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魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」
Part.9
105 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/30(水) 21:01:11.20 ID:o0eNIb.P
――湖の国、首都、『同盟』作戦本部
同盟職員「早馬の知らせですっ!
南部で、南部の諸国と中央の聖鍵遠征軍のあいだに
軍事衝突が発生したと!」
同盟職員娘「っ!」
留守部長「……出遅れたな」
同盟職員「はい」
同盟職員娘「間に合わなかったんですね……」
留守部長「鉄を抑える速度が遅かった。
静粛性を優先した結果でもあるし、
おそらく以前から備蓄をしていたんだろう……。
そうでなければ鉄の値段が揺れても、
反応が無いのがおかしすぎる」
同盟職員「これでは武器製造への圧力として機能していません」
同盟職員娘「このままでは、資金的な傷口が広がります。
撤退時期を探るべきでは?」
留守部長「……」
同盟職員「すみません。もうちょっと実態把握さえ早ければ」
留守部長「いや。これは開始時期の見切りの問題だった。
やはり商圏の拡大と共に目が行き届いていない部分が
広がりつつあるんだな」
がちゃり
青年商人「……いあいや。まだこれから、といきましょう」
107 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/30(水) 21:02:47.48 ID:o0eNIb.P
同盟職員「委員っ!」
留守部長「いつお戻りに?」
青年商人「たった今です。開門都市は任せてきました」
女魔法使い「……」ぽやー
同盟職員「えっと、その方は?」
青年商人「ああ。ここまで運んでくれたんです。
とびきりの食事と甘い物を用意してください」
女魔法使い「……」こくこく
青年商人「さて。……状況報告を」
同盟職員「たった今はいった情報ですが、
南部諸国と中央の遠征軍のあいだに
軍事衝突が発生した模様です。
……中央の新型武器が使用されたとのこと」
青年商人「それがマスケットですか?」
女魔法使い「……そう」
青年商人「より詳しい状況をお願いしていいですかね?」
女魔法使い「……当初、南部諸王国は
白夜国を制圧した蒼魔族との戦闘を想定していた。
女騎士は司令官として鉄の国と白夜国の国境付近、
蔓穂ヶ原に約1万数千人をもって布陣。
蒼魔族約2万を迎撃、丸一日にわたる戦闘を耐えきる。
しかし、ここに後背から約4万の聖鍵遠征軍が強襲」
108 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/30(水) 21:04:57.52 ID:o0eNIb.P
女魔法使い「……聖鍵遠征軍は蒼魔族を中心としながらも、
ほぼ無差別に南部諸王国をも攻撃。
その攻撃の中心となったのが、聖鍵遠征軍の新兵装。
マスケット銃と、その部隊。
女騎士率いる南部諸王国軍は、当初蒼魔族に使用する
予定だった火炎の罠を持って蔓穂ヶ原を退却。
聖鍵遠征軍も約5時間の激突を充分と見たのか、
兵を引き上げ、蒼魔族から奪還した白夜王国を
本拠と定め、掃討の後、駐留。
……現在は軍事的な緊張はあるものの、
一時的な平穏状態にある。
なお、この戦闘において、蒼魔族約2万はほぼ完全に壊滅。
南部諸王国軍は兵3500あまりを、
聖鍵遠征軍は6000名程度を失う。
ただし、これらを損耗率の観点から見ると、
南部諸王国軍は参加した兵の30%、全軍の12%。
聖鍵遠征軍においては会戦参加兵員の15%、
3%程度に過ぎないと推測される」
青年商人「では聖鍵遠征軍の現在規模は……」
女魔法使い「訓練度を度外視するならば20数万に達する」
青年商人「南部諸王国は、滅亡寸前ですか……」
109 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/30(水) 21:07:18.28 ID:o0eNIb.P
女魔法使い「そうとも言い切れない。理由は二つある。
まず、ひとつ目は聖鍵遠征軍は南部諸王国攻略よりも
魔界侵攻を優先事項として決定したようだから」
青年商人「ふむ。……たしかに教会が大きな発言権を持つ
聖鍵遠征軍ですから、その決定は理解できなくもないですが
南部諸王国軍を放置するというのも解せませんね」
女魔法使い「……これは推測だが、おそらく聖鍵遠征軍は
その強大な軍事力の1/3程度でも動員すれば南部の王国を
殲滅できる。つまり、挟撃などといった策略を恐れないで
済むという事情によるものと思われる」
同盟職員「20万の軍勢があればそれも可能なのか……」
青年商人「もう一点は?」
女魔法使い「開戦直後、南部三ヶ国通商同盟はその名称を破棄。
あらたに湖の国、梢の国、葦風の国、赤馬の国および
自由通商の独立都市七つを加え
『南部連合』の樹立を宣言した」
留守部長「とうとう、ですね」
青年商人「ここ以外にはないというタイミングです。
そう言うことでしたか。
20万の兵力動員は、確かに素晴らしい攻撃力を
教会勢力にもたらしましたが、その分、貴族や領主、
多くの国の地元は防御力の殆どを失っているはずだ。
もちろん、それらの国々全ては、聖光教会の指導下にあり
一斉に攻撃能力も防御能力も失う。そう言う前提で軍が
国元を離れたわけですが、『南部連合』の樹立は
その前提条件を大きく揺るがした」
110 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/30(水) 21:08:58.04 ID:o0eNIb.P
同盟職員娘「いま、聖鍵遠征軍が南部連合を攻撃した場合、
より自分たちの内側に近い国――たとえば、湖の国や
梢の国が、防衛軍不在の中央国家群を蹂躙するかも知れない。
農民を中心に編成された聖鍵遠征軍であっても、
支援物資や指揮系統は、やはり貴族の力が欠かせない。
政治的な均衡状態が訪れているのですね」
留守部長「どちら側も、相手を人質に取った形か……」
同盟職員「そうですね。聖鍵遠征軍は、
その強大な武力で南部連合の中枢部を人質に取っている。
南部連合は、その新しく広がった友邦で、無防備となった
中央諸国を人質に取っている」
青年商人「それだけじゃありませんけどね。
……これは相当に複雑になってきました」くすっ
同盟職員娘「?」
青年商人「何から何まで相似形になってきましたね。
民衆に自由という武器を与えたゆえ、
民衆の支持を失うような政策をとれない南部連合。
民衆にマスケットという武器を与えたゆえに
民衆の怒りが自分に向いたら破滅する中央国家群……。
どちらも難しい舵取りになってきたようです。
我が『同盟』、『魔族会議』、『魔界』……」
同盟職員「勝てますか?」
青年商人「保養は出来ませんけれどね。
ですが、ただの力勝負では知恵を働かせる隙がない。
ある程度状況が複雑でないと、商人は勝機を見いだせません。
その意味ではまだチャンスは去っていない。
プレイヤーが多数参加した乱戦こそが商人の
活躍できる戦場です」
111 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/30(水) 21:14:21.64 ID:o0eNIb.P
同盟職員「しかし、現に軍事衝突は……」
青年商人「ええ、起きてしまっています。
だが、まだ手遅れと決まったわけではない。
向こうに専門のスタッフがいなければチャンスは広がる」
同盟職員「専門……?」
青年商人「物資調達の、ですよ。
……中央の秘密製鉄工房の所在地は突き止めましたか?」
同盟職員「はい、それは。銅の国です。合計三カ所」
青年商人「良いでしょう。本部長、三カ所に出店の準備を」
留守部長「出店?」
青年商人「酒場と娼館ですよ。……耳目を忍び込ませないとね」
留守部長「了解です」にやっ
青年商人「聖鍵遠征軍に配置されているマスケットの量を
算定してください。
いくら何でも20万の兵に20万の
マスケットが配置されているとは思えない。
それにマスケットは機械です。
呼称もすれば、予備部品も必要のはず。
そして弾薬がいるんですよね?」
女魔法使い「……そう。運用中の補給が常に必要」
同盟職員「とはいえ、鉄鉱石は相当量の備蓄が
聖王国にあると推測されるんです……。
すでに一定数のマスケットが配備されている以上、
これ以上圧力を加えても意味がないのでは?」
113 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/30(水) 21:16:36.08 ID:o0eNIb.P
青年商人「いいえ。意味はあります。相手は中央国家群。
その巨大さは武器ですが、弱点でもある。
末端の壊死が中央に認識されるまでのタイムラグがね」
同盟職員「え?」
青年商人「鉄製品の最終的な製造原価の内訳を
考えてください。そこから今回は攻めます」
同盟職員「……加工費?
しかし、加工費はすなわち人件費です。
今回の集約工場では、多くの職人を丸ごと抱えて、
殆ど監禁のような状況で生産のピッチを上げているはず」
青年商人「加工費はそれだけに留まりませんよ」
留守部長「そうかっ!」ぱしんっ
青年商人「ええ。木炭です。
製鉄を行なうためには鉄鉱石の二倍から三倍の量の
木炭を必要とする。石炭の採鉱権は?」
留守部長「そちらはぬかりなく押さえています」
青年商人「で、あれば風向きは良い。
聖王国周辺でもっとも木炭を多く算出する
梢の国は、南部連合に参入したとのこと。
であれば、木炭の量をコントロールしていくのは、
さほど困難な話ではない」
同盟職員娘「資金はどうします?」
青年商人「その中央諸国からいただくとしましょう。
白夜王国へと移動した20万人、
それを丸ごと食べさせるには大量の食料が必要です。
この食料を、海上輸送。自由貿易都市の港から、
白夜王国の港へと運び、その差益を得ます」
同盟職員「了解っ! 手配を行ないますっ」
114 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/30(水) 21:17:51.58 ID:o0eNIb.P
青年商人「取りかかってください」
同盟職員娘「はいっ」
留守部長「承知っ」 たったったっ
青年商人「ふぅ。……間に合いますかね」
女魔法使い「……終わった?」
青年商人「ええ、なんとか」
女魔法使い「……」
青年商人「食い物ですか?」
女魔法使い こくり
青年商人「判りました、用意させましょう。
貴女の助けがなければ、手遅れになったかも知れない。
伝説の魔法使いに感謝しますよ」
女魔法使い「……こっちの都合」
青年商人「しかし転移魔法ですか……。
もうちょっと敷居が低ければ普及間違いないんですけどね」
女魔法使い「……もどる?」
青年商人「いえ、しばらくここで指揮を執るべきでしょう」
女魔法使い「……」じぃ
青年商人「開門都市ですか?
あっちには公女がいます。あれで聡い人ですから。
騙されて言いようにされるって事はないでしょう。
会計さんもいますしね」
女魔法使い「……相方?」
青年商人「よしてください。
……そんなものじゃありませんよ。
取引相手ってのは、もっと神聖なものです」
123 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/30(水) 21:38:00.61 ID:o0eNIb.P
――冬越し村、魔王の屋敷、食堂
もそもそ
魔王「……」
勇者「……魔王、塩とって」
魔王「判った」とん
ぱらぱら、もそもそ
勇者「……もぐもぐ」
魔王「なぁ、勇者」
勇者「ん?」
もそもそ
魔王「昨日の夜って何を食べただろう」
勇者「茹でた馬鈴薯に塩振ったのだろう?」
魔王「一昨日は?」
勇者「茹でた馬鈴薯に塩振ったの」
もそもそ
魔王「……」
勇者「……」
魔王「何でこんな事になっているのだっ!」うがぁ
124 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/30(水) 21:39:13.51 ID:o0eNIb.P
勇者「だって仕方ないじゃん!
メイド長は魔王城の手入れをするために突発出張中だし、
メイド妹は冬の国へと料理修行中だしっ」
魔王「それにしたって三食茹で馬鈴薯はないと思う」
勇者「だってこれは魔王が作ったんだろう?」
魔王「それくらいしかまともに作れる気がしなかったのだ」
勇者「じゃぁ、納得して食うべきだ」
魔王「勇者が作った昼食だって同じだったではないか」
勇者「それしか作れないんだ仕方ないだろうっ」
もそもそ
魔王「……負ける」
勇者「は?」
魔王「このままでは負ける。確実に。魔界は滅びる」
勇者「何言ってるんだ?」
魔王「そんな予感がする」
勇者「……うわっ。暗いぞ、表情が」
128 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/30(水) 21:42:54.49 ID:o0eNIb.P
もそもそ
魔王「そうだ」
勇者「どうした? もっぎゅもっぎゅ」
魔王「ジャムくらいならあるであろう?
あれを馬鈴薯に落とせばきっと甘くて美味しいはずだ!」
勇者「おい、早まるなっ」
ぽとっ。ぬりぬり。もしゃもしゃ
魔王「……負けた。魔界は滅びた。
勇者、私はもうダメだ。そして三千年の時が流れた」
勇者「早いよ、いくら何でもっ」
がたり
魔王「書を捨て街に出よう」
勇者「はぁ?」
魔王「私の職業は魔王なのだ」
勇者「どうしたの?」
魔王「正直煮詰まっているのだ」どよーん
勇者「判らないじゃないけれど」
魔王「どうにかしてくれないか、勇者」
勇者「どうにかしたいのは山々だけどさぁ。
……はぁ。仕方ないなぁ」
149 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/30(水) 22:04:50.33 ID:o0eNIb.P
――冬の国、王宮、予算編成室
商人子弟「んぅ〜。こいつぁ……」
従僕「商人さまぁ!」ぱたぱたっ
商人子弟「なかなかどうして、侮れないなぁ」
従僕「商人さまっ!!」
商人子弟「おう。どうしたわんこ」
従僕「わんこじゃありません!」
商人子弟「しっぽ揺れてるぞ?」
従僕「えっ? ――生えてるわけ無いじゃないですかっ」
商人子弟「で、どうしたんだ?」
従僕「そうでしたっ」えへん
商人子弟「?」
従僕「課題が出来ましたっ!」
商人子弟「課題?」
従僕「チーズですっ!」
商人子弟「なんだっけそれ?」
従僕「えーっと、チーズを安定して低価格に市場に
供給するために考えてきました!」
151 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/30(水) 22:06:30.55 ID:o0eNIb.P
商人子弟「おお。そう言えばそんな課題も
出してたな。よーし、わんこ。聞かせてくれ」
従僕「まず、チーズの作り方を勉強しましたっ」
商人子弟「ふむ、基本は大事だな」
従僕「簡単に云うと、チーズは乳製品です。
乳を暖めて、かき回し、これに触媒を加えます。
触媒って言うのは薊の花から作るんですって。
こうすると、固まり初めて水分が出てきます。
加熱しながら水分を飛ばして、
型に入れたら生チーズの完成です。
でも、ちゃんとしたチーズはこれからが本番で
この生チーズを塩水につけて、味を調えてから
冷暗所に数ヶ月から数年のあいだ保存して、
熟成って云うのをさせないと、完成しません……。
時間がかかるんですね。で、出来上がりです」
商人子弟「なかなか手間がかかるんだな」
従僕「ですです! でも美味しいですよね。
ぼく勉強ついでに一杯味見しました」にへらぁ
商人子弟「これ。ほっぺた緩んでるぞ!」
従僕「わわわっ」
商人子弟「で、基礎知識はそれでいいとして、
そこから何をどう考えたんだ?」
従僕「えっと、最初に考えたのは。
ミルクからチーズを作ると量が減っちゃうので
寂しいということです」
商人子弟「ふむ」
153 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/30(水) 22:08:43.16 ID:o0eNIb.P
商人子弟「でも、それは減って当たり前だろう?
説明に出てきたとおり、水分が抜けるんだから」
従僕「ええ、そうなんですけれど、
どれくらい減るかですよね。
いろいろ聞いてみたんですけれど、
ミルクを鍋に10杯用意すれば、
1杯分のチーズが出来るみたいです」
商人子弟「1/10か」
従僕「でも、市価で言うと、
チーズは同じ重さのミルクの30倍くらいの
値段で売れているんです。
1/10なら、値段は10倍で良いはずでしょう?」
商人子弟「ふぅむ、つまりその余剰部分は、
人件費とか、他の材料費とか何だろうな。運送費とか」
従僕「えーっと、それもあるんですけれど、
大きいのは熟成にかかる費用なんです」
商人子弟「熟成……」
従僕「つまり、チーズは冷暗所で熟成させなければ
ならないでしょう?
農家の人から見るとミルクを仕入れてチーズを作っても、
すぐにはお金にはならないんです。
お金になるのは、半年から二年ほどたったあと。
しかも、そのころまでチーズが無事かどうかは
判らないし、チーズの値段が上がっているか
下がっているかも判らないんです」
商人子弟「ふむ」
155 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/30(水) 22:11:46.49 ID:o0eNIb.P
従僕「ぼくの調べたところ、チーズを作るって言うのは、
ずいぶん、なんていえばいいのか……。
宝くじを買うようなものみたいなんです。
だから大きくいっぱい作るわけには、行かないみたいな」
商人子弟「ふむ。で?」
従僕「で、考えたのはこれです」
ごそごそ
商人子弟「ふむふむ」
従僕「この紙に書いたんですけれど……」
商人子弟「これは、保管所だな?」
従僕「です。……えっと、えっと。
塩水につけてあとは塾生を待つだけのチーズを、
“販売後の価格の6割”を基準に買い取るんです。
そうすれば、チーズを作った人はチーズを作った
次の週には現金を受け取ることが出来ますよね?」
商人子弟「そうなるな」
従僕「で、この保管所の人は、一定期間、チーズを
裏返したりして管理して、出荷時期が来たら販売するんです。
この保管所のお店にはいつでもチーズが並ぶことになるし、
材料調達や製造のための人手や道具、技術は必要ないです。
どちらかというと、管理業務に近いです」
158 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/30(水) 22:18:03.27 ID:o0eNIb.P
商人子弟「でも、管理の途中で虫食いが発生したりして
トラブルが起きたら、チーズはダメになっちゃうだろう?」
従僕「ですです。だから6割で買い取りなんです。
4割は、利益率と考えるのがおかしくて、
これは、危機とか、保険とか……」
商人子弟「リスク?」
従僕「です。そのりすくの、費用です。
ポイントは、数です。
つまり、何ヵ所かの保管所を作ってチーズを熟成のあいだ
保存することによって、そのりすくを低下させるんです。
一個一個のチーズはダメかも知れないし、
無事出来るかも知れないし、美味しくできるかも
知れないでしょ?
小さな農家のおじさんは、チーズが四つ続けて失敗したら
次にミルクを買うお金もなくなっちゃうんです。
でも、一杯チーズを扱っていれば、全体の1/10が
失敗しても、それは他の成功部分で吸収できますよね。
だから、ここではチーズを中間の価格で買い取って
売れた儲けで、平均化しようって言う考えなんです。
……あの、変なこと言ってますか?」
商人子弟「いいや、いいぞ。続けて」
159 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/30(水) 22:19:03.93 ID:o0eNIb.P
従僕「この買い取り価格は、いまとりあえずで6割って
決めてありますけれど、
これはこの数式にいままでの市場価格を代入した
だいたいの数字です。もし、チーズが沢山ダメになるなら
この買い取り価格の割合を下げればいいし、
成功率が高いのなら上げればいいですよね?
えと、これはですね……んっと」
商人子弟「代替え的な意味で、金利なんだな」
従僕「はいです! で、もっとあるんです。
今後はこの価格を元に、納入してくれる農家さんの
チーズのおいしさとか、売れ具合とか、
その年のチーズの多さとか少なさを入れて
細かく買い取り価格を分けてゆくと良いと思うんです」
商人子弟「ふむ、そのこころは?」にこり
従僕「だって、美味しいって褒めてもらえたら
それで“チーズ一等賞まーく”とかもらえたら
頑張ってもっと美味しいチーズを作るでしょう?」
商人子弟「よーし。良くできたぞ」くしゃくしゃ
従僕「ふふふーん」にこにこ
商人子弟「なかなか優秀になったじゃないか!」
従僕「ですか? ですか? ご褒美ですか♪」
商人子弟「ご褒美は次の課題だ」
従僕「……」ピシッ
商人子弟「次も難問。……そう。長靴だな」
175 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/30(水) 22:51:14.88 ID:o0eNIb.P
――開門都市、改築された酒場
ちりんちりーん♪
勇者「おぃーっす」
魔王「おい。いいのか?」
勇者「いいんだ、気安い店なんだ」
有角娘「いらっしゃいませー♪」
酒場の主人「おー。これはこれは、黒騎士の旦那じゃ
ありやせんか。さぁさぁ、こっちへどうぞ!」
勇者「な? 顔なじみなんだよ」
有角娘「何を飲みますかー?」
魔王「あー」
勇者「冷たいエール二杯ね」
がやがやがや
魔王「わたし決めていないぞ」
勇者「これがお約束なの」
魔王「そうなのか。……わたしは、その。
この種の酒場には初めて入ったぞ」
勇者「そうなの?」
魔王「必要がなかったからな」
有角娘「おまちどうさまー!」 ドドンッ!
176 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/30(水) 22:52:57.95 ID:o0eNIb.P
魔王「あ、ありがとう」
勇者「さぁ飲むかっ! 今日は飲みまくるぞ」
魔王「う、うん。代金は良いのか?」
勇者「あとでまとめて払うんだよ。
……メイド長いないと、ほんっとに常識的なことは
判らないんだなぁ、魔王は」
魔王「すまん」
勇者「しょげるなよ。せっかく旨い物くいにきたんだし」
魔王「そうだな」
勇者「かんぱーい!」
魔王「かんぱい」
がやがやがや
人間商人「おーい! こっちに葡萄酒くれ! ビンで!」
魔族商人「それから羊の焼き串を二本だ!」
勇者「何食おうか?」 魔王「わたしは何を食べればいいのだ?」きょときょと
勇者「おっちゃーん、何があるの?」
酒場の主人「なんでもあるが、今日はパンを焼いたぞ。
馬鈴薯もあるし、羊も潰したな。卵は新鮮なのがあって
キャベツの漬け物もあるし、ベーコンもソーセージもある。
ソーセージは最近人気の、呼称と軟骨の入ったヤツだ」
勇者「じゃぁ、それ。それから、チーズな。
んで、岩塩振った羊肉の軟らかいところと、
野菜の壺煮に、リンゴも」
179 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/30(水) 22:54:31.80 ID:o0eNIb.P
酒場の主人「あいよう! 順番は適当でいいよな」
勇者「任せるよ〜」
魔王「な、なんだ。勇者、手慣れているではないか」
勇者「そりゃ勇者だもの。あちこち旅してるから」
がやがやがや
魔王「そうか……。混んでいるな」
勇者「ああ、この店は結構人気があるんだ。
開門都市が人間に攻略する前からの老舗だし、
商売は堅実で、料理の味は良いときてる」
酒場の主人「おうおう、褒めてくれてるじゃねぇか。
おらよぅ、まずはチーズと、ソーセージだ。
たっぷり盛っておいたからな」
魔王「ありがとう……」
勇者「何かしこまってるんだ?」
酒場の主人「はははっ! しかたあるめぇ!
きっと、このお嬢様はこういう下品な店には
慣れてねぇんだよ。この童貞小僧っ! がはははっ!
デートの店くらいは選びやがれってんだ!」
勇者「そんなに自分の店をこき下ろして
泣きたくならないのかよ、おやっさんはよっ」
酒場の主人「こきゃぁがれ。この店は、下品でいいんだよ。
街で働いているそう言う連中が酒と旨いメシを目当てに来る。
そう言う店なんだからよ」
181 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/30(水) 22:56:16.42 ID:o0eNIb.P
魔王「……」もぐもぐ
勇者「どうよ、最近」
酒場の主人「あー。いい感じだよ。
どうだい? 広くなったろ。区画整理とやらで
道が一本つぶれて、その分店を少し建てましたんだ。
金を借りることも出来たし、
最近じゃ、食料も安く入ってくるようになった。
人が増えてるんだな、日々の稼ぎも何とかだ」
勇者「そっか。なら良かったよ」
酒場の主人「黒騎士さまのお陰って感謝もしてるんだぜ?」
勇者「よせやい」
有角娘「お代わりいかがですかー?」
酒場の主人「だ、そうだ。どうだい?」
勇者「おい、次は何を飲む?」
魔王「えーっと、その」
有角娘「葡萄酒とかいかがですか?」
魔王「じゃぁ、それ」
勇者「二つ頼むよ」
有角娘「うけたまわりましたぁ♪」
酒場の主人「まあ、ゆっくりしていってくれ!
羊が焼けたら運んできてやるよっ」
184 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/30(水) 23:01:41.33 ID:o0eNIb.P
がやがやがや
人間商人「塩はどんなあんばいだ」
魔族商人「儲かるって言えば儲かるが、安定してきたし
以前のように金塊を運ぶって感じではないな」
紋様店主「いやいやいや、大変ですよ。あははは」
旅の傭兵「そう言うこともあるかも知れぬなぁ!」
がやがやがや
魔王「――」きょろきょろ
勇者「どうした? ぽやんとして」
魔王「え、あ」
勇者「?」
魔王「う、うん」
勇者「もしかして、不味かったか?」
魔王「違うぞ。このソーセージはすごく美味しい」
勇者「じゃぁ、こういう店は苦手か? ごめんな」
魔王「いやっ。そんなことはないっ。ただ、その。
はじめてで。こんな風に賑やかで、楽しそうで。
そうではないかと思っていたが、やはりわたしは
世間知らずなんだな」
勇者「そっか」
187 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/30(水) 23:03:44.98 ID:o0eNIb.P
獣人狩人「今年の毛皮はよく売れた。これで土産が買える」
人間商人「では碧玉なんてどうです?
気になる娘さんに上げれば、2人の仲も進むこと
間違いなしですよ。あるいは鉄の鍋などは?
足がついていてどんな所でも使えますしね」
がやがやがや
魔王「――」
勇者「ん?」
魔王「あれらは、何を話しているのだろう?」
勇者「いろーんなことだよ。
ほら、あそこにいる獣牙の男は森から毛皮を売りに来たんだ。
彼はよい年頃だから、そろそろ独り立ちの時期なんだろう。
剣の鞘もまだ新品同然だし、随分ほっとしているな。
多分1人で街に毛皮を売りに来たのは
初めてなんじゃないかな? 良い値段で売れたんだろうな。
俺はあんまり詳しくないけれど、彼はこれで儲けをもって
集落に帰れば、一人前だ。結婚も認められるようになる」
魔王「そうか。……わたしは獣牙の政治や経済規模や
人口統計や支配者には詳しい。
文化だって一通りは知っているつもりだ。
だからそうやって説明されている通過儀礼としての
行商だって知ってはいるけれど、見たのは初めてだ」
勇者「うん」
有角娘「野菜の壺煮ですよ〜♪ どうぞ」
魔王「暖かそうだ」
有角娘「暖かくて美味しいですよ! 召し上がれ」にこっ
188 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/30(水) 23:05:49.61 ID:o0eNIb.P
勇者「あんがとさんっ!」
有角娘「いえいえっ」
魔王「……」こくっ、こくっ
勇者「美味いなぁ! もきゅもきゅ」
魔王「うん」
勇者「?」
魔王「いや、美味しいな。……それに」
勇者「……」
がやがやがや
水竜娘「あははははっ。お上手です」
旅の詩人「いえいえ、真心のみですよ」
魔王「みんな、楽しそうだ」
勇者「そうだな」
魔王「顔を真っ赤に火照らせて、笑っている」
勇者「酒場だし、そんなもんだよ」
魔王「そうなのか? でも」
勇者「もぐもぐ」
魔王「なんだか、すごいなぁ……。
胸の内側が、思いであふれそうな気分だ」
勇者「もきゅもきゅ」
191 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/30(水) 23:08:23.23 ID:o0eNIb.P
酒場の主人「ほいきた! こんどは子羊の網焼き、
岩塩とハーブ、タマネギ添えだ。
――ん、どうした?」
魔王「ご主人。ここの料理は美味しい」
勇者「へ?」
酒場の主人「おやおや、どうしたってんだ、
美人のお嬢さんに褒められちまったよ。こりゃまいるな!」
魔王「いや、嘘偽りのない気持ちだ」
勇者「そりゃ、茹で馬鈴薯10連発のあとならなー」
酒場の主人「ま、いいやな! よし、葡萄酒をもってこい!
この2人に一杯ずつ注ぐんだ!
この方は魔王様直属の黒騎士殿なんだぞ!
考えてみれば、童貞でこれはすごいことだ!」
勇者「やかましいわっ!」
酒場の主人「我が店の最も栄誉ある常連様だ。
なんたって、あの解放作戦を
この店で計画してくだすったんだからな!」
魔王「そうなのか?」
勇者「まぁ」
獣人狩人「そうなのか? 黒騎士殿なのか!?」
人間商人「なんてこったい!
こんなところでお目にかかるとは!」
魔族商人「魔王様は大丈夫なんですけぇ?
なんでも大会議でお倒れになったと聞きましたが」
紋様店主「おかげさまで、私たちは商いを続けさせて
もらってますよ! 魔王様には感謝してるんです」
196 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/30(水) 23:12:00.20 ID:o0eNIb.P
魔王「え、あ……。あっと」
勇者「……よし」 ガタン!
有角娘「え? え!?」
酒場の主人「ほほう!」
勇者「あー! 聞いてくれ諸君っ!!
確かに俺は魔王直属の騎士、魔界の剣、黒騎士だっ!
心配には及ばぬ。確かに狂賊の一矢に魔王は倒れたが
その傷もすっかり癒えて、今日も魔王城からこの魔界
全ての平安の繁栄を祈っている!!
この魔王直轄地、開門都市を見ろっ!
人間と魔族が互いに杯を干し、喧嘩をしながらも
仲良くやっている。様々なものを売り買いしてなっ!
おやじぃ!」
酒場の主人「あいよぅ!!」
勇者「全員に好きなものを注いでくれっ!
最初の一杯の上がりは俺が持つぜ!
さぁみんな、杯を掲げろっ! 魔王様に乾杯だ!
あの方は喧嘩は弱いが、皆を気にかけることでは
並ぶものがないぞ! その一杯が魔王の力となることを
願って杯を干してくれっ!」
有角娘「あわあわ」ぱたぱた「どうぞ、こっちもどうぞ」
「「我らが魔王に栄えあれ! この地に永久の平安あれっ」」
202 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/30(水) 23:23:36.96 ID:o0eNIb.P
――蔓穂ヶ原にほど近い廃砦
器用な少年「ほれ、これで、こうやって、こうよ」
ガチャリ!
貴族子弟「ほほう。見事です」
傭兵の生き残り「うまいもんだ」
器用な少年「へっへーん!」
貴族子弟「いや、誰にでも取り柄があるものですね」
傭兵の生き残り「ははは」
器用な少年「くそぅ! お前ら今に見てろよ」
貴族子弟「褒めているのに」
傭兵の生き残り「いいじゃねぇか。坊主。
暖かい服も買ってもらったし、
メシも食わせてもらってるんだろう」
器用な少年「これは正統な報酬ってヤツだ!」
貴族子弟「そうそう。報酬です。貸し借りはない」
器用な少年「なっ。こう言っている」
貴族子弟「ただし。故郷の敵討ちのチャンスを
与えられたという意味で、まともな道義心のある少年ならば
当然のように感謝をするでしょうがね」
器用な少年「……それは、してる」
203 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/30(水) 23:25:24.32 ID:o0eNIb.P
貴族子弟「よろしいでしょう。
しかし、はぁ……。こりゃしつけは大変だ」
器用な少年「はぁー!?」
貴族子弟「いえいえ、こちらのことですよ。少年」
傭兵の生き残り「俺たちも良いんですかい?
隊長もいなくなっちまったのに」
貴族子弟「あなた方の隊長はわたしの依頼を
一分の隙無く果たしてくれました。
今度はこちらが契約を守る番です」
傭兵の生き残り「ならありがたいけどな」
器用な少年「よー。あんちゃん。こんな場所で良いのかよ?」
貴族子弟「ええ、逆に私たちの国に運び込んだら
きっと発見されてしまいますよ。監視されていると
思って間違いないでしょう。敵も馬鹿じゃない。
それに……。ずいぶんな量でしたからね」
傭兵の生き残り「そうですな。へとへとだ」
器用な少年「ところで、あれはなんだったの?」
貴族子弟「硝石です」
傭兵の生き残り「……宝石にしては汚かったな」
器用な少年「ただのくず石じゃねぇの?」
貴族子弟「ただのくずでで終わって欲しいですね」
222 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/30(水) 23:59:02.59 ID:o0eNIb.P
――開門都市近郊、虹の降る丘
さくっさくっ
魔王「……」
勇者「……」
魔王「……うー」
勇者「起きたか?」
魔王「……起きた」
勇者「大丈夫か? そろそろ転移できるけど」
魔王「ダメだ」
勇者「は?」
魔王「いま転移したら終わってしまう」
勇者「ええと」
魔王「魔王の威厳も乙女のイメージも勇者との関係も終わりだ」
勇者「またまたぁ」
魔王「ううっー。とにかく今はダメだ」
勇者「わぁったよ。降ろそうか?」
魔王「うん」
勇者「ほい。……平気か?」
223 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 00:00:15.32 ID:chcZF3wP
魔王「割とダメだ」
勇者「あー」
魔王「お水あるかな」
勇者「持たせてくれたけど。親父は手回しいいなぁ」
魔王「……こくん、こくんっ」
勇者「……」
魔王「ううう。頭がぐらぐらするぞ」
勇者「相当飲んだものな」
魔王「魔王にあるまじきていたらく。
今なら理解できそうだ。
三軸以外の戦闘機動というものを。
ああ。世界は他にも次元があるのだなぁ」
勇者「何を言っているんだ」
魔王「首から上がデフレで、首から下はインフレなんだ」
勇者「なんだか良く判らないけれど、
凄まじい状態だって事は判った」
魔王「勇者に掴まってないと、世界から落ちる」
勇者「思うぞんぶん掴まっててくれ」
魔王「助かる、勇者」
勇者「酔っぱらいの開放くらいだぞ、俺が感謝されるのって」
225 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 00:01:11.17 ID:chcZF3wP
魔王「そんなことはないのになぁ」ぐてん
勇者「おい、夜露で濡れるぞ」
魔王「ひんやりして気持ちがよい」
勇者「まったく」
魔王「メイド長がいないから怒られないのだ」
勇者「そうだけどさ」
魔王「勇者勇者」
勇者「ん?」 ぷす
魔王「ふふふ。ひっかかった頬つっかい棒〜」
勇者「子供か、魔王は」
魔王「やけに愉快な気分だ」
勇者「子供ではなく酔っぱらいだった」
魔王「だって美味しかった」
勇者「美味かったな」
魔王「それに、乾杯してもらえた」
勇者「うん、そうだな」
魔王「……」
勇者「……」
魔王「ふふふふふっ」
226 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 00:02:29.12 ID:chcZF3wP
勇者「どうした、突然」
魔王「無敵感満タンだ!」
勇者「機嫌治ったのか? 煮詰まり治ったか?」
魔王「うん、どっかにいってしまった」
勇者「そりゃ良かった」
魔王「あとはもふもふで完璧だ」
勇者「それは今度な」
魔王「けち」
勇者「濡れちゃうだろう」
魔王「けちけち勇者」
勇者「やっぱ、酔っぱらいだな」
魔王「あれを見ろ、勇者っ」びしっ
勇者「そんなのに引っかかるかよ。そういうのは
百万回くらい爺に騙されてるんだっての」
魔王「いいからっ」
勇者「なんだってんだよ」
魔王「虹が、降っているよ?」
勇者「ああ……」
魔王「綺麗だろう?」にこり
勇者「ああ」
227 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 00:04:13.15 ID:chcZF3wP
魔王「やっぱり負けるのはダメらしい」
勇者「うん」
魔王「わたしはこれから、計画の練り直しだ。
マスケットを敵に与えてしまったのはわたしのミスだ。
本来であれば、わたしは責任をとるために、
もっと強い武器を南部連合に提供しなければいけないと思う。
でも、それをすれば、死者の数はもっともっと増えてしまう」
勇者「ああ」
魔王「でも、わたしのそんな躊躇い……。
火薬を広めて良いのか悪いのかという躊躇いが、
マスケットを敵に量産させる結果を招いてしまったんだな」
勇者「……うん、そうだな」
魔王「なんのことはない。勇者に偉そうに講釈しておきながら
一番覚悟が出来ていなかったのがわたしだったというわけだ」
勇者「……」
魔王「何度でも思い知る。
やはりわたしは1人じゃ何も出来ない。
この件に関しても、もっと早くに相談すべきだったんだ。
彼女であれば、それを用いても被害を増やさない方法を
思いついたかも知れないのに」
勇者「うん」
魔王「吹っ切れた。
わたしもこの件から逃げ回るのはやめよう。
女騎士と話し合うべき時期が、来たのだと思う」
269 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 18:37:08.36 ID:chcZF3wP
――鉄の国南部、辺境の森の中
ガササッ。ガササッ。
鉄国少尉「もう少し先ですね」
衛門案内兵「そうです」
鉄腕王「……」
軍人子弟「王よ、そんなに気むずかしい顔はしないでござるよ」
鉄国少尉「そうですよ」
鉄腕王「うむ。しかし……」
ガササッ。ガササッ。
衛門案内兵「この谷をお借りしています」
鉄腕王「ふむ」
ザッザッザッ
衛門案内兵「鉄の国の王をご案内しました」
ガサッ
東の砦将「ご苦労さん」
軍人子弟「ふむ」
鉄国少尉(随分出来る気配の人だな……)
東の砦将「色々お礼を述べなければなりませんが、
あちらに天幕が張ってあります。ご案内しましょう」
271 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 18:40:16.01 ID:chcZF3wP
――鉄の国南部、辺境の森、獣人族の大天幕
バサッ
鉄国少尉(ふむ……)
東の砦将「こちらにどうぞ。……あー。
すいませんね、根ががさつなやつらばかりなもので。
おい、飲み物をお持ちしろ」
獣牙戦士「はっ」
軍人子弟「いや、お気になさらず、楽に。
拙者達も軍人でござるから。
礼儀作法にこだわりはないでござるよ」
東の砦将「そう言っていただけると助るな。
いや、生まれが悪いもんで言葉遣いは勘弁してくれ。
俺は、東の砦将。もとは第二回聖鍵遠征軍参加の
傭兵で、そのあとは長い間開門都市の駐留部隊の
分隊長をやっていた。
運命の変転だか数奇な偶然だかに巻き込まれて、
いまでは開門都市自治委員会のとりまとめ、
九氏族の一つ、衛門族の長をやっている。
今回の蒼魔討伐作戦では、左府将軍を仰せつかった」
銀虎公「我の名は銀虎公。
魔界の九氏族の一つ、獣牙一族の長。
今回の戦いでは、右府将軍を務めるものだ」
鉄国少尉(……こっちの将軍は、すごい闘気だな)
273 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 18:41:49.99 ID:chcZF3wP
軍人子弟「拙者は鉄の国の護民
卿を拝命している
軍人子弟と申す者でござる。 先だっての蔓穂ヶ原の戦いでは副司令官を
つとめてござった。
こちらにいらっしゃるのが、鉄腕王。
この鉄の国の王にして、南部連合首脳でござる。
本日は、南部連合の代表としてこの会見に
参加しているでござるよ」
鉄腕王 こくり
銀虎公「まずは、この場を借りてお礼を申し上げる。
蒼魔族は我ら魔族にとっても魔王殿に弓引く逆賊。
その討伐のために軍の通行を許可いただいた。
我らは恩義を感じている」
東の砦将「魔族の勢力争い、いわば内輪もめの
とばっちりを人間界にかけたことに関しても
氏族は謝意をもっている」
鉄腕王「……」
軍人子弟「王。鉄腕王。……意地張っている場合
じゃないでござるってば」
鉄国少尉「そ、そうですよっ」
鉄腕王「……」じぃっ
銀虎公「……」じっ
276 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 18:44:25.10 ID:chcZF3wP
鉄腕王「……今回の戦いでは、獣牙一族も
大きな犠牲を出したと聞くが」
銀虎公「たしかに。人間の乱入軍のもつ
得体の知れない武器に傷つき倒れた者もいる。
しかしいずれの獣牙の勇者達。雄々しく散ったのだ」
鉄腕王「心中お察しする」
銀虎公「……」
東の砦将(ふぅ……)
軍人子弟(何とかなったでござるか)
鉄腕王「この森は深い。未開の原生林だ。不便はないかね」
銀虎公「ない。我らは山野の民だ。ここは空気が美しく
過ごすのによい場所だ。提供してくれたことを感謝しよう」
軍人子弟「食料はどうですか?」
東の砦将「あっちから持ってきたものがある。
あと箱森で、猪だの鹿だのを多少とらせてもらえば
それで間に合うはずだ。なんにせよ、長居するつもりもない」
鉄腕王「では、後ほど、いくつかの物資と酒を届けさせよう」
銀虎公「かたじけない」
鉄腕王「では、行くぞ」がたり
278 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 18:45:38.97 ID:chcZF3wP
東の砦将「いやいやっ。せっかく来ていただいたんだ」
軍人子弟「そうでござるよ。この機会に詰めておくべき事も」
鉄腕王「互いにともがらを失ったのだ。
それを送るには、今少しの時間と酒がいるだろう。
われら鉄の国は武の国だ。武には武の礼節がある」
銀虎公「……」
東の砦将「……」
軍人子弟「そう……で、ござるね」
東の砦将「お気遣い、感謝いたす」
鉄腕王「それに細々しい外向的な用向きは
冬の女王と、そちらの外交使節団が片付けるだろうよ。
まだ魔族と急に握手をする気にはなれん。
多くの国民もそうだろ。
しかし今度逢う時は、もうちょっと
わだかまり無く酒が飲める。そんな時代になるといいな」
銀虎公 こくり
東の砦将「……」
鉄腕王「では、行く」
ざっ
銀虎公「獣牙の戦士を、槍を掲げてお送りしろ」
獣牙戦士「はっ」
獣牙戦士「戦士の一族の魂に慰めあれっ」
282 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 19:17:36.57 ID:chcZF3wP
――冬越しの村、湖畔修道院、院長の私室
女騎士「ふむ……」
魔王「覚悟は決めた」
メイド長「まおー様も立派になられて」うるっ
女騎士「で、どうするつもりなの?」
魔王「それが全く判らない」
女騎士「……おいおい」
魔王「いや、私たちの一族は誰でもそうだが
基本的には自分の研究ジャンル以外には疎いのだ。
わたしは経済と言うことで、技術史や社会学にも
多少の知識はあるが、それでも専門からはほど遠い。
ましてや軍事学など専門外なのだ」
女騎士「そうか……。
魔王だからてっきりそっちの専門家かと」
魔王「とんでもない」
女騎士「だがしかし、マスケットとかは
魔王がアイデアをスケッチして、
鉄の国の技術者に施策を依頼したのだろう?」
魔王「そうだ。その情報が漏れて、
中央に伝わったとしか考えられない。
わたしは異端騒ぎで掴まっていたりしたからな。
そんなときに怖くなった職人の誰かから
聖教会へと漏れたのだろう」
メイド長「……そうですね」
283 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 19:19:59.35 ID:chcZF3wP
女騎士「これか」 かちゃり
メイド長「あら、手に入れたのですか?」
女騎士「戦場を捜索して何個かはな。
だが、やはり良く判らない。
説明をしてみてくれないか?」
ガチャガチャ
魔王「ふむ、思ったよりも軽いな。
工作精度の問題か……。
乱暴に説明をするとこのマスケットは、鉄の筒だ。
筒の中に、丸い金属の玉と、火薬を詰める」
女騎士「火薬というのは昔話していたあれ?」
魔王「そうだ。ガンパウダーだ。
この火薬という物質は、火を付けると激しい勢いで爆発する。
密閉された容器での爆発力は開放部分に集中するので、
高速で玉が飛び出す。言ってしまえばそれだけの仕掛けだ」
女騎士「聞いてみると随分単純な武器なんだね」
魔王「単純だが、要するに刃のついた棒を
振り回しているだけの剣や槍よりは複雑だな」
女騎士「それもそうか……。
で、このマスケットは武器としての性能は
どのようなものなの?」
魔王「正確なものは実験しなくては判らない。
と、いうものの、基本構造は今言ったように単純だが、
精度や工夫には様々な課題があるからだ」
284 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 19:21:25.50 ID:chcZF3wP
女騎士「……そうか」
魔王「だが、見た感じで言うと、
射程距離はおおよそ100歩くらいで、
威力は板金鎧を打ち抜くほどではないだろうか」
女騎士「たいしたものだ。石弓を上回るんだね」
魔王「そうだ。発射間隔は5分に一度から、
1分に一度程度まで、これは射手の練習度に大きく依存する。
命中精度もまた同じく射手次第だな」
女騎士「ふむふむ」
魔王「ただし、この長い筒を玉が駆け抜けていって
殆ど直線上に飛ぶし、矢よりも風の影響は受けづらい。
だから、素人が使うのならば、矢よりも命中率はいいはずだ」
女騎士「……」
魔王「それに、説明でうすうす想像もついているかと思うが
弓の反発力で矢を飛ばす長弓は、弓の大きさ素材が威力を
決める。つまり、引く力が威力に直結する。
石弓も同じ機構だが、クランクやギアなどで引く力を
肩代わりできる点が違うわけだな。
そこへゆくと、このマスケットは火薬の爆発力が
威力を決める。
力が強いものが使っても威力は増えないが、
逆に力が弱いものが使っても威力は減らない。
どんな痩せた小男であろうと、板金鎧を貫く力が手に入る」
285 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 19:22:45.86 ID:chcZF3wP
女騎士「だいたい、判った」
魔王「ふむ」
女騎士「この武器自体は問題じゃない」
魔王「そうなのか?」
女騎士「やっかいな武器ではあるけれど、所詮武器。
戦術を適切に立てれば、勝つことは難しくない。
だいたい射程の百歩だって、そこまではないと思う。
50歩もはなれたら、鎧で止まるのじゃないかな。
それに、命中精度は相当に低い。
司令官を狙うのなら熟練の長弓兵の方が期待できる」
魔王「そうなのか?」
女騎士「しかし、それは人数が等しい場合だ。
この武器がやっかいなのは、いや、そうじゃないな。
こんどの聖鍵遠征軍がやっかいなのは、
このマスケットの持つ考え方に正しく気がついて
運用してきた所にある。
つまり、“この発明は人間同士の力の差を小さくする”
って言う部分なんだろうな。
おそらくこのマスケットを配った10人の農夫と
10人の騎士が闘えば、10人の騎士が勝つだろう。
でも、30人の農夫ならば、農夫が勝つ。
騎馬の持つ力や重装甲の絶対的有利が
崩れてしまう武器なんだな」
魔王「……」
メイド長「……」
286 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 19:24:41.55 ID:chcZF3wP
女騎士「おそらくこの武器を最も有効に活用する方法は
平原における会戦で、歩兵の密集隊形からの射撃だろうな」
魔王「ふむ」
女騎士「……さて」
魔王「どうだ?」
女騎士「魔王が思いつく、この武器の弱点は?」
魔王「簡単な所では、着火機構だな。
火のついた縄を用いるせいで信頼度が低い。
つまり、発射しない時があるのだ。
それに射撃姿勢の自由度も失われる。
水平射撃が最も安定するな。
また、当然火を使うために水気に弱い。雨は大敵だ。
火縄を用いる構造上、完全な密集隊形はとりづらいと
言うこと点ある。
補給にも問題があるな。
火薬がないと無用の長物になるし、火薬は、たとえば
予備の矢の用に戦場で作るわけには行かないから」
女騎士「……そう言った機構上の弱点を改良する
方法はあるのだろう?」
魔王「うむ。それはフリントロックと言われている、
このマスケットの一段階進歩したタイプでな。
着火機構に火打ち石を使うことによりいくつかの
弱点を克服できることになる。密集率をより上げるとか」
女騎士「うーん。その情報も漏れている可能性は?」
魔王「否定は出来ない。けれど、量産はまだなんだろうな。
もし量産が成功していたら、
こんな旧式が沢山配備されているのはおかしい」
289 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 19:27:29.73 ID:chcZF3wP
女騎士「……まず、このマスケットを我が
南部連合でも大量に生産するというアイデアは却下だ」
魔王「そうか」ぱっ
女騎士「別に魔王の良心におもんばかっている訳じゃない。
けれど、このマスケットの一番の特徴は
“人数を戦闘力に置き換える”と言う部分だと思う。
だとすれば、同じマスケットと同じ戦法でぶつかり合えば
人数が多い方が勝ってしまう。
もちろん現場での用兵で寡兵が多数に勝つこともあるが
その場合でも、少数の側の被害を押さえることは難しい。
その“人数を戦闘力に置き換える”というのは
おそらく専門の軍人ではない、短期間の訓練を施した
即席兵を戦場にかり出すことで実現されるはずだ。
聖鍵遠征軍なんて、まさにそのためのお題目なんだから。
相手の得意な戦場で戦ってはだめだ。
三ヶ国は人工ではまだまだ中央国家に及ばないんだからな。
わたしは馬鹿だけど、それくらいは戦場の常識だ」えへん
魔王「そうだな。それでは意味がない」
女騎士「一番良いのは、兵糧攻めだ。
闘わずして勝つことが出来る。相手は数も多いしな」
魔王「それならば専門分野にも近い。多少は協力できるはずだ」
女騎士「だが、そうなると、今度は暴走が怖いんだ。
飢えて凶暴になった20万の軍が、自暴自棄になって
襲いかかってきたら、どんな国の軍だって
引き裂かれてしまう」
魔王「うん」
290 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 19:29:04.87 ID:chcZF3wP
女騎士「それに戦場では常に想定していないことが起きる。
それをわたしは今回高い代価を払って学んだ。
兵糧攻めだけでどうにかなるなんて
甘い考えはよした方がいいな」
魔王「うん……」
メイド長「でも、マスケットの集団と闘うのは
どうやっても犠牲が大きくなりすぎますよね……」
女騎士「……」
魔王「……」
メイド長「……」
女騎士「魔王、威力は力には依存しないと言ったけれど
では火薬の量には依存するのか?」
魔王「おおむねそうだな。
火薬を増やし、火薬に耐えうるだけの筒の強度を保証し
玉の大きさを大きくすれば、当然威力は上がる」
女騎士「威力が上がれば射程も伸びるか?」
魔王「当然な。だが、まぁ、玉も重くなるから
火薬を二倍にすれば二倍、と言うわけにはならない」
女騎士「射程だけを増やす方法はないのか?」
魔王「射程……」
女騎士「相手と同じ戦場で戦うのは、
無意味であるばかりか有害だ。
で、あるならば、同じ戦場にいるべきではない。
そうだろう? 射程があれば、それが可能だ」
魔王「射程……か」
314 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 20:38:23.39 ID:chcZF3wP
――開門都市、『同盟』の商館
がやがや
辣腕会計「ふぅ」
同盟職員「一通りの手紙の処理は終わりましたかね?」
火竜公女「あとは、私的なものだけですゆえ」
辣腕会計「転移魔法ももうちょっと気楽に
使えればいいんですけれどね。
週一回で、小包程度じゃ貿易には使えない」
同盟職員「それでも、無ければ連絡だけで
大変な手間になってしまっていましたよ」
火竜公女「その辺は追々工夫してゆかぬといけませぬね」
辣腕会計「委員からの手紙は無かったんですか?」
同盟職員「へぇー」にやにや
火竜公女「私的に手紙をもらうような関係では
ありませぬゆえ、当たり前です」ぷいっ
辣腕会計「そう言うことにしておきましょうか」
同盟職員「あれ、じゃぁこれは?」
火竜公女「ああ。これは妾の文通相手です」
316 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 20:40:05.48 ID:chcZF3wP
辣腕会計「へ? 文通?」
火竜公女「ええ。妾の大事な薔薇水晶の角を触らせた
おのこですゆえ。慕ってきて可愛いのです」
辣腕会計「えーっと」
同盟職員「内緒にしておきます?」
辣腕会計「記憶にあるような無いような」
同盟職員「進んでいるなぁ」
火竜公女「ふぅむ」
「こんにちは!
火竜の公女さま。お仕事いかがですか?
冬の国では、いま、一年で一番良い季節を迎えています。
夏なので馬鈴薯が沢山取れて、毎日王宮にも運ばれてきますし
食卓も彩り豊かです。ことしは、カブがとても豊作でした。
だから、豚さんもいっぱい食べて元気です。
この間。鉄の国で痛ましい戦争がありました。
商人先生は毎日難しい顔をしています。
ぼくは毎日帳簿の整理と清書をしています。
最近では、6桁の暗算も出来るようになりました。
毎日やるとすごく早くできるようになりますね。
でも、まだ先生には内緒です。
公女さまは、また冬の国に来ませんか?
はちみつのお菓子の新しいのがとても美味しいのです」
317 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 20:41:19.03 ID:chcZF3wP
火竜公女 くすくすっ
「えっと。それで。
この間、考えてもらったチーズの作戦は
やっぱり公女さまの言うとおりでした。
一生懸命調べたら、担保になる期間がありました。
担保と蒲公英って似てますよね?
熟成っていうんですよ。
公女さまは知ってらっしゃいましたか?
一緒に入れたのは立ててみた計画です。
先生にはお褒めいただきました。
でも、先生は意地悪なので、ご褒美ではなくて
また新しい課題を出してきたんです」
火竜公女「おやおや」
「今度は長靴です。僕たちは、柔らかい皮で作った
長靴を履きます。たいていの人は、靴を二足もっています。
長靴と、夏用の短い靴ですよ?
貴族の人はもっともっていますけれどね。
冬には、フェルトや毛皮で作った外靴を履いて
雪や寒さを防いだりします。
靴は大事なので、寝る時はベッドの下にしまいます。
村には裁縫の得意な人や専門の人がいて皮をなめしたり
靴の修理をしてくれます。新しく頼むのもこの人達です。
先生は、この靴をどうにかしたい、と言います。
本当は予算とか国の仕事じゃないんだけれど
今は人手が足りないのだそうです。
軍の人が履く、長い距離を歩いても疲れない靴って
ご存じないですか? 知ってたら教えてください。
またお手紙します。公女さまとお菓子が食べたいです」
辣腕会計「……楽しそうですね」
火竜公女「なかなかにな。
苦労しているさまが目に浮かぶゆえ」くすくす
318 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 20:43:55.08 ID:chcZF3wP
同盟職員「良く判りませんね」
火竜公女「商売の種は何処に転がっているか
判らぬとは、本当にその通りよな」
辣腕会計「儲け話ですか?」
火竜公女「“儲かる話に化けさせる”ではないかの?」
辣腕会計「ははは。呑み込んできましたね」
火竜公女「この都市には腕の良い靴職人はいるかや?」
辣腕会計「それは探せばいるでしょう」
火竜公女「今年は獣の皮が随分取れていると聞きますゆえ」
辣腕会計「ええ、鹿に猪、それから氷蛇。季候も良かったし
大きなは戦もありませんでしたから」
同盟職員「そう言う意味では、仕入れ時かも知れないですね」
火竜公女「それにしても行軍用の靴、か」
辣腕会計「面白い話かもしれません」
同盟職員「そう言えば、魔界の靴は出来がいいですね」
火竜公女「靴底すらない人間界の靴が
おかしいように妾には思える。
あれでは厚手の革製靴下ではないか」
辣腕会計「でも、あっちではそれが普通ですしね」
同盟職員「これは確かに商売になるかも知れないな」
324 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 21:08:27.40 ID:chcZF3wP
――冬越しの村、村はずれの館、厨房
ぐらぐら、ぐらぐら
魔王「沸騰したぞ、勇者」
勇者「ここで塩をひとつまみ」
魔王「こうか」 どさっ
勇者「それはひとつかみじゃないか?」
魔王「む。違うのか?」
勇者「同じだろう。塩は塩だ」
ぐらぐら、ぐらぐら
魔王「うむ。大差はあるまい、で?」
勇者「そこのソーセージを入れる」
ちゃぷん、ちゃぷん、ぐらぐら
魔王「で?」
勇者「次は、切ったキャベツも入れる」
魔王「ほほう。切るとは?」
勇者「俺がやるよ」シャキーン! ひゅばんっ!
ぼちゃ
魔王「完璧ではないか」
勇者「ああ、自分が恐ろしいぜ」
327 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 21:11:03.29 ID:chcZF3wP
魔王「これでいいのか? もう食べられるのか?」
勇者「いや、まて。じっくり茹でて加熱する。
おおよそ5分茹でるべし、とある」
魔王「5分か」そわそわ
勇者「うん、5分だ」
魔王「もういいかな?」
勇者「そんなに早いわけがあるかっ」
魔王「時間が判らないではないか」
勇者「しかたないなぁ。……いーち、にーい、さーん、しー」
魔王「……」わくわく
勇者「にじゅうごーにじゅうろくーにじゅうしちー」
ぐらぐら、ぐらぐら
魔王「かき回してみるか」ぐるぐる
勇者「さんじゅうしーさんじゅうごーさんじゅうろくー」
魔王「ああ、いい匂いだ」
勇者「ごじゅうにーごじゅうさんーごじゅうしー」
ガチャン
女騎士「なんだ。いるじゃない。……何をやってるの?」
魔王「いや、夕食の用意を」
勇者「ななじゅうはーちななじゅうきゅーはちじゅー」
330 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 21:12:31.17 ID:chcZF3wP
女騎士「なんで?」
魔王「この間から非情に貧しい食事を続けていてな。
それをメイド長にぼやいた所、レシピを押しつけられて
最低限出来ないとどうにもならないので学べ、と……」
勇者「ひゃくいちーひゃくにーひゃくさんー」
女騎士「それはもっとも。――メニューは?」
魔王「茹でソーセージとキャベツ。あと、パン」
女騎士「そうか。失敗のしようもないね。
で、勇者は何をやっているんだ?」
勇者「ひゃくにじゅうにーひゃくにじゅうさーん」
魔王「ああ、数字を数えているのだ。
茹で時間を計らねばならぬからな」
ぐらぐら、ぐらぐら
女騎士「適当ではまずいのか?」
魔王「適当っ!? 我らに適当なものを
食べさせようというのか」
女騎士「いや、料理って適当なものだろう」
魔王「そんなことはない。完璧なハルモニアとは
完璧な準備と計算、そして連携に基づくものだ」
女騎士「そうなのかなぁ」
ぐらぐら、ぐらぐら
333 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 21:14:27.99 ID:chcZF3wP
勇者「にひゃくにじゅうにーにひゃくにじゅうごー」
女騎士「随分湯が少なくなってきていないか?」
魔王「蒸発したのだろう。水分が気体となって
空中へと拡散するのだ。理論的に正しい現象だ」
女騎士「煮詰まってるんじゃないの?」
魔王「いいや、蒸発だ。科学的な帰結だ」
女騎士「ふむ」
勇者「にひゃくさんじゅごーにひゃくさんじゅろーく」
ぐらぐら、ぐらぐら
魔王「そろそろかな」
勇者「にじゃくよんじゅーにひゃくよんじゅういちー」
女騎士「皿を出さなきゃまずいのではないかな」
魔王「はっ。そう言えばそうだ」
勇者「にひゃくななじゅうろくーにひゃくななじゅうしちー」
魔王「勇者、300で火力停止だっ!」
勇者「心得たっ! “氷結呪”っ!」
パリーン!!
345 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 21:23:11.22 ID:chcZF3wP
魔王「完成だ」 きゅるるー
勇者「ああ、長い戦いだったぜ」 ぎきゅるるー
女騎士「……」
魔王「さぁ、食べようではないか。勇者!
この勝利を分かち合うのだ」
勇者「おう! 魔王! 女騎士もどうだ?」
女騎士「い、いや。わたしは結構だ。
見過ごしてしまった良心の疼きは感じるが
メイド長の教育の過程を邪魔したくはない」
魔王「そうなのか? いただきまーっす。あむっ」
勇者「いっただっきー! ばくっ」
魔王「……」
勇者「……」
魔王「うぐっ。なんでこんなに辛いのだ」
勇者「塩が、塩がっ!?」
女騎士「塩を入れすぎだろう」
魔王「まさかっ? 指示通りだったはずだ」
勇者「常識を越えた味だぞ」
魔王「ううー。水をくれ」
女騎士「やれやれ」 とぽととぽ
勇者「俺にもだ」
347 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 21:24:28.44 ID:chcZF3wP
女騎士「ああ。見てられない。貸してっ」
魔王「へ? 食べれないぞ、こんなもの」
勇者「塩辛すぎだ。生まれるのが早すぎたんだ」
女騎士「だからって捨てたらもったいないだろう。
湖畔修道会は、質素、倹約、勤勉を説いてるんだし」
魔王「それはそうだが」
勇者「でも、さすがに食える味じゃないぞ」
女騎士「まぁ、多少は味が落ちるが仕方ない」
トタタタタタン
魔王「へ?」
女騎士「きざんで、水をかけて軽く塩を抜くだろう?
で、ベーコンの脂身を炙ったフライパンで炒めて
……このきざんだ塩ソーセージとキャベツの細切れを 入れてしまう」
じゃっじゃっじゃっ!
魔王「おおっ」
女騎士「火は調節するのが難しいから、
距離で加減するんだよ。火から離れれば弱火だ。
で、いい匂いがしてきたら、溶いた卵を六個入れる」
じゅわぁぁ〜♪
勇者「なんだか料理みたいだ!」
348 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 21:26:00.14 ID:chcZF3wP
女騎士「卵を入れたら蓋をして、
火から離してしばらく待つんだ。蒸らされるまでね」
勇者「いくつ数えればいい?」
女騎士「適当だよ。皿を出して待ってれば良い」
魔王「心得た!」
女騎士「ほら」 ぱかっ。ほわぁぁ〜。
魔王「美味しそうだ」
勇者「美味そうだ!!」
女騎士「……なんだか2人は意気投合しているね」
魔王「うむ。もう同居も長い。絆だ」
勇者「空腹者は特有の連帯感を覚えるんだな」
女騎士「一つ屋根の下か。……ハンデだなぁ」
魔王「まだ食べてはだめなのか?」
勇者「もういいだろう? 女騎士っ」
女騎士「まだだめだ。両手にフォークを装備してもだぁめ。
さらに、この固くなりかけのチーズを上から削ってかける。
これで完成。皿を持ってね。半分ずつとるから」
魔王「ううう」
勇者「いい匂いだなぁ」
350 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 21:27:04.61 ID:chcZF3wP
女騎士「最近は、仲がよいのかな?」
魔王「仲は最初から良い」
勇者「まぁ、そうだな。がっふがっふ」
女騎士「そうか……」 魔王「美味しいな。女騎士は料理も出来るのか」
勇者「そう言えば、昔も作っていたな」
女騎士「修道士は自分の面倒を自分でみるのが基本だし。
まぁ、パーティーで一番料理が旨いのは変態だった
わけだけど」
魔王「変態?」
勇者「冬の国の執事のことだよ」
女騎士「昔のことだ」
魔王「そうか?」
勇者「もっきゅもっきゅ♪」
魔王「ところで今日は、どんな用事があったんだ?」
勇者「オムレット作ってくれに来たんだろう?」
女騎士「あ、いや。うん、たいした用事じゃないから」
勇者「そなのか?」
女騎士「うむ。戦略的に見て出直そうと思う」
368 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 22:04:45.62 ID:chcZF3wP
――新生白夜王国、兵舎付きの執務室
王弟元帥「どうだ? あの軍を率いてみて」
灰青王「悪くはありませんね」
王弟元帥「ほう」
灰青王「確かに農民ゆえ、無統制になる局面がありますが
貴族の私軍とは違い、良くも悪くも素直ですな」
王弟元帥「マスケットはどうだ?」
灰青王「現状では、強力な石弓、しかし欠点も多い。
そういった感じです。提出した書面の方は?」
王弟元帥「読んである」
灰青王「あそこにも書きましたが、沼沢地での戦闘ですと
水気がある分、火薬が湿気ってどうしても不発が多くなる。
不発が多いと暴発などの事故にも繋がる。
負傷者のうち少なくない数が、
自分のマスケットで怪我をした事例になりますね」
王弟元帥「ふむ」
灰青王「面白み、はあります」
王弟元帥「面白みか」
灰青王「現在までの貴族軍での戦争は、
あまりにも貴族軍の連合体であると言う事実に縛られてきた。
今回の戦で、その盲目については気がつかされましたよ。
正直に言えば、戦争の覚悟のない農奴は、
やはり所詮農奴ですよ。臆病で身勝手だ。
しかし、そこに面白みのようなものがある」
369 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 22:06:44.40 ID:chcZF3wP
王弟元帥「現在の問題点は?」
灰青王「資料を」
秘書官「はっ」
灰青王「現場の指揮官としてでよろしいですね?」
王弟元帥「そうだ」
灰青王「まずは最初に、攻撃力の集中です。
これは戦場の広がりに対して
攻撃力を一点の集中させると言うことでもあるし
時間の広がりに対して、ある一瞬に攻撃力を
集中させると言うことでもあるわけですが、
これがなっていない」
王弟元帥「ふむ」
灰青王「古来この戦力集中については、兵士の質的向上。
つまるところ個人的な武勇の研鑽と、指揮官の采配に
素早くしたがうことが出来るか否かという点によって
改善されてきた歴史がある。
しかし今回のこの、元帥閣下の軍。聖鍵遠征軍においては
個人の武勇、と言う点にそこまで重きを置きたくはない。
そうでしょう?」
王弟元帥「ふふふっ」
灰青王「で、あれば練兵は指揮に従うためのものを
中心にそれだけをみっちりと仕込み、
攻撃集中力そのものの強化は、武器の進歩……。
いわば改良に期待をしたい」
371 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 22:09:13.78 ID:chcZF3wP
王弟元帥「ふぅむ」
灰青王「いかがです?」
王弟元帥「すでに新型マスケット、
フリントロックの作成は発注済みだ。
しかし、工作精度の問題で数が出そろうの先になる」
灰青王「かまいません。どうせ運用しながらでないと、
実戦訓練にはなりませんからな。
次の問題点は防御能力です」
王弟元帥「それは、書面でも触れられていたな」
灰青王「ええ、マスケットは一回撃ったらお終い。
もちろん再装填をすれば良い訳ですが、
混乱する戦場でそれだけの余裕を持つのが至難。
そして、撃った直後から著しい防御力の低下がある」
王弟元帥「うむ」
灰青王「これについては、王弟元帥がかねてから
提案なさっていたとおり、槍兵との連携運用で
解決がつきます」
王弟元帥「よかろう。ほかには?」
灰青王「マスケット単体の問題ではありませんが
参加している貴族達とのあいだの意識の乖離。
特に貴族側の、マスケット兵に対する嫌悪感と軽蔑。
これは問題です」
王弟元帥「貴族だからな」
灰青王「ええ。そうです。
しかしマスケット兵は、その攻撃力と数において
瞠目すべき点がありますが、あくまで農奴中心の部隊。
専門的な軍事訓練を受けたわけではない。
やはり高速で多様な軍事機動などは、
貴族の持つ騎馬兵力に頼らなければならないような
場面が今後も数多くあるでしょう。
それゆえ、現状貴族とも上手く付き合わなければなりません。
マスケットは無敵の兵ではないのですから」
372 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 22:10:48.20 ID:chcZF3wP
王弟元帥「その点について、何かの具申はあるか?」
灰青王「それは、今後、王弟元帥がどのような
国家を作っていくかの想定次第でしょうねぇ」にやり
王弟元帥「……ほぅ」
灰青王「今のままの体制を維持し、貴族と王族が
互いに助け合い、と言えば聞こえはいいですが、
牽制し合いながら民の上に君臨してゆくか、
王族が民を直接統治してゆく絶対王政を敷いてゆくか」
王弟元帥「……」
灰青王「現在の中央国家群は、国家乱立とは云え、
その実、教会による横のつながりの輪の中に囚われた
複数の馬のようなもの。その中で長兄たる聖王国の
影響力は消して小さくはないでしょうな」
王弟元帥「ふっ。戯れ言だ。我ら聖王国も
光の精霊の1人の信徒に過ぎない。
こたびの遠征軍も、諸王国、諸貴族、そして民の自由な 信仰心の発露によるもの……」
灰青王「ははははは。だが、その自由を許していては
反感も連携の不備もどうにもなりません」
王弟元帥「――ふっ。大主教がどのようにお考えかは
自ずと別として、わたし自身は今後も貴族は
必要不可欠と考えている。ただ、時代によって
その求められる資質が変わるだけなのだ」
373 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 22:12:43.43 ID:chcZF3wP
灰青王「そう言うことであれば、信賞必罰。
武門のよって立つ所にしたがいて、軍規をつくり
これに王族、貴族から率先して従うことにより、
民に範を示す。また貴族にはその働きに応じて
褒美を取らせる。
お定まりの手ですが、これを実行してゆけば
いずれは軋轢も少なくなりましょう。
本来的には同じ魔族と戦う軍なのですから。
傭兵が混じるとこの種の法はやっかいだが
元々我ら国家にとって傭兵は、兵力が足りない時の
予備兵力だった。今回の戦いでも、貴族の私兵としての
傭兵はあっても、聖鍵遠征軍として雇った傭兵はいない。
で、あれば問題ないでしょう。
問題ある貴族がいるのならば、その貴族は……
そう、おそらく――背教者なのだから」にやっ
王弟元帥「司令官が言うのであればそうなのだろうな」
灰青王「では、そのように軍規を改めましょう」
王弟元帥「期待しているぞ」
灰青王「今回の指揮で、マスケットの射程や、
その攻撃タイミング、クセなどはつかみました。
次回からの前線指揮は
より確実なものにしてご覧に入れましょう」
王弟元帥「それでこそ、霧の国の若き英雄王だ」
灰青王「ははっ」
377 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 22:26:35.46 ID:chcZF3wP
――冬の国、城下町の一軒家の前
「にゅーっほっほっほ、にょーほっほっほ」
女騎士「……」
「わ! これは素敵ですぞぉ!
ふくらみ、まろみ。淑女のレディですなっ!」
「もう、お怪我にさわっても知れませんよ?」
「いやいやいや。これがあるから治るのです。
そーっれ、ぱっふぱっふ」
「きゃ。うふふふ。ぱっふぱっふ♪」
女騎士「……」
「そーれもういっちょー♪」
「いやん、元気すぎ〜っ」
「ぱっふぱっふ。にょほほほ〜」
「うふふふっ。ぱっふぱっふ♪」
ガチャリ。
女騎士「失礼する」
執事「……」
看護の娘さん「……」ぴきっ
女騎士「あー。いい加減にした方がいいと思うぞ」
執事「なっ。なにもしておりませんぞっ!?」
383 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 22:29:45.44 ID:chcZF3wP
――冬の国、城下町の一軒家のなか
女騎士「もういいのか、爺さん」
執事「ごほっ、ごほっ。お気遣い無く。
わたくしはもう年老いた老兵に過ぎません。
老兵は死なず、ただ去りゆくのみ。
……あの葉が落ちる時には、この爺めも」
女騎士「なんで死にそうな爽やかさなんだ。
さっきまであんなに楽しそうだったのに」
執事「あれはですねっ。
全然全くやましい事など無いのですぞ!」
女騎士「“そーれもういっちょー”」
執事「なっ! ど、どこから聞いていたのですか!?」
女騎士「何も聞いてない……ことにしたい」
執事「とにかく何らやましい事はないのですぞ。
それどころかあの状況で奮い立たなかったら
男としてのやましさを感じること請け合いですぞ」
女騎士「全く、いつまでたっても年をとらないなぁ」
執事「にょっほっほっほ!」
女騎士「褒めてないからなっ」
執事「しょぼん」
384 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 22:30:43.62 ID:chcZF3wP
女騎士「でも、元気そうで安心した」
執事「まぁ、これでも鍛えていますからな」
女騎士「治癒術はしたのか?」
執事「ええ、大丈夫ですよ。お気遣いありがとうございます」
女騎士「これは見舞いだ。梨なんだが」
執事「嬉しいですね」
女騎士「剥いてもらうといいぞ。胸のでかい娘さんに」
執事「にょっほっほっほ」
女騎士「……胸のでかい娘さんになっ」
執事「こほん。いえ、ありがとうございます」
女騎士「……ふぅ」とさっ
執事「どうしました?」
女騎士「……じつは」
執事「……」
女騎士「……うん」
執事「なにかあったのですか?
勇者との仲を決定的にすべく、
この老爺の知恵でも借りに来たのですかな?」
女騎士「何で判ったのだ!?」
執事「年の功と申しますか、はははっ」
386 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 22:33:32.25 ID:chcZF3wP
女騎士「そうなのか?」
執事「女騎士が勇者にほの字なのは、
それもう、最初からばればれでしたからね。
にょっほっほっほっほ」
女騎士「そうか……」
執事「ええ、そうですよ。
一緒に旅をしていたあの当時から、あなたたち2人の
視線の先にはいつでも勇者が居ましたから。
とんだ迂闊の童貞ボーイですよ。にょほほ」
女騎士「2人?」
執事「いえ、それは何でもありませんよ。
ところで、何処まで進んだのですか?」
女騎士「どこまで?」きょとん
執事「勇者との男女の仲ですよ」
女騎士「ああ、剣を受け入れてもらった。
わたしはもう勇者のものなのだ」えへんっ
執事「……はぁ」
女騎士「何でため息をつくっ!?」
執事「こともあろうに“騎士の宣誓”を男女の仲の
進展具合にカウントするとは。この執事も情けなくて
笑い声が出てしまいます。にょっはっはっはっは!!」
女騎士「笑ってくれるな。わたしだってきわきわなんだし」
387 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 22:35:03.52 ID:chcZF3wP
執事「まぁ、お二人とも奥手ですからね。
おまけに相手はあの勇者ですし。
まぁ、相当の難物ですよ」
女騎士「そうなのか?」
執事「ええ、魔王も困っているでしょう」
女騎士「そういえば魔王のことは、
冬寂王には報告しないで良いのか?」
執事「それは、この爺には手に余る案件です。
いずれ時が至れば、若が己で知るでしょう」
女騎士「そうか……。困るって、勇者はもしかしてその……」
執事「ん?」
女騎士「もしかして私たちのことを嫌いなんだろうか?」
執事「いえいえ、そんなことはないと思いますよ。
ただ、勇者は難しい相手だ。
とこのように申し上げただけで」
女騎士「それはなんでだ?」
執事「ふぅむ」
女騎士「昔のよしみだ。何かヒントをくれないか?
わたしだって変態の知恵を借りるのは忸怩たる思いだが
いい加減魔王に差を付けられていて、
このままでは色々取り返しがつかなくなりそうなんだ」
404 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 22:57:57.67 ID:chcZF3wP
執事「差、ですか」
女騎士「うん」
執事「差なんてついてないと思いますよ」
女騎士「そんなことはない。
二人は一緒にソーセージを茹でたりして、
なんだかすごく仲の良い雰囲気だったぞ」
執事「そう言うこともあるでしょうが、相手は勇者ですからね」
女騎士「判らない」
執事「ほら、覚えていますか? 砂丘の都を」
女騎士「ああ、うん。旅をしたな」
執事「わたしと勇者が宿を抜け出して、
朝までパフパフで遊んで、
あなたにこっぴどく怒られたでしょう?」
女騎士「ああ、まったくだ。何であんな事がしたいんだか」
執事「それに、ほら。あの演説のあとの、
歌い手のお願い事件。あのときも勇者は喜び勇んで
まるでトンビか鷹のように飛び出してゆきましたよね」
女騎士「思い出しても腹立たしい」
執事「いやはや、それは男性にとっては当たり前なのですよ」
405 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 22:59:22.90 ID:chcZF3wP
女騎士「?」
執事「“女の子と親しくなりたい、ちやほやして欲しい”
そういう言う気持ちは、多かれ少なかれ、
男性になら誰にでもあるものです。
でも、勇者は人よりもそれが大きい。
なぜだか判りますか?」
女騎士「スケベだからだろう?」
執事「まぁ、こほん。それも無きにしもあらずですが。
本当は少し違います。
勇者はね、やっぱり怖いんです。
あれだけの力を持っていますから。
人間から嫌われることが、
人間から怪物だと思われてしまうことが怖いんですよ。
だから、ああやって親しくされたり、
優しくされると、つい嬉しくなってしまうんです」
女騎士「わたしは怪物だなんて思ったりしない。
嫌いになんてならないのに」
執事「みんながそうであれば良かったんですけれどね……」
女騎士「……え?」
執事「それにね……」
女騎士「?」
執事「その一方で、特別な人が出来るのも、
やはりとても怖いんですよ」
406 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 23:00:42.18 ID:chcZF3wP
女騎士「……」
執事「人間に嫌われるのが怖い臆病な勇者ですからね。
あんまり臆病すぎて、私たちを置き去りにして
一人で魔王のところへ行ったほどの勇者ですから。
特別な人を作って、出来てしまって
その人が離れていくのはたまらなく怖いでしょう。
勇者が、魔王やあなたと深い関係になっていないのならば
もちろん空気が読めないお調子者だというのもあるけれど
どこかしら無意識のうちに、そう言った関係になるのを
勇者が怯えて避けているのかも知れませんね」
女騎士「そうなのかな……」
執事「なんちて。にょほほほほ。
真実なんて判らないですが、そうも見えると言うだけの
話なんですけれどね」
女騎士「うん……」
執事「まぁ、そう落ち込まないでください。
この老爺に素晴らしい策があります」
女騎士「本当か?」
執事「ええ、もちろん」こくり
女騎士「どんな策なのだ?」
執事「まず、勇者を人間だとは思わないことです」
女騎士「へ!?」
407 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 23:01:50.87 ID:chcZF3wP
執事「馬です。勇者を馬だと思いなさい」
女騎士「何で馬なのだ? いや待った」
執事「どうしたのです?」
女騎士「メモをとる」
執事「真剣ですね」
女騎士「藁にもすがりたい気分なのだ」
執事「はっはっは! この爺の策は縦横精緻にして
脱出の隙を許しませんぞ。にょっほっほっほ」
女騎士「馬でどうするのだ?」
執事「馬ならば手慣れたものでしょう?
馬を馴らす時にはどうします?」
女騎士「話しかける」
執事「それから?」
女騎士「触るな。首筋を撫でたり。
ブラッシングをしたり。
とにかく自分にわたしが触るのは、
当たり前で、気持ち良いことだと思わせる」
執事「その通りです」
女騎士「さらには、人参やリンゴを与えたりもするな」
執事「それも標準的な手続きです」こくり
女騎士「そんな簡単なことで良いのか!?」
執事「基本は全く変わりません」
410 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 23:03:26.03 ID:chcZF3wP
女騎士「そうだったのか……」
執事「そして、そのあとは正攻法です」
女騎士「正攻法」メモメモ
執事「はっきり面と向かって自分の要求を伝えるべきです」
女騎士「よ、要求」
執事「キスをしたいであるとか、抱きしめて欲しいであるとか」
女騎士「はっ、はしたないっ」
執事「勇者相手ですからはっきり伝えないと始まりませんぞ。
だいたいのところがおつむの程度も馬と同程度なのですから
馬が迷ったり困ったりしている場合、それは乗り手の
指示がはっきりしていないのです」
女騎士「それは……。確かにそう言うものだが」
執事「もちろん、普段の信頼関係なく、横暴な命令を出せば
そのような乗り手は振り落とされてしまうでしょう。
普段のさりげない接触が大事。こういうわけです」
女騎士「ぐっ。……そうだったのか」
執事「どうしました?」
女騎士「魔王め。もふる、もふると、
子供じみていると思いきや
まさかそんな深謀遠慮があったとは……」
執事「……良く判りませんがすごい殺気ですね」
女騎士「いや、感服したぞ、老師」
執事「老師っ!?」
414 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 23:05:26.12 ID:chcZF3wP
女騎士「一筋の光が射したような思いだ」
執事「にょっほっほっほ! それは良かった」
女騎士「あとは、まぁ。……うう」どよん
執事「どうしました」
女騎士「いや、いいんだ。これも現実」
執事「ははぁ」
女騎士「現実は己の力で乗り越えなければ」
執事「いやはや、それは浅はかですぞ。女騎士」
女騎士「え?」
執事「長所であれ、短所であれ、それは己の特徴っ」
女騎士「?」
執事「己の特徴、得意とする戦場で戦わずして
どうやって勝利をつかむというのですっ!!」
女騎士「た、たしかに」ごくり
執事「そんな女騎士に、爺からのささやかなプレゼントを」
ごそごそ、しゅた
女騎士「これは……?」
執事「布地節約の決戦装備。もちろん未使用です。
心が定まった時、この紙袋を開けなさい」
女騎士「良く判らないが、厚意はつたわった!
やってみるぞ、この思いをぶつけてみるっ!」
執事「にょほほほほっ。面白ければ何でも良いのです。
頑張ってください、女騎士よ!!」
425 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 23:17:48.90 ID:chcZF3wP
――大空洞、工事現場、いくつもの橋
コォォン! コォォォーン!
中年商人「いつ来てもすごいなぁ!」
土木子弟「おお。中年商人さん! 出来ましたよ!
完成です、やっとここまできたんですっ!」
中年商人「ええ、一足先に宿舎によってきましたよ」
土木子弟「そうか。みんなも喜んでいたでしょう?」
中年商人「ええ、すごい有様だった。今晩は宴で?」
土木子弟「ええ、完成祝いですからねっ!」
コォォン! コォォォーン!
中年商人「やっと、ですね」
土木子弟「はい。これでも、色々心にかかる所はあるんですが、
それでも当初の予定よりも石の橋を一つ増やし、
出来る限りの場所を安全に通行できるようにしたつもりです」
中年商人「もうすでに橋を渡った商人仲間からも
沢山の報告をもらっています。みんな感謝していますよ。
この橋と、近日にでも出来る、リフトのお陰で
多くの荷物が運べるようになる」
土木子弟「いいえ、俺こそ、こんな大仕事に抜擢してもらって。
技術者として誇ることの出来る仕事を出来ました」
426 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 23:19:41.71 ID:chcZF3wP
中年商人「本来であれば、この大空洞にもう一つの計画通り
八年かけた石造りの立派な街道もお願いしたいのですが」
土木子弟「やはり、資金ですか?」
中年商人「いえ、資金の件は我らの領分です。
必要とあらばなんとしてでもかき集めますが。
どちらかというと……」
土木子弟「もしかして……」
中年商人「ええ」こくり
コォォン! コォォォーン!
土木子弟「……」
中年商人「このあたりにも、もしかしたら斥候が
来ては居ませんか? 旅商人の話では、大空洞の
人間界側ではたびたび姿を見かけるようなのですが」
土木子弟「ええ、人間の軍が、と言う話ですね」
中年商人「そうです。ですから、ここも近いうちに
戦場になるかも知れません」
土木子弟「……」
中年商人「そのような顔をなさらずとも!
我ら人間は、ほら、わたしのように商人も多い。
それが有益であるならば、いたずらに破壊したりはしない」
土木子弟「だといいのですが……」
429 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 23:21:55.25 ID:chcZF3wP
人魔族作業員「大将! お先にあがりますぜぇ!」
人夫「こんばんは、羊の鍋ですぜ−!」
巨人の作業員「まっている……ぞー……」
中年商人「……」
土木子弟「そうですね。ここの仕事は済ませたんだ。
俺たちが居座って護ったとしても、
橋を護りきれるはずもない。それに作業員の命は
何よりも大切だ。もし橋が壊れたのならまた直す
機会だってやってくるはずです」
中年商人「はい……。さーてっ、報酬の残りも
お支払いしなければなりません。開門都市へ?」
土木子弟「そうですね。今晩んは騒いで、明日にでも」
中年商人「今後のご予定はおきまりですか?」
土木子弟「いえ、特に」
中年商人「では、一つ依頼があります」
土木子弟「なんですか? 工事かな」
中年商人「私たちのつかんだ情報によれば、
いずれ開門都市が戦場になる可能性は低くない」
土木子弟「……」ごくり
中年商人「今回は私たち『同盟』の商人からではない。
まだ依頼書も資金集めも終わっていない状況です。
満足に賃金を支払えないかも知れない」
土木子弟「引き受けましょう」
中年商人「いいんですか? そんなに躊躇いなく」
土木子弟「ええ。どっちにしろ、
帰りを待たなきゃならないひともいるもんですから。
都市の防壁を作る。一度挑戦したかったテーマでもあります」
506 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/02(金) 17:27:19.46 ID:iOYUExkP
――新生白夜直轄領、王宮行政庁舎
参謀軍師「なんだと?」
聖王国兵士「いえ、ですから……その」
聖王国騎士「予定していた量の硝石がないのです」
参謀軍師「無いだと? ふざけるな。
この王宮を占拠した直後に確認したではないか」
聖王国騎士「ええ、もちろん確認した程度にはあります。
木箱にして64個ですが……」
参謀軍師「あの倉庫の木箱は、では他には何が入っていたのだ?」
聖王国兵士「空でした」
聖王国騎士「倉庫入り口付近の木箱にだけ硝石が入っていて
その他の木箱は空だった模様です」
参謀軍師「……っ」
聖王国騎士「いかがいたしましょう」
参謀軍師「その他の物資の状況は?」
聖王国騎士「衣料品や防寒具などは、おおよそ5万人分
食料はこのままの人数で言えばひと月持つかどうか」
参謀軍師「……」
聖王国兵士「また、現在船を建造中ですが
工具と、タールが大きく不足しています」
507 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/02(金) 17:29:34.30 ID:iOYUExkP
参謀軍師「まずは、この白夜の国の領内の開拓村から
強制徴収せよ。それで当面の工具や防寒具などは
まかなえるはずだ」
聖王国騎士「いえ、それが……。
事前の報告より白夜王国ははるかに貧しいようなのです。
さらに、開拓村の殆どが無人で……。
どうやら付近の国に難民として流出しているようで」
参謀軍師「……南部の乞食国家はこのざまか」
聖王国騎士「これもお耳に入れるべきかとも思うのですが
諸国の王族や貴族の中には、すでに商人と手を組み
自国や中央で買い付けた物資の海上輸送を
始めているようです。
聖鍵遠征軍内部でも嗜好品を中心に
価格の高騰が始まっています」
参謀軍師「……っ。勝手なことを」
聖王国兵士「……」
参謀軍師「わかった。価格については教会や
諸王国ともはかって適切な手を打つとしよう。
海上運送については窓口を一元化し
必需品の価格を統制する」
聖王国兵士「はっ」
参謀軍師「硝石については、追って調べろ。
そもそも蒼魔族が半分しか持たずに我らを罠に
かけたとは考えにくい。
おそらく、何者かが硝石を持ち出したのだ。
馬車で数百台にもなる荷物、
人目につかずに隠しおおせるわけもない。
難民にも聞き取り調査を行なえっ」
聖王国騎士「はっ!!」
512 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/02(金) 17:55:06.67 ID:iOYUExkP
――冬越しの村、森の中
ヒュッ! シュバッ!!
勇者「……っ!!」
ヒュワン、シュバンッ!!
勇者「はっ!!」
女騎士「……」じぃっ
ビシッ!! ギリギリギリッ!
勇者「“雷雲呪”っ! “落雷呪”っ!!
おおぉぉぉぉ!! “電撃呪”っ!!」
ビッシャーン!!!
勇者「はぁ……はぁ……」
女騎士「おい、勇者」
勇者「え? あ。女騎士」
女騎士「張り切りすぎだ、勇者。顔が真っ青じゃないか」
勇者「そんなことはない。リハビリだし」
女騎士「……」
勇者「もっともっと力を付けないと」
女騎士「勇者」
513 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/02(金) 17:56:41.71 ID:iOYUExkP
勇者「へ?」
女騎士「いいから、ちょっと来い」ぎゅ
勇者「痛たた。なんだよ」
女騎士「それ以上は練習禁止」
ざっざっざっ
勇者「そんなこと言われたって」
女騎士「見てて痛々しいよ」
勇者「そうかなぁ……」
女騎士 こくり
ざっざっざっ
勇者「でも、他になんにも取り柄がないしさ」
女騎士「そんなことも言うな」
勇者「……」
女騎士「勇者は別に戦闘が強いから勇者になった訳じゃない」
勇者「光の精霊の啓示を受けたからだろう?」
女騎士「ちがう」
勇者「じゃなんだよ」
女騎士「さぁ……。わたしにも判らないけれど」
ざっざっざっ
514 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/02(金) 17:58:10.26 ID:iOYUExkP
――冬越しの村、湖畔修道会、本部修道院
勇者「でかくなったなぁ」
女騎士「色々建て増しした結果だ。
ただいま……。戻ったよ」
修道士娘「院長。あ、それに剣士様」
勇者「どもども」しゅたっ
女騎士「湯は沸いているか?」ぐいぐい
勇者「いい加減はなせよ。耳千切れる」
女騎士「だめだ」
勇者「恥ずかしいっての」
修道士娘「ええ、水晶農園の方でしたら」
女騎士「ありがたい。行くぞ」
ざっざっざっ
勇者「ちょ、ま。まっ」
女騎士「少しも待たない」
修道士娘「院長さま、ご武運を〜」
517 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/02(金) 17:59:48.16 ID:iOYUExkP
――冬越しの村、湖畔修道会、本部修道院、水晶農園
がちゃん!
勇者「う、うわっ」
女騎士「どうした?」
勇者「すごい湯気だな」
女騎士「湯で暖房しているんだ。
暖かい地方の植物を試験的に育てる仕組みだからね」
勇者「そうだったのか」
女騎士「初めてか?」
勇者「ああ、初めてだ。有るってのは聞いてたけれど」
女騎士「こいつはとんでもない金食い虫だよ。
魔王に言われて作ってはみたものの、
毎年暖房費が馬鹿にならないのし」
勇者「そりゃそうだろうよ」
女騎士「よし、ここだ」
勇者「ん?」
女騎士「湯だよ。暖房に使う湯の一部を、
湯浴みに使えるようにしてあるの。
汗を流したいだろ?」
518 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/02(金) 18:01:48.89 ID:iOYUExkP
勇者「ああ、それはありがたいけど」
女騎士「脱げ」
勇者「脱げるよっ! 1人でっ。
ってかこっちくるなよっ! へ、変態っ」
女騎士「変態とは失敬だな。一緒に入るなんて云ってない」
勇者「じゃぁなんだよっ」
女騎士「背中を流す」
勇者「〜っ!!」
女騎士「いいじゃないか、腰には布でも巻いておけば」
勇者「そりゃそうだけど」
女騎士「ほら、脱げ」
勇者「判ったよ。脱ぐよっ! あっち向いてろよ」
女騎士「最初から素直に云えばいいんだ」
勇者「軽く負けた気分なんだぜ」
女騎士「もういいか?」
勇者「まだっ。だめだっ」
女騎士「ふむ」
勇者「……」もそもそ
女騎士「もういいだろう?」
勇者「むぅ。いいぞ」
519 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/02(金) 18:02:44.24 ID:iOYUExkP
女騎士「良し、そこに座れ」
勇者「こうか?」
女騎士「湯をかけるからな。熱かったら云えよ?」
勇者「うん」
女騎士「〜♪」
ざっぱーん
勇者「うわ、あったけー」
女騎士「気持ちよいだろう?」
勇者「おお。いいな!」
ざっぱーん
女騎士「冬場に招待できないのが残念だ」
勇者「なんでさ? 冬の方が気持ちよいじゃないか」
女騎士「冬にここで湯に入ったら、
魔王の屋敷に帰るまでの雪の中で、
湯冷めどころか凍り付いてしまう」
勇者「ああ、そういえばそうだな」
ざっぱーん
女騎士「……泊まっていけばいいんだけどな」 勇者「へ?」
女騎士「なんでもない」
531 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/02(金) 19:57:29.96 ID:iOYUExkP
ざっぱーん
女騎士「〜♪」 ごしごしごし
勇者「それ、なんだ?」
女騎士「柔らかいブラシだ。豚の毛で出来てる」
勇者「気持ちいいなー」
女騎士「だろう? わたしも愛用の品だ」
勇者「そうなのかぁ」
ざっぱーん
女騎士「〜♪」 ごしごしごし
勇者「なんか、すごい手際がいいな。得意なのか?」
女騎士「仮にも騎士だからな。ブラッシングは得意だ」
勇者「そうなのか?」
女騎士「痒い所はないか?」
勇者「耳の後ろかな」
女騎士「よしきた」 ごしごし
勇者「はぅー」
女騎士「言葉がしゃべれる生き物の相手なんてちょろいものだ」
532 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/02(金) 19:58:45.26 ID:iOYUExkP
勇者「なんのことだ? 今ひとつ良く判らないな」
女騎士「こちらの話だ」
ざっぱーん
勇者「ううっ」ぶるぶるっ
女騎士「耳に入ったか? 済まないな」
勇者「平気だ」
女騎士「次は腕だ、右腕をかせ」
勇者「うん。あー」
女騎士「〜♪」 ごしごしごし
勇者「えっとさ」
女騎士「なんだ?」
勇者「いや、なんでもないけど……」
女騎士「変なヤツだな」
勇者「……いや、変じゃないんだけど」
女騎士「?」
勇者「くすぐったいのですが」
女騎士「男だろう? それくらい我慢しろ」
勇者「男だから我慢できないと云うこともあるわけで」
534 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :2009/10/02(金) 20:01:46.50 ID:iOYUExkP
女騎士「もうちょっとだから」 わしゃわしゃ
勇者「ううー」
女騎士「真っ赤だぞ」
勇者「女騎士が服着ててほんと助かってる」
女騎士「?」
勇者「熱い。水掛けて」
女騎士「うん、わかった」
ざぱーん
勇者「ふぅ……」
女騎士「次は左手を貸せ」
勇者「うん」
ごしごしごし
女騎士「勇者は、ちょっと頑張りすぎだと思うぞ」
勇者「……」
女騎士「少なくとも、わたしは、勇者に助けて欲しくて
勇者を好きになった訳じゃない。それは多分、魔王も一緒だ」
勇者「え……。うぅ」
女騎士「何を真っ赤になってるんだ?」
535 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/02(金) 20:03:02.46 ID:iOYUExkP
勇者「いや、そんなことを突然云われても……」
女騎士「ああ、そうか。
面と向かっていったのはもしかして初めてだったかなぁ。
わたしは勇者のこと、好きだぞ。
好きじゃない相手の剣になりたい訳がないだろう?」
勇者「……」
女騎士「固まっちゃだめだ」 ごしごしごし
勇者「えっと、すまん」
女騎士「うん。良いんだ。時間がかかるのは理解したから」
勇者「……?」
女騎士「勇者は強いよ。戦ったら、多分わたしなんか
足元にも及ばないだろう?
でも、だから、その方法で強くなるのはもう限界だと思う」
勇者「……」
女騎士「限界というか、その方向で強くなっても、
もう実際には勝てる相手は増えないんだ。最強なんだから。
勇者が強くなるには、もっと自分を好きにならないと」
勇者「……そんなの出来るわけないし」
女騎士「出来るよ」
勇者「……」
ざっぱーん
536 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/02(金) 20:04:20.97 ID:iOYUExkP
女騎士「絶対できると思うぞ?」
勇者「そうかなぁ」
女騎士「一緒に旅をしていた頃の勇者も優しかったけれど
今の勇者の方が何倍も優しいし、何倍も大きいさ」
勇者「……」
女騎士「だから、今勇者が抱えている悩みや、苦しみも
そう言うの全部綺麗になくなるなんて云えないけれど
もし仮に抱えたままでも、もっと強くなれるよ」
勇者「そうなれば、いいな」
女騎士「よっし。流すぞ〜」
ざっぱーん!
勇者「これで終わりか?」
女騎士「いーや、ユブネに入る」
勇者「ユブネってなんだ?」
女騎士「そこの大きな桶だ。お湯が入ってる。
肩まで湯につかるんだ。サムラーイの修行らしいぞ?」
勇者「そうだったのか。サムラーイなら仕方ないな」
女騎士「身体を煮ることによって精神を鍛えるんだ」
勇者「精神……。俺に足りないのはそれだな!」 くわっ!
女騎士「100数えるまで出ちゃだめだぞ」
546 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/02(金) 20:29:52.78 ID:iOYUExkP
――冬の王宮、広間、対策本部
冬寂王「ふむ……。ではこれで」
妖精女王「ええ、準備は良いようですね」
羽妖精侍女 ぱたぱた
執事「よろしかったですな」
冬寂王「うむ。とりあえず、停戦、および平和条約の
締結に向けての一歩を記すことが出来ましたな」
商人子弟「内容の方を一応確認いたしますと
まず第一に大空洞から距離10里を中立地帯とし、
その内側への武力介入の原則禁止。
前二回の聖鍵遠征軍遠征、および極光党戦役における
捕虜の引き渡し条項。また、同戦闘の責任追及の禁止。
以降、互いの領土内にある事物の
所有権を主張することの禁止。
冬の国首都、および開門都市において
互いの領事館を作りその連絡に努める。
……こうなっております」
冬寂王「何度か確認させていますが、
念を押しますとこの条約は南部連合として行なうものであり
連合加盟国の合意と署名は受けていますが
中央諸国家のそれは受けていない。
そのことを理解していただけるよう……」
従僕「……」
妖精女王「ええ、理解しています。あとはこの書類を
わたしの側では、氏族会議の書き族長から、
書名をいただいて」
冬寂王「こちら側では連合参加諸国の書名を全て記入し
互いに交換すれば、締結ですな。内容についての
判断は終わっているので、あとは形式的な処置と
なりますが」
547 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/02(金) 20:31:19.16 ID:iOYUExkP
妖精女王「この一歩は偉大な一歩です」
羽妖精侍女「デスデス」
商人子弟「そうなればよろしいですね」
執事「ところで、鉄の国の氏族連合軍の件はいかがしますか?」
妖精女王「蒼魔族があのように瓦解した以上、
魔界へと引き上げさせるべきかと考えますが、
連合のお考えはいかがでしょう?」
冬寂王「こちらとしても異存はありません」
妖精女王「では、近々知らせを立たせましょう」
羽妖精侍女「ハーイ」
商人子弟「さて、これからも忙しいですね」
従僕「はいっ」
執事「課題は山積みですなぁ」
冬寂王「我らがこれを言うのもなかなか微妙ですが
中央諸国は白夜王国を占領し、新生白夜直轄領を
宣言しました」
妖精女王「直轄領……」
冬寂王「教会勢力の運営地、ということですな。
これにより、彼らは極大陸への足がかりを得たことになる。
報告の知らせによれば、彼らは魔界へと侵攻し
『聖骸』なるものを狙っているとか」
548 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/02(金) 20:33:08.47 ID:iOYUExkP
妖精女王「その話は聞いておりますが、
『聖骸』などというものはわたしも知りません。
氏族会議でも学者に調べさせているはずですが
現在までの所それが何であるかは判っていないのです」
羽妖精侍女 ぱたぱた
商人子弟「ふむ」
冬寂王「あるいはそれは実在しないのかも知れませんな」
商人子弟「そうですね……」
妖精女王「どういう事でしょう?」
冬寂王「ただ単純に領土的欲求を強く持った中央の諸国家が、
地上から見て新たな可能性に満ちているように見える
魔界に発展の余地を見いだし侵略する。
その口実としてのでっち上げかも知れないという意味です」
妖精女王「その可能性は、悲しいですがあるのでしょうね」
執事「ですが、同時に彼らは『開門都市』の攻略をも
予定しているようです。
確かにゲートをくぐり抜けた、いままでは大空洞ですか。
それをくぐり抜けた先で、魔王の城へと向かうのであれば
あの都市は理想的な補給位置にあるのですが、
だからといって他に目標と出来る場所が
全くないわけでもなく。意図は良く判りませんな」
妖精女王「ええ、鬼呼、蒼魔、人魔のいずれの領地で
あっても攻め得たはずです。確かにあの当時は我ら
魔界の氏族は互いに不信感を居抱き合い、
連携面では問題が多くありましたから、
そこを突くには、竜族の保護下にありながら比較的
開放されていたあの都市を落とすのが
楽だったのでしょうけれど」
550 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/02(金) 20:35:45.65 ID:iOYUExkP
執事「しかし、今度はちがうのでしょう?」
妖精女王「はい。今回は氏族会議の結束も固くなり
決して望みはしませんが、以前のようなことはないかと
考えています」
冬寂王(だが、魔界は未だにマスケット銃なるものを
十分に理解していないのではないだろうか?
あの武器が充分に配備された兵が、
本当に十万もいるのだとすれば、魔界の抵抗などは
薄紙のごとく破れてしまうに違いない……)
妖精女王「私たち妖精族は、身体も大きくはありませんし
魔力はともかく、戦闘能力には劣ります。
ですから、戦争は是が非でも避けたいのですけれどね」
商人子弟「そうですね、戦争にならずに済むのが
一番ありがたいんですが」
冬寂王(それは難しいだろうな。
……ここまで諸国家や貴族を巻き込んでしまった以上、
一戦も交えずに帰るというわけにはもはや行くまい)
執事 ちらり
冬寂王「ええ、それが最も望ましい結果ですな。
しかし、同時に備えなくしての平和もまた
あり得ないでしょう。
大氏族会議の皆様方、また魔界を統べるという魔王に、
くれぐれもよろしくお願いいたします」
556 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/02(金) 21:05:00.94 ID:iOYUExkP
――冬越しの村、魔王の屋敷、執務室
魔王「んっ。うぅーん」ぽきぽき
メイド長「お背中が痛いですか? まおー様」
魔王「うむ、ちょっと根を詰めてしまった」
メイド長「肩でもおもみしましょうか?」
魔王「たのむぅ」
メイド長「ぐてぐてしてらっしゃいますね」
魔王「うむ……」
メイド長「手強いですか?」
魔王「なかなかになぁ。方策は思いつくのだが
工作精度や冶金技術は一足飛びには上がらぬ。
工具を作るための工具も必要だと思うし……」
メイド長「そうですねぇ」
魔王「あの遠征軍とやらは何とかならぬのかなぁ」
メイド長「そんなにあれが問題ですか?」
魔王「へ?」
メイド長「いえ、そんなに強大な脅威だとは
思えないのですよね」
魔王「そうか?」
メイド長「はい」
557 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/02(金) 21:07:51.03 ID:iOYUExkP
魔王「どうする気だ?」
メイド長「いえ、出かけていって、
首脳部を100人ばかり上から順に殺せば済むのではないかと」
魔王「ああ、まぁ、確かにな」
メイド長「……」
魔王「だが、それで皆は納得するのかな」
メイド長「納得、ですか?」
魔王「ああ、納得だ」
メイド長「判りませんね」
魔王「そうだなぁ。うん。
実を言えば、わたしの当初考えていた課題は
殆どクリアされているんだ。
たとえば、人間世界側の飢餓の問題は、
馬鈴薯および玉蜀黍の栽培で随分緩和された。
もちろん政治指導の混乱で飢餓が起こりえることは
あるだろうが以前のような、
根本的な飢餓は少なくなったと確信できる。
また、女魔法使いの助力も得て種痘が広がり始めた。
人間世界も魔界も、これで人口は増え始めるだろう。
人間世界には南部連合なる経済圏が誕生し、
しばらくは軍事的緊張が続くだろうが、
その状況さえ乗り切れば、
中央諸国家とも良い関係が築けるのだと思う。
中央側がどう考えようと、多様性は世界安定の鍵だ。
二つの経済圏が存在した方が、発展の速度も安定度も
増すことは確実なのだからな」
559 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/02(金) 21:12:03.81 ID:iOYUExkP
魔王「また、魔界では長い間続いていた種族間のわだかまりも
合議制の会議と、いくつかの事件を経てゆっくりとだが
融かされつつある。魔族という氏族社会に、人間という
異分子が紛れ込んだことによって、潤滑油的な効果が
有ったのかも知れない。
現在進んでいる交易街道の計画は、
確実に氏族同士の架け橋となるだろう。
魔界は歴史の新しい局面へと入ったのだ。
こうして考えてみると、
“人間界の飢餓”“南部と中央の使役関係”
“魔界の側の氏族間の対立”。
どれも解決の道しるべは出来たのだ。
もちろんいずれも根の深い問題だし、
これからもトラブルはあるだろう。
だが、それらは乗り越えられないものではないはずだ。
またそれら全てをわたしが背負うつもりもない。
ここはみんなの住む世界なのだから、みんなだってその
進歩には参加してもらわねば困る」
メイド長「そうですね」
魔王「しかし、だとすると、
今これから起きようとしている戦争
……つまり、中央の教会が考えている第三次聖鍵遠征軍は
“システム上避けえない戦争”では無いということになる。
追い詰められて否応なく行なう戦争ではない。
欲望に駆られたのか、
それとも何らかの狂信によるものなのかは
わたしには判らない。
けれど、そこには飢餓や経済的な逼迫とは
また別種の力学が働いているように思われるのだ」
560 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/02(金) 21:16:25.99 ID:iOYUExkP
魔王「だが、以上の考察を正しいとすると
原因を取り除く……、つまり、食糧の自給率を
上げるであるとか、話し合いによって氏族間の鬱積した
わだかまりを低下させるとか、
その種の手法で解決させられるのかどうかは疑問だ。
聖鍵遠征軍首脳部にはそれなりの能力もあれば損得勘定も
有るのだろうが、少なくとも参加している民衆は
宗教的な情熱に突き動かされているわけであろう?
そうであれば、損得勘定で矛を収めさせることも
難しいと予想することが出来る。
これはなかなかの難問だ。
そんな彼らを“納得”させる方法は、
暗殺なんかじゃないと思うんだよ」
メイド長「ではなんです?」
魔王「その答えがわからないから悩んでいる」
メイド長「困りましたね」ぎゅぅ
魔王「ううう。痛いぞ。メイド長」
メイド長「すみませんっ」なでなで
魔王「何か見落としているような、
間違っているような気もする」
メイド長「そうなんですか?」
魔王「食糧の問題も雇用の問題も外交の問題も
経済を中心に回っている。
経済が上手く行かなければ世界は幸せにはなれない。
でも、経済が上手く行くだけでも
幸せにはなれないのかもしれないな……」
563 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/02(金) 21:47:45.37 ID:iOYUExkP
――鉄の国南部、辺境の森、獣人族の大天幕
ばさっ
東の砦将「よう!」
軍人子弟「お邪魔しているでござるよ」
東の砦将「あんたも飽きないな!
こんな森の中へ何度も何度も。
何か面白いことでもあるのか?」
軍人子弟「面白いもなにも、見ず知らずの世界の話が
聞けるなんてそうそうできる事じゃないでござるよ」
メイド妹「うんうんっ♪」
東の砦将「そりゃそうだが。おや?
……こっちのちっこいお嬢さんはなんだい?」
軍人子弟「ああ、これは拙者の妹分でござる」
メイド妹「ござるー♪」
東の砦将「元気いいなっ!」
獣牙戦士「面白い娘だぞ」
東の砦将「そうなのか?」
人間傭兵「なかなかに気合いが入ってるな。あははは」
564 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/02(金) 21:49:17.76 ID:iOYUExkP
軍人子弟「今日の所は、差し入れにきたでござる」
メイド妹「うん、そうそう!」
東の砦将「差し入れ?」
獣牙戦士「すごく美味いぞ」
軍人子弟「この娘は、なんというか、
料理の妙を心得てござってなぁ」
メイド妹「どんどん食べて!」
「美味いぞう」「おう、たいしたもんだ!」
人間傭兵「もういっぱいくれや」
東の砦将「ほほう」
軍人子弟「本人の希望もあって今日は一緒にきたでござるよ」
メイド妹「ですです。魔界のお料理の話も聞きたかったから」
東の砦将「そうかそうか。嬢ちゃんは料理人かい」
メイド妹「未来の宮廷料理人ですっ」
ばさっ
銀虎公「何事か?」
軍人子弟「本日もお邪魔させていただいたでござる」
銀虎公「ふむ」
軍人子弟「もうそろそろご出立だとか」
565 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/02(金) 21:52:06.96 ID:iOYUExkP
銀虎公「今朝知らせが入った。
偵察部隊と合流の上、明後日には出立する」
軍人子弟「ならば、それまでには是非、一献なりと
さしあげないと、帰すに帰せないでござる」
銀虎公「……」
軍人子弟「人間界の酒も、決して悪くないでござるよ。
これは、鉄の国で取れた強い酒でござる。
雅な華やかさはないでござるが、この大地の酒でござる」
銀虎公 ちらっ「料理を振る舞ってくれたのか?」
メイド妹「美味しいので一杯どうぞっ」
銀虎公「物怖じしないのだな」
軍人子弟「拙者の妹分は特別でござるよ」
メイド妹「ささ。熱いうちに!」
銀虎公「いただこう」
軍人子弟「酒もつぐでござるよ」
銀虎公「うむ」
とくとくとく……
軍人子弟「魔界には月がないと聞いたでござる」
東の砦将「ああ」ごっくごっくごっく
銀虎公「あの、白いものか」
軍人子弟「今宵は月が沈むまで飲むでござるよ」
572 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/02(金) 22:18:10.44 ID:iOYUExkP
――蔓穂ヶ原にほど近い廃砦
ガサガサッ!!
傭兵斥候「おい。まずいぞっ!」
ガサガサッ!
傭兵弓士「どうしたんだ?」
傭兵斥候「遠征軍の部隊が、こちらに向かってくる。
マスケットとか言うヤツも一緒だ」
ちび助傭兵「どれくらいなんだ?」
傭兵斥候「随分横に大きく広がってて判らない。
一つの部隊は20人〜50人くらいだが、
そんな部隊がわんさとある。
どうやら、硝石を持ち逃げしたのがばれたらしい」
傭兵弓士「そりゃぁ、あんだけ難民にも見られているしな」
器用な少年「や、やばいじゃないか! 逃げようぜ」
生き残り傭兵「そうも行かない」
ちび助傭兵「ああ、逃げてはだめだ」
若造傭兵 こくり
574 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :2009/10/02(金) 22:19:31.61 ID:iOYUExkP
器用な少年「なんでだよ。相手はあの火を噴く杖を
持っているんだぞっ! 俺っちたち、殺されちまう」
生き残り傭兵「だが、俺たちはもう傭兵じゃないしな」
ちび助傭兵「うん」
器用な少年「傭兵じゃないか!」
生き残り傭兵「いいや。隊長が残した約束と、
貴族の旦那の約束を信じれば、俺たちは冬の国の、
そして白夜の国の騎士なんだぜ?」
ちび助傭兵「そうだ。騎士は逃げない」
器用な少年「なに馬鹿言ってるんだよっ!
あんちゃんなんか逃げまくりだぞ!?
あの人貴族だけど、相当逃げ足のプロだぞっ!」
生き残り傭兵「お前は騎士じゃないから逃げろ」
ちび助傭兵「そうだな」
若造傭兵「まだ距離がある。お前は逃げられる」
傭兵弓士「どれくらいあるんだ?」
傭兵斥候「多分、一日二日は平気だ」
器用な少年「そんな……。だってさ」
575 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/02(金) 22:20:33.34 ID:iOYUExkP
生き残り傭兵「さて、どうする?」
ちび助傭兵「……」
若造傭兵「討って出て戦うか、この砦で待ち構えるか」
傭兵弓士「相手が集まる前に、
少しずつ削っていくしかないだろう」
生き残り傭兵「だが、相手の数を考えれば
到底削りきれる数じゃないな」
ちび助傭兵「その時はその時だ。
隊長みたいに勇敢に歌いながら戦えばいい」
器用な少年「ばっ。ばっかじゃねぇの!?
