々がた宜しいか?」
東の砦長 こくり
紋様の長 こくり

火竜大公「では、この件は妖精の一族と、
 人魔の一族に頼むとしよう。
 手助けできることあれば遠慮無く申し出て欲しい」

妖精女王「承りました」
紋様の長「お任せを」
222 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 16:18:27.41 ID:OGIpmW2P

火竜大公「さて、一方蒼魔族が軍を発してきた場合」

銀虎公「それも決めておかなければ始まらねぇな」

碧鋼大将「どうする?」

銀虎公「先鋒は俺たち獣牙だ」

巨人伯「……むぅ」

銀虎公「俺たちは今回の件では大きな不名誉をおった。
 是非先陣を務めさせて頂きたい」

火竜大公「よろしいか? 姫巫女どの」

鬼呼族の姫巫女「ふっ。……お見通しだな。
 よかろう、先陣はゆずるとしよう。
 しかし、蒼魔と一番長い国境を接しているのは、
 我らが鬼呼族の地。ゆえに我らが第二陣だ。
 また、蒼魔族が我らの地に突っかけてきたら
 先陣を保証することは出来ぬ。その時は諦めてくれ」

銀虎公「承知した」

火竜大公「獣人、鬼呼の二氏族ならばおさおさひけは取るまいが
 蒼魔族はなにやら得体が知れぬ。十分に気を引き締めて
 かかって欲しく思う」

紋様の長「心得た」
銀虎公「任せるが良い」

火竜大公「さて、我ら竜族も相応の義務を果たさねばなるまい。
 お役目をお願いした四氏族には、我ら竜族から食料や
 必需品を運ばせよう」

銀虎公「かたじけないなっ!」
224 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 16:19:59.10 ID:OGIpmW2P

紋様の長「そのようなところ、ですか」

東の砦長「もう2点お願いしたいことがある」

火竜大公「なんだ? 衛門の族長よ」

東の砦長「そいつは流民のことだ。
 いっくら蒼魔族が他と交わらない、
 内部統制で上意下達の氏族だと云ったところで例外はあるだろう。
 あちこちの街に少数暮らしている連中がいるはずだ。
 そいつらの保護をお願いしたい」

銀虎公「何故そのような細々としたことを。
 たいした人数でもないではないか。
 形勢に影響を与えるとも思わん」

東の砦長「戦に関しちゃその通り。
 だが、こいつは戦が終わった後のためだ。
 俺たちの方が蒼魔族をよってたかって滅ぼしたのでは“無い”
 ってことを、誰かに証人になって貰わなきゃ困る」

巨人伯「……ふむ」

東の砦長「今回の戦にしたってそうだ。
 この世界から蒼魔族を一人残らず、女子供も皆殺しにするっ
 ていうのならそんな気を遣わないでも済むが、そうはいくまい?
 俺たちは皆殺しとは行かないが、そんな無法は通らないからな。
 だが残された蒼魔族は恨むぜ? 事と次第によっちゃぁ、
 “何もしていない蒼魔族を恐れた他の氏族が
 よってたかって蒼魔族を攻撃した”って子々孫々まで語り継ぐ」

鬼呼族の姫巫女「そのようなことも、無いとはいえんな」
225 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 16:22:35.33 ID:OGIpmW2P

勇者(……こいつの統治センスってのは、切れ味あるな)

東の砦長「だから、そうではないってあたりを
 今から意識しておかなきゃまずい。
 蒼魔の一族だけなら、全面戦争になれば勝てない
 相手じゃないのだろう? だったらなおさらだ。
 なーに、面倒なことになりそうだったらまとめて開門都市に
 送ってくれてもよい。
 あそこは氏族も人種もごちゃごちゃだから、
 迫害も大きくはないさ」

碧鋼大将 こくり

火竜大公「して、もう一点は?」

東の砦長「こちらの方が、ある意味重要でな。領民の安堵だ」

妖精女王「ふむ」

東の砦長「これも今云った話と関係あるのだろうが、
 いったい今起きていることは何なんだ?
 仲間内の利権沙汰のごたごたなのか、
 それとも戦争なのか、小競り合いなのか。
 どうすればこの状況は解決するんだ? ってな話だよ」

銀虎公「そもそも蒼魔族が不意の裏切りで
 我らを攻撃してきたことから端を発したのだ。
 この戦はその間違いを糾弾するのが目的であり、
 そのようなことは自明であろうがっ」
碧鋼大将「そのとおり、そのような問い自体、
 我らに向けられるべきではない」

鬼呼族の姫巫女「しかし、それでは領民の不安はどうする。
 蒼魔族の責任を問う。それはそれで正論なれど、
 我らが領民のその疑問に、蒼魔族が答えてくれるはずもない」
226 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 16:24:43.40 ID:OGIpmW2P

東の砦長「そう言うことだ」

銀虎公「……っ」

巨人伯「領民に……大きな声で……おしえる」
火竜大公「ふむ」

東の砦長「俺もそれが必要だと思うぜ。
 今回の戦は、忽鄰塔中に乱心した蒼魔族の新王が父親を殺害し
 一族の軍を率いて他の氏族を攻撃した、ってな」

銀虎公「父を殺害!? それは本当なのかっ!?」

東の砦長「いや、事実は知らないが。そのほうがいいだろう?」

火竜大公「……そうだな」
妖精女王「結果的に間違った推測では無いと思います」

紋様の長「それを領民に語って聞かせる、と云うのか」
鬼呼族の姫巫女「面白い考えだ」

東の砦長「俺たちの街は今必死で畑も作っているが、
 度重なる戦で神殿も農地も壊されて、
 すっかり疲れ果てちまっていたんだ。
 戦も辛いが、民にとって一番辛いのは
 何をやっているか判らないことだというな。

 自分たちの国や軍が何をやっているか判らないと、
 自分たち民では何の手も打てない気分がして、
 自分が無力で取るに足りないちっぽけば存在に過ぎないと
 いう気分で、だんだんと腐ってゆく。

 こいつは町も人も産業も腐らせるぜ?
 何せ心の根っこが腐ってゆくんだからな。
 そうなったら、街は酷い有様になる」
227 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 16:27:01.55 ID:OGIpmW2P

鬼呼族の姫巫女「……」
勇者「……」

東の砦長「そいつをどうにかするには、
 何が起きたからこうなって、この状況はどれくらい酷くて、
 またどれくらい希望があって、どういう風になれば
 解決するんだってことを、教えてやらなけりゃならない。
 まぁ、事が戦だ、全部教えるってわけにも
 全部真実って訳にもいくまいが……」

銀虎公「ふむ、つまりはこういう事だろう?
 全ての民も戦場に出ないだけの戦士だと。
 将軍ならば士気を鼓舞するのもその手腕である、と」

東の砦長「そうそう、そういうことだよ。虎の旦那」

銀虎公「だが、ふぅむ」

銀虎公「そうとなると、いよいよ、我らが蒼魔族との一戦に
 どのような決着を望んでいるのかが重要になるだろう」
妖精女王「……決着」

紋様の長「そうだな。蒼魔族が自分の領地から
 出てきたところを叩く。
 それだけでは、永遠に決着などつかぬ。
 何も攻め込んで征服しようと誘うわけではないが、
 最終的にはどのようになればいいのか、と云う話にも通じる」

鬼呼族の姫巫女「そうだな」
 (あるいは魔王殿は、我らが望む未来の我らを
  我ら自身に考えさせたかったのであろうか……)
228 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 16:29:01.42 ID:OGIpmW2P

東の砦長「……それは俺には難しいな。
 新参者の俺には、蒼魔族との戦が、
 様々な氏族にどのような利害関係があるのか
 感情的にはどのようなもつれがあるのかは判らねぇ」

鬼呼族の姫巫女「我ら鬼呼族は先の乱世において
 蒼魔族と長い長い戦闘を続けてきた。
 我ら氏族には蒼魔族とに対する恨み辛みが根付いている。
 だがそれは領土や支配権に関わる問題で、
 当時の魔界では日常的に起きていた抗争なのだ」

銀虎公「俺たちも人魔族との争いが絶えなかった」

紋様の長「当時は大小様々な氏族が入り乱れ、
 この会議の席には来ていない、中氏族や戦闘氏族を
 如何に取り入れるかと云う謀略も日常でした」

勇者「そうだったのか……」

火竜大公「ふむぅ」
巨人伯「まずは、知らせる……」

火竜大公「そうだのぅ。まずは、先のこと。
 “蒼魔族の新王が裏切り、忽鄰塔を襲った”と云う事実を
 領民に告げるとしよう。そして戦に怯える領民のために
 蒼魔族は領地へと戻ったために、当面みんなが住まう場所は
 安全であると云うことを伝えるのだな。
 念のために警備兵の増強なども進めてゆくという、
 いわば根回しを領民にするにはよい機会だろう」

紋様の長「妥当な対応でしょうな」
鬼呼族の姫巫女「戦の決着については、それぞれの氏族が
 よく考えて、その考えを持ち寄る必要がありますね」
230 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 16:30:28.63 ID:OGIpmW2P

銀虎公「では、当面の蒼魔族への対応はそのようで」
東の砦長「おう」

銀虎公「さっそく領地へと戻るとするか」
碧鋼大将「ふむ……。衛門の長どの、後で時間を。
 商取引に関する話がある」

東の砦長「判った」

巨人伯「……かえって、声の大きいモノに、噂を広めさせる」

火竜大公「それで宜しいか? 黒騎士殿」

勇者「おお。見事にまとまったな。
 大公殿、これからもよろしくお願いする」

火竜大公「なんのなんの! はぁっはっはっは」

紋様の長「そういえば、魔王殿の様子は?」

勇者「ベッドからでる事は出来ないが、
 口先だけは元気になってきているよ」
東の砦長「そいつぁ、良かった」

勇者「今日の会議の結果も、早速伝えよう」

銀虎公「お願いいたす、黒騎士殿」

火竜大公「では、今回の会議はこれで終了とする。
 何もなければ次の会議は40日の後、ということに。
 蒼魔の動きは途切れず報告を入れ合うとしよう」

一同「心得ました」
233 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 16:54:09.68 ID:OGIpmW2P

――魔王城、深部、魔王の居住空間

女騎士「ほら。口を開けて」
魔王「……」

女騎士「何で嫌そうな顔?」
魔王「このシーンは、わたしと勇者が行うのが常識だろうに……」

女騎士「勇者は会議に出たり忙しいの」
魔王「だからといって……」

女騎士「あーん」
魔王「くっ」

女騎士「……あーん」
魔王「ううう。……」ぱくっ

女騎士「それでよし」
魔王「……なんだか屈辱的だ」

女騎士「友達だろうに。気にする方がおかしい」
魔王「そうか? そういうものなのか?」

女騎士「うん、そうだ」
魔王「女騎士は……。わたしやメイド姉妹と話す時は
 言葉が少しだけ優しいな」

女騎士「……そうかな?」
魔王「うん、そうだ」
234 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 16:55:15.98 ID:OGIpmW2P

女騎士「これでも一応軍を率いていたりするからな。
 男に舐められないようにしようとすると、
 やっぱり言葉遣いもそうなってしまうんだろうな」

魔王「そういうことか」

女騎士「……やはり女らしくないと好かれないよな」
魔王「そんなことはない。女騎士は女らしいと思うぞ」

女騎士「……」ちらっ
魔王「?」

女騎士「魔王が言っても説得力がない」

魔王「む。そう言うことではない。わたしは……その。
 確かにここのサイズは大きいが、包容力とか、母性とか、
 細やかな気遣いとか……色気とかにかけていると
 よく指摘されるのだ。女らしさでは、女騎士に大きく劣る」

女騎士「そんなことはないと思うけれど」
魔王「そもそも、女らしさとはどういうモノなのかよく判らぬ」

女騎士「うん」

魔王「書物にあるらしい耳かきや添い寝なども試してみたが
 勇者に大きな感銘を与えたようにも思えぬ。
 ……そもそもちょっと隙を見せると、すぐに襲いかかってきて
 場面は暗転、結ばれるのが男女ではなかったのか」

女騎士「わたしも相当に偏っている自覚があるけど
 魔王はその比じゃないな」

魔王「ふむぅ……」
235 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 16:57:33.41 ID:OGIpmW2P

女騎士「……よく判らないけど」
魔王「うん」

女騎士「わたし達は、ある側面では勇者に避けられてるんだ」
魔王「……」

女騎士「……」

魔王「この話は、止めよう」

女騎士「うん」

魔王「ああ。メイド妹の料理が懐かしいな」

女騎士「そうだな。もちろんこの城の料理だって最高だが」
魔王「そうだが、メイド妹の料理には、
 最高の料理にも無いような、特別な味わいを感じるのだ」

女騎士「ああ。その気分は判るぞ」
魔王「パイが食べたいな」

女騎士「あははははっ。気持ちはわかる。
 けど、いまはこれだ。ほら、あーん」 魔王「むぅ……」

女騎士「ふふふっ」
魔王「やはり屈辱的だ」

女騎士「健康になってから復讐すればいいさ」
魔王「もちろんだ。このお礼は勇者にする」

女騎士「え?」
魔王「女騎士にはそれが一番よく効くって判っているからな!」
242 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/23(水) 17:14:13.25 ID:OGIpmW2P

――聖王国、国境沿いの貿易の街

小麦の卸人「小麦! 小麦〜!
 大麦もあるよ、今朝入荷! 早いもん勝ちだ!
 ふっくらパンにも、オートミールにもぴったりだ!
 一袋、新金貨7枚だ」

太った市民「旧金貨じゃ駄目なのかい?」

小麦の卸人「だめだめ。そんな金貨は聖王国じゃもう使えないよ。
 そんなものが使えるのは、南の蛮族の国だけだ」

旅の商人「まだまだ市中には旧金貨が残っているというのに」

小麦の卸人「市の宿舎に行くんだね。そこで旧金貨と
 新金貨を取り替えてくれるよ」

太った市民「だが、取り替えると行ったって旧金貨を350枚
 持っていっても新金貨を100枚だけじゃないか……」

旅の商人「タイミングを逃したからさ」

小麦の卸人「さぁさ、おろしたての小麦! 小麦はどうだい?」

太った市民「……くそっ。そんな小麦、金持ち以外
 食えるわけが無いじゃないかっ」

旅の商人「まったくだ」

がやがや……がやがや……

酒場の店員「そう言えば聞いたことがあるかい? あの噂を」

太った市民「噂?」
243 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 17:15:58.88 ID:OGIpmW2P

旅の商人「ああ、光の子の村の噂かい?」
酒場の店員「ああ、それだ」

太った市民「なんだい、それは?」

酒場の店員「なんでも、この聖王国を中心に、
 大陸のあちこちに新しい村が作られているらしいのさ。
 多くは森の中や山中や古く滅びた村があったような
 戦場らしいんだが。
 それらの村には沢山の小麦が集められていて、
 食うには困らないらしいんだ」

太った市民「なんだいそりゃ、すごい話じゃないか!」

旅の商人「ああ、どうやらその噂は噂じゃないらしい。
 教会が特別な任務のために、農民や開拓民を集めて
 訓練を行っているそうなんだ」

酒場の店員「そいつが最新の話さ。
 どうやら、その話のおおもとの所は『聖骸』にあるらしい」

太った市民「『聖骸』……?」

酒場の店員「そうさ。聞いて驚け。
 なんと、光の精霊様のご遺体だ!」

太った市民「ええっ!?」
旅の商人「なんだって!? そんなものが本当にあるというのか?」

酒場の店員「さぁなぁ。噂だから俺にも本当のところは判らない」

太った市民「俺は精霊様って云うのは、もっとなんか、
 風とか光みたいなものだと思っていたよ」

旅の商人「うーん」
244 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 17:18:19.64 ID:OGIpmW2P

酒場の店員「だが、教会はその『聖骸』は
 魔族に奪われたと云っているんだ。
 魔族から『聖骸』を奪い返すために今までにない
 精鋭兵が沢山必要とされる。
 そのための『光の子の村』で訓練するんだって話だぜ」

太った市民「ふぅむ……。でも、飢えなくて済むんだろう?」

旅の商人「ああ、それはそうらしい。別の街でも聞いた話だ」

酒場の店員「光の精霊の恵みなんだとさ。
 その村では、一日二回のパンの食事と、昼にはこってりした
 にんじんのシチューが出るらしい。しかも夜のパンは
 真っ白いふかふかのパンだって云うじゃないか」

太った市民「白いパンが出るのか!?」

旅の商人「何とも豪勢な話じゃないか」

酒場の店員「ああ」こくり 
 「この話からつまり教会は
  どうやら随分本気なのじゃないかって云われているな」

旅の商人「本気……?」

酒場の店員「ああ、ここだけの話だが、こんなにも小麦が
 値上がりしているのは、教会が買い占めを行って、
 その『光の子の村』へと送っているせいじゃないかと。
 そんな話があるんだ」

太った市民「!!」
旅の商人「そうか、そう言うこともあり得るよな」
酒場の店員「だろう?」

太った市民「でも、だとすれば、本気で戦争をするんだな」
旅の商人「そうだなぁ、だが、光の精霊のためなのだろう?
 ならば、それはそれで仕方がない」
245 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 17:19:31.43 ID:OGIpmW2P

酒場の店員「ああ、まったくだ。精霊の恵みあれ」
太った市民「恵みあれ! 我が暮らしにもせめて黒いパンを」

旅の商人「だがそう言うことになると、見てみたいな。その村を」

太った市民「俺は見るよりも住んでみたいよ。
 だってそうだろう? 光の精霊様のご遺体を取り返す、
 つまり正義の戦いをするだけで、食事がもらえる。
 飢えなくて済むなら俺だってそんな村に行きたいよ」

教会職員「無理な話ではありませんよ」
旅の商人「へ?」

教会職員「すみませんね、耳に入ってしまいました。
 ……その『光の子の村』は増えているんです。
 何せ卑劣な魔族との戦いの時が迫っていますからね。

 教会へ毎晩の懺悔にやっていらっしゃい。
 近いうちにまた『光の子の村』へと送られる優秀な人々への
 祝福が始まると思いますよ。
 最近教会は、この特別の祝福を求める方で
 ごった返しているのです」

酒場の店員「本当ですかい? 司祭様!」
太った市民「本当なんですか!?」

教会職員「わたしはまだ司祭などという身分ではありませんが
 云っていることは嘘偽りはありませんよ。
 今晩にでもまた新しい隊が荷物をまとめてこの街を発つでしょう」

太った市民「俺も行ってみたいぞっ」がたっ
旅の商人「それを言うなら俺だって!」

教会職員「では是非教会へといらっしゃい。
 司祭さまが、あなたたちの献身を待っていらっしゃいますよ」
252 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 18:01:50.54 ID:OGIpmW2P

――開門都市、安い下宿、隣り合った部屋の片方

土木子弟「いやぁ、これは美味いな」
奏楽子弟「ん。ああ……」

土木子弟「羊、って云うのか? 初めて食べるけれど」
奏楽子弟「うん。地上の家畜らしいよ」

土木子弟「へぇ〜地上かぁ」
奏楽子弟「うん……」

土木子弟「どうかしたのか?」
奏楽子弟「へっ? ううんっ。何でもないよ」

土木子弟「美味いなぁ。……むっしゃむっしゃ」
奏楽子弟「……もぐ」

土木子弟「よっし、こいつだ」カリカリッ
奏楽子弟「もうっ。食事中くらい、図面をおこうよ」

土木子弟「悪い悪い。だけど、どんどん頭の中に
 新しい工法や工夫がわき上がってきてさ。
 メモを取っておかないと忘れてしまうんだ」

奏楽子弟「もうっ。本当に馬鹿だなぁ」
土木子弟「仕方がないさ。早く作ってくれって橋が云っている」

奏楽子弟「橋が?」
土木子弟「ああ。そうさ」

奏楽子弟「あんたほんとに変わってるよ」
253 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/23(水) 18:03:02.18 ID:OGIpmW2P

土木子弟「そうかなぁ。お前にも聞こえるもんだと
 ばっかり思っていたけれど」

奏楽子弟「え?」

土木子弟「お前だって憑かれたように歌ったり、
 あふれ出すみたいに戯曲を書いたりするじゃないか」

奏楽子弟「それは、まぁ」

土木子弟「あれは、お前の内側から、そう頼まれてじゃないのか?」
奏楽子弟「……」

土木子弟「頼まれる、と云うと相手が俺たちみたいな言葉を
 話しているみたいだけれど、そうじゃなくさ。
 なんていうのかな。
 迂回路を通ってまとまった水流がため池に注ぎ込んで、
 それが溢れ出しそうと云うか、
 こぼれ落ちそうになって、俺をせき立てるんだ。
 “早く作って! 早く完成したいよ!”ってな。
 だってそうだろう?
 この橋は完成すれば、沢山の人のお腹や、懐や、冒険心を
 満たすためにあらゆるものを運ぶことが出来るんだ。
 早く生まれたがっても不思議じゃないさ」

奏楽子弟「……うん」
土木子弟「ん?」

奏楽子弟「判るよ。それは歌声でしょう?
 生まれ出たい声なき声で歌い上げるハルモニアだ。
 胸の中で、フィドルが、リラが、ツィンクの勇壮な響きが
 なっている、早く生まれたいと懇願の声を立てる」

土木子弟「ちゃんと判っているじゃないか」
254 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 18:04:20.84 ID:OGIpmW2P

奏楽子弟「ねぇ、土木子弟」
土木子弟「なんだい? ……もぎゅ、むしゃ」

奏楽子弟「『聖骸』って聞いたことがある?」
土木子弟「ん。いいや? なんだ、それ」

奏楽子弟「わたしも詳しくは知らない。
 ただ、開門都市の噂にかすかに聞こえるんだ」

土木子弟「ふぅむ」

奏楽子弟「その言葉が、わたしを誘うんだ。
 時にわたしを誘う風が強すぎて、必死に何かにしがみつかないと、
 魂ごと吹き飛ばされそうなくらいなんだ……」

土木子弟「……」

奏楽子弟「わたし、出掛けたい」
土木子弟「うん」

奏楽子弟「でも、一緒にもいたいんだ」
土木子弟「うん」

奏楽子弟「……」
土木子弟「……」

奏楽子弟「……」じわぁ
土木子弟「そんな顔するなよ。馬鹿だなぁ」

奏楽子弟「だってさ」
土木子弟「遠くに行くのか? もしかして、地上か?」
255 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 18:06:07.33 ID:OGIpmW2P

奏楽子弟「うん……。いつ帰れるかも判らないんだ」
土木子弟「でも帰ってくるだろう」
奏楽子弟「そんなの当たり前だっ」

土木子弟「じゃあ、何一つ変わらないじゃないか。行けば良いんだ」
奏楽子弟「でもっ」

土木子弟「はははっ」
奏楽子弟「……?」

土木子弟「じゃぁ、俺の橋は、お前を旅立たせることが
 出来るんだなっ! そして、お前を迎え入れることもっ!」

奏楽子弟「あ……」

土木子弟「行けばいいさ。
 俺の橋はお前の帰りをずっと待っている。もちろん、俺もだ。
 俺の橋はありとあらゆるものが通るんだ。
 地下世界の誇る天才作家! 妖精の歌い手だって通るんだぞ!
 妖精の歌い手は、地上を旅して、新しいお話と
 新しい音楽を見てくるんだ。なんてすごいんだろう!
 俺の橋には音楽だって通るんだ!」

奏楽子弟「う、うんっ」

土木子弟「すごいものを沢山見てこい」
奏楽子弟「すごいおとも沢山聞いてくるよ」

土木子弟「そうして、またこの街で会おう」
奏楽子弟「うん、うんっ。……約束、だっ」

土木子弟「われらは紅の子弟」
奏楽子弟「ああ。わたし達の約束は絶対だっ」

ぎゅうっ
265 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 18:34:13.12 ID:OGIpmW2P

――魔王城、深部、魔王の居住空間

コンコンッ

勇者「……あれれ」

コンコンッ

勇者「寝てるのかな」

カチャ

魔王「……すぅ。……すぅ」

勇者「寝てらぁ」

魔王「むー」くてん

勇者「寝てる時まで賢そうな顔しちゃって、まぁ」
魔王「……すぅ」

勇者「仕方ないなぁ。せっかくなのに」
魔王「……すぅ」

勇者「……」
魔王「……くふぅ」

勇者「髪の毛、細いな」
266 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/23(水) 18:35:09.04 ID:OGIpmW2P

勇者「相当美人だと思うんだけど、自覚ないんだろうな」
魔王「……むぅ」

勇者 ちょん
魔王「……ふにゅ。……すぅ」

勇者「まおー」
魔王「……? ……んぅ」

勇者「起きたか?」
魔王「……うう」

勇者「……」
魔王 きょろきょろ

勇者「おはよう」
魔王「……おはようだ」

勇者「ぼけぼけ?」
魔王「茶が欲しい」

勇者「判った。メイド長かな、用意してあるみたいだ」
魔王「ありがたい」

とぽとぽとぽ

勇者「ただいま、魔王」
魔王「おかえり、勇者」

勇者「胸は平気か?」
魔王「うん、もう痛みはない。呼吸も正常だ」
270 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 18:36:55.86 ID:OGIpmW2P

勇者「そろそろベッドからは出られるかな」
魔王「いい加減にして欲しい。退屈すぎる」

勇者「よし、んじゃ今日はお土産が沢山あるぞ」
魔王「なんだ?」

勇者「まずは、これだ。できたてだぞ?
 妹新作のカスタードプディングだ」

魔王「?」

勇者「まぁ、食えば判るよ」
魔王「ふむ……。こっ! これは!!」

勇者「すごくないか?」
魔王「甘いではないか! 冷たくと、とろぉりとして、
 初めて食べる味だ。なんだこれは?
 このとろりとしたものは果樹の蜜か? まったく新しい」

勇者「卵と砂糖で作るらしい」
魔王「なんと……。ちょっと目を離した隙に、
 どんどん技術を身につけ、新しい料理をつくりだすな」

勇者「うん、こればっかりは俺もびっくりだ」

魔王「すさまじい美味しさだなっ。メイド長も云っていたぞ。
 “料理はメイドの必須技能の一つですが、あの子のご馳走に
 かける執念は時には上級魔族を越えた気迫を感じる”ってな」

勇者「はははっ! 違いない」
魔王「これは本当に美味しいなぁ」

勇者「他にもあるぞ」
魔王「ん?」
272 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 18:38:46.85 ID:OGIpmW2P

勇者「まずはこいつは、砦将経由で預かったものだ」
魔王「うむ、封書か……。ナイフを」

勇者「ほいよ」

サクッ。ぴぃっ。――がさっ。

魔王「……うむ。青年商人殿からだ。これは、ふむ。
 開門都市に商館を作ったらしい」
勇者「はやいなぁ」

魔王「そう言えば面識があるのだったな」
勇者「腐れ縁でな、あ。そうそう」

魔王「なんだ?」

勇者「結構前の話だったけど、あいつには開門都市の
 交易勅書出しちゃったぞ? 魔王の直轄地だから、
 別に良いかなぁーって」

魔王「ああ、ここにも書いてある。お礼の言葉と共に
 確認をな。今回は問題ないとは思うが、軽はずみなことを。
 そこらの木っ端商人にこんな無制限な交易許可を与えたら
 面倒この上ないことになるぞ」

勇者「面倒って?」

魔王「勅書の転売とかまた貸しとかだ」

勇者「ああ、そっか」
魔王「そっか、ではない。まぁ、青年商人殿ならばそんな
 足下を見られるような、信用を損なう真似はしないだろうが」

勇者「で、あいつなんだって?」
274 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 18:41:51.18 ID:OGIpmW2P

魔王「ふむ、羊、牛など家畜の導入。銀行と貨幣経済の
 導入などを進めたい、としているな」

勇者「何だ、こっちには金貨はないのか? 普通に使ってたけれど」

魔王「使えることは使えるが、
 砂金での取引も通常に行われているな。
 人間の住む地上に手をつける前、つまりは勇者と出会う前には、
 この魔界の改革にも手をつけていたのだが、
 あの頃はまだ試行錯誤もあってな」

勇者「ふぅん」

魔王「魔界は、大地の恵みという意味では、
 地上よりも恵まれている。極端に寒い場所は多くはないしな。
 しかし、領土により荒れ地は多かったから
 激しい戦乱は起きていたんだ。
 魔界には人間界よりも、どちらかというと
 潅漑や治水といった土木技術や、音楽や物語などの文化的
 技術が必要で、だからそう言う意味でも――あ」

勇者「どうした?」

魔王「いや、そういえば……。魔界でも育てかけていた
 弟子がいたのだが」

勇者「はぁ?」
魔王「勇者がやってきたので放置してしまっていた」

勇者「おいおい」
魔王「まぁ、彼らも良い若者だ。
 のたれ死んでいると云うことはあるまいが」

勇者「結構放任主義だなぁ」
魔王「技能は現場でないと最終的には身につかないものだよ」
277 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 19:01:20.50 ID:OGIpmW2P

魔王「まぁ、そんな魔界側の事情もあってな。
 そもそも魔界は氏族による領地の運営が通常で、
 その意味では横断的な土木工事の必要がなかったんだ。
 家と畑が作れれば、それで済む程度には豊かだった。
 金貨による経済や食糧事情を改善は現状で機能している
 地下世界では随分と後回しになっていたのだ」

勇者「そうなのか。では、青年商人の件はどうする?」

魔王「銀行については、しばらく保留だな。
 まだ時期尚早ということもあるが、両界の銀行を
 一者の手に握らせるのも良くないだろう。
 これについては事情を説明する返事を書こう。
 羊と牛については止めようもないし、有り難いことでもある」

勇者「考えてみたら、あいつ、学士が魔王だって知らないんだ」
魔王「そうなのか?」

勇者「魔族だって云うのは明かしたけれど、魔王だとは思ってない」

魔王「それで魔王宛の丁寧な手紙なのか。
 回りくどい文章だと思ったぞ」

勇者「どうする?」
魔王「まぁ、そのままでもよかろう。いずれ自然に判る。
 後で返事を書いておくとしよう」

勇者「そっか。んじゃ、次だ」
魔王「次は何だ?」

勇者「今度はメイド姉からの手紙だよ。結構重いぜ?」

トサッ

魔王「ほほう」
278 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 19:02:31.18 ID:OGIpmW2P

ガサガサッ

勇者「なんだっていうんだ?」
魔王「これは……。ふむ、馬鈴薯の栽培報告だな。
 それに冬越し村の日誌。
 こちらには冬の国の税収に関する報告書。
 ああ、商人子弟に聞き取りをしたんだな?
 財務諸表もつけてあるではないか!」

勇者「面白いものなのか?」

魔王「ああ、これは面白いぞ。
 すごいな、このGDPの伸びは。予想どおりだ。
 南部諸王国は恒常的な戦争という重しを取りのけてやれば、
 これだけ伸びる自力を持っていたはずだったんだ」

勇者「三ヶ国はここ最近は、流入してくる逃亡農奴や開拓民の
 対応に追われているらしい。商人子弟も軍人子弟も相当に
 煮詰まっているらしいな」

魔王「ああ、メイド姉の手紙にも書いてある。……ふむ」

勇者「どうだ?」

魔王「どちらも国の特徴を生かして対応しているみたいだな。
 どういった成果が出るかはまだまだ判らないが、
 鉄の国の軍の工兵科を大拡充という発想は面白い。
 民兵の発想を逆にしたわけだな。インカムと釣り合えば
 国民公社的組織の礎となるだろうが、最大の問題点は生産性か」

勇者「生産性ってなんだ?」
魔王「経済の用語でな。……うーん、云ってしまえば、
 “ものを作る時どれくらい効率がよいか”ってことだ」

勇者「ふむふむ」
281 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 19:08:46.29 ID:OGIpmW2P

魔王「軍人子弟のアイデアでは、流入してくる難民や
 開拓民をとりあえず全部軍が雇用してしまうわけだ。
 これは、治安維持や当面の問題解決に大きな効果を発揮する。
 また開拓や道路の整備などの公共財の充実にも効果がある」

勇者「ああ、そういう目的らしいな」

魔王「だが、この体制を続けた場合、農業を営む雇用される側にも
 甘えというか油断が生じるんだ。だってそうだろう?
 がんばって馬鈴薯を沢山作っても、少ししか作らなくても
 国からもらえる給料や食料は一緒だ。軍人なんだからな」

勇者「ああ。……云われてみればそうだな」

魔王「そう。だから、こういった環境では『生産性』は
 下がってゆくんだ。腐敗した役人や硬直した組織にも
 見られる問題だな。努力や結果が評価されないから
 どんどん腐ってゆく」

勇者「じゃぁ、これは愚策なのか? 止めさせた方がいいのか?」
魔王「いや、そういうことじゃない。
 さっき云ったように、目の前の問題の特効薬としては
 有用なのも事実だ。
 特に今この瞬間は、これだけの難民が一挙に入ってきても、
 実際耕す地面がない。それではみんなが飢えてしまう。
 耕作するためには開拓しなければならないんだからな。
 この開拓を、軍という集団の力で実行してしまえるのは大きい」

勇者「ふむ……」

魔王「軍人してはその辺も考えて、退役を五年後と
 さだめているみたいだ。工夫のあとが伺える。
 わたし達が上からだめ出ししなくても、
 多少失敗するかも知れないが上手く対応してゆくさ」
283 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 19:10:53.53 ID:OGIpmW2P

勇者「魔王はさ」
魔王「ん?」

勇者「決して先生が向いてない訳じゃないと思うぞ。
 自分では苦手だとか、むしゃくしゃするなんて云っていたけれど」

魔王「そんなことはない。話を聞かない生徒を見ていると
 本当に口の中にブラックパウダーを詰め込んでやりたくなる」

勇者「でも、子弟達の話をする時はすごく楽しそうだ」
魔王「そうかな。そんな事はないだろう」

勇者「いーや、あるって」にやにや
魔王「むぅ」

勇者「おーい」
魔王「ん?」

勇者「ほれ」ちょん
魔王「なんだ? なんだ?」

勇者「カスタードクリームつけっぱなしだ」
魔王「そうだったのか。……うむ、あれは美味しい」

勇者「もう一個食べるか?」
魔王「あるのか? 食べよう」

勇者「即答だな」
魔王「温くなっては味が損なわれる」
284 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 19:12:49.19 ID:OGIpmW2P

勇者「もきゅ……美味いな」
魔王「うん。本当にとろっとしてて最高だ」

勇者「半分こだぞ?」
魔王「そうなのか?」

勇者「女騎士とかメイド長さんの分まで食ったら悪いだろ」
魔王「そうか。……しかし、こんな半分こなら悪くないな」

勇者「……? ああ。うん、そうだな」
魔王「勇者」

勇者「ん?」
魔王「勇者も唇についてるぞ。――ほら」

勇者「魔王だって、端っこについてる。へたくそめ」
魔王「しょうがない。まだ右腕じゃ美味く食べれないんだ」

勇者「しかたないな、ほれ。あーん」
魔王「いいのか? や、やるではないか。偉いぞわたし。
 やれば出来るではないか! 待望のシーンだぞ!?」

勇者「食わないのか?」
魔王「いやっ! 食べる。食べるぞ!
 誰が何と言おうが断固として徹底的に食べる!」

勇者「どんだけいやしんぼなんだよ」

魔王「……食べさせてくれ」
勇者「お、おう」

魔王「……ん。あむっ……、ん」こくん
287 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 19:14:38.45 ID:OGIpmW2P

勇者「あ。ううう……。えっと、その……美味いか?」
魔王「うん、甘いぞ」にこっ

勇者「そ、そか。ほら、ついてる」
魔王「あ、だめだぞ。勇者っ!」
勇者「なんだよ」

魔王「その指ですくったのもわたしの分だ」 ぺろっ
勇者「〜っ!?」

魔王「半分こだと行ったら半分にすべきだぞ。
 契約を守らないのは信義に悖る行為だ」

勇者「あ。う、うん」

魔王「美味しいな。今度行ったらまた頼んでくれ」にこっ

勇者「わ、わかった……」
魔王「?」

勇者「なんでもねーよっ!」ばむばむっ
魔王「そうなのか? わたしは満足だ。美味しかった!」

勇者「はいはい」
魔王「やはりあーんは勇者からされるべきだ。
 親友には悪いが、このドキドキにはかえられない」

勇者「ううう」
魔王「どうした勇者?」

勇者「なんでもない。――メイド長にプディング届けてくるっ」

がちゃん!

魔王「変な勇者だなぁ」
301 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 19:52:44.57 ID:OGIpmW2P

――開門都市、『同盟』の新商館、大執務室

火竜公女「すまぬ、ありがとう」
同盟職員「いえいえ、おやすいご用で」

火竜公女「帰ったぞよ」

辣腕会計「お帰りなさい。どうでした?」
火竜公女「やはり、大通りの整備は必須という結論になった」
同盟職員「インフラですか」

中年商人「おう! 竜の嬢さんだ!」
火竜公女「お久しぶりでありまする。商人どの」

中年商人「なんだい。ちょっと見ないうちにすっかり、
 板についたじゃないですかい。
 その服もブラウスも、地上のだろう」

火竜公女「こちらの方が活動的で、商談には便利ゆえ。
 竜族の衣装はおちつくが、インクを使うと袖が汚れてしまって
 なんとも困ってしまうのでありまする」

同盟職員「ははは。お似合いですよ、姫様!」
中年商人「おおっ? 姫様なんて呼ばれてるのか?」

辣腕会計「あははは! お帰りなさい、中年商人殿。公女様」

火竜公女「ただいま帰えりました。
 あれは、職員のみんなが冗談半分に口にしているだけゆえ」

辣腕会計「公女様ですからね。姫様と云ったって
 ちっともおかしくはないでしょう?」
303 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 19:55:51.01 ID:OGIpmW2P

火竜公女「ふんっ。からかっておるだけじゃ」
同盟職員「それより、頼まれていたリストが出来ていますよ」

火竜公女「ありがたい。……ふむ」ぺらっ
中年商人「そいつは?」

火竜公女「最近の人夫の人件費と、生活環境の調査でありまする。
 ギルドによる機構がないせいで人材の流動性が高すぎる、
 商人殿の云われるとおりかや……」

コッコッコッ……がちゃん

青年商人「おお。お二人ともお帰りなさい」
辣腕会計「委員もお疲れ様です」
火竜公女「良いところに来た」
中年商人「こっちもだ」

青年商人「早速話ですか。せっかちですね」
中年商人「はははっ。せっかちなのは商人にとっては美徳だ」

青年商人「お茶を頼みます」
同盟職員「はいっ」

火竜公女「では、商人殿からどうぞ」
中年商人「うん。まずは報告だな。大空洞の橋の初期工事の方は
 工期を短縮して進行中だ。具体的には、人夫を増やして対応する
 ことにより今週いっぱいで、木造の橋は全て建築を終える」

青年商人「良かった。これで時間に多少の余裕が出来る」
中年商人「で、その後の相談なんだがね」

青年商人「ええ、話にあがっていた大規模のしっかりとした
 ルートの敷設、と云う話ですよね」
304 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 19:57:27.18 ID:OGIpmW2P

中年商人「ああ、どうだ?」
青年商人「もちろん行いたい気持ちはあります。
 しかし、8年という歳月と総工費を考えた時、
 『同盟』だけで負担すべきかどうかと云いますと、
 これは難しいですね」

中年商人「それについて新しい提案があってやってきたんだ」
青年商人「提案?」

中年商人「こいつを見てくれ。
 これは、今あの大空洞現場の監督をやっている
 掘り出し物が書いた図面なんだがな」

青年商人「これは、なんですか? 水路? 水道橋?」

中年商人「いや、どっちかって云うと、井戸、のようなものらしい」

青年商人「ふむ」

中年商人「つまり、あの通路を人の行き来する街道として
 認識することも可能だが、
 ちょっと特別な巨大な『穴』として見ることももちろん可能だと、
 その設計士は云うんだな」

青年商人「ふむふむ」

中年商人「で、この滑り台にも似た井戸だ。こいつはもちろん
 壊れやすいものは無理だが、しっかり梱包した荷物を
 “落とす”事が出来る」
青年商人「え?」

中年商人「落とすんだよ。紐をくくりつけた専用の台に入れて」
305 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 19:58:45.20 ID:OGIpmW2P

青年商人「あの長い距離を!?
 どんな梱包をしたところで、全て粉々になってしまいますよ」

中年商人「いや、そうはならないと云うんだ。
 あそこ前にも話した“引力”が反転する地点があるだろう。
 その場所を利用すれば、重さが実際には無くなる。
 いや、無くなるんじゃなくて“無いかのようになる”?
 詳しいことは俺にも判らないが。

 それどころか反転した地点の逆側の引力を使って
 滑らかに勢いを停止させることも出来ると云うんだ。
 えーっと、“引力”を錘と動滑車をつかって、なんちゃらとか」

青年商人「ふむ」

中年商人「で、反対側からは、水車の水を汲み上げる装置の
 応用で荷物を引き上げてゆく。合図には磨いた鉄をつかった
 反射鏡を用いる」

青年商人「具体的には、どのような効果が見込めますか?」

中年商人「効率のアップだな。大空洞のあちらとこちら、
 それから中継点にもそれなりの人数を配置する必要がある。
 勤務体制は鉱山に似るだろうと設計者は云っている。
 その費用はそれなりに掛かるだろうが、
 いくつかの難所のルートにこの装置を設置するだけで、
 毎日馬車二十台分の荷物を安全に“送る”事が出来る」

青年商人「検討に入ってください」
中年商人「調査には実費が発生するが?」

青年商人「商人殿の裁量で認めて構いません」
中年商人「あんたは話が早くて助かるよ」
308 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 20:00:40.28 ID:OGIpmW2P

青年商人「お願いします」
中年商人「よっし、早速とりはからおう。俺はこれで行く」

青年商人「はい」
火竜公女「また会いましょうぞ。商人殿っ!」

中年商人「おう、姫様。今度は夕食でも一緒にしようや」
火竜公女「姫ではないというのにっ」ぷぅ

中年商人「ははははっ! ではっ!」

タッタッタ、ガチャン!

辣腕会計「彼はあの橋やインフラに入れ込んでいますね」
青年商人「元々旅商人だと云っていたからな。得がたい人材を得た」

火竜公女「あの調子であれば、すぐにでも立派な街道が復活しよう。
 交易の発展にとって街道はなくてはならぬゆえな」

青年商人「そうですね。そちらの案配はどうです?」

火竜公女「やはり北の門を中心に不便さが募りまする。
 あの一帯は以前の攻防戦で大きく破壊されました。
 そろそろ復興に手をつけるべきだというのが、
 自治委員会の意見でありまする」

青年商人「何か計画はあるんでしょうかね」

火竜公女「このままで行けば、商業区か居住区と
 云うことになるだろうが」

青年商人「ふむ……」
309 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 20:01:52.23 ID:OGIpmW2P

火竜公女「板バネ式馬車の方はどうじゃ?」

辣腕会計「あれは素晴らしい発明ですね」

火竜公女「機怪族からの技術供与と部品提供らしい。
 自治委員会に申し出があり、その代わりに一部地域を
 機怪族へと貸し出しを行ったと」

青年商人「ほう」

火竜公女「機怪族は長い間迫害されてきた歴史がある。
 この世界へ自分たちを馴染ませるためには並ならぬ努力が
 必要なのだろうな……」

青年商人「こちらも新しい動きを始める時期でしょうね」
火竜公女 こくり

青年商人「“小麦引き渡し証書”は始末できましたか?」
辣腕会計「はい、全て売却しました」

火竜公女「“小麦引き渡し証書”?
 この春、もうじき取れる小麦の権利だろう?
 それを手放したのか?」

辣腕会計「ええ」

青年商人「売りましたよ」

火竜公女「なぜだ? 小麦を買い占めていた方が、
 三ヶ国同盟に都合がよいのではないか?」

青年商人「別にわたしは、あの通商同盟の守護者ではありませんし」
313 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 20:12:09.56 ID:OGIpmW2P

青年商人「それに考えても下さい。
 あの“小麦引き渡し証書”は確かに強力な武器ですが、
 それは相手が取り立てを恐れている間のこと。
 騎士や軍を持っている領主達が一斉に踏み倒すと決めたならば、
 武器を持たない我ら『同盟』は取り立てる手段がありません。
 もちろん経済攻撃などで多大な損害を与えることは可能ですが
 ダメージを与えるためにもお金が必要です。
 ここいらが引き際ですよ」

火竜公女「誰に売ったのだ?」

青年商人「教会ですよ。中央の」

火竜公女「なっ」

青年商人「貴族が寄ってたかっても
 絶対に踏み倒せない相手です。
 もちろん、三ヶ国になびきそうな国には、
 わたし達に小麦を売った国そのものに売り直して
 あげましたけれどね。
 そうでない国は、結局は聖光教会の言いなりなのですから
 多少仲を冷えさせておくのも良いでしょう」

辣腕会計「良い取引が出来ました」
火竜公女「そうなのか?」

青年商人「今回の件でもっとも大きな動きだったのは、
 旧金貨から新金貨への乗り換えです。
 我が『同盟』は、この乗り換え時期、その資産のほぼ全てを
 小麦などの物資の現物と、“小麦引き渡し証書”に変えて
 保持していました。つまり、価値の無くなった旧金貨を
 持ってはいなかった」
314 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 20:13:59.91 ID:OGIpmW2P

辣腕会計「そして、今度の“小麦引き渡し証書”売却で、
 大量の新金貨を得ることが出来ました。
 この新金貨のお陰で『同盟』の資産は元の量を回復。
 いや増大さえしました。
 また、“小麦引き渡し証書”を高値で買い取った教会は、
 結局は小麦の値段を高く推移させざるを得ない。
 それだけの新金貨を失ったのですからね。
 回収するためには、高く売らざるを得ないでしょう。
 しかし、それでも売らないと自領の民が飢えることになる。
 小麦の取り立ては、教会に任せましょう」

火竜公女「……悪辣じゃのぉ」

青年商人「褒め言葉と取っておきましょう」

辣腕会計「詳細な資産把握はもはや不可能ですが、
 概算ではこのような結果になったようです」

青年商人「ふむ……」ぺらっ

火竜公女「どれくらい儲かったのだ?」

青年商人「それは云わぬが華でしょうね。
 ……聖王国は旧金貨と新金貨の交換を、
 おおよそ1/3〜1/4で行いました。
 『同盟』はこの交換を、“小麦引き渡し証書”を通して
 1/1.5〜1/2程度の間で行ったことになりますか」

火竜公女「では……。およそ2倍の資産になったのかや!?」

青年商人「そこまでは行きませんよ。覚えておいででしょうが
 小麦の大量輸送や、保管にだってお金はかかります。
 途中でジャガイモを大量購入したり、
 三ヶ国通商に肩入れしたりで、随分資金は溶けていますしね」

辣腕会計「そうですね……。仕込みに随分お金を使ってるんですよ」
315 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 20:15:20.50 ID:OGIpmW2P

火竜公女「すると、儲けはないのかや?」

青年商人「しょんぼりしないでくださいよ」

辣腕会計「ははは。利益の話を聞いてがっかりするあたり、
 姫様はすっかり、我らが『同盟』と商人の流儀が
 身についたようですね」

火竜公女「そのようなことはない。
 妾はただ、磨いた手中の玉が二束三文で
 売れてしまったかのような
 寂しい気持ちになっただけゆえ」むっ

青年商人「まぁ、2倍とは行きませんが、
 少なくない儲けを出すことが出来ました。
 『同盟』が過去4年で築いたのとほぼ同額の富です」

火竜公女「十分ではないかっ」

辣腕会計「しかし、今回得た本当の宝は
 金貨ではありませんからね。金貨は道具に過ぎません」

青年商人「ええ、もちろん。
 その過程で金貨では買えない貴重なコネや機会、
 新しい商売のチャンスを手に入れました。
 今回の戦は『同盟』の勝ちだと云えるでしょうね。
 しかし商売の戦に終わりはないんですよ」

火竜公女「次は何を狙うのじゃ?」

青年商人「それについては祝杯を挙げながら、策を練りますか」

火竜公女「ふふふっ。それならば是非お供をせねばならぬなっ」
372 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 22:38:02.16 ID:OGIpmW2P

――冬越し村、魔王の屋敷

(――お節介かも知れないけれど、
 “そこ”にいつまでも隠れているわけにも行かないだろう?)

メイド姉「……」

メイド妹「おねえちゃーん」

メイド姉「……」

メイド妹「お姉ちゃんっ!、お姉ちゃんってばぁ!」
メイド姉「あ、うんっ」

メイド妹「もう、お姉ちゃんぼうっとしてる」
メイド姉「ごめんね、なんだっけ?」

メイド妹「客室に風通して、リネン取り替えないと」
メイド姉「うん、そうだね。やっちゃおう!」

メイド妹「うんっ! らんらんらん♪」
メイド姉「ね、妹……」

メイド妹「なぁに?」
メイド姉「楽しい?」

メイド妹「うんっ! 毎日楽しいよ。お仕事大好き!」
メイド姉「そか」
374 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 22:39:58.57 ID:OGIpmW2P

メイド妹「暖かいし、お布団は柔らかいし。毎日ちゃんと
 ご飯食べられるし、当主のお姉ちゃんも眼鏡のお姉ちゃんも
 勇者のお兄ちゃんも好きだよ」

メイド姉「そう……だよね」
メイド妹「うんっ!」

メイド姉「……らんらんらん♪」

メイド妹「お姉ちゃんはそっちの端っこもってね」
メイド姉「うん」

メイド妹「ぱりぱりシーツをひきましょー!」
メイド姉「よいよー」

ぱんっ!

メイド妹「完成!」
メイド姉「良く出来ました」なでなで

メイド妹「えへへ〜。あ!」
メイド姉「なに?」

メイド妹「お姉ちゃんも大好きだよ。お姉ちゃんが一番好き」ぎゅ
メイド姉「うん。妹のこと、好きよ」

メイド妹「よかったぁ」
メイド姉「じゃぁ、洗濯の続きやっちゃおっか」

メイド妹「うん!」
382 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 23:06:49.15 ID:OGIpmW2P

――氷の宮廷、謁見の間

コンコンッ!

