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魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」
Part.1
9 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 16:50:11.37 ID:s4r1gUtjP
魔王「どーしてもか?」
勇者「アホ云うな。お前のせいでいくつの国が
滅んだと思ってるんだ」
魔王「南の森林皇国のことか?」
勇者「空は黒く染まり、人々は貧困にしずんでいった」
魔王「考え無しに森林伐採して木炭作りまくって
公害で自滅したんだろう」
勇者「公害……?」
魔王「あー。えーっと。そうか、まだ判らないか」
勇者「誤魔化すなっ! 聖王国の大臣憑依だって
魔族の仕業じゃないかっ!」
魔王「欲の皮の突っ張った大臣が政権奪取と
王族の姫君大集合ハーレムを作ろうとして失敗しただけだ。
そもそも逮捕された後に魔族の洗脳とか言い出すのは
人間の悪人の悪い習慣だと思うぞ」
10 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 16:55:18.10 ID:s4r1gUtjP
勇者「ごまかすのか……許せん……」
魔王「誤魔化してない」
勇者「南部諸王国と戦争はどうなんだ。俺は戦場で
何百という人間が魔族の軍勢に倒されているのを
この目で見てきたんだ」
魔王「それで?」
勇者「は? 人間世界を侵略してきた魔王、貴様を
許しはしない!」
魔王「どちらが侵略したかという点については見解の相違だ。
こちらにはこちらの言い分はあるが、まぁ、戦争してるのは
事実だなー」
勇者「貴様は悪だ」
魔王「じゃぁ、悪でも良いけど。当然私を殺した後には
南部諸王国の王族も全部抹殺して回るんだろうな?」
14 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 16:59:14.49 ID:s4r1gUtjP
勇者「は? 悪はお前だけだ」
魔王「人間が魔族を殺していないとでも?
魔族は悪で人間が善だって誰が決めたんだ?」
勇者「……っ」
魔王「そこで『俺が法だ!』とか『俺が神だっ!』とか
『俺がガンダムだっ!』とか云えたら、お前も
もうちょっと生きるのが楽なのになぁ……」
勇者「うるさいっ!!」
魔王「勇者は好きだから、この話はやめてやる」
勇者「好きとか云うな」
魔王「この資料を見ろ」
勇者「なんだ、これ……羊皮紙じゃないのか?
薄くて白くてつるつるだ……」
魔王「プリンタ用紙だ。それはどうでもいい。書いてある
ことが重要なんだ」
勇者「……えっと、需要爆発……雇用? 曲線?
消費動向……経済依存率?」
16 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 17:06:53.97 ID:s4r1gUtjP
魔王「わかったか?」
勇者「なんだこれは。邪神の儀式か?」
魔王「違う。経済的視点から見た巨大消費市場としての
戦争の効用だ」
勇者「……効用?」
魔王「そうだ」
勇者「戦争に意味なんてあるものかっ。
貴様ら魔族が人間世界を滅ぼすための侵略だ」
魔王「勇者がどーシテもと云うなら、ちゃんと戦ってやる」
勇者「っ」
魔王「話によっては、討たれてやっても良い」
勇者「その首差し出せ」
魔王「だから、半日ほど話を聞け」
勇者「……」
魔王「これは100年ぶりのチャンスなのだ」
18 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 17:11:55.79 ID:s4r1gUtjP
勇者「良いだろう、話せ」
魔王「じゃぁ、説明する。手元の資料の一ページ目を」
ぺらっ
勇者「表だ」
魔王「グラフというのだ。……これは中央大陸のこの
50年の消費量と景気を可視化したものだ」
勇者「……え」
魔王「気がついたように、我らが戦争を始めた15年前
から中央大陸の景気は上昇局面に入った」
勇者「……嘘だっ」
魔王「嘘ではない。2ページ目を見るが良い。
こちらには各種統計資料が添付されている」
勇者「戦争で数多くの死者が……」
魔王「戦争を始めてから人間世界の人口は順調に増加を始
めている」
勇者「そんなのは理屈で考えておかしいだろうっ。
戦争で人が死ぬことはあっても、人が増える道理など
あるものかっ」
19 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 17:15:50.07 ID:s4r1gUtjP
魔王「まぁ、一般解はそうだな。
しかし、この世界における戦前の常識では違う。
戦前の――まぁ、この戦前は数百年続いたわけだが
世界では、人間の死因は疫病と飢餓だったのだ」
勇者「……」
魔王「この二つは非常に強大な敵で
人間はこの二つを結局500年以上克服できなかった。
人口は増えるどころか、時に疫病が猛威を振るい
国単位で滅亡することも少なくなかった」
勇者「疫病も飢餓も人間には御し得ないものだ。
神が人間に与えた試練と行ってもいい。
魔族の侵略と一緒にするなっ!」
魔王「まぁ、降りかかるについてはそうかも知れないな。
しかし、だから克服できないとか、克服してはいけないと
いうものでもなかろう?」
勇者「それは……」
22 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 17:23:52.82 ID:s4r1gUtjP
魔王「現に戦争が開始されてからこれら二つの
原因にする死者は30%まで低下した」
勇者「理由は? ……なぜ? 魔族の暴威を見かねた神の恩寵か」
魔王「私は結構長生きしてるが、神など見たことはないよ。
理由は明白だ。最大の原因は中央大陸危機会議の設立だよ」
勇者「……?」
魔王「つまり、魔族との戦争に対して、人間の王国
連合を組んだからだ」
勇者「それで、なぜ死者が減るんだ……?」
魔王「食料の多い国が少ない国へ送ったり、医療の
進歩した国や農業技術の進歩した国が指導を行なった
からだな」
勇者「それこそ人間の手柄じゃないかっ!」
魔王「その程度のことも魔族と喧嘩しなければ
実行できない人間が大きな事を言ってはいけないよ」
25 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 17:31:05.78 ID:s4r1gUtjP
勇者「……」
魔王「そんなに悔しがるな。魔族だって大差は
ない事情だった」
勇者「そう……なのか……?」
魔王「戦国だったからな。地方豪族や領主が次々と
王を名乗っては一族郎党血まみれの戦いを送っていた」
勇者「……」
魔王「まぁ、そんな事情で、戦争は人間と魔族を救った」
勇者「……」
魔王「そんなに唇をかむな。血が出てしまうぞ?」
勇者「触るなっ!」
魔王「……君が望まない限り、触れないよ」
勇者「……」
魔王「私の言い分も判ってくれるか?」
勇者「……」
27 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 17:35:13.26 ID:s4r1gUtjP
勇者「戦争に意味が……結果的にあったかも知れない」
魔王「そう言ってもらえるとほっとするよ」
勇者「だが続けて良い理由にはなってない。
始めて良い理由にもなっていない。
お前は戦争犯罪人だ。いますぐ戦争を中止して
戦争犯罪者として法廷に立つんだ」
魔王「んー」
勇者「私利私欲でやった訳じゃないってのは
いまの話で、ちょっとだけ判った。
俺が付き添ってやるから投降しろ」
魔王「それは難しいな」
勇者「なぜだ?」
魔王「理由は二つある。6ページ目の資料を見てくれ」
ぺらり
魔王「ここに消費市場としての『南部諸王国』と
『中央大陸』の物流の関係が記してある」
29 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 17:41:53.98 ID:s4r1gUtjP
勇者「物流……?」
魔王「まぁ、早い話、物の流れだ。食べ物や着るものや、
生活用品から武器、鉄、木材に至るまで全てだな」
勇者「これは『南部諸王国』でどんどん使ってるのか?」
魔王「そうだ。戦争は何でも大量に消費されるからな」
勇者「……『南部諸王国』はどうやって支払ってるんだ?」
魔王「ん?」
勇者「だって物を買ったらお金が必要だろう?」
魔王「ああ、良いところに気がついたな。偉いぞ」
勇者「撫でようとするなっ」
魔王「うっかりだ。そう、許可がない限り触れない。
私は契約を重視するタイプなのだ」
勇者「どうやって購入してるんだよ」
魔王「中央大陸危機会議決議による、戦時支援基金でだ」
勇者「……?」
魔王「わからないか。つまり、全世界が戦争中の
『南部諸王国』に義援金を送ってるんだ」
勇者「そうだったのか!! 人間の善の心に祝福を!
どうだ魔王、これが人間のもつ優しさだ」
31 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 17:46:14.18 ID:s4r1gUtjP
魔王「まぁ、そのお金で中央大陸の数多くの国は
自分の国の品物を買ってもらってるんだ。
つまり、お小遣いを上げて自分の店の商品を
買わせているだけさ」
勇者「……?」
魔王「このランクの説明は多少難しいかな。……つまり、
富をため込むってのは『お金持ち』にはなれても
『豊か』にはなれないんだ。
お金を渡して、使ってもらう。物もお金も流れが
よどみなく太いことが豊かなんだよ」
勇者「……難しい」
魔王「まぁ、そう言う物なんだ。
全部を自分でやったりせずに、得意な分野で協力する。
これは理論的に正しいことだ。
麦と塩、木材と鉄を交換することで国も人々の暮らしも
豊かになる」
勇者「それはまぁ、何となく判る。王立広場の市場みたいな
もんだろう?」
魔王「うん、そのとおりだ」
33 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 17:49:30.81 ID:s4r1gUtjP
勇者「でも、この場合、違うだろう」
魔王「違うとは?」
勇者「中央大陸の国家は、戦争で疲弊した『南部諸王国』に
善意からお金を送ってるんだ。結果として、その物流?
が良くなったとしても、送ったお金は自分の物じゃないか」
魔王「ふむ」
勇者「つまり特産品同士を交換してるわけじゃない」
魔王「してるんだよ」
勇者「与えているだけじゃないのか?」
魔王「『南部諸王国』は、中央大陸に安全を
輸出しているんだ。つまり、戦争で血を流して
人間世界を防衛することでお金を得ている。
――見たことがあるんだろう?
人間世界の『全て』が戦火にまみれていたのかい?」
勇者「……」
魔王「新しく発明された馬車、豊かな光、豊富なご馳走
毎晩のように舞踏会を開いている国はなかったかい?
ブドウ畑で酔いしれている貴族はいなかったかい?」
35 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 17:53:30.25 ID:s4r1gUtjP
勇者「……それは」
魔王「つまり、そういうことだ。人間社会は
『南部諸王国』の巨大消費と防衛ラインという存在に
現在依存しているんだ」
勇者「い、ぞ……ん?」
魔王「そうだ、頼っている。溺れているというような意味だな」
勇者「でも、大多数の人間は戦う力なんて持っていないんだ。
そのためには、『南部諸王国』の戦士団や騎士団に
守ってもらい、せめて食料を送るしかない。
その何処がいけないって云うんだよっ!!」
魔王「まぁ、感情的にはそれが真実だろう。
そこまで否定したりはしない。
でも同時に、経済的にこの市場が無くなると
人間社会の物流や為替が破滅するのも確かなことだ」
勇者「破滅……?」
魔王「そうさ。その資料にあるだろう? これだけの
巨大消費がなくなったら、中央大陸の生産者は
大ダメージを受ける。特に鉄鋼業や造船業がね。
このダメージは波及して、数十万の死者がでる」
36 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 17:56:58.63 ID:s4r1gUtjP
勇者「そんな……」
魔王「まぁ魔王の云うことだから嘘かも知れないけどね」
勇者「嘘なのか?」
魔王「少なくとも私は本気だ。もしかしたら避ける方法が
あるかも知れないけれど、私は知らない」
勇者「……」
魔王「さて、この物流と依存型のいびつな経済構造が
二つの理由のうち、一つだ」
勇者「まだ……あるのか」
魔王「もう一つは比較的簡単に説明できる」
勇者「……」
魔王「説明が簡単なだけで問題が簡単なわけではないが」
勇者「どういう理由なんだ?」
魔王「魔族との大戦争で人間社会は結束した。
物流が改善されて、医療技術もひろまって
疫病と飢餓は少なくなったと云っただろう?」
勇者「ああ、云ってたな」
38 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 18:00:13.15 ID:s4r1gUtjP
魔王「アレは説明の半分なんだ。確かに物流が以前よりは
活発になった。以前は国民の半分が餓死するような国の
隣では大豊作の国があり、協力なんてしなかったからね」
勇者「うん……」
魔王「だが、物流が改善されたとはいえ、この世界の
食料生産そのものが劇的に向上した訳じゃない」
勇者「……?」
魔王「判らないのかい? ……つまり、まだ餓死者は
いるんだよ」
勇者「ああ。旅の途中でいくつもの村で、飢えた子供を見たよ」
魔王「そんな世界で、『大戦争による死者』が居なく
なったらどうなる? 長い戦争で剣を振るう以外に
生きる術を知らない何十万人もの人間が中央大陸に
あふれるんだ。彼らは生きているから食料を必要とする。
人間は増えるぞ? ――でも、食料はそこまで増えない。
この世界にはまだ輪作の概念すらないんだ」
勇者「そんな……」
魔王「それが現実なんだ」
41 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 18:04:32.19 ID:s4r1gUtjP
勇者「だって、だって」
魔王「だいたい、何で君は1人でここにいるんだ?」
勇者「……へ?」
魔王「腐っても魔王城だぞ。そりゃ警備をくぐり抜けて
こんな所まで来れちゃう君は突然変異というか、
それこそ冗談みたいな奇跡だけど」
勇者「何を言ってるんだ?」
魔王「戦争を終わらせるのは、軍の仕事だろう?
君は勇者じゃないのか?」
勇者「勇者だよっ。それが俺の天命だっ」
魔王「敵の王の命を単身仕留めるのは
暗殺者の仕事じゃないのかい?」
勇者「……っ!?」
魔王「多分ね。……人間の王たちも判っているよ」
魔王「この戦争が終わったら、勝っても負けても
人間は滅びてしまうって」
勇者「……」
魔王「だから君を1人で送り出したんだよ」
44 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 18:07:55.85 ID:s4r1gUtjP
勇者「……」
魔王「一方的なことを云ってしまったけれど、それは
魔族の側も事情は一緒でね。知っていると思うけれど
一口に魔族といっても、その内情は様々なんだ。
有角族や飛翼族、鉄蹄族。スライムや遊びコウモリ
なんていう低級なヤツらも沢山いる。
悪戯好きなだけの種族も多いけれど、有力な氏族は
ひどく好戦的だし、種族中心主義だ」
勇者「そうなのか……」
魔王「うん、そうなんだ。
私はね……見ての通り、腕も細いし、ひ弱で華奢だろ?」
勇者「魔法で戦うんじゃないのか?」
魔王「そりゃまぁ、使えるけれど。
大魔法使いというほどじゃない」
勇者「なら、どうして魔王になれたんだ?」
魔王「要領とタイミングと、なんだろう。
……多分、偶然で」
49 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 18:18:08.19 ID:s4r1gUtjP
魔王「私の一族は変わり者が多くて、魔界の端っこで 長年研究をしていてね。私の専門は経済なんだ」
勇者「経済ってなんだ?」
魔王「信じられないなぁ、人間の文明の程度は」
勇者「なんかむかつく」
魔王「魔族も人のことは云えない。
この戦争が終わったら、たとえ魔族の側が
勝ち残ったとしても、前にも増した乱世が始まるよ。
今度は人間の土地を舞台にして、奴隷を奪い合う
恐ろしい時代が幕を開けるだろう。
有力な魔族は人間の王国を次々と勝手に略奪して
それぞれを自分たちの『植民地』と呼ぶ時代だ。
裕福になった戦闘的な氏族は
その富で弱小氏族を従えたり、より大きな戦力を
調えて魔族統一を目指すだろうけれど
いまよりもっと混沌とした魔界はたやすく統一なんか
出来るわけが無くて、いまよりずっと多くの
血が流れるだろうね」
52 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 18:22:11.68 ID:s4r1gUtjP
勇者「植民地?」
魔王「他人の土地に攻め込んで支配して、
自分たちの場所であるかのように利益を吸い上げること」
勇者「許されるわけ、無いっ」
魔王「人間が勝ったら魔族の土地に同じ事をするだろうね」
勇者「人間は、そんなことっ」
魔王「……」
勇者「……」
魔王「しないって、云えないだろう?」
勇者「……」
魔王「まぁ、いろんな世界がそうやって滅びていったんだ」
勇者「世界?」
魔王「ああ、それは私たち一族の研究だよ。
気にしないで。でも、私は……」
53 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 18:26:43.76 ID:s4r1gUtjP
魔王「私は、まだ見たことがない物が見たいんだ」
勇者「……」
魔王「勇者になら、判るかも知れないと思ったんだよ」
勇者「何を、だよ」
魔王「言葉では言い表せないけれど」
勇者「お前学者なんだろ?」
魔王「学者……? ああ、うん、そんな物だ」
勇者「じゃぁ、説明しろよ」
魔王「うーん、つまり」
勇者「……」
魔王「『あの丘の向こうに何があるんだろう?』って
思ったことはないかい? 『この船の向かう先には
何があるんだろう?』ってワクワクした覚えは?」
勇者「そりゃ……あるけど。わりと、沢山」
魔王「そうだろう? 勇者だものな!」
勇者「何でそんなに嬉しそうなんだよ」
54 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 18:30:05.56 ID:s4r1gUtjP
魔王「だから、そう言う物が見たいんだ」
勇者「……勇者になりたいのか?」
魔王「近い。でも、違う。だって私は学者
なのだろうし、いまのこの身は魔王だ……」
勇者「……」
魔王「やってて幸せとは云えないけれど
責任を感じるし他の誰かに押しつける気はない。
勇者じゃない私が、勇者になりたいなんて
そんな夢物語で時間を浪費するつもりはないんだ。
けれど」
魔王「見たことがない物は、見てみたい」
勇者「……そか」
魔王「だから、もう一度云う。
『この我のものとなれ、勇者よ』
私が望む未だ見ぬ物を探すために
私の瞳、私の明かり、私の剣となって欲しい」
勇者「断る」
57 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 18:34:02.22 ID:s4r1gUtjP
魔王「だめか?」
勇者「だめ」
魔王「絶対か?」
勇者「絶対」
魔王「交渉の余地はないのか?」
勇者「ない」
魔王「……」
勇者「……ないぞ? ほんとだぞ」
魔王「あると見た」
勇者「くぁ、なんでそこで上目遣いなんだよ。
学者がとって良い態度かよっ」
魔王「学者であると同時に私は経済屋なんだ。
経済屋は決して諦めない。どんなことにでも
妥協して明日を目指すんだ」
勇者「なんだか俺より勇者っぽい」
59 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 18:39:17.01 ID:s4r1gUtjP
魔王「故事によれば『世界の半分』を交渉材料にするらしい」
勇者「へー」
魔王「余裕たっぷりだな」
勇者「そんなので転ぶ勇者がいるかよ。
もしいたらそいつは勇者でも何でもない。
1から出直せって話だ」
魔王「うん、私の知っている故事でも
結末はそうなっていた」
勇者「ださっ」
魔王「私もそう思う。そもそもその魔王だって
世界征服が終了していた訳じゃないだろうに。
自分が所有していない物件の50%を譲渡するなんて
商道徳にてらしても法的観点から見ても
契約の有効性に疑問を持たざるを得ない」
勇者「そういう嘘つきだから勇者にふられるんだよ」
魔王「仰せの通りだ」
61 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 18:44:23.58 ID:s4r1gUtjP
勇者「だからといって魔界の50%譲渡とか云ったって
俺は絶対うんなんて云わないからな。
そんな見知らぬ土地なんかもらったってちっとも
嬉しくない。そもそも賄賂や金品で転ぶなんて
勇者のすることじゃないぞ。
人間ってのは、ベッド一個のスペースと、
毎日腹が満ちる程度の食い物があればそれで充分なんだ」
魔王「清貧の志だな」
勇者「貧しいとか云うな。魔王のクセにっ」
魔王「私としても領土の割譲をテーマに交渉する気はない」
勇者「そうなのか?」
魔王「領土割譲は、後世の統治から見た場合、
民族問題やプライド上の問題があって、紛争の火種に
なることもしばしばなのだ。眼前の交渉が重要とはいえ
後世に禍根を残すのは気が進まない」
勇者「ふぅん……。そういうものなのか」
魔王「そうなのだ。それにだいたい『50%』という
言い方が良くない。それでは結局『こちらとそちら』が
再生産されるだけではないか」
66 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 18:50:17.49 ID:s4r1gUtjP
勇者「どうゆうこと?」
魔王「つまり、世界を分割するのが問題だ、ということだ。
その分割という発想は、結局現在の問題である
『人間世界と魔族世界』という対立を
『勇者の支配地域と魔王の支配地域』という対立に
問題をすり替えただけだという話だ」
勇者「あー。もっともな話だ」
魔王「だろう? それは交渉でも妥協でもなく
ただの時間稼ぎに過ぎない」
勇者「ふむ」
魔王「故にその種の論法は却下だ」
勇者「じゃぁ、交渉も失敗だな。時間もちょうど半日だ。
……戦闘するような気分じゃなくなっちゃったけれどさ」
魔王「いや、ちゃんと提案はある」
勇者「あるのか?」
魔王「半分などとけちくさいことは云わない。
でも大地は私の物ではないから差し出せない。
勇者が欲しい。代価は私にはらえる全て。
つまり、私自身だ。
これだけは私の意志で勇者に捧げられる。
お願いだから私の物になってくれ」
68 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 18:55:56.79 ID:s4r1gUtjP
勇者「……お、お、おまっ」
魔王「口をぱくぱくさせると間抜けに見えるぞ」
勇者「なっ何をっ」
魔王「交渉の提案だ」
勇者「何言ってるか判ってるのかっ?」
魔王「判っている」
勇者「しょ、正気かっ!?」
魔王「もちろんだ」
勇者「もうちょっと物考えて発言しろ!
わ、わ、わ、わきまえろっ!!」
魔王「そんなに驚かないでも良いではないか。
人間世界では15にもなれば農夫の息子だろうが
宿屋の娘だろうが、そこら中でこのような睦言と
甘やかな契約を交わして乳繰りあっていると聞く」
勇者「聞くなよっ」
魔王「正確には書物で読んだわけだが。
――読んだだけで実体は不明で経験もない。
これも一つの『未だ見ぬ物』だな」
71 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 18:59:54.23 ID:s4r1gUtjP
勇者「何を」
魔王「優れた提案とは提案した時点で
提案者の目的の一分を達せられるのだ。
『純潔を捧げる願い』を告白するなどと
私の人生に訪れるとは思っていなかった知見だ。
精神的に平静ではいられないなんて貴重だな」
勇者「まるっきり平静に見えるよ」
魔王「ダメか?」
勇者「だっ、だめっ!!」
魔王「絶対か?」
勇者「ぜ、ぜ、ぜ」
魔王「前回よりもさらに余地があるように見える」
勇者「近寄るなっ」
魔王「許可無い限り触れたりしない。私は奥手なんだ」
勇者「契約主義者ってさっきまでは云ってたじゃないか」
魔王「それは真実だ。『奥手』というのは
真実にかぶせる演出上の工夫だ」
75 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 19:05:18.00 ID:s4r1gUtjP
魔王「勇者」
勇者「何だよっ」
魔王「んぅ。話づらいな」
勇者「あんだけ悲惨な未来をぺらぺら解説して
やがったじゃないか」
魔王「あれは専門分野の講義だったから」
勇者「どんだけ死にものぐるいな専門分野なんだよ」
魔王「経済というのは血が流れない戦争なんだ」
勇者「おっかないよ。戦闘能力のない魔王を
初めておっかないと思ったよっ」
魔王「怖がらせるのは本意ではないし……。
混乱させたら申し訳ないと思うけれど」
勇者「……」
魔王「少しセールストークをする」
勇者「うー。押されてる」
魔王「私を独占すると色々便利だぞ?」
勇者「たとえば?」
魔王「家計簿を付けるのが得意だ。完璧を約束できる」
80 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 19:09:56.32 ID:s4r1gUtjP
勇者「なんだかなぁ。家計簿か」
魔王「それにね」
勇者「?」
魔王「この戦争の向こうに行ける」
勇者「それは出来ないって云ってたじゃないか」
魔王「もちろん、すぐには無理だ。人間の王たちも
納得はしまい。私が投降しても、それは秘密裏に
処理されて、偽魔王が立てられるだろう。
それくらいこの戦争は、人間社会に必要になって
しまっている」
勇者「……」
魔王「でも、だからこそ、それが『別の結末』を
迎える事ができるのならば、
それは私にとってだけじゃない。
三千世界にとって『未だ見ぬ物』じゃないだろうか?」
勇者「……」
魔王「どうだ?」
88 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 19:17:09.59 ID:s4r1gUtjP
勇者「それが」
魔王「ん?」
勇者「おまえなんだ」
魔王「うん、これが私なのだ」
勇者「ずっとそんなこと考えてきたんだ」
魔王「戦争を終わらせるのが軍だとすれば
終わる着地点を模索するのが王の役目だ」
勇者「そのために俺を欲しがったのか?」
魔王「うん、まぁ。そうとも云える」
勇者「……」
魔王「いや、誤解しないでくれっ。
勇者が欲しいのは本当だぞ?
向こう側を一緒に見に行く連れが欲しいだろう?
朝の散歩に一緒に出かけるような気分なんだっ。
それから家計簿も本当だ。偽りはない。
なんだったら賃借対照表や生涯賃金提案書も書けるぞっ。
足りないかっ? 足りないのか?
そうだな。……あまりにも粗末な粗品だが
一緒にいるのも得意だ。私は静かな魔王だからな。
部屋に置いておいても邪魔にはならないことに定評がある
添い寝とかも多分役に立たないほど下手だろうが
セット商品についている細々とした備品程度でいいならな
付けることが出来る」
92 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 19:24:09.48 ID:s4r1gUtjP
勇者「あー」
魔王「契約詐欺にならないようにあらかじめ
告げておかなくてはならないのだが、
私は料理は不得手だ。料理は科学なのだろう?