ばっかじゃねぇの。
3回言っちまうぜ。お前らばっかじゃねぇの!?」
ちび助傭兵「おまえ、隊長を馬鹿にするなっ」
器用な少年「するよ、しちゃうね、しちゃうとも!
こんなところで戦ったって、別に誰も喜ばないし、
ただの犬死にじゃねぇ。
そんなの格好悪い騎士だっての。
もっかいいうけど、ばっかじゃねぇの?」
生き残り傭兵「騎士は逃げない」
器用な少年「なに守るんだよっ。
もう白夜王国なんて終わっちゃってるんだぞ。
守るモノ無しで戦おうなんてかっこつけだっての!!」
577 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/02(金) 22:24:17.28 ID:iOYUExkP
若造傭兵「……」
傭兵弓士「だからといって、逃げてこいつを
奪われてしまったら困ったことになるのではないか?」
生き残り傭兵「そうだな。貴族の旦那が隠した理由も
それだろう。この硝石というのは、敵の火を噴く筒の
秘密に関係があるんだ」
器用な少年「多分、関係あるけどさ。そりゃ……」
生き残り傭兵「だったら、これを奪われるわけには行かない」
ちび助傭兵「そうだな」
若造傭兵「やはり闘うしか、ないか」
ガサッ
傭兵弓士「だれだっ!!」
貴族子弟「やぁ」
メイド姉 ぺこり
器用な少年「あんちゃん!! 帰ってきたのか!!
……こっちの人は誰?」
生き残り傭兵「貴族の旦那!」
貴族子弟「こんな事になるんじゃないかとはうすうす
思っていたけれど。
済まないね、こんな場所で見張りをさせて」
ちび助傭兵「いや、これは仕事だ」
若造傭兵 こくり
578 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/02(金) 22:27:26.81 ID:iOYUExkP
傭兵弓士「旦那、どうやら遠征軍が嗅ぎつけた。
連中はここを目指しているし、これだけの荷物は
今から馬車を調達しても簡単には運べない」
生き残り傭兵「運び出せても、後ろから追われてしまう」
器用な少年「だから逃げろって云ってやってくれよ。
あんちゃん頼むよ、後生だからさっ!」
貴族子弟「どうします? 二代目」
メイド姉「……」
ちび助傭兵「二代目?」
若造傭兵「?」
貴族子弟「ああ、この部隊もいつまでも隊長無しでは
困ると思ってね。で、苦労して探し出してきたんだ。
……新隊長だよ」
ちび助傭兵「え? でも。……女じゃないですか」
若造傭兵「冗談だろう?」
貴族子弟「いやいや、冗談じゃないよ」
メイド姉「はい。お誘いを受けました」こくり
ちび助傭兵「俺たちの隊長は1人だけだっ」
傭兵弓士「隊長が居なくても、俺たちはやっていけるっ」
メイド姉「判っています。事情も聞きました。
しかし、氷の国は、連絡用の名目であっても
隊長に当たる人物が居ないと困ると言うことなんです。
たとえそれが肩書きだけであっても」
582 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/02(金) 22:32:50.39 ID:iOYUExkP
貴族子弟「そして、君たちを預かっている
このぼくが推薦するのが彼女だ。云っとくがとびっきりだぞ?」
メイド姉「……」ぎゅ
ちび助傭兵「頼りになるのかよ」
若造傭兵「……」
傭兵弓士「そんなことより、いまはこの場の戦闘を
どうするかの方が先だ」
器用な少年「逃げるってば!」
生き残り傭兵「それこそ隊長の腹一つだろうよ」
貴族子弟「だ、そうだよ?」
メイド姉「まず第一にわたしは隊長になるつもりはないです。
――代行、とでも呼んでください。
時期が来たらこの騎士団生え抜きの人の中から
新しい隊長が決めればそれで良いと思います。
それから、わたしは戦闘は苦手です。
剣の振り方は多少習いましたが、戦闘指揮なんて
やったこともありませんし、出来るとも思えません」
傭兵弓士「それじゃなんの役にも立たないじゃないか」
生き残り傭兵「なんのための司令代行なんだよ」
メイド姉「わたしは民間人ですから、騎士団の……。
ここにいる皆さんが護ってくれると信じています」
583 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/02(金) 22:35:35.10 ID:iOYUExkP
ちび助傭兵「へ?」
若造傭兵「……」
メイド姉「次に、わたしは皆さんを
戦闘以外のものから護ります。
戦闘で護ってもらうのとおあいこですね。
それからわたしは今から行かなければ
ならない場所がありますし、どうしても護衛が必要なんです」
ちび助傭兵「訳がわからないぞ」
若造傭兵「……」
傭兵弓士「頭は大丈夫なのか? なぁ、貴族の旦那」
貴族子弟「ああ、保証する。
保証はするんだが、この娘さんは僕らの兄妹弟子でも
相当にとびっきりでね。真面目になればなるほど、
頭がおかしい人と思われてしまうんだ。
後から考えるとなるほど、と言った具合なんだけどね。
それ側が師匠の教えを受けた生徒の悪癖なんだなぁ。
出来れば温かく見守って欲しいな」
メイド姉「お願いします」
ちび助傭兵「そんなこと言われてもなぁ」
傭兵弓士「逃げるか闘うか、それを聞かせてくれ。
逃げるって言うなら、俺はあんたを認めないぜ」
器用な少年「逃げなきゃ死んじまうよ!!」
メイド姉「なぜ択一なのですか?」
傭兵弓士「……はぁ?」
メイド姉「逃げるけれど闘う。あるいは逃げない上に
闘わない。そう言った選択肢を選びたいと思います」
588 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/02(金) 22:59:48.76 ID:iOYUExkP
――人間界、極大陸、凍てつく大地
光の斥候「目視では付近に人影有りません」
光の兵士「あんまり遠くを見るなよ。
白すぎて目がつぶれちまうぞ」
光の銃兵「そうだな。斥候に任せよう」
光の船乗り「ふぅ。そりの方も大丈夫だ」
光の斥候「思ったよりも、寒さも雪もないな」
光の兵士「足下の凍土だけか」
光の銃兵「この凍土の中を進むんですか?」
光の船乗り「もちろんだ」
光の斥候「ほんの150里ほどです」
光の兵士「ほんの、で済むか。こんななんにもない大地を」
光の銃兵「だが、商人達の使う通商道が近くにあるはずだ」
光の船乗り「それを探すのが先決だな」
光の斥候「もし商人の部隊に遭遇したら?」
光の兵士「俺たちがここに居るのは軍事機密なんだ。
知られるわけにはいかないさ」
光の銃兵「お前だって久しぶりに、
あばら肉のたっぷり入ったスープが飲みたいだろう?」
590 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/02(金) 23:15:04.09 ID:iOYUExkP
――――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、仮設会議場
巨人伯「今日は……最初、おれ……」
碧鋼大将「うむ」
巨人伯「山の穴を三つ……作った……俺たちは……
工事は……得意だ……」
鬼呼の姫巫女「設計から拳五つの幅のずれもなく
両側から掘り抜き連結されたそうだな」
火竜大公「ほう! それは見事な」
巨人伯「わが……巨人族……高く、買ってくれ……」
鬼呼の姫巫女「鬼呼の土木組もよろしく願いたい」
火竜大公「ふぅむ。取り急ぎ、我が領地と開門都市のあいだ。
そして開門都市と旧蒼魔族の領地のあいだの道の補修を
頼みたい所だな」
副官「それらの資金については、例の札および
我が開門都市自治員回の補助金でまかなうことが
可能だと思っております」
巨人伯「……よかった」
鬼呼の姫巫女「うむっ」
火竜大公「よろしく頼むぞ」
碧鋼大将「こちらもそれはありがたい。
旧蒼魔族の領地の統治には大きな助けになるだろう」
591 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :2009/10/02(金) 23:16:53.76 ID:iOYUExkP
紋様の長「そうだ。その蒼魔族の様子はどうなのだ?」
鬼呼の姫巫女「うむ」
碧鋼大将「問題は多い。まずは物資面だ」
紋様の長「ふむ」
碧鋼大将「特に衣料品と食糧が不足している。
蒼魔軍はこれらの品に関しては
かなり大規模に持って行ってしまったようだ」
副官「食料に関しては、我が都市の備蓄から
当面必要な分は移送しましたが、
おそらくはまだ足りないかと」
鬼呼の姫巫女「鬼呼の地は豊作だったゆえ、
今年の食糧備蓄は潤っておる。送ろう。
代金は、金属でかまわぬ。なに、来年以降でな」
碧鋼大将「感謝する」
紋様の長「ほかには?」
碧鋼大将「その他物資面では殆ど不足がない。
蒼魔の軍は略奪などは行なわなかったので、
住居や施設が壊されたということもない。
鉱山などもそのまま残っているので、
すでに採掘は再開されている。
だが……」
592 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/02(金) 23:18:20.22 ID:iOYUExkP
火竜大公「だが?」
碧鋼大将「精神面では、非情に問題がある。
元々蒼魔族は厳格な身分制をもつ階級社会だった。
その身分制度の上位陣は軍人が占めていたと言っても良い。
残された民間の労働者は、身分制度の下半分を構成していた。
そう言った社会に慣れきっている彼らは、
指導階級が居なくなり……」
紋様の長「まさか暴動が!?」
碧鋼大将「いや、暴動ですらなく、呆然としてしまったのだ。
自分たちが“遺棄された”と言う現実を受け入れることが
出来ないらしい。
年老いた労働者の中には、精神が弛緩し、空中を見つめた
ままになってしまう者もいる」
紋様の長「なんと……」
鬼呼の姫巫女「そのようなことになろうとはな」
火竜大公「ふむ……」
巨人伯「こまった……な……」
碧鋼大将「彼らは命令には従順で、
特に何らかの武器を用いて脅すと、
勤勉な勤労姿勢を見せるが、そのような管理は
我らが魔王殿から与えられた任務に背くし
もちろん、われら機怪族の好む所でもない」
副官「ふむ……」
碧鋼大将「このような事態には、いささか手を焼いている」
593 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :2009/10/02(金) 23:20:29.29 ID:iOYUExkP
鬼呼の姫巫女「しかし、それは一朝一夕には
なかなか解決しなさそうですな」
火竜大公「うむ」
碧鋼大将「何か良い知恵はないだろうか?」
紋様の長「……」
火竜大公「おそらく、何か、かき混ぜるような
手段が必要じゃろうな」
巨人伯「かき……まぜ、る?」
碧鋼大将「とは?」
火竜大公「厳格な身分制度とは、思考の硬直化を生むのだろう。
つまり自分の範囲、自分の周辺だけを見させられることにより
考え方や知識も凝り固まってしまうのだ。
効率は多少落ちるだろうが、たとえば鉱山労働者に
農作業をやらせるであるとか、その逆であるとか。
人材をかき回して、見聞を広げさせるのがきっかけと
なるだろう」
副官「良いアイデアだと思います。どうでしょう?
定期的に、隊商を組織して我が都市に品物をお売りに
なりにこられては?」
巨人伯「そうだ……道路敷設の……参加も……歓迎だ」
紋様の長「そういえば、着任当初に魔王殿が大学を
建てるなどと云うことを云っていましたね。
あれも今考えてみると、これを見越してのことだったのかと」
594 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/02(金) 23:22:57.04 ID:iOYUExkP
鬼呼の姫巫女「あの魔王殿なら、そう言うこともあろうな」
副官「ところで、その魔王様はどうなんです?
それからうちの宿六族長は」
巨人伯「どうだろう……」
火竜大公「うぉっほん! それについては、
会議宛に報告が届いておる」
碧鋼大将「聞きましょう。蒼魔族については、さきほどの
ご協力を各族長にお願いすれば、目処が立ちそうだ」
紋様の長「うむ」
火竜大公「まず、地上における第一の目標、
蒼魔族の討伐に関してはこれを成し遂げたとのこと」
副官「おお!」
巨人伯「よかった……」
火竜大公「そして、その争いの際、
共闘することになった、地上における国家連合の一つ、
南部連合とは停戦条約を含む合意に至ったとある」
副官「南部連合……」
巨人伯「南部連合……とは、なんだ……」
火竜大公「この報告によれば、地上の大陸なる場所では
30以上にもわたる国家が乱立しているとのこと」
595 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/02(金) 23:25:05.18 ID:iOYUExkP
副官「国家とは魔界で云う氏族のようなモノです。
ただし、生まれや出自よりは住んでいる場所を
基準にした集まりですね。
たいていはひとつながりの領地をもち、1人の王
……族長の指導のもと、領地で暮らしています」
巨人伯「西巨人族と北巨人族のように……
わかれては……いないの……だな……」
火竜大公「南部連合とは、その中で7つの国といくつかの
都市を抱え込んだ第2の連合と云うことだ」
副官(三ヶ国通商はそこに着地したのか)
碧鋼大将「そこと停戦条約を結んだのか」
紋様の長「ふむ」
火竜大公「しかし、中央諸国と聖なる光教団はどうやら
魔界へ三度目の侵攻を企んでいる模様、
十分な注意が必要である……。こう結んである」
副官(……やはり一筋縄ではいかないようですね)
巨人伯「中央諸国? ……聖なる光教団?」
副官「それは地上の大陸で最も勢力のある教会と国家群ですね」
596 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/02(金) 23:26:09.47 ID:iOYUExkP
碧鋼大将「勢力とは?」
副官「20あまりに国が参加した巨大な軍でしょう。
南部連合ですか。それが成立するまでは、
唯一にして無二の勢力だったわけです。
魔族会議に少し似ていますね。
その会議が、第二回の……つまり、我が開門都市が
人間に攻められた時のような聖鍵遠征軍を組織して
魔界に攻め込むという決定を下したと。
その辺のことは詳しくは書いてないのですか?」
火竜大公「そなたの所の族長から、そなたあてに
書状が同封されておるぞ。ほれ」
ペラッ
副官「ふむふむ……。おい。……あちゃぁ」
ペラッ
副官「……」
紋様の長「何が書いてあるのです?」
副官「えーっと、こちらは数字入りの詳しい戦況解説です。
まず、先ほど解説した、聖鍵遠征軍ですね。
これは中央諸国が聖なる光教団の指示のもと招集した
軍なわけですが、すでに成立して出発しています。
かれらは、白夜の国」
碧鋼大将「蒼魔族が占領したという?」
副官「そうです。その白夜の国を蒼魔族から奪い返し、
自分たちの領土としてしまったようです」
597 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/02(金) 23:28:01.25 ID:iOYUExkP
碧鋼大将「それは、人間の世界では良くあることなのか?」
紋様の長「他の氏族の領土を奪うという」
副官「あまりあることではありませんが、
全く聞かないと云うほどのことでもありませんね。
しかし問題なのはむしろ、これらの行動はどうやら
意図的だったということのようです。
白夜の国は、極大陸へ航海する場合への
玄関口になり得ます。
どうもうちの大将は、聖鍵遠征軍は港を欲しいがために
白夜国を落としたのじゃないかって勘ぐっているようですね。
軍の規模は、約20万。さらに増えていますが……。
その全軍を持って魔界へ侵攻するというのが
彼らの目的であろうとのことです。
20万は、第二次の倍ですよ」
巨人伯「……人間が……くるのか」
碧鋼大将「攻めてくる人間と停戦条約をするとは
魔王殿も解せぬことを」
鬼呼の姫巫女「人間とひとくくりには出来ぬ。
そう言うことだろう。我らと蒼魔族のようなものよ」
副官「そうですね。その南部連合に含まれている国々は
この書状にもありますが、冬、氷、鉄、湖、葦、梢、赤馬。
数こそ七つと少ないですが、どれも特産品があったり
面積が広かったりとなかなかに強力な国々です。
もしこの停戦協定がなかったとしたら、
魔界に攻め込んでくる軍勢は30万になったかも知れない」
600 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/02(金) 23:35:13.39 ID:iOYUExkP
巨人伯「……そうか」
碧鋼大将「ふむ」
鬼呼の姫巫女「いや、それ以上だろう。
もし、その七つの氏族を中立に出来なければ、
攻め込んでくる軍勢の数が増えるばかりか
その軍勢は背後の敵を気にせずに向かってこれる。
南部連合とやらが魔族と停戦をしたからには、
聖鍵遠征軍とやらは南部連合の動きにも
注意を払わねばならぬのが道理だ。
銀虎公、そして衛門の族長。
何より魔王殿は戦うことなく10万の敵を討ったに
等しい働きをされたと思うぞ」
火竜大公「その通りだな」
副官(魔族でも族長ともなれば、
なんて早い飲み込みをするんだ……)
巨人伯「だが……それでも……20万……」
碧鋼大将「戦になるというのは確実なのか?」
副官「それはわたしには判りません。
おそらくそうならないように魔王様は
お残りになっているのかと思うのですが」
601 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/02(金) 23:36:54.91 ID:iOYUExkP
巨人伯「どうすれば……よい……?」
碧鋼大将「ふむ」
紋様の長「どう思う、副官殿は」
副官「それがしは一介の副官に過ぎませんが……。
この書状には、その聖鍵遠征軍の持つ新しい武器
マスケットなるものについても書かれて居ます。
詳しくはまた説明してくださるとも思いますが
強力な新兵器だとか。やはり、ここは戦争の
対策を練らざるをえないでしょう。
当面は軍の再確認と装備などの補充、練兵、
指揮系統の確認。
その後戦場となる可能性のある地域の測量、
および連絡体制の強化。物資の貯蓄量の確認ですか。
その後のことについては、魔王様が戻ってくると思います」
鬼呼の姫巫女「戦場となる可能性のある地域、か」
火竜大公「おおよそ大空洞の近くであろうな。
殆どは荒れ地だが、候補となると……
わが竜族の領域、開門都市、鬼呼族の辺境、
そして旧蒼魔族の領域か」
巨人伯「……監視」
碧鋼大将「そうですな。監視網を引き続き充実させるべきです」
紋様の長「妖精の一族の女王は地上におられますが、
妖精族は引き続き監視を行なってくれています。
伝令も我が一族が受け持つでしょう」
鬼呼の姫巫女「では当面はそう言った雑事を片付けるとしよう」
火竜大公「うむ。おのおの方も気付いたことあれば
すぐにでも知らせて欲しく思う」
606 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/02(金) 23:47:06.63 ID:iOYUExkP
――霧の国、地方都市、閑散とした市場
ざわざわ……
咳き込む乞食「げふっ。旦那様……。旦那様……。
道過去の哀れな乞食に、パンの一切れを……」
痩せた市民「……」カッカッカッ
咳き込む乞食「奥様……奥様……。げふっ、げふっ
どうか……もう四日もなにも食べていないのです……」
中年の婦人「おおいやだ! 疱瘡もちじゃないか。
近寄らないでおくれよっ!!」
咳き込む乞食「げふっ、げふっ。どうか……どうか……」
ざわざわ……
痩せた市民「では、新金貨10枚でどうだい?」
旅の商人「それでは、半袋がいい所ですね。旦那」
痩せた市民「なんて値段だ! うちには6人の子供が
いるって云うのに」
旅の商人「うちにだってメシを待ってる子供がいるんでね」
ざわざわ……
穀類商人「入荷〜! 入荷〜! うずら豆にエンドウ豆!
つやつや張ったまめが入ったよぉ!」
中年の婦人「エンドウ豆、一袋でいくらだい?」
穀類商人「へぇ、金貨6枚と半分で」
607 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/02(金) 23:47:58.61 ID:iOYUExkP
中年の婦人「相変わらず高いね」
穀類商人「このご時世、何処も値段が高くって。
仕方がありませんや。お買い上げで?」
中年の婦人「はぁ……。一袋。綺麗なまめを
取り分けておくれよ。病人に食べさせるんだから」
穀類商人「へぇ」
中年の婦人「困ったもんだねぇ。おや、もう日暮れだ」
穀類商人「そうでございますよ」
中年の婦人「教会の鐘は鳴ったかい?」
穀類商人「ご存じないんで?」
中年の婦人「なにをだい?」
痩せた市民「ああ、鐘の話だろう?」
穀類商人「教会塔の鐘は、召し上げられちまって
融かされちまったんでさぁ」
中年の婦人「融かされた?」
穀類商人「ええ、中央教会にね。精霊のお心に
叶うためには、今は一つでも多くの武器が必要だって
云うんで、金は溶けて、魔族を討つ武器になったって
話ですよ」
中年の婦人「魔族ねぇ……。
そんなもの、見たこともありやしない」
痩せた市民「どうにかして腹一杯食べさせてくれる。
精霊さまもそんな恵みを下されればいいのに」
645 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/03(土) 14:13:44.50 ID:F.ztGjEP
――蔓穂ヶ原にほど近い、森の中、擬装騎士団
生き残り傭兵「たいまつが接近していく。
俺たちはまだ砦にいると思い込んでいるな。
距離はおおよそ四半里」
ちび助傭兵「まだまだ引き寄せられる」
メイド姉「いいえ、無用です。火矢をお願いします」
生き残り傭兵「いいのか? 一網打尽に出来るぜ」
貴族子弟「……」
メイド姉「その場合は生き残りが少なく、
厳しく事情を聞かれてしまうと思います。
詮索が厳しくなって、目的に沿いません。
……それに、大打撃を与えたいわけでもないですし、
五百人、千人倒した所で戦争が終わるわけでもないですから」
生き残り傭兵「……」
メイド姉「お願いします」
生き残り傭兵「よし、やろう。弓士!」
ぎりぎりぎり
傭兵弓士「ていッ!」 ひゅるひゅるひゅる……ぼっ
生き残り傭兵「着火確認ッ!」
646 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/03(土) 14:15:41.48 ID:F.ztGjEP
ちび助傭兵「いくか?」
貴族子弟「ええ、離れるとしましょう」
メイド姉「はい」
器用な少年「なんでぇ、見ていかなくていいのかよお?」
貴族子弟「まぁまぁ。少年離れますよ」
がさがさ
生き残り傭兵「これで大丈夫なのか?」
メイド姉「硫黄、硝石、木炭です。はい」
生き残り傭兵「硫黄と木炭はあんなもんで良かったのか?」
メイド姉「当主さまの話によれば、
原材料の重量比で云う七割五分は硝石ですし、
そこまで攻撃力を求めているわけでも有りませんから。
極端に云えば、騒ぎを起こして
硝石を“使い切る”事ができれば良いわけです」
ちび助傭兵「でも、遅いな。もう燃えたかな」
若造傭兵「燃えてるんじゃないか?」
傭兵弓士「油と藁に着火するのは確認した」
器用な少年「なんでぇ。
俺っち、あの敵の武器みたいに派手な音が
するのかと思ってたぜ」
メイド姉「すると思います」
器用な少年「え?」
メイド姉「すると思いますよ。早く離れましょう」
648 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/03(土) 14:18:04.79 ID:F.ztGjEP
生き残り傭兵「でけぇ音がするとなると
途端に見たい気持ちが湧いてくるなぁ」
ちび助傭兵「いいや、離れるべきだろう。
中央の聖鍵遠征軍小部隊の間もつまってきている。
俺たちの人数じゃ、早めに行動しないと発見される」
若造傭兵 こくり
傭兵弓士「そういうこったな」
器用な少年「ちぇーっ」
貴族子弟「あんまりがっかりしないで済むと思うよー」
メイド姉「はい」こくり
生き残り傭兵「?」
ゴッコォォォオオオオオォォォォオオオオオン!!!!
ちび助傭兵「!!」 若造傭兵「っ!」
傭兵弓士「!?」
器用な少年「なっ、なっ、なっ」
貴族子弟「いたた。耳痛いな」
メイド姉「はい」キーン
器用な少年「なんじゃそらぁぁ!! べっくらこくわぼけぇ!」
貴族子弟「騒がしいよ、少年」
649 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/03(土) 14:20:10.36 ID:F.ztGjEP
生き残り傭兵「おったまげたな、ありゃなんだ」
ちび助傭兵「耳がうまく聞こえない」
メイド姉「これで、認めてくれますか?」
ドォォーン…… ドン、ドドォーン
生き残り傭兵「……」
メイド姉「わたしを、代行だと認めてくれますか?
わたしはどうしても自分の脚で
行かなきゃならない場所があるんです。
そこにたどり着くために越えなければならない障害は多い」
生き残り傭兵「……」
ちび助傭兵「……はぁ」
若造傭兵「俺は認める」
傭兵弓士「仕方ないな」
器用な少年「おいおい」
生き残り傭兵「心意気に感じるってのが、
俺たちが隊長から受け継いだ大事な宝もんだ。
そりゃぁ、しかたねぇ。これだけ派手にこなしてくれる
お嬢さんだ。代行だってつとまるだろう」
メイド姉「それじゃぁ」ぱぁっ
生き残り傭兵「ああ」
ちび助傭兵「仕方ない。よっしゃ、光のなんちゃらとやらの
装備を引っぺがすぞ! そんでもって白夜国へ潜入だ。
そうなんだろう? 代行」
メイド姉「ええ。そうして情報を集めて、
そのあとは。……船をぶんどりましょう」にこりっ
658 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/03(土) 14:50:16.83 ID:F.ztGjEP
――魔界(地下世界)、辺境部、銀砂河
ひゅいんっ!
魔王「よし、ここだ」
メイド長「ええ、まおー様」
勇者「こんなところで良いのか?」
魔王「うん。ばっちりだ。ここからならさほど遠くない」
メイド長「ここまでで結構ですよ、勇者様」
勇者「そっか」
魔王「悪いな。別に秘密というわけでもないんだが」
勇者「図書館、か」
メイド長「はい」
魔王「我が一族の本拠地は一族以外は入れなくてな」
メイド長「まぁ、よろしいでしょう? 乙女の私室にはいるのは
いま少し経験を積まれてからの方が」くすくす
勇者「そんな良い場所なのか?」
魔王「あー。大したことはないな」
メイド長「本が沢山あるだけです」
勇者「そっか」
魔王「連絡が取れなくなってしまうが、適当に迎えに来てくれ」
勇者「適当って?」
659 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/03(土) 14:51:18.56 ID:F.ztGjEP
魔王「おそらく調べ物に三日ほどかかるだろう。
わたしの情報開示レベルだとその程度で済むと思う」
勇者「ふむ」
魔王「もし調べ物が早く終わったら、
この場所あたりまで歩いてきているし、付近を探してくれ。
三日目にいなかったら、五日目だ」
メイド長「そうですね」
勇者「ん。判った。何を調べるんだ?」
魔王「冶金技術と、工学系だな。今回は技術的な問題に的を絞る」
勇者「魔王にも判らないことがあるのか」
魔王「判らないことだらけだよ。今回は専門でもないしな。
本は持ち出せないから、資料作成もしなければならない。
鋳造で作れるような形状ではないし、確か随分高度な
加工になったと思うんだが……」
勇者「いいのか?」
魔王「今回の場合はな。あまり高度な技術は伝播しても
広まらないが、今回は世界全体に
影響を与えるのが目的ではない。
かえって伝播しなくても良いかも知れない。
もっともボルトやナットの原型がある以上、
いずれは発明されるのだろうが」
勇者「よく判らないが、そっちは任せた」
魔王「わたしのいない間、頼むぞ」
勇者「おう!」
メイド長「では参りましょう。まおー様」
勇者「おー! メイド長もお役目頼むなー!」
魔王「いってくる」
メイド長 ぺこり
668 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/03(土) 15:27:22.55 ID:F.ztGjEP
――冬越しの村、厨房
勇者「じゃーん!」
勇者「本日の勇者クッキングの時間がやって参りました!」
しーん
勇者「まずはー! パンを切ります」
ぎこぎこ
勇者「斜めになっちまったけど、まぁいいや」
勇者「ここに、チーズを切って塩をふって挟みます!」
勇者「チーズパン完成ー!! どんどんぱふぱふー!」
もそもそ
勇者「……もそもそする」
もそもそ
勇者「しょっぱい気分になって参りましたっ!
さぁて、次のレシピはなんだこんちきしょー!
メイド長のやつ俺を見くびってるんじゃあーりませんかー!?」
女騎士「いや、正当な評価だろ」
669 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/03(土) 15:29:23.77 ID:F.ztGjEP
勇者「っ!? いつから居たんだ、お前!?」
女騎士「“どんどんぱぷぱふー”くらいからだぞ?」
勇者「……負けた」がくり
女騎士「よしよし」なでなで
勇者「……」ぴきっ
女騎士「びっくりさせたか。
……そうか、突然さわるのもだめなんだな。
そう言えば当たり前か」
勇者「この間から、なんだか女騎士がおかしい」
女騎士「そんなことはない。全て順調だ」
勇者「この落ち着きがおかしい」
女騎士「これ持ってきてやったぞ?」
勇者「……くんくん」
女騎士「ベーコンとキャベツとあばら肉の、壺煮シチューだ」
勇者「おおっ!!」
女騎士「まだ火はあるだろう?」
勇者「いや……。メイド長が火を使う料理は作るなって」
女騎士「何処の子供だっ。勇者は!」
675 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/03(土) 15:36:05.15 ID:F.ztGjEP
勇者「いや、おれだって頑張ったんだ。
頑張ったんだよ! ちっきしょー!!」
女騎士「無駄に青春風味になってるなぁ」
勇者「暖かいものが食いたい」
女騎士「うん。……ほら、手のひらに小さく火炎出せ」
勇者「“小火炎呪”」
女騎士「でかい」
勇者「“半分小火炎呪”」
女騎士「で、この壺もって、しばらく我慢」
ほわぁ〜♪
勇者「うっわ、いい匂いだぞ!」
女騎士「葡萄酒で煮込んだからな。
妹には敵わないがなかなか悪くないと思うぞ?」
勇者「いやいや。ありがとうな」
女騎士「もういいだろう。ほら、食べろ?」
かぽっ。とろーり。
勇者「おうっ! もっきゅもっきゅ」 女騎士「……」
勇者「お前は食わないのか?」
女騎士「ん? ああ。じゃ、一口だけ」
勇者「いっぱい食べればいいのに」
女騎士「修道院で食べてきたからな」
勇者「そっか。……ああ、美味いなぁ♪」
女騎士「ご機嫌か?」
勇者「ご機嫌だぞ」
709 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/03(土) 19:44:53.65 ID:F.ztGjEP
女騎士(そうか。……世間の女子が料理を重んずるのは
このように餌付けを行なうためだったのか……。
なんて簡単なことを見落としていたんだ、わたしはっ)
勇者「……ふぅ。ひとここちついたわ」
女騎士「よく食べるな」
勇者「俺は燃費悪いんだよ」
女騎士「あれだけ魔力持ってるから仕方ないのかな」
勇者「うーん、そうかもな」
女騎士「どれ。レシピをよこせ」
勇者「へ?」
女騎士「メイド長からもらってるんだろう? 食料とレシピ」
勇者「うん」
女騎士「魔王とメイド長が居ない間は面倒を見る」
勇者「いいのか?」
女騎士「今更遠慮するな」
勇者「そうか? これだ」
女騎士「……パンと水。
チーズサンドと水。
キャベツの酢漬けとパンと水。
薄切りのハムとパンと水。
パンを買いに行く。
買いだしたパンとハムと水。
チーズサンドと水……」
勇者「……」
女騎士「……」
710 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/03(土) 19:47:30.30 ID:F.ztGjEP
勇者「なんか横暴だよな!?」ガクガクガクッ
女騎士「横暴というか、なんというか……」
勇者「つか、素直に居酒屋で食ってきて
良いって言えばいいじゃんな!!」
女騎士「まぁ、その通りなんだけど……」
勇者「このあいだ魔王と2人で食い歩きに行ったのを、
メイド長は根に持ってるんだ」
女騎士「そうなのか?」
勇者「そうに違いない」
女騎士「そうなのかなぁ……」
勇者「だから、なんか作ってくれ」
女騎士「まぁ、いいけれど。
すごく上手な料理は期待するなよ?」
勇者「おう! チーズサンドじゃなきゃ何でもいいよ……」
女騎士(そんなに寂しかったのか……)
勇者「食った食った!」
女騎士「よし、休憩したら剣でもやるかー」
勇者「へ?」
女騎士「食事を作った代金だ。
少し稽古を付けてくれても良いだろう?」
勇者「それくらいなら、かまわないけど」
女騎士「終わったらブラシしてやるからな」
717 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/03(土) 20:02:55.52 ID:F.ztGjEP
――銅の国、農村部
痩せた老人「……ふぅ」
飢えた農奴「腹が減ったなぁ……」
農奴の女性「秋なのに、なんで小麦も大麦も食えないの?」
作付け頭「そりゃ、兵隊さん達に送らなければ」
痩せた老人「兵隊か、この村もすっかり人がいなくなって」
飢えた農奴「これじゃ秋まき小麦の世話もおぼつかないよ」
農奴の女性「でも、やらなけりゃ春に飢えてしまうわ」
作付け頭「ほーら、手を動かせ」
痩せた老人「へぇへぇ……はぁ」
飢えた農奴「力が出ないな」
農奴の女性「ああ……。もう気の滅入る匂い」
作付け頭「ん?」
農奴の女性「荼毘の煙よ」
作付け頭「ああ。南の小屋ごと燃やしているんだ。
あそこの疱瘡にかかった一家が腐り始めてしまうからな」
痩せた老人「天然痘か……」
飢えた農奴「おお、怖い」
農奴の女性「そんな事を云うのはおよしよ。
あたしらだって何時かかってしまうか判ったものじゃない」
作付け頭「まったくだ、うちの息子だって」
飢えた農奴「そんな事言うなら、どの村だって疱瘡には
やられちまっているってこったよ」
718 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/03(土) 20:04:54.17 ID:F.ztGjEP
片腕の農奴「いや、そうでも無いさ」
飢えた農奴「え?」
片腕の農奴「俺は片腕を失って帰ってくるまでにずいぶん
歩いたけれど、葦の国では疱瘡の薬があるって話だ」
農奴の女性「クスリ?……。治るのかい!? 疱瘡が!?」
作付け頭「まさか、そんな話は聞いたことがないっ!」
片腕の農奴「その話が広がっちまうと、
農奴が逃げ出すから伏せてあるのさ。
だが本当のことだ。
まぁ、薬と云っても、治るという話じゃないらしい。
疱瘡にかからなくなるんだと。
それに梢の国では疱瘡にかかった人は修道院の人が
世話をしてくれるって話だ」
痩せた老人「そんなクスリが……」
飢えた農奴「修道院で世話? そんな話があるのか!?」
片腕の農奴「俺だって家族がいなければ、
居着いてしまおうかと思ったよ」
農奴の女性「……」
作付け頭「葦の国かぁ。遠いのかねぇ。
なんとか薬を分けてはもらえないだろうか」
飢えた農奴「薬だなんて。兵隊と金儲けに関係ないことに
貴族が金を出すわけがねぇさ」
痩せた老人「……そりゃそうだ。……はぁ。
わしらを哀れんでくだせぇ、光の精霊様……」
727 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/03(土) 21:03:10.27 ID:F.ztGjEP
――魔界、開門都市、仮設作業所
「よいせっ!」「おっこらせっ!」
人魔族作業員「おーい! コロもうひとつ」
人間技術者「いいぞー回せ−!」
巨人の作業員「ほうい……! よっせ やっせ!」
中年商人「これはこれは!」
土木子弟「やあ! 商人さん」
中年商人「結構な人出じゃないですか!」
土木子弟「そうですね」
中年商人「どうやってあつめたんです?
とてもこれだけの人数を集めるほどの資金は
お渡しできていないでしょう?」
土木子弟「ええ、まぁ」
火竜公女「妾の手柄ゆえ」
中年商人「これは姫さま」
火竜公女「それはいうな」
中年商人「ははははは。で、どうやって?」
土木子弟「この方が、街の人を紹介してくださってね」
火竜公女「いやいや。土塁や防壁を作ると言っても
それは予算や自治委員会が動かないと、なかなかに
資金も集まらぬゆえ。
神殿の修復と言うことで街の衆には手助けを頼んだのだ」
中年商人「神殿の?」
728 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/03(土) 21:04:24.44 ID:F.ztGjEP
土木子弟「元々開門都市は片目の神や無名の神を始め
いくつもの神殿やほこらがあります。
ことに都市を囲む九つの丘に建てられた神殿は作りも強固で
要塞と言っても通用するほどですよ。
さいわい、例の街道を通すはずだった山の切り通しから
石材はいくらでも出てきますからね。
まずは神殿の補修です」
中年商人「しかし、そんなことをしていて間に合うのですか」
土木子弟「この図を見てください」
火竜公女「ふむ」
中年商人「この近辺ですな?」
土木子弟「この九つの神殿とその敷地を防壁で囲み、
それらの防壁を重ねるように、都市そのものの防壁を
伸ばしていくのです。
確かに距離は多少長くなり、作業量も増えますが
元から有る神殿の壁を利用できるために全体での
作業量は減るはずです。
神殿の補修と言うことであれば、それぞれを信じている
氏族の方にも手伝っていただけますしね。
寄付もあつめやすい。
いただいた資金は、全て食料を買ってしまいましたよ。
働いていただいた方には、日当よりも、
食事を腹一杯食べてもらう。そう言う方式にしました」
火竜公女「働いている方も、楽しそうだ」
中年商人「何とか動き始めましたか……」
土木子弟「ええ。自治委員会を説得するにしろ
ある程度形や現場がないと難しいようですしね」
火竜公女「見通しが立たぬと計画書も提出できぬゆえ」
729 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/03(土) 21:06:29.40 ID:F.ztGjEP
中年商人「それにしても、この図だと神殿を
抱き込むような構造ですね」
土木子弟「神殿を鐘楼代わりに用いる事になりますから」
火竜公女「ふぅむ。この部分は?」
土木子弟「掘ります」
火竜公女「なにゆえ?」
土木子弟「空堀ですよ。見かけ上防壁の高さを
増すためのものですね。この地方はさほど水が
豊かではありませんし」
中年商人「随分壁が厚くはありませんか?」
土木子弟「ええ」
中年商人「個々までの厚さが必要ですか?
石にしろ土にしろ、これだけ積み上げるには
相当の手間がかかるのでは無いかと思いますが……」
土木子弟「これは、まぁ。うん」
火竜公女「?」
土木子弟「必要になるでしょう。
この世代でも、次の世代でも。
そもそも相手は魔族じゃないのでしょう?
……で、あればこの防壁が意味を持つこともあるでしょう。
聞いている話が真実であれば、なおさらに」
731 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/03(土) 21:28:43.43 ID:F.ztGjEP
――冬越しの村、魔王の屋敷、勇者の部屋
ガチャ、ポイッ
勇者「うーん」
ガチョン! キュィィンっ!
勇者「ちげぇ、これじゃねぇや。……どこやったかなぁ」
ギュイイイン!!
勇者「刃の鎧とか、今考えると迷惑装備だよなぁ」
ポイッ。ポイッ
勇者「水鏡でもなくて……」
「おーい」
勇者「こっちだぞー。なんだー?」
がちゃ
女騎士「……何をやってるんだ?」
勇者「装備の整理をな」
女騎士「整理どころか、ぐちゃぐちゃじゃないか」
勇者「いくつか捜し物があってさ−。祈りの指輪とか
エルフの飲み薬とか」
女騎士「ふむ……」
733 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/03(土) 21:30:03.68 ID:F.ztGjEP
勇者「それよりどうしたんだ? めし出来たか?」はうはう
女騎士「そればっかりか。勇者は」
勇者「いや、べつに。そんなに卑しくはないぞ」
女騎士「ほんとうかー?」
勇者「本当だ」
女騎士「いずれにせよ、あと二時間は煮込まないとだめ。
それから、今日はわたしは、
修道院で大事なミサがあるから。
夜ご飯は作りに来れないんだ。悪いな」
勇者「そうなのか?」
女騎士「そんなに困った顔をしてはだめだ。
シチューをいっぱい作ったのはそのためだし。
夜になったら、温めなおして食べればいい。
チーズもパンも足りてるだろう?」
勇者「おう。そのくらいなら任せておけ!」
女騎士「勇者」
勇者「なんだ?」
女騎士「どうどう」なでなで
勇者「どうしたんだ? 女騎士」
女騎士「ふむ。撫でても平気か」
勇者「?」
女騎士「頃合いや良しっ!」 すくっ!
737 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/03(土) 21:33:13.90 ID:F.ztGjEP
勇者「なっ。何がどうしたっ!?」
女騎士「勇者」ビシッ
勇者「はいっ」正座
女騎士「この件に関しては、いささか乙女としての
恥じらいに疑問を覚えないでもないのだけれど
話が錯綜するのも、混乱するのも、
誤解を受けるのも、曖昧になるのも困る。
故にはっきりという」
勇者「あ、ああ」
女騎士「魔王が戻り次第、勇者と褥を共にしたい」
勇者「……」ぴきっ
女騎士「大丈夫だ。勇者は心配することはない。
私たちだって初心者だが
その辺はうまく乗り越えてみせるさ」
勇者「あー」
女騎士「冗談ではないぞ?
それから夜のおしゃべり会とか言う
びっくりどっきりでもない。
私たちは、勇者と、しとねを共にしたい。
――お互い判らない年齢でもないよな?」
勇者「う、うん」
女騎士「そ、それからなっ。
いやだったら事前に断るのがマナーだからな?」
勇者「そうではないんですけれど」
女騎士「うん……」 なでなで
勇者「なにこれ?」
女騎士「いや、作戦行動の一環だ」
740 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/03(土) 21:37:47.06 ID:F.ztGjEP
勇者「えーっと、さ。その、さ」
女騎士「無理にコメントしなくていい」
勇者「……うう」
女騎士「っていうか、しないで欲しい」
勇者「……」
女騎士「こっちだって顔から火が出そうだ。
無理矢理押さえつけてるんだぞ」
勇者「う、うん」
女騎士「この件は一応魔王も了承済みだからなっ」
勇者「そうなのか」
女騎士 こくり
勇者「すっげー口がへの字じゃない?」
女騎士「い、要らない突っ込みだ」
勇者「……」
女騎士「どうしてもだめなのか? その……。
こんな事言いたくないけれど、やっぱり。
“次”は大勝負というか、
すごく大きな戦争になってしまう気がするし。
そう言うつもりではけしてないのだけれど……」
勇者「いや。……うん。判った」
女騎士「良いか?」 ぱぁっ
勇者「判った。ばっちりだ。覚悟完了だ!」
女騎士「それでこそ勇者だ!」にこっ
748 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/03(土) 21:54:54.75 ID:F.ztGjEP
――聖王国某所、秘密大鉄工所
ガァン! ゴォン!!
労働者「おうっ! あぅっ!」
作業監督「どうした! 炉の動きが重いぞぉ!
木炭を持ってこぉい!!」
ガァン! ゴォン!!
作業監督「ガンガン炊くんだ!!」
ガァン! ゴォン!!
職人の長「なんだって?」
技術者「いえ、ですから、木炭の備蓄が
底をついてしまったのでして……」
職人の長「どうしてこうなったのだ?
会計、会計はおらぬか!」
会計官「ギルド長、こちらにおります」ぱたぱたぱた
職人の長「木炭が足りぬではないかっ!」
会計官「はぁ。しかし、ギルド長の許可された分は
全て購入し倉庫に入れておきましたが」
職人の長「そうなのか?」
技術者「このところの増産ペースで、
備蓄分を使い切ってしまったようなのです」
750 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/03(土) 21:57:43.51 ID:F.ztGjEP
熟練技師「木炭は元々鉄鉱石ほどの大きさの倉庫では
ありませんから、本気で使えば一週間と持ちませんよ」
会計官「そうでしたなぁ。ふぅ、熱い」
職人の長「では新たに商人に運ばせよ」
会計官「それが、少々難しい雲行きでして」
職人の長「ん?」
会計官「連日の木炭買い付けで、
木炭の価格が急騰しているのです。
先週の三倍にも達しようかというほどに。
さらに今までは夏でしたが、今や季節は秋も半ば。
どの村でも、冬越しのために木炭を貯め込む季節となり
なかなかたやすく買い付けも……」
職人の長「しかしそれでは、王弟閣下の望むだけの
マスケットも過ノー根も、弾薬も送れないではないか。
うぅむ。そうだ! この間話してていた策はどうだ?
石炭から取れるコウクスなるものは?」
熟練技師「あれは、長の方で一回却下なさったでは
ありませんか。林業ギルドとの関係が悪化する、とかで」
職人の長「だがしかし、情勢が変わったのだ。
木炭がなければ仕方有るまい。
今ひとつ信頼しきれぬ新方式だが、試す価値はあるだろう」
熟練技師「であれば、試すにやぶさかではないのですが
砂丘の国も、礒岩の国も石炭の採鉱権は譲渡したと
聞きました」
職人の長「どういうことだ?」
751 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/03(土) 21:59:44.98 ID:F.ztGjEP
熟練技師「商人が高額で権利を押さえたとの話です」
職人の長「なぜそのような! いや、それ以前になぜ阻まぬ!」
熟練技師「お忘れなのですか? 長よ。
我々は当分石炭を使用しない決定を下したんですよっ。
購入しない、金も払わないで
どうして権利だけを押さえることなど出来ますっ!!」
会計官「まぁまぁ」
技術者「だがしかし。と、なれば木炭を買うしかないでしょう。
国家備蓄を進めている国はどうですか?
我々は王弟閣下の口添えをいただいているわけですし。
貴族や領主に木炭を出させる、というのは」
会計官「それならば出来るやも知れません」
職人の長「よかろう! ではわたしが早速手紙を出す。
会計官は使者を用意させろ。隊商を作り、近隣の
領主や王国から、木炭を送ってもらうのだ」
技術者「ええ、梢の王国などは、以前から林業に
置いて大きな実績があります」
熟練技師「梢の王国の木炭であれば、きっと立派な
鉄を作り出すことが出来るでしょう!」
会計官「早速手配して参ります」
たったったった
職人の長「フリントロックの方はどうだ?」
熟練技師「やはり精度が高いですが、
何とか月産50丁のラインには乗って参りました」
職人の長「よし、今月の荷として、港から船で運ばせよ!」
763 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/03(土) 22:31:04.32 ID:F.ztGjEP
――白夜の国、港
メイド姉「やはり、気が緩んでいる感じですね。
警備もろくにしていませんし、これだけの軍が集まると
敵が来るはずはないと言うことなのでしょうか?」
生き残り傭兵「元々はどうあっても農民だ。
夜になったら寝るって言う暮らしをしてきた。
そこまで敵の怖さってものが骨身にしみていないんだろうぜ」
ちび助傭兵「しっ!」
かつん、かつん、かつん……
「ふわーぁ。早く宿舎で寝てぇよ」
「ぼやくなよ。酒を持ってきてあるんだ」
「いいね、身体が温まる」
……かつん、かつん、かつん
若造傭兵「……いったみたいだ」
傭兵弓士「よし」
貴族子弟「流石にドキドキしますね」
メイド姉「ええ、聖王都の大聖堂に忍び込んだ時以来です」
生き残り傭兵「このお嬢ちゃんはどういう
経歴の持ち主なんだ?」
貴族子弟「この度胸と思い切りの良さは、生まれつきかなぁ」
メイド姉「そんなことはありませんよ」むぅっ
764 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/03(土) 22:32:49.34 ID:F.ztGjEP
生き残り傭兵「で、どうすんだ?」
メイド姉「はい。貴族子弟さんは、
打ち合わせ通り本隊80人を率いて船を接収してください。
出来れば荷下ろし前の食料が載っている船がよいです。
私たちは操船技術がないので、
当直含め船乗りさんが乗っている船を選んでくださいね」
貴族子弟「人使い、荒いなぁ」
メイド姉「おねがいします」ぺこり
貴族子弟「やりますけどね」
メイド姉「で、私たちの部隊は、
あちらの税関に忍び込みます。
ここ数日調べた感じでは、この時間あの建物の中には
5〜8人が寝泊まりして居るのみ。
可能な限り血は流さない方法で無力化してください」
生き残り傭兵「ふむ」
ちび助傭兵「判った」
生き残り傭兵「俺はそっちでいいか?」
メイド姉「はい、お願いします」
ちび助傭兵「じゃぁ、さっさと済ませるとしようか」
若造傭兵「おう」
765 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/03(土) 22:33:53.48 ID:F.ztGjEP
――白夜の国、港、税関の建物
がちゃがちゃ
生き残り傭兵「鍵がかかってるな、流石に」
メイド姉「出番ですよー」つんつん
器用な少年「俺かよっ!?」
メイド姉「はい、お願いします」
器用な少年「何で俺がこんな事を……」
ちび助傭兵「さっさとやれ」こんっ!
器用な少年「くっそう。こんな鍵がなんだってんだよ」
ぴんっ!
器用な少年「おら、出来たぞっ!」
メイド姉「お見事です。良くできました」にこり
器用な少年「朝飯前のこんこんちきだ。ちきしょう」
かちゃり
生き残り傭兵「入るぞ」
ちび助傭兵「後方確認、担当する」
若造傭兵「前方制圧行く」
傭兵弓士「援護了解」
器用な少年「むちゃくちゃプロじゃねぇか」
766 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/03(土) 22:35:15.20 ID:F.ztGjEP
光の衛兵「うぐっ!!」
どさっ
生き残り傭兵「ふぅ」
ちび助傭兵「こっちの部屋もふんじばったぞ」
光の衛兵「だれだ、きさまらっ!」
ひゅばっ!
光の衛兵「ぐぅっ!」
若造傭兵「よし。こっちも問題ない」
傭兵弓士「周辺の建物に気付いた様子はない。
この税関に何の用事があるんだ?」
器用な少年「とっととずらかろうよ」びくびく
メイド姉「少し待ってくださいね。
このあとは船をお借りして移動する予定なのですが
あいにく、わたし持ち合わせが少なくて……」
器用な少年「わかった! 聖王国からぶんどろうって腹だな!」
メイド姉「とんでもない。それは非道ですよ。
まぁ、危急の事態なので多少犯罪的な手法を
とる覚悟はあるのですが、そこまで悪辣なことは
出来ません。盗みは良くないことです」
生き残り傭兵「じゃぁ、何でこんな所に」
メイド姉「借ります」
767 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/03(土) 22:36:42.40 ID:F.ztGjEP
器用な少年「はぁ?」
メイド姉「ですから、資金を少々お借りしようかと」
生き残り傭兵「……」
ちび助傭兵「……?」
器用な少年「盗みと何が違うんだ?」
メイド姉「借用書を書きます」
サラサラサラ、サラサラサラ
生き残り傭兵「……」
若造傭兵「……」
器用な少年「なぁ、この姉ちゃんまじなのかなぁ?」
生き残り傭兵「貴族の旦那が言うには本気なんだろうな」
ちび助傭兵「良いのかなぁ。こんなのが代行で」
若造傭兵「乗りかかった船だ。諦めるしかない」
メイド姉「出来ました。この借用書を、机の上に置いて。
えーっと、金貨を運び出しましょう。
数えている暇はないので、その箱五つで良いでしょう。
重いのにしましょうね。軽いのは使っている最中かも
知れませんし、二度手間もいやですし」
生き残り傭兵「やることは結構豪快だな」
ちび助傭兵「うんうん」
メイド姉「この資金で、船員さん達へせめてものお詫びに
支払いをします。食料も買い上げて、極大陸へ」
生き残り傭兵「え? 極……!?」
メイド姉「混雑しないうちに魔界へと行きましょう。
あちらでやるべき事が山積みですから」
783 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/03(土) 23:07:02.11 ID:F.ztGjEP
――鉄の国、職人街、ギルド会館前
しゅわんっ!
魔王「っふぅ」
メイド長「くらくらしますね」
勇者「3連続転移はきついか」
魔王「うむ、ちょっと頭が痛くなるな」
メイド長「わたしは目が回っています」
勇者「慣れの問題なんだけどな〜」
魔王「悪いな。迎えに来させた上に、足代わりに使って」
勇者「気にするなって。急ぎなんだろう?」
魔王「ああ、今回、大量生産するつもりはない。
おそらく、充分な硬度の刃さえ作れれば、
一ヶ月もあれば試作品は出来るはずなんだが……」
勇者「それもこれも職人に話さなきゃ始まらないぞ」
魔王「う、うん。行ってくる。行くぞ、メイド長っ」
メイド長「はい、まおー様っ」
勇者「いってこーい!」
785 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/03(土) 23:10:01.95 ID:F.ztGjEP
魔王「ああ、勇者っ!」てってってっ
勇者「なんだ?」
魔王「今日は、鉄鋼工房の職人と打ち合わせがあるだけだ。
夕方までには終わる。そこらの酒場で食事でもしているか、
見物でもしていてくれ。今日こそ屋敷に戻りたい」
勇者「わかった」
メイド長「あまり沢山は食べちゃだめですよ? 勇者様。
今日は腕によりをかけてご馳走を作りますからね。
留守番のご褒美と、送迎の埋め合わせです」
勇者「わかったよ! ひゃっほう!」
魔王「じゃぁ、いってくる。待っていてくれ!」
たったったったっ
勇者「ふぅ……」
勇者「それにしても……」
――魔王が戻り次第、勇者と褥を共にしたい。
勇者「もしかして……。それって今夜か?」
勇者「ってなんかすげぇ焦ってきたぞ。
やばいな。変な汗が出てきた。
刻印王とやった時でもこんなに戦慄はしなかったぜ。
ど、どうするんだ。どうすればいいんだ?
――落ち着け?
ですよね。そうですよね。まずは落ち着くべきですよねー」
女魔法使い こくり
791 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/03(土) 23:16:51.62 ID:F.ztGjEP
――鉄の国、職人街、裏路地
勇者「何処にいたんだよ、お前っ」
女魔法使い「……用事があった」
勇者「なんのっ」
女魔法使い「……入稿?」
勇者「訳判らないよ」
女魔法使い「……すぅ。……くぅ」
勇者「寝るな」 がくがくっ
女魔法使い「……はっ」
勇者「起きたか?」
女魔法使い こくり
勇者「なんだかなぁ」
女魔法使い「……勇者は」
勇者「うん」
女魔法使い「ごきげん?」
勇者「ぼちぼち」
女魔法使い「……へへ」
勇者「女魔法使いは、ご機嫌か?」
女魔法使い「……。ふつう」
勇者「そっか。ご機嫌になるといいな」
798 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/03(土) 23:19:37.57 ID:F.ztGjEP
女魔法使い「……」
勇者「?」
女魔法使い「……」ぽけぇ
勇者「女魔法使いは、普段なにしてるのさ」
明星雲雀「ピィピィピィ! ご主人は長い長い間
苦しい修行ぴっ! ピィピィ! なにするですかご主人っ」
女魔法使い「……タツタバード」ぼひゅん
勇者「それ、相棒か?」
女魔法使い「……目覚まし時計」
勇者「目覚ましあっても起きないじゃないか」
女魔法使い「……鳴らなかったって言い訳できる」
勇者「お前賢いな!」
女魔法使い こくり
勇者「……」
女魔法使い「……」
勇者「なんかあるのか?」
女魔法使い こくり
勇者「困り事か?」
女魔法使い「……ある意味、そう」
802 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/03(土) 23:25:46.31 ID:F.ztGjEP
勇者「話、聞くぞ」
女魔法使い「……経済的な均衡状態、また発展状態を
作り出すためには、該当する経済レイヤに対して
政治および技術レイヤから健全な影響が無くてはならない。
またこの健全な影響が充分に経済機構に行き渡るためには
一定の時間が必要とされる。
一方、政治、技術により不健全な影響を受けた周辺レイヤの
ひずみは、そのまま外交や政治そのもののレイヤに逆照射し
他の分野や領域をもまきこんだ引き攣れを見せる。
これらの引き攣れは、
軽度のものであれば時間と共に拡散していくが、
重度のものである場合たわみを反発材料として、
主に軍事的レイヤにてその緊張を解放しようとする」
勇者「……?」
女魔法使い「軍事的な衝突は、周辺レイヤに大きな爪痕を残す。
技術レイヤには比較的ダメージが少ない。
なぜならば知識とは本質的に無形であり破壊不可能だから。
戦争により技術が発展するというのは、
必要によって技術が発展するという点と
技術が破壊不可能だから戦争によって消費されにくいという
二点から導き出される結論。
しかし、軍事的衝突は、政治レイヤ、経済レイヤには
深いダメージを残すことがままある。
また、これらの軍事的抗争は政治および技術レイヤから、
経済レイヤへの転換を、大きく後退させる。
なぜなら“財”と言う形で蓄積されたドライブフォースを
無為に消費してしまうから。
文化レイヤにおいては、民族的鬱屈から回復不能なまでの
ダメージを受けることすらあり得る。
ゆえに軍事レイヤに何らかのアクションを行なわせる
ことなく滑らかに周辺レイヤを発展させるべき。
――これが魔王の出した回答」
勇者「……」
804 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/03(土) 23:28:22.78 ID:F.ztGjEP
勇者「どういうことだ?」
女魔法使い「“優れた問いは、優れた答えに勝る”」
勇者「……」
女魔法使い「“なぜ、勇者と魔王という特別な存在が
この世界には1人ずつ存在するのか?” たとえば魔王が2人で勇者は居ないであるとか、
その逆であるとか。また勇者が3人いて、
魔王は2人であるとかいう状況は、なぜ無いのか?」
勇者「へ?」
女魔法使い「そのような状況は歴史上
かつて一回も記録されていない」
勇者「……なぜ」
女魔法使い「“なぜ勇者と魔王は戦うのか?”」
勇者「俺たちは戦ってなんか居ない」
女魔法使い「……このような例は今回が初めてで
今までは常に戦ってきた。
今回は特殊な例外と考えた方がいい」
勇者「話が見えてこないぞ」
女魔法使い「……」
勇者「おい、魔法使い」
806 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/03(土) 23:30:16.04 ID:F.ztGjEP
女魔法使い「勇者と魔王の近似」
勇者「え?」
女魔法使い「魔界における勇者が、魔王。
人間界における魔王が、勇者。
模倣子を造り出す経路が違うけれど、
本質的には同じもの。
同じものが、二つ。
なぜ二つしかないのか?
なぜ同じものなのか?
特異点的存在とは一体何を目的として“ある”のか?」
勇者「そんなのに答えなんてあるのかよっ」
女魔法使い「答えは常にある。
人によって同一とは限らないけれど」
勇者「なんでなんだよ」
女魔法使い「……」
勇者「……いや、聞いたらまずい気もする」
女魔法使い「教える」
勇者「ちょっとたんま」
女魔法使い「またない」
勇者「だからっ」
女魔法使い「2人の勇者、もしくは2人の魔王は
有る存在の二つの終端、切り口だから」
807 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/03(土) 23:31:28.40 ID:F.ztGjEP
勇者「切り口……?」
女魔法使い「そう。特異点が二つあると言うことはあり得ない。
この世界にそれが二つも存在する確率はあまりにも低すぎる。
両者は二つの特異点ですらない。
一つの特異点。
現世においてそれが二つの存在として見えている」
勇者「わかんないぞ」
女魔法使い「いわば、ひも。
ひもの右端が、勇者。
ひもの左端が、魔王。
――これが答え。
常に両者がセットで存在し、2人にも3人にも増えず
一つの時代にあつらえたように対峙する理由。
そして同時に戦う理由でもある。
二つの端子が接触した時から、このひもは収斂を開始する。
端子同士が接続し、ひもは円環となり、世界が完成する。
世界を縛るひもは、世界ごと小さくなり、世界と共に
“始まり直す”」
勇者「はぁ!?」
女魔法使い「炎のカリクティスの古から続いてきた
あのやりきれない伝説の正体がこれ」
809 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/03(土) 23:35:37.14 ID:F.ztGjEP
勇者「……頭がついていかない」
女魔法使い「今の世の魔王はそのあまりある力を
戦闘には全く用いなかった。
どのような奇跡か判らないが、
歴代魔王を継承するという魔王の模倣子相続システムから
自由だったゆえに、別の道を夢見た。
もしかしたら、夢見た故に自由だったのかも知れない。
そしてその能力を、世界の拡張に当てた。
また、偶然か必然か、勇者も魔王を殺害して良しとせずに
その拡張に力を貸した。
拡張は技術や経済から始まったが、やがて次々と
隣接レイヤに波及し、政治、外交、文化、
はては伝承の域にまで影響を与えようとしている。
端子同士がたどのような形であれ接触した今、
収斂力は作動している。にもかかわらず、
魔王と勇者は世界を拡張させようとする。
この拡張する速度と縮退する速度が均衡して
世界は停止しかけようとしている。
魔王の出した答えは間違っては居ない。
けれど、それを実行するためには、
この世界は根本的な病理を抱え込んでいる」
勇者「病理? 停止?」
女魔法使い「そう。それは罪ではなく、病理。
そのために現実的な事象はおそらく次々と立ち現れる。
助長系の歪みもその一つ」
勇者「何か、起きるのか」
女魔法使い こくり
勇者「ひどいことか?」
女魔法使い「……おそらく全員死ぬ」
勇者「……っ!」
女魔法使い「……」
817 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/03(土) 23:41:20.28 ID:F.ztGjEP
勇者「嘘、じゃないんだよな?」
女魔法使い「……」
勇者「どうしたらいい? 解決策はあるんだろうっ」
女魔法使い「……」
勇者「おい、魔法使い」がくがくっ
女魔法使い ぐらんぐらん
勇者「おいっ」
女魔法使い「機構上の要素のひとつが、
機構を変更することは出来ない。
現象とは機構が許容する状況の一切片にすぎないから。
――それが従来の答え、でも」
勇者「なんだよっ」
女魔法使い「……」
勇者「何でもするから言ってくれよっ!」
女魔法使い「絶対?」
勇者「絶対する」
女魔法使い「……」
勇者「頼むよ。お願いだ。……お願いだからさっ」
女魔法使い「……勇者は、いつもずるい」
勇者「え?」
女魔法使い「…………」ぎゅっ
勇者「魔法使い……?」
女魔法使い「そのときが来たら、躊躇っては、いけない」
830 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/04(日) 00:09:36.62 ID:TQ3NwHwP
――鉄の国、職人街、ギルド会館
魔王「よっし。終わったぞっ!」くるっ
メイド長「どうです? 成果は」
魔王「これで女騎士のリクエストに
応えられる性能を確保できそうだ。射程は3倍になるだろう。
戦争なんて出来るなら未然に防ぎたいが
もし衝突があるのなら最小限の損害でやり過ごしたい。
敵も。そして味方もだ」
メイド長「そうですね」
魔王「勇者は何処だろう? いや。
この場合は勇者を捜す前に仕立屋に行くべきか?」
メイド長「あらあらまぁまぁ」
魔王「いや。別に特別な意味はないんだぞ?」ぱたぱた
メイド長「そう言うことにしておきましょうね」
女魔法使い ぼへぇ
魔王「うわっ。……お、女魔法使いではないか」
女魔法使い「……」こくり
メイド長「古城民宿以来ですね」
女魔法使い「……図書館族、勢揃い」
メイド長「……」
832 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/04(日) 00:11:50.64 ID:TQ3NwHwP
魔王「今まで何処に?」
女魔法使い「……山ごもり」
メイド長「?」
魔王「……ふぅ」
女魔法使い こくり
メイド長「どうしたんです?」
魔王「我ら図書館族は、こうして触れあう機会は滅多にない。
そもそも個体数が少ないし、現世界に出て活動するのは
滅多にいない。研究室と書架を往復する連中が殆どだ。
触れあうことは、珍しい。
わたしとメイド長が例外なんだ。
……だから」
女魔法使い「……」
魔王「何があったのだ?」
女魔法使い「……二つある。
まず『天塔』の場所を知りたい」
メイド長「てんとう?」
魔王「……」
女魔法使い「魔王であれば知っているはず。
それが口伝なのか記憶転写なのかは判らないけれど。
歴代魔王は全て、その場所を知っている。
確証はないけれど、全ての伝承はそれを示唆している。
勇者の首を捧げる祭壇の場所として」
魔王「もう一つは?」
女魔法使い「勇者は旅に出た。あなたと全てを救うために。
あなたも、あなたの勤めを果たすべき時がきた」
953 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/04(日) 21:25:46.50 ID:TQ3NwHwP
――冬越し村、魔王の屋敷、客間
女騎士「お風呂よし、髪の毛よし、肌のお手入れも一応よし」
女騎士「……」
女騎士「よ、よっし」
ぱしぱしっ!
女騎士「気合入ったぞ」
女騎士「……入ったぞ?」
女騎士「うむ。……これはなんだ。いざとなると不安だな。
後から後から弱気な気分がわいてくる……。
ええい、湖畔修道会の最終兵器ともあろう私がどうしたことだ」
女騎士「……」
そぉっ。――なでなで。
女騎士(……やはり、これかな)
女騎士 しょんぼり
女騎士「こればかりはなぁ……。魔王の4分の1も無い。
いや、あるのだ。無いわけではない。無いのでは、けしてない
つまりゼロではない。小さいだけだ。
ほ、ほらな? なでれば膨らんでるのは判るぞっ。
ちゃんとあるではないか!」
女騎士「……」
女騎士「虚しいな」
956 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/04(日) 21:28:10.25 ID:TQ3NwHwP
女騎士「相手がアレでさえなければ、
もうちょっと気負わないで済んだのだろうが……」
女騎士(いや、ちがうか。――同じだな。
相手は問題ではない。自分の気持ちの持ちようだ)
女騎士(……そういえば、老子は何をくれたんだ?
馬作戦は“こうかは ばつぐん”だったからな)
がさごそ、しゅるる
女騎士「ぱんつか。……まぁ、そんなことだろうと思っていた。
老師に格上げされても変態は変態なのだしな。
……つまり、役に立つ変態と云うことだな。
ん? こっちは絹の靴下か? 高価そうではあるが」
もそもそ
女騎士(あれ? ……上手く履けないな)
もそもそ
女騎士「なんか変だぞ」
もそもそ
女騎士(……これは、もともとこういうものなのか?
なんだか半分しか履けてないような、ずり落ちてるような。
ろーれぐ? 何だその解説は。
張り付いているようで……。は、は、は……)
かちゃ
女騎士「はしたないではないかぁっ!」
魔王「……」
女騎士「ひゃっ!?」
957 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/04(日) 21:29:29.42 ID:TQ3NwHwP
魔王「……」
女騎士「まっ。魔王。お邪魔しているぞ、早かったな」
魔王「……うん」
女騎士「どうした?」
魔王「うん」
女騎士「……?」
魔王「今日は、中止だ」
女騎士「何かあったのか?」
魔王「勇者は、お出かけしてしまった。
……どうやら、タイムリミットらしい」
女騎士「?」
魔王「チャンスを逸してしまったらしい」
女騎士「どういうことだ?」
魔王「私にも良く判らない。
でも、今のこの流れを変えるために、
勇者は何かを知って、それをするために旅に出た。
……女魔法使いが教えてくれたんだ」
女騎士「……」
魔王「……勇者は、だから、いないんだ」
女騎士「……」
魔王「置いて行かれてしまった」
女騎士「……」
魔王「私は、置いて行かれてしまった」
女騎士「……」
958 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/04(日) 21:31:00.91 ID:TQ3NwHwP
魔王「……」つぅ……
女騎士「魔王」ぎゅっ
魔王「女騎士?」
女騎士「面倒くさい事を考えてはダメだ。魔王」
魔王「……」
女騎士「勇者はちゃんと帰ってくる。きっと大丈夫。
わたしは。ははっ。……自慢にもならないけれど、
置いていかれるのは二度目だぞ?
でも、大丈夫。勇者はちゃんと戻ってくる。
だってあのときよりも勇者は優しいし、強いじゃないか」
魔王「……」
女騎士「戻ってきた時に女が増えていたらそれはそれで
拷問をしなければいけないけれど……ちゃんと帰ってくる」
魔王「……そうだろうか」ぽたっ。ぽたっ。
女騎士「きっとそうだ。だって勇者は守るために行ったのだろう?
帰ってくるために出かけたのだろう? だから、あの日とは違う」
魔王「……」
女騎士「それよりも、勇者を助けなきゃ」
魔王「助ける?」
女騎士「そうだよ。……きっと何かが起きているのだろう?
そうじゃなくても、勇者の代わりをしなければならない。
普段仕事をしないように見えて、
いなくなると困ってしまうのが勇者なんだ。
勇者の代わりをするのは、魔王と私しかいないだろう?」
魔王「……」
960 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/04(日) 21:33:58.75 ID:TQ3NwHwP
女騎士「蔓穂ヶ原の戦いが終って、
ほっとしたけれど……。
ずっとどこかで感じていた。
ああ、少しも終っていないな、って」
魔王「……」
女騎士「これで私たちの戦争は終わり。
もしかしたら中央が魔界へ攻め入って、
後は魔界で戦争になるかもしれないけれど、
それは私には関係ない……
なんて、考えなかったわけじゃないけれど
そんなことはないよね。
勇者は絶対にそんなところで諦めたりはしない。
そんなところで諦める勇者なら好きにならなかったと思う」
魔王「……」こくり
女騎士「だから、たぶん勇者は、そういうのもこういうのも、
全部どうにかしにいったんだよ。
いまならなんとなく感じる。
本当はあの日にもそれを感じられていれば良かったけれど……。
勇者はきっと魔王と私に、ここは任せて出かけたんだ」
魔王「そう、なのかな……」
女騎士「きっとそう」
魔王「私のやる事は、まだあるのだな……」
女騎士「もちろん」
魔王「……うん」
女騎士「気合入れないとな!」
魔王「う、うん。判った」
女騎士「よっし。じゃぁ、今日のところは解散しよう」
魔王「あ、女騎士」
女騎士「なに?」くるっ
魔王「それでも、そのぅ。云いずらいけれど……
そのぱんつはさすがに小さすぎると思う」
970 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/04(日) 22:12:46.10 ID:TQ3NwHwP
――冬の国、王宮前広場、領事館
冬寂王「ここか?」
従僕「ここですよー! 僕は何回も来ているんです」
将官「ほほう」
大工頭領「おう、坊主!」
従僕「こんにちはー!」
冬寂王「どうかね、調子は」
大工頭領「こいつは、王様じゃありやせんか!
いいんですかい!?
こんな所におつきの兵隊も連れないでのこのこ出歩いて」
将官「失敬な。わたしがいます」
商人子弟「まぁ、止めてもお忍びで出て行っちゃう王様ですからね」
冬寂王「ははは! 良いのだ。
ここは我が愛する冬の国。その中心ではないか。
この街を安全に歩けないようでは、わたしには所詮
王としての器がないのだ」
大工頭領「はっはっはっは! そう言われちゃかなわねぇ」
商人子弟「工事の様子を視察に来たんですよ」
大工頭領「そうかいそうかい。おろ!」
羽妖精侍女 ぱたぱた、ぺこり
大工「うわぁ!」
人夫「へぇ〜」
大工頭領「こいつがもしかして」
冬寂王「こいつなんて云ってはいけないよ」
羽妖精侍女「羽妖精デス。コノ領事館ニ住ミマスデスヨ」
971 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/04(日) 22:14:10.26 ID:TQ3NwHwP
大工頭領「喋ったぞ!」
羽妖精侍女「オ話好キデス、ハイ!」
大工「うわぁ。浮いてるよ」
人夫「初めて見たぞ、あれが魔族なのか?」
羽妖精侍女「?」ぱたぱた
大工頭領「は、は」
商人子弟「葉?」
大工頭領「はーわいゆー?」
羽妖精侍女「妖精一族ノウチ、羽妖精族ノ、羽妖精侍女デス。
領事館ヲ作ッテクダサッテアリガトウゴザイマス。
女王様ニ変ワッテオ礼申シ上ゲマスデス」
大工頭領「な、なんでぇ喋れるじゃないかっ!」
商人子弟「最初から云ってるでしょうに」
従僕「大工さーん。この人は、羽妖精侍女さんでね。
猫とも喋れるすごい人ですよー。
この領事館に住む予定なのです」
がやがや 冬の国市民「あれが魔族なのか?」
冬寂王「公表したとおり、魔界の一部との停戦協定の結果だ。
わだかまりはあるやもしれぬが、ここはわたしの顔を立てて、
一つよろしくお願いしたい」
商人子弟(どんな反応になるんだ……)
羽妖精侍女「……?」じぃっ
973 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/04(日) 22:16:24.68 ID:TQ3NwHwP
大工頭領「……ふむふむ。羽があるのかぁ。お嬢ちゃんは。
それで三階の小部屋には階段がいらないってぇ話なんだなぁ。
こいつは驚き……だが納得したぜ」
がやがや
大工「小さいなぁ」
人夫「こんな娘っこ相手に俺たちは戦っていたのかい?」
将官「いやいや、魔族って云っても色々いるって事ですよ。
この街に来るのは、ちゃんと審査をして、友好的に暮らしたり
連絡や通商の業務を出来る人だけになるんです」
大工「そうなのか」
中年の女性「そうだね! こんな娘っ子に負けたとあっちゃ、
うちの爺さんだって浮かばれないからね! あっはっはっは」
街の少女「……ぱたぱた、きれい」
大工頭領「あっしも大工だ。細かいことはぐだぐだいわねぇ。
引き受けた仕事だ、住む人に喜んでもらえるもんをつくりやす」
冬寂王「そうか、ありがたい」
商人子弟「……思ったより冷静だな」
従僕「それはそうですよー」
商人子弟「そうなのか?」
従僕「湖畔修道会では、魔族も光の子って教えていますから」
将官「云われてみれば、そうだな」
羽妖精侍女「ソウナノデスカ?」
冬の国市民「修道士さんはそういってたぞ?
不幸にして戦うことになってしまったけれど、
それは人間の国同士でも無くはないことだしなぁ」
痩せた軍人「しかし魔族は信用が出来ない。
監視を怠るべきではないのではないか」
がやがや
974 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/04(日) 22:18:23.08 ID:TQ3NwHwP
中年の女性「色んな魔族がいるんじゃねぇ。
爺さんは帰ってこないけれど、それもこれも
恨んだからって帰ってくるわけじゃなし……」
初老の男「なんの。もしまた攻めてきたら、
極光島の時のように戦えばいいのだ! 騎士将軍万歳!」
冬寂王「……」
商人子弟「ふむ……」
将官「――タイミングが、良かったのかも知れませんね」 商人子弟「とは?」
将官「極光島が取り戻せていたからこそ、
全員ではないにしろ、納得できる人もいる。
それに湖畔修道会が色々広めてくれたようですし」
大工「それだよ。天然痘の予防も、
魔界で見つかったって云うんだろう?」
人夫「ああ、俺もそう聞いたぞ」
冬の国市民「俺もちくっとして貰ったぞ」
街の少女「あたいもー!」
冬寂王「予防を受けておらぬものはいないか?
隣近所にもしっかり話を回すのだぞ?
もし受けていないものが我が国の国民ではなくても、
その場合は王宮に届け出れば相談にのる」
商人子弟「そうですよー! ちゃんと接種を受けて下さいよ!」
従僕「家族全員で受けて下さいねー!」
羽妖精侍女「デスヨー?」ぱたぱた
大工「あははっ、声もちいせぇや」
人夫「まったくだ」
大工頭領「よぉっし、じゃぁ、この侍女さんと王様に
俺たちの作っている領事館の案内をしちまおうじゃないか」
977 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/04(日) 23:00:58.02 ID:TQ3NwHwP
――交易船『海の翼号』、船上
ざざーん
「よーそろー!」「よーそろっ!」
貴族子弟「冷えますね」
メイド姉「はい」
器用な少年「うっわぁ! うっわぁ! すげぇな!
あんちゃん、俺船は初めてだよっ!」
貴族子弟「あんちゃんではなく、師弟様、とか、師匠とか。
そういう呼び方で読んで下さい。
ああ。ご主人様、は禁止します。
それは見目麗しい少女に呼ばせると決めていますから」
メイド姉「……」
器用な少年「なぁなぁ! あんちゃん!
あれなんだ? 鳥か!? うっわぁ!
すっげぇ! 海に突っ込んだぞ、なにやってんだ!」
がちゃ
生き残り傭兵「よぅっ。見張りを交代するぞ」
ちび助傭兵「助かる」
若造傭兵「おはよう」
傭兵弓士「良い天気だな。おーい、船長さんよ」
船長「なんだごろつきども」
メイド姉「すいません、すいません」ぺこぺこ
生き残り傭兵「まぁ、その辺は勘弁してくれよ」
船長「まぁ、たっぷり弾んで貰ったからな。諦めはしたがよ。
このまま極大陸で良いんだな?」
メイド姉「お願いします」
船長「ふんっ。まぁ、こんな事は今回限りにして貰いてぇな」
980 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/04(日) 23:02:38.95 ID:TQ3NwHwP
器用な少年「感じ悪いなぁ」
生き残り傭兵「仕方ねぇさ」
メイド姉「あの方は本来ただの商人さんです。
遠征軍のように“殴りかかってきた相手”と云うわけでは
ないですからね。巻き込むのは気が咎めるのですが、
この場合は他に手段もありませんでしたし……」
器用な少年「でも、目の玉飛び出るほどふんだくられたぜ?」
生き残り傭兵「あはははっ。小僧の金ってわけでもないだろう?」
ちび助傭兵「それはそうだ」
器用な少年「でも、もったいないじゃんかよう」
メイド姉「お金なんて生きていなければ使えませんよ?」
器用な少年「――」
生き残り傭兵「やぁ。あはははは。いっぱしの傭兵でも
チョット言えないような台詞を平気で言うな、代行は」
若造傭兵「うん」
貴族子弟「さぁって、これで大空洞まではいけるだろう。
この船の荷物も買い取ったから、防寒着や食料も十分だ。
新型の銃まであるとは驚いたけれどね」
メイド姉「そうですね」
器用な少年「銃って云うのか? あの筒」
生き残り傭兵「使えれば戦力になるかな」
ちび助傭兵「どうだろうな」
傭兵弓士「石弓に似たものだな」
981 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/04(日) 23:03:59.51 ID:TQ3NwHwP
貴族子弟「それよりは、いまは今後の予定だな」
メイド姉「ええ」
生き残り傭兵「そいつだ」
若造傭兵 こくり
傭兵弓士「この際、代行の目的やこの遠征のことも
聞かせて貰いたいな。一応雇われた身分になったとはいえ、
戦闘は俺たちが引き受けるんだろう? 落ち着かないぜ」
貴族子弟「ああ、そうなるね」
メイド姉「はい」
生き残り傭兵「極大陸から、魔界へ行こうってのは判った。
それでどうするつもりなんだい?」
貴族子弟「僕たちの目的は殆ど同じだ」
若造傭兵「だんだん判ってきた」
傭兵弓士「何をだ?」
若造傭兵「代行と上手く付き合う方法を」
傭兵弓士「どうするんだよ?」
若造傭兵「考え得る材料で一番とんでもない想像をしておくんだ」
貴族子弟「魔界へ先回りして、
聖鍵遠征軍と魔族の停戦交渉の準備をする」
メイド姉 こくり
生き残り傭兵「……」
ちび助傭兵「はぁ!?」
若造傭兵「ほら。な?」
傭兵弓士「あ、ああ」
982 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/04(日) 23:05:15.22 ID:TQ3NwHwP
貴族子弟「いや、まぁ。まってくれ」
生き残り傭兵「何を言い出すんだ、俺たちは百人もいないんだぞ?」
貴族子弟「まぁ、まぁ。話を聞いてくれ。
何も、本気で停戦が出来るとは僕も考えていないよ。
魔族はどうあれ、聖鍵遠征軍は巨額の費用をかけているし
大陸の国家の半数以上が参加しているんだ。
出発はしましたが何もしないで帰ってきました、
なーんて訳にはすでに行かなくなっている。
だが、ちょっと待ってくれ。
戦争をするのは、では仕方ないにしても、
どこまでやるのかって問題はあるだろう?」
器用な少年「どこまで?」
生き残り傭兵「ふむ」
貴族子弟「本気で相手が全滅するまでやるのかって事だよ」
器用な少年「やるんじゃないか? そういう感じだったろ、遠征軍」
生き残り傭兵「まぁ、な」
貴族子弟「でもそれにしたって限度という物がある。
たとえば梢の国と銅の国は過去に戦争したことがあるけれど
最終的には痛み分けだ。お金を払ったり払われるかといった
形に落ち着いた。
月砂の国は戦に負けて滅んだけれど、それだって砂丘の国に
吸収されて終わったんだ。別に皆殺しになった訳じゃない」
傭兵弓士「そう言えば、そうだな」
貴族子弟「戦争に参加していない一般の市民まで殺すなんて
ナンセンスだ。第一、人数的に見たって現実的じゃない。
仮に遠征軍が勝っても、負けたとしてもどこかで妥協は
必要になってくるんだ。
停戦協定は、その時にきっと役に立つ。
成立しなかったとしても、その中で作った連絡手段はね」
983 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/04(日) 23:07:03.33 ID:TQ3NwHwP
メイド姉「わたしはかなり本気で停戦を
成立させたいと考えています。
でも、やはり難しいとも思っています……。
わたしが考えているのは、貴族さんとは少し違って
この戦争の危険性と、参加者の意識のずれです」
生き残り傭兵「なんだそれ?」
メイド姉「戦争は痛くて苦しいではないですか?
人が沢山死にますし、飢えたり寒かったり辛いことばかりです。
人は自由な生き物ですし、それは国家もまた同様であるべきです。
わたし個人は戦争を憎みますけれど、
戦争そのものは否定出来ないかも知れないと思います。
言葉に出来ないほど悔しいですが……。
この世界には戦争という行動でしか解決できないことも
あるのかもしれません。
しかし今回の戦争には、全員が全てきちんとした
自由意志で参加しているかと云えばそうではないように思える。
停戦協定を一度は試みてみるべきだと思うのは
“本当はやめたい人”にチャンスを提供するためです」
器用な少年「えーっと」
ちび助傭兵「なんだか滑らかな言葉に説得されそうだけど
それってすげー上から目線じゃねぇか?
云ってることは“いまならまだ許してやる”に近いぞ?」
若造傭兵「……あー」
メイド姉「ええ、そう言ってるわけです」
989 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/04(日) 23:26:18.99 ID:TQ3NwHwP
器用な少年「は、はぁ?」
生き残り傭兵「はぁー!?」
メイド姉「そんなに驚かなくても……。
平和的な交渉で事態を収拾するチャンスを与えないのは、
それはそれで狭量ではないですか?」
生き残り傭兵「いや、そうかもしれないけれど。
そう言う台詞は、武力で圧倒している側が云うんだろっ」
メイド姉「そういえば、そうかもしれませんね。
でも、聖鍵遠征軍も魔族のほうも全滅の危機ですよ?」
貴族子弟「ふむ」
メイド姉「聖鍵遠征軍も、おそらく魔族の方達も
わたしから見ると背筋が凍るほど危ない橋を渡っています。
……十度渡って一度渡りきるか否かと云うほどの。
伝える方法がないのが、もどかしいですが」ぎゅっ
生き残り傭兵「どういう事なんだ?」
メイド姉「損耗率です。
……これに気が付いているのは
世界中でも十人もいないかも知れません」
若造傭兵「損耗率?」
貴族子弟「一度の戦闘で参加者のどれくらいが死ぬか、と云う話さ」
生き残り傭兵「そりゃ、なんだ。そんなのは常識だろう?
千人同士の戦で一日戦って、20人かそこらが死ぬか不虞になる。
50人、運が悪いと100人は戦闘できなくなるな。
半年もすれば治る程度だろうが」
ちび助傭兵「そんなもんだろう?」
メイド姉「それは不変ではありません」
991 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/04(日) 23:27:49.65 ID:TQ3NwHwP
生き残り傭兵「よく判らないな」
メイド姉「まだピンとは来ませんよね。
わたしも詳しく実際に調べたわけではありませんが
マスケットを持った1000人の兵同士が半日戦った場合
その死者の数は100人を越えるでしょう」
貴族子弟「……青ざめるね」
生き残り傭兵「100人っ!?」
ちび助傭兵「ってことは、あれか?
いままで一週間かかっていた戦争が一日で片付くって話なのか!?」
メイド姉「もちろんそう言う側面も、あります」
生き残り傭兵「理由は?」
メイド姉「理由は沢山あります。
まず、マスケットは高い攻撃力をもっています。
至近距離であれば板金鎧を打ち抜くほどに。
攻撃力は性能と距離に依存します。
しかし、マスケットで防御力は上昇しません。
この船に積まれているのは、おそらく新型のマスケット
“フリントロック”ですが、これはマスケットの性能を
向上させて利便性や連射性能を向上させたものです。
これもまた、防御力という意味ではマスケットと同じく
“先に倒すことによって身を守る”と云う程度の
ものでしかありません。
つまり、防御力に比して攻撃力が突出しているのです」
貴族子弟「ほかにもある。マスケットの登場によって
戦場には非常の多くの歩兵が存在できるようになってしまった。
見ただろう? あの聖鍵遠征軍のおびただしい数を」
992 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/04(日) 23:30:01.01 ID:TQ3NwHwP
傭兵弓士 こくり
貴族子弟「彼らはマスケットを討つ訓練を受けた農奴なんだ。
君たちは傭兵として長いから判っているだろう?
戦場で生き残る大事さと、大変さを。
生き残りさえすれば、戦場ではいずれ手柄をあげられる。
チャンスは生きてさえいれば巡ってくるんだからね。
だが彼らは生き残ることよりも、
敵に射撃をすることを教えられて送り出されている。
“生き残る訓練”をしていないんだ」
生き残り傭兵「……それは、判る」
メイド姉「先ほどは“いままで一週間かかっていた戦争が
一日で片付く”と云っていましたが、もちろんそれは一例です。
例えば、それとまったく同じ理由により
“司令官がちょっと目を離した隙に取り返しが
つかないほど多くの兵が死ぬ”と云うこともあり得ます。
さらに最悪なのは“一時的な怒りに駆られて
本来殺す必要がなかった人々まで一時に殺せてしまう”
と云うことです。
たとえば、鎧と剣を装備した二人の騎士が
打ち合う場合、腕が互角であればなかなか勝負がつきません。
疲労もするでしょう。
今日のところは引き分けと云うことになれば
もしかしたら明日は仲直りするチャンスがあるかも知れない。
それが出来なくても、嫌いな相手として顔を合わせないように
過ごすことも出来るでしょう。
でも、マスケット以降の戦いではそうはいかない可能性が
高くなって行くんです。
――“仲直りする前に相手を殺していた”。
それは言葉に出来ないほど恐ろしいことです。
それに……。魔族も、マスケットは持っています」
生き残り傭兵「そうなのかっ!?」
993 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/04(日) 23:32:17.90 ID:TQ3NwHwP
メイド姉「仮に持っていなかったとしても、
その技術を入手できる位置にいる事は確実です。
いえ、もしかしたらそれ以上の武器さえも。
当主様は決して争いを好みはしませんが。
それでも
――殺しあいをするには、危険すぎる線上の綱引きです」
ちび助傭兵「……傭兵には荷が重すぎる話だ」
メイド姉「時代の曲がり角が要求する血の量は、
もしかしたら、魔族と人間の血の全てあわせたよりも
多量なのかも知れない。だとすれば、それは世界の終焉です」
貴族子弟「?」
メイド姉「いえ。……こちらの話です」
生き残り傭兵「それで、その損耗率の話で互いを説得できるのか?」
メイド姉「おそらく魔族側は説得の必要があまりないと
思うんですけれどね」こくり
貴族子弟「そうなのかい?」
メイド姉「ええ。知己がいます。話のわかる」
貴族子弟「それは有り難いな。
交渉ってのは顔見知りかどうかが重要だからねぇ」
若造傭兵「まぁ、その交渉のために、俺たちは代行を
魔界の旅の間守り抜けばいいわけだ」
メイド姉「ええ、そのためには幾つか策も必要なものも
あるのですが……。いずれにしろ名前のないわたしが
突然聖王国の指導者にお会いできるわけもありませんしね」
ちび助傭兵「常識的なことを云うとかえって不気味だな」
メイド姉「とにかく、魔界へとたどり着くことです」
Part.10
35 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 00:02:37.22 ID:O8aL4rAP
――冬の国、王宮、予算執務室
商人子弟「どうだ?」
従僕「あったかいですー!」
商人子弟「指は?」
従僕「にぎにぎしてもひっぱられませーん!
良いなぁ、この手袋もっふもふですよ?
すごいなぁ。お水も弾くのですか?」
商人子弟「きちんと手入れすればね」
従僕「もっふもふー」ぺたぺた
商人子弟「こらこら、ところ構わず撫でるのはやめなさい」
従僕「えへへ」なでなで
がちゃん
将官「着ましたよ」
商人子弟「そっちはどうです?」
将官「保温性は、まだちょっと判りませんが
従来の外套よりも暖かいですね。それに、随分軽い。これは?」
商人子弟「毛皮を薄くして、
二重ばりの内側に羽毛を入れたものです。
多少値段が張るんですがね、よいでしょう?」
将官「ええ、素晴らしいですよ」
38 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 00:04:13.40 ID:O8aL4rAP
商人子弟「この種の防寒装備は、我ら冬の国の得意と
するところですからね」
従僕「温かいのです」 なでなで
将官「急に防寒具の改良に着手されたのは何故です?」
商人子弟「急にではありませんよ。
そのうちに、とは思っていたんですけれどね。
魔族は毎年攻めてくる相手ではありませんけれど、
冬は毎年やってくるでしょう?
で、あれば防寒具の改良をするのは
国民全体の利益になり得ますしね。以前からの計画です」
従僕「そうですよねー」にこにこ
商人子弟「必要になる気もしますしね」
従僕「?」
将官「……?」
商人子弟「それに、我が国はやはりいま少し兵士が欲しいでしょう?
軍人になれば上等な外套や手袋が支給されるとなれば
応募も増えるでしょうし、現場の士気もあがるでしょう?
冬になったからと云って、領内の巡視は続くんですからね」
将官「そうですね、はい」
商人子弟「銀行も出来ましたし、
この種の仕事は随分やりやすくなりましたよ」
40 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 00:06:16.65 ID:O8aL4rAP
将官「銀行? お金を借りることが出来ると、
何か良いことがあるんですか?」
商人子弟「試作品さえ出来てしまえば、
あとは銀行からお金を借りて
“企業”を一つ立ち上げれば良いわけです。
“企業”には、今回の場合興味のある皮商人や、
縫製ギルドの職人に参加して貰うわけですね。
そして品物を生産する。仕事は沢山あります。
まずはこの手袋と外套を、軍に行き渡るだけ納品して貰う。
その後は同じアイデアで品物をつくってみんなに売れば
良いわけですものね。
良いアイデアや商品があるにもかかわらず、お金がなかったり
ギルドの中で若手であると云うだけで、チャンスがつぶれていた
様々な人たちの仕事が新しく始まりやすくなるわけですよ」
従僕「新しいケーキ屋さんとかっ♪」
将官「しかし、でも、そうすると、銀行からお金を借りて
それでもし仕事が失敗したらどうするんですか?
銀行だってお金を損してしまうでしょう?」
商人子弟「だから試作品が大事なんですよ。
計画書でも良いですけれどね。
そう言った資料と、仕事をしたいという人の人柄をよく見て
銀行は貸すお金を判断するんですよ。
金貸しは役人であってはならないし、銀行は役所ではないんです。
どちらかというと、仕事を一緒にする仲間であるべきです。
……師匠の受け売りですけれどね。
この立場に成ってみると、いちいち身に染みます」
従僕「チーズの保管所も出来ましたもの♪」
将官「難しいのですねぇ」
商人子弟「この国は恵まれています。人々はみんな素朴だし、
働き者で、笑顔が力強いですから。なにごともなければ
ずーっと発展が続くはずですよ」
45 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 00:35:46.18 ID:O8aL4rAP
――鉄の国、兵舎、執務室
軍人師弟「次の書類が欲しいでござる」
鉄国少尉「はっ」しゅたっ
軍人師弟「ふむふむ……。これはよしっと」 ぺたん
鉄国少尉「確認済みですね」
軍人師弟「うむ。みんな真面目に警備を続けているでござるね」
鉄国少尉「ですね。前回の戦いで国境警備の重要性も判りましたし」
軍人師弟「連絡手段も重要でござるね」
鉄国少尉「通信塔の建築、早く済むと良いですね」
軍人師弟「あれはやはり来年まではかかるでござろう。
秋の間に大まかな測量が終わって、着工は来年でござるよ」
鉄国少尉「はい」
かりかりかり
かりかりかり
軍人師弟「ん……」
鉄国少尉「どうされました」
軍人師弟「旧白夜王国に放った密偵からでござる」
鉄国少尉「ふむ」
軍人師弟「……やはり治安に問題が生じているようでござるね。
それからしきりに練兵を繰り返しているようでござる」
鉄国少尉「練兵ですか……」
軍人師弟「他にやることもないのでござろう」
46 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 00:37:05.71 ID:O8aL4rAP
軍人師弟「次を」
鉄国少尉「こちらです」 しゅたっ
軍人師弟「これは、護岸卿に回して欲しいでござる」
鉄国少尉「了解しました」
軍人師弟「閲兵および、行軍訓練の指揮指導は第一大隊長に
任せるでござるよ。そろそろ出来るでござろう?」
鉄国少尉「はい、通達いたします」
軍人師弟「それから、開拓村の収支の報告書は」がさがさ
鉄国少尉「こちらです」すっ
軍人師弟「司書を呼んで、これの複製を二つ作って
欲しいでござる、かたほうは冬の国の商人子弟宛に。
拙者が手紙をそえるでござる。
一つは王へと報告書と共に出すでござる」
鉄国少尉「すでに複製もありますよ」
軍人師弟「助かるでござるよー」 かきかき
鉄国少尉「……」じー
軍人師弟「それから、少尉には近衛の訓練と」
鉄国少尉「お断りします」
軍人師弟「へ?」
鉄国少尉「そんなに仕事を振りまくって何を考えているんですか?」
軍人師弟「あ、いや。そろそろ皆、自分の仕事を……」
鉄国少尉「違いますよね」
軍人師弟「……」
鉄国少尉「わたしは一緒に行きますからね」
軍人師弟「……そう、でござるか」
鉄国少尉「はいっ」
54 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 00:45:52.01 ID:O8aL4rAP
――魔界(地下世界)の荒野、傭兵騎士団の旅
器用な少年「うっわ、すげぇな」
生き残り傭兵「見渡すばかり赤い土、あっちに見えるのは、森か?」
ちび助傭兵「視界が良すぎるな」
若造傭兵 こくり
傭兵弓士「さぁって、あの大空洞を抜けたは良いが」
貴族子弟「しばらくは北西だねー」
器用な少年「なんだよ。あんちゃんはこっちも詳しいのか?」
貴族子弟「あんちゃんって呼ばないでくれないか?
いい加減温厚な僕でも盗癖のある子供の調理法を
考え始めてしまうよ?」
器用な少年「な、なんだよっ。やんのかよっ」
生き残り傭兵「暴れるなよ。馬が驚く」
ちび助傭兵「このあたりもまだ寒いな」
若造傭兵「ああ」
貴族子弟「来ました」
器用な少年「え?」
ふっ
冬国諜報部員 ぺこり
貴族子弟「しばらく世話になりますよ」
冬国諜報部員「いえ、上から支持を受けております。
如何様にでもお使い下さい」
55 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 00:48:44.87 ID:O8aL4rAP
生き残り傭兵「隠密かっ?」
貴族子弟「ええ。流石にこのあたりの様子がわからないのも
心配ですしね。わたしも腕っ節には自身がないですし」
メイド姉「手紙でお願いしたものは、揃いそうですか?」
冬国諜報部員「はい、しかし、宜しいのでしょうか?
情報だけでよいという話でしたが」
メイド姉「ありがとうございます」ぺこり
冬国諜報部員 すっ
メイド姉「……。ん……。距離よりも、山道のほうが
やっかいですね。ここからだと、一月はかかるでしょうか?」
冬国諜報部員「20日ほどでしょうか」
生き残り傭兵「ずいぶんな距離だな」
貴族子弟「開門都市の状況は?」
冬国諜報部員「現在は、防壁などが作られたり、
物資が運び込まれたりしています。
相変わらず人の出入りはルーズですが、
聖王国側の人間が入った様子は今のところありません」
貴族子弟「そっちの警戒心はゆるそうですからね。
そのへんは冬国さんのほうで見てあげて下さいますよね?」
冬国諜報部員「はい、局長の指示ですから。
暗殺にだけはくれぐれも用心しろと……」
貴族子弟「食えない爺さんだなぁー」
57 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 00:50:30.12 ID:O8aL4rAP
メイド姉 ぺらっ、ぺらっ
冬国諜報部員「いかがです?」
メイド姉「把握しました、ありがとうございます」
冬国諜報部員「いえいえ。あ、宜しいですよ、それは」
メイド姉「いえ。トラブルの元ですし、全て覚えました」
冬国諜報部員「了解」
生き残り傭兵「で? 代行。これからどっちに行くので?」
ちび助傭兵「こうなれば、ヤケクソだな。どこまでもいくさ」
若造傭兵 こくり
傭兵弓士「どちらにしろ、移動しよう」
貴族子弟「メイド姉くん。僕は、しばらく別れて良いかな?」
メイド姉「はい。お願いします」
生き残り傭兵「おろ、旦那は?」
貴族子弟「僕は根っからの都会ものだしね。
そろそろ都会の空気が恋しいよ。それに仕事にも好都合だ。
開門都市へ向かう」
傭兵弓士「じゃぁ、俺たちは代行と? どこへ向かうんだ?」
メイド姉「竜の領域へ。この魔界でももっとも古くから栄える
大氏族、竜の一族の本拠地のある、火焔山脈です」
生き残り傭兵「火焔山脈……?」
メイド姉「ええ。竜一族、一万年の宝を借り受けないといけません」
102 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 17:21:29.44 ID:O8aL4rAP
――新生・白夜直轄領、王宮、執務室
王弟元帥「ここが限界点だな」
参謀軍師「……」
聖王国将官「そのようですね」
灰青王「意見の一致を見たわけだ。結構」
聖王国将官「食料の残量、砲弾の備蓄、装備の普及。
これ以上時間をかけても、おそらく人数が増えてはゆくが
補給の関係でよりアンバランスな、
非戦力の増加を招くだけでしょうね」
灰青王「逆に言えば、この数字が、現在の中央国家群の
基盤的な限界点ということになる」
従軍司祭長「と、なれば躊躇うことなく一刻も早い出発を」
王弟元帥「軍の規模を報告せよ」
参謀軍師「総勢は約24万と3千。
農奴による新規編制歩兵部隊は20万強となります。
うち、マスケット部隊は10万。新型銃フリントロック部隊は250。
残りの14万は槍兵、および大盾部隊。
貴族軍3万と5千、騎馬戦力1万となっています。
またこれ以外にも非軍事参加者8万」
聖王国将官「非軍事参加者と云うのが気に食いませんな」
王弟元帥「そういうな。彼らは職人や飯炊き女、娼婦、
それに商人なのだ。彼ら無しでは、いくら輜重隊を整備しようが、
軍そのものが機能しなくなる」
103 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 17:24:13.01 ID:O8aL4rAP
参謀軍師「最終的には、マスケットと槍兵の比率は
ほぼ同数の混成部隊となりました」
灰青王「それは運用でどうとでもなるだろう」
王弟元帥「中核歩兵部隊20万、か」
参謀軍師「これ以上この地に留まりましても、
食糧備蓄の低下を招くだけ。また、これ以上時をおきますと
本格的な氷雪の季節の到来となります」
王弟元帥「よかろう。……出陣だっ」
参謀軍師「はっ!」
聖王国将官「はっ!」
灰青王「腕が鳴るな、ふふふっ」
従軍司祭長「精霊様もことのほかお喜びでしょう」
王弟元帥「残存部隊5000を残す。この港および都市は重要な
補給中継点だ。残存部隊は落葉の国の管理に一任し、
ただし槍兵4000を与えよ」
参謀軍師「承りました」
王弟元帥「大主教猊下は?」
従軍司祭長「もちろん同道いたします。猊下は王弟閣下に
全幅の信頼を置いておいでになる。
道中であっても、その安全はいささかも損じられることはない。
そう考えて宜しいですね」
王弟元帥「もちろんだ」
参謀軍師「早速部隊への通達に取りかかります」
灰青王「搬入および連絡も急がせるとしよう」
104 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 17:26:45.75 ID:O8aL4rAP
――冬の王宮、謁見室
タッタッタッタッ
将官「王! 王! 冬寂王っ!」
冬寂王「何事だ」
将官「白夜の国に駐留していた聖鍵遠征軍が
とうとう動き始めました!
船団を活発化させて極大陸の前哨地に、
次々と兵を送り込んでいます」
執事「始まりましたな」
冬寂王「やはり魔界への侵攻を優先させたか」
執事「まぁ、こちらに攻めて来るとなると、
相当の消耗を覚悟しなければなりませんし。
そもそも南部連合となった現在、南部の我ら三ヶ国をつぶす間に
湖の国が聖王国中枢部を破壊するなどと云うことも
考えられますからな」
冬寂王「うむ。……誰ぞ伝令はおらぬか!」
伝令「は、ここに!」
冬寂王「至急、氏族会議の領事館にお知らせせよ!」
将官「随分と情勢が変わりますね」
執事「無関係というわけには行きますまい……」
冬寂王「われらも南部連合会議を開催し、対応策を協議するのだ」
105 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 17:28:06.27 ID:O8aL4rAP
――氷の国、紫の応接間
氷雪の女王「目の回るような忙しさですね。これだけの書状とは!」
参事官「ええ、しかしなんとか目を通してしまわないと」
氷雪の女王「この手紙は……
“我が領内には天然痘の患者があふれかえり、
その有様はまさに煉獄の門が開いたかのようです。
氷の国におかれましては、同じ人間としての公徳心を持って、
どうか我が領土に薬を寄付して頂けることを願います”」
参事官「はぁ……。寄付ですか」
氷雪の女王「銅の国なのよ。腹立たしいわねぇ。
この間まで人の国の人間をマスケットで
ばんばん撃ち殺しておいたくせに、
公徳心なんてどんな顔をしていたら、云えるのでしょう?」
参事官「肖像画が確かありましたよ。
吟遊詩人に命じて各国首脳の肖像画は
なるべくそろえさせておりますからね」
氷雪の女王「いいわ、見ないでも。
思い出したわ。
カエルに似てるけれど、カエルの側も
縁を切りたいような顔だったわね」
参事官「さようで」
氷雪の女王「はぁ、これ全部そうなのかしらねぇ」
参事官「さようですなぁ」
107 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 17:29:14.30 ID:O8aL4rAP
氷雪の女王「出来れば助けてあげたいのだけれど」
参事官「だからこそ、書状も検討しておきませんと」
氷雪の女王「これの山は?」
参事官「そちらの山も似たようなものですが、
比較的小さな村からの嘆願の手紙ですよ」
氷雪の女王「何故封筒が二重なのかしら」
参事官「湖の国や梢の国に送られたものも、
全てこちらに回して貰っているからですな」
氷雪の女王「え?」 参事官「こういった仕事は、女王の得意とされることですので
ぜひ情報を一元化するように貴族子弟様が手配されまして」
氷雪の女王「この仕事全部をあの昼行灯に押しつけてやりたいわ」
参事官「さようですか」
氷雪の女王「ええっと……。
“じょおうさまこんにちは ぼくたちのむらは
おとなのひとが、てんねんとーで みんなたおれて
くろくなって、たべるものも ないです
たすけてください。
おねがいします”」
参事官「ふぅむ。これは潮の王国の辺境の村からですね」
氷雪の女王「すぐにでも接種の薬と修道士を送らなければ」
参事官「いや、少し待って下さい」
109 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 17:32:37.47 ID:O8aL4rAP
氷雪の女王「どうして?」
参事官「これと同様の手紙も数多くきております」
氷雪の女王「でも、小さな村であれば種痘の量も
それほどには必要ないだろうし、
第一、この幼い子供達自身はなんの罪も咎もないはず。
出来るのであれば力を貸してあげたいって、
修道院の教えにもそうでしょう?」
参事官「いえ、同様の手紙24通は、全て同じ書式で、
潮の国鱒の港の商館を経由して郵送されてきたわけです」
氷雪の女王「え……?」
参事官「鱒の港の商館といえば、潮の国の王の伯母が、
王族の免税特権を用いて巨額の利益を稼ぎ出している裕福な
貴族商人ですからね」
氷雪の女王「……」
参事官「いかがいたしましょう?」
氷雪の女王「至急人をやって真偽を確かめさせて!」
参事官「はぁ。……かなり真っ黒だとは思いますが」
氷雪の女王「もうっ。こっちは?」
参事官「ふむふむ、これは猪首の国からですな」
氷雪の女王「えーっと
“精霊の恵みたる治療薬を貴公ら南部連合なる
蛮夷の国にて独占するとは言語道断。
我が勇猛なる教会僧兵百万の狼牙棒の餌食になりたくなくば
速やかなる慈悲を請い、全ての医の秘密を
つまびらかに明かし、我が国に服従を誓え”」
参事官「……空気が読めていませんな。
100万の兵ってどこのお花畑で遊んでいるんでしょうか」
氷雪の女王「これは捨てちゃいましょう」
110 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 17:34:54.20 ID:O8aL4rAP
氷雪の女王「はぁ、それにしてもねぇ。殆どゴミね」
参事官「ええ」
氷雪の女王「検討する気になるのは、わずか5通とは」
参事官「どうにも外交する気がないとしか思えませんな」
氷雪の女王「どうした物かしらねぇ」
参事官「鵲の魔術ギルド、これはどういたします?」
氷雪の女王「候補に残しては見たけれど、パスね」
参事官「で、ございますか」
氷雪の女王「ええ。研究目的で売ってくれという話でしょう?
この種痘でお金儲けをするつもりはないし、
金儲けの意図が透けて見えすぎるわ」
参事官「と、なりますと……。稲穂の国の支援と、
自由貿易都市でございますか」
氷雪の女王「自由貿易都市の件は、『同盟』の商館に依頼をして
高炉に組み込めるかどうか、黒い噂がないかどうかを
見て貰いましょう」
参事官「さようでございますね」さらさら
氷雪の女王「稲穂の国の支援については、
わたしの一存では決めがたいわね。
これは連合の会議ではかってみます。保留にしましょう」
参事官「承知いたしました」
氷雪の女王「天然痘の対処方法の情報は、ずいぶんな衝撃を
各国に与えたようね……。取り扱いに注意しなくては」
116 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 18:17:22.88 ID:O8aL4rAP
――聖鍵遠征軍、旗艦『勇壮』の貴賓室
王弟元帥「はっはっはっ! 随分すさまじい経験をしてきたのだな」
勇者「やー。まぁ、でも、美味いんだってば!
魔界の猪はさー。尻のところなんかぷりっとした感じなんだよ」
王弟元帥「そうなのか?」
勇者「ああ。捕まえるのはちょっと大変だけどね。
あいつら、特にゲートに近い場所では、気が荒くなるんだよ。
いまはゲートが無くて大空洞だけどね」
王弟元帥「そうだと聞いたな。勇者は何か知ってるのか?」
勇者「なにかって? もっぎゅ、もっぎゅ」
王弟元帥「ゲートが消失した顛末についてだよ」
勇者「ああ。1回蒼魔族が攻めてきた事件があってね」
王弟元帥「ああ。白夜王国の時か?」
勇者「いや、それよりずっと前にさ。
その時、ちょっとした必要があって広域殲滅呪文で
穴を掘ったんだ。穴掘るのは魔法でも大変だな。
ゲートが壊れちゃったのはもったいなかったけれど
結果として魔界へと通じる穴が空いたから、
同じと云えば同じだよね」
王弟元帥「そうだな。すごい景色だと聞いている」
勇者「うん、見物だよ。……むしゃむしゃ。
あ、これも食べて良い?」
王弟元帥「おお。たっぷりと食べてくれ」
勇者「ありがとうなっ」
参謀軍師「……何が起きているんだ」
聖王国将官「……判らない」
119 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 18:19:08.18 ID:O8aL4rAP
勇者「んでまぁ。機怪族ってのはさ、全体的に板金鎧を着た騎士に
似ているんだけど、中身もぎっしりだから相当重いわけだな。
重さで云うと、同じ大きさの騎士の1.5倍くらいはあると思うぞ。
でも、防御力は二倍あると思った方がいい」
王弟元帥「ほほう、そうか。さすが勇者だ。
魔界のありとあらゆる事に精通しているのだな」
勇者「旅暮らしが長いからね」
参謀軍師「あの……閣下?」
聖王国将官「こちらは……?」
王弟元帥「おお、紹介しよう。一時行方不明と噂されていた勇者だ」
勇者「おじゃましています。勇者です」
参謀軍師「いえ、その……。お姿は見たことがありますが」
聖王国将官「生きていらっしゃったのですね!」
王弟元帥「うむ、やはり魔王と戦ったそうだ」
勇者「そうそう。痛み分けだ。
やぁ、ぶっちゃけ前評判はあてにならないよ。
弱い弱いなんて云っても魔王だね。
あの圧倒的な(胸の)オーラ。決着をつけることは出来なかった」
参謀軍師「そうだったのですか……。魔王は?」
聖王国将官「では噂どおり」
王弟元帥「うむ、一命を取り留めたそうだ」
勇者「実は俺も深手を負って、仮死状態だったんだ。
目覚めたのはつい最近でね」
王弟元帥「聖鍵遠征軍の噂を聞き、やってきてくれたのだ」
120 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 18:20:30.68 ID:O8aL4rAP
勇者「うん、しばらくやっかいになろうかと
思うんだが、良いかい?」
参謀軍師「それは……」
聖王国将官 ちらっ
王弟元帥「もちろんだとも勇者。
覚えていてくれるだろうか?