貴族子弟「こんにちはー」のこのこ

氷雪の女王「こら。どこの世界に謁見の間に
 のこのこ入ってくる宮廷官吏がいるのですか」

貴族子弟「いやいや。女王様、ごきげん麗しく。
 あんまり格式張っていない方が良いかと思いまして」

氷雪の女王「とは?」

カチャリ

外交特使「お初にお目に掛かります」

貴族子弟「こちら赤馬の国の戦爵。
 中央風に云うと、侯爵位ですね。今宵のお客人です。
 こちらは我が氷の国の誇る女王陛下」

氷雪の女王「はじめまして、戦爵。無礼な臣下で申し訳ありません」

外交特使「いえいえ。子弟殿は我が国に、勇猛な王子と
 花のように美しい姫を取り戻してくださいました恩人です」

氷雪の女王「おや」

外交特使「我が君主、赤馬王はそのため、
 わたしを氷の国への特使として派遣されました。
 この感謝の意を伝えるためでございます。
 誠にありがとうございました」
383 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 23:08:16.88 ID:OGIpmW2P

氷雪の女王「ふふっ。ちゃんと働いたようですね」
貴族子弟「いえいえ、脇役の道化踊りでございますよ。陛下」

氷雪の女王「寒かったでしょう、特使殿。
 我が国の林檎の風味を効かせた、熱いリキュールなどを
 入れさせましょう」

外交特使「かたじけありません」

貴族子弟「まぁ、あまり儀礼張らずに。進む話も進みませんから」
氷雪の女王「そうですね。我が国は南の辺境。
 中央のような典雅な礼儀にも欠ける素朴な国ですから」

外交特使「いえいえ、そんな事はありません。
 貴族子弟殿は中央の名門家をも凌ぐ学識と見識の持ち主と
 お見受けいたしました」

貴族子弟「常に慇懃無礼なのはかえって礼節を欠くってだけです」

氷雪の女王「この若者はひねくれ者ですからね。ほほほっ」

外交特使「これはまた。ははっ」

とくとくとく。

貴族子弟「さ、どうぞ。暖まりますよ」

外交特使「これはどうも。……うむ、甘くて良い香りですな」

貴族子弟「女王はこの酒がことのほかお好みでして」
氷雪の女王「長い冬の無聊を慰めてくれるのです」

外交特使「我らの国にもよい果実酒がございます。
 近日中にでも届けさせましょう」
384 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 23:09:21.81 ID:OGIpmW2P

氷雪の女王「では!」
外交特使「はい」

貴族子弟「やれやれ」

氷雪の女王「条約に署名して頂けるのですね」

外交特使「はっ。陛下はご決断されました。
 このたびの大きな転回点を越え、
 国家としての信義に照らすところを冷静に判断した結果、
 氷雪の女王陛下に仲立ちしていただき、三ヶ国通商同盟に
 参加させて頂きたいとのことでございます。
 これは、赤馬の国の公式な意思表示と取って頂いて構いません」

氷雪の女王「ありがとうございます。百万の味方を得たような
 思いです。これで近隣国家のいくつかも、さらなる交渉へと
 一歩踏み出せるでしょう」

外交特使「今回の決断に当たっては、貴族子弟殿と湖の国の
 修道院が手配してくださった、天然痘の治療班の働きが
 特に大きかった、と。
 陛下自らの感謝の言葉をお伝えせよと申し使っております」

貴族子弟「うんうん」

氷雪の女王「そんな事を?」
貴族子弟「手を回しておきましたけど。いけなかったですか?」

氷雪の女王「いいえ、もちろん良いことです。
 でもあなたはもうちょっとびっくりさせないようにしなさい」

外交特使「あはははっ」
385 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 23:11:22.44 ID:OGIpmW2P

貴族子弟「とはいえ、治療法のある病気ではないんですよ。
 あの修道士達は『予防』を受けていたから、天然痘末期の
 患者の看病を出来たと云うことだけで」

外交特使「いいえ、それだけでも十分です。
 また、我が国だけでも数千人、数万人いる天然痘患者が
 今後どれだけその命を救われるのか。その可能性を示して
 下さったのはまさに福音としか言い様がありません」

貴族子弟「やっと効果が実感できる段階まで来ましたね」
氷雪の女王「ええ、修道院や学士殿には感謝をせねば」

外交特使「その件ですよ」
貴族子弟「?」
氷雪の女王「どういう事でしょう」

外交特使「いいえ、馬鈴薯もそうですし、
 此度の天然痘の治療――予防ですか? もそうですが、
 湖畔修道会は常に我らの命を救おうとしてくださる。
 聖教会は湖畔修道会を敵とさだめ、
 その命脈を絶とうとするに対して、
 湖畔修道会はただひたすらに命を救おうとなさる。
 故に我が国は、どちらが真の精霊の教えかという点について
 割れた国論がまとまったのです」

氷雪の女王「……そう、でしたか」
貴族子弟「……」

氷雪の女王「子弟?」
貴族子弟「はい」

氷雪の女王「あの少女を気にかけてやってね」
貴族子弟「はい。我らの妹弟子ですからね」
392 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 23:34:18.13 ID:OGIpmW2P

――冬越しの村、魔王の屋敷

勇者「おーい。おーい。到着したぞー!」
メイド長「さ、まおー様。つきましたよ」

魔王「わかっている。情けないな。
 転移先からわずか20分ほど歩いただけで、脚が痛む」

女騎士「普段から運動不足だから、
 ちょっと寝付いたくらいで身体が萎えるのね」

メイド姉「お帰りなさいませ、当主様。メイド長さま」
メイド妹「お帰りなさい、当主のお姉ちゃん、眼鏡のお姉ちゃん!
 それから、お兄ちゃんと騎士のお姉ちゃん!」

魔王「ああ、ただいま。二人ともかわりはなかったか?」
勇者「悪いな、ドア開けてくれ。まずは……」

魔王「ベッドはイヤだ」

メイド長「あらあら、まぁまぁ。談話室は暖まっている?」
メイド姉「はい、暖めてあります」

魔王「では、そちらに行こう」
メイド妹「うんっ。膝掛け持ってくるね!」 ぱたぱたぱたっ

女騎士「張り切っているな」くすっ

メイド姉「待ち遠しかったんですよ。
 昨日からおかしくなっちゃったのかってくらい大はしゃぎで
 料理の下ごしらえなんかして。この屋敷に二人は、やはり
 寂しいですから」
393 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 23:35:59.31 ID:OGIpmW2P

――冬越しの村、魔王の屋敷、談話室

コッコッコッ、ガチャ

勇者「そっか。二人だもんな」
魔王「留守中心配をかけたな」
メイド長「後で仕事ぶりを見ますよ?」

メイド姉「はいっ」

魔王「ふぅ」 とさっ 「やはり外はまだ冷えるな」
女騎士「部屋着だからだ」

魔王「仕方ないではないか。まだ少し不自由なのだ」

メイド妹「膝掛け持ってきたよ。当主のお姉ちゃん」
魔王「ありがとう、妹よ」にこっ

勇者「ふぅ〜。着いたなぁ」
魔王「やはりこの屋敷は落ち着くな。
 あちらの城の方が長く過ごしていたはずなのに、
 この部屋はずっと暖かい気がする」

勇者「騒がしい二人娘もいるしな」
メイド長「ふふふっ」

メイド姉「当主様、書類をごらんになられますか?」
魔王「うん、目を通そう」

勇者「おいおい大丈夫か? 執務室まで行くのか?」

メイド姉「いえ、執務室ではなくこちらで見ることが出来るよう
 抜粋や統計をまとめてあります」

魔王「ありがたいな」
394 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 23:37:21.21 ID:OGIpmW2P

メイド姉「はい、ただいまお持ちします」パタタッ
メイド妹「じゃ。お茶を入れるね? それから
 夕食はご馳走だからね? お腹減らしていてね?」

魔王「楽しみにしておるぞ」
メイド妹「えへへ〜」にぱぁ

女騎士「ふぅむ。では、わたしは夕食まで、
 一回修道院の建物の方に顔を出してくる。
 ちょくちょく帰っていたが、やはり一週間ぶりだしな」

魔王「済まなかったな、女騎士」

女騎士「気にすることはない。
 しかし、もうちょっと体力をつけた方がいいな」

魔王「善処する」

勇者「……」
メイド長「どうなさいました? 勇者様」

勇者「いや、何か妙に仲が良いな。って思って」

魔王「別にわたし達は最初から仲が悪かったわけではない」
女騎士「そうだ。別に仲が悪くはないぞ」

勇者「そうなのか?」

メイド長「殿方はあまり思い悩まない方が良いと思いますわ」
勇者「そ、そか。んじゃそうする」

女騎士「勇者、修道院までちょっと付き合え」
398 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 23:50:35.79 ID:OGIpmW2P

――冬越しの村、春の道

さくっさくっ

女騎士「ん。白詰草が咲いている」

勇者「ああ、良い陽気だな。まだ風は冷たいが
 太陽がだんだんと暖かくなってくる」

女騎士「春だな。わたしはこの雪国の春が大好きだ」
勇者「そうだなぁ、訳もなく幸せな気分になるなぁ」

女騎士「……」
勇者「……」

さくっさくっ

女騎士「……」
勇者「で。どうしたんだ? 女騎士」

女騎士「え?」
勇者「いや、付き合えだなんて云うから。何かあるんだろう?」

女騎士「いいや」ふるふる
勇者「……」

女騎士「何にもないぞ」
勇者「えー!?」

女騎士「ただ二人で歩きたかっただけだ。そんなに変か?」
勇者「変じゃないけれど」
399 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 23:51:51.55 ID:OGIpmW2P

女騎士「あれから立て込んでいたからな。
 我が剣の主人と共に歩きたかっただけだ」
勇者「……う」

女騎士「そんなに身構えられると哀しくなるな」
勇者「う、うん……」

さくっさくっ

女騎士「別に何をしようって云うわけでもないんだ。
 ただ修道院まで、この木立の道を歩いてみたかっただけだ」
勇者「うん」

さくっさくっ

女騎士「……」
勇者「……」

女騎士「なぁ、主人」
勇者「っ!」

女騎士「何だ、その顔は」
勇者「いや。その“主人”っていうの、やめないか?
 心臓に悪い。止まりそうになる」

女騎士「そうか。二人の時はよいかと思ったんだが」
勇者「勘弁してくれ」

さくっさくっ

女騎士「じゃぁ、勇者」
勇者「なんだよ」

女騎士「……あー」
勇者「?」
400 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 23:53:53.69 ID:OGIpmW2P

女騎士「なんでもない」
勇者「なんだよってば」

女騎士「……」
勇者「……」

さくっさくっ

女騎士「その……。褒めて貰って良いか?」
勇者「へ?」

女騎士「ほら、今回は治癒とか随分頑張ったじゃないか。
 わたしは今、いい気になりたい気分なんだ」
勇者「え? いい気って」

女騎士「頼む」
勇者「うん。そんな事頼まれないでもさ。本当に感謝してるのに。
 女騎士には世話になった。今回はすごく助かった。感謝してる」

女騎士「そういうのではなくて、もっと単純なので」

さくっさくっ

勇者「……そんな事言われてもな」

女騎士「ん」
さくっ。

勇者「……えーっと。……っと。……えらいぞ」ぽむぽむ

女騎士「――あははぁ」にこっ
勇者「なんだよ、変なやつだな」

女騎士「いやいや主人」
勇者「それやめろよっ」

女騎士「これからの御命を守るため、我は我が剣の主人の
 忠実な盾となり鎧となって御身をまもろう。
 いま、誓いを新たにしたのだ」えへんっ
411 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 00:24:24.64 ID:jeE4iYgP

――聖王都、八角宮殿

バサァッバサァッ!!

聖王国将官「こちらの地図に示した点が
 新しく造営中の『光の子の村』になります」

王弟元帥「ふむ」
参謀軍師「目標数のおおよそ八割を達成ですな」
聖王国将官「しかし、だんだんと噂も広がってしまっております」

王弟元帥「それも計算の内だ。無理に広める必要はないが
 噂はそのまま放置しておけ。その方が人の興味は引かれるものだ」

聖王国将官「はっ」

王弟元帥「ふむ……。しかし、そうなると火薬の作成量か」
参謀軍師「硝石、でございますな」

王弟元帥「銅の国の鉱山を急がせろ」
参謀軍師「はっ。手の者をすでに向かわせております」

聖王国将官「しかし、このマスケットなる武器を
 そこまで重視して良いのでしょうか?
 わたしが見たところ、連射速度も遅く、
 射程距離もそこまで長いというわけでもなく、
 破壊力もずば抜けている訳でもないような。

   たとえば、これであれば魔術兵団の方が遙かに
 攻撃力があるのではないでしょうか?」

王弟元帥「ふふふっ。はははっ」

聖王国将官「王弟殿下……?」
413 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 00:26:28.16 ID:jeE4iYgP

王弟元帥「いやいや、おぬしの考えは正しいよ。
 この武器は、そこまで強力な武器ではない。
 まったくその通りだ。
 しかし、それは戦争を戦場だけのものとして考えた場合だ」

参謀軍師「ですな」

聖王国将官「……戦場以外の、戦争?」

王弟元帥「考えてもみるのだ。
 そしてこの中央の国家群を見よ。

 いざ戦おうと思えば貴族どもはどうする?
 まずは、部下の騎士達に召集令状を回す。
 騎士はもし存在すれば配下の騎士、親戚や郎党などに
 さらに召集令状をだす。そうして下から順々にあつまって
 軍団が形成されるのだ。
 より強い貴族、または王族が戦を望んだとしても同じ事。
 王族は貴族に召集令状をだし、貴族が騎士を集める。
 多少規模は違っても、そこで起きることはまったく同じだ。

   つまりこれは機構の問題なのだ。
 招集で集まるのは、戦闘を前提に人生の大部分を
 過ごしてきた人間だろう。
 当たり前だ。馬に乗るというのはあれはあれで
 なかなかに特殊技術でもあり、
 赤馬の国のような馬の名産地でもない限り
 農夫が軍馬に乗るなどと云うことはない。

   つまり、この中央の国家群においては
 “戦闘を前提にしたもの=馬に乗れるもの=
 裕福で戦闘訓練を受けたもの=騎士以上の家系、
 もしくはその関係者”だといえるのだ」

王弟元帥「は、はい」
414 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 00:27:55.40 ID:jeE4iYgP

王弟元帥「例外は傭兵だが、
 彼らのまた“戦争を前提に人生を送っている”と云う点では
 いささかも代わりがない。

   何故こうなってしまったかという点については
 いくつもの理由があるが、大きな理由の一つが、
 戦闘の技術を身につけるには
 非常に長い時間が掛かると云うことだ。

   将官、それを言えばわたしもそうだが、まともに剣を
 振れるようになるまでどれくらい掛かった?」

聖王国将官「さぁ。わたくしも騎士の息子と生まれまして、
 物心ついた時はすでに教えを受けていましたから……」

王弟元帥「そうだ。それが中央の国家群の現実なのだ」

聖王国将官「……」

王弟元帥「剣一本でもそのありさま。馬術もそうだ。
 ただ乗るだけならともかく、乗りながら戦うなどと云う
 技を身につけるのに何年かかる?

   弓も同様だ。
 確かに熟練の長弓兵は、このマスケットの10倍の速度に
 匹敵する連射と2倍の射程を持つが、
 それには長年にわたる修練が必要だ。

   さらに云えば、戦闘ではそれなりの体格が必要になる。
 長弓であったところで、膂力の強い方がより強い弓を引け
 破壊力も飛距離も出るのは常識と云えよう。
 しかし、ブラックパウダーの爆発力で弾丸を飛ばす銃は
 女であろうが子供であろうが、同じ攻撃力を期待できる。

   魔法兵団? 論外だ。彼ら一人を育てるのに20年は
 優に掛かるのだ」
415 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 00:29:54.82 ID:jeE4iYgP

聖王国将官「それは、まさにそうです」

王弟元帥「人間を武器の一種だと見立てた時に、
 この中央の国家群の現実は、その人間を鍛える時間が
 莫大であると云うことに尽きる。
 騎士を一人育てるのには15年。従士ですら10年。
 魔術師であれば20年かかる。
 傭兵は騎士よりも戦場で過ごす時間が長い。
 戦争から戦争へと渡り歩くから、5年もあれば一人前になるが
 一人前になるまでに死んでしまうものが殆どだ。

   鍛えるのに掛かる時間は、そのまま維持する金額に繋がる。
 つまり、その高価な騎士を使うがために、
 我々国家は人数の多い軍を組織できない。
 この聖王国でさえ、直属の騎士は2500をわずかに越えるのみ。
 それ以上の兵力を動員したければ貴族に招集状を
 発令せざるをえない。

   そのようにして集めた軍隊は貴族同士の意見の違いで
 容易く動きが凍り付き、また兵糧が切れれば国元へと
 帰ってしまう脆さを持っている」

参謀軍師「その通りです。それが先の征伐軍敗退の真相」
聖王国将官「理解できます」

王弟元帥「このマスケットは」

ジャキッ

聖王国将官「その役割としては、弓よりも石弓と比すべきものだ。
 よく手入れされたマスケットは石弓よりも命中精度に優れ
 轟音を発し、目標に命中すれば、鉄の鎧を打ち抜く。
 そして、その訓練期間は驚くほど短い。
 凡庸な農夫であっても数ヶ月の訓練で、銃兵として戦場へ
 出ることが出来るだろう」
417 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 00:32:20.79 ID:jeE4iYgP

聖王国将官「訓練期間……」

王弟元帥「そうだ。それが唯一と言って良いほどの利点で
 全てを変える鍵なのだ。

   このマスケット銃は、
 “兵士という戦争に不可欠な資源の限りなく安くする”
 事が出来る。マスケット銃と適度な訓練さえあれば
 戦争の様相は一変する。

   何せ、無尽蔵とも云える農奴を戦場に投入できるのだ。
 むしろ歩兵としてであるならば、
 彼らのように貧しい暮らしに堪える事が出来、
 毎日長い距離を歩ける健脚の持ち主の方が、
 貴族よりもずっと望ましいと云えるだろう。

   長弓の方が速射に優れる?
 そんなものは、長弓兵の10倍の数の銃兵を用意すれば事足りる。
 騎兵の方が突破力に優れる?
 そんなものは、騎兵の10倍の数の銃兵を用意すれば事足りる。
 貴族の方が勇猛さに優れる?
 そんなものは、貴族の10倍の数の銃兵を用意すれば事足りる。

   マスケットはそれを可能にするのだ。
 しかも、敵を一人殺せば、同じだけの技量を持った兵士を
 用意するのに敵は5年から10年は掛かる。
 こちらは兵を殺されたとしても
 数ヶ月の訓練で同じ質の兵士を補充が出来るのだ」

参謀軍師「しかし、別の欠点もございますが」

王弟元帥「火薬の補給については、軍師殿に一任しよう」
参謀軍師「お任せ下さい」

聖王国将官「聞けば納得できますが。
 これは恐ろしい発明品なのですね。何と言えばいいのやら」
421 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 00:35:42.51 ID:jeE4iYgP

王弟元帥「しかし欠点が多い武器であるのは確かだ。
 人数を増やせばよいとは云っても、
 食料を多く食いつぶすというのはそれだけで致命傷たり得る」

参謀軍師「はい」

王弟元帥「また戦場では、1回の射撃が終わった後に、
 弾を込めるための時間が掛かるのも問題だな。
 その間の防御力が無いに等しくなってしまう」

参謀軍師「そうですな」

王弟元帥「そのあたりの問題を片づけられる前線指揮官
 さえいれば、マスケット銃兵団は大陸最強の戦力と
 なるのは間違いないのだがな」

参謀軍師「黒点将軍さえいれば……」

王弟元帥「死んだ男をねだったところで仕方があるまい。
 あの頑迷な老将は宮廷醜聞に巻き込まれて消えたのだ」

聖王国将官「七里防衛の英雄ですか?」

王弟元帥「昔の話だ」

参謀軍師「霧の国の灰青王が雪辱に燃えております。
 適切な助言をすれば、必ずや結果を出すでしょう」

王弟元帥「ふむ。やつを前線で用い、いざとなれば
 わたし自らが指揮を執ることも考えねばな」

参謀軍師「ふふふっ。夏が待ち遠しいですな」
聖王国将官「『光の子の村』建設を急がせます」

王弟元帥「頼むぞ。大陸を手にするのは、このわたしなのだっ」
437 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 01:07:05.55 ID:jeE4iYgP

――冬越しの村、魔王の屋敷、深夜の中庭

(――世界は広大で、果てがない。
 そこには無数の魂持つ者がいて
 残酷で汚らしく醜く歪んだ、でも暖かく穏やかで美しい
 ありとあらゆる関係と存在をつくっています)

ビュッ!

メイド姉「っ!」

ビュッ! バッ! ビョウッ!

メイド姉「〜っ!!」

ヒュバッ! シュキンッ!

メイド姉「せあっ!」

ビュッ!

メイド姉「……はぁっ。……はぁっ」

ビュッ!

メイド姉「せいっ!!」

コトン

メイド姉「っ!」

女騎士「あー。わたしだ」
439 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 01:08:04.72 ID:jeE4iYgP

メイド姉「……女騎士さま」
女騎士「驚かせて済まない」

メイド姉「あ。いえ」ささっ
女騎士「それは、むかし軍人子弟が使っていた剣だろう?
 メイド姉には重すぎると思うよ」

メイド姉「でも、馴れてしまったので……」
女騎士「そうか。手慣れていたものな。――いつから?」

メイド姉「去年の秋からです」
女騎士「一年か」

メイド姉「……」
女騎士「手を見せて」

メイド姉「はい」おずおず
女騎士「……」じぃっ

メイド姉「……」
女騎士「そんなに困った顔はしない。誰にも云わない」

メイド姉「はい……」
女騎士「こんなご時世だもの。身を守る技術は誰にだって必要だ」

メイド姉「ええ」

女騎士「でも、メイド姉には膂力がない。
 もっと脚を使わなければ駄目だ。
 遠心力で剣を振り回せば破壊力は上がるけれど、
 身体も反対方向に振り回される。その状態では
 敵の攻撃をよけられないよ」
440 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 01:09:18.50 ID:jeE4iYgP

メイド姉「そう……なんですか……?」
女騎士「うん」

メイド姉「脚を使う……って」
女騎士「もうちょっと膝を曲げて……。うん、そう」

メイド姉「はい……。こう……かな」

女騎士「身体をねじって、自分の剣の影に隠れる。
 相手の首を狙って、剣先で威嚇するんだ。
 常に相手と自分の間に剣をおくようにする。
 そのままで前後左右、動けるように練習する。
 腕の力は、今程度で十分。
 どうせ鎧を貫くほどの力はメイド姉にはないし
 裸の喉なら今のままでも切り裂ける」

メイド姉「はい……」

女騎士「自分の呼吸の音も聞いて、かかとに体重を乗せない」

メイド姉「……ふっ。……はっ!」

ひゅぅんっ!!

女騎士「そう」

メイド姉「はいっ」
女騎士「変わったことをする必要はない。跳んだり跳ねたり
 光ったり光線を出したりするのは勇者クラスになってから。
 身体を上下に揺らさない、無駄に跳ねちゃ駄目だ。
 何より落ち着くこと」

メイド姉「はいっ」
444 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 01:10:59.37 ID:jeE4iYgP

女騎士「さぁ、やって」

ヒュバッ! シュキンッ!

メイド姉「せあっ!」

女騎士「……」

ビュッ! ざざっ!

メイド姉「……はぁっ。……はぁっ」

女騎士「そんなものだろう。腕を伸ばして」

メイド姉「……」
女騎士「胸をゆるめて、呼吸をゆっくりにね」

メイド姉「はい……」
女騎士「……ん」

メイド姉「あの……。聞かないんですか」
女騎士「何を?」

メイド姉「平民が、剣なんかをもって……その」

女騎士「そういう面倒なことは、湖畔修道会では考えない。
 必要だと思ったのでしょ?」

メイド姉「……はい」
女騎士「見られたくないなら、修道院へいらっしゃい。
 午後なら練習を見よう」

メイド姉「はいっ」
女騎士「もう遅いから。……良い夢をね。メイド姉」

メイド姉「ありがとうございますっ」
533 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 17:55:49.32 ID:jeE4iYgP

――大陸南部、名も無き開拓村の酒場

〜♪ 〜〜♪

奏楽子弟「〜♪ ……♪」

年配の開拓民「……」じわぁ
酔った村人「……いやぁ、良かっただよ!」

酒場の娘「なんて上手いんでしょう」
酒場の主人「おお、姉ちゃん。良い曲だったぜ。
 さぁ一杯やってくれ。そして気が向いたら
 もう一曲やっておくれよ!」

奏楽子弟「ええ、もちろんっ!」
年配の開拓民「楽士さん、ここいらでは見ない楽器だぁね」

奏楽子弟「これは竜頭琴っていうの。甘い音色がするでしょう?」

年配の開拓民「うんだぁ。なんだか優しい音だなぁ」
酔った村人「ここいらにも吟遊詩人は来るけんど、
 大概は立ち寄るだけであんまり曲を聴かせてはくれないんだよ」

酒場の主人「そうだなぁ」

奏楽子弟「へぇ、それはなんで?」

年配の開拓民「姉ちゃんはここらの人ではないんかい?
 綺麗な金枯れ葉色の髪だけんど」

酔った村人「ふたっこ隣に氷の国っていうとこがあって
 そこは吟遊詩人のふるさと、って云われてるんだよ。
 王宮は詩人に優しいし、城下町には音楽ホールがある。
 冬には音楽祭もあるから、旅の吟遊詩人は冬を越すために
 氷の国へと訪れるんだぁ」
535 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 17:57:26.13 ID:jeE4iYgP

酒場の主人「登録した吟遊詩人は、一定の腕前を認められれば
 恩給が出るんだよ。恩給が出れば、年を取っても食えるし
 だから、街に住み着く吟遊詩人もいるし、音楽を教えるように
 なるものもいる。だから吟遊詩人が多く住み着くし
 それで“ふるさと”って云われているわけだ。
 ここまでやってくる吟遊詩人は、氷の国へ急ぐ最中が多くて
 演奏は気もそぞろなのさ」

奏楽子弟「へぇ! わたしは遠きところから旅をしてきたんですよ。
 その吟遊詩人のふるさと以外に、この辺の音楽や楽器で有名って
 云ったらどこでしょう?」

年配の開拓民「うーん。どこだろうねぇ」
酔った村人「そうだなぁ」

酒場の主人「音楽っつったら、まぁ、ふたっつだねぇ」

奏楽子弟「二つ?」

酒場の主人「まずは今云った吟遊詩人の音楽だぁ。
 俺の姪っ子が氷の国に行ってるから、これはそこそこ詳しいよ」

奏楽子弟「ありがたいです。わたしは音楽や、詩作、戯曲の
 話を集めるために旅をしているんです!」

酒場の主人「そうかいそうかい! じゃぁ、話してあげるよ。
 でもその代わり、今晩はこの宿に泊まっておゆき。
 安くしておくからさ。
 そしてたっぷりと異国の音を客に聞かせてやっておくれ」

奏楽子弟「はい!」
537 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 17:59:02.04 ID:jeE4iYgP

酒場の主人「そうだなぁ、まずはさっき云った吟遊詩人の音楽だ。
 酒場や祭り……っていっても祠や道ばたやらで演奏するな。
 気軽で楽しくて騒がしい音楽だよ。俺は大好きだ。
 流行歌は吟遊詩人が諸国を旅して伝えてくれる」

奏楽子弟「声楽なんですか?」

年配の開拓民「声楽って何だい?」

奏楽子弟「ああ、えっと。歌ですか?」

酒場の主人「ああ、楽器を弾きながら一人で歌う。
 たまぁに二人連れなんて云うのもいるけれど、
 そんなのは滅多にみれない幸運だ。
 楽器はそうだなぁ。
 お嬢さんの持っている竜頭琴なんてのはみたことがないね。
 一番多いのは、リュート。それから、レベックに
 ギターン、ライアー。そんな楽器だね」

奏楽子弟「ふぅむ。見てみたいですね」

酒場の主人「そして、もう一つの音楽と云ったら、
 それは何と言っても教会音楽だよ」

奏楽子弟「ふむ」

酒場の主人「教会では精霊様を慰めたり称えたりするために
 毎日のように歌と音楽が捧げているんだよ。。
 こっちは声を出して歌うのがほとんどだ。
 こんな小さな村の修道会にはめったにないけれど
 大きな街の教会には聖歌隊っていうのがあるというよ」
539 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 18:00:08.72 ID:jeE4iYgP

奏楽子弟「聖歌隊、ですか?」

酒場の主人「そうさ。近隣の信者の中から
 歌の上手い人をあつめてね。
 多くは小さい男の子や女の子だ。
 子供の声は清らかだと云うからね。
 それで合唱をするんだよ。
 旅の吟遊詩人から聞くには随分と荘厳な音楽だという話だ。
 教会の音楽は、吟遊詩人のようにあちらこちらに出掛ける
 必要がないから、大きな楽器を使うこともあるらしい。
 時には納屋のように大きな楽器も作られるそうだ」

酒場の娘「納屋!?」
奏楽子弟「納屋って、あの農具を入れておく?」

酒場の主人「そうさ、小さな家ほどもある
 大きな楽器だってあるそうだよ」

酒場の娘「へぇぇ!!」

奏楽子弟「びっくりするような話ですね」
年配の開拓民「たまげた話だなぁ」

酒場の主人「それに吟遊詩人は、大抵一人で旅をするから
 口を使う楽器は好まない。歌えなくなるからね」

酒場の娘「そういえば、笛を吹く人はあまり見ないわねぇ」

奏楽子弟「なるほど」

酒場の主人「ファイフやミュゼットなんかは笛の仲間で、
 教会での音楽にも使用されるって聞くね。
 もちろん吟遊詩人でも頼めば演奏できる人は多いよ」
540 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 18:04:04.31 ID:jeE4iYgP

奏楽子弟「ファイフは判ります……。えっと」

 ごそごそ

奏楽子弟「これですよね?」

年配の開拓民「ああ、これは見たことあるなぁ」
酔った村人「おう、うちの爺さんも祭りでは吹くぞ」

酒場の主人「そうそう。これはちょっと変わった形を
 しているがファイフだね。これも吹けるのかい?」

奏楽子弟「もちろん」

酔った村人「一曲聴きたいぞ、お嬢さん!」
酒場の主人「お願いできるかい?」

奏楽子弟「ええ、おやすいご用です」

〜♪ 〜〜♪

奏楽子弟「〜♪ ……♪」

年配の開拓民「ああ、良い音色だねぇ」
酔った村人「まったくだ」

酒場の主人「これだけ上手な吟遊詩人さんは初めてだ」
酒場の娘「ええ、夢で聞いた音のようです」
551 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 18:30:25.84 ID:jeE4iYgP

――冬の国、王宮、予算編纂室

商人子弟「おーい。おーい」
従僕「はいぃ」ぱたたたたっ

商人子弟「なにしてたんだ?」
従僕「帳簿の整理と、清書をしてました」

商人子弟「よし、えらいぞ」ぐりぐり
従僕「えへへへぇ」

商人子弟「何人か新入りも入れたけど、みんな辞めてっちまうなぁ」
従僕「お仕事が大変だからですよ」

商人子弟「そんなに大変か? 一日中座ってられるぞ」
従僕「座ってるのが大変なんです。
 この国では、そんな仕事の人は滅多にいませんでしたから」

商人子弟「そういうもんか?」
従僕「はいです」

商人子弟「お前は見かけの割には気合い入ってるな」
従僕「他に行くところがありませんから」

商人子弟「そうかそうか」
従僕「えへへ〜」

商人子弟「じゃぁ、念入りに仕込んでやろう」
従僕「ひぇっ!?」

商人子弟「なぁに、安心しろ。カエルは熱湯に入れると
 すぐ死ぬが、水に入れてから徐々に加熱すると
 随分長い間生きているらしいぞ?」

従僕「も、もしかして、ひどいこと考えてますか?」
商人子弟「ううん、ぜんぜん」 ふるふる
552 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 18:31:39.14 ID:jeE4iYgP

従僕「ううううっ」

商人子弟「そう半べそになるな。
 とりあえずは、お茶を入れてくれ」

従僕「はーい」

とぼとぼっ

商人子弟「さぁって、あいつの仕事ぶりでも見てみるか。
 どれどれ。綺麗に清書してあるじゃないか。
 こっちのメモは……ははーん。
 判らなかった部分をまとめてあるんだな。
 後で質問するために。よく授業中にやったなぁ。
 懐かしい。
 がんばっているじゃないか、あのわんこ」

ぺらっぺらっ

商人子弟「ふむ」

“馬鈴薯はとても美味しいです。
 美味しすぎてもう一個食べてしまいたくなるので、
 とても悲しいです。
 だから馬鈴薯はもっと作るべきだと思います”

商人子弟「……なに考えてるんだ? あいつ」

“今日は、侍女のお姉さんから、タマゴのお菓子をもらいました。
 お姉さんがお庭でお昼ご飯食べようと誘ってくれたんだけど
 怖くて逃げちゃいました。ごめんなさい”

商人子弟「……あんまり真面目でもないな」
553 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 18:33:07.96 ID:jeE4iYgP

従僕「お茶入りましたぁ」 ぱたたたっ

商人子弟「ご苦労!」
従僕「はい、お注ぎします!」

とぽとぽとぽ

商人子弟「うん、美味いぞ」
従僕「ありがとうございます」

商人子弟「さて、里戸制度と戸籍の方も順調のようだな」
従僕「えっと、はい。今週分の追加戸籍も、清書しました」

商人子弟「いいぞ。これで何とかやっと予算が組めそうだ」
従僕「予算……?」

商人子弟「ん、ああ。お金を使う予定のことだな」
従僕「お小遣いですね」

商人子弟「似たようなものだ。
 この冬の国では、国家の収益は主に税から
 成り立っているだろう?
 大まかに云って、税金や作物による直接納税になる。
 これが大体年に二回程度はいってくる。春と、秋だな。
 つまり、そこでお金があるわけだけど、
 これを無計画に使うと、他の季節にお金が無くなって、
 お腹が減る。
 使う予定をちゃんと立てましょうって事だ。
 大事だろう?」

従僕「大事です。……けど、大事だから
 今までだってやっていたのでしょう?」

商人子弟「規模が小さかったんだ。
 それこそ、商人一家の財布感覚さ」
554 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 18:35:07.64 ID:jeE4iYgP

商人子弟「やることが増えたというのもある。
 冬の国は数年前まで、
 中央からの資金および食料を提供されて
 戦うような傭兵国家だったんだ。
 開拓民は多かったけれどそれは中央の圧政や重税を嫌って
 南の果てまでやってきた冒険者のような人たちが主体だった。

 当時この国でちゃんと生き抜いていけるかなんて云うのは
 賭けに近かったわけだからね。

 でもいまは馬鈴薯がある。
 馬鈴薯のお陰で支えられる人口が増えて、
 中央の経済的な呪縛から脱出した南部諸王国は、
 独自の予算を組む時期なんだ。
 今まで困れば困ったタイミングで、
 中央のお財布に泣きついていれば良かった様々なことを、
 これからは自分たちでやらなければならないからね」

従僕「えっと、お兄さんが家を出てお父さんになった感じ?」

商人子弟「そういうことだ」
従僕「えへへ〜」

商人子弟「三ヶ国通商のおかげで冬の国一国では
 どうにもならなかった製品が手に入るのは素晴らしい。
 けれど、やはり三ヶ国合わせても限界がある。
 鉄製品は鉄の国から購入することも出来るけれど
 年々需要が増しているのは、木材だ。
 我らの国には手つかずの原生林があるけれど、
 それだって無限ではないしね。
 それから馬も必要だし、真鍮なんかも欲しい。
 香辛料や衣料品も必要だろうね」

従僕「んぅ……」メモメモ
555 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 18:36:50.29 ID:jeE4iYgP

商人子弟「まぁ、こういったものはなにも国が
 あれこれ手配する必要はない。
 商人が運んできて売ってくれる」

従僕「じゃぁ、僕たちは何をすれば良いんですか?」

商人子弟「“何をすればいいか考える”のが最初の仕事だ」

従僕「うーん、うーん」

商人子弟「一番大事なのは?」
従僕「……ごあいさつ?」

商人子弟「それは、一番最初にするのだ」ごちん
従僕「はぅぅ」

商人子弟「さぁ、なんだ?」

従僕「ごはん?」

商人子弟「だな。食料だ。
 こいつについては馬鈴薯がある。
 それから、輪作指導による家畜もだんだんと殖えてきた。
 特に豚は農民の口にまで十分に回るようになったな。

   小麦や大麦もバランスを考えて作っているようだ。
 後のことを考えると、乳製品や果物なんかも欲しい。
 さて、どうする?」

従僕「えっと、欲しいものは、
 作るか買うかしないと、手に入りません」

商人子弟「そうだな。もっともだ。冴えてるな」
従僕「えへへ〜」
556 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 18:39:07.78 ID:jeE4iYgP

商人子弟「お金を出して買うのは簡単だ。
 特に今から予算を組もうとする時にはそうだな。
 でも、簡単なことばかりをしていると、
 どんどんお金が無くなって行く。
 重要なのは“費用対効果”だ。

 たとえば、“乳製品を買うべきだ!”なんて云う声は
 疑って掛かるべきだ」

従僕「そうなんですか?」

商人子弟「まぁ、会計や金を扱い場合は
 何でも疑って掛かった方が良いというのは基本だが、
 この場合はもうちょっと色々考えなければならない。

 まず“必要”と云う言葉についてだ」

従僕「必要は、ひつよーですよ?」

商人子弟「必要ってのは、無いと死んじゃうことを云うんだぞ?
 そう考えると、“本当の意味で必要”ってのは多くはない。
 気をつけなければならないのは、それがどれくらい必要で、
 どれくらいのお金がかかるか。これが一つ目」

従僕「はい」めもめも

商人子弟「そして、二点目が重要だ。
 “同じお金があったら他に何が出来るか?”」

従僕「……?」きょとん
558 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 18:41:21.83 ID:jeE4iYgP

商人子弟「だってそうだろう?
 たとえば従僕の家には何にもご飯がないとする」

従僕「哀しいです」じわぁ

商人子弟「で、パンを買うべきだ!」
従僕「パンは美味しいですね! 買うべきです!」

商人子弟「そうだな、美味しい以前に食べないと
 お腹が減って死んでしまうかも知れない。
 だから“パンが必要”だ」

従僕「必要です」

商人子弟「で、パンを買った。二個買えた!」
従僕「はいっ!」

商人子弟「でも、同じ値段で馬鈴薯だったら
 二袋買えたかも知れないんだぞ?」

従僕「……え」

商人子弟「な? “パンを買うべきだ!”と云う声に対して
 パンのことだけを考えちゃ駄目だ。お金には限りがあるからね。
 予算という一つの財布でやりくりするには、
 ありとあらゆる事に詳しくなければ間違ってしまう。
 馬鈴薯が二袋あったら、パン二個よりもおなかいっぱいだろう?

   だから“パンを買うべきだ”とか
 “パンを買わないなんておかしい”とか
 “お金は食べられない。お金の問題じゃない。パンを
 買わないなんて人殺しと一緒だ!”なんて言葉に
 騙されちゃいけない。同じ金額で別の救い方も出来るからね」

従僕「はいっ」
560 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 18:48:32.92 ID:jeE4iYgP

商人子弟「そう考えれば、そもそも“パンを買うべきか否か?”
 なんて云う考え方自体がすでに引っかけ問題なんだ。
 大事なのは“色んな欲しいものの中で優先順位をつける事”と
 “欲しいものを出来るだけ安く、沢山手に入れられる方法を
 考える”事だ。
 そのためには、いろんな事を勉強しなければならない」

従僕「大変そうです……」

商人子弟「まぁ、ゆっくりでいいさ。
 判らないことは詳しい人に聞けば良いんだ」
従僕「はい……」

商人子弟「さっきの話で云えば“パンを買うか、それとも
 買わないか”じゃなくて“食料を買うなら何が良いか?”とか
 “同じ金額で健康でお腹いっぱいにになるためにはどうしよう”
 っていう考えをするべきなんだな」

従僕「……うーん。判ってきました」

商人子弟「ってところで、宿題だ」
従僕「えぇ!?」

商人子弟「我が冬の国では、もうちょっと乳製品に出回って欲しい。
 具体的に云うと、ミルクよりはチーズだ。
 保存食の問題でもあるし、一種類の食品に比重が偏ると
 凶作が恐ろしいからね。
 チーズはたべたことあるだろう?」

従僕「あります!」
561 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 18:51:24.50 ID:jeE4iYgP

商人子弟「なので、チーズの勉強をすること。
 チーズをみんなに一杯食べて貰って、
 なおかつお金がかからない。
 そういう方法を考えること」

従僕「ふぇぇぇー」

商人子弟「何事も目的があればよく考えるようになるのっ」
従僕「ヒントっ。ヒント下さいよぅ」

商人子弟「ヒントなんてないよ。正解なんて無いんだから」
従僕「じゃぁ、子弟様だったらどうするんですか?」

商人子弟「考えてないから判らないよ。
 でもまぁ、そうだなぁ。沢山チーズを
 外国から買ってきて、そいつを冬の国のみんなに売る」

従僕「じゃぁ、その方法で!」

商人子弟「な〜んて方法は失格だな。
 少なくともその1/10くらいの
 予算でどうにかする方法を考えないと」

従僕「うー……」

商人子弟「さって、じゃ。課題を出し終わったところで、
 本日の書類整理に移るか、従僕くん」

従僕「はぁい、子弟様っ!」
566 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 19:31:13.62 ID:jeE4iYgP

――冬越しの村、魔王の屋敷、執務室

魔王「修道院から送ってもらった年度別の輪作障害研究は
 どこだったかな」
メイド姉「こちらになります」

ばさばさばさっ!

魔王「ううっ」
メイド長「あらあら、まぁまぁ。大丈夫ですか?」

魔王「すまぬ、書類を崩してしまった」
メイド姉「すぐに整理しますから、大丈夫ですよ」

魔王「左腕が不自由なだけでこんなにもふらつくとは」
メイド長「もうじき包帯も取れます。それまでですよ」

メイド姉「こちらが今日届いたお手紙です」

魔王「む、そうか。確認しなくてはな」

メイド長「これは冬寂王からのお給金」
メイド姉「ええ」

魔王「なんだ。貴族とか云って名誉爵位ではなかったのか?」

メイド長「文官の一種ですからね。
 まおー様は、顧問的な立場だということですよ。
 律儀に毎年四回送って下さっているんです」

メイド姉「金庫に入れてありますよ?」

魔王「そうだったのか。気が付かなかった」
メイド長「まぁ、まおー様は経済学者ですけれど、
 金銭への執着はかなり薄いですからね」
567 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 19:32:17.77 ID:jeE4iYgP

魔王「執着するには、貨幣というのはあやふやすぎるのだ」
メイド長「あらあら。研究対象ですのに」

魔王「わたしが研究しているのは経済を通した
 魂持つ者の相互関係および社会形成であって、
 そこから独立した金融の資産価値なんて無いも同然だ。
 えーっと……」

がさごそ

メイド長「どうされました?」

魔王「いや、その……。おかしいな」

メイド姉「ふふふっ。氏族会議の議事録と、
 九族大路の計画書ですよね? こちらですよ」

魔王「それだそれだ!」
メイド長「ふふふっ」

魔王「ほら。わたしがいなくても、魔族は魔族で上手く
 行っているじゃないか」

ぺらっ

メイド長「ふぅん。道路の再建、か。前の乱世で
 随分橋が壊されてしまったからなぁ」

メイド姉「……」
メイド長「橋ですか」
568 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 19:34:16.77 ID:jeE4iYgP

魔王「橋は戦略重要な拠点になることが多い。
 交通の要所だからな。
 場合によっては行軍の速度をも左右する。
 そのため、石で作った方が良い場所でも
 わざと木造で作り、いざという時は燃やせるように
 しておくこともあるくらいだ」

メイド長「再建と云うことは、とりあえずの平和を
 みんなが認めた、と云うことでしょうね」

魔王「そうだな。蒼魔族の問題は残っているが……」
メイド長「時間が掛かるかも知れませんね……」

メイド姉「あの……」

魔王「ん、なんだ? メイド姉」

メイド長「……?」
メイド姉「いえ、その」

魔王「どうしたんだ? 身体の調子でも悪いのか?」
メイド長「――」

メイド姉「いえ、その。あの、お茶を沸かして参ります」

魔王「ああ、頼んだだぞ」

がちゃん。とてて……

メイド長「――」
575 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 20:28:04.64 ID:jeE4iYgP

――聖王国某所、秘密大鉄工所

ガァン! ゴォン!!

作業監督「温度を上げろ! 薪をくべろっ!」

労働者「おうっ! あぅっ!」

作業監督「ちんたらするなっ! メシを抜かれたいのかっ!!」

ガァン! ゴォン!!