わたしにはゲル化や乳化を行なうための
洗練された手先の技術が欠けているようで
調理に関して期待してもらっては困る」
魔王「それから、あー。
世間の、ほら。大多数の一般的な性別において
男性を有する成人の人間が望むような外見的
肉体的な美しさには欠けていると思われる。
運動不足だしな」
勇者「そうか? そ、そんなことないだろ」
魔王「いいや、そんなことはあるのだ。
これは侍女たちの用意した魔王のお仕着せであって
欠点が隠れて、と言うか、見えないだけで、
二の腕とかつまめるのだっ」
勇者「泣きそうになるなよ」
魔王「ぷるぷるなのだぞ!?」
97 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 19:29:31.81 ID:s4r1gUtjP
勇者「いや、その……大変美味しそうに見えます。
……特に胸とかおっぱいとか」
魔王「いや、いいんだ。無用な慰めだ。
それに地味すぎて、こればかりは申し訳ない。
思うに我が一族の頭部は長い伝統で
見てくれよりも中身を重視してきたはずで」
勇者「そうか?」
魔王「私も娘時代、つまり150年ほど前だが
その時代にもうちょっとこう、何というか
身なりやお手入れに気を配っておけば
こんな一世一代の交渉時、リコールにおびえる経営者の
気分を味合わないで済んだはずなのに……」
勇者「用語が難しいな」
魔王「世の中は色々難しいのだ」
勇者「まったくだな」
100 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 19:34:36.34 ID:s4r1gUtjP
魔王「とにかく、そう言った外見的な物については
あまり満足のいく案件ではないのだが、経済を
中心にした知識と……知識と……。
それくらいしか誇れないのか、私は」
勇者「……」
魔王「あと誇ることが出来るのは、貞淑さくらいだ。
私は長命種で、学者の家系の出だからな。
それに純然たる契約主義者でもある。
私にとっていったん締結されれば
この種の契約は魂にまで食い込み
過去も未来もその一転において鋼に勝る強度を持つだろう。
――側近く侍る。健やかなる時も病める時も寄り添おう。
それは約束できる」
勇者「……」
魔王「どうだ? 私の物にならないか?
私はあんまり我が儘は言わないぞ。
『丘の向こう側』に一緒に行ってくれれば
それだけで満足だ」
103 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 19:40:31.38 ID:s4r1gUtjP
勇者「沢山殺すことになるんだろうな」
魔王「ああ。……うん。誤魔化さない」
勇者「河が血で染まるほどかな」
魔王「うん、終わるまでは。手を血で汚さない約束は
できない。私も、勇者も、非道なことを
沢山することになるだろう」
勇者「裏切り者と呼ばれるかな」
魔王「それは、正体を隠すことも出来る。
私の誇りにかけて、勇者の伝説は綺麗なままに
出来るはずだ」
勇者「必要なのか?」
魔王「それは違う。このままワルツのように戦争を
消耗を繰り返し、屍山血河の平和を享受することも
この世界に許された選択肢の一つだ」
勇者「それはそれでおびただしい犠牲だろう」
魔王「でも勇者が直接的手を汚さないで済む」
104 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 19:46:44.08 ID:s4r1gUtjP
勇者「なんだよ契約したくないのかよ」
魔王「騙して契約したくないんだ」
勇者「そか」
魔王「騙して手に入れたものは、一夜で失われる」
勇者「信義に厚いんだな」
魔王「善悪の話じゃない。ゲーム理論で証明された
商道徳レベルでの話だよ」
勇者「よし、お前の物になる」
魔王「いいのか?」
勇者「いいんだよ。……あー、いっとくけどなっ」
魔王「?」
勇者「おっぱいのためじゃないからなっ!」
魔王「こんなものがいいのか?」 ふにふに
勇者「自分で揉むなっ」
魔王「勇者」
勇者「何だよ、魔王っ」
魔王「触れたい。触って良いですか?」
110 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 19:57:12.81 ID:s4r1gUtjP
勇者「……」
魔王「信用してないな?」
勇者「口調がいきなり丁寧でびっくりしただけだ」
魔王「少しだけだから、触らせてくれ」
勇者「判った」
魔王「……」 おずおず
勇者「魔王、手がひんやりしてるな」
魔王「冷たいか? 済まない」
勇者「いや、気持ちよい」
魔王「私は、勇者のものだ」
勇者「俺は魔王のものになる」
魔王「契約成立だ」 勇者「契約成立だな」
魔王「嬉しいぞ」にこっ
勇者「……。くぁっ。は、はなれろっ」
魔王「そうか?」
勇者「で、最初の一手はどうするんだよ」
魔王「そうだな……まずは、麦から手を付ける」
勇者「麦か……。長い旅になるな」
魔王「もちろん。わたしは勇者と一生離れる気は
ないんだからなっ」
133 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 23:39:08.74 ID:s4r1gUtjP
――冬越しの村
勇者「うぉ、寒くなってきたな」
魔王「これから冬に向かっていくからな」
勇者「こんな中途半端なところで良いのか?」
魔王「中途半端とは?」
勇者「いや、だからさ。魔王の話によれば
いまの人間、中央大陸にとって麦は食料として大事だ。
ってことを基本にしてるんだろう?」
魔王「ああ、そうだ」
勇者「だったら、もっと農業大国の湖の国とか
紫旗女王国とかさ、そっちに行った方が良いんじゃね?」
魔王「話が聞いてもらえるならな」
勇者「あー」
魔王「勇者もしばらくは姿を見せない方がよいと思う」
勇者「そうか?」
魔王「ああ。あんな風に私の所へよこされたんだ。
誰かが勇者を疎ましく思っていたのかも知れない」
勇者「んなことないって」
137 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 23:45:31.80 ID:s4r1gUtjP
魔王「それに何処に行って紹介するにしたところで
説得力を出すためには実際の実験と資料が必要だ」
勇者「そりゃそうだ」
魔王「この村でそのための手はずを整える」
勇者「そう、なのか?」
魔王「うむ。手の者を忍び込ませているのだ」
勇者「手回しが良いな」
魔王「何事も根回しと調整が必要だ」
勇者「この村か」
魔王「ああ、何の変哲もない村だろう?」
勇者「うん、こんな村は沢山知っている」
魔王「『南部諸王国』辺境部では典型的な開拓村だな。
複合的な大規模農業を中心に小作農や職人たちが
緩やかな村を形成している」
勇者「魔王軍との戦いもあるだろうになー」
魔王「それでも大地にしがみついて生きてゆくんだ。
人間はそこがすごいところだ」
139 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 23:49:39.59 ID:s4r1gUtjP
勇者「で、手の者ってのは」
魔王「ああ。小さな一軒家を用意してもらってるんだが。
どこなのだろうな。この村としか聞いてないんだが」
勇者「あー。そうなのか? 探せば判るんだろうけれど
そろそろ陽も暮れるし、こんな寒い中をうろつき回るのは
ぞっとしないなぁ」
魔王「うむ、もっともな指摘だ」
勇者「だよなぁ」
メイド長「まおー様ぁ〜まおー様ぁ〜♪」
勇者「ば、ば、ばっ」
魔王「おお。この声は」
メイド長「まおー様〜♪」
魔王「おお、紹介しよう。勇者!」
勇者「この馬鹿っ。一応人間の村だぞっ!
まおーまおー叫んでどうするっ!」
魔王「む。そう言えばそうだ。以後注意するように」
メイド長「はい、まおー様!」
142 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 23:55:53.42 ID:s4r1gUtjP
魔王「まぁ、大丈夫だ。そんなに怒ってくれるな」
勇者「むー」
メイド長「怒りすぎると皺が取れなくなりますよ」なでなで
勇者「こいつは何なんだ?」
魔王「これは私の側近で、メイドを束ねるメイド長だ」
メイド長「ご紹介にあずかったメイド長です。
まおー様のことは幼い頃から世話をさせていただいて
おりますわ。この度は勇者様とまおー様のご結婚
まことに喜ばしく、お見守りさせていただいてきた
この身、この胸の内も震えんほどです」
勇者「突っ込みどころはたくさんあるんだけど、
最大のものは結婚なんてしてないって事だぞ」
メイド長「そうなんですか?」
魔王「期間無制限の相互所有契約だ」
メイド長「あらあら、まさに結婚じゃないですか」
魔王「白詰草とクローバーほどに違う」
メイド長「それじゃ同じものじゃないですか」
145 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 00:02:31.05 ID:AIDyRnsCP
魔王「あえて名前を変えることによる風情の違いがある」
メイド長「ああ、そうでしたか!
メイドと召使いと側女と寝室奉仕奴隷のようなものですね」
魔王「それも風情か?」
勇者「……」
メイド長「風情は大事ですよ。男女間の機微の80%は
風情で構成されていると言っても過言ではありません」
魔王「なんと! それでは殆ど具材がないではないか?」
メイド長「そこがミソなんですよ」
勇者「あのー。寒いんだけど」
メイド長「おやおや、まぁ!」
魔王「勇者が寒いと云っているんだ。どうにかならんか?」
メイド長「では、こちらへ。ご案内しますわ」
魔王「おお、首尾はどうだ?」
メイド長「さほど大きくはありませんが、
村はずれの古い館を改修してございます」
魔王「でかしたぞ、メイド長」
147 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 00:12:08.05 ID:AIDyRnsCP
――古びた洋館
勇者「なんだよなんだよ。充分でかいじゃないか」
メイド長「とんでもない。魔王城の1/100以下です」
勇者「あれはダンジョンだろ。一緒にするな」
魔王「いや、私はあそこに住んでたんだがな」
勇者「ああ、そっか」
メイド長「こちらへどうぞ。
ただいまお茶をお持ちしましょう」
魔王「すまんなー」
勇者「側近って、どんな関係なんだ?」
魔王「うむ。ああ見えてメイド長はわたしの親戚なのだ」
勇者「学者なのか?」
魔王「んー。学者というと語弊があるな。
学者一族と云うより『好奇心を抑えられない一族』なのだ。
しかも専門ジャンルを追求してしまう類の。
彼女は、私から見ると年上なのだが、
なんだか『メイド道』とやらに目覚めてしまってな」
勇者「ふむ……」
149 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 00:17:39.88 ID:AIDyRnsCP
メイド長「殿方における騎士道と似たようなものですわ」
魔王「早いな」
メイド長「紅茶でございますよ。
蜂蜜をたっぷり入れておきましたから」
魔王「まぁ、そんなわけで、ずっと一緒に育ったし
魔王軍の指揮なんかを任せたこともある」
勇者「おいおい、メイドってそんなことも出来るのか!?」
メイド長「主人のどのような求めにも応える。
それが私の『メイド道』ですわ」
152 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 00:25:10.69 ID:AIDyRnsCP
魔王「これは、この館はどういう物件なんだ?」
勇者「そうだ、気になってた」
メイド長「さる貴族の別邸だったらしい建物でございます。
その貴族……騎士家だったそうですが、その家そのものは
跡継ぎを戦争で亡くされ、この館は手放されたとか」
魔王「正規の手段で手に入れたのだろうな?」
メイド長「ええもちろんです。
修繕を依頼した職工の方々への支払いも現金で行ないました」
魔王「うむ」
勇者「……穏当だな、以外に」
魔王「いずれ実力行使でなければ意を通せない相手も出てくる。
穏やかに通るところで無駄に暴力は使いたくない。
……嫌われると困る」
勇者「?」
魔王「なんでもない。
……で、我らはこの館に逗留して。んー身分は
どうしたものかな」
153 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 00:32:06.31 ID:AIDyRnsCP
メイド長「村長以下主立った方々へのご挨拶は
すませております。聖王都の神学院で研究なされた
高名な学者の姫君だと」
魔王「そんなんで通るのか」
勇者「格好さえどうにかすれば余裕だろう?」
魔王「この白衣とローブではだめかな」
勇者「ダメっぽいんじゃね?」
メイド長「ダメでしょうね」
魔王「着心地が良いんだが」
勇者「姫君ってのは着心地度外視で服選ぶんじゃねぇかな」
メイド長「そうですね。視線を意識せざるを得ない服で
緊張感を維持しているのかと思われます」
魔王「緊張感がないと!?」
メイド長「そうは申しておりません。しかし……」
魔王「なんじゃ」
メイド長「お耳を拝借いたします」
魔王「ふむふむ……」
158 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 00:35:41.98 ID:AIDyRnsCP
魔王「勇者、勇者」
勇者「どうした?」
魔王「緊張感のない肉は駄肉か?」 じわぁ
勇者「なんで半べそなんだよ」
魔王「そう言われたのだ」
勇者「あー」
魔王「駄肉か? 駄肉なのか!?」
勇者「あー。そのー」
メイド長「お茶のお代わりはいかがでございましょう?」
魔王「ゆるんでぷにってしまうのか?」
勇者「コメントしづらいな」
メイド長「冬場は特に運動が不足しますからね」
魔王「うううう」
勇者「……その、たまには着飾るのも良いんじゃないか?
目先が変わって。その、風情とか云うヤツだ」
メイド長「さようでございますよ、まおー様」
魔王「そ、そうか……」
160 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 00:44:06.99 ID:AIDyRnsCP
勇者「で、挨拶がどうとか」
メイド長「ああ、そうでした。
その学術の研究と、新しい農作指導のために
この村に興味を持たれてやってくる、というような
説明をいたしております」
魔王「そうか、話が早くて助かる」
勇者「そうだな、農業ともなれば時間がかかるものな」
メイド長「ええ。……まおー様」
魔王「ん?」
メイド長「魔王軍の方はいかがしましょう」
魔王「ああ。そうだな」 ちらっ
勇者「どうかしたか?」
魔王「勇者と私は、魔王の大広間で決闘をしたとしよう。
そこで両者共に深い傷を負ったという噂を流せ。
私はその傷を癒すために冥界温泉で療養中だ。
勇者は生死不明、一説によると落ち延びたと」
メイド長「かしこまりました」
162 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 00:48:41.23 ID:AIDyRnsCP
魔王「それでいいか? 勇者」
勇者「ああ。かまわない。俺はどうせ魔王のものだしな」
メイド長「あたあた、まぁまぁ」にこっ
魔王「からかうな」
魔王「この噂で、まぁ1年くらいの時間は稼げよう。
魔王軍の急進派も何かの策略ではないかと見て
しばらくは動きを控えるだろう」
勇者「1年か」
魔王「その他にも手は打つ。粘るつもりもあるが
まぁ、3年と云ったところだろうな、猶予は」
勇者「……」
魔王「その間に『まだ見たことのない結末』を
見つけなければならない」
勇者「見たいだけじゃなかったのか?」
魔王「……見つけ出さないと、私の持ち主に嫌われる」
勇者「あ、その。そ……そっか。そうだな」
164 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 00:53:49.41 ID:AIDyRnsCP
魔王「それはいいとして、だ」
勇者「お、おう」
魔王「この地で結果を出したいのは、農法の改善だ」
勇者「のーほー?」
魔王「農業の方法だ」
勇者「農業の方法たって、
種撒いて芽が出て収穫するだけだろ?」
魔王「その方法を改善する」
勇者「うーん。改善なんてあるのか?」
魔王「同じ土地で麦を収穫し続けると
どんどん質がわるくなるのはしっているか?」
勇者「あー。聞いたことがあるぞ。
大地の恵みみたいな物がなくなっちゃうんだろう?」
魔王「この辺りで広く行なわれているのは三圃式農業という
もので、畑を3種類に分ける。
それぞれ夏に使う、冬に使う、一年間お休みと分けるんだ。
そしてローテーションさせてゆく」
165 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 00:59:01.92 ID:AIDyRnsCP
勇者「工夫してあるんだな。ふむふむ。
いや、まてよ? そもそも何でローテーションするんだ?
どんどん新しい畑を開拓すればいいじゃないか。
新しい場所なら大地の恵みもたくさんある」
魔王「ばかもの。
誰もが勇者のように化物じみた戦闘能力と体力と
破壊魔法を使えると思ったら大間違いだ」
勇者「そ、そか?」
魔王「開拓には長い時間と労力がかかる。
それにそうやって開拓範囲を広くすれば、
収穫や種まきなどで移動しなければならない
距離も広がるし、魔物や野生動物から防衛しなければ
ならない敷地も広がってしまう」
勇者「そういえばそうか」
魔王「そこで3分割ローテーションを行なっているのだが」
勇者「ふむふむ」
魔王「この手法をより改善して、
食料の供給量を増やすのが当面の目的だ」
167 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 01:06:07.19 ID:AIDyRnsCP
勇者「目的は判った。けれど、具体的にはどうするんだ?」
魔王「輪作……つまりローテーションという概念は良いんだ。
これを4回転式に改善しようと思う」
勇者「ふむふむ」
魔王「すなわち、大麦を作る畑、クローバを作る畑、
小麦を作る畑、かぶを作る畑に4分割する。
この四つをセットにして4年周期で畑を活用するんだ」
勇者「なんか、3ローテと大差がないように聞こえるな」
魔王「3ローテは1周期に一回お休みがあるだろう?
こちらは4周期にお休みらしいお休みはクローバーだけだ」
勇者「それがそんなに大きい差なのか?」
魔王「差が出る秘密は、麦以外にある。それがカブだ」
勇者「シチューに入れると旨いけど、そんなに作っても
飽きるだろう?」
169 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 01:10:12.33 ID:AIDyRnsCP
魔王「もちろん人間が食べても良い。
麦ばかりだと健康に悪いからな。だがこのカブは
畜産の使うんだ。具体的に云うと豚の餌にする」
メイド長「豚、ですか?」
魔王「知ってるとおり、この寒くて貧しい地方では
肉食というのは冬場の重要な栄養素だ。
冬には充分な果物も野菜も採れないし、
充分な穀物が無い事の方が多い。
そこで豚を食べるわけだが、豚は生きているから
活かしておくためには食料が必要だ。
冬の間は人間の食糧すら不足するだろう?」
勇者「ああ、そうだな。だから豚は冬になる前に、
最低限の数を残してしめちゃうんだ。
それでソーセージやベーコンやハムにして、
冬の間の食糧備蓄をする。南部諸王国じゃ
何処でも見られる冬の始まりの風物詩って所だ」
魔王「冬場……つまり農作物が充分では無い時期の
代替え的補助食料なのに、結局は農業と同じように
季節に支配されている。これは非効率的なことだ」
173 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 01:17:28.72 ID:AIDyRnsCP
勇者「……云われてみれば、そうだな」
魔王「そこでクローバーとカブを使う。
クローバーは夏場の間、豚や羊などの牧草になる。
畜産をおこなえば肥料も出してもらえるしな。
カブは冬の間に飼料として役立つ」
勇者「そうかっ!」
魔王「そうだ。この方法は『畑を休ませない』、
『畑を痩せさせない』、『農作物以外も豊かにする』
の三つのアイデアで出来ているんだ」
勇者「そこでこの村な訳か」
メイド長「どういう事ですか?」
勇者「この村みたいな、農業も畜産もやって、
ある程度自給自足の体制の方がこの農法には都合が
良いんだよ。データ採りの意味でも。
都市部や、小麦ばっかりを大量生産している、
それが出来ちゃうような温暖な地域では意味が薄い。
東方の米みたいな穀物にも効果が薄い。
『寒くて貧しい地域を救う』アイデアだから」
メイド長「そういうことでしたか!」
175 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 01:22:32.70 ID:AIDyRnsCP
魔王「他にもいくつかある。北氷海の魚による肥料とか
、農機具にも改良の余地がある」
勇者「へ? 色々あるんだな」
魔王「難しいのは、農地と村の統廃合だ。
放牧地にした場合、羊などの動物はコントロールに
難があるしな。いまの危険な時勢だと、この種の
『開墾した権利』の縄張り争いは、たやすく利権の
争いに変化してしまうのだ」
勇者「そうだな、それは予想がつくよ」
メイド長「でも、人間は土地を重視する、
って、まおー様はいってましたよね。
話し合いで解決するんですか?」
魔王「そこで魔族だ」
勇者「?」
魔王「魔族で村を攻める。
どうせたいした守備軍もいないだろう?
ちょっとした中隊規模で充分だ。
脅して適度に放火でもしてやる。
最悪の場合は主立ったものを殺すこともあるかもしれない」
勇者「……」
177 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 01:26:08.44 ID:AIDyRnsCP
魔王「村人が立ち退いたあとに、魔王軍は駆けつけた
騎士団と一戦して引き上げる。開拓民は戻ってくる
だろうが、それは領主の庇護下に入ってのことだろう。
その状況なら、農地の整理や、村と村との統廃合も
問題なく行くだろう」
勇者「……」
魔王「幻滅したか?」
メイド長「……まおー様」
魔王「むろん、手心は加える。そもそもこの手法は
王国側、少なくとも騎士団には内通者というか
こちら側の理解者が必要だ。
だがこの種の作戦には事故がつきものだ。
血が流れないと云うことはあり得ないだろう」
勇者「……」
魔王「だが、わたしは何かをすると決めたんだ。
このまま、血まみれの夢に似た消耗戦を100年繰り返し
取り返しのつかない停滞を過ごすつもりはない。
わたしは『終わった後の物語』が読みたいんだ」
178 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 01:31:23.17 ID:AIDyRnsCP
魔王「愛想が尽きたか?
魔王なんて嫌いになったか?
で、でもダメだぞっ。
勇者は私のものだから。
絶対に手放すつもりはないぞっ」
メイド長「……」
魔王「それとも、やっぱり魔王を退治するつもりになったか?
それならそれで仕方がないが……。
私は勇者のものだから
その剣を避けるなんて出来ないけど……」
勇者「それでも……」
魔王「……」
勇者「それでも、救われる人はいるんだろう?
この3年間の秘密休戦で救われる人はいるんだろう?
それにその4ローテーションの工夫が上手く行けば
毎年何万人もの飢えた子供たちが春を迎えられるんだろう?
――そして戦争を終わらせるための余裕が、
人間の手に戻ってくるんだろう?」
179 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 01:34:26.27 ID:AIDyRnsCP
魔王「そうだ」
勇者「なら俺はやっぱり魔王の剣だ」
メイド長「……」
勇者「俺は何をすればいい?
……まぁ、うっすらと判っちゃいるんだが」
魔王「予想通りだ。
勇者には『正義の味方』をやってもらう。
攻め込んだ魔王軍を撃退する、南部諸王国領主の
軍事的先鋒だ」
勇者「茶番だな」
魔王「うん。悪の首魁とこんな話をしているいま、
それは限りなく茶番だろう」
勇者「100回地獄へ行っても救われないな」
魔王「判るなんて云わない」
勇者「でも『その役が』いないと始まらないもんな」
240 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 14:42:09.44 ID:AIDyRnsCP
――冬越しの村
魔王「思ったより難航しそうだな」
勇者「ああ、そうだな」
メイド長「あんなに分からず屋だとは思いませんでした」
勇者「仕方ないさ。俺たちにとっては挑戦だけど
この村の人たちは、一年不作になっただけで人死が
出るんだ」
メイド長「それはそうですが……」
魔王「考えてみると、この地よりも魔界の方が
気候的には恵まれているな」
勇者「そういやそうだな」
メイド長「勇者様は魔界のあちこちに旅されたのですか?」
勇者「ああ、人間では一番の魔界通だと思うぞ」
メイド長「しかし、村長があの態度ですと
農業技術の改良ですか? 難しいのでは……」
魔王「うむ。……露骨に断ってくるわけでもないので
対処に困るな」
勇者「村長から見たら、魔王は貴族の令嬢に見えるんだ。
正面から反対はできないさ」
243 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 14:49:16.30 ID:AIDyRnsCP
メイド長「それならいっそ……」
魔王「却下」 メイド長「しかし、まおー様。目的のために手段は」
魔王「農地改革のために、細かい利権争いをする
領主や地主を取り除くのはやむを得ない。
生産性を上げるためには、必要なことだ。
でもそれは、農業技術が発展して集約農業が
可能になって初めて出来ることであって
その技術的な先行試験場で、指導者を
取り除くことには百害あって一理もない」
勇者「だよなぁ」
メイド長「困りましたね」
魔王「ん……。やはり教育程度がねっくなのか」
勇者「教育?」
メイド長「関係あるのですか?」
魔王「まぁ、いろいろとな。次の段階でと考えていたのだが
あちこちに手を入れなければ物事が進まないようだ」
245 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 14:54:32.24 ID:AIDyRnsCP
メイド長「何をするのです?」
魔王「考えても見ろ。私たちがこの村で生産性を
向上させても。それを他の村や王国にも伝えて
いかなければ、全体的な変化は望めない。
でも私たちが一カ所ずつ教えて回るのは
時間的に見ても経済的に見ても不可能だ」
勇者「道理だな」
魔王「だから、新しい技術を覚えて様々な国へ
伝えるため専門の人員、まぁ、部下でも同盟者でも
いいんだが、そういった人材も必要だ」
勇者「ふむ」
メイド長「それで、教育ですか」
魔王「ところで聞くが人間界の教育とはどうなってるんだ?」
勇者「そんなこと云われてもなぁ。そもそも教育って何だよ」
246 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 15:00:09.67 ID:AIDyRnsCP
メイド長「……」
魔王「えーあー」
勇者「いやだからさー。当たり前みたいに
難しい言葉を使われても」
魔王「つまり、知識を子供や年下の存在に伝えると云うことだ」
勇者「何だ、簡単な説明じゃないか。そんなのは
人間社会にだって当然あるよ。そもそも教えなきゃ
赤ちゃんは話せるようにだってならないだろう?