そなたが魔王征伐を決意し、
教会の祝福を一身に受けて旅立ったあの日、
わたしも他の王族に入り交じりバルコニーから
熱い思いで見つめていたのだ。
勇者の鎧を光に輝かせ旅立つそなたは、この歳になったとはいえ
男子の胸の中にある高潔な騎士道と冒険の心を刺激せずには
置かないまさに一幅の英雄の肖像だったよ」
勇者「そう言われると照れるな。でへへぇ」
参謀軍師(勇者の戦闘能力は一人で重武装の騎士数千に
匹敵すると云われていた。
その戦闘能力は、マスケットであっても大隊規模。
さらに勇者には長い魔界での冒険により地形や文化、
魔族の知識がある。懐柔するメリットは十分にある、
と云うことか……)
聖王国将官「ではしばらくご一緒ですね」
王弟元帥「おお、そうなるな。
どこかに快適な部屋を用意してくれ」
勇者「ああ、気を遣わなくて良いよ。おれはさ。
水浸しでなけりゃ船底でも相部屋でもなんでも良いから。
メシさえ美味ければそれでさ」
参謀軍師「至急、整えさせましょう」
王弟元帥「そして食料をたっぷりとな! 勇者は病み上がりだ。
身体を癒すためには美味い食事と酒がなければ始まらぬだろう」
勇者「いや、ごっつぁんです!」
122 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 18:22:45.71 ID:O8aL4rAP
――聖鍵遠征軍、旗艦『勇壮』の執務室
がちゃり
参謀軍師「勇者の部屋は整え、ご案内してきました」
王弟元帥「ふむ……」
参謀軍師「どのような目論見でしょう、勇者は」
聖王国将官「目論見があるのでしょうか?」
王弟元帥「どういうことだ?」
聖王国将官「いえ、旅に出る以前。
つまりもう4、5年は前になりますが
勇者についてわたしが聞いた話ですと、
豪放磊落と云えば聞こえは良いですが、
強大な戦闘力にまかせた行動をする
多少子供じみた正義感を持つ冒険者だったと。
そう聞いています」
王弟元帥「わたしもそう聞いたな。
しかし、今日の印象はかなり違う。
確かに損得抜きで動きそうな熱みたいな物は感じたが、
それとは別に、世界に損得勘定があること自体は
理解していると思わされた。
なんの考えも無しに来たわけでも無かろう」
参謀軍師「とりあえずの口上はどのようなものだったのですか」
王弟元帥「魔界の魔物は強い。人間界の猛獣に比べてもさらに
凶暴な種類も少なくはないし、独特の生態や毒を持つものも多い。
これだけ大人数で魔界へと渡ると、その犠牲者も多くなる。
勇者として、一般人の犠牲はなかなか見過ごしがたい。
ちょっとしたガイドを務めるためにやってきたが、
勇者である自分を雇わないか、と」
参謀軍師「ふむ」
聖王国将官「話をそのまま信じるならば、
雇わない手はありませんね」
124 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 18:25:21.70 ID:O8aL4rAP
王弟元帥「それはそうだ。勇者の戦闘能力は脅威だしな」
参謀軍師「それに話を信じるのならば、
魔王もまた健在と云うことでしょう。
勇者の傷が癒えて魔王の傷だけが癒えぬと考えるのは
都合の良い考えですから」
聖王国将官「そうですね」
王弟元帥「対魔王のためにも、勇者は飼っておく必要がある」
参謀軍師 こくり
聖王国将官「しかし、あれだけの脅威は危険ではありませんか」
王弟元帥「居所のわからぬ脅威よりは判る脅威のほうが
まだ対処のしようがあるというものだ。
そのためにも手元に置いておいた方が良いだろう。
しばらくはわたしが勇者の相手をしよう。
ふふっ。わたしと同じく、あれもまだ若い男に過ぎない。
人はそこまでおのれ自身から自由になることは出来ぬ。
いずれ何らかの尻尾を出すだろうさ」
参謀軍師「そう仰られるのであれば、私からは何も」
聖王国将官「ええ、王弟閣下の御心のままに」
王弟元帥「あと数日もあれば極大陸に到着する。
そのあとは雪中行軍になるだろう。
船の座礁などがないように十分な警戒を呼びかけろ」
参謀軍師「はっ、承知いたしました」
王弟元帥(勇者、か。……確かに得体が知れないが
強力なカードが手に入ったものだ。
このカード、使い方によっては民衆の信仰を一手に引き受ける
教会に匹敵するほどの影響力さえ持つやも知れぬ。
大主教、それがお解りか? ふふふふっ)
135 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 19:41:08.48 ID:O8aL4rAP
――開門都市、九つの丘、防壁建築現場
土木師弟「じゃぁ、説明したとおりだ。
今日から北側の防壁にかかる。
チーム制でかかるので頑張ってくれ」
蒼魔族中年作業員「判りました。配置につけ」
蒼魔族作業員「「「「はい」」」」 ざっざっざっ
ざわざわ
中年商人「どうだい調子は?」
土木師弟「商人さん。随分進んでましたよ。作業は加速しています」
中年商人「やっぱり予算かい?」
土木師弟「予算が付いたのは有り難いですね。
作業員に給料が払えます。日当で払えると進みますね」
ざっざっ
火竜公女「そうかそうか。弁舌を振るった甲斐があった」
副官「そうですね、これはいずれ必要になる物ですから」
土木師弟「お姫さま」
中年商人「姫さんも来てたのか」
火竜公女「姫はよして欲しいと云っておりましょう」
副官「ははははっ」
土木師弟「それにしても、こんなに予算を
つけて貰っても良いんですか?」
副官「ええ、かまいませんよ。
この防壁作成で人が集まっていますからね。
彼らが食料を買ったり、生活すれば物資もどんどんと
運び込まれて、それだけ税収も上がる計算です」
136 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 19:42:29.76 ID:O8aL4rAP
土木師弟「そういうものなのか?」
中年商人「まぁ、自治委員会と俺たちでは立場が違う」
副官「自治委員は商人ではないですからね。
儲けなくても良いんですよ。逆に大もうけするとまずいです」
土木師弟「ふむ……」
火竜公女「それよりも、あれに見えるは蒼魔族かや?」
土木師弟「ええ。今週から参加しているんですよ。
300人ほどです。氏族会議の紹介状でやってきましてね」
副官「どうですか?」
土木師弟「働き者ですね。規律正しいかなぁ。
集団で何かをすると云うことに非常に馴れているし、
簡単な指示でも勝手に手順を決めてこなしますよね」
中年商人「ふーむ」
副官「ああ、やっぱりねぇ」
土木師弟「でも、その反面、やはりプライドは高いですよ。
昔から云いますからね。蒼魔族の誇りの高さは雪豹山脈を
越えるほど、って。他の種族の人には負けたくないって
思ってるみたいですね。ま、来週からはその辺も加味して
ばらして混ぜて作業かな、なんて思うんですが」
中年商人「現場監督ってのも難しいんだな」
土木師弟「まったくですよ。
一介の設計士には荷が重いって云うのに」
火竜公女「それも修行ゆえ、頑張ってください」ころころっ
副官「早いところ大将が帰ってきてくれれば良いんですけどねぇ」
137 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 19:44:06.02 ID:O8aL4rAP
――湖の国、首都、『同盟』作戦本部
がやがや
同盟職員「速報が入りました。遠征軍、白夜王国を進発!
目標極大陸、魔界侵攻。採集へ委員数、24万。総数33万。
大型船1000隻以上の大船団です」
本部部長「動きましたな」
青年商人「こちらは?」
同盟職員娘「大陸中央部に流通する木炭の価格は前年比320%
流通量の70%に何らかの影響を行使できています。
鉄鉱石が多少ふえています」
本部部長「情報が入っています。
どうやら秘密工房の会計は、木炭を購入する資金を目当てに
手元に置いていた鉄鉱石の一部を売りに出したようですな」
青年商人「買いたたいてしまって下さい」
本部部長「同じくこれは娼館経由の情報ですが、
秘密工房および、銅の国の鉄工ギルドは王弟閣下の名前を使って
夫君の国から木炭を供出させるように、嘆願書を送ったようです」
青年商人「嘆願書、ですか」
本部部長「体裁は嘆願書ですが、内容はかなり威圧的で
実際問題としては要求書に近いものと思われます」
青年商人「手紙を書きましょう。……そうですね、これは。
湖の国へ直接で構わないでしょう。
同じく冬の国の商人子弟殿にも出します。
片棒を担いで貰いますよ」
138 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 19:45:36.28 ID:O8aL4rAP
同盟職員「どうするんですか?」
青年商人「梢の国も湖の国も、もはや南部連合の一員でしょう。
銅の国ごときの命令を受ける立場にはないはず。
銅の国の工房に物資を送り込むためには、
湖の国の湖上輸送を利用せざるを得ません。
湖を渡る木炭輸送船に関税をかけてもらいます。
冬の国では防御に用いられた策ですが、
それが攻撃に用いられるとどうなるか、
まだ中央の国々は知らなすぎる。
関税をとりあえず、木炭馬車一台あたり金貨60枚あたりから
始めましょうか」
同盟職員「60枚!? 木炭そのものよりも高額ですよ!」
青年商人「まだ買わないという選択があります。
欲しくないのなら買わなければなんの問題もありません。
輸送連絡路を押さえていないという意味がそれなんですからね」
同盟職員「了解っ」
本部部長「この後の動きですが、どうしますか」
青年商人「……」
本部部長「……」
青年商人「『同盟』で銀行が現在設置されている都市の数は?」
同盟職員娘「64です」
青年商人「南部連合を中心に増やしたとして、100前後ですか」
本部部長「何をお考えですか?」
青年商人「聖光教会の力の根源は数です」
139 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 19:47:50.33 ID:O8aL4rAP
同盟職員「信者のですか?」
青年商人「それもありますが、支部の数も大きい。
支部というのはただの出先機関ではありますが、
一定の数を越えることで、単体として以上の機能を持ち始める。
あれは、網状機構です」
同盟職員「よく判りません」
青年商人「つまり、4つの教会寺院は、
4つの建築物という以上の存在になるわけですね。
実際のところ、1つの教会寺院よりも
5倍か6倍の意味合いを持っている」
同盟職員「……ふむ」
青年商人「そのもっとも顕著な例が『為替』です」
本部部長「まさか、為替に手を出すおつもりですか!?」
青年商人「はい」
本部部長「それはリスクが大きすぎるのでは……」
青年商人「承知の上です」
同盟職員「リスクって?」
本部部長「……知っての通り、為替というのは、遠隔地に
金を送るための機構の一種だ。
現金を直接送る場合、気候の変動や、盗賊、事故などの
リスクが存在する。金貨を積んだ馬車ほど野盗のよだれが垂れる
得物は有りはしない。わが『同盟』でもどれだけの金が
輸送商談の護衛費に払われているか考えてみれば良い。
多量の金貨は馬車数台分になることすらある」
同盟職員娘「はい」
本部部長「為替の応用は様々にあるが、たとえばある都市で
金貨100枚を証書に変える。別の街でその証書を金貨100枚に
戻すことが出来る。……実際には税がひかれるが、
これが為替だ。これを実行するためには、別の都市の間に
同じ組織の支部があり、それなりの資金力を持っていて 信用がないと成立しない。
――そして現在それが可能なのは、小さな領土内以外では
聖光教団だけだと云える」
140 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 19:49:49.79 ID:O8aL4rAP
青年商人「聖光教会はこの為替機構を用いて
莫大な利益を上げています。
それが教会の力の源泉の一つとなっている」
同盟職員「1/10税ですね?」
青年商人「そうです。為替を売買する場合、
税として1/10が教会の懐に入る。
確かに遠距離を護送するに当たって多量の
傭兵を雇うよりは安くつきますが、
それでも決して小さな金額ではない」
同盟職員娘「わたし達『同盟』はそれを嫌って
独自の銀行組織を立ち上げるに至ったのだと理解していました」
本部部長「確かにその側面はある」
青年商人「為替業務は本来銀行の職分だとわたしは考えています。
教会が主張するように税収の代行業務のオマケではないと
思っていますからね」
本部部長「しかし、聖光教会の支部の数は莫大で
これと正面からぶつかれば、いままで様々な商人や
社会動静を隠れ蓑に使ってきたわたし達の存在が
注目を集めることにもなりかねません」
青年商人「最大限配慮しましょう。
しかし、考えても見て下さい。
いま、この大陸は政治的にも軍事的にも文化的にも
動乱のまっただ中にあり、
様々な勢力が虎視眈々とおのれの領域を
拡張するチャンスをうかがっている。
そのなかで、聖光教会は指導者たる大主教がゲーム盤を
離れているのですよ?
礼節の問題としてすら、この勝負には激突の価値があります」
本部部長「勝機は?」
青年商人「もちろん」にやり「ありますよ」
195 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 22:44:50.20 ID:O8aL4rAP
――魔界(地下世界)辺境部、赤の荒野
勇者「でやっ!」
ボンッ!!
光の兵士「す、すげぇ!!」
光の銃兵「鉄みたいな皮膚の犀の魔物を、一撃で!」
荷運びの作業員「ありがとうございました!」
勇者「なんのなんの。ここいらでは、あの種の魔物が多いのだ。
歌いながら歩いた方がいいぞ。変に静かに進むより、むこうが
さけてくれるし」
光の兵士「そうなのか?」
光の銃兵「勇者様、ありがとうございます」
勇者「はっはっは。しばらく一緒に行くぜ」
娼婦のお姉さん「勇者様ぁん♪ かわいい」
勇者「そっ、そういうことは、夜になってからですっ。
えっちなのはいけないことだと思いますっ」
娼婦のお姉さん「ふふふっ。助けてもらったもの、
サービスするわよん♪」
従軍司祭「……」じぃっ
光の兵士「流石勇者様! おもてになる!」
勇者「はっはっは。ボクはそんな欲望のために戦っている
わけじゃナいのだヨ。世界の平和のためサ」
荷運びの作業員「はっはっはっは!
勇者様、無駄にハンサム顔になってるぞ、まったく!」
198 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 22:46:30.01 ID:O8aL4rAP
王弟元帥「どうやら随分馴染んでいるようだな」
聖王国将官「ええ」
光の銃兵「勇者様は銃は撃てないのか?」
勇者「いーんだよ。おれは雷だせっから」
光の銃兵「そうなんかぁ? 銃は強いぞ」
参謀軍師「聖百合騎士団から、勇者の身柄引き渡し
要請があったというのは?」
王弟元帥「事実だ」
聖王国将官「え?」
王弟元帥「勇者は、光の精霊の使徒。
そうである以上、その存在は精霊の恵みであり、
教会が世話をするに相応しい、とな」
聖王国将官「何を考えているんでしょう」
参謀軍師「勇者の象徴としての力ですか?」
王弟元帥「教会も気が付いてはいると見える」
荷運びの作業員「それにしても、重いな」
勇者「馬どうしたのよ?」
荷運びの作業員「あの雪の中連れてくるのは大変なんだ。
可愛い馬っ子は沢山倒れちまった」
蹄鉄職人「無事な馬は、みんな貴族様の騎馬に持ってかれたしな」
勇者「そうなのかぁ」
聖王国将官「どうご返答されたんですか?」
王弟元帥「勇者本人の意志による、と答えておいたよ」
聖王国将官「では……」
王弟元帥「どこかで下らぬ夕食会、だろうな。戦場なのに」
参謀軍師「そこで、勇者自身の言葉を聞くと?」
王弟元帥「大主教殿も見極めたいのであろうよ、勇者を」
201 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 23:29:20.29 ID:O8aL4rAP
――開門都市、庁舎、自治委員会
副官「出来ればそうでなければ良いとは思っていましたが
人間の軍が近づいてきています」
人間職人長「そうなのか……」
人魔商人「人間? 軍?」
獣人軍人「状況は俺から報告しよう。人間の軍は総勢約三十万」
人間長老「さんじゅうまんっ!?」
魔族娘「ご、ごめんなさいっ」
火竜公女「これこれ。何でも謝ればいいと云うものではありませぬ」
魔族娘「大きい声で、びくっとしちゃって……ご、ごめんなさい」
人間長老「いや、すまぬ」
火竜公女「つづきを」
獣人軍人「約三十万の軍勢だ。これはこの都市の人口の
おおよそ5倍から6倍に達する」
人間長老「なんと」
副官「彼らは聖鍵遠征軍です。
つまり、1回はこの街を征服したあの人間の軍ですね」
人魔商人「また人間か! 何回この街を滅ぼせば気が済むっ!」
魔族娘「うううっ」
204 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 23:30:34.75 ID:O8aL4rAP
火竜公女「我らはここで意見を一つにせねばならぬかと思う」
副官「はい」
人間職人長「意見、とは」
人魔商人「市中の人間族の動向だろう」
獣人軍人「そうだな」
魔族娘「……?」
人間長老「この自治委員会にも何人かの人間が参加している。
街の人口も、約1/3が人間だ。
この情報が広まれば、戦火を避けて聖鍵遠征軍に
投降を考える人間も出てこよう」
火竜公女「そうですね」
人魔商人「つまりは、裏切り者と云うことだな」
獣人軍人「……」
火竜公女「この街は魔王殿の直轄領。
そもそもこの都市の人間たちは魔族の奴隷として
この街にいるのではなく自由意志で
この都市にいるのではありませぬかや?」
副官「……」
人魔商人「……」
火竜公女「で、あれば投降が裏切りとは云えぬのでは?」
獣人軍人「しかし結果としてこちらの情報が
筒抜けになるやも知れぬ」
副官「話が先走りすぎです、一度戻りましょう。
そもそも聖鍵遠征軍の現在位置は?」
205 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 23:32:57.32 ID:O8aL4rAP
獣人軍人「大空洞とこの都市の間に広がる赤き荒れ地。
奇岩荒野をゆっくりと前進中だ」
副官「速度は?」
獣人軍人「一日に3里がせいぜいだろう」
人間長老「そのままの速度で12、3日ですか」
火竜公女「都市を目の前にすれば、速度も上がりましょうが」
副官「しかし、その位置では、まだこの都市に目標が
定まったとは言いきれないでしょう。
進路変更もあり得る場所だ。
まずは、紋様族、鬼呼族、および旧蒼魔族領地の機怪族に
警告を発するべきです。異存のある方は?」
人間職人長「……ありませんな」
人魔商人「即座に発するべきだろう」
副官「では、これを決定とします。書き取ってくれ」
魔族娘「は、はい」かきかき
火竜公女「しかし、やはり最大の目的地はこの都市でありましょう」
副官「ええ。現実的に考えればそれ以外にはないでしょうね。
この都市は近郊最大の物資集積所にして
交通の要にもなっています。
いまや、第二次聖鍵遠征の時よりもさらに栄えている」
人間職人長「……」
人魔商人「たわわに実った果物と云うことか」
獣人軍人「この都市の兵力は少ない。
同規模の都市に比べても少ないのだ。
ましてやいまは治安維持のための警備軍1500を残すのみ。
とてもではないが、抵抗はままならない」
魔族娘「うぅ……」
206 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 23:35:27.25 ID:O8aL4rAP
副官「……いまは、主力騎士はうちの大将が
連れていってしまってますしね」
人間職人長「……」
火竜公女「まずは、人間の長老どの。
市民の気持ちのほうを聞かせて頂きたく思いまする。
都市に住む人間族の住民の声はどうなのかや?」
人間長老「そうですな。……ふぅむ。
旅商人などを除き、我ら人間の多くは、
もはや故郷に帰れるなどとは思ってはいませんでした。
魔族になりきった、などと云うつもりはありませんが、
少なくともこの都市の住民でいる自覚はあったのです。
正直に申せば、今さら……という気持ちが強いですな。
聖鍵遠征軍が“人間の捕虜を救いに来た”というのであれば
それはまさに今さらでもあるし、そもそものところ
そこまで非道な扱いを受けているわけでもない。
救うくらいなら捨てなければ良いではないか、と」
火竜公女「……」
人間長老「逆に一方、人間族の裏切り者として告発を
受けるのであれば、それこそ噴飯もの。
こう言っては何ですが、この都市に取り残された人間は
あの司令官に対する恨みがことのほか強いのです。
我ら街の住民には一言も告げずに出て行った司令官にね。
司令官の一存で取り残され、
この街で暮らしていくしか生きるすべとてなくなった我らを
今さら裏切り者として告発するのであれば、
もはや人間界に対する情も枯れ果てる。
そう考える人間が多数でしょう」
副官「……」
207 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 23:38:03.43 ID:O8aL4rAP
人間職人長「だがその一方で、
やっと人間界との連絡が取れ初めてもいた。
通商といっては云いすぎですが、わずかなやりとりが
復活しつつあったのも事実です。
徐々にですが、月に一つ、二つの隊商が行き交うようになり
これからという時だったのですよ。
それこそ、この都市を気に入り、
これならばと家族や子供達に手紙を出そう
そして、もし良ければ招き寄せてこの都市に骨を
埋めようではないか。
そう決意した職人や商店主も数多くいました。
このわたしにしてからがそうなのですからね。
魔族と人間が共同して暮らし、活気溢れ、学問が新興しつつある
この都市でならば、骨を埋めて商売を行なうのも良い。
そう考える市民も数多くいたのです。
我らの本音を言えば、戦争なんてまっぴらだ。
そちらから捨てたのだからほうって置いてくれれば良いというのが
もっとも本音になってしまうのではないでしょうか」
人魔商人「それはこちらとしても同じ事。
前回であっても同じであっただろう。
この都市は別に人間界に攻め込もうと考えたことも
何かを奪おうと考えたこともなかったのだ。
かつて栄えた神殿の都は、交易都市として再生を
遂げようとしている。
ほうって置いてくれればこれに勝る親切はない」
獣人軍人「しかし」
火竜公女「“しかし”なのでしょうね。
そのようにして興った貿易の富に引きつけられてくる者は多い。
かつて魔族の間に血で血を洗う戦乱があったように。
今度は人間が引き寄せられたのでありましょう」
208 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 23:39:54.36 ID:O8aL4rAP
魔族娘「あのぉ」
人間長老「なんじゃ?」
魔族娘「ご、ごめんなさいっ」
火竜公女「はっきりと伝えねばなりませぬよ」
魔族娘「……やはり、負けてしまいます…よね?」
獣人軍人「常識的に考えてみて、1500対30万では話にならない」
魔族娘「そ、そうですよね……」しょんぼり
人魔商人「……お前は、抗戦を主張したいのか?」
魔族娘「いっ。いえ、そんな。意見なんて滅相もないですっ。
……で、でも」
火竜公女「……」ぽむぽむ
魔族娘「その、……わたくしごとなのですが。
……わたし、ほら。何族だかも判らないではないですか。
蒼魔族っぽい肌ですけれど、竜族みたいに角もあるし
でも猫目族みたいな瞳でもあるし……雑種って云うんですか。
血混じりっていうんでしょうか……。
その」
人魔商人「何を言いたいのだ?」
魔族娘「いえ、すいません。ごめんなさいっ。
ただ、衛門の一族って、なんかすごく嬉しかったので……」
人間長老「……」
魔族娘「故郷というか、自分の家みたいに思えてきて。
この街が……、なんだかすごく大切で」
人間長老「ふぅむ」
210 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 23:42:15.72 ID:O8aL4rAP
獣人軍人「われら衛門の一族は自由を尊ぶ一族であるか」
副官「そうですね」
人間職人長「それはそれで仕方ないでしょう」
火竜公女「出来れば今すこし余裕を持った
やり方を選択したくはありましたが、詮方ありませぬ」
副官 ぐるり 「各々がた、よろしいな」
人間職人長「……」 人魔商人「……」
獣人軍人「……」 人間長老「……」
副官「では、我々自治委員会はこの事実をつつみ隠さず
全ての市民に公表したく思います。
その上で、抗戦か、降伏か、交渉か、その意見を募りたい。
議論の期限は三日としましょう。
その議論の中で逃げ出すものも、人間の軍に降るものも
いるかも知れませんが、それはそれで、仕方がない」
獣人軍人「とうてい賢いとは云えませんが、仕方ないでしょうね」
人魔商人「魔族には、それぞれ氏族ごとに流儀という物がある。
流儀を失って賢くあるよりは、衛門の流儀に従おう」
人間長老「異存はありません」
火竜公女 こくり
副官「各々がたも近しい方と十分の論議をして頂くことを
望みます。どのような結果になってもそれは自分たちが
選んだと思えるように」
人間職人長「今度は口が裂けても“選択の余地が無く
捨てられた”などとは言いたくないものだ。
捨てるにせよ、護るにせよ、それは我らが決めることなのだから」
火竜公女「願わくば、我らが行く手に、碧の光のあらんことを」
227 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 00:10:46.78 ID:bGZgmCoP
――遠征軍、奇岩荒野、野営地中央、豪奢な天幕
王弟元帥「では、勇者の無事の帰還と、その武勇を称えて!
またこたびの遠征の輝かしい勝利と我らが凱旋を願い、乾杯」
参謀軍師「乾杯!」 聖王国将官「乾杯!」
灰青王「乾杯!」 百合騎士団隊長「乾杯!」
大主教「……精霊の恵みを」 従軍司祭長「我らに光を」
勇者「これ美味いな!」もぐもぐ
王弟元帥「勇者は本当に健啖だな」
灰青王「うむ、一人前の英雄とはかくあるべしだ」
勇者「いや。すまないな。こんなに大食いで。
思うに魔力の上限が高いと、その補充のために
食うようになる気がする」
王弟元帥「ふむ、興味深いな」
参謀軍師「勇者殿。これは霧の国産の葡萄酒ですぞ」
勇者「いただきまっすっ!」
聖王国将官「勇者が見てくれている大隊は、他の大隊と比べて
底なし沼にはまり込んだり、魔物に襲われたりして出る被害が
二桁も少ないのですよ。本当にありがとうございます」
勇者「いやいや。みんなを護るのも勇者の役目」
大主教「……」
従軍司祭長「……猊下、あの青年はもしや……」
大主教「……」
勇者「あったりまえのことですから」えへん
王弟元帥 ちらっ
大主教「――」
228 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 00:12:41.34 ID:bGZgmCoP
灰青王「それに、感心したのはあれだ」
参謀軍師「おお!」
聖王国将官「あれですな」
灰青王「うむ。あれだけの野生馬の大群、
どのように呼び寄せたのだ? まるで魔法のようだったが
あのような技は知られてはおらぬだろう」
勇者「あー。あれは、夢魔鶫がね」
参謀軍師「つぐみ?」
勇者「いや。あー。たまたまあのあたりに
野生馬の群がいたのを知っていたのと、あとは勇者魔法だよ。
あそこの馬は野生で小型だから軍馬には向かないけれど
荷馬にするには十分だろう?」
王弟元帥「うむ、早速感謝の言葉が諸侯から届いている」
参謀軍師「ええ、これで荷運びが随分と楽になりますからね」
聖王国将官「傷病者の運送もだ」
勇者「はっはっはっ。大したことはないのだぜ」
王弟元帥「大主教猊下。ぜひ猊下からも、この光の子に
暖かきお言葉を賜れないでしょうか」
大主教「……百合の」
百合騎士団隊長「はっ、猊下」
大主教「勇者に杯を取らせよ」
百合騎士団隊長「畏まりましたっ」
229 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 00:14:01.95 ID:bGZgmCoP
百合騎士団隊長「勇者殿、猊下からの杯です」すっ
勇者「えーっと」どぎまぎ
百合騎士団隊長「さぁ」
王弟元帥「照れているのか、勇者?」
聖王国将官「百合騎士団の団長は、大陸でも有名な美姫ですからね」
勇者「いや、そういうわけではないですよ?」
百合騎士団隊長「さぁ」にこり
王弟元帥「ふっ。隅に置けぬな」
勇者「いえいえ、では頂きます。ははっ」
百合騎士団隊長「お注ぎしましょう」
大主教「……」
王弟元帥(なんだ、この重苦しさ……)
勇者「いや、綺麗な色ですね! これはどこのお酒ですか?」
従軍司祭長「教会直轄領において、乙女が一粒づつ手詰みを
して作る最高級の琥珀葡萄酒ですな」
勇者「貴重な物なんですねっ!」
百合騎士団隊長「猊下のおこころざしです、さぁ」
王弟元帥(……何か、あるのか?)
勇者「いっただっきまーす! “消毒呪”」
大主教「……」じぃっ
勇者 ごっきゅんごっきゅん 「美味いっす!」
230 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 00:15:56.66 ID:bGZgmCoP
ばさり
料理人「閣下、お持ちしても宜しいでしょうか?」
参謀軍師「うむ、持ってきてくれ」
勇者「お!」
がたり!
料理人「さぁ、どうぞ! 勇者様! こいつはとびきりですよ」
勇者「ありがとうな、料理人! それから牛追いの皆にも礼を」
料理人「いえいえ、とんでもない。光栄なことです!
こんがり焼き上げた仔牛の丸焼きですよ、
こいつを作るのにはたっぷり丸一日かかるんでさぁ。
腕によりをかけたんで、美味しく食って下さい!」
王弟元帥「ん? 料理人と知り合いなのか?」
勇者「いや、数日前に」もぐもぐ 「河のところで、
香辛料が濡れちまうって云ってたから、少し助けただけ」
参謀軍師「そうでしたか。ああ! 湖面が凍り付いて
渡河が非常に早く終わったことがあったというのは」
聖王国将官「勇者殿の器の大きさを感じさせますな」
灰青王「ふぅん」にやり
大主教「……勇者」
勇者「はいな?」 もぎゅもぎゅ
233 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 00:17:28.99 ID:bGZgmCoP
大主教「そなたの武勇と献身を光の精霊はご寵愛下さる」
勇者「……そうかなぁ。
いつも泣きそうな顔してない? あのひと」
百合騎士団隊長「……っ!?」
従軍司祭長「……っ!!」
勇者「いえ、すいません。で?」
大主教「どうだろう、そなたに聖別を施したいのだが」
勇者(小声)「すまん。聖別って何?」
参謀軍師(小声)「この場合は聖職者として
迎えたいという意味ですね」
勇者「あー。無理」ぱたぱた
従軍司祭長「……っ!」
百合騎士団隊長「勇者殿、猊下のお誘いをっ」
勇者「いや、それは、その。すごく有り難いのですが。
猊下ともいらっしゃいますとね、ほら。
恐れ多いというか、なんというか。
神々しくて近寄りがたいというか、なんというか
……実際はもう売約済みだしね、うん」
従軍司祭長「では、こうされてはいかがでしょう?
聖別を受けるかどうかはともかく、勇者殿はしばらく
聖百合騎士団の、天幕で暮らして頂いては。
身も心も清らかな乙女との暮らしは
俗界の汚れが落ちると申しますよ」
勇者「うわー」
王弟元帥(どこまで押すつもりなのだ。教会は)
237 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 00:20:34.42 ID:bGZgmCoP
勇者「それはその。めくるめく誘惑ですね。えー」
百合騎士団隊長「歓迎いたしますよ?」にこり
勇者「でも遠慮します」
従軍司祭長「なにゆえに?」
勇者「いや、ほら。ね。……勇者なんてやっていると、
肘までどっぷり血にまみれているでしょう?
これが俗界の汚れなら、今までの俺の為した所行
これ全て汚れですしね」
従軍司祭長「それゆえ、清らかな光で贖罪を……」
勇者「それに、なんだかんだ理屈こねたところで、
これからここにいるみんなで“汚れ”を
大量生産しに行くのでしょ?
今から清めたところで、また血を浴びるなら、
それこそ二度手間じゃないですか。
口清く“罪は洗い清められた”などと云ったところで
胸の重しが取れるわけで無し。
それならいっそ、あの生暖かい、ぬるぬると滑る、
鉄の香りの後悔と痛みを自覚していたほうが
まだ両足で立てるかと」ひょい、ぱくっ
百合騎士団隊長「……」
王弟元帥(ふふんっ。小気味の良いことを)
勇者「まぁ、それ以外にも。ほら、自分、今回は
王弟元帥のところの食客ですからね。
ずいぶん飯を食わせて貰った義理があるわけで」
王弟元帥「いやいや」
244 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 00:23:13.29 ID:bGZgmCoP
勇者「そんなわけで、聖別は遠慮しますが、
王弟元帥がしばらく教会の生活も味わってみろと
いうのならばおじゃましますよ。
俺個人は、職人さんやら料理人のおっちゃんと一緒に
馬車でゴロ寝旅が良いんですけれどね。
ですので、俺の寝床については、王弟元帥と相談して
決めて下されば、それで結構ですよ」
王弟元帥「いやいや、義理堅いな。流石民の規範」
参謀軍師(義理堅い? ……ちがう。狡猾なのだ。
大主教と王弟元帥閣下の間に自分をぶら下げて
“欲しいほうが力尽くで取れ”と宣言したに等しいぞ。
……閣下は判っているだろうが)
灰青王「ははは。騎士隊長。ふられてしまいましたね」にやっ
百合騎士団隊長「これも、全て精霊の御心。しかたありません」
聖王国将官「勇者ともなりますと、貫禄ですな」
勇者「いやー。旨い飯さえあればどこででも働く男ですよ、俺は。
世界の平和のために戦っている聖鍵遠征軍の中枢なんて
こちらが申し訳ないくらいですよ」
王弟元帥「では、この話は我らと猊下で詰めておくとしよう。
まぁ、そのようなことは些末時。
勇者、子牛肉が冷めてしまうぞ?」
勇者「お。そうだった。やっぱり王弟元帥は物がわかっているな!」
灰青王「ではわたしもご相伴させて貰おうかな」
勇者「うん、食べよう食べよう。皮のところが美味しいと思うぞ!」
従軍司祭長「……ちっ」
278 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 01:44:18.30 ID:bGZgmCoP
――冬の国、首都冬の都、商人街
のっしのっしのっし
大きな衛兵「ここか?」
ちび羽妖精「ココー」
大きな衛兵「すまん。はいるぞ?」
ガラス職人「いらっしゃいませー」
ちび羽妖精 きょろきょろ
大きな衛兵「主人はいるか?」
ガラス職人「私がそうでございますよ」
ちび羽妖精「ココ、がらすノ瓶ハアリマスカ?」
ガラス職人「わぁっ!?」がたんっ
ちび羽妖精「ワァッ」びくっ
大きな衛兵「驚かせて済まない。しかし、話は聞いているだろう。
この小さき物は、街の南の領事館に住む、職員。
妖精族のちび羽妖精だ」
ガラス職人「はっ、はいっ。は、始めておめ、おめ、おめに」
ちび羽妖精「初メマシテ」ふわふわぺこり
ガラス職人「初めまして」ぺこり
ちび羽妖精「がらす瓶アリマスカ?」
ガラス職人「ご、ございますよ」
280 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 01:46:01.06 ID:bGZgmCoP
ちび羽妖精「コレ?」
ガラス職人「こちらは全てでございます。どのような用途に
おつかいでしょうか?」
ちび羽妖精「ヨウト?」
大きな衛兵「使い道だな」
ガラス職人「はい」
ちび羽妖精「がらす瓶ヲ作レル人ヲ買イタイデス」
大きな衛兵「ああ……」
ガラス職人「は?」
ちび羽妖精「ソウイウ人ヲ欲シイ氏族ガイマス」
大きな衛兵「うーむ」
ガラス職人「ふぅむ、職人の募集ですか」
ちび羽妖精「ダメデスカ?」
ガラス職人「そう言うわけではありません。
新しい街へ職人を募集するなどと云うことは開拓村では
良くあることですから。ただし、行く先はそのぅ、
魔界なんですよね?」
ちび羽妖精「ハイ」
ガラス職人「では、ギルド会館にご案内しましょう」
ちび羽妖精「ぎるど?」
ガラス職人「ええ。職人はみなそこに登録をしているのですよ。
若くてチャンスを待っている僕の後輩や、まだ徒弟の年季が
開けたばかりの者もいます。何が出来るか見てみましょう」
282 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 01:50:20.33 ID:bGZgmCoP
――遠征軍、奇岩荒野、野営地、開門都市まで12里
従軍司祭長「残すところあと12里まで迫りましたな」
百合騎士団隊長「はっ」
王弟元帥「もはや一息。開門都市へは斥候をだしています」
灰青王「そうですな」
大主教「……精霊の御心のままに。
このまま速度を上げ、到着と同時に一斉攻撃を仕掛けよ
光の教徒の全力をもって陶片のような魔族の抵抗を打ち破り
あの都市に教会の旗を立てるのだ」
王弟元帥「それについては」
従軍司祭長「我ら、最強の聖鍵遠征軍は、
三日後の夜を待つことなくあの都市を平らげるでしょう。
各々がたも、よろしいな?」
王弟元帥「お待ち下さい」
従軍司祭長「何か異論でも?」
百合騎士団隊長「これは託宣ですぞっ!」
王弟元帥「しばしおまちを。報告を」
参謀軍師「はっ。我らは魔界へと侵攻を果たしてから
約10日の行程を踏破して参りました。
ここまでの行軍にて兵の疲労は頂点に達しています。
また思ったよりも時間がかかりましたゆえに、
糧食の控えは後一月分もございません。
また今回の戦、敵地へ限りなく
奥深く入り込んでいることを片時も忘れるわけには行きません」
285 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 01:52:49.90 ID:bGZgmCoP
参謀軍師「ここまでの行軍路の途中には幾つか陣営地を残し
糧食の保管および警備にあたらせて、
輜重隊の動きを助けさせていますが、
補給線は限りなく伸びきりとっさの動きには
対応しづらいのが現実です。
もちろん最初の一撃で戦を決めることが出来れば……
いいえ、一撃とは言いません。
二週間で決めることが出来れば問題はないかと存じます。
あの都市には大量の食料もあるでしょうから。
しかし、それ以上かかりますと、
追い詰められるのはこちらかと」
従軍司祭長「遠征軍は最強ではなかったのかっ?」
王弟元帥「それは適切な準備を行ない、
油断も慢心もなく戦った場合のこと。
九分九厘勝てるであろう、などという甘えは戦場では禁物です」
聖王国将官「この件では、戦場の意見にも耳を
傾けて欲しく思います」
灰青王「ふぅむ……」 ちらっ
大主教「申してみよ」
王弟元帥「本隊をもう10里進めて、本格的な宿営地を作ります。
出来れば、木材を切り出して見張り塔程度は作り上げたいところ。
付近の地形を測量し、カノーネの威力を最大限に生かせる
布陣を作りつつ、兵には十分な休息を取らせますな。
断続的な砲撃にて、防壁は数日で崩れ始めるでしょう。
またその一方、マスケット兵および騎馬部隊を中心に編制した
遊撃部隊15万にて西進。旧蒼魔族領地を強襲します」
従軍司祭長「……旧蒼魔族領地?」
百合騎士団隊長「なにゆえに?」
287 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 01:56:25.55 ID:bGZgmCoP
王弟元帥「魔族どもは一族ごとに暮らしているというのは
すでにお聞き及びかと思います。
旧蒼魔族領地はここから往復で20日程度の距離ですが
その領地に侵攻、全土制圧を行ないます。
蒼魔族の軍勢は地上にて討ちやぶり
我々が独自に入手した情報によれば、
かの領地は今は少数の混成軍で護られているとのこと。
開門都市に砲撃を加えつつであればそれが牽制となり、
魔族は連携を取ることすら出来ず、
旧蒼魔族領地を見捨てる決断となってそれは現われましょう。
軍は失いましたが、蒼魔族の農奴たちは
自らの領地に残り耕作しているはず。そこで食料を入手します。
また、蒼魔族は多くの鉱山を持ち、その中には硝石を
算出するものもあります」
百合騎士団隊長「硝石……?」
参謀軍師「聖鍵遠征軍の主力、銃兵がもちいる火薬の原料です」
灰青王「それは是が非でも入手の必要があるね」
大主教「火薬は少ないのか?」
参謀軍師「聖鍵遠征軍30万が全力で戦った場合、
8日分が現在確保している量です」
大主教「なんの問題もない。それだけあれば開門都市を
落とすことは可能だ」
従軍司祭長「8日あれば魔族を一網打尽に出来ましょう」
百合騎士団隊長「確かに」
王弟元帥「しかし、完全に、ではない」
従軍司祭長「くどい。これは猊下のご意向。
ひいては精霊のご意志ですぞっ!」
288 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 01:59:26.22 ID:bGZgmCoP
王弟元帥「しかしお考え下さい。
開門都市を落としてもまだ終わりではないのです。
ここはまだ魔界の玄関口に過ぎません。
この後魔界の全土を転戦するためには、
旧蒼魔属領の豊富な鉱物資源、とりわけ硝石が必須です」
灰青王「ふむ」ぽりぽり
百合騎士団隊長「そこまで硝石とやらが重要でしょうか?
われらは猊下のご意志に従う光の戦士です。
兵の疲労? そのような甘えは純然たる信仰と
陛下の祝福に吹き飛びましょう」
大主教「ふふふ。……判っていないのはそなただ。
――目の前には開門都市。“門”たる祭壇と“鍵”たる勇者は
我らが手の内にある。魔界全土で戦う必要などどこにある」
王弟元帥「は?」
参謀軍師「斥候の報告によれば、開門都市は長大な防壁を築き
近隣諸氏族の軍をも率いれ、我が軍との激突姿勢」
従軍司祭長「それこそ好都合。会戦にてけりをつければ
遙かに簡単に魔族の心根を砕くことができましょうぞ」
参謀軍師「っ」
聖王国将官「――それです」
従軍司祭長「は?」
聖王国将官「我ら聖鍵遠征軍は、
確かに強大な戦力と兵力を有しますが
それだけに兵の末端にまで指令を行き渡らせるのは至難の業。
一斉攻撃は確実に巨大な攻撃力を有しましょうが
いまだかつて10万を超えるような兵力を投入した戦場は
歴史上存在しません。
その混乱ぶりは想像を絶するでしょう。
もとは農奴の兵士がどのような行動を取るかどうかも判りません。
最悪、遠征軍は瓦解する可能性もあるのです」
292 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 02:02:57.07 ID:bGZgmCoP
従軍司祭長「……っく」
百合騎士団隊長「灰青王さま?」
灰青王「はい」
百合騎士団隊長「兵については、掌握が出来るのでしょう?」
灰青王「それは、そのための前線司令官ですからね」
聖王国将官「灰青王陛下っ!」
百合騎士団隊長「昨日ゆっくりと話してくださいましたよね?
マスケット銃の運用の仕方について……。
期待させてくださっても構いませんわよね?」くすり
灰青王「まぁ。お任せ下さい。としか云えんでしょうね」
参謀軍師(取り込まれたかっ)
大主教「これでもまだ不安か、王弟元帥」
王弟元帥「ええ。不安ですね」
大主教「ふっ。ふははははっ。臆病ではないか? 王弟元帥」
王弟元帥「我が身の使命は猊下および中央大陸の権益と
その体制を保ち永遠を護ることだと考えております。
そのためには、臆病で丁度良いかとも思いますが?」
参謀軍師「……閣下」
灰青王「いやいや。硝石が必要というのも判ります。
そもそも魔族の軍の陣容や人数だって判ってはいない。
しかしね、あの都市の駐留軍を併せても5万を大きく
越えると云うことはないでしょう。
それにたしかに20万は多すぎです」
294 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 02:06:32.82 ID:bGZgmCoP
大主教「……」
灰青王「ここは軍を二分しましょう。
二正面作戦は定石から云えば悪手ですが、
幸い聖鍵遠征軍にはそれを可能にするだけの兵力がある。
いままでの駐屯地や補給線の防衛に回した分を
差し引いても未だ18万の兵力は温存している訳ですよ。
王弟元帥には5万の兵力を率いて、蒼魔族の領地を落として頂く。
王弟元帥の仰るとおり手薄な領地であれば、
5万の兵力であっても十分でしょう?
そして開門都市攻略千には15万の軍を率いて当たる。
カノーネをこちらに残して頂ければなお結構。
それであってもおそらく魔族の4倍。悪くて3倍。
蹂躙するには不足がない。……いかがです?」
大主教「よかろう。開門都市を落とせば光は見えるのだ」
従軍司祭長「……宜しいでしょう」
百合騎士団隊長「期待していますわ。灰青王さま」
王弟元帥「……」
従軍司祭長「宜しいですな、王弟元帥閣下」
王弟元帥「承知した」
参謀軍師「……」
灰青王「明朝には?」
大主教「明朝には出発だ。兵には行進速度を速めさせるよう」
従軍司祭長「精霊は欲したもう」
百合騎士団隊長「全ては精霊の御心のままに」
349 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 20:18:16.53 ID:bGZgmCoP
――火焔山脈、その麓
ヒヒィーン、ブルブルブル
生き残り傭兵「どう、どう」
ちび助傭兵「どうだった」
傭兵弓士「うん、この先がどうやら火焔山脈だな。
山門には“焔璃天”と書かれていた。
この山道の先が火竜一族の城と云うことで間違いないらしい」
メイド姉「助かりましたね。比較的あっさり見つかって」
傭兵弓士「いいや、問題はここからだろう。
山門には衛兵が詰めていたが、どれも一騎当千といった印象で、
微塵の油断もなかったぞ。数十の手勢で突破できるような
場所じゃない」
ちび助傭兵「まさか! そんなあほな!
突破なんてしていたら命がいくつあっても足りない」
傭兵弓士「どうするんだ?」
メイド姉「ここに限ってはどうにかなる策があるんですが」
生き残り傭兵「ふむ。いけそうなのか?」
メイド姉「おそらく」
生き残り傭兵「聞こうじゃないか」
メイド姉「いえ、聞かせるような策でもないんですけれど……」
生き残り傭兵「?」
351 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 20:20:47.94 ID:bGZgmCoP
――火焔山脈、山門
竜族衛士「止まれっ!」
竜族衛士「汝ら、何者だ! 名を名乗れっ」
メイド姉「あー。こほん。わたしだ」
竜族衛士「まっ!? 魔王様っ!!」
竜族衛士「なんだって!?」
竜族衛士「間違いない。魔王様だ。
俺は忽鄰塔でお目にかかっているんだっ」
傭兵弓士「魔王って云ってるよ。本当に魔王に化けられるのか」
生き残り傭兵「ちょ……。あの姿、なんだってんだ」
ちび助傭兵「魔法使いだったのか!? 代行はよっ」
若造傭兵「驚かない。俺は何が起きても驚かない」
メイド姉「火竜大公に取り次いでくれないか。
内密、かつ急ぎの用件だと云って貰えば良い」
竜族衛士「しかし、この人間達は……?」
メイド姉「彼らは人間界から一緒に旅をしてきたわたしの護衛だ。
出来れば別館で馬の世話を見てもらえぬか。
長旅で蹄鉄などがすり減っているやも知れぬからな。
我らの旅は、これからも長い。
ねぎらってやってくれると助かる」
竜族衛士「はっ。判りましたっ。
おい、至急大公に取り次ぐんだ。
それから、おつきの方々は衛士宮にお望みの施設がありますゆえ」
メイド姉「頼む」
生き残り傭兵「良いんですかい、お嬢……魔王どの」
メイド姉「“心配ない”」
竜族衛士「では、おつきの方々はこちらへ」
メイド姉「話し合いで片がつく。で、無ければあがいても意味はない」
357 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 20:31:46.34 ID:bGZgmCoP
――火焔山脈、紅玉神殿、応接室
竜族衛士「こちらでございます」
メイド姉「ありがとう」
竜族衛士「大公様! 火竜大公様! 魔王様をお連れしました」
火竜大公「入って下され」
メイド姉「ここからは内密の話だ。下がっていてくれ」
竜族衛士「はっ。承知しました」
がちゃり
メイド姉「……ふぅ」
火竜大公「ぬ」ぼうっ
メイド姉「お初にお目にかかります」ぺこり
火竜大公「お前は何者だ? その姿は確かに魔王殿だが
人間の匂いがするな……」
メイド姉「はい。人間です。わたしはメイド姉と申します」
きらきらきら……
火竜大公「幻術の指輪か……」
メイド姉「はい」ひゅるんっ
火竜大公「ここに忍び込んだのは、どのような用件だ」
メイド姉「まずは、このように訪れたことをお詫びいたします」ぺこり
火竜大公「ふんっ」
メイド姉「……あまり驚かれないし、お怒りになられないのですね」
火竜大公「この数年で無礼な闖入者には馴れたわ。
勇者を皮切りにどいつもこいつも人間と来ておる」ぼうっ
359 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 20:34:56.01 ID:bGZgmCoP
メイド姉「申し訳ありません」
火竜大公「その礼の尽くしかたは、メイド長に学んだか」
メイド姉「はい。わたしの先生です」
火竜大公「そうか」
メイド姉「わたしはメイド長さまと魔王様に学びました。
生徒、と云うか師弟……のようなものですね。
もっともわたしは正規のそれではなくて、
魔王様のお世話をさせて頂きながら、
聞きかじりをしたに過ぎないのですが……」
火竜大公「ふむ」
メイド姉「と、言っておいて申し訳ないのですが、
今回伺わせて頂いたのは魔王様の命令や伝言、あるいは
書状を携えて参ったわけではありません。
現在わたしは魔王様のもとを離れて活動しています」
火竜大公「誰か、もしくは何らかの組織の指示を受けているのか?」
メイド姉「いえ。わたしの意志です」
火竜大公「ならばよかろう。ふはは」ぼうっ
メイド姉「?」
火竜大公「腐ってもこの火竜大公。魔界の大氏族、四竜が長。
使いごときと問答する口は持ち合わせぬ」
メイド姉「ありがとうございます」
火竜大公「礼には及ばぬ。気に入らぬ事をさえずるならば
そのそっ首を食いちぎれば済むだけゆえ
話をさせているに過ぎぬ。
魔王の姿まで借りてここに来た用件を言うが良い」
メイド姉「竜族に伝わる宝をお借りしに参りました。
いえ、返せない可能性もあるので、
お譲り頂けると嬉しいのですが……」
火竜大公「何が望みだ? “ふぶきのつるぎ”か?
それとも“女神の指輪”か?」
メイド姉「“ひかりのたま”です」
火竜大公「っ!?」
362 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 20:58:36.65 ID:bGZgmCoP
火竜大公「何故その名を人間であるお前が口にするっ」
メイド姉「……」
火竜大公「答えよ。それは我が竜族の秘事に関することぞっ。
なんとなれば、それこそは我らが竜族永遠の宝。
魔王との最初の契約にまで遡る、伝承の礎。
我ら竜族が何故魔族の中でもっとも古く、
もっとも偉大でもあり、最も高く重要な位置を占めているのか。
それは、“ひかりのたま”が伝えられているからなのだ。
伝説は伝える。
“ひかりのたま”を失った我らが一族の王が
如何にして狂い、歪んだかを。
如何にして死んだかを。
その宝を貸す事さえ慮外であるのに、
与えて欲しいとは何を言うっ」 ごぉぉっ
メイド姉「それでもお願いします」
火竜大公「答えよ、何故その名を知るっ!? 人間」
メイド姉「……夢で見ました」
火竜大公「夢で?」
メイド姉「おそらく」
火竜大公「雲を掴むような話ではないか」
メイド姉「遙か時の彼方、古の昔……」 火竜大公「――」
メイド姉「精霊に五つの氏族有り。後の世に云う五大家。
全ての魔族は祖先を辿れば、精霊に行き着くと云いますね。
精霊は争いのない理想郷に住む祝福された存在でした。
何故それが魔族としてこの地へおりることになったか。
それは五大家の一つ、土の家に汚れしものが生まれ、
炎のカリクティス家との激しい争いを行なったから。
その憎しみは精霊の世界を汚染して、
世界は叩きつけられた水晶球のように無数の破片に砕けた」
363 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 20:59:28.93 ID:bGZgmCoP
メイド姉「炎の宗家に生まれた一人の娘は、
その命を、哀れな民を救うことに捧げ、天に召されます。
彼女は光の精霊になることによって精霊の民の生き残りを救い、
世界には人々という種子がまかれた。
“ひかりのたま”は彼女の残した贈り物の一つ。
でも、なぜ?
なぜ彼女は人間の世界で信仰を集め、
この魔界では知られていないのでしょう?
それなのに何故、地上の教会にも魔界と同じ物語の
痕跡が残っているのでしょう?
あの人はあの青い海の中でそれを教えてくれた。
わたしは人間として最初からそれを知っていた。
わたしたち人間は、理想郷を滅ぼした土の氏族の末裔だから。
そして魔族は光の精霊が救おうとした、理想郷の末裔だから。
あなたたちの先祖は彼女が神ではない事を知っていた。
彼女は勇気はあったけれど全能とはほど遠い存在だと
知っていた……。
ただ人々の救済を願った一人のか弱い精霊だと知っていたから。
だから魔族は彼女を崇めなかった。
ただ尽きせぬ感謝を込めて伝説へと……物語へと残した
わたし達の先祖は耐えられなかった。
自分たちがあんなにも胸焦がすほど愛していた理想郷を
打ち砕く切っ掛けになってしまったことにも耐えられなかった。
そしてそれを全能でも全知でもない一人の少女が
命を捨てることによって救ったことにも耐えられなかったから。
だから彼女を神としてまつることしかできなかった。
しかし時は流れ、わたし達は長い旅路の果てに起源を忘れる。
雪にふりこめられ自分の足跡を見失うように。
後悔と贖罪の気持ちは同じだったはずなのに、
耐えられなかった痛みを忘れ、永久の感謝を忘れる。
誰も悪いわけではないけれど
何を間違えたわけでもないけれど
それでも道を違えた地上と地下は、遠く遠くすれ違う」
365 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 21:01:05.33 ID:bGZgmCoP
火竜大公「そのような話聞いたこともないっ」
メイド姉「はい」
火竜大公「お前は詩人の絵空事を信じよと云うのか」
メイド姉「出来れば。でも、信じて頂きたいのは
“ひかりのたま”を貸して頂きたいからではありません」
火竜大公「ではなぜだ?」
メイド姉「一人の胸に納めるには悲しいお話ですから」
火竜大公「お前は怖くはないのか、命が惜しくはないのかっ」
メイド姉「怖いです。恐ろしいです。
……わたしは貧しい生まれです。死が首筋を撫でるのを
感じたことが何回もあります。雪の夜に膝を抱え、
夜が明けるまでわたしは生きられるだろうかと
何万回も問う夜を過ごしたこともあります。
……でも、それでも、死よりも恐ろしいものがある」
火竜大公「それはなんだ」
メイド姉「死よりももっとひどいこと。です。
何もしなければ、わたしの大事な人も大事な場所も
大事な思い出さえも砕かれ、踏みにじられ、虚無に沈む。
その確信があるから。いまは怯えている暇は、ありません」
火竜大公「それゆえ、竜の宝を欲すると?」
メイド姉「……“ひかりのたま”は
彼女の残した思いでだとわたしは思います。
竜の氏族に託された宝物ではあるけれど、
同時にそれは、ありてあるものの一つに過ぎません。
永遠ではないものです。
本当はご存じのはずです。
永遠でないものは、永遠ではないんです。
それを用いて何を為すかを試されるために
あらかじめ与えられた物。
ですから、それをお与え下さい。わたしが使うために。
地上のみんなに思い出して貰うためには
“ひかりのたま”が必要だと思うんです。
みんなが“自分の分”の血を流すために」
366 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 21:02:41.45 ID:bGZgmCoP
火竜大公「……汝の言葉は、あるいは正しいやもしれぬ」
メイド姉「……」
火竜大公「しかし、汝が汝の言葉の正しさを
貫くだけの力があるかどうかどうして我に判ろうっ。
ここは竜の領域、われは竜族の束ね、火竜大公。
歴史ある氏族を司る者として
汝を信用するわけには行かぬ。
魔族として汝は何ら証を立ててはいないのだ」
メイド姉「……ですがっ」
火竜大公「今や魔界へと人間の軍が侵略の手を伸ばしてきた
汝もそれは知るであろう?」
メイド姉「はい」
火竜大公「その細腕で、平和を望むのか?」
メイド姉「はい」
火竜大公「どいつもこいつも、途方もない夢を語る」
メイド姉「この胸に芽生えた声なき声のせいです」
火竜大公「では、証明して見せろ」
メイド姉「証明……?」
火竜大公「あの軍勢のどれだけでもよい。
汝が退かせて見せよ。
我ら魔族は、行動を持ってそのものの勇を見定め
信おけるかどうかを判断する。
その一事を持って、汝が宝玉を持つ資格ある者と認めよう。
欲に駆られて血走り濁った瞳を持つ餓狼の群。
その前に一人立ちはだかり、何が出来る?
女に身である汝には無理だ。諦めるが良い」
367 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 21:04:25.31 ID:bGZgmCoP
メイド姉「やりましょう」
火竜大公「ふんっ!! 汝が死んでも
我のあずかり知るところではないっ。
強がりを言うたとて意味はないぞ」
メイド姉「証明を終えて、もう一度お伺いします」
火竜大公「我は一切の兵は貸さぬ。汝が汝の持つ力と仲間とやら
その力だけを持って、一軍を退かせるのだ」
メイド姉「お心遣いに感謝します」
火竜大公「……」ぎろりっ
メイド姉「“退かせろ”とおっしゃってくれたことに。
“殺せ”であったならば、わたしはもし仮にそれに成功しても
その後みんなに語るべき言葉を失ってしまうところでした」
火竜大公「そのよう寝言は、条件を果たしてから云うが良い」
メイド姉「はい」にこり
火竜大公「なぜ笑える」
メイド姉「それが先生の教えですから」
火竜大公「お前のような娘と話すと目がくらむ。
魔王殿も、良く飽きもせずこのような知己や仲間を
次々と作りなさるか。この老骨、もはや目の回る思いよ」
メイド姉「もう一人の師匠は云っていました。
“弱気が兆してきたらそれ以上考えるのはやめることだ。
確かに頭は弱くなるかも知れないが、
大抵はそれで上手く行く”と。
わたしのこの胸には宝物が溢れています。
その輝きを曇らせないために、この足を止めるわけには参りません」
379 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 21:43:19.16 ID:bGZgmCoP
――開門都市、南門近く、臨時兵舎大会議室
副官「現在聖鍵遠征軍はこの開門都市から12里の地点におり
早ければ明後日にでも襲いかかってくるかと思われます。
あまりにも膨大な量の軍なのでしかとした把握は出来ませんが
20万に迫る軍を抱えております」
鬼呼の姫巫女「20万……」
鬼呼執政「改めて聞くと気が遠くなりますな」
獣人軍人「しかし、幾つかの斥候の報告では、
隊を二分する動きもあるなどとありますが、
あまりにも膨大、その宿営地の大きさもともすれば
この都市に匹敵するほどのサイズになり把握しがたいようです」
紋様の長「しかし、手をこまねくわけにも行かないだろう」
鬼呼の姫巫女「そうだの」
副官「……申し訳ありません。長がた」
鬼呼の姫巫女「この開門都市は魔界の至宝。礼を言うに及ばぬ」
紋様の長「この都市が攻略されれば、後は川沿いの
交易都市をいくつか落とすだけで、人魔の領土は蹂躙されよう。
これは我らが我らを護るための戦いでもある」
文官「ただいま、竜族の重装甲部隊到着いたしましたっ」
副官「判った。休んでいただけっ」
鬼呼の姫巫女「しかし、かき集めたとは言え……」
紋様の長「我らは総数6万に過ぎぬな」
副官「族長不在の今、これだけの獣人の一族が参戦してくれるとは
思ってもいませんでしたが、それでも数の上ではまだ圧倒的に
及びません」
381 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 21:44:23.21 ID:bGZgmCoP
鬼呼の姫巫女「もはや云っても仕方ないだろう。
少なくとも我らには豊富な糧食と地の利がある」
鬼呼執政「そうですな」
紋様の長「やはり、討って出るべきだろうな」
副官「ふむ……」
鬼呼の姫巫女「で、あろう。
この都市に新しい防壁が完成しかけておるとは聞いておるが、
一度も実戦に用いたことがない防壁を
どこまで信じて良いかは判らぬ。
それに報告によれば、人間の遠征軍の大半は正規の軍人ではない。
特に緒戦においては士気に乱れがあるだろう。
そこをつき、野戦にて出来るだけの数をそぐ」
紋様の長「紋様一族から魔術に秀でた者を集め、
魔術部隊を編制しました。
人間界の者は魔術に対する防御がお粗末なのは
前回の戦役で証明済みです。
その弱点を突き、混乱させて、数を減らす」
副官「それしかありませんか……」
鬼呼の姫巫女「副官殿の気持ちも判らないではないが
これだけの数ともなると、手加減することは出来ぬ」
鬼呼執政「いえ、これだけの手段を講じてさえ、
結果どうなるかは請け合えぬのです。
我らはマスケットなる新武器の威力を知っているわけでは
無いのですから……」
獣人軍人 こくり
紋様の長「布陣については如何様に考える?」
副官「そうですね……」
383 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 21:46:35.39 ID:bGZgmCoP
副官「ここに、私たちが以前使っていた東の砦があります。
砦の内側に隠れるというわけには行きませんが
この周辺の地形は護るに易く、幾つかの塹壕も掘ってあります。
砦を中核として伏兵を配します。
人魔族およびその魔術部隊にお願いをしたいと考えます」
紋様の長「ふむ」
副官「一方、この南大門から出陣した本隊は、
中央部を鬼呼の軍にまかせ、右翼を獣人の一族、
左翼を竜族、人間、巨人族などの混成軍とします。
都市から1里半ほどの地点に布陣を行ない、
敵の突進を柔らかく受け止める」
鬼呼の姫巫女「柔らかく?」
副官「中央部を後退させるようにです。
今回の敵の弱点は、部隊としてはあまりにも多数過ぎることです。
指揮も行き届きませんし、
必ずやその兵の質にはばらつきがあります。
そのように受け止めれば、敵の軍は中央部が突出し
長く伸びるでしょう。
そこを魔術部隊で最前線の公武に後部を仕掛け、混乱を誘います。
敵の伸びきった最前部を“噛みちぎる”。
この方法で敵の数を減らしましょう。
もし何らかのトラブルが発生した場合や、
敵の勢力が大きかった場合は後退して城門の中に入る。
獣人軍人さん」
獣人軍人「はっ」
副官「市の防衛部隊を中心に民間人からも義勇兵を募り、
義勇軍を組織して下さい。もし撤退する場合は防壁からの
援護射撃も必要になる。
義勇兵を前線に出すのは馬鹿げていますしね」
獣人軍人「了解」
385 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 21:47:27.63 ID:bGZgmCoP
副官「このような形でどうでしょう?」
鬼呼執政「何とかなりそうですな」
紋様の長「ええ、一万ほども噛みちぎれば、
人間の遠征軍も頭が冷えるでしょう」
鬼呼の姫巫女「事はそこまで簡単に行くか、どうか」
獣人軍人「……」
紋様の長「だが、退く道はない」
副官「はい」
鬼呼の姫巫女「うむ」
副官「決戦はおそらく、明後日になるでしょう。
今このときも魔界の各地に伝令が走り回っているはずです。
人間界へと渡っている魔王殿も、銀虎公も
それにあの生き汚いうちの大将も、
手をこまねいているわけがない」
鬼呼の姫巫女「そうだの」
紋様の長 こくり
副官「今は目の前の戦いを生き延びることを考えましょう」
鬼呼の姫巫女「任せるが良い」
紋様の長「開門都市は、鬼呼と人魔の氏族が護ろう」
395 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 22:22:27.36 ID:bGZgmCoP
――湖の国、首都、『同盟』作戦本部
がやがや
同盟職員「調査はほぼ終了しました」
青年商人「どうですか?」
同盟職員「やはり、全域をカバーするのは到底不可能ですね。
こっちに図を作ってみたんですが……。
主要な隊商道や航路の3割くらいをなんとか、と云うところです」
同盟職員娘「やはり聖光教会の寺院の数は桁外れですね」
本部部長「我らの商館の全てに銀行を作ったとしても、
その数の開きは十倍では効かないな」
青年商人「数の違いはこの際度外視しましょう。
こちらの銀行同士で、仮に為替取引を行ない始めた場合
構成できるラインはどれくらいになりますか?」
同盟職員「えー。38ルートですね」
青年商人「やはり主要な交易路に集中していますね」
同盟職員「もともと『同盟』の商館は主要な交易都市や
物資の資源国に集中しているわけですから、
その商館同士をラインでつなげば、主要な交易路と
重なるのは当たり前なんですけれどね」
青年商人「問題は、このルートのシェア、
つまり為替取引の全てをこちら側に奪えたならば、
教会にどれだけのダメージを与えられるか、です」
同盟職員「……うーむ」
青年商人「どうですか? 本部長」
397 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 22:24:48.44 ID:bGZgmCoP
本部部長「本当に概算にしかなりませんが、
我ら『同盟』の年間の利益のうち、
これらの主要な交易路からあがるものは15%ほどでしょうね。
しかし、それ以外の交易ルートも、これら主要な交易ルートに
ぶら下がっていると云う可能性は大いにあり得る」
同盟職員娘「ぶら下がっているとは?」
同盟職員「たとえば麦で云えば、
交易都市から、海辺の領地を通って村に至るルート。
……こんな感じだな。
この地方ルートは主要交易路とは関係がない。
今回の為替網を作るという企画とも無関係だけれど
そもそもこの関係ないルートの起点にある交易都市は
主要なルートに含まれているだろう?
で、あれば、この小麦は、主要交易ルートを通って
どこか別の場所から運ばれてきた小麦である可能性も
あるって事だ。
主要じゃない末端の交易ルートも、こういった形で
主要ルートの恩恵を受けている可能性は十二分にある」
同盟職員娘「なるほど……」
本部部長「そう言ったことを考え合わせると、
教会が得ている為替による利益全体のなかで、
これら38ルートの利益はおおよそ20〜30%に
なるのではないかと推測されますな」
青年商人「30%か……それでは、この38ルート全てを
得たとしても買ったとは言いきれませんね」
本部部長「どれほど必要ですか?」
青年商人「泥仕合を避けたいのならば、60%」
本部部長「ふむ……」
同盟職員「うーん」
青年商人「どうしました?」
398 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 22:27:55.83 ID:bGZgmCoP
同盟職員「いえ。30じゃダメ、なんですよね?」
青年商人「もう少し欲しいですね。
これではシェアを奪ったとしても“勝った”という印象には
なりがたい。今はその印象が欲しい」
本部部長「その印象で何を商うのです?」
青年商人「それは、勝った後の話です」
同盟職員「んー」 ばりばり
同盟職員娘「どうしたの、頭かきむしって」
同盟職員「何か思いつきそうなんだ。
何かが出かかっている感じがする。
泥仕合を避ける……。うー。どっかで似たようなシチュエーションを やった気がするんだけど」
同盟職員娘「なんの取引?」
同盟職員「判らない」
同盟職員娘「それじゃ手伝えないわよ」
青年商人「ふむ」
同盟職員「30……。多分、切り口は、まだ試合前って事なんだよ」
青年商人「試合、前」
同盟職員「……うん、そうです。それが鍵です」
同盟職員娘「……」
本部部長「何を悠長な。可否判断にそこまでの手間を」
青年商人「いや、待ちましょう」
同盟職員「……圧縮? いや……買い付け、か。
つまり、敵に無くて、僕たちにあるものだっ!」
青年商人「時間っ。そうですね?」
同盟職員「そうです。それをなんとか利用して……」
青年商人「買い付けた為替証と、反転させた攻勢の
組み合わせで、全体を溢れさせる……。
その瞬間を勝利宣言。……それで二倍。30%の二倍」
同盟職員娘「は? はぁ!?」
青年商人「判りました。まずは勝利する。
得点はその後。……そういう流れになりますね?」
同盟職員「そうです。いけますよ。きっと!」
424 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 23:13:17.22 ID:bGZgmCoP
――開門都市、南門から2里、奇岩荒野、遠征軍
ダカダッ! ダカダッ! ダカダッ!
百合騎士団隊長「見えたぞ! 進め! 進め! 光の子らよっ!」
従軍司祭長「あれぞ! 目指す開門都市はあれぞっ!」
灰青王「中央銃兵!! 列を崩すなっ!」
光の銃兵 ザッザッザ
「光は求め給う!」 「光は求め給う!」 「光は求め給う!」
光の槍兵「我らが猊下のために!」
光の中隊長「光の精霊、万歳っ!!」
光の軽装歩兵「光の精霊、万歳っ!!」
ダカダッ! ダカダッ! ダカダッ!
百合騎士団隊長「敵は正面、方陣を引いているっ」
灰青王「ふんっ。中央に歩兵、右翼に軽装散兵。
左翼には……あれは巨人か」
百合騎士団隊長「巨人とは……。ふふふ、どうするの?」
灰青王「山よりも大きな訳でも無し。
たかが身長が倍ほどあるだけではないか。
あれはカノーネの良い的になってくれるだろうさ」
ザッザッザッ
光の中隊長「進め! 進め! 敵は目の前だ」
百合騎士団隊長「お手並みを拝見といこうかしら」
灰青王「勝利はあなたの唇に捧げるとしよう。
マスケット準備! このまま前進するぞっ!!」
425 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 23:15:14.48 ID:bGZgmCoP
――開門都市、南門から2里、奇岩荒野、魔族軍
うわぁぁぁ!!!
副官「来ましたね」
鬼呼の姫巫女「うむ。頼むぞ」
鬼呼軍団長「遠征軍が来た! 鬼呼の勇士達よっ!」
鬼呼の刀兵 かちゃ
鬼呼の槍兵 ちゃきっ
鬼呼軍団長「諸君らの勇猛はわたしのもっとも知るところだ。
敵の突進は熾烈を極めるだろうが、それを受け止める必要がある。
諸君らの武勇は、敵の猪口才な火筒などに
左右されるものではない!
鬼呼の誇りをかけて切り刻めっ!」
鬼呼の刀兵「はっ!」
鬼呼の槍兵「承知っ」
副官「ここはお任せしてよろしそうですね。
わたしは混成軍の指揮に行ってきます」ひらりっ
鬼呼の姫巫女「頼んだぞ」
鬼呼軍団長「お任せあれ!」
うわぁぁぁ!!!
だかだっだかだっ
副官「近づいてきたな」
竜族の重装歩兵「人間めらが来たなっ」
巨人投擲兵「うん……きた……」
副官「そろそろ始まりますよ。準備を!!
巨人の皆さんの手元へ投げ槍を運んで下さい。
この場所から、敵軍へ向かって連続投擲を行ないます」
426 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 23:17:34.58 ID:bGZgmCoP
――開門都市、南門から2里、奇岩荒野、遠征軍
ザッザッザッ
灰青王「ここ、だな」
霧の国騎士「はじめますか」
灰青王「うむ。――中央第1部隊! 突撃!
敵軍に接触時点で射撃っ! ゆっけーい!!」
光の銃兵「うわぁぁぁぁ!!」
光の槍兵「突撃ぃ! 突撃だぁ!!」
光の中隊長「光は求めたもうっ!!」
灰青王「続いて、中央第2部隊! マスケット準備!
第1部隊が敵軍と接触、銃撃をしたならば次は諸君達だ!!」
光の中隊長「急げ、遅れるなっ!!」
光の軽装歩兵「魔族を打ち倒せ!」
百合騎士団隊長「そうだ、あの開門都市を我らが手にっ!」
従軍司祭長「光の精霊のお求めですぞっ!」
灰青王「精霊? 戦場で事を決するのは、常に鋼と炎よっ」
ズダーン! ドーン! ドンッ! ズダーン!!
霧の国騎士「第1部隊、発射確認っ!」
灰青王「中央第2部隊! 突撃開始っ! 必ず、第1部隊の
位置より敵陣に食い込んでから発射するのだっ!
発射までは槍兵を中心にマスケット兵を護れっ!
突撃っ! ゆけーいい!!」
光の銃兵「うぉおおおおおお!!」
「光は求め給う!」 「光は求め給う!」 「光は求め給う!」
光の中隊長「戦場の功は我ら第2部隊のものだぁっ!」
427 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 23:18:51.62 ID:bGZgmCoP
――開門都市、南門から2里、奇岩荒野、魔族軍
鬼呼の姫巫女「来たな」ザシャ
鬼呼軍団長「刀を取れ! 勇者よ。行くぞ、突撃っ!」
鬼呼の刀兵「おおー!!」
鬼呼の槍兵「突撃っーーっ!!」
副官「こちらも行きます。マスケットの狙いを
少しでも甘くさせてやるんです。
接触よりも奥の地点を狙って下さい。それっ!!」
巨人投擲兵「ま、かせろ……」
びゅんびゅんっ! びゅぅぅん!!
獣牙の散兵「我らも行くぞ、右翼より食らいつけっ!」
獣牙の突撃兵「突撃ぃ! 突撃っ!!」
ズダーン! ドーン! ドンッ! ズダーン!!
ドーン! ドンッ! ズダーン!!
鬼呼軍団長「っ!?」
「うわぁぁあああ!!」 「な、なんだ……と……」
鬼呼の刀兵「ひるむなっ! 切り込めっ! 切り込めっ!」
鬼呼の槍兵「鬼呼の武勇を見せろ! 全軍突撃っ!」
巨人投擲兵「せいっ……」びゅんっ! びゅっ!
副官「なんてことだ。これがマスケットの突撃なのか……っ」
「ゆけぇ!」 「光は求めたもう!」 「光は求めたもう!!」
ドンッ! ズダーン!! ズダーン! ドーン!
副官「なっ、第二射っ!? 早すぎるっ!!」
428 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 23:19:55.18 ID:bGZgmCoP
――開門都市、奇岩荒野、東の砦、人魔軍
紋章の長「……我ら人魔軍も行きますよ」
魔術部隊隊長「了解。ゆくぞ」
魔術兵「はっ!」
ダカダッダカダッダカダッ
人魔騎兵「全体をそろえよ、遠征軍の戦闘部分を横から切断するぞ」
人魔槍兵「了解っ」
ズダーン! ドーン!
紋章の長「始まっていますね。魔術部隊、術式展開!」
魔術部隊隊長「はっ! “多重幻影術式”開始っ!」
魔術兵「“多重幻影術式”っ!」
魔術兵「“夢幻幻影術式”っ!」
紋章の長「騎兵諸君! 諸君らの身体には幻影の術式が
かけられている。この術式のお陰で、諸君らの身体は
敵からは薄れ、ぼやけ、あるいは鏡に映ったように
何人もに分裂して見えるはずだ。
敵の新型兵器マスケットは射撃武器だ。
射撃武器である以上、この幻影にて命中率は大幅に下がる。
騎兵を中心に横合いから突撃っ!
敵部隊の前方突出部隊を噛みちぎり、そのまま乱戦に突入。
開門都市のほうへと駆け抜ける」
人魔騎兵「了解いたしましたっ!」
人魔槍兵「我らが大儀のためにっ!」
429 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 23:20:56.79 ID:bGZgmCoP
――開門都市、南門から2里、奇岩荒野、遠征軍
霧の国騎士「左翼から敵の伏兵。分断を目的とした突撃」
灰青王「ふぅむ。それくらいはやるだろうな」にやり
霧の国騎士「敵は幻影魔法による隠蔽の上、
騎兵をぶつけてくる模様」
百合騎士団隊長「灰青王さま。分が悪いのかしら?」
灰青王「まさか。想定の範囲内ですよ。
マスケットの意味と、兵の人員差を実感させてさしあげよう。
左翼防御師団っ! マスケット準備っ!!」
光の銃兵 がちゃ
がちゃ、がきん! がたっ! がちゃ、がちゃっ!!
光の中隊長「照準っ!」
光の軽装歩兵「構えーぃ、筒ぅ!!」
百合騎士団隊長「これは……」
灰青王「左右からの奇襲は織り込み済み。
防御師団にはすでに射撃準備を命じてあると云うことですよ。
どれほどかと思えば、騎兵5千に、突撃装備の槍兵2万と
いうところですかね。
マスケット兵1万の射撃にどこまで抗しうることか」
霧の国騎士「いけます」
灰青王「目標は騎馬! 幻影のことで思い悩むな!
水平射撃を心がければよい! 斉射っ!!」
ズダーン! ガガーン!
ドーン! ズダオーン!
灰青王「射撃終わり次第装填! 第二射に備えよっ!!」
431 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 23:22:43.19 ID:bGZgmCoP
――開門都市、奇岩荒野、人魔軍
ズダーン! ガガーン!
ドーン! ズダオーン!
紋章の長「なっ!」
人魔騎兵「うわぁぁぁ!!」
「手がぁっ!」 「馬がっ! 馬が暴れてっ!!」
「何だ、何が起きたんだっ!!」 「うわぁぁっ!」
人魔槍兵「なんで突然っ!? う、うわぁぁぁ!!」
ゴウゥゥン!! ゴォォン!
ゴウゥゥン!! ゴォォン!
魔術部隊隊長「援護を! 何をしている! 騎馬の援護をするのだ!」
魔術兵「くっ! “中級火弾術式”っ!」
魔術兵「こ、これでもくらえぇ! “中級氷弾術式”っ!」
ドーン! ズダオーン!
人魔槍兵「せ。せめて一撃くらいはっ! うぉぉぉ!」
ゴウゥゥン!! ゴォォン!
紋章の長「っ!!」
魔術部隊隊長「ダメです! 数が違いすぎますっ!」
魔術兵「隊長っ! 敵の攻撃が途切れませんっ」
紋章の長「魔方陣を組みなさい、広域呪文をっ!」
魔術部隊隊長「了解っ! 中級以上の術者は集まれっ!」
ひぅるるるるる!! ごぉぉん!!
魔術部隊隊長「うわぁぁぁ!!!」
432 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/06(火) 23:23:45.98 ID:bGZgmCoP
――開門都市、南門から2里、奇岩荒野、魔族軍
ひぅるるるるる!! ごぉぉん!!
副官「本陣に直接打撃っ!?」
どぉぉんっ!!
巨人投擲兵「うわぁぁっ!!」
副官「これはっ。まさか、大砲!?
だがこんな大型で高性能な砲が開発されたなんて話は
聞いたことがないぞ、いったい何がっ」
どどどーんっ!!
巨人投擲兵「ぐぅぅっ……、ぅ、腕がっ」
副官「下がれっ! 竜族! 重装歩兵、前へっ!!
撤退だ、撤退支援に入るっ! 傭兵隊はわたしに続けっ!
鬼呼族の乱戦に突撃するっ!!」
人間騎士「くっそぉ」 人間剣士「きやがれ、こっちゃ生まれた時から戦場暮らしなんだ。
ぽっと出の農民なんかに負けてたまるかよぉ!!」
竜族重装歩兵隊「委細承知っ。部隊前進っ!!」
ざっざっざっざっ!!
獣牙の散兵「ひるむなぁぁ!!」
獣牙の突撃兵「つっこめぇぇ!!!」
副官(なんてことだ。こんなにも、こんなにも戦力差があるなんて!)
438 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 00:08:54.80 ID:UGv5Hk.P
――開門都市、南門から2里、奇岩荒野、魔族軍
鬼呼軍団長「っ! これほどとはっ」
ズダーン! ガガーン!
ドーン! ズダオーン!
鬼呼の刀兵「進めぇ! 切り伏せろぉ」
鬼呼の槍兵「なっ! うわぁぁぁっ」ばたーんっ
人魔騎兵「止めろぉ! 撃たせてたまるかぁ!!」
光の銃兵「ぎゃぁぁっ!!」
光の槍兵「死ね! 魔族めっ!」
人魔騎兵「うわぁぁっ!!」
ダカダッ! ダカダッ!!
「光は求め給う!」 「光は求め給う!」 「光は求め給う!」
光の槍兵「我らが猊下のために!」
光の中隊長「光の精霊のために! 進めぇ! 撃て! 撃てぇ!」
ダカダッ! ダカダッ!!
副官(だめだ。この乱戦では……。くっ。やつらは
最初からこちらが数を減らそうとすることを読んでいたんだ。
これは……飽和攻撃だ。
そのことは最初から理解していたはずなのに。
兵力差があることは判っていたけれどそれでは甘かった……っ。
こいつらは。
こいつらは“最初から飽和攻撃を目的にした軍”なんだっ)
ダカダッ! ダカダッ!!
副官「だめだっ!! 姫巫女っ! 退いてください!
都市に入ってくださいっ!!」
439 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 00:10:10.98 ID:UGv5Hk.P
――開門都市、南門から2里、奇岩荒野、遠征軍
観測兵「敵右翼、巨人の一団は沈黙。撤退の動き有り」
灰青王「中央部はどうだ?」
観測兵「すさまじい土煙で確認できません。
しかし、奇襲を仕掛けてきた伏兵騎馬部隊はほぼ壊滅。
残存部隊は、逆に乱戦区域に切り込んだ模様」
灰青王「させておけばよい」
霧の国騎士「いかがしましょう?」
灰青王「第1および第3部隊を下げさせろ。ほら貝を吹き鳴らせ。
おまえは第4部隊を率いて前線をより深く打ち立てろ」
霧の国騎士「はっ!」
ゴウゥゥン!! ゴォォン!
ゴウゥゥン!! ゴォォン!
光の銃兵「精霊は欲したもうっ!」
光の槍兵「つっこめぇ!」
百合騎士団隊長「すさまじい銃火。どうなっていますの?」
灰青王「正気の司令官ならば、そろそろ撤退判断を
下すでしょうね。確認は出来ないが、
損耗率はもはや許容限界を遙かに超えている」
百合騎士団隊長「であ、もちこしに?」
従軍司祭長「そのようなこと、許されませんぞ」
灰青王「ええ。前線は乱戦となって膠着しかけている。
そんな中で撤退の報せが走れば動揺が走り、
反転時に大きな隙が生まれる。
こちらは魔族のそんな動揺にに、
完全な予備兵力として温存しておいた精鋭マスケット兵団と
フリントロック隊、合計6000を投入する。
……連中が背中を見せた瞬間が、最後だ」
440 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 00:11:37.75 ID:UGv5Hk.P
――開門都市、南門から2里、奇岩荒野、魔族軍
獣牙の散兵「獣牙の勇姿を今こそ見せよっ!」
獣牙の突撃兵「仲間の撤退を護れ! つっこめっ!!」
鬼呼の姫巫女「撤退だっ」
鬼呼軍団長「歩兵部隊、傷病者より、後退っ!!」
副官 ぞくっ
獣牙の散兵「うぉぉっ!!」
獣牙の突撃兵「当たるかぁ!!」
鬼呼軍団長「くっ」
鬼呼の姫巫女「どうした、何故早く撤退をせぬっ」
鬼呼軍団長「急激に背中を見せれば、その隙を突かれますっ。
こうして後退を行なうしかありませんっ。
それすらも人魔族を見捨ててやっとなのです」
副官(なんだ、首筋が……。ぞわぞわするぞ……)
ズダーン! ガガーン!
ドーン! ズダオーン!
獣牙の散兵「うわぁぁっ!!」
獣牙の突撃兵「な、なにっ!? 新手だっ!」
鬼呼軍団長「新手っ!?」
副官(なっ!? この上、予備兵力だとっ!?)
鬼呼の刀兵「うわぁぁぁ!! な、なんであんなとこっ」
鬼呼の槍兵「ぐぎゃぁぁっっ!!」
ズダーン! ガガーン!
ドーン! ズダオーン!
副官「くっ。くそぅっ!! くそうっ!!
助けるんだ、撤退を助けろっ! 弱いところを探して
突撃を集中させるんだっ!」
うぉぉぉ。うわぁぁぁぁぁあ!!
副官「っ!?」
441 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 00:12:43.46 ID:UGv5Hk.P
――開門都市、奇岩荒野、人魔軍
うおおおぉぉぉおお!!
銀虎公「突っ込んでゆさぶれぇ!! 接近戦だっ」
獣牙双剣兵「おおおおっ!!」
獣牙斧兵「我ら獣牙精兵、友軍を見捨てはしないっ」
ドドオーン! ドーン!
魔王「敵にこだわるなっ! 混乱させればそれでいい!
いまは撤退を助けて開門都市を目指せっ!!」
東の砦将「しっかりしろっ!」
紋様の長「ぐっ。うううっ……」
獣牙双剣兵「うりゃぁぁ!!」
獣牙斧兵「どっせぇーぇいっ!!」
魔王「魔法部隊っ! 歩兵に不可視呪文を投射せよっ!
同士討ちを警戒させるのだっ。騎馬部隊は魔法部隊を保護っ!
場合によっては同乗して東側より戦場を待避! 急げっ!!
銀虎公「気合いをいれろぉぉ! 合戦だぁぁぁ!!」
獣牙の散兵「銀虎公だっ!!」
獣牙の突撃兵「銀虎公のご帰還だぁ!」
銀虎公「俺が戻ったぞぉ!! 必ず生きて街へと戻るんだ!
傷ついたやつがいれば肩を貸してやれ!
どんなことになっても良い、戻るんだっ!!」
「魔王様だっ!」 「魔王様の援軍が現われたぞっ!!」
「撤退だ、魔王様の援軍が護ってくださるっ!」
「魔王のためにっ!」 「我らが護り手、紅玉の瞳のためにっ!!」
443 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 00:14:11.36 ID:UGv5Hk.P
――開門都市、南門から2里、奇岩荒野、遠征軍、天蓋馬車
「魔王のためにっ!」 「魔王のためにっ!」
大主教「……来たか」
従軍司祭長「は?」
ズダーン! ガガーン!
ドーン! ズダオーン!
大主教「魔王が来たぞ」 従軍司祭長「なんですとっ」きょろきょろっ
大主教「戦場の中央部、乱戦部を抜けようとしているな」
従軍司祭長「何故そのようなことを居ながらにしてっ?」
大主教「くくく。これも精霊の啓示」
ころん、ころんっ
百合騎士 ぞくっ
大主教「百合騎士隊よ」
百合騎士「ははぁっ」 がばっ
大主教「騎馬マスケット部隊にて、魔王を包囲するのだ。
魔王の守りは薄い。
持てる兵の全てを撤退戦に投入していると見える。
王の守りを薄くするとは……。
魔王とは云えぬ愚かさ。その割り切りも持てぬとは」
従軍司祭長「騎乗、攻撃準備っ!」
百合騎士「ははぁっ!!」
大主教「汝らの優先に、光の祝福を」
百合騎士「百合騎士隊よっ! 猊下のお導きだ。行くぞっ!!」
457 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 00:57:02.82 ID:UGv5Hk.P
――開門都市、奇岩荒野、合戦のさなか
ゴウゥゥン!! ゴォォン!
ゴウゥゥン!! ゴォォン!
霧の国騎士「死ねぇ! 異端めぇぇ!!」
東の砦将「うらっ! そうはいくかっ!」
ギィインッ!
霧の国騎士「なぜ人間が魔族につくっ!」
東の砦将「なぜ殴りかかっても来ない相手に殴りかかるっ!!」
ギィンッ! キン! キキンッ!
霧の国騎士「それが戦場の常だっ」
東の砦将「ああ、まったくだ。同意見だよっ!」
ギィインッ! ヒュバッ!
霧の国騎士「っ!?」
東の砦将「同意見だから、人間だ魔族だ、やれ精霊だ。
そういう面倒くせぇご託抜かしてるんじゃねぇよっ。
どうせお前も俺も、野盗に毛が生えた程度の
浅ましい畜生根性なんだからっ!
よぉっ!!」
ギィインッ!
霧の国騎士「黙れっ! 黙らないか、痩せ犬がっ!」
東の砦将「剣で黙らせてみろっ」
キンッ! ヒュバッ! シュバッ!!
霧の国騎士「裏切り者の分際でぇっ!」
458 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 00:58:23.53 ID:UGv5Hk.P
――開門都市、奇岩荒野、合戦のさなか
ゴウゥゥン!! ゴォォン!
ゴウゥゥン!! ゴォォン!
魔王「急げ! 右翼に隙を見せるなっ! げほっげほっ」
人間の騎兵「魔王様、ここは危ない。早く移動をっ」
魔王「しかし、魔法部隊がっ」
銀虎公「行くぞ、魔王殿。……これはただの戦闘なんだ。
魔王殿の出番は他にあるはずだ」
魔王「……っ」
ひゅるる……ドォォン!!
獣牙双剣兵「っ!」
ゴウゥゥン!! ゴォォン!
獣牙斧兵「なっ!」 ゴロンッ!
「魔王だ!」 「この近くに魔王がいるはず、魔王を捜せっ!」
「魔王を見つけ出し、マスケットを喰らわせるのだ!」
「魔界の背教者、暗黒の権化に死の鉄槌をっ!!」
銀虎公「くっ。どうやらばれたらしいな。早く行こう」
魔王「判った。都市へと退却するぞっ!」
人間の騎兵「「「はっ!!」」」
魔王(マスケットの威力がこれほどとは……。
これも運用か。火器の配置と集中。
そして乱戦を意にも介しない悪意に満ちた集中力と無慈悲さ。
このような容赦のない用兵を行なう者が、
聖鍵遠征軍に存在するとは……。
これも、わたしの罪なのか……)
459 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 00:59:46.01 ID:UGv5Hk.P
ゴウゥゥン!! ゴォォン!
ダカダッ! ダカダッ!!
ダカダッ! ダカダッ!!
魔王(それにしてもなんという数だ。20万? 30万?
そんな数字を聞いても判りはしない。
この軍勢を見るまではわたしにも判らなかった。
まずい。
まずいぞ……。
これだけの数のマスケットと大軍勢は、上手く運用さえすれば
魔族を一人残らず殺すことも可能かも知れない)
ゾ クッ
魔王(なっ。何を馬鹿なっ。
そのような非効率的、非現実的な妄想などあるものかっ。
……だが。
この悪魔的な破壊力、殲滅力。おびただしい血の量はどうだ。
戦が始まってからまだ半日もたっていないはずなのに
大地はおびただしい血を吸って黒くぬめったような
異様な光景になりはてている……。
これが火薬の作り出す地獄なのだとすれば……。
わたしは……。わたしはっ)
ダカダッ! ダカダッ!!
東の砦将「魔王っ! 伏せろっ!」
ゴウゥゥン!
百合騎士「死ねぇっ!」
魔王「っ!!」
ズドンっ! ぽたっ、ぽたっ
銀虎公「くふっ。ふはっ」
魔王「銀虎公っ!!」
463 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 01:02:28.14 ID:UGv5Hk.P
銀虎公「ふふっ。ふははははっ!
遠からん者は音にも聞けっ、近くは寄って目にも見よっ。
魔界に氏族数多あれど、武勇の誉れ叩きは
我が獣牙っ。白虎の眷属にして、導きの長。
戦場に誉れ高き七つ矛の主っ。
我こそは、魔界に轟き右府将軍っ!
名は隗、字は草雲、黒眼雪髪、銀虎公と称す。
その方らのような雑兵に、やられる俺ではないわぁっ!」
獣牙双剣兵「っ!」
魔王「ぎ、銀虎公?」
百合騎士「死ねぇっ!」 ズギュゥゥン!!
百合騎士「化け物めっ! 倒れろっ! 倒れろぉっ!!」
ゴウゥゥン!! ゴォォン!
ドゥゥン!! ズドォォン!
魔王「ぎっ、銀虎公ーっ」
東の砦将「ダメだっ! 魔王っ! 行くんだっ!」
獣牙双剣兵「うわぁっ!!」
獣牙短槍兵「突撃ぃぃぃ!!」
銀虎公「ふははははっ! ははははははっ!!
愉快、痛快っ!! それ、木っ端騎士めっ!
我が大薙刀を受けきるかっ! せいやぁぁっ!!」
ドゴォォーン!!!
魔王「銀虎公っー! 銀虎公っー!!」
東の砦将「行かせないっ。魔王っ!!」
ダカダッ! ダカダッ!!
468 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 01:05:51.95 ID:UGv5Hk.P
銀虎公「ははははっ!!
戦場こそ我ら獣牙の故郷っ!
楽しい戦だったぞ、魔王殿っ!!
そして、夢のような日々であった。
心が軽くなり、何を話しても、何をしても楽しかった。
そーっれっ! せいやっ!!
――約束は少しは守れただろうかっ。
我ら獣牙は戦の民。
しかし、粗にして野でも、卑にはあらず。
魔王殿っ。魔王殿に誓った忠誠は、その報恩は
未だ尽きてはいないぞっ!
はははははっ!」
魔王「銀虎公ーっ」
東の砦将「……っ」
ダカダッ! ダカダッ!!
銀虎公「はははっ! 人間の勇士よ! 砦将よっ。
礼を言うぞ。そして出来れば頼みたいっ。
我は三度の約束のうち、二度は果たしたが、
最後の一度をお返しする前に果てるようだ。はははははっ」
百合騎士「化け物めっ!」 ゴォォン!
銀虎公「五月蠅いわぁっーっ!!」
ズザーン!! ザパァッ!!
銀虎公「魔王殿はか弱いっ。か弱くて、
弱く、頼りなく、転んだだけで死にそうなほど情けない方だっ。
だが、その細い肩にはこの魔界がのっておるっ。
砦将よっ。我を認めてくれた人間よっ!
気の良い男よっ。酒を酌み交わした戦友よっ。
頼んで良いだろうか」
ダカダッ! ダカダッ!!
東の砦将「――っ」ぎゅぅっ
銀虎公「我亡き後、できれば最後まで……
魔王殿を……支えて……」
魔王「銀虎公ーっ!!」
ゴウゥゥン!! ゴォォン!
558 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 20:05:41.44 ID:Oxb903Uo
――魔界、南部、風強き荒れ地、宿営地の天幕
王弟元帥「……ん?」
参謀軍師「どうされました? 閣下」
王弟元帥「いや。今頃は、総攻撃かと思ってな」
参謀軍師「ふむ。そうですな」
聖王国将官「どうなるでしょうね」
王弟元帥「ふふっ」
参謀軍師「?」
聖王国将官「どうされたのです?」
王弟元帥「いいや。荒野での決戦が上手く行くにせよ、
行かぬにせよ、さほど大勢に影響はないだろうさ」
聖王国将官「そうなのですか?」
王弟元帥「もちろん、失敗すれば魔界攻略は
大きく後退するだろうが、失敗とはこの場合、何をさす?
確かに残した15万をまるまる失えば、それは失敗だろうが
7万も残れば、取り返しはつくのだ」
参謀軍師「7万では魔界の全土制圧は不可能です」
王弟元帥「だが、それがどうした?
開門都市を落とすには、その7万と我らが率いる
精鋭3万で十分ではないか。
開門都市を落としそこに駐留軍を置いて我らは大陸に帰る。
――何も失ってはいない」
聖王国将官「失っては、いない?」
559 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 20:06:45.37 ID:Oxb903Uo
王弟元帥「もとよりここは異境の地なのだ。
我らの大陸ではない。
兵を失っても領地が失われる訳ではない。
我らは帰り、数年後には再び同じ数の軍勢をそろえて
攻めあがることが可能だろう。
その時はより高性能なフリントロックを用いて、だ」
参謀軍師「たしかに」
王弟元帥「そもそも我らの最低限の課題は、
人間の持つ地上の大陸を死守し、
そこに千年王国を打ち立てること。
大陸中央部にある我ら聖王国を中心とした政治体制の確立だ
その計画の異分子としての魔族があり、戦いがあった。
結果として我らの結束を高める効果があり、
この戦いは消して無益ではなかったといえる。
そして今、魔界という存在が明白となり、
共通の脅威として存在する以上、
実際の戦闘の有無にはかかわらず、
我が大陸のにおける聖王国の求心力は高まっていると云えよう。
その意味では、魔族の領土はなにも制覇の必要はない。
いや、制覇し、統治することによって聖王国が世界の中心から
外れるとなれば、これは残すべきなのだ。
本来、優先順位が高いのは南部連合の処理だった。
しかし南部連合の処理をするためには、魔界を叩き
教会の支持を強固にする必要があっただけのこと」
参謀軍師「教会、ですか」
聖王国将官「近頃の彼らの横車は目に余るものがあります」
王弟元帥「確かにな」
聖王国将官「元帥閣下はいかがお考えなのですか?」
562 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 20:13:22.19 ID:Oxb903Uo
王弟元帥「ふむ。……我ら聖王国、中央諸国、いや
あの大陸全ての民は、光の精霊信仰のもと繋がっている。
我らが集団的な能力を持っているのもそれによるところが大きい。
今回の聖鍵遠征軍にしてからが、そうだ。
マスケットの威力や、その修練速度、つまり農奴の兵としての
コストの安さが戦場の様相を一変させたが、
それも実は教会への信仰あってのこと。
単一の教えがここまで根付いていなければ、
国家を横断した“自由意志を装った徴兵”などという
乱暴な手段は機能しなかっただろう。
教会は必要不可欠で、我らの生活には欠くことが出来ぬ」
聖王国将官「教会は正義ですか……」
王弟元帥「正義? そんなものとは関係ない。石と同じさ」
聖王国将官「石?」
王弟元帥「路傍の石でも、皆で頭を下げれば崇拝の対象だ。
磨けば光るだろうし、刻めば人の姿も取るだろう。
そんな事はどこでも見られること。
……本質的なのは“期間”だよ」
参謀軍師「期間とは?」
王弟元帥「祈りの長さ、とでもいうかな。
教会千数百年の歴史が教会に正当性と権威を与えているのだ。
正義とは、表面的な戦闘力と事の帰趨を別にすれば
正当性に過ぎない。
では正当性の源泉はどこからもたらされる? と問うならば、
それは“期間”だ。歴史と言い換えても良い。
現在という視点に限れば、より古いものこそが正義と云える。
教会の歴史は長い。長いからこそ、正当なのだ。
そしてその正当を護ることが、
我ら聖王国の利益と正当性にも繋がる。
……千年王国は理想郷への憧れではない。
いつか正当性を手に掴むためのきわめて現実的な方針なのさ」
568 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 20:42:35.26 ID:Oxb903Uo
――魔界、南部、風強き荒れ地、勇者の天幕
夢魔鶫「昨晩夕刻に開門都市軍は都市防壁に撤収。
しかしその被害は甚大で、3万に迫るとのこと」
勇者「3万……っ!?」
夢魔鶫「……」
勇者「半壊……か」
夢魔鶫「御意」
勇者(半壊、かよ。
魔王……は、まだ人間界か。
だとすれば、副官。紋様の長、火竜大公、鬼呼の姫さん。
無事でいてくれ……。
なんで俺はそこにいれないんだよっ。
……また。
また同じかよ、爺さん。魔法使い。
これで良いのかよ。俺は勇者なんだぞっ。
勇者なのに人も救えないで、何が勇者だよっ)
ぎりぎりっ
夢魔鶫「主上」
勇者「……ん」
夢魔鶫「御身が傷つきます」
勇者「ん? ああ」
夢魔鶫「……」
勇者「戦場は、すさまじい有様だったろうな」
夢魔鶫「大地は血を吸い、ぬかるみに変わったと」
勇者「そう……か」
夢魔鶫「……」
勇者「転移も禁止、上級呪文以上は全部禁止。
勇者剣技も禁止で、移動速度は馬の三倍まで……って。
どんな罰ゲームだよ、魔法使いよぅ」
571 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 20:45:20.20 ID:Oxb903Uo
勇者「こんなのじゃ何も出来ないじゃねぇか。
それで聖鍵遠征軍に入り込む意味なんてあるのかよっ。
見てるだけなら木偶人形でも出来る。
こんなになんにも出来ないで、無力で、みっともなくてっ。
何が勇者だってんだよっ!!」
夢魔鶫「……」
勇者「ふざけんなよっ!」
どんっ
夢魔鶫「恐れながら、主上」
勇者「なんだ」
夢魔鶫「ヒトは、人間も魔族も、みなそうです」
勇者「……?」
夢魔鶫「ヒトは主上のような魔法も戦闘力も、
移動力も、無限に思える頑強さや活力も、持ちません。
ヒトは今の主上よりさえも、数十倍も無力です」
勇者「あ……」
夢魔鶫「しかしヒトはけして木偶人形ではありません」
勇者「すまん。
俺は……。
……心ないことを云った」
夢魔鶫「……」
勇者「引き続き、監視を頼む」
夢魔鶫「御身がために」
しゅんっ! ひゅばっ
579 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 21:05:24.98 ID:Oxb903Uo
――湖の国、首都、『同盟』作戦本部
がやがや
同盟職員娘「買いです。買い取ってくださいっ」
同盟職員「良いから買いだ。手数料として色をつけても良い。
ただし『同盟』の存在は気取られぬなっ」
同盟職員娘「そうです、為替証の買い取りです」
早馬番「早馬、三騎あきました」
同盟職員「自由貿易都市に送り出せ、ばらばらにだ。
『同盟』の商館に回状を回せ!」
同盟職員娘「波頭の国の財務官に接触できました。
このまま交渉を続行します」
青年商人「こちらはどうです?」
本部部長「徐々に浸透はしてきていますが」
青年商人「着火点の見切りが全てですね」
本部部長「この策、上手く行きますかね」
青年商人「“ひとは、真実であって欲しい。
もしくは、真実であって欲しくないという理由で噂を信じる”。
“二つの真実に、一つの嘘を混ぜよ。そうすれば、鴨は
その餌を丸ごと飲み込む”」
本部部長「ふっ。『同盟』の格言ですな」
青年商人「……まず、湖畔修道会が天然痘の予防策を完成し
これを理由に湖畔修道会に同調する自治都市が増え始めている。
また、難民が天然痘を恐れて南部連合への流入している。
これは、事実です」
本部部長「はい」
580 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 21:08:29.16 ID:Oxb903Uo
青年商人「第二に、来年の春小麦も豊作か不作かは別に
戦地へ送るためにすでに高価な買い取りが開始されている。
教会の税収士がその権利を押さえて、価格の高騰は避けられない。
また、各地の教会では鉄の差し押さえが始まり、
武器へと鋳直すために教会の鐘さえ次々と取り外されている。
これも、事実です」
本部部長「そうですね」
青年商人「……そして、だから、そのために。
実は聖光教会の財政は非常に切迫しており、
もはや為替事業の破綻は目前である」
本部部長「……それが、嘘」
青年商人「嘘ですが、この嘘は“ただの嘘”ではないわけです」
同盟職員娘「へ? なんか違うんですか?」
青年商人「為替証とは、商人が教会にお金を預けて発行してもらう。
手数料として1/10は払わねばなりませんけれどね。
たとえば、金貨100枚をあずければ
“金貨90枚を払ってもらえる為替証”を発行してもらえる。
金は目減りしますが、この為替証は
基本的にどの教会支部でも現金化出来るわけです。
現金で取引をするリスクを減らすことが出来る。
しかし、発行された為替証全てが
即座に現金化されるわけではない。
たとえば“金貨90枚を払ってもらえる為替証”は
最終的には金貨90枚と同価値を持つわけですし、
金貨を持ち運ぶよりも遙かに安全に持ち歩くことが出来る。
ですから、商取引の中で金貨90枚が必要であり、
為替を相手もしくは自分が持っているのであれば、
この為替で支払ったり、もしくは代金として
受け取る事もあり得ますよね?」
同盟職員娘「ええ、よくある光景ですね」
581 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 21:10:54.68 ID:Oxb903Uo
青年商人「つまり、この世界には“現金化されていない為替証”
がかなりの数に上って存在するはずです。
視点を変えれば、これは教会が商人たちから金を借りている、
とも云えますよね?
商人たちが一斉に為替の現金化を始めれば、
教会は現金を支払う義務がある。
もし、教会の財政が危険だと判ればどうします?」
同盟職員娘「あっ」
青年商人「そうです。手元の為替証を、現金化するでしょうね。
本当に教会が危なかった場合、その為替証はゴミになってしまう
可能性がある。その危機感と行動が、教会を真実追い詰める」
同盟職員娘「本当に教会は倒れるんですか?」
青年商人「まさか! 教会の財政がいくら逼迫しているとは言え、
そこまで軟弱なわけがありませんよ。
農民や国からの寄付、独自の税金、産業、
免罪符などの商品を考えれば、
教会はこの『同盟』と比べてさえ、莫大です。
云うならば天文学的な資産を持っていると云える。
この程度のことで転覆するなんてあり得ません。
しかし、聖光教会が総体としては無尽蔵の資金が
あったとしても、意味はありません」
本部部長「そうですね」
同盟職員娘「?」
同盟職員「すべての支部が無尽蔵に資金を持っている
訳じゃないと云うことさ。忘れたのか?
金貨を運ぶって云うのは、それはそれでリスクもあれば
時間もかかる、手間もね。
たとえば、聖王国の首都の教会にお金があったとしても、
末端まで金が行き渡っているわけではない。
それに気が付いたところで、事は手遅れだ」
590 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 21:38:41.04 ID:Oxb903Uo
――鉄の国、宮廷、大会議室
氷雪の女王「――以上のように、議論は出尽くしましたかな」
赤馬武王「そうだな」
葦の老王「うむ」
湖の女王「まことに」
梢の君主「同意しましょう」
自由都市の領主「とはいえ。ううむ……」
冬寂王「では、各々がたの思うところを述べて頂くとしよう。
魔界へと向かった遠征軍は、総勢三十万。その兵力は強大無比。
もちろん戦の勝敗は数のみよるとは云えないながらも、
恐ろしい災厄として魔界は暴虐の嵐に巻き込まれていよう」
執事「さようですなぁ」
商人子弟「……」ちらっ
軍人師弟「……」
赤馬武王「だがしかし、我らが行ったところで何が出来るか」
梢の君主「そもそも、今は停戦し平和条約が結ばれたとは言え
それは防衛条約でもなければ共同戦線を約した物でもない。
我らが何らかの援助をしなければならないという
根拠は何一つ無いのです」
湖の女王「それはその通りでしょう」
自由都市の領主「しかし、魔界との条約により、
明らかに通商の活性化が為されたことはすでに報告差し上げた」
氷雪の女王「無視できませんね」
梢の君主「そもそもその報告自体の真実性に疑問がある」
591 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 21:39:57.24 ID:Oxb903Uo
自由都市の領主「聞き捨てなりませんな。
我ら自由都市の統計と調査が信用できないとっ!?」
梢の君主「そうは云っていない。
しかし、その交易の税の増加が
他の要因に端を発するものではないと何故云えるのか?
たしかに税の増収と魔界との通商開始時期はかさなっている。
それは我が国でも確認された。
しかし、同時期に聖鍵遠征軍が黄泉の準備を行なっていたことも
確かなのだ。この税収の上昇、すなわち商業の活性化は
戦争の影響によるものだという推測も十分に成り立つ」
自由都市の領主「それはっ……」
葦の老王「うーむ。戦争により、商いが活性化するとは……。
古来よりもよく言われるところ。梢の君主の説にも
説得力がありますな……」
湖の女王「……」
商人子弟「王よ」こくり
冬寂王「ふむ。我が国の財務長からの報告があるそうだ」
氷雪の女王「ふむ」
商人子弟「各国の代表者の方々に、財務、商業の専門家の
立場から申し上げられることは
それは“戦争により経済が活性化する”という言葉の欺瞞性です。
大局的に云って、そのような事象は存在しません」
赤馬武王「まさか? 実際古来より云われてきたことではないか」
葦の老王「何を言い出すのだ」
593 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 21:43:38.74 ID:Oxb903Uo
商人子弟「もちろん、限定的、かつ局所的にそのような
事象は発生します。しかし、冷静に考えてください。
戦争はありとあらゆる物資を必要とします。
食料や武器、衣類や、防寒具、移動のための様々な乗り物
燃料、生活消耗品、そして今回のマスケットの登場で
弾薬までもが消費されるようになりました。
マスケットの銃弾は鉄です。
鋳造には鉄鉱石とその二倍の木炭を必要とする。
我がほうの試算によれば、この銃弾2発で金貨1枚の計算です」
梢の君主「だからこそ、商業が活性化するのではないか。
それだけの物資を必要とするならば、供給せねばならない」
商人子弟「ですからそれは限定的な解なのです。
大局的に見れば、これらの社会財を消耗しながら
戦争は新たなどういう富を作り出しますか?
例えば4頭の豚を買ってくれば、翌年には8頭になる。
それが富が増えると云うことでしょう。
あるいは、5人で小麦を作った結果、10人が養える。
そう言ったことでも良い。
それらと比べた時、戦争が本当に富を生み出すと思えますか?
そのようなことはあり得ない。
戦争によって豚が殺される。死んだ豚が子を産みますか?
兵によって畑が焼かれる。焼け野原が小麦を実らせますか?
戦争は巨大な消費である一方、富を生み出すための
施設や機能の破壊でもあるのです。
で、ある以上、戦争が総体として富を生み出すなどと
云うことはない。それどころか巨大な浪費と云えるでしょう。
同じだけの投資を、例えば開墾や牧畜の振興に回したら
どれほどの未来が約束されるかを考えればそれは明らかです。
戦争によって、かろうじてあると云えるのは、
局所的な富の移動だけです」
氷雪の女王「それは例えば、どのようなことなのです?」
594 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 21:45:09.10 ID:Oxb903Uo
商人子弟「まず考えられるのは
“戦争を行ないながらも、その費用を他者へと
押しつけられる存在が行なう戦争”です。
押しつける方法は協定でも陰謀でも圧力でも権力でも構わない。
戦費を全て他者に押しつけることが出来るのであれば
戦争というのは、確かに魅力的な巨大消費です。
自分から戦争を仕掛け、しかし戦費は他者の財布に
回せるとしたら原理的には無限に財産を殖やすことさえ可能です。
古の時代、略奪を目的に行なわれていた戦争とは
これに当たります。略奪という形で戦費をまかなっていたのです。
これは現在でも、敗戦側の賠償金という形で存在します。
賠償金のもっと進んだ形で考えるのならば
恫喝的外交があげられます。
つまり、戦争をするぞという脅しで他者からお金を巻き上げる。
実際銃弾や遠征費、食料を一切使わずに、
利益だけを得ることが出来るので、非常に効率がよい。
いうまでもないことですが、これらの行動のためには
強大な軍事力、もしくは少なくとも軍事力に繋がる
権力基盤が必要です。
明らかですが、我らは現在戦争を仕掛けてはいませんし
恫喝的外交を行なう方針も一切持ち合わせていません。
ゆえに、この手法で利益を上げるという可能性は、
まったく考慮しなくて良い」
鉄腕王「ふむ」
赤馬武王「それはその通りだろうな」
595 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 21:47:27.91 ID:Oxb903Uo
商人子弟「次に考えられるのは、
戦争の当事者ではない、または関係の薄い第三者が、
自国の商品を戦争の当事者に販売をする場合です。
これは明からですね。
わたしは、戦争は経済活動として論外だと思いますが
一級品の消費活動ではある。
ありとあらゆる物資がそこでは消費されます。
ですから、自国が被害を受けない状態が
保証されているのならば魅力的な市場たり得る。
“特需”などと呼ばれる現象がこれに該当します」
梢の君主「それがまさに今の南部連合の位置ではないか」
軍人師弟「……っ」
梢の君主「中央諸国と魔族軍の戦いによって、
南部連合の様々な物資が売れている。
銅の国からは木炭を売って欲しいという嘆願書が、
秋の雨のような勢いで降ってきているほどだ」
自由都市の領主「……しかし」
商人子弟「そうですね−。そうとも云えなくはないですけどねー」
軍人師弟「……」ぶるぶる
梢の君主「経済、税収面から見れば、
ここは傍観するのも手段としてはあり得ると発言させて頂く」
冬寂王「だが」
がたんっ
軍人師弟「どこからわれら南部連合は部外者になったでござるか?
蔓穂ヶ原では遠征軍の銃撃に倒れた者もいたのを
忘れてしまったでござるか?
いや、遺恨で派兵を求めるわけではござらん。
ござらん、が。
――そもそも、我らは第三者なのでござるか?
いま交戦していないだけの当事者なのではござらんか?