作業監督「高炉を休ませるな! ガンガン炊くんだ!!」

労働者「はぁっ……はぁ……」

労働者「熱い……水を……」

作業監督「もう少しで休憩だ! さぁ、働けっ! 働けっ!」

かつん

かつん、かつん……

職人の長「作業は進んでいるな。
 よしよし、純度の高い鉄で鋳造を行えばそれだけ精度も上がる」

技術者「そうですね」

王弟元帥「どうなのだ? 量産の方は?」
576 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 20:29:50.48 ID:jeE4iYgP

職人の長「はぁ。マスケット銃は今月にでも追加で800丁が
 お渡しできるかと思います」

聖王国将官「合わせれば、そろそろ5000を越えますな」

王弟元帥「遅いな。もっと早く作れんのか?」

職人の長「やはり精度の問題がありまして、その……」

王弟元帥「ふむっ。カノーネのほうはどうだ?」

職人の長「そちらのほうが、肉厚に作れる分
 歩留まりはよいですな。毎月二個のペースで鋳造できます」

王弟元帥「カノーネは問題なさそうだな」

職人の長「はぁ、ただいま『The genius's Manuscript』に
 当たらせている者を呼んでおりますので」

コンコンッ

職人の長「入るが良い」

技術者「お呼びでしょうか?」
熟練技師「やって参りました」

王弟元帥「この者達か?」

職人の長「はっ。
 お渡し下さった『The genius's Manuscript』には
 様々なスケッチや覚え書きがございました。
 マスケットやカノーネは試作品がありましたから
 複製を作るのは早かったのですが、それ以外についても
 調査せよとの御指図でしたゆえ」

王弟元帥「判っている。指示したのはわたしだ」
577 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 20:32:00.41 ID:jeE4iYgP

職人の長「はっ。恐縮でございます」

王弟元帥「で、どうなのだ」

技術者「その……」ちらちら

王弟元帥「構わない。余は能力ある者に敬意を感じる。
 直答を許すから、詳しく聞かせよ」

技術者「では、その」

熟練技師「まずは、この『The genius's Manuscript』は
 素晴らしいですね。まさに精霊様の下された天恵の書!
 詳しい仕組みは判らずとも、残されたスケッチを見るだけで
 どんどんと新しいアイデアがわいて参ります!」

技術者「はい。このマスケットを中心に実に様々な考察が
 描かれています」

熟練技師「たとえば、この石炭なるものは、
 大地から掘れる石でありながら、燃えまする」

王弟元帥「ふむ、北の地で取れるというものか」

技術者「『The genius's Manuscript』には、この石炭を
 蒸し焼きにして純度を高め、コウクスなるさらなる燃料を
 作る方法が記されています。このコウクスをつかえば、
 より強力な鉄を作ることが出来ます」

熟練技師「また『The genius's Manuscript』にはこのような
 スケッチがあり……これはわたしが大きく描き写し、
 整理したものでございますが」

王弟元帥「これは……撃鉄周辺の構造か?」

熟練技師「殿下におかれましては、銃のことが判りますので!?」
578 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 20:34:49.79 ID:jeE4iYgP

王弟元帥「おのれの指揮する軍の武器ぞ。判らぬでどうする」

熟練技師「はっ! 恐れ入ります。
 では説明させて頂きますと、これはおそらく
 マスケットの改良と申しますか、
 いわば後継にあたるものかと考えられます」

王弟元帥「ふむ」

熟練技師「撃鉄によって打ち付けられたこの部分には、
 火打ち石がはめ込まれていまして、
 これがそのすぐ下に作られた小さな部屋の蓋を破り、
 打ち付けられます」

王弟元帥「この部屋はどれくらいのサイズなのだ?」

熟練技師「図では大きく描かれていますが、
 実際には指先でつまめるほどのものです。
 しかし、打ち破った蓋は開閉式に作られ、
 直後にバネ仕掛けにより閉まります。
 これにより、火うち石の火花が部屋に
 閉じ込められることになるのです。
 この仕掛けにより、火縄のないマスケットが開発できるわけです」

王弟元帥「ふむ」

熟練技師「えー……。お解りになられましたでしょうか?」
王弟元帥「理解した。運用と生産の問題点は?」

熟練技師「運用においては、私どもには今ひとつ
 理解しかねますが、まず火口、火縄の必要がなくなり
 発射の際の姿勢が自由になります。
 さらには雨などの悪天候に強く、火縄がないせいで、
 狭い場所での射撃が可能です」

王弟元帥「狭い場所……。密集隊形か」
579 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 20:38:03.39 ID:jeE4iYgP

熟練技師「命中精度は多少下がると予想されます。というのも」
王弟元帥「時間差で引火するからだろう?」

熟練技師「その通りでございます。
 生産においてはマスケットに比べてやはり精密な作業が
 必要とされるために、一部の高度な技術を持つ職人を
 導入する必要があり」

王弟元帥「つまりは、数多くは作れぬ、と」
熟練技師「はい」

王弟元帥「長」
職人の長「はいっ」

王弟元帥「量産する方法を考えよ」
職人の長「ええっ!?」

技術者「……」

王弟元帥「それが長の役割であろう」

職人の長「は、はぁ」

技術者「恐れながら、陛下」
王弟元帥「申すが良い」

技術者「これらの武器は様々な部品で作られております。
 新しいアイデアの武器もそうですが、
 全ての部品が全て高度な技術を要するわけではございませぬ」

王弟元帥「ふむ」
580 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 20:40:46.40 ID:jeE4iYgP

技術者「そこで、現在のように職人が一丁一丁仕上げるのではなく、
 たとえばある部品だけを作り続ける職人、別の部品を作る職人
 と云うように仕事を分けるのはいかがでしょう?」

王弟元帥「おお!」

技術者「そうすれば、一人の職人が覚える仕事の量は
 少なくても構わないと云うことになります。
 中級程度の技術は必要ですが、
 彼らも部品一個だけであるのならば、
 腕利きの職人に比肩する速度で
 仕事をこなせるようになるわけです。
 また新しい職人の育成も早くなります」

職人の長「しかし、それではギルドの立場はどうなるっ!
 長い間、技術の保全に努めてきた我らの立場は。
 職人を育成して親方として束ねてきたギルドの利益を
 害する考えだっ!」

技術者「はぁ……」

王弟元帥「ふっ。長殿。その件についてはわたしから
 提案しようではないか。
 この件で技術が仮に漏洩したとしても
 聖王国の影響範囲内であれば、
 全てのマスケット、およびその関連技術を取り扱うためには、
 銅の国の鉄工ギルドの許可、もしくは親方証が必要だという
 法律を作れば良かろう? 勅書でもよい」

職人の長「ほ、本当でございますかっ!?」

王弟元帥「ああ、この『The genius's Manuscript』は
 鉄の国からもたらされたもの。
 このままでは銅の国の技術は鉄の国に置いて行かれよう?
 ……それを考えれば、悪い話ではあるまい」
582 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 20:43:35.58 ID:jeE4iYgP

王弟元帥「よし、では話は決まったな。
 熟練技師、技術者、だったな?」

技術者「はいっ!」
熟練技師「はっ!」

王弟元帥「余は汝らの若い力に期待しておる。
 これからも長を助け、改革し、作業にいそしんでくれよ」

技術者「こ、光栄でありますっ!」
熟練技師「身命にかえましてっ!」

王弟元帥「うむ。では、余は忙しい。残る話は次の機会としよう」

職人の長「お送りいたします、殿下っ!」

バタバタッ

王弟元帥「よい。作業があるであろう? 余は期待しているのだ」

聖王国将官「長どの、ここでよいですよ。
 あとは技師達や作業者達と話をお詰め下さい」

ガチャン。
――ザッザッザ、ザッザッザ

王弟元帥「将官」
聖王国将官「はっ」

王弟元帥「時期を見て、あの長は切れ。
 若手に権力を握らせて工房の運転速度を最大化するのだ」

聖王国将官「心得ました」
587 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 21:01:50.88 ID:jeE4iYgP

――冬越しの村、魔王の屋敷、夜の執務室

さらさらさら……

メイド姉「……」

さらさらさら……
とさっ。
メイド姉(これで、二年分の整理はお仕舞い。
 ……後は、今月の財務諸表の写しを)

さらさらさら……

魔王「……」

さらさらさら……

魔王「メイド姉」

メイド姉 びくっ 「あっ。当主様!」

魔王「根を詰めすぎだ」
メイド長「ええ、身体をこわしてしまいますよ?」

メイド姉「それにメイド長様も……。すみません。えっと
 何かご用でしたでしょうか?」

魔王「何を焦っておるのだ?」

メイド姉「……」
589 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 21:04:47.72 ID:jeE4iYgP

メイド姉「いえ……」

魔王「ん?」

メイド姉「焦っているわけではありません。――当主様」

魔王「……?」
メイド長 こくり

メイド姉「当主様にお願いがございます」
魔王「どうした?」

メイド姉「お暇を頂きたく思います」

魔王「……」
メイド長「――」

魔王「どこへゆくのだ?」

メイド姉「わかりません。けれど
 ――ここではないどこかへ」

魔王「妹には?」

メイド姉「話してあります。
 あの娘には、ここでかなえる夢がありますから。
 ……すみません、こんな我が儘を。
 当主様やメイド長様に救って頂いた身でありながら。
 本当に申し訳ありません」

魔王「そう……か……」
メイド長「まおー様」
590 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 21:07:27.61 ID:jeE4iYgP

魔王「判っている」
メイド長 こくり

魔王「……」ふわり
メイド姉「あ……」

魔王「何を見るのだろうな、その二つの瞳で。
 ……これがお別れではあるまい?」

メイド姉「はい、きっと……きっと戻って参ります」

魔王「では行くが良い。そなたには翼にはその力があるのだ。
 おのれの運命と巡り会いに行くのであろう?」

メイド姉 こくり

魔王「ここを嫌って出て行くのでは、無かろうな?」

メイド姉「いいえっ。
 この家は、わたしの生きてきた全部のっ
 全ての中で、一番暖かくて、一番優しくて……
 い、ちばんっ。……大事な、場所ですっ。
 本当は出て行きたくなんて無かった、ですっ。

   でも、そうしないと。
 きっと、わたしは許せなくなります。
 わたしは沢山の人に。……沢山の責を負っているから。

   わたしが。――わたしが自分で歩くのを止めるのは、
 ひどく不実なことに思えるんです……。

   あの日、あの広場で叫んだから。

   わたしには“叫んだもの”として、
 やらなければならないことがあるように思うんです」
591 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 21:09:06.84 ID:jeE4iYgP

魔王「そなたが負うべき事などなにもない」
メイド姉「では、わたしが選びたいんです」

魔王「……」
メイド長「お行きなさい」

メイド姉「はいっ」

魔王「わたし達の教えを受けたものとして旅立ってくれるな?」

メイド姉「はい。ご厚情も、ご恩も忘れません。
 きっと何かを見つけて帰ってきます」

魔王「何を」

メイド姉「たぶん――戦いの意味を見つけに」

魔王「……っ」
メイド長「――」

メイド姉「他の誰でもなく
 わたし自身が見いださないといけないのだと思います」

魔王「……止める言葉を持たないな」
メイド長「はい……」

メイド姉「大丈夫ですっ。
 わたしは結局メイドにはなれなかったのかもしれませんが、
 メイド長の授けて下さったものはメイドを超えると信じます。
 当主様、勇者様、女騎士様、子弟の皆さん方……。
 授かった数多の教えは、どんな黄金より勝る宝ですから」
592 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 21:10:48.81 ID:jeE4iYgP

魔王「……判った」

メイド姉「当主様、ここにある二年分全ての帳簿の整理は
 終わっております。目録は全てこちらの小棚へと
 まとめておきました。諸表はこちらの引き出しです」

魔王「うむ」

メイド姉「えっと、僭越なお節介なのですが、
 もし、他の方が作業されることも考えて、
 仕事を引き継げるように覚え書きの帳がこちらにあります」

魔王「……ん」

メイド長「よくぞ、ここまでものにしましたね」
メイド姉「先生が優秀でした」

魔王「何時、発つのだ?」

メイド姉「夜明けと共に」

魔王「少しでも眠ると良い」
メイド姉「はい。失礼します。あの……」

メイド長「――」

メイド姉「お二人が、大好きです」

かちゃん。とっとっとっと

魔王「止められなかった」
メイド長「それが正しいのです」

魔王「メイド長……。手放させてしまったな」

メイド長「――いえ。何の問題があるでしょう。
 どこにいても、何をしていても
 彼女はわたしの自慢であることに何の代わりもないのですから」
610 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 21:49:39.53 ID:jeE4iYgP

――――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、仮設会議場

ギィッ

銀虎公「遅れたか? すまぬな」

火竜大公「いやいや、気にすることはない。
 まだ時間ではないのだ。我らは妖精女王土産の茶を
 飲んでおったのみだ」
妖精女王「はい」

巨人伯「……うま……い」
勇者「なかなかいけるぞ−?」

銀虎公「ではわしも一杯貰おうかな」

ギィッ

碧鋼大将「失礼いたす」
東の砦長「待たせて申し訳ねぇ」

紋様の長「おお、お二人も」

鬼呼族の姫巫女「これで揃ったようだな」

火竜大公「では、おほんっ。第二回の会議を始めるとするか」

妖精女王「今日のお話は?」

巨人伯「……まずは、前回の、続き」
紋様の長「そうだな、蒼魔族の件からとしよう」

東の砦長「どんな案配なんだ?」
鬼呼族の姫巫女「妖精族から報告して貰おうか」
611 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 21:50:46.72 ID:jeE4iYgP

妖精女王「はい。……まず、大きな動きはありません。
 蒼魔族の少なくとも50名を越える規模での部隊は
 その領土から一回も出ておりません」

紋様の長「ふぅむ」

妖精女王「あの後、蒼魔の新王が都にたどり着いてから
 しばらくの間、蒼魔の領土には高い緊張感がありました。
 蒼魔の新王の軍は蒼魔の領土全体を巡回していましたが、
 現在は多少落ち着きを取り戻したようです。
 もちろん各所にはかなり大人数の警邏が行われていますが」

東の砦長「つまり、戦時下って云う雰囲気かい?」

妖精女王「ええ、そうです。
 少なくとも蒼魔一族は現在を交戦状態、つまり何時
 奇襲をかけられてもおかしくない状態だと認識していることは
 確かなことです」

巨人伯「おれたち、奇襲なんて……しないのに」

銀虎公「戦の準備とか軍備増強の様子はないのか?」

妖精女王「それは判りません。
 いえ、偵察の妖精が訓練の様子などは見ていますし、
 武装もしているようですが……なんといいますか。
 蒼魔族ではそれが“日常”である可能性も否定できなくて」

鬼呼族の姫巫女「ふふっ。まさにそうだな」

妖精女王「今でも警戒は続けておりますが
 そのほかに特別な報告はないのです。申し訳ありませんが」

東の砦長「いやいや、動きがないのも重要な情報だろう」
612 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 21:51:40.66 ID:jeE4iYgP

紋様の長「と、なると、前回の続き。蒼魔族の処遇の問題か」

勇者「……」

銀虎公「俺から口火を切って良いか?」

火竜大公「うむ」

紋様の長「よろしく頼む」

銀虎公「我ら獣牙の一族は戦に生きる一族。
 とはいえ、この世界の内側で暮らしていて、
 事の理非程度は弁えているつもりだ。
 戦で打ち破るならばともかく、
 “蒼魔族を皆殺し”と云うのがいくら何でも
 行き過ぎで無法な行いであると云うことは、判る」

火竜大公「しかり」
妖精女王「その通りです」

銀虎公「あー。我らは、上手ではないが、手紙を出すのだ。
 どうだろう、手紙を出すというのは?」

妖精女王「手紙?」
巨人伯「……だれに?」

東の砦長「ああ、降伏勧告のことか?」

銀虎公「そうだ! そのカンコクだ。それが言いたかったのだ」
613 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 21:53:00.20 ID:jeE4iYgP

碧鋼大将「ふぅむ、それは考えてみなかった」
火竜大公「なるほど……」

銀虎公「その手紙には書くつもりだ。

 お主達は、卑怯者だぞ、とな。
 敵を討ちたければ戦場で堂々とすればよい。
 文句があるのならはっきりと言えばよい。
 それを影からこそこそと、それは武人のやる事ではない。
 そのようなひねくれた態度では、もはやどこの一族からも
 蒼魔族は、威厳のある一流の氏族とは認められぬだろう。
 申し開きがあらば、即座にするが良い。
 もしそれが望みであれば
 戦場でお相手いたす。

 ――そんな具合だ」

東の砦長「ふぅむ。考えたな。全面降伏しろって云う話
 じゃないわけだ」

鬼呼族の姫巫女「ほほぅ」

銀虎公「全面降伏しろって云う話にするならば、
 前回云っていた“蒼魔族全てが意固地になる”
 ってやつがあるのだろう?
 領地を押し包んで総攻撃する! とか云うと、
 蒼魔族は“自暴自棄”になるかもしれぬ」

碧鋼大将「うむ」

銀虎公「そこで、申し開きをさせてやろうというのだ。
 ただ、申し開きは、ここでやらせる」

火竜大公「ほほぉ!」
614 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 21:53:55.26 ID:jeE4iYgP

銀虎公「そうしたら、奴らももう一度会議に
 出てこざるを得ないだろう?
 この会議は忽鄰塔に似ているが、そのものではない。
 奴らの奇妙な前例を用いた策略は通用しない」

碧鋼大将「それはそうだな」

火竜大公「そして会議に出てきたら、奴らにはっきりと告げる。
 お前達のやり方は無法で不愉快だ、とな。
 もし詫びる気があるのならば、証明させる」

妖精女王「証明とは?」

銀虎公「まずは、親王と将軍クラスの首全てだろうな」

妖精女王「殺す……のですか?」

東の砦長「いや、それは仕方ないだろう。
 ここは銀虎公殿が正しいと俺は思う」

鬼呼族の姫巫女「そうじゃな」

銀虎公「その上で、しばらくの間は、蒼魔族の領地に
 我らのどの氏族か、混成でも良いが軍団を置いて様子を
 見させるべきだろう。賠償金も取るべきかも知れないが
 金の細かいことは俺には判らぬ」

碧鋼大将「悪くない案のように思えるな」
火竜大公「そうだな」
妖精女王「……ええ」

巨人伯「……のってくる……かな」
鬼呼族の姫巫女「そこが一番の問題であろうな」
623 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 22:26:49.01 ID:jeE4iYgP

銀虎公「いやいや、そこはそれで考えてあるのだ!」
碧鋼大将「とは?」

銀虎公「前回、衛門族の長が言っておられただろう?
 事が終わった後に理非の大事さが聞いてくると。
 一回の警告もせずに攻撃をしたらそれは不意打ち。
 ある意味、蒼魔族と同じだ。

   この手紙を出すことにより、いわば“申し開きのチャンス”を
 あたえてやるのだ。その上で無視をするなり、
 ご託を述べるようならば、
 それは、奴らが戦争をしたいと云っているも同じだ。
 その時はまさに合戦にて決着をつけるしかない。

   もしかりに、蒼魔族の軍勢を戦場で滅ぼした後でも
 蒼魔の都に戻り、その民に云うことが出来るだろう?

   お前達の長と軍は、斯く如くこのように無法を行った。
 ゆえに氏族会議はこれを処断したが、
 これはけして私心からではない。とな」

東の砦長(随分よく考えてきたじゃないか。虎の旦那。
 俺はあんたをちっとは見直したよ)

鬼呼族の姫巫女「よく考えられた案であるな! 銀虎公どの」

銀虎公「はははっ! なんてことはない。
 俺は考え事は苦手だしな。
 そこで獣牙の長老会に知恵を求めたのだ。
 久しぶりに頼られた爺どもは鼻血を流して喜んでな!
 三日三晩議論をして考えてくれたのだ。
 あやつらは腰抜けではあるのだが、こういう時には役に立つ」
625 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 22:28:18.80 ID:jeE4iYgP

碧鋼大将「ははははっ! そうでありましたか」

銀虎公「やはり、いまひとつか?
 爺の考えた手だからなぁ。
 俺としてはもっとはっきりした策も好みなのだが
 今回はこのような手段が良いとも思ったのだ」

火竜大公「いえいえ、立派な作戦でしょう」
妖精女王「はい」

紋様の長「よい部の民を抱えるのも、長の資質、器量です」

東の砦長(まったくだ)

鬼呼族の姫巫女「いかがだろう。ご老公どの、皆の衆。
 このような対応がもっとも当面は妥当だと考えるが」

勇者 こくり

碧鋼大将「異議はない」
紋様の長「まったくもって」

火竜大公「では、そのような手紙を届けるとしよう。
 書面については、そうだな……。
 人魔の族長、紋様殿に頼むとしよう」

紋様の長「心得た」

東の砦長(それもよく考えた対応だ)

鬼呼族の姫巫女「鬼呼族からの書状だといらぬ感情を
 かきたててしまうでしょうしな」

碧鋼大将「さて、他にもあるかな」
626 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 22:29:11.27 ID:jeE4iYgP

東の砦長「今回は、申し訳ないが衛門一族から
 願いたいことがある」

鬼呼族の姫巫女「ほほぉ、どのようなことだ?」

東の砦長「その前に、我が街で重要な仕事を
 行なっている担当者を一人を呼んでもかまわぬか?
 今回の願いに関係があるのだ」

鬼呼族の姫巫女「かまわぬだろう?」

銀虎公「うむ」
火竜大公「よろしい認めよう」

東の砦長「よし、入ってくれ」

がちゃり

鬼呼族の姫巫女「ほほう」にやり
勇者「あー」

火竜大公「……このような場所にっ」

火竜公女「お召し頂き感謝しまする。
 衛門一族の長よりのお招きに頂き参上いたしました。
 我、火竜一族を出身とする火竜公女と申すもの。
 いごおみしりおきくださいますよう」ふかぶか

勇者「うー」

銀虎公「これはこれは。……子煩悩で誰にも見せないって云う
 話だったのではなかったのか」

火竜大公「うぉっほん!!」 ぼうっ
628 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 22:31:06.00 ID:jeE4iYgP

妖精女王「して、お話とは」

東の砦長「まずは、わが衛門一族の本拠地、
 開門都市の現状から述べさせて貰う。
 まず我が街は……人間どもに荒らされてな。
 俺もその軍の中にいたから、
 このような言い方は好きではないし本来は出来ないのだが、
 街はともかく周囲の農地や街道は
 めちゃくちゃになってしまった」

鬼呼族の姫巫女「うむ」

銀虎公「あのあたりは大規模な攻防戦が何ヶ月持つづいたからな」

碧鋼大将「さもありなん」

東の砦長「もっとも今では人の行き来も復活して、
 もとより沼地やら山奥にあるわけでもない、
 平野の都市だから、随分復興もしてきた。
 そこは心配には及ばない。皆、明るく働いてくれている。

   しかし、ここまで復興してくると、
 今度は交易が盛んになってきてな。
 元々交易の要衝であった街だ、無理もないのだが
 そうなると、踏み固めた程度の街道では馬車の旅に不足がある」

鬼呼族の姫巫女「ふむ」
火竜大公「で、あろうな」

東の砦長「もちろん我が氏族の領地のことであれば
 我が氏族が総力を持って整えればよいのだが
 事が交易となるとそうも行かない」
631 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 22:35:13.35 ID:jeE4iYgP

鬼呼族の姫巫女「衛門一族の領地は確か……」

火竜大公「魔王どの直轄宣言だから、開門都市および
 その周辺馬で2日、くらいであろうな」

妖精女王「そのくらいでしょうね」

東の砦長「で、調べてみたところ、長い戦乱でこの世界の
 街道という街道は荒れ果てて、
 橋はあちこちで焼け落ちているそうじゃないか。
 それを修理したり、何とかしたいという話だ」

鬼呼族の姫巫女「ふむ」

碧鋼大将「それは我が一族の願いでもあった、しかし」
妖精女王「そう、莫大な労力が掛かりますよ」

東の砦長「その辺は、専門家を連れてきたので聞いてくれ」

鬼呼族の姫巫女「ほほう」

火竜公女「はい。
 今回開門都市自治委員会の依頼を受けて調査をしました。
 この街道敷設は十分に利益をあげる、と思われまする」

碧鋼大将「は?」

銀虎公「おいおい、道を造るだけで何で利益が上がる」

火竜大公「話してみよ」
645 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/24(木) 23:14:48.53 ID:jeE4iYgP

火竜公女「まず、我らは長い長い戦乱を過ごして参りました。
 前魔王殿はそう言った戦乱を傍観したばかりか
 奨励すらなさいましたゆえ。
 また今魔王どのはご病気が続きました」

妖精女王「そう……ですね……」

火竜公女「第一に示すべき事は、
 戦をする人手があって、道を造る人手がない
 などと云うことはあり得ぬ、と云うことです」

鬼呼族の姫巫女「それはそれで、道理よな」

火竜公女「新しい街道を造れば、人も物も流れまする。
 物の流れは、豊かさへの第一歩。
 何か足りない物があれば隣国から買えばよいのです。
 あまりたる物があれば、隣国へ売ればよいのです。
 そして、売り買いを行えば、税が入りまする」

紋様の長「税か」
勇者「……ふむ」

火竜公女「こたびの計画では、こちらの地図に示したとおり」

ばさりっ!

火竜公女「9本の本街道を考えまする。
 これらは現在の旧街道を利用しますゆえ、
 その長大さと比較して短期間で作れる見通し。
 これを九族大路と称しまする。
 さらには、今後の展開として、この九街道を補佐する
 18の街道も視野にいれまする」

碧鋼大将「なんと壮大な!」
646 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 23:16:03.98 ID:jeE4iYgP

火竜公女「これら街道は、必要があれば土を盛り上げ
 谷を削り、可能な限り石畳で作りまする」

銀虎公「何故か?」

火竜公女「この世界を悩ませてきた、
 大規模な河川の氾濫に対する備えとしてゆえです。
 道の左右には一定の間隔で槐の木を植え、
 この根を持って大地を抱き、土の流れを防ぎまする。
 また、この九族大路の要所には水路を平行して作り
 水利をはかりまする」

紋様の長「水利とは?」

火竜公女「これは受け売りでございまするが、
 この地下世界、我らが故郷には、
 水のある場所と無い場所の差が激しすぎまする。
 ある場所は大河の氾濫に怯え、
 無い場所では実りのない赤茶けた大地。
 これでは豊かな場所を奪い合い、戦乱が生じるも必定。
 水のある地域からは水を抜き安全を確保し、
 無い地域へと水を少しでも運ぶ方策を練るべきかと」

火竜大公「……これだけの計画をどれだけの期間で
 行おうというのだ」

火竜公女「九族大路を9年。
 その後18枝道をもって18年」

鬼呼族の姫巫女「それだけの人手、金をどうする?」

火竜公女「今回のお願いはそれでございまする」
648 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 23:17:23.16 ID:jeE4iYgP

銀虎公「とは?」

火竜公女「債符を興しまする」

碧鋼大将「債符?」

火竜公女「はい。債符は木の札のような物で、
 番号が振ってあり登録が必要でありまする。
 これを大量に作りますゆえ、買って頂きたい。
 債符を持った商人は、債符ひとつにつき一台の馬車を
 あたらしく作った九族大路において税を払うことなく
 通行させる、とすればいかがでしょう」

鬼呼族の姫巫女「ふぅむ、つまりは事前に税を集める訳か」

火竜公女「御意」

紋様の長「その債符は高いのか?
 普通の商人では買えなくなってしまうのではないか」

火竜公女「あまりにも高い、つまり後で税を払った方が
 安くつくというのであれば本末転倒。
 ですがその場合、その判断も商人の才覚ゆえ
 あとから税を払おうと考える方は、それで宜しいでしょう。
 しかし、税なり債なるものは
 その重さ軽さよりも、
 不公平であることにがもっとも民の反感を買うと思いまする。

   説明をし、街路の有用性を説き、上位に当たる者から
 積極的に債符を買えば必ずや上手く行くと考えまする」
649 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 23:18:53.73 ID:jeE4iYgP

火竜公女「また、これらの道が通るところは交通の要と
 なりましょう。
 氏族の長がたならばお解りかと思いまするが、
 小さき街は大きくなり、今はなにも無き村であっても
 新しく街になる可能性もありまする。
 水路が引かれた地にため池を作れば、新しい畑も作れましょう。  この計画は、必ずや子々孫々にわたる益をもたらしまする」

妖精女王「……」
巨人伯「……俺たち、お金は、少ない」

火竜公女「心得ておりまする。
 巨人が一族の方には、逆にこちらから債符をお送りしたいほど。  資金の代わりに、その強き腕を街道敷設にお貸し下さい」

勇者「……魔王なのか? 誰が鍛えたんだこれ」

銀虎公「我が領土にも水が来るのか」
火竜公女「必ずや」

火竜大公「……」

紋様の長「わたしたち人魔一族は、通例を破ってでも、
 この案には真っ先に賛成させて頂きましょう。
 我ら人魔は雑多な族のあつまり。
 あちこちの街に散らばって生きています。
 これだけの街道があれば、我らが受ける恩恵は計り知れない」

東の砦長「かたじけない」

鬼呼族の姫巫女「面白い。即答は出来ぬが、国元へと帰り
 急ぎその裏付けを検討させよう。前向きな答えを
 期待してくれても良い」

火竜大公「娘よ」

火竜公女「火竜大公におかれましては、いかがでしょう?」
651 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 23:20:43.76 ID:jeE4iYgP

火竜大公「良かろう。支持しよう」

妖精女王「わたし達は、どのようなことが出来るか
 検討してみるとします」

巨人伯「おれたちは……支持する」

碧鋼大将「我らは保留だ。鉄が来るのは有り難いが
 我らがどれほどに受け入れてもらえるのかは
 部の民に相談することなく、軽々に返事は出来ぬ」

鬼呼族の姫巫女「意見が割れた時は過半数、と云う話だったが
 この話は明確な反対があるわけでもない。
 今しばらく時間を取っていただき、
 氏族の中での意見も聞いてみたいが、よろしいか?」

火竜大公「うむ、それが適当であろう」

妖精女王「判りました」
巨人伯「おう……」

東の砦長「かたじけないな。長の方々」

鬼呼族の姫巫女「なんの。火竜老公の美しい娘御を
 みれて眼福であったぞ」

火竜公女「次回までには、今少し詳しい計画図をお持ちしまする」

東の砦長「助かったぜ。やつにも礼を言っておいてくれ」

火竜公女「承りました」にこっ
699 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 13:09:31.80 ID:W1zfwn6P

――――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、仮設会議場の表

パタタタッ

火竜公女「黒騎士殿」

勇者「はい」ビクッ

火竜公女「会議の際は知らぬふりをして申し訳ありませぬ。
 あのような席ゆえ、馴れ馴れしくも出来なかったゆえ」

勇者「ああ。それは、うん。当たり前だよ。
 すごく格好良かった。たいした計画だったよ?」

火竜公女「そのように云ってもらえて、妾も嬉しく思いまする」

勇者「おう」

火竜公女「ついでに、一つお願いしてもよいかや勇者殿」

勇者「出来ることならなんでも……ゆうしゃ!?」

こそこそ

東の砦将(アイコンタクト) ごめん、全部、ゲロった
副官(アイコンタクト) まことに、ごめん、なさい

火竜公女 にこにこ

勇者「……はい」

火竜公女「魔王殿に会いたいのです。連れて行ってください」
701 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 13:11:05.13 ID:W1zfwn6P

――冬越しの村、魔王の屋敷、廊下

勇者「……」

勇者「なんかさ。俺すげー虐められてね?」

勇者「火竜公女と魔王が話すのを廊下で
 待たされてるって、どんだけサドなんだよ。
 泣いて良いよね? 俺泣いて良いよね?」

勇者「……良いよね?」

しーん

勇者「勇者の自信なくなってきたぞ、こんちきしょうめ」

ぽつーん

勇者「……?」

      「――。――――」
      「――――――」

勇者「いやいや。それは駄目でしょ? 盗み聞きとか。
 それは勇者じゃなくて、一人の男として終わってますことよ?」

      「――――! ――!」
      「――――――」

勇者「……えーっと」
702 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 13:12:06.76 ID:W1zfwn6P

勇者「うわぁぁぁ! だ、だめだぁ。
 盗み聞きなんて良く無いのだぁぁ!
 変態紳士の爺じゃあるまいしぃぃぃ!」

勇者「……」

      「――。――――」
      「――――――」

勇者「……」そろー

メイド長「どうしたんですか? 勇者様」

勇者 ビクゥッ!! 「ナンデモナイヨ」

メイド長「そうなんですか?」

勇者 こくこくっ

メイド長「あらあら、まぁまぁ」くすっ

コンコンッ

メイド長「まおー様。お茶のお代わりはいかがですか?」

ガチャ

勇者「あ」

魔王「いや、もう良い。それより勇者。
 公女殿が帰られる。送って差し上げてくれ」
705 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 13:27:25.32 ID:W1zfwn6P

――魔界、開門都市、郊外の虹降りしきる丘

しゅわんっ!

勇者「よっと。……ついたよ」
火竜公女「ありがとうございまする、黒騎士殿」

勇者「いえいえ」
火竜公女「……」

さくっ、さくっ、さくっ

勇者「えっと、街まで送る」
火竜公女「いえ」

勇者「……」
火竜公女「黒騎士殿?」

勇者「はい」 びくっ
火竜公女「はっきりさせて頂くことがありまする。
 妾はふられたのですよね?」

勇者「えっと……」
火竜公女「黒騎士殿の、一番大切な方はいらっしゃるのですよね」

勇者「うん……」

火竜公女「……」

勇者「大切って云うか、みんな大切なんだけど」

火竜公女「どれくらい大切ですか?」
勇者「すごく」
709 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 13:30:13.23 ID:W1zfwn6P

火竜公女「妾のことはどれくらい大切ですか?」
勇者「……」

火竜公女「答えてください」

勇者「危険があったら……身体を張って護れるくらい」

火竜公女「……ふふふっ」
勇者「?」

火竜公女「黒騎士殿は、その言葉で随分損をしていますゆえ」
勇者「そう、なのか?」

火竜公女「普通の殿方は、黒騎士殿ほど強くありませぬ。
 故に、護れる女子は一人がよいところ。だからその言葉も、
 護るという行為も、告白と同じ意味を持つのでありまする」

勇者「……」

火竜公女「努々、軽率にそのようなことを云ってはなりませぬ。
 ……“餌は与えても野良は飼わない”。
 そう言うことをしてはなりませんよ」

勇者「……」

火竜公女「黒騎士殿は妾を護ってはくれても、
 妾と添い遂げてはくれないのでしょう?」

勇者「えっと……。個人的には、その」

火竜公女「父上が何と言おうと、
 妾は一番でないといやでありまする。
 また、並の女子相手では押さえられぬとも
 思ってはいませんでした」
710 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 13:33:02.19 ID:W1zfwn6P

火竜公女「勇者殿」
勇者「……」

火竜公女「妾を振るにあたっては、傷心は無用にございまする。
 妾もまた裏切りの徒。情けをかけられる一理もありませぬゆえ。
 ただただお願いしたき義が」

勇者「うん」

火竜公女「大事な人がいるのなら、大事と仰いなさいませ。
 勇者殿のお力があれば、幾百、幾千の女子の
 命と安全を守ることが出来まする。

   しかし、それでは、あなた様に限っては、
 真心の証とはなりませぬ。
 そのことはお解りになったでありましょう?

   なにも妾が、そこまで難しいことを
 申しておるわけでもありますまい?
 魔王殿は口を濁されておられましたが、
 やはり不安でありましょう」

勇者「……」

火竜公女「妾が理不尽を云っておるかや?」

勇者「いや、そんなことはない……と思う」

火竜公女「では、云うべきです」

勇者「……」
火竜公女「……」
711 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 13:35:12.85 ID:W1zfwn6P

勇者「あー」
火竜公女「……」

勇者「……やっぱ、おれ、ダメダメだから。
 人と魔族を殺すこと。田畑を焼くこと。
 大地を砕いて、街を灰燼にかえすこと。
 そのくらいじゃん、俺が出来るのって。
 そういうやつって、なんかさ。

   まぶしいっていうか。ダメっていうかさ。
 よく分かんないけど。
 ……幸せになっちゃいけない気がする。

   うまく言えないけど」

火竜公女「臆病者」

勇者「……」

火竜公女「そんな気持ちで剣を取るのなら、
 あなたはいつかきっと敗れまする。
 そんなに強いことがいやですかや。
 血に濡れた両手が厭わしいですかや。
 好いた女子が由とするなら、それを持って由となさりませ。
 自らの能力を押さえてなんとしますか」

勇者「……」

火竜公女「護るというのは敵を倒せば終わりですか。
 勇者という名前は、そのように軽きものですかや」
712 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 13:37:05.02 ID:W1zfwn6P

パシンッ!

勇者「っ!」
火竜公女「これは道違えたる妾からの最後の餞別」

勇者「……うん」

火竜公女「妾は幸せになりまする。妾は美しくなりまする。
 あとで……我が君と最初に呼んだあなた様が振り向くたびに
 後悔と妬心ではち切れそうになるほどに。

 よろしいですかや?
 これは貸しでござりまする。

 勇者殿は妾に大きな借りがございまする。
 その返済は、貴方が幸せになることでしか返せぬ事
 それをお忘れ無きように」

勇者「……」
火竜公女「……帰りまする」

さくっ

勇者「……」

さくっ、さくっ

勇者「……」

さくっ、さくっ、さくっ
720 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 13:51:01.37 ID:W1zfwn6P

――葦の国、沼船

〜♪ 〜〜♪

奏楽子弟「〜♪ ……♪」

農夫「ほーい! 云い音色じゃね、楽士のお嬢さん!」
農夫の娘「お姉ちゃん、ほーうい、ほーうい!」

奏楽子弟「船ですかー? 渡してくれませんか〜?」

農夫「どこまでいきなさるんねー?
 おいら達は、これから都まで大麦と酪を売りに行くんだがよぉ」

農夫の娘「お姉ちゃんも一緒に行く?」

奏楽子弟「ええ、お願いできるなら!」

農夫「ええですよ、乗りなせぇ」

奏楽子弟「ありがとうございますっ」

農夫「さぁ、その藁に腰を下ろしていいですけの」
農夫の娘「ねぇねぇ! お姉ちゃんは、どこの人?」

奏楽子弟「随分遠くから来たのよ」
農夫「おんや、まぁ。それは葦笛じゃねですか」

奏楽子弟「ええ。昨日教わったのです。
 この国で人気のある楽器だと」
721 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 13:51:58.85 ID:W1zfwn6P

農夫「人気があるかどうかはわからねけど、
 葦ばっかりの国だで、どこの村でも、
 葦笛名人の一人くらいはいるすなぁ」
農夫の娘「わたしも吹けるよ!」

奏楽子弟「一緒に吹こうか?」
農夫の娘「うんっ!!」

〜♪ 〜〜♪

奏楽子弟「〜♪ ……♪」

〜♪ 〜〜♪

農夫の娘「〜♪ ……♪」

農夫「おーや、上手だねぇ」

農夫の娘「楽しいね、お姉ちゃん」
奏楽子弟「そうだねー。上手いね、びっくり!」にこっ

〜♪ 〜〜♪

農夫「ほーぅい、ほうい!」

牛馬車の農民「よーお! 都に行くのかぁ?」

農夫「そうだでよぉ」
農夫の娘「いってくるよー!」

牛馬車の農民「麦の値段を調べてきてくれよぉ!」

農夫「わかったよぉ!」
722 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 13:52:54.61 ID:W1zfwn6P

〜〜♪

〜♪ 〜〜♪

農夫の娘「……すぅ」

ぱしゃん。ぱちゃん

農夫「おーや、寝ちまったみたいだな」

奏楽子弟「そうみたいですね」

農夫「最近はどこも大変だでな」
農夫の娘「……くぅ」

奏楽子弟「大変、ですか」

農夫「ああ。食うや食わずだから」
奏楽子弟「……」

農夫「楽師さんは、大丈夫だでか? ちゃぁんと稼げているかい?」

奏楽子弟「ええ、まぁ……」

農夫「楽師さんも楽ではねぇな。
 まぁ、飢えちゃ音楽に金を払う人なんかいないだろうけどな。
 それはしかたあるめぇよ」

奏楽子弟「そうですね。でも、まだまだ歩けますから」

農夫「楽師さんの音楽は、なんだか元気が出るものな。
 元気を出す音楽のために
 腹が減っててもにこにこしてるんだろうな。
 私らにも、それは判るさ。ははっ!」
723 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 13:55:23.61 ID:W1zfwn6P

奏楽子弟 きゅるるー

農夫「ほら、黒パン食うべ」
奏楽子弟「いえ、そんな訳には」

農夫「大丈夫、半分こするだよ。
 それにおいら達は貧乏で
 その綺麗な曲のお礼にお金も払えないだしな」

奏楽子弟「とんでもない!
 こうして船に乗せてくれたじゃないですか」

農夫「はははっ! まぁ、明日には都に着く。
 それまでは、もう何曲か聞かせてくれると嬉しいだでよ」

奏楽子弟「ええ、もちろん。どんな曲が宜しいですか?」

農夫「宜しいですか、なんて云われっちまうと
 なんだかこそばゆいなぁ! でも、おいらたちは
 そんなに沢山の曲を知っている訳じゃないんだよ。
 祭りの曲と、生まれ祝いの曲、年越祭の曲。
 そんなもんだ」

奏楽子弟「じゃぁ、わたしの故郷の曲を弾きましょうか?」

ゴソゴソ

農夫「おんや、それは?」

奏楽子弟「竜頭琴ですよ。ちょっと珍しいでしょう?」
農夫「ああ、旅が楽しくなるような曲がいいだよ」

奏楽子弟「ええ、楽しい曲を弾きましょう。
 これはわたしの大事な友達が、随分笑い転げた
 歌がついているんですよ」
728 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 14:38:11.51 ID:W1zfwn6P

――ごきげん殺人事件6 カップル斬りつけて開き直り殺人事件

「ごきげん剣士ななこっ!」
「ごきげん賢者すいかっ!」
 二人の声が唱和する。甘く勇ましい少女の声と、声変わりを
迎えてはいないボーイソプラノの少年のハーモニーは夜の大気
を切り裂いて、闇の使徒を迎撃するのだ。

「わたしたちっ!」「ぼくたちっ!」
 くるりと回って武器を構える二人。

「開示相手には情け無用の残虐ファイター!
 ノリと勢いで征伐執行!  わがままいっぱい甘えんぼうっ!
 その名もっ“ごきげん殺人事件”っ!! 執行完了170秒前っ!」

「ふざけるなっ! 子供の遊びじゃないんだぞっ!」
 固い装甲鎧を身につけた怪人は、恐れることもひるむこともなく
二人組の魔法戦士に叫びかえす。

「おじさんこそ、いい年して全身タイツに密着鎧なんて変態じゃ
ないんですかー? いやん。ななこ変質者に虐められるー」
 全くの棒読みの台詞は、11歳なりの洗練を秘めた罵倒として
傷つきやすいアリ怪人の精神をさいなんだ。
 おろおろと動転する内股の少年が「ななこちゃん、大人の人に
そう言うこと言ったらダメだよ?」と諭すのさえも無性に腹立た
しくてならない。

 そもそもこの装甲は鎧は金属ではなくアリをもした生体装甲な
のだ。密着していない方が不都合ではないか。
 彼は激しい苛立ちと共に蟻酸を拭きかける。異様な飛距離を
見せた強酸性の溶液は、素早く飛んで避けた二人が立っていた足
下を溶かす。

「なっ、なにをするんですかぁ」
「く、口から変な汁だしたぁっ!? ひゃぁ」
 生意気なことを云ってばかりいるななこだが、その突然の攻撃
に足下が妖しくなり、いつもは気にならないはずのチェックのミ
ニスカートが絡みついて、倒れ込んでしまう。
 ちゅん。
「な、なっ。ななこちゃんっ」
 子いぬのような瞳を持つ相棒の少年がアップで迫ったかと思う
と、胸を締め付けるような甘いうずきと共に激しい恥ずかしさが
わき上がってくるのだ。
730 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 14:44:14.26 ID:W1zfwn6P

――冬越しの村、魔王の屋敷、居間

ぺらっ

魔王「……」
勇者「……」

 めらめら、ぱちぱち

魔王「くっ。……ここで急激にドキドキ展開なのかっ」
勇者「まじで!?」

魔王「うむ、これは危険だ。シリーズ6作になって
 このようなご褒美シーンがあるとは」
勇者「……ほほう」

魔王「しかしこれは理不尽ではないかっ!」

ばたむっ!

勇者「どうしたんだよ、魔王」

魔王「わたしは作者に断固抗議したい!!
 この主人公は、11歳なのだぞっ!?
 11際と云えばメイド妹よりも一つ下ではないかっ!!」

勇者「うん、そうだっけ? そのくらいかな」

魔王「それなのに、こんな嬉し恥ずかしい
 ドキドキシーンがあるとは!
 偶然とは言え、その、唇と、くちび……。
 ええーい! 断固抗議だ」

勇者「?」
731 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 14:45:10.06 ID:W1zfwn6P

魔王「世界には遙かに年齢的に成熟した
 二人が他にも溢れるほど存在するというのに
 なぜこのような子供達が
 うっかり偶然そんな幸運を得るのかと」

勇者「落ち着けよ」

魔王「……わたしは冷静だ」
勇者「そうかなぁ」

 めらめら、ぱちぱち

魔王「勇者」
勇者「ん?」

魔王「本を置け」
勇者「わかった」 ぽすん

魔王「……おっほん」
勇者「?」

魔王「機嫌はどうだ?」
勇者「普通だぞ」

魔王「そ、そうか」じりっじりっ
勇者「どうしたんだ?」

魔王「なんでもない。半分開けてくれ」
勇者「ずれるけどさ」ずり

魔王 とさっ
勇者「?」
733 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 14:46:12.24 ID:W1zfwn6P

魔王 ぺとっ
勇者「どした?」

魔王「なんでもない」
勇者「そうか?」

魔王「勇者。わたしの耳に触ってくれ」
勇者「ん?」むきゅ

魔王「んっ」ひくんっ
勇者「……うう」どきどき

(魔王殿は口を濁されておられましたが、
 やはり不安でありましょう)

魔王「……ふぅ」

勇者「えっと、魔王。さ」

魔王「ん?」
勇者「女騎士のことだけどさ。誓い受けちゃってさ」

魔王「くどい。それはもう良い」
勇者「う、うん。でも、魔王の耳は……かっ。かわいいからな?」

魔王「何を言っているんだっ。話が繋がっていないではないかっ」

勇者(……失敗した。何で俺はこうダメダメなんだ。
 爺さん、やっぱり『ぱふぱふ道』じゃ
 女の心はゲットできないのかもしれないんだぜ)

魔王「む」
735 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 14:47:55.48 ID:W1zfwn6P

勇者「機嫌を直してくれ、魔王」
魔王「機嫌など最初から曲げてはいない」
勇者「そうかなぁ……」

魔王「もう一度耳に触れるのだ」
勇者「うん……」

魔王「んぅ」ひくんっ
勇者「うー」

魔王「もう一回」
勇者 なでなで

魔王 くたぁ

勇者「えっと、魔王?」
魔王「……んぅ?」

勇者「眠そう」
魔王「眠いわけではない」

勇者「そっか……。あのだな」

コンコンッ

メイド長「まおー様〜。カスタードシューが出来たそうですよ」

バッ 魔王「そうか! あれは美味いな。頂こうっ」
勇者「ううー」

メイド長「勇者様、どうかなさったので?」
760 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 16:27:34.36 ID:W1zfwn6P

――葦の国、その都、市場の外れ

〜♪ 〜〜♪

奏楽子弟「〜〜♪
 春の喜ばしい気配が近づいてくる。
 春が勝利し、厳しい冬は逃げ去った♪
 春の精霊が麗しくやってきて、
 森の小鳥たちは祝いさえずる♪」

街の市民「素晴らしい!」

奏楽子弟「〜〜♪
 恵みの太陽は笑いを与え、花々は咲き誇る。
 麦の香り運ぶ西風は甘美な吐息もて芳香を放ち、
 人間は愛のため、この恋歌のもと駆け回る♪
 森の兎が歌い、小夜啼鳥が甘く囀る。
 花々は咲き乱れ、森には生命溢れ、
 喜び満ちた乙女らの輪舞の輪が広がる♪」

女性市民「なんて演奏家なのかしら!」

農夫「はいなぁ! 大麦を半袋でございますね!」
農夫の娘「ありがとうございましたぁ!」

街の市民「俺も貰おう、にんじんを一袋だ」
農夫の娘「はいっ!」

奏楽子弟「ありがとうございます!」

女性市民「いえいえ、久しぶりよ、
 こんな楽しくて綺麗な曲を聴いたのは!」
761 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 16:30:15.50 ID:W1zfwn6P

裕福そうな市民「まったくだ、どこぞの宮廷にでも登れば
 高い身分も与えられるかも知れないのに」

奏楽子弟「いえいえ、わたしはこうやって
 街角で演奏しているのが一番好きなんですよ」

街の市民「また来てね、待っているわ」

農夫の娘「ありがとうございました〜♪」

――。

奏楽子弟「ふぅ、忙しかったですね」
農夫「いやはや、とんでもない。なんてお礼を言えばいいのか!」
農夫の娘「一杯売れたよ、いつもよりも高く売れたの!」

奏楽子弟「よかったね」にこっ
農夫「ありがとうございます。これは少ねぇけど」

奏楽子弟「いいのいいのっ! あ、いやいいんですっ。
 美味しいパンをわけて貰ったから!」

農夫「しかし……」
農夫の娘「お姉ちゃん。じゃぁ、パンあげるね」

奏楽子弟「ありがとうねっ! またねっ!」

農夫の娘「また葦笛吹こうね!」 ぶんぶんっ

奏楽子弟「またあえたら一緒に吹こうね〜♪」
765 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 16:57:52.10 ID:W1zfwn6P

――開門都市、『同盟』の新商館、大執務室

青年商人「お役目、ご苦労様でした」

辣腕会計「お疲れ様でした。……冷えた紅壬茶ですよ」

火竜公女「ありがたい」

青年商人「どうでした? 会議のほうは」

火竜公女「流石に一回で決定というわけにはまりませぬが
 かなり良い手応えかと感じました」

青年商人「通りそうですか?」
火竜公女「おそらくは」

青年商人「この計画が通らないと、通商や他の諸々も
 なかなか通りませんからね。まずは道路、そして潅漑、水利」

辣腕会計「今回は随分と迂遠ですけどね」

火竜公女「この地下世界には、商売のための機構がなさ過ぎるゆえ」

青年商人「何より、余剰貨幣がなさ過ぎるのが問題です」
辣腕会計「ですね」

火竜公女「余剰貨幣?」
766 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 16:58:59.46 ID:W1zfwn6P

青年商人「理屈は簡単です。
 例えば、塩を二つ持っている人がいる。
 さらに肉を二つ持っている人がいる。
 塩と肉を一つずつ交換し合えば、二人は同じように
 塩と肉を一つずつ持っていることになる。
 これを食べて暮らせばいいわけですね。

   この物々交換を行っている限り、貨幣は必要ありません。
 地下世界では貨幣も用いられていますが、砂金での取引や
 物々交換も盛んです。特に大規模な商取引は氏族の長や
 指導者が中に立っての物々交換が多い。

   余剰貨幣が生まれにくい構造なのです」

火竜公女「そうでありますな」

青年商人「しかし、我ら商人からすると、
 もっと貨幣が出回り、様々な物資を貨幣で
 売り買いできた方が商売の幅が広がる。
 新しい仕事も作りやすくなる」

火竜公女「それは地上でも見てきましたゆえ。
 金銭や貨幣は確かに弊害も多くみえまする。
 しかし貨幣を用いた仕事は、行動が早い。
 政治や氏族間の付き合いに流されやすい民の流れに比べて、
 金銭は情が絡まず“流れやすい”性質があるように思えまする。
 行き来が自在で、分割できる方が、時として安全で強力な
 味方となりうると」

青年商人「言葉はわからずとも中身は判っているようですね」

辣腕会計「……ふむ」

青年商人「そこで、債を興す」
767 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 17:00:56.71 ID:W1zfwn6P

火竜公女「今回の企画かや?」

青年商人「今回のは特別に色々と工夫を凝らしましたが
 債とは、ある種の借金のための仕組みです。
 “後で一定の金銭を返すので、これだけの金銭を欲しい”
 そういう取り決めの、書面化ですね」

火竜公女「それが余剰貨幣を生み出すのかや」

青年商人「単純な例で考えてみましょう。
 “金貨100枚をかえすので、金貨100枚を貸してくれ”
 この債券を作ったとします。この債券が無事に買われると
 わたしの手元には金貨100枚がやってきますね?
 そして相手の手元には“将来金貨100枚になる紙”が
 あることになる。
 ほら、合計で金貨が200枚分の価値に増えたでしょう?
 擬似的に貨幣が増えたことになる」

火竜公女「それはそれで、詐欺のような理屈に思えまする。
 そもそも一定の期間のあとに、その金貨100枚は
 かえさなければならない、つまり消えるが理屈。
 それを“増えた”とはおかしくありませぬか?」

青年商人「それはそれでもっともですが、
 公女だって前回の小麦買い占めを見たでしょう?
 大きな資金が手元にあれば、それだけ商売のチャンスは広がる。
 我らはこの金貨100枚を、返すまでに150枚に増やせばよい。
 そうすれば、元での費用は無しで金貨50枚の儲けです。
 資金無しではそうはいかないでしょう?」

火竜公女「それはそうでありますが」
768 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 17:02:28.15 ID:W1zfwn6P

青年商人「これが本来の金貸しの機能です。
 金貸しは、相手の信用を運用できる資金に変換しているんですよ。
 この魔界ではまだ銀行という形ので組織は
 成立しないようです。
 魔王殿にも一旦の再考を求められましたしね。

   そこで今回は、ちょっと迂回した方法で
 開門都市にも参加して貰って、資金集めをしたわけです」

火竜公女「……」

青年商人「そう睨まないでください。
 この件はこの都市にも魔族にも魔界にも一切の損害は
 もたらすつもりはありませんよ。
 そもそも、これは勝ち負けではないですからね。
 『同盟』が儲ければ、誰かが損をするというような
 種類の活動ではないのですから」

火竜公女「ここは信用しておきまする」

青年商人「有り難き幸せ」くすっ

火竜公女「商人殿は、開門都市と衛門一族、さらには
 竜一族が長である火竜大公、その娘の妾の立場を利用して
 その信用を資金に変えた。
 そのように理解しましたが、いかがか?」

青年商人「……さて」

火竜公女「商人殿は云いましたね。
 “財貨としての金と、道具としての金はまったく違う。
 後者を美しく思う人間こそ商人を名乗れる”と」
769 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 17:04:40.03 ID:W1zfwn6P

青年商人「ええ、云いました」

火竜公女「では、妾の信用をもって得た財貨で
 どれほどのことを成し遂げてくれるか、
 とくと見させていきましょう。
 それくらいは許されるのでしょう?
 妾は信用の貸し主ですゆえ」にこっ

青年商人「仰せ、誠にごもっとも」

火竜公女「楽しみにしていまする」
青年商人「やれやれ」

辣腕会計「はははっ。委員もたじたじですな」

火竜公女「妾だって負けっ放しでは、火竜一族の名折れですゆえ」

青年商人「さて、では事業の計画でも仕上げますか。……だれか」

辣腕会計「ああ、わたしが用意してきましょう。
 紙にペンにインクに、壺いっぱいの濃いお茶。
 資料は公女の集めていらしたもので良いのでしたね?
 この時間では職員も帰り支度でしょうし、
 わたしの方が早く集められる」

青年商人「そうですか? たのみます」
辣腕会計「お任せあれ」

とっとっとっ、バタン

火竜公女「……」
青年商人「ふぅ」

火竜公女「商人殿」
770 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 17:06:56.93 ID:W1zfwn6P

青年商人「はい?」

火竜公女「……」
青年商人「どうしました?」

火竜公女「――もし妾が恐ろしい敵に捉えられ、
 このままでは明日の朝日も浴びれぬ、となったらいかがいたす?」

青年商人「見捨てます」
火竜公女「……」

青年商人「というのは冗談ですが。……助ける見返りは何です?」
火竜公女「見返り抜きで」

青年商人「……それは新手の難問ですか?」
火竜公女「やもしれぬ」

青年商人「……」
火竜公女「……」

青年商人「“見返り抜き”という見返りでお助けしましょう」

火竜公女「え?」きょとん

青年商人「商人は報酬無しでは動きません」
火竜公女「……」

青年商人「しかし、あなたは機転が利くし、理解も早い。
 何より冷静だし公平だ。取引相手としては不足がない」

火竜公女「それは……、一生?」

青年商人「云ったでしょう? 商人の戦いに終わりはないんです」
778 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 17:36:42.39 ID:W1zfwn6P

――湖の国、湖の畔の国境の森、小さな街の宿屋

ザァァァァアア!