このあたりじゃ、まずは子供はじいさんか
ばあさんに預けられて、まとめて育てられるな。
両親は畑や狩に出かけるから、同年代の複数の家の
子供がまとめて面倒を見てもらう」
メイド長「効率的なんですね。お年寄りにも仕事が出来ます」
勇者「ある程度年甲斐ったら、農作業の手伝いをすることに
なるな。魔王みたいな理屈での話じゃないけれど、
いつ何処に何を作付けするかとか、天気の読み方だとか、
獣の避け方だとか、そう言う知識は数年も働けば自然と
身につくもんだ」
249 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 15:24:38.66 ID:AIDyRnsCP
勇者「それから、この地方の冬は深いんだ。
雪がどっさり降るし、冬には嵐がやってくることも多い。
この地方のこんな村では、冬の間は殆ど家の中に
閉じ込められるんだ。そんな間、農民たちは
細かい工芸品を作ったり、羊毛で衣類をこしらえたりする。
子供たちは長い冬の間、村の智慧者たちから
いくつものお話を教わる。英雄譚や王の話、神々の話だな。
あー、なんだ。魔族の話も出てくるぞ。
それから、ちょっと目端の利く若者や村長の子弟は
読み書きを習ったりもする」
魔王「ふむ」
勇者「都市部だとまた話が違うな。
都市部で教育と云えば、教会でのミサと家庭教師だ。
家庭教師ってのは、知ってるか?
えーっと、物語や読み書きや算術を教えてくれる
個人用の語り部みたいなものだ。
裕福な商家や貴族の家では両親が家庭教師を雇って、
自分の子供に様々な知識と技術を教えさせる」
メイド長「勇者様もその口ですか?」
勇者「まぁ、そうだな。とは云っても、俺の場合は
剣の教師とばっかりつるんで遊んでいたようなものだけど」
250 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 15:33:52.38 ID:AIDyRnsCP
勇者「どうだ? 教育ってこういう事の事じゃないのか」
魔王「いや、まさにそう言うことだ」
勇者「人間社会のことも任せておけっ」
魔王「まぁ、で、その人間社会の教育は未開なので」
勇者「未開っ!?」
魔王「む。表現が悪かった。『発展の過程における
初期的な未発達の状態』だな」
勇者「同じじゃねぇか」
魔王「からかっただけだ」
勇者「くぅ」
魔王「だが、自然な教育だよ。無理がない」
勇者「……」
魔王「とはいえ、こちらは不自然な発展を望んでいるから
不自然で気合いの入った教育をしなければならない。
……だがなぁ、教育って云うのは金がかかるんだ」
勇者「金かぁ。俺勇者だし、勇者の装備を売れば
そこそこ金にならないか?」
252 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 15:40:23.28 ID:AIDyRnsCP
メイド長「えーっと、勇者の剣と勇者の盾、
勇者の鎧ですか……38万Gくらいにはなりますね」
勇者「なっ? すげーだろ?」
メイド長「どれくらい必要なのですか」
魔王「むぅ。そうだなぁ、今年度の予算計画は
流動的でいくつかのパターンを考えているのだが
切り詰めた案で5600万G程度かな」
勇者「お、おれの……勇者の……装備が……」
メイド長「落ち込まないでください。勇者様」なでなで
魔王「メイド長。それ以上の接触は禁止だ」
メイド長「はい、まおー様♪」
魔王「なかなかに難儀な話だなぁ」
勇者「まったくだな」
メイド長「まぁ、そろそろ冬になりますし、
どちらにせよ本格的な農業実験は春からでしょう?
この冬を使ってゆっくり手を打てばいいですよ」
254 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 15:43:06.05 ID:AIDyRnsCP
魔王「そうは云っても」
勇者「気は焦るよな。3年しかないし」
メイド長「まぁまぁ、今日は豚肉とカブのシチューを
作ってあるんですよ」
魔王「旨そうだな」
勇者「ああ、考えてても仕方ないか」
メイド長「では、調理の仕上げがありますので
わたしはこれで。夕食はあと1時間ほどです。
お呼びに上がりますので、暖炉にでも当たっていて
くださいね」
魔王「ああ、頼んだぞ」
ぱたり
勇者「……ふぅー」
魔王「疲れたか? 勇者」
勇者「んー。身体は何も疲れてないんだけどな。
普段考えないようなことを考えて、頭が疲れたよ」
魔王「ふふふ。そうだろうな」
256 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 15:46:39.50 ID:AIDyRnsCP
魔王「なぁ、勇者」
勇者「ん?」
魔王「暖炉が暖かいぞ?」
勇者「おう。暖かいな。この地方の寒さも、暖炉の前だと
多少許せるよな」
魔王「なぁ、勇者」
勇者「ん?」
魔王「そのぅ、良かったらなのだが。隣に来ないか?」
勇者「なんで?」
魔王「この角度が、暖炉が暖かくて気持ちよいのだ」
勇者「そなのか?」
魔王「そうなのだ。ほら、特等席だぞ」
勇者「ん。ほんとだ。あったけー」
魔王「どうだ?」
勇者「自慢そうな顔するなよ、魔王」
魔王「む。……まぁ、たしかに暖炉が暖かいのは
私の手柄ではないがな」
257 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 15:50:45.68 ID:AIDyRnsCP
魔王「……」
勇者「……」
魔王「勇者?」ぺ、ぺとっ
勇者「ん?」
魔王「さ、触って良いか?」
勇者「別に良いけど」
魔王「変な意味はないぞ。勇者の髪は暗い色だから
ちょっと触れてみたくてな。ああ、つんつんしてるな」
勇者「ご先祖様にサムラーイがいたんだ」
魔王「なんだそれは?」
勇者「東方の戦士だよ。鎧も兜も真っ二つにする技が
使えたんだとさ」
魔王「そうか、勇猛な戦士殿だったんだな」
勇者「一族全員戦いの家系なんだ」
魔王「そうか? それ以外にだって、
勇者には素晴らしくて良いところが沢山だぞ?」
259 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 15:54:50.43 ID:AIDyRnsCP
勇者「そうかなー」
魔王「そうだぞ、たとえば、私が側にいても怯えないとか」
勇者「魔王はひ弱だし、女の人じゃん。運動不足だし」
魔王「でも魔王だからな」
勇者「そう言うものかな」
魔王「そう言うものなんだ」
勇者「なんだかしおらしいな」
魔王「さ、作戦なのだ」
勇者「?」
魔王「これから勇者相手に交渉をだな、するのだ」
勇者「何の?」
魔王「それを云っては交渉にならんではないか」
勇者「云わないで伝わるものか」
魔王「事は微妙を要する問題なのだ。出来るだけ誤解を
受けないようにきちんと説明をしたい」
勇者「話してみれば?」
261 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 15:58:09.56 ID:AIDyRnsCP
魔王「つまり、外は寒いだろう? 冬の嵐到来だ。
そしてここは暖かくて居心地がよい。
じきに夕食のお迎えが来るまでは二人は暇で、
さしあたってやることがないだろう?
もちろん今後やるべき課題は山積みでそれらに対して
考察を加えるという任務が巨大にそびえ立っているわけだが、
勇者は現在頭が疲れているという状況にあり、
効率的な作業は望めないわけだ」
勇者「あー」
魔王「もちろんこれはわたしの方で考えた草案というのも
愚かな一私案に過ぎないわけだが勇者の現在の疲労状況を
鑑みるにこのような俗説民間信仰の類も一概にその効能を
否定するわけにも行かないのではないかと思えるのだ時に
戦士はそのような蜜園で疲れを癒すと古書にもある勇者は
そのような爛れた習慣はないというかも知れないが」
勇者「で、なにをどーしたいんだ?」
魔王「勇者に膝枕してみたい」
勇者「よしきた」ぼふんっ
魔王「あっ。あわっ。勇者……」
勇者「俺は魔王のものなんだ。遠慮は無用だぜ」
265 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 16:03:32.95 ID:AIDyRnsCP
魔王「勇者」
勇者「んぅ……」
魔王「勇者の頭、もふもふしてるぞ」
勇者「遊ぶなよ」
魔王「撫でているだけだ」
勇者「魔王も良い匂いだぞ?」
魔王「毎日ちゃんと湯浴みしてるからな」
勇者「真面目だな」
魔王「うむ、真面目なのだ。
勇者のモノになって以来メイド長が容赦なくてな。
以前は研究続きで一週間着替えないなんて事も
少なくなかったんだが」
勇者「魔王は太ももすべすべだな」
魔王「そ、そうか? 太くないか?」
勇者「寝心地良いぞ」
魔王「そうか。救われる。勇者は本当に
寛大な心の持ち主だな」
勇者「あーえーうー。……えろ欲求の持ち主ではあるんだが」
魔王「?」
272 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 16:12:30.35 ID:AIDyRnsCP
魔王「その、勇者」
勇者「なんだー?」
魔王「さっきの、遠慮は無用というの」
勇者「?」
魔王「あれは本当か?」
勇者「うん、そうだぞ」
魔王「そ、そうなのか」おろおろ
勇者「……どした?」
魔王「う、うむ」
勇者「押し黙るなよ。怖いから」
魔王「私も自分がちょっぴり怖いぞ」
勇者「はぁ?」
魔王「いや、怯えてなどいられるか。
『まだ見ぬものを求める』。
それが私の生涯のテーマだったではないかっ」
勇者「??」
魔王「その、勇者……」じぃっ
勇者「何だよ、気軽に云えばいいぞ」
ガ タ ン ッ
275 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 16:24:44.37 ID:AIDyRnsCP
魔王「何だ、あの音は」
勇者「裏手? ……納屋かっ?」
ダダダッ
魔王「えいこれ! 待てと云うのだ!」
――納屋
勇者「ここかっ!」
魔王「真っ暗ではないか」
???「……。……」
勇者(人の気配?)
魔王「しばし待て、明かりの呪文を……」ぽわっ
姉 がたがたがた
妹 ぶるぶるぶるぶる
勇者「……なんだ? 子供だぞ」
魔王「どうしたのだ? 殆ど下着ではないか」
279 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 16:29:26.13 ID:AIDyRnsCP
メイド長「あらあら、まぁまぁ」
魔王「メイド長」
メイド長「また迷い込んできたのですね」
魔王「こやつらは何なのじゃ?」
メイド長「逃亡奴隷ですわ。この館は長い間無人でした。
無人の割には廃墟ではありませんでしたし、
周辺の村とは違う系統の権力に属していますからね。
そう言う場所は逃げ込む先として使われてしまうんですよ」
勇者「奴隷?」
メイド長「ええ、そうですよ」
勇者「奴隷なんて、そんなのどこから来るんだよ」いらっ
メイド長「そこら中にいるではないですか?
ここらにいる人間はその殆どが奴隷でしょう?」
勇者「ちがうっ。奴隷なんかじゃないっ!」
メイド長「あら。私の見当違いなのでしょうか」
勇者「奴隷制は野蛮だ。俺たちは許していない」
メイド長「そんなことをおっしゃられても」
282 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 16:33:04.54 ID:AIDyRnsCP
魔王「この者たちは、農奴なのだな」
勇者「農奴……?」
メイド長「やっぱり奴隷ではないですか」
魔王「農奴と奴隷は違う」
勇者「ほらみろ。この南部諸王国に奴隷はいないんだ」
メイド長「そうでしょうか?」
魔王「農奴は奴隷とは違い、個人財産が認められている。
家も持てるし、農機具も自前のものがもてる。
家族と一緒に暮らすことも出来るんだ」
勇者「まぁ、当たり前だな」
姉 がたがたがた
妹 ぶるぶるぶるぶる
魔王「その一方で、職業選択や移動の自由はない。
主に荘園……地主の農地で、農作業を行なうための
労働力として、選択の自由無く働かされる存在だ」
勇者「……」
メイド長「……奴隷とは違うのですねぇ。へぇ〜」ふんっ
283 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 16:38:20.18 ID:AIDyRnsCP
勇者「……」ぎりっ
魔王「メイド長、それ以上は云うな。奴隷制は悲劇的かも
しれないが社会制度の中で経済的にも意味があったのは
事実なのだ」
メイド長「そうでしょうか?」
魔王「メイド長っ」
メイド長「……差し出口を。申し訳ありません」
魔王「……」
勇者「……」
妹 ぶるぶるぶるぶる
姉「あ、あのぅ……。あ、あさにはでてゆきますっ。
ごめ、ごめいわく……かけませんから…っ…
どうか、ひとばんだけ」
メイド長「……」
魔王「メイド長。初めてではないのだろう?
いままではどのように対処していたのだ?」
285 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 16:42:32.64 ID:AIDyRnsCP
メイド長「逃亡奴隷……農奴でしたか。それは重罪です。
付近の有力者との関係も悪くなります。
すぐさま通報して引き取りに来てもらっていました」
魔王「そうか」
勇者「……」
メイド長「勇者様、ご気分が優れないようですが?」
勇者「……厳しすぎないか?」
メイド長「自分の運命をつかめない存在は虫です。
私は虫が嫌いです。羽をもがれたようで見るに堪えません」
魔王「……っ」
勇者「あのなぁ!」
メイド長「大事の前の小事ではありませんか?
このような些末時で付近の有力者の方々の
心証を悪くされても益のないことだと思いますが」
魔王「そう……だな……」
勇者「魔王……」
メイド長「では」
魔王「いや、連絡は明日の朝まで待つ。
湯を沸かせ。もう少しましな衣服もあるだろう。
反論は抜きだ。今回はそうする。もう、決めた」
286 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 16:47:50.29 ID:AIDyRnsCP
――小さな部屋
魔王「あー。なんだ」
勇者「……歯切れ悪いな」
魔王「私は魔王であり経済屋だ。こういうのは苦手なんだ」
勇者「俺だって勇者で剣士なんだ。苦手だ」
姉「あの、ありがとうございます」
妹 おどおど
勇者「おう、気にしないで良いぞ」
姉「こんなりっぱなふく、はじめてです」
妹 こくり
勇者「そか? なんだかこの屋敷に残されてた古着だけど」
魔王「あー。腹はくちくなったか? 寝床は平気か?」
姉「はい。わらはふかふかで、
あたたかくて、きれいなへやです」
勇者「こんな小汚い部屋でもか……」
魔王「そう言う境遇なのだろう」
289 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 16:57:08.31 ID:AIDyRnsCP
姉「その、こんなによくしてもらったのですけど」
姉「あしたの、あさには、その……」
魔王「それは……」
勇者「……」
姉「おねがいです、つうほうしないでください。
いえ、そうじゃなくて」
妹 じわぁ
姉「にげますから。ほんのすこしだけ。よあけから
すこしのあいだだけ、まってください」
ガチャリ
メイド長「何を言ってるんですか。ろくな靴もない。
服も最低限。お金も道具も何もない。
街へ行って乞食でもやるつもりですか?」
妹「あ、あぅぅぅ」
勇者「どうにか……。どうにかなんないのか?」
291 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 17:02:44.67 ID:AIDyRnsCP
メイド長「なりません。奴隷の生活は惨めですよ。
何も出来ない。何の希望もない。
自分自身の罪でそう居続けるしかできないと
自分で自分に言い聞かせながら生きてゆくのです。
この世の地獄かも知れませんね。
でもね」
姉「……」
メイド長「やっていることはメイドと代わりはありませんよ。
主人の意を受けて、主人の言葉なら何でもしたがう。
主人の夢を叶えるため、そのために命を捧げる。
奴隷とたいした違いは有りはしません」
魔王「メイド長。私はお前を奴隷だなどと思ったことは
有りはしないぞ」
メイド長「ええ、まおー様。
私もそのような扱い、まおー様より受けた覚えはありません。
でもだからより一層、正視に耐えません。
私と同じ仕事をしながら、
自らの手に運命をつかむことの出来ない
その弱さは、灼かれて死んで償うべきかと思います」
妹「ちがうよっ!! ちがうもんっ!」
292 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 17:07:38.70 ID:AIDyRnsCP
妹「ちがうよっ、めがねのおねえちゃんはいじわるなのっ。
わたしたちはちゃんとにげてきたもんっ。
なにもできないわけじゃないもんっ。
みやこにいって、ふたりで、くらすんだもんっ」
勇者「……それは」
メイド長「何を夢物語を」
妹「でも、やるんだもんっ」
メイド長「百歩譲ってその熱意を努力と呼んでも
良いでしょう。しかし、それをなすに当たって
他者の家に忍び込み、あまつさえその厚意にすがり。
そればかりか寝床と食事を与えてくれた
その他者の立場を逃亡によってさらに悪くする。
そのような方法を是とする。
それがあなたたち農奴のやりようですか?」
妹「だって、だってぇ!」
メイド長「もう一度云います。
自分の運命をつかめない存在は虫です。
私は虫が嫌いです。大嫌いです。
虫で居続けることに甘んじる人を人間だとは思いません」
姉「……」
294 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 17:13:49.12 ID:AIDyRnsCP
メイド長「判りましたか?」
姉「はい……」
メイド長「謝罪を」
姉「このやかたのみなさま……きぞくさまには
ご、ごめいわくを、かけました。ごめんなさい」
メイド長「よろしい」
姉「……」
妹「ひっく……う。うううぅ」
メイド長「……」 じぃっ
姉「……」
メイド長「……それだけですか?」
妹「やぁ……。もどるの、やだよぅ……こわいよぉ」
姉「……いもうと、しずかにして」
297 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 17:17:39.30 ID:AIDyRnsCP
メイド長「……」
姉「わたしたちを、ニンゲンにしてください。
わたしは、あなたがうんめい、だと――おもいます」
メイド長「頭を下げる時は
そのように這いつくばってはいけません。
せっかくスカートをはいているのですから
指先で軽くつまみ、ドレープを美しく見せながら
優雅に一礼するのです」
姉 ぺ、ぺこり
メイド長「……魔王様。この館は魔王城に比べれば
掘っ立て小屋も同然ですが私1人ではいささか手が
足りません。メイドを雇ってもよろしいでしょうか?」
勇者「いいのかっ? メイド長。あんなに嫌いだって
いってたのに。許してくれるのかっ?」
メイド長「嫌いなのは虫です。メイドを嫌う人は
この世界に存在しません。たとえそのメイドが
新人であってもです」
魔王「許す。鍛えてやってくれ」
302 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 17:27:33.55 ID:AIDyRnsCP
――雪の森の中
メイド妹「ゆーしゃーさまー。ゆーしゃーさまー」
メイド妹「ゆーしゃーさまーはどこですかー。
おいしーパンを、おとどけですよ」
ヒュンッ!
勇者「おう、お使いお疲れ」
メイド妹「わっ。どこにいたの?」
勇者「転移魔法だよ。声、森の中に響いてたぞ」
メイド妹「へへーん♪」
勇者「まぁ、この辺はすっかり安全になったから
平気だろうけどな。不用心なヤツだ」
メイド妹「ゆーしゃさまに、おとどけものです」
勇者「お!」
メイド妹「おひるごはんですー! クルミのパンと、
タマネギとベーコンのオムレツですー」
勇者「旨そうだな」
メイド妹「おねーちゃんがつくりましたっ」
勇者「順調に仕事覚えてるな。感心感心」
306 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 17:33:55.68 ID:AIDyRnsCP
メイド妹「おいしい?」
勇者「美味いぞ! 温かい紅茶がまた泣かせるな。
走ってきたんだろう?」
メイド妹「うんっ」
勇者「一口飲め?」
メイド妹「うんっ!」
勇者「昼間とは云え、屋外作業は辛いなぁ。
なんかこー滅入るよ、まったく」
メイド妹「あ、そだ。とうしゅのおねーちゃんから
でんごんがあった」
勇者「何だ、先に云えよ」
メイド妹「『きょうは、いのしし6とうがのるまだ。
くまならいのしし2とうぶんにかぞえても、よい。
それから、かわのじょうりゅうをみてきてくれ。
はんらんしそうなばしょがあれば、
まほうでこわすか、なおしてくれ』」
勇者「人使い粗いな」
307 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 17:39:27.05 ID:AIDyRnsCP
勇者「そういや、学校はどうした?」
メイド妹「ごごは、からだのたんれん」
勇者「お前は鍛錬良いのか?」
メイド妹「まだ、せいとすくないから。
おなじ年のこ、いないの。ゆうしゃさまに
ごはんをとどけるのが、ごごのうんどうー」
勇者「お。『年』っておぼえたのか」
メイド妹「とーしゅのおねーちゃんが、
もじおしえてくれるんだよ」
勇者「忙しいクセにまめだな、魔王」
メイド妹「あと、さんすー」
勇者「算数か」
メイド妹「うまくやると、儲けでうはうは」
勇者「あの経済屋め。『儲け』だけは書けるのか」
メイド妹「損益分岐点、もかけるよ?」
310 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 17:43:22.75 ID:AIDyRnsCP
勇者「あと、2匹か、イノシシ換算で」
メイド妹「なべー!」
勇者「突然どうした」
メイド妹「いのなべ?」
勇者「ああ、あれは美味いな!」
メイド妹「いのなべにしよー!」
勇者「お前は食い気ばっかりだな」
メイド妹「ゆーしゃさまが、ごはんとってきてくれる」にこっ
勇者「……ああ、そうだな」
メイド妹「ごはんいっぱいは、とても幸せだよ」
勇者「そだな」
メイド妹「けんかないもん。
そんちょーのあとつぎさまにぺとぺととしなくていいの。
まいにちあったかい。おふとんほかほか。
ふくがきれい。おねーちゃんとふたりで
ずっといっしょにいられる。それは幸せ」
勇者「……」
メイド妹「どうしたの?」
312 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 17:47:21.28 ID:AIDyRnsCP
勇者「いや、勇者って相当に役に立たないなと思って」
メイド妹「?」
勇者「知識があるわけでもなければ、
金勘定が出来るわけでもない。農業も動物の世話も
出来ないし、先生は……出来るって云っても剣くらいだ。
こうなってみるとつくづく思い知る。
俺、口先ばっかり平和とか云ってたけれど
平和ってどういうモノなのか、どうすれば平和になるのか
平和になったらどうすればいいのかなんて
ちっとも考えてなかったよ」
メイド妹「むずかしーね」
勇者「難しいな」
メイド妹「いのししべーこん、おいしいよ?」
勇者「あれ、好きなのか?」
メイド妹 こくん
勇者「気に入ったのか?」
メイド妹 うんうん
勇者「じゃ、勇者のお兄ちゃんとしては、もうちょい
イノシシやっつけて、減らしてくるかね〜」
316 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 18:05:28.67 ID:AIDyRnsCP
――館の広間、授業中
魔王「……以上が南部諸王国の現在の経済状態から
導かれる戦争の最大規模となる」
貴族子弟「……」めもめも
商人子弟「……えっとえっと」
軍人子弟「……」
魔王「私は専門ではないが、古来軍隊が壊滅すると
されている損耗率は」
軍人子弟「……最後の一兵まで戦い抜くでござる」
魔王「おおよそ30%と言われている。3割だな。
ゆえに、この常備軍および恒常的な傭兵戦力によって
戦線維持は難しく、散発的な会戦と拠点防衛が
現在魔王軍との戦闘の要旨となる」
魔王「ここまでで質問は?」
メイド姉「聖鍵遠征軍はどうでしょう?」
魔王「うむ、あれは例外だな」
317 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 18:17:58.51 ID:AIDyRnsCP
魔王「聖鍵遠征軍について知っているところを述べよ」
貴族子弟「あっ。はい。聖鍵遠征軍は中央大陸の
危機会議によって結成された、聖なる遠征軍です。
目的は邪悪なる魔族を殲滅しこの戦争を終結させること。
この15年の間に2回おこなわれました。
南の極点にある魔界門から魔界へと侵攻して
魔族の重要都市二つを破壊、魔王の都まで
迫りましたが、神のご加護虚しく魔王の卑劣な
補給線破壊行為により撤退を余儀なくされました」
魔王「おお。ほぼ満点だな。
――このような遠征軍は巨大な兵力を背景にして
行なわれる。まず第一に必要なのは世界規模での
戦争終結への熱意だ。ただ一度の大遠征で終戦が
成し遂げられるのならば犠牲を払う価値があると
世界中の人間が望んでこそ、その戦いに身を
投じる参加者が生まれるわけだな」
魔王「もう一つは経済的バックアップだ。
本講の授業で何度でも扱うが、経済の支援無くして
社会も戦争行為も成り立たない。人間は食べなければ
飢えて死ぬ生き物なのだ」
321 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 18:21:39.10 ID:AIDyRnsCP
貴族子弟「時には金や食料よりも重要なことがある」だむんっ
軍人子弟「算盤をはじいて戦など出来ないでござる。先生」
商人子弟「……そうでしょうか」
軍人子弟「飢えだなんて精神的な弱者の言い訳だ」
貴族子弟「そもそも領主が保護している人民に
飢えなどは存在しないじゃないですか」
メイド姉「飢えたことがないんですね」
魔王「……次は、南氷海。すなわち南部諸王国と
極点である、魔王の大陸を取り巻く海についてだ。
この海は軍事的、経済的な意味で非常に大きな意味を
もっている。現在魔王軍との戦いのおよそ25%が
海を舞台に行なわれており……」
ちりーん、ちりーん、ちりーん
メイド長「お嬢様、授業終了のお時間です」
魔王「もうそんな時間か。では、本日はこれで終える。
明日はこの続きだ。それから、剣士様が明日の午後は
手ほどきに来るそうだぞ」
軍人子弟「まっておったでござる」
貴族子弟「明日はあたりだな」
魔王「では、解散。わたしは長老の家に移動して
夜間の農業講座をしなければならないのでな」
323 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 18:36:03.83 ID:AIDyRnsCP
――館の廊下
勇者「よっ。お疲れ」
魔王「疲れた」
勇者「疲れた顔してるよ」
魔王「なぜ私は教育などと言い出したんだろう。
人間の子供の相手をするのがあんなにも疲れるとは
思わなかった。あれではまるで動物ではないか。
理非も交渉も通じない」
勇者「あー」
魔王「なぜあの者たちはあんなにもプライドが高いのだ」
勇者「貴族や軍人や富裕層だからじゃないか?」
魔王「いっそ蛙に変えてしまうか」
勇者「冗談に聞こえないぞ」
魔王「冗談ではない」
勇者「止めておけ」
魔王「そうか」しょぼん
勇者「村長の家に向かうんだろう? 付き合うよ」
332 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 18:43:21.00 ID:AIDyRnsCP
魔王「む。寒いな」
勇者「雪が降ってないだけましだ」
魔王「寒いぞ、勇者」
勇者「俺はその中で一日中イノシシを追っかけてたんだぞ?