われらは幸運にしていま攻め込まれていないでござる。
だからこのような会議も開いていられる。
しかし、我らの安全は誰が保証してくれるのでござる?」
598 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 22:09:42.42 ID:UGv5Hk.P
赤馬武王 こくり
軍人師弟「あのマスケットの向けられる先が
我らでなかったことに理由などござらん。
いや、正確には理由はあるのでござろうが、
それは中央諸国と教会の気まぐれ以上の理由などではござらんよ。
蒼魔族はたしかに我ら三ヶ国にとっては大きな試練でござった。
あのとき我らの軍は全滅する可能性さえあったのでござる。
しかし、いまの聖鍵遠征軍はその蒼魔賊軍の5倍の数でござる。
軍の危機ではない。
この南部連合の、民の一人一人にいたるまで
それこそ炉辺で精霊の迎えを待つ老爺から、
生まれたばかりの幼子まですべての民の危機でござる。
なんとなれば、6万の蒼魔軍は我らの軍を
滅ぼすことが出来たかも知れませぬが
30万の聖鍵遠征軍は、われらの王国全てを
地上から抹消する事さえ可能だからでござる。
けして危機感を煽り立てたい訳ではござらんが、
拙者は軍人でござる。そこにある危機を、
しかもいつこちらに向けられるか判らぬ危険を放置し、
警告さえしないわけには行かないのでござる。
各々がたに再考を求めるでござる。
出来れば、その時、ほんのわずかでも、
あのときの魔族の軍の支援で救われた人々もいるという事実も
心に留めておいて欲しく、伏して願う次第でござる」
梢の君主「……」
商人子弟「さて、では現場から付け加えることはもう一点あります。
おい、フリップ」
従僕「はいっ!」 しゅたん
600 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 22:11:26.31 ID:UGv5Hk.P
商人子弟「さて、今回の聖鍵遠征軍は我ら人間がかつて経験した
どの戦よりも長距離の遠征であり、最大級の規模です。
また、マスケットの登場により、いままでの戦争にはなかった
種類の費用が発生することになりました。
マスケットは、おそらく農奴の短期的な鍛錬により
編制された歩兵軍です。そのためにこれだけの人数が
騎士や用兵に比べれば遙かに安価に集められたわけですが
逆に言えば、戦争をしている期間中ずっと食料を消費し続け
いざ合戦となれば火薬と弾薬を垂れ流す存在となってしまった。
次たのむ」
従僕「はいっ!」 しゅたん
氷雪の女王「っ!?」
梢の君主「なっ!?」
商人子弟「これが、現在推定される聖鍵遠征軍の維持費です」
鉄腕王「これは……」
商人子弟「そうです。べらぼうな額ですよ。
我々がいままで経験してきたどんな戦争でも
見たことがない数字です。
戦費の増大は予想していましたが。
金貨にして一億三千万、しかもそれは月あたりです。
さて、この戦費を如何に徴収するか。
戦争がきわめて短期間に、例えばいまから一ヶ月以内に遠征軍の
全面的勝利で終われば、魔界からの領土割譲や賠償金などで
打ち消せる可能性はあります。しかし、長期化するならば
それさえも焼け石に水になるでしょう。
次に考えられるのは、八代前に西方諸王国が行なったような
“戦争税”の導入です。これは一時的な効果が望めるでしょう。
しかし、ここで考えて欲しいのは、各国共に働き盛りの年齢の
男性の少なくない割合が、マスケット兵として遠征軍へ
参加しているという事実です。
小麦にしろ林業、漁業、そのほかにしろあらゆる産業の
生産量は減少している。その状況下で重税を長期にわたって
支えることは不可能とは云えないが、非常に大きな重圧を伴う」
軍人師弟「商人……」
601 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 22:14:33.53 ID:UGv5Hk.P
商人子弟「もちろん死人は物を食べませんから、
戦争が長期化するにつれ、戦費は徐々に低下していくでしょうが
負債というのは消えるものではない。
医薬品や身代金が必要になる局面もあるでしょうね。
とすると、この軍を維持するためには
“維持するための戦争と勝利”が必要になる。
なぜって、軍というのは戦争をするための物で、
基本的には戦争をしない軍は無駄飯ぐらいな訳ですからね。
この場合、先の恫喝的外交なども戦争に入るわけですが……。
そう考えると、我々が直面している現実は、
安全とはほど遠いと云えるかと思います」
葦の老王「長期的に考えて、我らがまったく巻き込まれない
可能性を商人子弟殿はどの程度と見積もっておられる?」
商人子弟「ゼロです。論外だ。我らは異端指定を受けてるんですよ」
梢の君主「……っ」
自由都市の領主「そ、それでは滅亡ではないか」
商人子弟「いえ、それは違います。巻き込まれない可能性は
ゼロですが、何も軍事的な意味に限定したわけではありませんから」
葦の老王「では、軍事的な意味では?」
商人子弟「さて」
軍人師弟「このまま頭を低くしていれば、三割程度かと」
葦の老王「三割……」
軍人師弟「でもそれは、中央の聖王国や教会に
毎年のように莫大な上納金を納め、奴隷のような国家になった
上での三割でござるよ」
602 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 22:16:37.88 ID:UGv5Hk.P
赤馬武王「ずいぶん偏った意見ではあると思うが
わたしはおおむね真実ではあると考える。
我らはそもそも中央の圧政を嫌い、その横暴を嫌い連合に
身を投じたのだ。
後退をするつもりなら最初から参加をしなくても良かったのだ」
葦の老王「……」
湖の女王「そうですね。生き残るための道を模索せねば」
冬寂王「いかがだろう、諸王よ」
商人子弟「……」 軍人師弟「……」
鉄腕王「我ら鉄の国は、魔界へ軍を送るべきかと考える。
いまであれば、魔族の一部とは少なくとも対話が出来るのだ。
もし軍事的な意味で決着をつけるのならばいまを置いて
他に道はないと考えるし、
仮に何らかの話し合いにより決着をつけるにしても
一定の軍事力を背景にしない限り、
耳を傾けてもらえるとは思わん。
さらに云えば、我ら鉄の国はさる遠征の部隊となった国で
遠征軍のマスケット兵団に攻撃を受けた国でもある。
相手が魔族とはいえ、その魔族に救われたのも我が国だ。
わだかまりがない、とは云わぬ。
しかし、恩を忘れるような国にはなりたくない。
国民もそのように望んでいると理解している。
我が国の意見は、派兵だ」
赤馬武王「我が国の意見も派兵だ。聖鍵遠征軍の脅威は理解した。
決着をつけるにせよ、その時期が早い方が良いと云うこともな」
氷雪の女王「我が国は、残念ながら派兵には賛成できません。
そもそも、派兵するだけの余力がない。しかし、聖鍵遠征軍の
脅威は理解しました。それ以外の方法の模索を提案します」
自由都市の領主「我らもいわば棄権です。
わたし達自由港益都市は
そもそも派兵と呼べるだけの兵を持っていない。
しかし、現在の独立を捨てるつもりもまったくありません。
輸送船団および、金銭、物資的な側面支援をもって
状況に対応すべきかと思います」
603 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 22:19:18.15 ID:UGv5Hk.P
葦の老王「我が国も派兵するだけの余力は、現在のところ無い。
しかしそれでも、この場合は派兵に賛成と云うておかねばならぬ。
義勇兵を募ることも視野に入れよう」
湖の女王「そうですね。我らは王宮騎士団、および魔法兵団の
参加も検討しましょう。もちろん戦争を避けるための方法を
限界ぎりぎりまで模索した上でのことですが」
梢の君主「しかたあるまい。一度戦争が始まってしまえば
我らには破滅以外の道は残されていないと云うことは判った。
わが梢の国も、介入に賛成しよう」
冬寂王「戦争は悪であると考えるが、身を守るためには
善悪にかかわらずそれを行使する必要もあるだろう。
我らも被害を最小限にするために、派兵に賛成する。
続いて規模についてだが、
これについては、各国の事情もあるであろう。
どのような形で、どれくらいの兵力の提供が可能かを
各国検討に入って欲しい。
第一報を今夕までにお願いしたく思う。
派兵軍総大将だが、わたしとしては鉄腕王を推す。
異論がある方はいらっしゃるだろうか?」
赤馬武王「前線司令官を何人か推挙させてもらえるのならば
異論はない。いままでの司祭あること、適切かと思う」
葦の老王「異論はありませんな」
梢の君主「その武勇の鳴り響くところ。相応しいかと存ずる」
自由都市の領主「異論などとんでもない」
軍人師弟「騎士師匠はどうしたでござる?」
商人子弟「爵位はあっても、家臣じゃないからね。
そこまでの拘束力はないんだ」
軍人師弟「へ?」
商人子弟「修道院騎士団と義勇兵をまとめて
とっくに出発しちゃったよ」
624 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/10/07(水) 22:58:58.94 ID:UGv5Hk.P
――開門都市、城壁を囲む聖鍵遠征軍
灰青王「どうだ?」
観測兵「もうしわけありません。
まさか後方からの直接奇襲などと」
灰青王「いいや、かまわん。猊下の移動天幕を狙われたら
構わんからな。そこを護りきっただけで上等だ。
打撃の方も上々だろう。報告はあがったのか?」
観測兵「おそらく、魔族軍の損害は3万に迫るかと」
灰青王 にやり
百合騎士団隊長「灰青王さま、いかがでした?」
灰青王「敵の損害は3万。およそ半数を削った」
従軍司祭長「半数ですと? 全滅させると仰ったではありませんか!?」
観測兵「ちっ」
灰青王「そう言わないでほしいなぁ、まったく。
ある一定の規模の軍がその戦闘能力を維持するための
損害許容の割合はおおよそ三割と云われている。
半分も倒れた魔族の軍は、もはや事実上壊滅だ」
百合騎士団隊長「ふふっ。魔族。……壊滅」 とろん
灰青王「続いて都市攻略戦に移る。銃兵部隊に護衛を命じる。
カノーネ部隊、砲撃位置へと急げ!
輜重部隊および後方部隊は宿営地の建設を急げっ!」
625 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 23:00:18.05 ID:UGv5Hk.P
――開門都市、城壁の上、防御部隊
獣人軍人「日が暮れる! 急げっ!」
土木師弟「灯心に火を灯せっ」
ぽやぁ
巨人作業員「……明るいな」
義勇軍弓兵「これは?」
土木師弟「ガラス鏡だよ。さぁ、撤退作業の支援を。
土木班は、土嚢を積み上げろ! 油と丸石の積み上げも忘れるな」
巨人作業員「わかったぞ……」
義勇軍弓兵「開けてくれ! 開けてくれぇ、けが人だ!!」
人間作業員「ダメだ、これじゃ人が溢れちまう」
土木師弟「神殿回廊の門を全て開けろ! 丘を取り巻く
幅の広い参詣道は天幕を張れるように拡張してあるっ」
ひゅるるる……どぉぉーん!!
ひゅるるる……どぉぉーん!!
巨人作業員「っ!」
義勇軍弓兵「なっ! なんだ、あの音はっ!?」
どごぉぉーん!!
土木師弟「落ち着いてっ! あれは“砲撃”ですっ。
火薬で鉄の弾を撃ち出す火砲の巨大な物ですっ」
人間作業員「なっ。大丈夫なのか、俺たちはっ」
626 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 23:02:09.25 ID:UGv5Hk.P
土木師弟「よく聞いてくれ! この防壁は丈夫だ。
十分な厚さを取ってあるし、砲弾をそらす傾斜を備えている。
この事態も前提に設計してある。
時間は少なかったが防衛施設や塹壕も準備されている。
だから、落ち着いてくれっ!」
巨人作業員「そうだぞ……」
人間作業員「俺たちの設計士様は嘘はいわねぇ!」
義勇軍弓兵「そっ、そうかっ?」
土木師弟「まずは手分けだ! 義勇軍は、傷病兵の
受け入れをたのむ!」
獣人軍人「こころえたっ!」
義勇軍弓兵「行きましょう隊長っ!」
ひゅるるる……どぉぉーん!!
ひゅるるる……どぉぉーん!!
人間作業員「俺たちは?」
土木師弟「土木班は監視だ。かといって、神殿の大鐘楼はまずい。
あれは良い的だし、石造りでそこまでの強度はない。
防壁城の監視所から敵陣を観測してくれ。
たいまつは灯すなよ、目をつけられるっ」
人間作業員「判った!」
たったったったった
土木師弟「それ以外は物資の搬入を急げ。
滑車壺で水のくみ上げもさせてくれっ。
今晩はおそらく一晩中砲撃が続くだろう。
交代要員の編成も行なう! えーっと。臨時本部を
どこにおけば良いんだ!?
畜生っ。俺はただの土木技師なんだぞっ!!」
627 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 23:03:51.54 ID:UGv5Hk.P
――開門都市、城壁を囲む聖鍵遠征軍
灰青王「どうだ?」
観測兵「……第三波着弾を確認とのことっ。
しかし目立った損害を観測できません」
百合騎士団隊長「どういう事です?」
灰青王「どうやら普通の城壁ではなさそうだ。
あの黒くうずくまったような不細工な外見は、
どういう理屈かは判らないが火砲への防御をも可能にして
いるらしいですな」
百合騎士団隊長「事前の試射では、現存するどのような
防壁や城壁であれ3時間の砲撃で壊滅できると
仰っていたではありませんか」
灰青王「ここは魔界ですから。
人間界での試射の成果に過剰にこだわると
足下をすくわれるでしょう。
目の前で起きていることを認めた方が、手間がない」
カノーネ部隊長「撃てい!!」
カノーネ兵「はっ!」
ひゅるるる……どぉぉーん!!
ひゅるるる……どぉぉーん!!
百合騎士団隊長「しかし」
灰青王「それならそれで、手は他にもある。
兵力、兵数の差が戦場を変えるという実例をお見せしましょう。
カノーネ部隊っ!」
カノーネ部隊長「はっ!」
灰青王「部隊を4班編制にするのだ。
あの防壁に間断無い砲撃を加えよっ。
あれなる魔族の街から、安らかな夜の眠りを奪い去れ!!」
644 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 23:26:46.64 ID:UGv5Hk.P
――開門都市、騒がしい市街、路上に張られたいくつもの天幕
「ううっ。足がぁ」 「焼けるっ。傷が」
「ぐぅうううぅううっ」 「痛む。誰か、誰かっ」
「水をお願いだ。一杯だけで良い……。水を……」
魔族娘「どんどんお湯を沸かして! 傷の浅い人は応急手当と
包帯、場合によっては縫合してくださいっ」
人間の市民「湯だぁ!?」
魔族娘「ごっ。ごめんなさい、ごめんなさいっ。
偉そうに支持をしちゃったりしてごめんなさいっ」ぺこぺこ
竜族の中年女「なにすごんで見せてるんだいっ!
この子はこの神殿治療院の責任者なんだよ!!
湯だね? 任せておくれなっ」
衛生兵「通りますっ! 通りますよっ」
魔族娘「はっ、はい、ごめんなさいっ」こけっ
連絡兵「魔族娘さん、自治院解の倉庫から、布の運び出しが
終わりましたっ。どうしましょうっ」
魔族娘「えっと、そ、そうですね……。その……。
ひ、ひ、人手をっ」
連絡兵「人手ですね? 判りました、義勇軍にお願いして参ります」
たったったっ
魔族娘「ご、ごめんなさい、ごめんなさいっ」わたわた
腕を失った獣人男「そこの嬢ちゃん」
魔族娘「ひっ!? ごめんなさいっ」
腕を失った獣人男「悪いな、ちぃと、そっちの端っこを持ってくれ」
647 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 23:28:41.36 ID:UGv5Hk.P
魔族娘「包帯ですね。ま、ま、巻きます。
任せてください。……へ、へたくそですが」
腕を失った獣人男「適当でかまわねぇよ。どうせ片腕なんだ」
魔族娘「すいません、すいませんっ」
ぎゅ、まきまき
腕を失った獣人男「ぷはぁ。……嬢ちゃんも酒飲むか?」
魔族娘「だ、だめですよっ! お酒なんか飲んだら
血が止まりませんよっ!!」
腕を失った獣人男「うるせぇやい。飲まないでなんの戦だ」
魔族娘「だ、だだ。ダメに決まってるじゃないですかっ!
片腕なんですよ!? また出るつもりなんですかっ!?」
腕を失った獣人男「ったりめぇだ。俺たちは止まりはしねぇ。
こいつは弔い合戦なんだ。さぁ、くっちゃべってないで
早いところ、俺の腕を固めてくれ。
出来れば鉄の棒でも結わえ付けて欲しいくらいだ」
ぎゅ、ぎゅっ
魔族娘「……うう」
ぎゅっ。ぎゅっ。
腕を失った獣人男「ありがとうよ」
魔族娘「……なにも出来てないのに。
ごめんなさいしか云えないのに」
腕を失った獣人男「じゃぁ、これからすりゃぁ、いいじゃねぇか。
おれたちだって、これからやらかしてやるんだからよ」
648 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 23:29:56.26 ID:UGv5Hk.P
――開門都市、自治委員会、兵舎
カッカッカッカッ!
「魔王様っ!」 「魔王さまぁっ!!」 「魔王様のご帰還だ!」
人間長老「よくぞご帰還されてくださった!」
人魔商人「魔王様、良くご無事でっ」
魔王「心配をかけたな。……軍議だっ」
カッカッカッカッ!
副官「大将。こいつは、ぼろっちくなっちまって」
東の砦長「ふっ、お互いになっ」 どんっ
副官「ご無事で。……良かったです」
東の砦長「ふんっ。無事とは喜べないがな」ぎりっ
火竜公女「魔王どのっ」さっ
カッカッカッカッ!
魔王「戦の最中だ。だが、無事で良かった。お互い」
火竜公女「はい」
魔王「誰ぞあるかっ! 防壁の責任者を連れてこいっ。
あの防壁を設計した男じゃ。
寝ぼけたような顔をした鬼呼の大男のはずだ。
ぐだぐだ抜かしたら構わんから
赤い瞳が定規でひっぱたくと云えば大人しくなるっ。
連れてこいっ」
鬼呼の姫巫女「鬼呼の……?」
649 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 23:31:08.94 ID:UGv5Hk.P
紋様の長「魔王どの、その男とは?」
魔王「昔、しばらくの間いろいろなことを教え込んだ男だ。
もしあのまま研鑽を重ねているのであれば、
きちんと手抜きのない防壁を作り上げておるだろう。
もし期待通りだとすれば、
この防壁の強度はこの戦役の生命線となる」
人間長老「……なんと!」
副官「あの方が、魔王様の、弟子?」
火竜公女「あまり値切るのではなかったかもしれませぬ」
がちゃり
魔王「さて、自治委員会の諸卿」
人間長老「はっ」
人魔商人「はいっ」
魔王「わたしがいない間、大きな心配と多大な負担をかけた。
すまなかった。そして、ありがとう。わたしの見込みの
甘さからこのような事態を招いたことを謝罪する」
人間長老「いえ、これは……その」 人魔商人「人間族のせいです」
副官「……」
魔王「その責を問うのは生き延びてからにしよう。
紋様の長よ」
紋様の長「はっ」
魔王「傷はどうだ?」
紋様の長「いま少し時間をもらえれば、戦場に立ってご覧に入れる」
651 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 23:33:01.65 ID:UGv5Hk.P
魔王「無理はして欲しくない。
わたしは、二人目の銀虎公を見たくはないのだ」
副官「……」
鬼呼の姫巫女「……」
魔王「砦長。頼まれてくれるか?」
東の砦長「おうっ」
魔王「では、この都市の防衛総司令、および迎撃を任せる」
東の砦長「その命、承った」
魔王「鬼呼の姫巫女よ」
鬼呼の姫巫女「はっ」
魔王「都市内部の統制と、内務の全てを見てはくれぬか?
自治委員会の方々よ。姫巫女は、鬼呼一族を掌握されていた
希代の名君だ。姫巫女に力を貸し、その手足となって動いて欲しい」
鬼呼の姫巫女「承りましたっ」
魔王「この都市を落とされるわけにはいかない。
それは我ら魔族のためでもあるし、
ある意味では人間族のためでもある。
この都市が再び陥落し戦火に踏みにじられれば、
その怨嗟の声は千年にわたる呪いとなって
魔族のみならず、人間族の未来をも
黒い鎖で縛り付けるだろう。
我らは争うために生まれてきたのではない。
しかし、なんのために生まれてきたかを証したてるためにも
今日を生き延びねばならぬ。
この戦を、開門都市で食い止めるのだっ!!」
660 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/07(水) 23:46:08.36 ID:UGv5Hk.P
――魔界、南部、旧蒼魔族領地辺境部、王弟軍
王弟元帥「軍使、だと?」
斥候兵「はっ。前方半里ほどの丘の上に、
白旗を立てて待っております。
その……人間であります」
参謀軍師「人間……」
聖王国将官「どういうことでしょう?」
王弟元帥「どれくらいの人数なのだ?」
斥候兵「おおよそ10名ほどかと見ましたが、
丘の麓から向こうは魔界の原生林が広がっておりますので
兵が伏せてある可能性は否定できません」
王弟元帥「人間か……」
聖王国将官「いかがされますか? 元帥閣下」
王弟元帥「面白い、会おう」
参謀軍師「ふむ」
王弟元帥「こちらからも十人ほどを連れて、
その丘まで出向くのが礼儀であろうな。
無用な戦闘を望んでいるわけではないと示すためにも」
参謀軍師「そこまで下手に出る必要がありますか?」
王弟元帥「相手の正体が判らぬ以上な」
斥候兵「いえ、会って頂けるのならば、
こちらの陣営まで来ると先方は云っております」
王弟元帥「はははっ。度胸がいい男ではないか」
斥候兵「それが、先方は女性でして……」
670 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 00:00:43.59 ID:7lABGacP
――湖の国、首都、『同盟』作戦本部
がやがや
同盟職員「はい、はい。そうですっ」
同盟職員娘「資金不足発生。西の海岸自由都市三つです」
本部部長「来ましたね」
青年商人「崩壊線を超えそうなのは?」
ばさっ
本部部長「噂の進行は、どうも西部ほど早いようです。
波頭の国、この付近三つの都市では真っ先に火が付くかと」
青年商人「判りました。では、同盟が保有する為替の65%を
三都市に集中させてください。不安が最大化した時点で
これらの為替を、意図的に同時に現金化する」
同盟職員「はいっ」
青年商人「その一撃で、三都市の教会の持っている現金は
全て蒸発するでしょう。
商人たちは、為替を現金化したくても
出来ないという悪夢を経験することになる。
そうすれば、早馬を使ってでも隣の都市で、
つまりまだ現金のある都市で現金化をしようと動くでしょうね。
現金が蒸発する教会は、こうして次々と広がって行く。
――噂の現実化現象です。
パニックになった領主から為替を買い取る作戦はどうですか?」
同盟職員娘「『同盟』の買い付け部隊には手配済みです。
額面の70%であるならば押さえろと指示を出しておきました」
本部部長「一刻も早い現金化を望む領主は投げ売りに走るかも
知れませんからね。そこを買うということですか」
671 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 00:02:41.60 ID:7lABGacP
青年商人「今回の作戦は、安全弁が存在しない。
一度事態が始まったら『同盟』の制御も効かない可能性がある。
そのため、開始時期の制御および事態の収拾には
細心の注意が必要です。
必要以上のパニックは我々の望むところではありません」
本部部長「了解っ」
青年商人「三都市でのタイミングが初めの決め手になる。
本部長、行ってもらえますか?」
本部部長「わたしがですか? 委員自らが手を下されるのかと」
青年商人「こちらはこの作戦の仕上げがあります」
同盟職員「仕上げ、ですか?」
本部部長「……ふむ」
青年商人「この作戦はタイミングが命です。
聖光教会にとって1/10税は大事な収入源ですから
このトラブルに対処をしないと云うことはあり得ない。
たとえ、それは教会の中心たる大司教がいなくても、です。
トラブルが発生してから情報が伝わり、対応策を決めて、
おおよそ一月。年が変わってしばらくたてば今回の騒ぎは
誤解だったと云うことで鎮火するでしょう。
仕上げをするためにはそのタイミングを外すわけにはいかない。
わたしは現場にいるわけにはいかないんです」
同盟職員「……?」
本部部長「判りました。わたしが現場で指揮を執りましょう」
青年商人「ええ、お願いします。必要であれば、
今回買い切った全ての為替、および本部の流動資産を
使い切っても構いません。
我々に現在必要なのは、制御されたパニックと『同盟』の勝利。
ある意味この作戦は、反則といかさまです。
一瞬の幻惑のうちに、目的を果たす必要がある」
本部部長「理解しました。安心して行ってきてください。
この大陸でもっとも固い扉の奥へ」
681 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 00:16:24.23 ID:7lABGacP
――開門都市、城壁を囲む聖鍵遠征軍、豪奢な天幕
……ォォン!
……ドォォーン!
大主教「攻めよ! 攻めるのだ、あの都市を」
従軍司祭長「はっ。灰青王の話では昼夜を分かたぬ砲撃にも
良く耐えているそうですが、なに。人の心とはそのように
強き物ではありません。
一月もたたぬうちに希望の根底もへし折れ、
頭を垂れて降伏をしてくるでしょう」
大主教「手ぬるい」
従軍司祭長「は?」
大主教「手ぬるいのだ。銃兵を鼓舞せよ。
あの城門へと突撃させよ。
何をしている、それが精霊の望みなのだ」
従軍司祭長「そ、それは。流石にっ」
大主教「流石に、なんだ」
従軍司祭長「あの防壁はマスケットや槍程度では
いかんともしがたく。
あの都市には火砲はないと確認しておりますが
それでも投石機や弓矢、防衛兵器は十二分に備えてありましょう。
歩兵を突撃させるのは、まさしく無謀かと」
大主教「それは、軍の理屈。精霊の理ではない」
従軍司祭長「そ、その……」
大主教「百合騎士団隊長」
百合騎士団隊長「はっ」
684 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 00:18:02.82 ID:7lABGacP
大主教「汝が鼓舞をせよ。農奴兵を煽り立て、
あの都市へ突撃されるのだ」
百合騎士団隊長「はいっ。猊下のお心のままにっ」
大主教「ふふふふっ」
従軍司祭長「な、なにゆえに……」
大主教「魔族がいくら死んでも、勇者は現われぬ」
ころり。ころり。
従軍司祭長「は、は?」
大主教「だが、人間の苦鳴に耳を塞ぐことが出来るものかな。
……くっくっくっ。鍵は魔王でも、勇者でも良い。
しかし、戦場で討ち取りやすいのは、勇者。
我らが精霊の子である以上、勇者は我らを憎めぬ」
従軍司祭長「な、なにを仰っているのか」
大主教「判らずとも良い。……そうであろう?」
百合騎士団隊長「そうです。我らは理解する必要はありませぬ。
猊下のお言葉と、戦場に溢れる阿鼻の蜜月、
叫喚の睦言さえあれば他には何もいらぬでしょう?」 とろり
大主教「ふふふっ」
従軍司祭長 ガクガクッ
百合騎士団隊長「出陣いたします、猊下」
大主教「任せよう」
696 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 00:33:48.35 ID:7lABGacP
――魔界、南部、旧蒼魔族領地辺境部、王弟軍
ばさり
メイド姉「お招きくださり、ありがとうございます」にこり
貴族子弟「これは勇壮な軍ですね」きょろきょろ
生き残り傭兵「……」むすっ
王弟元帥(この少女は……。何者だ?)
参謀軍師「では、こちらから名乗らせて頂きましょう。
我らは聖鍵遠征軍別動部隊。
こちらは聖王国の王弟元帥閣下です。
わたしは参謀軍師。お見知りおきを」
聖王国将官「わたしは聖王国将官」
王弟元帥「王弟元帥だ。そちらの身分、および目的を聞こう」
メイド姉「はい。わたしはメイド姉と申します。
身分は……旅の学士です。
現在はこの軍を率いる司令官を務めさせて頂いています」
参謀軍師「軍だと……?」
貴族子弟「わたしは貴族子弟」
メイド姉「こちらは傭兵隊長どの。わたしの護衛部隊を
率いてくれています。強いですよ」
生き残り傭兵「ふんっ。忘れてくれて一向にかまわねぇ」
王弟元帥「して、目的はなんなのだ?」
メイド姉「一つ確認したいのですが、
この部隊は現在、旧蒼魔族の首都を目指して進軍中ですね?」
聖王国将官「そんな事は見れば判るだろう」
メイド姉「では、兵を引き上げて頂きたく思います」
699 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 00:38:41.51 ID:7lABGacP
生き残り傭兵「流石に馴れては来たけどよぉ」
王弟元帥「ふふっ。少女よ。いや、司令官だったか。
いったいどのような権利を持ってそのようなことを云うのだ」
メイド姉「はい。わたしは、現在あの領地を占領しています」
参謀軍師「なっ!?」
聖王国将官「なんだとっ!?」
メイド姉「あの領地を魔王よりあずかっている機怪族は
我が軍との平和的な交渉の結果、
領地の支配権を我が軍に全面的に譲渡しました。
こちらはその書面の写しになっています」
参謀軍師 ばっ! 「……っ。まさかっ」
メイド姉「現在のこの領地の領主として、貴軍に要請します。
貴軍は現在、旧蒼魔族領地にすでに侵入しています。
交戦の意図なくば至急軍を返し、領地外に出て行って頂きたい」
聖王国将官「交戦の意図なくばっ!? ふざけるな、我々はっ」
メイド姉「人間の治める国に侵略するのですか?」きょとん
王弟元帥「……っ」
参謀軍師「なんという……」
メイド姉「我が軍はその構成員の全てを人間で編成しています。
現在、旧蒼魔軍領土は、人間の治める人間の領地」
参謀軍師「そのような寝言をっ。何が平和裏なのだっ。
軍を持って、兵力の少ない領地を占領したに過ぎないではないか。
他国の領土に攻め入った上におこがましいっ」
メイド姉「そのお言葉、そっくり御身に返るかと思います」
706 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 00:43:07.43 ID:7lABGacP
参謀軍師(どうするのだ?
いくら何でも大規模な軍が魔界へ入っていたとは考えがたい……。
どのように多く見積もっても1万から2万。
ひと思いにかたづけられない数ではないが……)
参謀軍師 ちらっ
貴族子弟「それで足りないならば、そうですね。
ぼかぁ、じつは氷の国に籍を置いている
外交特使というやつでして」
聖王国将官「氷の国っ!?」
参謀軍師「南部連合が、こんなところにまでっ」
貴族子弟「はい。旧蒼魔族領地ですか。
この領地は現在我が軍の統治下にありますが、
自治政府として再生を図っている途上でもあるわけです。
もちろん南部連合入りを前提としてですね」
参謀軍師(なんだと……。こ、この男。
それが真実だとすれば、南部連合との全面戦争を
引き起こしかねない。
いずれぶつかるのは確実にしても
いまこの状態でぶつかれば、無防備な聖王国本国が灰燼に帰す。
奴らは、自分たちの懐が痛まない魔界の一地方を切っ掛けに
大陸全土を掌握するつもりだと云うことかっ!?)
王弟元帥「貴公の話が事実だという証拠は?」
貴族子弟「もちろん、いくらでも氷の国に照会を
取って頂いて結構ですよ。
ただし、嘘だという証拠も無いわけですよね。
この場を押し通るおつもりであれば、
これはもう、氷の国としても大変に遺憾であるとしか
言い様がない痛恨事だと思います」
生き残り傭兵(おったまげるな、この二人……)
707 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 00:45:29.92 ID:7lABGacP
参謀軍師「……閣下」
王弟元帥「それは知らなかったこととは言え、失礼なことをした。
全ては情報の遅れと行き違いだ。謝罪をしよう」
聖王国将官「……っ」
メイド姉 こくり
王弟元帥「とはいえ我ら兵を退くわけには行かぬ。
この進軍は聖鍵遠征軍として大主教猊下の命令の下
行なっているもの。ひいては、光の精霊の意志。
中央の国家と南部の連合の間にはなんのわだかまりもないが
聖光教会は南部連合諸国家を異端の罪で告発している。
ご承知だろうが、聖鍵遠征軍と南部連合は
目下交戦状態にあるのだ。
そのことをお忘れではあるまい?」
メイド姉 じぃっ
参謀軍師(閣下! それでは、それでは戦争が始まります。
みすみす南部連合を我ら聖王国に進軍させる
口実を与える結果になってしまいます。
どうかっ。それだけは!)
王弟元帥「しかし、我ら聖王国を始め中央の諸国家は
その事態に関して遺憾に思うことがあるのも事実だ。
何と言ってもわれらは同じ人間。
魔族の脅威に剣と槍を並べ、戦った仲ではある。
その同じ人間に対して、数万のマスケットを向けねばならぬとは
一人の武将として悲痛な思いだ。
たとえ聖鍵遠征軍とは交戦状態にある南部連合であろうと
中央国家の武将の一人としては、けして戦を望むわけではない」
貴族子弟(へぇ……。そういうレトリックも使えるわけだ。
戦争は教会の意志なので、聖王国に罪はない、と。
さすが聖鍵遠征軍の頭脳、その中心。才気溢れていますねぇ)
711 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 00:48:15.89 ID:7lABGacP
メイド姉「そうですね、我ら人間同士が争って
益のあることは何もありません」にこり
生き残り傭兵(痺れるな……。
こっちは手のひらが汗でぐっしょりだぜ)
王弟元帥「われらは、大主教からこの地を奪い、
ぜひ補給線を確立させよとの命を受けている。
この命に背くことは出来ない。光の子として」
メイド姉「わたしも光の子です。
いっそ湖畔修道会はいかがですか?
湖畔修道会は、王弟元帥。
あなた個人も聖王国も、どちらの参加も歓迎しますよ」
貴族子弟(〜♪ 云いますね。さすが住み込み弟子だ)
王弟元帥「ははははっ。お申し出は有り難いが
それを受け入れるわけにも行くまい。
我ら聖王国は大陸諸国家の長兄として秩序を護る義務がある」
メイド姉「秩序、とは?」
王弟元帥「安心だ。人々が安心して日々を送る事が
出来るのは何故だと考える?
それは、昨日と同じ今日が、今日と同じ明日が続くからだ。
なぜ夜眠れる? それは朝になれば目覚めると判っているからだ。
もし寝ている間に死ぬかも知れなければ、
恐怖で眠ることは出来ぬだろう。
しかし、我らは経験的に、朝になれば目覚めると知っている。
それが繰り返しであり、秩序というものだ。
もちろん、中には不幸な例もある。
あるいは病で、あるいは押し込み強盗に殺されて
朝になっても目覚める事はないと云うことがな。
これは繰り返しが壊れるという意味において、
秩序の破壊であり、混沌だ。
我ら聖王国は秩序の守護者として、民草の安寧を得るためにも
昨日と同じ今日、今日と同じ明日を護らねばならぬ」
メイド姉「いままで聖光教会に従ってきたので、
そしていままで農奴制度を確立してきたので、
さらに貴族社会と王権の絡み合ったその構造を護るため、
……いまさら変われぬと?」
王弟元帥「早い話が、そうだ。そして民もそれが幸せなのだ」
715 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 00:51:53.00 ID:7lABGacP
メイド姉 きっ
貴族子弟(……敵ながら、肝の据わった男だ。
この男は欲もあるのだろうが、それ以上の部分がやっかいだな)
メイド姉「では、結論としては?」
王弟元帥「補給線は確立せねばならぬ。
しかし争いはけして望むところではない。
大主教の宣言があり、交戦状態ではあるが
今日このとき、この場所で出会ったことはこちらにとっても
不測の事態であったのだ。そしてここは魔界。
お互い人間の軍として、その軍勢を消耗することは
なんとしてでも避けるべきではないだろうか?
そこでわたしは提案しよう。
食料馬車四千台分、および硝石馬車千台分の供出をして貰いたい。
代金は支払おう。新王国の金貨で、そうだな600枚でどうだろう」
生き残り傭兵(馬鹿云うなっ。そんなはした金じゃ
武具ひとそろいも買えないだろうが!)
貴族子弟「お断りした場合は?」
王弟元帥「両軍にとって痛ましい事態。
強制的な補給線の確立と云うことになるだろう」
貴族子弟「南部連合に侵攻すると云うことですね?」
王弟元帥「それは聖光教会の意志だ。
われら中央国家は、もちろんこの事態に深く心を痛める」
生き残り傭兵「けっ。つまりはドンパチやりたいのか」
参謀軍師「侮辱しようというのか、貴殿っ」
ばさりっ。
ざっ。
勇者「いや、俺も聞きたいな。ドンパチやりたいのか?
王弟元帥は。……人間同士の軍で、ドンパチをさ」
822 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 20:05:07.47 ID:7lABGacP
――魔界、南部、旧蒼魔族領地辺境部、王弟軍
ばさりっ
参謀軍師「このようなところで軍を停止させざる得ないとは……」
聖王国将官「確かに」
とさっ
王弟元帥「勇者よ」
勇者「ほいよ」
王弟元帥「勇者はあの少女と顔見知りなのか?」
勇者「多少はね」
王弟元帥「あの少女はいったい何者なのだ?」
勇者「んー。聖王国や教会が“紅の学士”と呼ぶ女。
……の片割れだよ。
南部連合に農奴開放運動を巻き起こした張本人とも云える」
王弟元帥「――」
参謀軍師「あの少女が?」
聖王国将官「まさか。まだほんの娘ではないか」
勇者「俺もびっくりしてるよ」
王弟元帥「そうか。それであの弁舌、か。ふふふっ」
参謀軍師「元帥閣下……」
824 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 20:07:11.69 ID:7lABGacP
王弟元帥「勇者はどう思うのだ?」
勇者「何を?」
王弟元帥「この戦についてだ。
ここまで同行してきてくれた事については
深い感謝の意を持っている。
だが、そちらも散々にはぐらかしてきたのは事実だろう?
そろそろ聞かせて貰おう、勇者の本音を」
勇者「俺の本音は最初から一つだ。この世界を守る」
王弟元帥「我ら人間の世界をか。
では、人間同士の軍の衝突はどう考えているのだ?」
勇者「ケツの穴のちいせーことを言うなよ。
王弟元帥。地上最大の英雄のくせに。
ここまで歩いてきたんだろう?
この世界つったらこの世界だよ。
歩いていけるたった一つのこの世界に人間も魔族もあるものか」
参謀軍師「っ!! なんですとっ」 がたっ
聖王国将官「それは異端だっ!!」
勇者「最初っから聖光教会になんか参加してねぇし
光の精霊なんか信仰してねぇよ。
俺は個人的に光の精霊に頼まれて、
その願いを聞こうかなって思っているだけ。
俺のは信仰じゃないんだよ」
王弟元帥「ふふふふっ。はははははっ!!!」
勇者「おかしなことを言ったか?」
王弟元帥「いいや、まったく。……たいしたものだ。
まったく筋が通っている。
やっと腹蔵無くはなせそうだな。勇者。
そうだ、初めて話をするような気さえする」
参謀軍師「そんなっ」
826 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 20:10:21.36 ID:7lABGacP
王弟元帥「では、勇者は
いま眼前にある紅の学士と我らとの争いも、
魔族と聖鍵遠征軍の争いも
どちらも等しく嫌悪すると。それでよいのだな?」
勇者「そうだよ」
王弟元帥「どうあっても?」
勇者「どうあっても」
王弟元帥「では、眼前にその事態が発生したらどうするのだ」
勇者「王弟元帥こそ止める気はないのか?」
王弟元帥「無いな――。
勇者よ。聞いただろう?
我は民草の秩序と安寧のために戦っている。
そもそも農奴開放がこの世界に何をもたらしたのだ?
結局は混乱をもたらしているだけではないか。
貧しくて飢えた不毛な南の地を釣り得に新しい支配者が
新しい奴隷を、別の名称で募集したに過ぎない。
そのような偽りな希望をぶら下げるよりは、
安定した今までの機構を維持する方がどれだけ有意義かも知れぬ。
歴史がある、というのは
今までそれでやってこれたことを示すのだ。
新しいこと全てが正しいなど、どこの寝言だ。
違うか、勇者?」
勇者「聖王国の利益を保護しているように聞こえるな」
王弟元帥「そうだ。それが何故いけない?
自らの利益を追い求める王は悪であるなどとは
所詮は持たざる者どもの僻みの声でしかない。
王は富んで良いのだ。国を富ませさえすれば。
聖王国の利益を求めることと、
民に秩序と安寧をもたらすことは決して相反することではない。
我はどちらも最大限に大きくする方向を目指して
進んでいるだけに過ぎないのだ」
830 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 20:13:17.56 ID:7lABGacP
王弟元帥「中央大陸には長い間安定して発展を遂げた歴史がある。
それは農奴制と貴族社会、そして王族による統治を
前提にしたものなのだ。
その成果を否定することは誰にも出来ない。
たとえ、その機構に弱点や汚点があったとしてもだ。
わたしはそれらが無謬であるなどとは云わないよ。
だとしても、この数百年人間はその中で栄えてきたではないか。
その発展の歴史と、聖王国の軌跡は一致する。
我はこの方向こそが正しいと信じるゆえ、これを堅持するのだ」
勇者「まぁ、そうだろな。新しいことは全部正しいってのは
確かに言い分としてはおかしいわな。
何かを新しく始めればそりゃ経験もないわ実績もないわ
転んだって怪我をしたっておかしくはない」
王弟元帥「……」
勇者「だが“人間には失敗をする自由だってあるはず”ってのが
まぁ、あっちの言い分なのだろう?」
王弟元帥「で、あれば、我にもまた同じだけの自由を持って
現在の体制と機構を維持したいと願うことが許されるはずだ」
勇者「その言い分も、正しいな」
王弟元帥「理解してもらえるのならば、勇者。
これは自由な意志を持つ者同士が
自分の理を通そうとする激突なのだ。
――手出し無用に願おう」
聖王国将官「……」
勇者「……」
王弟元帥「ふっ。我に一理の正しさがあることは認めるのだろう?」
勇者「王弟元帥。ってことは、逆にあの娘が今までやってきた
新しいこと……例えば、農地改革やら農奴開放やらにだって
一理があるって事は認めているんだよな?」
聖王国将官「それは、どういうことですか?」
834 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 20:22:54.61 ID:7lABGacP
勇者「新しいことが正しいとは限らない。
それとまったく同じ理屈でもって
古いことが未来永劫正しいとは限らない、ってことさ」
王弟元帥「理屈の上ではな。そう主張する“自由”はあるのだろう」
勇者「だからこそ、両者はその地平では対等だと?」
王弟元帥「如何にも」
勇者「どちらも人間で、どちらも対等だから、
勇者である俺には介入するな、と。そう言うことだよな?」
王弟元帥「そうだ」
勇者「で、俺が介入しなかった場合、
自由な意志を持つ両者の激突でもって事の是非をつけようと」
王弟元帥「我らが絶対善、絶対正義であるなどとは言わぬよ。
しかし、この世界においては、自らの信じることを
貫くためには力が必要な時もあるのだ。
それがもっとも苛烈に試されるのが戦場であり
その戦場に立った以上、彼女も戦士だ。
性別や年齢などは考慮されるべきではない」
勇者「そりゃ仰せ、ごもっともだ」
王弟元帥「ならば」
勇者「ならば、の先はこうだ。
――王弟元帥。地上最大の英雄。
“ならば”そのまったく同じ理屈を持って、
つまりおのれの意を押し通すために、
戦場で力を示そうとする輩……つまり、攻撃を始める軍を、
勇者は勇者個人の自由な意志と信条を守り通すために、
暴力で排除するぞ、とね」
参謀軍師「それはっ」
聖王国将官「勇者殿……っ」
839 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 20:27:49.36 ID:7lABGacP
勇者「確かに云うとおり、人間同士、
意見が異なることもあるだろうが、
異なる意見を持つという自由はどちらにもあるんだろ?
その辺は、教会よりも俺はあんたのことは買ってるよ。
どっちの味方かと云えば、やっぱり王弟元帥がいいや。
どっちに正義があるかは判らないこの世界で、
その相違を解決するために話し合いをするつもりならば、
俺は俺の上限を話し合いまでとさだめるし、
もし暴力を解禁するのならば俺も暴力を解禁するよ。
なぁ、王弟元帥」
王弟元帥「……」
勇者「恩着せる訳じゃない。
どっちかって云うと、飯を奢って貰って恩に着ているのは
俺の方であるべきだからな……。だけどさ」
聖王国将官 ぞくり
勇者「これは、王弟元帥だから云ってるんだぜ?
判るだろう?
聖鍵遠征軍の残り半分はさ。
暴力を解禁しちまってるんだって事も」
王弟元帥「それは脅迫か、勇者?」
勇者「まさかー」
王弟元帥「勇者、ならばこちらも云わせて貰うが
ここには数万のマスケットがあるのだ。
勇者の戦闘能力がどれほどであろうと
たった一人で軍も歴史もねじ曲げられると考えているならば
それは思い上がりも甚だしいと云わせて貰わねばならん。
被害は出るだろうが、我らは勝つ。
その自信がわたしにはある」
勇者「ったりまえだ。そんな思い上がりはしちゃいない。
暴力で解決するならば、喧嘩でみんな気持ちが変わるならば
最初っからこっちは我慢なんかしちゃい無いんだよ。
こんな面倒くさい問答なんてこっちだって本当は
一番苦手なんだってんだよ。
……本当は飛んでいきたい気持ちなんだ。
判れよ、この石頭どもめっ」
867 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 21:07:53.38 ID:7lABGacP
――開門都市、防壁を囲む聖鍵遠征軍、遠征軍陣地
ひゅるるる……どぉぉーん!!
ひゅるるる……どぉぉーん!!
灰青王「一週間か。よく保つな」
観測兵「被害は観測できるのですが、補修を前提にしているのか
落としきることが出来ません。せめて門を狙えれば」
灰青王「しかし門を落とすためには左右の突出防壁を
何とかしないと、カノーネを近づけることが出来ない。
そういう防御策な訳だ」
観測兵「はい……」
灰青王「判ったことは?」
観測兵「どうやら、あの防壁は石組ではなくて、
巨大な土塁だと考えた方が良さそうです、
土ゆえに衝撃を吸収して、基幹部が末広がりのために
倒壊することもない」
灰青王「そしてあの傾斜か……」
ひゅるるる……どぉぉーん!!
ひゅるるる……どぉぉーん!!
カノーネ部隊長「灰青王閣下」
灰青王「どうした」
カノーネ部隊長「その、本日の砲撃のご指示を……」
灰青王「右辺突端部に砲撃を集中させよ。
しかし、1/4は砲撃を散らして敵に安心感と休憩の暇を与えるな」
カノーネ部隊長「はっ。はい、その……」
灰青王「どうした?」
カノーネ部隊長「実は、カノーネ用の純度の高い黒色火薬が……」
868 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 21:09:52.48 ID:7lABGacP
観測兵「……」
灰青王「後どれくらい残っている?」
カノーネ部隊長「このペースだと、あと3、4日ほどかと……」
ひゅるるる……どぉぉーん!!
ひゅるるる……どぉぉーん!!
灰青王「砲撃の手をゆるめるな。
火薬の件を敵に知らせて希望を与えることは下策だ。
火薬については、マスケット兵のものを再配分し、
カノーネ用に供給をし直す。現在のまま砲撃を続けよ。
右辺突端さえ破壊すれば、正門を崩して流れ込むことが可能だ」
カノーネ部隊長「はっ! 鋭意努力しますっ」
観測兵「……」
灰青王「ちっ。なんというしぶとさだ。
瀕死の蛇のようにいつまでものたうち回り、見苦しい。
開門都市など、もう実質的には陥落したも同然ではないか」
観測兵「灰青王閣下っ!」
灰青王「どうしたというのだ?」
観測兵「じつは、百合騎士団隊長が……」
灰青王「あの女が?」
観測兵「そのぅ。夜な夜な、銃兵どもを大量に集めて、
集会とも、説教会ともつかないようなことをしているようでして」
灰青王「集会?」
観測兵「はい。精霊の宝は開門都市にあると。
いまこそあの都市を落とさなければならない。
そのためには光の信徒の心魂を捧げた奉仕が必要である、と」
灰青王「毒をもつ華、か……」
観測兵「いかがいたしましょう」
灰青王「その毒の香りが甘美であるのだから始末に負えぬ。
……放っておけ。いずれ俺がけりをつける」
882 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 21:36:16.64 ID:7lABGacP
――開門都市、慌ただしい市内、大通り
がやがや……
がやがや……
魔王「どうだ? 不足している物はないか?」
人魔商人「魔王様っ!? こんなところへいらっしゃらないでも、
庁舎で休んでいてくださればいいのに!」
魔王「あそこにいてもやることなど無いのだ。
防壁への登り口はこっちか?」
人魔商人「そうです、はいっ」
ひゅるるる……どぉぉーん!!
ひゅるるる……どぉぉーん!!
土木師弟「泥濘に石灰を混ぜろっ! 上から応急で流し込んでおけ」
巨人作業員「わがっだ……」
蒼魔族作業員「こっちにも石灰をくれ!!」
人間作業員「いま運ぶっ。台車をまわせぇl」
魔王「どうだ?」
土木師弟「はっ。はいっ」びしっ
魔王「緊張しないでくれ。世話をかけているのはこっちだ」
土木師弟「正直、そろそろ限界です。
いつ破れてもおかしくない場所がいくつもあります。
疲労が浸透して、基幹部分にもひびが入っている。
一応それらしく見せかけてありますから、
敵の攻撃が集中して無くてごまかせていますけれど……。
東側は特にまずい。工事の時にも一番後回しにした部分で、
最初から張りぼて同然だったんですよ」
東の砦長「東側、か……」
883 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 21:37:25.82 ID:7lABGacP
ひゅるるる……どぉぉーん!!
ひゅるるる……どぉぉーん!!
魔王「逆に、まだ強度に余裕があるのはどのあたりだ」
土木師弟「南西の神殿付近ですね。あの辺はまだ攻撃を
受けてはいないし、最初から防壁の厚さもある。
あそこならいままでの砲撃を受けても、まだ一週間は耐えられる」
魔王「それでも一週間、か……」
人間長老「魔王殿、このままではこの都市は……」
魔王「沈んだ顔をするな、長老どの。
まだ決着がついたわけではない。勝負はこれからだ」
人間職人長「しかし、たとえ一週間を耐えても、
一月を耐えても、いずれは時間の問題で……」
魔王「大丈夫だ。まだ……。まだ、手はある。
火竜公女!」
火竜公女「はい」
魔王「すまぬが、これを火竜大公に渡してきてはくれぬか?」
人間長老「それは……?」
火竜公女(この書状は……白紙……!?)
魔王「援軍の要請だ。魔界は広い。この都市を救うだけの兵力は
いくらでも残っている。我らはそれまでの時間を稼げばよい」
火竜公女(そんな兵力があるわけはないではありませぬか。
たとえあったにしても……。
半日で三万の屍を築いたあのマスケットの前に、
どのような長が兵を送ることが出来ましょう。
だから魔王どのは白紙の書状を……)
東の砦長「済まないな。兵を全部おっぽり出しちまって。
義勇軍のみんなには苦労をかける」
885 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 21:39:20.57 ID:7lABGacP
人間の義勇兵「まぁ、いいってことよ。
こうやって防壁の修理や
投石機でたまにお返しをするぐらいしか、
俺たちは役に立てないんだからな。
剣を振ることも馬に乗ることも出来ない俺たちには」
竜族の中年女「そうだねぇ! あっはっは。安心おしよ!」
竜族義勇兵「夜になったら、
また防壁にうまった砲弾を掘ってきてやろう。
連中達は自分が撃った砲弾が
投石機で投げ返されてさぞや悔しいだろうよ!」
魔王「うむ。もう少し辛抱してくれ」 にこにこ
人間長老「はっ。魔王様。お心のままに!」
人魔商人「よぉっし。わたしも倉庫を整理して、
どんな食料が出せるか見てみようじゃないか」
人間職人長「兵隊さん達が出ているから、
食糧の備蓄は十分ですね。二ヶ月でも三ヶ月でも保ちましょう」
ひゅるるる……どぉぉーん!!
ひゅるるる……どぉぉーん!!
火竜公女「……」ぎゅっ
東の砦長「姫さん、今晩にでも」
火竜公女「……え?」
東の砦長「爺様の元へと行くんだろう? “安全に届けよ”って
魔王殿にも云われている。数は少ないが護衛をつけよう」
火竜公女「はい……」
魔王「さぁ! 暗い顔をするな!
ここは自由の街開門都市ではないか!
この街を護りきるのだ! 明日のためにっ!!」
892 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 22:14:38.90 ID:7lABGacP
――魔界、南部、旧蒼魔族領地辺境部、野営地
傭兵弓士「苛々するなぁ……。もう5日だぞ」
ちび助傭兵「うん」
メイド姉「根を詰めては持ちませんよ」
傭兵弓士「そうは云ってもな……。神経がすり減るよ。
こっちは、だって100名もいないんだぜ!?」
ちび助傭兵「それで3万の聖鍵遠征軍を足止めして、
あの領地を守りきるだなんて、頭がおかしくなりそうだ」
メイド姉「別に100名が千名でも1万名でも、
負ければ全滅しちゃうんだから同じですよ」にこり
ちび助傭兵「爽やかな顔で絶望的な事言うなよっ!」
若造傭兵「やれやれ」
生き残り傭兵「まぁ、もう勝ったようなもんだがな」
メイド姉「はい」
傭兵弓士「そうなのか!? だって結局交渉では譲って
食糧の無償供給までしちゃったじゃないか」
貴族子弟「それはあまり関係ありませんよ」
生き残り傭兵「考えても見ろよ。
もしも俺たちがれっきとした大国の軍勢の
一部だったとしてだぜ?
たかが百騎で300倍の軍を五日も足止めしたんだ。
あいつらが今からどこへ行こうと一週間は行軍に遅れが出る。
これが勝ちじゃなくてなんだってんだ」
貴族子弟「そうゆうことです」
メイド姉「機怪族の皆さんの待避も進んでいるでしょうね」
893 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 22:16:30.38 ID:7lABGacP
生き残り傭兵「5日もあれば、ずいぶんましだろう。
食料の持ち出しや隠蔽、
鉱山の閉鎖などもやってくれているはずだ」
器用な少年「すっげーハッタリだな」
貴族子弟「外交なんてそんなものです」
メイド姉「ハッタリだけじゃありませんよ?
信じた気持ちの強さが言動になるんです。
自分の命を掛けないと他人を説得は出来ません」
器用な少年「すげぇ格好良いけれど、それってある意味
“キチ○イだから無敵です”に聞こえるよなぁ」
貴族子弟「師匠もおおむねそんな感じでしたしねぇ」
メイド姉「あらあら。自分には実感ないんですが」
傭兵弓士(小声)「実感があったら余計にマズイだろう」
メイド姉「でも、あの方とは戦をしたくないですね」
貴族子弟「王弟元帥と?」
メイド姉「はい」
生き残り傭兵「ってことは、代行の姉ちゃんにも
怖い相手がいるのか?
さすがにあの威厳と意志の硬さは、歯が立たないか」
メイド姉「いえ、それは怖いですけれど……。
怖いけれどためらう理由にはならないですよ。
負けるのならばそこまで悩む必要さえないんですから。
ただ、あの方にはあの方なりの正義があるのでしょう。
わたしの決意とは道が違いますけれど
でも、だからと云って、
わたしにはあの方の正義を間違っていると云えるだけの
資格は無いんです。
あるいはあちらの正義の方が
世界にとっては良いのかも知れないんですから」
894 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 22:17:42.12 ID:7lABGacP
傭兵弓士「……」
メイド姉「わたしは別に聖鍵遠征軍が憎いわけでも
壊滅させたいわけでもないです。
出来れば、聖鍵遠征軍の人にだって死んで欲しくはない。
本当はもっと別の形で争えれば良かった。
戦以外の形で。
戦をしてしまうと、喧嘩が続きません。
片方が死んでしまいますから。
あの方には喧嘩友達が必要なのじゃないかと思います」
貴族子弟「……」
メイド姉「生意気なことを云ってしまいましたね」くすっ
傭兵弓士「いや、判らないじゃないよ」
生き残り傭兵「そうだな」
器用な少年「そうなのか? さっぱり判らないぞ」
貴族子弟「少年には、早いかも知れませんね」
生き残り傭兵「まぁ。俺たちは傭兵だからな。
戦場がなければ、食いっぱぐれちまうし、
仕事が無くなっちまうってのはもちろんあるんだが、
それ以上に、なんていうか、要らないやつになっちまうんだよ。
だから何となく判るのさ。
自分の居場所を定めたやつは、その自分の居場所では
自分を曲げるなんて事は出来ないし、やっちゃいけないんだ」
器用な少年「要らないやつ?」
貴族子弟「あの方はあれでもまぁ……。
どうにも始末に負えないながらも
聖王国の屋台骨ではあるのでしょう。
現在の中央諸国家は
長く続きすぎた歴史の中で、若い人材が払底している。
彼もまがりなりにも英雄と呼ばれる男ですからね。
ああいう風な生き方でもしない限り自分が立たないのでしょう。
あの方なりに守るものがあるんですよ。
要らないやつにならないためにも」
903 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 22:48:54.14 ID:7lABGacP
――魔界、南部、旧蒼魔族領地辺境部、王弟軍
バサッ! バササッ!
王弟元帥「どうした?」
参謀軍師「本陣から早馬による急使です」
聖王国将官「内容は」
参謀軍師「それはまだ。書状ですので」
王弟元帥「読もう」
ガサッ。シュルシュル……
王弟元帥「……。……ふむ」
参謀軍師「いかがしましたか?」
王弟元帥「都市攻略の遅れだ。
魔族軍が開門都市内部に撤退してからすでに一週間。
火薬と食料が徐々に切迫してきた。
食料は後方陣地から順次送ればまだまだ持つだろうが、
連続してカノーネを使うのは、莫大な量の火薬を消費する」
参謀軍師「はい。前の早馬によれば、
昼夜を分かたぬ連続砲撃により、住民の交戦意欲そのものを
へし折ると、そのように云ってましたが」
聖王国将官「古来、城塞の攻略は力で攻めるのは下策であり、
これに篭る人の心を攻めることをもって上策とする。
と云います。灰青王閣下の判断は間違いではないかと」
王弟元帥「間違いではないが、間違えでなければ
それで勝てるとも限らぬのが戦だな」
聖王国将官「確かに。……苦戦でしょうか?」
904 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 22:51:39.05 ID:7lABGacP
王弟元帥「しかし、これは灰青王の手落ちと云うよりも、
カノーネの連続砲撃を一週間にわたり凌いだという
開門都市の魔族軍の手柄、と褒むべきかな。
この目で見ていないこともあって信じがたいが……。
いったいあのカノーネの砲撃をどのような防壁と
どのような指揮を持って一週間もの間
凌ぐことが出来るのかとな」
参謀軍師「まことに。100門のカノーネは、平均的な城壁を
数時間で破壊することが出来るというにもかかわらず」
聖王国将官「やはり魔界の技術ですか」
王弟元帥「いいや、それにもましてこの場合驚くべきは
開門都市に籠もった軍と民衆の士気の高さだろう。
一週間にもわたる砲撃で、周囲との連絡も絶たれ
補給もままならず、しかも直前の開戦では
軍の半数あまりが壊滅したのだぞ。
おそらく街中には負傷者や半死人が溢れているはずだ。
士気は悪化して、降伏論や自決論も出るだろう。
争いや喧噪が絶えず、絶望感が蔓延し、
次第に立ち上がる気力さえもなくなっていくのが
攻城戦、都市攻略線の常の姿だ。
いくら強力な防壁があったとしても、
それで軍と市民の士気を維持できるほど
攻略戦、防御戦は生ぬるいものではない」
参謀軍師「書状にはなんと?」
王弟元帥「一刻も早い帰還を望む、とのことだ」
聖王国将官「都合の良いっ」 だむんっ!!
王弟元帥「手持ちのカノーネ用火薬の半分以上を使い切ってしまい
焦りも出てきているのだろう。
硝石さえあれば、残りの硫黄や木炭はなんとか都合が
つかなくもないが、硝石だけは貴重品だ。
もし今砲撃をゆるめようものならば、
物資の不足を魔族に悟られて希望を与えてしまう。
それですぐさま勝敗が逆転するというものでもないが
士気が上がったあの都市はさらに落とし難くなるだろうからな」
906 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 22:53:55.92 ID:7lABGacP
聖王国将官「しかし我らも硝石を手に入れるどころか、
旧蒼魔族領地の辺境部でこうして
無為な時間を過ごしているわけですし」
参謀軍師「無為とは言葉が過ぎるぞ。聖王国将官どの。
我らがこうして勇者殿とあの学士を相手にどれだけ
微妙な舵取りを要求される交渉を続けているかも知らずに」
王弟元帥「こうして我らの足止めをしていると云うことも
あの学士の目的の一つなのだろうがな……。くくくっ」
参謀軍師「それは……。しかし」
王弟元帥「いいや、これは痛み分けと云えるだろうさ。
こちらにも兵力を全面で使えない代わりに、
向こうも譲歩せざるを得ない。
現に食料を馬車200台分に渡って無償供与を約束させた。
そして我らがここにいることで、
あの学士の軍――南部連合の秘密遠征軍も
その動きが封じられている。
魔族との平和条約を締結した以上、
南部連合が魔族に援軍として現われる可能性は
無いとも云えないのだから。
そしてそれ以上に、勇者は、この場所を離れることが出来ない」
聖王国将官「しかし、その判断も、灰青王閣下の遠征軍指揮により
開門都市が攻略が速やかに成れば、の話」
王弟元帥「仕方あるまい。こちらが向こうに頼りたければ
向こうもこちらに頼りたいのだろうさ」
参謀軍師「本軍は我らが持ち帰る硝石と補給を必要とし、
我らは本軍があの都市攻略を成功させれば、
その既成事実を足がかりに、有利な交渉展開、
もしくは勇者の制止をも振り切った強攻策が取れるのですが」
聖王国将官「千日手、ですね」
王弟元帥「……広範囲斥候の報告次第では移動を開始するぞ。
硬軟両面に備えて準備を進めるのだ」
916 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 23:36:21.63 ID:7lABGacP
――闇の中の子供
魔王「ふんっ。くだらないな。
モデル化などといって
数字パズルをいじくり回して何が楽しいのやら。
そのような物を使わないと未来予測も出来ないとは」
あの頃のわたしは、寒く孤独な研究室と図書館の中で
自らを構成する要素をとりまとめるだけに精一杯で。
自分の小さなプライドを守るためだけに必死に学んでいたのだ。
魔王「そもそも希少性ある経済資源を再分配するだけのことなのに、
どれだけ非合理的な欲求を変数として扱わねばならんのだ」
世界の全てを敵に回して
たった一人で孤独な戦いを挑んでいた。
魔王「どだい人間の道徳や欲求などを含んだ行動を
モデル化したところで、そのモデルは教育程度によって
変化してしまうではないか。
そして教育の程度は経済の規模や文化程度、
すなわち個々の要素を含むゲシュタルトによって成り立っている。
そうである以上、両者の関係は再帰的に成らざるを得ない」
小さくて惨めな、自分を必死守って
毎日歯を食いしばり学んで、
広い世界の人々を見下すことでしか
自分自身を正当化できなかった幼いわたし。
918 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 23:37:43.46 ID:7lABGacP
図書館が全てだった。
外の世界を憎んでいた。
羨ましくて、ねたましくて、気が狂いそうだったから。
誰も見たことがない未来を望んでいたのに
そんなものはこの世界のどこにも有りはしないと
自分自身を諦めさせるために経済学を学んでいたわたしの
冷たく寂しい冬の尽きせぬ夜のような闇の中に――
魔王「このような、あちらもこちらも再帰するような
関数モデルを、結局は統計的な手法を元に丸めてゆくのが
数学的な手法だというのなら、
その根本なるものは雲の中にあるようなものに過ぎないのに」
――世界を救う人を、勇者と呼ぶ。
そんなおとぎ話みたいな儚い声を、
どうやって信じれば良いんだろう。
こんなに学んでも学んでも、世界は真っ暗なのに。
そんな人がいるのだろうか?
わたしはこんなに寂しいのに。
そんな場所があるのだろうか?
この閉塞したモデルの他にわたし達の住まう場所なんて。
魔王「――くだらないじゃないかっ」
期待して良いのだろうか。
わたしが夢見ることを許してもらえるだなんて。
夢見ても良いのだろうか。
そんなおとぎ話に出会えるだなんて。
919 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 23:38:55.81 ID:7lABGacP
――開門都市、庁舎、魔王の寝室
魔王「……んぅ」
魔王「夢……か……」こしこし
魔王「夢とは言え、痛むんだな」
……ォォン!
……ドォォーン!
魔王「……」
魔王「会いたいな。勇者に」
魔王「私はがんばってるぞ、勇者」
魔王「絶対この都市は落とさせない。
この都市が落ちたら、きっと魔族も人間も退くに退けなくなる。
だから、勇者は来ない方がいいんだ。
……ここに来たら、あの祭壇を見てしまう。
わたしは勇者と戦いたくなんて無い。
勇者と戦うくらいなら
――いい。
勇者がいなくても、
我慢する」
魔王「……」ぽろっ
魔王「好きなんだな、わたし」
魔王「……」
魔王「会いたいぞ……」
927 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/09(金) 00:10:34.74 ID:ilMrMHoP
――開門都市、城壁を囲む聖鍵遠征軍、豪奢な天幕
……ドォォーン! ……ォォン!
……ゴォォン! ……ズドォォン!
大主教「続けよ」
従軍司祭「はっ、はい。豚二千五百頭、小麦馬車8台、
甜菜樽七つ、果物および香辛料、馬車二台。
毛布、および防寒具、馬車四台……」
ガサッ
光の兵士「しっ、失礼しますっ」
従軍司祭長「なんだ。伝令か?」
光の兵士「はっ」おろおろ
従軍司祭長「話すが良い」
光の兵士「は、はいっ。我らが大空洞との間に築いてきた
宿営地のうち一つが、正体不明の軍に襲撃を受けたとのことっ」
従軍司祭「なっ!?」
従軍司祭長「なんだと、詳しく話せっ」
光の兵士「はっ。これも避難してきた兵からの話ですが……
魔族の精悍な歩兵軍の襲撃があり、
糧食や武器が奪われたそうでありますっ!」
929 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/09(金) 00:11:36.47 ID:ilMrMHoP
従軍司祭長「被害はそれだけか?」
光の兵士「はい。幸いにして死者、負傷者はきわめて少なく、
ただし馬などは散らされたために、
徒歩にて本陣へと合流をしている最中」
大主教「取るに足りぬ」
光の兵士「は?」
大主教「取るに足りぬ。攻撃を続行させよ」
従軍司祭長「……。良い、下がれっ」
光の兵士「はっ! はい、かしこまりましたっ!」
大主教「防壁の様子はどうなのだ」
ころり。ころり。
従軍司祭長「はい。昨日からは補修の動きも鈍くなり、
都市側の資材もかなり困窮してきたと見えます。
一部の防壁には、ほころびも見栄、おそらくあと4、5日の
うちには何らかの進展が見られるかと」
大主教「なまぬるいな。突撃をさせるのだ」
従軍司祭長「し、しかしっ……」
大主教「精霊は求めたもう」
従軍司祭長「……っ」
大主教「ゆけ、光の園へ。
あの都市の住民に恐怖を刻み込んでやるのだ」
930 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/09(金) 00:12:44.42 ID:ilMrMHoP
――開門都市、防壁を囲む聖鍵遠征軍、遠征軍陣地
ひゅるるる……どぉぉーん!!
ひゅるるる……どぉぉーん!!
光の信徒「聞いたか?」
光の銃兵「ああ」
光の槍兵「何をだ?」
光の信徒「どうやら、2つめと3つめの集積地も落とされたらしい」
光の槍兵「そうなのか!?」
従軍靴職人 とぼとぼ
荷馬車の御者「うううぅ、水をくれ」
光の信徒「ああ、見ろ。ここ数日で人が増えているだろう?
食料も武器も奪われて、荒野を旅してここまで
たどり着いたらしいんだ」
光の銃兵「そうだったのか。なんにせよ、命があるのは行幸だ」
カノーネ兵「果たしてそうかな?」
光の銃兵「それはどういう事だ?」
カノーネ兵「考えても見ろ。
奴らは後方の補給線を守って食料を蓄えていたんだぞ。
そいつらが食料を奪われたばかりか、
この前線に押しかけてくるって事は、食料は増えていないのに
その食料を食う口は増えているって云うことだ」
ひゅるるる……どぉぉーん!!
光の信徒「……っ」
光の銃兵「しかし、同じ光の仲間じゃないかっ!」
光の槍兵「だといいがな」
931 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/09(金) 00:13:57.95 ID:ilMrMHoP
光の信徒「ともあれ、あの都市を落とせば、
食料も水も物資も手に入るはずなんだ!」
光の槍兵「……」ふいっ
光の銃兵「どうしたんだ?」
光の槍兵「いや、考えても見ろ。
俺たちが砲撃を加え始めてから、明日でもう十日だぞ?
貴族や司令部は、あの都市さえ落とせば
食料も財宝もたっぷり手に入るって云っているけれど
本当に食料なんてあるのか?
つまり、あの都市には魔族が沢山いるんだろう?
魔族であってもメシを食うんだろうから
あの都市の食料を、食い尽くすことだってあるんじゃないのか?」
光の信徒「……」
光の銃兵「それは……」
光の槍兵「そうなったら、俺たちはこの荒野の中で、
食料も無しで放置されちまう」
光の騎兵「いや、それはないさ。いま王弟元帥閣下がいないのは
まさにそのためなんだからな」
光の銃兵「へ?」
光の騎兵「王弟元帥閣下と勇者どのは、
魔族の領土に食料と物資の補給に出ているんだ。
おそらくそろそろ帰ってくるはずだ。だから大丈夫さ」
光の槍兵「そうだったのか! 勇者さまもかっ!」
カノーネ兵「それで前線には王弟元帥閣下が
いらっしゃらなかったんだな!?」
光の騎兵「そうさ。王弟元帥閣下さえ帰ってくれば、
あんな防壁なんて一撃の下に破壊して、
俺たちはこの戦に勝利が出来る事は間違いないからな」
945 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/09(金) 00:48:16.33 ID:ilMrMHoP
――遠征軍、奇岩荒野、物資集積地
がさ、がさりっ
副官「どうだ?」
獣牙双剣兵「おう。見える……。
明かりが多い。警戒しているようだ」
獣牙投槍兵「すでに襲うのも4カ所目だ、警戒もしているだろう」
獣牙槌矛兵「ぬぅ」
副官「ここからは、奇襲でけりをつけるわけにも行かないか」
獣牙双剣兵「奇襲ばかりではつまらぬだろう」
獣牙投槍兵「本当の戦はこれからよ」
副官(そうはいくか。こっちの数は5000を割ってる。
奇襲しないでマスケットを喰らえば倒れていくしかない。
兵の補充が望めない以上、減らすわけにはいかない。
……けれど、集積地を襲っていくしか開門都市を
援護する手段はないと来ている)
獣牙双剣兵「司令よ」
副官「ん、ああ」
獣牙双剣兵「大事にしてくれるのは判るが、
我らは獣牙の精兵。あの人間界への遠征をも乗り越えた
銀虎公の部隊なのだ。暴れさせてくれ」
獣牙投槍兵「そうだそうだ。俺の槍はマスケットなどには負けぬ」
獣牙槌矛兵「我ら五千には銀虎公の魂が宿っている。
負けはせぬ! そんなはずがないっ!」
副官「……」
獣牙双剣兵「ためらっても他に手段などあるまい?」
副官「判った。奇襲を敢行する。出来るだけ広域に散開し
三日月状の陣形で一気に集積地に接近、マスケット兵を倒すぞ」
獣牙兵「おうっ!」
948 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/09(金) 00:48:57.10 ID:ilMrMHoP
ピィィィィッ!!
副官「良し、行くぞっ! 突撃っ!!」
獣牙双剣兵「おおっ!」
獣牙投槍兵「我ら獣牙の力を見せつけてやるっ」
獣牙槌矛兵「我らの魂に力をっ!!」
光の防御部隊長「きっ! 来た。本当に来たっ!?」
光の信徒「ど、どっ!?」
光の歩兵「お、おちつけ!」
光の防御部隊長「そうだ。マスケット部隊! 構えぃ!!」
光の銃兵「はっ!」 がちゃ! じゃき! がちゃっ!!
光の防御部隊長「引き寄せよ、一兵たりとも近づけるな」
光の信徒「ううう、や、槍兵も準備せよ」
光の歩兵「はぁ!」 ザシャ!
副官(読まれていたかっ!? まずいっ)
獣牙双剣兵「左右へ散開しながら前進っ!!」
獣牙投槍兵「行くぞぉ!」
ゴウゥゥン!! ゴォォン!
ゴウゥゥン!! ゴォォン!
獣牙槌矛兵「かはっ!?」
「ぐはぁっ!!」 「うぐっ!?」 ばたっ 「ぎゃぁ!」
光の防御部隊長「第二射装填、そっ」
光の信徒「?」
ズギュゥゥーーンッ!
ばたり
ズギュゥゥーーンッ! ズギュゥゥーーンッ!
954 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/09(金) 00:53:10.00 ID:ilMrMHoP
――遠征軍、奇岩荒野、物資集積地近辺の灌木の茂み
女騎士「落ち着け。敵はこちらの位置を把握はしていないぞ」
ライフル兵「はっ!」
女騎士「望遠鏡による光学観測を続けろ。
パートナーに警告と指示を忘れるな。
狙撃手と騎士は必ず二人一組で行動だ。
槍兵は後回しで良い、相手は寄せ集めの軍隊だ。
指揮官と聖職者をまずは狙え!
その後は指揮を引き継いで立ち上がったやつから狙撃だ」
ライフル兵「了解っ」
湖畔騎士団「たき火の明かりの中に棒立ちです。右ッ!」
女騎士「落とせ」
ライフル兵「行きます」
ズギュゥゥーーンッ!
湖畔騎士団「命中。次の目標を」
女騎士「悪くない命中率だな」
執事「にょっほっほっほ。わたし直伝ですからね」
女騎士「だからその動きはやめろ」
執事「ふふふっ。では、わたしは少々」
女騎士「どうするんだ?」
執事「向こう側から突出してきた魔族の皆さんの被害を減らす
ために、少々攪乱してこようかと思います」
女騎士「一人で良いのか? 変態老師」
執事「なんですかそれはっ!?」
女騎士「いや。あのパンツを見た結果、
中間的な呼称に落ち着いたのだ。……わたしも行こうか?」
執事「いえいえ。大勢で行っては、狙撃の時に不便でしょう。
わたしなら隠密行動で攪乱できます。お任せあれ」にょりゅん
女騎士「……ふっ。よし、マスケット兵達を押さえつけたならば、
前進して制圧に移るぞ! 騎士団、準備を開始っ!」
977 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/09(金) 01:14:36.74 ID:ilMrMHoP
――聖王都、八角宮殿、冬薔薇の庭園
カッカッカッ ガチャ
ざわざわ……ざわざわ……
「商人風情がもっとも由緒正しいこの宮廷に何を」「ああいやだ」
侍女「こちらへ」
青年商人「はい」
カッカッカッ ガチャ
ざわざわ……ざわざわ……
「あれが、ほら『同盟』とやらの」「優男ではないか」
青年商人(さすがに豪華絢爛だな。
たかが廊下にここまで装飾を懲らすとはね)
侍女「この奥でございます。国王陛下はすでにお待ちでございます」
青年商人「了解。飴でも要ります?」
侍女「は?」
青年商人「ただの冗談ですよ。こほんっ」
侍女「では、失礼させて頂きます」
がちゃん。
〜〜♪ 〜〜〜♪
触れ係「『同盟』所属、湖の国商館より、
青年商人様がいらっしゃいました」
978 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/09(金) 01:16:36.40 ID:ilMrMHoP
青年商人「はじめまして、ご挨拶させて頂きます。
私は湖の国を中心に広く商いをさせて貰っております
青年商人と申します。以後、お見知りおきを」
国務大臣「うぉっほん。わしが国務大臣だ。そして」
王室付き高司祭「わたしはこの聖王国の王室付きを勤める高司祭」
国務大臣「こちらにいらっしゃるのは、
精霊の恩寵厚き、我らが16代国王、聖国王様でいらっしゃる」
聖国王 くるり
国務大臣「そちの謁見を許す、との仰っている」
青年商人(これはこれは……。このおつきどもは面倒くさいな。
多少荒療治も必要か。だが、この王は……)
聖国王「良く来てくれた。経済と商業の立場から
この王国への提案があるそうだな?
周囲は止めたのだがな。余とて世相を知らぬ訳ではない。
今日の話は、密かに楽しみにしておったのだ」
国務大臣「……ふんっ」
青年商人「ありがとうございます。
本日は色々お話があるのですが……。
そうですね、まずはお願いがございまして……」
聖国王「申してみよ」
青年商人「私ども『同盟』は商人の間の互助組織でございます。
一人一人旅商人のようなささやかな商いをしております商人や、
何代にもわたる一家を作り上げた商人が参加しております
組織でして、大陸のあちこちの都市に商館を築いております」
980 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/09(金) 01:18:23.88 ID:ilMrMHoP
聖国王「ふむ」
青年商人「この度、この『同盟』の商館の一部で
為替を取り扱う業務を始めまして。
おかげさまで好評を頂いております」
王室付き高司祭 ぎりっ
聖国王「為替か。うむ、判るぞ」
青年商人「こちらの為替業務に関する許可および、
勅書を頂けましたならばありがたく思います」
王室付き高司祭「殿下、私は反対させて頂きますっ」
聖国王「なぜだ?」
王室付き高司祭「元々為替なる仕事は我ら教会の業務。
全国に散らばる光の信徒の相互の互助のために
興した事業でございます。
そもそも金銭を扱うのは高度な信用が必要。
この場合、信用とは資産であります。
お金を払う約束、貸す約束、どちらの約束にしろそれを
実行するだけの信用がなければ成り立ちませぬ。
新興の商業組合にこのような仕事を許可すること自体が
間違いであったのです」
青年商人「恐れながら国務大臣閣下。この国の方にて、
為替業務の許可が必要だとの項目はございましたか?」
国務大臣「……それは……無いようですが」
王室付き高司祭「……っ」
青年商人「許可を頂きたいと云ったのは、
これはもはや純粋な礼儀上のことでございます」
984 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/09(金) 01:20:44.33 ID:ilMrMHoP
王室付き高司祭「では、私は聖なる光教会を代表いたしまして
陛下に求めます。そもそのような法がなかったのは、
我ら教会以外がその人を全うできなどというのが、
自明だったゆえのこと。
すぐさま法を改正し、いや、国王命令でもって教会以外の
為替業務を停止すべきです。
これを聖なる光教会として、強く要請いたします」
聖国王「……」
青年商人「さて、高司祭どの」
王室付き高司祭「なんですか、商人“どの”。
わたしが陛下と話をしているのですよ」
青年商人「じつは、我ら『同盟』でも、
教会の為替を利用していましてね」
王室付き高司祭「ふん、やはりそうではないか」
青年商人「為替証を現金にしてもらおうと思い、
西海岸の自由都市にいったのですが、現金化を断られました」
王室付き高司祭「それはっ」
聖国王「それは事実なのか?」
青年商人「困ったわたしは、その隣の都市にも行ったのですが、
そこでも断られまして」
王室付き高司祭「……っ」
青年商人「じつは5カ所で断られていまして。
為替証とは公正証書の一種であるはずですよね?
金を預かりはしたが、契約したにもかかわらず、
返すことは出来ない。教会はそう仰るのですね?
西海岸の商人は現在大混乱、いえ、大恐慌です」
Part.11
4 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/09(金) 01:24:04.47 ID:ilMrMHoP
聖国王「そのような事実はあるのか、高司祭」
王室付き高司祭「そ、それは……。一時的な……」
青年商人「実は本日陛下にお目にかかったのは、
一部にはこれも理由でして。
西海岸を中心とする商人5千人からの嘆願書でございます。
教会に預けた金が、返ってこない、と」
王室付き高司祭「証書は必ず現金化するっ」
青年商人「そのような問題ではございません。
わたし達商人は毎日を血の流れぬ戦場で過ごしております。
我らが麦を運ばねば、飢えて死ぬ地方がいくつもあるのです。
証書を現金化できなくて麦が買えなかった商家をご存じか?
それでもその商家の麦を載せるはずだった船は出るのですよ。
それが契約ですからね。
何も乗せていない船が海を南北に動く。
その損害をいかがお考えか?
教会の信用? そのような物があるのであれば
その教会に信用を傷つけられた
我ら商人の信用はいかがすればよいのですか?」
王室付き高司祭「全ての損害を賠償しようっ」
青年商人「信用が金で買えると?
ではわたし達も金で買いましょう。
先ほど仰っていた教会の信用は金貨でいくらになるので?」
王室付き高司祭「そのような物が売れるわけが無かろうっ!
恥を知れ、この背教者めっ!!」
聖国王「そこらで矛を収めよ」
6 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/09(金) 01:27:22.11 ID:ilMrMHoP
青年商人「失礼いたしました」
王室付き高司祭「はんっ。破落戸が」
聖国王「どうしたものか」
国務大臣「国王陛下は司法の長でもあります。
ここは国王陛下のご判断を仰ぐのが早道かと存じますが?」
聖国王「そうだな。ふーむ。……高司祭よ、
さきほど損害分は全て払うと云っておったな」
王室付き高司祭「はい」
聖国王「さらに、西海岸の商人の信用を傷つけたことも認めるな?」
王室付き高司祭「商人などという生き物に人間なみの信用があれば、
でございますが。ええ、認めましょう」
聖国王「損害全てのほかに、その信用をあがなうための
賠償金の支払いが妥当だろう。どの程度を支払えばよい?
高司祭、そちはどう思う?」
王室付き高司祭「金貨で10万枚で宜しいでしょう。過ぎた額だ」
聖国王「うむ、そちはどう思う、青年商人?」
青年商人「わたしのみの信用であれば、多額に過ぎる額です。
さすが聖なる光教会の司祭様の見識、感服いたしました」
王室付き高司祭「所詮金か。卑しい男よ」
青年商人「しかし、先ほど申し上げましたとおり、
この嘆願書には五千名からの商人が名を連ねております。
そのため私一人の話では済みません。
私が責任を持ってまとめますので、彼らの損害額の50%を
賠償金として上乗せする、と云うことで納得して頂けませんか?」
王室付き高司祭「よかろう」
10 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/09(金) 01:29:48.18 ID:ilMrMHoP
青年商人「して、支払いはいつ?」
王室付き高司祭「ここは聖王国だ。
本日城の帰りにでも教会へ寄り、持っていくが良い」
聖国王「これでよいか? 青年商人」
青年商人「確かに。確約いたしましょう」
王室付き高司祭「では話は終わりだ」
青年商人「金額の方は、金貨にして33億枚ほどになります」
王室付き高司祭「なっ」
国務大臣「!?」
青年商人「まず、証書の額面ですが金貨にしておおよそ2億7500万枚。
損害率である8を掛けますと」
王室付き高司祭「何故そのような数字が出てくるのだっ!?」
青年商人「現在の木炭の価格をご存じでしょう?
我ら同盟のメインの取引先である梢の国で購入して
湖の国の湖上交通を利用して運びますと、
仕入額のおおよそ16倍の価格になります。
二国間の関税の額は、いやはや我ら商人の悪夢ですよ。
全てがこのような消費に回されるわけではありませんので
その半分の数字8を採用してみましたが、詳しい計算を行なえば
10を越えることになります。よろしいですか?」
王室付き高司祭「くっ……。好きにしろっ!」
青年商人「では10のほうで……」
王室付き高司祭「8で良いと云っているのだっ!!」
青年商人「はい。では2億7500万枚8を掛けましてに22億枚。
これに信用毀損の賠償金50%を加えまして金貨33億枚となります」
19 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/09(金) 01:33:19.04 ID:ilMrMHoP
王室付き高司祭「きっ、貴様……」
青年商人「もちろん、金貨33億枚を本日中に
お支払い頂けないとあらば、それに対する損害も発生しますゆえ
先ほどの計算をもう一度繰り返すことになります。
すると……
今度は金貨495億枚になりますね。いやいや、計算が難しい。
念のために確認しますと、その次は5940億枚ですよ?」
王室付き高司祭「……っ!!」
聖国王「あははははははっ!」
王室付き高司祭「国王陛下っ!」
聖国王「良いのか? 聖王都の教会の資金をかき集めぬと
2、3日のうちに負債はもっとふくれあがってしまうぞ?」
王室付き高司祭「こっ。これで失礼するっ! 国務大臣っ!!」
国務大臣「……え?」
王室付き高司祭「資金のことで相談がある、付き合って欲しい」
国務大臣「は、はいっ。陛下っ。では私もしばし離席を」
どっどっどっ。
がちゃんっ!!
聖国王「ははははっ! 見ろ。
尻に矢が刺さったアナグマのようではないか!!」
青年商人「はははは。そうですね」にこっ
聖国王「ははははっ。おかしいな。
ここまで笑ったのは少年の時以来だった気さえする」
青年商人「それはよかった。
わたしもそうやって笑わせてもらったことがあるのですよ」
27 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/09(金) 01:36:27.04 ID:ilMrMHoP
聖国王「さて、商人殿の手腕は判った」
青年商人「は」
聖国王「あの者達を、追い払いたかったのであろう?」
青年商人「いえいえ。あの者達は聖王陛下に
無礼な態度を取っていましたからね。
ちょっとお灸を据えてやろうかと思っただけですよ」
聖国王「あれ達は忠実なのだ。……余にではないがな」
青年商人「ふむ」
聖国王「教会に、欲望に、正義に。あらゆる権威に。
そこには余が含まれていない。それだけのことだ」
青年商人「……」
聖国王「出来る弟を持った凡庸な王とは
こういうものだよ。商人殿。
なかなかゆったりして悪くない暮らしさ」
青年商人「それでも、わたしには陛下が必要なのです」
聖国王「わたしが? 勅書、と云っていたな。
何でも書かなくてはならないだろうな、借金のカタだ」
青年商人「借金?」
聖国王「はははっ。先ほどの国務大臣を見ただろう?
高司祭は本日中になんとしてでも金貨33億枚を
支払うつもりなのだ。
金貨33億枚も途方もない額だが500億枚となれば、
これは大陸の小麦全ての数年分の金額。
破滅以外にはない金額だ。金貨33億枚であれば、
聖都の教会全てと、我が王宮の国庫を空にすれば
なんとか払える額だろうな」
青年商人「国庫? よろしかったのですか?」
32 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/09(金) 01:38:55.78 ID:ilMrMHoP
聖国王「なにがだ?」
青年商人「そのような支払いをお命じになって」
聖国王「なに。二人にはよい薬さ。
薬効が強すぎてあの二人が首をつっても仕方ない。
それはまさに身から出た錆。
ばれないと思っているだろうが
そもそも国庫にわたしの許可無く手を触れれば死罪なのだ。
もっとも、処刑人でさえ、今やわたしの声に従うか判らぬが」
青年商人「……」
聖国王「元帥がまぶしすぎるのだろうな」
青年商人「そのようなことはないかと存じます。
聖王陛下は、私のペテンを見抜いておられた。
生まれるべきところを間違えただけでしょうし、
まだ遅いとは思われません」
聖国王「そうかな」
青年商人「はい」
聖国王「で、あれば。その言葉を信じて、
あの情けない二人を救ってみるとしようか」にこり
青年商人「どのように?」
聖国王「商人殿。
商人殿は、たったいま、金貨33億枚を手に入れた。
これを取り戻し国庫を充填せねば、
あの二人は死罪相当の罪だろうな」
青年商人「はい」
34 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/09(金) 01:41:53.94 ID:ilMrMHoP
聖国王「あれらの主として、余は部下の失態の責任を取って
その33億枚を商人殿から取り戻したく思う」
青年商人「ほほう。良い提案です」にこり
聖国王「商人殿は大金を手にされて浮かれているかもしれん」
青年商人「ふむ、そうかも知れませんね」
聖国王「で、あればその隙をつこう」
青年商人「ほほう」
聖国王「そして、何らかの勅書が欲しいらしい」
青年商人「はい」こくり
聖国王「せいぜい足元を見させて頂く」
青年商人「わかりました」
聖国王「では、望みは? 商人殿」
青年商人「聖王都に湖畔修道会を建築する許可を」
聖国王「……っ」
青年商人「加えて、その修道院の内側で行なわれる取引
および売買には税を掛けないという、聖光教会にたいして
為されるのと同じ免税特権をお与えください」
聖国王「それは……」
青年商人「聖光教会と決別を求めているわけではありません。
両立、平行でよいではありませんか。王家の皆様があの
古い伝統ある教会に帰依しているのも理解しております」
聖国王「……っ」
青年商人「ここだけの話。じつは、為替証ですけどね」
聖国王「まだ何かあるのかっ!?」
青年商人「本日持参したものは、我が同盟とその友好的な
商人のもの。もちろん、この大陸中にある為替証は
そのような少ないものではありませんよね。
本日の取引、……8倍の1.5倍。つまり12倍。
この情報が流出した場合、おそらくさきほどの10倍、
いや50倍では効かない請求が詰めかけましょう。
聖光教会を助ける選択肢は、
いまや、勅書をいただけることです」にこり
46 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/09(金) 01:51:26.54 ID:ilMrMHoP
――魔界、南部、旧蒼魔族領地辺境部、風の鳴る丘
びゅおおおおーっ。びゅぉぉぉ……
王弟元帥「学士殿」
メイド姉「はい」
王弟元帥「この勝負の一旦の勝敗は、学士殿に譲ろう」
メイド姉「退いて頂けますか?」
王弟元帥「うむ。どうやら後方が騒がしいようでな。
おちおち細かい交渉をしている暇はなくなったようだな。
ここは、貴公の勝ちだ」
生き残り傭兵(この姉ちゃんやりやがったっ!!)
参謀軍師「しかし、食料850台および、医薬品の約束は」
メイド姉「もちろん我が師の名誉に誓って」
王弟元帥「……」 メイド姉「……」
びゅおおおおーっ。びゅぉぉぉ……
王弟元帥「勇者に感謝するのだな。これは学士殿一人の力ではない」
メイド姉「はい、それは初めから」
勇者「はははっ! 昔から、俺をこき使うもんな。
あの演説の時だってさ!」
メイド姉「それは謝ったではありませんか」くすっ
王弟元帥「これで終わりではあるまい?」
メイド姉「はい、所用を済ませたのち、
わたしも開門都市にゆきます」
49 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/09(金) 01:56:02.23 ID:ilMrMHoP
王弟元帥「それはぜひ歓迎しないといけないな。
しかしその時は勇者の影には……」
メイド姉「はい。勇者様にも邪魔はさせません。
次は、王弟元帥さま。……わたしとあなたで争いましょう」
参謀軍師「っ!?」
生き残り傭兵「ばっ! 何を言いやがるっ!?」
勇者「あはははっ。すげぇぞ。なぁ……魔王」
メイド姉「それから、訂正します。元帥さま」ぺこり
王弟元帥「なにをだ?」
メイド姉「旅の学士、と名乗ったことです。
もちろんそれは嘘ではありません。
わたしは学問を学びましたし、旅もしていましたから。
実をいえば、聖王国へも行ったことがあるんですよ」
王弟元帥「ほう」
メイド姉「でも、旅の学士か、と尋ねられれば
やはり微妙な気分です。自信もありませんし、
なんだか、当主様に恐れ多くて……」
王弟元帥「?」
メイド姉「ですから、わたしは王弟元帥さまと聖王国の方々
そして勇者様と、わたしの仲間の前で名乗りましょう。
わたしは冬の国に生まれた貧しくてみすぼらしい農奴の娘」
聖王国将官「農奴だって!?」
メイド姉「はい。そして、また。
ただ人間であることのみを望む無力な一人の娘です。
しかし、今日、今、このときより名乗りましょう。
わたしは、今一人の勇者。
この世界を救おうと決意する、
あの細い道を歩み始めた大勢のうちの一人です」
400 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 19:17:35.95 ID:8sofY9MP
――15年前、春
勇者「おいじじー」
老賢者「なんじゃ小僧」
勇者「さかな取ってきたぞ」
老賢者「焼けばー? 食えば−?」
勇者「なんてつめたいじじーだ」
老賢者「これも修行なのじゃ」
勇者「しゅぎょーっていえば、何でも良いと思ってるだろ」
老賢者「修行なんて言い訳つけなくても、
何を言っても許される。それが賢者クオリティじゃ」
勇者「……おにじじーっ」
老賢者「むっしゃむっしゃ」
勇者「あ! 魚!?」
老賢者「美味しいのぅ。美味しいのぅ」
勇者「ううう。おれのさかな……」
老賢者「まだ残ってるじゃろうが。くかかか」
勇者「うー。“小火炎”っ!」ぼひっ
老賢者「真っ黒焦げじゃな。かーっかっかっか!」
勇者「……あう」
老賢者「どれこうやるんじゃ。貸してみろ」
勇者「うん」
老賢者「まず塩をふるじゃろ?」
勇者「うんっ」
401 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 19:19:28.66 ID:8sofY9MP
老賢者「そうしたら、後で熱くなっても持てるように、
木の串にさしてじゃな……」
勇者「うん……」ぐーきゅるる
老賢者「そうしたら、こんな感じで手を離して、
最初は弱い火力で“炎熱呪”……ほーら、熱くなってきた。
“火炎”ではなく、“炎熱”で炙るのがコツじゃな」
勇者「なぁ、じじー。なんでおれ、“術”とか“術式”とか
つかっちゃだめなんだ? “呪”は詠唱無くてむずかしいぞ」
老賢者「戦闘中に詠唱しておるようなぽんぽこぴーの
一般人に媚びてどうするんじゃ。最初っから無詠唱。
これが大賢者と勇者の歩む道じゃ」
勇者「そうなのか」くんくん
老賢者「犬のように鼻を鳴らすのではないわ」
勇者「だって良い匂いしてきたぞ?」
老賢者「まだじゃ。ここで焦っては事をし損じる。
決して魔力を揺るがせず、集中力にて制御する。
そうすれば、皮の部分がぱりぱりの焼き魚に仕上がるのじゃ」
勇者「そうなのか! もう出来るか?」
老賢者「うむ、完成じゃ」
勇者「美味そうだなぁ!」
老賢者「美味いぞう! むっしゃむっしゃむっしゃ」
勇者「え?」ぽかーん
老賢者「デリィシャスじゃ!」ぐっ!
402 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 19:21:03.17 ID:8sofY9MP
勇者「えぅ」うるうる
老賢者「泣けば済むと思ったら大間違いじゃぞ!
はーっはっはっは! この世は弱肉強食、食卓弱者差別なのじゃ」
勇者「……」きゅるるるぅ
老賢者「ふんっ。ほれ、焼いたパンとベーコンじゃ。
食っておくが良いわっ。へたれ勇者くーん。れろれろれろ」
勇者「やた!」 がつがつがつがつっ
老賢者「獣じゃのう、まったく」
勇者「……」がつがつ 「美味ぁ〜い♪」
老賢者「そーか。今度また買ってきてやるわい」
勇者「俺も街に行きたい。色んなご馳走食べたいぞ」 老賢者「止めておくんじゃな」
勇者「どして?」きょとん
老賢者「勇者は、街には住めぬよ」
勇者「なんで?」
老賢者「羊の群に、狼は住めぬだろう?」
勇者「おれ悪さなんてしないよ? 悪いことすると、
じじーすごく怒るじゃん。鉄の杖で叩きやがって。
俺の頭が悪くなったら、じじーのせいだぞ」 むぅ
老賢者「それでもじゃ」
勇者「わかんないよ」
老賢者「羊を食わない狼であっても、狼が羊の巣にいれば
羊は怯えよう? 怯えた羊は狼に当たるだろう。
羊の食える狼だったら羊を黙らせれば済むが
食えない狼は、さぞや切ない思いをするだろうな……」
勇者「難しくて、よくわかんないよ」
老賢者「それでいいのだよ」
406 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 19:23:07.44 ID:8sofY9MP
勇者「飯食ったら何するんだ、じじー」
老賢者「“飛行呪”と“遅滞呪”をつかって、
低速飛行の訓練じゃ」
勇者「苦手だ」 老賢者「出来るようになれ」
勇者「出来るようになったら、偉いか?」
老賢者「偉くはないが、桃を食っても良い」
勇者「そうか! がんばるぞ!」
老賢者「うむ」
勇者「……“遅滞呪”っ! “遅滞呪”っ!」
老賢者「……なんで2回云うのじゃ」
勇者「これおわったら、チチハハのところへ行って良いか?」
老賢者「お前も、あそこが好きなのだなぁ」
勇者「悪いか。じじー。子供は親をだいじにするものだぞ」
老賢者「あれは、中身のない石塚じゃよ」
勇者「いいか? 行っても」
老賢者「良いぞ」
勇者「やった。――“飛行呪”っ!」
老賢者「1回で成功したのぉ」
勇者「馴れた」
老賢者「そうか。もう15の基礎呪文は全て覚えたか」
勇者「おれ、てんさいだもん」
老賢者「天才とはもう少し品がある人物を指すな」
勇者「むぅ」 老賢者「ほれ。早く行かないと夕暮れが来るぞ。
7つの梢のリボンを全て別の枝に結び終えてくるのだ。
ただし、決して手を使ってはならぬぞ」
勇者「わかったよー。じゃ、いってくるぞ、じじー。いってきます」
老賢者「“いってらっしゃい”。小僧」
416 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 20:02:19.01 ID:8sofY9MP
――遠征軍、奇岩荒野、湖畔修道会自由軍
副官「では、南部連合の援軍もこちらに向かっているとっ?」
執事「や、それは判りません」
女騎士「いや、ここは向かっているとしておこう。
伝言は残してきたから、おそらく手配してくれるだろう」
副官「伝言?」
女騎士「“食料とか援軍とか、適当に頼む”と」
副官(っ!? こ、この人はこれで南部の英雄、姫将軍なのか!?
うちの大将もいい加減だけど、もうちょっとは考えているぞ!?)
獣牙双剣兵「なんにせよ、有り難い。助かった」
女騎士「副官殿はどうしてここに?」
副官「はっ。最初からお話しします。
先日、と云ってももはや一週間前になりますが
紋様族および鬼呼族を中心とした魔族連合軍は、
開門都市を直前とした平野にて、聖鍵遠征軍と激突しました。
聖鍵遠征軍15万にたいして、魔族軍6万をもってあたり
……壊滅を」
女騎士「壊滅……」
副官「魔族軍は遠征軍のマスケット射撃によって、
その半数3万を失いました。
撤退戦は熾烈を極めたのですが、
その戦いのさなか我が主、魔王殿、銀虎公が帰還し
からくも全滅を免れることが出来ました。
しかし、銀虎公は魔王殿をかばって戦死され。
残された軍にも大きな被害が出ました」
執事「銀虎公……」
湖畔騎士団「あの勇猛と聞こえた将軍が」
女騎士「状況は理解した」
417 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 20:05:27.31 ID:8sofY9MP
副官「わたしがここにいるのは、砦将の命令です。
魔族軍が撤退し、都市に引き上げた次の瞬間に下された命令が、
故銀虎公の残された精鋭部隊5000を率いて
開門都市から出撃せよ、とのものでした。
敵の数は膨大で、今や開門都市は
完全に包囲されているかと思います。
少人数で抜け出すならともかく
軍を出撃させることは不可能になる。
そのことを察した将軍はわたしを臨時の前線指揮官として、
この部隊を率い、まだ包囲されていなかった
西の城門から逃しました。
聖鍵遠征軍がおそらく作り上げている補給路を断つためにです」
獣牙双剣兵「うむ」
女騎士「そうだったのか。
……その判断が出来る司令官。名将だな」
執事「“草原の鷹”と云えば、
傭兵時代から有名な隊長でしたからね」
副官「しかし、やはり多勢に無勢。
飛び道具もなく、消耗戦は避けられないところでした。
ご助勢に感謝します」
女騎士「いや、こちらも状況が
まだつかみ切れていないところだった。ありがたい」
副官「あの武器はなんだったのですか?」
女騎士「ライフル。と云うらしい。
マスケットの高性能なモノだと思えば良い。
グリスを塗ったドングリ状の弾丸を飛ばすんだ。
射程だけで云えば、マスケットよりも3倍はある」
副官「3倍!?」
女騎士「連射性能はそこまで良くないし、
扱いも手入れもデリケートだ。
おまけに50丁しかないと来ている。
だが、相手は戦に不慣れな足跡の兵士達だからな。
指揮官を落としてゆけば、判断能力が下がって
パニックになったり動けなくなったりする。
そういう意味では、有用な武器だな」
418 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 20:07:37.31 ID:8sofY9MP
執事「そしてこちらは、湖畔騎士団」
湖畔騎士団「湖畔修道会の聖騎士です。
隊長である女騎士様に従って、
地の果てまでお供する所存であります」
副官「こちらは、獣牙軍。故銀虎公の残された精鋭部隊だ」
獣牙双剣兵「よろしく頼むぞ、女戦士どの」
女騎士「しかし、われらが合流しても、良いところ七千少しか」
執事「この数で、開門都市奪還というのはさすがに
少々厳しいですな」
湖畔騎士団「そうですね」
女騎士「双肩遠征軍の様子はどうなのだ?
被害状況や軍様は。そして指揮や運用はどうなっている?」
副官「指揮は無慈悲なほど的確なものでした。
先ほども云いましたが、その数は15万」
女騎士「ん? 少なくないか?」
副官「もちろん後方陣地として、
先ほど我らが襲ったような宿営地を
何個も残しているというのもありますが、
どうやら別働隊を動かしたようなのです」
女騎士「別働隊? 規模と司令官は?」
副官「司令官はおそらく王弟元帥、規模はおおよそ三万。
しかし、その行方となりますと、こちらでも会戦が
始まってしまったためにつかみ切れていません」
獣牙双剣兵「だが、斥候の報せだと、その出発の様子から
精鋭兵の部隊だったのではないかと察せられる」
執事「……ふむ。じつは、この魔界には、我らより先んじて
潜入した軍があります」
419 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 20:09:37.67 ID:8sofY9MP
副官「それは?」
女騎士「ああ、そうだったな」
執事「氷の国の貴族子弟殿とメイド姉が率いる傭兵部隊100名です」
副官「100、ですか」
女騎士「少ないが、彼らは我らにはない大きな武器を持っている」
獣牙双剣兵「それはなんだ?」
女騎士「時間だよ。我らよりも二ヶ月。
聖鍵遠征軍がこの魔界へと入るよりもそのさらに前から、
彼らは活動を開始しているはずだ。
あるいは情報だけで云うのならば、
聖鍵遠征軍よりも持っているだろう」
執事「諜報部に接触できれば、その行方も判るかも知れませんが」
湖畔騎士団「開門都市に入り込むのは、当面難しいでしょうね」
副官「ええ、我らもそこまで確認している暇はありませんでしたが、
おそらく開門都市は、
現在、聖鍵遠征軍の激しい砲撃に晒されているかと思います。
開門都市は防壁の建築を急いでいましたが、
どこまで持ちこたえることが出来るかはわかりません」
獣牙双剣兵「……一刻も早く戻らねば」
女騎士「保つさ」
副官「え?」
女騎士「魔王が都市に入ることに成功したのならば
おめおめと落ちるなんてありえない。
今は開門都市の無事を祈って、我らは我らの勤めを
果たすべきだな」
副官 こくり
女騎士「よし、副官殿。軍を合流させ、補給基地を
壊滅させてゆこう。援軍が送られぬうちに電撃作戦で
最低後4つの陣地を落としたい」
423 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 20:44:25.43 ID:8sofY9MP
――湖の国、首都、『同盟』本部執務室、深夜
ザー
青年商人「ひどい雨だな……」
ザーーザーーザザザ
青年商人「嵐でも来てるのか。……さて」
青年商人(聖王国への湖畔修道院の進出は認めさせた。
できれば主要都市全てに同時に建築を開始したいな。
大主教が戻る前に、既成事実とする。
……と、同時に、湖畔修道院の敷地内には『同盟』の
小取引所、および銀行を併設してゆく。
これは修道院の建築費と引き替え取引で達成できるだろう。
湖畔修道院の修道院長とも、面識が無いわけでもないしな)
ザーーザーーザザザ
青年商人(と、なると当面は戦争の結果待ち。
……それから資金面の手当てか。儲けの皮算用はその後に。
しかし、な。戦争――か)
青年商人「ふむ」
ザーーザーーザザザ
青年商人(勝敗。……勝敗ね。
そもそも何を持って勝敗とするかだ。
魔界の全面的な征服など、現実的な意味でもって
想像が出来る人間などいるのかな……。
いくら地底にあるとは云っても、
世界丸ごと1つを戦って所有権を得るなどと。
――“征服”。
なんだかまるで夢物語みたいだな。
そもそも魔界の全土征服など、誰が望んでいるんだ。
まったく愚かしい)
424 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 20:51:26.56 ID:8sofY9MP
青年商人(今回の遠征に参加した王族や領主は合わせて40あまり。
彼らに1つずつの新しい領地を与えるために
40の都市を占領してそれぞれに防御部隊を
置いたとしたらどうなる?
遠征軍参加者が30万。その全てが戦闘員だとしたところで
……1つの都市に7500人でしかない。
ばかげた話だ! 1つの都市を7500人で征服し続ける?
7500の兵士、しかも勝手のわからない異境で
分散された防備軍など、都市から逃れた魔族の兵や民によって
あっという間に分断され、小部隊ずつ殲滅されてしまうだろう。
それが判らぬ聖光教会でも王弟元帥でもない。
彼らには別の目的がある。
それはおそらく、中央大陸の意思の統一。
第一次聖鍵遠征軍から始まった物語だ。
魔族という敵を得た中央中枢国家群は
中央大陸の権力の掌握に大きな一歩を踏み出した。
しかしその流れは途中で大きく変更を受けてしまう。
忠実な前線兵だったはずの南部諸国の“反乱”によってだ。
あの“反乱”は彼らのストーリーには存在しなかった。
南部は己の意識など持たない木偶人形として、
永遠に中央の指揮の下に戦場で踊り続ける哀れな奴隷だったはず。
しかしその筋書きは“なぜか”失敗してしまう。
自分たちの意志を持った南部は三ヶ国通商同盟を結成。
着実に経済力や防衛力をつけて、中央の制御から外れ始めた。
このままでは流れが止まり、中央諸国家には南部に同情的な
国家や領主も増えるだろう。
……事実その傾向は見え始めていた)
ザーーザーーザザザ
青年商人「お茶を誰……。誰もいる時間じゃないか」
427 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 20:54:19.49 ID:8sofY9MP
ザーーザーーザザザ
青年商人(中央諸国家にとっては、大陸の意思を統一する上で
“共通の敵”だけではもはや足りなくなっていた。
その“敵”でさえも、南部諸国家では情報統制が崩れ、
真実の姿が見えかけていたからだ。
そんな中枢が考えた戦略は2つあっただろう。
1つは大兵力もしくは権謀術数を持って南部連合、
特にその主要国である旧三ヶ国通商を瓦解させること。
しかし、おそらくはその戦略は凍結された。
――種痘のせいだ。三ヶ国は滅ぼしたいが、あの技術は欲しい。
大方そのようなところだろうな。
本当であれば、湖畔修道会への調略工作は熾烈を極めたはずだ。
しかし、調略して裏切らせるには、湖畔修道会は素朴すぎ
その頂点は清廉でありすぎた)
青年商人「そこが“らしい”。あの勇者のお仲間ですから」
ザーーザーーザザザ
青年商人(もちろん武力制圧も検討しただろう。
しかし、そのするには、湖畔修道会および南部連合は
平和的な態度を徹底してしまった。
異端指定をしてきた聖光教会すら否定しなかったのだ。
聖光教会は自分たちの影響下にある国から、湖畔修道会の
建物全てを撤去させ、追放した。
焼き討ちを許し略奪を行なった土地さえある。
しかし、一方南部連合の三ヶ国は、領内の聖光教会の活動を
禁止さえしていない。
この状態で南部連合に戦争を一方的に仕掛けるというのは
あまりにも“大義名分”がなさ過ぎた。
そもそもの発端、あの“異端指定”の時からがそうだったのだ。
中央は南部諸王国を挑発し、武力で歯向かうように仕向けていた。
そうすれば大義名分を持って南部諸王国を討てたからだ。
しかし、中央中枢の思惑を大きく越えるほどに、
南部の盟主、冬寂王の政治的バランス感覚とカリスマ性は
ずば抜けていたわけだ)
428 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 20:57:40.08 ID:8sofY9MP
青年商人(こうして、中央諸国家は南部連合を
直接的に攻撃するという戦略を放棄せざるを得なかった。
南部連合は降りかかる災厄、白夜王の侵攻や魔族の介入を
全て振り切り、その上で内政を疲弊させることも
最小限にして着実に発言力を伸ばしてきていた。
そこで中央中枢はもう一つの選択肢、
魔界への侵攻を検討し始める。
ここまで考えれば、彼らの狙いは明白だ。
彼らにとって大陸の意思統一のためのテコはすでに
“共通の敵”だけでは不十分なのだ。
時代は転換してしまった。
中央が中央の意志を固く1つにまとめるためには、
新しいテコ、つまり、強力な報酬が必要なのだ。
魔界への侵攻は、その餌。“新しい領土と無限の富”。
しかしそれも実際には与える必要のない餌だ。
農業技術の進化や極光島に代表される魔族撃退を受けて
今や大陸の生産力は確実に上がっている。
諸侯や諸王国も富と資源、そして兵士を蓄えて、
外へ向かって進出する力を水面下ではつけ始めている。
その野心を刺激された諸王国はこれからも
甘言に乗せられるだろう。
何度失敗しても、いや、失敗すればするほどに
新しい領土や富への欲求は身を焦がして彼らを飢えにも似た
欲望へと追いやるだろうに……)
ザーーザーーザザザ
青年商人「戦争、ですか……」
青年商人(聖鍵遠征軍が30万、そしてマスケットが如何に
優れた兵器だとしてもとうてい魔界の全土征服など
可能だとは思えない。
もし、可能だとすれば、それは30万をそのまま運用して
補給などは現地略奪に頼り、出会う魔族は一人残らず抹殺。
そして都市を征服しても占領もせずに焼き討ちにして、
次の都市へと向かう。
つまり虐殺的な手法だ。
しかし、そんな風にして荒廃させた領土の価値を回復させるには
どれほどの時間と資金が必要なことか)
429 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 20:59:50.98 ID:8sofY9MP
青年商人(かといって、都市を占領し、魔族を支配して防備軍を
置くとすれば、その上限数は、自ずと5つやそこらになるだろう。
それを越えればその後は拡散してゆくだけとなる。
あの広い魔界の中で、20万だろうが30万だろうが
まるで水に入れた湯のように、
その熱を放散させて、やがて溶けて消える……。
だとすれば、やはり中央中枢の目的は
幾つかの都市を陥落させて、いわば“美味しい餌”であることを
諸侯や諸王国に印象づけることか。
それで次回、その次の遠征軍へと望みをつなげ
南部連合をも既成事実と“餌の魅力”で切り崩しをはかってゆく。
……だとすれば、魔界の全土は当面無事といえるし、
現在の我ら『同盟』の戦略方針は間違えていない。
でも、なんだろう。この違和感は……)
青年商人「……」
ゴゴンッ
青年商人「?」
ザーーザーーザザザ
青年商人「誰か来たのですかー?」
ズル、ズルッ、ズルッ
青年商人「今日はもう会議も打ち合わせもありませんよ。
こんな夜は宿舎で酒でも飲んで寝た方が」
ガチャリ。ぽたっ。ぽたっ。ぽたっ。
火竜公女「……」
青年商人「公女……?」
443 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 21:42:43.75 ID:8sofY9MP
火竜公女「……」
青年商人「転移符ですか!?