奏楽子弟「すごい雨ね……。
 下じゃぁこんな天気見たことがない。
 にわか雨に、季節の雨くらいなのに。
 それに、こちらは春なのに随分寒かったりするのね……」

カキカキ……

奏楽子弟「ん。こんなもん、かな。
 随分メモもたまっちゃったな。
 ――『聖骸』についての噂も随分聞いたけれど、
 やっぱり詳しいことは判らないか……。
 うーん、知り合いが一人もいないって云うのは結構大変だなぁ。
 どうしたものかしらねぇ」

ザァァァァアア!

奏楽子弟(……路銀はまだあるけど、節約しないと。
 うーん。湖の国って云うことだし、
 首都の方を回ってみるべきなのかな。
 人が多いと、多少お金も稼げるみたいだし。
 場合によってはどこかの大きな酒場で一ヶ月くらい
 雇って貰うのも悪くないかも。
 その方がうわさ話も集めやすいかな……)

こんこんっ

奏楽子弟「はい?」

宿屋の店主「申し訳ねぇこってす、お客さん」
奏楽子弟「どうしたんですか?」
780 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 17:38:31.77 ID:W1zfwn6P

宿屋の店主「この大雨で、どうも渡しの船が
 流されちまったみたいで。
 昼過ぎに出たお客さん達が戻ってきたんですよ。
 それで部屋が足りなくなっちまって。
 良かったら相部屋をお願いしても良いですかね?」

奏楽子弟「相部屋?」

宿屋の店主「ええ、相手は女の人ですから。
 男連中は男連中で別の相部屋にしますからね。
 どうかお願いしますよ。
 みんな足止めを喰らってしまってるんで。
 宿代の方は勉強させて貰いますから」

奏楽子弟「もちろんいいですよ」にこっ
メイド姉「すみません」

奏楽子弟「いえいえ、お互い様ですものね。
 ずぶ濡れじゃない。早く着替えないと」

メイド姉「ええ、じゃぁ、失礼して」

宿屋の店主「んじゃ、小僧に言いつけて
 湯と毛布を届けさせますからね。
 お客さん、相部屋ありがとうございました」

奏楽子弟「はーい」
メイド姉「よくして下さって、ありがとうございます」

奏楽子弟「拭くものはあるの? えーっと」
メイド姉「メイド姉です。はじめまして。
 ええ、ちゃんとあります。着替えてしまいますね」

奏楽子弟「わたしは奏楽子弟。
 見ての通りの旅の吟遊詩人。というか、旅人ね。よろしくね」
782 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 17:39:43.26 ID:W1zfwn6P

ザァァァァアア!

奏楽子弟「すごい雨ね」
メイド姉「ですね……。えっと、お茶を飲みます?」

奏楽子弟「え? うん。あれば有り難いけれど」
メイド姉「では入れますね」

奏楽子弟「でも、ここなにもないよ?」
メイド姉「お茶とカップくらいはあります。真鍮ですけれどね」

奏楽子弟「わ。本当だ。……すごいね。
 お嬢様風なのに、旅慣れているって云うか」

メイド姉「お嬢様だなんてとんでもない。
 南の果ての農家の娘ですよ」

とぽとぽ……

奏楽子弟「ふぅん。……温かい」
メイド姉「お湯がもらえて良かったです」にこっ

奏楽子弟「ああ、あたし。堅焼きクッキーあるよ」
メイド姉「いいんですか?」
奏楽子弟「うん、半分こしようよ」
メイド姉「ありがとうございます」

ザァァァァアア!

奏楽子弟「あなたはどこへ行くの?」
メイド姉「とりあえず、湖の国の都へ」

奏楽子弟「どうして? 聞いて良ければだけれど」
783 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 17:41:11.47 ID:W1zfwn6P

メイド姉「そこに湖畔修道院のかつて使っていた
 文書館があるんですよ。いくつか気になることもありますし。
 ……それはそれとしても、諸国を旅している最中なんです」

奏楽子弟「へぇ!」

メイド姉「色々見なきゃいけないものがあるんじゃないかって。
 それで国を飛び出してきたんですけれど。どこも大変ですね」

奏楽子弟「うん、そうだね。……物価も高いし人も倒れているし。
 北に行けば行くほどひどくなるような気がする」
メイド姉「はい……」

奏楽子弟「わたしの故郷じゃ戦争はあっても、
 飢え死にって云うのはあんまり見なかったから……。
 ああいうのは、見てるだけで辛いね」

メイド姉「そうですね……。詩人さんはどこから?」

奏楽子弟「ああ。えへへっ。もうね、すんごい遠いところから」
メイド姉「そうですか」

ザァァァァアア!

奏楽子弟「あのさ」
メイド姉「はい?」

奏楽子弟「その、文書館っていうのは、光の精霊の?」
メイド姉「ええ、そうですよ。修道院付属の記録が
 収められていると聞いています」

奏楽子弟「わたしも、その。ついて行って良いかな?」
785 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 17:42:37.00 ID:W1zfwn6P

メイド姉「?」

奏楽子弟「実はわたしは、詩も戯作も書くんだ。
 もちろん楽器も一通りこなす。舞台の脚本も書く。
 それらは一緒のものだからね。
 ……それで、どうしても興味が引かれて
 『聖骸』についての噂を追って旅をしているんだ」

メイド姉「そうだったんですか」

奏楽子弟「詩想がね、迫ってくるような気がするんだ。
 もうそこまで来ているような気もするんだけど……。
 いやはや。
 訳判らないよね」

メイド姉「良いですよ」
奏楽子弟「えっ?」

メイド姉「一緒に行きましょう」にこり

奏楽子弟「いいの? その……。わたしは旅人だし、
 わたしが言うのも何だけど、あんまり簡単に人を信じると、
 若い身空で事件に巻き込まれたりするよ?」

メイド姉「人間は生まれた時から世界に巻き込まれてるんです」

奏楽子弟「そりゃそうだけど。
 ――ん。その言い回し良いな。メモしておこう」

メイド姉「ふふふっ」

奏楽子弟「え? ああ。ごめんごめん。職業病で」
メイド姉「いいんです。1人より2人のほうが
 心細くないでしょう?」
802 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 18:14:12.05 ID:W1zfwn6P

――大陸中央、霧の国、領主の館

ガシャーン!!

家令「ひっ! ひぇっ!?」

肥満領主「こっ、こっ、このたわけがっ!!!」
 少女メイド「ヒッ」

肥満領主「聖光教会め! こ、こ、このようなことがっ!」

家令「どうされましたのでっ」

肥満領主「っ!!」 グシャグシャグシャ、ポイッ!

家令「これは……」

肥満領主「“小麦引き渡し証書”がいつの間にか聖光教会に
 渡っておったのだ! これでは言い逃れも踏み倒しも
 出来ないではないかっ! あの若造めぇっ!!」

ダダダダ、ガシャっ!!

役人頭「大変でございます! 領主さまっ!!」

肥満領主「ええい、どうしたというのだっ!」

役人頭「そ、それが! 実は城下や領内の村に、
 教会の徴収使どもがあらわれましてっ!」

肥満領主「徴収使……?」

役人頭「そやつらめが、収穫したばかりの麦をどんどんと
 取り上げて運び出しているのですっ!!」
803 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 18:15:37.72 ID:W1zfwn6P

ドンッ!
少女メイド「ヒッ!」

肥満領主「教会めぇ、そうであったか……。
 よもやとは思ったがあの商人と結託し、
 我ら地方領主の力をそぐのが狙いかっ」

役人頭「いかがいたしましょう?」

肥満領主「金はあるのだっ! 教会との交渉を開始する。
 “小麦引き渡し証書”を買い戻すのだ。
 すぐさまインク壺と羊皮紙を持て!」

家令「ははぁっ!」

肥満領主「くっ。何という屈辱だっ。
 8代にわたりこの領土を完全に治めてきたこの男爵家が
 何故このような奸計により、
 誇り高き我が額を教会などに下げねばならぬのだっ
 およそ商売など貴族のすることではないわっ!」

役人頭「えー。そのぅ」

肥満領主「とっととその徴収使とやらを見張らんかっ!
 麦の一粒でも多く持ち出すようであるならば、
 たとえ教会の使いとは言え、打ち払えっ。

   ええい、そうもいかんっ!
 引き取って頂くのだ。ただし丁重になっ!」

役人頭「そっ、そんなっ」

肥満領主「とっとと行かんか! その頭を首の上に
 くっつけておきたいのならば、命じたことをするが良いっ!」

役人頭「は、はいぃいい!!」

肥満領主「このままでは……済まさんぞっ!」
805 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 18:16:29.57 ID:W1zfwn6P

――鬼呼族の族長の館、青畳の書斎

鬼呼の忍者「――以上相違ありません」

鬼呼族の姫巫女「ふむ」
鬼呼執政「考えていたより、事態は深刻ですな」

鬼呼族の姫巫女「戦乱が長かったゆえ、か。
 民の間にもここまで不満や欲求がくすぶっているとは」

鬼呼執政「ええ」

鬼呼族の姫巫女「魔族の血やもしれぬな」
鬼呼執政「悪いことばかりとも申せませぬ」

鬼呼族の姫巫女「うむ、目標があれば燃え、
 それを見失えば失意と不満をくすぶらせる。
 我らにしてからがこれなのだ。
 獣牙の一族などいかばかりに血をたぎらせておるか」

鬼呼執政「で、あるからこそ、戦以外の目標を立てるべきです」

鬼呼族の姫巫女「――」

鬼呼執政「このたびの衛門族長からの提案、
 わたくしから見ると悪くないように思えます」

鬼呼族の姫巫女「それはそうであろうが、
 その工事が無駄に蒼魔族を刺激せぬとも限らぬゆえな」

鬼呼執政「場所を選んで着工すれば宜しいでしょう」

鬼呼族の姫巫女「場所、か」

鬼呼執政「こたびの債符なるもの、なかなかに面白い試み」
806 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 18:17:42.97 ID:W1zfwn6P

鬼呼族の姫巫女「とは?」
鬼呼執政「送られたる計画をつぶさに調べたところ、
 九本の道路それぞれに別種の債符が割り当てられております」

鬼呼族の姫巫女「ほう」

鬼呼執政「たとえば巨人族の都へと繋がる道の債符は
 そこを使用する商人しか買わないでしょうが、
 鬼呼族のそれは多くの商人が必要とするでしょう。
 より多くの人が必要とするのならば、
 債符は多く売れ、工事は早く完成いたしまする」

鬼呼族の姫巫女「ふむ」

鬼呼執政「また言えば、鬼呼の地でおのれをもてあましたる
 若者や兵士として職にあぶれていた者は、
 他国へと出稼ぎに行っても道路を造る仕事がありましょう。
 蒼魔族との戦闘が気になるのならば、
 先にそれより離れたる、例えば機怪の地への街道を整えれば
 良いわけです。

   われら鬼呼は治水や潅漑などの技に生来優れております。
 おそらくどのような国でも歓迎されるでしょう」

鬼呼族の姫巫女「……うむ」
鬼呼執政「いかがでしょう」

鬼呼族の姫巫女「普請の教え長を呼べ。彼ならば、家造りの
 匠を良く心得ておろう。
 100人班を編制して、普請組として立ち上げよう。
 会議に諮って、我が鬼呼の技、高く買ってくれるところへ
 売りつけようぞ」

鬼呼執政「ふぅむ。工事の傭兵でございますな?」

鬼呼族の姫巫女「血の香のせぬ、な。
 これならば民も納得して、
 わが鬼呼の力を魔界に見せつけてくれるだろう」
812 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 19:09:03.20 ID:W1zfwn6P

――湖の国、首都近郊、さびれた文書館

ガチャガチャ……。ギィイイィィィイイ。

修道院司書「こちらでございます」

メイド姉「ありがとうございます」
奏楽子弟「すみません」

修道院司書「ここにあるのは古い時代のものばかり。
 退光しますゆえ直接光に当てませんよう」

メイド姉「判りました」
奏楽子弟「すごい量と埃ね」

修道院司書「ご用がお済みの際には守衛室にお寄りください。
 温かい茶など入れましょう。修道院長の話など
 お聞かせ願えれば、幸いです」

メイド姉「はい、是非に」

修道院司書「それではこれにて……」

ギィイイィィィイイ。コッコッコッコッ。

奏楽子弟「えっと、メイドさんってすごいんだね」

メイド姉「どうしてです?」
奏楽子弟「いや、修道院長って随分偉い人なんでしょう?
 そんな人の紹介状を持ってるなんて」

メイド姉「以前お世話になったんですよ。それに、それは
 女騎士さんがすごいのであってわたしなんて全然」
奏楽子弟「そうかなー」
813 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 19:10:21.96 ID:W1zfwn6P

メイド姉「結構な量がありますね」
奏楽子弟「2、300冊? 巻物が多いね」
メイド姉「旧いと云ってましたしね」

奏楽子弟「わたしの目的は『聖骸』だけど、
 そっちは何なのかな? お互い見かけ合ったら
 相手に教えた方が効率が良いよね」

メイド姉「そうですね」
奏楽子弟「何を探しているの?」

シュルシュル、パラっ

メイド姉「それが、判らないんです」
奏楽子弟「へ?」

メイド姉「上手く言葉に出来ないんですが『源流』を。
 古い古い話を見たいんです。
 知っている中で、もっとも古い話はここにありそうだったので
 ここを目指してやってきたんですよ。
 別に古い話が目的ではないんですが、
 新しくスタートをするのなら、
 そもそもの最初の地点を探し出さないといけないと思って」

シュルン、パラリ

奏楽子弟「ふぅん、几帳面なんだね」
メイド姉「要領が悪いんですよ」くすっ

パラッ

奏楽子弟「何だろう。古い羊皮紙ほど上質だね」
メイド姉「どうしてでしょうね」
814 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 19:11:15.10 ID:W1zfwn6P

パラッ

奏楽子弟「どう?」
メイド姉「いえ。『聖骸』も、それ以外も……」

奏楽子弟「こっちも、子供向けのお説教や、麦の収穫量の話だね」

パラッ

メイド姉「貴重なものなのでしょうが」

奏楽子弟「うん。――ああ、これは賛美歌集だ。
 こんなのは始めてみる……。メロディが判らないなぁ」

メイド姉「古いものですか?」
奏楽子弟「どうだろう」

メイド姉「こっちも古いですね」
奏楽子弟「なに?」

メイド姉「古い古い物語のようです。大地……精霊?」
奏楽子弟「ん? ちょっと見ても良い?」

メイド姉「ええ、どうぞ」

パラッ

奏楽子弟「……うーん」
815 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 19:12:53.81 ID:W1zfwn6P

――崩れ去り書けた羊皮紙の詩

 かつてありし光あふるる理想郷
 其は精霊住みし失われた大地。
 大地にありて輝くは五つの星。
 森、水、大地、黄金、そして炎。
 あい和合し時には乱れ、7の7乗の7乗倍、歳月を重ねる。

 見よ炎に生まれし娘有り。
 かつて無きその聡き額に見えない王冠はかがやき
 幼き頃からその慈愛遍く万物を照らす。

 見よ大地に生まれし少年有り。
 異境より訪れし女と精霊の間に生まれた忌み子。
 大地の魔峰を黒く汚し災いをもたらさん。

 ふれあいし指先はやがて絡められ
 幼き約束は胸焦がす誓いとなる
 希望が解き放ち罪の名と大いなる翼の庇護の下
 二つの魂は結ばれん。

 もって神世は崩れ去り、理想郷は終焉す。
 しかし少女は眠らずにその慈愛、遍く世を照らす
 罪の名を知る人々の足下を。
816 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 19:14:14.94 ID:W1zfwn6P

――湖の国、首都近郊、さびれた文書館

メイド姉「精霊の話……? 初めて目にしますが」
奏楽子弟「これ……。五大家?」

メイド姉「え?」

奏楽子弟「精霊の五大家の話だ。
 こんなに古いのはわたしも見たことはないけれど」

メイド姉「どういう事ですか?」

奏楽子弟「まか……いや。あたしの故郷では。
 えーっと。
 大地に住む人々は全て。
 何と言えばいいのかな……。
 そう、伝説だね。
 伝説の、その五大精霊家の血を引いているという
 言い伝えがあるんだ。
 例えばわたしの家だと、森の精霊家の血を引いている。
 真実かどうかは判らないよ?
 本気で信じている人だってもうあんまりいやしない。
 でも、そう言うことになっているんだよ」

メイド姉「……」

奏楽子弟「でも、だからって、何でこんな所に……」

メイド姉「聖なる光教会……」

奏楽子弟「え?」
817 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 19:15:35.69 ID:W1zfwn6P

メイド姉「聖光教会。その本拠地、教皇のお膝元、
 大礼拝堂の地下図書館には、ここよりももっと多くの
 書籍や古文書が眠っていると聞いたことがあります」

奏楽子弟「え? え?」

メイド姉「行ってみましょう」
奏楽子弟「そうはいっても、そこの紹介状も持っているの?」

メイド姉「いいえ」きっぱり

奏楽子弟「入れるの?」
メイド姉「普通は入れません」

奏楽子弟「どうするのよ〜」

メイド姉「どちらにしろ、大礼拝堂があるのは
 聖王国の中心部聖王都です。
 噂を集めるにも、何かを見つけるにしろ
 避けて通れる場所ではないと思いますし」

奏楽子弟「それも、そうか……」

メイド姉「わたしは脚を伸ばしますが、詩人さんはどうしますか?」
奏楽子弟「んぅー」

メイド姉「1人でも向かいますが」

奏楽子弟「乗りかかった船だ。行く。行きます。
 『聖骸』についても、そっちのほうが詳しい情報が
 わかりそうだし。わたしも興味が出てきた」

メイド姉「はい、よろしくお願いします」にこっ
829 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 20:16:21.74 ID:W1zfwn6P

――紋様族の館、果樹園

猫目の急使「長っ!! 長っ!!」

紋様族の長「何事です?」

猫目の急使「蒼魔族が動きましたっ!」

紋様族の長「っ!!」

猫目の急使「その数は、約二万五千っ! 氏族全てでは
 ありませんが、おそらく戦いうる全ての成人戦士と
 大型の眷属を引き連れ進軍中。
 帰途ほどではありませんがその速度はかなりのものになります。
 蒼魔族の領土内を静粛に進めていたため、発見が遅れ、
 感知した時はすでに領土の境界付近でしたっ」

紋様族の長「かまわんっ! 行く先は?
 鬼呼族の領土か、無人荒野、まさか火竜山脈か?
 それとも、開門都市を狙う腹づもりかっ!?」

猫目の急使「そのいずれでもありませぬっ」

紋様族の長「言えッ!」

猫目の急使「蒼魔族の目的地は、おそらくゲート跡地!
 大空洞と呼ばれ始めた通路、すなわちっ!」

紋様族の長「……」ぎりっ

猫目の急使「人間界ですっ!!!」
834 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 20:25:58.86 ID:W1zfwn6P

――白夜国首都、白亜の凍結宮

白夜王「ヒィィギィ!? ギヒィィ!!」

近衛兵「護れ! 王を護るのだっ!」
人間衛兵「せやぁぁ!!」
人間衛兵「さ、下がれ魔族っ!!」

蒼魔の刻印王「ふぅむ。なにをしている?
 そのようなことをするとお前達の王とやらに」

ザシュゥ!

蒼魔の刻印王「当たってしまうぞ?」
白夜王「ヒギっ! ギャァァァッ!」

蒼魔上級将軍「はははっ。絞め殺される豚のように泣きますな」

白夜王「ギャ、ギャァップ! わ、我の腕がっ」

人間衛兵「王よっ!」
人間衛兵「貴様ぁ!!」

蒼魔の刻印王「……“捕縛術”」

ビキィッ! 人間衛兵「……ッ!!」 近衛兵「……ぐ!!」

蒼魔上級将軍「滑稽な。手足をもがれた
 その様はまさに芋虫のごとき醜態。人間とはこのようなもの」
835 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/25(金) 20:27:40.87 ID:W1zfwn6P

蒼魔の刻印王「フハハハッ」
白夜王「や、やめよっ。な、なにが望みなのだ魔族っ!」

蒼魔の刻印王「喋るのを止めよ。お前のような者が同じ言葉を
 話すとあっては、羞恥でこの身が焼けそうだ」

白夜王「我はこの国の王なのだ……ガボッ」

人間衛兵「……ッ!!」

蒼魔の刻印王「そら、お前の手だぞ?
 片方ではバランスが悪いか? なるほど、人間も王となると
 知恵が回るな。その方の言い分、よく判る」

ザシュ

白夜王「〜ッ!! 〜ッ!! グブゥ!!」

蒼魔の刻印王「ははははっ! これで両側の重さが釣り合うな!
 いい顔色だぞ、王よ。……芋虫だったかな?」
蒼魔上級将軍「あはははは」

白夜王「〜ッ!!」

蒼魔の刻印王「随分色白になったではないか暖めてやろう
 ほんの少しだけだ。安心しろ。……“燐焔招来術”」

ゴウゥウン!!

白夜王「〜ッ!! グブッ! ギャァァアアアア!!!」

蒼魔の刻印王「良いぞ、王よ。必死になれば
 踊りも出来るではないかっ! まるで弾けるマメのようだっ!」
836 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 20:29:00.62 ID:W1zfwn6P

カッカッカッ! バタン!

蒼魔騎兵「上級将軍っ! 城内の反抗勢力の掃討、
 終了いたしましたっ!」

蒼魔上級将軍「続いて都市制圧に合流せよ!
 人間どもは建物に押し込めろ。後で奴隷にする大事な財産だ。
 ただし反抗するのならかまわん。見せしめとして処刑せよ!」

蒼魔騎兵「ハッ!」

蒼魔の刻印王「ふんっ」
蒼魔上級将軍「どうされました? 刻印王よ」

蒼魔の刻印王「退屈だ。人間とはこんなにも弱いのか」

蒼魔上級将軍「もっとも弱い部分を着くのが
 戦の常道ではありませんか」

蒼魔の刻印王「ふむ。それもそうだな。
 ……ここは人間界。得物はいくらでもいるのであったな。
 まずは足場を整え、それからゆるり、という具合にゆくか」

蒼魔上級将軍「はっ」

蒼魔の刻印王「協約の相手は?」

蒼魔上級将軍「地上界最大の氏族、聖王国と、
 その背後にある教会組織でございます」

蒼魔の刻印王「今しばらく一般兵には伏せよ。死にものぐるいに
 なって貰えば、戦の展開が楽というものだ」
蒼魔上級将軍「はっ」

蒼魔の刻印王「隣国は鉄の国と云ったな?
 この国の掌握が終わり次第、時を移さず攻略に移るぞっ」

蒼魔上級将軍「御意にございますっ」
924 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/26(土) 14:12:40.92 ID:pLtZgbkP

――椚の国、街道沿いの農地

奏楽子弟「……ひどいね」
メイド姉「ええ」

ぎゃぁっ! ぎゃぁっ!

奏楽子弟「鴉があんなに。あれは……」
メイド姉「荼毘です」

奏楽子弟「え?」

メイド姉「葬儀通報人が立っていませんから、
 おそらく農奴なのでしょう……。  家族だけで葬っているんです」

奏楽子弟「農奴って?」
メイド姉「農作業を行わせるための、奴隷に似た存在ですね」

奏楽子弟「この世界は奴隷がいるのっ!?」

メイド姉「そうです。……今まで通ってきた村や畑にいた
 殆どの人間がそうですよ? 事に北のほうでは開拓民が
 少ないですから、余計に割合が多いんです」

奏楽子弟「……っ」

メイド姉「怒らないでください。詩人さん」

奏楽子弟「なんで……っ」

メイド姉「怒ってもあの人達は救われない。
 わたし達は誰も幸せにならないんですから」
926 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/26(土) 14:14:38.60 ID:pLtZgbkP

奏楽子弟「でもっ」
メイド姉「怒っちゃダメですよ」

奏楽子弟「……」

メイド姉「わたしも農奴の家に生まれて、農奴でした」
奏楽子弟「え?」

メイド姉「わたしと妹は逃げ出して、運が良く……
 本当に奇跡に近いほど恵まれた幸運で、
 助けてくれる当主様に拾われました。
 当主様の家で仕事を覚え、読み書きや算術も教えて頂きました。
 わたしの生まれは、本当はとても卑しいんです。
 お父さんもお爺ちゃんも名字なんてありません。
 わたしが名乗ってるのだって、当主様がくれた名前ですもの」

奏楽子弟「……」

メイド姉「詩人さんが怒ってくれているのは
 わたしや他のみんなのため。
 代わりに怒ってくれているんですよね。
 それは嬉しいのですが、多くの人々にはそれも判らないんですよ。
 農奴って云うのはやはり奴隷だって事や
 それがどんなに悲しいことか判らないんです。
 だって生まれた時から農奴なんですから。
 それ以外のことを何にも知らないで過ごしてきたんですから」

奏楽子弟「そんなの、ないよ……」

メイド姉「でも、現実はそうなんです」

奏楽子弟「……」
927 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/26(土) 14:16:23.11 ID:pLtZgbkP

メイド姉「泣きそうな顔をしないで下さい」
奏楽子弟「うん……」

メイド姉「詩人さん」
奏楽子弟「ん……」

メイド姉「歩きながら歌える、格好良い曲を教えてくださいよ」
奏楽子弟「……どうして?」

メイド姉「せっかく旅の道連れになったんですもの。
 歌の一つや二つは覚えたいです。
 それに、この人達は本当に日々の楽しみがないんです。
 どうせなら悲しい曲じゃなくて、逞しい歌がよいです」

奏楽子弟「うん……」

メイド姉「怒る代わりに、彼らに一曲プレゼントしてください」

奏楽子弟「わかった。――これはね。
 獣……を使うのが上手な、荒野の戦士の一族の、
 お酒の歌なんだよ。
 暴れ者のくせに涙もろい連中の歌なの。

   〜♪
 酒をめぐりて相逢へる
 親しき友のよろこびと
 恋され恋する若人の
 互いに寄り添ふよろこびよ。
 ああ、あまつさへ時は春、
 華の王なる春なれば
 花は紅、葉は緑、
 世はいみじくも薫りたり。
 いざ奮ひたて、すこやかに、
 葡萄の酒を乾す者よ、
 今ぞこの地は天の国
 香も馨はしき水の流るる」
928 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/26(土) 14:17:58.21 ID:pLtZgbkP

メイド姉「花は紅、葉は緑――」
奏楽子弟「うん」

メイド姉「素敵な歌ですね。わたしは大好きです。
 大地は、こんなにも綺麗ですもの」

奏楽子弟「酔っぱらった良い大人がわんわん泣いたりしてね」

メイド姉「ふふふっ」
奏楽子弟「春なのにね」

メイド姉「ここはなかなかに貧しいところなんです。
 春には小麦が収穫できるはずですが、
 今年はさほど出来が悪かったわけでもないのに、
 様々な要因で一向に値段が下がりません。

   今はよいです。
 春ですから、最悪森に入ればキノコでも野草でもありますし、
 キャベツやにんじん、豆もあります。
 でも、食料を保存しなければ飢える秋までこのままだと
 この冬は多くの餓死者が出るかも知れませんね」

奏楽子弟「……なんだか、辛いね」
メイド姉「ええ」

奏楽子弟「何でこんなに辛いのかな」
メイド姉「……」

奏楽子弟(何でわたしはこんなに胸の内が、
 どろどろでぐつぐつとしているんだろう……)

メイド姉「市門が見えてきましたよ」
930 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/26(土) 14:34:59.07 ID:pLtZgbkP

――椚の国、街道沿いの中都市

門衛「騒ぎはおこすなよ」

奏楽子弟「はい、もちろん」にこっ
メイド姉「ありがとうございます」

とっとっと……

メイド姉 じぃっ
奏楽子弟「どうしたんだ?」

メイド姉「いえ、こう言う時は本当に
 旅慣れていらっしゃるな、と思って」

奏楽子弟「あ、それはね。
 そりゃこの地方の知識は少ないけれど、
 詩人と云えば旅だよ。旅歩いて詩想をえないと。
 だから馴れてるのよ」

メイド姉「そうですよね」にこっ
奏楽子弟「今晩はこの街で?」

メイド姉「えーっと。まだ昼前ですよね。
 少しお金を稼ぎたいと思うんですけれど……」

奏楽子弟「どうやって?」
メイド姉「代書をしようかと思います」

奏楽子弟「代書って何?」

メイド姉「代わりに書くんですよ。……文字を書ける人は
 あんまりいませんからね。それから、文字を書くついでに
 相談事にも乗ります」
931 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/26(土) 14:40:14.09 ID:pLtZgbkP

奏楽子弟「相談事って?」

メイド姉「代書屋が書くのは主に手紙や書類なんですけれど
 そういうのって、普段みんなの生活にはあまり縁が
 深くないんです。
 たとえば、領主様へのお願い事を書面で出したい時に、
 もちろんお願いしたいことは
 依頼してくる人が考えるんですけれど、
 どうやって書けばお願いを聞いてくれそうか
 相談に乗ったりするんですよ。

   息子さんが兵隊で、遠くからやってきた手紙を読んで欲しい
 おばあさんと、返事の内容を考えたり。

   時には浪漫的な恋文の代筆をしたりもします」

奏楽子弟「そういうのは、わたしも得意ね!」

メイド姉「そう言う時には一緒に書きましょう」

奏楽子弟「そうだね! でも、代書って随分いろんな
 専門的な知識がいるのではないの? 良くできるね」

メイド姉「なんとなく。あはっ。旅に出てから覚えたんです」

奏楽子弟「そっか。でも、出来るなら良いよね。
 それってどうやればいいの?」

メイド姉「どこかで教会を探して、
 その敷地内でやらせて貰うんですよ。
 ……ああ、あそこに見えますね。ほどよい大きさの教会です」

奏楽子弟「あんまり大きくないけれど、良いの?」

メイド姉「大きすぎると、この街に住んでいる代書屋の人と
 仕事がかち合ってしまいますからね。
 あれくらいが丁度良いと思います」

奏楽子弟「ふぅん」
932 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/26(土) 14:41:43.33 ID:pLtZgbkP

さくっ、さくっ

メイド姉「済みません、この教会の方ですか?」
助祭「はい、そうですが」

メイド姉「わたしは旅の学者でして。はじめまして。
 この教会で礼拝させて頂くと共に、
 心細くなった路銀を稼ぐために、
 今から夕刻までの間、しばらくここの敷地で
 代書をさせて頂きたいと考えています。
 こちらはわたしの連れで、旅の吟遊詩人」

奏楽子弟 ぺこり

助祭「これはお美しい二人連れですね。
 わかりました、精霊の庭はいつも開かれています」

メイド姉「ありがとうございます。これは少ないですが
 心ばかりの喜捨、感謝の印です」

チャリンチャリン……

助祭「ほほう。感心ですね!
 あちらに古いですが頑丈な木挽きテーブルがあります。
 そちらでなさられると良いでしょう」

メイド姉「ありがとうございます」ぺこり

助祭「そちらの方は……」
奏楽子弟「はい?」

助祭「見かけない髪の色ですね。それにどことなく……」
934 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/26(土) 14:51:56.63 ID:pLtZgbkP

メイド姉「彼女は遠く東南から旅をしてきたんですよ。
 深い森の中で歌と踊りをこよなく愛する民の出身なんです。
 えっと……森ガ族でしたよね?」

奏楽子弟 こくこく
助祭「そうですか。……ふむ」

メイド姉「旅の途中で彷徨う我らは、信仰に迷った子羊と同じ。
 精霊様の慈悲は、遠方の者であるほどに暖かく
 照らしてくださると信じます」ぺこり

助祭「……まぁ、良いでしょう。しっかり励んでくださいね」
メイド姉「重ねてお礼を申し上げます」

さくっ、さくっ

奏楽子弟「えっと、その……さ」

メイド姉「はい?」

奏楽子弟「よくまぁ、あれだけと都合良い言葉がつるつると。
 役者に向いてるかも知れないよ? メイド姉は」

メイド姉「あはっ。……わたしの兄弟子の一人が
 ものすごい洒落者でして。彼に教えて貰ったんですよ」

奏楽子弟「ふぅん。弟子?」

メイド姉「ああ。当主様は、教師をしていたんです。
 拾って頂いたお屋敷ではたらきながら、ほんのちょっぴり
 色んな事を教わったんですよ」

奏楽子弟「そっか……。どこかで聞いたような話」

メイド姉「そうなんですか?」
933 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/26(土) 14:45:47.85 ID:pLtZgbkP

奏楽子弟「さっきの、森ガ族って……」

メイド姉「ああ。ちょっぴり嘘をついてしまいました。
 後で精霊様にお詫びしなければなりませんね。
 でも、ひとを出身地で判断したり、
 見かけで決めつけたりするのは良くないことですよ。
 精霊様だって判ってくれます。

   詩人さんは、髪の毛の色が素敵な金枯れ葉色だし
 お耳がちょっぴり長くて異国風ですからね。
 きっとビックリしてしまっただけですよ。

   気にすることはありません」

奏楽子弟「あのさ。もしかして、メイド姉は……
 わたしが……その」

ザクっ

老婆の市民「代書を頼んでもよいかね?」

メイド姉「あ。早速お客さんです」

奏楽子弟「わたしは何をすればいい?」

メイド姉「お客さんの呼び込みです。静かで、落ち着いて
 リラックスできるような楽曲を
 そちらで休みながら奏でてくれれば」

奏楽子弟「わかったよ」
メイド姉「頑張りましょう!」
938 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/26(土) 15:08:25.00 ID:pLtZgbkP

――大空洞建築現場、作業所

土木子弟「現場はどうだ?」

人魔族作業員「6番までは無事です!」
人夫「7番の橋は、手すりが一部破損」
巨人の作業員「石橋は……予備石が……くずされた」

土木子弟「けが人とかは?」

人魔族作業員「今、宿舎で手当をしているけれど、
 転んで頭を打ったり、手を切ったり程度で問題はなさそうです」

人夫「ありがたかったな」
巨人の作業員「おう……」

土木子弟「うん、報せに飛んできてくれた妖精族のお陰だ」

人魔族作業員「でも、橋は無事ですけれど、
 現場はめちゃくちゃですね」

人夫「これだけの軍団が通る想定の道じゃないから」
巨人の作業員「まだ……完成もして……なかった」

土木子弟「よーし! 全員撤収だ!!」
人魔族作業員「え?」

人夫「まだまだ陽は高いですよ!?」
939 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/26(土) 15:11:31.67 ID:pLtZgbkP

土木子弟「作業は明日からだ!
 どっちにしろ、多分この報せは街にも届いている。
 中年商人さんは飛んでくる。
 飯も持ってきてくれるさ。
 こう言う時には、腐った気分が敵だ!」

人魔族作業員「は、はいっ」

土木子弟「宿舎に戻るぞ。今日の夜飯は外で食おう。
 大鍋一杯に、馬鈴薯汁を作ろう。肉も野菜もたっぷり入れてな。
 今日は一人三杯までの酒を支給するぞー」

人夫「おおー! 太っ腹だ、大将!」

巨人の作業員「わかった……おら、うれしぃな!」

土木子弟「よーし。手分けをして、そこらの手荷物だけ
 持って帰ろう。怪我した連中へ見舞いもするぞ」

人魔族作業員「わかりました!」
人夫「がってんだ!」

巨人の作業員「おらぁ、荷車……もってくる」

タッタッタ、ダッダッダ、ドスドス

土木子弟(ふぅ……。気持ちが落ち込まなきゃ、
 身体はまだまだ動く。明日は一日片付けにあてて、
 それから作業再開だ。一気に石橋をかけ終えるぞ)

土木子弟(それにしても。宴会か……。
 なぁ、奏楽子弟。お前、今何をしてるんだ?)
941 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/26(土) 15:34:04.60 ID:pLtZgbkP

――冬の王宮、執務室

冬寂王「なんだとっ!? まさか、一夜にして……っ」
将官「そんなっ……」

伝令「白夜城、陥落との報せですっ」

どさっ

冬寂王「判った、下がれ」

伝令「はっ!」

だっだっだっ

冬寂王「……」
将官「冬寂王、至急鉄の国、氷の国へ連絡を。
 三ヶ国通商の守りを固めなければっ」

冬寂王「それでは遅い」
将官「え?」

冬寂王「軍使っ! 早馬を引けっ!」

軍使「はっ!」

冬寂王「冬越し村へ使者を派遣! 当主にお伝えしてくれ。
 白夜の国、その城が魔族の攻撃により陥落、と。
 それだけであの方は理解し、動いてくれる」

冬寂王「将官っ!」
942 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/26(土) 15:35:59.30 ID:pLtZgbkP

将官「はっ!」

冬寂王「わたしは騎兵150を率いて出るっ。
 行き先は鉄の国、王宮っ。
 以降、三ヶ国通商会議の本部は鉄の国に移す。
 この状況下で、戦場と本部の距離を開けすぎるのは致命的だ。
 時間のロスがそのまま敗北につながりかねん。
 その方は至急軍をとりまとめよ、領内の巡回衛視を再編成し、
 監視と巡回をなるべく減らさずに、歩兵1500を抽出せよ」

将官「はっ!」

冬寂王「抽出、集合が終わり次第、鉄の国へと向けて出発。
 どれくらい掛かるっ?」

将官「三日後には出発できるかと」

冬寂王「急げよ。季節は春だ。装備は軽くなるだろう。
 輜重部隊の編制を商人子弟に一任せよ。
 歩兵部隊は最低限の糧食を携帯し速度重視で鉄の国へと入れ。
 伝令を目的として少数の騎馬部隊を編制するのも忘れるな」

将官「承りましたっ」

冬寂王「我は鉄の国へと向かう。
 連絡、編制、万事抜かるなっ!」

将官「はっ!」
軍使「了解いたしましたっ!」

冬寂王「魔族……。どのような符号なのだ、これは」
961 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/26(土) 17:29:03.70 ID:pLtZgbkP

――湖の国、首都、『同盟』作戦本部

同盟職員「作戦開始、ですか?」
同盟職員娘「本部職員揃っています」

留守部長「ああ」

同盟職員「次なる目標は」
留守部長「今度は静粛さが必要だ」

同盟職員娘「鉄、ですか」

同盟職員「最近相場が上がっていますね」

留守部長「おそらく中央、聖王国が戦争準備として
 武器の買い付けを始めている。その動脈を押さえる」

同盟職員娘「そうなると、資金が……」

留守部長「委員会から予算が出ているよ。
 ……おおよそ4500万を予算とする」

同盟職員娘「麦に比べれば小規模ですね」
同盟職員「そもそも鉄自体が効果で流通量が少ないからな」

留守部長「それと同時に石炭を押さえる」
同盟職員娘「あんな代替え燃料ですか? 木炭じゃないんですか?」
963 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/26(土) 17:30:18.37 ID:pLtZgbkP

留守部長「いや、これも委員会からの指示だ」
同盟職員娘「どうやら何か嗅ぎつけてるみたいですね」
同盟職員「情報、取ってみます」

留守部長「早馬を使えよ」
同盟職員「はいっ」

留守部長「石炭につけては採鉱権を勅書の形で押さえ
 足止めをかけてゆけ。交渉担当を北方に回せ」

同盟職員娘「了解」

ガチャッ。タッタッタッ

同盟職員「戦争、起きますかね」ポツリ
留守部長「だろうな」

同盟職員「俺たちには止めることは出来ないすか」

留守部長「戦争ってのは、同意が必要ない。
 つまり、片方が、自分以外を殴りつければ戦争だ。
 参加者の中に一人でも戦争をしたいやつが存在すれば
 戦争は起きる。元から非対称な行為なんだよ」

同盟職員「はい」

留守部長「俺としちゃあ、あの若い委員様は結構気に入ってる。
 無理なのは判った上で、それでも諦めないで進むからな。
 戦争を止めることそのものよりも
 止めようとしてみる、って事はあるいは重要かも知れないぜ」
967 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/26(土) 17:55:41.17 ID:pLtZgbkP

――楡の国、地方都市、貴族領

弱小貴族「今年の分の税を速やかに納めよっ」
中年騎士「……」

有力地主「それはこちらも云いたいっ。
 このような収穫税をとられては、
 全ての農奴が飢えて死んでしまうっ」

弱小貴族「不当な税を取り立てたわけではない」
有力地主「しかし、今年のような不作では温情を……」

弱小貴族「だまれっ! 何が不作だ! どの所領でも
 多くの小麦、大麦が稲穂をたれていたではないかっ」

有力地主「我が領地にはおいては井戸が涸れ……」

弱小貴族「誰がそのような言葉を信じるっ。」
中年騎士「ははっ」

有力地主「……事実でございますっ」

弱小貴族「何を戯れ言を。
 貴様は去年の冬にはすでにこの春の小麦を売り払い、
 多額の金貨を得ていたのであろう」

有力地主「それは……」
弱小貴族「それを不作であるとはごまかしをするなっ」

有力地主「それでは、先ほどから申し上げるとおり……」
968 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/26(土) 17:56:38.04 ID:pLtZgbkP

弱小貴族「なんだ? ん」
有力地主「今年分の納税は、作物ではなく金貨で……」

弱小貴族「まぁ、よかろう」
有力地主「そうであるならお支払いできます。
 早速金貨1500枚を手配しまして」

弱小貴族「何を言っているのだ? 租税は金貨4700枚であろう?」
有力地主「は?」

弱小貴族「4700枚だろう? この書状にあるとおり」

有力地主「しかし、それは旧金貨ではありませんか。
 新金貨はご存じの通り、旧金貨3枚分の価値があり……」

弱小貴族「そのようなことは話しておらぬ。
 新旧など、どこの証書に書いてある。
 布告どおりお前の持つ土地の面積における租税は
 “金貨にして4700枚”だ」

有力地主「領主殿は我らが農民に死ねと仰るかっ!」

弱小貴族「都合の良い時だけ弱者面するでないわっ!」ダムンッ

有力地主「そのようなことを仰られても、
 税が足りなければ中央に送るまいないにも事欠きますぞ?
 我らは結局一蓮托生。払う意志はあるのです、
 ただその額を再考願いたいと……」

弱小貴族「くどいっ」 ジャキッ!!

有力地主「ヒィッ!」
969 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/26(土) 17:59:10.84 ID:pLtZgbkP

中年騎士「領主どの、お待ちあれ」
弱小貴族「ちっ」

中年騎士「このような輩、斬り殺したところで何にもなりませぬ」
有力地主「ひぃっ。騎士殿、お助けをっ!」

弱小貴族「ならばなんとするっ」

中年騎士「このような状況は、友領でも聞くところ。
 解決する方法は、もはや一つしかないと存じます」

弱小貴族「……それは?」

中年騎士「侵攻です。海岸線沿いに冬の国へと入り略奪を行う」

弱小貴族「それでは野盗ではないかっ!」

中年騎士「野盗にやらせれば宜しい。
 我々はそれを黙認して、上がりを得る。
 これは盗みではない。私掠です。
 野盗ではなく、私掠団と名付けるべきかと考えます」

有力地主「それならば……」

弱小貴族「ふむ」

有力地主「わたし達の土地にも、多くはありませんが野盗が
 出没します。彼らを手懐け、その騎馬が背教者の国へ向き
 その上なお儲かるということであれば……。
 彼らの武装などに関しては援助しても良いかと」

弱小貴族「ふむ。一考の価値がありそうだな。
 話をつけられそうか?」

中年騎士「早速、無法者の一団に渡りをつけましょう」
979 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/26(土) 18:44:17.34 ID:pLtZgbkP

――聖王都、辺境の村、村はずれの小屋、深夜

メイド姉「……」

奏楽子弟「ん……ぅ……」

奏楽子弟(ううっ。うにゅ……。まだ……深夜?)

メイド姉「……」

奏楽子弟(メイド姉さんってば起きてるのかな……)

メイド姉「……くっ」ぽろり

奏楽子弟(泣いてるの……?

メイド姉「……。っく……。……ううっ」ぽろぽろ

奏楽子弟(なんで……?)

メイド姉「……ごめん……なさ。……わたしも……おなじなのに」
奏楽子弟(……)

メイド姉「……っく。……むしは、だめ。足で、手で……。
 這ってでも……。だって、止まっちゃだめだから……」

奏楽子弟(……メイド姉さん)
980 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/26(土) 18:46:10.20 ID:pLtZgbkP

――聖王国辺境、秘密の場所、光の子の村

光の軍兵少尉「行軍はじめっ!」

 ザッザッザッ!!

光の軍兵少尉「構えっ!」

 ジャギッ!

壮年農奴兵士「……ん」
少年農奴兵士「よしっ」

光の軍兵少尉「撃てぇ!」

スダン! ダン! ズダダーン!!