魔王は家の中にいたんだから文句言うな」
魔王「ちがう。寒いのだ」
勇者「……」
魔王「……だめか?」
勇者「わかった、ほら」ばふっ「これであったかいか?」
魔王「うん、あったかい」
勇者「ご機嫌か」
魔王「ふふん。悪くはない」
勇者「偉そうだな」
魔王「勇者を手に入れて本当に良かった」すりっ
勇者「あー。こほん」
魔王「?」
勇者「おたがいな」
334 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 18:50:56.62 ID:AIDyRnsCP
魔王「まぁ、なんとか動き出したのだから
文句を付けるのもおかしいのだろうな」
勇者「まぁなぁ」
魔王「悲しいほどに権威が物を言うのだな。
貴族の子弟を受け入れて、箔がついたら農民も
学んでも良いと言い出すのか。新しい農法も
この春からそれなりの規模で実験開始だそうだ」
勇者「結果が出るのに、時間はかかるだろうな」
魔王「いや、来年からにでも結果は出す」
勇者「出来るのか?」
魔王「秘密兵器を手に入れたからな」
勇者「なんだそれは」
魔王 ごそごそ 「これだ」
勇者「なんだその固まりは?」
魔王「これは馬鈴薯という。作物だ」
勇者「??」
魔王「植物なんだ。こうやって掘り出しているが、
この丸い部分は土中に出来る」
339 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 18:54:44.77 ID:AIDyRnsCP
勇者「ふぅん……」
魔王「これはなかなか美味で栄養価の高い食物なのだ。
そのうえ、このような食用部分が地下に出来るために、
鳥害を受けにくい。また、痩せた土地や寒冷地、
固い地面でも成長できるという優れものだ。
そのうえ、土地あたりの収穫量は、ざっと計算した
ところ小麦の3倍に当たる」
勇者「まじかよっ!?」
魔王「ああ、大まじめだ」
勇者「神の食べ物か!?」
魔王「いいや、魔界の食べ物だ」
勇者「……」
魔王「異文化、異文明の接触というのは、
このように大いなる恩恵を生むことがあるんだ。
たとえ不幸な形の接触であっても、接触は接触だ」
勇者「複雑だなぁ」
341 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 18:59:48.00 ID:AIDyRnsCP
魔王「もっともこの馬鈴薯にだって弱点がない訳じゃない」
勇者「なにがあるんだ?」
魔王「まず、毒性がある」
勇者「ダメじゃん!」
魔王「いや、強い毒ではないし、毒性が発生するのは、
日光に当たって発芽しかけたものだけだ。
収穫や保存においてきちんと管理すれば問題ない。
むしろ冷暗所で保存すれば一年程度は持つはずだ」
勇者「ふむ……」
魔王「また、連作障害がある。この馬鈴薯という植物は
条件さえ合えば、年に3回程度収穫できるのだが」
勇者「聞くだにすごいな。さすが魔界の植物だ」
魔王「ああ。だが、その分土中の栄養素、つまり
いわゆる『大地の恵み』を多く消費してしまうんだ。
必要な種類の恵だけ使ってしまうから、おなじ場所で
作り続けると出来が悪くなって、病気にもかかりやすくなる」
勇者「ふむふむ」
344 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 19:06:00.60 ID:AIDyRnsCP
魔王「もうちょっと」
勇者「へ?」
魔王「もうちょっとくつくのだ。隙間があると寒い」
勇者「う、うん……。あー。くっつくとこっちが
いろいろもにょもにょなんだけど」
魔王「……わたしの身体は気持ち悪いか?」
勇者「いやいや、そうじゃないんですが」
魔王「まぁ、とにかく。この食物も、寒冷地の
飢饉対策に役立つはずなんだ。毒性の部分は
気をつけていればさほど大きな問題にはならない。
どちらかというと、連作障害の方が問題だろうな」
勇者「俺の理性の方にも問題が」
魔王「大地の恵みは時間がたてば回復するが
それに対してこちら側からも働きかけを行なう方法を
確立しないと、一カ所に留まって生産量を上げることは
限界があるだろうな」
勇者「大地の神に祈祷でもするのか?」
346 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 19:10:57.82 ID:AIDyRnsCP
魔王「そうだな。祈祷の一種だ」
勇者「無神論者じゃないのか? 魔王は」
魔王「私が無神論だろうと何だろうと、
利用できるものは隙無く隈無く躊躇無く
利用したおすのが経済屋というものだ」
勇者「ある種の悪魔だな、こいつ」
魔王「大地そのものに、契約の証として捧げ物をするんだ。
この種の捧げ物は人間社会でも、経験的に行なわれている。
焼いた食物や動物の遺骸、動物の糞尿や、食べかすなどだ」
勇者「ふむ。なんか捧げ物ってイメージじゃないけど」
魔王「期待しているのは南氷海の魚なんだがな」
勇者「なぜ?」
魔王「捧げ物には魚が良いんだよ」
勇者「買ってきてやろうか? 転移呪文でひとっ飛びだぞ」
魔王「ありがたいが、持って帰れる量ではないと思う。
畑一つに月50匹。それも毎年だと云ったら驚くか?」
350 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 19:17:55.33 ID:AIDyRnsCP
勇者「うっわ、そりゃ」
魔王「無理だろう?」
勇者「うん」
魔王「だが、それも問題が大きくてな」
勇者「なんだ? 南氷海に問題でもあるのか?」
魔王「ああ。二つある。
一つは、勇者も知ってると思うが南氷将軍だ」
勇者「……あの親父か」
魔王「ああ、あの男、魔族の中でも強硬派だからな。
魔王の私が伏せっているこの時期でも略奪行為を
続けていると聞いている。銀鱗族、飛魚族、鉄亀族、
巨大烏賊族、歌姫族を率いる、魔族でも指折りの
実力者だ……」
勇者「何度か戦りあったことがある。
ばかでかい図体で、すげー銛さばきだった」
魔王「南氷海で活動するからにはどうあっても
利害が衝突するだろうな」
355 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 19:27:04.00 ID:AIDyRnsCP
魔王「もう一つが『同盟』だ」
勇者「なんだそりゃ」
魔王「この話は、もうちょっと伏せておこうかと
思ってたんだがな。良い機会だから説明しておこう」
勇者「うん」
魔王「正式には『南部独立都市および自由商人による
経済同盟』と呼ぶ。まぁ、いまでは『同盟』で
何処でも通じるな」
勇者「聞いた覚えはあるけど、それって有名なのか?」
魔王「名前だけは有名だが、実体をする人間は
多くはないな。特に商人でない人間にとっては
意味が薄い」
勇者「つまり、商人の寄り合い所帯だろう?」
魔王「まぁ、そうだ。
50年ほど前に南部諸王国中心の街にうまれた団体だ。
交易商人による団体で、団体構成員の交易特権を
守るために生まれたのが発祥の契機だな」
357 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 19:32:55.13 ID:AIDyRnsCP
勇者「交易特権?」
魔王「ああ。ある街から別の街に物資を持っていくと
当然のように、許可が下りたり、降りなかったりするだろう」
勇者「あるな」
魔王「商人たちはその『許可』を求めるし
手に入れれば守りたがったんだ。
当たり前だな、その免許のあるなしで、
商売が出来るかどうかが決まる。死活問題だ」
勇者「ふむふむ」
魔王「時代が下ると、税の機構が整備されて、
おなじ許可でも税が重かったり軽かったりするようになった。
こうして王族や貴族は税を通じて経済に接触できるんだ。
しかしそれは逆に、経済の輩、つまり商人が
貴族や王族といった支配階級に接触することをも意味する」
勇者「うへぇ、なんだか難しい話だ」
魔王「『同盟』はそういった商人の作った組織の中でも
最大のものだよ。その規模は想像を絶する」
勇者「へー? どれくらいなんだ? 千人くらいいるのか?」
359 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 19:38:05.19 ID:AIDyRnsCP
魔王「この場合、人数は問題じゃないんだ」
勇者「そうなのか?」
魔王「経済的な組織だからな。動かせる富の量や
流通に介入する能力が彼らの武器だ。人数じゃない」
勇者「理屈で云えばそうなるのか。
……で、どれくらいなんだ?」
魔王「その商業範囲は、南部を中心にしてではあるが
この中央大陸全土に及ぶ。
主要な都市に『同盟』の出張機関がない場所はなく、
『同盟』の支店がある場所こそがすなわち主要都市だ。
『同盟』の総資産は誰にも判らないけれど、
いくつかの歴史的な介入から私が試算する限り
その総額は天文学的な規模にあがる」
勇者「……」
魔王「少なく見積もっても、南部諸王国全部を
5回売り買いしてもおつりが来ることは確かだ」
勇者「!?」
362 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 19:42:11.51 ID:AIDyRnsCP
魔王「そう言う組織なんだ」
勇者「なんだそりゃ!?」
魔王「こと、この南部地方に限って云えば、都市間の
小麦の流通のおおよそ60%に同盟の息がかかっている。
その気になれば、領主も王の首もすげ替えられる力を
『同盟』はもっていることになるな」
勇者「化物かよ」
魔王「まごうことなき化物だ。
人間の生活は化物の背に乗って行なわれている」
勇者「俺、そのなんとか同盟ってのに頼まれて
何回か戦意高揚演説したことがあるぞ」
魔王「そうなのか?」
勇者「ああ。魔族を倒しに立ち上がろう、えいえいおー!
みたいなやつ。そのあとひらひらしたドレスの
姉ちゃんが出てきて、攻城塔の上でうたってたぞ。
キラッ☆とかいって」
魔王「プロパガンダだな。数百万Gは儲けただろう」
勇者「おれには謝礼15Gだったんだぞっ!?」
368 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 19:47:46.85 ID:AIDyRnsCP
勇者「うううう。俺は、俺ってヤツは……」
魔王「そんなに落ち込むな、勇者」
勇者「俺はそんなヤツらに騙されて……」
魔王「経済は君の専門じゃない。無理もないさ」
勇者「俺はそのお姉ちゃんに『憧れてますっ!』
なんてキラキラ瞳で云われたせいで
それだけで胸がいっぱいになって
魔界へ飛び出しちゃうし」
魔王「……」
勇者「帰ってきたら祝勝パレードで
良い感じのパーティーに招待しますからとか
依頼してきた青年に言われちゃったりして、
モテますねとか肘でつつかれて舞い上がったり……。
いま考えるとあの青年も商人だったんだなぁ」
魔王「……」
勇者「うううう。俺はダメ勇者だ」
魔王「ふんっ。きつい教育が必要だな」
371 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 19:55:05.85 ID:AIDyRnsCP
勇者「つまり、敵だな」
魔王「あ−。物騒なことを云うな」
勇者「いいや、敵だ。最上級撃魔封殺雷撃魔法で仕留める」
魔王「都市攻略術式を個人相手に使おうと考えるな」
勇者「だって騙したんだぞ」しくしく
魔王「子供か、君は。
……そもそも『同盟』には意志なんてないんだ。
金儲けをするための商人が寄り集まって、
知恵を出し合い、自分たちの身を守り成長することだけを
願った組織。もはや肥大してしまって個人の思惑なんて
欠片も差し挟めないほどに成立してしまった
『概念』に近い存在なんだ。
仮に勇者がだまされたとしても向こうに騙すつもり
なんて無かったし、逆に言えば復讐したって
痛みなんて感じる機能はない」
勇者「くぁ、余計むかつく」
魔王「敵でも味方でもない。獣みたいなモノなんだ」
勇者「……」
魔王(それでも、あるいは……)
372 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 19:59:02.75 ID:AIDyRnsCP
勇者「むー。知らないことばっかりだ」
魔王「ぼやくな」
勇者「まぁ、いいけどさ。戦ってばかりいる時よりも
前に進んでいる気がするから」
魔王「……ずっと側にいる」
勇者「うん。俺もだ」
魔王「あー。あー」あせっ
勇者「なんだ?」
魔王「ほら、もう村長の家だ。きょ、今日は
クローバーによる土中の恵みの結晶化について話すのだっ」
勇者「そ、そか」
魔王「……その」
勇者「うん」
魔王「4時間ほどで、帰るから」
勇者「わかった」
魔王「い、いってくるからな」ぎゅっ
勇者「おう! 行ってこい!」ぎゅっ
419 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 22:46:44.67 ID:AIDyRnsCP
――湖の国、首都郊外
しゅんっ!
勇者「……いいぞ」きょろきょろ
魔王「む。便利なものだな、転移魔法というものは」
勇者「魔王だって使えるだろう?」
魔王「いや、個人長距離移動性能と、目的地の選択の
関係でここまでの汎用性はない」
勇者「そうなのか」
魔王「術式が違うのだ。機会があれば研究したいが」
勇者「まぁ、いまは目的が先か」
魔王「うん。どこだ?」
勇者「あの丘の向こうだ。念のために顔は隠してな」
魔王「心得た。淑女の服に比べれば、変装の方が
ずっと着心地が良いぞ」
勇者「あれはあれでよい物なんだがなぁ」
422 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 22:53:25.47 ID:AIDyRnsCP
ざっざっ
魔王「あれか?」
勇者「ああ、あの石造りの建物が、このあたりの
修道会を束ねる修道院だ」
魔王「宗教ばかりは私たちには判りづらいな」
勇者「俺だって説明しにくいよ。専門家じゃないんだし。
まぁ、でも『同盟』が化物だとすると
『教会』だって同じくらい化物だって事だ」
魔王「ふむ。用心するべきなのだな」
勇者「ああ、もちろんだ。お前は特に魔王なんだからな。
危険人物リストのぶっちぎりナンバー1だ。
なんせ神の敵だぞ」
魔王「ははは。神など恐れたことはない」
勇者「神の名を叫ぶ人間ってのは怖いんだぞ」
魔王「うむ、それは肝に銘じる」ぶるっ
勇者「さ、いくぞ。一応紹介の連絡だけは
入ってると思うが……」
魔王「最悪魔法で逃げ出せばいいだろう」
勇者「悪い意味で場慣れしてきたな、俺たちも」
423 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 22:59:20.74 ID:AIDyRnsCP
――湖畔修道会、内部
修道士「こちらでございます、お客様……」
魔王「静かだな」
勇者「うん」
修道士「我が修道院はただいま『沈黙の行』の
時間です。どうかお気遣い賜りますよう……」
魔王「う、うん……」
勇者(雰囲気に飲まれてるぞ、魔王)
かつん、かつん、かつん……
勇者(独特の雰囲気があるな、修道会ってのは)
修道士「こちらが会議のための部屋となっております。
もうしわけありませんが、我が修道院は
午後の祈りを控えております。
しばらくお待たせしてしまうのですが」
勇者「かまわない。案内ありがとう」
424 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 23:04:27.16 ID:AIDyRnsCP
魔王「さて、と。潜入は成功だ」
勇者「あとは、院長に面会して交渉か」
魔王「うん」
勇者「今回は出たとこ勝負って事になるのか」
魔王「まぁ、いくつか交渉材料は考えてきてあるんだが。
というか、そもそもこれは人間側のために考えた
人間にメリットの多い企画なんだがなぁ」
勇者「相手は宗教屋だからな」
魔王「そういえば、この世界の人間は、なんと言ったっけ?
その、光の精霊とかを信じているんだろう?」
勇者「ああ、中央大陸の主だった国は全て光の精霊信仰だ」
魔王「勇者はさっきから聞いていれば、
涜神的な言動が多いが、信仰心は薄いのか?」
勇者「薄いというか、何というか。
戦場に身を置いて、特に魔物なんかと戦ってると、
精霊様ってのは身近に感じるんだよ」
魔王「ふむ」
勇者「信仰心が薄い訳じゃなく、友達感覚のつきあいなんだ」
魔王「そうなのか? それはまた珍しい気がするんだが」
429 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 23:11:19.24 ID:AIDyRnsCP
勇者「まぁ、俺は特別だよ。
夢のお告げなんかも聞いたりしちゃったしな」
魔王「神は実在するのか!?」
勇者「神じゃない、光の精霊だ」
魔王「ふむ……」
勇者「すごく善人なだけで、竜とか魔王とかと
似たような存在なのじゃないかな? 光の精霊も。
面倒くさいことが断れない気の弱い性格なんだと思うよ」
魔王「そんな存在でも、信仰の対象なのだろう?」
勇者「まぁな。それに信仰以外の所でも、
『教会』ってのは社会の中で大きな意味を持ってるんだ。
こんだけでかい組織だからなぁ。
『同盟』なんか人数だけで云えば比べものにならない」
魔王「研究や学術の面でも、か」
勇者「ああ。この世界のそう言った知識は、
殆ど教会の権力の下にあると云っても
良いんじゃないかな。以前にも話しただろう?
都市部の人々は、教会のミサで
お話や読み書きを教えてもらうんだ」
432 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 23:17:41.52 ID:AIDyRnsCP
魔王「その組織に期待したいんだがな」
勇者「まぁ、今日のはとっかかりだし、
失敗しても傷口は浅くて済む。
『教会』は大所帯だから、内部ではいろんな
派閥があるんだ。いまはその派閥が『修道会』という
形で表に出てきている。様々な『修道会』が
入り乱れているのが現状だ」
魔王「でも、すべて光の精霊を信仰しているのだろう?」
勇者「そうだよ。だから表向き、全ての『修道会』は
友好的、と言う建前になっている。善の勢力ってことだな。
でも実際には信仰の方法論が違ったり、過激さが違ったり
もっと露骨に云えば信者の奪い合いでライバル関係で
あることも少なくはない」
魔王「なんだか、魔界の部族の領土争いと変わらないな。
破壊神と煉獄神と暗黒神とにわかれていたほうが、
まだ判りやすいぞ」
勇者「そう言う宗教があるのか?」
魔王「あるぞ。でも、大半はただのファッションだ」
435 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 23:22:45.56 ID:AIDyRnsCP
勇者「で、まぁ。この湖畔修道会は修道会の中でも
実利的、かつ穏健でな」
魔王「ほう」
勇者「農民の生活援護みたいな事を主な活動にしているんだ。
労働力の提供とか、ブドウ栽培の指導とか、
戸籍の補完とか、そうそう、病院もやってるよ」
魔王「病院もか!」
勇者「つーか、病院ってのは教会の仕事だろう?
もっとも病人は受け付けない教会も少なくないけどな」
魔王「……ふむ」
勇者「魔王?」
魔王「どうした?」
勇者「魔王は……。なんだかな、そのう。
時々すごく寂しそうな顔をするよな。いまみたいな時」
魔王「そうか?」
勇者「ああ」
魔王「そんな自覚はないんだがな」
勇者「そうなのか? なぁ、魔王。魔王には
どういう風に物事が見えて」
ガチャリ
437 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 23:30:35.05 ID:AIDyRnsCP
魔王「あー。お初にお目にかかる」
勇者「はじめまして。紹介書は届いてるかと思いますが」
魔王「南部辺境で農業を中心に研究生活を送っている。
紅の学士と云います。よろしくお願いしたい」
勇者「俺はその介添え兼護衛の白の剣士。
修道院に入るのは気後れする粗忽者なのだが ご寛恕ください」
女騎士「……」
魔王「湖畔修道会に来たのは初めてですが
立派な建物ですね、びっくりしました」
勇者「……あ」
女騎士「……白の剣士ですって?」
魔王「へ」
勇者「あー。それはな。えっと」
女騎士「ゆ う し ゃ ! あなたねっ!!」
勇者「うぁ」
441 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 23:38:33.95 ID:AIDyRnsCP
女騎士「なにが『白の剣士』よっ。
いままで何処ほっつき歩いてたのよ!
もう一年よ!? 一年も音沙汰無しでっ!!」
魔王「どういうことなのだ?」
勇者「いや、その」
女騎士「あなたがあたしたちを放り出したんでしょっ。
この先に進むのは一人で良いとか何とか
適当なことほざいてっ!!
あんな辺境の街で放り出された
私たちの身にもなりなさいよっ。
どんだけ心配したことかっ。
ってか腹立たしかったか!」
魔王「あー」
勇者「だってさぁ」
女騎士「だってもクソもないのよっ!
あっ。す、すみません。精霊様、クソなんて
云ってしまいました。懺悔しますっ」
442 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 23:42:50.89 ID:AIDyRnsCP
勇者「ううう」
女騎士「私はともかく、弓兵さんも、魔法使いちゃんも
ものすごくへこんでたんだからねっ」
魔王「攻撃力過多なパーティーだな」
勇者「回復は俺と騎士でやりくりをね」
女騎士「話聞いてるのっ!? 勇者っ」
勇者「すんません」
女騎士「……ふぅ。で、いままで何してたの?」
魔王「あー」
勇者「そ、それは」
女騎士「ああ。済みませんでしたっ。学士様。
席も勧めませんで、今すぐお茶を持ってこさせます」
魔王「は、はぁ」
勇者「どうしたもんかなぁ」
女騎士「わたしは、元聖銀冠騎士団所属の女騎士。
ゆかりあって、いまはこの湖畔修道会で
みんなの生活の向上のために勤めています」
444 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 23:48:48.98 ID:AIDyRnsCP
――湖畔修道会、会議室
勇者「と、まぁ。そんな訳で。魔王にも手傷は
負わせたんだけどさ。魔物総攻撃みたいな話になっちまって
退却してきたって訳さ」
女騎士「そうだったの……。まさか、いままでずっと
怪我の療養を?」
勇者「いや、それはないな。まぁ、色々事情があって
表舞台には顔を出せなかったって云うか……」
女騎士「諸王国がそこまで手を回したのっ!?」
魔王「――」じぃっ
勇者「いや、なんだそれ?」
女騎士「ううん。いいんだけどっ。判ったわ」
勇者「そっちは何でこんなところで修道院長やってるんだ?」
女騎士「もうっ。
私は元々の出身がこの辺なのよ。
騎士の叙勲されたのも教会でだったし教会所属の騎士なの」
勇者「そーいやそうだったなー」
446 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 23:52:05.81 ID:AIDyRnsCP
女騎士「……実は、勇者が魔王城に向かってね。
それを諸王国軍本部へと報告して、ひと月たった頃。
特使が来てね。……勇者が出かけて、その身を顧みず
魔王に一矢浴びせたって。そう言って、仲間全員に
恩賞金が出たのよ」
魔王「ふむ」
女騎士「勘違いしないでよねっ。
私は受け取ってないんだから。
……で、そのあとね。
私たち三人はいままで大きな活躍をしてきたから、
王国の要職に取り立てるって……」
勇者「そうだったのか」
女騎士「……それって、体の良い引退勧告だよね。
私はイヤだった。勇者をだしにして出世するなんて
イヤだったし。だから故郷に戻って、今度はみんなの
ためになる仕事をしようと思って」
勇者「立派な志じゃないか。いや、女騎士は以前から
やるときゃやってくれる男気あふれた仲間だと
思ってたんだよ」
女騎士「…………はぁ」
450 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 23:55:54.27 ID:AIDyRnsCP
勇者「で、あとの二人は?」
女騎士「……うん」
勇者「?」
女騎士「……弓兵さんはね。ほら、元々兵士だったでしょ?」
勇者「ああ、そうだな」
女騎士「だからね、諸王国軍に帰ったの。
恩賞金ももらってた。連合参謀本部の諜報室に
行くんだって云ってたよ。……その、ごめんね」
勇者「何で謝るんだ? 俺の活躍で報奨金が出たなら
それってすごく良いことじゃないか。出世もしたみたいだし」
女騎士「……う、うん」
勇者「で、魔法使いは? あいつも金もらってただろ?
ああ見えて守銭奴だからな。
『東方の、魔道書、買った……』とか
無表情のままぼそぼそーっとか云ってたろ?
あいつは味わいのあるヤツだからなぁ」
女騎士「魔法使いちゃんは、1人で行っちゃった」
勇者「へ?」
女騎士「勇者を追って、魔界へ」
453 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 00:07:26.45 ID:5kaffl9OP
魔王「……」
勇者「……」
女騎士「……ごっ、ごめんね」
勇者「止めたんだろ?」
女騎士「もちろんだよっ! でも、次の朝。
荷物が無くなってて、多分……」
勇者「じゃ、仕方ない。気持ちはわからんでも無いけれど
女騎士が気に病む事じゃないさ。もとはといえば
俺が1人で突っ込んだせいなんだろうしな」
女騎士「……勇者」
勇者「それより、今日は交渉だの相談だのがあってきたんだ」
女騎士「紹介状にも書いてあったけど……」
勇者「ま……学士」
魔王「わたしだな。改めて挨拶させてもらおう。
紅の学士と呼んで欲しい。学者だ」
女騎士「初めまして、勇者のもと仲間の女騎士です」
458 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 00:14:23.98 ID:5kaffl9OP
魔王「今日来たのは、この修道会のお力をお借りするためだ」
女騎士「うかがいましょう」
魔王「まず、これを見て欲しい」
とさっ
女騎士「これは?」
魔王「馬鈴薯、と言う植物だ。くわしい情報はこちらの
羊皮紙にもまとめてあるが、要点をまとめると
寒冷地でも耕作可能な農作物で、単位面積あたりの
収穫量は小麦の三倍に達する」
女騎士「っ!?」
魔王「もちろん、いくつかの注意点もあるが
作物としては多くの優位性がある。栽培もけして
難しくはない。お解りだと思うが」
女騎士「この作物は、多くの飢餓者を救える」
魔王「そうだ」こくり
461 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 00:18:19.44 ID:5kaffl9OP
女騎士「どのような助力を当修道会にお望みですか?