どこから歩いたんですか、まったく。
……ぐしょ濡れじゃないですか。
雨とは云っても冬なんですよ? 死にますからね、まったく」
火竜公女「……」
青年商人「公女はこういう事をしない人だと思ってたんですが」
ザーーザーーザザザ
火竜公女「……助けてください」
青年商人「え?」
火竜公女「商人殿に頭を下げるのはいやでありまする。
この胸が玻璃の様に粉々に砕ける思いさえしまする。
しかし、妾にはもう他に頼るべき人もおりませぬ……。
開門都市が陥落しようとしております。
なにとぞお力添えを。
なにとぞ……」
青年商人「……」
火竜公女「開門都市は遠征軍二十万に包囲され、
その火砲の脅威は昼と夜の別なく、
市民を責めさいなんでおりまする。
聖鍵遠征軍は狂気のごとく都市防壁に押し寄せては、
命も省みずに突撃さえ繰り返す有様。
開門都市は魔王殿の指示の元良く耐えていますが」
青年商人「魔王? 魔王殿が開門都市に?」
火竜公女「そうでありまする。
この都市は失うわけにはいかない、と」
青年商人(なにゆえに? 一度奪わせて奪い返す方が、
遙かに容易なはず。戦争のことは詳しくはないが
補給線を伸びきらせるだけ伸びきらせ、
魔界の奥深くへ誘い込み戦うのが定石なのではないか?
あるいはマスケットの力を見誤ったのか?)
火竜公女「聖鍵遠征軍も、執拗なほどの執着を見せて
開門都市の一帯は、今は魔界最大の戦場となってしまいました。
すでにして死者は三万を遙かに超え、
大地は血の供物を飲み干すばかり……」
青年商人「王弟元帥……」
444 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 21:44:16.46 ID:8sofY9MP
火竜公女「王弟元帥なる敵の総司令官は、会戦が始まる前に
なにやら別働隊三万を率いて軍から離れた模様であります。
未だその動きは知れませぬが……」
青年商人(本軍15万に、王弟元帥がいない……?)
火竜公女「……」
青年商人「辣腕会計は?」
火竜公女「待避しました」ぽつり
青年商人「そうです。『同盟』の商館は待避するように
司令の手紙を出したはずです。公女はなぜ残ったんです?」
火竜公女「妾は竜の公女ゆえ」きっ
青年商人「……」
火竜公女「同胞を見捨てることなど出来ませぬ」
青年商人「そう……でした。すみません。
公女のことをよく考えもせず、わたしは退避命令を出した」
火竜公女「……辣腕会計どのも、中年商人殿も、
それ以外の職員達も我が父の居城へと、
会戦が始まる前に移動しております」
青年商人「……」
火竜公女「何とぞ、お力添えを」ぎゅっ
青年商人「わたしは商人です。なんの兵力もない」
火竜公女「それでも、商人様ならば」
青年商人「出来ません」
火竜公女「報酬ですか? 報酬ならば何でも。
妾に払えるのならば、どのようなものでもっ」
青年商人「商いの道を歩むのならば、
“何でも”なんて手形を出してはいけませんよ」
445 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 21:46:37.14 ID:8sofY9MP
火竜公女「やはり、わたしには商いの道は無理です」
青年商人「……」
火竜公女「商人殿と世界を渡るのは楽しかった。
あちらでは鉄を買い、こちらでは塩を売る。
まだ見ぬ場所に乗り込み、初めて顔を合わせる人と渡り合い、
交渉し、妥協点を探り合う。
互いの利を手渡して、まだ見ぬ商いを考える。
それは、とても、とても楽しかった。
狭い世界で生きてきた妾にはまぶしかったのでありまする。
しかし、妾は竜の公女。
やはりともがらは裏切れませぬ。
それに妾は――あの都市が愛おしい。
壊滅の中から産声を上げて、人と魔族がすれ違うあの都市が。
楽園ではなくて、そこではだましや裏切りや
詐欺などがあったとしても、
それが出来るだけの多様性と自由を持つ
あの都市の行く末を見届けたい。
商人殿にこれを云うのは、切ない。
胸の奥が帰するように悲鳴をあげまする。
商人殿は、取引相手としての妾を買っていてくれて
気を許してくれてはいぬにせよ
……すこしは、意味を感じていてくれたと思うゆえ。
このように情にすがり、取り乱し、弱い妾はきっと軽蔑される。
そう思うと膝が砕けて立ってもいられぬ心持ちがします。
一度膝を屈した妾を、商人殿は決して、決して対等の相手とは
もはや見てくれなくなるでしょう。それが妾には切ない。
でも、妾に支払えるモノは多くなく、
商人殿に軽蔑される事くらいしか」
青年商人「聞きたくありません」
火竜公女「そうで、ありましょう……な……」
446 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 21:48:50.19 ID:8sofY9MP
青年商人「魔界は聖鍵遠征軍に全土征服はされない。
たとえ魔界が都市の5つや10失ったところで、
その市場性と価値は揺るぐことはない。
これからは聖王国を中心とした聖光教会文化圏と
南部連合と、そして魔界。
3つの経済圏が複雑に絡み合った新しい世界が開かれる」
火竜公女「……」
青年商人「それがわたしと『同盟』の予測にして野望。
その世界でなら、3つの文化圏の間を自由に商取引をする事が
出来る商人は、今の何十倍も飛躍的に力を広げることが出来る」
青年商人「なぜ魔王は、開門都市を手放さなかったのですか?」
火竜公女「わかりませぬ。……ただ、未来のため、と。
魔族自身の誇りと、人間族のためでもある。と」
青年商人「それを、魔王が?」
火竜公女 こくり
青年商人(我らのあの都市に対する価値判断が間違っていたのか?
あの都市には我らが考えていた以上の軍事的、経済的な
価値があると? ……それは考えづらいだろう。
だとすれば、文化的、宗教的……。あるいは象徴的な意味での
価値がある、のか?
――その可能性はどうなのだ?
なぜあの都市を失うことが出来ないのだ……。
あの都市を失って、何が失われる。
なぜ魔王はこのタイミングで、あの都市に戻り、死守をしようと)
火竜公女「……」
青年商人(“人間族のためでもある――”とは?)
青年商人「っ!」 がたりっ
火竜公女「商人殿?」
青年商人「魔王はっ! 魔王殿の瞳は紅いのですかっ!?
磨き抜いた葡萄の酒のようにっ!?」
463 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 22:20:54.79 ID:8sofY9MP
――遠征軍、奇岩荒野、湖畔修道会自由軍
ズギューン!!
「だ、だめだっ!?」 「どこから撃たれているんだっ」
「前線が持ちませんっ!」 「このままじゃお終いだぁ」
女騎士「副官殿? 後事を託して良いか?」
副官「拝命いたしました」
女騎士「獣牙の精鋭兵諸君っ! 突撃だ! 騎士団続けっ!」
獣牙双剣兵「おおおーっ!!」
湖畔騎士団「姫将軍に続けっ!」
ダカダッ ダカダッ ダカダッ ダカダッ
ギィィン!! うわぁぁぁ! うわぁぁぁ!!
副官「すさまじい速度ですね」
執事「にょっほっほ。性格ですな、あれは」
副官「良し、我々も移動しましょう」
執事「御意」
副官「狙撃部隊! 場所を移動しますよ、右前方の丘へ。
護衛騎士は周辺を索敵。夜露に警戒をしてください。
火薬の補給は後方部隊管理っ!」
執事「副官殿は細かい用兵が得意ですな」
副官「大将がずぼらですからね。雑用ばかり身について」
執事「にょほほ。良いことです」
副官「位置についたら各自狙撃位置を確保!
後方の司令部が立ち直る気配を見せたらこれを狙撃」
ライフル兵「了解ッ!」
執事「これで、この陣地も落ちましたな」
464 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 22:23:15.90 ID:8sofY9MP
副官「はい……」
執事「気になることでも?」
ダカダッ ダカダッ ダカダッ ダカダッ
「我につづけぇ! 降伏したものは敵に非ず!
伏せたものにはそれ以上の攻撃は無用だっ」
副官「卓越した手腕です。我らだけで襲撃を企てていた時よりも、
被害も小さく、遙かに早い攻略です。ですけれど……」
執事「焦っているのですね」
副官「はい」
執事「もう少しです。あと2つ」
副官「しかし、落としたとしてもこの軍だけの兵力では」
執事「そうでしょうかね」
副官「?」 執事「聖鍵遠征軍の中にも、きしみが出ているのではないですかな。
にょっほっほっほ。総司令が本軍から出るとは、異例ですぞ。
あのつるつる将軍もおそらくそれを考えているはず」
副官「王弟元帥が?」
執事「彼がいれば、包囲戦はもっと絶望的だったでしょうからね」
副官「そうでしょうか?」
執事「今指揮を執っている指揮官もきわめて優秀かつ、
合理的なのでしょうが、その上を行くでしょう。
格、というものは時に冷酷です。自覚でしょうが」
副官「自覚、ですか?」
執事「ええ。手を汚す、もしくは手を汚さない。
何が出来て何が出来ない。全て自覚のたまものですよ。
わたしは少々年が行ってからそれに気が付きましたが」
副官「それが、英雄の資質なのでしょうか」
執事「あるいは、勇者の。かもしれませんな」
465 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 22:24:39.01 ID:8sofY9MP
――魔界、大空洞近辺、赤い荒野
鉄国少尉「報告しますっ。最後方部隊、大空洞を抜けるためには
あと一日半はかかる模様」
軍人子弟「よし、先遣隊を先行させるよう指示をだすでござるっ」
鉄国少尉「了解っ」
鉄腕王「どうだい?」 軍人子弟「あと一両日で全ての部隊が大空洞を抜けるでござる」
鉄腕王「たいしたもんだ。行くって決めてから一週間で
ここまで来ちまうとはな」
軍人子弟「それもこれも、多数の協力があってのことでござる」
鉄国少尉「まったくです」こくり
冬寂王「なかなか暖かいな、この装備は」
羽妖精侍女「温イノデス」
将官「商人子弟殿が、これだけの予備の防寒具を備蓄しているとは」
冬寂王「小癪な真似をする男だ。ふははは」
軍人子弟「……感謝でござる」
鉄腕王「しかし、準備が良い割には糧食が少ないな」
将官「ええ、一週間分しかないのでは?」
冬寂王「強引に出てきたからか……」
軍人子弟「これで良いでござるよ。計画通りでござる」
冬寂王「そうなのか?」
軍人子弟「糧食を持てば安心感は増すでござるが、
行軍速度は著しく落ちるでござる。
全ての行動を輜重隊の速度を基準に考える必要があるで
ござるからね。
今回の遠征では、補給線は軍とは独立して動かすでござるよ」
鉄腕王「こいつが強情で、そこは譲らないんだ」
467 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 22:26:41.83 ID:8sofY9MP
軍人子弟「出来れば補給は持ちたくないのが本音でござる。
それに関しては、当てになるかどうだか判らない
気障ったらしい男がいるのでまぁ、なんとなく」
鉄腕王「いいのか? 当てにならない男を当てにして」
冬寂王「ここには3万の連合軍がいるんだぞ!?」
軍人子弟「何とかするでござろう。あれでも同期でござる。
それに拙者、全面戦争で勝てるとは思っていないでござる」
鉄腕王「うむ……」
将官「やはりマスケットには」
軍人子弟「マスケットの一斉射撃に、
歩兵や騎兵を突入させるには無理がござるよ。
もちろん幾つか使える策がないわけではござらんが
相応の犠牲を払う覚悟で行なう、いわばいかさまでござる。
拙者も前線司令をする限りどのような手でも使うつもりでござるが
大局的に見て、いかさまだけで勝てる相手でもござらん。
いかさまはやはり時間稼ぎや、
局所での戦術的な勝利を得るに留まるでござるよ。
戦争に勝つとは、大局で勝つと云うこと。
おそらく、師匠なら……」
鉄国少尉「?」
軍人子弟「いや、何でもござらん。
肝心の“荷物”は十分に用意が出来たでござるしね。
負けるぐらいならば、逃げ出すでござるよ」
鉄腕王「わしは負けるなんて考えていないぞ」
羽妖精侍女「急ギマショウ。皆サン」パタパタ
軍人子弟「侍女どの、ではこれから先の地勢を
教えて欲しいでござるよ」
羽妖精侍女「ハイデス」
471 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 22:50:21.61 ID:8sofY9MP
――14年前、夏、ある領主の館、広間
裕福な貴族「ほほう、これは賢そうな!」
貴族婦人「ええ、まさに英雄の相ですわ」
貴婦人「可愛らしい黒髪ね、小さな勇者さん」
勇者「えへへ〜」
老賢者「何をでれでれしておるのじゃ。きもいわ」
勇者「う、うるさいっ」げしっ
老賢者 ひょい 「甘いわ」 ぼこんっ
勇者「あうっ!」
裕福な貴族「賢者様、そんなにしからないでやってください」
貴族婦人「そうですよ。勇者さまは平和と繁栄の象徴。
この世界の守護者なんですからね」
裕福な貴族「この年でもうすでに二十四音呪全てを使いこなすとか」
勇者 えへん
貴族婦人「素晴らしいことですわ。そのうえ、剣技においては、
もはや大国の騎士団長クラスにも達するのでしょう?」
貴婦人「強いのですね、勇者様は」にこり
老賢者「強いか弱いかとは、
何も技のみにて決まるわけではないですからな。
この勇者は、いってみればまだ見習いでして。
人を救う意味がわからない限り
ケツはブルーのまんまでありつづけて青いあざが取れませんなぁ」
勇者「むー」
貴婦人「そんなことないわよね?」
勇者「うん! おれがんばるもん!」
474 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 22:53:05.69 ID:8sofY9MP
裕福な貴族「ふふふっ。そうだ、勇者どの?」
勇者「はいっ?」
裕福な貴族「武器庫でも見に行ってくるかね?
これでも我が領地は歴史があるのだ。
勇者ではないが、伝説の剣士が使っていたという
名剣もあるのだよ」
貴族婦人「あら、そういえばそうですね」
勇者「行って良いか、じじ……賢者ー」
老賢者「まぁ、良かろう」
勇者「行きたいですっ!」
裕福な貴族「では、侍従に案内させよう」
侍従「ははっ。こちらでございます、勇者様」
勇者「ありがとうね、お爺さん」
ガチャ。カッカッカッ
裕福な貴族「ふむ。あの少年が……」
老賢者「そうですな」
裕福な貴族「どうなのですか、素質は?」
老賢者「まさに勇者です。歴代の中でもことに優れた、
心根の正しく、優れた若者になるでしょう。
しかし、それには時間が必要ですな」
裕福な貴族「時間はない。賢者殿もお聞きになられたでしょう?
教会付きの法術官も高名な占術士も、こぞって告げるのを。
新たなる魔王が現われたのです。一刻も早く勇者を旅立たせねば」
老賢者「あの子はまだ幼いのです」
裕福な貴族「幼いとは言え、二十四音呪と無類の剣技。
勇者としての力は十分だ。一刻も早く戦場へ出さねば我ら人間は
魔族の脅威にいつさらされるのか判らないのですぞ? 賢者殿」
老賢者「そんなことで滅びるぽんぽこぴーなど
滅びてもちっとも構わないとわたしは思うのですがね」
480 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 22:56:01.06 ID:8sofY9MP
――14年前、夏、ある領主の館、武器庫
じゃきーん! がちゃー!
勇者「うっわ、すっげぇ! 格好良いー!」
勇者「いいなっ。いいなっ。これ格好良いなぁ」
がちゃがちゃ
勇者「これなんかすごい良いなぁ。鎧は、結構大きいけど。
剣なら持てるよな。この剣、魔力あるんだな」
ペカー! キラキラ! シュォンシュオン! ライドゥ!
勇者「すっげー! 回るよ! 音が出るよ! 光るよ!」 きらきら
貴族の娘「ねぇねぇ、あれ?」
貴族の息子「そうだろう」
勇者「ん?」
貴族の息子 じー
勇者「こんにちは?」 ぺこっ
貴族の息子「お前、勇者なのか?」
貴族の娘「勇者なの?」
勇者「うん、そうだけど。この家の子?」
貴族の息子「そうだ。領主の跡取りだ、偉いんだぞ」
貴族の娘「わたちは姫なのよ」
勇者「そうなんだー。おれ勇者。よろしくねっ」
貴族の息子「ふぅん」じろじろ
貴族の娘「勇者は無敵って、本当?」
481 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 22:57:05.76 ID:8sofY9MP
勇者「えーっと、強いよ。うんっ」にこぉ
貴族の息子「本当かよ?」
貴族の娘 くすくす
勇者「え?」
貴族の息子「ちょっと向こう見てみな、お前」
勇者「うん」くるっ
ゲシッ! ボカッ!!
貴族の息子「うわー! 本当だ!」
貴族の娘「すっごーい!!」
勇者「い、痛いな。何するのさっ!!」
貴族の息子「剣が刃こぼれしてるよ!」
貴族の娘「ほんとだ、ほんとー!」
勇者「なにするんだよっ」
貴族の息子「怒るなよ。良いじゃないか、怪我しないんだから」
貴族の娘「身体が鉄なんでしょ?」
勇者「違うよ。ちゃんと痛いよっ」
貴族の息子「血も出て無いじゃないか」 蹴りっ
勇者「あぅっ」
貴族の息子「わ、すげー! “がちん!”だって」
貴族の娘「ほんと? ほんと?」
勇者「なんで痛くするんだよっ」
貴族の息子「訓練だよ。兵士はみんなやってるだろう?」
勇者「俺は兵士なんかじゃないよっ」
貴族の息子「兵士だろ? 父様が言ってたぞ」
484 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 22:58:15.66 ID:8sofY9MP
勇者「違う。おれは勇者だもんっ」
貴族の息子「給料が要らないから便利、なんだよな」
貴族の娘「ねー?」
勇者「……ちがうもんっ」
貴族の息子「ふーん。つまんないのっ」
貴族の娘「田舎者ね−。言葉が通じないわ」
勇者「通じてるよ」ぶんぶんっ
貴族の息子「何かぶひぶひ聞こえるねー」
貴族の娘「豚さんじゃないわよ。豚さんはもっと可愛いもの」
勇者「っ!」
貴族の息子「しーらない。おい、勇者、ここ、片付けておけよ。
あと、いくら金に困ってるからと云って盗むなよ」
貴族の娘「着てる服も、ぼろぼろだもんねぇ」
勇者「〜〜っ!」
がちゃっ
貴族の息子「全然言い返せないの。弱虫だ」
貴族の娘「勇者なんて、ただの田舎者ねー」
勇者「……」
かちゃ、かちゃ
勇者「……」
かちゃ、かちゃ
勇者「馬鹿は相手にしなーい。じいちゃんも云ってたもんね。
そんなの予想済みだもんねーだ。ばーやばーや。うんこたれー」
かちゃ、かちゃ
勇者「お掃除、片付け。おけー」 ぐいっ
488 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 23:04:02.84 ID:8sofY9MP
――14年前、夏、ある領主の館、廊下
がちゃ。かつーん、かつーん。
勇者「じじーの話は終わったかな。おなかへっちゃったよ」
かつーん、かつーん。
勇者「でも、も、いいや。……早く帰ろう。
森で修行してたほうが楽しいや。
貴族の子供って、うるさいし、偉そうだし。馬鹿ばっかりじゃん」
貴婦人「ええ、先ほどお目にかかりましたわ」
若い貴族「ほほう」
貴族の女性「どうでした? 勇者とやらは」
勇者「あ! さっきの綺麗なお姉さんだ♪」
貴婦人「気持ち悪い。見られただけでぞっとするわ。
あの黒く磨いたような髪の色。あんなに幼いのに
二十四音呪を全て使うそうですよ?
湖の国の魔法学院であれば八の呪をこなすだけで
教授として迎えられるほどの難関詠唱魔法を」
若い貴族「それはそれは」
勇者「え……」
貴婦人「見た目は子供ですけれど、とんでもない。
こちらの頭の中も服の中までも見通されているのかと
思うと怖気がとまりませんわ」
若い貴族「ははは、気にしすぎですよ。
あれは、王の使う強大な軍事力の1つに
過ぎないんですから」
貴族の女性「でも、気持ちは判りますわ」
489 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 23:05:59.09 ID:8sofY9MP
貴婦人「ええ。考えてもご覧なさい。
一緒の部屋に自分を一瞬にして
氷付けにもで消し炭にでも出来るような怪物がいるのよ。
自分の命も尊厳もそいつの言いなり、指先1つ。
幼い姿をしていてもそんな存在は、怪物よ」
若い貴族「確かにそうかもしれないな」
貴族の女性「わたし達は遠慮して正解でしたね」
勇者「――」
貴婦人「にこにこと人間のように喋って……
わたしはダメ。一緒の部屋にいただけで気が狂いそう」
若い貴族「ははは。これは嫌ったものだ。
憂さ晴らしに葡萄酒でもどうです? 梢の荘園を
もつ叔父から素晴らしい一品が……」
かつん、かつん、かつん
勇者「――」
勇者「……ぽんぽこぴーの。……ぽんぽこぴー。
一般人なんてぽんぽこぴー……♪」
がちゃん。ざっ
老賢者「おろ?」
勇者「あ! じじー。もう話し終わったのかっ? 帰るか?」
老賢者「うむ、そうじゃの。疲れたわい」
勇者「おれもだよー。やっぱ森がいいね」
かつん、かつん、かつん
勇者「……」
老賢者「……」
勇者「あのさ。じじー」
老賢者「なんじゃ?」
勇者「期待なんてするもんじゃないね」
老賢者「それに気が付くとは、成長したではないか。勇者よ」
513 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 23:47:39.25 ID:8sofY9MP
――開門都市、城壁を囲む聖鍵遠征軍、陣地後方
光の銃兵「王弟元帥だっ! 王弟元帥の軍が戻られたぞっ!」
光の槍兵「聖王国の王弟元帥、総司令官だっ!」
カノーネ部隊長「王弟元帥の軍が戻られた!
これで食料が手に入る!」
カノーネ兵「なんと、王弟元帥の軍は、
一戦もせずに無傷で食料を手に入れて戻られたらしいぞ。
流石希代の名将だ。敵さえもその意の前にはひれ伏すという!」
「王弟元帥っ!」 「王弟元帥っ!」 「元帥万歳っ!」
王弟元帥「現金なものだ」
参謀軍師「それが民草というものです」
聖王国将官「いかがしましょう」
光の銃兵「王弟元帥万歳!」
光の槍兵「ばんざーい!!」
王弟元帥「食料馬車50台分を振る舞え。
医薬品は全て我が軍の天幕へ。
残りの食料は2/3を灰青王へと届けさせろ。
1/3は我が軍で押さえておけ」
参謀軍師「そんなにも灰青王へと送って平気なのですか?」
王弟元帥「やつは無能な男ではない。
上手く配分して長持ちさせるだろうさ。それより問題は後方だ」
参謀軍師「はっ」
聖王国将官「謎の軍によって、我が軍の後方陣地および
食料集積地点が強襲されている問題ですね」
王弟元帥「残りはいくつだ?」
参謀軍師「現在はすでに残り3かと」
王弟元帥「もはや無いな」
聖王国将官「え?」
王弟元帥「この時点ですでに落ちているだろう」
516 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 23:49:36.52 ID:8sofY9MP
参謀軍師「敵の軍とは……?」
王弟元帥「それは判らぬな。しかし、ここは魔界だ。
あの都市で打ち破ったという敵の軍勢六万が
魔界の軍の全てなどと云うことはあるまい。
未だに十万、二十万の軍を保持しているはずだ。
今までその軍が出てきていないのは、
ただ単純に氏族間の力関係の問題であるか、
集合に時間が掛かっていると云うことに過ぎないのだ。
また、如何に宗教的な聖地であるとはいえ、
1つの都市を守るために割ける防衛力には、
自ずと価値的な限界があるという事実を示唆するともいえよう」
参謀軍師「はっ」
王弟元帥「あるいは……」
聖王国将官「あるいは?」
王弟元帥「可能性は濃いとはいえないが、人間か」
聖王国将官「人間と云いますと」
王弟元帥「南部連合だ。
南部連合が、魔族の援軍に立つと決めた場合、
その侵攻ルートからしても聖鍵遠征軍の後衛地は
全て撃破されるだろうな」
参謀軍師「……ふむ」
伝令兵「伝令です! 王弟元帥閣下!!」
王弟元帥「なにごとだ?」
伝令兵「はっ。本陣後方、つまり南方から接近中の軍有り。
距離はまだ10里ほどあるはずですが、その数おおよそ4万弱。
王弟元帥閣下におかれましては、食料調達の遠征より戻られ
お疲れかとは存じますが、麾下三万を率いて、この軍勢4万に
当たって頂くようにとの、大主教猊下からの仰せです」
参謀軍師「統帥権は王弟閣下にあるのだぞっ」
聖王国将官「4万……」
王弟元帥「しかし防がぬ訳にも行かぬだろうさ。
都市攻略にかかり切りの灰青王の軍では再編成が間に合わぬ。
となれば仕方があるまい。
行くぞっ! 至急前線の決定と周辺索敵、
そして軍議の準備をせよっ!」
517 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 23:51:19.69 ID:8sofY9MP
――開門都市、城壁を囲む聖鍵遠征軍、豪奢な天幕
……ォォン!
……ドォォーン!
伝令兵「王弟元帥閣下、軍を返し最後尾警戒に入られました。
元帥閣下は早くも前線司令部として天幕を設営、
周辺に灌木を用いて防御柵を作られております」
従軍司祭長「わかった。何か変事があれば、即座に知らせるが良い」
伝令兵「はっ! 承りました」
……ォォン!
従軍司祭長「王弟元帥閣下であれば
後方の守りは盤石でありましょう」
大主教「丁度良い時に帰ってきた。有能な男よ」
従軍司祭長「はい」
大主教「これもやはり精霊の導き。天意は我にあり」
ころり。ころり
従軍司祭長「そ、その……。大主教、猊下?」
大主教「どうした?」
従軍司祭長「目の……瞳の治療をされねば……」
大主教「よいのだ。ふふふ。
我らが光の子の同胞、前線の兵士達が
その命を掛けて戦っている……。
われも相応の痛みをともにせねばな。ふっふっふっ」
百合騎士団隊長「そのお心、感じ入ります」
518 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 23:52:31.44 ID:8sofY9MP
大主教「ふふふ。それに、われにはもはや俗世の視力など
必要はない。常に精霊の導きを見ることが出来るゆえ」
従軍司祭長「で、では、せめて包帯を」
大主教「好きにいたせ」
百合騎士団隊長「私がやりましょう」にこり
従軍司祭長「あ、ああ……」
大主教「ふふふ。さて、隊長よ、あちらの準備はどうだ?」
百合騎士団隊長「ええ、大主教猊下。機は熟しました」
従軍司祭長「……?」
大主教「防壁は、崩れそうか?」
百合騎士団隊長「灰青王様の言葉によれば、
もはやひびの入った欠陥品とのこと。
巨大な鉄槌の一撃あれば卵の殻のように砕け散りましょう」
大主教「任せる。好きなようにせよ」
百合騎士団隊長「有り難き幸せです」とろん
従軍司祭長「……」
……ォォン!
……ドォォーン!
大主教「後方を王弟元帥が固めている間に」
百合騎士団隊長「承りました」
従軍司祭長「何を……?」
百合騎士団隊長「精霊の子らの献身を届けるのです。光の根源に」
521 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 00:08:48.63 ID:fsI5836P
――地下城塞基底部、地底湖
ピィピィピィ! ピィピィピィ!
女魔法使い「うるさい……」
明星雲雀「起きて、起きてご主人。寝ている間に終わっちゃう」
女魔法使い「……」
明星雲雀「ご主人ぼろぼろ」
女魔法使い「……すぅ」
明星雲雀「起きて! 起きてご主人!」
女魔法使い「……揚げちゃうぞ」
明星雲雀「ピィピィピィ! 虐待反対動物愛護!」
女魔法使い「……」
ふわり
メイド長「魔力回路のチェックはただいま急がせています」
明星雲雀「ピィピィピィ!」
女魔法使い「……助かる」
メイド長「あらあら、まぁまぁ」
明星雲雀「揚げられちゃうよ! 食べられちゃうよ!」
女魔法使い「……“捕縛式”」
明星雲雀「ピギャン!」
メイド長「女魔法使い様」
女魔法使い「……?」
メイド長「僭越ながら、お手当を」
522 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 00:11:52.46 ID:fsI5836P
女魔法使い こくり
メイド長「では、包帯を巻きますので」
女魔法使い「聞かないの?」
メイド長「……」
女魔法使い「この両手の平の刻印を」
メイド長「聞いて宜しいのですか?」
女魔法使い「……」
メイド長「……」
女魔法使い「……」
メイド長「仰る必要はありませんよ」
女魔法使い「……必要だから」
メイド長「はい」
明星雲雀「ピィピィ!」 バタバタ
女魔法使い「騒がしい」
メイド長「18小隊のメイドゴーストを配置しております。
まもなく、回路の断線部分は全てリスト化されるでしょう。」
明星雲雀「わたしが修理しますよ。するんだったら!」ばたばた
女魔法使い「させる。鳥に」
メイド長「はい」
明星雲雀「わたしは専用なんですからねっ」
女魔法使い「……態度が大きい」
明星雲雀「ピィピィ! 主人、仕事をとってはダメですよ」
女魔法使い「……判ってる」
527 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 00:18:16.65 ID:fsI5836P
――火焔山脈、紅玉神殿、あてがわれた官舎
カツーン、カツーン
辣腕会計「15番から42番までは小麦」
中年商人「小麦確認。よーっし」
同盟職員「こちらも合致ー」
辣腕会計「ふぅ。欠品は無いようですね」
中年商人「ああ。それにしても。だが」
同盟職員「お茶でも持ってきましょうか?」
辣腕会計「ああ、頼む」
中年商人「街では今頃激しい戦闘だろうな」
辣腕会計「そうですね」
中年商人「俺たちはこうして倉庫の資材管理かー」
辣腕会計「これも大事な仕事ですよ」
中年商人「それにしても、この量はなんだ?
『同盟』はこれほどの物資を開門都市に集めていたのか?
どうやって運び出したんだ?」
辣腕会計「これは火竜大公の個人財産ですよ」
中年商人「個人財産!? 馬鹿いえ、べらぼうな量の小麦だぞ。
俺は魔界でこんな量の小麦を見たのは初めて。
いや、魔界ってそもそもこんな量の小麦がとれ」
ガチャ
青年商人「ご無沙汰してますね」
中年商人「おい、なんでこんなとこにっ!」
辣腕会計「委員! いつこちらにっ!?」
529 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 00:20:34.38 ID:fsI5836P
青年商人「たった今ですよ。
転移符のおかげで、身体中痛くてかないません。
こんなに衝撃があるとは……。
勇者のはもうちょっと乗り心地が良かったのですが」
火竜公女「お二人の力が必要です」
中年商人「これは姫君」
辣腕会計「やっとこちらへ避難されたのですか?」
青年商人「いや要らないでしょう」
火竜公女「必要です」
青年商人「ここは穏便に三人で話を詰めてですね」
火竜公女「そのような時間的猶予はありませぬっ」
中年商人「どういう事なんだ?」
辣腕会計「さぁ」
ガチャン!! ざっざっざっざっ
火竜公女「お二人もついてきてくださりますよう!」
青年商人「……」じー
中年商人「あの視線はついてくるなって云う意味じゃねぇか?」
辣腕会計「そうですね」けろり
中年商人「結構趣味悪いな、お前さん」
辣腕会計「口に出して再度要請しないと云うことは、
“ついてきて欲しくはないが、止めるほどの強い権限はない”
というところでしょう。で、あれば事態を把握しておく方が
後々委員のためにもなるかと考えます」
中年商人「ものは言いようだな」
辣腕会計「内勤が長いとは言え、わたしも商人ですから」
中年商人「違いない」
531 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 00:25:15.84 ID:fsI5836P
――火焔山脈、紅玉神殿、大公の部屋
バターンッ!!
火竜公女「父上っ!!」
火竜大公「むぅ、なんじゃ小桜角。騒々しい。
いったい何時ついたのだ。探させておったのだぞ」ぼふぅっ
辣腕会計「“小桜角”ってなんです?」
青年商人「幼名ですよ」
中年商人「詳しいんだな」
青年商人「ありがたくないことにね」
火竜公女「結納とはどういう事ですっ!?」
中年商人「はぁぁぁ!?」
辣腕会計「結納っ!?」
青年商人「……」ふいっ
火竜大公「いや、結納とは、結婚を望む殿方の家から
花嫁の家に送られる支度金の一種じゃな」
火竜公女「そのような蘊蓄を聞いているわけではありませんっ!」
火竜大公 ちらっ
青年商人「ふぅ……」
火竜大公「そこなる男から、送られてきてな」
火竜公女「それは聞きました。わたしがお聞きしたいのは、
なぜわたしの意志も確かめずにそのような
仕儀となったかと云うことですっ」
火竜大公「それこそ、二人で話合えば済む問題ではないか」
532 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 00:26:46.67 ID:fsI5836P
青年商人「あー」ちらっ
中年商人「こんどこそ“出て行ってくれ”のサインじゃないか?」
辣腕会計「そのようですね」しらっ
火竜公女「どのような意図なのですか。商人殿」ぎらり
青年商人「説明しましょう。
これは高度に政治的判断に基づく先行投資とでも呼べる行動で、
将来のあり得る行動オプションの幅を確保するための
自衛的な防御策です」
火竜公女「妾の家に贈り物をするのが?」
青年商人「あー。そうですね、結果的にそうなります」
火竜公女「妾との婚姻をお望みでしょうか?」
中年商人「ド直球だな」
辣腕会計「姫ですから」
青年商人「いや、決してそう言うわけではありません」
火竜公女「では結婚するつもりは全くないと」
青年商人「そのように取られても困ります。
未来は、全周囲的に広がっているわけですからね。
特定の契約において将来的な契約の幅を狭めるのは
感心できない取引手法です」
火竜公女「どうあってもしらを切るつもりでありまするか」
青年商人「それは心外です。わたしは誠実な取引相手です」
火竜公女「曖昧な態度は商人殿の器量の底を策見せまする」
青年商人「機に臨んで応変なんです」
534 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 00:29:52.65 ID:fsI5836P
火竜公女「……」
辣腕会計「……」
火竜公女「判りました」
青年商人「判って頂けましたか、感謝いたします」
火竜公女「この二人と父上では、証人が足りないと仰せなのですね」
青年商人「そのようなことは云っていませんっ。
だいたいのところ、開門都市を助ける算段の中で、
商人ゆえ兵力がないという話だったではありませんか。
兵力はないが兵力になりそうな物資の話に及んだから
その存在をお教えしただけで、
どうして話がそこまでこじれるのですか」
火竜公女「こじれるもなにも、商人殿が逃げ回っているのです」
青年商人「逃げていません」
火竜公女「では、開門都市を救ってください」
青年商人「わたしはただの商人ですっ」
火竜公女「違います。勇者、もしくは魔王です」
辣腕会計「は?」
火竜公女「妾は黒騎士殿と約しました。幸せになると。
はっきり言います。黒騎士殿を振りました。
振られたのかも知れませぬ。
あれは魔王殿のものですから」
青年商人「知っています。いまさらですが
……気が付きましたからね」
火竜公女「ですから、妾は幸せになる必要がありまする。
黒騎士殿が悔し涙を流すほどに。
ですから、妾と添い遂げる殿御は勇者もしくは魔王に
準じるほどのお方でないと約束を違えます」
中年商人「むちゃくちゃな話だ」
辣腕会計「剛速球も良いところですね。
言いがかりじゃないですか」
火竜大公「はーっはっはっはっ。
わしもどうせ嫁にくれてやるなら相手は
その程度の大器であって欲しいものと思うておった」
538 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 00:32:28.58 ID:fsI5836P
青年商人「二人で何を無茶なことを言っているんですか!?」
火竜公女「商人殿が魔王になってくださるのならば、
この件での追求は取りやめましょう」
中年商人「おいおい」
辣腕会計「委員がこんなに追い詰められているのは始めてみましたよ」
火竜公女「いかがかや?」
青年商人「いったいなんですか。論理が捻れているではないですか。
なぜわたしが魔王にならなければならないのですか!?」
火竜公女「魔王であれば、妾も幸せになれますし
あの都市を救ってくれるはずであるまする」
青年商人「それは間尺に合いませんよ。
魔王になれば、仮に、ですよ。
仮に魔王になればあの都市を救えるかも知れない。
でも、実際救うかどうかは別でしょう?
取引をするのであれば“魔王になる”か
“あの都市を救う努力をしてみる”かのどっちかですよ!
それが等価交換というものです。
1つの弱みで無限に譲歩を引き出すとはどんな悪辣なやり口ですか。
商人としての仁義にもとりますよっ」
火竜公女「では、商人殿はどちらなら引き受けるのです?」
青年商人「どちらかと云えば……」
中年商人「二重拘束だ」
辣腕会計「は?」
中年商人「無茶な選択肢を2つ突きつけて選ばされてる。
選んでいるようで、追い詰められてるだけだ」
辣腕会計「ずいぶん交渉術を覚えましたね」
青年商人「選びませんからね。そもそも魔王は一人でしょう?
こんな茶番には意味なんて無い。
名乗ったからって実力がつくわけもない」
火竜公女「いえ、選んでくれまする」
青年商人「……」
火竜公女「妾は確信しておりまする」じぃ
541 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 00:39:33.26 ID:fsI5836P
青年商人「はぁぁぁ……。失着手でした」
火竜公女「お選びください」
青年商人「判りました。魔王の方で。しかし良いですね、
こんなのはお遊びに過ぎませんからね。
わたしが魔王を名乗ったところで、現実には何一つ変わらない。
なんの実力がついたわけでもないし、それと開門都市を救う
とか云うのは全くの別問題なんですからね?」
火竜大公「くくくっ。はーっはっはっはっは!
未だかつてこのような場所で、これほど安易に
魔王を名乗った男などいなかったであろうになっ。
はっはっはっはっは!!」
火竜公女「承知しておりまする。では妾が勇者ですね」
青年商人「は?」
火竜公女「残り物ですが、それも縁起がよいと申しまする」
中年商人「何を言ってるんだ、姫は」
辣腕会計「わたしに判るわけが無いじゃないですか」
火竜公女「確認いたしまするが、魔王になられたからには
あの都市を救う力があるのですよね?」
青年商人「それは判りませんが、もしその必要があれば
微力を尽くしましょう。
おそらくは、あの都市はわたしが考えていたよりも、
大きな意味合いを持っているのでしょうから。
しかし、わたしはあの都市のために何かをすると
決めたわけではありません。
貴女の詭弁に乗って見ただけに過ぎませんからね」
火竜公女「ええ、商人殿。この件では永久に感謝しましょう。
さて、父上。しなければならぬお願いがありまする」
火竜大公「申すが良い」
火竜公女「忽鄰塔開催を。その権利は魔王のものなれど
父上は魔王の権威を議長として預かったはず。
で、あれば魔王殿に変わり忽鄰塔を招集することも可能でしょう」
火竜大公「忽鄰塔を?」
火竜公女「そうです。魔界の全部族をあの地に。
忽鄰塔であれば、魔王殿の力を存分に発揮できるはず。
ましてや二人もいるのであれば。
――妾とて望みを叶えるためにならばどのような
あがきもして見せまする」
612 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 20:03:11.25 ID:fsI5836P
――11年前、冬、深い森の広場、木の根もと
勇者「おい、じじー」
老賢者「……」
勇者「林檎持ってきたぞ」
老賢者「……うむ」
勇者「……」
老賢者「……」
勇者「何を見てるんだ」
老賢者「……星を」
勇者「星?」
老賢者「あれは、なんだろうな」
勇者「星だろう?」
老賢者「星とは、なんだろう」
勇者「……うーん」
老賢者「不思議だ」
勇者「そうかなぁ?」
老賢者「……歳を降るごとに不思議が増える」
勇者「うーん」
老賢者「……」
勇者「……」
613 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 20:04:09.72 ID:fsI5836P
勇者「じじーは、最近静かだ」
老賢者「……うむ」
勇者「林檎、食べないのか?」
老賢者「うむ」
勇者「食べちゃうぞ?」
老賢者「食べるが良い」
勇者「……。むしゃ」
老賢者「……」
勇者「……むしゃ」
老賢者「……」
勇者「なぁ、じじい」
老賢者「……」
勇者「食べようぜ? 林檎」
老賢者「――勇者」
勇者「ん?」
老賢者「わしには、もういらないのじゃ」
勇者「……」
老賢者「……」
勇者「……やだな」
老賢者「どうした?」
勇者「そんなのは、いやだな。
……なんか変じゃん。間違ってるよ」
老賢者「自然なことだ」
勇者「そんなことないっ」
老賢者「時が来たのだよ」
勇者「嘘だっ」
616 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 20:05:32.55 ID:fsI5836P
老賢者「勇者」
勇者「っ」
老賢者「こうして耳を澄ましておると、
世界の至る所にある小さな呟きやさざめきがきこえる。
清澄さを増した闇の中を、遠い遠い音信のように伝わる。
この世界は豊かだ。
小さな者どもの、睦言がさざ波のように波紋を広げている」
勇者「判らないよ」
老賢者「……わるくない。そう言ったのだ」
勇者「余計わからないよ……」
老賢者「勇者」
勇者「……」ぎゅっ
老賢者「期待をするのは、馬鹿のやる事よ」
勇者「うん」
老賢者「しかし、期待することを諦めるのは唾棄すべき所行だ」
勇者「――」
老賢者「期待せよ」
勇者「なんで、いまさら。そんなっ」
老賢者「そなたには、その力がついたのだから」
勇者「勇者の力なんて欲しがった事、一度もないっ」
老賢者「それは勇者の力とは別だよ」
勇者「判らないって云ってるじゃんっ!」
老賢者「……上手くは、教えて、やれぬなぁ」にこり
勇者「――っ」
618 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 20:08:00.68 ID:fsI5836P
老賢者「期待せよ。
……いつか始まるお前の物語に。
そしていつか出会うお前の友に。
お前は馬鹿だが、けして臆病ではない。
だから、いつかは“あたりくじ”を引くことも出来ようさ。
暇があるのならば、守ってやってくれ。
人々を。――彼らは、馬鹿ではなく、無知で臆病なのだ」
勇者「なんでそんな事言うんだよっ」
老賢者「他に何をお前に云ってやれる?」
勇者「そう言うのは良いから、林檎食おうよ。魚だってさっ。
肉だって自分で取れるようになった!
街への買い物だって今なら一時も掛けずに行って帰ってこれる。
おれ、じじーに恩を返せるようになったんだよっ。
見てくれよっ」
老賢者「見えておるよ……」
勇者「そうじゃなくてっ」
ぽろぽろ
老賢者「ちゃんと、見ておるよ……」
勇者「そういうんじゃ、なくてさぁ……」
ぽろぽろ、ぽろぽろ
老賢者「……なぁ、勇者。若者よ」
勇者「……うん」
老賢者「わしは、わしで良かったな。
悔恨と失意に満ちた人生だったが、
最後になってやっと帳尻があった。
お前がいて、楽しかったよ。
……わしはどうやら、時を得たようだ」
勇者「いやだってば、そんなのいらないってばっ!!」ぎゅうっ
老賢者「はははは。……甘えてばかりでは、ダメだ。
ねだっても、与えられはしない。
勇者、最後の教えだ。
期待は、するな。
しかし、与えて、勝ち取れ。
おまえの友を。お前の大事な人々を。
与えられた時間を有意義に使うが良い。
――やがて行く闇の中には
思い出の他には何も持って行くことは出来ないのだから」
626 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 20:38:18.39 ID:fsI5836P
――魔界、聖鍵遠征軍後方戦線
「急げ! 王弟元帥閣下の指示だっ」「切り出し運びました」
「ノコギリのヤスリはどこだっ!」「大天幕を持ってこーい!」
バサリッ!
参謀軍師「どの位置だ?」
斥候兵「このライン、距離にして、すでに4里に迫っております」
聖王国将官「4里……」
参謀軍師「馬ならば2時間もかかりませんね」
王弟元帥「ふふふっ」
参謀軍師「元帥閣下。迫ってくるのが、南部連合軍と聞いても
あまり驚かれていないようですね」
王弟元帥「その程度の事は起きるさ。
これだけの戦だ。
それにあの娘が“次は戦争だ”と云ったのだ。
――ならば援軍ぐらいは現われるだろう」
参謀軍師「……」
聖王国将官「準備は現在の方向で宜しいでしょうか?」
王弟元帥「よい。まずは馬防策だ。
南部連合となれば、予想される主兵力は歩兵だが、
騎馬兵力も過小評価すべきではないだろう。
問題なのは、率いているのが誰か、と云うことだな」
参謀軍師「冬寂王が軍中にあれば、南部連合は完全に本気。
この一戦に連合の命運をかけているといえるでしょう。
総司令に鉄腕王、もしくは南部連合のしかるべき王を
据えているのであれば、これも相当な入れ込みです。
負けるつもりはさらさらない。
どこかの将軍であるか、騎士隊長あたりが
率いているのであれば、とりあえずの出兵。
防備軍の寄せ集めであれば言い訳のための出兵、
と云うあたりでしょうか」
聖王国将官「その辺の報告はないのか?」
斥候兵「いえ、斥候ではそこまでは……。
それに、4里接近の報せを最後に、多くの斥候部隊との
連絡が途絶しております」
627 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 20:40:34.08 ID:fsI5836P
王弟元帥「いつか見た、あの女騎士将軍である可能性もあるな。
彼女は湖畔修道会を率いる英雄でもあるという……」
参謀軍師「あれが”鬼面の騎士”、”極光島の白薔薇”ですか」
聖王国将官「確かに非凡な用兵でしたね」
王弟元帥「まぁ良い。監視を……、いや、違うな。
斥候班を撤収させよ。撤収した斥候からは綿密な聞き取りをいたせ」
斥候兵「はっ! 失礼します」
ばさっ!
参謀軍師「ふむ……。今回の戦は、待ちですか?」
王弟元帥「攻守考えてはいるが、
我ら後方防備軍3万と都市攻略軍15万。
この間隙を突くのが奴らの基本戦略だろう。
奴らの数は3万にすぎぬ。
全てを相手にするとは悪夢の光景だろうさ」
参謀軍師「そうですね」
王弟元帥「で、ある以上、我らが突出をしすぎて、
本陣との距離が空けば空くほど、奴らには余裕が生じる。
実際に本陣から兵が派兵されることはなくとも、
その圧力を奴らに掛けつつ戦うためには、引きつける必要がある。
奴らに小細工や攪乱工作を用いらせないためにもな」
参謀軍師「それにしても、3万とは」
聖王国将官「ふざけた数字だ」
王弟元帥「いや、彼らは彼らの国力を精査した上で
判断したのだろう。
結成したての南部連合で、大規模な派兵は、
連合内部の不協和音に繋がりかねない。
また、本国に兵を残すことで、大陸の国家に対する圧力を
掛けることも出来る。現実的な判断であるとは思うが
果たしてその3万で、聖鍵遠征軍に何をしようと思うのか」
参謀軍師「考えが読めませんな」
王弟元帥「矛を交えれば、伝わってくるだろう」
630 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 21:12:43.96 ID:fsI5836P
――遠征軍、奇岩荒野、湖畔修道会自由軍
湖畔騎士団「以上でありますっ!」
女騎士「来たな」
副官「はい。しかも予想以上に早く」
執事「しかし、三万。ですか……」
女騎士「仕方がないさ」
獣牙双剣兵「なんの。三万の援軍があれば、
十万の兵でも打ち破れもうす」
湖畔騎士団「剛毅だな。お前達は。はははっ」
副官「俗に攻城三倍などといいます。あの開門都市には、
現在おおむね二万程度の戦闘可能な兵力が残っていますから」
執事「その人数で10万あまりを支えているのですから、
まさに五倍ですな。お見事という他ありません」
女騎士「さて、どうするか。だな」
副官「後方の南部連合軍と合流するのでは?」
執事「……」
女騎士「今わたし達のもつ7000あまりを加えれば、
確かに南部連合軍にとっては大きな力になるだろうが
それでも聖鍵遠征軍全ては十五万を越えている。
合流してさえもばかばかしい戦力差だ。
南部連合軍三万。
都市内部の魔族軍二万。
我ら七千。
全て加えても五万七千。
三倍にもおよび、しかもマスケットを装備した聖鍵遠征軍を
相手にするにはまだまだ絶望的な状況が続いている」
631 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 21:14:10.31 ID:fsI5836P
副官「……」
執事「それにですな」
女騎士「うん」 獣牙双剣兵「あの陣か」
執事「さようです。聖鍵遠征軍後方守備のあの陣地。
二重に引いた馬防柵は、細いがしなりやすい灌木の枝を
利用したもの。騎士の突撃は受け止められるでしょう。
そこにマスケットの銃撃を浴びせかける魂胆かと」
湖畔騎士団「なぜあの防御戦は波打ってるんでしょうね」
副官「それは判りませんが」
女騎士「おそらくは、密を作り出すためだ」
湖畔騎士団「密とは?」
女騎士「あの陣地に突撃をする場合、一定数以上の兵力で
突撃をすれば、陣の突出部分と後退部分のどちらにも
兵が入り込むことになる。
突出部分に性格に突撃した兵は、前方の敵に集中すればよいが
へこんだ部分に入り込んだ兵は、前方に半円状の敵陣地を
持つことになる」
獣牙双剣兵「ふむ」
女騎士「あのへこんだ陣は、マスケットを生かすための殺戮部分だ。
へこんだ部分には、マスケットの射撃線が交わるように
設定されているのだろう。
こちらが密集隊形になればそれだけで命中率は跳ね上がる。
多数方向から銃撃を浴びせかけて、火力を一点集中させる工夫だ」
湖畔騎士団「そんな……」
副官「初めて見る戦法ですね」
執事「ではやはり……」
女騎士「うむ。この間の遊軍合流は、王弟元帥。
そしてその王弟元帥本人が、対南部連合を意識して、
後方防御軍の指揮に回ったのだろうな」
632 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 21:16:20.70 ID:fsI5836P
副官「王弟元帥、ですか」
執事「聖鍵遠征軍最大の軍事的才能でしょう」
女騎士「中央諸国家をまとめ、今回の遠征軍成立を働きかけた、
その張本人でもある」
獣牙双剣兵「敵の首魁か?」
湖畔騎士団「首魁というのとは違うだろうな。
だが、最大の将軍。もっとも力ある司令官と見て良い」
副官「……なぜか、切迫感を与える陣容ですね」
執事「その感覚は覚えておかれた方が良い。
司令官自身の気迫が全軍に伝わり、
緊張感を持った前線となっているのです。
あの陣地を突破するのためには生半可な手法では間に合いますまい」
女騎士「そうだな」
獣牙双剣兵「しかし、ずいぶん防御的だぞ?」
女騎士「それはおそらく、本陣と引きはなされるのを
嫌っているのだ。20万に迫る巨大兵力で十分に
可能だとは言え、聖鍵遠征軍は現在開門都市の攻略と
後方部隊への対処という、いわば二正面作戦に近しい状態にある。
これは軍事的に云えば、
消耗の大きい、あまり褒められない状況だ。
後方守備軍が突出しすぎれば、数にもよるだろうが
我が軍に取り囲まれ壊滅の危険もある」
獣牙双剣兵「ふぅむ」
湖畔騎士団「では、まさにおびき出せば!」
執事「それに乗ってくれるような男ではありませぬ。
あれで目から鼻へと抜けるような才気。
幼い頃から周囲の風景さえ違って見えたほどで」
633 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 21:17:38.51 ID:fsI5836P
女騎士「そうなると――。情報戦か」
副官「とは?」
女騎士「現在どちらも決定打に欠ける。
こちらから突っかかってゆけばマスケットの餌食だが
向こうも本陣からは離れたくないだろう。
と、なると、互いに相手の手の内を読み合う戦闘が始まる。
こちらの手を隠し、相手の手の内を読む。
そのためには情報が必要だ。
おそらく、契機は2つ」
副官 こくり
女騎士「1つは、開門都市の防壁がどれほど
持ちこたえられるのか? この情報だ。
我らは今、都市の内側と連絡を取ることが出来ない。
しかし援軍の接近を知らせて彼らの士気を高める必要がある」
副官「その通りです」
女騎士「もう一つは、聖鍵遠征軍内部の物資の量だ。
主に食料と、火薬だな。
この2つの量次第で遠征軍の戦術は大きな制約を受けざるを得ない。
いくら王弟元帥であっても空中から補給を取り出すことは
出来ないだろうからな」
執事「確かに」
女騎士「この2つの情報を手に入れる必要がある。
と、同時に、敵の情報を遮断する必要があるな」
湖畔騎士団「斥候の対処ですね」
副官「それならば、我らが適任ですね」
女騎士「頼めるだろうか?」
636 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 21:19:21.41 ID:fsI5836P
副官「お任せを。このあたりの地理はわたし達が
一番詳しいですし、何より精強な獣牙兵がついています。
斥候や偵察部隊なら、大規模軍と云うこともないでしょう。
また、付近には妖精族の者たちも身を潜めているはずです」
執事「では、わたしは敵の陣中に忍びますか」
女騎士「出来るか?」
執事「誰に仰るっ! この老執事今まで夜這いが発覚したことなど
一度たりとてありませんぞっ。侮辱してはいけませんっ!」
女騎士「……」
副官「……」
執事「あの聖鍵遠征軍の中にどんな娘さんがいるかと思うと
にょっほっほっほ。……む、胸が苦しくてはち切れそうですぞ」
副官「……あの、この方は」
女騎士「何も云わないでくれ」
ドグワァッ!!
執事「なっ! 何をするのですか」
女騎士「妄想は良いからとっとと情報を集めてこい」
執事「恋する信者は執事さんのことを思うと
いけないマスケット兵になっちゃうのかも知れないのですぞ!?」
女騎士「愛剣・惨殺大興奮が
老人の脳の実態調査に乗り出すぞ」 じゃきーん
執事「ふっ。余裕のない人ですね」
女騎士「良いから行ってこい」
執事「余裕のない逼迫した貧しく悲しいサイズですね」
女騎士「良いから行けーっ!!」
副官「なんだかよく判りませんが、色々お疲れ様です」
644 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 21:37:22.04 ID:fsI5836P
――魔界のあちこちで
「忽鄰塔?」
「そう! 忽鄰塔!」
「人間族がまたもや開門都市に迫ってきているんだ。
魔王様が立てこもって必死に戦っているんだってさ」
「どこでやるのさ? また平原で?」
「ううん、今度はその開門都市らしいよ」
「もしかして、人間の軍と戦うための忽鄰塔なのかな」
「そうかも知れない」
「忽鄰塔か……。戦は怖いな」
「でも行かなきゃ。魔王様が読んでいる。もしかしたら
魔王様が助けを求めているのかも知れないよ?」
「ともあれ、伝令を伝えよう」
「銀鱗族へも、羽耳族へも」
「忽鄰塔……か」
「人間って、見たことある?」
「いいや、ないよ」
「人間が作った鍋を、こないだ竜族の商人が運んできたよ」
「人間かぁ。どんな奴らなんだろう?」
「こんなところまで攻めてくるんだ、戦争好きなんだろう」
「じゃぁ、獣牙みたいな感じかな?」
「蒼魔みたいな感じじゃないか?」
「そうかもな」
「ともあれ、忽鄰塔だ。長老にも知らせなきゃ!」
「そうだな、これは一大事だぞ!」
657 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 22:39:31.17 ID:fsI5836P
――開門都市、防壁の上、補修部隊
ひゅるるる……どぉぉーん!!
ひゅるるる……どぉぉーん!!
獣人軍人「はこべ! 石灰を運んでくれっ」
土木師弟「まずいな」
巨人作業員「いま、もってゆく……」
ひゅるるる……ぉーん!!
義勇軍弓兵「ま、また来たぞあいつらっ!!」
獣人軍人「〜っ!!」
巨人作業員「だ、だめだ。……おれ……こわい」
義勇軍弓兵「無駄だって云うのにっ」
光の狂信兵「精霊は求めたもうっ!」
光の狂信兵「精霊は求めたもうっ!」
光の狂信兵「我らの魂は光の加護があある! 突撃っ!」
人間作業員「くっそう! 気が狂いそうだっ」
蒼魔族作業員「馬鹿な人間どもがっ」
獣人軍人「弓兵! 射撃!!」
義勇軍弓兵「くそったれ!!」
びゅんびゅんびゅん!! びゅんびゅんびゅん!!!
「ぎゃぁぁー!!」 「精霊に光りあれっ〜!」
「精霊万歳!」 大主教猊下、ばんざーいっ!!」
どすっ! どすっ! ばた、ばたっ
659 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 22:42:43.62 ID:fsI5836P
義勇軍弓兵「あ、あいつらあんなに……あんなに……はぁ、はぁ」
人間作業員「いくら防壁がそろそろ限界だからって、
その防壁に槍や剣で突っ込んで
どうなるもんでもないじゃないかっ。あいつら、おかしいぞっ!」
蒼魔族作業員「なんの意味があるんだ、こんなのにっ」
獣人軍人「心を揺らすな! 監視と補修作業をするんだ」
義勇軍弓兵「おかしい。あいつらおかしいよ……」
ひゅるるる……どぉぉーん!!
ひゅるるる……どぉぉーん!!
人間作業員「血が……。防壁にも血がべったりだ」
蒼魔族作業員「気にしたらダメだ。よし、こっちは終わった」
獣人軍人「市内へ行って交代班の編制を聞いてきてくれ」
義勇軍弓兵「はい、了解しました……」 ふらふら
土木師弟(限界だ……。防壁の強度もそうだけれど、
精神的な疲労もピークに迫りつつある。
防備軍は混乱しているが、あれは一種の恐怖戦術なのか。
考えたくはないが……。あいつらは命をなんだと思っているんだ)
蒼魔族作業員「監督、石の配置を」
ひゅるるる……
土木師弟「おっ。おう。土嚢と混ぜるように、
壁の欠損箇所を補修していくぞ。おーい! 十人ばかり」
どぉぉーん!! どぉぉーん!!
どぉぉーん!! どぉぉーん!!
巨人作業員「〜っ!」
義勇軍弓兵「近い、下がれ! 待避だぁっ!!」
人間作業員「大将っ!」
土木師弟「なっ。総攻撃っ!? 何を考えてるんだ。
いきなり火力を集中してきたぞっ!?」
666 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 23:27:54.01 ID:fsI5836P
――聖鍵遠征軍、中核陣地、だらしない天幕の群
……ォォン!
……ドォォーン!
光の銃兵「はぁ……」
光の槍兵「腹が減ったな」
カノーネ兵「王弟元帥が食料を持ってきて
くれるんじゃなかったのか?」
光の銃兵「持ってきてくれたさ。現に振る舞ってくれた」
光の槍兵「それじゃなんで……」
カノーネ兵「食料は貴族どもがかき集めちまったって話だ」
光の銃兵「灰青王は何をやっているんだ」
光の槍兵「教会に云われて、どうにもならないらしい」
カノーネ兵「また豆のスープか……」
斥候兵「たまには、温かくて白いパンを食いたいな」
光の銃兵「もうずいぶん長い間食ってないような気がする」
光の槍兵「ああ、そうだな……」
カノーネ兵「……」
斥候兵「……」
光の銃兵「……」
……ォォン!
……ドォォーン!
光の槍兵「なあ……」
カノーネ兵「ん?」
光の槍兵「このスープ……」
カノーネ兵「うん」
光の槍兵「これって、悪魔の」
カノーネ兵「しぃっ!」
667 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 23:29:35.91 ID:fsI5836P
光の槍兵「えっ? そ、そうなのか?」
カノーネ兵「食っちまえよ」
斥候兵「馬鈴薯さ」
光の銃兵 ご、ごくり
光の槍兵「いいのか? そんな物を食べてっ」
カノーネ兵「黙ってろよ。これは略奪品の中に入ってたんだ」
光の銃兵「い、異端の」
カノーネ兵「いやなら食うなよ。俺が食うから」
光の銃兵「い、いや……」
光の槍兵「これ、美味いんだよ。俺は向こうでも
食っていたことがある」
光の銃兵「そうなのか?」
光の槍兵「ああ」
……ォォン!
……ドォォーン!
カノーネ兵「こんな物でも食べなきゃやっていられないじゃないか」
斥候兵「ああ、そうだ」
カノーネ兵「集会に参加すれば、小麦がもらえるらしいけどな」
光の槍兵「いやだいやだ。俺は一度行ったことがあるけれど、
薄っ気味悪いところだぜ。二度と行きたくはねぇよ」
カノーネ兵「でも、パン……」
斥候兵「ああ」
カノーネ兵「俺は今晩にでも参加してみるよ。
懺悔集会なんだろう?
頭を下げていれば、それで小麦がもらえるなんて楽なもんだ。
いいや、どうせ俺はここに来た時から、
食わせてもらうためだったら何でもするつもりでいたんだからな」
676 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 23:54:16.64 ID:fsI5836P
――聖鍵遠征軍、中核陣地、百合騎士団の仕官天幕
バサリッ!!
灰青王「百合のっ!」
百合騎士団隊長「あら?」にこり
灰青王「どういう事だ」
百合騎士団隊長「どうとは? 灰青王さま」
灰青王「なにゆえ、あのように無防備で
意味のない突撃をさせるっ!?」
百合騎士団隊長「意味のない?」
灰青王「あの防壁は、マスケットや騎馬突撃で破れる強度ではない。
ましてや、剣や槍でどうしようというのだっ!?
歩兵の集団突撃など愚の骨頂ではないか!」
百合騎士団隊長「いけませんわ。灰青王さま」
するんっ
灰青王「っ!」
百合騎士団隊長「あれらの献身は、精霊様に対する信仰の証し。
それを愚の骨頂であるとか、無駄などと云っては。
それは背教者の言いざまです」
灰青王「信仰など知ったことかっ!」 ダンッ!!
百合騎士団隊長「聖鍵遠征軍は信仰の軍なのです」
灰青王「だとしても、その前線指揮は
現在わたしが預かっているのだっ。
前線に無用の混乱を引き起こし、士気を瓦解させるような
戦術は司令官として見過ごすわけには行かないっ」
百合騎士団隊長「これは大主教猊下直々の御指図なのです」
677 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 23:57:37.96 ID:fsI5836P
灰青王「〜っ!」
百合騎士団隊長「そのように驚きになられなくても宜しいでしょう?
猊下は前線で苦しむ兵士の姿を拝見になられ
その苦しみの何分の一かでもその身のお引き受けになろうと
自らの両目をお抉りになったのですよ?」
灰青王 ぞくっ
百合騎士団隊長「ふふふっ。あのような血と脳漿の中で
天に召された兵士達は、必ずや光の精霊の安らかなる胸の中で、
永遠の至福を味わっているはず」
灰青王「そのような戯れ言っ」
百合騎士団隊長「ふふふっ」
ちゅく。
灰青王「っ!?」
百合騎士団隊長「そんな表情をされなくても。
初めてではないくせに。もうお忘れに?」
灰青王「俺は何かをごまかすために、自分の意を通すために
心も寄せてない女を抱いたことは、一度もない。
これまでも、これからもだっ」
百合騎士団隊長「わたしにはあるのです」とろり
灰青王「……っ」
百合騎士団隊長「もはや私たちは、1つの船に乗っているのです。
この聖鍵遠征軍という船に。あの都市を落とせなければ、
あなたもわたしも漆黒の炎で焼かれるさだめ。
ふふふふっ。
あの都市を炎の中に沈め、わたし達の未来を照らす
かがり火にしようではありませんか。
精霊は祝福されているのですから。うふふっ。
くすくすくすくすくすくすっ」
697 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 00:18:49.24 ID:quxpU4cP
――魔界、聖鍵遠征軍後方戦線、南部連合軍
女騎士「来てくれたのか!」
軍人子弟「当たり前でござるよ!」
鉄国少尉「お久しぶりですね! 騎士将軍」
女騎士「少尉も立派になられたな」
鉄国少尉「ははははっ。そんな事はないです。まだまだですよ」
軍人子弟「騎士師匠の軍は?」
女騎士「先行偵察で散っている」
軍人子弟「このあたりはどうでござる?」
女騎士「このなだらかなうねりを持った荒野が四方に続いている。
魔界では比較的豊かな土地だが、戦火で荒れ果てているし、
潅漑がされていないからな」
軍人子弟「……見晴らしが良いでござるな」
鉄国少尉「ええ」
女騎士「至近距離での奇襲など成功できる土地じゃないな」
軍人子弟「そうでござるね」
伝令「軍人子弟殿、後方部隊のとりまとめが済んだよし、
伝令であります!」
軍人子弟「よっし、護衛部隊とともに出発!」
鉄国少尉「我らは先行しても平気ですかね?」
女騎士「ああ、この辺に敵の小部隊は出ていない」
軍人子弟「では、王も呼んでくるでござるよ」
698 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 00:22:49.99 ID:quxpU4cP
――魔界、聖鍵遠征軍後方戦線、南部連合軍、丘の上
ビョオオオー!
女騎士「あれが、おそらく王弟元帥の引いた防衛線です」
冬寂王「むぅ」
鉄腕王「ふんっ。何とも小憎らしい」
軍人子弟「見事な防御戦でござるね。馬防柵に所々の土嚢、
簡単とは言え、物見櫓。消火用の砂山……」
鉄国少尉「その進撃速度から、電撃作戦を好む好戦的な
司令官だと思っていたのですが、そう言った雰囲気は
感じられませんね」
冬寂王「そこがかえって恐ろしいな」
鉄腕王「あの軍にもマスケットが配備されているのか?」
女騎士「確実に」 こくり
冬寂王「やり合うとなれば、相当の被害は避けられぬな」
鉄腕王「そうなるか」
軍人子弟「今回は先方に主導権を取られているでござる。
我らには戦場決定の自由がない。そして陣地を築くのは
向こうの方が早く、こちらに有利な条件は少ない」
鉄国少尉「……」
女騎士「そして、おそらくあの司令官はこちらを
甘く見ることも油断することもないだろう」
将官「では、こちらの勝機は薄いのですか?」
女騎士「薄いな」
700 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 00:25:04.12 ID:quxpU4cP
冬寂王「ふむ……」
鉄腕王「どうするのだ?」
冬寂王「どうする、とは?」
鉄腕王「今回わしをあえて戦闘の全権将軍にしたのは
何か思惑があるのだろう?
責任を逃れるためにそのようなことにするような王でもあるまい」
女騎士「……」
冬寂王「思うところはないではないが、まずは、魔族だ」
鉄国少尉「まずは、とは?」
冬寂王「そもそも今回の戦は、
魔界へと聖鍵遠征軍が攻め入って始めたもの。
攻め入ったのは人間、中央諸国家。
そして攻められたのは魔族の土地だ。
妖精族の領事館を通して支援要請があったとはいえ、
正式な宣戦布告をしたわけでもない。
どちらに味方をするかと問われれば、それは魔族だ。
これは南部連合会議の結果であり、変えることは出来ない。
しかし“どのように”助けるかと問われれば、
それは魔族側からの要求を第一に考えるべきだろう」
軍人子弟「……魔族、でござるか」
女騎士「魔王……」
冬寂王「その魔王だよ。
わたしは魔王がどのような人物なのかそれに興味がある。
これだけの魔界をまとめ上げ、
そしてあの人間界側から戦争を持ち込んだ
第二次までの聖鍵遠征戦争を経験しながらも、
対等な平和条約を結ぼうと努力できるその精神に興味があるのだ」
鉄腕王「では、このまま待つと?」
702 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 00:27:14.95 ID:quxpU4cP
冬寂王「そのつもりだ」
軍人子弟「そうなのでござるかっ!? 魔界まで来ながらっ!?」
鉄国少尉「まさかっ!?」
冬寂王「最大限犠牲を少なくなる手法を議会で確約しただろう。
我らは軍装を持ってこの魔界へと入ったが、聖鍵遠征軍ではない。
最初から相手を殲滅する意図を持って行動するのは
我ら南部連合の流儀ではないはずだ。
わたしは魔王の話を聞きたい。
その意志が、もはや聖鍵遠征軍はこの地上に存在すべきではない。
そういうのならば、人間としてその決定には一言言う必要がある。
また、もし聖鍵遠征軍が魔王の声を無視してただいたずらに
領土と血の供物を求めるのであれば、その行いを正す必要もある」
軍人子弟「しかし、そのための実力が我が軍にあるかと申しますれば」
冬寂王「だから、将軍を任せたのさ。将軍をしていては、
綺麗事を吐く時に口が鈍る」
鉄腕王「なっ。冬寂王っ」
軍人子弟「勝つ算段は現場でやれと!?」
冬寂王「どちらにしろ、今は時間が必要だろう?
それは現場も上も同じ事のようだ。ほら、見てみろ」
鉄腕王「あれは……」
軍人子弟「望遠鏡を貸すでござる」
鉄国少尉「はっ」
軍人子弟「カノーネ、でござるね。
こちらに向けて、あんな風に姿をさらして」
冬寂王「寄らば撃つ。あれは示威だ」
女騎士「どうやら向こうもとりあえずは硬直を望んでいるようだな。
もし早めにけりをつけたいのであれば、あそこに構えたカノーネは
隠しておき、我らの突撃にあわせて不意に発射すべきだった」
冬寂王「魔王殿の意志が判るまでは、戦闘による被害をなるべく
押さえながらこの位置で圧力をかけ続けると云うことになるな」
708 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 00:51:44.06 ID:quxpU4cP
――5年前、梢の国、魔物の現れ始めた洞窟
パチパチ、メラメラ。
女騎士「なぁ、勇者」
勇者「なんだ?」
女騎士「勇者ってさ。どんな子供時代だったんだ?」
執事「そうですなぁ。そう言えば、聞いたことはありませんでしたな」
女魔法使い「……すぅ」
勇者「どうって……普通だったと思うぞ」
女騎士「そうなのか?
なんかすごい英才教育を受けたりはしなかったのか?
毎日すごく苦い強壮剤をバケツ一杯飲まされたから強くなったとか」
勇者「どんな虐待家庭だよ」
執事「たしか、聖王国で暮らされていたんですよね?」
勇者「聖王国って云っても、国境の深い森の中に、オンボロ家だよ」
女騎士「ふぅん。森暮らしだったのか?」
勇者「うん。まーね」
執事「剣技や魔法は、どのように身につけたのですか?」
女騎士「興味があるな。勇者の剣は一件めちゃくちゃだが
よく見ると、めちゃくちゃだ。……ちがった。
よくよく見ると、有るか無きかの品というか、
本格的な型があるように見える」
執事「剣はまだしも、魔術はある種の学問ですから、
我流で身につけるわけにも行かないでしょう?」
710 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/10/13(火) 00:53:10.33 ID:quxpU4cP
勇者「……んー」
執事「?」
女魔法使い「……すぅ。……すぅ」
パチパチ、メラメラ。
女騎士「どうしたんだ?」
勇者「内緒なのだ。勇者72の秘密の1つだ。ぽんぽこぴー」
執事「そうなのですか」
女騎士「うーん。残念。……勇者は自分のことは話さないからな」
勇者「別に過去が無くたって、戦えるじゃん?
どこで覚えた技だって、役に立てば問題ないってなもんだ」
女騎士「それはそうだけど」
執事「そう言うことにしておきますか」
勇者「ふわぁーぁ。もう、眠いよ。明日もあるし、寝ようぜ。
魔法使いなんてメシ食ったら30秒で寝てるじゃないか」
執事「はははは。彼女は眠るのが趣味ですからね」
女魔法使い「そして、爺さんはおさわりが趣味、と」
執事「それはもう良いではありませんかっ」
勇者「じゃ、俺も寝るよ。あそこの端っこの木陰、もらうな。
んじゃな! 見張りの交代になったら起こして良いからなー」
713 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 00:54:55.77 ID:quxpU4cP
パチパチ、メラメラ。
女騎士「また、失敗してしまったかな」
執事「そんな事はないでしょう」
女騎士「勇者、聞かれたくなかったんじゃないかな。
でも、勇者は時々辛そうで、あんまりにも頑張り屋で。
みていられないんだ……」
執事「そうかも知れませんねぇ」
女騎士「……」
執事「でも、それでも良いのではないでしょうか。
世の中には、本人は尋ねられたくないことでも
尋ねた方が良いこともあると思うのです」
女騎士「どういうこと?」
女魔法使い「……古い」
女騎士「起きてたのか? 魔法使い」
女魔法使い「……古い思い出は、時に取り出して
空気に当てて、埃を払う必要がある。たとえ、痛くても。
自分がどこに立っているか、思い出すために」
女騎士「?」
執事「判らないでも宜しいでしょう。女騎士も、勇者も
それに女魔法使いも、まだとてもお若いのですから」
女魔法使い「……としより」びしっ
執事「にょっほっほっほ。わたしは年寄りなんですけどね〜」
714 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 00:56:36.04 ID:quxpU4cP
パチパチ、メラメラ。
女騎士「わたしは、自信がないんだ。
わたしは湖畔修道会で騎士になり、
剣技も祈祷も人よりもずっと早く身につけてきた。
みんなはわたしにとても良くしてくれた。
天才だともてはやされもしたよ。
勇者の再来、いや、真実の勇者だとも云われた。
自分でも思っていた。
わたしは出来るじゃないかと。
相当にすごい力なんじゃないかって」
執事「……」
女騎士「でも、勇者に出会ってそんな考えは吹き飛んだ。
わたしがどんなに早く動いても、どんなに強く剣を振っても
勇者はその先にいっているんだ。
わたしが高速詠唱をする間に、勇者は無詠唱攻撃呪文を
2つは放っている……。
勇者の戦闘センスの鋭さはわたしのそれよりも高すぎて、
時には勇者がどんな連携を望んでいるか判らなくなる。
勇者の見ている世界が判らないんだ。
わたしは勇者に追いつきたくて必死だけど、
勇者はいつでも寂しそうで、わたしに優しくて
わたしは自分の無力さに押しつぶされそうになる」
執事「そうですね……」
女魔法使い「……かんけーない」
女騎士「え?」
女魔法使い「……それでも、一緒にいればいい。それだけ。簡単」
女騎士「……」
女魔法使い「……最後まで一緒にいれば、勝ち。
今は判らなくても、いずれ判れば、勝ち」
女騎士「そう、かな」
女魔法使い「……勝つ気がないなら酒場に帰ればいい」
女騎士「そんなことはない」むっ
715 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 00:57:42.47 ID:quxpU4cP
女騎士「最後までたっているのは得意だ。
重装甲に身を包んだ教会の騎士は全兵科のうち
もっとも装甲の厚い、鉄壁の防御力を誇るのだからな」
執事「ぜっぺ」
ひゅばっ!!
女騎士「なにか?」
執事「いえ……。おほん、おほん」
女騎士「こう言っては悪いが、ただ立っているだけで、
あっちへふらふら、こっちへふらふらしているような
寝不足魔道士はわたしのような克己心や自制心は
望むべくも無いだろう」えへんっ
女魔法使い「……胸も、態度ほど大きくなればいいのに」
女騎士 かちん
執事「ま、ま! ここはひとつっ」
女騎士「ふっ。そうだな。光の神のしもべは
くだらないことは気に掛けないのだ」
女魔法使い「……ゆずらない」
女騎士「ふんっ。それはこっちの台詞だ」
執事「これに気が付かないのですから信じられません。
それこそが勇者の資質なのかと疑うくらいですよ」ぼそぼそ
女魔法使い「……寝る」もそもそ
女騎士「何をしているんだ!? 勇者の次の見張りはわたしだ。
そこはわたしの場所だぞ」
女魔法使い「……けち」
執事「先が思いやられますなぁ」
732 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 01:24:49.30 ID:quxpU4cP
――開門都市、庁舎、執務室
鬼呼の姫巫女「――殿、――殿っ!!」
鬼呼執政「……どのっ」
鬼呼の姫巫女「魔王殿っ!!」
魔王「っ。すまない。続けてくれ」
鬼呼の姫巫女「……限界と見えるぞ。魔王殿。
睡眠し、食事を取らなければ」
鬼呼執政「お顔の色が真っ青ですよ」
魔王「元から戸外生活は苦手の屋内派なのだ」
鬼呼の姫巫女「そんな冗談を言っている場合ではない」
鬼呼執政「ええ。このまま魔王殿がお倒れになられては、
それだけでこの開門都市は陥落してしまいます」
……ォォン!
魔王「……眠れなくてな」
鬼呼の姫巫女「あの大砲か。確かに恐ろしげな音だな」
庁舎職員「無理もありません」
魔王「……会いたい人に会えない。それだけだ」
鬼呼の姫巫女「――」
魔王「いや、忘れてくれ」
鬼呼の姫巫女「それは……」
こんこんっ
魔王「誰だろう?」
庁舎職員「見て参ります」
733 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 01:26:48.84 ID:quxpU4cP
かちゃり
火竜公女「魔王どのっ。ただいま帰参いたしました」
魔王「公女。わたしは、あなたには落ちて頂こうと」
鬼呼の姫巫女「ふふふっ。こうなると思っていた。
公女、良く帰ってきてくれたな!」
青年商人「ご無沙汰していますね」
魔王「商人殿ではないかっ」 がたりっ
鬼呼の姫巫女「この方は?」
魔王「ああ、この方は」
火竜公女「人間界有数の商人の組織『同盟』の幹部の一人にして
人界の魔王とよばれるかた。商人殿でありまする」
魔王「え?」
青年商人「魔王とか勘弁してください」
火竜公女「妾の良人と紹介すればお気が済むのかや?」
青年商人「……この件が終わったら苛烈な報復を決意していますからね」
火竜公女「どのような仕置きでも受けましょう」
魔王「どういう事なのだ?」
火竜公女「魔王殿に頼まれていた、援軍でございまする」
青年商人「それにしても、しょぼくれていますね。
学士殿。
あの日のわたしに詰め寄ってきたあなたからは
想像もつかないほどだ。
手元にあれば、水でも掛けるところです」
736 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 01:31:16.08 ID:quxpU4cP
魔王「商人殿。それはないであろう。
いまや、開門都市の危急の際なのだ。
そもそも身なりに構ったことなど無いのだ、わたしは」
青年商人「そういう話ではありませんよ。
あまりにも狼狽しすぎていて、みっともないと云ったんです」
鬼呼執政「み、みっとも!?」
魔王「っ!」
青年商人「怒りましたか? 早く回転数を上げてください」
火竜公女「何を、商人殿……?」
青年商人「あなたが魔王をさぼっているから、
わたしのところにまで案件が持ち込まれているんですよ。
いい加減に本気を出して仕事をしてください」
魔王「している。しているではないかっ」
青年商人「出来ていません」
火竜公女「っ!?」
青年商人「そもそも魔王の仕事はなんですか?
都市防備の指揮ですか? 前線司令ですか?
ただでさえあなたはそういう資質がないというのに。
人がいないというのならばともかく、
いながら使っていないだけではないですか」
魔王「……っ」
青年商人「あなたの持ち味は、無限にも思えるほど
遠くを見渡す視界の広さと、味方も敵もないほどに
透徹したバランス感覚。その冷たい論理とはうらはらに
呆れるくらいにお人好しで理想家で、本当は全員を助けたいと
死にものぐるいで願っている決死さだったのじゃありませんか?
あなたは二番目に強力な絆は損得勘定だと云った。
それは一番が神聖だったからではないのですか?
正直、少しがっかりしました。
もっと回転をあげて思考速度を早めてください。
大事な臣下を失って、その痛みにすくんでいるのは判ります。
だからといって、あなたの歩いている道から
犠牲者がいなくなるなんて事はない。
その数を数えているくらいなら、
一人でも減らすために仕事を始める頃合いじゃないんですか?
あなたのやるべき事は、目先の軍を防ぐことではない」
738 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 01:34:18.87 ID:quxpU4cP
魔王「……」
青年商人「違いますか?」
魔王「済まなかった。その通りだ」
火竜公女「魔王どの……」
鬼呼執政「魔王さまっ!?」
青年商人「宜しい」
魔王「二分時間をくれ」
青年商人「……」 火竜公女「……」
鬼呼の姫巫女「……」
魔王「――優れた問いか。
忘れていた。最初の問いは常に
“いま問えばよいのは何か?”だ」
青年商人「そうです」
魔王「その答えにして次の問いは“わたしはこの戦役の
着地点をどのような位置にしたいのか?”だな」
青年商人「はい」
魔王「だとすれば、答えは決まっている。
……人間にも魔族にもこれ以上の被害を出させないように、
双方に矛を収めさせる。そして平和条約だ。
もしこの都市が落ちれば魔族は人間を恨む。
人間は魔界をただの新しい植民地と見なすだろう。
それは千年にわたる争いの幕開けだ。
この開門都市こそはその瀬戸際。
血に染まった歴史を見ぬためにこの都市を守らなければならない」
青年商人「しかし守るだけでは意味がない」
魔王「そうだ。守りきりさえすればば、
聖鍵遠征軍が軍を引くというのは希望的観測に過ぎない。
なんとしてでも、あの軍に我らが希望を理解させ、
交渉のテーブルにつかせる必要がある」
739 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 01:36:06.72 ID:quxpU4cP
青年商人「承りました」
火竜公女 こくり
魔王「は?」
青年商人「このことを話すのは非常に気が重く、
わたしとしても痛恨の出来事であり、汗顔悔悟の至りなのですが
とある権謀術柵に巻き込まれた結果、
現在わたしは魔王を名乗るに至っているのです」
火竜公女「身から出た錆でありまする」
魔王「それは……」
青年商人「ええ、理解しなくても構いません。
むしろあまり深い理解はわたしを傷つけると察してください。
ともあれ、そのような事態で、
わたしにもこの都市を救う義務があります。
ですから、もちろん救う、などというお約束は出来ませんが
それでも、この場は――お任せあれ」
魔王「……」
青年商人「この執務室は私と公女が借り受けます。
ふむ……」
ぺらっ、ぺらっ
魔王「それらの報告は……」
青年商人「このような報告、庁舎の職員と砦将に
任せればいいのです。魔王どのには、魔王どのの仕事があるはず」
火竜公女「妾も覚悟を決めました。
この都市を救うために全てを賭けて戦う覚悟を」
740 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 01:38:18.91 ID:quxpU4cP
魔王「しかし、わたしがここでっ」
青年商人「足手まといだと云っているのです」
火竜公女 にこり
魔王「あしで、まとい?」
青年商人「はい。勇者のいない魔王は、足手まといです」
火竜公女「ゆえに妾達が、ここは支えまする」
魔王「――」
青年商人「探しに行ってください。見ていられません」
魔王「しかし。わたしたちは……。
わたしと勇者は、いずれあの祭壇の前で……。
それが、契約で……。
だからわたしと勇者は、もう。
もう……」
バタンっ!!
伝令兵「魔王様っ!!!」
火竜公女「何事ですかっ! 云いなさいっ!」
伝令兵「ただいま、防壁、南部大門が突破されましたっ!!」
魔王「なぜだっ!? 南側の壁は確かに亀裂が入っていたが、
それだとしても、一挙に大門まで粉砕されたというのか?
いったい何があったというのだ!?」
伝令兵「聖鍵遠征軍は、想像も出来ない行為をっ。
あ、あいつらは、その……。人間を……。人間が……」
青年商人「落ち着いてください」
伝令兵「人間が、爆発したんですっ。
何十人かのいつもの狂信者が槍で突撃をしてきたかと思ったら
その身体ごと、巨大な爆発がっ。
砦将はすぐさま防御軍を結集され南通り一帯は
市街戦になっています! なにとぞご避難を、魔王様っ!」
806 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 18:54:05.04 ID:quxpU4cP
――開門都市、南大通り、六番街
東の砦将「隊伍を組めっ! 長槍兵! 戦列を崩すなっ」
竜族軍曹「左右の商店を崩せっ!」
人間衛兵「しかしっ」
東の砦将「いまは防ぎきるのだ! そうでなくても略奪にあう。
くずせ! バリケードを作れ!!」
竜族軍曹「そうだっ! 弓兵配置は終わったかっ!?」
耳長弓兵娘「配置完了しましたっ!」
東の砦将「矢の尽きるまで撃ち込めっ! 地の利はこちらにある。
街路を封鎖して、敵をここで足止めするんだっ!
全ての通用門封鎖っ! 防備部隊を配置っ!」
ゴウゥゥン!! ゴォォン!
光の銃兵「左右へ散開しながら前進っ!!」
光の突撃兵「精霊は求めたもうっ!」
ゴウゥゥン!! ゴォォン!
東の砦将(展開がにぶい……?)
竜族軍曹「どうやら遠征軍も攻めあぐねている様子」
東の砦将「指揮がなっちゃいないな。どういうことだ」
竜族軍曹「マスケットの砲声も少ないですな」
東の砦将「……。押し戻せ! 何はともあれ、
連中はまだ統制が取れていないようだっ!
いまならまだ押し返せる。――短弓で左右の家の上から
応戦しろ! 小刻みに動けっ」
807 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 18:56:08.50 ID:quxpU4cP
竜族軍曹「足を止めるな!! 槍兵中隊、前進っ!」
ザッザッザッ!
人間槍兵「我らに自由をっ!」
蒼魔槍兵「我が地に平安をっ!」
キィン! ガキィン!!
隻腕の獣人男「うぉぉ!!! どけどけぇぇ!!
命が惜しければ逃げるがいいや。ここは一歩も通さねぇ!
のど笛噛みちぎってでもお前達を進めさせはしないぞ」
中年の義勇兵「押せ! 押せ!」
ゴウゥゥン!! ゴォォン!
ゴウゥゥン!! ゴォォン!
東の砦将「八番切り込み隊! 紫神殿通りを迂回して、
南大通りの左翼から敵に突っ込め!! 射手は援護を!
獣牙族の動ける範囲を増やせ、屋根の上の自由を奪われるな」
竜族軍曹「動け! 足を止めるな!!
敵は多いのだ、こちらが遊兵をつくると押し込まれるぞっ」
東の砦将「おい、副官。門の外の状――ちっ!」
人間衛兵「は? 砦将」
東の砦将「なんでもねぇ。不便を実感していただけだ。
防壁はどうなっている?」
竜族軍曹「南門近くの防御用司令部に遠征軍が
群がっているようだ。あそこには義勇兵しか居ない、まずいぞっ」
東の砦将「俺が行くっ。鬼呼抜刀隊、ついてこいっ!!」
811 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 19:24:28.31 ID:quxpU4cP
――魔界、白詰草の草原、開門都市、西方2里
タカタ、タカタ、タカタ、タカタ
メイド姉「お気を悪くされてはいませんか?」
勇者「なにが?」
メイド姉「いえ、その。わたしが勇者を名乗るだなんて」
勇者「ああ。びっくりしたけどさ。面白かった」
メイド姉「はい。あの……」
勇者「……」
メイド姉「勇者様が、1つじゃなくても良いんだって」
勇者「え?」
メイド姉「昔、仰ったじゃありませんか。
教会は1つじゃなくても良い。って。
そして湖畔修道会が冬の国では正式な教会として認められて」
勇者「うん」
メイド姉「だから、思ったんです。
勇者も、一人でなくても良いんじゃないかって。
……すみません。なんだか、何を云えばいいかよく判らなくて」
勇者「勇者の力が欲しかったの?」
メイド姉「いいえ。……むしろ勇者の苦しみを」
勇者「?」
メイド姉「わたしにも背負える荷物があるのではないかと。
わたしが流せる血があるのではないかと、そう思いました。
わたし達は、自らの負債を勇者様や当主様に
押しつけているのではないかって。
目には見えないから、実感できないから
罪の意識もなく罪を重ねているのではないかと」
勇者「……」
812 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 19:26:41.78 ID:quxpU4cP
タカタ、タカタ、タカタ、タカタ
メイド姉「当主様も勇者様も優しいから。
もしかしたら、払いすぎてはしまわないかと。
それが心配です。
あの冬の夜、凍り付くような納屋の中で
別に特別なことでもなんでもないかのように
わたし達姉妹を救ってくれたように。
特別なことでもなんでもないことのように、
世界を救ってしまうかも知れないのが心配です。
そんなお二人だから、
それがあんまりにも当たり前のことのように感じてしまって。
どんなに大事に思っているか、どんなに感謝しているかを
伝えることも忘れて、当たり前になってしまうのが心配です。
当主様も勇者様も、血を流すことに馴れすぎているから」
勇者「そんなことは、ないよ」
メイド姉「それを確認したいんです。勇者になって。
勇者でいると云うことが、どれだけの痛苦を要求されるか。
どれだけの恐怖を強いられるか」
勇者「……」
メイド姉「膝がガクガクしますよね。
喉は干上がって、身体は木で出来たかのように
思い通りに動かないし、
頭は熱に浮かされたようにぼやけている割に、視界は鮮やかで。
みんなの不安そうな顔も苦しそうな呟きも
いやになるほどはっきり聞き取れて。
手綱を握る手のひらは、汗で滑って。
滑稽で臆病ですよね、わたし。
全然向いてないって、よく判ります」
勇者「相当に場慣れして見えたよ」
メイド姉「それはもう。自分のお葬式に参加してる気分で
生きていますからね。ふふっ」
815 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 19:29:19.10 ID:quxpU4cP
タカタ、タカタ、タカタ、タカタ
メイド姉「止めないで、下さいね」
勇者「……」
メイド姉「チャンスがあるのならば、賭けてみたい。
わたしはやはり、
わたし達がそこまで馬鹿だとは思いたくないんです。
わたし達は自由なのですから。
縛られたままでいる幸福も、世界にはあるって知っています。
でも、それでも飛び立ってゆく鳥を留めることが出来ないように
わたし達は明日を探しに飛び出してゆける。
本当は誰だって知っているはずなんです」
勇者「うん」
メイド姉「そのために血が必要なら、
その席を譲るわけにはいきません。
たとえ相手が勇者様にであっても、当主様にでも。
その席は、言い出しっぺであるわたしの座るべき場所なんですよ」
勇者「……」
メイド姉「元帥さまだって判ってくれますよ」
勇者「……」
傭兵弓士「おいっ! 開門都市が見えたぞ!」
ちび助傭兵「煙が上がっているな」
貴族子弟「持ちこたえている証拠ですよ」
メイド姉「間に合いましたか」ほっ
勇者「――っ!」 キンッ
傭兵弓士「え?」
メイド姉「どうしたんですか?」
勇者「なっ。……死? 火薬? 破裂、血、硝煙、破壊」
817 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 19:30:57.09 ID:quxpU4cP
貴族子弟「どうしたんです!? なにが?」
勇者「死んだ。何かが……。な、これっ……。
気持ち悪いぞ、なんだこの真っ黒なのはっ」
傭兵弓士「黒煙が発生。大規模攻撃か!?」
ちび助傭兵「斥候に出るっ! 若造、フォローっ」
若造傭兵「判った、行けっ!」
生き残り傭兵「何が起きているんだ。どうする、代理?」
メイド姉「進みましょう」
勇者「悪いな」
貴族子弟「え?」
勇者「つきあえるのは、ここまでだ」
勇者「“飛行呪”っ! “加速呪”っ! “雷鎧呪”っ!
術式展開っ、“天翔音速術式”っ!!」
キュゥンっ!
メイド姉「勇者さまっ!」
勇者「縛りプレイだとかそんな事、もう知るかっ。
俺の目の前で、お前らいったいどれだけっ……。
やるなって云ってるのにっ。
なんでお前らはそうなんだ。壊したり、殺したりっ。
そういうのはさっ!」
ひゅばっ!
器用な少年「すげぇ、なんだ、それっ」
勇者「いい加減飽きたって云ってるんだよっ!!」
839 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 20:15:17.00 ID:quxpU4cP
――魔界、聖鍵遠征軍後方戦線、南部連合軍、丘の上
……オォォン!!
うおおおっ!!
鉄腕王「なんだっ」
斥候兵「報告申し上げます! 前方遠征軍で大きな動きがありっ」
鉄腕王「見れば判るっ! 詳細をっ」
斥候兵「それは現時点ではっ」
軍人子弟「何か動きがござったな。
こちらではない、とすると……。
開門都市防備軍との戦いに何らかの動きが」
鉄国少尉「防壁が破られたのでしょうか」
将官「その可能性はあるな」
冬寂王「いや、前方の陣ぞなえにも変化が」
鉄腕王「なんだと?」
軍人子弟「これは、突撃陣形……」
鉄国少尉「王弟元帥は持久戦を望んでいたのではありませんか?」
女騎士「王弟元帥の望みとは別に、そうせざるを得ないのだろう。
おそらく、防壁の一部が崩れたのだ。
前方の遠征軍が市街への侵入を開始した。
そうなれば、我らは、撤退するか、
突撃を仕掛けて援軍に向かうかの二択を強いられる。
あれは、意思表示だ。
近寄るならば、食らいつき、蹂躙すると云うな」
冬寂王「うむ……」
鉄腕王「仕方あるまい。どだいここまで来て
一戦も交えぬと云うことに無理があったのだ」
840 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 20:16:28.93 ID:quxpU4cP
軍人子弟「鋼盾の準備をさせるでござる」
鉄国少尉「了解しました。……馬車に装甲板を取り付けよ!」
羽妖精侍女「魔王サマ……」
女騎士「何かが、おかしい……」
軍人子弟「どうしたでござるか?」
女騎士「いや、おかしい。違和感がある。ここまで露骨な。
……余裕のない動きをする司令官か? 何が起きている?」
冬寂王「何が気になるのだ?」
女騎士「わかりませんが……。
遠征軍の陣地で、何か大規模な問題が発生していると見えます。
突破のチャンスなのか、罠なのか……」
冬寂王「チャンスだ」
鉄腕王「気にしたって仕方がねぇ」
鉄国少尉「装甲馬車、第一波準備良しっ!」
将官「――それは?」
軍人子弟「堡塁と車両の両方を兼ね備えた策でござるよ。
樫で作られた丈夫な馬車を鉄の装甲板で強化したものでござる。
8輪を持ち、多少の砲撃でも移動可能なうえに、
その気になれば人力で押してゆくことも出来る。
この車両20台を弾よけとして押し上げてゆくでござる」
女騎士「ふっ。考えたじゃないか」
軍人子弟「誰一人、死なせたくないでござるからね。
しかし、それも、騎士師匠が約束を守ってくれていれば、
の話でござる」
845 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 20:22:30.40 ID:quxpU4cP
女騎士「任せて欲しいな。
――ライフル部隊! 多少狭いが馬車に乗り込めっ!
射撃準備をして火薬も持ち込めよっ!」
将官「それは……?」
軍人子弟「あの部隊は、狙撃用の銃兵部隊でござる。
数は少ないでござるが騎士師匠が鍛えた勇士でござるね。
その射程距離と攻撃力を生かすためには、
安心して銃撃が出来る砲座が必要でござる。
あの馬車は重装甲でござるが、
銃眼とよばれる小さな窓がついているでござる。
いわば、移動用の小さな砦といえるでござろう。
防御に安心が出来るからこそ、
狙撃などと云うことが可能になるのでござる」
鉄国少尉「こちらの兵を守る砦になりつつ、武器にもなるのです」
女騎士「数が少ない銃兵を生かして、敵の力を発揮させない
方策というわけだ。この程度の事はさせてもらわないと」
将官「そうかっ。うむ!」
軍人子弟「そして歩兵部隊には、下部の尖った鉄の盾を運ばせる。
この杭のように尖った部分は、地面にさして即席の壁を
作り出すことが出来るでござる」
女騎士「この2つで、こちらの陣地は柔軟に運用する」
冬寂王「……やるな」
鉄腕王「よっし! 鉄腕国、遠征部隊っ!
および南部連合、連合軍!!
眼前の聖鍵遠征軍後方防御部隊との間に戦端を開くっ
命を無駄にするなっ! 敵はマスケットだ。
鉄壁と装甲馬車を弾よけにしろ! 敵に突撃戦力はないか
あってもごく少数だ! 第一射を撃たせろっ!」
軍人子弟「皆の味方を信じるでござる!
この盾も車両も、鉄の国の鉄工ギルドが
総力を挙げて研究したもの!
マスケットの弾は20歩離れた場所から撃っても
貫くことは出来ないでござる! 工兵は縦線塹壕の準備!
急ぐでござるっ!!」
853 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 20:42:44.57 ID:quxpU4cP
――聖鍵遠征軍、本陣上空
ひゅばぁぁぁぁああっ!!
勇者「つぐみっ!」
夢魔鶫「御身の側に」
勇者「魔王は!?」
夢魔鶫「判りません。しかし、防壁の一部が破られ、
聖鍵遠征軍は開門都市内部に侵入した模様」
勇者「こんな事になったら約束も糞も関係あるかぁっ!」
――転移は禁止。上級呪文も禁止。勇者呪文もダメ。
とにかく、勇者としての力を使ってはいけない。
それを狙っている相手がいる。
最後のその時まで、勇者は力を使ってはダメ。
そうでないと……止められる人がいなくなる。
勇者「知ったことかっ。招嵐っ!!」
夢魔鶫「これは……」
勇者「気象制御だ。あいにくこれだけの広域となると、
ごっそり魔力使っちまうが。そんなんどうでもいいっ」
夢魔鶫「ですが、御身が」
勇者「温度低下系は苦手なんだ、離れてろ」
夢魔鶫「はい……」
ぱたぱたぱたぱたっ
(……大気中の水分を凝固させる。
中心だけ冷やすと、雪や霙になってしまうから、
全体を攪拌してゆく。
暖かい空気の流れから水を絞り出すイメージが重要)
勇者「雷鳴よ、大気を切り裂き、黒雲を呼べっ。
全てを包む豪雨をもって結界とせよっ。“招嵐万雨呪”っ!」
857 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 20:50:57.31 ID:quxpU4cP
――開門都市近郊、聖鍵遠征軍中枢
地方領主「行けっ! 突撃だぁ!」
小国国王「防壁は崩れたのだ、数で押せ! 攻めこめぇ!!」
光の銃兵「うわぁぁぁ!! 精霊は求めたもうっ!」
光の槍兵「勝った! 勝ったんだ!! 食い物をよこせぇ!!」
カノーネ兵「撃てぇ! 敵は弱っているぞ。撃ちつくせっ!!」
小国国王「団長、構えて乗り遅れまいぞっ!」
小国騎士団長「ははっ!」
小国国王「開門都市が陥落したとなれば、
その財貨はいかほどになろうか?
こたびの遠征には多大な費用がかかっているのだ。
城にいち早く乗り込み、全ての宝物を略奪せよっ」
ドォオォォン!! ドォォオン!!
地方領主「進め! 進めぇ! 今回の遠征第一の功は我らのものだ!
王弟元帥閣下と大主教猊下に覚えて頂くためにも、農奴どもよ!
死にものぐるいで進め!
死体なぞ放っておけ、そいつらは犬の餌にもなりはせぬ!
進んで進んで、火薬の尽きるまで魔族どもを撃ち殺すのだっ!!」
ドォオォォン!! ドォォオン!!
ゴォォォォン! ズドォォーン!!
農奴槍兵「もう、ダメだ……。俺は我慢できないっ」
農奴突撃兵「なっ。どうするつもりなんだよ?」
農奴槍兵「このどさくさに紛れて、領主様の糧食を盗むんだ」
農奴突撃兵「えっ!?」
農奴歩兵 ごくり
農奴槍兵「領主様だけは毎日肉やミルクやパンをどっさり
食っている。俺たちから巻き上げた食料でだ。
王弟元帥閣下が奪ってきてくれた食料を奴らは俺たちから
取り上げて、これ見よがしに浪費しているんだ」
859 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 20:52:48.98 ID:quxpU4cP
農奴突撃兵「そ、それは、反乱っじゃ……」ごくり
農奴歩兵「おい、い、いいのかっ」
農奴槍兵「反乱なんかじゃない。
だってこのままじゃ、俺らは突っ込まされて、
結局は戦いで死ぬだけじゃないか。
死ぬくらいなら、最後にパンを食って死にたい……」
農奴突撃兵「……」
ドォオォォン!! ドォォオン!!
農奴槍兵「それに、いま領主の騎馬部隊は
開門都市に突撃をしていて、食料をたっぷり詰め込んだ
天幕も馬車も、見張りを数人置いているだけだ。
これは反乱なんかじゃない。
褒美を前払いしてもらいたいだけなんだ」
農奴突撃兵「う、うん」
ドォオォォン!! ドォォオン!!
農奴歩兵「そうだ。食料を奪って配ろうじゃないか」
農奴突撃兵「えっ!?」
農奴歩兵「だって、開門都市はもう陥落するんだろう?
そうすれば、食料だってどっさり手に入るはずだ。
だとすれば、俺たち兵士が少しくらい食ったって
問題ないじゃないか。
どうせ俺たちだけじゃない。みんなだって腹が減っているんだ」
農奴槍兵「そうだなっ。精霊様だってお許しになるはずだ」
農奴突撃兵「奪って、食料をばらまきながら軍の反対側に抜けよう」
農奴歩兵「そうだな。それなら他の奴らにも、声を掛けないと」
866 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 21:25:08.46 ID:quxpU4cP
――開門都市近郊、聖鍵遠征軍本陣内、豪奢な天幕
ちゅぷ、くちゃぁ。ころり、ころり。
大主教「……動いた」
従軍大司祭「は?」
大主教「至急、司祭を集めよ。全てのだ。
かねてから用意させていた祈祷を行なわせる」
従軍大司祭「対黒騎士の、ですか?」
大主教「急がせよ」
従軍大司祭「は、はいっ! ただいま!」
大主教「司祭よ」
見習い司祭「はっ、はいっ!」
大主教「天幕の布を二重に。雨が降る」
見習い司祭「え? 今日も良い天気ですけれど」
大主教「いいや、降るのだ」
ちゅぷ、くちゃぁ。
見習い司祭「は、はいっ。そ、そ、それは?」 がくがくがく
大主教「精霊の光を見せてくれる、わしの眼だ。
口蓋は脳と通じる髄液を出すという。
舌の上でころがす度に、
我が心は清澄なる恩恵の光で満たされるだよ。
くっくっくっ。ふぅっふっふっふ」
見習い司祭「す、す、すっ。すみませんっ」
大主教「やはり、これだけの“死”に我慢しきれずに
誘われいでたか。……黒騎士よ。
魔王の首で門を開けることになるかと思ったが、
もはやどちらでも構わぬ。
いや、“勇者”であればさらに都合がよい。
その力も我が使いこなして見せよう。
必ずや捕縛祈祷で捉え……その力の全てを奪い取るのだ」
871 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 21:31:35.37 ID:quxpU4cP
――聖鍵遠征軍、本陣上空
ゴォォォオオオオ!!
勇者「気圧低下……。こっから冷却して……っ」
ゴォォォオオオオ!!
勇者「招雨っ!! 来たれぇ!!」
ザアァァァァアア!!!
勇者「よっしゃ。――んじゃま、今度は落雷でもサービスすっか」
勇者(……当てたくはないな。適当な鐘楼とか、地面とかにでも)
ビギィン!!
勇者「なっ。んだ……これっ」
ギリギリギリっ
勇者「力が……。吸われ……っ」
夢魔鶫「主上っ!! 主上っ!」
勇者「逃げろ、つぐみ……」
夢魔鶫「主上っ。このままでは落下してしまいますっ。
飛行を、魔力をっ!! このままでは、嵐に巻き込まれてっ」
ギリギリギリっ
勇者「……だめ、っぽ。……うっわぁ、二回目。
かっこわる……。痛いなんて……もんじゃ……」
夢魔鶫「主上〜っ!!」
勇者「……魔王。……だって……こんな……」
874 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 21:35:54.77 ID:quxpU4cP
――魔界、聖鍵遠征軍後方戦線、後方戦線
軍人子弟「急げ! まだ馬が使えるっ」
ザッザッザッ
鉄国少尉「まだマスケットは届かないぞ!
落ち着いて作業と進軍を進めろっ!」
女騎士「マスケットの射程ぎりぎりまで装甲馬車を進めよう」
軍人子弟「了解したでござる」
鉄国少尉「馬車と馬車の間は五十歩の間隔を守れ。
前線に到着したら鉄盾の配置を忘れるな!
命を守る盾だぞっ」
ザッザッザッ
将官「医療部隊の配置完了」
女騎士「……」
鉄腕王「どうしたい? 騎士将軍」
軍人子弟「まだなにか?」
女騎士「いや。なんでもない。ただ……」
軍人子弟「?」
女騎士「胸の奥がざわざわするんだ」
ゴゥゥン!!
878 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 21:40:51.64 ID:quxpU4cP
伝令兵「前線接触!! 遠征軍のマスケット銃撃が始まりました!
しかしまだ遠距離なことと我がほうの装備もあり、実質被害無し」
軍人子弟「威嚇でござる! 進め!
いまのうちに有利な位置を取るのでござる!」
冬寂王「はじまるな」
鉄腕王「ああ。大丈夫だ。あの男は、人一倍小心者だ。
だから勝つためならこすっからいことでもやる」
冬寂王「ずいぶん褒めるではないか」
鉄腕王「女に弱いところ位だな。ダメなのは」
冬寂王「はっはっはっ。貴君と一緒だな」
ゴォォン! ドオッォン!
軍人子弟「よしっ。車止めにて固定っ! 合図を」
女騎士「……」
軍人子弟「宜しいですか、騎士師匠」
女騎士「ん。ああ。すまない」
軍人子弟「……師匠っ」
女騎士「なんだ?」
軍人子弟「采配をよこすでござるよ」
女騎士「え?」
軍人子弟「……大丈夫でござる。ここは任されたでござる」
女騎士「子弟……」
軍人子弟「今は駆け出す時でござるよ。
心配で心配でたまらぬのでござろう?
今ならば騎士団を都市の反対側に迂回させることも
不可能ではござらん。ここはいいでござる。騎士師匠」
女騎士 こくり
軍人子弟「ご武運をっ!」びしっ
女騎士「感謝するぞ! 我が弟子よっ!」ばっ
「お前は、まだまだだっ。終わったらまたしごいてやるから
死んだりしては駄目だからなっ」
軍人子弟「それはお互い様でござるよ。
……街を人々を頼むでござるっ。そして再びっ」
892 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 22:16:29.57 ID:quxpU4cP
――5年前、魔界の小さな村
ガチャリ
勇者「……」
きしり、きしり……
かちゃり
勇者 そぉっ
執事「……こんな夜更けに、どちらに夜這いですかな〜」
勇者「ちょ。爺さん、なんてことをっ」びしっ
執事「もがっ。もがっ。こ、呼吸がっ。げふっげふっ」
勇者「あ、ごめん」
執事「危うく殺されてしまうところでしたぞっ!」
勇者「良いじゃないか、もう十分生きただろう?」
執事「さっぱりした顔をして鬼も顔負けな恫喝台詞をっ!?」
勇者「あ、いや。すまん。悪気はないんだ」
執事「一般会話へたくそですからね。勇者は。童貞ですから」
勇者「童貞で悪いか」
執事「いえいえ、にょっほっほ。……さてはぱふぱふに?
こんな小さな村にはぱふぱふ酒場もありませんぞ」
勇者「えっと、ちょっと、星を見に」
執事「ほしぃぃぃ?」じとー
勇者「いや、すんません。嘘つきました」
執事「判れば宜しい。さ、庭にでも出ましょうか」
893 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 22:25:32.97 ID:quxpU4cP
執事「……良い風ですな。確かに星も綺麗だ」
勇者「そうだな。綺麗だ……」
そよそよそよ……
勇者「……」
執事「……」
勇者「んじゃ」
執事「……」
勇者「えっと、さ」
執事「ええ」
勇者「行くよ」しゅたっ
執事「はい」
勇者「止めないのか」
執事「止めて良いのか、考えているのです」
勇者「……」
執事「わたし達は、あなたに科せられた枷のようなものですから。
あなたにとっては、やはり重荷なのか、
窮屈なのかとも考えます。
そもそも……この際ですから聞いてしまいますが
あなたが世界を救う理由は、無いような気さえする」
勇者「……」
執事「聞いて良ければ。……どうしてですか?」
勇者「他にやること無いからだよ」
執事「……」
勇者「だってそうじゃん。魔法使えるし、剣技も使えるけれどさ。
こんな化け物、学院でも騎士団でも雇ってくれないよ。
どこに行っても歓迎されるけれど、
ずっと住んでくれなんて云う村も町もなかっただろう?
“有り難いには有り難いけれど、
ずーっといられても困っちゃうのよね〜”とか。
勇者って、そういう感じじゃん?」
897 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 22:38:38.56 ID:quxpU4cP
勇者「おれ、頭悪いから、よく分かんないだけどさ。
――多分、おれ人間じゃないんだ。
だって人間は俺に優しくはないもの。
でも人間じゃなかったらなんだろうって考えると、
俺ってやっぱり勇者なんだよね。
しかたない。
人間に生まれたこと無いから、なんで嫌われるかは
よく判らないんだけどさ」
執事「……」
勇者「弱いってさ。弱くて一杯いるってさ。
すげー暴力的だよ。
弱い奴らが不幸になると、
それが真実かどうかなんてお構いなしに
近場にいる強いやつを一斉に指さして、お前が悪だって言うんだ。
そんでもってそれに抗議をすると、
“ほら、やっぱり私たちを責めるんだ! こいつは悪だ!”
って大喜びしてさ。そう言うのってすごい暴力的だ。
そういう意味では、俺はたしかに、救う理由なんて無いけどさ」
執事「……はい」
勇者「でもさー、やっぱりさー」
執事「……」
勇者「全部を嫌いになるのは、無理」 にかっ
執事「……」
勇者「だって、みんな健気なんだもん。優しいし、温かいしさ。
ただ、そういうのが、俺に向かってないってだけでさ。
基本的に人間は良いやつばっかりだ。
じいちゃんが、最後には帳尻があったって言ってたけれど
幸せだけなんてないんだよな。
たぶん、帳尻が合うだけ。
全てはモザイク模様で、白と黒とのコントラスト。
白だけとか、黒だけとか、そういう手に入れ方は出来ないんだな。
たぶん“全部もらう”か“全部要らない”かしか
選べないセットメニューなんだよ。
……だから、俺がどんなに辛くても、
誰かにとっては大事なこの世界は、壊しちゃいけない」
898 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 22:41:16.74 ID:quxpU4cP
執事「勇者……」
勇者「爺さんとか、あの二人と一緒にいるとさぁ」
執事「……」
勇者「なんか、人間みたいな気分で、楽しいわけだ」てへっ
執事「……」
勇者「だから倒してきてやるよ。魔王を。
それくらいの幸せは、受け取った」
執事「……」
勇者「それにさ。やっぱ、もてたい訳よ」
執事「そう、ですか……」
勇者「童貞だから」
執事「童貞ですからね」
勇者「期待しちゃう訳よ」
執事「そりゃしますな。期待こそ青春ですから」
勇者「だから」
執事「?」
勇者「そのうち、なんつーか。ほらよ、なんつーかな!」
執事「はい」
勇者「“わたしのものになってくれ”なんて云ってくれる人が
……俺にだって現われるかも知れないじゃん?