光の軍兵少尉「下がれっ! 清掃と、装填急げっ!」

聖王国将官「どうだ?」

光の軍兵少尉「はっ。順調に訓練は進めておりますっ」

聖王国将官「結果は出ているか?」

光の軍兵少尉「行軍訓練では、一日4里を目標にしております」
聖王国将官「ふむ」

光の軍兵少尉「いかがでしょう」

聖王国将官「もう少し鍛えてみよう。
 通常速度としては問題ないが、
 戦場では速度が死命を決することもある。
 重装備をさせて8里を二日連続で課してみよ」
981 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/26(土) 18:49:22.69 ID:pLtZgbkP

光の軍兵少尉「はっ。達成できない場合は死罰を?」

聖王国将官「いいや、これは訓練だ。
 しかし、中隊編制において目標を達成できた隊には
 2日の休暇を与えよ。
 一度最大距離記録を作らせておけば、
 いざという時のよりどころにもなるだろうさ」

光の軍兵少尉「拝命いたしましたっ」

聖王国将官「射撃訓練のほうはどうだ」
光の軍兵少尉「はっ。こちらはそのぅ」

聖王国将官「問題でもあるのか」

光の軍兵少尉「支給されるブラックパウダーの量がきびしく」
聖王国将官「予想はされていたが……」

光の軍兵少尉「整備訓練などの時間は取れるのですが、
 実際の整備もやはり発砲直後に行われるわけですし、
 今少しのパウダー支給を上申したく思います」

聖王国将官「わかった。約束は出来ぬが、諮ってみよう」

光の軍兵少尉「ご厚情に感謝いたしますっ」

聖王国将官「おい」

光の軍兵少尉「はっ?」

聖王国将官「この村はこの近郊では、一番の成績を上げている。
 そう言って、夕食に少し色をつけてやれ。実際成績は良い。
 農奴達に光の使徒としてのプライドを持たせないとな」

光の軍兵少尉「はっ! ますます一層励むでありましょう」ビシッ
986 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/26(土) 19:24:18.51 ID:pLtZgbkP

――鉄の国国境付近峠

斥候「接近中! 騎兵約2000!」

軍人子弟「2000……」
鉄国少尉「少ないですね」

軍人子弟「情報に寄れば、白夜城を攻略した魔族は総数約3万弱。
 目撃に寄れば十分な騎兵を備えていたとも聞くでござる。
 2000とはいかにも少ないでござるが……」

鉄国少尉「しかし、我らにとっては好都合ではないですか」

軍人子弟「……」
鉄国少尉「どうされました?」

軍人子弟「距離は? どれくらいで会敵するでござる?」

斥候「峠二つをはさんでいます。およそ5時間後には!」

軍人子弟「他の防衛戦にも変事、襲撃の確認をっ!」
鉄国伝令「はっ!」

斥候「斥候に戻りますっ」

軍人子弟「頼んだでござるよ」
鉄国少尉「……」

軍人子弟「これは、おそらく威力偵察でござるね」
鉄国少尉「威力偵察?」

軍人子弟「意図的に小規模な交戦を行い、
 敵の能力や装備、戦術の情報を収集する手法でござるよ。
 一晩で白夜城を陥落させたとの情報でござったが、
 どうやら油断や思い上がりはしてくれていないようでござるね」
987 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/26(土) 19:25:57.84 ID:pLtZgbkP

鉄国少尉「と、なるとあの部隊は被害を押さえて?」

軍人子弟「退くでござろうね。
 もっとも魔族の云うところの“被害を押さえる”が
 我らで云うところの殲滅戦に匹敵する可能性も、
 ないではないでござるが」

鉄国少尉「5時間ですか……」

軍人子弟「そこまでの時はないでござろう」
鉄国少尉「……」

軍人子弟「投石機は?」
鉄国少尉「そりゃ、一個二個は持ってきてあるはずですが」

軍人子弟「投石機準備っ!」 鉄国少尉「こんな峠でつかったら崖崩れの恐れもありますよ!?」

軍人子弟「かまわんでござるよ。我が国の軍は
 世界一道路を作り馴れているでござろう?」

鉄国少尉「そんなところばっかり優れていてもなぁ」

鉄国兵士「準備できましたっ。どちらへ運びますか?」

軍人子弟「前へ押し出すでござる。目標は右の崖!
 崩しても構わんでござる。林ごと埋め立ててしまうつもりで
 準備でき次第投石開始!」

鉄国兵士「はっ!」

鉄国少尉「荒っぽい守りですね」
軍人子弟「こちらの覚悟をみせるでござる。
 今回の戦、白夜国の全土が魔族の手に落ちた以上、
 このような国境では決着がつく事はあり得ないでござる。
 小競り合いで兵力を消耗するは愚策でござるよ」
















































Part.8








35 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/26(土) 21:56:21.35 ID:pLtZgbkP

――聖王都、場末の宿屋

奏楽子弟「やぁ、当たって砕けたねぇ」
メイド姉「そうですねぇ」

奏楽子弟「でも、教会ってこういうものなの?」
メイド姉「え?」

奏楽子弟「いや、この大陸も今まであちこち旅してきたけれど
 教会ってどこにもある割には、結構いろいろだよね」

メイド姉「ああ、それはそうですね」

奏楽子弟「光の精霊だっけ? 神だっけ?
 同じ者を信じているのに、結構バラエティがあるなって」

メイド姉「同じ教えを根にしていても、
 その解釈や実践方法において差があって、
 だんだんと色んな流れに分かれていったんですよ。
 それらは修道院、修道会と云った形で表面化しています。
 大まかなところでは一緒ですけれど、細かい部分では
 かなり違いがありますね。

 たとえば聖日ごとのミサを重要視する修道会もあれば、
 地域での助け合いを重視する修道会もあります。
 教会って云うと信仰の場のようですけれど、
 実際には、学問や医療や人々の生活の難問を
 解決する、公共の場所のような意味合いもありますからね」

奏楽子弟「それでみんな教会を大事にしてるんだ」
メイド姉「そうですね」

奏楽子弟「でも、なんか。……ここの教会は、大きい割にはね」
36 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/26(土) 21:58:41.52 ID:pLtZgbkP

メイド姉「それは、まぁ。ある意味仕方ないかも知れませんね」

奏楽子弟「そうなの?」

メイド姉「聖光教会。中央教会ともいいますが、
 これはもう非常に強力なのです。
 普通、ただ単純に“教会”といえば、
 この宗派を指すぐらいに最大派閥なんですよ。

   この大陸にいる光の精霊信者の半分以上は、
 この中央教会の影響下にあると思います。
 実際の人々は、色んな国や貴族の領地に暮らしていますけれど
 その殆どが教会にも所属しているわけですから
 彼らの生活の全てを補佐していたり、影響力を持っています。

   ここまで大きくなると、国であっても無視できないし、
 むしろ気にしながらでないと、民を治めることなんて出来ません。
 教会が一言“背教者”と名指しにしただけで、
 自分の領地の領民がその日のうちに貴族を血祭りに上げたり
 しかねませんからね」

奏楽子弟「結構物騒なんだね」

メイド姉「ええ、そんなわけで、教会。
 とくに聖光教会は強大な権力を持っています。
 その権力が正しく働けば、横暴な貴族や王族から
 民を護る盾のようにもなるでしょうけれど
 現実には、貴族や王族と癒着して、農奴や開拓者を
 苦しめてしまうこともありますね。

 また、そうやって大きな力をもっていますし、
 知識や技術などの集積もしていますから、
 ……んー。自分たちを優れたものだと考える
 聖職者の方もいらっしゃるようなのです」

奏楽子弟「それでああいう横柄な態度になるわけだ」

メイド姉「そうですね……」
37 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/26(土) 21:59:49.46 ID:pLtZgbkP

奏楽子弟「どうしよっか。
 あの態度は、ちょっとやそっと粘ったくらいで
 どうにかなる感じじゃなかったね」

メイド姉「そうですね。わたしもちょっと甘く見ていました」

奏楽子弟「うん、びびった」
メイド姉「すごいですね」

奏楽子弟「すンごいね」
メイド姉「ええ」こくり

奏楽子弟「金ぴかじゃない」
メイド姉「お城よりも豪華でしたよ」
奏楽子弟「お城なんて行ったことあるの?」
メイド姉「あ、いや。見た目だけ」

奏楽子弟「彫刻のない柱なんて無かったね」
メイド姉「目がくらくらしますよ。どれだけ広いんですか」

奏楽子弟「ざっと見た感じ、短い辺が千歩ってとこだったね。
 本体は石造、漆喰、伽藍はフレスコ、彫刻した柱は総大理石。
 金箔に象眼。絵画に植樹、人工庭園。
 あれは当代一の建築家に芸術家に技術者動員しても20年がかりの
 仕事だね!」
メイド姉「詳しいんですね! 詩人さん」

奏楽子弟「ま。腐れ縁に土木野郎がいるからねっ」

メイド姉「わたしはもっと、広いだけで質素な、煉瓦造りの
 大きな集会場みたいなものを想像しちゃっていましたよ」

奏楽子弟「わたしも。そういう教会、多かったしね」
メイド姉「ええ」
38 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/26(土) 22:02:48.68 ID:pLtZgbkP

奏楽子弟「どうしよっか」
メイド姉「仕方ありませんね」

奏楽子弟「やっぱり諦めるしかないよねぇ。ここまで来たのになぁ」
メイド姉「潜入しましょう」
奏楽子弟「え?」

メイド姉「こっそり入りましょう。黒っぽい服あったかな」
奏楽子弟「ええっ!?」

メイド姉「はい?」

奏楽子弟「ほんとにっ!?」
メイド姉「はい」

奏楽子弟「何でそう思い切りが良いの、メイド姉さんはっ」
メイド姉「なんででしょう……。勇者様の悪影響なのかな」
奏楽子弟「?」
メイド姉「いえ、身近に行動力が突出した人が多くて」

奏楽子弟「もうちょっと、慎重にさ」
メイド姉「ええ、慎重に潜入計画を立てないといけないですよね」

奏楽子弟「そう。こういう事には準備がね。
 できれば簡単な内部見取り図とか、巡回の把握とか、
 目標地点の確認とかもしないと」

メイド姉「しばらく路銀を稼ぎながら情報収集ですね。
 ありがとうございます。詩人さんはやはり頼りになりますね」

奏楽子弟「……あれ? いつの間にか潜入することになってる?」

メイド姉「なんだか胸騒ぎがするんです」
奏楽子弟「そう?」

メイド姉「空気がざわざわしているような……」
42 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/26(土) 22:20:54.42 ID:pLtZgbkP

――白夜国首都、白亜の凍結宮

蒼魔の刻印王「ふむ。それで引き上げてきたか」
蒼魔上級将軍「どのような罰をお与えになりますか?」

蒼魔の刻印王「いいやかまわん。
 どちらにしろ騎馬隊の任務は偵察だったのだ。
 鉄の国が峠道を一本つぶしてでも交戦を避けた。
 その情報にも意味がある。
 多少遠回りにはなるが、より太い街道が何本かあっただろう?」

蒼魔上級将軍「おいっ。ここいらの地図を持ってこい」

蒼魔軍兵士「はっ!」

ばさぁっ!

蒼魔の刻印王「これは、山か。そして森林だな。
 この地方の森林は深いのか?」

捕虜の文官「……ぐっ。深い……。原生林だ」

蒼魔上級将軍「軍の動きは著しく制限を受けますな」

蒼魔軍兵士「恐れながら、刻印王様のお力で、敵軍ごと
 焼き払うわけには行かぬのでしょうか?」

蒼魔の刻印王「もちろん出来るとも。
 お前が勇者の相手をしてくれるのならば
 喜んでそうしよう」

蒼魔軍兵士「しっ、失礼を申し上げましたっ!」

蒼魔上級将軍「――と、なりますと」
44 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/26(土) 22:25:10.55 ID:pLtZgbkP

蒼魔の刻印王「この街道を通り、蒼魔騎兵部隊および
 歩兵部隊を進める。
 重装蒼魔兵部隊を中核に据えるとしてどの程度かかる?」

蒼魔上級将軍「10日から12日、と云うところでしょうか。
 こちらの世界は地下と比べて山脈が険しいようですが、
 街路の状況は悪くありませんな」

蒼魔の刻印王「騎行部隊を編制せよ。
 周辺の地形を探索させるのだ。
 人間の民間人に出会った場合は殺せ。
 足跡を残すのも面倒ごとになる」

蒼魔上級将軍「決戦は、この平野ですな」

蒼魔の刻印王「蔓穂ヶ原か。――おい、蔓穂とは何なのだ」
蒼魔上級将軍「お答えせんか」

ビシィッ!

捕虜の文官「……蔓穂は、草花だ。白から濃い紫の。
 花が咲く……その平野は……開発の手が着いていない……」

蒼魔の刻印王「紫か」
蒼魔上級将軍「吉兆ですな。我らが蒼魔の色」

蒼魔の刻印王「我は勇者との戦いに備えて瞑想に入らねばならぬ」
蒼魔上級将軍「はっ!」

蒼魔の刻印王「後は判っておろうな。この国の掌握に
 兵は2000も残せば十分であろう。督戦隊を組織せよ。
 例の策を使うのだ」

蒼魔上級将軍「はっ。仰せのままにっ!」
50 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/26(土) 23:01:16.04 ID:pLtZgbkP

――――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、仮設会議場

銀虎公「これはっ」がたっ
碧鋼大将「ご回復ですかっ」

鬼呼の姫巫女「ご回復おめでとうございますな」にやっ
紋様の長「ご本復誠に喜ばしい限り」

魔王「え、あ。いや……。その、世話をかけた」
メイド長「さ、まおー様。座ってください」

銀虎公「よっし、魔王殿もこれで回復だ」
碧鋼大将「うむ」

火竜大公「これで肩の荷が下りますかな」ぼうっ

魔王「まず最初にこの場にいる知恵深き長がたに
 われ三十四代魔王“紅玉の瞳”は深くお礼申し上げる。
 我が不徳から長き間そのつとめを離れたことを
 申し訳なく思うと共に、その間のつとめを我に代わって
 果たしてくれた長がたの深い知恵と行動を嬉しく思う。

   我のいない間の長がたの問題認識とその決断に
 至るまでの経緯、重ねた議論については、
 これなる黒騎士にして勇者から聞いている。

   長がたの下した決断で、
 我のほうから不服や不足がある点は一つもない。
 どれも熟慮と配慮ある決断であったと考える。

   銀虎公、碧鋼大将、妖精女王、衛門の長、
 鬼呼の姫巫女、紋様の長、巨人伯。
 深くお礼申し上げる。
 特に火竜大公には意見のとりまとめをして頂いた。
 見事であったというほかない」
51 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/26(土) 23:02:15.25 ID:pLtZgbkP

銀虎公「いや、そんな頭を下げられるような」
鬼呼の姫巫女「我らは、為すべき所を為したまで」
巨人伯「そうだ……まおう……治って良かった」

火竜大公「はははっ。魔王殿にそう言われて、
 我ら一同、胸のわだかまりも労苦も解けて
 流れていくようですな」

妖精女王「はいっ」

東の砦将「怪我の具合を聞いても良いかい?」

メイド長「代わってお答えします。
 包帯のほうも取れまして、食事の制限も通常に戻っています。
 予後治療としてあと一ヶ月程度の治癒術を予定していますが、
 戦闘などはともかく、ごく普通の政務であれば問題ないと
 考えております」

魔王「と、いうことだ」
メイド長 ぺこり

銀虎公「で、あるならばもはや何の問題もないな」
碧鋼大将「うむ」

火竜大公「魔王殿、ではこの会議はその役目を終え
 魔王殿に全権をお返しする、と云うことで宜しいか?」

魔王「いや、それは保留としよう。
 現在は問題の規模が大きくなり、
 事件と事件の間の距離が開きすぎている」

妖精女王「蒼魔族、ですか」
52 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/26(土) 23:05:20.71 ID:pLtZgbkP

魔王「今回の事件に対応するためには、
 この会議の力がまだ必要だと思えるのだ」

火竜大公「……ふむ」

紋様の長「魔王殿は今回の蒼魔族の人間界侵攻、
 どのような対応をすべきとお考えか?」

魔王「そうだな。ふむ……。
 衛門の長よ。あなたは人間界、魔界の事情の両方に
 明るかろう。またその経験から軍事にも秀でておる。
 現在の状況について思うところを聞かせてくれ」

東の砦将「ふぅむ」 ぽりぽり
副官「しっかりしてくださいね」

東の砦将「まず、最近色々聞きかじったところに寄れば、
 蒼魔族の領地には約16万人の蒼魔族が取り残されたようだな。
 キツイ言い方になりますが、こいつらは捨てられた。
 ……そういう事になるんだろう」

碧鋼大将「哀れな。捨てられたる哀しみも知らず」

鬼呼の姫巫女「そうであろうな」
紋様の長「ふぅむ」

妖精女王「あくまで隠密裏にですが偵察した結果、
 多くの食料は軍が糧食として徴収していったようですね。
 また砂金や軍需物資の持ち出しも確認されています」

鬼呼の姫巫女「蒼魔族の領土内には鉱山も多く、
 中には魔界最大の金山もあったはず」

妖精女王「どれくらいの持ち出しが為されたかは、
 偵察のみではとても把握できませんが」
53 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/26(土) 23:06:58.65 ID:pLtZgbkP

東の砦将「次に蒼魔族の軍部の行動についてだ。
 これは明白だろうな。
 手詰まりになる前に討って出たということだろう。
 現状魔界の全軍を相手に押し切るのは難しい。
 ……まぁ、おそらく勇者の存在も効いたんでしょうな。

   あの場で魔王を殺し自分が即位してしまえば
 逆らう族長は粛正して恐怖政治にて魔界を支配できる
 可能性もあったと云える。

   その目論見が外れて、しかも蒼魔族以外が団結してしまった。
 これがたとえば獣人族や機怪族を巻き込んで、
 魔界を二分する大戦にでも出来ていれば、
 まだいろいろやりようもあったんだろうが、
 この状況になってしまった以上、戦ったところで、
 早い遅いの差はあれじり貧だ。

   現にこの会議だって、どのような決着にするかについては
 考えていたが、負けた場合の事なんて考えてはいない。
 蒼魔族の命運は尽きた、その前提での話だったわけだ」

銀虎公 こくり
碧鋼大将「人間界に討って出るとは……」

東の砦将「そのとおり。
 蒼魔族そこで人間界に討って出た。
 結果から考えると、これはなかなか悪い手ではない。
 もちろん蒼魔族にとっては、と云う意味だがな。
 小耳にはさんだ話じゃ、蒼魔族は地上に侵攻早々、
 白夜国という国の都を落として掌握したって聞く」

火竜大公「一国を?」

妖精女王「そこまでの力を備えていたのですか」
54 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/26(土) 23:08:32.87 ID:pLtZgbkP

東の砦将「ああ、南部諸王国と呼ばれた4国のうち一つ。
 様々な理由で立ち後れ、周囲に戦争を仕掛けては
 返り討ちに遭い、国力も兵力も衰えていた国がある。
 それが白夜国だ。
 そんな国に運悪く蒼魔族が現われた。

   城は一日も持たなかったそうだ。

   結果として、蒼魔は地上に足がかりを作ったことになる。
 地上では、魔界とは違った形だが、戦争の気配がってな。
 南部の王国と中央が争っている。
 正直に言えば、今は魔族の相手などはしていたくはないはず。

   その隙を狙って、一番落としやすそうな所を落とした。
 その上そう言う案配の地上だもんだから、
 全員が一致協力して、この蒼魔族を撃つかどうかは判らない。
 何せ蒼魔と戦い始めた瞬間、背後から同じ人間に
 攻められるかも知れないわけだからな」

勇者「……」
魔王「……」

東の砦将「現状の把握はこんな所だろう。
 またこのさきについて多少考えるならば、
 おそらく蒼魔族は地上で版図を広げるつもりなのだろう。
 魔界の領土を捨てた以上それ以外に残された道はない。
 いずれ魔界へと帰るにしろ、その時は、
 何らかの事態の変遷を経て、
 魔界と自分たちの戦力差が縮まった時となる」
59 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/26(土) 23:38:47.39 ID:pLtZgbkP

勇者「正確な分析だろうな」

魔王「考えなければならないのは、内通だな」

紋様の長「内通?」
銀虎公「どういう事だ?」

東の砦将「あまりにも地上の情報に通じている、ってことだ。
 白夜国は、度重なる失策で疲弊もしていたし、
 何と言えばいいかな。
 国家、こちらで云うところの氏族か。
 その組織としての輪郭が、あまりにもぼやけていた。
 隅々まで統制は行き渡っていなかったし
 なんというか、負け犬のような根性になっていたんだろうな。
 そこを鮮やかにつかれた。奇襲としては完璧だ。

   だが、魔界の氏族に、そのような地上の知識や機微が
 どこまであるのか? また狙いをさだめたとしても、
 2万からの軍を動かすとなれば地理や気候などを
 無視して上手く行くものではない」

火竜大公「人間の中に、蒼魔族に手を貸したものがいる、と?」

東の砦将「そうだ」

魔王「まぁ、そのような内通者などどこにでもいる。
 ここにいる族長の方々も程度の差こそあれ、
 人間界の事情は何くれとなく気にかけているであろう?

   今回の内通とはその規模ではなく、
 もし、地上界のどこかの国家が、蒼魔族を援軍として
 呼び込んだのだとしたら……。
 そこが懸念だ」
60 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/26(土) 23:41:01.01 ID:pLtZgbkP

銀虎公「地上の争いか……」
火竜大公「ふぅむ」

魔王「わたしの把握している情報だと、その可能性が
 もっとも高そうなのが、白夜国自身だ」

妖精女王「どういうことですか?」

魔王「つまりその場合は、人間界での自分たちの領土や
 権益の回復を目指し魔界と手を結ぼうとしたが
 逆に蒼魔に隙を突かれて自滅した。という形だな」

銀虎公「ふぅむ。なんていうか、そこまで落ちぶれた
 氏族だったのか? 白夜族というのは?」

東の砦将「あー。そうかもなぁ」

魔王「このパターンは哀れな話ではあるが
 ある意味自業自得ではあるし、
 この先の問題点は少ないと云えよう。
 つまり、蒼魔族は白夜国を滅ぼしたことで、
 人間界での案内人を失ったわけだからな」

鬼呼の姫巫女「ふむ」

魔王「わたしが恐れているのは、もう一つの想定だ。
 人間界での戦は、単純化すれば『南部』と『中央』との
 戦いだと云える。その片方が蒼魔族を招いた場合だな」

銀虎公「そいつらはどんな理由で争っているんだ?」

勇者「はじめはそこまで争っていなかったんだ。
 だが『南部』の国は魔界との戦いの最前線だった。
 それにたいして、『中央』の国々は後方の安全な場所から
 戦争に賛成していたんだな。この辺の意識の違いから
 だんだんと溝が深まっていった」
61 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/26(土) 23:42:25.97 ID:pLtZgbkP

魔王「だが今となってはそう言った始まりの原因よりも、
 様々な点で国としての方針が合わなくなって
 しまったことが大きいな。

   『中央』の国々は、魔界との全面戦争を望んでいる。
 しかし、それには大空洞に近い『南部』の国を従えるか
 制圧しなければならない。そもそも『中央』の国々は
 プライドが高く、『南部』が従うのを望んでいる。

   しかし、経済や交易などで力をつけた『南部』の発言力は
 だんだんと『中央』の制御から離れていった。

   現在決定的な意見の相違は二点だ。
 『南部』は奴隷を解放したが、『中央』は奴隷を認めている。
 『南部』は魔界との停戦を模索しているが
 『中央』は魔界との全面戦争、少なくとも遠征を意図している」

銀虎公「面倒だな」
火竜大公「蓋を開けてみれば、より複雑なのであろう」

魔王「それはどこの世界でも一緒だ。多くの人が生きていれば
 意見の違いもある。一筋縄では行かぬ」

鬼呼の姫巫女「しかし、そうなると、
 蒼魔は人間界にとっても大きな転機になりうるな」

魔王「その通りだ」

銀虎公「人間が最初に魔界に攻め込んだんだ。
 人間全部が魔界の富に釣られているって事じゃないのか?」

東の砦将「富の部分は否定しないがね。
 まぁ、この件は教会の影響力も大きかった」
62 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/26(土) 23:43:40.44 ID:pLtZgbkP

鬼呼の姫巫女「教会とは、神殿の仲間であろう?」

東の砦将「そうだな。魔界の神殿組織よりも、
 地上世界の教会のほうがずっと組織として整備されているし、
 発言力も強大だが、根底は似ている。
 教会は国家、つまり氏族の枠に縛られない。
 実際問題、人間界ではただ一人の神が信じられているんだ」

巨人伯「一人!?」

勇者「ああ、そうだ。光の精霊という」
魔王「――炎の娘だ」

東の砦将「それで、まぁ、その教会が宣言しちまったのさ。
 “魔界は悪だ、殺すべきだ!”ってな。
 一応、誤解の無いように言っておくが

   魔界に住む魔物の多くは、地上世界の動物よりもずっと
 戦闘力が高くて危険なんだ。
 その性質は地上に出ると余計に強化される。
 つまり凶暴化するんだな」

鬼呼の姫巫女「魔物と魔族を一緒にするでない」

東の砦将「その意見は判るが、
 そこは頭の悪い野蛮人だと思って我慢してくれ。
 ゲートが開放された時に出た被害者や拡散した魔物、
 それから教会の伝えた報告により、地上の大部分の人間は
 魔界の実態も知らないままに恐怖した。それも事実なんだ」

紋様の長「ふむ……」
63 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/26(土) 23:45:06.72 ID:pLtZgbkP

魔王「そんな状況下で、蒼魔族が地上で暴れた場合
 魔界と人間界の間の関係に決定的な影響を
 及ぼしてしまう可能性が高い」

碧鋼大将「人間界が、再び魔界侵攻をすると?」

東の砦将「……」

魔王「魔界侵攻そのものは問題ではない。
 いや、それはそれで憂慮すべき事だが、一つの結果だ。
 むしろ問題は、人間界に住む人々に大規模に魔界の
 恐怖がきざまれてしまい、もはや共存の可能性が
 無くなってしまうことだ」

銀虎公「……ぐるるるる」
碧鋼大将「……」

妖精女王「それは困ります」

東の砦将「そうだなぁ」

魔王「ここにいる長の方々
 全てが共存に賛成な訳ではないのも判っている。
 しかし、考えてみて欲しい。
 地上と地下、二つの領域があったのだ。
 人間界の戦力が我らよりも小さい可能性はもちろんある。
 だが同様に我らと等しい可能性も、我らよりも大きい
 可能性もあるのだ。
 そうだろう? 相手が我らよりも劣っているなどと
 判断できる理由はどこにもないのだ。

   魔王としてこれだけは断言する。
 勝てたとしても、負けたとしてもその戦争は
 最低でも100年は続くだろう」
65 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/26(土) 23:47:34.94 ID:pLtZgbkP

紋様の長「逆に聞きますが、
 その全面戦争を回避できる策はありますか?」

魔王「確実な策はない」

妖精女王「ないんですか……」

東の砦将「……」

魔王「実際問題、我らは違いすぎる。
 肌の色も、姿形も。生活習慣や信じる神、食べている物。
 服装や、社会規範から、尊い思う礼節まで。
 戦争にならないほうが不思議だ。
 自然のままであるのならば、いずれ争いになるだろう」

碧鋼大将「……」
銀虎公「……」ぎりっ

魔王「だがしかし、わたしはやはり回避できるのならば
 戦争は回避すべきだと考える。
 別に人間族を恐れているからではない。
 戦えば、勝つ。勝つための努力をする。
 それが魔王だからな。
 ――しかし、それでいいのか? 長老方。
 わたしには他にも出来る何かがあるような気がする」

勇者「銀虎公」

メイド長「?」

勇者「何か言いたいことがあるんじゃないのか?
 云っちまった方がいいと思うぜ。会議なんだから」
66 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/26(土) 23:49:41.54 ID:pLtZgbkP

銀虎公「我が一族は、戦闘の一族だ。
 だから……人間と戦うのならば、ためらいはない。
 100年続くと云ったが、別に悪くないではないか?
 100年が1000年でも同じ事。
 栄誉と酒の中、雄々しく戦えばよい。

   だが、しかし。
 その角笛を蒼魔族が吹くのは、釈然とせぬ。
 今の話を聞いていると、我らはどうも……。

   蒼魔族に騙されて人間と戦うようではないか」

火竜大公「ふぅむ、そうとも云えるな」

東の砦将「……ふむ」

銀虎公「我が獣牙の一族は、
 戦う順番としては蒼魔が先だ。そう言いたい」

妖精女王「だがそうなると人間界に攻め込むことに」
碧鋼大将「余計に事態を悪化させるではないか」

東の砦将「いーや、その意見は漢の意見だ!
 俺たち衛門一族は、虎の大将に乗っかるぜっ。
 叩くのなら、蒼魔族が先だろうよ。
 そいつが筋ってもんだ。なぁ! 大将!」
副官「将軍っ!?」

銀虎公「おおっ! 衛門の長もそう言ってくれるかっ!!」

紋様の長「人間世界と100年の全面戦争を始めるおつもりかっ!?」
巨人伯「人間……こわい……」

銀虎公「だが、これは義の問題だっ。
 逆に云えば、我らが魔界の裏切り者が人間世界で暴れているのだ。
 それを叩くに何の遠慮を必要とするっ」
73 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/27(日) 00:05:56.75 ID:34eUyEEP

魔王「鬼呼の姫、竜の長。お二人の意見は如何に?」

火竜大公 ちらっ
鬼呼の姫巫女 こくり

火竜大公「我ら二人は、魔王殿に賛意を投じます」

鬼呼の姫巫女「無法を討つ。この理は人界でも通用すると考える。
 もしそれさえ通じぬとあらば、もはや人間と
 我ら魔族は判り合うことはないのだ。戦争も致し方あるまい」

紋様の長「巫女殿っ! ご老公っ!」

魔王「長がたよ。何事もせずに手をこまねいていても、
 自体は刻一刻と悪化を続けているのだ。
 で、あれば銀虎公に賭けてみるのも一つの方策であろう?」

碧鋼大将「……仕方あるまい」

銀虎公「魔王殿っ! それではっ!?」

魔王「長がたに異存なくば、魔王軍初の遠征とする」

火竜大公「そして初の親征となりますな」

魔王「だがしかし、遠征としてはあまりにも遠い地ゆえ
 大軍を率いて行くわけにも行かぬ。銀虎公っ」

銀虎公「はっ!」がばっ

魔王「精鋭八千を率いて我が傍らで右軍将軍として
 我が意に従い指揮を行え」

銀虎公「ははぁっ!!」
76 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/27(日) 00:08:03.60 ID:34eUyEEP

魔王「碧鋼大将」

碧鋼大将「はっ」

魔王「難しいことを頼むが、長ならば必ずや
 やり遂げるものと思う。
   旧蒼魔族領地に入り、その金山、鉱山、工房を封鎖し凍結せよ。
 また、その領民を掌握し、安堵せしめよ。
 これより旧蒼魔族領地の鉱物資源の管理は
 機怪一族に任せる。

 機怪一族がその異形ゆえ迫害されてきた歴史は知っている。
 その一族の悲しみを他者に味合わせてはならぬ。
 長と軍に見捨てられた蒼魔族を救えるのは
 同じ悲しみを知る長の一族だけだ。頼む」

碧鋼大将「承りましたっ。必ずや」

魔王「巨人伯、鬼呼の姫巫女、紋様の長」

巨人伯・鬼呼の姫巫女・紋様の長「はっ」

魔王「長がたの下した決断をわたしは重んじたい。
 この魔界を栄えさせるためには、三氏族の力がどうしても必要だ。
 世界が戦になろうと平和になろうと、街道と開墾は
 必ずやその力になる。建設に総力を挙げてくれ」

鬼呼の姫巫女「はい、必ずや」

紋様の長「承りましてございます」

巨人伯「……まかせろ」
79 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/27(日) 00:09:28.26 ID:34eUyEEP

魔王「火竜大公」

火竜大公「判っております」

魔王「うむ。この会議が魔界の束ねとなろう。
 わたしが人間界に行っても、代わらず皆を導いてくれ」

火竜大公「この老骨が砕けぬ限りはお約束いたしましょう」

魔王「砦将殿。人間の世界が舞台となる。
 開門都市に兵の蓄えが少ないことは承知だ。
 好きなだけの手勢を率いてわが左軍将軍となり
 その知謀を貸してくれ」

東の砦将「判った。まかしとけや」

妖精女王「あ、あの……わが一族は?」

魔王「妖精の女王よ」にこっ
妖精女王「はいっ!」

魔王「あなたが今回の遠征の要だ」
妖精女王「とは?」

魔王「わたし達は蒼魔族を討ちに行く。
 そのためには人間世界、つまりは人間の国々を
 通り抜けなければならないだろう。魔界でも同じだが
 武装した集団が氏族の領土に侵入してきたら戦争と
 取られても仕方ない」

妖精女王「はい……」

魔王「女王には特使として、
 人間の国々からの許可を取って頂きたい」
92 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/27(日) 00:26:29.16 ID:34eUyEEP

――聖王国、深夜の大教会、聖堂地下

コツン、コツン、コツン

奏楽子弟「ん。……いいよ」
メイド姉「はい」

コツン、コツン

奏楽子弟「この匂いは……」
メイド姉「古くなった羊皮紙ですね」

奏楽子弟「ここはどうやら、あまり人の出入りがないみたい」
メイド姉「今は有り難いです」

コツン、コツン

奏楽子弟「……しっ」
メイド姉「っ」

しーん

奏楽子弟「大丈夫。あけるよ?」
メイド姉 こくり

ぎぃいいぃ……

奏楽子弟「あ……油くらい差そうよ。心臓止まるかとおもったよ」
メイド姉「まったく」

奏楽子弟「どっちかな」
メイド姉「多分、下です」
94 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/27(日) 00:27:53.40 ID:34eUyEEP

コツン、コツン、コツン

奏楽子弟「ここが書庫だね」
メイド姉「はい」
奏楽子弟「どうする?」
メイド姉「え?」

奏楽子弟「ここまで来たんだ。『聖骸』は後回しでもいいや。
 何か探したいものがあるんでしょう? 付き合うよ」

メイド姉「では、この間の物語を」
奏楽子弟「あれ?」

メイド姉「ここになら、もっと詳細な物があると思うんです」
奏楽子弟「ふむ。わかった」

メイド姉「ここに明かりを置きますね」

コトっ

奏楽子弟「朝までは……」
メイド姉「あと6時間ほど」

ペラッ。しゅるん……

奏楽子弟「時間はないね」
メイド姉「はい」

しゅるるん……ぺら……

奏楽子弟(この娘……。たぶん、特別なんだ。
 意志を持って歩いている。わたしもそうだけど……。
 わたしが音楽を選んだように、何かを選んだ娘なんだ)
98 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/27(日) 00:32:05.68 ID:34eUyEEP

――宝珠の伝説

 見よ炎に生まれし娘有り。
 かつて無きその聡き額に見えない王冠はかがやき
 幼き頃からその慈愛遍く万物を照らす。

 見よ大地に生まれし少年有り。
 異境より訪れし女と精霊の間に生まれた忌み子。
 大地の魔峰を黒く汚し災いをもたらさん。

 幼き恋は精錬の炎により鍛え上げられ、誓いは胸を焦がす。
 願うは翼。風に乗り大空を舞う。
 大いなる神鳥に愛されし少年は、人間の血ゆえ
 精霊にとっては罪となる宝をその胸に秘める。
 罪の名は――。
 魂の翼にして希望の言葉。時に自らを縛る鎖。

 砕けたるは黒き大地のオーブ。
 贖罪の子にして黒き羊の少年は、その禁じられし恋ゆえに
 その従兄弟にして大地の精霊王と
 呪われし魔峰にて互いを滅ぼし合う。

 落ちるはその身体。
 死せるはその命。

 しかしその悲哀、砕けし宝珠の威力もて、大地は引き裂かれる。
 精霊は相争い、五家の結束は永遠に失われ、和合すること無し。
 互いに争い激しい戦火を交え滅びの闇に沈む。

 救世を願うは少女。
 炎に生まれし、いと聡き娘なり。
 少女の選びし答えは世界。
 愛しき少年の指先を離し、全ての命の守り手となることを願い
 残る全てのオーブをかき抱き、その身を光に変える。

 生きとし生けるものの守り手、我らが恩寵の主なり。
99 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/27(日) 00:33:42.59 ID:34eUyEEP

――聖王国、聖堂地下、古代の文書保存庫

奏楽子弟「これ……かな?」
メイド姉「ええ」

奏楽子弟「なんだか、悲しい話だね。
 恋をしたのが禁じられた掟のために選べない相手で、
 それでも結ばれたいと願ったら世界が壊れちゃうなんて」

メイド姉「……」

奏楽子弟「こんな伝説があるのなら、あんな乱世でも
 仕方がないのかな……。
 世界を滅ぼした少年の子孫はいつまでもいつまでも
 迫害を受けるのかも知れないね……」

メイド姉「本当にそうなんでしょうか?」

奏楽子弟「え?」
メイド姉「少年と少女が掟破りをしたくらいで、
 精霊様の五つの家が仲違いなんて初めて
 戦争になんかなるんでしょうか?
 この話って本当なんでしょうか?」

奏楽子弟「それは判らないけれど……。伝説だし」

メイド姉「そもそも、精霊様は一人です。
 少なくともわたしが教わってきた精霊様は光の精霊様一人で」

奏楽子弟「それは、この炎の精霊が最後に光になって……」

カツン、コロコロ

メイド姉「あ」
奏楽子弟「同じ筒に撒いてあったみたいだね。それは?」
101 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/27(日) 00:36:39.42 ID:34eUyEEP

メイド姉「いえ、何でしょう。
 古い受領書? 契約、でしょうか」

奏楽子弟「神殿かな」

メイド姉「建築みたいですね。四代目“琥珀の焔”と
 大主教の……転移門?」

さぁぁぁぁあ!!

奏楽子弟「なっ」
メイド姉「青い……水っ!?」

奏楽子弟「うううん、濡れてない。これ、何っ!?」
メイド姉「わたしにも何が何だか」

さぁぁぁぁあ!!

奏楽子弟(やだっ。真っ青で……。溺れそうっ)
メイド姉「こんなっ……」

さぁぁぁぁあ!!

奏楽子弟「金色の砂……海鳴りの降る……」
メイド姉(……なんだろう、この光っ)

奏楽子弟「メイド姉さん、手をっ」
メイド姉「え? はっ、はいっ」

チリン……
103 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/27(日) 00:47:59.25 ID:34eUyEEP

――光に満たされた夢

光の精霊「……よ」
女魔法使い「……ん」

光の精霊「……ゆ……よ」
女魔法使い「……やっと呼ばれた」

光の精霊「……ゃよ」

女魔法使い「……手、ある。足、ある。……身体は揃ってる。
 勇者から聞いていたとおり。これが精霊の夢」

光の精霊「……しゃよ」
女魔法使い「……なに?」

光の精霊「……勇者よ」
女魔法使い「違う」

光の精霊「……勇者よ。……救ってください」

女魔法使い「……」

光の精霊「……勇者よ。……この世界を……」

女魔法使い「……」

光の精霊「……勇者よ。……この」

女魔法使い「いいかげんにせぇよっ」

光の精霊「……勇者よ」

女魔法使い「じゃかしいわぁっ!!」

ドグワッシャァーーン!!!
106 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/27(日) 00:50:35.91 ID:34eUyEEP

光の精霊「……ゆ……ゆ……ゆ」

女魔法使い「哀れを誘う声でぴぃぴぃ泣きくさって
 勇者の優しさにつけ込んだかぁ、このへたれっ!
 お前のその執着がっ。
 勇者を苦しめていると何故思わんっ!」

光の精霊「……この世界……を
 か弱き……罪なき……人々……を……」

女魔法使い「万巻の伝承をひもとき、
 ようやくたどり着いたこの光の夢で
 よもやこんな泣き言を聞かされようとは思わなかったっ。

   精霊――っ!!
 確かに世界はあんたに救われたけど、
 それって本当に救うべきだったんかっ!?
 救うべきでないものを救ったん違うかっ!?
 あんたの愛は正しいと保証できるんかっ。

   あたしは……。
 多分勇者の隣に立つことはないけれど
 勇者を想う気持ちで、――っ。
 あんたに負けるなんて夢にも思いつかんっ。

   来るだけ無駄だったけれど、一個だけ云っておく。
 この天地が砕け散ろうと、絶対にっ。
 絶対にあんたの思い通りにはさせんからなっ」

光の精霊「……救って……この……昏い世界を……」

女魔法使い「……それが」ふぅ

女魔法使い「……お節介だというのです」
201 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/27(日) 19:20:39.77 ID:34eUyEEP

――氷の国、外れの交易村

開拓民「止まれ〜!! 誰かそいつを止めてくれぇ!!

器用な少年「止まれと云われて止まる馬鹿がいるかよぅ」

開拓民「そいつは泥棒だぁ!! 誰かぁ!」

器用な少年「ははっ! 追いつけるもんなら追いついてみなぁ!
 へっへーんだ。こちとら食ってないんだ最軽量だぜぇ!」

メイド妹「えい」ひょい

器用な少年「え?」

グルグルグル、ズッデーーン!!

器用な少年「何しやがるんだ、この雌ガキっ!!」

メイド妹「泥棒はいけないことだよっ?」

器用な少年「うるせぇ!!
 だったら死ねって云うのかよっ!
 こっちは命がけで食ってるんだよっ!」

タッタッタッ

開拓民「捕まえてくれぇ〜」

器用な少年「来やがったな! 邪魔すんな、あっち行けドブスっ!」

貴族子弟「おやおや。淑女――の卵になんて口を聞くんですか」
202 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/27(日) 19:23:39.95 ID:34eUyEEP

器用な少年「邪魔すんなよ、洒落者の旦那。
 ってか、あんたも財布をおいていくか?」チャキッ

貴族子弟「そんなちっぽけなナイフで何をするんです?」
メイド妹「ううっ。貴族のお兄ちゃん」

器用な少年「はんっ! でかい口聞くなよっ」
貴族子弟「エレガントさが足りませんよ、君」

ヒュバッ!!

器用な少年「え?」
メイド妹「ひゃっ!!」

器用な少年「あ、あ、ああっ!!」じたばたっ
貴族子弟「早くその下半身を隠しなさい。むさ苦しい」

器用な少年「お、お前が切ったんじゃねぇか」
貴族子弟「えい」

ぼくっ

器用な少年「#’〒☆♭()ッ!!!」

貴族子弟「つまらぬ物を蹴ってしまった」
メイド妹「泡吐いてるよ? この子」

開拓民「はぁっ! はぁっ! き、貴族様でしたか。
 ありがとうございます!! こいつは泥棒なんですよっ!」

貴族子弟「いえいえ、こっちの都合もありますからね。
 このあたりに詳しそうな道案内が一人欲しかったんです」
206 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/27(日) 19:46:18.11 ID:34eUyEEP

――鉄の国、王宮、大広間

鉄腕王「……そんな訳で、魔族との一端の交戦は
 我が国守備部隊により、峠道において回避された。
 だが、我が鉄の国と白夜の国は山と大河を隔てて
 長い国境線を接している。
 人も通わぬような辺境地帯を抜けて、
 今も魔族の侵攻が進んでいると見て間違いないだろう」

氷雪の女王「……」

女騎士「鉄の国の軍備はどうなのだ?」

鉄腕王「数字だけで云えば6万に迫る数だが、
 その多くは開拓民や難民など、名ばかりの軍人に
 過ぎないし、訓練らしい訓練など、まだやっと手をつけたばかり。
 戦場に出せる数は、全てかき集めても1万がやっとだろうな」

氷雪の女王「我が氷の国は3000と云ったところ」

冬国士官「冬の国は7500が良いところでしょう」

冬寂王「それでも、三年前に比べれば倍にも増えているが」

鉄腕王「だが、どの国も急激にふくれあがった人口の治安維持や
 国境警備に必要な部隊もあろう。
 それらを差し引くならば、動員したとしても三ヶ国合わせて
 半数の1万に届くか、届かぬか」

氷雪の女王「問題は、魔族の軍勢がどの程度いるかですが……」

冬寂王「我が手の者の情報に寄れば、
 今回魔界から突如侵攻してきた魔族は、
 蒼魔族と呼ばれる魔界でも随一の過激派、
 好戦派と云える部族だそうだ。
 率いるは刻印王とよばれる若き王で前王を抹殺の上、
 軍を掌握し、その精鋭を率いて人間界へ流れ込んできた。
 その数は2万と5千」
207 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/27(日) 19:47:19.61 ID:34eUyEEP

鉄腕王「ふむ」
氷雪の女王「蒼魔族……」

女騎士(その報告精度は爺さんか……)

冬国士官「しかし、それでも2万からの軍勢。
 このままでは我らが三ヶ国存亡の危機であります」

鉄腕王「まさにな」

氷雪の女王「……」

冬寂王「いや、滅亡の危機よりなお悪いかもしれぬ。
 三ヶ国の人口全てを合わせれば、約20万。
 いくら訓練されていないとは言え、
 最終的な消耗戦になれば三ヶ国の民が生き残っているうちに、
 魔族2万を撃退できる可能戦は十二分にある」

冬国士官「……」

女騎士「それは、焦土作戦と呼ばれている。
 少なくともわたしが学士に聞いた話ではな。

   ……焦土作戦とは交戦下において、不利な立場にある防御側が
 攻撃側に奪われる地域の利用価値のある建物や食料を焼き払い、
 その地の利用価値をなくして攻撃側に利便性を残さない戦術だ。
 自国領土に侵攻する敵軍に食料を初めとする物資の補給を
 許さず、消耗を強いることにより、戦闘を小規模、限定化し、
 徐々にその戦力をそぐことを要訣とする」

鉄腕王「自国の領土を……」
氷雪の女王「焼き……払う……?」

女騎士「そうだ。この人数比率は、
 そこまでやれば勝利は容易い比率であると云える」
208 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/27(日) 19:49:16.48 ID:34eUyEEP

冬国士官「しかしそれではっ」

女騎士「当然だ、ようやく開墾が進み緑豊かになってきた
 この南の地を十年、いやそれ以上人も住めない不毛の
 荒野へと戻すことになる。
 そのようなことは、我が湖畔修道会としても
 見過ごすわけには行かないっ」

冬寂王「……」

鉄腕王「なんとしてでも、魔族を退けなくてはならぬ」

氷雪の女王「魔族に支配された白夜の国の罪も無き民草は
 今はどのような暮らしを強いられていることか……」

女騎士「あまりにも兵の数が足りぬか……」

冬国士官「やはりここは半数などとは言わず、
 国境線の防御を薄くしてでも、
 まずは魔族との開戦を優先させるべきかと思うのですが」

鉄腕王「そうだの」
氷雪の女王「……」

女騎士「しかし、中央諸国の三ヶ国通商に対する
 批判や風当たりには依然厳しい物がある」

冬国士官「だがしかし、魔族が現われている
 このタイミングでの軍事行動があり得る物でしょうか?」

冬寂王「……」

氷雪の女王「このようなことになってしまうとは……」
209 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/27(日) 19:50:46.95 ID:34eUyEEP

冬寂王「氷雪の女王。諸国の委任状やとりまとめの状況は?」

氷雪の女王「湖の国、梢の国、葦風の国、赤馬の国。
 他には幾つかの自由貿易都市の領主が賛意を示してくれています。
 委任状の取り付けも、ほぼ全て」

女騎士「……?」

冬寂王「このタイミングしか、あるまい」
鉄腕王「立ち上げるのか」

氷雪の女王「では」

冬寂王「うむ。三ヶ国通商同盟はその名を南部連合と改める。
 と同時に、湖の国、梢の国、葦風の国、赤馬の国の諸国には
 参加を表明していただき、いくつかの政策の合意を行う。
 最終的には、南部連合は全国での農奴解放と通商協定の
 元の自由貿易を目指し、国家の連合として活動を
 始めようと思う」

鉄腕王「うむっ」
氷雪の女王「そう言うことにしかならぬと思っていました」

女騎士「それで援軍を当てに出来るのか?」
冬国士官「どうでしょう……」

冬寂王「長期戦ともなれば援軍以上に物資の補給が有り難くも
 なるだろう。また、義勇兵の募集も期待できる。

   天然痘の予防体制、種痘はこの春にやっと第一段階の
 実用化を迎えた。
 今後はこの技術を伝播し、湖畔修道会を中心に連合諸国、
 ひいてはこの大陸全てに広めてゆかなければならない。

   ここで連合が潰え去ることだけは、我ら三ヶ国ならず
 人間世界に取ってあってはならぬことだ。
 もし国々が正しい判断力を持つのならば
 きっと我らに対する支援を送ってくれる」
210 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/27(日) 19:51:54.23 ID:34eUyEEP

鉄腕王「しかし、そのためには今少しの時間が必要だ」
氷雪の女王「そうですね」

冬寂王 こくり

鉄腕王「国境の防備は、今ある男に任せている。
 若いがなかなかの気骨ある司令官だ。
 護民卿を名乗らせてはいるが、いずれ我が国の大将軍として
 柱石となってくれるだろう」

冬国士官「どの程度の軍を配置しているのですか?」

鉄腕王「3500にすぎん」

女騎士「よしっ。わたしが率いてきた騎馬部隊、
 冬寂王の部隊、そして冬の国からの歩兵部隊で2000は揃う。
 おっつけ冬の国から二次編制部隊3000も届くだろう。
 それを合わせれば5000だ。
 鉄の国でも二次部隊の編制を頼みたい」

冬寂王「心得た。それでも……約8500か」

氷雪の女王「我が国はいかがしましょう?」

女騎士「こう言っては何だが、氷の国の兵士は指揮系統が弱い。
 鉄の国国境付近まで出て哨戒をお願いしたい」

氷雪の女王「わかりました。……もう、あの風来坊は
 どこをほっつき歩いているのだか」

女騎士「わたしが出る。お歴々の方々、異論は?」

冬寂王「頼む」
鉄腕王「騎士将軍は我が三カ国最強の将軍ゆえな。
 ここで頼むのは、おぬししか居ないであろうな」
211 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/27(日) 19:53:06.95 ID:34eUyEEP

氷雪の女王「しかし敵の数は二倍。
 いつぞやの中央連合のように貴族の寄せ集めでもなく
 若く残忍な王に率いられた精鋭軍人の集まりとなると……」

女騎士「勝つのは難しく、最善であっても苦戦は
 避けられぬだろう」
冬国士官「……」

冬寂王「戦の帰趨はどうなる」

女騎士「負けるつもりはないが、予断は許さぬ。
 ……と云うよりも、むしろ判断がつきかねる、
 わたしが知る限り、魔界へと進んだ聖鍵遠征軍も、
 前回の極光島奪還作戦もそうだが、
 魔族には人間世界の戦の常識やルールが通用しない。
 かといってそれは常識やルールがないというわけではなく
 彼らは彼らなりの都合や身分制度、戦術の中で動いている
 印象を持っている。
 こちらがこちらの都合でそうだろうと決めつけていると
 痛い目を見る。

   実を言えば、わたしは蒼魔族の若き刻印王をこの目で
 見たことがある」

冬国士官「えっ!?」
冬寂王「なんと……」

女騎士「その強さは無類だ。わたしの及ぶところではない」

氷雪の女王「そんな……」
214 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/27(日) 19:55:13.43 ID:34eUyEEP

女騎士「だが、しかし、戦は一個人の技量だけで
 決着がつく物ではない。ましてや……勇者もいる。
 希望を捨てるには早すぎる。まだ接触さえしていないのだ。
 だが、だからといって勝つとも云えぬ。

   勘だけで云わせて貰えば、相当分が悪い賭けだろう」

冬国士官「……」

冬寂王「最大限の支援が必要だと云うことだな」

鉄腕王「武具の生産と後方部隊、二次編制を急がせる」
氷雪の女王「我が国も何らかの手が打てないかと考えてみます」

女騎士「戦場の事は面倒を見よう。
 その……。王の方々よ。
 ……わたしは一介の騎士に過ぎないが」

冬寂王「何を言うか、全軍を預かって頂く将軍ともあろう人が!」
鉄腕王「そのとおりだ、それに麗しい騎士でもある」にやり
氷雪の女王「その通りですわ」

女騎士「……出来ればその時が訪れた時に、
 各々がたが曇り無き心で判断してくれることを、願う」

冬国士官「……?」

鉄腕王「そいつはなんのことだ?」
氷雪の女王「何を仰っているのですか?」

女騎士「――。
 わたしは戦場に向かおう。
 一刻も早く現地の地形の把握が必要だ。
 鉄の国の領内ゆえ、白夜の蒼魔軍よりも
 早く入れるとは言え、敵の行軍速度が判らない」

冬寂王「うむ、たのんだぞ。総司令将軍」

女騎士「引き受けたっ」
223 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/27(日) 20:38:44.65 ID:34eUyEEP

――聖王国、南部平原

王弟元帥「光の精霊の尊き御名の元に集いし
 汝ら光の子らよ、選ばれし戦士達よっ!!
 我らが旅立ちの時が来たっ!!

   我らは長い間この地にあり、精霊の導きの元
 大地から作物を獲て、四方を治め暮らしてきた。
 我らは精霊の子、光によってえらばれし民である。

   しかし昼短く闇深き南方の果てには魔界があり、
 そこでは今なお野蛮な風習を色濃く残す魔族なるものが
 威を振るい君臨している。
 我らは我らが大地を護るため、盾と矛を取り
 この脅威に応戦をしてきた。
 その筆頭となったのが南部の諸王国である。
 而して南部の王国はいつの間にか魔族の侵攻を受け、
 その王も軍も闇の者どもの手先となってしまった」

 ざわざわざわ……

王弟元帥「それは何故か!!
 今こそ語ろう、『聖骸』の秘密を!
 それは我らが救い主、光の精霊の遺骸。世にふたつと無き至宝!
 遙かな古の昔、魔族はその宝を我らがえらばれし民より
 奪い去り、魔界へとかくしたのだ!!

   南部の諸王たちはその輝きに見せられ、我ら人間と
 精霊の慈悲を裏切ったのである。

   見よ、南部の地を!!
 そこには、異端の食物が溢れ人々は享楽を欲しいままにしている。
 それらはすべて魔族の奸計、
 遙か古に裏切りし魔族の歪んだ血のなせるわざなのだ!!」
224 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/27(日) 20:39:51.22 ID:34eUyEEP

王弟元帥「中央諸国の光の教徒たちよっ!
 高きも低きも、富める者も貧しき者も
 南方の同胞の救援に進めっ!