金銭ですか? それでしたらどのような手段を用いても、
最大限出来うる限りの謝礼を用意させていただきます」
魔王「ほら見ろ、勇者。これがこの作物に対する
智慧ある人物の対応だ」
勇者「わるかったなぁ、反応が鈍くて」
女騎士「……政治的介入や権力の行使をお望みなのですか?
何らかの爵位や身分を? 申し訳ありませんが、
当修道会は王族や貴族にそこまでの影響力は
保持していないのです。お金の用意できる量も……」
勇者「いや、それはない。 女騎士がそう言うの苦手なのはよく知ってるし」
女騎士「勇者じゃなくて、学士様と話してるのっ」
魔王「金銭的な援助は、それはあればあっただけ嬉しいが
当面の目的はそうではない」
女騎士「どういったことでしょう?」
467 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 00:26:57.24 ID:5kaffl9OP
魔王「南部辺境に、冬越しの村という寂れた寒村がある」
女騎士「はい」
魔王「その村に修道院を建てて欲しい」
女騎士「そんなことでよろしいのですか?」
魔王「私ももちろんバックアップをしよう。その修道院を
中心に、この馬鈴薯の栽培方法を農民に指導して欲しいのだ」
女騎士「それは願ったりというか、我が修道会の理念に
乗っ取った行動ですが……。そんなことで良いのですか?」
魔王「うん。もちろん、馬鈴薯の栽培が成功した場合、
付近の村や国に修道院を増やして、その栽培方法を
広めてもらえないだろうか」
女騎士「その過程でこの修道会の影響も増えますから、
それはこちらにとっては得ばかりの話ですが、
学士様にとってはどのような得があるのですか?」
魔王「実はこちらの目的も、馬鈴薯の栽培方法の伝播でね。
南方寒冷地の食糧事情の改善がされれば目的にかなう」
女騎士「そう……ですか」
468 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 00:30:44.67 ID:5kaffl9OP
魔王「それに栽培したいのは馬鈴薯だけではない。
農業の手法改革研究も進めている。
従来の三圃式農業にかわる、新しい生産性向上の
手法がある」
女騎士「そうなんですか!?」
勇者「なかなか優れものだぜ」
魔王「そう言った手法を実験的に行なっているのが
くだんの冬越し村なのだが、成功したとしても
私達だけでは広く伝えるための組織や人材が
不足しているのだ。
そう言った点で協力しあえればと考えている」
女騎士「あなたは、光の精霊様に使わされた
御使い様に違いありませんっ」
勇者「それはどーかなー」
魔王「……」げしっ
勇者「痛っ!?」
472 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 00:34:57.42 ID:5kaffl9OP
女騎士「そのようなことであれば、出来うる限りの。
ええ、私自らが冬越し村へと赴き、修道会の
総力を挙げて助力いたしましょう」
魔王「ご厚情痛みいる」
勇者「いや、それは……」
女騎士「何か文句あるの? 勇者」
勇者「いや、なんてーのかなぁ。ほら、えーっと」
女騎士「じれったいわね」
勇者「俺って昔から危険をはらんだニヒルな
勇者じゃない? だから、ほら。
近くにいると、無用の火の粉が……」
女騎士「そんなのずっと前から体験済みよっ。
それとも私が冬越し村に行くと何かまずいわけっ?」
勇者「えーっと……それは、そのまおーとか……」
474 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 00:38:15.85 ID:5kaffl9OP
魔王「協力してくださる修道会の長に
失礼があってはいけないぞ、勇者」
勇者「ええーっ!?」
女騎士「……余裕がおありですね」めらっ
魔王「余裕など無い台所事情ゆえ、こちらの修道会に
協力を求めてきたのだ。わたしは契約至上主義者ゆえ
契約の相手には最大限の敬意を払うことにしている」
勇者(た、たすけてー)
女騎士「ともあれ、二度と会えないかと思った……。
いえ、一年ぶりに会うことの出来た勇者と一緒に
このような恩恵の食物をもたらしてくれた学士様も
光の精霊のお導きというものでしょう。
わが修道会の天命かと思います」
魔王「いいえ、魂持つものの努力です」
女騎士「……ええ、そうですね。その通りです」
478 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 00:41:19.55 ID:5kaffl9OP
――湖畔修道会、前庭
女騎士「本当い良いの? 見送りは」
勇者「ああ、かまわない。部屋でも良かったのに。
どうせ転移魔法なんだから」
女騎士「そりゃそうだけど」
魔王「では、冬越し村で会えるのを楽しみにしている」
女騎士「そうですね、冬の間はさすがに移動できませんから。
この修道院の後任院長を決めて、春一番でそちらへと
向かいましょう。修道院建築に関して、当地の領主や
有力者との間に好意的な合意が出来れば良いのですが」
魔王「そちらに関しては、この冬の間に
出来る限りの根回しをしておこう」
女騎士「ありがとうございます」
勇者「なんだか仲が良さそうに見えて怖い」
女騎士「何か言った?」
勇者「なんでもありません」
女騎士「では春に!」
魔王「ああ、春にお目にかかろう」
482 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 00:49:00.34 ID:5kaffl9OP
――冬越し村の春
小さな村人「うんわぁ、やっとこお日様が顔をだしたなや」
痩せた村人「だしたなやぁ。ああ、風がぬるくなってきた」
村の狩人「ほーい。ほーい」
小さな村人「どうしたー?」
痩せた村人「今日は良い天気だなやー」
村の狩人「そうだなぁ。今年はなんだか良い事が
起きそうな気がするだなー」
小さな村人「さっそくかい?」
村の狩人「ああ、ウサギが4匹も捕れたよ。
1匹は村長さんの所へ持っていく」
小さな村人「そりゃぁいいな!」
痩せた村人「今年はイノシシの塩漬けがまだたくさんあるしな」
村の狩人「ああ、びっくりしたなや」
小さな村人「これも村はずれの剣士様のお陰だなー」
痩せた村人「うちの息子が、斧を研いでもらっただよ」
村の狩人「熊もつぶしてくれたとかで、
森の中も少し風通しが良いみたいだなや」
485 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 00:56:25.53 ID:5kaffl9OP
メイド妹 〜♪ 〜♪
小さな村人「おんや。噂をすれば、村はずれの館の姉妹だなよ」
痩せた村人「本当だ。ほーぅい、ほーぅい!」
村の狩人「どこへいくんだーい」
メイド姉「こんにちは、みなさん」ぺこり
メイド妹「あのねー。村長さんの所へ、木イチゴの樽漬け
を分けてもらいに行くんだよっ」
小さな村人「そーかそーか。えらいな」
痩せた村人「お客さんでもくるんかい?」
メイド姉「はい、そのようです」
村の狩人「そうかそうか。……ふむ。
ようし、このウサギを、当主の学者様へと
お届けしてほしいだなや」
小さな村人「おんや、太っ腹だな、狩人さん」
村の狩人「なんの。森を安全にしてくれた
大恩あるおうちじゃないか。
ウサギなんて春になったのだからまた取れるだな」
486 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 00:59:34.36 ID:5kaffl9OP
メイド妹「ありがとー♪」
小さな村人「それもそうだ。
これは沢で取れたクレソンだなや。
ほら、分けてやるから持っていくと良い」
メイド姉「ありがとうございます、本当に」
痩せた村人「雪解けの屋根修理には是非呼んでくれだな」
村の狩人「そうだそうだ、是非お世話してやんねと」
メイド姉「はい。かならず当主に伝えます」
小さな村人「ええってええって」
痩せた村人「なんだ、みんなにこにこしてからに」
村の狩人「やぁ。やっぱりお屋敷詰めともなると
本当に2人ともべっぴんさんだねぇ」
メイド姉「……」
小さな村人「ああ、本当だ。俺たちとは全然違うだなや。
賢くて優しくてべっぴんで、俺たちは、みんな
2人に憧れてるだなよ」
メイド妹「ありがとー」にこぉっ
メイド姉「……ごめんなさい」
492 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 01:11:23.61 ID:5kaffl9OP
――村はずれの屋敷、深夜
勇者「よっ。ほっ」 ぎゅっ、かちっ
勇者「こんなもんか? 薬草もあるし、あとは
現地でどうとでも奪えばいいか」
魔王「こんな深夜に完全武装か」
勇者「魔王……」
魔王「私の物のくせに」
勇者「あー。うん。……ごめん」
魔王「なんだその情けない顔は。勇者だろうに」
勇者「後ろめたいとどうしてもこういう顔になるんだよ」
魔王「私はお前の物なんだぞ。そしてお前は私の物だ」
勇者「ああ」
魔王「止められるとでも思ったか?」
勇者「……」
魔王「見くびらないでもらおう」
勇者「え? いいのかっ?」
494 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 01:15:01.77 ID:5kaffl9OP
魔王「ほら」
勇者「これは?」ずしっ
魔王「先々代だったか? の魔王が使ってたという、
黒玉鋼の鎧兜だ。安心して良い。呪いの類は
かかっていない」
勇者「……?」
魔王「魔王の私がいなくて、魔界の統治のたがが
緩んできてるんだ。勇者はその粛正を適当にしてきてくれ」
勇者「お、おう」
魔王「こっちの紙に信用できそうな部族の族長のリストと、
紹介状をしたためておいた。人捜しなら助力を仰ぐ
必要もあるだろう」
勇者「いや、あいつはああみえて、その……。
動じないヤツだから。
きっと平気でけろっとしてると思うんだ」
魔王「だからといって探していけない道理もあるまい」
499 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 01:18:26.71 ID:5kaffl9OP
勇者「魔王……」
魔王「私が寛大で感謝するんだぞっ」
勇者「もちろんだ。ありがとう」
魔王「……」じぃっ
勇者「?」
魔王「それだけか?」
勇者「なにが?」
魔王「ほら、そのぅ。人間には、その、何だ……
親しい人と……というか親しい男女が別離をする時の
特別な風習があるそうではないか」
勇者「えー。あ。ああ」
魔王「……駄肉だからダメか?」
勇者「何でこういうタイミングで
じわぁって見上げるかなっ!?」
魔王「所有契約の項目外なのか?」 じわぁ
501 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 01:21:29.62 ID:5kaffl9OP
勇者「えー、あー。その」
魔王「やっぱりスキンシップが足りないのか」
勇者「なんでそうなる」
魔王「実は毎週メイド長に説教されるんだ。
『まおー様はスキンシップが足りません。
そもそも露出もかわいげも足りてないんですから
スキンシップくらいケチってどうなります?
いいですか? 戦争の基本は物量です。
飽和攻撃で殿方の理性など崩壊させてしまえば
戦術の必要性すらないのです』
そう言われるんだ」
勇者「戦術論的には正しいんだが」
魔王「ダメなのか?」
勇者「そ、その。照れくさいぞ。
そういうのはさ、ほら。
もっと落ち着いた時にさっ」
504 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 01:24:44.99 ID:5kaffl9OP
魔王「それで良く勇者が名乗れるな。
それでは臆病者ではないかっ」
勇者「ば、ばか云えっ。俺は勇気にかけては
世界公認の第一人者、それゆえ勇者ですよ!?」
魔王「では覚悟を決めるのだっ」
勇者「何で開き直ってるんだよ、魔王っ」
魔王「半年だぞ!? 雪の中にこもって
生活してればアドバンテージが取れて当然だろうに
なんだか流されるままにずるずると
何の進展もなく半年もの時間を浪費してしまった事実が
私を責めさいなんでるのだ。
そんな状況下でそろそろ修道院の建築も始まり、
夏の間には完成してしまう上に、
私の勇者は昔の女を探しに行ってしまうわけで
精神的に追い詰められない方がおかしいではないかっ」
勇者「あー」
508 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 01:29:15.28 ID:5kaffl9OP
魔王「……」じぃ
勇者「まったくなぁ」
魔王「……」
勇者「……」 ちゅ
魔王「……むぅ」
勇者「なんだよその恨みがましい視線はっ」
魔王「おでこではないか」
勇者「おでこで悪いか。気に入らないなら返せ」
魔王「それはダメだ。勇者の全ては私に所有権がある。
つまりこのおでこも私の私有財産だ。議論の余地はない」
勇者「むぅ……」
魔王「……」
勇者「残りは帰ってからっ!」
魔王「約束だぞ、勇者。かならずだぞっ!」
しゅんっ!
578 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 14:14:24.81 ID:5kaffl9OP
――村はずれの屋敷、中庭
女騎士「さて、諸君らの手元にあるのは南部諸王国の
軍において用いられる標準的な武器、ロングソードだ。
この武器は威力、間合いにおいてバランスが良く、
鉄の国おいて鋳造された製品で質も良い。
重量バランス配分がこの種の武器の使い勝手を
決めるので、手に持って馴染むかどうか、判断の
参考にして欲しい」
貴族子弟「……」
商人子弟「……」
軍人子弟「ばからしーでござる」
女騎士「何か言ったか?」
貴族子弟「……」ぷいっ
軍人子弟「馬鹿らしいといったでござる。何で拙者が
女如きに剣を教わらないといけないのでござるか」
女騎士「……」
軍人子弟「白の剣士殿から剣を教わったのは
別に女に弟子入りするためではないでござるよ。
女は家の中でケーキでも焼いていれば良いでござる」
581 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 14:20:50.67 ID:5kaffl9OP
女騎士「おい、そこのデブ」
商人子弟「ひゃ、ひゃいっ!? ぼ、ぼく?」
女騎士「剣を両手に持って構えろ」
商人子弟「……ううう」
女騎士「はっ!!」 ギンッ!!
貴族子弟「!?」
軍人子弟「ッ!!」
商人子弟「けけけ、剣がっ!! ま、まっぷた、真っ二つ」
女騎士「はっ!!」 ギンッ!!
商人子弟「み、短くなったっ!?」
女騎士「その気になれば5cmずつ切り取ることも出来るんだぞ」
軍人子弟「ど、ど、どうしてっ」
女騎士「そこのゴザルに云っておく」
583 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 14:25:44.21 ID:5kaffl9OP
女騎士「私は、湖の国の女騎士。かつて勇者と共に
魔界で千の戦をくぐり抜けてきた女だ」
貴族子弟「ゆ、勇者っ勇者様のっ!?」
商人子弟「!?」
軍人子弟「ま、ま、ま、まさか『鬼面の騎士』!?
『怪力皇女』!? 『石壁しぼりの女夜叉』!?」
女騎士「色々詳しいじゃないか、ゴザル」
軍人子弟「……」がくがくぶるぶる
女騎士「これは別に怪力じゃない。技だ。
刃筋を安定させて、力を強度の低い場所に
集中させれば諸君らでも実行可能だ。
勇……あー。白の剣士は、素質がありすぎでな。
なんでも『なんとなーく』でやってしまうので
教師としては不適当なのだ」
商人子弟「もしかして、白の剣士殿は、女騎士殿の
弟子だったのですか!?」
貴族子弟「そ、そうかっ!」
軍人子弟「そうでござったか……」
584 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 14:36:22.66 ID:5kaffl9OP
女騎士「う、うむ。そういうような……。
そ、そういうことだ。とっ、とにかく。
白の剣士は、勅命を帯びて探索の旅に出ている」
貴族子弟「勅命……王のご命令ですか」
軍人子弟「探索の旅! 男子の本懐でござるな!」
女騎士「そう言うわけで、週に4回の戦闘訓練は
しばらくのあいだ私が受け持つ」
商人子弟「は、はヒィ!」
女騎士「なに。私は白の剣士とちがって
理論的かつ実戦的、基本に即した教練方法を
採用するつもりだ。諸君らの武芸を必ずや
実用の域まで高めよう」
貴族子弟「勇者の仲間の騎士様に
剣を教授いただけるとは光栄です!」
軍人子弟「そこまで言われては仕方ない。
拙者も剣の道を究めるとするでござる」
女騎士「では、手始めに北の森を、走り込みで三周。
そのあと帯剣して素振りをしながら一周。
小川へと移動したら、腰まで水につかって
ロングソードの素振り500回だ」
三子弟「「「ひぃぃぃ!?」」」
587 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 14:41:31.45 ID:5kaffl9OP
――村はずれの屋敷、初夏
ひいぃぃぃ! ひぃぃぃぃ!
魔王「今日も元気だな」
メイド長「まったくです。でも、女騎士さんは
あれで結構楽しそうですよ?」
魔王「そうなのか? 勇者がいなくなって
お尻に矢が刺さったアナグマのように怒り狂って
いたではないか」
メイド長「頼りにされると張り切ってしまう人
なんでしょう。可愛らしい人ですよ」
魔王「む」
メイド長「まおー様より引き締まった身体ですし」
魔王「むぅ」
メイド長「いえいえ。まおー様もスタイルは
悪くないんですよ? 出るべきところのボリュームは
それはたいしたものです。えっちではしたない肉体です」
魔王「メイド長の言い方の方がはしたない」
588 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 14:52:32.71 ID:5kaffl9OP
メイド長「しかし肉体性能は、お色気か癒し系ですのに
ご本人の性格がお色気とも癒しともまるで無関係なのが
まおー様の泣き所でしょうか?」
魔王「ほうっておけ」
がきょ、がちょ
メイド長「なんですか? それ」
魔王「うむ。呼び寄せた職人に依頼していた試作品だ。
実験して手直しして欲しい部分の指示を
書き付けておかないとな」
メイド長「何に使う物なのですか?」
魔王「羅針盤といわれているものだ。いま作っているのは
その改良だな。この二軸のシャフトと、大きなガラス球で
内部の羅針盤を水平に保つのだ」
メイド長「ふむふむ。改良前はどうやっていたんですか?」
魔王「水の上に磁石を浮かべていたんだ。
ほら、この内側の、内部に浮かんでいるのと
おなじ構造だな」
589 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 15:00:01.62 ID:5kaffl9OP
メイド長「だいたい判りました。でも、随分巨大化
してしまったわけですね」
魔王「仕方ない。これは試作品だからな。
実用化されれば、小型化のめども立つだろう」
メイド長「どういう改良なのですか」
魔王「うむ、羅針盤とは方位を知るものだ。
この内部の水の上に浮かべた磁石が回転して
北の方角を教えてくれるわけだが……。
そのためには水面が水平安定する必要があるな」
メイド長「はぁ」
魔王「方位を知りたがるのは船乗りだろう?
揺れる船の上で、ましてや嵐なんか来たりした日には
水に浮かべた磁石の方向を安定させるのは至難だ」
メイド長「じゃぁ、いままでどうやってたんですか!?」
魔王「根性だろ」
メイド長「……」
魔王「……」
メイド長「人間ってすごいですね」
591 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 15:08:37.94 ID:5kaffl9OP
魔王「まぁ、この宙づり自由式であれば
設置場所に難があるとは云え、揺れる船の上でも
下部の釣り錘によって水平が保持される」
メイド長「ふむ。根性が無くても出来るわけですね」
魔王「いや。人間であるというのは根性は必須だと
女騎士殿は云っていたから、根性はやっぱり
必要なのだろう。
この改良で軽減されるのは技能だ。
羅針盤を扱うのは特殊な技術だったからな。
この簡便な装置で技術者が増えるわけだ」
メイド長「でも、この村には海ありませんよ?」
魔王「うむ。この装置は、売りつける」
メイド長「買ってくれますかね?」
魔王「まともな目利きがあれば、家ほどの
黄金でも積むだろうな。これで『同盟』と接触する」
メイド長「まおー様の専門ですから、お任せします」
魔王「まかせておけ」
メイド長「ところでお昼は馬鈴薯で?」
魔王「うむ、まことに馬鈴薯の揚げは美味なるぞ」にこっ
595 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 15:18:25.86 ID:5kaffl9OP
――魔界、黒狼砦
黒狼鬼「うぉろろろ〜ん」
黒狼鬼「ろろろぉ〜ん」
勇者「うお。何か集まってきたぞ」
黒狼鬼「うろろ〜ん! がうっ! がうがっ!」
勇者「おまえらっ。怪我したくなきゃ、引いてろっ!」
ザガッ! ガッ!!
黒狼鬼「ぎゃんっ!?」
黒狼鬼「はっ……はっ……はっ……ギャウッ!」
羽妖精「黒騎士サマー。コッチコッチ!」
勇者「判るのか?」
羽妖精「女王サマ、コッチコッチ」
勇者「まかせろっ! 爆砕呪っ!」
596 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 15:24:56.97 ID:5kaffl9OP
羽妖精「上〜コノ上〜!」
黒狼衛兵「行かせぬっ」
勇者「なんだ、言葉がしゃべれるのもいるのかっ!?」
ギンッ! ギギンッ!
羽妖精「黒狼族ノ成体ダヨォ。
モット大キナノモ、イルヨォ」
黒狼衛兵「心配するな、貴様、ここまでだっ」
勇者「ほあちゃっ!!」
ドビシィッ!!
羽妖精「デコピン!?」
黒狼衛兵「む、無念っ!」
バタリ
599 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 15:30:57.33 ID:5kaffl9OP
勇者「切りがないな」
羽妖精「一杯来ルヨォ」
黒狼衛兵×15「ガフッ、ガフッ! オロローン!」
勇者「面倒くさいぞ、お前ら」
羽妖精「ダ、ダメッ! 塔ヲ壊シチャダメ!」
勇者「む、そうか。上に女王がいるんだっけ。」
羽妖精「ウンウンッ」
勇者「んじゃ、えいっ!」
黒狼衛兵「片手で岩扉をっ!?」
黒狼衛兵「に、逃げろっ」
勇者「ちょっと距離が必要なんだ、この技は。
……あんまりうろちょろするなよ、
急所に当たると死んじまうぞ−。
えっと、たしか、こうやって
背中をひねる感じでぇ……」
羽妖精「眩シイヨッ」
勇者「光の精霊直伝、光の封印槍だっ」
601 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 15:34:49.61 ID:5kaffl9OP
――魔界、黒狼砦の塔の上
ドッゴォォーン
羽妖精「ケフッ。ケフッ」
勇者「悪いな」
羽妖精「ヒドイヨォ」
妖精女王「何事ですっ」
勇者「お。この人がそうかな?」
羽妖精「女王サマッ!」
妖精女王「羽妖精ではありませんかっ」
勇者「こんにちは、手荒な訪問で済みません」
羽妖精「女王サマ、コレハ人間ノ雄」
妖精女王「みれば判ります」
勇者「人間です」
羽妖精「アタシ頭イー♪」
602 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 15:39:17.34 ID:5kaffl9OP
妖精女王「速く逃げてくださいっ。
魔狼将軍が来るといけません」
勇者「倒した」
妖精女王「まさかっ? 人間にそのような力が。
しかし、それだけではないのです!
魔狼将軍の背後にはさらなる実力を持つ
魔界でも高位の戦士、魔狼元帥が……」
勇者「それも倒した。先週」
羽妖精「!? あ、あなたは」
妖精女王「黒騎士人間ダヨ」
勇者「ああ。黒騎士だ。魔王の剣にして、
絶対忠誠を誓う魔界の執行官」
羽妖精「カックイイヨネ」
妖精女王「そうですか、確かにその鎧の紋章は魔王様の物。
いえ、もしやその鎧、魔王様ご自身の物では……?」
勇者「……その問いに答える言葉はないぞ」
羽妖精「カッコツケテルー」
605 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 15:44:54.63 ID:5kaffl9OP
妖精女王「魔王様の命令に背き、人間をさらっては
無益な殺生と玩弄を繰り返す魔狼族を粛正されに
きたのですね」うるうるっ
勇者「いや、ついカっとなっ」
羽妖精「……」じー
勇者「ごほん。そうである。魔狼族の横暴、目に余る。
人間族に慈悲を掛けるわけではないが、魔王の
命令は絶対である。逆らうことは許されない」
妖精女王「元は人間族でしょうに。何という忠誠心でしょう」
勇者「ふははは。我は黒騎士。絶対不破の魔王の剣」
妖精女王「魔王様の仰せの通りに」ふかぶかっ
勇者(なんか気分良いな! 魔王の部下も!!)
羽妖精「女王サマー」
妖精女王「何です?」
羽妖精「人捜シー」
606 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 15:48:53.70 ID:5kaffl9OP
妖精女王「人捜し?」
勇者「ああ。そういえばそうだった。
あーあー。
魔王の命令により、我は1人の人間をさがすものなり」
羽妖精「女王サマノトコロニ来テタ人間女ー」
妖精女王「ああ。あの術士ですか……」
勇者「いまは何処に?」
妖精女王「素晴らしい魔法の素質を秘めていましたからね。
彼女は妖精族の魔法を学ぶと、さらなる奥義を求めると
云って旅に出ました」
勇者「旅? どこへ」
妖精女王「それは判りませんが……」
勇者「一体何処まで努力すれば気が済むんだ、
あの無表情小娘。いまでも人間界最強のクセに」
妖精女王「そういえば……」
608 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 15:53:16.00 ID:5kaffl9OP
勇者「そういえば?」
羽妖精「魔界の果て、時の砂の滝が落ちる滝壺に
一つの古いベンチがあると。そのベンチに座った
旅人は星の最果て、『外なる図書館』へ行くことが
出来ると云われています。
――彼女は熱心にその伝承を調べていました」
勇者「『外なる図書館』だな? 判った」
妖精女王「しかしそれは伝説の場所。
詳しい場所やたどり着く方法は妖精族でも知りません」
勇者「そのようなことは問題ではない。
魔王の命にしたがいどのような場所であろうと
必ず見つけ出す」
羽妖精「カッコイー!」
妖精女王「ご無事をお祈りいたします」
勇者「妖精族は元の領地に戻り、いままでと同じく
その民を治めて暮らすようにとの魔王の仰せだ」
妖精女王「魔界を治める魔王様の治世に幸いあれ」
610 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 15:57:46.97 ID:5kaffl9OP
勇者「えー、こほんこほん。
魔狼族の生き残りにはきつく申し渡しておく。
元来魔狼族は誇り高い自由不羈の民のはず。
穏健派を中心に魔王の民として、その誇りを
まもるような生き方にするが良いだろう」
妖精女王「妖精族は魔狼族からの迫害さえなければ
異存はありませぬ。遺恨は伝えぬと誓約しましょう」
勇者「……その寛容、魔王に伝えよう。
では、時間だ。我は探索の旅に戻らなければ
ならない。縁があればまた逢おう」
妖精女王「このご恩、けして忘れません」
しゅんっ!!