魔物殺すのと都市壊すのくらいしかできないけどさ。
俺は人間じゃないから、仲間はずれだけどさ。
そんなのは、俺のセットメニューに
入ってないなんて判ってるんだけれどさ。
そう言うこと云ってもらえるのは、人間なんだろうなって。
――でも、
そういうの、期待しちゃうんだよ。馬鹿だから」
911 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 23:17:20.66 ID:quxpU4cP
――開門都市近郊、聖鍵遠征軍本陣内、豪奢な天幕
ザザザアアアーーーー!!
ゴゥゥン! ゴロゴロゴロゴロ
大主教「落ちたな」
従軍大司祭「は?」
大主教「黒騎士が落ちた。……勇者と呼ばれていた男だ」
従軍大司祭「勇者が!?」
大主教「勇者は光の精霊を裏切ったのだ。その証拠に精霊の
祈りの力を受けて身動きも叶わなくなり、地に落ちたではないか」
従軍大司祭「そ、そんな」
大主教「騎士団よ」
百合騎士隊員「はっ! 猊下」
ちゅぷ、くちゃぁ。
――ころり、ころり。
大主教「勇者は激しい雨と落雷を呼び寄せたが、
祈りの結界に閉じ込められて戦場に落ちた。
その能力は、祈りの続く限り、腕の立つ騎士の一人と大差ない。
聖なる祈願を込めたマスケットと百合騎士隊で
捉えることが出来るだろう。
良いか、必ずや捉えろ。
むしろ、殺してしまえ。
ただしその首は持ち帰るのだ……」
従軍大司祭「まさか勇者が……」
ザザザアアアーーーー!!
ゴゥゥン! ゴロゴロゴロゴロ
912 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 23:19:13.90 ID:quxpU4cP
大主教「勇者はもはや闇に堕ちたのだ。
漆黒の鎧をまとい、魔族に味方をし
精霊の遠征軍に雷の刃を向けたのが、その証し……。
教会は、精霊の御名により、彼の者に異端の烙印を押す」
従軍大司祭「お、御命をうけたまわりましてございます」
百合騎士隊員「ははぁっ」
ふわり
大主教「行けっ。すぐさま伝えよ」
執事「そうはいきません」
ひゅばっ! キィン!
大主教「行け」
従軍大司祭「はっ、はいっ」
ダッダッダッ!!
大主教「そなたは……。見覚えがある。聖王国の」
執事「勇者の仲間です」
大主教「背教者め」
執事「その黒い呪力。……魔王になりましたなっ」
ひゅん! ひゅわんっ! ビキィッ!
執事「その魔力っ。防御力っ。大主教ともあろうものがっ!」
ちゅぷ、くちゃぁ。
――ころり、ころり。
大主教 にまぁ
執事「……っ!? それは、刻印王のっ!?」
915 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 23:24:06.52 ID:quxpU4cP
大主教「われは人間だ。
徹頭徹尾、ただの、無力な、か弱い人間だよ。
はぁっはっはっは」
執事「偽るおつもりかっ! あなたが黒い意志ではないですかっ!?」
ガギンっ! ヒュドンッ! キン、キィン!
大主教「見えない魔弾か。造作もない」
執事「人間に弾けるはずもないっ」
大主教「人間に撃てるものは、みな人間に防げるのだ」
執事「その力は、魔王の力だっ」
キュン、キィン!
大主教「だが我は人間だ。この眼球を我が眼窩に移植をすると?
それは。くっくっく。
確かに魔王の資格も得るだろうが、
それでは“勇者の敵”になってしまう」
執事「……っ!?」
大主教「勇者は強い。魔王が弱いこの時代において、
その力は、世界でもっとも強大なもの。
それが赦せぬ。
この世界は人間のものなのだ! あのような超人の闊歩する
箱庭ではない、我らが、この世界の王なのだっ!
くっくっくっく。はぁーっはっはっは!
何が悪い!? 人間が人間のまま、魔王を! 勇者を!
あやつら人外どもを越えて何が悪いというのだ!」
執事「だとしたら同じ人間としてあなたを
生かしておくわけにはいきませんぞっ!」
ギィン!
大主教「“鉄甲祈祷”、“魔盾祈祷”、“光輪祈祷”っ」
執事「……っ! おされるっ!?」
大主教「たかが弓兵ごときが、我にかなうと思っているのか。
勇者は光の縛鎖にて――“人間の悪意”にて縛った。
もはや我を越える力を持つ者は、この世界にはいない」
執事「っ!?」
大主教「次は、『聖骸』を。そして世界は真の平和を得るのだ」
926 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 23:41:53.21 ID:quxpU4cP
――地下城塞基底部、地底湖
ブゥウンッ!
メイド長「今の映像は……」
女魔法使い「……遠隔視の術式」
メイド長「あれは、あの男はなんなのですかっ!」
女魔法使い「……」
メイド長「あのような人間など。
なぜ今まで隠していたんですかっ。女魔法使い様」
ゆさゆさっ
女魔法使い「汚点」
メイド長「え?」
女魔法使い「……一族の、ミス」
メイド長「とは……?」
女魔法使い「……遙か昔、1400年前に人間世界へと出た図書館族。
その、子孫。末裔。……それが、あれ」
メイド長「そんな、図書館……わたし達の、一族?」
女魔法使い「……存在の可能性は認識していた。
幾つかの事象から、その実在が高い確率で想定できた。
でも、正確に誰がそうなのか判ったのは、今が最初」
メイド長「そんな……」
女魔法使い「あれが、魔王と勇者がやろうとしていることの、
もう一つの側面。眼をそらしては、いけない」
930 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/10/13(火) 23:47:22.82 ID:quxpU4cP
メイド長「……」
女魔法使い「……人々を善導する意志が、歪み、腐り、淀む。
善意はやがて支配へとすり替わる。
全ての革命の行き着く先。その、なれの果て。
魔王と勇者が産もうとしているのは、あれかもしれない」
メイド長「だからといって、歩みを止めるわけにはいかない。
それは死です。全てが腐敗するとしても、だからといって
腐敗するために生きるわけではない」
女魔法使い「……」
メイド長「違いますか?」
女魔法使い「……“仮定された有機交流電燈のひとつの青い照明”」
メイド長「なんですか、それは」
女魔法使い「……明滅している現象だけが、生だと。
永遠の光も、永遠の闇も。永遠という意味では透過。
永遠は死。なぜならそこに時間の経過はないのだから。
明滅だけが永遠ではない。永遠でないと云うことは、
つまり、明滅の許容」
メイド長「わかりません。そんなことは。
――それより、まおー様は!? 勇者様はっ!?」
女魔法使い「魔王は死地に向かっている。勇者は死にかけている」
メイド長「何をしているんですかっ。お助けしなくては」くるっ
女魔法使い「いかせないっ」 がしっ
メイド長「っ!」
女魔法使い「勇者は、全部を掛けると云ったっ。
何でも払うと云ったんだ。だから、行かせない。
あなたは回路を調査する。わたしはそれを修理する。
それが役目。絶対だ。
……いいか? 最初から不可能だったんだ。
可能性はゼロだ。今さら、魔王が死のうが、勇者が死のうが、
ゼロはゼロ以下にならないっ。
それでもっ」
934 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 23:51:15.48 ID:quxpU4cP
女魔法使い「あの二人は微笑みさえ浮かべて即答した。
それでも構わないから、賭けると即答した。
だったら生き延びる。いや、死んでいたって生き返る。
二人が生きていたってそれだけ駄目なんだ。
最初から不可能だった。
この開門都市全てが、生け贄の祭壇。
勇者か魔王の魔力全てを注ぎ込み、その命を絶つことによって
起動する、天空への架け橋。『天塔』。
片方の死を持って残り一人を『終幕』へと導く崩壊装置。
『ようせいのふえ』にて封印されたと
古の歌は語る伝説の中の幻の塔だ。
それでもあの二人は、その『終幕』を拒絶するつもりなんだ」
メイド長「そんなっ」
女魔法使い「最初から奇跡の五つや六つ揃わないと
駄目な賭けだったんだ。だからわたしはここを動かない。
いいか? 勇者はわたしに奇跡を望んだ。
奇跡を、望んだんだ。
“お前なら出来る”ってなぁ!
だからメイド長、あなたも逃亡は許さないっ。
この世界には奇跡が溢れている。
あの二人がそう言ったのだからわたしは信じる。
たとえ、それがどのような荒唐無稽な話であっても。
だからあなたにも信じてもらう。
わたし達の知らない、どこかの奇跡があの二人を救うことをっ」
メイド長「まおー様が、そんなことを?」
女魔法使い「云ったさ」
メイド長「判りました。――宜しいでしょう」
女魔法使い「……」
メイド長「まおー様が言うのならば、そうなんでしょう。
奇跡なんて信じないで奇跡みたいな冗談を言う人ですからね。
冗談は胸だけにして欲しいと云ったら、
冗談を言ってるつもりはないなんて云うほどの人です」
女魔法使い「……」
メイド長「まおー様を信じましょう。それが必要なのならば。
わたしはあの人のメイド。主人を助けるための無限の力です」
941 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/14(水) 00:05:11.60 ID:NoxjAlgP
――開門都市、戦乱の市街
ヒュルルルル……
グシャァァッツ!!
勇者「っ!!」
夢魔鶫「主上っ。主上……お気を確かに」
勇者「っぁく。な……んだ、この痛みは」
夢魔鶫「おそらく、体力低下の呪詛かと」
勇者「……っく」
夢魔鶫「動いては駄目です。“小回復術”」
ザァァァーザザザー
勇者「どこだ、ここは……」
夢魔鶫「おそらく開門都市の市街部かと」
勇者「周辺の偵察を」
夢魔鶫「しかし……」
勇者「行け」
夢魔鶫「はっ」
パタパタパタっ
勇者(っく! 雨が……。それでも雨だけは降ったか)
ドォオォォン!! ドォォオン!!
キィン! ガキィン! おおおお、精霊は求めたもうっ
勇者「近いな……」
943 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/10/14(水) 00:10:50.64 ID:NoxjAlgP
夢魔鶫「主上、どうやら一街区先では、激しい戦闘が」
勇者「マスケットはどうだ?」
夢魔鶫「そろそろ、火薬が湿り、火も消えて使い物には
ならなくなった模様ですが……」
勇者「?」
夢魔鶫「いかんせん、外の遠征軍の数が多すぎます。
都市防衛軍は良く防いでいますが、この豪雨では
マスケットももちろんですが、弓矢も殆ど役には立たず
援護のない大通りでの白兵戦、しかも乱戦状態となっています」
勇者「行って援護をしてくれ」
夢魔鶫「しかし」
勇者「いいからっ」
夢魔鶫「……御命、承りました」
ぱたぱたぱたっ
勇者「……っ」
勇者(こりゃ、ちっと動けないな……。しばらく休憩しないと)
キィン! ガキィン! 押せ! 引くな!
ドゴォン! この都市には一歩たりとも入らせんっ!
勇者(魔王は、無事なんだろうな……)
勇者(再生が始まらない。出血制御も組織封鎖もままならない……、
なんだこれ、毒……なのか?
いや、でも解毒酵素も動かないぞ。身体が重い。
神経の伝達速度が二桁も落ちてる……)
勇者「ってな。これっくれぇ、なんだってんだ」 ズキィッ
ぼたっぼたっ……
勇者「これくらい……血が……」
ぐしゃっ
Part.12
74 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/14(水) 22:16:20.80 ID:NoxjAlgP
――開門都市近郊、聖鍵遠征軍、中央部
ザアアアアアア!
ヒュバッ! ギンッ! ガキィン!!
大主教「どうしたのだ。その程度なのか?」
執事「それでも教会の頂点ですか。品のないっ!」
ズドン! シュダン! ヒュダンッ!
大主教「ふっ。殆ど隙が無く、動きも気配もない。
もちろん視認することは困難、限りなく透明に近い攻撃。
だが、いますこし突破力が足りないようだな」
執事(……っ! なんですか、あの防御膜は。
祈祷の防御呪文? 神聖加護ですかっ……)
従軍司祭「だ、大主教さまっ! 今お助けをっ」
光の槍兵「な、何が起きてるんだっ」
ゴオオォォォン!!
従軍司祭「ほ、捕縛呪だっ!」
大主教「要らぬ世話だっ! “光輝奪魂祈祷”っ!!」
従軍司祭「ぐふっ」
光の槍兵「え、あ……あぁっ! なんで、俺たちが……っ」
ひゅるんっ
執事(ここですなっ。はぁぁぁっ!!)
ぎゅばんっ!!
大主教「ぐふぅああ!!」 どばっ! ぼたっ
76 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/14(水) 22:18:33.65 ID:NoxjAlgP
大主教「我が腕をっ。素晴らしい」
執事「どれほどの魔力を持っていたとしても
実戦経験だけは補いがつきませんよ。
ましてやこの乱戦と雨の中。
間合いの読みあいでは相手になりませんっ」 きぃんっ!
大主教「ふっ。まさにな。戦の犬からも学ぶことはあると見える。
“接続祈祷”、“四肢再生祈願”っ」
びちゃぁ、にぎにぎ
執事「……っ」
ちゅぷ、くちゃぁ。
――ころり、ころり。
執事「あなたは何者なのですか」
大主教「ただの人間だ。我は、人間。
そう……多少知恵のある、動物に過ぎない。
しかし、これでも聖光教会の頂点、大主教でもある。
光の呪力において、我にか無いものは大陸にはいない……」
光の槍兵「あ、ああ……。だ、大司教様が」
執事「下がっていなさいっ!」
大主教「それが温い」
ビュゥン! びちゃぁ!! 「ぐぎゃっ!!」
執事「っ!」
大主教「貴様ごとき放って置いても良いが、
貴重な学習をさせてもらったのだな。
実戦経験、か。
貴様からはそれを頂くとしようっ」
きぃん! ドギュン! ギン! ギンッ!!
82 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/14(水) 22:44:31.44 ID:NoxjAlgP
――魔界、聖鍵遠征軍後方戦線、後方戦線
ザアアアアアア!
鉄国少尉「左翼、大盾前進60歩!
隙間を空けるな、まだマスケットの可能性はあるぞっ!」
ズギュゥゥン!!
軍人子弟「どうでござるか?」
観測兵「視界が悪いですが、命中しています。
でも、指揮官クラスをどこまで落とせたかは……」
将官「縦線塹壕、四分里完成しましたっ」
連合軍槍兵「装備を確認しろ、投げ槍の準備だ」
連合軍工兵「くそぅ、雨で指先が痺れる」
連合軍歩兵「相手も同じだ。油断するなっ」
冬寂王「この雨で、マスケットの一斉射撃が
無くなったのは有り難いな」
鉄腕王「こちらの長距離攻撃が、圧力を掛けている。
一斉射撃が使えないとなりゃぁ
そろそろ向こうの陣地にも動きが出てくる頃合いだろう」
観測兵「敵陣地、動き蟻。中央部が大きく割れます。
突撃部隊とおぼしき展開、左翼および右翼には騎馬部隊確認!」
軍人子弟「数は!?」
観測兵「騎馬部隊、左翼右翼、共に約2千っ。
中央打撃部隊は重装甲歩兵、6千っ!」
鉄国少尉「この程度、ですか……?」
軍人子弟「おそらくマスケット兵は単機能の教練を施した
農民上がりの即席兵、マスケットによる一斉射撃はこなせても
それ以外の運用では被害が大きいと判断したのでござろう」
鉄国少尉「ではあの部隊が」
84 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/14(水) 22:49:09.17 ID:NoxjAlgP
軍人子弟「王弟元帥麾下の遊撃戦闘兵力。機動力の大部分」
鉄国少尉「どうしますか?」
軍人子弟「鉄腕王、ご采配を」
鉄腕王「勝敗は兵家の常だと、教えてやれっ」
軍人子弟「了解っ! 左翼および右翼に長槍兵を配置せよっ。
中央の重装甲歩兵部隊は、こちらの剣兵で迎え撃つ。
鉄の盾を微速前進っ!
ライフル兵は引き続き正面部隊に対して打撃を継続っ!」
鉄国少尉「了解いたしましたっ!」
ライフル兵 がちゃり
連合軍槍兵 かちゃ
軍人子弟「諸君! 連合軍の諸君っ!
我らが魔界までやってきた目的の都市は眼前にある!
あの都市は、今や聖鍵遠征軍二十万の包囲下にあるでござる。
聖鍵遠征軍は武力を持って開門都市の陥落を目指している。
我ら南部の国々は、長い間魔族との戦争を繰り返してきたっ。
それは我らが大地を守るための戦いであった。
今、魔族の大地が、我らと同じく人間の手によって
奪われようとしている。我らは自らの土地を失う哀しみを
知るゆえに、この侵略を見捨てるわけには行かないっ!
相手は魔族、それが敵であったとしてもでござる。
義によって助けるとは、拙者は云わぬっ。
この戦は新しい千年の幕開けのため、
自らが自らで居られる自由な大地を守るための戦いであるっ。
なぜならば、自由とは、他人のそれを守ることによってのみ
初めて、自分の権利を主張できるのでござるから。
我ら南部連合の誇りを掛けて、眼前の軍を討つっ!」
ライフル兵「連合軍、万歳っ!」
連合軍槍兵「大地のために!」
連合軍工兵「我らの明日のためにっ!」
93 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/14(水) 23:08:51.03 ID:NoxjAlgP
――開門都市近郊、聖鍵遠征軍、中央部
ザァァァアアア!
ザァァアアア!!
王弟元帥「何があったのだ。静かにしろっ!」
王弟近衛兵「お前らぁ! 静かにせんかぁっ!」
じゃきぃっ!
光の銃兵「お、王弟閣下だ!」
光の槍兵「元帥閣下! た、た、助けてくださいっ!」
従軍司祭「だ、大主教様が」
ゴオオゴオォォォl! オォオォオム!!
ルギォォォォルゥゥム! ォォォン!!
王弟元帥「どうなっているのだ……」
光の銃兵「お、俺たちはただ食料が欲しくて……」
光の槍兵「そうです、俺たちはせめて今日の飯をもらおうと」
王弟元帥「よい。この部隊の指揮官は誰だ? 一歩前に出ろ」
カノーネ部隊長「わ、わたしであります」ざっ
王弟元帥「全ての騒ぎを収拾せよ。
わたしの名をもって争乱者を逮捕するのだっ。
無事な糧食は全て、後方陣地へとはこべっ!。
すぐにかかれっ! 我が軍からマスケット兵を差し向ける」
カノーネ部隊長「は、はひぃっ。そっ、それでっ」
王弟元帥「なんだ」
カノーネ部隊長「教会の天幕のあたりで、すごい電光や、
激しい音が……。見に行った連中も帰らないんです」
王弟元帥「……っ! 早くいわんか、馬鹿者がっ!!」
王弟近衛兵「後方陣地へ急げ。近衛部隊を回させろっ!」
94 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/14(水) 23:10:02.53 ID:NoxjAlgP
――開門都市近郊、聖鍵遠征軍、聖光教会の天幕付近
ザァァァアアア!
光の銃兵「ひぃっ! 血、血がっ」
光の槍兵「こんなに沢山……っ。みっ、みんな死んでるっ」
王弟元帥「……すさまじいな」
王弟軍近衛兵「なにがあったんでしょうね。
――そういえば、大主教はっ!?」
王弟元帥(いや、おそらく大主教が目的の凶行か、
そうでなければ、大主教が命じた凶行なのだ。
だとすれば、焦ったところで……)
光の銃兵「ど、ど、ど」がくがく
光の槍兵「どうしたら良いんですかっ」
王弟元帥「その辺の天幕を捜索せよ。一人にはなるなよ」
びちゃ、ぐちゃ……
天幕の影「捜索の必要はない」
王弟元帥「大主教猊下っ」
天幕の影「賊は全て逃げたわ……。ふっふっふっ」
王弟軍近衛兵「ご無事なのですか? 今お手当をっ」
従軍司祭長「――」ガクガクガク
王弟元帥「……」
ぐちゅり、ぐちゅり
天幕の影「それにはおよばぬ。衣服が乱れてしまってな、
今身体を清めるゆえ、入ってきて欲しくはないのだ」
96 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/14(水) 23:11:15.97 ID:NoxjAlgP
王弟元帥「賊は何者でしたでしょうか?」
天幕の影「我の命を狙った不埒な魔族の刺客であった」
光の銃兵 がくがくがくっ
光の槍兵 ぶるぶるぶるっ
王弟元帥「では、当面の間、この寝所の廻りは安全なのですね?」
天幕の影「そのとおり……。多くの信徒が我をかばってくれた。
今宵は彼らのために祈りを捧げねば。くふり、くふふ」
王弟軍近衛兵 ちらっ
王弟元帥 こくり
従軍司祭長「――」がくがく
王弟元帥「では、こちらの警備の方へと人を回しましょう。
また、攻略を目前に本陣ではいくつもの争乱が起きている様子。
取り締まりは、我がほうで手配をして宜しいか?」
天幕の影「たのむぞ、王弟元帥……。
我はそなたを我が腕のように大事に思っているのだ」
王弟元帥「はっ。承りました。もはや日が暮れます。
細々しい軍議は明朝にして、大主教猊下にゆっくりと
お休みになられますように」
天幕の影「明日は素晴らしい日になるだろう。歴史に残る日に。
開門都市を精霊の恩寵の元、取り戻す日になるのだから」
王弟元帥(取り戻す……)
従軍司祭長「――」ごくり
王弟元帥「では、失礼して指揮に戻らさせて頂きます」
ザァァァアアア!
119 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/14(水) 23:51:43.33 ID:NoxjAlgP
――開門都市、南大通りを見下ろす防壁
ザァァァァァァ! ザァァァァァァ!
獣人軍人「冷えてきたな」
土木師弟「ええ、おそらくもう日が消えます。
雨のせいで判りませんが」
東の砦将「どうなっている?」
義勇軍弓兵「動かないでください。包帯が巻けません」
鬼呼抜刀隊「六、七……八番隊まで確認。
どうやら日没とこの雨で敵は後退した模様」
獣人軍人「やっと、か」
土木師弟「マスケットが雨で使えなくなったのが大きいですね」
東の砦将「しかし、大門周辺はずいぶん取られたな」
義勇軍弓兵「ええ……」
鬼呼抜刀隊「決戦は明朝夜明けですか」
獣人軍人「この雨がいつまで持つかによるでしょうが」
土木師弟「ちょっと不自然な気がしますからね」
東の砦将「ん?」
土木師弟「この地方でこの季節に、ここまでの豪雨は珍しい」
東の砦将「そういえば、そうだな」
義勇軍弓兵「どうしますか、司令官」
東の砦将「そうだな……」
120 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/14(水) 23:53:13.51 ID:NoxjAlgP
鬼呼抜刀隊「いっそ夜襲を掛けて、切れるだけ切ってやりましょうか」
獣人軍人「夜襲ならば、地の利のあるこちらが圧倒的に有利です」
東の砦将「辞めておけ」
鬼呼抜刀隊「なぜ?」
東の砦将「俺たちの出番は、そこじゃねぇよ。
おそらく、明日の朝までに次の手が撃てないようじゃ……」
義勇軍弓兵「?」
土木師弟「……そうですね」
ふわふわ、ふわぁん。とことことこ……
東の砦将「?」
ふわり
小妖精「くりるたい」
義勇軍弓兵「なんだ? 妖精族かい、おまえは?」
鬼呼抜刀隊「どこから来たんだ? おちびさん」
東の砦将「忽鄰塔?」
小妖精「くりるたいニ呼バレテキタ」
獣人軍人「どういうことなのだ?」
小妖精「魔王様ハくりるたいヲ招集サレタ。コノ街デ。今晩」
123 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/14(水) 23:59:29.84 ID:NoxjAlgP
土木師弟「まさか、こんな戦地で!?」
東の砦将「ははははっ。ようし! お前らっ!!」
義勇軍弓兵「はいっ?」
東の砦将「勝ち目が出てきたぞ。補給部隊を編制しろ、
隊伍を組んで人数確認。周辺の家だったらどこでも良い。
後でこっちがお詫びしてやるから分宿だ。
ねぐらを探して入り込め。交代で休憩だ。軍人っ」
獣人軍人「はっ!」
東の砦将「おそらく、ここの防衛軍には4千人からの俺たちの兵士が
いるはずだ。把握し切れちゃいないが、再編成しろ。
2時間でやれ。隊長格を片っ端から格上げして、
500ずつ八つに分けて掌握させておけ。
土木子弟さんよっ」
土木師弟「はっ」
東の砦将「悪いが、大通りに防衛柵を作るために作業を
指示してくれ。それから、人数を庁舎に回して食料を運ばせる。
全部出させるぞ。おそらく、雨は明け方にはやむ」
土木師弟「そうですか?」
東の砦将「おそらく、な。止んだ時点で炊き出しをする。
準備をしておいてくれ。女衆もあとでいかせるからな」
土木師弟「はい」
東の砦将「お前ら、よく聞いてくれ!
魔王が忽鄰塔を招集した。
あの思慮深い魔王が苦し紛れに援軍を呼び集めるわけがない。
絶対にある。
逆転の秘策がな。だから、今晩は耐えろ。
俺たちの後ろには、あの切れ者の魔王がついている!」
136 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/15(木) 00:17:25.76 ID:SB4LPYUP
――開門都市、南大門付近、薄い布で遮られた天幕
ザァァァァー
光の銃兵「寒いな」
光の槍兵「ああ、冷たい雨だ」
ぼちゃ、ぼちゃ、ぼちゃっ
カノーネ兵「もうちょっと詰めてくれ」
光の銃兵「無理は言わないでくれ、この天幕はもう一杯なんだ」
光の槍兵「そうだ、他を当たってくれ」
カノーネ部隊長「詰めてやってくれないか。
どこも瓦礫ばかりで、雨をしのげる場所は殆ど無いんだ」
ザァァァァー
地方領主の私兵「ははははっ。酒を回せっ!」
斥候兵「くそっ」
光の銃兵「誰か食い物を持っていないか?」
光の槍兵「……」
カノーネ兵「……」
農奴槍兵「腹、減ったな」
農奴突撃兵「ああ」
光の銃兵「なぁ、これで終わるのかな」
光の槍兵「……」
カノーネ兵「聞いた話じゃ、これから魔界の都市を
いくつも攻めるんだと。
貴族一人に付き、一つづつの街を与えるために」
農奴槍兵「それじゃ、帰るなんて出来やしない」
農奴突撃兵「ああ……」
138 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/15(木) 00:18:39.58 ID:SB4LPYUP
光の銃兵「いま、何時くらいだ」
光の槍兵「まだ日が暮れてから3時間ってとこだろう」
カノーネ部隊長「今夜は寝れないな」
カノーネ兵 こくり
農奴槍兵「なんでだ?」
斥候兵「寝ている間に魔族が攻めてきたら、
反撃も出来ずに死んじまう」
農奴槍兵「こんな真っ暗な中でかよ?」
光の銃兵「ここはあいつらの街なんだぞ。
あいつらが生まれ育った街なんだ。
暗闇だって自由に動けるに決まっているじゃないか。
俺だって自分の村ならそれくらい出来るさ」
光の槍兵「……」
カノーネ兵「……そうだよな」
農奴槍兵 こくり
農奴突撃兵「……ここはあいつらの住処だもんな」
地方領主の私兵「はぁっはっはっ! 今日は前祝いだ!」
斥候兵「実は、俺たちの後方には、南部連合の軍も来ているらしい」
光の銃兵「南部連合? 湖畔修道会の?」
光の槍兵「魔族との戦いの援軍に来てくれたのかっ」
斥候兵「いいや、違う。“他人の土地を力尽くで奪うのは
光の精霊の教えではない”――だってよ」
農奴槍兵「……」
農奴突撃兵「そうか……」
光の銃兵「いいさ。とにかく少しでも、身体を休めよう。
日が開けたら、好きだろうが嫌いだろうが、
殺しあいをしなきゃならないんだ」
144 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/15(木) 00:25:00.28 ID:SB4LPYUP
――開門都市、中央庁舎、夜半
紋様の長「忽鄰塔、ですと!?」
火竜大公「そうだ」
紋様の長「なぜそのような。このような危急の時に」
火竜公女「このような危急の時だからでありまする」
紋様の長「公女。ではなぜそこに魔王どのがおられぬ」
青年商人「魔王殿は行かれましたよ」
火竜大公「……」ばふぅ
紋様の長「どこに!?」
鬼呼の姫巫女「魔王殿は、この青年に自らの代理を任せて、
外へと行ったのだ。供さえ連れずにな」
妖精女王「……魔王さま」
東の砦将「街はまだ危険な状態だって云うのに」
火竜公女「……仕方ありませぬ。止められぬものがあるのですから」
青年商人「忠誠を誓うのと、頼り切るのは自ずと意味が
違うはずでしょう。魔王殿は魔王殿の仕事をされるために
自らの役割を全うされに行ったのですよ。
実際問題、それがなんなのかは判りませんけれど、
あの二人は一緒にいないと性能が著しく落ちる気がしますし」
火竜大公「黒騎士殿か?」
火竜公女「さようでござりまする」
紋様の長「代理と云われたがあなたは何者なのだ?」
145 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/15(木) 00:26:47.02 ID:SB4LPYUP
青年商人「取るに足りない商人です。縁あって魔王殿と
人間界では幾つかの商いを共にさせてもらっておりました」
火竜大公「魔王どの公認の、魔王とでもいうかな。
身元は、我ら竜族が引き受けよう。
我が後見を受けて居ると思っても良い」
紋様の長「そうでしたか」
鬼呼の姫巫女「この青年がどのような力を持っているかは判らぬが
この青年の言葉を受けた魔王の顔にみるみる生気が蘇り、
いくつもの策を授けた後に街へと飛び出したのは真実だ」
妖精女王「魔王様が心配です」
東の砦将「では魔王の策ってのは、なんなんだ?」
青年商人「それを説明する前に、魔王殿の望みを説明しましょう。
魔王殿の願い――狙いは講和です」
紋様の長「講和、か」
鬼呼の姫巫女「うむ」
東の砦将「……」
火竜公女「驚きませぬね」
火竜大公「皆もうすうすは判っておったよ。
あの魔王殿は、どこまでもどこまでも困難な道を歩まれるとな」
紋様の長「しかしこのような逆境にあって」
鬼呼の姫巫女 こくり
青年商人「さて、始めわたしはこの開門都市の放棄を
考えていました。この開門都市を聖鍵遠征軍に明け渡し、
もちろん糧食や財産を持ってですが、魔界奥地へと撤退する」
火竜大公「……」
147 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/15(木) 00:29:22.17 ID:SB4LPYUP
青年商人「そのような策を、二、三の都市で繰り返せば
聖鍵遠征軍はそれぞれの都市を守るために、
防御部隊をさかざるを得ない。
人間界からの補給線は長く伸びきるでしょう。
そうして少人数に分散したところを討つ」
東の砦将「うむ」
青年商人「砦将、この戦術をいかが思いますか?」
東の砦将「そのようにすれば、被害は出ても勝利は
間違いなかっただろうな」
青年商人「わたしもそう思います。魔界は大きい。
撤退をしながら各個撃破をしてゆけば勝利は手に入る。
重ねて云いますが、この策は今からでも可能です。
そうすれば、勝利だけならば手に入る。
しかし、魔王殿はそれでは不満だという。
魔王殿が願うのは勝利よりももっと先にあるものだからです。
あの人は、基本的に欲張りなんですよ」
火竜大公「はっはっはっは」
紋様の長「確かに」
青年商人「魔王殿が願ったのは、聖鍵遠征軍との講和です。
この際、期間は問わない。短時間の休戦でも良い。
まずは同じテーブルに着き、話合う。
そうしなければ魔界と人間界の未来は
血塗られたものになってしまうでしょうからね。
もし先ほどの作戦を実行に移し、
この開門都市を聖鍵遠征軍に明け渡せば、
この都市は徹底した略奪に合うでしょう。
民は逃げ出せたとしても、犠牲者は奴隷にされ売られますし
あらゆる神殿からは装飾がはがされ、公園も噴水もアーチも
全てが破壊される。
そうなれば、この都市を大事に思う住民は聖鍵遠征軍を許さない。
また、撤退しながらの反抗作戦、焦土作戦は成功するでしょうが
それでは次の遠征軍にはどうするのか?
また同じ作戦で迎え撃つのか? そのような考えは通らない。
1回そうなってしまえば、魔界側から人間界へと攻め入り
禍根を断つという議論もわき起こるに違いない。
講和のチャンスは、この都市を奪わせてはいない、今が最後です」
148 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/15(木) 00:31:05.27 ID:SB4LPYUP
火竜大公「しかし、我らが都合だけで出来ることではない」
紋様の長「そうです。我らが如何に望もうが、
彼らが認めなければ講和はならない。
そもそも人間がこの魔界へと侵攻してきたのではないですか」
鬼呼の姫巫女「しかり」
妖精女王「……」
東の砦将「まぁ、なんだかんだ云って
上の方と講和がなったとしても、もう戦いの疲労も激しいし、
前線は血に酔っている。この雨で少しは頭が冷えるだろうが」
火竜公女「やはり、難しいのでありまするか……」
青年商人「いえ、まずは問題を分解するべきです」
火竜大公「分解とは?」
青年商人「“解決できない理由ではなく解決策を考えろ”
これは我らが商人のことわざです。
まず第一に、講和に反対する勢力は魔族の中にはいるのですか?」
火竜大公「ふむ、それはいるだろう。
この戦で家族を失ったものとてすでにいるのだ」
紋様の長「はい」
鬼呼の姫巫女「そうだな。だが……。
こう言っては悪いが、今ならば、まだ間に合うともいえる。
先ほどの話にもあったが、戦には負けた。家族は失った。
しかも守るべきだった都市は奪われた、
では納得も行かないだろう。
都市を守りきってこそ、遺族も死に意義を見いだせるのだ」
妖精女王「そうですね……」
青年商人「もちろん我らから出来る限りの配慮はしましょう。
では、魔族側の表だった反対勢力はないと云うことで、
この件は一旦よいと云うことにしましょう。
――忽鄰塔で見てもらう、と云うこともありますしね。
次の問題は、人間側です」
火竜大公「それが最大の問題だ」
149 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/15(木) 00:32:47.68 ID:SB4LPYUP
青年商人「魔王殿がわたしを代理に選ばれたのも、
それが理由の一つです」
鬼呼の姫巫女「とは?」
青年商人「わたしが人間で、人間の事情に明るいからです。
あそこに集まっている多くの人間も、一枚岩ではないのです。
あの中には四つの勢力がある。
四つの勢力は、それぞれの理由があって魔界へと攻めてきた。
全てを一緒に考えては、物事が解決しないでしょう。
一つ一つ個別に解きほぐす必要がある」
火竜大公「よっつ……?」
紋様の長「聞こう」
青年商人「まず第一に、貴族や国王達です。
彼らは欲に駆られてこの地にやってきたのです。
略奪をするため、新しい資源を得るため、奴隷を得るため。
そして何よりも、新しい領土を得るために、です」
火竜大公「ふむ」
紋様の長「欲深い亡者め」
鬼呼の姫巫女「とはいえ、それは理解できる。
例えば蒼魔族がそうであった。正邪を云えば切りはないが
欲望は我ら魔族だとて持たないわけではない。
それは戦乱の歴史が証明している」
青年商人「彼らを説得する方法はありません。
所詮は豺狼の輩なのですからね。言葉が通じるはずがない。
とはいえ、彼らは欲に駆られているゆえに、ある意味敏感です。
勝ち目がないと判れば、容易く尻尾を丸める。
彼らの兵力は、あの20万のうち、
おおよそ数万と云うところでしょう。
彼らだけでこの遠征を維持する力は到底ないのです。
ですから、彼らへの対応は後回しでよい。
他の全ての勢力が引き上げれば、彼らも引き上げざるを得ない」
155 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/15(木) 00:45:05.92 ID:SB4LPYUP
火竜大公「続けてくれ」
青年商人「次には聖王国、王弟元帥です。
彼は通常の諸侯や王族とは違う。彼独自の思惑があるのでしょう。
その思惑とは、聖王国の権威を高め、
中央大陸の意思を統一するということ。
そのためには、魔界への攻略が必要だった」
鬼呼の姫巫女「なぜ?」
青年商人「人間界では、もはや褒美として与える土地が
ないからですよ。簡単に云えばね」
妖精女王「そんな理由で……」
東の砦将「くだらねぇ貴族の思惑だな」
青年商人「――それが私欲とは言いません。
実際問題、意志の統一がされれば人間同士の戦は減るのです。
魔界でたとえるならば、彼は魔王を目指しているのですよ。
野望は大きいが、同時に彼は利にも聡い実際的な人間です。
彼があそこに立っているのは、
あの場所がまだ彼に利をもたらすからでしょう。
彼の説得は並や大抵のことでは出来ない。
……まぁ、手札の一枚や二枚はありますがね。
魔王の言葉を借りるなら、後に禍根は残したくはない」
紋様の長「残りの二つは?」
青年商人「次は教会です。聖光教会は、地上で崇拝されている
光の精霊を崇める教会のうち最大のもので、この聖光教会が
今回の遠征の理論的な背景となっている。
教会は独自の兵力は殆ど持っていませんが、
今回の遠征軍はその全員が教会の信者だと云っても良いでしょう。
彼らは、この開門都市には
光の精霊の宝物『聖骸』があると主張している。
それを取り返すための、聖なる遠征なのだというのが
今回の戦争の大義名分なのです」
鬼呼の姫巫女「そのような物は存在しないのに」
青年商人「最後の一つは、今回の遠征軍の最大多数を占めている
ごく普通の民、農奴達や開拓民、志願兵達です」
157 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/15(木) 00:47:32.59 ID:SB4LPYUP
東の砦将「そいつらも勢力に数えるのか?」
青年商人「20万人のうち、優に15万人はいるのですからね。
彼らを動かしているのは、死への恐怖、教会への恐怖。
そして魔族への恐怖……。つまり、色んな種類の絶望や恐怖です」
火竜大公「飢餓……か」
青年商人「ええ。それはとても大きい。
そして飢餓以外にも異質な存在に対する恐怖も
また、大きいのです
魔族と人間の間には殆ど交流らしき交流がなかった。
それが恐怖を育てたともいえます。それを教会や
貴族達が利用しているのですね」
火竜公女「その四者を攻略しなければならないのですね?」
青年商人「そうなります」
火竜大公「貴族や王達は、後回しにすると云っていたな?
では、残りは三者か。何か、案があるのか?」
青年商人「まず、教会ですが、これは魔王殿の仕事です」
鬼呼の姫巫女「は?」
青年商人「教会にももちろん勢力拡大などの欲求はあります。
この欲求は、つまりは経済行為ですね。
ですからそれに対抗する策はわたしでも取れる。
その部分については何らかの策を考えることも出来るでしょう。
しかし“魔族は光の精霊の子なのかどうか?”とか
“光の精霊の宝である聖骸は実在するのか?”などという
論争は、これは宗教的な問答であって、
わたしの専門とするところではありません。
魔王殿に任せます。
もし何らかの神殿の司祭なり神官長が
引き受けてくれるなら、それでもよい。
大事なのは、まず戦争を止めることです。
そのためには間隙が必要なのですが、どうなのですかね。
教会というのは、そこまで狂っているのですかね……」
160 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/15(木) 00:53:19.32 ID:SB4LPYUP
鬼呼の姫巫女「狂う……?」
青年商人「この開門都市には光の精霊の宝物『聖骸』がある。
その言い分は、どこまでが本音……信仰で、どこまでが
利益を得るための本音なのか?
信じているのは、教会の中で何割いるのか?
いや、何割などと云う多い数ではなくて、
もしかして、ほんの一握りなのではないかとすら思います。
……そもそも、あの第一次遠征軍からしてがおかしいのですから。
しかし、当面必要なのは、間隙です。
……少なくとも、教会が一時的にひるめばいい。
教会が指導力を一時的に発揮できなくなればそれで十分です。
こちらが欲しいのは、交渉の可能性と時間的猶予ですからね。
そうして、一瞬のひるみが間隙を産めば
実際に交渉を成功させる材料は別にある」
妖精女王「しかし、ひるませるとは云っても」
火竜大公「それについては、よかろう」
紋様の長「しかしっ」
青年商人「どういう事です?」
火竜大公「任せろ、と出掛けたものがいるからさ」ぶふぅ
青年商人「やれやれ」
火竜大公「他にも考えなければいけないことは多いのだ」
鬼呼の姫巫女「となると、元帥とやらか」
青年商人「次は、王弟元帥。
あの聖鍵遠征軍の軍事的な背骨ですね。
彼を引かせる必要がある。
やっかいなのは、彼が単独で立っているのではないという事です。
彼はその軍事的才幹とカリスマ性により、
王族や民衆、そして教会からの信任を受けている。
逆にいうと柱を一本くらい外しても彼は倒れないし、
支えている柱の側も彼の保護を受けているから
なかなかに崩れない。
では、彼を取り除いてしまえばよいかというと
それもなかなかに考え物です。彼を取り除いてしまえば
あの遠征軍は確かに烏合の衆になるかも知れませんが
逆に言うと、収拾のつかない暴徒の群になる可能性も高い」
火竜大公「どうするのだ?」
162 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/15(木) 00:56:19.08 ID:SB4LPYUP
青年商人「手はあります」
東の砦将「あるのか!?」
火竜公女「これでも悪辣、陰険、非道、冷血漢の名を
欲しいままにするほどの男ゆえな」
青年商人「放っておいてください。
……魔王殿が長年暖められていた策もありますしね。
しかし、これがなかなかに難しく、二つ懸念がありますね」
妖精女王「二つの懸念とは?」
青年商人「教会をひるませる、と云う策です。
この策が早すぎても遅すぎてもいけない。
ひるむというのは、おそらく一時的なものでしょうからね。
精神的に立て直して、教会が王弟元帥の援護に回ると困ります。
援護そのものと云うよりも、教会と王弟元帥が一枚岩だと、
切り崩すのは難しい……。
タイミングは、説得とあっている必要がある。
ここまで来れば、運否天賦です。
もう一つは、聖王国および、王弟元帥の意地です」
東の砦将「意地か。判る気もするな」
火竜公女「殿方は、それが大きくてかないませぬ」
青年商人「こればかりは、損得とは別の話ですからね」
火竜大公「ふむ。……商人殿。
全てをならしてみて、この話の勝率はどれほどか?」
青年商人「ただこの場を生き残るだけならば、4割。
数週間の休戦ならば2割。
講和、平和条約となれば、これはもう奇跡の類かと」
紋様の長「それほどに細い道か」
鬼呼の姫巫女「何故に?」
青年商人「無知があるからです。人間側にも、魔族側にも。
わたし達は出会いました。出会って、日にちが浅すぎるのです。
互いの違いと共通点を知り合おうとせずに、
傷つけ合ってしまった。互いに互いが怖いのですよ。
損得で話をまとめたとしても、そこは変えようがない」
166 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/15(木) 01:00:52.89 ID:SB4LPYUP
火竜公女「しかし、それでもあの方なら云うでありましょう。
平和など一時の幻想だというならば云うが良い。
幻想の平和の一年は戦乱の十年に優れる、と。
それに、平和な一年があれば、次に十年平和にするための
努力が出来まする」
火竜大公「この歳になって奇跡を信じるようになったよ。
わしはな。この世界には、ずいぶんと頓狂なものがいる」
青年商人「やれやれ。たいがいに楽観主義ですね」
火竜公女「思い悩んでも救われないゆえ」
紋様の長「あの方らしい」
鬼呼の姫巫女「だが、備えだけはする必要があるだろう。
我も氏族の命を預かる身なのだ」
妖精女王「人間の、南部連合の王族もこの南2里のところに
陣を構えています。我らを助けるためにはるばる駆けつけ、
我らの動静を見守っているのです。
我らが信頼に足る隣人かどうかを」
東の砦将「全面的な戦争になれば、世界をどん底に落としかねないぞ」
火竜公女「見せてやれば良いではありませぬか。
我ら魔族の度量と実力、そして勇猛さ、誠実さを。
そのために、忽鄰塔を招集したのです」
火竜大公「すでに報せは魔界を駆け巡っていよう。
即日は無理であろうが、夜が明ければ、近隣の小氏族の長は
次々とこの都市へと集まってくる」
紋様の長「忽鄰塔……」
鬼呼の姫巫女「二度目の、忽鄰塔か」
東の砦将「二十万の軍が、この街を包囲している。
入ることは出来ないんだぞ? どうして呼び集めたんだ」
火竜公女「見て欲しいのです」
東の砦将「見る?」
火竜公女「知らないというのならば、見て欲しいのです。
人間を……。魔族とどれほど違い、どれほどに同じなのかを。
もはやいい加減によいでしょう。これは我ら全員の問題なのです。
見るだけで良い。森の中からでも、地の果てからでも。
明日には、何か一つの結果が出るのですから。
もし奇跡が起きるのならば、その証人が必要でしょう」
171 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/15(木) 01:11:39.09 ID:SB4LPYUP
――開門都市、南側、瓦礫にまみれた廃屋
ザアアァァァ……
――雨、か。
――強いな、こんなに降って。身体の感覚が、遠い。
――まだ夜なのか? 戦いはどうなったんだ?
勇者「っ!」がばっ
魔王「無理をしては駄目だぞ」
勇者「魔王っ! っく! 痛っ」
魔王「動くな、傷に障る」
勇者「ここは!? 今は、戦は、なんでここにっ」
魔王「慌てるな。ここは開門都市の廃屋だ。
時間は雨が降り出した夜の、おそらくは真夜中過ぎ。
なぜここにいるかと問われるならば……。
我慢しきれなかったのだろうな」
勇者「どうやって……」
魔王「夢魔鶫が連れてきてくれた。主上が死にかけている、とな」
勇者「……いくさは?」
魔王「だめだ」 ぎゅぅっ
勇者「……っ」
魔王「今は、駄目だ。朝まではどちらの軍も動けぬ。
ここは戦場の中心部からは外れているし、
おそらくどちらの兵も身を潜め、ここまでは来ないだろう。
今だけは、大丈夫だ。だから、動いては駄目だ」
勇者「うん……」
魔王「勇者には隠していた、大事な話があるのだ」
Part.13
65 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/08(日) 00:10:20.35 ID:EFPdgVwP
――魔界、聖鍵遠征軍後方戦線、後方戦線
ザァァァァアア……
聖王国将官「負傷者を優先して大天幕に運び入れろっ!」
斥候兵「現在、連合軍は約半里ほど撤退、野営陣地内部にて
待機をしているものと思われます」
王弟元帥「……4000か」
参謀軍師「申し訳ありません」
王弟元帥「ずいぶんとやられたものだな。雨か?」
参謀軍師「はい。判っては今したが、ここまで脆弱化するとは」
王弟元帥「意識するにせよ、しないにせよ、マスケットに
頼り切った軍編成になっていたと云うことだろう。
わたしも、そして兵の一人一人もだ」
参謀軍師「マスケットの火薬は湿らぬように至急運び入れ
させましたから、明日以降にでも挽回は可能かと」
王弟元帥「……」
参謀軍師「どうされました?」
王弟元帥「いや、なんでもない。それより、敵の新兵器だと?」
参謀軍師「はい。どうやらその数は多くないようでして、
おそらく30前後、100は無いかと思うのですが。
マスケットに似た武器だと思われます。
ただ、その射程はマスケットより遙かに長く、
二倍を下回ることはないかと」
王弟元帥「やってくれるな」
参謀軍師「はい。この情報は伏せさせておりますが」
王弟元帥「それに、装甲された馬車か。銃の特性をよく判っている。
敵の将は女騎士だったのか?」
参謀軍師「いえ、最前線で指揮をしていたのは
まだ若い鉄の国の護民卿を名乗るものでして」
王弟元帥「ふっ。……貴族や王どもが目の前の餌に釣られて、
あの開門都市の強固な防衛軍に雨の中突撃を繰り返している間に
その後方では南部の新しい才能が指揮を執るか。
……皮肉なものだ。中央諸国と南部連合の勢いの差を
暗示するようではないか」
66 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/08(日) 00:12:31.55 ID:EFPdgVwP
ばさりっ
聖王国将官「再編成を進めさせております」
王弟元帥「判った。被害の総数がより詳しく判れば、報告せよ」
聖王国将官「了解いたしましたっ!」
王弟元帥「戦闘に参加した
将兵に十分に休みを取るように伝えさせよ。
中央に派遣した近衛が順次食料と、暴徒化しそうな
銃兵や貴族の私兵を送ってくる。
聖王国の騎士を隊長に据えて仮設で良いからどんどん
新造部隊を作ってしまえ。時間がないぞ」
参謀軍師「急ぎでしょうか?」
王弟元帥「今晩中だ。夜を徹して作業を続けさせよ。
名簿を作り、腕布でも任せて識別させるのだ。
天幕は余剰があったはずだな?
新規参加させた部隊は当面の間全て工兵として扱う。
天幕を作らせ、食糧配給をさせるのだ。
新しくやってきた兵には今晩は眠らせるな。
へとへとになるまで働かせ、飯を食わせるのだ。
余計なことを考えているようではつとまらんぞ、とな」
参謀軍師「了解いたしました……」
(しかしそのための糧食すら足りるかどうか……)
ばさりっ
王弟近衛兵「中央陣地から、雨にずぶ濡れの兵が
押し寄せてきています」
王弟元帥「受け入れろ。手配は参謀殿がするさ。
このままでは軍の指揮系統が瓦解する。指揮系統の再編を急げ」
参謀軍師「どこまでたががゆるんでいるのですか」
王弟元帥「欲望にも飽和限界があると云うことか。
ふっ。色々なことを学ばせてくれるものだ。
中隊長以上を集め、二人ずつ我が元へ。
本日の戦場の様子と遠征軍内部の諸事情を聞き取りたい。
――どうやら転換点に差し迫っているな。頼んだぞ」
71 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/08(日) 00:17:26.94 ID:EFPdgVwP
――魔界、聖鍵遠征軍後方戦線、最前線、王族の天幕のひとつ
ザアアアアアアア
霧の国騎士「灰青王っ! 灰青王っ!」
灰青王「怒鳴らなくても、聞こえるさ」
霧の国騎士「どうなさったんですか、このうち身はっ。
あの戦闘の中で見失い、わたしは、もう本当に王とは……。
会えないものかと。……灰青王っ!」
灰青王「男がピィピィわめくな。みっともない」
看護兵「見た目ほど、ひどくはありません。
折れている骨はございませんし。ただ、健や筋肉が
ひどく痛めつけられ、伸びてしまわれていますから。
数日の間はひどくお痛みになるでしょう」
霧の国騎士「いったいどこに……。それに何がっ」
灰青王「俺が前線にいては都合の悪い輩がいたのさ」
霧の国騎士「魔族がっ」
灰青王「さぁて」
霧の国騎士「すぐにでも、このことをふれて、そして軍議の準備を」
灰青王「やめろ」
霧の国騎士「は?」
灰青王「俺の帰還は、伏せろ。
長い間じゃない、せいぜい明日までだ」
霧の国騎士「宜しいのですか?」
灰青王「ああ。私事さ。私事ではあるが……。
どうなんだろうなぁ、大主教さんよ。
あんたのも私事なんじゃねぇのかな?
……だとしたら、おれが私事で動いていけないという
そういう道理も、有りはしないよな」
霧の国騎士「は?」
灰青王「いいや。誰にだって、
譲れないものは一つくらいはあるって話さ」
73 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/08(日) 00:27:01.39 ID:EFPdgVwP
――開門都市、南側、瓦礫にまみれた廃屋
ザアアァァァ……
勇者「なんだよ、それ……」
魔王「勇者は、終わりってなんだと思う?」
勇者「……終わり?」
魔王「うん、そうだ。
“終わり”ってなんだろうな?
わたしは“丘の向こう”が見たかったけれど、
“丘の向こう”は“丘の向こう”であって“終わり”じゃない。
“終わり”というのは、文字通り、お終いのことだ。
その先がない。
全ての結末であると云うこと。
多分、わたしにとって、最初の終わりは、
勇者との出会いだったんだと思う。
魔王城の大広間で、勇者を迎えた。
勇者は炎のような瞳でわたしに剣を向けたよな。
……あれが、多分、“終わり”の一つの形」
ザアアァァァ……
魔王「勇者の剣がこの胸を刺し貫いて、わたしは息絶える。
それがあり得た終わりの一つの形だったんだ。
それを、魔法使いにも言われた。
あそこで終わるのが、あり得るべき本来の形だった、とね。
でも、わたしはそれを否定して、
そんなのじゃない明日を探して、勇者と旅をした。
色んな事をしたな……。
農業の技術改革、畜産の振興、羅針盤の改良と
風車や水車などの機械導入。
馬鈴薯、玉蜀黍などの新しい作物の栽培指導。
紙を作ると云うこと、教育への提言。
メイド姉が自由主義を唱えて、
魔法使いが種痘の技術的供与を行なってくれた。
そのほかにも、商人子弟は官僚制度を、
貴族子弟は中央諸国との関係改善を
軍人子弟は民兵組織や塹壕千などの軍事技術を。
その間にも、魔界では忽鄰塔の穏やかな改革による
間接的な民主主義を実験してきた。
さらには公共事業や銀行の概念、土木事業の充実まで。
勇者と二人は嬉しかった。
勇者と二人は楽しかった」
勇者「うん」
78 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/08(日) 00:32:00.39 ID:EFPdgVwP
魔王「わたしが目指した“丘の向こう”は、
前にも云ったけれど、殆ど見たよ。
冬越しの村は胸が温かいという気持ちを
わたしに教えてくれた。
開門都市は人間と魔族の新しい可能性を
わたしにそれを見せてくれたと思う。
でも、わたしは欲深いから、丘を登れば
次の丘にも登ってみたくなる。
次の、その次のあの向こう側も知りたくなる。
丘の向こうには新しい明日があり、そこには様々な技術がある。
技術は人々を幸せにしてくれる。
でも、そうして生み出された技術、
例えば農業の技術は多くの生産物を産みだし、
余剰な人口を支えることを可能として、
溢れた富はさらなる欲望を喚起した。
火薬の技術は軍事的な野心を解放して、
こんな大遠征の群馬でも引き起こしてしまった。
とても沢山の人が死んでしまった……」
勇者「うん」
魔王「後悔は一つもしていない。
だって勇者にも云ってもらった。
一緒に行こうぜ、って。
だから後悔はない……。
この胸の痛みは、後悔ではない。
最初にしたこと――農業改革や馬鈴薯、玉蜀黍で
人を沢山救えたと思う。種痘も良かった。
まだ十分に広まったとはいえないけれど、
あれで救われる死者は数え切れないほどだろう。
みんなも喜んでくれたし、その笑顔が嬉しかった。
でも、だんだんと歯止めが利かなくなって、
制御を外れていくんだ。
良いことをするために考えた方策や技術が、
結果として災厄を引き起こす。
その災厄を回避するために考えた新しい技術が
より大きな災厄を招いてしまう。
感謝されたくて始めたことではないけれど
あの笑顔を裏切るのは身を切られるようだ。
なんでわたしはこんなに弱くて、
贅沢になってしまったんだろうって。
勇者はそれでも良いって言ってくれるけれど、
それでも……」
勇者「それでも」
魔王「それでも、どこかで終わりはやってくる。
だって、終わりのないものはないから」
80 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/08(日) 00:35:21.97 ID:EFPdgVwP
勇者「……」
魔王「だから、内緒にしてたけれど云わなければならない。
この『開門都市』に終わりがある。
魔王に遺伝記憶で伝わる古い命令だ。
――この都市の地下祭壇に勇者の骸を備えて、
天への橋を架ける」
勇者「その橋を渡りきった先には始原の人がいる。
胸に秘めた願いをつげて、光の彼方へ旅立つべし」
魔王「勇者……」
勇者「俺も勇者だから、そのことは知ってたよ。
俺たち二人が戦わないと、“伝説”は終わらない」
魔王「そうか、……勇者も知っていたのか」
勇者「でも、俺は戦うつもりはないからな」
魔王「わたしにだって戦うつもりはないっ」
勇者「こっちはいざとなれば命を投げ出す覚悟ぐらいある」
魔王「わたしだってそうだ」
勇者「魔王が塔を登るべきだ」
魔王「勇者が精霊に会うべきだろうっ」
勇者「判らず屋」
魔王「勇者こそっ――いいや、待とう。話が混乱している。
目下の問題点は、開門都市を包囲している遠征軍ではないか」
「……違う」
勇者「魔法使い!?」
魔王「魔法使いの声」
「それは、違う」
82 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage_saga]:2009/11/08(日) 00:39:24.33 ID:EFPdgVwP
勇者「何が違うんだ?」
「……開門都市を包囲している遠征軍は、確かに問題。
でも、それは魔王の問題ではない。魔族と人間の間にある問題」
勇者「だったら俺だって魔王だって当事者だ」
魔王「そうだぞ」
「……それはつまり、関係者の一人に過ぎないということ。
全てを背負い、解決しようとするのが、すでにして、間違い」
ひゅぉんっ
女魔法使い「……」こくり
勇者「そんな理屈、あるかよ」
魔王「どういうことなのだ」
女魔法使い「……遠い昔、一人の女の子がいました」
勇者「?」 魔王「?」
女魔法使い「……女の子は頑張り屋さんなので、頑張りました。
とてもとても頑張りました今でも頑張っているそうです。
頑張り終わる明日は来ません。だって終わらないために
頑張ってる女の子を、終わらせるなんて誰にも出来ないから。
――おしまい」
勇者「は?」
女魔法使い「……すぅ」
勇者「寝るなよ。判らないよっ」
魔王「それは。その伝説は……」
女魔法使い「……本当に救うべきなの?
何度も何度も世界を救うべきなの?
この世界はそんなに情けない、救ってもらえないと滅ぶほど
なんの力も自由意志も持たない箱庭なの?」
勇者「……」
魔王「彼女というのは」
83 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/08(日) 00:43:27.18 ID:EFPdgVwP
女魔法使い「……すべきではない救済だったのではないか。
それを言うべき資格は、あるいはわたしにはないのかも知れない。
なぜならばわたしもまた救われた存在の子孫なのだろうから。
あの大災厄から魔族も人類も、自力で復興できたとは限らない。
あるいはそれほどに世界のきしみと
悲鳴は大きかったのかも知れない。
……それでも、わたしは問わずにはいられない。
“あれは、救うべきではなかったのではないか?”と。
“あれは彼らの罪で、罰だったのではないか?”と。
彼女は、“わたしたち”から滅ぶという自由も、
出直すべき機会も奪い取ってしまったのではないかと。
彼女は優しくて、暖かい。
魔王に、ちょっぴり、似てる。
だから、魔王は選ばなければならない。
同時に、勇者も選ばなければならない」
勇者「……」
女魔法使い「魔界と人間界に与えるかどうか」
魔王「自由を?」
女魔法使い「機会を」
勇者「だって、そんな事出来るかよっ。死ぬんだぞ!?
目の前でっ! 一杯人が死ぬんだぞ。
それに手を伸ばすなんて当たり前じゃないかっ!
俺は勇者なんだ。勇者は人を救ってなんぼだろっ!」
魔王「……」
女魔法使い「救ってないかも知れない」
勇者「なんでっ!」
女魔法使い「魔王の言葉を思い出して。勇者。
あなたの戦闘能力は、もはや戦争を誘発するほどに高い。
あなたが人を救えば救うほど、諸侯や教会、王の欲望は高まり
新しい戦乱を呼ぶほどに。いま人間と魔族は対峙していて
そのどちらに勇者が味方をしても多くの人が死ぬ」
84 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/08(日) 00:46:06.94 ID:EFPdgVwP
勇者「だったらどちらにも味方をしない。
両方を締め上げてでも平和を誓わせる。
こうなりゃ力づくだ。
女魔法使いが止めたって聞きやしないぜ。
今はちょっと体力が落ちてるけれど、それさえ戻れば」
女魔法使い「わたしは勇者のためにならこの身を焼く。
だから、本当にそれで勇者が良いなら、それでも良い。
でも、ちがう。
勇者は、後悔をする」
勇者「後悔なんてっ!」
女魔法使い「する。だって、それは人間から光を取り上げるから。
あの娘は云った。辛くても、苦しくても、それでも成し遂げる。
自らを傷つけてでも、正しいことを為す。それが自由だと。
もう虫でいるのは止めると、彼女が言ったから。
……勇者。
勇者は、彼女を虫だというの?」
勇者「……そ、れは。それはっ」
女魔法使い「……それを、勇者は奪うの?」
魔王「もう、手を出すなと?」
女魔法使い「……」
勇者「だってそんなのっ」
女魔法使い「……」
勇者「そんなのっ」
女魔法使い「知ってる。勇者がずっとそれを感じてきたことを。
魔王がずっとそれを感じてきたことを。わたしは知っている」
勇者「……」
魔王「……」
女魔法使い「その気持ちは“寂しさ”」
女魔法使い「もしかしたら、それは死よりも辛い認識だけれど。
自分が相手の役には立てないと知るのは苦しいけれど
……それだけなの。判って。
それは“それだけ”なの」
85 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/08(日) 00:48:20.94 ID:EFPdgVwP
魔王「だめなのかなぁ」 ぽろっ
女魔法使い「……」
魔王「わたしがいちゃ、だめなのかな……」
女魔法使い「……」
魔王「みんな、みんな。すごく好きだった。
言葉には出さなかったけれど、好きだった。
メイドの姉妹は可愛かった。
年越祭りにプレゼントをもらったんだ。
竜族の兵士も、鬼呼族の醸造頭領も気の良い奴らだ。
妖精なんて、小さくて一杯一杯飛んでくるんだ。
森歌賊の歌は優しくて透明で涙がこぼれる。
冬越し村の村長も好きだった。
酔うとひょうきんな歌を歌ってばかりいる。
修道会の栽培技術者は、はにかみやだけど真面目で。
苗を植える時期については一歩も引かないんだ。
女騎士も、魔法使いも、青年商人も、冬寂王も
メイド長も、火竜大公も、妖精女王も、鬼呼の姫巫女も
銀虎王だって……」
女魔法使い「……」
魔王「勇者と、わたしが、この世界にいては駄目なのかなぁ」
ぽろぽろ
女魔法使い「“彼女”の間違いを、繰り返すの?」
魔王「……っ」
女魔法使い「……」
勇者「魔法使い。教えてくれ。知っているんだろう?
何か手があるんだろう?
拡張と縮退する速度が均衡するって事に関係があるんだろう?」
女魔法使い「そう」
魔王「拡張と縮退……?」
女魔法使い「この世界の復元力、維持力。そういったもの。
魔王が余りにこの世界を拡張させようとしたので、
強力な反発力が現われて、この世界は崩壊の瀬戸際にある」
89 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/08(日) 00:53:14.93 ID:EFPdgVwP
魔王「何を言って……」
勇者「解決策を、そろそろ教えてくれ」
女魔法使い「……全てを完全に幸せにするのは、不可能」
勇者「それでも良い。そんなの、当たり前だ」
女魔法使い「……多くの反発要素が出る。それらは全て放置する。
なぜならそれらはこの世界が負うべき問題でもあるのだから」
魔王「そして?」
女魔法使い「根源にアクセスをして、反発力の発生源を停止させる。
その根源は“彼女”。
“彼女”が世界を救いたいと、
平和にしたい、いつまでもいつまでも微睡みの中のような、
時がたつのも緩やかな緑豊かで
牧歌的な世界でいて欲しいと願っていること。
その願いそのものが、収斂要素の発生原因」
勇者「……精霊が。やっぱり、まだ待っているんだな」
魔王「炎のカリクティス。そんな伝説だったのか……」
女魔法使い「それが彼女の願いだったから。
自らの恋をも捨てて願った未来だったから。
でも、彼女のそれを正しに行くのならば、
勇者も魔王も同じ間違いをするわけにはいかない。
“世界を救う保護者”に“世界を管理する保護者”を
説得することが出来るはずもない。
そう。
いま――選択の時は来た」
勇者・魔王「……」
90 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/08(日) 00:56:33.43 ID:EFPdgVwP
女魔法使い「かたや、永遠の世界。
それは永久を過ごす微睡みの世界。
もちろん完全な平和ではない。
戦争もあるし、人間と魔族は互いに滅ぼし合おうとする。
それでもそこはある意味理想郷。
無数の魔王と無数の勇者が現われて互いに戦い、
争いは常に伝説となる。でも、それは世界の背景。
普通の村人までもが戦で命を落とすことは少ない。
昔見た、小さなあの村は、いつまでもそのままに
人々は変わらぬ日々を送る」
勇者「変わらない……」
女魔法使い「人間は新しい技術を開発もせず、
王は王のまま、農奴は農奴のまま。
それが当たり前。“当然ゆえの幸福”。その永遠。
苦しみと不幸はそのままに、喜びと幸せもそのままに……。
決して破滅することのない日常が寄せては返す波のように。
彼女がかつて愛したその世界のそのままに、何度も繰り返される」
ザアアァァァ……
女魔法使い「かたや、解放された世界。
闇の帷の中、明かりを持たぬ旅人のように心細く
未知の旅を強要される世界。
そこでは激しい戦が起きる。
新しい技術が開発され、世界は拡大し、変化を遂げ続ける。
産業や経済発展はおびただしい数の人間を幸せにするだろうけれど
同時におびただしい数の不幸な人々を作り出しもする。
わたしは伝承学者だから、詳しくは判らないけれど
全てが滅びる可能性も、少なくはない。
それはあるいは破滅への回廊なのかも知れない」
魔王「……」
女魔法使い「全ての美しいものは消え去り、
全ての優しかった思い出は壊れ
勇者も魔王も産まれず、
戦いは歴史となり、決して“伝説”になってはくれない。
なぜならばもはや救済はないのだから。
でも、それはありとあらゆる可能性の萌芽。
人々は幸福になるための希望を胸に旅をする。
不安と引き替えに手に入れるのが、その胸に点る希望。
そして、誰もが未来が判らないゆえに、全力で生きる。
昨日とは違う今日、今日とは違う明日を求めて。
それは彼女がかつて愛した世界ではない。
誰も見たことのない新しい世界。……新しい、明日」
91 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/08(日) 00:59:03.94 ID:EFPdgVwP
女魔法使い「前者を選ぶのならば、簡単。
どちらかがどちらかを殺し、『天塔』を登ればいい。
ううん、今やそんな手間を掛けることもない。
強大なる反発力が教会に結集したいま、
どうあっても前者に引き戻される流れが出来ている。
――でも後者を選びたいのであれば」
魔王「『天塔』を登って、彼女を説得しなければならない」
女魔法使い「……そう。だけど、それは容易ではない。
彼女はもう何十人もの魔王や勇者の訪問を受けている」
勇者「それは、俺たち以外じゃ出来ない仕事だな」
魔王「そうだな」
女魔法使い「……選ぶの?」
勇者「そのつもりで準備してくれたんだろう?」
魔王「丘の向こうは、どうやらその塔の向こうにしかないんみたいだ」
女魔法使い「世界の人々は、二人を憎むかも知れない。
肝心の時には助けてくれなかったと。
勇者のことも魔王のことも裏切り者だと思うかも知れない。
世界を滅ぼしたと云われるかも知れない」
ザアアァァァ……
勇者「それは、きついけれど。でもさ」
魔王「全てが滅びる可能性がある世界ならば
全てが救われる可能性があるかも知れないだろう?
火薬が一万人の命を奪う世界には、
種痘が十万の命を救う歴史があるかも知れない」
勇者「全ては黒と白のモザイクなんだよな。
一つの瓶に入った色んな色のキャンディーみたいに。
赤いのだけ、とか、青いのだけは選べない。
“帳尻が合う”事を信じる」
女魔法使い「そう……」
92 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/08(日) 01:01:42.52 ID:EFPdgVwP
勇者「残った片方が、なんとか落ちをつけるだろう」
魔王「勇者なら、きっと見届けてくれる」
女魔法使い「たとえ、それを選んでも
どうにもならないかも知れない。
何らかのトラブルで祭壇が反応しないかも知れない。
反発力の妨害が発生し『天塔』を登れないかも知れない。
“彼女”に拒絶されて説得が失敗するかも知れない。
それでも?
そのために、どちらかが確実に命を落とすとしても?」
魔王「どちらか、ではない。わたしだ。
そもそもこれはわたしの旅なのだ。
わたしはあの大広間で勇者に命を救われた。
わたしの命はとっくに終わっていたのだ。
勇者だったら確実に彼女を説得してくれる」
勇者「魔王の旅なら魔王が最後までやるべきだろ!
俺が塔を起動させてやるから、上で説得しやがれ。
そもそも説得はそっちの得意ジャンルじゃないか」
魔王「わたしはわたしの都合で勇者を犠牲にするつもりはないっ!」
勇者「都合の話を混ぜてるんじゃないってのっ!」
女魔法使い「……判った。最初の約束を守る」
勇者「約束……?」
女魔法使い「大丈夫。勇者も魔王も。
……こんなところがゴールじゃないから」
94 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/08(日) 01:20:50.92 ID:EFPdgVwP
――魔界、聖鍵遠征軍後方戦線、後方戦線
聖王国将官「夜明けまで、あと数時間もないな」
参謀軍師「まことに」
聖王国将官「王弟元帥閣下はいかがされる御つもりなのか」
参謀軍師「……」
聖王国将官「聖鍵遠征軍は規模こそ保っているものの
その内側はシロアリのかじりつくした巨木のように
虚ろになりはてつつある。
このままでは日を置かずに倒れてしまうやもしれんのだ」
参謀軍師(そのとおりだ……)
聖王国将官「前方には、もはや城門を打ち破ったとは言え、
抵抗を続ける都市。後方には南部連合の得体の知れない軍。
ましてやここは異境、魔界のただ中、
補給も転進も容易くは行かぬ地で、兵にも怯えと動揺が走っている」
参謀軍師「ですな」
聖王国将官「だからこそっ!」
参謀軍師「しかし、だからといって、事ここに至っては
いたずらに騒ぎ立てることは
その崩壊を加速させてしまう結果にしかならぬのです」
聖王国将官「……いつからこんなことに。
全てが順調に進んでいたはずではないか。
我らがなんの手違いを犯したというのかっ!?」
95 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/08(日) 01:22:06.84 ID:EFPdgVwP
ばさりっ
王弟元帥「そうぼやくな」
参謀軍師「元帥閣下」
聖王国将官「多少はお休みに?」
王弟元帥「戦場だ。数日寝なかったところで、問題はない。
我らがなんの落ち度もなかったとて、状況は好転しない。
それもこの世の習いというやつだ」
参謀軍師「……は」
王弟元帥「しかし、どちらにせよ方針の大きな転換を
迫られるだろうな。聖鍵遠征軍の指揮系統は麻痺をしすぎた」
参謀軍師「その通りです」
聖王国将官「我らが後衛は王弟元帥閣下の元、
ほぼ完全な掌握を維持していますが、
本営ともなればどれほどの混乱があることか」
参謀軍師「……」
聖王国将官「これらも全て功を焦った貴族や王族軍と
それらを感化している教会勢力の裏切りともいえる行為のせい」
王弟元帥「裏切り……かな」
聖王国将官「とは?」
王弟元帥「彼らにせよ、彼らの利、思惑で動いている。
それを裏切りと断じるわけにも行かぬのか、とな」
参謀軍師「……やはり教会の動きは不審ですね」
聖王国将官「聖光教会ですか?」
参謀軍師「ともすればこの戦役の失敗さえも
望んでいるかのような言動が目立ちます。
教会、と云うよりも大主教がですが」
96 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/08(日) 01:24:53.66 ID:EFPdgVwP
王弟元帥「……」
聖王国将官「焦っているのでしょうか」
王弟元帥「焦っているのでは無かろう」
参謀軍師「“光の聖骸”ですか。その伝説を利用して
湖畔修道会に傾きかけた民の人心を引き戻したいと
云うことなのでしょう。
……狂信を利用して信仰を引き戻す。
どちらもどちらですな」
王弟元帥「勇者は疎まれているのかもな」
参謀軍師「は?」
王弟元帥(あるいは、魔王も勇者もすげ替えて
新しい教会の支配体制を切り開くおつもりか。
……しかしそれになんの利益がある?
教会はすでに十分な権力を持っている。
この上何を望むというのだ。
湖畔修道会とて、時間を掛ければ飲み込むことは
けして不可能ではないだろうに。
時間……。
老齢ゆえの焦りなのか?
その程度なのか、大司教は?)
参謀軍師「しかし、目下のところはなんとしてでも
目の前の膠着状態を脱却しなければなりません」
王弟元帥「うむ。――ことここに至っては、
我らの側にも誤りは許されん。
目前の戦の勝敗はともかく、
今後の展開を考えれば僅差での勝利などは大敗に等しい」
参謀軍師「はい。この魔界から生きて帰るための方策を
立てるべき時期です」
聖王国将官 こくり
97 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/08(日) 01:28:12.22 ID:EFPdgVwP
ばさっ
聖王国将官「これは」
参謀軍師「付近および防壁の詳細な見取り図です。
軍議には必要でしょう?
しかし、なかなかに堅固な陣容ですね。開門都市も。
南部連合軍も。もちろん押しつぶすことは出来る」
聖王国将官「しかしこちらにも多大な犠牲を払う」
王弟元帥「そして、その犠牲は、魔界奥深くまで
攻め入ってしまった遠征軍にとって、
すぐさまの全滅ではないにしろ壊滅の予告に等しい」
参謀軍師「許される損害の許容ラインは、2万……でしょうかね」
聖王国将官「少ないな……」
王弟元帥(2万か。……南部連合軍には新式の銃があり、
一方開門都市は粘り強い司令官と、まだ左右の塔が残っている。
城門が破れてなお持ちこたえる士気の高さは何故だ……。
それほどまでに信任厚い指揮官が陣頭に立っているのか。
そして、我が遠征軍の内部には不破の火種がくすぶっている)
聖王国将官「……?」
王弟元帥「局所の戦術よりも、ここでは戦略的判断が
重要となるだろうな」
参謀軍師「はい」
王弟元帥「我らは四つの問題を抱えている。
一つ、開門都市の抵抗。二つ、南部連合軍。
三つ、遠征軍内部の士気の低下および、軍規の乱れ。
これは補給の問題を含んでいる。
四つ、聖光教会との協力関係の破綻だ」
参謀軍師「破綻、まで想定しますか」
王弟元帥「現在のところそこまで至っていないとは言え、
集まる報告はすでにそれを指し示しつつある。
ここでいう“我ら”は遠征軍そのものではなく、
この天幕の内側を指す。
聖光教会はすでに聖王国の支持、支援なくして
独自の方法で遠征軍を制御できると考えているようだな。
もしくは“制御の必要がないと判断をしている”」
99 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage_saga]:2009/11/08(日) 01:29:59.92 ID:EFPdgVwP
聖王国将官「……そう思えます」
王弟元帥「我はこの四つの問題に対して、
全ての戦列で同時並列に勝利を収めることは
この時点に至っては不可能であると考える。
何らかの手段を用いて、最低2つ、出来れば3つの問題に
足止めをくらわせ、膠着させなければならない。
――もっとも望ましいのは、開門都市への戦力集中だ。
そのために他の3つの問題を一時的にでも
凍結させることが必要となる」
参謀軍師「しかしそれは難しいでしょう。
開門都市はもはや落ちかけた果実。
諸王国の王族や貴族、領主達が群がっています。
確かに数字の上で戦力をけしかけることは出来ますが
それでは戦力を集中運用したとはいえない。
現に、昨日、跳ね上げ門を突破してから市街戦に持込んだものの
その状態ですら一進一退を繰り返している。
これは明らかに前線の指揮系統が麻痺をして、
無駄な損害を増やしている状況です。
そこへさらに王弟閣下が出向いても、
貴族や領主どもからは
手柄を奪いに来たとしか見なされぬでしょう。
説得は不可能ではないでしょうが、時間がかかる。
短時間で説得を行なうためには、最低でも
遠征軍の士気の問題および、教会の態度の問題を
解決する必要があります。
さらに実際の都市攻略となれば後方の連合軍の追撃を
押さえなければならない」
聖王国将官「……では、南部連合軍を叩くというのは?」
参謀軍師「もちろんそれが正攻法で、教会や貴族達に
望まれていることでもあるでしょう。
しかし勝てはするでしょうが、どこまで損害が大きくなることか。
もし2万の損害を出せば、遠征軍そのものが
中期的に壊滅する恐れがあります。
仮に損害がそれよりも下回ったとしても、
その隙に諸王侯や貴族達が開門都市の占領に手間取り
犠牲を増やせば同じ事」
王弟元帥「なにより、南部連合とこの場で戦ったとしても、
我ら中央諸国家にとっても南部連合にとっても
手に入れられるものが少なすぎる。
ここは異郷なのだ。
兵を失うのは大きなダメージだが、その大きな傷手に見合うほどの
賠償金も領地も手に入れることは出来ないだろう。
得が、無い。しかし、その一方、我らに後列を任せた貴族達は
開門都市で略奪を行なうだろう。それこそ屍肉をあさるようにな」
参謀軍師「そうですね……」
100 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/08(日) 01:31:41.34 ID:EFPdgVwP
王弟元帥「……」
参謀軍師「どうされました?」
王弟元帥(それも選択肢の1つか……)
参謀軍師「リスクは大きいですが、検討に値する策が1つあります」
王弟元帥「好ましい手法ではないな」
聖王国将官「は?」
参謀軍師「しかし、短期間に遠征軍の中枢を掌握しない限り
無意味な兵の損失は続くでしょう。
兵力の補充が聞かない上に、補給もままならないこの環境下で
指揮系統が乱れれば、それこそ遠征軍は
取り返しのつかないことになります」
王弟元帥「やはり指揮系統の一本化がもっとも重要であったのだ。
……あのとき、軍を分割したことが指揮系統の二重化を招いた。
悔やんでも悔やみきれぬが」
聖王国将官「まさか……。それは」
王弟元帥「そうなるな」
聖王国将官 ごくり
参謀軍師「もとより我らが奉じているのは教会であって
大主教個人ではありません。
大陸の秩序を守っているのであって
教会の栄光を守っているわけではないのですから。
信仰の守り手と世俗の守護者では、自ずとその職域が違います。
戦の指揮とは、明らかに世俗の領域です。
その領域に立ち入れば利害が食い違うのは当然です。
この件の切っ掛けは教会と云って良いでしょう」
聖王国将官「それは仰るとおりですが。
そ、それでも、だ、だ、大主教ですよ?
精霊のもっとも高位のしもべである大主教を弑するだなんて……」
参謀軍師「損害を押さえられる可能性で語るべきです」
王弟元帥「それにしても、あの者は何を見ているのやら」
聖王国将官「は?」
101 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/08(日) 01:32:59.17 ID:EFPdgVwP
王弟元帥「紅の学士、だったか。
――あの燃える瞳の娘だ。
あの娘の打った手が、我をじわじわと苦しめている。
蒼魔族の居留地で補給を十全に出来なかったことが痛いな。
そして、あの地に釘付けになって失った一週間。
ここに来て、それが響いている」
参謀軍師「そうですね。意図してやったとは思いがたいですが」
王弟元帥「それはどうかな」
参謀軍師「とは?」
王弟元帥「あの胆力と知略は女にしておくには惜しいほどさ。
あの人材が中央に出でず南部連合に出てしまったことが
大きな変転の一端ではあるのだろうが。
しかし、あれで終わりと云うことはあるまい。
我らが教会とどのような関係を築くにせよ、
あの女は夜が明ければ戦場に現われるだろう。
どのような形だろうと援軍を率いてな」
聖王国将官「楽しそうですね」
王弟元帥「そのようなことはない。大陸の安定にとって
あのような思想の持ち主は害悪以外の何者でもない。
必要あれば慈悲無く躊躇いなく刈り取るまで。くくくっ」
参謀軍師「必要、ですか」
王弟元帥「いくら我でも、死んだ者を生き返らせることは出来ない。
“あのとき生かしておけば”と後で思うくらいならば
なるべく殺さずに利用したい。殺さずに済めば、な。
しかしあの娘。私に利用されることを肯んじるかどうか」
参謀軍師「そうですね」
王弟元帥「我であれば、そのようなことは許さないがな。
あの娘の誇りの高さと置き場所を試す戦場となるだろう」
聖王国将官「周辺警戒を厳命いたします」
王弟元帥「教会への対応、南部同盟軍との交戦、
そして、あの娘の勢力との戦い。
……計画を立てられるような戦いにはなりそうもないな、これは」
バサッ!
伝令兵「王弟閣下ッ!」
王弟元帥「何事か」
103 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/08(日) 01:35:21.42 ID:EFPdgVwP
斥候兵「はっ! 連合軍が、陣を移しましたっ。
いつのまにか東より回り込み都市に接近っ!」
バサッ!
光の伝令兵「ご注進です、閣下! ただいま、貴族領主軍の一部が
都市開門部分に夜襲攻撃を強行っ!!」
聖王国将官「ばかな!? あの都市は魔族の都市。
ろくに構造も判らぬ都市で強行夜襲による市街戦だと!?」
参謀軍師「功に焦りましたね」
聖王国将官「南部連合への距離は」
斥候兵「はいっ! 都市までの距離は5里。我が後衛軍の
当方2里を移動中。ただし幾つかの部隊に軍を分割して
行動をしているようで、詳細は不明ですっ」
参謀軍師「王弟閣下! 都市に入り込まれてはやっかいです」
聖王国将官「……いや、それは糧食の消費をはやめるだけでは?」
王弟元帥「この行動、もはや都市との連絡は成立していると
見て良いだろうな。夜明けも待たずに始めるとはっ」
参謀軍師「しかし、これでは、どこに軍が潜んでいるか。
都市に向かっていると報告された軍も虚偽の進軍、
実は連合軍の本隊は我が軍の南方から未だに
狙っているという可能性も」
聖王国将官「斥候を増やそうと決意した矢先に。機先を制された」
王弟元帥「かまわん。軍を再編。
こうなれば、遠征軍の本隊を巻き込んで、数の圧力で
一気に南部連合軍および、城壁周辺の魔族を叩くまでだ。
ただし市街戦は避ける。そこまでの余力はないっ。
魔族もこれがチャンスと出陣してくる可能性が高いっ」
参謀軍師「結局は力押しですか」
王弟元帥「数による飽和攻撃が我が軍最大の武器には違いない。
後は有機的な連携だが、今回ばかりは我も前線に出ざるを得ない。
ふっ。本気の遠征軍の底力、見たいというのならば見せよう」
171 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :2009/11/10(火) 06:10:11.26 ID:4RteqQsP
――開門都市近郊、南部連合軍、中枢
伝令「遠征軍内部で慌ただしい動き有りッ。内部で再編成の模様っ」
冬寂王「気が付かれたようだな」
鉄腕王「まぁ、そうだろう」
軍人子弟「予想済みでござるよ。装甲馬車を急がせるでござる」
鉄国少尉「了解っ」
将官「重いのが難点ですね、あれ」
羽妖精侍女「妖精ニハ動カセマセンデス」
冬寂王「なぁに。赤馬の国の駿馬がいる」
鉄腕王「奴らはどう出るか」
軍人子弟「おそらく会戦を望むでござろう」
鉄国少尉「ですね」
将官「ふむ」
軍人子弟「遠征軍の最大の武器は数。
平原で横一線になり激突するような戦になれば圧倒的有利。
こちらに小細工をさせる隙を与えないのが基本でござる。
都市軍と合流されたとしても、籠城されるよりはそちらを
選ぶでござろうね」
将官「引き受けるのですか?」
軍人子弟「……」
羽妖精侍女「ござるハ難シイ顔デス」
軍人子弟「昨日もはっきりしたでござる。
マスケットはたしかに強力な武器でござるが、強力すぎる。
多くの死者を出すでござる。
こちらが死にたくなければ、相手を多く殺すしかない。
歯止めの利かない武器でござる……。
拙者は軍人ゆえに死を厭うことはないでござる。
我が南部連合軍は全て軍人。
王命を果たすため、義を貫くため戦う覚悟はあるでござるが
相手は、銃を持った農奴に過ぎぬと考えると
気が進まぬ戦ではござるな」
172 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/10(火) 06:11:20.16 ID:4RteqQsP
鉄国少尉「しかし、手加減をして勝てる相手ではありません。
そもそも全力を尽くしても勝てるか否か」
将官「そうですね……」
冬寂王「今を生きる我らは未来に対しての責務を負っているのだ。
ここで手をゆるめることは明日に対する裏切りだろう」
鉄腕王「……うむ」
軍人子弟「そうでござるね」
将官「勝算はどれほどあるのです?」
軍人子弟「開門都市からのこの親書を信じれば、まず」
将官「まず?」
軍人子弟「五割でござろうね」
鉄国少尉「策を持ってしても、ですか」
軍人子弟「時にはそういう戦もあるでござるよ。
そもそも策とは不利だから講じているのでござる。
昨日の戦で判り申したが、
遠征軍はどうやら全軍では行動がとれぬ様子。
と、いうよりも、王弟将軍の指揮権が半減しているでござる」
鉄国少尉「そのようですね。昨日はあそこまで攻めて叩いても
本陣からは援軍の動きも、そもそも報告の行き来もなかったとの
密偵から知らせが入っています」
将官「ふむ。……何らかの齟齬でもあるのですかね」
冬寂王「遠征軍もまた我らと同じように多数の国家群からなる
寄せ集めの軍隊だ。
馴れぬ異境の地で、意見が割れると云うこともあるだろう」
173 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/10(火) 06:12:29.79 ID:4RteqQsP
軍人子弟「そうでござろうね。
我らと違って、参加諸侯は恩賞の土地目当てが殆ど。
そこらあたりが原因かと思うでござる。
王弟元帥とやらは確かに軍事的才能は秀でているでござろうが、
致命的な弱点があるでござる」
将官「弱点? そのような物があるのですか?」
冬寂王「はははは。“それ”を弱点というのは
いささか可哀想な気がせんでもないな」
鉄腕王「なんだそれは?」
軍人子弟「それは“一人しかいない”と云うことでござるよ」
鉄国少尉「確かに」
将官「それは当たり前ですが、それが弱点になるんですか?」
軍人子弟「2つの前線で指揮は執れないでござるよ。
夜明けを切っ掛けに開門都市とこちらで連携した戦術で
遠征軍を引きずり回すでござる。
遠征軍に亀裂が入っているのであれば、
その機動で必ずや無理が露呈するでござる」
羽妖精侍女「都市ハ助カリマスカ?」
鉄腕王「大船に乗ったつもりでいてくれや」
冬寂王「軍人子弟殿は、その親書を深く信頼しているのだな」
軍人子弟「蔓穂ヶ原の戦いにおいて我らを助けるために
駆けつけてくれた魔族の二人の将軍の一人が、
開門都市で指揮を執っているでござる。
砦将殿とはあの戦役の折、酒を酌み交わしたでござる。
あの御仁であれば、必ずや役目を全うされるでござろう。
それに……」
冬寂王「それに?」
軍人子弟「この親書の封蝋の紋章には見覚えがあるでござるよ」
鉄腕王「封蝋」
軍人子弟「懐かしき学舎の、でござる。
二人の師匠が揃って見ているのでござる。
拙者が恥ずかしい真似をすることは出来ないでござるよ」
175 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/10(火) 06:18:30.94 ID:4RteqQsP
――開門都市、南大門、大通り付近
義勇軍弓兵「明るくなってきた……」
人間作業員「夜明けだ」
東の砦将「さぁって、今日が運命の一日か」
青年商人「そうなりますね」
東の砦将「すげぇくそ度胸だな」
青年商人「いやいや。そんなことはありません。
しかし、顔色を変えると足元を見られますからね。
それに最初はそちらの手番です」
東の砦将「“とりあえず火をつけろ”とはね」
青年商人「やはり相当に無茶ですかね」
東の砦将「普通の将軍なら引き受けねぇだろうな」
青年商人「でしょうね」
東の砦将「でも、こちらも一応族長って事になってるし
このまま縮こまって守ってれば勝てるかって云う話でもあるしな。
また、勝って良い相手かと問われれば、そりゃ悩むさ。
別に俺が人間だからって訳じゃないぞ。
ただ、曲がりなりにも開門都市を預かっていたからな。
やはり夢は見ちまうさ」
青年商人「夢、ですか」
東の砦将「喧嘩はしても、一緒にやってくことも
出来るんじゃねぇかってな」
青年商人「そんな事は最初から自明ですよ」
東の砦将「そうなのかい?」
青年商人「ええ、最初に出会った時から判りきっていました」
東の砦将「あいつらにも判ってくれりゃぁいいけれどな。
さぁて、そろそろはじめるぜ?」
青年商人「よろしくお願いします」
東の砦将「よーし、火をつけろ! 金物をならせっ!!
門の付近で火事が起きて騒ぎを起こせば、
抜け駆けされたと誤解をした遠征軍の先方部隊は
飛び起きてしゃにむに突撃してくるぞ! 火矢を射込め!
灯りを目当てに射撃で数を減らせ! 乱戦を演出するんだッ!」
青年商人「略奪貴族部隊の眼を、南門に引きつけるのです!
斥候を集中させて、北門の包囲を解かせる。
この一戦で状況を打破しますよっ」
176 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/10(火) 06:22:20.80 ID:4RteqQsP
――開門都市、南通り正門付近、遠征軍の天幕
ダダダッ! ガササッ!
見張り兵「領主様っ!」
貴族領主「見えておるわ、このうつけめが! 皆をたたき起こせ!」
見張り兵「は、はいっ!」
ごおおおお!
私兵隊長「あの炎はっ!?」 高慢な騎士「さては、川蝉の領地か、霧の国の抜け駆けか!」
貴族領主「このままでは一番槍を奪われるっ。
農奴達を正門に突撃させろっ。いや、我が領土の騎士を投入だ!
急げ! 農奴などは信用がならぬっ」
私兵隊長「判りました! 整列っ! 整列っ!」
高慢な騎士「腕が鳴りますな、領主殿」
貴族領主「ふっ。強力無双の騎士どもにかかれば魔族どもばらなど」
高慢な騎士「はーっはっはっは! 我に任せれば
全て平らげてご覧に入れようっ!」
バサッ!
見張り兵「炎上は継続中! 霧の国、塩の国の兵団や、傭兵部隊が
動き始めました! 正門付近では戦闘が始まっております、
すごい音です!!」
貴族領主「こうしてはいられぬっ」
高慢な騎士「陽も登りつつある、暗闇は払われたっ!
今日こそ小癪な魔族どもをこの世界から抹殺してご覧に入れる!」
観測兵「開戦っ! 夜明けを待たずして、激突が起きていますっ」
伝令兵「早速部隊が正門打破を成功させましたっ!!」
177 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/10(火) 06:25:03.93 ID:4RteqQsP
――開門都市近郊、南部連合軍、中枢
将官「開門都市、南門付近に動き有り! 火の手ですっ」
軍人子弟「いよいよでござるな」
鉄国少尉「はっ!」
冬寂王「決戦になるのか?」
軍人子弟「出来れば仕留めたいでござるね」
将官「このような時に、女騎士将軍がいてくだされば……」
冬寂王「それは言うな。彼女には彼女の仕事があるのだろう」
鉄腕王「そうなのか?」
軍人子弟「あるでござろうね」
鉄腕王「この一大事になんの仕事が」
軍人子弟「勇者一行の仕事でござるよ」
鉄国少尉「そうですね。我らのことは我らでやらないと」
将官 こくり
冬寂王「そうだな」
斥候「遠征軍後陣、突出してきますっ!」
鉄腕王「ふっ」
軍人子弟「先にこちらを叩くつもりでござるか。いや……」
鉄国少尉「ええ……。突進してくるのは約6000。
そのほかの部隊は、一丸になって力を蓄えています」
鉄腕王「決死隊か」
178 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :2009/11/10(火) 06:33:16.41 ID:4RteqQsP
軍人子弟「……」
鉄国少尉「お気持ちは判りますが、避けられませんよ」
軍人子弟「無用の情けは武人の恥でもあり
傲慢でもあるでござろうね」
鉄国少尉「そうです」
冬寂王「血が必要なのだ。この瞬間を乗り越えるためには」
鉄腕王「我らの血で払いたくなければ敵の血であがなうしかない」
軍人子弟「騎馬隊っ!!」
騎馬隊「はっ!!」
軍人子弟「縦列突撃準備っ! 敵の突出部隊は軽装歩兵中心。
マスケットは含まれていても少数でござる!
これを機動兵力にて一撃するでござる。
ただし、敵の狙いは、この兵力を持って
自らのマスケット射程圏内に我らをおびき出すことっ。
くれぐれも突出を控えよ。角笛の二点呼にて退却っ!」
騎馬隊隊長「復唱します! 縦列突撃後、角笛の二点呼にて退却」
軍人子弟「よしっ! 指揮は鉄国少尉っ」
鉄国少尉「お任せあれっ!」
軍人子弟「まだ序盤でござる。太刀の一合わせ目に過ぎぬでござる。
いまは、敵の首よりも混乱が欲しい。
逃げる敵があれば、深追い無用。ただし、意気はくじくべし!」
鉄国少尉「かしこまりましたっ!」
将官「我ら歩兵部隊は?」
179 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/10(火) 06:34:58.77 ID:4RteqQsP
軍人子弟「このまま前進。緩やかに回り込みながら開門都市に接近。
遠征軍の本陣に圧力を加え続けるでござる」
鉄国少尉 こくり
軍人子弟「遠征軍の貴族達や王族達、それに教会勢力は、
安心しているのでござる。
――たとえ多少の軋轢はあってもいざとなれば王弟の軍が
守ってくれる、と。
それゆえ、その安心ゆえに、絶対的な高所から狩るかのように
人殺し、魔族殺しを行なっていることが出来るのでござる。
我らは身を切られるような痛みを持って
この戦場に立っているでござるが、きゃつらはその痛みを
感じることもないままに、ぬくぬくと略奪をしているだけ。
これでは交渉など出来ようはずもないのでござる。
安全? 守ってくれる? 一方的な攻撃?
そのような保証はこの戦場にはどこにもないということを
我らが教えてやる必要があるでござるっ」
冬寂王「気が付くかな、遠征軍は」
軍人子弟「気が付いたにしろ手遅れでござるよ。
数が多いという武器が、今度は奴らの首を絞めるでござる。
あの全軍を統率することは、たとえ王弟将軍であろうと
今からは不可能でござる」
将官「了解です。防御陣形のまま迂回侵攻っ」
軍人子弟「直属ライフル部隊は、このまま予定どおりの地点を
移動しつつ、狙撃により遠征軍の指揮系統を破壊するでござる!
遠征軍の大半は、戦闘には不慣れな素人。
士気も決して高くはない。
指示がなければ判断できない部隊でござる。
貴族の鎧や戦馬を集中的に狙撃っ! 指揮系統を分断っ!」
ゴオォォーン!!
鉄国少尉「始まりましたな。いってきます! 護民卿っ!」
軍人子弟「我らの明日のためにっ!」
182 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/10(火) 07:17:26.21 ID:4RteqQsP
――地下城塞基底部、地底湖
明星雲雀「ピィピィピィ」
女魔法使い「……ここ」
魔王「こんなところがあったとは……」
勇者「ここは、開門都市の」
女魔法使い「そう。岩盤空洞」
メイド長「まおーさまっ!」ひしっ
魔王「メイド長ではないかっ」
勇者「よっ」
メイド長「心配しましたよ」
魔王「魔法使いの手伝いはどうなった?」
メイド長「もちろん完璧です」
勇者「手伝い?」
女魔法使い「借りた」こくり
魔王「殆ど脅迫のようにメイド長を連れて行ったのだ」
ガシャ
女騎士「わたしもいる」
勇者「女騎士っ!」
女騎士「勇者、ぼろぼろだな」
明星雲雀「みんなぼろぼろですよぅ。ぴぃぴぃ」
女魔法使い「説明をする」
メイド長「そうですね」
184 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/10(火) 07:18:31.70 ID:4RteqQsP
魔王「説明。生け贄の祭壇……か」
女魔法使い「そう。ここが生け贄の祭壇。
正確には開門都市全域が、そう。
それは、勇者か魔王の死を感知して起動する力場形成装置」
メイド長「ずいぶん古く、精巧なものです。
この魔法的な装置の修理と手入れは非常に微細なレベルでの
掃除が必要でして、通常の方法では不可能でした」
魔王「それでメイド長が必要だったのか」
メイド長「ええ、メイドゴーストであれば透過しつつ
掃除できますからね」
勇者「いくら修理したからって、
魔王を生け贄にするつもりなんて俺にはないからなっ」
明星雲雀「ピィピィピィ」
女魔法使い「問題ない」
勇者「だいたい何でかあいつら何かを犠牲にすれば
何か得られるとか本気で信じ込んでるから始末に負えない。
それは要するに何かを犠牲にすれば、貰えて当然って云う
さもしい乞食根性だっていい加減気が付けって……
えーっと。……問題ないのか?」
女魔法使い「ない」
明星雲雀「……ピィ」
女魔法使い「この装置は、魔王や勇者という存在が消滅する時に
発生する巨大な関係性のエネルギーと魔力を変換して
起動するもの。残った片割れを精霊の住む場所へと案内する」
勇者「精霊の住む場所って……異次元とか?」
女魔法使い「精霊にそんな概念はない。そんなに都合は良くない。
精霊がいるのは、あの……碧の、太陽」
メイド長 こくり
魔王「あの太陽にっ!?」
185 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/10(火) 07:20:24.89 ID:4RteqQsP
勇者「魔界のか!? なんだってそんな所にいるんだよっ」
女魔法使い「大破砕の後の混乱、茫然自失、あるいは昏睡。
それから覚めた精霊の眼に移ったのは荒廃した世界。
これから荒廃してゆかざるを得ない世界。
人間と魔族……つまり、大地の精霊の血を引く力弱き民と
それ以外の精霊の血を引く猛々しい民の間には
すでに憎しみの眼が撒かれていた。
それも、炎の精霊族たる彼女と、
大地の精霊と人間の間に生まれた彼女の恋した青年。
――最初の勇者が惹かれあったせい。
二人の恋がおごり高ぶった精霊の選民思想に火をつけて
この世界を引き裂きかねない荒廃をもたらした。
この世界は広いけれど、それでも憎しみ合う2つの民を
住まわせるほどの広さはなかった。
だから、彼女は魔族――精霊の血を引く民を
この大地の底へと閉じ込めた。
それは人間の自由さをねたみ、恐れ、縛り付けようとした
自らの一族への永劫の罰。幽閉の煉獄。
でも、罪深き自らの民以上に彼女は自分自身を責めた。
救いきれなかった自分を。
選べなかった自分を。
そして、彼女はこの真っ暗な地底世界の、
せめてもの灯りになることを望んだ。
彼女は炎の精霊としてその身を焦がし、
“光の精霊になった”」
メイド長「……」
女魔法使い「魔界には、この空洞には灯りがなかったから。
炎の娘が魔族と呼ばれる者たちに“世界”を与えるためには
それしか方法がなかった。
彼女は今でもその身を焦がしながら、焼ける身体に心を
縛り付けて、何人もの魔王を、そして勇者を待ち続けている」
魔王「では……」
勇者「まさか……」
女魔法使い「そう。あの碧の太陽が、彼女の骸。
――光の聖骸。光の精霊の、罪に満ちた、亡骸」
魔王「いったいどれだけの時を」
女魔法使い「その時間は、この世界において意味をなさない。
時間を刻むべき世界が切り替わるほどの時がたった」
186 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/10(火) 07:23:07.12 ID:4RteqQsP
勇者「……そか」
女騎士「……」
女魔法使い「……時間を掛けて研究した。私の魔力ならば
魔王が死んだ時に匹敵する魔力を作り出して、
維持することが出来る」
魔王「まさかっ!? そうなのかっ?」
勇者「魔法使いが出来るって云うのなら、出来るんだろうな」
明星雲雀「……ぴぃ」
女魔法使い「任せて」
女騎士「……ああ、任せても平気だ」
ブゥゥウン
メイド長「魔力回路の整備も完璧です」
女魔法使い「私が回路を起動させて、『天塔』を作る。
力場で作られた高さ1500里の塔。その先に精霊はいる。
起動が成功したら、すぐに魔王と勇者、女騎士は
塔へと突入する。塔の中は完全に無人のはず。
作りたてだから。後は最上階で精霊を説得する」
魔王「女騎士も?」
女騎士「ひどいな。魔王は。
まさか勇者と二人だけで行くつもりだったのか?」
魔王「いや、そういうわけではないが」
勇者「そういえば、いつの間にこっちに来てたんだ。女騎士は。
よくここまでたどり着けたな」
女騎士「……魔法使いの案内で」
明星雲雀「ご主人様はねっ! ほんとはっ!」
女魔法使い「……“捕縛式”」
明星雲雀「ピギャン!」
187 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/10(火) 07:24:21.92 ID:4RteqQsP
メイド長「まおー様……」
魔王「世話を掛けるな」
メイド長「いえ。これもメイドの役目ですから。
ですけれど、帰ってきてくださいね」
魔王「それは」
勇者「もちろんだぞ。絶対帰すから」
魔王「勇者、今回ばかりはそうとばかりも」
メイド長「今回はお供できません。申し訳ありません。勇者様」
勇者「おうよ」
メイド長「期待して良いですね?」
勇者「もち」
メイド長「それ、虚勢ですよね?」
勇者「よく判ったなっ」
メイド長「いえ。虚勢も張れないような人間だったら
始末していたところです」
魔王「メイド長っ!」
勇者「いや、良いって良いって。それにさ。
大変なのは俺らばっかりじゃないしさ。
そもそも俺たちなんて精霊に面会して
説得するだけの楽な任務だぜ?
考えてみれば、下に居残って都市を守る方が
絶対にキツイって。戦争なんだぞ?」
メイド長「そんな事はないかと思いますが」
魔王「いや、勇者の云うことももっともだ。
都市のみんなにも、よろしく伝えてくれ」
勇者「俺からも頼む。……メイド姉にも、会えたらな」
メイド長「へ?」
188 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/11/10(火) 07:26:54.71 ID:4RteqQsP
魔王「メイド姉が?」
勇者「来てるよ」
メイド長「来てるって……」
勇者「近くで、軍を率いているよ」
メイド長「何をやっているんですかっ。あの娘はっ!?」
勇者「勇者」
メイド長「え? ええ?」
魔王「勇者?」
勇者「ああ。……勇者を名乗るんだってさ。くくっ」
魔王「――。あははははっ」
勇者「最高だろ?」
魔王「まったくだ!」
メイド長「笑い事ですかっ」
魔王「いやさ。覚悟を決めた人間のなんと眩しいことか」
勇者「あいつは本物だよ。俺より勇者かも知れないな」
メイド長「まったく。あの娘は、メイドの道を諦めて正解です。
おとなしい内省的な性格なのに、
表に出る行動だけは断固意地っ張りでとんでもないんですから」
魔王「メイド長によく似てる」
勇者「そうな!」
189 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/11/10(火) 07:28:25.46 ID:4RteqQsP
女騎士「……」
女魔法使い「……」
勇者「まぁ。上の件は、任しておけって」
魔王「本来の役目だからな」
メイド長「緊張感を持ってください」
女騎士「すまない……」
女魔法使い「謝る必要なんて無い。
私は私の思うがままに誠を通しているし。
――それで、十分」
女騎士「十分、なのか」
女魔法使い「中に入ったら、打ち合わせ通りに」
女騎士「判った」
明星雲雀「やっぱり無茶ですよぅ。もっと準備をして」
女魔法使い「準備の時間はない。
今ならば、あの怪物より先に『天塔』へ入れる。
でも、先行されたならば追いつくことは出来ない」
明星雲雀「だからって……」
女魔法使い「忘れてはいけない。魔王は戦闘では無力。
勇者の戦闘能力は、無力化の祈願によって十分の一。
もう、あの怪物を止める手段はない。
誰も気がついてないけれど、もう詰んでいる。
魔族軍も南部連合軍も、もはや遠征軍さえも
――すでに壊滅しているに等しい」
191 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/10(火) 07:31:10.05 ID:4RteqQsP
女騎士「そうだな」
女魔法使い「……私たちは何?」
女騎士「勇者の仲間、だ」
女魔法使い こくり
女騎士「だけど」
女魔法使い「……あの化物が戦場で暴れ始めたら
膨大な数の犠牲者が出る。わたしはそれでも良い。
ううん……その方が良い。
けれど、それでは勇者が納得しない」
女騎士「そうだな……」
明星雲雀「馬鹿ですよぅ。本当に」
女魔法使い「……それで、いい。それが、いい」
女騎士「……」
女魔法使い「魔王はそろそろ気がついている。
収斂力が高まるという意味について。
――それは魔王というシステムの根幹だから。
略奪、戦乱、疲弊、飢餓、崩壊。
それが魔王という機構の存在意義。
『世界を後退させる収斂力の顕現』」
女騎士「魔法使いの話はいつも難しいよ」
192 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/10(火) 07:32:24.26 ID:4RteqQsP
女魔法使い「理解しないと負ける」
女騎士「判った」
明星雲雀「判ったのかねぇ。ピィピィ」
女騎士「勇者と魔王は、精霊を目指す決定力。
であると共に、怪物を戦場から引きはがす、囮」
女魔法使い「……正確には囮じゃない。
『天塔』が起動する。
それは、一見、勇者か魔王の死を示す。
怪物はそれを見逃さない。全てを手に入れるために
『天塔』へと向かい、結果的にそれは先行する
女騎士達を追いかけることになる」
女騎士「話は簡単だ。それに望む所でもある。
護衛だなんて騎士の誉れだ」
女魔法使い「……」
女騎士「ほんとだぞ?」
女魔法使い「足止め、捨て駒。許されない」
女騎士「魔法使いがそれを云うのか」
女魔法使い「わたしは特別。わたしは世界で一番想ってる」
女騎士「わたしだって特別だ。魔王だってな。
思い上がってちゃだめだ。世界で一番、なんて。
そんなもの、世界で一番ありふれているんだから」
232 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/12(木) 21:09:16.59 ID:uEzyLrsP
――開門都市、南門周辺、市街戦
獣人軍人「下がれ! 押し寄せてくるぞ!!」
土木師弟「10番から20番まで、扉閉鎖っ! タールを流せ!」
巨人作業員「オオオっ!」
義勇軍弓兵「討て! 討てっ!!」
ひゅんひゅんひゅん!! ひゅんひゅんひゅん!!
人間作業員「土嚢だ。石も持ってきた!」
蒼魔族作業員「そこにおいてくれ。俺たちが積み上げる」
人間作業員「そこは矢が飛んでくるぞっ!」
蒼魔族作業員「だから俺たちがやるんだっ」
東の砦長「おい、おい。落ち着けぇ!
まだ始まったばっかりだ。それに相手は貴族配下の
欲の皮の突っ張った騎士どもに腰の引けた従者どもだぞ。
こんなものはまだまだ手始めだ。気負うな!」
獣人軍人「退却する城壁、防壁、路地を確認っ」
土木師弟「……良く引き寄せてくれ」
巨人作業員「……家を……略奪しながら」
義勇軍弓兵「ふざけるな! 遠征軍どもめっ。
人間はお前達のような恥知らずばかりじゃないっ」
ゴォォン!!
人間作業員「!! カノーネ!? お構いなしなのかっ」
235 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/12(木) 21:12:55.49 ID:uEzyLrsP
東の砦長「よぉく聞け! 衛門の一族よ! 魔族の強者よ!
南区全域はこれより市街戦の戦場とするっ。
すでに住民の避難も終わり、魔王の許可も出ている。
本陣は無名神殿に奥だが、いずれは無明神殿まで譲り渡す。
いや、無名神殿の方まで貴族軍を招き寄せて捕獲するぞ!
いいか、街はここで大きな被害を受けるだろう!
だが、街は街だ。
人じゃない。
戦が終われば再建できる。
眼前の一戦にこそ、家族、同胞、氏族、そして魔界の
興亡がかかっていると心得よっ!
憎しみで戦うなっ。恐怖も怒りも視界を濁らせて自分の
身を危うくするぞ! 無理はするなっ!
この区域は俺たちが暮らしてきた街だっ。
一から復興して、一つ一つ煉瓦を積み上げてきた都市だっ。
この都市は俺たちの味方で、決して裏切ったりはしない。
欲に駆られたヤツらは略奪や放火をしながら進んでくる。
少しずつ、ヤツらを小さな部隊にほぐして、取り囲め!
無理なら殺して問題はないが、もし可能なら生け捕りにしろ。
戦闘力を奪うには、両手をへし折れば足りるっ。
我らの街に勇んで入ってきたヤツらは、地上の王族や貴族だ。
戦後身代金をたんまり払わせてやるぞっ!」
「「「おおっ!」」」
東の砦長「土木師弟さんよぉ、人足を指揮して、
防壁の指揮を頼む。相手の上に矢を降らせて
いらいらさせてくれ。ヤツらの経路誘導は全て任せたっ。
獣人軍人っ。あんたは後詰めだっ。
だからといって暇じゃないぞ。けが人の手当やさらに
後ろへと運ぶ準備、それから捕虜の管理、全てやってもらう。
後退軍の準備も進めてくれっ。
俺は大通りに出て、ヤツらの主力を一回叩く。
さっと下がるからな! 街の中央部へは行かせるな!
あくまで無名神殿方面へと侵攻させ、被害を制御しろっ!」
ゴォォン!
東の砦長「この街は魔王そのものだっ。
俺たちは魔王に恩義があるっ。
そしてその魔王を守るために散っていった友との約定もある。
この地を守ることは、俺たちがこの地の正統な住人だと
名乗る上で欠くことの出来ぬ条件だ。
――故郷だからこそ守る、と人は言う。
だがしかし、俺は新興の木っ端族長として言わせてもらうぜ。
“守るために力を尽くしてこそ故郷と呼べるのだ”となっ。
さぁ、だれ恥じることのない故郷を得るために、
この都市を本当の意味で我らの故郷とするために
俺たち力の最善をつくせっ!! 自分自身の未来の為にっ!」
236 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/12(木) 21:14:16.34 ID:uEzyLrsP
――開門都市南側、南部連合軍前線
ズギュゥウウン! ズギュゥゥン!
軍人子弟「600歩後退っ!」
鉄国少尉「600歩後退っ! 急げっ!」
将官「左翼騎馬部隊、準備完了っ」
軍人子弟「接近、騎射終了後即座に反転して離脱っ。
行くでござるよっ!」
将官「了解っ!」
冬寂王「どうだ」
軍人子弟「小刻みに出入りを繰り返しながら
敵軍を挑発中でござる。
最初の斉射の後は、遠征軍の前線の指揮官も
軍勢の内側に身を隠したようで
なかなか隙を見せないでござるね」
「おぉぉぉぉ!!」 「光のために!」 「精霊は求めたもう!」
ギィン、キィン!!