   彼らは闇に目隠しをされた盲人なのであるっ。
 彼らを自由などという世迷いごと、その退廃から救いだし
 この世界のあるべき秩序に戻すためには
 我ら光の戦士の雄々しき腕による救済こそが今必要なのだっ!

   我と共に旅立つ光の教徒たちよ!
 今こそ大儀のために立ち上がれ!!

   光の精霊は我らを導き給うであろう。
 正義のための戦いに倒れた者には罪の赦しが与えられよう。

   この地では人々は貧しく惨めだが、
 彼の地では富み、喜び、神のまことの友となろう。
 なんとなれば、そこには真の精霊の宝『聖骸』があるからである。
 我らは『開門都市』と『聖なる鍵』を手に入れ、
 我らが奪われし永遠の宝、『聖骸』を奪還せねばならない。

   いまやためらっているべき時は過ぎ去った。
 光の導きのもとに、いまこそ出陣の時であるのだっ!!」

うわああぁぁぁぁ!!
   うわああぁぁぁぁ!!

光の兵士「精霊はこれを欲し給うっ!!」

光の兵士「精霊はこれを欲し給うっ!!」

光の兵士「精霊はこれを欲し給うっ!!」

王弟元帥「精霊の旗のもとっ!! いざ、南へっ!!!!」
226 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/27(日) 20:42:14.06 ID:34eUyEEP

うわああぁぁぁぁ!!
 ざっざっ!
   ざっざっ!
     ざっざっ!

司教「すさまじい人数ですな。王弟殿下は演説もお上手だ」

聖王国将官「この草原に集まっただけで2万。10大隊ですな。
 同様の大隊が四つほど進軍中です」

司教「10万ですか。それは希有壮大な……」

聖王国将官「元帥の構想ではこれらを中核とし、
 最終的には40万の軍勢をもってして魔界へ入るとのこと」

司教「ふはははっ。圧倒的ではないですか」

ザッザッザッ

王弟元帥「司教殿」
司教「王弟殿下、見事な演説でございました」

王弟元帥「この軍は元々は教会のためではありませんか」
司教「ふふふっ。猊下もことのほかお喜びのご様子」

王弟元帥「では、例の布告も?」

司教「はっ。猊下のご裁断はすでに頂き、発布しております。
 “聖鍵遠征軍は精霊の意志の元に行われる奪還運動である。
 聖鍵遠征軍に参加する貴族や領主の全ては、借金や借入物の
 支払いを一時的に免除される”と」

王弟元帥「ふふっ。それでこそ、どの貴族もこぞって
 第三次聖鍵遠征軍へとその身を投じるでしょう。
 その動きにつられ、食い詰めた農奴や開拓民も遠征軍に加わる……」
229 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/27(日) 20:43:20.20 ID:34eUyEEP

聖王国将官「40万は決して非現実的な数字では
 なくなってきましたね」

司教「これも精霊のお導き。恩寵ですな。はっはっはっ」

王弟元帥「その布告は“借金を待って貰いたいのならば教会に従え”
 でしかないのに、それに気が付く貴族が何人いることやら」

司教「はははっ! 仕方ありますまい。そもそもが身から出た錆」

王弟元帥「魔界を手に入れれば、その領土、豊かさは
 我らが大陸の数倍にも達する。新たな領土も豊かさも思いのまま」

司教「我ら教会は『聖骸』と、永遠の第一教会の地位さえあれば
 世俗のことは貴方にお任せいたしましょう。王弟殿下」

王弟元帥「我は忠実な精霊の僕の一人」

司教「その通り、わたし達は皆そうです」

王弟元帥「だからこそ、上手くやっていきたいものですな」

司教「まったく! まったくですよ。あははははっ」

王弟元帥「猊下は?」

司教「猊下は聖王国大教会から、近く出立されるご予定です」
王弟元帥「十分な警備をお願いしますよ」

司教「教会騎士団は清廉にして無敵の百合、
 ご心配には及びませぬ。それより南部の邪魔者どもを」

王弟元帥「心得ていますぞ。お任せあれ」にやり
244 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/27(日) 21:10:53.36 ID:34eUyEEP

――白夜国首都、白亜の凍結宮

参謀軍師「ふふっ。この度は御戦勝、おめでとうございます」

蒼魔上級将軍「それもこれも、情報の精度のお陰よ。
 今回の力添え、蒼魔族を代表してお礼申し上げると
 王弟殿下へと伝えられよ」

参謀軍師「うけたまわりました。……刻印王は?
 古い王を廃されて、いよいよ名実をもって貴方の主が、
 蒼魔族を率いるようになったと聞きましたが?」

蒼魔上級将軍「王は力を蓄えるための眠りについておる」
参謀軍師「そうですか……」

蒼魔上級将軍「王としても、聖王国の手引きには
 感謝を示されていた。
 もっともそれもそちらの都合あってのことであろう?
 我らが魔族に、白夜を討たせたい都合が」

参謀軍師「それはまぁ、ははは」

蒼魔上級将軍「利害の一致。責めようと云うつもりはない」

参謀軍師「有り難い限りですな」

蒼魔上級将軍「さて、取引だな」
参謀軍師「はい」

蒼魔上級将軍「まずは、白夜を落とした見返りを頂きたい」
参謀軍師「蒼魔族は地上に新しい領土を獲た。
 ……それでは不十分すかな?」

蒼魔上級将軍「それは我らが実力で勝ち取ったものであろう?
 聖王国は何も失っておらぬ。それでは取引にはならぬ」
245 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/27(日) 21:11:51.04 ID:34eUyEEP

参謀軍師「さよう云われましても……。
 では、かねてより依頼してありました、
 あちらのほうで対価に色をつけようではありませんか」

蒼魔上級将軍「ああ。依頼されたとおり、最大限の量を
 国元より運び出してきた。あれの運び出しのために、
 我が軍の輜重部隊の積載量は大幅に圧迫され、
 食料や武器などにもすでに悪影響が出ているのだぞ?」

参謀軍師「そちらを高額で買い取る、ということで
 この際いかがでしょう? 取引とはなりませぬか?」

蒼魔上級将軍「あのようなものを、本当に欲するのか」

参謀軍師「いくつかの産業で入り用でしてな」

蒼魔上級将軍「ふむ」
参謀軍師「どれくらいの量を用意されているのですか?」

蒼魔上級将軍「馬車にして、900台といったところだろう」

参謀軍師「そうですか。……ではそれら全てを3倍の量の
 食料および、替えの武具4000人分でいかがですか?」

蒼魔上級将軍「硝石とは随分貴重な物のようだな。
 5倍の食料およびそのままの数の武具と交換して貰おう」

参謀軍師「っ。……判りました」

蒼魔上級将軍「引き渡す硝石は半分だ。少なくとも我らが
 隣国を落とすまではな」

参謀軍師「……宜しいでしょう」
247 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/27(日) 21:14:42.25 ID:34eUyEEP

蒼魔上級将軍「補給食料はいつ用意できる?」

参謀軍師「このようなことになると考えていましたし、
 半分であればさほど時をおかずに用意できるでしょう」

蒼魔上級将軍「では早速搬入を初めて貰おう。
 我らはすでに隣国攻略作戦の情報収集段階にはいっている」

参謀軍師「流石勇猛をもってなる蒼魔族」

ザッザッザッ

蒼魔近衛兵「報告でありますっ!」ちらっ
蒼魔上級将軍「構わぬ」

蒼魔近衛兵「測量騎兵隊準備終了しました。
 これより出発いたしますっ!!」

蒼魔上級将軍「急げ。王の瞑想終了には間に合わせよ」
蒼魔近衛兵「はっ!!」

参謀軍師「鉄の国、ですか」
蒼魔上級将軍「多少は歯ごたえがあればよいのだが」

参謀軍師「南部三カ国の中ではもっとも兵の充実した国です。
 噛み応えはあるでしょう。安心為されて宜しいかと」

蒼魔上級将軍「そうだとよいが……。ん?」

ふわり

参謀軍師「どうなされた?」

蒼魔上級将軍「いや、何でもないようだ」
249 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/27(日) 21:37:03.97 ID:34eUyEEP

――蔓穂ヶ原の外れ、鉄国後方陣地

ザックッザックザック……

女騎士「良く整えられた陣営だな」
冬国士官「そのようですね。1500にしては規模が大きいような」

女騎士「増えることを見越してあるのだろう」
冬国士官「そうですね」

バサッ

軍人子弟「騎士殿!!」

女騎士「軍人子弟っ!」

軍人子弟「はははははっ! お久しぶりでござる!
 ずっとお会いもできませんでござった!
 しかしきっといらっしゃると思っていたでござるよっ!」

鉄国少尉「こちらは、まさか!?」

軍人子弟「そう! かつて勇者を支えた三人の英傑の一人にして
 湖畔修道委員会の指導者、そして我が三カ国同盟の誇る常勝将軍!
 ”鬼面の騎士”にして”怪力皇女”! “絶壁つるつる行進曲”!
 我が師、女騎士殿でござぐぇぇぇっ」

女騎士「お前は成長しないのか」 チャキンッ

冬国士官「ふははは」
鉄国少尉「あははははっ」

女騎士「恥ずかしいところを見せてしまったな。
 わたしは女騎士。新任の将軍にして、この戦の司令官だ。
 貴君ら鉄の国の国境防衛部隊は、我が傘下に組み込まれる」

鉄国少尉「お話は伺っております! どうぞ天幕へっ!」

軍人子弟「ぐっ。……拙者だって上官なのに」
250 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/27(日) 21:38:32.54 ID:34eUyEEP

――蔓穂ヶ原の外れ、鉄国後方陣地、仮設兵舎

女騎士「それで、軍人子弟はここが戦場になると読んだのか?」

軍人子弟「そうでござらんが。おい、地形図を」
鉄国少尉「はっ」

ばさり!

女騎士「ふむ」

軍人子弟「ここは鉄の国と氷の国を流れる紫涙河の源流付近。
 山岳からやってきた清水は森林の中に大小合わせれば
 無数としか言い様のないくぼみを作り、
 こちらの蔓穂ヶ原は湿原地帯となっているでござる」

冬国士官「ふぅむ」

軍人子弟「水量の豊かなこの地は、
 いずれ干拓や潅漑が進めば
 豊かな農地へとなるかも知れないでござるが、
 現在の所は水はけの悪い草原、湿地帯、泥炭地の混合地形。

   しかしながら付近では大規模な軍を運用できる土地は
 他にはござらん。また、この場所に軍の集積地をおけば、
 白夜国から鉄の国へとやってくる峠道や迂回路のほぼ全てを
 2日以内の地点で監視する体制を作れるでござる」

女騎士「哨戒はどうなってる?」

軍人子弟「半日ごとに偵察を切り替えながら、
 常時監視を行っているでござるよ」

女騎士「まずは及第点だ」

軍人子弟 ふぅ
鉄国少尉「護民卿、顔色蒼いですよ」

軍人子弟「今までの色んな記憶のせいで
 やたらと緊張するのでござるよ」
251 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/27(日) 21:39:38.49 ID:34eUyEEP

女騎士「さぁって、ここからは本番だな」

軍人子弟 こくり

女騎士「こっちはいま2000連れてきた。騎馬500に歩兵1500。
 どちらも訓練度は高い正規軍人で、実戦経験もある」

軍人子弟「この陣地および周辺に展開中なのは3500名。
 全て正規軍人で、訓練度には多少ばらつきがござるが
 最終的には拙者が全員を指導いたしました」

鉄国少尉「あわせて、5500名でございますね。
 早速少量備蓄と配給を再計算しなくては」

女騎士「敵は最大25000の蒼魔族。
 戦力、兵装、戦術は不明だが
 騎馬部隊、弓兵部隊の存在は確認している。
 騎馬は槍を装備して、他には小剣と盾を持った歩兵もいたな」

軍人子弟「弓兵は長弓でござるか?」

女騎士「長弓と云うには多少小降りだったな。
 だが威力はなかなかだった」

軍人子弟「ふむ。比率は不明、と」 女騎士「そうだ」

軍人子弟「威力偵察に迫ってきた兵達は騎馬部隊でござった。
 騎馬には板金の馬鎧をつけてござったな」

女騎士「重騎兵か……」

軍人子弟「まず第一に云えるのは」
女騎士「聞こう」
252 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/27(日) 21:41:04.87 ID:34eUyEEP

軍人子弟「敵の司令官は馬鹿でもなければ
 油断も慢心もしていないと云うことでござる。
 さらにいえば、その蒼魔族なる魔族は武装が良くて
 統制も取れ、訓練も行き届いていると云うこと」

女騎士「同感だ」

軍人子弟「そして二倍の数がいることから考え合わせると、
 通常の戦闘をする限り、
 拙者達の運命は敗北以外にはないと云うことでござる」

女騎士「その通り」

軍人子弟「ではどのように機略を用いるかと云うことでござるが、
 その前に確認したいことはこの戦争の最終的な目標でござる。
 目標が与えられない限り、戦術は構築出来ないでござる」

女騎士「良く覚えてるな」
軍人子弟「戦術授業だけは真面目に受けたでござるよ」

女騎士「お前も護民卿になったんだろう?
 目標設定もしてみるべきだな」

軍人子弟「民を護ることでござる」

女騎士「“どこ”の?」

軍人子弟「もちろん、白夜の国を含めて」

女騎士「では目標はただ一つ。蒼魔族を打ち破り、
 白夜の国も開放すべきだ」
255 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/27(日) 21:43:19.62 ID:34eUyEEP

冬国士官「まっ。待ってくださいよ。今わたし達は
 自分たちが生きるか死ぬか、国が滅びるか、
 滅びないかの瀬戸際なんですよっ!?」

鉄国少尉「そうですよっ! 裏切り者の白夜なんて
 構っている場合じゃないですよっ」

女騎士「と、云っているが?」

軍人子弟「どうにもならなければ、
 作戦目標を変更することもあるでござるが、
 最初から引き分け狙いで勝てるほど甘い相手ではないでござろ?
 “完全”を求める者にこそ、
 それでやっと“半分”が与えられるでござるよ」

鉄国少尉「……っ」

女騎士「さぁて、随分骨のある課題になったな」

軍人子弟「そうでござるね。まずは、数の差を埋めるでござるよ」
女騎士「おおっと、そっちからいくか」

軍人子弟「これでもこき使われたでござるからね。
 戦略によって戦闘資源を確保できるならば、
 その方が王道でござる。騎士殿はお土産はないのでござるか?」

女騎士「氷の国の兵は断った。
 冬の国からは歩兵3000が一週間後には届くだろう」
冬国士官「はい、連絡を絶やさないようにしております」

軍人子弟「拙者のほうでは開拓兵に声をかけるでござる」

女騎士「何に使う?」
軍人子弟「工兵としてならば期待できるでござる」
257 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/27(日) 21:45:41.50 ID:34eUyEEP

女騎士「と、やはり地形か」
軍人子弟「地形でござるね」

女騎士「だが、さっき聞いたが敵も馬鹿じゃないんだろう?
 重装騎兵を持っている将軍が、沼沢地方での決戦に応じるか?
 こちらの地形情報がなければそれもあり得るだろうが
 斥候も測量もださないってのは流石にないだろう」

軍人子弟「餌が必要でござろうね」
女騎士「餌、か」

軍人子弟「騎士師匠」きりっ

女騎士「何だよ改まって。気持ち悪いな」

軍人子弟「拙者、前々から思っていたのでござるが
 騎士師匠は実に端正な横顔をしているでござる。
 桑折推奨のような鮮やかな瞳にバラ色の唇、細くて豊かな髪。
 馬上にて指揮する姿は全軍の視線を集める戦の女神でござるよ」

鉄国少尉「えっと」
冬国士官「そのように云われると、我が将軍ながら照れますね」

女騎士「なっ、何を言ってるんだよ」

軍人子弟「いやいや、もうこれはお世辞ではござらんのですよ。
 その上我らが南部三ヶ国通商の誇る常勝将軍にして
 勝利の約束、生きる伝説でもある姫将軍でもあるわけです」

鉄国少尉「えー」
軍人子弟(小声)「褒めるでござる」
鉄国少尉「へ?」
軍人子弟(小声)「褒めちぎるでござる。
 ちぎってちぎってちぎりまくるでござるよ」
259 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/27(日) 21:47:14.17 ID:34eUyEEP

女騎士「な、な、なにを」ばたばた
軍人子弟「拙者、密かに女騎士将軍の指揮の下
 戦える日を夢見てござった」

鉄国少尉「そ。そうですよ! 三ヶ国の兵は皆、騎士将軍に
 憧れの気持ちを持っているんですよ」
冬国士官「それは事実ですなぁ。
 なんだ鉄の国の連中も判っているじゃないか」

女騎士「お前達まで、何をっ」

軍人子弟「いやいや、謙遜なさることはござらん。
 もはやこれは、全軍の偽らざる気持ちというものでござろう?
 で、ござるよな! 皆の衆」

鉄国少尉・冬国士官 こくこく

軍人子弟「いぇーい! 女騎士将軍ばんざーい!」

鉄国少尉・冬国士官「ばんざーい!」

女騎士「ちょ、お前達っ」

軍人子弟「いぇーい! 少女めいた華奢な首筋ばんざーい!」

鉄国少尉・冬国士官「ばんざーい!」

女騎士「な、やめろ。お、怒るぞっ!」かぁっ

軍人子弟「こほん。万歳ついでに、餌を」

女騎士「え?」

軍人子弟「蒼魔族のよだれを垂らす美味しい餌は、
 女騎士将軍をおいて他にはいないでござるよ!」にぱっ
278 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/27(日) 22:19:44.73 ID:34eUyEEP

――大陸街道南部、羊飼いの草原

めぇぇぇーー。めぇぇぇぇー。

羊飼いの男「なんだ、ありゃ?」
羊飼いの娘「地面が動いてるの? ……いえ、あれは」

羊飼いの男「人だ。すげぇ人だ!」
羊飼いの娘「何が起きてるの!?」

めぇぇぇー。めぇぇぇぇー。

 ザッザッザッ
 

 ――精霊はこれを欲し給う
 ――精霊はこれを欲し給う

羊飼いの男「すごい数の人だ。いや、兵隊達だ」
羊飼いの娘「でもこんな人数、領主様の軍だって。
 ううん、どんな王様の軍だって想像できないよ……」

やつれた旅商人「なんだあんた達、聞いていないのか?」

羊飼いの男「旅人さんじゃないか」
羊飼いの娘「これはなんなの? 何が起きているの?」

やつれた旅商人「大主教さまが、第三次聖鍵遠征軍を
 招集なさったんだよ」

羊飼いの男「聖鍵……」
羊飼いの娘「遠征軍?」

やつれた旅商人「ああ、そうさ」
281 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/27(日) 22:23:54.59 ID:34eUyEEP

 ザッザッザッ
 

 ――精霊はこれを欲し給う
 ――精霊はこれを欲し給う

やつれた旅商人「俺たちの光の精霊様を侮辱していたって云う
 魔族の連中を倒すために、大主教さまが広く兵を
 募集なさったんだ」

羊飼いの男「広くって、貴族だけじゃないのか?」
やつれた旅商人「ああ、農奴も市民も参加しているって話だよ」

羊飼いの男「それでこんなに……」

 ザッザッザッ

羊飼いの娘「とんでもないわ。世界の終わりみたい……」

やつれた旅商人「俺は北西の方から旅をしてきたんだけど
 これと同じ景色が、あっちには何日も続いている。
 どこにこんなに人数がいたんだろうってくらいだ」

羊飼いの男「もしかしたら、羊も買ってくれるかな?」

やつれた旅商人「ああ、買ってくれるんじゃないか?
 後から後から参加する連中や、娼婦や、物乞いまでも
 一緒にずるずるとくっついて行っているよ」

羊飼いの男「ちょっといってみるかな」

羊飼いの娘「なんだか怖いよ。離れていた方が良くない?」
やつれた旅商人「俺も興味はないね」

羊飼いの男「でも儲かるかも知れない。俺は行ってみるよっ」
羊飼いの娘「まってよ、わたしもついて行くってば!」
287 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/27(日) 22:45:57.01 ID:34eUyEEP

――蔓穂ヶ原、尾根部分

パチッ。パキリ……

蒼魔軍斥候隊長「どうだ?」
騎馬弓兵「この辺り一帯が該当区域ですね」

蒼魔軍斥候「かなり広大な平野部だな」

蒼魔軍斥候隊長「うむ。地図上でも差し渡し15里はあるようだ」

騎馬弓兵「どのように調べましょう?」

蒼魔軍斥候隊長「まずは、この尾根道の調査を、斥候隊」

蒼魔軍斥候「はいっ」

蒼魔軍斥候隊長「つぶさに行うのだ。2万の軍が
 何列で進めるかも含めて詳細な見取り図を作成せよ」

蒼魔軍斥候「はっ」

蒼魔軍斥候隊長「平原の地勢はどうだ?」

騎馬弓兵「穏やかなうねりを伴った草原が殆どですが
 幾つかの場所において湿地や、ぬかるみ滑りやすい泥が
 むき出しになった地形が存在するようです」

蒼魔軍斥候隊長「ふぅむ」

騎馬弓兵「いかがいたしましょう?」
291 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/27(日) 22:50:40.65 ID:34eUyEEP

蒼魔軍斥候隊長「騎兵の運用はどうだ?」

騎馬弓兵「軽騎兵はいけるでしょうが、
 重装騎兵は難しいかも知れません。
 馬が足をくじいたら身動きも取れなくなるでしょうし。
 ただしそれは沼沢部分で、草地を上手く使えば
 あるいは可能かも知れませんが……」

蒼魔軍斥候「しかし、沼沢地方では重装歩兵すら運用が
 難しい場所も存在するようです」

蒼魔軍斥候隊長「“見た目より狭い”ということか。
 使える場所が限られている地形のようだな」

騎馬弓兵「手強い地形ですね」

蒼魔軍斥候隊長「騎馬弓兵は馬を下りて、
 ここより平野中心部にかけての地形を調査せよ。
 判る限りの沼沢部分、平地部分、丘陵部分を事細かく記録せよ。
 平原の周辺部については沼沢の割合が大きいようだ。
 戦場とするのは不適当に過ぎる。
 中心部を重点的に測量、また敵にあった場合交戦は避けて
 諜報と斥候に勤めるように」

騎馬弓兵「了解いたしましたっ」

グシャッ

蒼魔軍斥候「は?」

蒼魔軍斥候隊長「蔓穂の花よ。ふっ。人間の国など、
 我ら蒼魔の勇者がこの花のように踏みにじってくれようぞ」
297 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/27(日) 23:09:58.40 ID:34eUyEEP

――冬の国辺境、人里離れた深い森の中

ホーウ、ホーウ
 バサバサバサッ!

器用な少年 びくっ! メイド妹「あれは、フクロウさんだよー?」

器用な少年「判ってるよっ!!」

ギャーッギャッギャッギャ
 バサバサバサッ!

器用な少年「っ!?」

貴族子弟「ほらほら、少年。少年がびびってるから
 鳥たちも飛び立つんですよ。サクサク歩くっ」

メイド妹「遅いよぉ」

器用な少年「お前らの荷物も俺が持ってるからだろうっ!」

貴族子弟「だってねぇ?」
メイド妹「うん」

貴族子弟「ぼかぁ、ほら。線の細い貴族ですし」
メイド妹「わたし女の子だもん」

器用な少年「どんだけ荷物持たせるんだよっ!?」
300 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/27(日) 23:11:55.32 ID:34eUyEEP

貴族子弟「命を救ってあげたじゃないですか」
メイド妹 うんうん

器用な少年「奴隷にされただけだっ!」

貴族子弟「生意気ばっかり云ってると、このレイピアちゃんで
 首の横から食事できるようにしちゃいますよ?」

メイド妹「それじゃ味が分かんなくなっちゃうよぉ!」ぷんすか

貴族子弟「まずいか。じゃお尻の穴を増やしましょうか?」
メイド妹「それならいいよ♪」

器用な少年「ひっ。わ、判ったよ。運ぶ、運ぶよっ」

ザッザッザッ

貴族子弟「ほらほら、君は荷物運びじゃないんですから」
メイド妹「先頭歩かないと」

器用な少年「俺だって正確な場所が判るわけじゃねぇって」
貴族子弟「でも、この辺の森は詳しいでしょ」
メイド妹「うんうん」

器用な少年「たぶん、砦の廃墟に……それらしい人が」

ザッザッザッ

貴族子弟「ああ。あっちかな」
メイド妹「ん。これは……。まめのスープの匂いだ」

器用な少年「あれでいいのか?」

貴族子弟「ええ、あれが目的地のようですね」
301 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/27(日) 23:13:27.19 ID:34eUyEEP

器用な少年「じゃぁ、俺はここで良いだろう?
 あの連中はやばいんだって。俺は行きたくねぇよ」

貴族子弟「あははは。だってそれじゃ荷物運べないじゃないですか」

器用な少年「そんな事言ったって、
 俺に持たせる前は二人で背負ってたじゃねぇかよぉ!!」

貴族子弟「?」
メイド妹「?」

器用な少年「言葉が分かんないような困った顔するなよっ!!」

貴族子弟「まったく楽しい少年ですね」
メイド妹「きっとお腹がすいてるんだよ」

器用な少年「なぁ、頼むよ! あそこにいるのは傭兵崩れなんだ。
 ただの野盗といっしょにしちゃまずいんだよ!
 人殺しに馴れている本当のプロなんだってば!!」

貴族子弟「だからわざわざ来たんじゃないですか」

器用な少年「判ってねぇよ!」

貴族子弟「判ってますよ。だいたいプロの人が、もう明かりも
 見えるような距離に侵入者の僕らが踏み込んでいて」

ガサッ

屈強な傭兵「動くなっ。武器に手を触れるなよっ」

貴族子弟「気が付かないわけがないでしょう?」
313 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/27(日) 23:23:35.83 ID:34eUyEEP

――冬の国辺境、人里離れた深い森の中、砦の廃墟

めらめら、パチパチっ

傭兵隊長「で、お前ら何なんだ? あん」
傭兵槍騎兵「返答次第じゃ生きては帰さねぇぞ」

器用な少年「お、おいらはちんけなこそ泥で
 まったく全然無関係なんだっ。
 勘弁してくれよ、隊長さんっ」

貴族子弟「多少は気合いを入れて意地を張らないと
 何時までも負け犬だよ? 少年くん」
メイド妹「お姉ちゃんに笑われちゃうよ−?」

傭兵隊長「で、そっちの貴族様は?」

貴族子弟「ぼくの名は貴族子弟。優雅なワルツと花の香り
 酒の甘さと淑女を愛する雅の信奉者といったところかな」

メイド妹「わたしはメイド妹です。招来の宮廷料理長だよ♪」

傭兵隊長「ふんっ。で、その貴族様が何だって?」

貴族子弟「いや、この森にね。
 このあたりで最も屈強な傭兵団崩れがいるって
 聞いてね、やってきたんだ」

傭兵隊長「ほう……」ギラッ
傭兵槍騎兵「隊長」ジャギッ

貴族子弟「武器をちらつかせるのは止めてくれよ。
 自慢じゃないが僕は弱いんだ。
 失禁したらお洒落なズボンが濡れるだろう?」

メイド妹「それ格好良くないよ、お兄ちゃん……」
314 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/27(日) 23:24:32.07 ID:34eUyEEP

傭兵隊長「そうかい? 俺は戦場暮らしが長くてね。
 あんたは、そこらのぼんくら騎士より、
 よっぽど使うって俺の勘が告げているんだがね」

貴族子弟「たかだかぼんぼんの庭先剣法さ。
 だいたいのところ、よしんば僕がどれだけ手練れだったとしても
 この砦にいる数百人から逃げられるわけもない。
 あの塔」すっ

器用な少年「へ?」きょろきょろ

貴族子弟「――からは、石弓でだって狙ってるんだろう?」

傭兵隊長「お見通しかい。へへへっ。
 で、あんたはどんな用なんだい? あんたも金をくれるって?
 どっちからなんだい?」

貴族子弟「……」
器用な少年「ど、ど、どっちって?」

傭兵隊長「“冬の国から奪って欲しい”のか
 “冬の国を勘弁して欲しいのか”ってことさ。
 俺たちは野盗だからよ。金をくれた方に着くぜ?」

貴族子弟「ふぅむ、そうなのか?
 そんな理由で今まで金を受け取らないでいたのかい」

傭兵隊長「……他に何があるんだ?」

貴族子弟「いや、他にも何かあるんじゃないかと思ってきたんだが」

傭兵槍騎兵「貴様、生意気な口をっ」

器用な少年「ひっ!!」
315 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/27(日) 23:25:43.07 ID:34eUyEEP

傭兵隊長「何が言いたいんだ」

貴族子弟「いや。手入れの良い軍馬だな、と思って」

傭兵隊長「……」

貴族子弟「ただ草をはませてるだけじゃない。
 毎日拭いてやって世話をしてやらないと、
 こういう毛づやにはならない。
 それに武具だってくたびれてはいても、どれも丁寧に
 修理してあるし、愛用のものなんだろう?
 砦の使い方も規律があって、野盗のそれじゃない」

傭兵隊長「何が云いてぇ」

貴族子弟「実を言えば、雇用に来てね」

傭兵隊長「ほぉらみろ、やっぱりそうじゃねぇか」

貴族子弟「いやいや、意味も雇用条件も目的もまったく別さ」

傭兵隊長「何だってんだ、云ってみろよ」

貴族子弟「実は知っているかも知れないけれど、
 鉄の国ってあるだろう? ここからはさほど遠くない」

傭兵隊長「ああ」
傭兵槍騎兵「ちっ。何だってんだおまえ」

貴族子弟「そこの首都が魔族に落とされていてね」

傭兵隊長「……はん。腐れ貴族がっ。最低限自分の国を
 護ることも出来ねぇのかよ。笑わせるぜっ」

貴族子弟「で、だ。そこの首都を救って欲しいんだ」
317 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/27(日) 23:27:06.27 ID:34eUyEEP

器用な少年「へ?」
傭兵槍騎兵「はぁぁ!? 何を言ってるんだお前」

貴族子弟「そんなに変な雇用かな?」

傭兵槍騎兵「ったりまえだ!
 何で俺たちが魔族に突っ込まなきゃ行けねぇんだ!
 しかも貴族様のケツを拭くなんて何で俺らがそんな事を」

傭兵隊長「――おい、黙っとけ。
 で、貴族の兄ちゃんよ。生きているうちに
 云いたいことはそれだけか?」

貴族子弟「べつに、尻ぬぐいをしろなんて云ってやしない。
 そもそも白夜国は滅びたよ。
 王も死んだし、政府だって残っちゃいない。
 あそこは“かつて白夜と云われた土地”ってだけだ。
 尻ぬぐいの相手なんかいない。その必要もない」

器用な少年「……おいらの国だ」

貴族子弟「あそこにいるのは、ただひたすらに飢えて
 酷使される農奴以下の奴隷となった国民達。
 ――それだけだ」

メイド妹「うん……」

傭兵隊長「で?」

貴族子弟「だから、あそこでは大変需要があるんだよ。
 そう、ヒーローってやつにね」

傭兵隊長「っ」

貴族子弟「どうだい。ここは一つ、
 解放軍とやらになってみる気はないかい?」
318 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/27(日) 23:29:21.46 ID:34eUyEEP

貴族子弟「ああ、いたって正気さ。
 どうにも我が学院は、正気になれば正気になるほど
 周囲から見て狂気に見えるという忌まわしい伝統が
 あるようなのだよ。困ったもんだ。
 軍人子弟しかり、メイド姉君しかり。
 そもそも師からして正気とは言い難い。
 陰陽としか言えない胸のサイズだ。
 きわめて正気なのに。悲しいことだなぁ」

傭兵隊長「……」

貴族子弟「隊長は知っていると思うけれど、
 今あそこを支配している魔族は近々、
 隣国である鉄の国に攻め込むはずなんだよ。
 どれくらいの兵力で攻め込むかは判らないけれど
 殆ど全軍を率いて出発すると僕の兄弟弟子は見ている。
 すると、白夜国には殆ど兵力は残らないはずだ。

   君ほどの統率力があれば、周辺に散在している
 幾つかの武装集団もまとめることが出来るだろう?

   ……翡翠の国の辺境戦争と警備軍のことは聞いている」

傭兵隊長「貴様、どこでそれを……っ」
貴族子弟「貴族の社交界というのは思ったより広いんだよ」

傭兵隊長「……っ」

貴族子弟「だが、貴方ほどの指導力があれば
 この周辺の武装集団を組織化することも出来るだろう?
 主力の出はらった白夜の国を開放することも不可能とは云えない」
320 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/27(日) 23:30:34.68 ID:34eUyEEP

傭兵隊長「報酬は何だ?」
貴族子弟「おい、少年」

器用な少年「なんだってんだよっ!?」
貴族子弟「荷物を降ろして良いぞ」

傭兵槍騎兵「なんだ? 金ごと持ってきてるのか?
 奪って欲しいとしか思えねぇ、馬鹿か、お前」

器用な少年「判ったよ、降ろすっ」

傭兵槍騎兵「開けますぜ隊長? ……なんだこりゃ」
器用な少年「これは……。なんだ」

メイド妹「ベーコンとジャガイモの、ホワイトクリームパイだよ」

傭兵隊長「なんでこんなもん……」

貴族子弟「食べろ」

傭兵隊長「何言ってるんだ、お前!?」

貴族子弟「良いから、黙って食え。それでなくても
 開いたらどんどん冷めて行くんだ。早いところ食え」

傭兵槍騎兵「隊長……。良い匂いですが。毒ってことも」
メイド妹「ちがうもんっ! わたしはそんなモノ作らないもんっ」

傭兵隊長「一個よこせ」
傭兵槍騎兵「でも」

傭兵隊長「良いからよこせ。……ふん。むっしゃ、むっしゃ」

傭兵槍騎兵「じゃ、おれも……」

傭兵弓士「お、おいらも」おずおず
傭兵剣士「俺も腹が減ってるんだ」
322 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/27(日) 23:32:38.25 ID:34eUyEEP

傭兵隊長「……美味ぇな」ぽつり

メイド妹「うん! 頑張って美味しく作ったよっ!」

傭兵隊長「ああ、美味い。たいしたもんだ。
 嬢ちゃんなのか? すげぇな。美味いよ。
 ちっせぇのに。
 ああ、なんだろう、こいつは。
 なんだか応えるほどに――美味いなぁ」

貴族子弟「どうだ、すごいだろう?」
器用な少年「なんでこの兄ちゃんが威張るんだ」

貴族子弟「白夜国を救うと、こう言うのがずっと食えるようになる」

傭兵隊長「は?」

貴族子弟「ずっと食えるようになる」こくり
傭兵隊長「何言ってるんだ?」

貴族子弟「解放軍として、仕官しないか?
 冬の国でも良いし、再興するなら白夜でも良い。
 自分たちを地獄から救ってくれた英雄だ。
 民は感謝するぞ。

   “ありがとう”って云うぞ。
 そういうふうにならないか? ただの野盗になるつもりなら
 何で馬具の手入れを欠かさない? 何故武具を磨く?

   君たちは、野盗じゃない。傭兵団だ。
 しかも、いずれ故郷にたどり着く、希望を持った傭兵団だ」

傭兵隊長「本気なのか? 俺は戦場であんたらの所の
 女将軍と追っかけ合ったこともあるんだぜ?」
326 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/27(日) 23:34:43.94 ID:34eUyEEP

貴族子弟「この僕が責任を持とう。
 僕は氷の国の氷雪女王の特使として、
 また三ヶ国通商同盟の全権委任大使として
 あなたに依頼する。

   当面の費用は氷の国が責任を持つ。
 この森の中で自分の納得行く規模の師団を編制して
 白夜の国辺境に潜伏。機を見て、その民を解放してくれ。
 魔族を撃退してくれとは頼まない。
 出来る限りの民を救い出してくれるだけで良い」

メイド妹「お願いしますっ」

傭兵隊長「……」
傭兵槍騎兵「隊長……」
傭兵弓士「お頭……」

貴族子弟「……」

傭兵隊長「もう一個貰っても良いかな」

メイド妹「うんっ。これはね、豚の脂身を入れてから
 焼くんだよっ。熱いと、何倍も美味しいんだよっ」

傭兵隊長「へぇ。むっしゃ、むっしゃ。
 へっ。美味ぇや。たいしたもんだよ。ああっ、たいしたもんだ。
 はん。――いいだろうっ!!」

貴族子弟 にこり

傭兵隊長「こんなに美味ぇ前金受け取ったら働くっきゃねぇだろ!
 おい、お前ら! 付近の頭だった連中に渡りをつけろっ!
 俺たちの戦が始まるぞっ。どうせどっかでのたれ死ぬのが
 傭兵の運命だ。死ぬ前に1回、その“ありがとう”とか
 いうやつを拝んでやろうじゃねぇか!」
343 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 00:20:17.56 ID:L1AOl7sP

――蔓穂ヶ原、中央部丘陵地帯、前衛陣地

斥候「来ましたっ!」

女騎士「構成は?」

斥候「中央に歩兵。我が軍に照らせば軽装ですが、
 巨大な木製の盾を保持している模様っ」

冬国仕官「弓矢対策か」

斥候「さらに左右に軽騎兵および重装騎兵。
 厚みのある陣容です。
 前方突出部分だけで一万を超えている模様」

冬国軽騎兵「いち……まん……」

女騎士「ひるむなっ! よしんば敵が二万いようと
 こちらも7000はいるのだ! 一人三人の敵を倒せば済むっ」

冬国軽騎兵「はっ!」

女騎士「距離はどの程度だ」

斥候「尾根を下りきった地点。おそらく正午頃には会敵しますっ」

冬国仕官「指揮官は……」

女騎士「おそらく蒼魔の将軍だろう。
 刻印の王が出てきたら全軍撤退だ。武器も放り出して逃げろ」

冬国仕官「……了解」
344 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 00:22:15.85 ID:L1AOl7sP

――蔓穂ヶ原、尾根道を下った周縁地域

蒼魔上級将軍「陣形を整えよ。ここを後詰めとするぞ」

蒼魔近衛兵「はっ! 方陣形っ!」

ザッザッザッ!!

蒼魔軍歩兵「15番隊まで、整列完了しましたっ!」
蒼魔軍軽騎兵「軽騎兵完了」
蒼魔軍弓兵「弓兵、配置よしっ」

蒼魔上級将軍「さて、敵はどうだ?」

斥候部隊「報告位置より動いてはおりません。
 中央部丘陵地帯に前衛陣地を置き、待ち受ける構え」

蒼魔上級将軍「どうやらあの部分が
 最も足場がしっかりしていて、
 敵の騎兵も使いやすいのであろうな」

蒼魔近衛兵「しかし、それはこちらも同じこと」

蒼魔上級将軍「それゆえ、あそこにたどり着く前に
 弓矢でこちらの戦力を出来る限り減らすのが
 きゃつらの作戦だろう」

蒼魔軍歩兵隊長「だが予想済みでございます。
 矢よけの大盾を装備すれば、接近前の矢など何ほどのこともなく。
 人間などの思うとおりにはさせませぬ」

蒼魔上級将軍「いいや。ここはその心根を砕くとしよう。
 だれぞあるっ!! 督戦隊をよべっ!!」

ばさっ!

蒼魔督戦隊長「ここにっ!」がばっ

蒼魔上級将軍「そのほうに先鋒を申しつける!
 中央の丘陵地帯への突破口を開き、
 我が蒼魔族の騎馬部隊を導き入れよっ!!」
345 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 00:24:16.72 ID:L1AOl7sP

――蔓穂ヶ原、中央部丘陵地帯、前衛陣地

冬国軽騎兵「霧が出てきたな」
冬国槍兵士「ああ……」

冬国弓兵士「蒼魔族接近っ! 目視できますっ!」

女騎士「まだだっ。まだ撃つなっ。引きつけるぞっ!」
冬国仕官「全軍射撃準備っ」

冬国弓兵士 すっ

女騎士「……」
冬国仕官「まだか」

冬国槍兵士「有効射程の外ですが、こちらでも目視確認っ」

冬国弓兵士「思ったよりも大盾の装備は少ない様子。
 臨時の装備だったようですね。
 これならばこちらの弓矢でも効果は十分だ」

女騎士「……っ。まさか」ぎりぎりっ

冬国弓兵士「距離よしっ。姫将軍、号令をっ!!」

女騎士「……っ」

冬国弓兵士「接近します、どうか号令をっ」

女騎士「……構わんっ。撃てぇぇっ!!!」

びゅんびゅんびゅん! びゅんびゅん!
   びゅんびゅんびゅん! びゅんびゅんびゅんっ!
346 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 00:26:28.46 ID:L1AOl7sP

――蔓穂ヶ原、中央部、接近中の蒼魔軍先鋒

奴隷歩兵「ぎゃぁぁぁ!!」

蒼魔督戦隊「進め! 進めっ!」

奴隷歩兵「ダメだっ! 弓矢が壁みたいにっ!」

蒼魔督戦隊「貴様らは敗北者の兵だろう! 奴隷なのだ!」

奴隷歩兵「俺たちは人間だっ。人間に剣を向けるなんてっ」

蒼魔督戦隊「はんっ! この間まで鉄の国と白夜国は
 戦争をしていたと云うじゃないか! どの口がほざくっ!
 さぁ、立て! 立って戦えっ!」

奴隷歩兵「いやだぁ! 俺は死にたくないんだぁ」

蒼魔督戦隊「では死ね」

ドスッ!

奴隷歩兵「あ、ああっー!?」

蒼魔督戦隊「貴様らの背中はこの督戦隊が
 狙っていることを忘れるなっ!
 怖じけずいて逃亡しようとした奴らは、
 この督戦隊がすぐさま射殺してくれるっ!」

奴隷歩兵「な、なんで。なんでこんなっ!」

蒼魔督戦隊「槍を拾え! 突っ込め! あの丘を奪うのだっ!」
353 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 00:33:10.13 ID:L1AOl7sP

――蔓穂ヶ原、森林部、待機場所

ぶるるるっ

軍人子弟「馬に藁を咬ませるでござる。静かに」
鉄国歩兵「はっ」

軍人子弟「……」

              わぁぁ キン、キン

鉄国少尉「開戦したようですね」
鉄国歩兵「……」ぎゅっ

軍人子弟「拙者達の役目はこちらでござるよ。
 心配でござるが、我が師ならきっと持ちこたえるでござる」
鉄国少尉「はい」

軍人子弟「あと3時間も持ちこたえれば、
 きっと勝機が来るでござる。それまでは……」

鉄国少尉「そうですね。わが護民卿の策です」

軍人子弟「はははっ。女騎士殿の考えでござるよ」
鉄国少尉「でも、殆ど同じコトを考えていましたね」

軍人子弟「我が師でござるからね」
鉄国少尉「俺……あー、わたしも。きっと護民卿に
 師事して、その力を学ばせて貰いたいと考えています、ハイ」

軍人子弟「助けて貰っているでござるよ」

鉄国少尉「いえいえ、そんな」

斥候「将軍っ」
357 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 00:34:39.59 ID:L1AOl7sP

軍人子弟「何でござるか」

斥候「後方から未確認の部隊接近」

軍人子弟「後方っ!? どうやって」

斥候「いや、大陸街道やら森の中からです。
 しかし、魔族じゃありません。人間です」

軍人子弟「援軍でござるか? この時期に現われそうな
 援軍は思いつかないでござるが……」

鉄国少尉「とりあえず伝令を出して所属を確かめませんと」

軍人子弟「そうでござるな。工兵の防御のためにも、
 我が隊はここを離れるわけには行かないでござる。
 斥候、済まないが、その部隊に確認を――」

     ドゥゥゥーーン!!!

鉄国少尉「っ!?」
鉄国歩兵「な、なんだ……」

  ドゥゥゥーーン!!!

軍人子弟「これは……」

鉄国歩兵「将軍っ! 将軍っ!!」
軍人子弟「落ち着くでござるっ!」

鉄国歩兵「我が軍の後方部隊、および開拓兵が
 謎の軍と接触! 攻撃を受けていますっ!
 謎の軍は轟音を発する射撃武器にて我が軍を蹂躙っ!!」

軍人子弟「なっ!?」
424 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 17:47:08.54 ID:L1AOl7sP

――鉄の国、王宮、大広間

勇者「よっしゃ。いくか」

妖精女王「ええ、いつでも」ごくり

羽妖精侍女「チョット怖イ」

勇者「任せとけ。いざとなっても逃げるところまでは保証する。
 それにさ、人間だっていつでも剣を振り回している
 奴らばかりじゃないよ」

妖精女王「しっかりなさい。わたし達は魔王様に任されて
 ここにいるんですよ。期待に応えないと」

羽妖精侍女「ハイ……」

勇者「おっし。行くぜ」

ガチャリ

勇者「冬寂王。それにお二方。お待たせ」

鉄腕王「おお。勇者どの。どうした、こんな早朝に」
冬寂王「何か変事でも?」
氷雪の女王「まだ明け方は冷えるでしょう?
 さぁ、暖炉のそばにいらっしゃいませ」

勇者「えー。コホン。本日は遠来からの客人を同道しててな。
 それで紹介しなきゃならないと思って。――うん、来たんだ」

妖精女王「初めまして」
羽妖精侍女「初メマシテ」ペコリ
425 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 17:49:25.10 ID:L1AOl7sP

鉄腕王 ゴシゴシ
冬寂王「……」
氷雪の女王「え?」

勇者「えーっと。あっちは右から、鉄腕王。鉄の国の王様だ。
 いまお邪魔しているこの宮殿と国の主。
 蒼魔族と戦争の真っ最中の当事者だ。

   中央にいるのが冬寂王。冬の国の王だ。
 一応このあたりをとりまとめる
 三ヶ国通商の盟主と云うことになっている。

   左にいる女性は氷の国の女王だ。
 氷の国は吟遊詩人のふるさととも云われている。
 鉄の国と冬の国にはさまれた小国だが外交や文化は進んでいるな」

妖精女王「はい」
鉄腕王「え?」

勇者「で、こちらは。こほん。
 魔界において、魔族大会議、忽鄰塔を構成する
 九つの氏族のうちひとつ、
 森に住む者、
 夜明けと黄昏のはかなき者たち、
 妖精族の長、妖精女王だ。おつきの侍女は羽妖精」

妖精女王「ご紹介預かりました、妖精女王と申します」
羽妖精侍女 ぺこり

冬寂王「……」

勇者「と、まぁ、魔界の中でも有力者なんだが、
 今回はそういう意味で尋ねて来た訳じゃない。
 彼女は忽鄰塔、つまり魔界の最高会議だな。
 そこの代表者、特使としてきている。
 会議だけではなく、この使者は魔王の意志でもある」
427 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 17:49:58.38 ID:L1AOl7sP

鉄腕王「勇者殿、これはいったいどういう冗談」
冬寂王「冗談では、無かろう」

勇者「うん、さっぱり本気」

妖精女王「……」ぎゅっ

鉄腕王「魔族……」
氷雪の女王 がくがく

冬寂王「妖精女王よ。
 よくぞ遠いところはるばるいらっしゃった。
 まずは暖炉の側へどうぞ。
 我らの間には深い溝があるが
 炎を分かち合えないほどではないだろう」

鉄腕王「何を言うのだっ」

冬寂王「彼女は魔界での身分からすれば王族に当たる。
 たとえ、敵対する国家であっても王族には王族の扱いがある。
 そして、彼女は物見遊山に来たわけではない。
 見ろ。あのひ弱そうな侍女以外誰一人として連れていない。
 彼女は我らの信を得るために、わざわざ丸腰で来たのだ」

氷雪の女王「しかし……」

冬寂王「それに勇者が連れてきたのだ。彼を信ぜよ」

鉄腕王「それは確かに、そうだな。
 ふんっ。鉄腕王ともあろう者が
 女に怯えて話も聞けないとあっては末代までの笑いものだ」

勇者「何とか聞いてもらえるみたいでほっとしたよ」

妖精女王「ありがとうございます」
429 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 17:52:43.55 ID:L1AOl7sP

メラメラ、パチパチッ

冬寂王「聞こう」

妖精女王「沢山のお話があります。
 まず、わたし達九氏族、いて……。
 いまやまたもや八氏族となってしまいましたが、
 わたし達は、人間世界の通行許可を求めています。
 ……現実にはこのようなギリギリになってしまいましたが、
 人間世界を旅するに当たって承諾を求めています」

鉄腕王「また人間の領土に攻め込もうってのか?」
冬寂王「……」

勇者「いや、まぁ。最初っから話さなきゃ判らないだろう」

冬寂王「それをいうならば、何故勇者が魔族を伴って
 現われたのだ? 勇者は魔族と通じているのか?」

勇者「そのほうが正しいと思えば誰とでも話すさ」

氷雪の女王「それは異端ですよっ」
冬寂王「氷雪の女王。それを言うならば、
 我らは皆すでに全員が異端なのだ」

氷雪の女王「……そうでした。しかし」

勇者「事の始まりは……そうだな。
 どこまでも過去にはさかのぼれるけれど、
 今回のことの始まりは魔王の長きにわたる怪我の療養。
 そして忽鄰塔だった」

鉄腕王「くりるたい?」

妖精女王「ええ。忽鄰塔は魔族の大会議。
 魔王様によって招集された、魔族の大きな氏族八つが出席し、
 そのほかにも無数の氏族が集う最高の意志決定の場です」
431 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 17:57:14.10 ID:L1AOl7sP

妖精女王「魔界は基本的には魔王の名と統治の元に動いていますが、
 実際には多くの領民を抱える氏族の発言力が強く、
 各氏族が覇を競って相争うような状態が
 100年以上続いてきました。

   しかし、魔界は未曾有の緊張、
 つまり人間界からの侵攻を受けていたために
 魔族同士の戦乱はこの15年の間は沈静化していたのです」

鉄腕王「侵攻? そちらから戦争を仕掛けてきたのに」

妖精女王「いいえ、ゲートの封印を解除し戦闘を
 仕掛けてきたのはそちらです」

冬寂王「やはり……」
氷雪の女王「ええ」

鉄腕王「なんだ? どういうことだ?」

冬寂王「いや。以前から疑問には思っていたのだ。
 なぜ、教会が派遣したただの調査隊があれほどの
 武装をしていたのか?
 その調査隊が『聖鍵遠征軍』と呼ばれていたのか」

氷雪の女王「……」

妖精女王「今回は、その件について
 話をしに来たわけではありません。
 魔界は人間界との交戦状態に入った。
 魔族は結束して……とは云えませんが、
 各々が力を尽くして戦いました。
 結果はご存じの通りでしょうが、我ら魔界は人間界の版図から
 極光島を奪うことに成功しました。
 しかし、その代わりに、我らが聖地である開門都市を
 失うことになったのです」
433 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 17:58:49.31 ID:L1AOl7sP

メラメラ、パチパチッ

妖精女王「戦線は膠着したかに見えましたが、
 その実は違いました。人間は戦略を変えたようでした。
 勇者と名乗る少数の戦士集団の名前が魔界のあちこちで
 囁かれるようになりました。
 勇者達は魔界の様々な軍事拠点や古代の神殿を巡り
 強力な魔法の武具を集めては、
 我ら魔族の軍を撃破してゆきました。

   彼らはあまりにも少人数で、それゆえに捕捉が難しく
 魔族はいつも後手後手に回らざるを得ませんでした。

   本来個体の能力では人間に勝っていると自負していた魔族は
 次第に勇者という名前に畏怖と戦慄を覚えるようになって
 ゆきました……。
 そしてある時とうとう、勇者は魔王様と一騎打ちとなり
 両者は負傷、姿を消した。
 ……その噂が魔界へと広まりました」

鉄腕王 ごくり

勇者「――」

妖精女王「魔王様は死んではいない。それはすぐに判りました。
 なぜならば、人間の方々には説明しても
 判ってもらえないかとも思うのですが、
 魔界にとって魔王様は不滅の存在なのです。
 もし魔王様が倒れればすぐにでも次期魔王選出が始まるはずです。
 それが始まらない以上、魔王様は死んで射るはずがない。

   しかし、現在の魔王様には一つの憶測というが
 良くない評判がありました。それは戦闘が不得手で虚弱だ、
 と云うことです。
 もちろん魔王様は溢れる知謀で我らを導いてくれています。
 わたし個人はいまの魔王様を歴代のどなたよりも
 深く尊敬いたしていますが、当時はそのような評判もあり
 氏族の長からは軽んじられていたと云うことは否定できません。

   ですから“魔王は深い傷手を負って治療をしている”
 噂は事実だったわけですがその期間は思いのほか長く続きました」
444 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 18:33:59.66 ID:L1AOl7sP

氷雪の女王「そして一時の静寂が訪れたのですね?」

妖精女王「ええ、そうです。それから3年がたちました。
 その間に人間界は、その版図である極光島を取り戻し
 わたしたち魔族は開門都市を回復しましたが、
 それ以外の部分ではおおむね静寂が続きました。
 勇者による各地の魔族被害も途絶えました。

   もちろん人間界との戦争が終結したわけではありませんが
 魔王様の指示を欠いたわたし達は決定的な団結を得られず
 人間界への反抗作戦を立ち上げることが出来ませんでした。

   誤解して欲しくないのは、魔界の全てがこの戦争に
 賛成というわけでもないと云うことです」

冬寂王「と、おっしゃると?」

妖精女王「魔界は、人間界のように一人の神を崇めると
 云うことがありません。
 様々な氏族に、様々な教えもあり、様々な文化があります。

   わたしを見てどう思われますか? この羽を。
 蒼魔族とは似ていないでしょう?