羽妖精「カッコイー!」
妖精女王「妖精族は救われましたね。
魔王様にあのような部下がいるとは……。
ただのお飾り、柔弱で無能な王と云われてきましたが
何かが変わり始めているのかも知れません。
魔王様と云えば――あっ」
612 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 16:01:44.28 ID:5kaffl9OP
羽妖精「ドシタノー?」
妖精女王「魔王様といえば……」
(時の砂の滝が落ちる滝壺――
一つの古いベンチ
星の最果て――
『外なる図書館』――)
妖精女王「『外なる図書館』……」
羽妖精「?」
妖精女王「『外なる図書館』に引きこもる、
魔族の中でも変わり者の一族がいると……。
その一族は知識を求め、過去と未来を幻視し
『外なる智慧』を身につけて、憧れに魂を燃やすと……」
羽妖精「?」
妖精女王「魔王様って、魔王って……
何なのでしょうか……」
616 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 16:11:56.87 ID:5kaffl9OP
――南氷海巨大湾岸都市、商業会館
青年商人「ふふぅん、こいつはたまげた。
全く度肝を抜かれた、まいったな」
中年商人「よう。どうした、呼び出して」
辣腕会計「まだ夕食には早いでしょう?
どうしたんです?
湖の国のワインでも暴落しましたか?
それとも聖王都の為替変動ですか?」
青年商人「まぁ、こいつをみてくれ。
午前中に届いて、やっと組み立てたんだな、これが」
中年商人「――ッ!!」
辣腕会計「こ、これは……」
青年商人「まぁ、一目でわかるか」
中年商人「これは羅針盤だな? 見たことのない形状だが」
辣腕会計「ですが、見ただけで判ります」
617 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 16:16:42.64 ID:5kaffl9OP
青年商人「何処のどいつの工夫だかは判らないが
こいつはたいしたものだ。恐ろしいもんだ」
中年商人「ああ、頭を大石で殴られた気分だ」
辣腕会計「これは……二つの円環で、どんな場所に
置いても水平が保たれるのですね? さらに
この重りで安定させるわけですか……」
青年商人「ああ。理屈は見れば判る。
特別な装置が使ってあるわけでもないが、すごい発明だ」
中年商人「これを見せれば、銅の国の技術士ならば
もっと小型にも出来るだろう。やったな! おい!
何処でこんな物手に入れたんだ。
この功績の価値は、幹部候補生、いや、10人委員会に
入るのも夢じゃないぞ、お前!」
辣腕会計「ええ、この発明は『同盟』に巨大な利益を
もたらすでしょう、同志よ!」
青年商人「こいつは世界を変えるな」
中年商人「ああ、世界を変えてしまうだろうな」
620 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 16:24:36.89 ID:5kaffl9OP
青年商人「さぁて、なかなか」
中年商人「ふむ、たしかに」
辣腕会計「どうしたんです?」
青年商人「いや、なに。これがここにある、
その意味合いをな」
中年商人「確かに巨大な利益は目の前だ。
酒樽一杯の蒸留酒のような物。嬉しくてたまらんわな。
しかし、その酒樽にはもう蒸留酒はのこっていないのかな?
あるいは罠の可能性は?
俺たちは商人だ。酔っぱらいじゃぁ、無い。
そこんところを頭を使わないとな」
辣腕会計「そうですね、ふむ」
青年商人「まず、第一にこれを発明したのは俺じゃない。
俺にこれをとどけた人間がいるんだ。
そいつの思惑を考えなければいけないだろうな」
622 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 16:28:46.83 ID:5kaffl9OP
中年商人「身元はわかっているのか?」
青年商人「まぁ、本人からの手紙にはな。
『紅の学士』とある。送り主は南部諸王国の西の外れ
冬越し村というところだ」
中年商人「小さな寒村だな」
辣腕会計「目立った特産品はなかったと記憶していますが。
――いや、まてよ」
がさごそ
青年商人「どうした?」
辣腕会計「確か、報告にその名前が……。
ああ、ありました。この夏に、湖畔修道会の修道院が
その村に建築されたようです」
中年商人「湖畔修道会? 湖の国の?
もうそんな辺境まで勢力を広げたのか?」
辣腕会計「いえ、勢力範囲から遠く離れた場所に突然
修道院をつくったようです。教化も進んでいないでしょう。
ですから報告書に特記されていたのでしょうが……」
623 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 16:32:33.94 ID:5kaffl9OP
青年商人「ふむ。黒だ」
中年商人「関係があると睨んで良いだろうな」
辣腕会計「接触ですか?」
青年商人「それはどうあれ、その必要があるだろう。
『同盟』がこの羅針盤から得られる利益を
最大化するためには、この工夫を独占しなければならない」
中年商人「だが、この工夫は、一目見ただけで
その革新性が判る。革新性が判りやすいってのは
売る時にはまたとない武器だが、
真似して作るのも簡単だって云う弱点があるな」
辣腕会計「そのとおりですね」
青年商人「『同盟』がこの羅針盤を部外秘として
『同盟』所属の船舶だけに装備し、交易優位性を
あげるにしろ、全中央大陸国家に販売して利益を
上げるにしろ。発明元のこの学士と交渉する必要がある」
辣腕会計「真似はできても、あちらが他の様々な
組織や国家に同様の売り込みをしないとも限らない。
……そうですね?」
中年商人「場合によっては……」
青年商人「そう言うことにはならんで欲しいな。
我らは商人なのだから」
625 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 16:39:19.13 ID:5kaffl9OP
――冬越しの村、夏
小さな村人「ほーぅい、ほーぅい」
痩せた村人「ほーぅい」
小さな村人「なんて良い天気なんだろう」
痩せた村人「まったくだなや、大麦さんもそだっとるよ」
小さな村人「修道院が出来てから、色々教えてもらえるしなや」
痩せた村人「おや、修道士さんだべさ」
修道士「こんにちは、精が出ますね」
小さな村人「こんにちは」ぺこり
痩せた村人「こんにちはだなや」ぺこり
修道士「今日はどうされています?」
小さな村人「わしは川でマスを釣ってきただぁよ」
痩せた村人「わしは薪をつくってただぁ」
修道士「それは良かった」
小さな村人「修道士さんは?」
627 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 16:42:35.55 ID:5kaffl9OP
修道士「ははは、実はですね。
試しに作っていた作物が、早くも二回目の 収穫を迎えたんですよ!」
小さな村人「なんだか、修道士さんも嬉しそうだなや!」
修道士「ええ、嬉しいです。大地が恵んでくださった。
これは光の精霊様が頑張れとおっしゃってくれて
いるわけですよ。それで、この収穫の報告に
学士様への所へ行こうかと思いましてね」
小さな村人「そうかそうか、そうだったんだべ」
修道士「ええ。この作物、馬鈴薯というのですが
甘くてほくほくして大層美味しいのですよ」
小さな村人「そうかぁ、一度食べてみたいだなやー」
痩せた村人「どんな味なんだろう」
魔王「招待するぞ?」
修道士「ああ、これは学士様!」
小さな村人「学士様、こんにちはですだよ」
痩せた村人「こんにちは、学士様。良い天気ですだ」
629 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 16:44:34.64 ID:5kaffl9OP
修道士「いま、ご報告にうかがおうかと」
魔王「ああ、ありがとう。そろそろかと思っていたのだ」
メイド姉妹 ぺこり
修道士「計画通りに取れました。いやいや、好調ですね。
荷車二台分はたっぷりと取れたかと思います」
魔王「土壌採集は?」
修道士「指示通り、六カ所でそれぞれ
樽一杯分づつを保存してあります。それにしても
我が修道会も農業技術の集積は進めてきましたが
前代未聞の方法ですね」
魔王「結果が出てくれれば嬉しいのだがな。
ふむ、これか」
修道士「ええ、良く育っています」
魔王「よし、振る舞いをしよう」
修道士「振る舞い、ですか?」
魔王「こいつを広めるためには、何はともあれ、
皆に食べてもらわねば始まるまい?
それには、宴でも開いて振る舞うのが一番だ」
630 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 16:47:57.94 ID:5kaffl9OP
小さな村人「ほんとうですか? 学士様」
痩せた村人「良いのでございますか」
修道士「どうです?」
魔王「もちろん本当だ。修道士どの、いかがだろう?
修道院の前庭を借りることが出来ようか?」
修道士「もちろんですよ。でも、この馬鈴薯は売って
資金に充てるのかと思っていましたよ」
魔王「金はもちろん欲しいが、独り占めするつもりはない。
飢えなく、皆が豊かになる方法を考えないと、
先が続かない。そのためには村の皆の手助けが必要だ」
小さな村人「うわぁ、食べてみたいですだ学士様」
痩せた村人「おらのところの畑でも作れるようになるですだ?」
修道士「ああ。もちろんさ。
作ってみたが、小麦と比べて世話が大変と云うこともない。
もちろんいくつか気をつけなければならないことは
あるけれど、それは修道会で教えてあげることが出来る」
632 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 16:52:32.61 ID:5kaffl9OP
小さな村人「さっそく家内におしえてやらにゃぁ!」
魔王「おお、そうだ。宴の支度に手が足りないかも知れぬ。
奥方の手が空いていれば来ていただけると助かると
思うぞ。なあ、修道士殿」
小さな村人「あーれ。学士様。奥方なんて照れるだよ。
うちのはただの母ちゃんだよ。でも、そう云われると
なんだか母ちゃんも悪い気はせんかもなぁ。
こっぱずかしいな。でも直ぐに行かせるから!」
修道士「そうですね、ご報告もしたということにして
私も帰って他の修道士、騎士院長にも伝えて参ります。
ああ、そうだ。その、料理はどうすればよいでしょう」
魔王「心配ない。いってくれるな?」
メイド姉「はい」ぺこり
メイド妹「いきまーっす」
修道士「それは助かります。まだこの馬鈴薯の調理方法を
研究した訳じゃありませんからね」
魔王「あー。くれぐれも云っておくが、
揚げ馬鈴薯だけは必ず作るのだぞ?」
675 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 20:18:50.82 ID:5kaffl9OP
――冬の国、王宮
王子「じぃ、じぃ〜」
執事「なんでございましょう、若」
王子「若はやめろ。俺はもう二十歳だ」
執事「どうしたのでございます?」
王子「じぃは馬鈴薯なる物を知ってるか?」
執事「ははぁん。若も馬鈴薯を食べたので?」
王子「ああ、食べた。美味いな!」
執事「何でも旅の学者がこの地へもたらしたとか」
王子「うまいうえに、俺たちの貧しい国でも
もっぎゅもっぎゅ……栽培できるらしいな」
執事「さようでございますなぁ」
王子「情報はあるのか?」
執事「ございますとも」
678 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 20:24:10.25 ID:5kaffl9OP
王子「ふむふむ」
執事「こちらの書類は関連項目でございます」
ぺらり
王子「では、湖畔修道会が主導で栽培を
推し進めているのだな?」
執事「そうなりますな。また、この湖畔修道会は
合わせて様々な改良を施しているようで」
王子「ふむ、どのような?」
執事「まずは、四輪作といわれるものですな。触れ込みに
よれば大地の恵みを目減りさせずに、四年周期で麦作を
行なう手法です。以前の三輪作にくらべて、小麦はもと
より豚や羊などを安定して供給できるようですな」
王子「冬のあいだにもか?」
執事「冬のあいだには、家畜にカブを食べさせるそうです」
680 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 20:30:04.11 ID:5kaffl9OP
執事「それから、えー。農機具の改良、修道学院の設立」
王子「学舎か、ふむ」
執事「さらにこの度作られたのが、『風車』です」
王子「それはなんだ?」
執事「『水車』に似たものですが、川の流れではなく
風の流れをくみとって、動力にしているようですな。
修道会が雇い入れた船大工の一派が工夫して作った
そうですが。我が国北部の高地には、充分な水源が
ありませんから、普及すれば便利でしょう」
王子「……ふむ」
執事「お気になりますか?」
王子「まぁな。税収が上がっているのは嬉しいが……。
まぁ、それで戦争を終わらせられるわけでなし。
しょせんイモでは我が国を救うことも出来ないが
……まぁ、なんでも目は通しておかんとな」
執事「そうですね。税収は荘園ごと、村ごとに納め
させますから、一概にどのくらいの効果があるかは
判りませんが、修道会が関与すると5%ほど税収が
上がるようですな」
王子「大きいな」
執事「小さく考えてはいけませんよ。1年足らずの
あいだにそれだけの改革を見せたわけですから
来年以降どうなるか判りません」
682 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 20:35:40.50 ID:5kaffl9OP
王子「冬小麦の収穫はこれからであるしな」
執事「その馬鈴薯なる食物は、年に数回収穫できる
そうですな」
王子「そうなのか?」
執事「驚きですが、事実のようです」
王子「ふむ」
執事「税収の形には表れないものの、農民の暮らしには
大いなる恩恵を与えていると云って良いでしょうな」
王子「じぃの云うことならば信じぬ訳にはいかないな」
執事「ありがたいことですなぁ」
王子「何らかの施策をするべきだろうか?」
執事「そうですなぁ。まだ始まったばかりのようですから
傍観していても良いのではないでしょうか」
王子「ふむふむ」
執事「修道会はこの運動で、我が国を始め、南部諸王国に
確固たる地盤を築く狙いがあると思います。
運動の結果を出せれば、向こうから王宮に接触を
持ってくるかと思いますな」
683 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 20:41:15.79 ID:5kaffl9OP
王子「そうか。修道会の指導者は……」
執事「女騎士ですな」
王子「挨拶くらいしなくて良いのか? 顔見知りではないか」
執事「まぁ、向こうは現役の時から思い込んだら
動かない高潔なる気位の持ち主でしたからなぁ。
私も恨みに思われているでしょうな。
いわば裏切り者ですから」
王子「そうか……。すまない」
執事「もったいないお言葉ですな、若」
王子「今年は魔族の動きが鈍い」
執事「おそらく、勇者の噂は真実でしょう」
王子「その勇者を、手を下したわけではないとは云え
死地に追いやったのは我々だ……。
勇者が生還したという情報はないのか?」
執事「ございませんな」
王子「この戦争、終わるわけには行かぬのか」
執事「いま戦争を終えれば、真っ先に消滅するのは
我が国でしょう」
687 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 20:46:23.82 ID:5kaffl9OP
王子「……」
執事「この冬の国、それをいえばおなじ南部諸王国である
氷の国、白夜の国、鉄の国はそれぞれ気候も厳しく、
充分な食料も取れません。最下層の国々です。
いま現在は魔族との大戦争の前線として
中央大陸全土からの資金援助と食料援助がとどいている。
中央大陸の盾と云えば聞こえは良いですが
詰まるところ走狗になっているに過ぎません。
援助がとどこおれば、人々は全て飢えて死ぬでしょうな」
王子「しかし、それを知らせず、兵をただ消耗させるのは
兵達に対する裏切り行為だ。茶番ではないか」
執事「ええ、茶番ですとも。
しかし茶番をする存在が、王族です」
王子「……戦場で雄々しく散るのは良い。
それは氷海の戦士の直系たる我が血にふさわしい。
だが民を欺き、その命を代価にして生を購うのは……」
執事「若、辛抱ください。
どうか、民を見捨てずにいてください」
689 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 20:55:15.92 ID:5kaffl9OP
――魔界、紅玉神殿
勇者「……うー。疲れた。だるい。腹減った」
火竜大公「や、やるな。黒騎士よ」
勇者「いい加減タフだな、火竜大公」
火竜大公「……退くわけには、行かぬっ」
勇者「おまえ、十回くらいしっぽも腕も切られてるじゃん」
火竜大公「何度でも生やすまでだ!」
勇者「うぁー。どうすれば良いんだよぅ、この変態」
火竜大公「我が命を絶てば良かろう。
その実力を持っているクセに何を悠長なことをしておる!」
勇者「別に殺したくてやってるわけじゃない。
編成中の軍勢を退かせてくれれば済む話だろう」
火竜大公「それは出来ぬ。火竜の勇士によって
『開門都市』は奪還する必要があるのだ」
勇者「あー。やっぱしそれかよぉ」
691 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 20:58:39.54 ID:5kaffl9OP
火竜大公「貴様もだ! 貴様も魔王様直属の執行官で
あるのならば、人間どもに奪われた魔界の都市を
奪い返すのが筋という物であろうにっ!」
勇者「それは云うとおりなんだけどさ」
火竜大公「何を躊躇う。人間を皆殺しにすべきではないかっ!」
勇者「とりあえず、魔王は『開門都市』奪還の命令を
発してはいないんだよ」
火竜大公「魔王がふぬけなのだ!
わが竜族から魔王が出ていれば、あのような柔弱な弱腰の
魔王などいただかぬでもすんだろうにっ」
勇者「つまり、魔王に弓引くのか?」
火竜大公「……」
勇者「それは盟約に背くよな。さんざん諸侯が争って
滅亡寸前まで何回も行った魔界が、なんとかやっと
つくった協定らしき協定だもんな」
694 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 21:07:55.39 ID:5kaffl9OP
火竜大公「魔王は『開門都市』奪還の命令を発してはいない」
勇者「うん」
火竜大公「だがしかし、禁止の命令を発したわけでもない」
勇者「あー。気がついちゃってるよ、このおっさん」
火竜大公「諸侯に檄を発して、魔王の名をかたり
『開門都市』奪還を目指すなら、それは盟約に触れようが
我が部族だけで向かうのであれば、
それは王である私の決定だ。
誰に口を挟まれる云われもないっ!」
勇者「俺に勝てればな」
火竜大公「ならば殺すが良いっ!
魔界の溶岩の中で生を受けた火竜大公、逃げも隠れもせんっ!」
勇者「なんかもー。難しいなぁ。
気に入らないヤツ、刃向かうヤツをかたっぱしから
ぶっ飛ばせた勇者生活が懐かしい……。
あの頃は殺さないように話をまとめる苦労なんて
全然しなかったぞ……」
697 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 21:15:45.78 ID:5kaffl9OP
勇者「火竜大公」
火竜大公「何だ、黒騎士」
勇者「では、俺があの街に先乗りをしよう」
火竜大公「……」
勇者「あの街、『開門都市』は
魔族があがめる片目の神の聖地だ。
そこを人間に支配されるのは苦痛だろう。
それは判る。しかしまた、その聖地の守りを忘れ
人間世界を攻めるに酔っていた竜族の罪もあると知れ」
火竜大公「それは……」
勇者「言い訳無用。……人間が憎いのは判るが
あの都市は彼らが戦争で奪ったのだ。
争いの勝者は神聖だ。その魔界の不文律を忘れるな。
特にその敗北が油断から成されたのなら、なおさらだ」
火竜大公「……ぐぐ」
701 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 21:21:37.65 ID:5kaffl9OP
勇者「それに、火竜大公の軍で攻めたところで
あの街はこの魔界で唯一人間が暮らす街だ。
たやすく奪還できるとはかぎらない。
精鋭たる聖鍵遠征軍が守っているのだからな。
悪くすれば、火竜の民は全滅だ。
それを望むのか、火竜大公」
火竜大公「そのようなこと、やって見ねば判らぬ!」
勇者「次の春まで時間をくれ」
火竜大公「……」
勇者「黒騎士が、魔王の名にかけて誓おう。
『開門都市』を取り戻し、魔王の直轄地とする」
火竜大公「魔王の、直轄地に!?」
勇者「火竜の一族の関心は誇りだろう?
魔王の軍勢が取り戻し、直轄地になるのであれば
問題なかろう。魔王はその柔弱という評判を払拭できる」
703 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 21:25:30.11 ID:5kaffl9OP
火竜大公「しかし、もし約束をたがえれば」
勇者「そのときは魔王がまさに弱腰と云うことだろう」
火竜大公「容赦はせぬぞ?」
勇者「ああ、魔王は魔王にふさわしくない。
そのときは魔王の位を譲り渡そう。黒騎士が約束する」
火竜大公「……」
勇者「どうだ?」
火竜大公「よかろう」
勇者「おー! よかった」
火竜大公「おぬしには男気がある! だれか、だれかある
公女を呼んで参れ!」
火竜公女「おとうさま、私はここに」
勇者「えーっと」
火竜大公「約束を見事果たした暁には、この公女を
くれてやる! 妻にでも妾にでもするが良い! がはははは」
718 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 21:34:44.87 ID:5kaffl9OP
――冬越しの村、村はずれの屋敷
魔王「こっ、これでいいかの?」
メイド長「ええ。あらあら、まぁまぁ。見違えましたね」
魔王「何だ、そのコメントは」
メイド長「勇者様がいなくなってから
まったくお召し物に頓着なさいませんでしたからね」
魔王「『いなくなって』などと不吉なことを云うな。
ちょっぴり出張しているだけではないか」
メイド長「ええ、もちろん。まおー様が捨てられた
女であるかのような印象を持たれてしまったのならば
その誤解、このメイド長一生の不覚ですわ」
魔王「……」
メイド長「今日は綺麗ですよ、まおー様」
魔王「むぅ。釈然としない」
メイド長「とはいっても、交渉事ですからねぇ。
多少は見栄えを良くしないと」
720 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 21:41:44.31 ID:5kaffl9OP
魔王「それにしても、なんというか」
メイド長「?」
魔王「ちょっとビラビラしすぎではないか? このドレス」
メイド長「素敵ですよ?」
魔王「それに襟ぐりが随分深いような気がする」
メイド長「それくらいがお洒落なんですよ」
魔王「ううう」
メイド長「みっともない駄肉なので恥ずかしいですか?」
魔王「ええーい、うるさい! そ、そんなに駄肉ではない!
女騎士殿もグラマーですとくれたし、みなそういってる。
ちょっぴり母性的なだけではないかっ」
メイド長「人格的母性のない肉を駄肉というのです」
魔王「ううう。今日のメイド長は厳しい」
メイド長「ちょっと気が立ってるんですよ。
警備体制を整える関係で」
魔王「どうなっている?」
722 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 21:49:36.34 ID:5kaffl9OP
メイド長「妖霊と夜精霊を配置しています。
まぁ、軍でも出てこなければ充分でしょうが……」
魔王「心配か?」
メイド長「相手が貴族や軍人ならばともかく、
『同盟』の商人ですからね。その点に関しては
まおー様におまかせするしかないわけで」
魔王「信用なさ過ぎだな、わたしなのか」
メイド長「いえ、お手伝いできないことが不安なのです」
魔王「しかたない。これは避けては通れない関門なのだ」
メイド長「せめて勇者様がいてくだされば」
魔王「勇者に役目が渡るとすれば、それは交渉が
失敗した時だからな。そうなったら逃げる段階だ。
だから意味はない」
メイド長「あんまり強がると殿方は不安だそうですよ」
魔王「へ?」
725 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 21:55:31.94 ID:5kaffl9OP
メイド長「まぁ、それはいいですわ」ひらひら
魔王「あしらうな」
メイド長「そろそろでしょうか」
メイド妹「お客様を客間にお通ししました〜。
いまお姉ちゃんがお茶を入れてます〜」
メイド長「語尾を不必要に伸ばさない」
メイド妹「はーい♪」
メイド長「まおー様? 準備はよろしいですか?」
魔王「ああ。このボタンをはめてはダメなのか?