鉄国少尉「騎射完了ッ!」
軍人子弟「300歩前進っ! 射撃準備っ」
冬寂王(細かいな。これほど緻密な運用をするのか)
軍人子弟「どうしたでござろう? 冬寂王」
冬寂王「いや、感心していただけさ」
軍人子弟「?」
237 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/12(木) 21:17:07.58 ID:uEzyLrsP
鉄国少尉「確かに驚異的な粘りですね」
冬寂王「む?」
軍人子弟「さすが王弟元帥という話でござる。
歴史に残る采配でござるよ。
これだけ指揮系統を炙って、少なからぬ混乱を
起こしているにもかかわらず、前線が破綻しないでござる。
それどころか、けが人を抗争して、素早い再構築を繰り返し
前線密度が低下しないでござるよ。
こちらの突撃はマスケットで押さえながらも、
向こうのもくろみも進行させているでござる」
冬寂王「もくろみ、とは?」
軍人子弟「遠征軍は、開門都市南門で戦場を一つ、
そしてここで我ら南部連合との間に戦場を一つ
抱えているのでござる。
二つの戦場の間には貴族や王族、教会の天幕やら
糧食を集積した大規模な街にも匹敵する陣地を
築いている……。
この三つは、互いに距離もあり連携することは困難でござる。
王弟元帥1人で目が届くのは我らとの前線くらいのもの。
そしてその前線戦力では我らと互角。
王弟元帥はこちらの誘いに乗らずに徐々に軍を斜行させ
本陣、および南門前線方向へと戦場をずらしているでござる。
おそらく前線と本陣の距離を圧縮して、数的有利を得る
戦術でござろうね」
鉄国少尉「ま、こちらも織り込み済みですがね」
冬寂王「そうみえるな」
軍人子弟「しかし、それをここまで被害を押さえて
行なうとは非凡でござる。良くする所ではござらぬ。
敵でさえなければ教えを請いたいほどでござる」
238 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/12(木) 21:19:29.00 ID:uEzyLrsP
冬寂王「崩すのはやはり難しいか?」
軍人子弟「膠着はするでござるね。
王弟元帥はこのまま戦場を圧縮し、
おそらく本陣へも我らの銃声が響くような距離設定に
することにより危機感を煽り、一気に本陣の予備兵力を掌握。
その圧力にて、我ら南部連合を殲滅する計画でござろう」
鉄国少尉「……」
「大地のためにっ!」「我ら南部の旗の下にっ!」
ズギュゥウウン! ズギュゥゥン!
冬寂王「そのようだな」
軍人子弟「王弟元帥の器量がどれほどか」
冬寂王「そこは賭けにならざるをえんな」
鉄国少尉「は?」
冬寂王「器量が低ければ、軍の掌握を仕切れぬだろう」
そして器量が充分に高ければ戦わずとも済む。
……高いことを期待したいが」
ゴォォン! ズゴォォン!!
冬寂王「カノーネか」
鉄国少尉「我ら主力軍、防壁まで後1里半に接近っ」
冬寂王「そろそろだな」
軍人子弟「本当に良いのでござるね?」
冬寂王「平和のためだ。惜しくはないさ」
軍人子弟「承ったでござる。輜重部隊、護衛部隊。準備を」
鉄国少尉「了解っ!」
239 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/12(木) 21:20:41.76 ID:uEzyLrsP
冬寂王「前線の構築と傭兵は鉄の国および貴君に一任する。
我には南部連合のとりまとめとして、別の戦があるのだ。
出立前から描いていたとおり、やらせてもらおう」
鉄腕王「良かろう。会議でも合意されたことだ」
鉄国少尉「輜重部隊に簡易装甲の準備良しっ。
火竜大公よりの補給品、全て積み終わりましたっ」
羽妖精侍女「伝ワッテ欲シイデス」
冬寂王「力尽くでも判らせるほか、あるまいよ」
鉄腕王「こっちも準備よしっ!」
軍人子弟「狙撃部隊っ、突出してきた兵の鼻先を叩け。
なるべく深く突っ込み、荷物を置き去りにするぞ!
回収させるでござるっ!」
鉄国少尉「一番隊、二番隊、三番隊出発!!
護衛歩兵部隊、長槍部隊進発っ!
測距兵、マスケットの間合いを随時警告せよっ!
距離はない、ゆっくり進んでもかまわん!!
待避用の塹壕をこえて、慎重に行けっ!!」
冬寂王「では、我も出るか」
軍人子弟「それは――。前線はそれがしたちだけで
大丈夫でござる。冬寂王が身を危険にさらすことなど」
鉄腕王「はははは。わしもでるぞ。ここは王族の出番だろう」
軍人子弟「っ! では、拙者も出るでござるっ。
突撃準備っ! 鉄国兵団、構えっ!!」
鉄国少尉「了解っ!」
251 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/13(金) 03:31:34.06 ID:rH.ZqWkP
――開門都市南側、遠征軍前線
ズギュゥウウン! ズギュゥゥン!
王弟元帥「きめの細かい傭兵だな」
参謀軍師「姫将軍とやらでしょうか」
王弟元帥「いいや、この感覚は違うだろう。
挑んでくるような覇気が感じられる代わりに、
しぶとく不屈の、折れぬ剣のような気配だ。
必殺の策を持っているという気迫ではないが
負けぬ戦いの意志を感じる。南部も、層が厚い」
参謀軍師「マスケットの射程距離外で細かく兵を出入りさせて
わが軍の指揮系統を消耗させているようです」
王弟元帥「このような戦、歴史にはないものだ。
射程距離が長く、命中精度の高いマスケットか。
――だが、数は少ないようだな」
バサリッ!
聖王国将官「元帥閣下っ! 陣備えを半里ほど後退させました。
本陣もあと少しで交戦領域です。本陣の予備兵力や
光の子供達の間では緊張状態が広がっていますっ」
参謀軍師「で、しょうな。彼ら徴発された農奴兵達は
王弟元帥に従って蒼魔族の領地まで遠征した経験もない。
魔界についてから大規模な合戦もなく、
攻城戦はカノーネが担当をしてきたわけでしょうから、
実戦の経験が足りないのでしょう」
252 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/13(金) 03:32:54.25 ID:rH.ZqWkP
王弟元帥「そのプレッシャーが吉と出るか、凶と出るか。
しかし、ここまで前線と本陣を近づければ、
教会も貴族達も本気を出さざるをえなかろうさ。
伝令を出せ! 教会および本陣司令部に、援軍要請だっ。
一気に南部連合を打ち破るために兵力集中を命ぜよ!
これは全軍総司令からの指令だっ!」
参謀軍師「はっ。すでに伝令は用意してあります」
聖王国将官「これで兵力がそろいますね」
王弟元帥「一時しのぎに過ぎんがな。
開門都市の入り口を固めるだけなら、貴族の私兵で充分だ。
本陣のマスケット銃兵1万を増援として運用。
このマスケット兵を右翼から南部連合軍にあてる。
その混乱に乗じて、我らが鍛えた精鋭マスケット部隊を」
ぐいっ
王弟元帥「一里ほど前進させるぞ。
それで南部連合の本陣までたたきつぶす」
伝令兵「王弟閣下! 貴族達が援軍を求めていますっ。
“開門都市南門付近の戦闘にて、魔族の抵抗激しく
わが軍は窮地に立たされつつある、援護を乞う”と」
聖王国将官「恥知らずが」
王弟元帥「ふっ。戦局が見えていないのかっ。
いってやるがいい! “わが軍後方より南部連合が侵攻、
本陣との距離は一里を切り、全軍による総攻撃の段階にあり。
後方の指揮を変わっていただけるなら、聖王国中核軍全てを
もって南門周辺地域の制圧に向かおう”となっ」
参謀軍師「ふふっ」
伝令兵「かっ、かしこまりましたっ!」
だっだっだっ
253 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/13(金) 03:34:13.00 ID:rH.ZqWkP
王弟元帥「参謀っ」
参謀軍師「はっ」
王弟元帥「教会に向けて書状を。口述筆記だ」
参謀軍師「はい」
王弟元帥「“いまや、南部連合軍間近に迫り
開門都市との位置関係は我らを半包囲する状況に
なりつつある。しかし一方、遠征軍には未だ豊富な
兵力があり、反撃は充分以上に可能である。
我が後陣は敵軍を制御しつつ戦場を設定した。
これより、全軍総司令として本陣予備兵力の銃兵1万を
増援として徴用。火力を持って南部連合を撃破する。
大主教におかれては、我らが聖鍵遠征軍に祝福を”とな」
参謀軍師「釘を刺しますか」
聖王国将官「これならば、大主教も
頷かねばならないでしょうね。南部連合を利用して
遠征軍の石を固める、素晴らしい策です」
王弟元帥「……うむ」
参謀軍師「?」
王弟元帥「いや、良い。伝令兵を出せ! 急がせろ」
ゴォオオッン!! ゴォオオン!
聖王国将官「カノーネですな」
王弟元帥「貴族軍が攻め入っているにもかかわらず、
後方からの射撃か。領主達が功を焦って
足を引っ張り合っているな……」
参謀軍師「今は一刻も早く南部連合を平らげて、
反転し指揮権を掌握すべきかと」
聖王国将官「了解っ! 伝令兵準備、前線を再構築しますっ」
254 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/13(金) 03:35:27.38 ID:rH.ZqWkP
――開門都市、近郊、遠征軍本陣
ゴォオオッン!! ゴォオオン!
光の銃兵「お、音が近づいて来ただな」
光の槍兵「ああ……」
光の護衛兵「とうとう戦になるんだか。俺はまだ訓練でしか
剣を振ったことがないのに……。ま、魔族か。
来るのか、あいつらがっ」
ギィン! キィン! 「……ために!」
光の銃兵「い、いや。そうとは限らないぞ。後方に迫ってる
南部の裏切りどもの相手をすることになるかも知れねぇ」
光の槍兵「裏切り……かぁ……」
光の護衛兵「裏切り、なのか」
光の銃兵「だってそうだろう?
あいつらは破門された異端者をかばった、異端の国々だ」
光の槍兵「腹一杯食うのは、異端なのかな……」
ズギュゥゥン!!
光の護衛兵「っ!」
光の銃兵「今のは、近かったな」
光の槍兵「ああ、近かった」
ダカダッダカダッダカダッ!!
光の中隊長「お前ら、そろっているかっ!」
255 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/13(金) 03:37:52.67 ID:rH.ZqWkP
光の護衛兵「はっ、はい」
光の銃兵「そろってるだよ!」
光の槍兵「そろっております」
光の中隊長「今より進軍を開始する、整列せよっ!」
光の銃兵「どこへっ?」
光の槍兵「……」
光の中隊長「光の子供の軍として、敵に突撃をするのだ」
光の銃兵「な、南部のヤツらですか!」
光の槍兵「南部かっ。くそっ! くそっ!」
光の中隊長「それは我らが考える。早く整列をしろっ!」
光の銃兵「はっ、はいっ!」
光の槍兵「了解しましたっ!」
わぁぁぁああ、わあぁぁぁあ
カノーネ兵「な、なんだ?」
光の護衛兵「あれは」
光の中隊長「――! 大主教さまだっ!」
光の銃兵「大主教さまが壇上に……? ほ、本物だか」
光の槍兵「大主教さま」がばっ
カノーネ兵 がばっ
光の護衛兵 がばっ
参謀軍師「腰を上げてくれましたか。遅いお出ましですが」
256 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/13(金) 03:40:12.44 ID:rH.ZqWkP
大主教「……汝ら光の子よ、いよいよ決戦なる時は来た」
うわぁぁあああ! 大主教さま、大主教さまぁ!!!
大主教「我ら精霊の子らが邪教の都の防壁を攻めあぐねて
長い時がたった。しかし見よ、眼前に扉は砕け落ちた!
……これは精霊の怒りの炎、御手に持つ雷霆の恵みである。
立ち上がれ、精霊の、光の子らよ!
時は来た! 精霊は求めたまう。
精霊は自らを求める子らに無限の抱擁と優しさをもち
喜びの野へと迎え入れるであろう……。
我らが四方にもはや敵と云えるものはなく」
参謀軍師(なっ!?)
大主教「精霊の光と慈悲は、あまねく世を照らす。
見よ、南方に迫るは異端の軍である。
我ら地上世界への生を許されながら魔族と通じ
世界に穢れを振りまく者ども。きゃつらは敵ではなく
もはや刈り取るべき腐った稲穂でしかない。
光の子らの二万よ、あの軍を滅ぼすが良い」
ざわざわ、ざわざわ……い、いいのか。ほ、滅ぼす?
参謀軍師「ばかなっ!」
大主教「見よ、北方には開門都市。邪教の都。
精霊を奉じぬ邪悪の化身、魔族の住まう、腐敗と瘴気の
源泉がそこにある。精霊の光を遮り、この世界に闇を広げる
邪悪の根源を絶つべき、光の子らの二万よ、
あの都を滅ぼすが良い」
ほ、ほろぼす? 全部で突っ込むのか? あの砲撃の中に……
参謀軍師「それでは全軍ではないかっ! 予備兵力はどうなるっ!?」
257 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/13(金) 03:41:27.70 ID:rH.ZqWkP
俺たちはまだ国に帰りたいんだ、異端なんてまっぴら……
だけど、人間を殺すって……戦争なんだ……
どうせ貴族が全てを……俺たちは何処まで行っても……
大主教「我はここに宣言する。これは聖なる戦。
光の精霊の骸を我らが聖なる光の教えに取り戻す聖戦である。
――この戦において勇を示すは
我ら光の子の最大の義務にして至高の奉仕。
敵に情けをかけ、あるいは背を向けるは背教であると知れ!
大主教と精霊の御名においてここに宣言をする。
四方の異端を排除せよ!
それが出来ぬものは、ことごとく異端であるっ。
野に落ち顧みられることのない麦のように
そのもの、腐れ行く未来を過ごすことになると知れ」
い、異端……魔族を殺さなければ……い、いやだ
腹が減った……だれか少しでもいいから……
異端になったら、俺だけじゃなく、娘や、妻が……
故郷の父も、母も異端に……
参謀軍師(この流れでは。……あまりにも民衆に圧力を
かけすぎではありませんか。これでは彼らが暴発してしまう)
大主教「剣を持て! マスケットを掲げよ!
今日は祝祭の日! 奪え、殺せ、異端の全てを!
破壊し尽くせ! もはや四方に散るは呪われた獣。
進み、打ち、殲滅するのだ! 光の子らよ!
精霊の祝福を! 精霊は求めたもうっ!」
……たもう……精霊は、求めたもう
精霊は求めたもう……精霊は求めたもうっ!!
奪え! 壊せ! 倒せ! 全てを我らが手に!!
……精霊は求めたもうっ!!……精霊は求めたもうっ!!
大主教「進むがよい、子らよ! 喜びの野は目の前であるっ!」
258 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/13(金) 03:43:59.95 ID:rH.ZqWkP
――開門都市、南門周辺、市街戦
ゴォォン! ゴォオン!
ドゥーン! ドゥゥン!!
光の槍兵「精霊は求めたもうっ!!」
光の銃兵「精霊は求めたもう! う、うわぁぁ!
く、来るなぁ! 魔族は来るなぁ! 撃つぞ!
撃ち殺してやるぞっ!!」
光の剣兵「行け! 進めぇ!!」
光の突撃兵「突撃だぁ!!」
貴族の私兵「なっ」
貴族騎兵「農奴兵どもか。やっと本軍を突入したとみえる。
貴様ら、こちらだ、この通りから奥へ」
ドカッ! ズグググ、ダダダダッ
貴族の私兵「!!」
貴族騎兵「話を聞けっ! そちらはヤツらの陣地がっ!
ええい、勝手に行くなっ!!」
ゴォォン! ゴォオン!
ドゥーン! ドゥゥン!!
光の銃兵「精霊は求めたもう! 異端には死を……」
光の槍兵「お、俺たちは帰りたいだけなんだっ。
お前達魔族がいるから帰れないんだよぉっ!」
光の剣兵「食い物を、食い物をよこせっ!!」
光の突撃兵「お前達みたいなのがいるからぁ!!」
……ドゥーン! ドォォーン!
観測兵「接近、マスケットを含む混成部隊1200ほど」
土木師弟「っ! 来始めたな。ここからが本番だ」
巨人作業員「……おお」
259 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/13(金) 03:44:57.51 ID:rH.ZqWkP
義勇軍弓兵「まずは我らだな」
土木師弟「うん。防壁内側の射手通路に部隊を配置。
引きながら攪乱射撃! 高低差を利用して頭上から射かけるんだ」
義勇軍弓兵「了解っ!」
人間作業員「投石準備できましたっ」
蒼魔族作業員「こちらも完了だぞっ」
キィン! ガキィン!!
土木師弟「いいか、これは甘さでも慈悲でもないっ。
敵の命は残すんだっ!
このような局地戦では、戦闘不能で十分。その方がいい。
敵の方が兵力は大きいっ。重傷を負わせて、敵に後方輸送と
治療を強制させろっ。特に貴族や騎士とかいう人間の
お偉いさんを怪我させれば、おつきの人間や護衛の人間を含めて
五倍の人数が戦場から撤退してくれるっ」
巨人作業員「わがっだ」
義勇軍弓兵「弓兵隊、整列よしっ!!」
人間作業員「投石機、準備よしっ」
蒼魔族作業員「焼けた石も混ぜたぞっ」
土木師弟「狙いは大通りっ。最前列の貴族集団っ!
待てっ。いま、砦将の軍が引き上げる。まだだっ!
まだっ! 俺たちの作った防壁を信頼しろ。
この塔は容易く敵に落ちたりはしないっ。
落ちるかっ。あいつを迎えるまで、俺の作った橋も
俺の作った防壁も、落ちてたまるかっ!
――今だっ! いけぇ!!」
ヒュバッ! ヒュバッ! ヒュバッ! ヒュバッ!
ヒュバッ! ヒュバッ! ヒュバッ! ヒュバッ!
光の銃兵「なっ!? ど、どこから。うわぁ! くるなぁ」
ドキュン、ドギューン!!
光の槍兵「撃つなっ! むやみに撃てば同士討ちになるっ」
光の剣兵「どこだっ。塔!? 防壁の塔だっ!!」
光の突撃兵「魔族めぇ!!」
土木師弟「第二攻撃準備っ! 前線工作班に伝達!
小鳥通り、および砂塵通りをバリケードで封鎖、家を引き倒せ!」
巨人作業員「おおっ!」
265 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/13(金) 04:21:53.62 ID:rH.ZqWkP
――開門都市、近郊、遠征軍本陣から南部連合軍
突き進め! 突き進め!
我ら光の子! 異端を貫く輝く槍!
光の銃兵「精霊は求めたもう! 精霊は求めたもう!」
光の槍兵「うわぁぁぁ!! く、くるなぁ!!」
ドギュゥゥン! ドギュァァーン!
光の銃兵「てっ、敵だ!」
光の槍兵「南部の裏切り者だっ! 突き進めっ!
異端の臆病者なんてマスケットの敵じゃないっ」
光の銃兵「そ、そうだな。大主教が守ってくれるさ。
そうさ、そうじゃないと俺たちはっ。くっ。
なんでこんな異郷の果てで……。う、うわぁぁ!!」
光の槍兵「来るなぁ! 来るんじゃねぇっ!!」
ドォォン! うわあああああ!!
王弟元帥「戯けがっ! なんという混乱だっ!!」
参謀軍師「閣下っ」
王弟元帥「何をしたというのだっ! あの男はっ!?」
参謀軍師「『聖戦』の宣告をっ!
そして本陣に存在する民兵全てを2つに分割し、
それぞれ都市とこちらの前線に全力投入を宣告しましたっ」
聖王国将官「馬鹿なっ」
王弟元帥「〜っ!」
参謀軍師「このままでは、あの軍は暴徒の群と変わりません。
突破力はありますが、その勢いが途切れるところを
狙われれば容易く崩壊してしまうに違いありませんっ」
王弟元帥「その通りだ。南部連合の将は、我らのそのような
失態をけして見過ごさぬであろう。このままではっ」
聖王国将官「至急掌握を! 王弟閣下!」
266 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/13(金) 04:23:20.94 ID:rH.ZqWkP
王弟元帥「無論だっ! 行くぞ。騎馬部隊800近衛として
我に続けっ! 先行する暴徒二万の先端を横合いから浚うっ」
聖王国将官「はっ!!」
王弟元帥「参謀っ! 後衛の取りまとめをっ」
参謀軍師「はっ!」
王弟元帥(っ! 後手に回ったと云うのか。大主教っ。
この罪は高くつくぞ。この異教の果てにてその慢心、
高慢、傲岸不遜っ。中央諸国家のみならず自らの版図、
聖光教会の歴史をも終わらせるおつもりかっ!?
やはり。戦場において2つの頭を持つ竜は生き残ることが出来ぬ。
――斬る。
それ以外、我らが地上に帰り着くすべはないっ)
ドォォン! うわあああああ!!
光の銃兵「撃てっ! 撃てぇ!!」
光の槍兵「逃げるな! 南部軍!! お前達が来たから!
お前達が裏切ったから、俺たちはこんなにも腹を減らしてっ!
お前達が食料を独り占めしたから、
俺たちはこんな故郷を離れた場所でっ!」
ドギュゥゥン! ドギュァァーン!
聖王国将官「射程距離外でマスケットを撃っているようですっ」
ダカダッダカダッダカダッ
王弟元帥「戦場の熱気に耐えられぬ民兵だ。仕方あるまいっ」
聖王国将官「打ち方止めっ! 聞こえんのかっ!
我らは王弟閣下の近衛なるぞっ! 従えっ! 従えっ」
うわぁぁぁあ!! くれ! いや、よこせっ!!
俺のだっ!! 俺のものだぁっ!!
王弟元帥「何が起きているのだっ!?」
267 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/13(金) 04:24:42.79 ID:rH.ZqWkP
よこせ! それは俺のっ!
こっ、こっちの馬車もだっ!
――干しぶどうだ! 干しぶどうが入っているっ。
こっちの馬車には、水とエールもあるぞっ!?
斥候兵「報告しますっ! 敵は撤退開始っ!
速やかに前線を後退させてゆきます、それにっ」
聖王国将官「何が起きているっ! 報告を」
斥候兵「て、敵が残していった数十台以上の馬車にっ
パ、パンや食料がっ!!」
聖王国将官「っ!? 毒か? 食べさせるのを止めさせよっ」
斥候兵「無理ですっ! 民兵の殆どは満足に食事も取れないような
待機状態で長い包囲網を続けていました。
体力も緊張も限界だったんですっ。
前線はパンの奪い合いと、詰め込みあいで完全に膠着っ。
この混乱を収拾するのは不可能ですっ」
聖王国将官「なんていう……」
王弟元帥「……」
聖王国将官「どんな思惑があるというのだっ! 南部連合はっ」
ガサリ
王弟元帥「――」
斥候兵「そ、それがパンと一緒に大量に積まれていた
木版刷りらしきものでして……」
王弟元帥「……三食の保証。そして天然痘の予防。
ここまできて。この魔界までやってきてっ!
――開拓民の募集、だと!? 冬寂王っ!!」
268 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/13(金) 04:26:45.67 ID:rH.ZqWkP
王弟元帥「お前は、この戦場までやってきて
我らと矛を交えるつもりはないとでも云うのかっ!
なぜ自らを否定するっ!
王族に生まれ、民を支配する金の冠をその額に頂いて
統治者として君臨してきた貴様が
なぜ得体の知れぬ学者の娘のようなことを言い出すのだっ。
答えろっ! なぜ自らの未来を塗りつぶすようなことをするっ。
全ての秩序を否定して、無為を行なおうとするっ!
見ろ、この民衆をっ!
パンを与えれば泥の中でむさぼり喰らうっ。
このように自分本位な者たちに何らかの権利や自由を与えて
国が治まるとでも考えているのかっ!!
答えろっ! 冬寂王っ。
貴様はっ!
“貴様ら”はっ!!
この戦場に何を見ているのだっ!!」
聖王国将官「王弟閣下……」
斥候兵「南部連合軍、すくなくとも半里後退しましたっ」
王弟元帥「〜っ!」
聖王国将官「毒が含まれているわけでもなければ、
これは戦術的には無意味な行為です。
たかだか数時間の足止めが為されるだけに過ぎませんっ。
我らは何も失ってはいないっ!
落ち着いてください、王弟閣下」
王弟元帥「判っている」ぎりっ
聖王国将官「では、この隙に突出したマスケット部隊を
収拾して、戦線を再構築。
少なくなりましたがブラックパウダーを再配――」
斥候兵「あれはっ!?」
王弟元帥「あれは、なんだっ」
269 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/13(金) 04:27:50.57 ID:rH.ZqWkP
――開門都市近郊、混戦状態の南市街廃墟
うわぁぁぁあ!!
ドゴォォン! ドギュゥゥン!! ゴァァン!
キィン! ギキィン!
石が! 燃える石がっ!
進め! 進めぇ! 精霊は求めたもうっ!
精霊は求めたもうっ! 殺せ! 魔族を殺せ!
異端を殺せ! 背教者を殺せ! 殺さなければ、剣を持たない者は
全て異端だ! 魔族と通じた裏切り者だっ!!
光の少年兵「……っく。うっ」
ずるっ……ずるっ……
光の少年兵「いやだ。もういやだ……」
光の少年兵「帰りたい」
光の少年兵「……殺すのはいやだ」
光の少年兵「……殺されるのはもっといやだ」
光の少年兵「痛い、苦しい、飢える、焼ける……」
ずるっ……ずるっ……
光の少年兵「……判らない。判らない」
光の少年兵「ううっ。戦いは、まだ……」
どぉんっ! ドォォーン!
光の少年兵「……」
光の少年兵「ううっ。うぅ」
284 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/13(金) 19:08:20.16 ID:rH.ZqWkP
光の少年兵「行った、かな」
光の少年兵(ここに隠れてれば……)
ガチャン!!
光の少年兵「っ!?」
光の少年兵「……? 荷物が落ちただけか。なんだろう。
魔族の荷物かな。魔族の家だろうし」
光の少年兵(考えてみれば、僕は魔族の姿なんていっかいも
ちゃんと見たこともないのに。なんでこんな世界の果てまで)
光の少年兵「……」
がさっ、がさっ
光の少年兵「服か」
光の少年兵「魔族も、似たようなの着るんだな。
でかいな。これは、商人用なのかな……あ」
ぽろっ
光の少年兵「……これ」
光の少年兵(小さな、手袋。僕よりも半分くらいの。
……子供の。ううん、赤ちゃんの。魔族の、赤ちゃんの)
光の少年兵「……うぅ。なんだよ。何だって云うんだよぅ。
こんなにちっちゃくて。魔族ってなんなんだよっ。
なんでこんな風になっちゃってるんだよぅ。うううっ」
ゴォン! ゴゴゴゴゴ!! ゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
光の少年兵「っ!? 今度は何がっ!?」
286 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/13(金) 19:12:59.52 ID:rH.ZqWkP
――開門都市近郊、全ての人々
なっ!? なんだ、あれはっ!?
塔!? なんであんなものが。
判らない、突然。
突然現われたぞ!
光って、白くて、どれほど高いんだ。
まるで糸のように天空に伸びているじゃないか……。
光の塔だ……。
天に続く塔。
光の……精霊の、塔?
精霊の塔だっ!!
あれは、精霊の宝の眠る塔だっ!!
精霊が我らを迎えてくれている吉兆だっ!
いや、戦をいさめる凶兆だっ!
果てが見えない、なんて……。
なんて高い塔なんだ……。
いったい何が起こっていると云うんだっ!?
289 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/13(金) 19:18:03.68 ID:rH.ZqWkP
――光の塔、おそらく下層
コオォォン……
勇者「ここが『天塔』なのか……」
魔王「まぶしくて、真っ白で眼がきついな」
女騎士「魔力感知が追いつかない。全体が高レベルの
魔法具のような……。いや、それ以上の反応だ」
勇者「そのうち馴れるとは思うけど。大理石じゃないな、これは」
魔王「うん、部屋も通路もないようだ。
ただひたすらに、巨大な螺旋階段と巨大な踊り場が
遙か上まで伸びている……」
女騎士「本当に、ただの通路なんだな」
勇者「ま、この状況下だ。かえって有り難いさ」
魔王「そうだな」
女騎士 こくり
……コオォォン
魔王「行こう」
勇者「ああ」
コオォォン……
女騎士「どれほどの高さがあるのかな」
勇者「ちょっと判らないな」
女騎士「魔王も判らない?」
魔王「不明だ。話によれば1500里。途轍もない距離だ」
女騎士「そうか。――その、勇者は」
勇者「?」
290 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/13(金) 19:19:21.44 ID:rH.ZqWkP
女騎士「身体は……。どうなんだ?」
勇者「ああ。なんか、さっぱりだ。
いつもの半分の半分もも力が出やしない。
どうもなんか特殊な呪詛でも喰らったような感じだ。
たいがいの呪いは無効化できるんだけどなぁ」
魔王「そうか」
勇者「それさえなきゃ“飛行呪”で
塔の内側を一気に飛んで登れるたと思うんだけどな」
魔王「それはどうかな」
魔王「さっきから定期的に紋様が刻まれている。
反呪とか引力制御とかだ。この塔の内側で飛行は
出来ないと思う」
女騎士「ふぅん」
勇者「それならハンデ無しだ」
女騎士「ま。荷物持ちはわたしがやる。ちょうど良かった」
勇者「悪いな」
女騎士「なんだ。二人とも、わたしを置いて行く
つもりだったんだな」
魔王「あー」
女騎士「抜け駆けだ」
魔王「今回はそう言う話ではないではないか」
女騎士「置き去りか。……魔王には友情を感じていたのに」
魔王「それはわたしだって人間の親友だとは思っているけれど
今回ばっかりは事情が事情というかだな」
女騎士「二人で内緒で、で、出かけるなんてな」
291 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/13(金) 19:20:50.85 ID:rH.ZqWkP
勇者「……さくさく登ろう。行くよ? 行きますよ?」
魔王「良いではないかっ。結局は同行できたのだし!」
女騎士「ぷになのに」じー
魔王「……むっ」
女騎士「〜♪」
勇者「あー。なんだね。そういえば」
魔王「どうした?」
勇者「さっき、女騎士は随分おとなしくなかったか?
魔法使いのところで、だけどさ」
女騎士「そんなことはない」
魔王「そういえば、魔法使いと何を話してたんだ?」
女騎士「え、いや」
勇者「ん?」
女騎士「新作小説について?」
勇者「そうなのか!?」
魔王「そうかっ。やはりご機嫌殺人事件シリーズは
不朽の名作だなっ。あのカオスな展開と切ない
ラブストーリーがたまらなぁい。
“ガッシ!ボカ!”を遙かに超えた表現だ」
女騎士「……うう。ちょっと後悔してる」
勇者「少しどころじゃない表情だ」
292 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/13(金) 19:22:21.90 ID:rH.ZqWkP
魔王「ふむ」
女騎士「まぁ、わたしがついてきて便利だろう?
いまでは勇者の力も落ちている。
わたしの“瞬動祈祷”なら2人にもかけられるし、
勇者の力を無駄にしないで済む。先行きは長いわけだし」
勇者「それはそうだけど」
女騎士「荷物持ちにも便利だ。わたしは元気だからな」
魔王「……」
女騎士「魔王」
魔王「え? ああ」
女騎士「そう言うことにして置いて」
魔王「うむ」
勇者「……?」
魔王「今は、上に待ち受けているものが先決だ。
急いで登るに越したことはないはずだ」
勇者「上には、精霊がいて、直談判だろう。
そんなに急ぐべきなのか?」
女騎士「急ごう」
魔王「そうだな。地上では戦争が起きているんだ。
私たちがのんびりしているわけにも行かない」
293 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/13(金) 19:23:45.28 ID:rH.ZqWkP
コオォォン……
勇者「……」
魔王「……」
……コオォォン
魔王「これで良かったのかな」
女騎士「?」
勇者「良かったんだろ」
魔王「……」
勇者「正直に言えば、良かったか、悪かったのかは判らない。
けど、判らないって事は、判る」
女騎士「戦場を、離れたこと……?」
魔王「そうだ」
勇者「昔、爺さんが言ってた。
良かったか悪かったか判らないなら、
その二つは判らないという意味では一緒なんだ。
点数がつかないという意味では、まったく一緒。
だから“良かった”事にしておいても、問題なし」
魔王「随分強引な思考方法だな」
女騎士「勇者らしくてほろりと来そうだ」
勇者「それに、メイド姉が言ってたよ」
魔王「メイド姉? そう言えば、さっきも言っていたな。
近くに来て、勇者になる。なっている、と」
――それでも飛び立ってゆく鳥を留めることが出来ないように
わたし達には翼がついている。
本当は誰だって知っているはずなんです。
チャンスがあるのならば、賭けてみたい。
わたしはやはり、そこまでお互いに馬鹿だとは
思いたくないんです。わたし達は自由なのですから。
294 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/13(金) 19:25:59.24 ID:rH.ZqWkP
勇者「ああ」
女騎士「どうやら、わたしの知らないことが
沢山おきているみたいだ」
勇者「それは仕方ないさ。俺だってびっくりしたし……。
女騎士がこっちに来ているのだって知らなかった」
魔王「そうだ。勇者だって何をしてたのやら」
女騎士「ともかく。メイド姉が近くにいて。
えーっと勇者?
それは冗談ではなくて、その、なんなんだ?」
勇者「うん。正直舐めてた。あいつは、すげぇや」
魔王「そうか? うん、そうだろうな。
あの娘は、逸材だ。古典的自由主義をドライブして
人権思想や憲法の規定にまで思想が及んでいるからな」
女騎士「それは……すごいことなのか?」
勇者「憲法ってなんだ? 法律じゃないのか?」
魔王「憲法って言うのは、法律の親玉なんだ。
原型というか、理念と言ってもいい。
いわば“法律を作る時の基本的な考えを示すもの”だ。
もちろん国によって語句は変わるから
これは概念論に過ぎないけれどね」
女騎士「難しいな」
魔王「つまり、この世界、国家や氏族によって方は様々だ。
それはよいとしても、そもそも王や族長が変わった時点で、
いろんな決まり事や方はひっくり返ってしまうだろう?
国の基本的考え方や性格は、その行動を見て判断する
しかないわけだ。
憲法というのは、様々な法律の下になるガイドラインだ。
この法律には次の支配者を決めるものも含まれる。
つまり“その国の基本的な性格”を表現していて
それを見ただけで、その国がどのような考えに
基づいているか判る。それが憲法だ」
295 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/11/13(金) 19:29:23.53 ID:rH.ZqWkP
女騎士「それは、すごいことなのか?」
勇者「うん、すごそうだけど、やっぱりぴんと来ないな」
魔王「王が変わっても、途切れないと言うことだよ。
おそらく冬の国は十年以内に憲法の制定にたどり着くだろうが
もし制定されれば、王が変わろうと冬の国は、百年の間ずっと
農奴を持たない自由と平等の国へなる。なろうとし続ける。
これは、宣誓書であると同時に、計画書なんだ」
女騎士「そう聞くとすごいな」
勇者「王弟にまで啖呵きってたからな」
魔王「ほう!」
女騎士「聖王国の!?」
勇者「ああ。“次はわたしが相手にしてやるから
覚悟して金玉小さくしていやがれ、んだとコラ!?”って」
魔王「いや、それは云わないだろう」
女騎士 こくこく
勇者「それは冗談としてメイド姉は
“わたし達には翼がついている”って云ってたよ。
だから、俺たちが。
閉じ込めてはいけないと思った」
女騎士「……そうか」
魔王「そうだな……」
勇者「俺も魔王も女騎士も、魔法使いや爺さんもさ。
あんまり過保護にしてると、メイド姉みたいな
頑張ってる人をゆがめちゃうんだってさ。女騎士」
女騎士「うん。わたしも、それは魔法使いから聞いた」
296 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/13(金) 19:30:49.14 ID:rH.ZqWkP
魔王「そうか。……人間は驚愕の種族だから」
勇者「へ?」
――あなたが魔王をさぼっているから、
わたしのところにまで案件が持ち込まれているんですよ。
いい加減に本気を出して仕事をしてください
正直、少しがっかりしました。
もう少し熱を冷ましてください。
あなたのやるべき事は、目先の軍を防ぐことではない。
魔王「いや。青年商人にめちゃくちゃに言われてな」
勇者「なんて?」
魔王「えーっと……。足手まといだから、とっとと勇者を
探し出して、そっちで仕事をしろ、みたいな」
勇者「云うなぁ、あいつ」
女騎士「同盟の指導者ですか」
魔王「あれはあれで傑物なのだ。
聞けば先物に売り浴びせに
取り付け騒ぎに果ては為替操作までしていた。
まさにやりたい放題だ。
鬼畜だぞ。
わたしよりずっとえげつない。
確かに経済圏がひとつしかなかった中央大陸において
商人の活躍の余地は少なかったのだが、
逆に言えばその中でどれだけ飢えて未来を
求めていたことやら。
あれはあれで、ある種の英傑だ。
魔王を名乗るだなんて冗談にしたってはまりすぎだぞ」
勇者「?」
魔王「い、いや。こっちの話だ」
女騎士「勇者に、魔王か……」
――あなたの戦闘能力は勇者の全開時の40%以下でしかない。
でも、そんな数値上の比較は関係ない。
約束をしたならば、果たして。
297 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/13(金) 19:32:00.79 ID:rH.ZqWkP
コオォォン……
勇者「……下はどうなっているだろうな」
魔王「遠征軍は今にも雪崩を打って開門都市に
流入しようとしている……。
最悪は市街戦、その後、虐殺。
怒りに駆られた魔族側は報復措置として、開門都市を逆包囲。
人間達は開門都市に籠もったまま、
数ヶ月の飢えを経てそのまま全滅」
女騎士「南部連合も援軍を出したんだ。その数は三万に迫る。
ゲートのあった大空洞を抜けた救援軍は、形としては
遠征軍の補給線を断って後背をついた。
兵糧攻めにはなっているけれど、
数の上でも戦闘能力の上でも、遠征軍は未だ圧倒的な
優位性を持っている。良くて、膠着の泥沼戦。
悪ければ、殲滅戦。どちらにしてもこの場で戦争は終わらず、
その戦果は地上へと飛び火して、全ての国々を焼き尽くす」
勇者「……」
魔王「でも、そうはさせないと思っている人もいる。
青年商人は判っているし、火竜公女、東の砦将もいる」
勇者「メイド姉と貴族子弟もいるしな」
女騎士「冬寂王や鉄腕王、軍人子弟にもこちらに来ている」
魔王「それなら、まだチャンスはある」
女騎士 こくり
勇者「まぁな。魔法使いもいる。
あいつは昔から、頼りになるやつだし……」
魔王「そうか」
女騎士「……」
勇者(……まだなんか隠している気はするんだけどさ)
322 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/14(土) 03:37:58.12 ID:6OFcHF6P
――開門都市、近郊、遠征軍本陣
ゴゴゴォォン! ゴゴゴォォォン!
大主教「司祭よ」
ころり。ころり。
従軍大司祭「はっ。はいっ」
大主教「ふふ。どうした、震えているでは無いか。
……恐ろしいのか? 天のおののきが。それとも、我か」
従軍大司祭 がばっ 「い、いえっ」 がくがく
ころり。ころり。
大主教「時は満ちた。きゃつらの、すくなくとも1人は
死んだのだ。そして精霊への道が現れた」
従軍大司祭「――っ」
百合騎士団隊長「では」
大主教「喜びの野……。“次なる輪廻”への架け橋」
従軍大司祭「次なる……輪廻?」
大主教「悠久を永遠へとする力だ」
従軍大司祭(判らない……。大主教は何を考えているのだ。
い、いや。大主教は……。何になってしまったのだっ)
323 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/14(土) 03:39:35.42 ID:6OFcHF6P
大主教「これより我は出陣する」
従軍大司祭「そ、それは。南部連合方面へ?
それとも開門都市にとどめを刺しに?
いえ、どちらにしろ、まだ腕のお怪我も
癒えてておりませんっ。大主教様にもしもがあればっ」
大主教「もはや、そのようなことは些末な問題だ」
従軍大司祭「しかしっ」
大主教「……あの暗殺者。良い仕事をしたが
それでは腕が動かぬ程度のこと。
刻一刻とこの双玉の瞳に力が満ちてくる。
今を置いて時はない。
あの塔を我より先に登るものがあれば、
全ては水泡に帰す……。大隊長」
百合騎士団隊長「はっ」
大主教「これより、汝を光の筆頭騎士とする」
百合騎士団隊長「ありがとうございます」
大主教「地には混沌が充ちている。
それはたとえようもなく美しい。
もはや既存の権力は全て無用となった。
この混沌の中で、大陸の全ての国家、
魔界の全ての部族は解体されなくてはならぬ。
光の再生には混沌こそがふさわしく
それがこの終局を言祝ぐ最高のフィナーレとなろう。
この地を混沌で充たせ」
百合騎士団隊長「承りました」
324 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/14(土) 03:41:33.32 ID:6OFcHF6P
大主教「大司祭」
従軍大司祭「はっ、はひっ」がくがく
大主教「我々、光の教団は長きにわたり地上世界の
信仰の庇護者、精霊の代弁者として活動を続けてきた。
欲にまみれた貴族。権勢を誇る王族。目先しか見えぬ商人。
愚妹にして貪欲な農夫達の全てを真理という光において
善導してきたのだ。
それもこれも、光の恩寵。
それが精霊の意志ゆえだ。
しかしながら、彼らは彼らの罪を意識しないばかりか
我らが教会をも取り込み、権勢の道具と見なすに至る。
手を取り合うべき時期は過ぎ去った。
我らは我らの王国を打ち立て、
この地を教会の教えで充たさなければならぬ」
従軍大司祭(なっ!? なんという馬鹿げたことをっ。
正気なのですか、大主教!?
いや、狂気であるはずがない。しかし、それは……。
それがどれくらい途方もない世迷い事か判らぬはずもない。
我ら聖光教会がどれほどの信者の数を誇ろうと
それのみにて国という、いわば俗界の機構を運営できるという
事にはならないではありませんか!?
我らにはその技術も経験も不足しているっ。
そもそも、今更に表舞台に立つ意味がありませぬ。
特定の国を持たないからこそ、我らは多くの国に
信者を得ることが出来たっ。我ら最大の武器である
国境を越えた共通の組織という利点を捨てて……
捨てて……。
いや、捨てずに国を持つ。
――それは)
百合騎士団隊長「世界を精霊の御名の元に。
“全てを精霊の下に”。くすくすくすっ」
大主教「その役目は、大司祭に任せる。存分に腕を振るえ」
従軍大司祭「っ!!」
325 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/14(土) 03:42:56.18 ID:6OFcHF6P
従軍大司祭「お待ちくださいっ! お待ちください大主教様!
そのようなことをすれば、この世にどのような災厄と
混乱が巻き起こることかっ! どうかご再考をっ!」
百合騎士団隊長「その混乱を“美しい”と仰せです」にっこり
従軍大司祭「しかしそれではっ! あまりにも多くの命が
無為に失われ」
大主教「いずれ同じ事」
従軍大司祭「は?」
大主教「もはや天の塔は起動したのだ。
精霊も聖骸もその姿を現した。となればいずれ同じ事。
この世界の混乱は、次へは持ち越されぬ。
であるならば、終末には炎こそがふさわしい」
従軍大司祭「な……なにを……?」
大主教「判らぬか。いや、それはいい。
しかし信じることも出来ないとは、聖職者として失格だな」
従軍大司祭「え? あ、あっ……」がくっ ずるずるっ
百合騎士団隊長「なんの迷いがありましょう。
この身には精霊の穢れ無き光が充ちています。
わたしは迷いません。わたしは決して穢れてはいない。
穢れなど、しない。この身には汚泥など触れ得ない。
わたしは信仰します。わたしは帰依します。
喜びの野に。悪夢のない影無き国を信仰します。
お連れください、大主教猊下っ」
大主教「よかろう」
ぎゅぐ。ぐちゅる。ぞぎゅ……。ご……とん……
従軍大司祭「がはっ……。ごぼっ、ごぼっ……な……にを……」
大主教「後は任せたぞ。筆頭騎士にして女司祭よ」
328 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/14(土) 04:02:29.44 ID:6OFcHF6P
――地下城塞基底部、地底湖
女魔法使い「……魔力回路の補強を」
メイド長「お任せください」
明星雲雀「ピィピィ……」
女魔法使い「……大丈夫」
メイド長「――」
女魔法使い「この両手の刻印があるうちは」
明星雲雀「だ、だって! 刻印から血が……。
それに、こんな魔力を流してちゃ持ちませんよぅ」
女魔法使い「貯めてある」
明星雲雀「それにしたって!!」
女魔法使い「なんのために。――なんのために」
メイド長(なんて言う魔力ですか!? こ、これはっ。
量だけならば、勇者様よりもっ)
女魔法使い「葦が原での合戦も、忽鄰塔でもっ。
勇者の心の叫びを無視してまで、手のひらに爪を食い込ませ
唇をかみ切る思いをして耐えたっ。
――わたしのこの胸に咲く誇りはこの程度で揺らぎはしない」
メイド長(……)
明星雲雀「ピッ! これ……これはっ!」
女魔法使い「……」
メイド長「“天塔”内部に侵入者有り。これはおそらく」
329 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/14(土) 04:04:10.28 ID:6OFcHF6P
女魔法使い「……怪物」
メイド長「人間ですが、人間ではない。
……過去の魔王の亡霊の力を受け継いだ、
魔王にあらざる魔王っ」
女魔法使い「魔王の力と精霊の奇跡を兼ね備えるもの」
メイド長「やはり……」
キィィン!!!
明星雲雀「っ!?」
メイド長「刻印がっ!」
女魔法使い「……」
明星雲雀「無理だったんですよ! 魔力による仮想通路に!
本来あの塔は1人で登るもの。
その塔に4人も登らせるなんて! ピィピィピィ!
術の強度が不足して
崩壊するに決まっているじゃないですかっ」
女魔法使い「強度……」
明星雲雀「へ?」
女魔法使い「……回路、強化。強度、上げて」
メイド長「出来ます。可能ですが、それには安定して高出力の、
そして魔王様の波形特性を持った魔力供給が必要ですっ。
4人ですよ!? そんな強度を実現するためにはっ
少なくとも歴代魔王の三倍……3人分はないとっ」
明星雲雀「だから不可能だってっ!」
女魔法使い「……不可能はない」
ビィィィッ!
メイド長「〜っ!」
330 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/14(土) 04:05:50.97 ID:6OFcHF6P
メイド長「そ、その腕……。ま、まさか。そ、そんなに!?
なんでっ? どうして生きていられるんですっ!?」
明星雲雀「ピ、ピ、ピィィ!?」
女魔法使い「右手に54、左手に54。
……合わせて、108の刻印。
その刻印に三年で蓄えた魔力と……みんなの、死」
メイド長「……っ」
明星雲雀「ピ、ピ……」がくがく
女魔法使い「……勇者には、見せられない。
嫌われてしまうから」
メイド長「そんなっ」
女魔法使い「……綺麗な肌じゃない。
死の穢れと、魔力の、こびりついた腕」
バチィッ!
明星雲雀「刻印がっ!? 灼けて消えちゃうっ」
女魔法使い「それが嬉しい。役に立てる力がっ。
怪物も、精霊も関係ないっ。いくつの刻印が弾けてもっ
わたしがここにいる限り、勇者の道を照らす。
わたしは勇者の道を照らすものっ、
勇者に何かがあれば必ず駆けつけっ、
その願いを叶える。
あの日。
あの夕暮れの中でっ! 足下の闇を恐れるあまり
その闇の中を駆けだした勇者を追うことも
出来なかったあたしの戦場はここだっ。
譲らないっ。引かないっ! 負けるつもりはないっ」
331 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/14(土) 04:08:04.76 ID:6OFcHF6P
メイド長「回路を強化、魔力経路を計算して再配分。
ターミナルを形成して、循環組織を形成しますっ」
明星雲雀「え、あ……あ」 パタパタ
女魔法使い「助かる」
メイド長「180秒お待ちを」
バチィっ!!
明星雲雀「ご主人っ!」
女魔法使い「……関係ない。くすぐったいくらい。
この刻印の弾け飛ぶ痛みの一つ一つが勇者への恩返し。
春の日だまりで、のんびりしながらごろごろしてるみたい」
明星雲雀「そんな顔色じゃないですよぅ!」
メイド長(……っ)
女魔法使い「タツタになる?」
明星雲雀「嫌ーっ! タツタは嫌ーっ! そうじゃなくて!!」
女魔法使い「……ゆずらない。
譲る事なんて、出来はしない。
わたしの居場所はここにしかない。
武器も使えない。人と交流も出来ない。
可愛い表情も出来ない。甘えることも出来ない。
動けば戦を引き起こす広域魔法しか使えない。
わたしは……人を殺めすぎる。
わたしは勇者よりもずっと兵器として特化されている。
勇者が魔族の殲滅ではなく共存を望むのなら
わたしはきっと勇者の隣にはいられない。
血の代価を……これでしか払えない」
メイド長(それは……)
333 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/14(土) 04:17:04.63 ID:6OFcHF6P
明星雲雀「ご主人じゃなくたっていいじゃないですか
血の代価なんて、そんな言葉は何十回も聞きましたけれど
何もご主人が流さなくたって! この世界には他に何人も
いるじゃないですか! 何百人も、何千人も!」
女魔法使い「それじゃ」
バチィッ!
女魔法使い「恥ずかしくて、仲間って云えない」 にこり
メイド長「循環回路形成。……つづいて吸収回路を構築」
明星雲雀「だからって」
女魔法使い「『冗長系』って、云った」
メイド長(……?)
女魔法使い「冗長化は機構に何らかの障害が
発生した場合に対して、
障害発生後でも機構としての機能を
維持し続けられるように予備の機構を
バックアップとして配置すること。
こうして得られる安全性を冗長性と呼び
バックアップの部品を冗長系と呼ぶ」
――魔王の代わりは、わたしがする。
メイド長「始めからっ!?」
バチィッ!
女魔法使い「憧れた。……あの大図書館で魔王を見た時に。
あの凛々しさに。聡明さに。未来を望む強さと優しさに。
なにより。
“あなたが欲しい”と勇者に云える勇気に。
涙が出るほど悔しくて、胸を焦がすほどに憧れた。
魔王の告白なんて成功率は1%も無かったのに。
でもそんな確率なんかで一瞥もせずに、
ただまっすぐに勇者を目指した魂にさに。
あたしには云えなかったけれど、それを云えた女性に。
わたしは憧れて、守ろうと思った。
だからこそっ!
相手が、化物でもっ!
『大魔王』でもっ! 私たち三人は、勇者を守る。
この身に刻んだ穢れた刻印の全てに賭けてっ。
勇者が願う未来を、その手にっ!」
335 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/14(土) 04:50:31.29 ID:6OFcHF6P
――光の塔、その道程
……コオォォン
女騎士「だーかーらー! “ひとつまみ”ってのは
指先でつまめる量。なんで“ひとつかみ”と いっしょにするっ」
勇者「そんなこと云ったって」
魔王「ま、魔界には様々な氏族がいるからな。
そう言う曖昧な表現は争乱を招く元になるのだ」
女騎士「へー」
勇者「冷たい視線だっ」
魔王「理不尽だぞ、女騎士っ」
女騎士「食料を無駄にするのは、修道会の教えに反する」
勇者「それはそうだけど」
魔王「食事なんてメイド長に頼めばいいのだ。
あちこちに酒場だってある。自分で作れなくとも
なんの問題も発生しないっ。些末な問題だ」
女騎士「そう? ……勇者」
勇者「ん、なんだ?」
女騎士「はい。ビスケット」ひょい
勇者「ん。さんきゅ」ぱくっ
魔王「っ!?」
336 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/14(土) 04:55:06.61 ID:6OFcHF6P
女騎士「そして勇者。美味しい?」
勇者「うん、美味いな。もっきゅもっきゅ」
魔王「な、な、なにを……っ」
女騎士「そうか。もっとあるぞ」なでなで
魔王「何をしているのだっ!?」
女騎士「何って。……馴致だ」
魔王「馴致だとっ!?」
女騎士「いや、言葉が悪かった。……餌付けだ」
魔王「同じ意味だっ! 勇者も、何を馴染んでいるっ」
勇者「さくさく歩こうぜ、先は長いんだから」
魔王「〜っ!!」
女騎士「魔王。悪いことは云わない。料理を習おう。
別にすごく上手である必要はないんだ。
普通の男なら知らないが、勇者は空腹になれば
普通の料理でさえあれば大抵ご馳走だと思って食べてくれる。
食事はいいぞ。食事をしている勇者は無防備だからな」
魔王「無防備……なのか?」
女騎士 こくり
勇者「おーい、置いていくぞー」
女騎士「勇者は、お腹一杯の時と寝てる時はすごく可愛いぞ」
魔王「う、うむ」
337 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/14(土) 04:57:52.36 ID:6OFcHF6P
女騎士「もふもふもさせてくれるようになったしな」
魔王「しかし、慣れるのはいいが、それはそれで
ときめきがなくなるという意味合いでは負けというか
ある種の本末転倒を感じないでもないではないか」
女騎士「こちらは一杯一杯だ。ときめきどころか
心臓が暴走しているのだから、問題ない」
魔王「勇者の側の問題だ。勇者にだって動揺してもらいたい。
そうでなくては公平ではないぞ。
こちら側ばかりが動揺するのは魔王としての沽券に関わるっ」
女騎士「沽券で勝てるなら世話がない。
まずは勝つ。具体的に云うと、同衾だ。
ときめきはその後に考える」
魔王「な、なんという実利的な……」
女騎士「これが老師から教わった策だ。まずは勝て!
相手を負かすのはそれからでも遅くはない」
魔王「わたしが女騎士に軍略を語られるとは……」
勇者「なにやってんだよ。急ぐって云っただろう?」
魔王「あ、ああ。済まない」
女騎士「道中の雑談だ。無言だと却って早く疲れる」
勇者「なんの話だ?」
魔王「いや、なんの話というか。そのぅ……。し、塩だ」
勇者「塩?」
魔王「あ、いや。帰ったら多少料理を習おうかと」
女騎士「うん、そう言う話だ」
338 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/14(土) 05:01:05.77 ID:6OFcHF6P
勇者「いいんじゃないか。よっと」
とったったっ
魔王「うん。何か食べさせてやるぞ、勇者!」
勇者「腕は同じくらいなんだ。いっしょに作ろうぜ」
魔王「それもいいな。二人で料理をすると楽しいぞ。
出来上がりは今まで不幸だったけど……」
女騎士「うん。そのときはわたしも一緒に……」
…………ィン……
勇者「どした? 女騎士」
女騎士「あ、いや」
魔王「なにかあったのか?」
女騎士「ん。ちょっと」
勇者「ちょっとって?」
女騎士「勇者、魔王。ほら、荷物降ろして」
勇者「なんでだよ」
魔王「……」
女騎士「わたしが後から持っていってあげるよ。
“瞬動祈祷”――ほら、持続時間も強度もあげておいたぞ。
これでさくさく登れ?」
勇者(胸がざわざわする……)
魔王「危険が迫っているのか?」
勇者「そうなんだな、女騎士っ!?」
339 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/14(土) 05:02:42.35 ID:6OFcHF6P
女騎士「ここはわたしが引き受けた」
勇者「何いってんだっ。三人で戦うべきだろうがっ」
魔王「勇者……それは……」
女騎士「これはわたしの客だ。それに、勇者。
わたしだって気がついてる」
勇者「なにを?」
女騎士「勇者の力は、殆ど回復してない。
封印されてるも同然だ。そんな状況では、戦場に立って
広域魔法や広域剣技の余波を受けるだけで、
回復の手間がかかる。それは魔王も一緒だ」
勇者「〜っ!」
魔王「……うむ」
女騎士「上は説得なのだろう?
だとすればわたしはあまり役には立たない。
わたしは馬鹿だからなっ!」 にこっ
勇者「おまっ」
魔王「胸にも頭にも栄養が行ってないとは」
女騎士「胸は関係ないっ!!」
勇者「……っ」
女騎士「そんな顔をするな。勇者。ほら、荷物は置け。
鎧も脱げ。今更関係ないから。
これは……。ほら、ビスケットだ。
二人で食べて良いぞ。
わたしも追いつくからな、少しは残して置いて」
勇者「ああ」
魔王 こくり
340 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/14(土) 05:05:38.75 ID:6OFcHF6P
女騎士「じゃぁ、行って。
そんな顔しちゃだめだ。わたしは女騎士だぞ?
蒼魔王みたいなのが相手じゃ大変だけど
そこらの人間や魔物に負けるわけがない。
蒼魔王のいない今、ピンチになるわけ無いじゃないか」
魔王「……女騎士」
女騎士「口げんかは、少しだけ、お休み」
勇者「判った。上で待ってるからなっ!」
女騎士「ああ。勇者!」
勇者「?」
女騎士「――。ん。なんでもないぞ。
うん、そうじゃなくて。
がんばれ! それに、我が剣の主。
剣の主の……剣の主の願いに加護をっ」
勇者「……。判った! 行ってくる!」
魔王「任せる」
女騎士「任される」
ダッダッダッダッ
……コオォォン
…………コオォォン
女騎士「さて」 くるっ
女騎士(大主教と云えば、教会の最高位。
建前では大陸一の法術の権威。
だけど修道会の法術とは比べたこともない。
どちらが光の法術を使いこなせるのか。
それに……。魔法使いの云う“歴代魔王の思念”。
合わせれば、並の魔王よりずっと強い。か……)
ジャキッ
女騎士「面白い。たとえどれほどの力をもってきても
ここより先へは一歩も行かせない。
勇者の隣を歩くために。剣の主人を守るために。
騎士の力の全て、この身を全てを、盾としよう」
385 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/16(月) 07:30:28.04 ID:VaDFVbYP
――開門都市近郊、混戦の中で
ゴッゴォォーン!!
カノーネ兵「弾着確認っ!」
百合騎士団隊長「ふふふっ」
偵察兵「防壁東側に、土煙が上がっています。
おそらく廃屋か、庁舎に命中したと思われますっ」
カノーネ兵「……」がくがく
百合騎士団隊長「続けなさい? 停止命令は出していないわ」
カノーネ部隊長「お、恐れながらっ。あの地域には我が軍の
突撃部隊も侵入しているはずですが……」
百合騎士団隊長「やりなさい」 にこっ
教会騎士団「精霊の思し召しだ、やれっ」
光の銃兵「精霊は求めたもう!」
光の槍兵「精霊は求めたもう!」
カノーネ部隊長「は、はいっ。ほ、砲弾を込めよっ!」
カノーネ兵「はひぃ」 がたがた
ゴッゴォォーン!!
ゴッゴォォーン!!
百合騎士団隊長「ふふふっ。聞こえるわ……。
その甘さと苦さに酔いしれそう……。
血の染みた黒々とした大地に抱かれて眠る同胞よ、
魔族と剣を交えて狂気に陥る信徒の群よ。
戦場はまさに深紅に染まる大舞踏会のよう……」
教会騎士団「筆頭騎士団長っ!」
386 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/16(月) 07:34:01.60 ID:VaDFVbYP
百合騎士団隊長「なぁに?」
教会騎士団「追加のブラックパウダーが届きましたっ」
百合騎士団隊長「かまわないわ。カノーネ部隊に優先配備。
マスケット部隊には三斉射の分量さえあれば良いでしょう。
それから“お土産”用に、二、三人に抱えさせなさい。
南部連合に手こずる王弟閣下にも目を覚まして頂きましょう。
血の香りを嗅いで奮い立たない殿方なんていないのに。
ふふふふっ。なにを小手先の戦術で戦を長引かせているのやら」
教会騎士団「はっ!」
ゴォォン! ガァォーン!
光の銃兵「っ!」
光の槍兵「近いです、これは銃声……」
百合騎士団隊長「南部連合の突出部隊か、都市からの迎撃部隊ね。
丁度良いわ。霧の国の騎士団残存兵と、マスケット中隊2つを
そちらへ差し向けて。叩きつぶさせなさいっ」
光の銃兵「はひぃ! いってきますっ!」
光の槍兵「精霊は求めたもうっ」
百合騎士団隊長「よい子ね」 にこり
教会騎士団「……散る花ですが」
百合騎士団隊長「灰青王の死んだ今、霧の国の騎士団も兵団も
戦闘能力を期待は出来ない。こんな使い道がせいぜいなの。
期待していたのに
私の側から消えるなんて。
……やはりね。
ずっと側にいてくれるのは、精霊だけ。
暖めてくれるのは、精霊の慈悲だけ。
流れ去るものに期待をするなんて意味もない。
私の汚れを拭ってくれるのは、精霊様だけ。
この腐った両手を清めてくれるのは、くれるのは……」
教会騎士団「精霊の恩寵は永遠です」
百合騎士団隊長「……ええ。くっ。くくくくっ。
突撃させなさい。
それからカノーネの着弾はさらに都市中央部へ。
陣を少し前進させます。
……精霊は求めたもう。
血の香りを、混沌を、そして死の苦鳴を……。
ふふふっ。ふふっ。うふふふふっ。
精霊の恵みを! 精霊の平安を! 精霊の粛正を!
地に遍く混沌と薔薇の赤を塗り広げるのっ!」
387 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/16(月) 07:35:42.14 ID:VaDFVbYP
――開門都市、中央庁舎、執務室
……ゴォォン。 ……ォォン
庁舎職員「せめて二階の執務室に移りませんと」
青年商人「ここで十分」
火竜公女「執務の邪魔をしてはならぬっ」
庁舎職員「し、しかしっ」
青年商人「庁舎まで攻め込まれる事があるのなら、
一階だろうと二階だろうと敗戦には代わりありません。
それに執務室では広さも処理能力も足りい」
庁舎職員「しかし、ここでは内密の軍議も」
火竜公女「事ここにいたって、
“内密”などというものはありませぬ」
……ゴォォン!
魔族娘「す、すいませんっ!」 びくっ
鬼呼の姫巫女「娘はすぐに謝るな」
傷病兵「中央街道、大六区まで閉鎖とのこと。
集積場所を無名神殿広場前まで移動っ!」
青年商人「もう一段階下がらせますよ」
火竜公女「わかりました。
……無名神殿前広場を第一集積地としますっ。
無名神殿前に集められた捕虜および傷病者を後方輸送っ。
鴉神神殿、渡り神神殿前広場の2つに分割して移動をっ。
――魔族娘、頼みまする」
魔族娘「はいっ! 行ってまいりますっ」
鬼呼の姫巫女「よろしく頼む」
宿屋の市民「わ、私もお供しますっ」
388 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/16(月) 07:39:18.54 ID:VaDFVbYP
庁舎職員「そのほか、十番街で火災。
規模は中程度、南八番街で倒壊多数。
市保有倉庫とは連絡取れずっ。
また、医薬品倉庫壊滅を受けて、包帯の残存量が……」
青年商人「ギルド長っ!」
紋様族職人長「は、はいっ!?」
青年商人「仕立て職人および倉庫から布を供出っ。
支払いは全て当局回しで、清潔な布を出させてください。
医薬品については、東十二番街の有角商会地下倉庫に
予備の蓄えが千と五百人分はあります。
衛士!」
衛士「はっ!」
火竜公女「徒行で突破、前述の物資を確保してくださるかや?
これを全て第三次集積地に移動。
班分けは15人。――義勇軍から募って馬車四台を編成」
衛士「判りましたっ」
鬼呼の姫巫女「なぜそのようなことを知っているのだ」
青年商人「商売相手の在庫把握は商談の基本です」
鬼呼の姫巫女(この二人、修羅場慣れしているのか?
どこから来るのだ、この胆力はっ)
……ゴォォン。 ……ォォン
青年商人「火災は放置っ。あの地域の避難は完了済みですし、
建物は漆喰と煉瓦が殆どです。昨晩の雨も残っている。
燃え広がりはしないっ。市保有倉庫へは連絡を……。
姫巫女、頼めますか?」
鬼呼の姫巫女「良かろう。若草鳩よ、いくが良いっ!」
若草鳩「ピロロロッ。判りました姉御っ!」
バタバタバタッ!
伝令「ま、魔王さまっ!!」
青年商人「落ち着いて報告を」
389 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/16(月) 07:40:37.27 ID:VaDFVbYP
伝令「で、伝令です。敵の砲撃、激化!!
それにマスケットを持った新手の人間数千人が南門から侵入。
無秩序な動きで、破壊を繰り返しながらあふれ出していますっ」
青年商人(……来た)
火竜公女「到来でございまする。商人殿」
鬼呼の姫巫女「〜っ!! ここまで来て、敵の増援っ。
いや、最初から判っていた予備兵力か……。
しかし、恐るべき数。それにマスケット兵とは……」
庁舎職員「このままでは砦将どのも危機に!」
市民職員「いや、族長に限ってそのような手には乗らぬはずですが」
青年商人「待っていた好機です」
鬼呼の姫巫女「は?」
庁舎職員「なっ、なにをっ」
……ゴォォン。 ……ォォン
青年商人「遠征軍はその統制を失っている。
……説明をしたでしょう。遠征軍の4つの勢力を。
その勢力の統制が乱れ、混乱している。
今流れ込んできたのは、遠征軍の中核とは言え、
その実体は促成で教練を施した民兵に過ぎない。
しかしその民兵こそが遠征軍の最大戦力です。
そして彼らは“教会の剣”だった。
……教会に何らかの問題が起きたと考えられます」
鬼呼の姫巫女「その剣がこちらを向いているのだっ」
390 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/16(月) 07:42:49.29 ID:VaDFVbYP
青年商人「何を言っているんです?
戦とは剣と剣による傷つけあい、そのものではないですか。
相手の剣が向けられただけで降伏では話になりませんよ。
それに、剣が向けられたからこそ勝機がある」
鬼呼の姫巫女「……っ」
火竜公女「敵の首魁の守りが薄くなっていますゆえ」にこり
青年商人「そう言うことです」
鬼呼の姫巫女「これを待っていたというのか?」
……ゴゴゴーン! ズドォーン!
伝令「砦将どの、撤退を開始! 防衛線を押し下げて、
無名神殿の方向へとさがってゆきます!
人間の軍は勢いに乗り軍を前に。ただし略奪や混乱に
手をさかれて、戦場は混沌としていますっ!!」
青年商人「貴族軍はこれで開門都市の南部を使った
市街戦の迷宮に引き込んだはずです。
民兵の過半数もそれに続くでしょう。
大事なのは交戦地域、交戦地点をこちら指定すること。
そして指定してもそうは思わせぬ事。
わたし達が望む戦闘を行ない、
望まないタイミング、望まない地点での戦闘は
“相手に思いつきさえさせない”。
……それが私と砦将の出した結論です。
それさえ守り、非戦闘地域で補給と兵站を途切れさせなければ
まだまだ粘ることは出来ます。
タイミングと、範囲を制御する。
商戦と何ら代わりがありません」
火竜公女 くすくすくすっ
鬼呼の姫巫女「……っ」
青年商人「そして、守りの薄くなった本陣へ攻撃を仕掛ける。
――それは、私の役目でしょうね。
こればかりは勝てるとお約束は出来ないのですけれど」
火竜公女「私もお供を」
青年商人「それはだめです」
391 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/16(月) 07:44:43.88 ID:VaDFVbYP
火竜公女「なにゆえにっ」
青年商人「この執務室で補給と後方支援部隊の
指揮を執る人材が我が方には必要です。
少なくとも、お財布の重さが判る人間がね」
火竜公女「そんな……。ただの言い訳でありましょう?」
青年商人「共同事業者でしょう?」
火竜公女「それは……」
青年商人「相方でしょう?」
火竜公女「……っ」
青年商人「どうしました?」
火竜公女「商人殿が意地悪を言いまする」
青年商人「“良くできたおなご”は、殿方をどうするのです?」
火竜公女「〜っ。……っ」
鬼呼の姫巫女「――やれやれ。公女のこのような表情を見れるとは」
火竜公女「判りました。私は……。
私はこの執務室でお待ちしておりまする。
なにとぞ首尾良く吉報を持ち帰ってくださいますように。
私は信用しておりまする。
商人殿は、魔王の名を冠するに相応しき方。
わたしの……。……いえ、それはよそ事でございまする。
どうかご武運とご商運を。良い取引を祈りまする」
青年商人「お任せあれ。“同盟”十人委員会の筆頭として
この都市を預けられたものとして、
恥ずかしくない商談を約束しましょう」
392 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/16(月) 07:47:37.19 ID:VaDFVbYP
――開門都市近郊、南部連合陣地
ゴガァンッ!!! ズダァァァン!!
光の銃兵「た、助けてくれぇ!!」
光の槍兵「な、なんでっ! なんで俺たちがっ!」
光の突撃兵「ど、どけぇえ! どいてくれぇっ!」
包帯の光の兵「ひぃぃぃぃっ。撃つなっ! 撃つなぁっ!」
ズキュゥン! ドガァン! ギシィ、キンッ!
鉄腕王「前線で何が起きているっ!?」
偵察兵「砲撃ですっ! 遠征軍本陣よりの砲撃っ。
自軍のマスケット部隊に着弾。被害が広がっていますっ」
鉄腕王「誤射か!?」
軍人子弟「違う……」
ズダァァァン!! ゴガァンッ!!!
偵察兵「違いますっ! 怠戦にたいする警告というか、
ある種の督戦行動のような……。
我が軍に向かって駆り立てて民兵を追い立てていますっ」
鉄国少尉「まさかっ!? そこまでっ」
光の銃兵「うわぁぁ! 返事をしろっ。槍兵! 槍兵っ」
光の槍兵「ごふっ。ごぶごぶごぶ……。げはっ……」
光の突撃兵「止めろぉ! 俺たちは敵じゃない! やめてくれぇ!」
鉄腕王「なんてことをっ」
軍人子弟「指揮系統を乱したのが徒になったでござる。
このままでは遠征軍の損害は……」
鉄国少尉「遠征軍の損害など気に掛けている場合ではっ」
393 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/16(月) 07:48:51.99 ID:VaDFVbYP
軍人子弟「かけている場合でござるよっ!
ここで必要以上の被害を出せば、
双方にとって傷跡が深くなりすぎるっ!!
世界は混沌の淵に沈むでござるよっ。それではなんのためにっ」
鉄国少尉「ではっ」 きっ
鉄腕王「……」
鉄国少尉「受け入れを進言します」
軍人子弟「少尉……?」
鉄国少尉「見捨てることが出来ないなら、助けるしかないでしょう。
我が南部連合は、民を……。
開拓民も農奴も等しく助けることによって
大儀を得た国々の集まりです。
その大儀が、助けろと命じるならば、
我ら軍人はその声に耳を傾けるべきです」
ゴォォン! ズゴォォン!
鉄腕王「たしかに、離間工作じみたやりかたもした。
奴らの兵を寝返らせてこちらに引き込むのは戦略のうちだった。
しかしこの状況で助けるとなれば、こちらから軍を突出させ
敵の本陣に切り込むことになるだろうよ。
あの光る塔が現われてから、奴らの本陣は混乱の一途だ。
組織的な抵抗はないかも知れないが、
それでも狂気じみた反撃はあるかも知れんぞ」
冬寂王「……」
鉄国少尉「必要であれば躊躇うべきではありません」
軍人子弟「その通りでござる。許可を願うでござる」
冬寂王「行ってくれ。頼む。……将官っ!」
将官「はっ!」
冬寂王「こちらは塹壕を整備している。カノーネの砲撃は
平地よりもよほどその威力も精度も押さえることが出来るだろう。
1部隊……いや、4部隊を率いて、こちらへ向かってくる
遠征軍民兵の受け入れを始めろ。武装解除の上、後方へ護送。
姓名を控えて一カ所にまとまってもらえ!」
394 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/16(月) 07:50:23.60 ID:VaDFVbYP
軍人子弟「準備をするでござるよ」
鉄国少尉「了解っ!」
軍人子弟「今度こそ死線をくぐることになるでござるが」
鉄国少尉「そのようなこと。あははははっ」
軍人子弟「……」
鉄国少尉「我が国の安全、我が国の繁栄、我が国の利益。
それらのために戦うのは尊く素晴らしいことです。
それらは軍人としての任務であり、本懐」
軍人子弟「……」
鉄国少尉「しかし“どこかの誰かのため”に戦うのは、
軍人ではなく、男子の本懐であると、護民卿はおっしゃられた」
軍人子弟「若気の強がりでござるよ」
鉄国少尉「それでも良いではないですか。
この攻撃を凌ぎきり、
あの三千余名を収容、敵のカノーネ部隊さえつぶせば
遠征軍は、少なくとも圧倒的な数的優位を失う。
待ち望んできた均衡状況が訪れる可能性が高い」
軍人子弟「その通りでござる。
この一手は人道的な見地からのみならず、
戦略的見地から見ても、われらが放つ最高の一撃」
鉄国少尉「我らが鉄の国の槍は、岩をも貫く」
軍人子弟「……そろそろもてるとか、
そういう場面も欲しいでござるが」
鉄国少尉「は?」
軍人子弟「いいや、なんでもないでござるよっ!
この凛々しくも雄々しく汗臭いのが我が国でござるっ。
さぁ、馬に乗るでござるっ! 切り込み準備っ!!
カノーネ部隊を沈黙させるため、いざ! 推して参いるっ!」
395 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/16(月) 07:51:45.00 ID:VaDFVbYP
――開門都市近郊、混乱の戦場
ドゴォォーン! ズギャ!
うわぁぁぁ!! 押せぇ! 押せぇ!
撃つな、俺たちを撃たないでくれぇ
遠征軍士官「なんだって!?」
聖王国騎士「真実です、早く取り次ぎをっ」
遠征軍士官「判った、このことは他言無用だ」
聖王国騎士「はっ! はいっ」
光の銃兵「光は求めたもう! 光は求めたもうっ!」
光の槍兵「精霊は魔族の血を求めたもうっ!」
遠征軍士官(何を言っているんだ! このような時にっ。
数万!? 数万を超える魔族の援軍が、
ゆっくりとだがこの地に終結しつつあるだとっ!?
馬鹿な! 馬鹿なっ!?
なぜそのような数の軍勢がっ。
そのような軍勢は我が遠征軍が世界で初めてのはず。
愚劣で未開の魔族にそのような軍勢を組織できるはずがないっ。
何かの間違いだ!
間違いに決まっているっ!!)
ばさっ!
遠征軍士官「閣下っ!!」
参謀軍師「王弟閣下は前線である。何事かっ」
聖王国騎士「そ、それがっ。ご、ご報告しますっ!
目下、この場所に向かって北方および東方の森林地帯を抜け、
最低数万の魔族の軍が迫っているとのことっ」
参謀軍師「なっ!? 数万、ですとっ!?」
遠征軍士官「最低、です。先遣部隊は森の橋からこちらを
観察しているとの情報がもたらされましたっ」
396 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/16(月) 07:54:24.50 ID:VaDFVbYP
――開門都市近郊、混戦状態の南市街廃墟
清明の時節、辺城を過ぐ
遠客風に臨んで幾許の情……
……ゴォォン!!
光の少年兵「……」
野鳥は閑関として語を解し難く
山花は爛漫として名を知らず……
光の少年兵(……なんだろう、この歌。
死んじゃったのかな、ぼく)
葡萄の酒は熟して愁ひに腸は乱れ
瑪瑙の杯は寒くして酔眼明らかなり……
光の少年兵(優しい、綺麗な声……。
梢がさわさわ鳴っているみたいな……)
遥かに想ふ故園 今好く在りや
梨の花さく深き院に鷓鴣の鳴く声すらん
光の少年兵(綺麗で、泣きたくなるような……歌……)
ゴォォン!!
光の少年兵「砲声っ!!」 がばっ
奏楽子弟「ん。目が覚めたかな」
光の少年兵「え? えっ!?」
奏楽子弟「いいよ。横になってて」
397 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/16(月) 07:55:18.29 ID:VaDFVbYP
光の少年兵「え、あ……あ。ああっ……」
奏楽子弟「うん? 耳?」 ぴこぴこ
光の少年兵 こくこく
奏楽子弟「私は森歌族……。君たちの云う、魔族なの」
光の少年兵「なっ!? ぐっ」
奏楽子弟「ほらほら、無理しなくて良いよ。
多分、腕折れちゃってるよ。じっとしていた方がいい」
ゴォォン!!
光の農奴兵「ああ、じっとしていた方がいい」
光の少年兵「え? あ……。たくさん」
光の農奴兵「ああ」 こくり
光の傷病兵「逃げ出して、もう戦え無くて集まっているんだ」
光の少年兵「そんな……」
奏楽子弟「ごめんね、こんな水しかあげられないのだけど」
光の農奴兵「いや、その……。感謝する。ほら、坊主、飲め」
光の少年兵「でも魔族の……」
奏楽子弟「魔族でも水ぐらい飲むよ」
光の少年兵 じぃっ
奏楽子弟 かちゃかちゃ
光の少年兵「なんなんだ、それは。ぶ、武器かっ」
光の農奴兵「楽器だよ。この人は、歌人なんだそうだ」
光の傷病兵「吟遊詩人だよ」
光の少年兵「え?」
奏楽子弟「水と同じ。魔族も歌うの。
……歌うしかできない時には特にね」
399 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/16(月) 07:56:29.88 ID:VaDFVbYP
ゴォォン!!
パラパラパラ……
光の農奴兵「近いな」
光の傷病兵「……もう、帰りてぇよ」
光の農奴兵「なぁ、なんでこんなところに来ちゃったんだろう」
光の傷病兵「そりゃ精霊様が求めたから……」
光の少年兵「僕たちは栄光ある光の子って云われてやってきたのに。
いやなのにっ。戦争なんて……偉い人だけでやればいいのにっ!」
奏楽子弟「……」かちゃかちゃ
ズドォォン!
光の農奴兵「仕方ない」
光の傷病兵「俺たちは何も出来ないんだ。
農奴なんだ。拒否権なんて無いんだ。
云うことを聞かなきゃならなかった。そうでなきゃ飢えていた。
仕方なかったんだ。仕方ないじゃないかっ」
光の少年兵「……っ」
奏楽子弟「いずこに……♪」
光の少年兵「え?」
奏楽子弟
――何処に行きたまいしか、小さき手のひら振りし我が友よ
何処に行きたまいしか、頬染める幼なじみの我が君よ。
今は遠き我が村よ。
遠く、遠く、砂塵の果てにて思う。
401 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/16(月) 07:58:27.19 ID:VaDFVbYP
光の農奴兵「……綺麗な、声だぁ」
光の傷病兵「……」
奏楽子弟「どこに行っちゃったの? 昔の故郷は。
……っていう歌」
光の農奴兵「それは」
光の傷病兵「……」
光の少年兵「そんな事なんで云えるんですかっ」
奏楽子弟「その、小さいの」
光の少年兵「え、あ? ……こ、これ」
奏楽子弟「それはね。小さな子供の手袋だよ。
多分この家に住んでいたんだろうね。
魔族にも、赤ちゃんだって小さな子供だって沢山いるんだよ。
この手袋のサイズは、紋様族かな。
紋様族の子供は、賢くて可愛いんだよ。
あの路地を走って遊んでいたんだと思うな。
日が暮れて、夕ご飯が出来るまで」
光の少年兵「……っ」
奏楽子弟「誰も悪くないよ。戦争だから。
すごく怒りたくても、私は怒らないよ。
同じくらい痛かったし怖かったのを、知ってるから」
光の農奴兵「……すまねぇ」
奏楽子弟「ううん。――でも、ね。
やめるためには、誰かが頑張らないと。
私は魂の血を流すよ。
だって血は流せない。必要だとしても。
この手に剣は握れないから。
ううん、握らない。そう決めたの。
殺すのも殺されるのも、絶対にしないの」
光の少年兵「――っ!」
402 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/16(月) 08:02:22.85 ID:VaDFVbYP
奏楽子弟「それに……。
あなたたちに、殺させたりもさせたくない」
光の農奴兵「なんで、魔族なのに、なんで……そんなに」
奏楽子弟「関係ないよ」 にこっ
奏楽子弟「わたし達は、同じでしょ?
大砲の音が怖くて、ぶるぶる震えて隠れている。
それでも、どんなに怖くても、もう戦争はやめようって。
そう考えてる。……だから一緒だよ」
光の傷病兵「……ひっく。……ずずっ」
光の少年兵「ごめん……なさい……」
〜♪
奏楽子弟
――何処に行きたまいしか、小さき手のひら振りし我が友よ
何処に行きたまいしか、頬染める幼なじみの我が君よ。
今は遠き我が村よ。
遠く、遠く、砂塵の果てにて思う。
――茜射す陽に照らされし、黄金の麦畑。
風走る度に、波をうつすかぐわしき麦の穂よ。
今は遠き我がふるさとよ。
遠く、遠く、凍える白夜にて思う。
――故郷を守ることもなく、
今はその声は風に埋もれ、草に隠れ、雪の舞に見失い
伝える言葉無く、指先も枯れ果ててなお鮮やかに
――何処に行きたまいしか、小さき手のひら振りし我が友よ
何処に行きたまいしか、頬染める幼なじみの我が君よ。
何処に行きたまいしか、黄金の髪揺らす甘き約束よ。
421 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/16(月) 18:25:26.54 ID:VaDFVbYP
――光の塔、その道程
ギィン!! キィンッ!!
女騎士「ぐっ!」
大主教「もう終わりか、修道会女騎士よっ。ふはははっ」
ギィン!!
女騎士「させるかっ! “聖歌六連”っ!」
大主教「“光壁三連”っ!」
ギュン!ギュン!ギュン!ギュン!ギュン!ギュン!!
女騎士「っ!」
大主教「どうした、速度が落ちたぞ?」
女騎士(これほどとはっ。魔王の力とは。
本来の魔王の力とはこれほどのものだったのか。
これじゃ全開の時の勇者の速度と力そのもの。
いや、それ以上じゃないかっ)
大主教「この両手は動かぬが、
もとより我は剣士でもなければ
武芸者でもない。一介の聖職者に過ぎぬ。
両手が動かずとも、我が祈りは万物を斬り刻む」
女騎士「黙れ! だれが聖職者なのだっ。
聖職者を愚弄するなっ!
貴様には精霊に使える敬意の一辺も感じない。
その気持ち悪い玉と魔王の力で
貴様は光の精霊を愚弄しているだけだっ!」
大主教「ここまで来たならば知っていよう?」
ギィン! ギリギリギリ!!
大主教「その魔王すらも精霊の願いが生み出したと云うことを」
女騎士「……っ」
423 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/16(月) 18:27:41.98 ID:VaDFVbYP
大主教「その通り!! その通りなのだよっ。
すべては炎の娘の願いから始まったもの。
あの無垢な娘の救世の祈りから。――であればこそっ!」
ギィン! キィン!!
女騎士(くっ。押されるっ!?
ただの斬撃祈祷がこれほどに重いっ)
大主教「なればこそ、この汚濁に満ちた世も! 戦乱も!
嘆きの苦しみも裏切りも欲望もこざかしい浅知恵もっ!
全てはあの娘の願ったものなのだっ!
全ては“精霊の許したもの”。全ては“聖なるもの”っ」
ごごごごっ
大主教「“電光呪”っ!」
女騎士「っ!? “光壁”っ!
か、重なれっ! “光壁双盾”っ」
ズガァァーン!!
大主教「ふふふふっ」
女騎士「これは、24音呪っ!? まさか貴様っ」
大主教「そのとおり。勇者の力だ……。
神聖術式で捕縛した勇者の力を借り受けたまで。
使いこなすには至らないがな」
女騎士「下衆がっ!」かぁっ!
大主教「呼気が乱れているぞ。はははっ!」
女騎士「黙れ! 黙れぇ!! “嵐速瞬動祈祷”っ!」
大主教「“加速呪”――っ!?」
ギキィン!!
女騎士(届いっ……て、ない!?)
大主教「見えるかな」
女騎士「なっ。それは……。なんだ、その霧はっ」
424 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/16(月) 18:30:16.35 ID:VaDFVbYP
大主教「知らないのか? 判るまいな。
歴代の魔王でさえその身に纏うことは叶わなかった
超越者の証し……“やみのころも”。
全ての攻撃を遮断し、我を守る物質化現象を果たした
“魔王達の霊の結晶そのもの”だ」
女騎士「五月蠅いっ!」
ガッ! ガッ! ザシュ!!
大主教「……くく」
ズガッ!!
女騎士「っ!」
大主教「……どうした?」
女騎士「ならば……。“錬聖祈祷”っ!」
大主教「攻撃力の強化と、光の属性付与か」
女騎士「闇の力であれば、弱点は自ずと明白だっ!」
大主教「良かろう」
ゴッ! ジャギィィィン!
女騎士「そんな……」
大主教「狙いは悪くはないが、
そもそもの攻撃力が足りなすぎるようだな。
弱点を突いてさえ、かすり傷もつけられぬ。
あの老人と同じとは、修道会の麒麟児も所詮この程度か」
女騎士「――老人っ? 弓兵かっ。
あいつをどうしたんだっ!?」
大主教「殺したぞ?」
女騎士「っ!?」
大主教「ああ。そう言えば、一緒に旅をした仲間だったのだな。
足を貫いても手向かってきたので、腕を引きちぎってやった。
奇怪な技で我が腕を麻痺させてきたので、
臓物を踏みつぶしてやったよ。
最後の最後まで悲鳴を上げぬ頑迷な老人だったがな」
425 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/16(月) 18:40:34.16 ID:VaDFVbYP
女騎士「きさまっ。貴様ぁ!! 何を、お前はっ!!」
大主教「“後は任せましたよ、お転婆姫”とかなんとか、
最後まで強がりをぬかしてなっ。
凡夫には所詮判らぬようだ。この力の圧倒的な差がっ。
“風剣呪”っ! “雷撃呪”っ!」
ビシィッ!! ドギャン!!
女騎士「“光壁”っ! “光壁”っ」
大主教「どうした、退がるだけかっ! はぁっ!」
ドゴォンッ!
女騎士(爺さんが、死んだ!? 死んだなんて……っ)
大主教「器用に跳ね回る」
ドゴォンッ!
女騎士「“光壁”っ! “光壁”っ! 弾け光の壁っ!」
大主教「確かに防御術は精霊の御技の中核。
修道会の術式は我が教会のものとは多少違うようだが、
干渉力も発動速度も申し分はない。
流石修道会の首座をしめる光の術士にして騎士。
その防御術があれば、我が攻撃をしのぐことも、
あるいは可能かも知れぬなぁ……。
だが何回しのぐ? 何回しのげる?」
女騎士「限りなど無いっ!」
大主教「その言葉を試してみようではないかっ」
ゴォン! ヒュバッ!! ザシャァン!!
426 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/16(月) 18:42:19.49 ID:VaDFVbYP
女騎士(あの爺さんがっ。爺さんがっ!
勝算も無しに“任せる”なんて云うはずがない。
あるんだっ。
糸よりも細くても、何か、隙があるっ。
あるはずだっ、探すんだっ。
私は勇者の剣。
私は勇者の騎士っ。
こいつを、この怪物を勇者の元に行かせは、しないっ。
あの変態の、馬鹿で、あほで、すけべでっ。
それでも、それでもわたしを導いてくれた
爺さんをっ。任せる、と言ったならっ)
大主教「それっ! “斬撃祈祷六連”っ!」
ギン!ギン!ギン!ギン!ギン!ギン!
女騎士「“光壁四華”っ! がはっ! ぐぅっ」
ドゴォン! ばさっ
女騎士(見つけるんだ。……魔法使いを。
あの思いを……。裏切る、訳には……。
いかない。……騎士、なんだ……ぞ……)
大主教「ふっ。四つ防ぐのが精一杯のようだな」
女騎士(そ……れ……)
大主教「もはや座興も終わらせよう。“斬撃祈祷六連”!!」
女騎士「それ、だ……」
ふわっ
大主教「!?」
428 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/16(月) 18:44:05.14 ID:VaDFVbYP
女騎士「はぁ……はぁ……」
大主教「なにを……!?」
女騎士「さぁ……」
大主教「“斬撃祈祷六連”っ!!」
ふわりっ ひゅかっ
女騎士(この怪物の、大主教の弱点は……
戦闘経験の少なさ。……っく。
圧倒的な力を持ってはいても、戦闘の回数自体は、少ない。
そして、その経験の元になってるのは、おそらく……
爺さんとの戦い。
……爺さんは、勝て無いと判っていた。
判っていたから、勝とうとはしなかった……。
“自らの敗北を持って、こいつに仕込んだ”
“間違った戦闘経験という毒の入った餌を”)
大主教「何をしたっ!? その動きはなんだっ」
女騎士「偶然だ……。はぁっ……はぁっ」
大主教「瀕死の女がっ」
女騎士(この方法でも、時間稼ぎに過ぎない。
動きには隙がある。
爺さんが仕込んだ罠の戦闘経験のせいで
この化け物の攻撃にはリズムが“ありすぎる”。
それに攻撃はどれも強力だが、真っ正直で、直線。
だけど……。
私の攻撃じゃ、通じない。
あの黒い霧も、おそらく精霊祈祷の光の壁も越えれない。
わたしの使える“光壁”はこいつだって使える。
その上再生能力まで……。
あれがもし勇者の力のコピーなら致命傷以外は
全て回復しかねない……)
429 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/16(月) 18:53:06.86 ID:VaDFVbYP
大主教「この衣を引きはがせるのは勇者のみっ。
そして勇者が力を失った現在、
我の力を阻めるものは存在しないっ!」
ガキィッ! ギィン!
女騎士「その力で何を目指すっ!? 過ぎたる力でっ」
大主教「我は“次”へ向かうのだっ」
女騎士「次――?」
ギィン! ギキィン! ガッ!
女騎士「っ!」
大主教「そうだ。“次”だ。“次なる輪廻”だっ。
この世界はもはや収斂の最後の段階にあるっ。
これが逆転することはあり得ぬ。
生きようが死のうが構わぬではないか。
どうせ全て“無かったこと”になるのだっ。
思い出さえ残らぬ。思い出す存在も全ていなくなるのだからっ」
ギィン! ガッ! バシィィ! ヒュバッ!
大主教「我はこの世界には未練はない。
全てが滅びる時まで共にするほどの愛着も感じてはいないっ。
我は“次なる輪廻”へと旅立つ。精霊の力をもってなっ。
そして次の世界こそが終末点だ。
全ての旅の終わり。――それこそが“喜びの野”っ!!
なぜなら今や魔王と勇者の二つの力を兼ね備えた
そして“ただの人間”である我の能力は全てを越え
精霊さえも思うがままにする権能を手に入れるからだっ。
あの聖骸の熱量を取り込んだ我は“次なる輪廻”にて
光の精霊の地位を手に入れるっ!
否! 光の精霊として“喜びの野”へと降り立つっ。
そして、二度と世界を繰り返したりはしない。
人は愚かで、醜く、度し難いっ。
繰り返して救う価値などはないのだ。
ただそこには永遠に続く我の箱庭さえあればよいっ!」
430 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/16(月) 18:55:04.44 ID:VaDFVbYP
女騎士「魔王の力を弄び、出した答えが……っ」
大主教「女騎士っ! 跪き、命乞いをせよっ!」
女騎士「だれがっ!」
大主教「戯けがっ」
ビキィィ!
女騎士(これはっ……!)
大主教「小器用な動きで回避を繰り返すが、
そのような手妻など何ほどのこともないっ。
我にはそれに対応するだけの膨大な力が、すでにある」
女騎士(まずいっ。これは広域殲滅用のっ……!)
ジリっ! パチパチパチパチ……
大主教「ふふふっ。命乞いをする気になったか?
われを光の主として崇める気になったか?」
女騎士「黙れ。……私は湖畔修道会の騎士。
そして剣を捧げた主は、勇者ただ一人!!
たとえ、全世界が雪を染める黒い煤のごとく汚れていようと、
お前が全てを焦がし尽くすほどの戦力を持っていたとしても
二君に仕えるような剣を私は持っていないっ。
私はっ。
勇者のっ!!
勇者だけのっ!! 守護騎士だっ!!」
ギィィィンン!!!
大主教「よく言った。死ぬが良いっ!!
24音! 集いて唱和せよっ!! “超高域雷撃滅呪”っ!!」
女騎士「〜っ!!」
――ズシャァァァーン!!
434 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/16(月) 19:51:36.63 ID:VaDFVbYP
――開門都市近郊、遠征軍本陣
ギィン! ドグワァ!!
軍人子弟「後続っ! 立て直すでござるっ!!」
鉄国少尉「あのマスケット部隊を落とさなければ……っ」
ズギュゥゥンっ!
軍人子弟「ライフルの支援があるでござるっ!
カノーネ部隊まで突撃! 四列縦走っ!」
鉄国騎士「大地のためにっ!」 ガシャン!
鉄国騎士「地の果てまでもお供しますぜっ! 卿!」
軍人子弟「はははっ! 行くでござるよっ! 突撃っ!!」
鉄国少尉「くっ!」
ドゥン! ドゥン!! ドゥゥン!!
光の銃兵「く、くるなぁ!! 来ないでくれぇ」
光の銃兵「撃つぞ、撃つんだぞぉ!」
鉄国騎士「やぁぁぁぁ!!」 ガキィン!
鉄国騎士「はぁっ!」
軍人子弟(すでに損害が20を越えたでござるっ……。
だが、もうすこしっ……。あと数百歩で、
カノンにたどり着けるっ)
鉄国少尉「どけぇ!! 我が道を阻むものは、
鉄国少尉が相手になる。退がれぇ!
精霊の名を戦に用いる卑怯者っ!! 恥を知れっ!!」
光の銃兵「ひぃっ! 死にたくないっ」
光の銃兵「俺たちだって死にたくないんだぁ」
ドゥン! ドゥン!!
鉄国少尉「っ!! がふっ!」
435 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/16(月) 19:52:58.45 ID:VaDFVbYP
軍人子弟「少尉っ!!」
鉄国少尉「心配……無用です……」
ギィン! ガギィン!!
鉄国騎士「突撃っ!! 続けっ!」
鉄国騎士「二列、波状にて突貫っ!」
鉄国少尉「今はカノーネをっ!!」
軍人子弟「……ついてくるでござるよっ」
鉄国少尉「ええ。……ええ! どこまでだって!!」
軍人子弟「落馬するなら見捨ててゆくでござるっ」
鉄国少尉「お任せくださいっ。
わたしはまだまだあなたに
学ばなきゃならない事があるんです。
そしてあの素朴な国をいつまでも
守らなきゃならないんですからっ」
ドゥン! ドゥン!! ドゥゥン!!
軍人子弟「道を開けよっ!! 開けるのだっ!!」
ダガダッダガダッダガダッ!
鉄国少尉「護国卿……」
軍人子弟「いつまでもこの下らぬ騒ぎを
続けるつもりでござるかっ! 拙者はっ!!
拙者はもう、うんざりでござるっ!」
ギンッ!!
軍人子弟「焦げた匂いもっ!」
ガギンッ!!
軍人子弟「耳を覆いたくなる悲鳴もっ!!」
ドガァッ!!
軍人子弟「もうお終いにするでござるよっ!!」
437 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/16(月) 19:54:02.21 ID:VaDFVbYP
――開門都市、9つの丘の神殿の鐘楼
ざぁざぁ〜っ……
器用な少年「風が出てきたなぁ」
若造傭兵「この高さだ。仕方ない」
生き残り傭兵「気をつけろよ」
器用な少年「まかせとけよぅ。いいのかな」
――ゴォォン――どけぇ、どけぇ――精霊は――
生き残り傭兵「いっちまおう」
若造傭兵 こくり
器用な少年「んじゃ、鳴らすぜ。……重いっ。
なんて重いんだよ、このやろう。んっせぇっ!!」
若造傭兵「……」
生き残り傭兵 ごくり
器用な少年「よいっしょぅ!!」
――ァン。カラァン! カラァン!! カラァン!!
若造傭兵「よし」
カラァン! カラァン!! カラァン!!
ラァン……! カラァアン!! カラァアン!!
生き残り傭兵「他のみんなも成功させたか。
九つの鐘が鳴っている。ははっ!
みんなぽかんと見上げてるぜ! 遠征軍も、都市の連中も!」
器用な少年「そりゃいいけれど、
どーやって逃げ出すんだよ、こっから!」
若造傭兵「そいつぁ姉ちゃんがどうにかすんだろうよ。
俺たちはほんの一分か二分、
連中を呆気にとらせりゃそれでいいのさ」
438 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/16(月) 19:55:54.32 ID:VaDFVbYP
――開門都市近郊、世界の終わりのような戦場
ラァン……! カラァアン!! カラァアン!!
斥候兵「え?」
光の銃兵「な……」
光の槍兵「なんだ、この音は」
ラァン……! カラァアン!! カラァアン!!
鉄国騎士「音が……」
軍人子弟「音が降ってくるで……ござる……」
ラァン……! カラァアン!! カラァアン!!
光の農奴兵「どこから……」
光の傷病兵「大聖堂の鐘みてぇな……」
光の少年兵「なんて綺麗な音なんだろう」
奏楽子弟「陽が差し込んでくる」
ラァン……! カラァアン!! カラァアン!!
獣人軍人「風が吹いてくる……」
巨人作業員「オォ……砲声が、やんだ……」
義勇軍弓兵「静かだ……。戦場なのに」
土木師弟(雲が、切れる……。奏楽子弟……)
ラァン……! カラァアン!! カラァアン!!
王弟元帥「なんだっ。鐘の音ではないか。
貴族軍が占領を達成したのか。この音は、この風はっ」
ザクッザクッザクッ
聖王国将官「元帥閣下っ。お気を付けくださいっ」
ザクッザクッザクッ
貴族子弟「――」
王弟元帥「……ここで来るか」
メイド姉「お目にかかりに参りました。王弟閣下」にこり
461 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/17(火) 00:41:50.23 ID:Afl8afoP
――開門都市近郊、遠征軍本陣、その中央
ラァン……! カラァアン!! カラァアン!!
王弟元帥「約束どおり、というわけか」
メイド姉「はい、お約束どおり」
王弟元帥「それにしては援軍の姿が見えないが?」
メイド姉「いずれ参ります」
王弟元帥「ここは戦場だ、女子供の来るところではない」
メイド姉「勇者だ。と申し上げたはずです」
王弟元帥「……退くつもりはないということか」
メイド姉「退いて頂く交渉をしに来たのですから」
王弟元帥「この期に及んで。この血と硝煙の香りに満ちた
裂壊と怒号の戦場においてそのような綺麗事を語るか。
ここは死と鋼鉄がその意を通す場所だ。
宣告しておいたはずだ。次に出会う時は戦場だと。
我は我の意志を通すためならば、娘。
そのはらわたを串刺しにすることも厭わぬ」
聖王国将官「閣下……っ」
メイド姉「王弟閣下はそのようなことはなさりません」
王弟元帥「なぜそのようなことが云えるっ」
メイド姉「この戦場に存在する勢力、軍勢のうち、
私の麾下にあると観測されるものは一つもないからです。
で、ある以上、この場で私を殺したとしても、
それは王弟閣下が、目障りにわめき立てる小娘一人を
腹立ち紛れに黙らせた、と云うことに過ぎません。
戦場に満ちる問題を一個として解決することにはならない。
それは個人的なただの気晴らし。
……王弟閣下はそのようなことはしません」
王弟元帥「ずいぶん高く買ったものだな」
463 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/17(火) 00:43:42.16 ID:Afl8afoP
メイド姉「そのようなことをするくらいならば
私を生かしておき出来るだけの情報を絞ろうとする。
もしくは何らかの勢力に対しての
外向的な取引材料になるのならば身柄を拘束しようとする。
その方が妥当です。
合理的、と云う意味では、中央諸国家で
もっとも信用に値する方だと思っています」
王弟元帥「……。自らが云ったように、拘束されると
云うことは考えぬのか。若い娘の身で」
メイド姉「我が身可愛さをここで出すくらいなら
そもそもこの戦場に立つ資格はない。
そう思いませんか?」にこり
……ァァン。カラァァン。
王弟元帥「この鐘の音も、そなたか?」
メイド姉「そうかもしれませんね」
あ、あの娘は……?
王弟閣下になにを……あの娘……まさか
まさかって……まさか、魔族?
い、いや人間に見えるぞ、誰なんだ
ざわざわざわ……
王弟元帥「よかろう。前置きは終わりだ。
聞こうではないか。その方の要求を」
メイド姉「戦争の終結。遠征軍の撤退です」
王弟元帥「出来るはずもない」
メイド姉「この都市は都市国家としての主権を持っています。
また、遠征軍が通ってきた領土は
この地に済む氏族の支配領域七つを侵犯しています。
遠征軍が犯してきた犯罪的行為を続けることは、
遠征軍およびそれぞれの所属国家に
百年にわたる大きな負債を背負わせるでしょう」
464 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/17(火) 00:45:55.43 ID:Afl8afoP
王弟元帥「この度の遠征は先にも述べたとおり、
教会の宗教的号令に従って自発的に集った
自由意志の民衆による聖遺物奪還運動なのだ。
その運動を国家の責に帰そうとする論には賛成できない」
貴族子弟「そのような言い逃れが通るとでも?」
王弟元帥「どのような道理であろうと、
道理を守るには相応の力が必要だ」
貴族子弟「どのような理不尽でも暴力が伴えば
この世界においてまかり通ると聞こえますね」
王弟元帥「真実であろうさ」
貴族子弟「……っ」
メイド姉「力とは……。暴力とは常に相対的なものです。
“有るか、無いか”などという
粗雑な議論をするつもりはありません。
相手との相対的な差違のみが意味を持つのですから
絶対量は意味がない」
王弟元帥「賢者の言葉だな。だが、それがどうした」
ザカっ!!
参謀軍師「王弟閣下っ!!」
王弟元帥「どうしたっ」
聖王国将官「何があったのです」
参謀軍師「そ、それがっ」ちらっ
王弟元帥「申せ」
参謀軍師「は、はいっ。それが、まだ遠距離ではありますが
徒歩一日以内の地点に、魔族の援軍、数万が集結を」
メイド姉「――」
王弟元帥「数万だと……」
参謀軍師「いえ、それは最低限でして。
……とどまる様子はありません。
この様子では、数日のうちに十万を超える恐れも」
465 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/17(火) 00:48:16.40 ID:Afl8afoP
メイド姉「――」 にこにこ
王弟元帥「これが。……これがその方の援軍か」
メイド姉「そうとって頂いても構いませんよ?」
貴族子弟(よく言う。……その数は、軍勢なんかじゃない。
忽鄰塔にあつまってきた非武装の魔族の民だ。
魔王の戦いを見届けるために集まった氏族に過ぎないじゃないか。
数はそりゃ確かに十万にふくれあがるかも知れないが、
所詮は泡だ。マスケットでつつけば、パチンと割れる)
メイド姉「……」
王弟元帥「……」 ぎろっ
聖王国将官「い、いかがいたしましょう」
メイド姉「……」
王弟元帥「……はったりだな」
貴族子弟(なっ!? だからといって、気が付くのかっ!?)
メイド姉「とは?」
王弟元帥「この短期間でそれほどの援軍を組織できるはずもない。
もし組織できるのであれば、とっくに現われて
我が軍に一撃を食らわせているはずだ。
で、有るならば、その軍勢は幻術による偽りか
なんらかの策……。
たとえば、偽の軍装によっていつわった烏合の衆なのだ。
それだけの戦力を温存する理由は、無い」
メイド姉「それでも、構わないのではありませんか?」
王弟元帥「なぜだ」
メイド姉「いま、重要なのは“開門都市を包囲していた遠征軍が
二週間をおいてもなお都市攻略に成功していない”という事実。
ここに“包囲していたはずの遠征軍が、十万の魔族によって
逆に包囲されている”という事実を加えれば……。
……軍が本物か、偽りかなどというのは
些末な違いに過ぎないかと思います」
聖王国将官「そ、それは……」
王弟元帥「軍の士気、ひいては我が掌握能力に問題があると?」
466 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/17(火) 00:50:51.51 ID:Afl8afoP
メイド姉「普段であるならば問題はないでしょう。
しかし、良くも悪くも王弟閣下の仰ったように、
この遠征軍の大儀は信仰です。
精神的支柱を王弟閣下のカリスマだけに
依存するわけにはいかない。
それが可能であったとしても、です。
そして、今のこの乱戦は、信仰の中心が揺らいでいるせい。
……ちがいますか?」
王弟元帥「好きに解釈すれば良かろう」
メイド姉「この状況下において戦闘を継続すればどうなります」
聖王国将官「……」
貴族子弟(流れは悪くないのか……。しかし、先が読めない。
相手が悪い。いくら我が姉弟弟子とはいってもなぁ)
メイド姉「どちらが勝つにせよ、双方に壊滅的なダメージが残る。
そのようなことは百害あって一理もないではありませんか」
王弟元帥「確かにそうなる可能性が高いだろう。
しかし、では撤退をしてどうなる?
この戦を始めたのは教会だ。
では教会が責任を取るのか? 否だっ。
責任など取りはしない。
そして、責任を誰も取らぬ以上、
この遠征に財をつぎ込み財政難に陥った諸侯は
秩序を保つことが出来なくなるだろう。
そうなってしまっては略奪が横行し、
中央国家群でも小競り合いが頻発することは想像に難くない。
この魔界で富を。少なくとも、富の予感を手に入れない限り
中央諸国家のふくれあがった欲望は制御不能なのだっ。
それはつまり、中央諸国家体制の崩壊。
その方の云う“壊滅的なダメージ”だ」
メイド姉「そんなっ」
王弟元帥「撤退しても戦っても、我がほうには壊滅的な被害が出る。
ならばここは戦って魔族や南部連合にも
ダメージを与えておくべきなのだ。
そうすれば復興の時間に、外部から侵略をされずに済む。
違うかな? 学士の娘よ。それが国家の安全保障ではないか」
467 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/17(火) 00:52:58.61 ID:Afl8afoP
ザッザッザッ
東の砦将「そいつは、族長としていかがなもんかね。
自滅しながらの巻き添え攻撃のような策略とは
下策としか言いようがないと思いますぜ」
青年商人「遠征軍の責任者“ではない”以上、
仕方ない判断かと思いますよ」
聖王国将官「お前達は何者だっ!」
東の砦将「何者かと聞かれてますが」
青年商人「一番乗りだと思ったんですが、ね。
ですから、あの方の知己にはいつも驚かされる」
東の砦将「このお嬢さんは?」
青年商人「あの方の家で会いました。そうですね?」
メイド姉「はい、ご無沙汰しています」ぺこりっ
貴族子弟(青年商人。同盟の有力商人、十人委員会の一人。
かつて出会った時よりもすごみをましたなぁ。
師匠並だぞ、この迫力は)
王弟元帥「貴公らは何者か。
このような戦場のまっただ中に何をしに来た?」
東の砦将「それがしは。あー。あの開門都市の氏族長。
人間で云うところの市長を務めている。砦将といいますな」
青年商人「あの都市の防衛軍最高責任者
その代理というところでしょうか。青年商人と申します」
聖王国将官「っ!? 銃士っ! こいつらをっ!」
王弟元帥「やめろっ!!」
聖王国将官「〜っ!?」
東の砦将「良い判断ですな」 ……すっ
470 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/17(火) 01:31:44.78 ID:Afl8afoP
王弟元帥「いつカノーネを鹵獲した?」
東の砦将「いや、一台くらいならね」
王弟元帥「揃ってお出ましとはなんの話だ。
降伏でもしに来たのか? ふふんっ」
青年商人「馬鹿を云わないでください。スカウトしに来たんですよ」
王弟元帥「は?」
青年商人「聖王国の王弟将軍と云えば、
中央大陸でも名の知られた英雄。カリスマですからね。
合理的思考と切れすぎる戦略で
早くから名を馳せた戦場の風雲児。
戦術戦略のみならず、外交や財政にも果断な判断能力をもつ
大陸最大級の人材です」
王弟元帥「ずいぶんと詳しいのだな、人間の事情に」
青年商人「私は人間ですよ。人間が魔族の軍を
率いていては変ですか?」
王弟元帥「いや……。そうか。
『同盟』に異端の商人がいると風の噂で聞いた。
小麦相場で大陸中の金貨をさらったというのは……」
東の砦将「はぁ!? そんなことまでやってたのかぁ?」
青年商人「人聞きが悪いですよ。ほんのちょっぴりじゃないですか」
聖王国将官「――“小麦を統べる商人王”」 がくがくっ
メイド姉「ふふふっ」
王弟元帥「その男が何を求める」
青年商人「ですからスカウト。人材の勧誘と、一つの質問を」
471 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/17(火) 01:33:51.24 ID:Afl8afoP
王弟元帥「――どいつもこいつも、戦場である弁えもなく」
ザッ
冬寂王「であるならば」
王弟元帥「おまえは、冬寂王っ!」
冬寂王「率直な降伏勧告は、我が方のみということかな」
王弟元帥「降伏勧告だと。南部連合に?
中央大陸の秩序の破壊者に下げる頭など無いわっ」
冬寂王「南部連合に下げろ、とは云わぬさ。
……ここに書状がある。修道会からだ」
聖王国将官「修道会、から……?」
王弟元帥「なにを」
貴族子弟「そうきましたか。……ずいぶん思い切りますね」
メイド姉「冬寂王様」
冬寂王「どうした? 学士よ」
メイド姉「……なにとぞ慈悲を」
冬寂王「判っている」 こくり
王弟元帥「何を言っているっ」
冬寂王「まぁ、時間を掛けて読むが良かろう。
言葉を飾ってあるが、中身はこうだ。
“人の国に入り込んで戦を行なうようなものは、破門する”
それだけだよ」
王弟元帥「破門……」
聖王国将官「それは」
472 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/17(火) 01:35:54.16 ID:Afl8afoP
貴族子弟「もちろん、聖光教会を奉じる聖王国にとっては
直接何らかの影響があるわけではありません。
もちろんお気づきだと思いますが、この書状の意味は」
――天然痘の接種は、受けさせない。
聖王国将官「〜っ!」
貴族子弟「そのようなことになれば、5年、10年を待たずに
国は寂れ、人々は移住し……。交易の順路からも外された
地方の村のような惨状になるかと」
メイド姉「私はそのような交渉方法を好ましいとは思いません」
冬寂王「もちろんだ。だが、学士よ。
そもそも、戦争とは好ましいことではないのだ。
そして、チャンスがあるのならば、
どんな手段を使ってもそれを終わらせる。
この交渉の場はな、我が南部連合の兵士の命であがなった
数少ない空隙だと云うことも忘れて貰っては、困る。
もはやここに至っては、交戦行為を一刻も早く終わらせることが
慈悲であると知ってくれ」
王弟元帥「破門を引き下げる代わりに、降伏しろと?」
冬寂王「そうだ」
王弟元帥「遠征軍は我一人の意志で動かせる軍ではない。
大主教猊下の号令によって動く、複数の国家、
そして多くの領主の参加する軍だ。
我のみが破門を免れたとしてどのような責任も取れぬ」
青年商人「逃げ口上はやめてください。
どう考えても、どう見ても、
あなたが実質上の意志決定者であることは疑う余地がない」
王弟元帥「ここまで混沌と狂信に染まった軍を
撤退させる難しさが判らない貴君らではあるまいっ。
すでに賽は投げられた。一矢は射られたのだ。
もはや雌雄を決するしかないのが判らないのか。
時の流れは、人間か、魔族かのどちらか一方を選ぶと
その意思を表したのだ。
この世界は、両者を住まわせるに
十分な広さがないとなぜ判らぬっ。
世界はそれほど寛大ではないのだっ」
474 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/17(火) 01:41:35.63 ID:Afl8afoP
メイド姉「争いを始めるのに精霊を理由に用い、
今また争いを継続するために世界を言い訳にするのですか?