   これだけ姿形が違うと共通の文化や意識は持ちにくいのです。
 魔界は氏族という集団に分かれて暮らす、
 無数の魔族によって構成された世界です。

   当然、氏族ごとに様々な意見があり、
 戦争に対してもそれは同様でした」
445 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 18:35:16.96 ID:L1AOl7sP

妖精女王「もっとも、三年前のあの時期は、
 魔族の中でもいくつもの神々の聖地とされた開門都市が
 人間に奪われたことに不満を持たない魔族は少なかったでしょう。
 それはいまも残っています。
 多くの魔族は人間に反感を持っています。

   そんな三年が過ぎ、魔王様は復活を宣言されました。
 そして忽鄰塔を招集なさったのです」

冬寂王(……爺の報告とも符合するか)

鉄腕王「そうだったのか」

妖精女王「会議の話題は当然、人間との戦争をどのように
 展開するか、になるはずでした。
 少なくとも多くの魔族はそう考えていました。

   しかし、中にはわたし達妖精族のように、戦争をしたくない。
 そう考える者たちも少なくはありませんでした。
 なぜならば、わたし達のような弱い氏族にとって
 戦争とは常に巨大な災厄でしかなかったからです。

   我ら八大氏族の長と魔王様は長い話し合いを行いました。
 魔王様の意志は、どうやら停戦のようでした」

鉄腕王「停戦っ!? それは本当なのかっ!?」

冬寂王「……」

妖精女王「しかし、魔族の中でも有力な幾つかの氏族の意志は、
 徹底抗戦でした。人間に対する反感もあったでしょうし、
 人間界に溢れる領土や、魔界では取れぬ財宝を目当てにする
 欲望もあったでしょう。十分に力のある魔族の目にとって
 人間界は熟れた果実のように写っていたのです」
446 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 18:38:11.42 ID:L1AOl7sP

妖精女王「会議は長い間続きました。
 長い長い間、おおよそ一月にもわたって続きました。
 魔王様の説得が功を奏し、忽鄰塔全体が停戦で合意を
 しようとした時に事件は起こりました。

   蒼魔族が陰謀を巡らし、魔王様を攻撃したのです。
 その陰謀のせいで、八大氏族は真っ二つに割れ、
 人間との戦争は愚か魔族同士でも戦う戦乱の世が
 再来しようかとも思われました。

 しかし、幾人かの勇気と知恵溢れる長の活躍により
 最悪の事態は回避されました。ですが結果として
 蒼魔族は忽鄰塔、ひいては全魔界氏族の輪を離れ、
 たった1氏族のみで独自の道を行く選択をしたのです。

   蒼魔族は確かに戦闘に長けていて、
 魔界でも有数の有力氏族ですが、獣人、竜族、鬼呼族などの
 他の有力部族の連合軍を打破するほどの力はありません。

   わたし達は蒼魔族に降伏と、忽鄰塔復帰を求めました。
 蒼魔族はもはや自領土内に籠もって、自らの過ちを認めるか
 全滅を覚悟しての戦を行なうかしかないのではないかと
 魔界の氏族達は思っていました。

   ですが」

冬寂王「蒼魔族は活路を人間界に求めた?」

妖精女王「その通りです。
 蒼魔族は突如電撃の早さで人間の世界に侵攻し、
 白夜と呼ばれる国を征服したと聞きます」
447 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 18:40:12.51 ID:L1AOl7sP

鉄腕王「結局は、とばっちりってことか。気に食わんっ」

妖精女王「鉄腕王、銅の腕を持つ戦士殿のいうとおりです。
 眼前の事態は我ら魔族の内輪もめの迷惑を人間界にかけた
 形です、この件において、我ら魔界の者はその責を
 負っていることを認めます」

鉄腕王「まったくだ」

氷雪の女王「いいえ、それはちがうでしょう。
 逆に言えばそのような展開になったのは、
 勇者が魔王を負傷させて長い間魔界の統治を不十分な
 ままにさせたせいとも云えるでしょう」

鉄腕王「だがそれは魔族が人間界を攻めたせいで」

冬寂王「後先の話をするのならば、我らが先の可能性もあるのだ」

氷雪の女王 こくり

妖精女王「我ら忽鄰塔の八大氏族は」

氷雪の女王「おまちください。
 蒼魔族は忽鄰塔を脱退したのでしょう? では七氏族では?」

勇者「あー」

妖精女王「はい。話の本筋には関係ないかと思い省きましたが。
 魔王様を蒼魔族の陰謀から救うに当たり重要な役割を
 果たしたもう一つの新しい氏族が、
 忽鄰塔大会議に加わったのです。

   その名も衛門族。人間が率いる魔界唯一の氏族です」

鉄腕王「人間が率いるっ!?」
448 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 18:42:38.68 ID:L1AOl7sP

勇者「それについては、俺が説明すべきなんだろうな。
 冬寂王。開門都市にはさ、ほら2万からの
 遠征軍駐留部隊がいただろう?」

冬寂王「そうだな」

勇者「それが、極光島の時にぴぃぴぃ逃げてきたじゃん?」

冬寂王「ああ。裏切りだとか、魔族の大反抗が開始されたとか。
 それで部下の多くを失い、民間人も全滅し、
 戦略価値が無くなったとかで極光島へと救援に
 駆けつけたのだろう? 何の意味もなかったが」

勇者「やっぱり、どうも情報がずたずたになってるんだよなぁ」

冬寂王「しかし、その後の諜報で、開門都市が人間の住む
 都市となっているのは知っている」

勇者「正確には、自治政府の治める自由都市だ」

氷雪の女王「それは人間世界で云うところの自由都市と
 似たようなものですか?」

勇者「うん、同じだ。領主じゃなく、自治委員会が
 治めているところだけが違うけれどな。
 まぁ、開門都市が開放された事件で、駐留軍団は人間界に
 撤退したわけだけど、その時民間人は全て置き去りにされたんだ。
 そういった殆どの民間人は死んでないよ。
 それは事故なんかで数人は死んだかも知れないけれど、
 1万人以上の人間商人や、個人商店の持ち主が残っている。
 開門都市は、人間と魔族が入り交じって暮らす街となって
 生まれ変わったんだ。

   そして、その都市の自治委員会は、
 自分たちを魔界の氏族であると宣言した」
452 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 18:52:30.89 ID:L1AOl7sP

鉄腕王「氏族? 氏族ってのは生まれが一緒の
 一族じゃなかったのか?」

勇者「多くの場合そうだが、
 そうじゃなきゃならないと云う法律はないらしいんだ。
 だから連中は強引に宣言して、忽鄰塔に殴り込んだ。
 俺たちは戦争には反対だ、ってね。

   ――それが一つの切っ掛けになって、
 会議全体はいまで停戦の意志に傾いている。
 もちろん人間に対する疑いや反感は根強い。
 停戦なんて実現できるのかどうか疑問視しているのも事実だ。

   だが、戦争は失うものが大きく、もし開始したら
 どちらかの世界が、もしくは両方の世界が破壊寸前まで
 疲弊するだろうという認識は、一致した」

鉄腕王「破壊か……」
冬寂王「うむ」

妖精女王「わたしは忽鄰塔、
 新生八氏族および魔王の意志の代弁者としてこちらに伺いました。
 もちろん人間世界が一枚岩で無いことは判っております。
 魔界にしてからが、蒼魔族の暴走を
 食い止められなかったわけですから……。

   まず、第一に我らは蒼魔族を討ち取るべきだと考えます。
 蒼魔族の暴走を許したのはわたし達の責任。
 魔界の軍を蒼魔族の元へと向ける許可を頂きたい。

   さらには、わたし達は、三ヶ国通商との停戦を求めます。
 本当は人間世界全てとの停戦を求めているのですが
 一部であっても、一つづつ解決するのが大事だと考えています」

羽妖精侍女 ぱたぱた
454 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/28(月) 18:54:05.40 ID:L1AOl7sP

鉄腕王「……」
冬寂王「どう考える?」
氷雪の女王「そう、ですね……」

妖精女王「……」
羽妖精侍女「……ウー」

鉄腕王「魔族の軍を侵入させるとして数は?」

妖精女王「約一万です」

鉄腕王「いまの話が全て嘘で、蒼魔族に増援を送り、
 人間の世界侵略を進める謀略ではないという証拠は?」

氷雪の女王「その可能性は否定できませんね」

妖精女王「大空洞から進み、この国の国境付近に
 我が妖精族の乙女、千人をまたせております」

羽妖精侍女「ハイ……」

鉄腕王「乙女?」

妖精女王「魔界の軍が撤収するまで、
 それら乙女と共にわたしがこの城で人質になると云うことで
 信じてはいただけないでしょうか?」

鉄腕王「……」

冬寂王「謀略の有無は判らないが、この三年間の経緯や
 魔界での勢力関係などは、冬の国の調査隊が送ってきた報告と
 どれも符合する。その部分までは信じても良かろう」
457 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 18:56:14.27 ID:L1AOl7sP

鉄腕王「勇者殿」

勇者「ん?」

鉄腕王「勇者殿はどういうおつもりで、お引き合わせなのか?」

勇者「こっちにはつもりも思惑もあるけれど、
 いまはそれよりも、損得の話をすべきかと思うが?」

鉄腕王「……むぅ」
冬寂王「そうですな。勇者殿は何も南部諸王国の臣下ではない」
氷雪の女王 こくり

勇者「あー。誤解してそうだから言っておく」

冬寂王「は?」

勇者「俺は人間世界の守護者でもない。
 俺は勇者――“救いを求める世界全てを救う者”だ」

羽妖精侍女「……」ぎゅぅっ

鉄腕王「我らの味方ではない、と」
勇者「敵味方なんて話しはしていない」

冬寂王「我らが望めば、我らも救ってくださると?」
勇者「この力の及ぶ限り」

氷雪の女王「では、この報せが……」

勇者「そう。この邂逅がいま現在、南部諸王国の救いだと信じる」
481 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 19:31:54.65 ID:L1AOl7sP

――蔓穂ヶ原、中央部丘陵地帯、前衛陣地

女騎士「ひるむな! 目をそらすなっ! 撃てぇっ!」
冬国仕官「ぅ、撃てぇ!!」

冬国槍兵士「し、しかしっ!」
冬国弓兵士「相手は白夜国のっ!」

女騎士「躊躇うなっ! 全ての責はわたしが負うっ!
 彼らを見よっ! まっすぐに見よっ!
 彼らは武器を持って立ち向かって来る兵士なのだっ。
 彼らは兵士だっ。奴隷などではないっ。
 彼らを背中からの矢傷で死なせるなっ。

   もし諸君らが傷つき、後悔と痛苦に苛まれるならば
 その夜はわたしが諸君らに責められよう。
 虐殺の汚名があるのならばわたしが受けようっ。
 ――いまは考えるなっ。持ちこたえよっ!」

冬国仕官「我らが後方には20万人の三ヶ国開拓民が
 いるのだっ! 一歩退けば崩れるぞっ!」

冬国槍兵士「おお……。おおっ!!」
冬国弓兵士「う、撃てぇ!!」

びゅんびゅん! びゅんびゅん!
   びゅんびゅんびゅん! びゅんびゅんびゅんっ!

女騎士「右翼騎兵騎乗っ!」
冬国仕官「はっ!」

騎兵団隊長「準備よしっ!」

女騎士「一撃離脱! 三連攻撃準備っ。行けっ!!」
483 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 19:34:08.97 ID:L1AOl7sP

――蔓穂ヶ原、中央部丘陵地帯、蒼魔軍

蒼魔上級将軍「ふむ。崩れないな」

蒼魔近衛兵「敵も良く持たせておりますようで」

蒼魔上級将軍「だがこちらの犠牲者はほぼ全て奴隷。
 どこまでその意志が続くか見物だと云えような。
 ……歩兵大隊!!」

蒼魔軍歩兵団長「はっ!」

蒼魔上級将軍「督戦隊に代わって奴隷どものケツを炙れ。
 侵攻ラインを後方から押し上げよ。
 人間族の奴隷を盾として、中央丘陵地帯に橋頭堡を築くのだ!」

蒼魔軍歩兵団長「はっ! 重装歩兵団っ!」

 うぉぉーっ!
ザガチャ!!
  ザガチャ!!

蒼魔軍歩兵団長「進軍開始! 頸鎧をあげよ!
 五列縦隊三条をもって中央部に突撃っ!

 ザジャ、ザジャ、ザジャッ!

蒼魔上級将軍「軽騎兵!」

蒼魔軍軽騎兵隊長「はっ!」

蒼魔上級将軍「歩兵団の突撃を右翼より側面支援せよ!
 被害を増やすな。戦列の押し上げは歩兵に任せて、
 後方攪乱を狙え!」

蒼魔軍軽騎兵隊長「御命、了解っ!!」バッ
484 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 19:35:57.72 ID:L1AOl7sP

――蔓穂ヶ原、中央部丘陵地帯、前衛陣地

女騎士「くっ! 第三弓隊、100歩後退っ! 槍中隊後退支援!」

冬国仕官「矢の補充を急げっ!」

 わぁぁ! ガキン! ガシャン!
 「蒼魔の力を見せよっ!」 「刻印王のためにっ!」

冬国槍兵士「なんて圧力だっ!」
冬国槍兵士「姫将軍のためにっ!!」

女騎士「この程度でひるむ南の勇士ではないぞっ!」
冬国仕官「奮い立て!!」

冬国槍兵士「おおーっ!!」

兵士達「我らが姫将軍のためにっ!!」
  兵士達「我が故郷たる大地のためにっ!!」

冬国槍兵士「早く下がれっ! 補給をして戦列に戻るんだ」
冬国弓兵士「判った、任せたぞっ」

 わぁぁ! ガキン! ガシャン!
 「押せぇ! 押せぇ!」 「奴隷は下がっていろ! 長剣兵!」

女騎士「いまだっ!! 騎兵突撃っ!!」

冬国騎士「「「「オオオオーッ!!」」」」

 ダカダッ! ダカダッ! ダカダッ!
  ガキィィーンッ!!

女騎士「敵の重装歩兵の脇腹を突け! 混乱させよっ!!」
487 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 19:44:54.80 ID:L1AOl7sP

――蔓穂ヶ原、森林部、待機場所

鉄国少尉「何が起きたっ!?」
鉄国歩兵「相手は、相手は人間ですっ! おそらく……」

軍人子弟「騎馬隊騎乗っ!」

 ザザッ!!

軍人子弟「少尉っ!!」

鉄国少尉「はっ」

軍人子弟「当部隊歩兵全ての指揮権を委譲する。
 この場所を死守せよっ! 砲声からして敵は少数っ。
 拙者が後背を守るでござるよ」

鉄国少尉「はっ。……ほ、砲声?」

軍人子弟「いまは良い。おのれの任務を果たすでござるっ!」

鉄国少尉「しかしっ! この待機場所には騎兵は
 100しかは位置されていませんっ!
 それでは護民卿の守りがっ!」

軍人子弟「数の問題ではござらぬ」にこっ

  ドゥゥゥーーン!!!

軍人子弟「騎馬隊、我に続けっ! 後方の敵を討つっ!!」

鉄国少尉「護民卿っ! 護民卿っ!!」

軍人子弟(マスケットが何故っ!?
 あれは紅の師が鉄の国の工房に試作を依頼し、
 その後の異端騒動でとうとう実用化へとは
 至らなかったはずでござる……。
 まさか、まさかっ、鉄の国の者がっ!?)
488 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 19:45:52.49 ID:L1AOl7sP

ダカダッ、ダカダッ、

軍人子弟「騎馬隊隊長っ! こちらの数はっ!? 続いているかっ」
騎馬隊隊長「全騎続いておりますっ。数100っ!」

鉄国騎馬隊「はいやっ!」「せやっ!」

ダカダッ、ダカダッ、

軍人子弟「聞けっ! 敵はおそらくマスケット部隊っ!
 石弓に似た鉄製の武器でござる。当たれば鎧は意味を持たぬ。
 防御を考えていては後れを取るっ! しかし射程は短く
 1回発射を行なえば数分は再発射が出来ぬと思って良い」

騎馬隊隊長「はっ!!」

ダカダッ、ダカダッ、

軍人子弟「我らはその部隊の側面より奇襲、
 中央部で乱戦することにより友軍を救うでござるっ!
 敵方に槍兵の準備があった場合は、
 高速でスレ違いざまに攻撃を加えよっ! 事は一刻を争うっ」

騎馬隊隊長「はっ!」
鉄国騎馬隊「了解っ」「承知っ!!」

軍人子弟「現在森林部では鉄の国の工兵達が作業中でござる。
 彼らは兵とは云っても名ばかりの開拓民のあつまり。
 わずかばかりの土地と自由を求め、
 長い旅に耐え抜いた我らが同胞っ。
 決して見捨てるわけにはいかないでござるっ。

 また、湿地帯中央で戦っている我が軍の総指揮官
 女騎士殿も我らが工作を当てにしておられるっ。

   身命を賭して、強行突撃を行なうでござるっ!!」

鉄国騎馬隊「「「我ら鉄国の衛士っ。この命大地のためにっ」」」
493 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 19:56:34.26 ID:L1AOl7sP

――鉄の国、王宮、大広間

勇者「なぁ」

鉄腕王「……」
氷雪の女王「……」

勇者「おれは、魔界の中心に突っ込んでいった暗殺者だったよ。
 魔王を殺せば、その側近を殺せば、魔界の強いやつを殺せば。
 それで平和になるってな。そんな事を考えていたよ。
 戦うことの意味も考えず
 平和の意味さえ考えずに、ただがむしゃらに
 その実無責任に、ただ暴力を振るっていたよ。

   でもな、もう、そういうのはやめた。
 そういうので新しい世界へいけるだなんて夢はもう見ない」

妖精女王「黒騎士殿……」
羽妖精侍女「黒騎士……来タ……ッ!!」

勇者「ああ。判っている。
 ――どうやら俺の出番みたいだなっ」

ズズズズズ!

妖精女王「どうかご武運を」
鉄腕王「な、なんだ!?」

ゴゴゴゴゴ!

冬寂王「何だ、この振動はっ!?」

勇者「俺は俺の役目を果たしに行く。
 冬寂王、鉄腕王、冬の国の女王っ。あなた方に頼むっ。
 そしてあなた方に続く幾多の王と、その民草に
 間違った道を指し示さないでくれっ。
 ……俺は、俺だって丘の向こうが見たいんだ」

しゅわんっ!!
496 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 19:59:57.69 ID:L1AOl7sP

――鉄の国、王宮、上空40里

ヒュバァァーッ!

勇者「来たなっ」
蒼魔の刻印王「それはこちらの台詞だ」

勇者「……」ぎりっ
蒼魔の刻印王「この間のわたしだとは思わぬ事だ。
 瞑想により我が魔力は格段の鍛錬を経ている」

勇者「だろうな」
蒼魔の刻印王「ふっ」

勇者「何がおかしい?」

蒼魔の刻印王「哀れなものだ。以前の“勇者”で
 あれば今よりも遙かに強かったであろうに」

勇者「……」
蒼魔の刻印王「――“落葉火炎術”」

ヒュバンッ!!

勇者「なっ! おい、つっけぇっ!! “氷結天蓋呪っ!”」
蒼魔の刻印王「はっ。防御が隙だらけだっ!」

ドゴォーンッ!!

勇者「ぐはぁぁっ!!」

蒼魔の刻印王「これで判っただろう?」
498 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 20:03:30.10 ID:L1AOl7sP

勇者「ぜぇっ……ぜぇっ……」

蒼魔の刻印王「能力が同じであらば攻撃側が有利なのだ。
 攻撃側は自分の好きなタイミングで好きな場所に攻撃が出来る。
 防御とはその本質からして、事後処理にならざるを得ない。
 つまり、手遅れ。
 手遅れであると云うことが救済の真実。
 そう、それはこの世界の真理。
 摂理なのだっ!
 そうだろう? 勇者っ! “天始爆炎術”っ!!」

勇者「お前っ!? わざと街をっ。
 うわぁぁああああ! “氷結天蓋呪っ!”」

蒼魔の刻印王「だから遅いと云って! いるのだっ!!」

ズバシャァッ!!

勇者「ぐはぁっ!!」

蒼魔の刻印王「お前の体も心も弱点だらけだっ。
 お前はこうして街の被害を見過ごすことすら出来ない。
 確かに勇者。流石に勇者だけのことはある。
 我が刻印が教える最大の宿敵よっ。
 ……その戦闘能力は我を超えることもいまや素直に認めよう。
 だが、だからといって勝敗は、それとはっ」

勇者「くそおっ!」
蒼魔の刻印王「別だっ!!」

ガギィィン!!!

勇者「はっ。そうかよっ!」
蒼魔の刻印王「減らず口をっ」

勇者「吹っ切れたぜ。どんなに人間離れしてようとな
 それでみんなに嫌われようと、ひとりぼっちになっちまおうと
 それでも“お前なんか”に負けるより、よっぽどましだっ!」
501 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 20:07:01.39 ID:L1AOl7sP

蒼魔の刻印王「っ!?」

勇者「おおおっ!! “招嵐颶風呪”っ!」
蒼魔の刻印王「こ、れはっ!?」

びゅごぉぉぉっ!

勇者「はっ。お前程度の飛行魔法で制御できるかっ。
 こいつはごきげん直伝の気象制御呪文の強化版だっ。
 俺とお前ごとふっとばす嵐の結界っ。
 まずはもっとましな場所へいこうやっ」

蒼魔の刻印王「“飛脚術”っ! “火炎鳴動術”っ!
 “天眼察知術”っ! “剛力使役術”っ!」

勇者「“神速呪”っ! “雷剣呪”っ! “鏡像呪”っ!」

   ゴオオオオッ!!!
ガギィィン!!

勇者「いい加減に諦めろっ!」
蒼魔の刻印王「諦めたともっ! 無傷で勝つことはなっ!」

ギィン! ガギィン!! ビギィン!!

勇者「応えろ!! 黒の鎧っ! そなたは何ぞっ!!」
“我は鎧っ。汝を守り、汝が敵の刃を悉く弾く物なり”

蒼魔の刻印王「何故それを使いこなせるっ」

勇者「知ったことかぁっ!!
 誰かが誰かを助けようとするのが全部手遅れだとっ!?
 それが摂理だとっ!?
 したり顔で語ってんじゃねぇっ!!」

   ギィーーーーンッ!!!
513 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 20:22:46.62 ID:L1AOl7sP

――蔓穂ヶ原、中央部丘陵地帯、蒼魔軍

蒼魔上級将軍「どうだ?」

蒼魔近衛兵「我が軍が押していますな。
 波状攻撃が功を奏しています。時間の問題です」

蒼魔軍軽騎兵「攪乱に成功しましたっ」

 びゅんびゅんびゅん!! びゅんびゅん!!

蒼魔上級将軍「状況を報告せよっ!」

蒼魔軍歩兵団長「丘陵地帯の高さ15歩まで前進。
 現在約1500の歩兵大隊が激しい戦闘中っ!!」

わぁぁ! ガキン! ガシャン!
「蒼魔の力を見せよっ!」 「刻印王のためにっ!」

蒼魔上級将軍「敵ながらあっぱれなものよ。
 ふっ。女騎士だと? あの研いだ刃のように美麗な娘か。
 若の好みに照らせば未成熟だろうが、清冽な蕾も美というもだ。
 ここで一気に押しつぶし、司令官を生け捕りにするぞっ!    敵司令官を捉えた兵には、二階級特進を約束する。
 温存兵力5000を投入せよっ! 重装騎兵準備っ!!」

ザガシュ! ザシュ!

蒼魔軍重騎兵「御身が前にっ!!」

蒼魔上級将軍「敵の戦線はぎりぎりで持っている
 張り詰めすぎた糸ににすぎぬっ!
 汝らが突進力と突破力で一気に片をつけよ!!
 我らが数的有利は、これで敵の二倍に達する!
 こざかしい抵抗はここまでだ! 一気に片をつけよっ!」
515 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 20:23:30.56 ID:L1AOl7sP

――蔓穂ヶ原、中央部丘陵地帯、前衛陣地

女騎士「右翼槍兵は50歩前進っ! 陣形を維持せよっ!
 最右翼より弓兵で援護っ!
 連携により間断を与えずに攻撃せよっ!!」

冬国仕官「中央に槍兵中隊を追加っ! 押せっ! 押せっ!!」

女騎士「傷病兵の後方搬送にかかれっ!
 軽傷の弓兵は搬送班へと動けっ!! 頭を下げろっ」

冬国仕官「左翼騎兵隊、戻りましたっ!!」

女騎士「ご苦労! 諸君らのお陰で一五の中隊が退却に成功した。
 感謝と共にゆっくりと休憩を与えたいのだが」

混成騎馬部隊「なにをおっしゃるか! 姫将軍!!
 我ら敵中突破から戻りましたが未だに意気軒昂っ!
 次なる下命をお待ちいたしますっ」びしっ!

女騎士「……すまぬ」

 わぁぁ! ガキン! ガシャン!
 「押せぇ! 押せぇ!」 「蒼魔の刻印王のために!!」
 「押しつぶせ! この丘を奪い取れ! 進めぇ! 進めぇ!!」

混成騎馬部隊「将軍っ!」

女騎士「よぉし!! その意気だ、騎馬の勇士よっ!
 わたしはお前達を誇らしく思うぞっ!
 今槍兵を整理して、戦線を一瞬あける。
 陣形の中央やや左翼から飛び出して、蒼魔軍後方を攪乱せよ!」

混成騎馬部隊「ものどもっ! 姫将軍のご命令だっ!
 蒼魔とか云う奴らに一泡吹かせてやるぞっ!」

「「「おおおおっ!!」」」
527 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 20:35:49.34 ID:L1AOl7sP

――鉄の国と白夜の国国境地帯、森林、大破砕

ズガンッ!!  ガンガンガンガンッ! ドゴォォン!!

勇者「“雷撃呪”っ!!」
蒼魔の刻印王「“黒焔術”っ!!」

ビリビビビリボウッ!!

勇者「――ッ!!」
蒼魔の刻印王「はぁぁぁっ! せやッ!」

ギンッ! ギギンッ!

勇者「……はぁっ! はぁっ! どうした?」
蒼魔の刻印王「くっ」

勇者「人質取れなきゃ、まぁそんなもんだよな」
蒼魔の刻印王「化け物めっ」

ギン! キンギン、キガッ!!

勇者「お前には言われたくない。“候補止まり”くん」
蒼魔の刻印王「その名でわたしを呼ぶなぁっ!!」

ギガンッ! バシャァァン!

勇者「っ!? あれはっ」
蒼魔の刻印王「人間の部隊!? しめたっ」

勇者「行くなっ!! “雷光捕縛呪っ”!!」
蒼魔の刻印王「ははっ! 遅いっ!! これで逆転だっ!!」
528 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 20:38:09.57 ID:L1AOl7sP

――鉄の国、蔓穂ヶ原、南部

魔王「状況は判った」
メイド長「魔王様。未だに妖精女王からの連絡は……」

魔王「判っている。しかし、これ以上は待てぬ」
メイド長「……」

魔王「東の砦長、もう一度地勢の確認を」

東の砦長「ここから中央部にかけては、殆どが浅い湿地帯だ。
 騎馬による行動は速度が落ち、著しく制限される。
 蒼魔族は西方から中央の丘陵地帯へ激しい突撃を繰り返している。
 中央の丘陵地帯に陣取った女騎士将軍の軍は、
 俺から見てもほれぼれするような用兵だが
 兵の疲労度は限界だ。落ちるのも、遠くはない」

魔王「銀虎公、ゆけるか?」

銀虎公「あたりまえだ。我らは野山をその住まいとする
 獣牙の勇士、その精鋭8000! この程度の湿地帯に足を
 取られるような弱兵は一人たりとも連れてきてはいないっ!」

魔王「全ての兵に、深紅の布をつけさせ、確認させよ」

銀虎公「準備万端整っている」

魔王「では、この蔓穂ヶ原外周部を高速で進軍っ!
 銀虎公麾下の全軍をもって蒼魔族の側面から、
 本陣へと食らいつけっ!! 遠慮は無用、逆賊を討つのだっ!」

銀虎公「心得たっ!」くるりっ

銀虎公「誇り高き獣牙の勇士よっ! 魔王の命が下されたっ!
 これより我ら、一陣の風となり、一振りの剣となり
 蒼魔族本陣を切り裂くっ! 我に続けっ!」
533 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 21:04:07.98 ID:L1AOl7sP

――白夜王国首都、荒れ果てた街路

 ビュンビュンビュン!!
   ビュンビュンビュン!!

  蒼魔警備隊「てっ! 敵襲っ!」
  蒼魔防御隊「敵だ、てっくふっ!? ぎゃぁ」

  傭兵弓士「鐘楼制圧っ!!」
  傭兵剣士「続いて兵舎に向かう。この鐘楼から援護頼む」
  傭兵弓士「任せておけっ」

傭兵隊長「野郎どもっ! 行くぜっ!」
傭兵槍騎兵「はいやっ!! せいや!」

ダカダッダカダッダカダッ!

傭兵隊長「防備柵をぶっ壊せ!!」
傭兵槍騎兵「おおおおっ!」

 がっしゃーん!!

飢えた市民「ああっ!!」
飢えた難民「あ、あんたがたはっ!」

傭兵隊長「おい! あんたらこの国の人間かっ!?」

飢えた市民「そうです、奴らが! あの蒼い魔族が」

傭兵隊長「わぁってるって! あんたらの長はどこだィ!?
 他に捕まっている連中はどこだ?」

飢えた難民「わ、わかりません。おそらくあちこちの
 屋敷に閉じ込められて、大きな建物に沢山押し込められて
 無理矢理鞭で働かされて……」

傭兵槍騎兵「大きな屋敷……」
534 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 21:05:29.37 ID:L1AOl7sP

蒼魔駐留仕官「貴様らっ!! と、突撃ぃ!!」
蒼魔警備隊「うわぁぁ!!」

傭兵隊長「しゃらくせぇ!!」

ガギィン!!

傭兵槍騎兵「隊長のお話中だっ! 行儀良く死にやがれ!!」

ザッシュ!!

傭兵剣士「隊長っ!! 兵舎を制圧! 兵士は殆ど
 いやがりませんでしたっ。奴らはいったい……」

傭兵隊長「わかったぞ! 魔族の兵は殆ど城だ。
 って事はそこらの貴族の館や豪邸を調べろ!

   難民や市民が閉じ込められていたら即座に解放して、
 食料と衣服だけもって逃げ出せって云え!!
 方角は北西の森だ。
 いいか、財産や荷物を持っていこうとしたらやめさせろ。

   動きが遅くちゃ話しにならねぇ!!
 とにかく逃げさせるんだっ!」

傭兵槍騎兵「判りやした。おい、五、六人ついてこいっ。
 他の隊長にも連絡だっ!」

傭兵隊長「本隊は城へと派遣しろっ!」

傭兵剣士「はっ!」
536 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 21:06:55.82 ID:L1AOl7sP

傭兵隊長「弓兵部隊を編制。全ての鐘楼を制圧するんだ。
 その後城壁に取りかかれ。相手の人数は少ない。
 揺動して兵を偏らせて、弱点を突け!」

傭兵弓士「了解っ!」

痩せこけた娘「隊長さん、これ……」

傭兵隊長「は?」

痩せこけた娘「おみず……」

傭兵隊長「おう、あんがとよっ。嬢ちゃん。
 だがよ、おめえさんも顔を拭くこった。真っ黒だぜ?」

痩せこけた娘「おかさんが、襲われないように。
 きたなくしなさいて……」

傭兵隊長「そっか。……賢いな。
 じゃぁ、賢いついでだ。母ちゃんと一緒に西北を目指せ!
 他のみんなにも触れて回るんだ。
 この辺にはもう魔族の連中はいねぇ。
 わかるな?」

痩せこけた娘「できる」こくり

傭兵隊長「よっしゃ、急げ! どうやら俺の鼻が
 まだむずむずしやがる」

痩せこけた娘「ありがと、ね?」

傭兵隊長「うるせぇや。……急ぎなっ!」
551 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 21:24:22.04 ID:L1AOl7sP

――白夜王国首都、荒れ果てた市街

ギン! キィンっ!!

蒼魔駐留仕官「退くな! ここで退けば刻印王に罰せられるぞ!」
蒼魔警備隊「人間めぇ! 下等な生物のくせに、死ねぇっ!!」

傭兵剣士「下等も上等もあるか、このボケがぁっ!!」

    傭兵弓士「斉射っ!!」
      ビュンビュンビュン!!
       ビュンビュンビュン!!

蒼魔駐留仕官「なっ!」
蒼魔警備隊「後ろっ!?」

蒼魔防御隊「ぎゃぁぁぁあ!!」

傭兵隊長「どうだっ?」

傭兵槍騎兵「市街地の制圧、ほぼ完了。
 南東を除いて市民への通達も終了。ただいま小隊に編制した
 200人で個別に家々を当たらせています」

傭兵隊長「急がせろっ」
傭兵槍騎兵「城ですか?」

傭兵隊長「この感じは、違うな。もっときな臭ぇ」
傭兵槍騎兵「?」

傭兵弓士「隊長っ!! 隊長っ!!」

傭兵隊長「どうしたっ?」
552 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 21:25:18.08 ID:L1AOl7sP

傭兵弓士「北部街道に、軍勢ありっ。
 この白夜国首都に向かっていますっ!!」

傭兵隊長「規模、軍装、速度報告っ!」

傭兵弓士「速度は徒歩更新、距離はおそらく5時間っ!
 夕暮れには到着っ! 軍装は歩兵装備と思われる物が
 中心なれど、遠距離のために未確認っ。規模はっ」

傭兵隊長「規模はっ?」

傭兵弓士「見渡す限りっ。最低で数万っ!!」

傭兵隊長「っ!」
傭兵槍騎兵「ど、どうします、隊長っ!?」

傭兵剣士「城門前広場に、残留部隊の結集終了っ!」

傭兵隊長「市民の避難にどれくらい掛かる?」

傭兵槍騎兵「おそらく半日弱は」

傭兵隊長「急がせろ。片刃団の旦那に話しをつけるんだ。
 支給馬車部隊をでっち上げるて難民の中でも傷病者や
 老人どもは有無を云わさず乗っけちまえ。避難を急がせろ!」

傭兵槍騎兵「人間ですよね、その軍勢は。援軍ですか?」

傭兵隊長「敵だ」

傭兵槍騎兵「そんなっ!?」

傭兵隊長「このタイミングで援軍なんてあるもんかっ。
 そんなぬるい話世の中にありゃしねぇ。
 おい、命しらずの馬鹿野郎どもッ!!」

傭兵たち「おうっ」 「はっ!」 「何だよ大将っ!」

傭兵隊長「騎馬で20騎ほど着いてこいっ! 斥候に行くぞ。
 残った連中は市民の避難を最優先させろ!
 城の中の魔族は威嚇射撃で固めておけば問題はねぇっ!!」
559 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 21:44:33.93 ID:L1AOl7sP

――蔓穂ヶ原、中央部丘陵地帯、蒼魔軍

蒼魔近衛兵「なっ!」

  ガァァァ! グワッシャ! ザシュゥ!
  「なっ! な……なんでっ!」「敵襲っ!」「敵襲っ!!」

蒼魔軍軽騎兵「後方、後方だっ!」
蒼魔軍歩兵団長「いや、左翼だっ!!

蒼魔上級将軍「何が起きたっ!? 報告せよっ!!」
蒼魔近衛兵「敵襲ですっ」

  ザシュゥ! ドシュ! ザシュ! ヒュバッ!
  「敵襲っ!」 「獣人だ、すごい数の獣人がっ」

獣牙双剣兵「獣牙の一族、森狼族見参ッ!!」
獣牙斧兵「同じく、黒猪族っ、蒼魔族に天誅を加える!」
獣牙短槍兵「雪豹が一族の戦士、参戦いたすっ!」

蒼魔上級将軍「何故獣人どもがっ!?」
蒼魔近衛兵「反転っ! 重装歩兵団を反転させよっ!」

蒼魔上級将軍「無能者がっ!」

 どかっ!

蒼魔上級将軍「前方丘陵地帯に脇腹を見せるつもりかっ!?
 軽騎兵団、重騎兵団っ。歩兵の展開余地を確保するのだ!!
 迂回して獣人の一軍を突けっ!!」

蒼魔軍軽騎兵「ははーっ!」
560 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 21:47:15.11 ID:L1AOl7sP

獣牙双剣兵「はははっ! そのような物かっ」

ひゅばっ!

獣牙斧兵「騎馬がなにをするものぞっ!!」

ドガァン!

蒼魔上級将軍「何をしているっ!?」
蒼魔近衛兵「敵の数は予想よりも多く、その数五千以上っ」

蒼魔上級将軍「予備兵力を投入せよっ」

蒼魔近衛兵「展開できるだけのスペースがありませんっ。
 そのうえ、獣人の一族はわざわざ湿地帯を選び戦い、
 こちらの騎馬部隊の機動力がいかせませぬっ」

蒼魔軍歩兵団長「獣臭い、土着の民めがっ!」

  ザシュゥ! ドシュ! ザシュ! ヒュバッ!
 「蒼魔族を討てっ!!」 「我ら獣牙の勇士っ!」
 「魔族の正義を天に知らしめよっ!」 「我らが勇気をっ!」

蒼魔上級将軍「歩兵団長っ!!」

蒼魔軍歩兵団長「はっ!!」

蒼魔上級将軍「歩兵団から精鋭を抽出し、橋頭堡を500歩分
 おしあげよっ!! 決死の覚悟で行なうのだ。
 それだけの余裕があれば、現在遊兵となっている
 歩兵部隊を獣人に向けることが出来るっ」

蒼魔軍歩兵団長「承りましたっ!!」
561 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 21:48:16.80 ID:L1AOl7sP

――蔓穂ヶ原、中央部丘陵地帯、前衛陣地

 わぁぁ! ガキン! ガシャン!
  うわぁぁ!! 進めぇ! 進めぇ! 人間を皆殺しにせよっ!

冬国槍兵士「圧力が上がったっ!?」
冬国弓兵士「なにを、一歩も、退くなっ!!」

 ビュンビュンビュン!!
   ビュンビュンビュン!!

女騎士「違うっ!! これは好機だっ!! 後衛槍兵部隊っ!!」

混成槍兵士「はっ!」

女騎士「今こそ出番だ。前線へと移動!
 中央槍兵は入れ違いに後退っ! 騎馬部隊の退却を助けると共に
 敵の圧力を押し戻せっ! わたしも出るっ」

冬国仕官「そんなっ」

女騎士「南の凍土の勇士達よっ!! 聞けっ!!
 この一戦の持つ意味をっ。その魂にきざめっ。
 故郷を守るために一歩も退くな!
 敵が魔族だからではないっ。
 ここは諸君と諸君の父祖が開拓した故郷だからだっ!

   思い出せっ!! 背丈を超えるほどの大岩を動かし
 ひび割れた手で苗を植えっ、凍り付いた大地に桑を撃ち込み
 そしてこの大地は実りを約束する諸君らが故郷となったのだ!

   眼前を見据えろっ! 敵は魔族ではないっ!!
 やつらは侵略者なのだっ。敵は、侵略をしてくる存在だっ!
 戦えっ!! 故郷を守るためにっ。後1時間だけ持たせろっ!」
566 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 21:55:10.09 ID:L1AOl7sP

――白夜の国近郊、原生林上空からの落下

ヒュゴォォォー!!

勇者「やめろぉ」
蒼魔の刻印王「未だかつてその言葉で
 手をゆるめるような相手がいたのかね?」

ヒュゴォォォー!!

勇者「そいつらは、関係がないって」

蒼魔の刻印王「関係がないだと!? この世界全ては
 やがて我、魔王の物となるのだ。関係のない物など、
 存在しないわっ!」

勇者「逃げろっ! どこの軍勢だか判らないけどっ。
 逃げろおおおおお!!!」

蒼魔の刻印王「構う物か、灼熱の海に沈めっ!
 集えよ焔っ! 煉獄を焼き付くした七つの剣の名にかけて」

キイイイーン!!

勇者「っ!?」
蒼魔の刻印王「なっ! こ、これはっ!!」

キイイイーン!!

勇者「大規模集団法術……っ」
蒼魔の刻印王「身体がっ、じゅ、ばくされるっ」

キイイイーン!!

勇者「……こんな場所で、何でこんな大人数儀式をっ」
蒼魔の刻印王「なぜだっ。何故これほどっ」
568 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 21:56:36.51 ID:L1AOl7sP

――白夜の国近郊、勇者を見上げる街道

宝石飾りの馬車の影「……光を……強めよ」

百合騎士団隊長「はっ! 司祭長! 呪縛するのだっ」

従軍司祭長「司祭よ! 声を合わせて祈りなさい!
 あれなるは魔族の将軍っ、敵の首魁のうち二人。
 構うことはありません、祈りの心を合わせて、
 光の縛鎖を構成するのですっ!」

従軍司祭「「「「はいっ!」」」」

宝石飾りの馬車の影「……」

百合騎士団隊長「250人の高位司祭の祈り、
 どのような魔族とはいえ逃れられるものではないだろう」

従軍司祭長「祈りなさい! 精霊の光を求めて。
 締め付け、絞り上げ、砕け散るほどにっ!!
 あれは敵! 我らが人間族の敵っ!!
 敵の破滅を祈るのです。あの存在は、精霊の敵だっ!!」

宝石飾りの馬車の影「……ふふふっ……好機とは……」
百合騎士団隊長「いかがなさいます?」

従軍司祭長「聖別された月桂樹をふるのです」

従軍司祭「「はいっ!」」

 しゃらん…… しゃらん…… しゃらん……

宝石飾りの馬車の影「……銃に、祈りを、集めよ」
百合騎士団隊長「はっ! マスケット隊っ!!」
569 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 21:58:35.07 ID:L1AOl7sP

――白夜の国近郊、原生林上空

キイイイーン!!

勇者「鎧に、ひびがっ……っ」
蒼魔の刻印王「身が、千切れそうだっ……」

勇者「はんっ。ざまぁ、ないっ」
蒼魔の刻印王「下らぬ事をっ。動けぬとは言え、
 貴様を消し炭にすること位できぬと思うているのかっ」

勇者「……っ!」
蒼魔の刻印王「“広域殲滅”……」

勇者「こんなところで広域殲滅呪文使うなっ! 糞野郎っ!」
蒼魔の刻印王「下らぬ静止を。自分が誰の攻撃を受けているのか
 考えても見るのだな。……人間族からも見捨てられたか」

勇者「違うっ! おれは、違うっ!!」

蒼魔の刻印王「違わぬっ! 所詮この世界はっ」

   ゴォォォーン!!

勇者「ガハッ」
蒼魔の刻印王「グフッ」

勇者「なん……だ、これ……」
蒼魔の刻印王「……傷口が、灼ける。……鉄の、玉?」

   ゴォォォーン!!

   ゴォォォーン!!

   ゴォォォーン!!
578 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 22:03:04.96 ID:L1AOl7sP

――鉄の国、蔓穂ヶ原、南部

魔王「気にくわないな」
メイド長「どうしたんですか?」

魔王「いや……。女騎士は、何をするつもりだったんだ」
メイド長「?」

衛門騎士「あの中央丘陵の徹底死守では?」

魔王「なぜ?」
メイド長「……」

東の砦長「ふぅむ。あの姉ちゃんは、あんだけの用兵家だ。
 じり貧なのは見えていただろう。
 こっちの援軍を当てにしていたのか?」

魔王「で、あればいいのだが」

メイド長「まおー様、そんな風に考え事をしていると、
 泥が跳ねて汚れてしまいますよ」
東の砦長「戦場だ。仕方ねぇよ、目くじら立てるなって」

魔王「泥――」

メイド長「?」

魔王「砦長、銀虎公に至急伝令っ!
 西方に向けて退却っ。全速だっ!!」

衛門騎士「我が軍は優勢ですぞっ」

東の砦長「いいや判った。伝令だなっ!!
 急げっ!! 最重要だっ!! 退却を始めるぞっ!!」
580 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 22:04:26.07 ID:L1AOl7sP

――蔓穂ヶ原、中央部丘陵地帯、蒼魔軍

蒼魔近衛兵「将軍っ!! 上級将軍っ!!」

蒼魔上級将軍「どうしたっ!」

蒼魔近衛兵「獣人が撤退してゆきますっ!」

蒼魔上級将軍「なんだとっ? ……奴らは優勢に戦を
 展開していたはず。我が軍の回頭はっ!?」

蒼魔近衛兵「未だ半ばです。騎馬隊の追撃をさせますか?」

蒼魔上級将軍「馬鹿を云うな。この湿地帯でどのような
 事になるかも判らんのかっ。だが好都合だ。
 今のうちの獣人の一族方面に重奏騎兵部隊を配置せよ。
 日が落ちる前に前方の人間の部隊を一網打尽にするぞ!!」

蒼魔近衛兵「はっ!」

蒼魔軍歩兵団長「全軍前進っ!!」

ダカダッダカダッダカダッ

斥候「報告っ! 報告でございますっ!
 将軍、上級将軍っ!! 後方に敵部隊出現っ!」

蒼魔上級将軍「何を慌てているっ」

斥候「後方に聖王国の軍が出現しましたっ。辺境国境地帯を
 通ってきたらしく監視から漏れて、その……」

蒼魔上級将軍「聖王国だと? それは援軍だ。
 ふっ。どうやら待ちきれなかったと見える。
 あの硝石とやらが喉から手が出るほど欲しかったのだな。
 くっくっくっく」
582 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 22:05:29.55 ID:L1AOl7sP

蒼魔近衛兵「距離は? 数と装備は?」

斥候「最後尾はほんの30分ほどで接近します。
 数は、無数。最低でも三万」

              ……ウン

蒼魔上級将軍「三万とはなっ。はんっ!
 参謀殿も気が早い。この際、三ヶ国を一気に平らげるおつもりか。
 まぁいい。今は目前の敵に集中せよ!
 どうした!
 獣人の一族の脅威は去った、まだ押しやれぬのかっ!!