メイド長「そのボタンは飾りボタンです。
はめる目的ではありません」
魔王「上から実験用の白衣を羽織るとか! 学者らしく!」
メイド長「お笑い芸人じゃないんですから」
メイド妹「当主様、おっぱい格好いいよ♪」
メイド長「まったくこの娘は。さぁ、まおー様」
魔王「ああ、しかたない。出陣だ!」
727 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 22:02:32.75 ID:5kaffl9OP
――冬越しの村、客間
かちゃり
青年商人「やぁ、これは!」
辣腕会計「ほほう」
魔王「お待たせして済まないな。私がこの館の当主
といっても無位無冠の学士だ。紅の学士と呼んでくれ」
青年商人「はじめまして。私は『同盟』の南氷海西方を
担当しております青年商人です」
辣腕会計「今回のご挨拶に動向させていただいた
会計でございます。以後、お見知りおきを」
魔王「いや、ご丁寧なご挨拶、痛みいる」
青年商人「正直驚きが隠せません! 学士にして発明家
農業への造詣も深いとのことで、
言葉は悪いですが、ご高齢の老師かと想像していたのですが
こんなに麗しいご婦人にお目にかかる事ができるとは!」
730 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 22:08:18.18 ID:5kaffl9OP
魔王「そんなに褒められては何を話して良いのか、
言葉を失ってしまいますな」
青年商人「いえいえ、学士様はその英知だけでなく
美しさでも我らに光を与えてくれるようですよ」にこにこ
メイド長(商人のお世辞とはいえ、すごい威力ですね)
魔王「交渉を有利に進めようと思う女の浅知恵だ
どうか笑って許して欲しい」
メイド長(おお。まおー様。気合いの入った防御ですねー)
青年商人「いえいえ。……あのような羅針盤を送られては
駆けつけないわけには参りませんよ」
魔王「それにしては一月もの時間がかかったのは?」
青年商人「ははは。これはお恥ずかしい。
私のような駆け出しの商人が、『同盟』において
今回のような大規模な案件をこなすにあたっては
様々に根回しが必要でして」
辣腕会計「お待たせして申し訳ありません」
732 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 22:14:09.35 ID:5kaffl9OP
魔王「さて、では交渉に入りたいと思うのだが
まずはこれを見て欲しい」
青年商人「これは……?」
辣腕会計「穀物ですか? 見たことはありませんが」
魔王「これは玉蜀黍という植物だ」
青年商人「ほほう」
辣腕会計「玉蜀黍、ですか」
魔王「この食物の特性については、
こちらの書類にまとめてある。
これはお持ち帰りいただいて結構だ。
いまとりあえず、この場では口頭にて説明させて
いただこう」
青年商人「窺いましょう、学士様」
魔王「この玉蜀黍は一年草でな。最大の特性は水が
少なくとも順調な生育が望めることだ。むしろ水が多い
場合は生育に悪影響がある。もちろん最低限の水分は
必要だがな。発芽の温度として30度が必要となる」
青年商人「30度、ですか」
辣腕会計「かなり高い温度ですね」
734 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 22:19:17.89 ID:5kaffl9OP
魔王「ああ、そうだ。小麦とはまったく栽培の思考を
切り替える必要がある」
青年商人「ふむ」
魔王「つまり、この玉蜀黍は、いままで植物の耕作に
適さないとされていた大陸中央部の荒れ地に
ふさわしい作物なのだ」
青年商人「……」
魔王「食用として利用する場合は、完全に完熟させて
乾燥させた粒を製粉してパンのようにすることも出来るし、
饅頭のようにすることも出来よう。
この粉には香ばしくてわずかな甘みがある。
乾燥させることにより、貯蔵、保管にも優れている。
畜産のための飼料としては、
大麦やカブの数倍の効率が見込める」
魔王「また、食用外への利用も幅広い。
油分の多いこの食物は、油を取り出すことが可能だ」
青年商人「……油ですか」
辣腕会計「……」
魔王「うむ。玉蜀黍馬車一台あたり、ビン二本ほどだがな。
しかも、この油は製粉するのと同時にとることが出来る。
つまり、両方取れると云うことだ。
油は食用に用いることはもちろん、様々な用途で使えよう」
736 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 22:25:56.13 ID:5kaffl9OP
青年商人「たしかに……。油の需要は年々増える
傾向があります。『同盟』でもとりあつかっていますが」
魔王「商人どの、これは新しい商売の形だと考えて欲しい」
青年商人「……」
魔王「確かに巨大な資本が必要だ。
その資本をもちいて、いまは全く役に立っていない荒野に
人を送り、バックアップすることにより開拓を行なう。
玉蜀黍を栽培するための開拓村だ。
まったく開拓されていない場所は確かに開拓に
手間も資本もかかろうが、その分、計画的に物事を
行なうことが可能だ。整地して区画整理を行なった
農地での大規模栽培は、現在中央大陸の各所で見られる
ような小さな農地でモザイクになってしまったような
農場による農業より遙かに集約的な体制での
栽培を可能にするだろう」
魔王「しかも、そこで新しくできた開拓村は
完全に『同盟』の影響下にある巨大な市場になるだろう。
玉蜀黍以外の作物を始め、木材や塩、鉄、布、
ありとあらゆる消費物を購入する新しい顧客となる」
青年商人「……」
739 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 22:31:01.22 ID:5kaffl9OP
青年商人「それは、つまり……」
辣腕会計「……」
青年商人「商品でも、栽培方法でもなく
『同盟』に、新しい『概念』を売る、と?」
魔王「そうだ」
青年商人「判ります。私には。
……いまの話を聞きましたから、その価値が判ります。
貴女の言葉は……。
この中央大陸の都市の全てより……。
いや、既知世界の全てよりも金になる」
魔王「あははは。良い顔だな」
青年商人「はい?」
魔王「女におべんちゃらを言っておる時より数段良い」
青年商人「そうですか? まぁ、しかし。
いまの話を聞いては真面目にならざるを得ませんよ。
しかし良いのですか?」
魔王「なにがだ?」
741 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 22:35:38.45 ID:5kaffl9OP
青年商人「いまの言葉、そして送っていただいた羅針盤。
すべて『考え方』を基本にしたものです。
技術でも品物でもない。
つまり、複製できない物ではない」
魔王「そうだな」
青年商人「私たちがそれらを複製して、貴方とは無関係に
計画を進めるとは考えないのですか? 貴方の利益は?
貴方の権利をどうやって守るつもりなのですか?」
魔王「それについては諦めておる」
青年商人「はい?」
魔王「技術も品物も素晴らしい。利益も結構。
私もお金はあれば欲しい。
研究したいことがたくさんあるからな。
しかし、単一技術や独占可能な品物では、
この世界に与える影響は限定されざるを得ない。
必要なのは転換と突破だ」
辣腕会計「それは神学的な話でしょうか?
複雑すぎて、判らないのですが」
青年商人「……」
742 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 22:39:04.44 ID:5kaffl9OP
魔王「そちらの商人の方は判っているようだ」
青年商人「……」
魔王「どうした?」
青年商人「だとすれば……貴女は……」
魔王「……」
青年商人「選ぶ必要が、あると?」
魔王「選びに来たのだろう?
交渉という言葉の意味はそれだと心得ている」
青年商人「しかし、それは。貴女は何を望んでいるんですか?」
魔王「戦争の早期終結」
青年商人「……」
魔王「しかも、その形は勝利でも敗北でもない
形態でなければならない」
青年商人「……それは」
魔王「『同盟』が魔族との大戦における、中央大陸最大の
スポンサーだと云うことは心得ている」
744 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 22:43:56.82 ID:5kaffl9OP
青年商人「魔族は人類の敵です。魔族との戦いに
人類陣営の一翼である我らが全てをなげうって
協力するのは至極当たり前のことではありませんか」
魔王「それは公的な見解であろう」
青年商人「正式見解です」
魔王「高きと低きを、北と南を、炎と氷を、
相容れない光と影を仲介し、妥協し、取引することで
利益を上げるのがお主ら商人ではないか?」
青年商人「あ、貴女は……」
魔王「なんだろう?」
青年商人「『同盟』の味方ですか、敵ですか?」
魔王「取引相手だ」
青年商人「……っ」
メイド長(まおー様〜っ! がんばって!)
749 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 22:51:37.42 ID:5kaffl9OP
青年商人「私は二つの道のあいだで悩んでいます」ぎりっ
魔王「なにを?」
青年商人「人間として、貴女の先ほどの発言は
裏切り行為です。教会の方針においても異端だ。
私は貴女をこの場で断罪し、告発すべきかもしれない」
メイド長(まおー様、まおー様っ。森の中に
黒装束に黒塗りの剣を持った傭兵団がっ)
魔王(控えておれっ)
魔王「敵と味方の2分割では、
この世界はあまりにも惨めに過ぎよう」
辣腕会計「……部隊の配置が」
青年商人「良い。……試されてるんだね、僕らは」
魔王「……」
青年商人「この先もあると?」
魔王「もちろんだ。大陸中央部の乾燥地帯において
水車の代わりに利用できる『風車』というものも
開発してある。森林資源を消費してしまうが
羊皮紙に変わる新しい筆記資材もめどは立った」
青年商人「貴女は何を見ているんですか?」
753 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 22:57:23.24 ID:5kaffl9OP
魔王「私は学者だが、専門は経済学でな」
青年商人「経済……?」
魔王「耳慣れぬ言葉だろうな。
物と金の流れ、利益と損害、
魂持つものが生み出す社会において
たゆまず流れる交流の歴史と未来がその専門だ」
青年商人「利益と損害、ですか」
魔王「そうだ、商人殿。
商人殿とおなじものを見ているだけだよ」
青年商人「それをもって、人類全てを裏切れと?
この戦争を終結させようとする
貴女の見る夢がどのような色をしているか
判らないわたしではないっ」
魔王「信じている」
青年商人「わたしの。……『同盟』の。
我ら人間の、何を信じると言うのです?」
魔王「損得勘定は我らの共通の言葉であることを。
それはこの天と地の間で二番目に強い絆だ」
756 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 23:00:56.56 ID:5kaffl9OP
青年商人「あはははははは!」
辣腕会計「……商人っ」
青年商人「いや、いいんだ。
そうだ。まさにその通りだ!
人間である前に商人たれ。
教会の敬虔な信徒である前に商人たれ。
まさに『同盟』の訓辞通りじゃないかっ」
辣腕会計「それは……」
魔王「わたしは純粋な契約主義者なのだ」
青年商人「奇遇ですね、わたしもなんですよ。
作りましょう。我らが未来を照らす光となる
契約書を」
辣腕会計「……それでは」
青年商人「ああ、退かせてかまわない」
魔王「冷や汗が吹き出る思いであったよ。商人殿」
青年商人「いやはや。本場の東方商人と渡り合っても、
これほどの緊張感を味わった事はありません。
貴女が学士であり、商人でなくて本当に良かった」
758 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 23:07:17.43 ID:5kaffl9OP
魔王「私は無力で腰抜けの存在だよ」
青年商人「いえいえ、王侯貴族だってあそこまでの
迫力はなかなかにある物じゃない」
メイド長(あったり前ですよ。まおー様は
これでも王族なんですからねっ!)
青年商人「それにしても……二番目に強い絆、ね」
魔王「……」
青年商人「玉蜀黍の件はいつうごけます?」
魔王「すまないが、いくつかの実験と、苗の
栽培を残している。動けて次の春から、だろう」
青年商人「充分に早いでしょう。私もこの計画を
聞いたからには『同盟』内部での地盤を
固めなくてはならない。
この巨大利益です、動かすことはたやすいが
コントロールが聞いてこその権力ですからね」
魔王「あの羅針盤が役に立ってくれれば良いな」
青年商人「せいぜい、利用させていただきましょう」
760 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 23:12:13.90 ID:5kaffl9OP
――冬越しの村、村はずれの館、玄関
メイド長「日も傾いております、お気をつけを」
魔王「近くに隊商をまたせてあるのだろう?」
青年商人「“隊商”ね。ははは」
魔王「それがお互いのためだとしよう。わたしも
警戒はしていた。お互い様だ」
青年商人「まったく、今日は驚きの連続だ」
魔王「心臓に悪い」
青年商人「そうそう。……二番目に強い、と
おっしゃいましたね。一番はなんなのです?」
魔王「知れておる。愛情だ」
辣腕会計「――それは」
青年商人「あははははは。ああ! すごい!
素晴らしいな。一日に二回も、こんな気持ちに
させられるとはっ!」
魔王「子供でも知っておることだ」
青年商人「たしかに! 私はあなたに言いました。
二つの道で迷っていると。 あなたを殺すことはすっかり諦めましたからね。
これはもう……求婚するしかありません」
765 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 23:16:11.13 ID:5kaffl9OP
魔王「そ、そ、そ、それはなんだっ!?」
青年商人「なんだって。結婚の申し込みですよ」
魔王「なんて軽率なことを言うんだ。恥を知れ!」
青年商人「おやおや。貴女があまりにも明晰な
思考をなさるんで、世間並みのたしなみを
忘れてしまっていました。
たしかに。持参金も贈り物も無しに求婚するなんて
先走りすぎましたね」
魔王「わ、わ、わたしには、その」
青年商人「いえいえ。
このようなことは腰をすえて取り組むタイプですからね。
粘り強さは決断力とともに商人の重要な武器なのです」
魔王「いやっ。いくら時間をかけられてもそんな事はっ」
青年商人「では、またお会いしましょう!
次は都か、船の上か。契約は急ぎお届けします。
愛しの君よ。……そう呼ぶのはかまいませんかね?」
魔王「だ、ダメダメだーっ!!」
810 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 02:03:26.96 ID:Lbanm5QNP
――冬越しの村、村はずれの館、小さな部屋
メイド妹「〜♪ 〜♪」
メイド姉「ご機嫌だね」
メイド妹「うんっ。みがくの楽しいねー」
メイド姉「そうね。こんなにあったかくて、
きちんとした仕事があって。幸せね」
きゅっきゅっ
メイド妹「そうだよねー。去年の秋は、毎日、
夜が来るのがこわかったもんねっ」
メイド姉「うん」
メイド妹「あたしねー。今度は、せーれー様の本で
勉強するんだよー」
メイド姉「そうなの? がんばってるね」
メイド妹「おねーちゃんもやった?」
メイド姉「やったわよ、結構難しい単語があるわよ?」
817 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 02:10:38.23 ID:Lbanm5QNP
メイド妹「大丈夫だよぉ。
ちゃんとした言葉を覚えるとモテモ? えっと……」
メイド姉「『殿方に好意を持っていただける』でしょ?」
メイド妹「うん、そうそう。それ!
眼鏡のおねーさんがいってた」
メイド姉「メイド長様は、面倒見が良いから」/
メイド妹「怖いよ? すぐ怒るよ」
メイド姉「怒ってないよ。叱っているだけ。
本当はとっても優しい人だよ?」
メイド妹「そうかなぁ? お尻叩かれたとき、
ひりひりして椅子に座れなくなったもん」
メイド姉「拾い食いなんかするからです」
メイド妹「昔はおねーちゃんもやってたくせに」
メイド姉「ご飯ちゃんと食べさせてもらってるでしょ?」
メイド妹「うんっ」
メイド姉「じゃ、恥ずかしいことは、しないの」
820 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 02:14:40.19 ID:Lbanm5QNP
メイド妹「おねーちゃんは、年越し祭はどうするの?」
メイド姉「どうするって?」
メイド妹「村の真ん中で、踊るらしいよ?」
メイド姉「だれが?」
メイド妹「村の男の子と、女の子、たくさん」
メイド姉「私は良いわ」
メイド妹「そーなの?」
メイド姉「メイドの仕事があるもの」
メイド妹「でも、踊って来ていいって、
眼鏡のおねーさんがいってたよ?」
メイド姉「そう……」
メイド妹「当主のお姉ちゃんも、元気ないね。
勇者のおにいちゃん、帰ってくればいいのにね」
メイド姉「そうね。――そうだ」
メイド妹「?」
メイド姉「年越しの祭には、何かプレゼントを用意
しましょうね。館のみんなに」
メイド妹「そうだねっ!」
822 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 02:18:24.98 ID:Lbanm5QNP
――冬越しの村、村はずれの館、当主の部屋
魔王「えー『試験場の数を増やしたく思う。
追加の人員の手配をお願いしたい。
対価は西方貨幣で支払う用意あり』と」
メイド長「……」さらさら
魔王「これは蜜蝋で封をしてくれ」
メイド長「かしこまりました」
魔王「んー。これは?」
メイド長「狩人さんからの手紙ですよ」
魔王「おー。そうか、そうか。望遠鏡を渡したんだった」
メイド長「ええ」
魔王「なになに。使用するに便利、極めて快適か」
メイド長「役立っているようですね」
魔王「精度が低いかと思ったが、固定観測でないなら
かえって手ごろのようだな」
メイド長「はい」
魔王「よし、では返信だ。『素早い報告、うれしく思う。
森番の仕事、大変かと思うが、当家では付近の地図測量に
興味あり。相談したきことがあるので、一度ご来訪願う』
これで、よしっと」
823 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 02:23:28.21 ID:Lbanm5QNP
メイド長「こちらもお願いします」
魔王「これは、うん。修道会からの報告か」
メイド長「あらあら、まぁまぁ」
魔王「馬鈴薯の収穫は順調に増加しているらしいな」
メイド長「そのようですね」
魔王「だが、土壌実験によれば
そろそろ栄養枯渇の兆候が出るはずだ。
そうなると抵抗力が低下して虫害が出やすくなる」
メイド長「ふむ……」
魔王「この件では修道会へ、再度警告が必要だな」
メイド長「お手紙にしますか?」
魔王「いや、次行ったときでよかろう。
覚え書きに追加しておいてくれ」
メイド長「かしこまりました」さらさら
魔王「どうだ『紙』は」
メイド長「羊皮紙よりずっと書きやすいですね」
魔王「早いところ量産体制を整えないとな」
メイド長「作るのは簡単ですけれど、
たくさん作るとなるとまた別問題ですからね……」
826 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 02:27:54.45 ID:Lbanm5QNP
魔王「うわ、なんだこの束は!?」
メイド長「そちらの束は、『同盟』からですよ。
納品書、請求書、支払い所、明細書……」
魔王「あー。銅、鏡、ガラス、海砂?
それに胡椒に、絹に、釘なんていうものもあるな」
メイド長「みんなまおー様が購入リストに入れたんですよ」
魔王「判っておる。
ちょっと思い出せなかっただけだ。
必要としているのは誰か判っているか?」
メイド長「それはまぁ、帳簿につけてありますが」
魔王「んー。しっちゃかめっちゃかだな、これは」
メイド長「まさかここまで仕事量が増えるとは」
魔王「しかたない。メイド姉にやらせよう」
メイド長「彼女にですか?」
魔王「無理か?」
828 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 02:31:42.53 ID:Lbanm5QNP
メイド長「……いえ」
魔王「……」
メイド長「大丈夫です。彼女なら出来ます」
魔王「そうか」 にこっ
「では、この書類整理は、今日からあやつの仕事だ」
メイド長「悪のメイド軍団が結成できそうな勢いですね」
魔王「どうかしたのか?」
メイド長「いえいえなんでも。……そうだ、
お茶でも入れましょうか? 丁度、聖王都から
オレンジの香りの葉がとどいたんですよ」
魔王「うむ、疲れた」
メイド長「でしょう」
魔王「私は疲れたのだぞ」
メイド長「そんなにつっぷして。どうしたんですか?」
魔王「むー」
830 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 02:34:56.75 ID:Lbanm5QNP
メイド長「膨れているんですか?」
魔王「もう秋だぞ」
メイド長「そうですねぇ、実りの季節です。
栗がおいしいですねぇ。今年のベーコンも出来が良いようで」
魔王「秋なのに」
メイド長「はい?」
魔王「半年も音沙汰無しだぞ」
メイド長「あらあら、まぁまぁ」
魔王「ちょっと応えにくい会話だとすぐその決め台詞で
流そうとするのは止めにしたらどうだ」
メイド長「これはメイドの特殊技能なんです」
魔王「連絡くらいくれても良いではないかっ!!」
メイド長「来てるじゃないですか」
魔王「そんなもの、妖精族を助けただの、
鬼腕族を討伐しただの、そんなことばかりではないか」
833 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 02:39:54.63 ID:Lbanm5QNP
メイド長「無事で、活躍されているんですよ」
魔王「勇者なのだぞ。こうしている間にもあっさり
美人が自慢の村娘とか……
いや、歌姫族のハーピーあたりと
いちゃいちゃしているかもしれんではないかっ!?」
メイド長「そうですか? 勇者様は童貞ですからね。
童貞って言うのは変なところで義理堅くて夢見がち
ですから、きっと大丈夫ですよ」
魔王「ちっとも安心できんではないかっ」
メイド長「そんなにいらいらしていると、
眉間のしわが取れなくなってしまいますよ?」
魔王「ううう、そんなことになったら勇者に噛みついてやる」
メイド長「さぁさ。談話室の暖炉が暖められています。
今日はこのあたりにして、甘い紅茶をおいれしますから。 そちらの方でお待ちになっていてください」
魔王「しかしな」
メイド長「これ以上書類と根をつめていては
それこそお身体を悪くしてしまいますよ?」
837 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 02:45:30.54 ID:Lbanm5QNP
魔王「むぅ。判った。お茶を頼む」
メイド長「かしこまりました。まおー様♪」
がちゃん。
とっとっとっ……
メイド長「なーんて。……魔王様はおっしゃってますが?」
勇者「うわ、ばればれですね」
メイド長「メイドの勘です」
勇者「毎回ばれてるなぁ」
メイド長「今回のお手紙は?」
勇者「ここで書いていきます」
メイド長「では、こちらにもお茶をお持ちしましょう」
勇者「すんません」
メイド長「いえいえ。メイドの仕事ですから」
勇者「さってと、インク壷と〜羊皮紙あっかな
これでいーか」
840 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 02:50:51.46 ID:Lbanm5QNP
――冬越しの村、村はずれの館、当主の部屋
ガチャリ
メイド長「おじゃまします。いかがですか?」
勇者「あ、報告は書き終えました」
メイド長「そうですか。……こちらはお茶と
簡単な夜食になります。今回は馬鈴薯が
ことのほかよく出来ておりますよ。
これはクリームで甘く煮たものなのですが」
勇者「旨そうっすねー」
メイド長「……」
勇者「わ、熱っ。んまっ! 今回はぁ火竜族と
なんとか手打ちで、でもそのためには『開門都市』
をなんとか奪還しなきゃならなくてですね」
メイド長「……勇者様」
勇者「ん?」
メイド長「やはり今回も?」
843 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 02:53:59.28 ID:Lbanm5QNP
勇者「あー。うん」
メイド長「魔王様を避けてますよね?」
勇者「うー」
メイド長「避けてらっしゃいますよね?」
勇者「うー、うん」
メイド長「……使用人の分際で差し出がましいかと思い
今まで訊ねずに参りましたが、埒が明きません。
魔王様には内緒にしておきますから
何か問題があるのなら相談くださいませ」
勇者「うん……」
メイド長「煮えきらない態度ですね。
あれですか。酒場の鳥娘に言い寄られたり
半透明のスライム娘に告白されたり
爆乳自慢の牛娘に婿宣言されたりしたんですか?」
勇者「うがっ!」
メイド長「どうなんですか?」
勇者「そのう、そういうのがないとは言いませんが」
850 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 03:01:16.21 ID:Lbanm5QNP
メイド長「大体転移呪文があるのなら 毎日は無理でも、毎週程度には帰ってこられますよね?」
勇者「うん」
メイド長「魔王様がそれに気が付かないくらい
お間抜けで今回は助かっていますが……」
勇者「うん……」
メイド長「どういうことなのですか?」
勇者「いや、その。さ」
メイド長「はい?」
勇者「……魔王が、あんまりにも俺に頼らないから」
メイド長「……」
勇者「最初にさ、あの魔王の間で『我のものになれ』
なんていわれてさ『まだ見ぬもの』なんていわれたからさ」
メイド長「……」
勇者「てっきり、勇者の力で、魔族の反乱分子を
粛清してさ、たとえばゲートを閉じちゃったりして
そうやって戦争を終わらせると思ってたんだよ」
853 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 03:05:27.68 ID:Lbanm5QNP
勇者「そういう意味で、勇者の力が欲しいのだと」
メイド長「……」
勇者「なのに、あいつ、俺の戦闘能力は当てにしないでさ、
それどころか、戦わないように戦わないようにしてさ」
メイド長「はい」
勇者「なんかまるで俺のことが大事みたいに
……好きみたいにさ。するから」
メイド長「……」
勇者「だって所有契約だろう?
俺はあいつのものだしあいつは俺のものだ。
気に入らなかったら命をとられてもいいんだ。
そういう契約じゃないか」
メイド長「そうですね」
勇者「それなのにさー。あいつさ。挙動不審だし
言い訳も説明も過剰だし、おっかなびっくりだしさ」
メイド長「……」
勇者「……上手く言葉にならねぇや」
854 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 03:08:45.40 ID:Lbanm5QNP
メイド長「魔王様は、勇者様のことを――」
勇者「判ってるんだ。
そこまで馬鹿じゃない。
相手の好意が信じられないから、
自分の好意を与えられないだなんて
そんな腰抜けの言い訳じみたことを言うつもりはないんだ」
メイド長「では、なぜ?」
勇者「だって、俺、死んじゃうしさ」
メイド長「……」
勇者「今回のことがどう転ぼうがどう成功しようが
それでも俺は人間だから、魔王よりも先に死んじゃうしさ」
メイド長「それはっ」
勇者「そんな俺が魔王と想いを重ねるって
それはなんだかすげぇ不実な気もするんだよ」
メイド長「そんなことはありません」
勇者「そうかなぁ」
856 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 03:12:06.98 ID:Lbanm5QNP
勇者「そりゃ、まぁ。本当かもしれないよ?
終わりがない関係はないけれど
終わるために出会うわけじゃないからさ」
メイド長「……」
勇者「でも、なんだかなぁ」
勇者「俺、最後のときに、魔王の困ったような
泣きそうな顔ばっかり思い出す気がするんだよ」
メイド長「そんな」
勇者「これもびびってるっていうのかなぁ。
でも、魔王がそういう顔すると思うとつらい。
勇者って言うのはさ、
もしかしたら幸せになっちゃいけない職業なのかも
しれないって。そう思うんだよ」
メイド長「……」
勇者「今の俺は、あんまり勇者って感じじゃないなっ!」
857 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 03:15:40.56 ID:Lbanm5QNP
メイド長「メイド如きに口を挟める問題でも
ないのでしょうが、一つだけ」
勇者「うん」
メイド長「勇者様は、魔王様のもの。
勇者様のすべては魔王様の、我が主の所有物」
勇者「ああ、そうだ」
メイド長「そのことをお忘れなきよう」
勇者「うん」
メイド長「だとすれば、
勇者様の感じるためらいも思いやりも、
押し殺している願いや
憧れるような希望も、
触れたいという祈りも。
言葉にならない、魔王様への気持ちさえ。
それらもすべて魔王様のもの」
勇者「……」
メイド長「それをお忘れなきように」
Part.2
66 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 15:07:28.99 ID:Lbanm5QNP
――冬の国、王宮
王子「ああ、けったくそわるい」
執事「はぁ」
王子「むかつくぜ」
執事「諸王国会議でございますか」
王子「……」
執事「聖王都がまたなにか?」
王子「どんぱちやれってさ」
執事「……さようでございますか」
王子「あらかた知ってるんだろう?」
執事「それはまぁ。洒落で諜報部を設置しているわけでもなく」
王子「要するに……」
執事「武勲と」
王子「そうだ」
執事「昨年来、魔族の侵攻は緩やかなままですからな。
このままでは人間の世界を守るという錦の御旗の価値が
ゆらぐと、そんなことを考える人もいるのでしょう」
王子「魔族の邪悪さと恐怖、人間の勝利をアピールしないと
支援するための募金もままならない、と。
遠回しにそう通達して来やがった」
71 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 15:13:33.14 ID:Lbanm5QNP
執事「聖鍵遠征軍の話はでましたか?」
王子「諸王国側からはな。
だが、中央の連中はその気はないさ。
どんなに言いつくろったって、
過去の聖鍵遠征軍は失敗だったんだ。
あれだけの軍隊と物資をつぎ込んで
得られたのは魔界側の都市の一個や二個。
そもそも聖鍵遠征軍のお題目であるところの
“魔王城を落として世界に平和をもたらす”事を
中央の連中だって望んじゃいない。
戦争が無くなったらまた内輪もめだ」
執事「……」
王子「しかし、それは俺たちもおなじなんだけどな。
戦争がなければ金が送られてこない。
小遣いをもらって殺し屋をやっている。
国ぐるみで傭兵の真似ごとだ。情けない話だ」
執事「若……」
王子「しかしなぁ。今回ばかりは」
執事「会議はどうなりました?」
75 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 15:19:26.51 ID:Lbanm5QNP
王子「まだ結論は出ていない」
執事「判りますなぁ……
“魔族をやっつけろ、しかし聖鍵遠征軍を出す余力はない”
となりますとな」
王子「諸王国軍の戦力を使って、
手早く、しかも中央大陸に華々しい戦果のニュースを
もたらせるような戦争だろう?