――たしかに。
確かに“彼女”は間違ったかも知れない」
東の砦将「は?」
メイド姉「確かに“彼女”は間違ったかも知れない。
わたし達がこんなにも愚かなのは、
彼女がわたし達に炎の熱さを教えなかったから。
わたし達はゆりかごの中でそれを学ばずに
育ってしまったのかも知れない。
それは彼女の罪なのかも知れない。
しかしいつまで彼女と彼女の罪に甘えるつもりですか、我々はっ」
聖王国将官「何を……。何を言っているのだ?」
メイド姉「“彼女”に……。
光の精霊にいつまで甘えているのかと問うているんですっ。
争いを始めるのに“彼女”の名前をいつまで使うのですか?
人を殺すのに彼女の名前を用いて正当化するなどと云う
卑劣な責任回避をいつまで続けるおつもりですかっ。
“この世界は、両者を住まわせるに十分な広さがない”?
世界の許可が必要なのですかっ!?
わたし達が……。
今! ここにいるわたし達が、今この瞬間に責を取らずして
どこの誰にその責任を押しつけようというのですかっ。
確かに民は愚かかもしれません。
しかし、彼らは望むと望まざるとに関わらず、
その責任を取るのです。
飢え、寒さ、貧困、戦。
――つまるところ、望まぬ死という形で。
王弟閣下。あなたは英雄ではないのですか。
私はそう思っています。あなたもあの細い道を歩く一人だと」
王弟元帥「何を望むのだっ。勇者よ。
世界を守るというのならば――。
世界を変えるというのならば、我にその方の力を見せるが良いっ」
メイド姉「望むのは平和。ほんの少しの譲歩。
そしてわずかな共感と、刹那のふれ合い。
それだけしか望みません。
それだけで、わたし達は立派にやっていける。
その後のことは“みんな”が上手く形にしてくれる。
私はそれを信じています。
だって信じて貰えなければ、私は人間でさえなかったんですから。
あの日、あの夜。あの馬小屋の中で
虫けらのままで死んでいたんですから」
476 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/17(火) 01:42:24.23 ID:Afl8afoP
青年商人「……」
冬寂王「……」
王弟元帥「その戯れ言を通すだけの力が、
その方にあるというのか」
メイド姉「私に武力はありませんから」
王弟元帥「お前の援軍とやらは、
全て集まるのにまだ十日もかかるのだぞ」
メイド姉「では、私が連れてきた本当の援軍をご紹介しましょう」
聖王国将官「なっ!?」 きょろきょろ
王弟元帥「見せてみるがいいさ。
その方の甘い理想論をかなえる力とやらを」
メイド姉「はい……。王弟閣下、手をお借りしますね」
ぱぁぁああああああ!!!
王弟元帥「そ……それはっ……」
メイド姉「――“ひかりのたま”です。
これは、彼女の残した恩寵。
光の精霊自らがこの世界へと残した、忘れ得ぬ炎」
聖王国将官「ま、ま、まさかっ」
――な、なんだあの光は!? ――ま、まさか精霊さま!?
あの娘っこは、精霊様の使いだったのか!?
間違いない、この光は……
なんて優しい、綺麗な光なんだ……。
身体の痛みがみんな、何もかんも無くなっていくようだ。
精霊の巫女様に違いねぇ……
メイド姉「はい。勇者の名において。
これが“聖骸”であると、ここに告げましょう。
そしてこの聖遺物を……。王弟閣下に贈ります」
東の砦将「っ!?」
青年商人「……ははっ! ははははははっ!
これはすごい。すごいなっ!」
王弟元帥「なぜっ!? 何をしている、なぜそうなるっ!?」
477 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/17(火) 01:44:14.24 ID:Afl8afoP
メイド姉「私の援軍は、あなたです」
王弟元帥「!」
メイド姉「王弟閣下が、私の援軍です。
魔族が人間に、ではありません。
開門都市が、聖なる光教会に、でもありません。
わたしが、あなた個人に“聖骸”を贈ります。
あなたであれば、この“聖骸”を守り、
正しく用いてくれると信じるからです。
あなたであれば、聖鍵遠征軍を退けるに当たって
私のもっとも有力な援軍になってくださるからです」
東の砦将「……こいつぁ。奇襲なんてものじゃねぇや」
参謀軍師(何と言うことを考えるのですか、この娘は!!
確かに、この衆人環視の中、これだけ多くの将兵が見つめる中で
聖遺物を取り出されては……。
我々の大義の上で、無碍にするわけにはいかない。
この“聖骸”を求めてはるばるとやってきたという
それが目的の組織である以上、こうして贈られてしまえば、
これ以上開門都市を攻略、攻撃をするという理由自体が
消失してしまう。
その上、この清らかなる光、偽物であるとはとても云えない。
何よりも将兵達は一瞬で納得してしまった。
この宝玉が“聖骸”であると信じてしまった。
その“聖骸”を個人間であろうが、こうして贈られるというのは
ある意味で、開門都市が頭を下げたに等しい。
国家としては礼を返さぬ訳には行かぬ。
しかも狡猾なのは、たとえ我々が礼を尽くさなければならぬと
しても、開門都市も魔族も実際には一歩も譲ってはいない、
何ら妥協も譲歩も、実際にはしていないという点だ。
これは個人間の贈答に過ぎないと娘は明言している。
……多くの将兵は満足感を得るが、領地や賠償金などのやりとりは
発生しないようになっている。この娘、そこまで計算をして……)
冬寂王「重いな。……王弟殿」
479 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/17(火) 01:45:22.50 ID:Afl8afoP
参謀軍師(そうだ。まさにその通りだ。
その上、これはとてつもなく重い決断を迫られる贈答物でもある。
この“聖骸”を受け取ったとして、聖王国の取り得る道は三つ。
第1の案は“聖骸”を聖光教会に献上する、というものだ。
しかし、それはもはや政治的にそこまでのうまみはない。
聖光教会はおのずの領分を越えて国家への干渉を強めている。
また、この学士という娘は“正しく使ってくれると信じる”と
断言した。つまり、それは、この“聖骸”を教会に譲るなど
という手段に出ればそれ相応の報復を覚悟しろと云う
恫喝であると云えなくもない……。
一方、この“聖骸”を聖王国そのものが管理すると
云うことも考えられる。これが第2の案だ。
……その場合、“聖骸”を所有する聖王国王家は
光の精霊由縁の血筋を持つ王家として、
中央諸国家の数多の王家とは別格の正当性を持つだろう。
まさに、支配権を天より携わった選ばれた王家だ。
この正当性は、旧来の秩序を維持したいという聖王国の政策上
巨大な、余りにも巨大な利点だ。
民衆も歓呼の声を上げて歓迎するだろう。
……しかし、この方法は二つの注意点がある。
一つには、贈り物は、贈り物であると云うことだ。
この“聖骸”の由来を語る時“魔界で贈られた”という縁起に
触れざるを得ない。つまり、この方法を採るのならば、以降
魔界とは何らかの形で友好的な関係を構築する必要がある。
もう一点は、もし聖王国がこのようにして“聖骸”を
管理するのだとすれば、教会との確執は免れないという点だ。
第3の管理方法として、修道会と接近しそこに管理を委託する
という事も考えられる。その場合、種痘の優先的な割り当てなど
利点を得られる。これは国の民意を高める上でも有効だろうが、
聖王国の目指す旧来型の権力構造に、修道会とその背後に控える
南部連合からなんらかの圧力がかかる可能性は十二分に検討する
必要がある。また第2の管理方法――聖王国の直接管理と
同じように、教会との確執は避けられない。
選ぶとすれば、2……だろうが。だとしても魔界には礼を尽くし
この戦争はなんとしてでも終結させなければならない。
戦争を続けるためには1しかないが、それでさえ
“相手から聖骸を与えられておきながらも虐殺の限りを尽くした”
という余りにも外聞の悪い戦争継続方法になり、
士気はどん底にまで落ち込むだろう……)
482 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/17(火) 02:12:03.56 ID:Afl8afoP
王弟元帥「我の――我のっ。
我の何を信じるというのだとっ」
冬寂王「能力だろう?」
聖王国将官「それは……」
貴族子弟「能力であれば一級品なのは判りますからね。
実際容赦のない攻撃ですよ、本当に」
メイド姉「そうですか? 私は人柄も加味しましたよ?」
東の砦将「世間話みたいな雰囲気で、いけしゃぁしゃぁと」
青年商人「そういう一門なんですよ、彼らはね」
王弟元帥「巫山戯た事をっ。このような茶番をっ」
青年商人「ではお尋ねしますが、王弟閣下。
王弟閣下こそ茶番をしているのではないのですか?」
王弟元帥「……なにを」
青年商人「なぜ無能な兄王を、殺さないのですか?
なぜ元帥という位置になど留まり続けているのですか?
全ての貴族に望まれ、何度となくその示唆を受け、
唆されながらも、王よりも巨大な名声を得てしてもなお、
なぜ元帥などという茶番を演じているのですか?」
聖王国将官「それは……」
王弟元帥「……っ。そのようなことっ」
青年商人「それが茶番でないのならば、
彼女の言葉も茶番ではないのですよ。
そして彼女の行為を茶番だと貶めるのならば、
貴方のやっていることも茶番に他ならない。
己の選んだ細い道。彼女はそう言いましたが
貴方が貴方自身の掟に従い守るべき対象があるように
彼女にもそれがある。
そしてそれは茶番などと云う安っぽい言葉で
片付けられるようなことではないっ」
484 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/17(火) 02:17:13.81 ID:Afl8afoP
東の砦将「……」
青年商人「さて、どうするんですか?
もう一押ししなければなりませんか?」
王弟元帥「……その玉を、受け取ろう」
メイド姉「ありがとうございます」
冬寂王「これで、やっと……」
王弟元帥「それが我が国の国益に叶い。
もっとも我の影響力を最大化できる手法だから選ぶまでだ。
善意や好意などからでは断じてない。
……大陸は、教会の影響を受けすぎていたのだ」
聖王国将官「……閣下」
貴族子弟(素直さに欠けるね、まったく)
メイド姉「そうであっても構いません。
いえ、だからこそ。それだからこそ手を取り合う意味があります。
突発的な善意や好意からではなく、わたし達は利益を共有できる。
それは二つの種族が今後もこの狭い世界の中で過ごすために
必須の条件なのですから」
――損得勘定は、我ら共通の言葉だと。
青年商人「……そうでしたね。貴女はいつもそう言っていた」
ぱぁぁぁああああ!!!!
東の砦将「なんて華麗な輝きなんだ」
メイド姉「この宝玉も、新しい持ち主を歓迎しています」
ゆらぁ、がさっ。がさっ。
百合騎士団隊長「ゆるさない。ゆるさない。
そんなのはゆるされない。
そんなのは、精霊の救いじゃない。
そんなものは、赤き救済ではない。
そんな結末は認めない。
そんな救われかたはなかった。
なかった。
私にはなかった。
貴女は精霊の巫女じゃない。
それが聖骸であるはずがない。
悪魔。――悪魔の使い。貴女は、悪魔のっ」
ゴゥゥゥーン!!
510 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/18(水) 17:39:56.74 ID:G90fcMMP
――光の塔、その道程
……シャゴォォォン!!! ……ィンィンィン……!!
女騎士「っ! ……はぁ。……はぁ」
大主教「しのぐのか。ふはははっ。それはなんだ?
結界祈祷か? 見知らぬ術だな。
……修道会の秘術とみえる。光壁系の派生祈祷だな?」
女騎士「……はぁ、はぁ。……全周囲の衝撃相殺奇跡だ」
大主教「しかし、衝撃や物理的圧力だけではなく
電撃まで防ぐとは……。見事な術だな」
女騎士(くっ。このままじゃ……)
大主教「だが、いつまで続く? いくつ躱せる?」
女騎士「云っただろうっ!? 限りなくだとっ」
大主教「よかろうっ! 今一度っ!
24音! 集いて唱和せよっ!! “超高域雷撃滅呪”っ!!」
女騎士「間に合えっ! “光砦祈祷”ッ!!」
バチバチィ! ギュダン、ズシャァァァ!!
だんっ。ずしゃぁっ!
女騎士「かふっ……。がはっぁ……」ばたっ
大主教「空間の電位擾乱までは無効化できないようだな」
女騎士「これくらい……。げふっ……かはっ……」
大主教「喀血か。肺が灼けたか。ははははっ」
女騎士「これしきの傷……っ」
こつん
女騎士(これは……。なんでこれがここにっ!?)
――そんな顔をするな。勇者。
ほら、荷物は置け。
鎧も脱げ。今更関係ないから。
女騎士(置いて行ったのかっ。あの馬鹿ッ!
何でこれをっ!? 重さなんて関係ないのにっ。
何でこいつまで……。あの馬鹿勇者ッ!
それじゃ。それじゃぁあいつ、丸腰じゃないかっ!?)
512 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/18(水) 17:41:34.50 ID:G90fcMMP
大主教「どうした? 青ざめて。
追いつかれたか、絶望に?
……良かろう。古のあの言葉を贈ろうではないか」
女騎士「何を言う気だ、化物」
大主教「――世界の半分を与えよう。我が膝下に屈するがいい」
女騎士「……っ」
大主教「その方の剣技はまさしく世界最高峰の一角。
今この場にいるのも都合がよい。
新しく生まれ変わり“喜びの野”を統べるにあたり
我にはこの両腕に変わる“手”が必要だろう。
――世界の半分を与えよう。
その苦痛と恐怖を終了させ、我が配下となるがいい」
女騎士「ははっ」
大主教「……?」
女騎士「そうかそうか。
……本来はこういう言葉なんだな、勇者。
こうして下卑て響くのが、本物。
だとしたら……。
やっぱり、その魔王は……奇跡だ。
当たり前か、わたしの親友だもんな」
大主教「何を言っているのだ?」
女騎士「空々しいよ。なんて虚しく響くんだ。
お前の言葉は。最初から中身なんか無い。
お前はわたしに興味なんてさっぱり無いよな。
ただ単純に、便利な人形が一つ欲しいだけだ」
大主教「その何処がおかしい?」
女騎士「いいや、おかしくはない。
その要求は判るよ。そう言う手下も欲しいだろうさ。
大魔王なんだから」
大主教「やっと認めたか」
513 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/18(水) 17:42:36.80 ID:G90fcMMP
女騎士「ああ。大魔王だ。……魔王じゃない。
魔物の王ではなくて、魔物の王から生まれた変異。
魔物の王のすらも見下ろす、異常体だ。
その力は精霊にも匹敵する、史上最悪の化物」
大主教「自らの分をわきまえたか」
女騎士「だけどね」 ジャキッ
大主教「――っ」
女騎士「わたしは魔王の方がよほど好きだっ。
お前は、大魔王かも知れないっ。
でも“王”じゃないっ。
民を思わない孤独な人形遣いだっ。
はぁぁっ! せいやぁっ!!」
ギンッ! ギキンッ! ジャギィンっ!!
大主教「何をしているッ?
そのような攻撃で“やみのころも”は解けはしないっ」
女騎士「お前はお前の思うとおりの世界を弄びたいだけだっ。
“新世界”? “次なる輪廻”? “喜びの野”!?
虚ろな目をした人間がお前をあがめる芝居小屋じゃないか。
そんな所に君臨するのが楽しいのか。そんな空虚な世界がっ」
ギィィン!!
大主教「なぜそれを否定するっ。それこそが!
まさにそれこそが炎の娘、光の精霊が願った
完全なる調和の世界だッ!
お前も聖職者であれば判るだろうっ。
そこにどれほどの幸せがあるのか。
民の苦痛も不安もなく安寧と平安が支配する
これほどの慈悲があるか?
だれも憎まず、争わず、永遠にあり続ける。
いいや、ありえんっ。
それが最高の楽園でなくてなんだというッ!!」
女騎士「お前の歪んだ欲望と、
“彼女”の祈りを一緒にするなぁっ!!」
――その珠を、受け取ろう。
ザシュゥッ!!
514 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/18(水) 17:44:19.21 ID:G90fcMMP
大主教「!?」
女騎士「はぁっ。はぁっ……。行けるじゃないか」
大主教「なぜ。なぜだ!?」
女騎士「はぁぁっ!! 切り裂けぇっ!!」
ザシャッ! ザシュゥ!!
大主教「なぜ“やみのころも”がっ。
絶対の防御がっ。
……馬鹿な。誰がッ!?
だれが“ひかりのたま”を見つけだしたというのだ!?
あの失われた聖遺物を。
何処の誰が掲げたというのだっ!?
あれを扱えるのは勇者のみのはずっ」
女騎士「霧が晴れてきた……ぞ。
かはっ、かはっ……。
……やはり本体は、細いじゃないか。
経ばかり唱えている、やせこけた、身体だッ」
大主教「……っ。それがどのような影響がある。
我にはまだ無限の法術と、再生能力がある。
“やみのころも”は大魔王のもつ力の一つに過ぎぬっ」
女騎士「だからどうしたっ」
ヒュバッ! ギィン! ギキィン!
キンッ! キンッ! ドカァッ!!
大主教「はぁっ! “光壁祈祷”っ! “斬撃祈祷”っ!
“光波雷撃呪”っ!! “六連”っ!」
女騎士「っ!!」 バシンッ! グシャッ
ドンドンドンドンッ!! ガキィッ!!
大主教「“やみのころも”が晴れたからどうしたというのだ!?
現にお前はそこに虫けらのように転がっているではないか。
認めよっ! 認めて屈するがいいっ!!」
515 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/18(水) 17:48:38.74 ID:G90fcMMP
女騎士「あはっ。……はははは」
ゆらっ
大主教「何を笑う。血にまみれ、盾も鎧も砕け散った姿で」
女騎士「盾か……確かに」 からん
大主教「諦めよ」
女騎士「いや。答えてなかったと思って」
大主教「……」
女騎士「世界の半分。だったな……。
答えるよ。確かに魅力的なお誘いだけど
半分じゃ、少なすぎる」
大主教「……少ない?」
女騎士「ああ、お断りってことさ」
大主教「貴様……」
キンッ! キンッ! ジャキンッ!! ザシュ!!
女騎士「判らないだろうなッ!
好きな人がいるって事が。
大事な人を思うと云うことがっ。
敬慕、忠節、至誠、そして誓約。
騎士の持つ全てがお前には理解できないだろうっ?
そして、何よりもこの胸に咲く思いがっ。
勇者といると暖かいんだ。
まるで春の芝生の昼寝みたいに。
雪の日の暖炉の前のうたた寝みたいに。
勇者と話すと楽しいんだ。
年越し祭りの朝目覚めた子供みたいに。
友達と駆け出す草原のようにっ。
勇者に微笑まれると嬉しいんだ。
この世界で何よりも大事なものに触れたみたいにッ」
516 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/18(水) 17:52:06.37 ID:G90fcMMP
大主教「なっ!?」
女騎士「わたしは“世界の全て”を持っているっ!!
勇者を思っているから。あいつに微笑んでもらったから。
あいつを思い出すだけで。
勇者の拗ねた子供みたいな笑顔を思い出すだけで
勇者の癖っ毛の黒髪を思い出すだけでっ。
この胸には風が吹くんだ。
魂の内側に“世界の全て”を感じるんだっ。
勇者を思うだけで、わたしは“世界の全て”を
簡単に手に入れられる。
騎士としたって、1人の女としてだって。
そんなわたしに、たった“半分”で褒美を語るなんて
お前みたいに貧しい大魔王は願い下げだっ!!」
大主教「……っ!」
女騎士「わたしがこの思いを失わない限り。
“世界の全て”がわたしの味方。滅びろ、化物ッ!!」
大主教「だがしかしっ。“斬撃祈祷六連”っ!」
ギン!ギン!ギン!ギン!ギン!ギン!
女騎士「っく! こんなっ……。斬撃がっ」
大主教「どんなに大口を叩いた所で、
現にお前は立っているのもやっとではないかっ」
ドヒュンッ!
大主教「っ!? 火球っ! だれだ、この魔力っ!!」
520 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/18(水) 18:08:24.49 ID:G90fcMMP
――地下城塞基底部、地底湖
バチィッ!!
メイド長「っ! また刻印がっ」
女魔法使い「……問題、無い」
メイド長「ですがっ」
女魔法使い「この刻印の一つ一つが生まれなかった魔王。
……悲しい思いを受け継ぐ宿命を背負う魔族。
刻印が一つ砕けるたびに、1人の魔王が天の塔を
登ると思えば、痛くなんて無い」
メイド長「ですがっ! 持ちません」
女魔法使い「……持つよ」
メイド長「――」
女魔法使い「持つよ。無限に。限りなく」
メイド長「しかしっ」
バチィッ!!
女魔法使い「だって……」
メイド長「あ……」
女魔法使い「この胸には勇者が居る。
わたしの中に勇者の横顔が鮮やかに残っている。
勇者を見ていると優しい気持ち。
みんな家に帰る夕暮れの街みたいに。
初めて頭を撫でてもらった穏やかな出会いみたいに。
勇者の声を聞くと嬉しい。
わたしにはない明るさと強さを持っているから。
勇者の声にならない優しさを感じるから。
勇者の視線を追うと胸が締め付けられる。
手に入らないと思ってた夢を送られたみたいに」
メイド長(なんで……。何でそんな顔で微笑むんですか……)
521 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/18(水) 18:10:22.81 ID:G90fcMMP
女魔法使い「だからっ!!」
バチィッ!!
メイド長「っ!?」
明星雲雀「ピィピィピィ! だ、だめですよご主人!
そんなことをしたら魂が焼き切れちゃいますよっ!!」
女魔法使い「負けられないっ。負けられないんだよっ!!
そんな枯れ枝みたいな、エゴの固まりの化物にはっ!
いつまでもいつまでもっ。
負け犬に甘んじている
あたしだと思って欲しくはないなぁ!!」
バキィン!! バンッ!! バンッ!!
メイド長(なんて魔力っ。こんな、こんな力がっ!)
女魔法使い「判らないか。
――判らないだろうなぁ、お前“達”には。
何千回生きようと、いいや!
何千回も生きれば生きるほど判らないだろうなぁっ!
あたしには云える。
“たかが大魔王風情には”ッ!
最初だけが真実なんだよ。
何千回もやり直したのが間違いなんだよっ。
“もう一度だけやり直す”?
そんなものはな、ねぇんだよっ!!
――惜しいのは判るよ。別れが辛いのも判る。
でも、だからって、悔しいからって。
“もう一回”を繰り返しちゃだめな事ってのが
この世界の中にはあるんだよっ!!
この胸の思いはあたしだけのものだっ。
お前らなんかには判らない。触れさせないっ。
うらやましいか?
うらやましいだろう。この黄金の思いがッ。
お前達はたとえあと一万回繰り返したって
二度とこの思いに触れることは出来ないんだ。
だって。
だってこの想いの中で、わたしの中でっ。
勇者はいつも微笑んでいるっ!
だから、最初を最後にするっ!
悪い夢を終わらせるっ。この胸の黒い闇を吐き出してッ。
たとえあたしが勇者の隣にいられなくてもっ!!」
523 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/18(水) 18:25:16.43 ID:G90fcMMP
――光の塔、その道程
ドヒュンッ! ドヒュンッ! ドヒュンッ!
女騎士(感じる。魔法使いの援護をっ)
大主教「空間から直接、だと!? 遠隔魔法なのかっ。
そのような魔術式、教会の古文書にも無いぞっ」
女騎士「あの無表情っ娘だって願い下げだって言ってる」
ボォォォッ! ドヒュンっ!!
大主教「“光壁双盾”ッ!」
バシュッ!
大主教「これしきで、我がどうにかなるとっ」
女騎士「思って、いるっ!!」
ザシュッ!
大主教「なっ。なんだっ。それはっ。なぜっ!?」
女騎士「はははっ」
大主教「なぜ防御を……。“光壁”を貫ける。
いや……すりぬけ……る!?」
――剣がふわってぶれて、霞んで消える技な。
気配も消えてしまう技。あれは……。
女騎士「はははっ。……見たこともないんだろう」
524 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/18(水) 18:27:53.99 ID:G90fcMMP
ヒュバッ!! ざしゅんっ!
女騎士「左手の薬指で、重心を取るように脱力。
剣の刀身から魔素を吸収。周辺の空間を把握……」
大主教「なっ。何を言っているのだ、空間っ!?
そのような技が、騎士に使えるはずがっ」
女騎士「……騎士の技じゃない」
大主教「っ! く、来るなっ!!
“斬撃祈祷六連”ッ! “雷撃四象呪”ッ!」
キンッ! ギンギンギンッ!!
女騎士「見えてる、効かないっ」
大主教「なっ!?」
女騎士「判らないのか、お前の身体の無数の“黒点”が。
見え見えだ……。動きの弱点も、打ち込みもっ。
全部あの爺さんが教えてくれてるんだよっ。
両腕だけじゃない、その身体に印を残してるっ。
お前はわたしとだけ戦っている訳じゃないっ!」
ギィィィンッ!!
大主教「っ」
女騎士「“光壁”はもう効かない。
この技を。
この技だけを、何千回も何万回も繰り返したっ。
お前の弱点は、わたしのかつてのっ」
――大きな技ほど“光壁”で止めようとするからな。
自分の力量と停止力に自信があるんだろうけど
大主教「無駄だ、そんなことで我はっ!
“光壁”ッ! “光壁双盾”ッ! “光壁四象”ッ!!」
女騎士「弱点なんだよっ!!」
527 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/18(水) 18:32:33.21 ID:G90fcMMP
女騎士「はぁぁぁっ!!!! つ、ら、ぬ、けぇっ!!」
ザカァァッ!!
大主教「っ! ごぷっ。……さ、再生。……開始」
女騎士「させない」 ちゃきっ
大主教「な、に……を……」
女騎士「盾は砕けたんじゃない。捨てたんだ」
大主教「二刀……? そ、れ、は……っ。ごぷっ」
女騎士「勇者はこれを捨てていったんじゃない。
――置いていったんだ。
わたしを信じて、丸腰で上に登ったんだ。
わたしにこれが使えると思ったかどうかは判らない。
けれど、わたしを信じた。
わたしが勇者の剣だから、
自分の腰に“これ”がなくても、良しとしたんだ」
大主教「勇者の……剣……だ、と……?」
女騎士「魔を滅するオリハルコンの剣だ」
大主教「それが……抜けるはずが……ない。
勇者のみが……使うことの許された……」
女騎士「かはっ……。はははっ。
ぼろぼろだよ。げほっ……ははっ
わたしだってひどい有様だ。
けど。
だれが決めたんだ?
たった1人にしか使えないって」
大主教「摂理を……摂理を、守れ」
女騎士「はは。ははははっ。
判ったよ。お前が、大魔王が何であんな言葉を言うのか。
摂理、か……。世界の半分を与える、か。
お前の正体が」
大主教「我は、大主教。……人間にして、大魔王」
529 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/18(水) 18:33:52.17 ID:G90fcMMP
女騎士「お前は……。
お前達は“過去”だ。
お前達は結局は完成済みの世界が欲しいんだっ。
自分が把握できる材料だけで構成された
全てが予測できて全てが約束通りの……。
そんな世界が居心地が良くて、
そこから一歩も出たくないんだっ。
でも、おあいにく様だっ」
大主教「やめろっ……そ、それをっ……
お前もただでは済まないぞっ……
この……我の身体に集う、魔王の……気を……
感じぬのか……っ」
女騎士「お前達がいくら誘おうと、
世界の半分をよこすと云おうと、
次の楽園を目指すと交渉したところで、
そんなのは全部死んだ世界だっ。
そんな世界には“明日”は絶対来たりしないじゃないかっ。
“明日”が来ない世界に勇者が居るはずがない。
あいつは、だれよりもみんなの“明日”が好きなんだから。
――お前達がどんなに自分の都合の良い楽園を
静止させて作り上げようとした所で、
私たちがたった一つ善きことを為しただけで砕け散るんだ。
馬鈴薯を広めただけで。
四輪作を伝えただけで。
種痘を発見しただけで。
風車を、羅針盤を、印刷を、自由を、航路を見つけただけで。
ううん、そんな大げさな事じゃない。
誰かを好きになって、その人の笑顔のために
何か一つを必死にやり遂げるだけで
お前の箱庭は静止の呪縛から解き放たれて崩壊するんだ。
世界は、明日が好きなんだっ!!」
大主教「がはっ……止め、ヤメ……」
ごぶっ。どぶっどぶっどぶっ……。ざしゅっ。
530 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/18(水) 18:36:35.03 ID:G90fcMMP
女騎士「おしまい……だッ!!」
ザシュ!!
大主教「ッ!!!」
女騎士「お前の好きな世界に、還れッ!!」
大主教「がはっ! がふっ……
かはっ! がはぁっ!
ただの……騎士に……やぶれ……るとは
だが……光ある限り闇もまたある……ように……。
未来を望むものがあれば……
……過去を願う弱さも、また……精霊の……遺産……
我には、見えるぞ……
いずれ、再び……何者かが、過去より現れる……。
そのとき、世界には……お前も……
お前の仲間も……いはしない……。
明日を得ると共に、お前達は今日、
永遠を失ったのだ……
ふははははっ……がふっ!!」
オォォォオオオオン!!
……オオォォォオオン!!
女騎士「はぁ……。はぁ……」
女騎士「……はぁ……」
カランッ
女騎士(血が、ないや……。
少し頑張り、過ぎたか……。
でも、役目は、果たした……かな。
勇者の剣。出来た、かな……。
まだ……。
登らなきゃ……。
勇者の元へ。
魔王と、一緒に……。
あの人の元へ……。行か……なきゃ……)
532 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/18(水) 19:13:05.76 ID:G90fcMMP
――地下城塞基底部、地底湖
オォォォオオオオン!!
……オオォォォオオン!!
メイド長「……震動がっ!」
女魔法使い「……」
明星雲雀「勝った! 勝ちましたよご主人っ!
あの胸のない殻付き人間が勝ちましたよっ!!」
メイド長「勝った……んですか?」
女魔法使い「まだ」
明星雲雀「ピィピィピィ!?」
オォォォオオオオン!!
……オオォォォオオン!!
メイド長「え?」
女魔法使い「……ここ。わたしはここっ。
来てっ。わたしはここにいるっ」
明星雲雀「ぴ? ぴぃっ!?」
メイド長「なにを……」
女魔法使い「わたしはここにいるっ。
ここに、最期の刻印があるッ!!」
メイド長「っ!!」
533 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/18(水) 19:16:11.29 ID:G90fcMMP
女魔法使い「……お前の最期の依り代っ。
現世に留まるための最期の魔王候補、
刻印の持ち主はここにいるっ。
来てっ! この刻印を頼りにっ」
メイド長「なっ! 何を言うんですか、魔法使いっ!?」
女魔法使い「……へん?」
明星雲雀「おかしいですよっ」
女魔法使い「でも、封印の間はもう、ない。
……だれかが、それをしなきゃ」
オォォォオオオオン!!
……オオォォォオオン!!
メイド長「だからって」
女魔法使い「……憐れまれたくない。
憐れまれたくないから、メイド長。
あなたを選んだの」
メイド長「……っ」
女魔法使い「……ね?」 くてん
メイド長「最初から……。
……いえ。……ええ。そう、でした……か……」
女魔法使い「……ん」
メイド長「……魔法使い様」
女魔法使い「……ん」
メイド長「お終いではありませんよね?」
女魔法使い「……うん。ほんの少し、眠るだけ」
メイド長「……貴女の眠りに、良い夢を。
貴女の眠りを、世界の幸せの全てが守りますように。
お見送りできて、光栄です。
あなたはまごうことなく、我が一族。
――勇者の、支えでした」
女魔法使い「うん」 にこっ
536 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/18(水) 20:02:47.61 ID:G90fcMMP
――開門都市近郊、世界の終わりのような戦場
……ゴォォン!
百合騎士団隊長「あ……。あ……っ」
灰青王「静かにしろよ。ほら、こっちに来い」 ぐいっ
百合騎士団隊長「……灰青王」
灰青王「あぁ。やっぱりおめぇ、別嬪だなぁ……」
百合騎士団隊長「何を、何をしているんでですっ。
血まみれになって。何を考えているんですっ!!」
灰青王「血が好きだって云ってたじゃねぇか。
薔薇みたいで綺麗って」
百合騎士団隊長「……っ」
灰青王「“あなたの全てをくれたならば
わたしの身体も魂も思いのままにして良いわ”って
云ってくれただろ? そうしけた顔するなよ」
百合騎士団隊長「貴方はっ!!」
灰青王「騒ぐなよ。見つかっちまう。
あっちはあっちで、大詰めだ……。
なにより、さ……
せっかくの逢い引きなのに」
ばしゃっ。ぼたっ。ぼたっ。
百合騎士団隊長「血が……。血が。
わたしの手が、薫る。鉄の香り、ぬめり……
熱さ……冷たさ、悲鳴……嗚咽……。
戻ってくる、穢れが……ううう。ううううっ」
灰青王「なぁ、おい」
百合騎士団隊長「……あ。……あ。ああ」がくがくっ
灰青王「お前に惚れてるって、俺云ったっけか」
百合騎士団隊長「あ、な……にを……
閨の中の睦言を本気に?
……あなたは馬鹿ですか?
遊女の戯れ言を本気にとるだなどとっ」
537 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/18(水) 20:05:19.47 ID:G90fcMMP
灰青王「騎士じゃなかったのか?」
ぼたっ、ぼたっ
百合騎士団隊長「知っているでしょう?
この身体の何処が騎士だと?
どこに純潔や貞節があるとっ!?
汚濁の染みついた腐臭を放つわたしの身体にっ。
あるのは、見え透いた甘言と
遊女の手管だけだというのに。
……あはっ。
あははははっ。
それとも本気になったんですか?
そんなに良かったんですか、わたしの中が?
蕩けきって忘れられなくなったんですかっ」
灰青王「……なぁ」
百合騎士団隊長「お笑いぐさですね。霧の国の御曹司が!」
灰青王「泣きそうな顔で、云うなよ」
百合騎士団隊長「っ!」
灰青王「お前くらい佳い女はいないさ。
後生だから哀れむと思って
俺と付き合ってくれねぇか?」
百合騎士団隊長「プライドまで失ったんですか……」
灰青王「元々大して持ち合わせちゃいなかったんだ。
あるいは、手に入れようとするお前が
あまりにも眩しくて、
全てを投げ打つ気になったんだと
自惚れてくれたって良いぜ?」
539 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/18(水) 20:13:10.62 ID:G90fcMMP
灰青王「しゃぁねぇや。
……他にくれてやれるもんが……無ぇん……だから」
百合騎士団隊長「……なんで。なんでっ。
あははっ。
なんで、こんなに、嬉しいのか。
……これは哀れみです。疲れたから。
もう疲れ果てたから。
貴方に哀れみをかけてあげるだけ。
貴方だけのものになってあげます……」
ひゅぱっ……。とすっ……。
灰青王「馬鹿だな……。ま、仕方ねぇか……。
お前も連れて行かないと……
他の男にとられるかなとは……思ってたんだ」
百合騎士団隊長「あは。……そんな。お世辞ばかり。
でも、仕方、ありません。
……わたしには、死がこびりつきすぎて
もう、ずっと精霊なんて……見えてなかった……から」
ばしゃっ。ずるずる……
灰青王「俺も見たことねぇや。……。
独り占めだ。こりゃ……できすぎだ、な」
百合騎士団隊長「……大事になさい。
血の薔薇で出来た身体……あなたの、専用に
するの……ですから……」
灰青王「……こふ」
百合騎士団隊長「暗い……。そう……。
そうです、よ、ね……。終わりなんて、いつでも。
こんなもの……。でも……」
――もう、寒くはない。
647 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 00:11:44.67 ID:KvXPKcsP
――開門都市近郊、遠征軍本陣、その中央
東の砦長「……銃声、か」
青年商人「いえ。聞こえましたか?」
冬寂王「喧騒だろう」
パァァァァアア!!
王弟元帥「わかった。その至宝、受け取ろう」
参謀軍師「……閣下」
王弟元帥「もう言うな」
メイド姉「これこそが“聖骸”。わたしは平和を願います。
どのような形であれ、いま、この地に集った魂有るものは
これ以上の血を望んでは居ないのですから」
王弟元帥「そうであるということにしておこうか」
メイド姉 にこにこ
王弟元帥「恩に着せたつもりか?」
貴族子弟(まぁ、実際、王弟殿は追い詰められていた。
魔族の民衆が集まったらその数は十万。
戦力としては烏合の衆だろうが、数は数だ。
抵抗はしても遠征軍の補給が難しいのは火を見るよりも
明らかだ……。食料も、火薬もない。
滅びるのは時間の問題ともいえるだろう。
唯一の勝機は都市を占領して籠城しつつ
地上との連絡を取ることだろうが、
それも簡単にいくとは思えない状況だった。
その上、南部連合の民兵切り崩し作戦。
修道会による破門問題。
教会勢力の四分五裂に、貴族達の私軍崩壊。
マスケットを中心とする戦力はそろっていたにせよ
おそらく、内部はシロアリに食い荒らされたように
ぼろぼろだったのだろう。
現に冬寂王は、その弱みを突き力尽くで崩壊させる
交渉戦略を持って現れた。
青年商人は判らないが……。
我が兄妹弟子は王弟閣下に“落としどころ”を用意したわけだ)
648 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 00:18:36.40 ID:KvXPKcsP
メイド姉「いいえ、そんなことは思っていません。
……当面の対立はこれで回避されたかも知れませんが
対立の根幹は少しも解決していません」
冬寂王「そうだな。二つの領域の、相互不理解。
環境の差から来る社会や風俗、経済機構の差」
青年商人「まったくです」
王弟元帥「それは言外に“利用したい”と
云ってるようなものではないか。くっくっくっ」
青年商人「全くです。ひどい2人ですね」
冬寂王「我は持って回った交渉は不得手でな」
メイド姉「わたしは交渉自体不得手ですから」
参謀軍師「……はぁ?」
東の砦長「俺にふろうとするなよ」
青年商人「まぁまぁ。……取り急ぎ、この騒ぎを静めましょう。
わたしは都市に戻ります。都市防備軍はそろそろ矛先を
収めているでしょうが、追加の指示が必要でしょう」
王弟元帥「こちらは遠征軍を静止して、軍を引かせよう。
無いとは信じているが、この交渉が策略である可能性もある。
武装解除には応じることは出来ぬぞ」
冬寂王「かまわんだろう」
メイド姉「お任せします」
東の砦長「冬寂王、それからあーっと。そちらのお嬢さんも。
話もあるだろう。開門都市の庁舎に、
小さいが寝床くらいは用意できるだろうし
会議室もある、そちらへ来ないか?」
650 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 00:19:16.88 ID:KvXPKcsP
青年商人「そうですね」
メイド姉「そう言ってもらえると嬉しいですが。
しばらくわたしは都市入りは控えたいと……。
そういえば、勇者様はもうこちらに?」
王弟元帥「勇者? 学士殿と同行していたはずではないのか?」
参謀軍師「……戦場で一瞬見かけたという報告もありましたが」
東の砦長「いいや、見ていないし、報告も受けていない」
青年商人「魔王殿が一緒でしょう」
冬寂王「魔王……?」
メイド姉「あー……。はい」
王弟元帥「……ふむ。情報は集めてみよう」
参謀軍師(教会が動いたという。なにやら胸騒ぎもするのだが)
青年商人「冬寂王。食料は?」
冬寂王「届いた。使わせてもらったが、まだまだ備蓄はある」
青年商人「では、一部を王弟閣下へと」
冬寂王「承った」
聖王国将官「いただけるのですか? 食料を。
これで民兵の飢えも収まるというものです」
青年商人「いえいえ。お気になさらずに。
代金はすでに国元の方からいただいていますからね」
参謀軍師「は?」
青年商人「それについては、今後の会合で詰めましょう。
軍を引いてもらうにしろ、条件や条約。公式発表など
協議しなくてはならないことは多くあるでしょうからね。
今は、とにかく戦闘を停止させることです」
651 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 00:21:39.07 ID:KvXPKcsP
――光の塔、駆け上がる二人
タッタッタッ……。タッタッッ……。
勇者「はぁ……。はぁ……」
魔王「うう、いたたっ」
勇者「どうしたんだ、魔王」
魔王「急に走ったので、脇腹が痛い」
勇者「どんだけ格好悪いんだよ」
魔王「わたしはインドア派の魔王なのだ」
勇者「はぁ……。はぁ……」
魔王「ぜぇ、ぜぇ……」
勇者「かなり離れたな……」
魔王「ああ」
勇者「ん……」
魔王「戦闘の気配、感じるのか?」
勇者「いや。だめだ。やっぱり能力が下がってるな。
半里程度なら把握できるけれど、もう五里は走ったからな」
魔王「そんなにか」
勇者「あいつの“瞬動祈祷”のおかげだ」
魔王「そうか。――そうだな」
勇者「走らなくて良いから、足動かそう。
立ち止まってると、余計に足が動かなくなるぞ」
魔王「わかった」
652 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 00:24:08.73 ID:KvXPKcsP
コォォォン……
魔王「……」
とぼとぼ……
勇者「女騎士は、何かが追ってくるって
知っていたみたいだったな」
魔王「……うん。そうだな」
勇者「魔王は知っているんだろう?」
魔王「……ある種の、バックアップのようなものだ」
勇者「ばっくあっぷ? なんだそれ」
魔王「予備、代理というような意味合いだ。
わたしと勇者は、本来であれば戦う運命だったろう?」
勇者「ああ。結局な」
魔王「でも戦わなかった。
だから、本来の役割から云えば欠陥があるんだ。
この状況は正常ではない。異常だと云える。
だから、代理の勇者や魔王が発生するんだ。
事態が正常に戻らない限り、バックアップが発生し続ける。
追ってきたのは、そう言った代理だと思う」
勇者「もしかして、蒼魔の刻印王も?」
魔王「あのときは確信はなかった。
けれど、その後から考えると、そのとおりだ。
あれもバックアップなのだろう。
バックアップの目的は、収斂……。
おそらくだが、元通りに戻そうとしている。
新しく現れたのが魔王であれば、
勇者を殺そうと追ってきたのだろうし
新しく現われたのが勇者であれば、
わたしを倒そうと追ってきたのだろうな」
勇者「……っく」
653 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 00:27:04.63 ID:KvXPKcsP
魔王「おそらく、バックアップの発生には様々な要因が
絡んでいると推測できる。
魔法使いが何らかの仕掛けをしたらしいしな」
勇者「そうなのか?」
魔王「うむ。バックアップの発生は、
私たちが一方的に不利になるわけではない。
もし新しく発生した魔王が味方になってくれるのならば
こちらは魔王2人と勇者1人の戦力だ。
……私たち2人だけでは戦力が足りないと考えた
魔法使いが何らかの作業を行なっていたのは知っている。
今考えると、バックアップ……冗長性のシステムを
利用した、“この機構”に対する介入だったんだな」
勇者「メイド姉が勇者を名乗ったのって……」
魔王「ああ、そのこと自体はただ単純に思いつきと
自分の覚悟の表明だ。びっくりはしたけれどな。
一歩も引かずにこの世界の行く末に一石を投じ、
その結果に責任をとるという意思表示だろう。
……しかし、この状況下では違った意味を持つ。
おそらくメイド姉の“名乗り”は“機構”に承認され
本当に勇者としての能力を持ってしまった。
全くの偶然なんだろうが……。
いや、偶然にしては出来すぎか。でも、作為もない。
あるいはこれが、これこそが。奇跡かも知れないな」
勇者「……まじか」
カツーン、カツーン
魔王「推測だが、聞いた限りほぼ事実だ。
そもそも、彼女が異常なまでに行動的になって
大規模に活躍をするようになったのは
冬越し村を出てからだ。
考えてみると蒼魔の刻印王と呼応するような時期に当たる。
勇者としての意志が芽生え、旅の間に徐々に
それが本格化したのではないだろうか」
654 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 00:30:18.78 ID:KvXPKcsP
勇者「メイド姉も俺みたいな戦闘能力を身につけているのか?」
魔王「それは何とも云えない。
現にわたしは魔王だが、そこまでの戦闘能力は持っていない。
それは、勇者と魔王の継承システムの違いに
依るのかも知れないし。
ただ単純に個人個人の資質に依るのかも知れない。
バックアップなんて云うのもわたしの推測だけで、
事実かどうかの確認を取った訳じゃない。
だから全ては確認されていないんだ」
勇者「そっか。むちゃくちゃ強くなった
メイド姉ってのも想像しずらいものな−。
まぁ、こんな戦闘力なくたって問題ないさ」
魔王「ふふふっ。そうだな。わたしは最初から弱いしな」
カツーン、カツーン
勇者「他にも、居るんだろうな」
魔王「青年商人は“人界の魔王”を名乗っていた。
あの名前も、おそらく“承認”を受けてしまったのだろう。
事がこうなっては、誰が勇者、もしくは魔王の資格を
持っているのか判らない」
勇者「良い知らせ、だな」
魔王「そうなのか?」
勇者「その代理の発生が確率的に分布しているのなら、
味方の方が増えているはずだ。
もし敵の数の方が速いペースで増えているのならば
そもそも俺たちがやろうとしていることが、
みんなの望みとかけ離れているって事じゃないか」
魔王「それはそうかもしれないが……」
勇者「話し合いの過程でもしかしたら剣を交えている
勇者と魔王がいるかも知れないけど、
それは、結局はそいつらの問題だ。
……ここまで来たら、俺たちには手が出せない。
本人達に任せるしかないだろう。
良い知らせだと考えておこうや」
655 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 00:35:29.93 ID:KvXPKcsP
魔王「……不思議だ」
勇者「どうしたんだ?」
魔王「いや、魔王と勇者とは、なんだろうって」
勇者「……魔法使いは、同一だって云っていたな。
光の精霊の願望が生み出した、
“この世界を持続させるための機構の一部”だと言っていた」
魔王「それはもちろんそうだ。
でもそれは概念的な、あるいは定義的な意味づけだろう?」
勇者「……?」
魔王「たとえば、太陽だって風だって海だって、
無ければこの世界には大ダメージで、
世界は今とは全く違う様相になってしまう。
王制国家だって農業だって、発明されなければ
世界は大混乱も良い所だ。
――つまり、その意味合いにおいて、それら全ても
“この世界を持続させるための機構の一部”と云える」
勇者「まぁ、そうだな」
魔王「つまり、“機構の一部”なんていう言い方は
世界維持という観点に立って物事を観察した時、
そう言う言い方も出来る……という程度の言葉でしかない。
世界の立場に立てば、あるいは魔法使いのような
研究者の立場に立てば、私たちは“機構の一部”なのだろう。
それは判る。
でも、それだけなんだろうか……。
では、この胸にある“丘の向こうを見たい気持ち”は
どこからやってきたんだろう?
これも機構の一部なんだろうか……。
“勇者を好きな気持ち”もそうなんだろうか……」
勇者「……」
カツーン、カツーン
魔王「そんな風には思いたくないんだ」
656 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 00:38:45.69 ID:KvXPKcsP
勇者「そうだな」
魔王「あるいは……」
勇者「あるいは?」
魔王「精霊の立場から見たら、私たちはなんなのだろう」
勇者「――救済、じゃないかな」
魔王「救済?」
勇者「わからないけど。そんな風な気がした。
夢の中の光の精霊は、いつでも、途方に暮れていて。
とても困っている感じだったから。
きっと長い長い時間の中で、自分でもどうにもならないほど
こんがらがっちゃったんじゃねぇかなぁ」
魔王「こんがらがる……か」
勇者「救われなかったんだろう。
救いを想像できなかったんじゃないかな。
あるいは、“救われちゃいけない”って思ってたとか」
魔王「何故?」
勇者「さぁ。思い込んじゃってるんだろう」
魔王「……そうかもしれない。観測的には」
勇者「だな」
657 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 00:40:31.20 ID:KvXPKcsP
魔王「そんな精霊を説得できるのかな」
勇者「そりゃ出来るだろう」
魔王「私たちが魔王と勇者だからか?」
勇者「ちげーよ。この塔を登る魔王も勇者も
俺たちが初めてじゃない」
魔王「では、魔王と勇者の2人だからか?」
勇者「それも違うな」
魔王「ではなぜ?」
勇者「上手く言葉にはならないな。
でも、説得は出来るよ。
意味はある……。
俺たちがこの塔を登る意味はあるよ。
勇者だからじゃなく、魔王だからじゃなく。
俺と、魔王だから。
説得は出来る、と思うよ」
魔王「勇者は、何か予想しているんだな」
勇者「うん。まぁ、なんとなく」
魔王「それはなんなんだ?」
勇者「だから、上手くは云えないよ。
でも、世界ってすげぇじゃん? 旅を思い出してみろよ。
魔王もあの冬越し村を思い出してみ?」
魔王「うん」
勇者「あれら全部は光の精霊が産んだ奇跡から
育まれてきた現在の世界なんだぜ?
そんな優しい精霊を、説得できないなんて思わないよ」
661 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 01:15:58.45 ID:KvXPKcsP
――光の塔、精霊の間
タッタッタッ……。タッタッ……。
勇者「ここが……突き当たりだ」
魔王「この扉の奥が……」
勇者「入るぞ?」
魔王「うむっ」
……ゴォォーン
勇者「おーい! いるか、精霊ー。来たぞー!」
魔王「おいおい、そんなに気安くて良いのかっ!?」
勇者「俺はここの常連なんだよ。来るのは初めてだけど
夢も中なら何回も来たことがあるっての」
魔王「そう言えばそうか」
勇者「おーい。おーい」
光の精霊「勇者……」おずおず
勇者「おっす!」
光の精霊「魔王……」
魔王「あー。お初にお目にかかる」
光の精霊「とうとう、来てしまいましたね。
勇者と、魔王が……。わたしが、光の精霊です」
勇者「露骨にしょんぼりするなよ。予定が狂う」
光の精霊「すみません……」
664 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 01:18:51.24 ID:KvXPKcsP
勇者「その様子じゃ色々話は判ってるみたいだな?」
魔王「ふむ」
光の精霊「ええ……」
勇者「で、うーん。どうしようか」
魔王「任せておけ! みたいな態度だったではないか」ぶつぶつ
光の精霊「ゆ、勇者は。世界を救ってはくださらないのですか?」
勇者「は? ああ。
その質問は、一応約束みたいなものだな。
その答えは“No”だ。
つか、救える部分は救う。
手助けできるのなら、する。
でもそれは俺が俺として行なうもんであって、
勇者として、ではないよ。
世界を救う特別なモノとしての勇者は、
もう必要ないんじゃないかと思う」
光の精霊「魔王は……そ、その。
魔界を、導いてはくれないのですか?」
魔王「答えは“否”だ。……そもそも専制的な
統治機構は緊急時、もしくは発展時の過渡的な機構だと
云うのがわたしの信条だ。魔界にはすでに忽鄰塔によって
議会政治の初期形態が浸透しつつある。
魔王による中央集権はそこまで必要とは思えない。
むしろ専制君主政治による弊害の方が目立ってきている」
光の精霊「だめですか……」
勇者「ううぅ。そんな涙ぐまれると、すげー罪悪感がある」
魔王「これはやりずらいぞ、非常に」
光の精霊「勇者は……」
667 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 01:22:05.57 ID:KvXPKcsP
勇者「ん?」
光の精霊「……思い出しては、いないんですよね?」
勇者「なにを?」
魔王(……思い出す?)
光の精霊「……」じ、じぃっ
勇者「いや、2人で見つめられても。いや。ちがうぞ!?
いくら俺でも、精霊に手を出したことはないぞっ!?
それ以前に逢ったのは今が最初だっ!」
魔王「あやしい」
勇者「俺悪者かっ!?」
光の精霊「……いえ、その」
魔王「ん?」
光の精霊「その……昔の……」
勇者「判んないぞ。さっぱり」
光の精霊「そう……です……か」
勇者「?」
光の精霊「ダメ、ですか? このままでは。
このままの世界を続けるのは、そんなに悪いことですか?
確かにこの世界には不幸なこともたくさんあります。
疫病もあれば、飢餓もあり、戦争も時には起きるでしょう。
しかし、それもけして多くはないのです。
わたしは覚えています。
大地が波のようにうねり、山は火を噴き、
森は灼け、海は凍り付き、あるいは沸騰した災厄の日を。
あれに比べれば、大地は平和ではありませんか」
669 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 01:23:31.66 ID:KvXPKcsP
勇者「あー」
光の精霊「預言者ムツヘタの残したように、
地に闇が訪れる時、必ずや光の意志を引き継いだ勇者が現れ、
世界の闇を打ち払う。
世界はその伝説を胸の希望とし日々を過ごす。
親は子へ、子はその子へと伝説を語り継ぎ
永遠を永遠のままに暮らす。
それがそんなにも悪いことですか?
……ダメですか? 破滅を避けるのは……悪ですか?」
勇者「……」
魔王「……」
光の精霊「ダメ、ですか? 間違っていますか……?」
勇者「それはさ」
魔王「勇者。わたしが話そう」
光の精霊「……」じぃっ
魔王「それは全く間違っていない。必要だった」
光の精霊「……はい」
魔王「私たちは、あなたに感謝している。
魔界では光の精霊に対する信仰は廃れてしまったが
それでも碧の太陽に対する感謝の気持ちを忘れた
氏族は一つとしてないだろう。
精霊五家の興亡の記録はもはや賢者に伝わるのみだが
心ある者たちは感謝の念を絶やしたことはない」
光の精霊「はい」
魔王「私たちは、あなたのことが大好きだ」
光の精霊「ありがとうございます」ぺこりっ
670 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 01:25:28.53 ID:KvXPKcsP
魔王「でも。……それでも、次に行きたいのだ」
光の精霊「え……? 必要だって」
魔王「必要だったのだ。しかし、今や進むべき時が来た。
時を止めていたこの世界に、進むべき時が来た」
光の精霊「あ、え……。その……」
魔王「今、もう一度この言葉を言おう。
“それは出会いの一つの形だったのだ”と。
そして世界には
“いつか不必要になるために必要なモノ”があるのだ、と。
それはあるいは子供の外套のように、だ。
それがなければ私たちは成長することが出来ない。
冬の雪にやられて死んでしまうひ弱な存在に
過ぎなかった私たちは、その外套に守られて過ごした。
でも、やがていつの日か、この今日にでも。
その外套を脱ぎ捨てなければならない日は来る」
光の精霊「……ダメですか」
魔王「ダメではない。無駄でもない。
ありがたくないわけがない。あなたは、わたし達の救い主だ。
でも、時が過ぎた。過ぎなければならないのだ」
光の精霊「あ……う……」
魔王「わたしは魔法使いとは違う。
あなたが間違っていたとは思わない。
あなたの罪だと断罪するつもりはない。
大災厄から私たちの祖先を救ってくれたあなたには
億千万の感謝の言葉を費やしても足りると云うことがない。
……でもね」
ぎゅっ
光の精霊「あっ」
魔王「終わりが来たんだ」
671 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 01:34:31.51 ID:KvXPKcsP
光の精霊「うっ……。うっ……」
勇者「悪いな。そのぅ……なんのことだか判らないけれど
思い出してやることが出来なくてさ」
魔王(それはおそらく……)
光の精霊「いえ、良いんです……」
魔王(最初の勇者の記憶。
炎の娘と恋に落ちた……
大地の精霊と人間の娘の間に生まれた少年。
黒髪をもち、不死鳥にまたがった
――自由の魂を持つ少年の記憶)
光の精霊「やっぱり。ダメでした……。
竜王の時も死導の時も。憎魔の時さえも。
結局は思い出してはくれなかった。
それでも……良いです。
彼を裏切ったわたしには、
あなたに何かを要求する権利なんて
最初から何一つ有りはしないのだから……」
勇者「そうかなー」
魔王「そんなことはない」
光の精霊「え?」
勇者「裏切ってなんかいないだろう」
魔王「まったくだ」
光の精霊「え? え?」
勇者「まぁ。光の精霊は少しとろいからなぁ」
魔王「そんな感じだ。それにしたって、長すぎる誤解だ」
675 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 01:40:24.23 ID:KvXPKcsP
光の精霊「だって、そんな……。
わたしは彼に誘われていたのに結局は彼を選べなかった。
……彼をあんなにも迫害をした精霊五家を守るために、
この身を犠牲にしてまで御子の勤めに準じた……。
彼の持つ自由の風にあんなにも惹かれていたのに、
あの不死鳥の背にまたがって世界の果てを目指すことを
夢見ていたのに、それなのに、やっぱりわたしは
彼の手を取ることが出来なかったんです。
彼の手を振り払って、わたしは光の精霊になった。
彼の誘いを裏切ったから……。
わたしは世界を選んだから。
そんなわたしが出来る事なんて、
世界を守り続けることしかないのに。
……それだけがわたしの存在理由なのに」
魔王「それで、そのぅ……“彼”の転生を待ち続けているのか。
乙女心としては判らないでもない。
というか、共感も出来るが。
それは、やはり相当に誤解だと思うぞ?」
勇者「そうだそうだ。精霊がそこまでメロメロってことは
その彼は相当にカッコイーやつだったんだろうが、
そう言う点はあんまり重要じゃないんだぞ」
魔王(何を寝ぼけているのだ、勇者。
“彼”の容姿なんて、勇者にそっくりに
決まっているではないかっ。気がつけ、阿呆)
光の精霊「……うう」
勇者「ただ単に、手分けしただけだろじゃねーか」
魔王「最初の勇者が、世界を救うのに躊躇ったとでも?」
勇者「それともそいつは世界の危機に力を尽くさないほど
根性曲がってたのかよ。自分を虐めたやつらだから
死んじまえってほど了見狭かったのか?」
魔王「他人のために手を差し出すことを躊躇うような男に
精霊殿が恋をしていたとは考えがたいな。
もしそのような男だったら、そもそもこんなにも
苦しまなかったのではないか?」
光の精霊「え……?」
勇者「そいつはきっと思ってるぜ。
“ああ、俺の好きになった女は格好良いやつだ”って」
魔王「格好良いと云われて純粋に喜ばしいかと云えば
乙女としてはなんとも微妙だが、
それでも為すべきを為さないような存在であるよりも
何倍も何倍も良いだろう」
676 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 01:43:01.30 ID:KvXPKcsP
光の精霊「あ。あ……」
勇者「そいつだって、事が終わって二人っきりになったら
“あのときはすげぇ頑張ってたな。惚れ直した”
って云おうと思ってたんだよ。
そのぅ……まだその機会が来てないだけでさ」
魔王「きっと“彼”だとて、その不死鳥の背と
両手で、少なくはない人々を救っていたはずだ。
自分の恋した少女が命をかけて世界のために
戦っている時に、奮い立たないわけがない」
勇者「そーだそーだ! 魔王の云うとおりだぜ!」
魔王「な? 勇者。そうだろう?」
勇者「ったりまえだっての。
世界を救いたいから勇者なんだぜ?
勇者だから世界を救うわけでもないし、
世界を救うから勇者でもない。
救いたいと強く希ったら勇者なんだ。
あんたの彼氏は、勇者だったさ」
魔王「……だ、そうだ。
少なくとも“彼の魂”はそう言っているぞ?」
光の精霊「……あ。うくっ……」
勇者「?」
魔王「それから、“あなたの魂”はこう言うだろう。
“もう、罪悪感は捨て去る”と。
勇者と再び出会うために
この世に闇と戦乱を振りまくのは、止めると。
裏切ったという自責の念に堪えかねて、
勇者の魂を求めて赤子のように涙を流すのは止めると。
……わたしだから云えるんだ。
勇者と初めて手を取り合ったわたしだか。
あなたの苦しみは魔王の魂を歪めてしまったけれど
その歪みでさえ乗り切ることが出来るって」
677 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 01:44:10.03 ID:KvXPKcsP
勇者「へ?」
魔王「約束する。涙を拭って欲しい。
わたしは幸せなんだ。
……あなたの娘とも云える魔王として
初めて幸せになったのがわたしだ」
光の精霊「……はい」
勇者「良く判らないけれどさ。
俺と魔王だって出会って色々あったけれど、
喧嘩は止めて旅を出来たんだ。
最初から恋人同士だった精霊とその彼だったら
裏切るとか裏切らないとかさ、
そんなの無かったんだと思うぜ」
魔王(わたしと勇者だから、説得できる――か。
理屈も論理展開も根拠も、何もかも判っていないくせに。
勇者は正解だけは判るんだな)
光の精霊「……はい」
勇者「うわぁ。良かったよ、判ってくれたよ」
魔王「色々思う所はあるぞ。勇者は鈍すぎだ。
それでは四方の相手が報われないこと甚だしい」
光の精霊「願いを……」
勇者「ん?」
光の精霊「願いはありますか? 勇者。そして魔王。
永久に続くこの循環からの開放。
それはわたしにとっては未だ喜びよりも
不安と寂しさのもとですが、
それでもカリクティスの娘として、あなたたちを祝福したい。
……かつては結ばれなかった私たちの未来として。
希望と羨望を込めて。自分自身の業が無意味でなかったと
せめてものよすがとして」
勇者「あー。……そか。んっと」
魔王「勇者は、もう決めてるんだろう?」
勇者「うん。いいのかな」
魔王「そうしなければ、おそらく終わらない。
それに、もう世界は変わったんだ。
私たちがどうしようと、この世界は沢山の勇者と魔王がいる」
光の精霊「沢山の?」
678 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 01:46:17.91 ID:KvXPKcsP
勇者「もともと精霊の願いから生まれたモノだったんだろう?」
魔王「世界にいる人間も魔族も、全ては精霊の子だからな。
その中から無数の勇者や魔王が現れてもおかしくはない。
いや、本来はそうであるべきだったんだ。
……望めば誰もが勇者にも魔王にもなれる。
それは無敵の戦闘能力や無限の魔力はもっていないが
でも、そんなことは重要じゃない。
大事なのは、世界を変える力を
誰だって持っているって云うことだ。
もし本当に“絶対やり遂げる”と決心さえすれば
人間も魔族も、無限の明日を持っているはずだ」
光の精霊「はい」
勇者「精霊がさ。名家の生まれだから、
炎の娘だったから、巫女だったから……。
そんな理由で世界を救う生け贄になったんじゃないのと一緒だ。
きっとそのときだって“絶対に救う”って決心したやつが
他にいれば、そいつであったとしてもどうにかなったんだ」
魔王「わたしたちの願いは叶っている」
勇者「うん。見たい景色は自分たちで見た。
欲しかった世界は、直ぐそこまで来ている」
魔王「世界は私たちがいなくても、
“絶対この世界を救う”と思う勇者や魔王がいるし
そんな勇者は今後も生まれてくるだろう。
だれもが勇者になれる自由な世界になったんだ」
勇者「きっと、新しい作物を発見したり、
新しい鉄の作り方を考えたり、
開拓村で一杯開墾したりする勇者が生まれるんだぜ?」にやにや
魔王「それに、麦や塩を売り買いしてお金持ちになる魔王や、
星の動きを記録して遠い距離の旅を
考えつく魔王も生まれる」 にこり
勇者「そりゃやっぱり“絶対世界を滅ぼしてやる”っていう
そういう勇者も生まれるかも知れないけれどさ」
魔王「確率論的に、それは正義の魔王によって阻まれるだろう。
そういう世界になればよいと願っている限り
世界はそうなるはずだ」
679 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 01:48:38.44 ID:KvXPKcsP
勇者「学者とか云って、魔王の云ってる言葉だって
楽天的な希望論じゃないか。
人のことを馬鹿みたいに云ってるくせに」
魔王「経済というのは人々の希望と予測で動いているのだ。
大多数の人々が“景気は良くなる”と信じることで
実際に景気が良くなるように、多くの人が平和を
強く望めば平和な世界がやってくる」
光の精霊「お二人は強いのですね……」
魔王「そうじゃない。もし仮にそうだとすれば
……精霊と彼も強かった、ということだと思う」
光の精霊「はい」
勇者「俺たちの願いは叶ってるんだ」
魔王「うん」
勇者「だから、俺たちの願いは……。
精霊の救済だ。
光の精霊は、いつでも困ったような、
ちょっぴり泣きそうな顔をしていた。
今まで一杯助けてもらった。ありがと」
魔王「うん。だから、救われて欲しい。もう、泣かないで」
光の精霊「え……」
勇者「ほら」
魔王「うん」
光の精霊「え? え?」
勇者「見えるよ。あんなに大きな」
魔王「不死鳥がやってきている」
681 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 01:56:56.86 ID:KvXPKcsP
――おおぞらをとぶ 開門都市庁舎
火竜公女「……黒騎士殿はまだみつからぬのかや?」
東の砦長「ああ、どうやら戦場に墜落したらしいんだが」
青年商人「魔王殿も行方不明です」
冬寂王「……それに執事と女騎士も連絡が取れぬ」
軍人子弟「師匠……」
鉄国少尉「何かあったのでしょうか」
火竜公女「おそらくは。しかし何が……」
青年商人「敵がいたのでしょうね」
冬寂王「敵、とは?」
青年商人「論理的に考えれば、勇者一行の力を持って
初めて倒せるような、強大な敵が居たのでしょう。
その敵と戦うために、勇者達は姿を消したのかと」
鉄腕王「それは魔王じゃないのか?」
火竜公女「魔王殿は弱いからなぁ」
東の砦長「勇者と魔王は戦わねぇよ、絶対にな」
青年商人「ええ、それはそうでしょう」
冬寂王「良く判らぬな」
軍人子弟「すこしだけわかる様な気がするでござる」
東の砦長「……ほう」
青年商人「どういう事です?」
軍人子弟「お二人とお仲間は、拙者達ではどうにもならぬものと
戦いに赴いたでござるよ。目に見えぬ、手では触れぬ敵と。
それは、おそらく……。曖昧模糊としているのに頑強で
与しやすいのに絶対的で、誰の前にでも現れるのに
誰も勝つことが出来ないようなモノ」
鉄国少尉「なんです、それは?」
683 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 02:00:45.44 ID:KvXPKcsP
軍人子弟「誰かの胸の痛み。後悔、とか」
鉄国少尉「?」
火竜公女「後悔……ですかや?」
青年商人「……」
冬寂王「我らと同じではないか。 我らは未来の後悔をなくすためにいまを戦わねばならない」
火竜公女「まことに」
青年商人「……目の前の問題をかたずけましょう。
まずは、講和をしなければなりません。
講和条約の作成が一つの山場でしょう。
遠征軍は魔界に対して一方的な侵略を仕掛けてきた。
これは紛れもない事実です。
それ相応の賠償を要求せねば魔界側も納得しない。
しかし、追い詰めすぎては講話の前提が崩れる」
冬寂王「そうだな」
軍人子弟「双方の顔を立てるとなると至難でござる」
青年商人「実は魔界には一つ、族長の決まっていない
難民同然の氏族がありましてね。領地も支配者も浮いている」
火竜公女「っ!? 蒼魔族の? あれを使うのかやっ!?」
青年商人「あそこの開発や発展を、人間界にやらせましょう。
もちろん人材や資金は全てあちら持ちです。
戦争の結果ですから、復興責任は向こうにあります。
しかし、復興責任とは云っても、魔界との貿易で人間界も潤う。
向こうにとっても損な話ではない。
後は謝罪と、賠償金を組み合わせて、
落としどころを模索すればかまわないでしょう。
場合によっては極光島が話の俎上に上がるかも知れませんが」
冬寂王「それは予想している」
ガタンッ!
庁舎職員「み、皆様っ! 窓をっ!!」
684 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 02:02:18.30 ID:KvXPKcsP
鉄腕王「はン? 窓?」
軍人子弟「何が起きたのでござる?」
ぱたんっ
火竜公女「あれはっ」
東の砦長「あれは、なんだ?」
冬寂王「なんと美しい。……あれは魔界の鳥なのか?」
きらきらきら、きらきらきら……
火竜公女「いいえ、あのようなモノは魔界でも見ませぬ」
東の砦長「どれだけ大きいんだ。小屋くらいあるのか」
軍人子弟「いいや、あれは随分高くを舞っているでござる。
小さく見積もっても、この庁舎ほどあるかと……」
鉄国少尉「金と虹色に輝いて。なんて綺麗な鳥なんだろう」
火竜公女「……光の塔が消える」
東の砦長「ああ……」
青年商人「あの塔も、鳥も。あるいは勇者の行方と関係が」
冬寂王「あるのかもしれぬ」
軍人子弟「だとすれば、それはきっと師匠達が
戦って勝ち得たものでござるよ」
火竜公女「そうなのかや?」
軍人子弟「あんなに雄大で美しいものが、
悪い結果の産物であるはずがござらん」
火竜公女「皆も見ているのであるかや……」
東の砦長「みんなも?」
冬寂王「ああ。こんな素晴らしいものは、
全ての国の人々も見れればよいのに……」
686 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 02:10:52.33 ID:KvXPKcsP
――おおぞらをとぶ 開門都市城門
光の少年兵「これ、ですか?」
魔族娘「そうそう。煮立たせて」
人間作業員「おーい! 鍋が出来たぞぅ」
巨人作業員「おお……」
義勇軍兵「ほれ。人間の兵隊さんも食えよ」
光の槍兵「でも……」
義勇軍兵「遠慮すんなよ。どっちも多くの犠牲は
出なかったんだ。この防壁のお陰でな」
ぽろろん……♪ ぽろろん……♪
土木子弟「お帰り」
奏楽子弟「た、ただいまっ」
土木子弟「なんか、こう! き、緊張するな」
奏楽子弟「うん……。あははっ」
光の少年兵「え? ちがいますか? こうですか」
魔族娘「ちがくて、んと。赤い実を入れるの」
人間作業員「そりゃ辛すぎだろう?」
巨人作業員「……辛いと、美味しい」
光の少年兵「で、出来ましたっ」
土木子弟「へへん。聞こえてたぞ、歌」
奏楽子弟「うんっ。聞こえてたか。あははっ」
土木子弟「なんか上手くなったな。
いや、上手くなった訳じゃないかもしれないけれど
聞いてて無性に泣けてきた……」
奏楽子弟「そか」
土木子弟「苦労したか? 世界は見れたか?」
奏楽子弟「うん。見たよ。聞いたよ!! それに感じた。
すごいよ。広くて、その広い世界に、沢山の氏族が住んでるよ。
人間も、わたし達も。変わらない。
嬉しいと笑うし、悲しいと泣く。大事なものがあって
避けたい不幸があって、理不尽で、必死に生きている。
それでも……。
世界は――綺麗だったよ」
687 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 02:12:46.75 ID:KvXPKcsP
光の少年兵「ど、どうぞ……」
人間作業員「おー。それでいーんだ」
光の少年兵「はい……」 おずおず
巨人作業員「偉そうだ……」
竜族兵士「温かい……。戦は、終わるな」
奏楽子弟「わたしも、橋を通ったよ。
人間の遠征軍に紛れて帰ってきたんだ。
人間の世界には飢餓がある。
彼らは、ほんのちょっぴりの食料をもらうために
こんな世界の果てまでやってきたんだ」
土木子弟「聞いた。……なんだか切ないな」
奏楽子弟「帰ってきて驚いたよ。橋も、この防壁も!」
土木子弟「ぼろぼろになっちゃったけれどな」
奏楽子弟「でも、立派だったよ。
この防壁がなければ魔界の民は沢山殺されてたし、
人間も沢山死んでいたはずだもの。
この防壁が、最悪の戦を防いでくれたよ。
こんなに穴だらけになっても、守ってくれた」
土木子弟「面目ない」
奏楽子弟「格好良かったよ!」
土木子弟「あ、うん……。その、ありがとな」 そぉっ
奏楽子弟「あ」
土木子弟「へ?」
奏楽子弟「鳥……だ」
光の少年兵「え?」 きょろきょろ
魔族娘「綺麗……」
竜族兵士「あれは、不死鳥!」
土木子弟「すごいな……!」
奏楽子弟「うん。世界は――すごいところだよ。
遠くまで行って、不思議なものも。
綺麗なものも。恐ろしいものも。沢山、見てきた。
見て来ちゃったよ……」
土木子弟「――お帰り。長い旅から」
奏楽子弟「ただいま。やっぱりここが、落ち着くや。
土木子弟は、変わらないね。……ありがとう。
待っていてくれて、ありがとう」
ぎゅっぅ
688 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 02:15:15.81 ID:KvXPKcsP
――おおぞらをとぶ 開門都市近郊
王弟元帥「了解した」
参謀軍師「では引き続いて陣備えの報告を申し上げます。
中軍二万八千は5里後退して設営中。
食料は現在のところ南部連合から供給される小麦を中心に
一端の安定状態を保っております。
周辺からの狩りにて肉類を補充したいとの要望も出ておりますが」
聖王国将官「ですな」
王弟元帥「異境の地だ。何があるか判らん。
現地の魔族からの買い取りを優先させろ」
参謀軍師「魔族、ですか?」
聖王国将官「出来るのですか? こんな地で」
王弟元帥「開門都市に使者を出して詳しい担当を派遣してもらえ。
狩りをするにしても、周辺の森はどこの氏族の領地かも判らん。
この時期不用なトラブルは避けたい」
生き残り傭兵「ああー。いいす、いいす。
機怪族の狩人やら商人を派遣しますから」
貴族子弟「そうですね」
メイド姉「そうしましょう」 にこっ
参謀軍師「閣下」
王弟元帥「なんだ?」
参謀軍師「なんでこのようなごろつきどもが、
我が遠征軍の最高会議に出席しているのですか?」
器用な少年「ごろつきだってさ! おれごろつきだって!!」
貴族子弟「ホームレス少年から格上げですね!」
メイド姉「出世ですよ、これは」にこにこ
689 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 02:17:36.39 ID:KvXPKcsP
参謀軍師「ええい、ちゃかすな!」
王弟元帥「堪えよ」
参謀軍師「っく!」
聖王国将官「しかし、魔界に詳しいのは現実ですし。
得体の知れないコネも持っていますし。
……こうして何かと世話はしてくれているわけですし。
わたしだってこんなのと同席は腹が立ちますが」
生き残り傭兵「俺たちは何でもしないと生き残れないからな」
器用な少年「生き汚いと呼んでくれよ、おっさん!」
貴族子弟「それは褒め言葉じゃないんですよ? 少年」
器用な少年「いたたたっ! 耳っ! ちぎれるっ!」
貴族子弟「事は全てエレガントに。です」
メイド姉「ふふふっ」
参謀軍師「このような者たちの存在は軍の規律に影響を
与えずにはおきません。悪影響ですっ!
そもそも講和も成っては居ないこの状況です。
せめて軍気からは放逐してください。閣下!」
メイド姉「でも、大主教様は行方不明なのでしょう?
であれば、聖骸をもってきた精霊の使いの娘は
しばらく王弟閣下のもとにいたほうが、
都合が良くはありませんか?」
参謀軍師「それは……っ」
メイド姉「それに、軍としては悪影響でも構いません。
だって遠征軍自体はここでお終いにして頂きたいんですから。
“巡礼者の群”に取って悪影響でないのなら
わたし達にとっては好都合。むしろ渡りに船です」
生き残り傭兵「姐さん、ぱねぇな。ほんと」
聖王国将官(たしかに、光の子の中でも
日に日にこの娘に感化されるものが増えているが……)
貴族子弟「見かけより遙かにタフですよね」
メイド姉「元々メイドですからね。
朝から晩まで働くのは得意なんです。
料理は妹に譲りますが掃除や洗濯、
けが人の世話は得意なんですよ。書類仕事もね」
691 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 02:18:05.80 ID:KvXPKcsP
王弟元帥「時には耐える戦もあるさ」
参謀軍師「閣下……」
王弟元帥「聖王国も、中央の国家群も今回の遠征では
多くを失った。資金も、資材も、時も、人材もだ。
勝てない以上、堪え忍ぶしか無かろう」
生き残り傭兵「勝手な言いぐさを。
南部の国々や魔族が何も失わなかったとでも思っているのか。
上から目線で気にくわないぜ」
器用な少年「ったくだっ!」
貴族子弟「まぁまぁ」
メイド姉「ええ。王弟閣下は判ってくださいますよ」
王弟元帥「お前達も、いつ我が利用するかも知れぬと
用心に用心を重ねておくことだな」
メイド姉「利用して頂けるのを待っているんです。
こちらは利用させて頂いているんですから、心苦しいですよ。
いつでもご利用くださいね」 にこにこ
ばさっ!
聖王国騎士「閣下! 空に、巨大な鳥がッ!」
王弟元帥「鳥だと?」
参謀軍師「何が起きたのです」
ざわざわ……ざわざわ……
聖王国将官「あれは……」
692 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 02:19:25.59 ID:KvXPKcsP
斥候兵「鳥だって?」
光の銃兵「ああ、鳥だ。見ろ! あんなにキラキラして」
光の槍兵「綺麗だ……」
カノーネ部隊長「あれは精霊様の使いなのか……」
カノーネ兵「うっわぁ、こんな物が見えるだなんて」
器用な少年「すっげぇなぁ!! おい!」
貴族子弟「これはなんと麗しい……」
メイド姉「……さま」
王弟元帥「これが魔界の鳥なのか」
参謀軍師「このようなことは初めてですな」
メイド姉「当主、さま? ……勇者、さま?」 ぽろっ
王弟元帥「ん?」
参謀軍師「どうしたのですか?」
器用な少年「お、おい! 姉ちゃん!
なんでだよっ。
泣き出すなんて、腹でも痛くしたかっ?
泣かないでくれよ」
貴族子弟「メイド姉……」
メイド姉「いえ、違います。そうじゃなくて」
ぽろぽろ
王弟元帥「……学士よ」
メイド姉「なんだか、胸がいっぱいで。
なんででしょうか。急に沢山のことを思い出してしまって」
貴族子弟「……」
メイド姉「懐かしくて切なくて、嬉しいような悲しいような。
随分遠くへ来てしまったのに、ふるさとに帰ってきたような。
会いたい人が沢山いて、行きたいところが沢山あるのに……。
ひとりぼっちなのが誇らしいような……。
先生。……先生は、お元気ですか?
当主様、勇者様……。妹……。わたしは、ここにいますよ?」
695 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 02:29:19.30 ID:KvXPKcsP
――おおぞらをとぶ 魔界の荒野
副官「そうか! 遠征軍が休戦をっ!」
獣人武将「おお!」
獣人兵「か、勝ったのか!? 俺たちはっ」
遠征軍捕虜「……」
遠征軍士官「肩を落とすな。仕方あるまい」
副官「はい。戦争は終わるんです」
遠征軍捕虜「終わる、のか」
遠征軍士官「俺たちは裏切り者だ」
獣人武将「裏切り? 人間の考えることは小難しくて判らないな」
獣人兵「そうだぞ。力を合わせなければ、魔物に殺されていた。
助け合ったら、戦争が終わっていただけだ」
副官「その通りです」
獣人武将「俺たちの族長だって、そのくらい許してくれるさ」
獣人兵「銀虎公……。族長の魂に栄光有れ!!」
遠征軍捕虜「やはり、無謀な戦だったんだ」
遠征軍士官「そうだな。こんなところまで来て。
俺たちは何をしてたんだろう。何を求めていたんだろう」
副官「斥候の報告はっ?」
斥候「はっ! 西方4里に大型の魔物の痕跡はありません!」
獣人武将「移動しますか、司令官殿」
獣人兵「おう!」
696 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 02:32:35.85 ID:KvXPKcsP
遠征軍捕虜「俺たちは、どうすればいい?」
遠征軍士官「……処刑か? せめて捕虜達は」
副官「馬鹿を云わないでください。これ以上血を流しては
きっと……わたしの大将だって怒りますよ。
戦争が終わるのならば、生きて帰る努力をしてください」
遠征軍捕虜「生きて……帰る?」
遠征軍士官「帰れるのか、俺たちは……?」
副官「わたしには保証できませんが、
とりあえず開門都市に向かいましょう。
停戦と云うことは、おそらく何らかの交渉に入ったはずです」
獣人武将「まずは生き残ること。武勲はその次だ。
武勲ばかり焦るのは真の武人とは云えぬ。
大将だってそう言っていた」
獣人兵「命を掛けるのは、武人の誇りと主君を
守るためだけでよい……なんてなぁ!
ああ、そうさ。俺たちの大将はそうやって死んじまったが
そりゃぁ、みごとな最期だったんだぜ?」
遠征軍捕虜「……」
遠征軍士官「すまん、感謝する」
きらきらきらきら……
副官「え」
獣人武将「あ。あれはっ」
遠征軍捕虜「鳥?」
遠征軍士官「なんて神々しい……」
副官「……」
獣人武将「大将」
遠征軍士官「帰りたいな……」
遠征軍捕虜「……帰って、これのことを話したい」
遠征軍士官「ああ……。妻に、子に。
この美しい鳥について話したいよ……」
697 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 02:35:46.25 ID:KvXPKcsP
――おおぞらをとぶ 大空洞
こぉぉん……こぉぉん……
鬼呼の旅人「もう一息で峠を越えるぞ」
人間の商人「ああ、任せておけ!」
こぉぉん……こぉぉん……
鬼呼の旅人「しかし、売れるのかね、楽器なんて」
人間の商人「これは上物だ。聖都の職人が作った三弦琴だぞ?
もちろん売れるさ。なんとか売りたいんだ」
鬼呼の旅人「だって戦争をしているって云うじゃないか」
こぉぉん……こぉぉん……
人間の商人「いつまでも続く戦争なんて有るものか。
戦争をやってたからこそ、音楽の一つも恋しくなる。
乾けば水が欲しくなるようにさ。
だからこういうのは切らしちゃダメなんだ。
文化が無くっちゃ平和になんかなりゃしない。
そいつがおいらの商人としての……」
鬼呼の旅人「どうした?」
ばぁっさっ! ばぁっさっ! ばぁっさっ!
人間の商人「っ!?」
鬼呼の旅人「な、なななっ!!
人間の商人「黄金の羽ね……っ!」
鬼呼の旅人「なんて立派な鳥なんだっ!」
702 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 02:47:21.49 ID:KvXPKcsP
――おおぞらをとぶ 冬の国、冬越し村
小さな村人「ほーぅい! ほぅい!」
中年の村人「寒いねぇ」
鋳掛け職人「まったくだぁよ」
小さな村人「今年の冬は、それでもすこぅし楽かもなや」
中年の村人「そうかもなぁ。年越したらわかんねけんども。
馬鈴薯一杯とれたから、うちは本当に良かった」
鋳掛け職人「冬籠もりの準備は終わったけぇ?」
小さな村人「ああ、うちも今年はよくがんばっただぁよ」
中年の村人「ベーコンは美味しくできただよぉ。
カブも沢山あるだ。これで冬の間に、豚っ子が子供を産んで、
春にはまた森に放してやれるだぁよ」
鋳掛け職人「人が増えたのか、農具の修理の仕事が
沢山たまっているだ。冬の間に幾つか新しいのを作って
春になったら売ってみようかと思うんだよ」
小さな村人「そりゃいいねぇ! 本当に良いことだ!」
メイド妹「こんにちはーっ!」 ぶんぶんっ
商人子弟「こんにちは、精が出ますね」
従僕「こんにちはですっ」 ぱたぱた
中年の村人「ああ、これはお屋敷のお嬢さんでないかい」
鋳掛け職人「それに……?」
商人子弟「ああ、わたしはお城勤めの役人なんですよ」
従僕「はいです!」
中年の村人「あんれまぁ! ああ、そうだそうだ!
お前さんは、あの屋敷で、しばらく住んでらっしゃった
坊っちゃんでないかい?」
鋳掛け職人「そう言えば、見たことがあるような」
703 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 02:49:55.08 ID:KvXPKcsP
メイド妹「そうだよぉ。今度はね、この村にも
冬の間のお仕事が作れるか、見に来たんだよ」
商人子弟 にこにこ
中年の村人「冬の間の?」
商人子弟「冬の間、開拓民の皆さんは、農作業が出来ませんよね。
その間に頼める仕事がないかと思いまして」
鋳掛け職人「俺っちは鋳掛けやなんだけど。
それは、工房での仕事みたいなものなのかい?」
小さな村人「なんだいね、その仕事というのは?」
メイド妹「うーん。なんだっけ?」
商人子弟「幾つか話はあるので、詳しくは村長さんとも
相談してから決めさせて頂くことになるかと思うのですが
羽毛いりの服の縫製や、紡績を考えているんですよ」
従僕「です♪」
中年の村人「紡績ってなんだい?」
メイド妹「織物だよ?」
商人子弟「はい」
中年の村人「ああ! それなら、家の中でも出来るだぁね。
でもそれは難しくはないんかい?
俺たちはそんなに難しいことは出来ないんだよ。
ははは。土よ豚っ子の相手ばかりしてるから」
メイド妹「女の子でも、お年寄りでも出来るようにするんだって」
商人子弟「ええ。詳しいことは温かいところでお話ししますよ」
中年の村人「おお! そういやそうだ。
村長さんのところに案内するだぁよ。
おらぁ、スモモの樽を届けるんだった」
鋳掛け職人「ああ、頼んだよぉ。おいらも鍬を届けなきゃ」
705 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 02:54:53.98 ID:KvXPKcsP
メイド妹「ん〜♪」
商人子弟「どうしました」
中年の村人「ああ、判るでよ」にこり
メイド妹「良ぃ〜匂い♪ パイだぁ」
商人子弟「ほう!」
従僕「はうはう!」
中年の村人「酒場で焼いているんだよ。
脂ののった鱒をパイに包んでこんがり焼いて、
輪切りにして出すんだ。美味しいよぉ」
メイド妹「輪切り? うわぁ。知らない料理だ!」
中年の村人「お嬢に習ってから、工夫したって云っていたよ。
バターのソースを掛けてあるんだよ。
ちょっと高いけれど、村の連中の一番のご馳走だぁよ」
鋳掛け職人「んだんだ」
メイド妹「食べたいなぁ! 食べたいなぁ〜」 きらきら
商人子弟「はははは。判りましたよ、そんな眼で見ないでください」
従僕「ふふふっ。僕も食べるのですっ」
中年の村人「今年の冬も豊作だったから、酒場も繁盛して
――え、あ。ああっ!」
鋳掛け職人「なんだってんだいまったく……あ」
きらきらきらきらきら……
メイド妹「綺麗っ!」
商人子弟「これはっ……」
従僕「おっきな鳥ですっ! すごぉい!!」
メイド妹「すごい、すごい、すごいよぉ!
ね、見てみて! お姉ちゃんあれす」
商人子弟「――」
メイド妹「……って。えへへ。お姉ちゃんは居ないんだった」
商人子弟「大丈夫。彼女もどこかで見ていますよ」 ぽむん
メイド妹「うんっ。……すごいねぇ、綺麗だねぇ。
精霊様のお使いみたいだねぇ……。
なんて云う鳥なんだろう。
ああ、お姉ちゃんが無事でありますように」
709 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 03:05:53.85 ID:KvXPKcsP
――おおぞらをとぶ 赤馬の国、交易市場
きらきらきらきら……
交易商人「なんだ? なんて綺麗なんだっ!」
開拓民「ありゃぁ、すごい!」
遊牧の男「精霊様の御使いなのか……?」
羊飼いの女「精霊様……」
交易商人「飛んでいく。……北のほうに飛んでいくな」
開拓民「雄々しくて、美しくて……すごいものを見ちまった」
遊牧の男「……」
ヒツジ「めぇええええ……」
羊飼いの女「あ。ごめん、ごめん! 寒かったよね」
交易商人「ははははっ! いやぁ、とんでもないものを見たぞ。
あはははっ! 今日はもう商売はやめだっ! 飲みに行く。
さぁさ、皆さん寄っといで!
ここにあるのは元祖冬の国の馬鈴薯だ!!
なんと一袋が金貨5枚!!
小麦だったら20枚するこのご時世に金貨5枚!
儲けは無しの大特価! あんなすごいものを見たんだ。
そこの兄さんも姉さんも買っていきな。
それであたしと、酒の一杯でも飲もうじゃないか!」
開拓民「あははは、そりゃいい!」
羊飼いの女「そ、その。えっと。このおチビちゃんとじゃ、
ダメですか? この子です」
交易商人「ああ、いいよ。それじゃぁ、二袋持ってお行き」
開拓民「太っ腹だね!」
遊牧の男「俺にも一袋くれ」
交易商人「ははは、そうさ。あたしらは験を担ぐんだ。
あの大きな鳥は、きっと商売の守護精霊に違いないよ!
さぁさ、よっておゆき! 冬の国の馬鈴薯だよ!
甘くて美味しい、ほっくほくの馬鈴薯だよ!!
買ってお行き! 今日は精霊に捧げる大特価だ!!」
710 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 03:14:18.34 ID:KvXPKcsP
――おおぞらをとぶ 湖の国、修道会
修道士「清拭を」
修道士補佐「はい。腕を出してくださいね」
貧しい農民「お願ぇします。お願ぇします。
この娘っ子は身体が弱くて、どうしても病気なんかには
やりたくないんです……」
農民の娘「あの……」
修道士「ああ。お金ですか? 良いんですよ、寄付ですから。
無いならないで無理に寄付なんかしなくても」
修道士補佐「安心してください。ここは王立の修道院ですから。
この種痘は女王の私費で行なわれてるんですよ」
貧しい農民「ありがとうごぜぇます! 精霊様! 女王様!」
農民の娘「ひゃっ」
修道士「冷たいけれど、我慢してくださいね。
ちょっと痛いですよ。刺しますから。
でもこれをしておくと、疱瘡にかからなくなるんです」
農民の娘「がまん、する……」
修道士「ちょっとだけですよ」
農民の娘「っ!」 びくんっ
修道士「はい、もう終わりです」
農民の娘「おわり」
修道士補佐「はい。もう平気ですよ」
農民の娘「だいじょうぶだったよ」
修道士「良くできましたね」 にこり
713 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 03:23:35.31 ID:KvXPKcsP
修道士補佐「では、お名前だけ記載しますので、教えてください」
貧しい農民「へぇ、では」
農民の娘「ねー。おとーさん、おとーさん?」
貧しい農民「どした? おらは、修道士さんと話があるだよ」
農民の娘「きらきらしてるよ?」
修道士補佐「あれは……」
貧しい農民「へ?」
きらきらきら……
農民の娘「とり、だよ?」
修道士「あれは、不死鳥では」
修道士補佐「精霊様のっ?」
貧しい農民「なんて綺麗なんだろう」
農民の娘「きれーだねぇ! すごい!」ぴょんっ、ぴょんっ!
修道士「精霊よ」 くたっ
修道士補佐「修道士様」
修道士「祈りましょう」
修道士補佐「は、はいっ」 ぺたっ
貧しい農民「あ、ああ……。こら」
農民の娘「あ、はい!」
修道士「精霊よ。貧しき我らの行く末に、ひとときの平安と
一日の糧を。我らが克己が力となり、力が優しさとなり、
優しさが明日の支えとなりますように……」
修道士補佐「感謝と共に祈りを捧げます……」
貧しい農民「捧げます」
農民の娘「ささげます……」
714 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 03:25:58.55 ID:KvXPKcsP
――おおぞらをとぶ 聖王国、冬薔薇の庭園
辣腕会計「こちらが今月分の収支報告となっております」
聖国王「ほう! 早くも黒字転換か」
国務大臣「それはそれは!」 ほくほく
辣腕会計「元々仕組みは出来上がっておりましたからね」
聖国王「しかし、これは。これだけの利益は大きいな」
国務大臣「ええ……」
辣腕会計「はい、自負しております」
聖国王「これだけ儲かるとなると、教会も黙っていないであろう」
辣腕会計「そうですか?」
聖国王「これは元来教会が行なっていた税収や金貸しの業務と
一部被っている事業だ。教会の収益を奪って上げた利益と
云うことになるのではないか?」
国務大臣「そうですのう……」
辣腕会計「そんな事はありませんよ」
聖国王「とは?」
辣腕会計「この業務を開始してから日が浅いですが、
王都に訪れる商人の数は前年同月比で+45%となっています。
わが“同盟”で行われる幾つかの金融審査を求めて
商人の流入が大きくなっているのです。
彼らは利にさとい商売人ですから、
移動を空荷で行う事はありません。
自然に王都には荷が集まり、新しい商売が始まる。
人々も集まりますし、街には活気が戻ります。
現に、この期間中は、教会の利益も増加しています」
聖国王「戦争中なのにか?」
辣腕会計「全ての民が魔界へ行ったわけではありません。
効率よく工作をするためにも、流動的な労働力が
多少あった方がよいのですよ」
聖国王「ふむ……」
715 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 03:30:04.28 ID:KvXPKcsP
国務大臣「そうであれば、こんなに素晴らしいことはありませんな」
辣腕会計「今回の提案は、こちらの書状にも書きましたが
免税特権、および河船税の撤廃についてでして」
聖国王「ふむ」
国務大臣「馬鹿な! そのようなことをすれば
我が国の国庫は破綻してしまうわ!!」
辣腕会計「それは固定観念による思い込みです。
この試算書に眼を通してくだされば判るはず。
いままでどおりの輸出入量であっても、
荷揚げ税だけで税収はまかなえるのです。
むしろ、河船税の撤廃すれば大河を用いた交易は活発になり」
国務大臣「それは机上の計算というものであり」
辣腕会計「計算は机上で行なうものです」
聖国王「やれやれ。かしましいことだ。
……しかし、このような改革。
自分が国元を離れた間にやったと知ればあいつは怒るかな。
いや、笑うか。あいつなら。
出来ることを出来ぬと云い、逃げるわたしを誰よりも軽蔑し、
誰よりも守ってくれたあいつならば……」
国務大臣「そもそも河船税を廃止と云うが
それには領主会議の内諾が必要であり……え?」
辣腕会計「あ……」
聖国王「なんだというのだ?」
国務大臣「へ、陛下っ! あれをご覧下さいっ!」
聖国王「おおっ!!」
きらきらきら……。きらきらきら……。
辣腕会計「なんですか、あれは! なんて大きく、美しい!」
聖国王「吉兆か……。あれは、瑞兆であるな?」
国務大臣「御意でございます」
聖国王「美しいな、なんて美しいのだ。
……あれはまさにこの世界を守護するものに違い有るまい。
あれを見よ。ははははっ。聖王国だ、伝統だと云ったところで
あの鳥の美しさにはとても敵わぬ。ははははっ。
素晴らしいな。ああ、気分が晴れるようだ。
誰ぞ! 誰ぞっ! 祝いの酒を持つが良いっ!」
716 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 03:32:38.15 ID:KvXPKcsP
――おおぞらをとぶ 大陸の全て
……なんて綺麗なんだろう
……きっと精霊様の御使いよ。お祈りしましょうね。
……うん、ママ。おいのり、する。
……綺麗だぁ。よぉし、もうひとがんばりするべぇ。
……ほーぅい、ほーぅい! 休憩にしよう。あの鳥を見て。
……やめた。こんなところで戦うなんてばからしい。
なぁ、あんたもやめにしないか?
俺は故郷で牛を飼って暮らしているのが性に合ってるみたいだ。
……うわぁ! 鳥だ! 奇跡だ! 恩寵だ!
む、キた! ひらめいた! この直感を曲にしなければ!
どこだぁ、羊皮紙はどこだぁ!?
……ありがとうございます。今日も馬鈴薯が沢山取れました。
……うわぁ、帰って母ちゃんにも話そう。すげぇ……なぁ……。
……ばあさんや、すごいものがみえるよ。
……いやですねぇ、わたしだって見ていますよぅ。
……ありがとう、お祈りします。
……ありがとう。
718 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 03:40:33.35 ID:KvXPKcsP
――おおぞらをとぶ 世界の果て、青空の彼方
光の精霊「あ……。こんなに。こんなに……。
ありがとうが、祈りが……。
くるくると舞って、溢れて、こぼれて……」
勇者「な?」
魔王「うむ」 にこり
光の精霊「はい。……嘘じゃなかった。
無意味じゃ……、無かった。
罪だったかも知れないけれど
間違いだったかも知れないけれど……。
不必要じゃ、無かった」 ぽろぽろ
勇者「うん」
魔王「そうだ。……出会いだから。恋も、戦も。
そこで何かは起きてしまうけれど、あなたは最善を尽くした」
光の精霊「はい……っ」
勇者「俺たちもな」
魔王「うん」
光の精霊「ごめんなさい。……最期まで巻き込みました」
勇者「いや、まぁ。織り込み済みだ。こうなっちゃうと思ってたし」
魔王「まぁ、あの塔が無くなれば上空千里だしな。
死ぬ覚悟は出来てたさ。……勇者と一緒だし問題はない。
いや、女騎士に悪いか」
光の精霊「でも、それじゃっ!」
勇者「まぁまぁ。済んだことはがたがた言わない」
魔王「そうだぞ。気にしすぎるのはよく無い。
わたしはそれを勇者と出会ってから学んだのだ。
料理と気配りは“適当”が一番だ」
光の精霊「……っ」
勇者「それに、ほら!」
魔王「うん、あなたにだって、迎えが来たよ?」
719 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 03:42:05.83 ID:KvXPKcsP
黒髪の少年「――」
光の精霊「え。あ……」
黒髪の少年「――」 にこり
光の精霊「ああっ! そんなの……。そんなのってっ!!」
勇者「あの男の子が、彼なのか?」
魔王「この鳥は、本来彼の持ち物なんだそうだ。伝説ではね」
黒髪の少年「――」こくり
光の精霊「はいっ! ……はいっ!」 ぽろぽろっ
勇者「何を話しているんだろう?」
魔王「なんだって良いではないか。
わたし達が世話を焼かなくたって。
あの顔を見れば、嬉しい話だってすぐわかるだろう?」
勇者「そりゃそうか」
魔王「うん」
黒髪の少年「――?」
光の精霊「ええ。……ずっとずっと謝りたかったです。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
何千回謝っても赦されないかも知れないけれど」
黒髪の少年「――」 ぽくっ!
光の精霊「ひぇっ!?」
勇者「あ、殴った」
魔王「容赦ないところも似てるな」
勇者「誰に?」
魔王「無自覚だ」
720 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 03:44:07.41 ID:KvXPKcsP
黒髪の少年「――」
光の精霊「はいっ! お供します。
いえ、どこまでだって!
この世界の果てにだって。宇宙の彼方にだって。
ええ。はい……。
この世界は大好きだけど、愛しいけれど。
哀しくて寂しくて、別れがたいけれど。
でも、ちょっとだけ……。
それは、きっと……少しだけですから」
黒髪の少年「――」
光の精霊「ううん。違うんです。みんな優しかったですから。
きっと、いいえ。絶対に。
これは幸せな終わりなんです」
勇者「……」
魔王「……」 ぎゅっ
黒髪の少年「――」
光の精霊「最善じゃなくても良いんです。
最善なんかじゃなくても幸せなんだって。
失われたものは還ってこないけれど
犯した罪は消えないけれど
でもそれは無駄じゃなかったって。
後悔を肯定する訳じゃないけれど
赦すべき時が来たんだって。
そう、教えて貰いました。
彼らが歩き出すのなら、わたしも立ち止まってちゃいけないって。
“明日”が好きならば、歩かなきゃいけないって」
黒髪の少年「――」ぶんぶんっ
勇者「おうっ! なんだか判らないけどしっかりやれ!!」
魔王「何を言ってるのか判るのか?」
勇者「いや、なんとなく。妙に親近感を感じるぞ、あいつに」
722 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 03:46:29.28 ID:KvXPKcsP
さらさらさらさら……
勇者「この藍色の光は?」
魔王「おそらく、お別れなんだろう」
黒髪の少年「――」
光の精霊「勇者、魔王。……あなたたちに、無限の感謝を」
勇者「気にするな。俺は頼まれたことを、やっただけ。
でもさ。俺は……。
俺は、精霊の願いをかなえられたのかな。
世界は、救われたか? いや、精霊は、救われたか?」
光の精霊「はい。勇者よ。
あなたはわたしの願い以上をかなえてくれました」
勇者「良かった」ほっ
魔王「我らは祖先の恩を返すことが出来たのか?
あの災厄の時、なんの罪もない一人の少女を生け贄にして
自分たちの命をあがなった欲望の民の恩を」
光の精霊「最初から借りなどなかったのです。
ですが、はい。魔王よ。
あなたの言葉を借りるのならば、この上なく。
わたしは全てを返して頂きました」
魔王「その言葉は嬉しい。自分でも意外なほどにだ」にこり
勇者「じゃぁ、貸し借りは、無しだな」
魔王「この世界はきっとやっていける」
黒髪の少年「――」
光の精霊「はい。……ええ。
……名残は尽きませんが、わたし達は行きます」
勇者「うん」
724 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 03:48:10.44 ID:KvXPKcsP
――にょほほほほほ。勇者、勇者もお元気で!!
おっぱいの道は、まだまだけわしーのですぞ!
勇者「え? えっ!?」
――なぁ、あれはよい戦だったなぁ! あっはっはっは。
我が胸の誇りは輝きながら星になって魔王殿を見守ろう!
魔王「え!? ああっ。そんな」じわぁっ
黒髪の少年「――」
光の精霊「さようなら。勇者、魔王。ありがとう」
勇者「うん……。うんっ!! うんっ!!」
魔王「お別れだ。……ありがとうっ」
黒髪の少年「――」
光の精霊「はい……。ずっと……。
ずっと一緒……です……」
きらきらきら……
きらきらきら……
勇者「……」ごしっ
魔王「……」
きら……きら……
勇者「……行っちゃったな」
魔王「ああ。辛かったけれど……楽しかったな」
勇者「だな。……ここって、どれくらい持つのかな」
魔王「じきに崩壊するだろう。疑似空間か、結界だろうし」
勇者「そか」
魔王「勇者。あの……」
勇者「?」
魔王「そのぅ、お願いが……あるのだけど」
ピシッ。
……ジャキン。
魔王「最期に……」
726 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 03:56:23.94 ID:KvXPKcsP
――それから
冬寂王――南部連合会議の初代議長に。早く妃を!
と云う声が耳に痛いらしいが未だに独身。
英断の王の誉れ高く、南部を繁栄に導いている。
聖国王――南部連合と正式に国交を樹立した初めての
中央諸国の王として、遅咲きの執政を開始する。
中央集権国家として保守に属しながらもゆっくりとした
改革を進める。
王弟元帥――遠征軍立案の戦争犯罪者として一時拘留されるも
結果としては無罪となる。その後蒼魔族の領地にて戦後復興の
ために辣腕を振るい、交易路建設や鉱山業の発展に尽力する。
戦役の責任者として厳しい批判も多いが、身近に接した
領民にも部下にも大きな信頼を得ている。
火竜大公――初代大氏族会議の議長として長い間その豪腕を
振るうが、開門都市戦役の2年後、病にて床につき、翌年死亡。
大勢に見守られた大往生を遂げる。晩年は鬼呼の姫巫女と共に
教育のための学舎を多く作り、人間界との関係正常化に寄与する。
青年商人――およそ一ヶ月の間魔王として復興のために昼夜を
問わぬ激務をこなすが、その後自治への道をつけると
性に合わないと言い置いて商人へと戻る。魔王としての激務の
代価として一人の魔界氏族の姫を連れていったとのことだが
商業的守秘義務により詳細は知れない。
東の砦将――その後、開門都市にて魔界大氏族、衛門族の長として
自治委員会を切り盛りして政治家としての非凡な才覚を見せる。
副官と共に行なった開放政策は、開門都市を大きく発展させた。
いち早く活版印刷を地下世界へ運び入れるなどその業績は
高い評価を受けている。
メイド姉――開門都市南部の荒れ地を開拓し、村を創る。
その後村は一年もたたずにふくれあがり、幾つかの私塾や
学院を中心とした学究街に。
人間も魔族も受け入れる教育、研究施設は王族や身分有る
子弟達の武者修行や出会いの場として留学先の筆頭候補になる。
727 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 03:57:23.95 ID:KvXPKcsP
商人子弟、軍人子弟、貴族子弟――それぞれに国に尽くして
活躍をする日々を送る。最近では誰が最初に結婚するかについて
チキンレースの様相を呈してきた(妖精侍女と商人子弟という
観測が下馬評である)。三人の協力で出来た南部を貫く石造りの
街道は、なぜか“学士の道”と呼ばれている。
土木子弟、奏楽子弟――皆の予想を裏切り、結婚はしなかった模様。
しかしいつでも一緒に暮らし、どう見ても出来ている。
周囲の追求は笑ってかわしているが幸せそう。商会の依頼で魔界や
人間界のあちこちに橋を架ける事業に着手している。
奏楽子弟の作った曲は各地の吟遊詩人に歌われ、開門都市の戦いを
繰り返させない強力な抑止力となった。
メイド妹――なんと冬の宮殿にて宮廷料理長に就任。
しかし生来の食いしん坊が顔を出すと、魔界の果てでも
聖王国でも食べ歩きの旅に出てしまうので、いままでの料理長
(いまでは副料理長)を泣かせている。将来は王妃に?
なんていう予想もあるが本人は至って暢気な様子。
メイド長――戦いが終わった後、冬越し村に戻り、
屋敷を掃除して静かに暮らす。たまの来訪者を迎える以外
何もせず、何も語らず。何も明かそうとはしない。
屋敷はいつでも清潔で彼女の仕事は完璧だが、
彼女を召し抱えようとするどのような貴族や王族も
彼女を得るには至らない。
執事――開門都市戦役後、勇敢な従軍司祭の証言により
大きく損傷した遺体が発見される。
最期まで微塵もひるまなかった様子がうかがえ、
冬寂王の希望により、その亡骸は冬の国の王宮庭園に葬られる。
女魔法使い――行方不明。しかし、ごきげん殺人事件シリーズは
未完ではなく、続刊である。
一説によると原稿はすでに完成しており
挿絵作者の都合で遅れているとか、
活版商人の都合で遅れているとか様々に云われている。
もちろん、あんな狂った作品を好む一部の好事家には、だが。
女騎士――行方不明。
魔王――行方不明。
勇者――行方不明。
731 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 04:11:35.06 ID:KvXPKcsP
――えぴろーぐ
そよそよそよ……。そよそよそよ……。
魔王「って」
勇者「おい。なんだここはっ!?」
女騎士「何だここはとは、そんなのわたしが聞きたいぞっ!?」
勇者「どうなったんだよ、魔王っ!」
魔王「何でわたしに聞くのだっ!?」
女騎士「わたしより頭が良いだろうっ」
魔王「なぜそこで胸を張るっ?」
女騎士「張ってないとただでさえ負けてるのに、見栄えが悪い」
勇者「いや、負けても良いと思うんだけど……」
魔王「ふむ。土も、風も本物だ。
――どうやら、現実的な世界のようだな」
勇者「女騎士はどうしてたんだ? 身体は大丈夫なのかっ!?」
魔王「そういえばそうだ。なぜここに?」
女騎士「いや。わたしにも判らない。
……大きな鳥にさらわれたと思ったら気が遠くなって。
気が付いたらここにいたんだ」
勇者「そっか……。まぁ、積もる話は後にして。
ここはどこなんだ? どういう場所なんだ。草原みたいだけど」
魔王「太陽からして地上界であることは間違いないが」
女騎士「見覚えのない場所だな……」
732 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 04:13:20.31 ID:KvXPKcsP
勇者「まぁいいや。転移呪文で帰ればさ。
うぁ!? 魔力不足でつかえないっ!」
魔王「む。……それじゃわたし。
あ、あれ? こっちもだめだぞ。なんでなのだっ」
女騎士「どうもわたしも、戦闘能力が下がったような感じだな」
勇者「……後遺症かな」
魔王「バックアップが大量発生したから、
世界の容量的な問題かも知れないな……」
女騎士「話が見えないぞ」
勇者「まぁ当面の問題は解決したってことさ」
魔王「うん。女騎士、世話を掛けた」
女騎士「いや。いいんだ……。
わたしは、自分の大事なものを守れただけで、満足だ」
魔王「では、勇者の残りの人生はわたしが責任を持って」
女騎士「ちょっと待て。それは話が別だ」
勇者「あぅあぅ」
魔王「……ふむ。草からして、どうも冬の国があったのとは
別の大陸ではないかな。植生がまったく違う」
女騎士「大陸?」
魔王「ああ。別の陸地だよ。理論的には存在したはずだろうが
確認するには至らなかった。
転移で飛ばされたのか
不死鳥の背から降ろされたのかは判らないが。
どうやらわたし達は生きているようだ」
734 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 04:15:21.46 ID:KvXPKcsP
女騎士「そう、か……。よかった」ぎゅっ
勇者「うぉ!」
魔王「ゆ、勇者に抱きつくなっ!」
女騎士「抱きしめるさっ! 魔王も抱きしめてやるっ」ぎゅぅっ!
勇者「うわっ!」 魔王「うわぁっ!」 ずでんっ!
女騎士「生きてるんだ! 生きてるんだぞっ!
それだけですごいじゃないかっ!
ここがどこだって構うもんかっ! だって生きてるんだっ!」
勇者「あははははっ! 全くだぜっ!」
魔王「まったく、子供のようにはしゃいでっ」
女騎士「魔王だってにこにこしているじゃないか」
魔王「それは、その……嬉しくないはずがない」
女騎士「ふふぅん。勇者を独り占めできると思ってたのか?」
魔王「それは違うぞ。そういう抜け駆けはしないのだ。
それに、その……。もし女騎士がいなかったら、
きっと罪悪感で勇者とくっつけなくなってしまう……」
女騎士「ふふふっ。そう言うことにしておいてやる。
はっはっっはっ! なんだか嬉しいな!
嬉しくて、楽しくて……弾けそうだ。
子供の頃の祭日の朝みたいにっ」
勇者「ああ。良い風と、日差しだ……」
魔王「終わったからな。……やっぱり、世界は綺麗だ」
737 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 04:18:54.71 ID:KvXPKcsP
女騎士「なぁ、二人とも。実はさ……」
勇者「ん?」
魔王「なんだ?」
女騎士 くぅぅ。きゅるる……
勇者「ぷくーっ」
魔王「あはははははっ」
女騎士「仕方ないではないかっ。緊張してたし、
わたしはずっと下の方で戦っていたんだぞっ?」
勇者「悪い悪い。なんかあったっけ?」
魔王「いや、荷物は手持ち以外何にもないな」
女騎士「困ったな」
勇者「ま、いいさ」
女騎士「へ?」
勇者「なぁ、お二人さん」
魔王「?」
勇者「あの丘の向こうに、何があるか知りたくはないか?
――もしかしたら森があるかも知れない。
でなければ小川なんかあったりするかも知れないし、
動物が居るかも。
人がいたりするかも知れないし、街があったりするかもだぜ?」
魔王「……ああ。そうだ。それは、まだ見ていないな」 ぱぁっ
女騎士「うん、行こう。一緒に!」 にこっ
勇者「何があるかな?」
女騎士「そうだなぁ……」
魔王「なんだって良いんだ。
一緒に行ければ、どんなことでも乗り越えられるさ。
それに何が起きたって幸せだけは約束できる。
丘の向こうには、きっと“明日”があるんだから」
//The over side of that hill.
//End of log.
//Automatic description macro "Marmalade" is over.
引用:魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」まとめサイト