   これ以上の時間をかけるようならば、歩兵隊を処罰するぞっ」

              ……ォゥン

斥候騎兵「将軍っ!! 将軍っ! 報告でありますっ!!」

 ズル、グシャ

蒼魔上級将軍「落ち着けっ」

斥候騎兵「後方に聖王国なる軍数万がっ」

蒼魔上級将軍「愚か者っ。そのような報告、すでに聞いたわっ!」

              ……ドォゥン

斥候騎兵「その軍が、未知の武装により我が軍を攻撃っ!!
 我が軍後衛部隊、および輜重防衛部隊は、すでに全滅っ!!」

蒼魔上級将軍「なっ。なん……だと……ッ!!」
666 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 23:50:40.46 ID:L1AOl7sP

――白夜の国近郊、街道

宝石飾りの馬車の影「……かの二人、蒼魔の王と、堕ちし者」

百合騎士団隊長「はっ」

宝石飾りの馬車の影「……なんとしても、仕留めよ。
 ……あれは、あのものは……人間を攻撃……できぬ……
 呪い、悪罵を持て、包囲せよ……あざけり、拒絶するのだ
 それだけで……あれは……ちからを、うしなう……
 祈りを込めた……鉛で……
 かの者の……命は……断てる……」

百合騎士団隊長「承りましたっ」

従軍司祭長「大主教さまっ」
従軍司祭「奴らは落ちました! あの高さ、助かるはずもなくっ」

百合騎士団隊長「油断するな! 必ずや死骸を見つけ出せ
 いいや、必ず生きているぞっ! マスケット隊と
 従軍司祭の部隊をもって方位探索の上、殲滅するのだ!」

従軍司祭長「はっ!」

マスケット兵「探索部隊、用意っ!」

宝石飾りの馬車の影「……機会は多くない。かならずや……」

百合騎士団隊長「必ずや見つけ出し、草の根分けても殺すのだ!」
671 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 23:54:23.70 ID:L1AOl7sP

――鉄の国、蔓穂ヶ原、中央部付近

ゴウゥゥン!!

魔王「はぁっ! はぁっ!」 メイド長「まおー様っ! まおー様っ!」

ガウゥゥン!!

衛門騎士「何だ、この音はっ」

魔王 ガクガクっ
メイド長「まおー様。しっかりしてくださいっ」

東の砦将「大丈夫かよ。真っ青だぜ」

魔王「――な、なぜだ。
 何故ここにあれがあるっ。な、なんでっ」

ゴウゥゥン!!
   ガウゥゥン!!

メイド長「まおー様っ」
魔王「誰が、何故っ。――こ、これほどの量をっ」

東の砦将「何か知っているのか、魔王様ようっ!」

魔王「だ、だめだっ! 女騎士が死ぬっ。
 あ、あれは蒼魔族などよりもずっと恐ろしいものだっ。
 女騎士がっ!! このままでは、それはいやだっ!」

メイド長「まおー様っ」

パシンッ!!
673 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 23:55:11.58 ID:L1AOl7sP

ゴウゥゥン!!
   ガウゥゥン!!

メイド長「しゃんとしてくださいっ!」

魔王「あ……」

メイド長「こんなところで足をすくませて死ぬおつもりですかっ!」

ゴウゥゥン!! ゴォォン!

衛門騎士「近いっ! 東、尾根っ!」

東の砦将「来やがった、逃げるぞ!!」
魔王「……くっ」
メイド長「こちらへっ」

衛門騎士「切り開きます。続いてくださいっ!!」

東の砦将「どこにこれだけの歩兵がっ。なんだあの杖はっ!?」
魔王「銃……。マスケットだ」

衛門騎士「ぐっ!」

ゴウゥゥン!! ゴォォン!

  「ぎゃぁっ!」 「手がぁっ!」 「見えない、真っ暗だっ」
  「何だ、何が起きたんだっ!!」 「うわぁぁっ!」

東の砦将「ちきしょうっ。なんて数だ!
 こいつらなんだってんだ!!」

メイド長「っ!」
675 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 23:57:31.04 ID:L1AOl7sP

衛門騎士「こっちにも歩兵がっ」

東の砦将「騎兵はいないのか、こいつらっ」

魔王「東はダメだっ」

東の砦将「そんな事言ったって、その西がっ」

ガサガサッ! ジャブジャブッ

光のマスケット兵「ひっ! い、いたぞっ!!」
光のマスケット兵「死ねっ!! 異端めぇ!」
光のマスケット兵「我ら信徒以外の南部の民は皆異端だっ!!」
光のマスケット兵「ば、化け物と一緒にっ。っ! 死ね魔女!!」

ゴウゥゥン!! ゴォォン!
   ゴウゥゥン!! ゴォォン!

魔王「〜っ!」
メイド長 ぎゅぅっ!

 ザシュ! ザパァッ!!

光のマスケット兵「ガハァァッ!!」

銀虎公「遅くなったな、魔王殿っ!」

魔王「銀虎公っ!!」
東の砦将「無事だったか!!」

メイド長「こんなに血を流しているではありませんかっ」

銀虎公「なんのこの銀虎公っ。三度魔王殿の命を
 守るまでは死なぬと約束したっ!
 いま、わが獣牙の者が西への活路を切り開いている。
 蒼魔はまだしも、あの奇妙な筒は得体が知れぬ。
 我が手の者もかなりの数やられた」

魔王「っ!」ぎゅぅっ

東の砦将「一刻も早く退却すべきだ。行こうっ!!」
704 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 00:37:51.23 ID:1eGbtUQP

――白夜の国近郊、原生林

ドグワシャーン!!

執事「っ!!」
勇者「な、んで爺さんっ」

蒼魔の刻印王「ゴボワッ!! グブゥッ」

執事「ふふふっ」
勇者「爺さんっ! 爺さんっ!! 何やってんだよっ」

執事「なかなか格好良い登場だったでしょ。にょほ……ほ」
勇者「穴だらけじゃねぇかよっ!!
 何で俺かばってんだよ!
 あんた年寄りじゃねぇか!
 最近風邪の治り遅いとか愚痴言ってたじゃねぇかっ!!」

執事「風通しがよい紳士でございます」
勇者「馬鹿云ってんじゃねぇよっ!! “治癒呪”っ」

執事「向こう側が見えるシースルー。なんちゃって。
 げぶっ、ごぼっ。……かはっ!!」

勇者「な、なんで。なんでこんなとこ……っ」ぼたぼた

執事「蒼魔族を探っていまして。……けふっ。
 昔取った杵柄、無音潜入術でございます……。
 戦の気配で、勇者の元へと……」

勇者「なんでだよぅ、なんで呪文が発動しないんだよっ」」

執事「……勇者こそ、血を流しすぎです。けふっ。
 こんなにぼろぼろではないですか」
 大丈夫、これしきでは死にません。
 それより、早く、トドメを。そやつは、大きな障害」

蒼魔の刻印王「げぶうっ。ごはっ。げふっ……に、んげん、めぇ」

勇者「そんなこたぁどうでも良いんだよっ!!」
705 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 00:39:13.15 ID:1eGbtUQP

執事「にょほ……。そやつを暗殺する……機会を
 狙っていましたが……とうとう、得られず……」

蒼魔の刻印王「このようなところで……、
 終わってたま……る……か……っ」

ガサッガサガサ

勇者「っ!」
執事「このような……時にっ……」

ガサッガサガサ

傭兵隊長「睨むなよ。あんたの戦いは地面から見てた。
 おい、とりあえず、酒ぶっかけて、包帯を巻け」

傭兵槍騎兵「はっ」

執事「……すみませぬ」
勇者「ぐっ。誰だ、お前っ」

傭兵隊長「爺さんももちろんだが
 あんたも限界みたいだな。こっちの魔族も虫の息だ。
 仲間割れなのか、魔族も?」

執事「こちらの方は魔族ではありません」
勇者「大差はねぇよ」

傭兵隊長「……」

執事「……」じぃっ

傭兵隊長「おい爺さん、助けて欲しいか?」
執事「ぜひっ。この方だけでもっ」
707 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 00:40:28.95 ID:1eGbtUQP

ガサッガサガサ

傭兵弓兵「隊長。さっきの変な筒を持った奴らと重武装兵士が
 散開して森の探索に入っています。
 どうも連中、中央の教会と貴族らしいですね」

傭兵隊長「はん。おい、勇者さんとやら」

勇者「くっ! こんな傷ぐらいでっ。げふっ」
執事「勇者、いけませんっ。私が参ります」

勇者「何だよ、爺さん。俺より重傷のくせにっ!!」

執事「そう言うことを言ってるのではありません。
 勇者。あなたは……あの弾丸を受けてはいけませんっ。
 あの悪意も、祈りも、受けてはいけません」

勇者「何云ってるんだか判らねぇよっ」

執事「人間を敵に回してはいけませんよ。
 わたしが行きますから、勇者は逃げてください。
 ……にょほ、ほほっ」

勇者「ぜんぜんっ判らないぞ、爺っ!」

傭兵隊長「おい、兄ちゃん」
勇者「黙ってろっ!」

傭兵隊長「うるせぇっ! こっちだって命がけなんだ、
 すぐ答えろっ! おめぇよ、誰かを助けて“ありがとう”って
 云って貰ったこと、あんのかよっ!」
709 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 00:41:44.96 ID:1eGbtUQP

勇者「あるよ。どうだって良いだろ、そんなのっ」

傭兵隊長「何回だよっ」
勇者「んなの覚えちゃいねぇよ。いっぱいだよ」

傭兵隊長「そっか。ちっ。羨ましく……は、ねぇか。
 1回こっきりだって、俺は負けちゃ、いねぇ」

傭兵槍騎兵「隊長……」

傭兵隊長「爺さん、こっちは良いんだな?」
執事「もちろん」

傭兵隊長「ふんっ。悪いな、こっちも余裕はねぇんだ」

蒼魔の刻印王「に、んげん、めぇ。許さぬ、許さぬぞぉ
 このわたしに手を挙げるとは……身の程をっ」

傭兵隊長「戦場のことだ。許しておけ」

ザシュ

傭兵隊長「おい、若造、ちっけーの。
 この爺さんと兄ちゃんを馬に乗せろっ」

傭兵槍騎兵「急げっ」

執事「ぐっ。げぶっ!」
勇者「何するんだよっ」

傭兵隊長「黙ってろっ! お前らみてぇに
 身体中から噴水みたいに血をビュービューだしてる
 連中見るとしらけるんだよっ!」

傭兵達「あはははは」「ちげぇねぇ」「まったくだ!」
714 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 00:43:14.85 ID:1eGbtUQP

傭兵隊長「おい、若造。ちびすけ。お前らはここで帰宅組だ。
 二人を無事に届けろっ。
 この指輪を持っていけ! コイツラは多分必要な人間だ。
 氷の宮殿の貴族子弟の旦那に届けるんだっ。
 こいつは重要な任務だぜ。ただのヒヨッコには任せねぇ」

若造・ちび助「はい、隊長っ!」

執事「……くふっ」くたっ

勇者「馬鹿云うな、俺はまだいけるっ!
 勝手なこと云うなよっ! おれは、まだまだっ。ぎぃっ!!」

傭兵隊長「わかんねぇ兄ちゃんだな。
 おめぇが頑張りすぎると
 そこの爺さんが道連れで死んじまうんだよ。
 そこの爺さんがかばったのは、おめぇの身体じゃなくて
 魂なんだよっ! 分かれよ、この馬鹿ちんがっ!!」

勇者「っ!」

傭兵隊長「よーし、おまえら! 騎乗だ!
 これからあの貴族連中に突っ込んでかき回すぞ!
 陽気な歌を歌え!
 野郎どもっ! おれたちゃ、未来の騎士様だぜっ!」

傭兵達「よっしゃぁ」 「ばっか野郎! 大将は白夜の王だ!」

傭兵隊長「あーっはっはっは!
 ちげぇねぇや! お前らが騎士なら
 俺は王様にしてもらわなきゃな!
 さぁ、いくぞ! 馬鹿野郎ども!!」
715 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 00:44:32.64 ID:1eGbtUQP

勇者「ちょっとまてよっ!!」

ダカダッ

勇者「おい、馬を止めろっ。死ぬぞっ、あいつ死んじまうぞっ」
若造「生意気を云ってはダメだ」

勇者「ぐふっ……。っくぅ」

若造「ぼろぼろだ。生きているだけでおかしい」
ちび助「それに」

ダカダッ

ちび助「隊長の命令は絶対だ。じゃなきゃ、みんなが死ぬ」

勇者「俺が助ける役なんだぞっ。なんでだよっ。
 なんでだよっ。なんでなんだよっ!!」

若造「……」

ちび助「隊長は、勇者だ。ヒーローなんだぞ?
 俺を助けてくれた。沢山の孤児もだ。
 あの街で、小さな女の子に“ありがとう”って云われたんだ。
 お前みたいな得体の知れないちんぴらに
 心配されるほどおちぶれちゃいない」

若造「そうだ。一人前の男は。立派な男は。
 自分の死に場所は自分で選べる。
 一人前の男は、自分一人の勇者なんだぞ」

勇者「なんでこんなに……っ。ごふっ、ごふっ……」
721 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 00:47:30.30 ID:1eGbtUQP

――青い光がくるぶしを洗う砂浜

ゴウゥゥン!! ゴォォン!

ぎゃぁっ!
手がぁっ!
異端だ! 異端は死ねっ!
ちきしょうっ! ちきしょうっ!
消してくれぇ! 焼けるぅ、俺の足がぁ!
誰か、手を貸してくれっ! 大木にはさまれてっ

ゴォォン! ザシュゥッ!

見えない、真っ暗だっ。助けて……
お前達はみんな精霊の敵だっ!
人間の分際でっ! ここから消えろっ!!
光の精霊よっ! お慈悲をっ!!
何だ、何が起きたんだっ!!
うわぁぁっ!

ドゴォォン!! ゴォォン!!

女魔法使い「……」

メイド姉「……判りました」

女魔法使い「……」

メイド姉「判りましたっ」ぼたぼたっ
723 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 00:49:11.65 ID:1eGbtUQP

女魔法使い「……」
メイド姉「なんで、こうなるんですか?」

女魔法使い「……成り行き」

メイド姉「成り行きっ!? 成り行きでこんなにっ、
 こんなに人が死ぬんですかっ。そんな事許されるんですかっ!」

女魔法使い「では、成り行き以外の何なら赦せるの?」
メイド姉「……っ」

女魔法使い「……」
メイド姉「……それは。そんなのは」

女魔法使い「異なる二つの存在があり、
 複層化されたレイヤにおけるベクトル量が違う場合
 概念的なレベルにおいて速度差が生じる。
 もしその二つが接近しており、影響を与える場合、
 その相対的な速度差によって、
 より高速な側が外側となって巻き込むことになる。
 これを散文的に表現すると、時代の回転という」

メイド姉「……」きっ

女魔法使い「時代が回転する時、その軋轢は血を要求する。
 血塗られた曲がり角を経て、時代は回転する」

メイド姉「そうでなきゃならないんですかっ!?
 嘘ですっ! 平和に曲がることだってあるはずですっ」

女魔法使い「例外はない。
 仮に血が流れていないように見えても
 それは知覚できないだけ。
 肉体の血ではなく、精神の、魂の血が流れただけ」

メイド姉「……嘘、です。そんなのっ」
724 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 00:52:31.32 ID:1eGbtUQP

女魔法使い「嘘ではない」
メイド姉「……っ」

女魔法使い「ときに、人より多くの血を流せる個人が現われる。
 何によってかそうなった彼らは、
 数千人分。時によっては数万、数十万人分の血を流して
 回転の要求する血量を一人で肩代わりする。

   彼ら個人によっても、時代の要求した血量は隠蔽される。
 まるで犠牲など、無かったかのように」

メイド姉「……」

女魔法使い「嘘ではない。なぜならその証拠に
 ――貴方は、それを知っている。ううん、感じている」

メイド姉「……」

女魔法使い「今ならば判る。学んだ今ならば、
 ……魔界を征服するのは。それはそれで、回転だった。
 しかし、その回転の必要とした血量は
 (魔王+勇者)と多少の+αでまかなえたはずだった」

メイド姉「何を言っているか判りません」

女魔法使い「……判る必要はない。貴方は知っているのだから」
メイド姉「っ」

女魔法使い「だから道を探していた。ちがう?」
メイド姉「だからって。だからって」

女魔法使い「“勇者は報われない仕事だ。
 特にこの世界ではそうなのだろう。
 救うまでは神のごとく崇められるかもしれないが、
 去れば記憶に残らない。
 魔物を倒せば目的に近づくが、
 魔物をすべて倒せば存在意義が無くなる。
 勇者とはまるで自分を消滅させるために
 輝いている星のようだ”」
725 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 00:54:40.87 ID:1eGbtUQP

メイド姉「あなたは……まさか……」

女魔法使い「それも真実だ」
メイド姉「だとすれば、貴方は悪魔ですっ」

女魔法使い「自覚のある罪と自覚のない罪では罪科が代わると?」
メイド姉「そうですっ!」

女魔法使い「……だとすれば、無知は得だ。
 知らなければ知らないほど、罪が減るのだろう?」

メイド姉「だって、あなたはっ」

女魔法使い「……」

メイド姉「血を、血の量をっ。誰かを生かすために、
 こんなにも沢山の血をっ、見殺しにしているんですかっ」

女魔法使い「……それも一面の事実といえる」
メイド姉「……っ」

女魔法使い「気に入らないのか?」
メイド姉「当たり前ですっ」

女魔法使い「ならば、貴方は貴方の道で救えばいい」
メイド姉「……っ!」

女魔法使い「忘れるべきではない。貴方も同じ船に乗っている。
 貴方もあの血の流れに救われている。血のながれる河の船の上で」

メイド姉「それでもっ! それでもっ!」

女魔法使い「……送ろう」
メイド姉「……っ」

女魔法使い「……貴方には、やはりこの図書館は、似合わない」
815 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 16:40:41.77 ID:1eGbtUQP

――蔓穂ヶ原、中央部丘陵地帯、前衛陣地

ゴウゥゥン!!
   ガウゥゥン!!
 「う、うわぁぁぁ!!」「う、うしろにもっ!!」

女騎士(これは……なんだっ!?)
冬国仕官「堪えろっ! 南の勇士よっ!
 騎兵隊、左翼の敵突出部隊を叩けっ」

ゴウゥゥン!!
   ガウゥゥン!!

冬国槍兵士「姫騎士将軍のためにっ!」
冬国弓兵士「我らが故郷のためにっ!」

蒼魔歩兵「助けてっ、何かがっ!」

ゴウゥゥン!!
   ガウゥゥン!!
     うわぁぁあ!! 見えない槍だっ、見えない槍なんだ!

女騎士「――っ! 仕官っ!!」
冬国仕官「はっ!」

女騎士「色狼煙をあげろっ! 合図だ! 前線を80歩後退っ!」
冬国仕官「何が起きているんですかっ!?」

女騎士「蒼魔族後方より無数の新たなる敵が現われた。
 ――おそらく、教会の遠征軍、その本隊だ。
 ここまで早いとは。
 それに、あの音は何だ……。嫌な予感がする。
 狼煙を三本あげろっ!!」
816 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 16:41:45.49 ID:1eGbtUQP

斥候「騎士将軍っ! 敵はどうやら聖教会兵、その数数万っ!」
冬国仕官「数万!?」

斥候「未知の武具で武装し、魔族、我々関係なく、
 行き会う全てに攻撃を加えておりますっ!!

冬国仕官「そんなっ。蒼魔族だけでも2万からの軍勢がいるのに
 さらに数万だとっ!? こっ、ここまでなのかっ」

ゴウゥゥン!!
   ガウゥゥン!!

女騎士「いいやっ。まだ生きている。
 まだ負けてはいないっ。
 防衛ラインを崩すな、湿地帯へは近寄らせずに、堅持しろ!
 午後も深くなった、気温が下がるっ。霧が出るぞっ」

冬国仕官「……くっ。了解っ!」

女騎士「傷病者搬送を急げ!!
 戦場図記載の深紅のルート以外
 今後一切の使用を禁止する!! 全軍に通達っ!」

  冬国槍兵士「押せっ! 押しかえせぇ!」
  冬国弓兵士「ここは俺たちの国だっ!」

女騎士(使う相手が変わる、か。
 ……どこまで行けるか判らないが師弟合作だ。
 蒼魔も教会も、付き合ってもらうぞっ)
817 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 16:43:43.43 ID:1eGbtUQP

――蔓穂ヶ原、森林部、待機場所

鉄国少尉「あれはっ」
鉄国歩兵「色狼煙ですっ! 少尉っ! 数は三本!
 “全テノ関ヲ空ケテ放流セヨ”ですっ!」

鉄国少尉「判った。森の中の開拓兵に啄木で合図を送れっ!」
鉄国歩兵「はっ!!」

 コーッン!! コーッン!! コーッン!!

鉄国少尉「すぐにでも来るぞ」
鉄国歩兵「はい。いや、……来ました」

鉄国開拓兵「水位が上がっていく……」

鉄国少尉「いいや、例年どおりに戻っていくだけだ」
鉄国歩兵「水路の様子はどうだ?」

鉄国開拓兵「はい……。大丈夫です!
 湿地帯に流れ込んでいきます。
 ものの20分もあれば、湿地帯はもとどおり
 ぐちょぐちょになりますよ!」

鉄国少尉「混合具合は?」
鉄国歩兵「良好。水面に浮いています」

鉄国少尉「こっちは任務を果たしましたよ。
 護民卿、騎士将軍……どうかご無事で」
820 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 17:05:51.23 ID:1eGbtUQP

――蔓穂ヶ原、中央部丘陵地帯、混乱の蒼魔軍

蒼魔上級将軍「一時的撤退だっ!」
蒼魔近衛兵「ですがどちらへっ」

ゴウゥゥン!!
   ガウゥゥン!!

蒼魔上級将軍「北だっ! 歩兵部隊を円陣とし、
 しんがりを持たせる。騎馬部隊から先に北方へと移動をしろ!」

蒼魔近衛兵「これはっ……」

蒼魔上級将軍「どうした! こんどはなんだっ!」

蒼魔近衛兵「湿地帯がいつの間にか水量を増しています。
 これではこの平地が、水路で造られた迷路のように……」

蒼魔上級将軍「迷路? 水量が増したとは言え、
 膝までではないか。恐れるな! 場合によっては
 馬から下りて手綱を取るのだっ!」

ゴウゥゥン!!
   ガウゥゥン!!

蒼魔近衛兵「はっ! 行くぞ! 騎馬部隊!
 先行して、敵の遊撃部隊を切り開くのだっ!」
821 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 17:08:03.86 ID:1eGbtUQP

――蔓穂ヶ原、中央部丘陵地帯、前衛陣地

女騎士「火矢を放てっ!!」

 ビュンビュンビュン!!
   ビュンビュンビュン!!

冬国仕官「どうだっ」

 ゴゴオオオオオオォォォォォォォォ!!!!

冬国槍兵士「っ!?」
冬国弓兵士「なっ!」

女騎士「全軍撤退!!」

冬国仕官「なんて光景だっ」

女騎士「設計された水路による半径五里四方の炎の迷宮だ。
 蒼魔族の布陣が確定できなくて、
 広めに範囲を取っていたけれど
 それが退却を助けてくれることになるとは……」

冬国仕官「これで我が軍の勝利……ですか……?」

女騎士「いいや。おそらく、峠道に教会軍の本隊は存在する。
 これで倒せるのは先遣隊でしかないと思うけれど……。
 とにかく退却するまでの時間稼ぎは可能だ。
 急げっ!! 傷病者には付き添え!」

冬国槍兵士「はっ!!」
冬国弓兵士「おい、行くぞ。帰るんだっ!」

女騎士「炎が回る。……指定の地域からは離れるなっ!」
823 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 17:21:16.65 ID:1eGbtUQP

――蔓穂ヶ原、中央部丘陵地帯、乱戦地帯

聖鍵兵士「はぁっ! はぁっ!!」
聖鍵槍兵「こっちにはいない、進もう」
聖鍵銃兵「いや、まってくれ。装填しないと撃てない」ごそごそ
聖鍵中隊長「何をやっている、急げっ!」

聖鍵兵士「慎重に計量しないと……」
聖鍵槍兵「槍兵はそんな格好悪いことはねぇですよ」
聖鍵銃兵「うるさいっ。
 ……マスケットを支給されない落ちこぼれが」

聖鍵中隊長「静かにしろっ」

   ガウゥゥン!!

聖鍵銃兵「あれは……」
聖鍵中隊長「我々の右翼だ。129部隊だな」

聖鍵兵士「て、てっ、敵が近くにいるのか」きょろきょろっ
聖鍵槍兵「く、くるなら来いっ」ばっ
聖鍵銃兵「あと少し、もう少しで装填が。あっ」

 がちゃがちゃ。ずるっ

聖鍵兵士「腰抜けっ」
聖鍵中隊長「早く起きろ、マスケットを濡らすんじゃない」

聖鍵銃兵「お、俺は選ばれたんだ。選ばれたんだぞっ!
 マスケットを持つ兵士として……。あれ?」

聖鍵中隊長「どうした?」

聖鍵銃兵「水に、ぬるぬるしたものが浮いてる……ひっ!!」

聖鍵兵士「炎がっ! 焔が駆けてっ!! ぎゃぁぁぁぁぁああ!!」
825 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 17:24:19.84 ID:1eGbtUQP

――蔓穂ヶ原、峠道の高台、本陣

     ゴゴオオオォォォォォ!!!!

王弟元帥「ほう……」
聖王国将官「元帥閣下、これは」

王弟元帥「おそらく、三ヶ国側の罠だろう」
聖王国将官「それにしても……」

監視兵「報告いたしますっ! 眼前の炎はどうやら
 この平地東部の殆どを覆っている様子!
 一辺が五里に及んでいます」

聖王国将官「いったいどのような仕掛けなのだっ」

監視兵「そ、それがさっぱり……」

王弟元帥「水路だろう」

聖王国将官「は?」

王弟元帥「午後になって霧が出てきたようだ。水路に特殊な
 油を流したのだろう。その『特殊』の中身までは判らぬがな」

聖王国将官「くっ」

王弟元帥「良い。残存兵力を退却させろ」
聖王国将官「宜しいのですか?」

王弟元帥「ここへは三ヶ国通商を殲滅しに来たわけではない」
聖王国将官「はっ」
826 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 17:27:02.08 ID:1eGbtUQP

王弟元帥「白夜王国を制圧し、極大陸ゲート跡への
 侵攻路を確保した。それが目的の第一だ。
 第二に我らが光の信徒が魔族をこの地上から殲滅したと云う事実。
 これにより、今後より一層、我ら聖鍵遠征軍への
 支援と参加者が増えるであろう。
 第三に、新武器であるマスケット部隊での
 実践運用試験を行う事が出来た。
 どのように高性能な武器であろうと自ずと長所と短所がある。
 それらの特徴は実戦を経なければ判らぬ」

聖王国将官「圧倒的でしたな。元帥閣下の仰るとおりで
 ございました。目を開かれたような心持ちです」

王弟元帥「その結論は早い。今後部隊の損耗度の調査や
 武器についての聞き取り、戦果の考察をしなければならぬ」

聖王国将官「はっ」

王弟元帥「勝利に酔っておのれの足下も見えなくなった時
 敗北は足下に這い寄るのだ。
 ……ふっ。あやつめの云いそうな台詞だが、な」

聖王国将官「すぐさま撤退を指示しますっ! おいっ! 伝令!!」

王弟元帥(……それにしても、
 三ヶ国通商の司令官は女騎士と云ったか。
 流石に勇者を支えただけのことはあるな。
 見事な用兵だ……。
 この火炎の罠の壮大な威力に目を奪われがちだが
 その時期を待って弓兵と槍兵を連携させ、
 寡兵をもってあの中央丘陵を守り抜いた。
 その粘り強さと前線に隙を作らぬ細心さは
 並の指揮官の及ぶところではない。
 これほどの才幹、我が麾下ではないとは、惜しい事よ)
835 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 17:44:14.10 ID:1eGbtUQP

――蔓穂ヶ原、周辺部、森林地帯、真っ赤に染まった夕日

軍人子弟「あ゛あ゛あ゛ぅぅぐぅ……」
鉄国将官「……」

軍人子弟「うううぐ、うぐっぅっ……」
鉄国将官「……」

軍人子弟「死んでしまったでござるよ……」
鉄国将官「……」

軍人子弟「死んでしまったでござる……」
鉄国将官「……」

軍人子弟「たくさんっ、たくさんっ」

 どんっ!!

鉄国将官「……」

軍人子弟「拙者が駆けつけた時に、もう沢山の開拓民が。
 それに拙者の部下達も。みんな、あの銃弾の嵐に飛び込んで。
 拙者をかばって、仲間をかばってっ。
 あんなに、あんなにっ一緒に過ごしたのに゛っ。
 拙者の仲間だったの゛に゛っ!!」

鉄国将官「……」

軍人子弟「っ……。みんな、もう笑わないでござる」
鉄国将官「……」
836 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 17:45:15.08 ID:1eGbtUQP

軍人子弟「喋らないでござる……」
鉄国将官「……」

軍人子弟「酒を飲んで、下品な話をして、
 拙者に向かって大きな口を開けて、
 馬鹿みたいな笑顔で、敬礼してくれないでござる……」

鉄国将官「……護民卿」

軍人子弟「ちっとも護ってござらん」
鉄国将官「……」

軍人子弟「護ってござらんではないかっ」
鉄国将官「……」

軍人子弟「……っ」
鉄国将官「帰りましょう」

軍人子弟「……」 鉄国将官「鉄の国には、まだ護民卿が護らなければならない
 人々が、沢山います。――護民卿。
 ……ここにいる俺たちの兄弟や友達が護った、
 鉄の国のみんなが待っていますよ」

軍人子弟「……」
鉄国将官「……」

軍人子弟「……そうでござった、な」
鉄国将官「ええ」

軍人子弟「軍人として、恥ずかしいところを見せたでござる」
鉄国将官「ちっとも。ねぇ、護民卿」

軍人子弟「?」
鉄国将官「次は、勝ちましょう。勝って笑いましょう」
845 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 18:01:44.08 ID:1eGbtUQP

――大陸街道、強い風が吹く交差点

ひゅるぅうるるるる〜

メイド姉「……」
奏楽子弟「……」

メイド姉「詩人さんは、見たんですか?」
奏楽子弟「……うん」

メイド姉「……」
奏楽子弟「見たよ。たぶん。……わたしはわたしだったけれど、
 どこかでメイド姉さんも感じていた。
 あそこにいたのは、わたしでもあった……と、思う」

メイド姉「……」

奏楽子弟「悲鳴だったね」
メイド姉「ええ」

奏楽子弟「怒声だった」
メイド姉「はい」

奏楽子弟「あの苦鳴も、この世界の音楽の一つなのかな」
メイド姉「……わかりません。わかりませんけれど、あれは」

奏楽子弟「……」
メイド姉「死でした」

奏楽子弟「うん」

メイド姉「数え切れないほどの。砂浜の砂粒ほどの、死」

奏楽子弟「ねぇ、メイド姉さん。気が付いていたんでしょう?」
メイド姉「はい?」

ふぁさっ
846 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 18:03:32.30 ID:1eGbtUQP

奏楽子弟「そのターバンは、あげる」にこっ
メイド姉「詩人さん……」

奏楽子弟「ほら、この耳ね。ぴこぴこでしょう?
 わたしは、森歌族なの。
 歌を伝え、語りを伝え、見聞きしては記録する。
 今は遠きアールヴの末裔。
 千年を千回繰り返してもけして忘れない一族。
 うん。えへへ……。
 魔族なんだ」

メイド姉「詩人さんは、詩人さんです」

奏楽子弟「そう言ってくれると思った」

ひゅるぅうるるるる〜

メイド姉「はい」くしゃ
奏楽子弟「ほら、泣かないでよ」

メイド姉「だって」
奏楽子弟「わたしは行くよ。判ったから。見いだしたから。
 わたしにもどうやらやらなきゃいけないことがあるみたい。
 だから、ここでお別れ」

メイド姉「はいっ……」

奏楽子弟「耳を澄ませていて。
 どこかの街角で、あなたがはっと顔を上げたのなら
 きっとそれはわたしの声。わたしの歌。わたしの想い」

メイド姉 こくり

奏楽子弟「あなたが、あなたの道を見つけることを
 わたしは祈っている。森歌族はずっとあなたの友達だよっ」
849 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 18:32:58.01 ID:1eGbtUQP

――白夜王国、宮城前広場、バルコニーから

王弟元帥「光の精霊の尊き御名に幸いあれ!
 汝ら光の子らよ、選ばれし戦士達よっ!!
 我らはついに白夜王国の奪還を果たしたっ。

   身よ、この荒れ果てた都市を。
 白夜王国はかつてこの大陸の盾として地上を護った
 聖なる光教会文化圏の力強くも雄々しい盾であった!

   だがその栄華も卑劣なる魔族の奇襲をもって
 落日を迎えてしまった。
 諸君らの目に写る廃墟は魔族の暴虐と
 それを見過ごしたばかりか救いの手さえ貸さなかった
 友邦と名乗るばかりの背教者達、南部三ヶ国の仕業である。

   しかしっ!
 我らはこの都市にやってきた。歓喜の声を上げよ!
 沈む太陽があれば、必ず登り来る朝日があるのだ。
 我ら光の精霊はその不死不滅の循環をもって
 我らに勝利を運んでくださる。

   汝ら光の子らよ、選ばれし戦士達よ。
 諸君らが長駆、この大陸辺境まではせ参じ
 その力強き腕(かいな)をもって魔族を打ち倒すことにより
 ここに白夜王国は回復されたのであるっ!!」

うわああぁぁぁぁ!!
   うわああぁぁぁぁ!!

光の兵士「精霊はこれを欲し給うっ!!」

光の兵士「精霊はこれを欲し給うっ!!」
850 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 18:34:18.80 ID:1eGbtUQP

王弟元帥「見よ。ここは大陸の南端である!
 もはや眼前は海であり、その短き波頭を越えれば
 局地は諸君らの眼前に現われる。
 極大陸へと赴き、そこにある大空洞を越え、
 いまこそ魔族を叩くべき時がやってきた!

   諸君らの中には今までの度を思い返すものも
 あるだろうがここに断言しようっ!
 魔族の一派こそ撃破したがその侵略経路たる大空洞は
 放置されたままなのだ。
 これを放置してはこのような悲劇が何度でも繰り返されるだろう。

   諸君らが携えるマスケットは、我らが魂の導き手たる
 聖光教会が精霊より賜りし炎の杖である。
 その力は諸君らが誰よりも知るところとなった。

   今こそが、光が我らに与えたもうた、最大の好機なのだ!

   もし諸君ら光の子が己の責務を果たして倦むところがなければ、
 そしてもし今までの如くに最良の準備がなされるのであれば、
 我らは必ずや次の事を証明するであろうっ!

   すなわち、我らは故郷たるこの大地を離れ、
 戦乱の激動を乗り越え、たとえ何年たったとしても、
 たとえ我らが最後の一兵になったとしても、
 邪悪なる魔族の本拠地たる魔界の暴虐に打ち勝ち
 地上は愚か、この世界全てに光の恩寵を広めることが出来る。

   このことをわたしは深く信じるところである。
 たとえ何があろうと、これこそ我らが行わんとするところであり
 すなわち、我らにマスケットを与えた光の精霊の意志なのだ!」
851 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 18:36:33.59 ID:1eGbtUQP

王弟元帥「諸君らの背後に耳を澄ますが良いっ。
 遠く地平線の彼方まで続く勇壮なる靴音が聞こえるであろう。
 今このときも、諸君らの同胞が、この白夜王国解放を祝い
 続々と終結しているのである。

   彼らは新しいマスケット、毛布、馬車に満載の小麦を積んで
 来るであろう。彼らのためにも諸君らは船を造らねばならぬ。
 この都を整えねばならぬのだ。

   今宵より新生・白夜王国は大主教直轄地として
 魔界攻略の前線基地となるのだ。

   さぁ、葡萄酒を開けろっ! 勝利を祝おうではないかっ!!
 そして夜が明けたならばすでに半ばを終えた夏を追いかけ、
 船を造るのだ! その道具はすでに用意がされている。

   今宵我らは勝利した!
 諸君らが万全の備えを行ない、精霊の導きに耳を澄まし
 我ら聖鍵軍の主力として良く指揮に従う限り
 今宵の勝利は永遠に枯れぬ花となろう!!

   魔界へと向かうのだっ! そこにはかつてあり、
 今失われし、我らが奪われた聖なる宝があるっ!」

うわああぁぁぁぁ!!
   うわああぁぁぁぁ!!

光の兵士「精霊はこれを欲し給うっ!!」

光の兵士「精霊はこれを欲し給うっ!!」

光の兵士「精霊はこれを欲し給うっ!!」

王弟元帥「精霊の旗のもとっ!! 我が同胞のためにっ!!」
854 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 19:08:14.18 ID:1eGbtUQP

――鉄の国、中央広場、鈴なりの民衆の中で

鉄腕王「蔓穂ヶ原から帰った
 我が臣民よ、勇敢なる将兵よ。ご苦労だった。
 諸君らの帰還を、この鉄腕王はなによりも喜ぶ。

   蔓穂ヶ原の戦いによって諸君らは、
 良き友、良き夫、良き息子、そして良き恋人として戦った。
 この場にはいないものもいるだろう。
 しかし彼らもまた、この三ヶ国を中心とした南の大地の
 忠勇なる戦士であった。

   蔓穂ヶ原の戦いとはなんであったか?
 隣国を占領した蒼魔族なる魔族は、
 魔界で反乱を企て逃亡してきた一派である。

   彼らは魔界で罪を犯した、いわば犯罪者であった。
 だがそういった事情とは無縁に、我らはひたすらにこの大地を愛し
 父祖の、そしておのれの開拓してきた大地を護らんと戦った。
 そう、蔓穂ヶ原の戦いとは侵略者との戦いだったのだ!

   我、鉄腕王はここに宣言をする。
 失ったものはある。この戦いで倒れた二千余人の同胞は帰らない。
 しかしなお、宣言しよう。

   われらは穂ヶ原の戦いに勝利したのである!
 なぜならば、侵略者は撃退され、
 この父祖の大地に我らはまだ立っているからであるっ。

   この戦いをもって、対蒼魔族戦役は終了したっ。
 彼らの魂に光りあれ。我らが故郷は護られたのだっ」

 おおおおー!!! うわぁぁぁぁぁあ!!
855 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/29(火) 19:09:18.46 ID:1eGbtUQP

冬寂王「鉄の国の諸兄よっ! 聞いた頂きたいっ。
 しかしその蔓穂ヶ原の戦いにおいて、重大な事件が起こった!

   それは中央国家による連合軍、
 光の聖教会による聖鍵遠征軍の我らに対する無差別虐殺である。

   確かに我ら三ヶ国は中央の諸国により異端と告発された。
 それでも我らが信じる湖畔修道会もまた、
 光の精霊の学舎であり、使徒なのだ。
 いわば師とも兄とも慕う中央の諸国家によるこの仕打ちに
 わが三ヶ国の首脳部は流れる涙を抑えることは出来ぬ。

   我らは確かに中央の諸国家に養われていた過去を持つ。
 我らはこの大陸の養われっ子であった。
 しかしそれもこれも、大地を脅かす魔族の脅威から
 大陸を守るためであった。
 我らの父祖は傭兵よ、戦しか知らぬ蛮人よと
 蔑まれながらも防人としてこの南の地を護ってきた。
 我らの魂は、常に大地と共にある!

   諸兄らの隣を見よ。
 そこにはかつて農奴だった我らが同胞の姿があるだろうっ!
 諸兄らの胸に手を当てよっ。
 その鼓動が自由の律をきざんでいるのが判るであろうっ!

   われらは自由の民として、今こそ大地をその足で踏みしめる
 必要がある。その自由とは独立だ。
 いや、もはや我らが魂は、独立していたのだ。
 大地を耕し、荒れ果てた地を開墾したその日から
 我らの魂は困難に挑む一個の独立した人格を有している」

 おおおおー!!! うわぁぁぁぁぁあ!!
  そのとおりだーっ!! 我らの大地は、南の大地だーっ!
856 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 19:10:21.01 ID:1eGbtUQP

冬寂王「想いおこして欲しい。
 我らが何のために血を流してきたかを。
 全ては大地のため。我らが護るべき同胞のためだっ。

   我らは我らを脅かす侵略者と戦ってきたのだ。
 我らはただひたすらにより善い、少しでも豊かな暮らしを求めて、
 少しでも幸せになるために戦ってきたに過ぎぬ。
 我らは他人をうらやみ、その財貨を奪うことによって
 豊かになろうとしたことなど無いのだから。

   我らの大地を大地を侵略するのであれば、たとえ相手が
 魔族であると人間世界のどのような国家、どのような軍であろうと
 我らは故郷を護るために、必死にこれと戦うだろう!

   しかし我らはまた戦しか知らぬ血に飢えた民ではない。
 我らが願うのは平和と繁栄なのだ。もし我らはその必要があれば
 いまからでも中央の国家と手を取り合い、
 あるいは魔族と停戦をすることでさえ躊躇わぬ。
 我ら首脳部は、我らが大地と民の利益を護るために
 どのような艱難辛苦も、耐え難い決断さえするということを
 諸君に知って貰いたい」

  鉄腕王!! 鉄腕王!! 冬寂王!! 冬寂王!!

氷雪の女王「しかし、喜ばしき報せもまたありますっ。
 皆さんもご存じでしょう。あるいはもうすでに接種を
 受けたかも知れませぬが、あの恐ろしき業病、
 痘瘡とも疱瘡ともいわれている天然痘。

   おびただしい数の死者を出し、この地上を何回も何回も
 それこそ戦争などとは比べものにならない規模で脅かしてきた
 あの病への予防法を我々はとうとう発見したのですっ!!」

 ざわざわざわ……。ほ、ほんとうなのか?
 ほんとうだ! おらぁ、もう接種を受けただ!
 おらの村で今年、ぶつぶつができた子供は一人もいないだよっ!
857 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 19:12:28.26 ID:1eGbtUQP

氷雪の女王「わたしには、精霊の意志は判りません。
 精霊の御心は深く、我ら人間には
 その全てを推し量ることなど出来ないとも思います。

   しかし、皆さん覚えてください。
 そして今晩、一人一人の胸の中で考えてください。
 聖なる光教会は、火を吐き人を殺す杖を精霊から
 与えられたと云います。

   我らが湖畔修道会は、天然痘から人々を護る盾となる
 薬を精霊様とその使者たるものから与えられました。

   実際この薬は知恵深き学士の一族が、
 魔界を旅して見つけてきた技術なのです。
 二つの教会に、違った技が伝えられた理由を考えて
 欲しいのです」

 ざわざわざわ……。ざわざわざわ……。

冬寂王「この一事を持って理解して頂けるであろう。
 われら、三ヶ国の首脳は平和と繁栄を求め、
 出来うる限りの施策を今後とも行なっていくつもりだ。
 もちろん我らが母なる領土を侵すものは、
 これを許すつもりはない。

   そして諸兄らには最も重大な報せを告げなければならぬ」

 な、なんだ? なにがあるんだ?

冬寂王「われら三ヶ国通商同盟は本日をもって解散する。
 我が同盟の理想を受け入れてくれる新たな友邦が現われたのだ!」

 ほんとうか? どういうことなんだ!?
  なかまがふえるってことだぁよ。そうなんか!
 仲間ってどこだべぇか。湖の国じゃないか?
858 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 19:13:33.77 ID:1eGbtUQP

冬寂王「湖の国、梢の国、葦風の国、赤馬の国および
 自由通商の独立都市七つが、我ら同盟の理念に共鳴し
 ゆくゆくは農奴解放を含めた目標を持つ共同体として
 一歩を踏み出すこととなった。
 我らはもはや三ヶ国ではない。

   たった三ヶ国のみで、この南の果ての地で、
 孤独に喘ぎながらも耐え続けてきた時は終わりを告げたっ。

   我らは、大地を護って戦う。
 我らは平和と繁栄を求め、
 手を携えることの出来る相手とであれば誰とでも、
 互いの繁栄を認め合う。
 この世界の中に根を張り、共に明日を目指すために
 新しい船出を行なう時が来たのだっ!

   わたし達は、我らが南部の魂っ
 大地への深い愛と、同胞への共感、寛容と克己、努力。
 そして何よりも自由と独立を愛する民の一人として
 ここに『南部連合』の樹立を宣言するっ」

 ……南部連合? そうだ、南部連合だっ!!
 もう異端なんかじゃない、おいら達にも、仲間が出来るんだ!
 これで中央の奴らに見下されずともすむようになる。
 鉄製品の売り先もずんと増えるに違いないっ!
 いや、それどころかいろんな商品が輸入されてくるぞっ!!

 鉄腕王!! 鉄腕王!! 鉄腕王ばんざーい!!
  冬寂王!! 冬寂王!! 冬寂王ばんざーい!!
   氷雪の女王!! 女王陛下、ばんざーい!!

 南部連合っ!! 我らが南部連合万歳っ!!!
860 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 19:20:10.41 ID:1eGbtUQP

――月明かりさす大きなイチイの木の下で

  さくっ

勇者「……」

さくっ

魔王「勇者」

勇者「魔王」

魔王「……」
勇者「……」

魔王「隣に座っても良いか?」

勇者「うん」もそもそ

魔王「……」
勇者「……」

魔王「へこんでるな」
勇者「うん」
魔王「わたしもだ」

勇者「……」
魔王「……」

勇者「負けちゃったよ」
魔王「わたしも負けてしまった」
862 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 19:22:01.98 ID:1eGbtUQP

勇者「良く、判らないな」
魔王「うん」

勇者「何で負けたのか、何で勝てていたのか」
魔王「うん」

勇者「魔王」
魔王「ん?」

勇者「後悔、してるのか?」
魔王「……」

勇者「話は聞いたよ。ブラックパウダーさ」
魔王「……うん」

勇者「……」
魔王「わたしのせいなんだ」

勇者「……」
魔王「……」

ガサリ

勇者「あ」

女騎士「苦労させられたぞ」
魔王「すまない……」

女騎士「でも、わたしも、ダメだった。負けてしまったよ」とさっ
864 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 19:26:07.61 ID:1eGbtUQP

女騎士「戦っていると、疑問に想う。
 今流れている血は何のためなのかと。
 その血に相応しい代価を我々は得られるのだろうかと。
 時に無為な犠牲なのではないかと疑う」

魔王「無くても良い犠牲だったんだ。
 少なくとも今日の数千は。
 わたしがもっと注意をもって扱っていたら、
 無くても済んだはずの……」

女騎士「……」
魔王「……」

勇者「おい」

女騎士「?」

勇者「魔王、女騎士。……大事な話があるんだよ」

女騎士「なんだ?」 魔王「こんな時に」

勇者「朝露に濡れた葉を踏んで、草原を歩く。
 空にはバラ色の朝焼け。世界はあらゆる方向に
 繋がっているけれど、自分に判るのは、今まで歩いてきた道だけ。
 担いでいるのは小さな荷物。どこにでも行けるけれど
 どこに行けとも命令はされていない」

女騎士「……?」
魔王「――」
865 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 19:27:12.91 ID:1eGbtUQP

勇者「あの丘の向こうに何があるんだろう?
 そう思ったことはないか」

女騎士「何を言っているんだ?」
魔王「――」ぎゅっ

勇者「ただ単純にさ。あの向こうはどうなってるんだろう?
 そんな気分で旅に出る気はないかって話だよ。
 もしかしたらすごく困難で、丘にたどり着かないかも
 知れないけれど……。
 でもそんなもんだろう? どっちを目指すにしたって。

   街道は曲がりくねりながら谷に続いているように見える。
 丘に登るには朝露に濡れたこの斜面を登らなければならない
 でも、登ったら何か見たことがないものが見えるかも知れない」

女騎士「……それって」
魔王「朝露じゃなくて、それは血かも知れない」

勇者「それでもさ」

女騎士「――」

勇者「だって、俺たち歩かないわけにはいかないじゃん。
 歩かないように頑張ったって、勝手に背景のほうで
 流れていくじゃん。……仕方ないじゃん。
 だったら、やっぱり見たことがないものがみたいよ。
 俺はずっと壊し屋だったから、
 そうじゃないものが見てみたいよ」

女騎士「勇者……」
魔王「……勇者」
866 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 19:29:12.22 ID:1eGbtUQP

勇者「なー。あのさ」

ひゅるるる〜

勇者「一緒に、行かないか?」
女騎士「――」 魔王「――」

勇者「恥ずかしい話だけど、
 一人だと挫けちゃいそうなんだよ。
 それに、丘の上に立った時、
 一緒にそこから眺める相手が欲しいんだ」

女騎士 ちらっ
魔王 こくり

勇者「どうだい」

女騎士「よかろう。いや、むしろ今度おいていったら承知しないぞ」
魔王「勇者のほうがわたしの物なのだ。
 置いていくならわたしが放置する。留守番が勇者だ」

勇者「うん。……うんっ」

女騎士「剣の主は心配性だ。自分だってへこんでいるくせに」
魔王「それが勇者の良いところだ。意地っ張りで愛おしい」

女騎士「愛おしい!? 抜け駆けは無しにしてもらおう、魔王!」
魔王「自分の持ち物を何と言っても構わないではないか!」がうがう

勇者「ううう」

女騎士「勇者。早速だがわたしと色んな契りを交わそう。
 その方がいい。長期のお出かけには支度が肝心だ」
魔王「それが抜け駆けでなくてなんだというのだっ」

女騎士「湖畔修道会の宗教的な儀式だ」
魔王「自分の欲望のままに教義を改ざんするなど、恥を知れっ!」

勇者「いや、その……。仲良くね?」
872 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 19:39:02.00 ID:1eGbtUQP

――白夜王国、宮殿の最も豪華な一室

大主教「……黒騎士は……取り逃がしたか」

百合騎士団隊長「申し訳ありませぬ。あの飛び込んできた
 薄汚い傭兵さえいなければ、必ずや捕縛した物をっ」

大主教「……良い……であろうかと。……思っていた。
 その……ハエは……どうした?」

百合騎士団隊長「その場で斬首いたしました」

大主教「くふっ。身の程を知らぬ……。ことよ」

 カチャン

従軍司祭長「大主教様」

大主教「……どうだ?」
従軍司祭長「こちらは、しかと」

大主教「……ふふ、ふふふ、ふふふふふ」
百合騎士団隊長「それは?」

従軍司祭長「この二つは聖別した……いわば宝石」

百合騎士団隊長 ゴクリ

大主教「はやく……早く、我が手に……」

従軍司祭長「ははぁ」 すっ

大主教「我が手に来たか……ふふっ……待ちかねたぞ
 この輝き……そこに満ちる雄々しき魔力……
 瑞々しき不滅の輝き……」

百合騎士団隊長 ガタガタガタガタ

大主教「……刻印の二つの眼球よ」



つづく