そんな都合の良い戦争、そこらにほいほい
転がってるもんかよ」
執事「氷の国、白夜の国、鉄の国の皆様はいかがで?」
王子「まぁ、難しい顔はしてたよ。
ああ。白夜の国だけはやる気満々だったな」
執事「あそこは、聖王国の貴族の娘だかを新しい
后に迎えてましたからな。大陸中央とのパイプを
強化して強国の仲間入りを果たしたいと願って
いるのでありましょうなぁ」
王子「そういうことなのか」
執事「さようでございます」
王子「会議はまだまだ続くだろうが」
執事「……」
76 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 15:24:17.45 ID:Lbanm5QNP
王子「おそらく、戦場は極光島だろうな」
執事「で、ございましょうな」
王子「極光島は南氷海にうかぶ、人間世界唯一の魔族の版図だ。
ゲートを超えて魔界へ入らず魔族と一戦を交えるとしたら、
あそこしかないだろう」
執事「ええ」
王子「あの島を魔族にとられたのは確かに痛手だったからな」
執事「まぁ、当時はここまで被害が大きくなるとは
思えませんでした。お父様を責めなさるな。
軍事拠点としての価値はさほどではありませんでしたしな」
王子「ああ。そうだなぁ」
執事「……」
王子「だが、あそこを押さえられたせいで海上運輸と
南氷海の漁業は、大きな打撃を受けたよ」
執事「さようで」
王子「ああ! あのとき親父達に、魔界へ侵攻して
都市の一個二個とるよりも、あの小さな島を守る
勇気と智慧がありゃぁなぁ」
執事「詮方なきことかと」
79 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 15:30:26.67 ID:Lbanm5QNP
執事「軍の編成はどうなりますかね」
王子「なにぶん、島だからな。戦船が中心にならざるをえん」
執事「ふむふむ」
王子「戦船200艘、兵員7000といったところかな」
執事「いかがでしょうね」
王子「俺なら、やりたくはないな。
人間の軍の優位点は連係攻撃と機動力、情報伝達、
そして何より、数だ。
海戦では肝心の数の優位性が失われる。
7000人の兵士を殺す必要はない。
船を200隻しずめればいいんだ。
正気の沙汰の話じゃない」
執事「若ならば?」
王子「戦をしないよ。
やるならば、勝ったあとにちょこっと海戦をやって、
軍事的に圧倒したふりだけをするさ。
そもそも勝利をするための方策がない状態で
戦をやるのは馬鹿だけだ。
その上今回の戦、意義も見いだせない。
大陸中央で安全を貪っている聖王国に指示を出されたから
しっぽを振って兵を送り込むだって?
そんなことで勝てるなら苦労はないさ」
80 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 15:34:12.80 ID:Lbanm5QNP
――冬越しの村、村はずれの館、中庭
貴族子弟「どうやら決まりらしいな」
軍人子弟「この冬でござるか?」
貴族子弟「ああ、氷の国の王宮に叔父がいるんだが
その叔父が知らせてくれた。どうやら大規模な
海戦を行なうようだ」
軍人子弟「そうでござるか!
最近は大戦もなかったでござるからね。
海戦でござるか! となると、
この近くでやるのではござらんか?」
貴族子弟「ああ、もちろんだとも。
叔父もはっきりとは言わなかったが、このあたりにも
動員令がかかるはずだと教えてくれた」
軍人子弟「憎き邪悪な魔族へと聖教会の鉄槌を
下す時が来たでござるね!」
貴族子弟「君も行くのか?
僕は叔父の船に乗せてもらうつもりだ」
軍人子弟「もちろんでござる。
戦こそ武人の誉れでござるよ!」
82 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 15:39:09.80 ID:Lbanm5QNP
女騎士「整列っ」
貴族子弟「は、はいっ!」
軍人子弟「!!」
ザザザッ
女騎士「浮ついた雰囲気だな」
貴族子弟「師範! お話はお聞きですかっ!?」
軍人子弟「拙者、血がたぎるでござるっ」
女騎士「まぁな。聞いてはいる。極光島だそうだ」
貴族子弟「極光島!」
軍人子弟「人間世界にしみ出した
蛆のごとき魔族の根城でござるな。
この大地に魔族は必要ないでござる」
女騎士「おい、ゴザル」
軍人子弟「はっ!」 ビシッ
女騎士「嘲りも侮蔑も戦場では不要だ。
そんな心の動きは、生き残るための敵の一つと
知った方がよい」
83 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 15:44:47.27 ID:Lbanm5QNP
女騎士「諸君らに今一度訊ねる」
貴族子弟「……」
女騎士「それは諸君らの父君が、なぜこんな田舎の
学院に諸君らを預けたかと言うことだ」
貴族子弟「それは、もちろん高名な学士様、
女騎士様がいらっしゃるからです」
軍人子弟「戦場で勇名をはせるためでござる」
女騎士「ちがう」
子弟2人「?」
女騎士「諸君らの父君がこの学院に諸君らを預けたのは
――大陸中央の進学校でも、修道会でもなく
まさにこの学院に諸君らを預けたのは、諸君らを
一回の雑兵や役人にするためではないぞ」
86 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 15:52:34.75 ID:Lbanm5QNP
女騎士「諸君らは、ここで――あの腹立たしい胸をした
――学士に経済なる面妖怪奇な理論を学んでいるので
あろう? 修道士からは実戦的な医術と農業の基礎を、
そして私は剣や槍、馬術に限らず、こと戦の事に関して
一通り以上を教授したつもりだ」
女騎士「それらは全て、一回の兵卒の身には過ぎたるもの。
それは王の隣に立って戦を治めるための知恵と技だ。
――忘れるな。諸君らが身につけた、
あるいは身につけようとしている技の価値を」
女騎士「中央の学院や修道会では、より洗練された、
教会の教えに沿った知識を身につけられるだろう。
社交術も華やかなパーティーで身につけられるに
違いない。あるいはそれも有用な技であろうな。
しかし、諸君らの父君はここを選んだ。
なぜなら、この学院に諸君らを預ければ、
少なくとも戦場で血気にはやり愚かしい蛮勇を
振るうことは無かろうと思ったからでもあるし、
……“敵に勝つ”というよりももっと意義のある
戦を学べると思ったからでもあろう。
あるいは、諸君らの父君が、自分たちには身に
つけられなかったと後悔する技が、それなのだ」
貴族子弟「はい」 びしっ
軍人子弟「はっ」 びしっ
89 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 15:57:19.26 ID:Lbanm5QNP
女騎士「ではどうだ? その知恵と誇りは、
この戦争の知らせに子供のように騒げと言っているのか?」
子弟2人「……」
女騎士「目を見開け、耳を澄ませ、この世界の全てを
勝つための知恵としろ。本当にこれでよいのかと疑え。
なぜならば諸君らの肩には、もはや諸君らの命以上の
多数の命と財産がのしかかっているからだ。
魔族が悪? そのようなものは、戦にはない。
勝者と敗者あるのみだ」
子弟2人「……」
女騎士「諸君らが戦に行くのならば、私は止めない。
止める資格もないだろう。
だが、諸君らが死ぬのを許すつもりはない。
諸君らは死ぬにはあまりにも未熟だ。
もし死ぬにしても、その瞬間まで諸君らは
何を間違えたのかも判らず、
きょとんとした表情で死ぬだろう。
そのようなことを許すつもりはない。
……さぁ、教練を始めるぞ。今日は普段の
3倍は厳しいぞ。覚悟するんだなっ!」
91 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 16:06:44.25 ID:Lbanm5QNP
――冬越しの村、村はずれの館
女騎士「なんてねー」
メイド姉「はい?」
女騎士「言っちゃってるんだけどねー」ごろごろ
メイド姉「はぁ……」
女騎士「偉そうに云っても、なんですか。
わたしも代役教師だから、なんもいう権利ないよねー」
メイド姉「そうですか? 勇者様より遙かに立派に
努めていらっしゃると思いますよ?」
女騎士「あいつはいい加減すぎるのよ」
メイド姉「ですねぇ」くすっ
女騎士「梨のつぶてもいいところでしょう。
死んだと思ったら一年ぶりに現れてさ。
引っ越してきたら修行の旅に出て一年も帰ってこないとか」
メイド姉「……」
97 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 16:11:37.25 ID:Lbanm5QNP
女騎士「信頼されてるって思わなきゃやってられない」
メイド姉「でも、そう思ってらっしゃるんでしょう?」
女騎士「それは、まぁねー」
メイド姉「そこが素敵です」
女騎士「……」
コトン
メイド姉「はい。甘いですよ?」
女騎士「これは何?」
メイド姉「加鼓亜のお茶ですよ? 元気が出ます」
女騎士「熱っ。でも、甘いわね」
メイド姉「これも当主様の実験植物です」
女騎士「そうなのか?」
メイド姉「ええ。水晶農園が出来てから、
いろいろ実験がはかどるのだとおっしゃってます。
これは植樹で持ってきたものですけれどね」
女騎士「あのキラキラした建物でしょ。面白いよね。
あんな建物で、建物全て暖房するとはねー」
メイド姉「暖かい地方の植物も作れるそうで」
100 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 16:16:59.91 ID:Lbanm5QNP
女騎士「でも、あれを立てるために修道会の
財布は空っぽよ……。
ああ、とんでもないことになってるなぁ」
メイド姉「そうですか?」
女騎士「とんでもないよ。大ピンチだよ」
メイド姉「でも、嬉しそうなお顔ですよ?」
女騎士「……そんなことはない」むっ
メイド姉「なら良いですけど」にこっ
女騎士「最近、メイド長に似てきたぞ?」
メイド姉「そうですか?」
女騎士「うん、似てきた」
メイド姉「そんなことないですよ。まだまだです」
女騎士「そうかな、仕草とかそっくりだよ」
メイド姉「何がなにやら、判らないですよ。
文字も読めるようになったし、数学も覚えました。
出来ることは沢山増えました。でも、わたし」
女騎士「?」
メイド姉「人間になれたんでしょうか……」
108 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 16:26:08.72 ID:Lbanm5QNP
――魔界、開門都市、くすんだ酒場
勇者「へぷしっ!」
酒場の主人「なんだい、兄ちゃん。
汚ねー汁まきちらさないでくれよ」
勇者「はん。こきやぁがれ。
掃除もしてねぇような小汚い酒場じゃねぇか」
酒場の主人「ははは! 違いねぇ」
聖鍵遠征軍兵士「ぎゃはははは!!」
聖鍵遠征軍兵士「酒を持ってこい、この魔族!」
聖鍵遠征軍兵士「早くしろ、殺すぞ、この女っ!」
聖鍵遠征軍兵士「こんな肉が食えるかっ」
勇者「……」
酒場の主人「ああ、まったく大暴れだな、商売あがったりだ」
勇者「そうか? ……マスターだって人間だろう?」
酒場の主人「まぁ、そりゃそうだがよ」
勇者「ふむ」
酒場の主人「酒が飲みたきゃ、
酒を買って外で飲めば良いんだ。
酒場ってのは食い物や雰囲気も含めて売り物だからよ。
あんな騒ぎは、ありがたかぁねぇな」
111 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 16:31:51.18 ID:Lbanm5QNP
聖鍵遠征軍兵士「早くしろっての!」
魔族娘「きゃっ!!」
聖鍵遠征軍兵士「裸踊りでも見せてくれるのか?」
勇者「……」
酒場の主人「ち、しかたねぇなぁ」
酒場の主人「お客さん。そういう事がしたいなら
一本裏手の宿屋に行ってくれないですかね?」
聖鍵遠征軍兵士「何だと、親父」
聖鍵遠征軍兵士「誰のお陰でここの防衛や暮らしが
成り立っていると思っているんだ!?」
勇者「おい」
魔族娘「は、はいっ。す、すみません。
ぶ、ぶたないでくださいっ」
勇者「そんなことはしないよ」
酒場の主人「いえ、めっそうもない。心得ております。
いつもいつも、緑のお天道様とおなじくらい
感謝しておりますよ」
114 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 16:37:37.87 ID:Lbanm5QNP
勇者「いつもあんな感じか?」
魔族娘「は、はい……」
勇者「この街は、まだ相当な数の魔族が残っているのか?」
魔族娘「……そ、そのぅ」
勇者(そりゃ、警戒もされるか……)
勇者「これを見ろ」 すっ
魔族娘「それは、魔王様の紋章。黒の手甲っ」
勇者「どうなんだ? この街の状況は」
魔族娘「それは、はい……魔、魔王様」
勇者「黒騎士と呼んでくれ」
酒場の主人「あー、やれやれ。商売あがったりだ」
勇者「なんとかなったのか?」
酒場の主人「ああ。済まないね、大騒ぎで。おや」
魔族娘 びくっ
115 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 16:44:18.07 ID:Lbanm5QNP
酒場の主人「あんたがこの娘をかばってくれたのかい」
勇者「ちょっと話をしていただけさ」
酒場の主人「ふふん」
魔族娘 びくびくっ
勇者「……」
酒場の主人「まぁ、いいさ。
その娘もこんなに怯えちゃ仕事にならないだろう。
おい! 奥で皿洗いでもしているんだな」
勇者「マスターは器量があるな」
酒場の主人「魔族だろうが何だろうが、
同じメシを食ってりゃ使うべき使用人だ。
勝手に壊されちゃたまらんね。
虐めていいことなんか、一つもないよ」
勇者「……」
魔族娘「それじゃ、あの……」
勇者「おい、マスター。この娘、借りても良いか?」
酒場の主人「ほう?」
勇者「酒手ははずむよ。これでどうだ」 とさっ
酒場の主人「ふむ……」
119 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 16:49:34.37 ID:Lbanm5QNP
魔族娘 びくっ
酒場の主人「この娘も気に入ってるみたいだね。
あーかまわないよ。どうせ仕事にもならないし、
外に出せばさっきの連中に嫌がらせをされるだろうさ。
無理はさせちゃ困るがね」
勇者「ああ、ちょっと話を聞きたいだけさ」
酒場の主人「ははぁん、話ね。まぁ、いいさ。
この娘の部屋は、裏手の安宿から月極でかりてるんだ。
“お話”ならそっちへいってくんな」
勇者「ああ、好都合だ」
酒場の主人「お客さんの今晩の宿はどうする?」
勇者「部屋か? そのままとって置いてくれ」
酒場の主人「ああ。判った。夕食の時間になったら
適当に切り上げてくれよ。
持っていくなんてごめんだぜ」
勇者「は? ああ。腹が減ったらちゃんと来るよ」
酒場の主人「あはははは。
まぁ、若いうちはメシよりあっちだわなっ! あははは」
122 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 16:54:18.95 ID:Lbanm5QNP
――魔界、開門都市、下級娼館
ぱたん
勇者「さて、と」
魔族娘 びくぅっ
勇者「あー。なんだ、そうびくびくしないで」
魔族娘「す、すいませんぅ〜。ひ、ひどいことはっ」
勇者「しない、しない」
魔族娘「……え、うぅ」
勇者「部屋の対角線に移動されるとさすがにへこむな」
魔族娘「す、すいませんっ。その」 おどおどっ
勇者「あ、いやいいよ。酒飲む?」
魔族娘「いえ……その、飲めなく……いえ、
その、飲み……ま……す……」
勇者「死にそうな顔で云わないでよ。飲まなくていいよ」
魔族娘「は、はい……」
勇者「んじゃ、お茶でももらってくれば良かったな」
魔族娘「あ、あります……」
124 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 17:09:09.93 ID:Lbanm5QNP
勇者「えーっと、あらかじめ云っておきますが」
魔族娘「はい」
勇者「痛いことはしませんから安心して」
魔族娘「えっ、そのっ。……う、うぅぅ」
勇者「なぜ泣く」
魔族娘「わ、わた、わた」
勇者「落ち着け」
魔族娘「わたし、その……へ、っ下手で……」
勇者「意味判らん」
魔族娘「じょ、上手……で、できなくて
ご、ご、ご。ごめんなさい、ごめんなさい」
勇者「??」
魔族娘「痛がって……ばかり……で……よくな、
良くなくて……ご、ごめんなさ……」
勇者「んー? ……あ! ああっ!!」
134 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 17:14:20.41 ID:Lbanm5QNP
――魔界、開門都市、下級娼館
勇者「わたくし大変失礼いたしまして
落ち着いていただけましたでしょうか?」
魔族娘「は、はいぃ……」
勇者「いやほんと。俺のピンチメーターは
火竜王のときの約30倍を記録した」
魔族娘「ごっ、ごめんなさいっ」
勇者「話進まないからごめんなさいは止めよう」
魔族娘「ご、ごめんなさいっ」
勇者「……」
魔族娘「……はぅ」
勇者「で、まぁ、簡単にまとめると……。
この都市を仕切っているのは、聖鍵遠征軍、駐留部隊だと。
やつらは市街地中央の宿舎から、この街すべてを
管理……というか、まぁ、乱暴狼藉していると」
魔族娘「はい……」
勇者「どのくらいの数なんだ?」
魔族娘「……沢山。……ご、ごめんなさいっ」
137 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 17:25:00.34 ID:Lbanm5QNP
勇者「街の外の部隊は?」
魔族娘「……外、ですか?」
勇者「周辺の警戒とか、防備とか」
魔族娘「沢山です。……四つ、軍団があります」
勇者「ふむ」
魔族娘「交代で街に帰ってきます。街に帰ってくると
暴れて、怖くて……ひどいこと、沢山します」
勇者(ふむ……つまり、街の外部。
おそらく来る途中に見た四方の砦だな。
そこに魔族の奪還軍を防ぐ軍勢を駐留させて
中央のこの開門都市には治安維持軍を置いてるんだな。
まぁ、当然の配置か。
この都市だけにそこまでの人数は駐留させられないしな。
メインの戦力は当然外側か。
街に残った魔族はほぼ奴隷状態らしいから、
警察力程度の戦力で足りるんだろうな。
――その治安維持軍の軍規は堕落しきってるみたいだけど。
砦の戦力が一つ当たり2000、
都市内部の治安維持部隊で1000ってところ。
そのほかに、交代要員や休暇中の兵士1000が都市内部に
いるって云う程度かな)
140 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 17:30:21.52 ID:Lbanm5QNP
勇者「うーん」
魔族娘 おどおど
勇者「街の中にいる部隊と、そのー。外から帰ってくる
兵隊は、なにがちがうんだ? 何か違いがあるのか?」
魔族娘「そのー、えっと、それは、違くて……」
勇者「ゆっくりでいいぞ」
魔族娘「ミブン? 街に残っている軍団は、
ミブンが高いそうです。
……王様の親戚や、子供達なんだと、思います」
勇者(貴族が中心なのか……。
街の中の安全なところで魔族相手にやりたい放題かよ)
魔族娘「宿舎にお金や……お酒……をあつめて
毎晩、騒ぎを……魔族も、沢山捕らえられているそうです」
勇者(相当に悪い状況だな……。
その気になれば、ゆるみきった貴族のバカ息子なんか
1000だろうが2000だろうが消し炭に出来るけれど
そうなったら周辺砦の1万近い軍勢が暴走するだろう。
仮に人間の軍すべてを倒したとすれば、
今度は魔族による民間人間に対する虐殺だ。
人間全てを守るなんて到底出来ないぞ……)
145 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 17:34:09.41 ID:Lbanm5QNP
勇者「この街には、えーっと、さっきの酒場の
親父みたいに、軍ではない人間も沢山いるんだろう?」
魔族娘 こくり
勇者「だよなー。相当多いのか?」
魔族娘「……多いです。酒場も、肉屋も、服も、
野菜も、全部、人間のお店……魔族は、人間の
半分くらいしかいないはずです」
勇者「魔族は奴隷なんだろう?」
魔族娘「ドレイ……わかりません……。
でも、ひどい痛いことされて、仕事や、
やりたくないこと……
させられ……て……ます……」
勇者「そか」
魔族娘「負けたから……」
勇者「……」
魔族娘「魔族が負けたから、負けたのは、悪だから」
149 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 17:39:37.43 ID:Lbanm5QNP
勇者「魔族は、地獄だな」
魔族娘「……仕方ないです。負けたから」
勇者「これが……」
魔族娘「……」
勇者「これが勇者が勝ち取った戦果なのか……。
俺たちが地竜王や妖将姫と戦って手に入れた
魔族の拠点、開門都市はこうなる予定だったのかよっ。
っていうか、人間が勝ったら魔界は全部こうなるのかよ。
魔族が勝ったら、人間界は全部こうなってっ!」
魔族娘 ビクッ!
勇者「ちがっ。その、すいません」
魔族娘「は、はいっ」おどおど
勇者「……」
魔族娘「で、でも」
勇者「?」
魔族娘「東の砦の人は、あんまり乱暴……しないって。
その代わり、街にもあまりきませんけど……。
魔族なら、逃げたら東に向かえって……
いわれてます……」
152 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 17:48:16.93 ID:Lbanm5QNP
勇者「んー」
魔族娘「く、黒騎士様?」
勇者「ん?」
魔族娘「お役に立てず、その……」
勇者「ああ、ないない。そんなことない。
役に立った。情報が手に入ってありがたい」
魔族娘「はっ、はい。その……」
勇者「それにしても……。それだけじゃ……。
いや、魔王なら金流れを追えって云うか……。
情報が足りないな……。調査?
街中でもうちょっと……」
魔族娘「そ、そのぅ……。粗末な物なのですが、
く、く、黒騎士様さえ……よ、よろしければ」 そぉっ
勇者「脚 を ひ ら く なっ !!」
魔族娘「ひぃっ。す、す、すいませんっ!」
勇者「うわぁ、何で俺こんな事になっちゃってるんだよぅ!?」
157 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 18:00:18.70 ID:Lbanm5QNP
――湾岸都市の商会、会議室
青年商人「ふぅーむ」
中年商人「どうだ? 性能的には精度があがったと
銅の国の技術者も自慢していたがよ」
青年商人「いや、すばらしい。――生産の方はどうです?」
中年商人「何とか目処が立ったよ。三つの工房が
協力してくれたからな。月産10個にはなる」
青年商人「ふむふむ。悪くはありませんね」
中年商人「苦労したよ。連中新しい技術に興味津々なのに、
プライドだけは高くてね、まったく」
青年商人「もう一声」
中年商人「はぁ?」
青年商人「もう一声、作れませんかね。月産15」
中年商人「本気か?」
青年商人「ええ」
中年商人「そりゃまたどうして」
とさっ
青年商人「南部諸王国からの報告書です」
160 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 18:06:00.68 ID:Lbanm5QNP
中年商人「これは……。戦か」
青年商人「そのようですね。極光島を奪い返すと」
中年商人「聖王都か?」
青年商人「聖王都と、今回は教会ですね」
中年商人「……」
青年商人「教会の方も何かと物いりなんですかね。
魔族との戦いがないと、教会の求心力が
低下してしまうとのことなんでしょうね……」
中年商人「金も集まらない、と」
青年商人「教皇選挙とのからみもあるでしょう」
中年商人「海戦かぁ。まぁ、商売の種にはなるがな」
青年商人「それはもちろん」
中年商人「それで羅針盤の増産か?」
青年商人「それもありますし、戦船の増産もはじめました。
錫の国の造船ドックは押さえてあります」
中年商人「どう転ぶかね」
162 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 18:20:59.28 ID:Lbanm5QNP
青年商人「まぁ勝てば嬉しいですよ」
ばさりっ
中年商人「海図か」
青年商人「極光島が確保できれば、西回りの交易路が
開通できる。陸路に比べてかなり割安な輸送です」
中年商人「ああ、そうなるな」
青年商人「いま、南部諸王国の生産力はあがりつつある」
中年商人「お前の縄張りだな」
青年商人「ええ」こくり 「この流れを壊したくない」
中年商人「ふむ」
青年商人「それに、さる筋から南氷海の鰊(ニシン)を
注文されています。相当な量の」
中年商人「どれくらいだ? いまでも鰊はあるだろう?」
青年商人「少なくともその5倍」
中年商人「鰊で宮殿でも建てるつもりか!?」
青年商人「鰊を麦に変える魔法だそうで」
165 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 18:31:12.73 ID:Lbanm5QNP
中年商人「ああ、さる筋ってのはあれか、お前の姫君か」
青年商人「僕の星ですからね」
中年商人「お前が恋をするとはね。
金貨と添い遂げるかと思ってたが」
青年商人「同床異夢なんて言葉もありますが
彼女とだったら異なるベッドでも同じ夢を見られる」
中年商人「惚気か、敵わんな」
青年商人「しかし一方負けると、これは相当……」
中年商人「まずいか?」
青年商人「負ければ新しい戦艦の受注が増えるとか
武器の追加発注が来るなんて云ううまみはありますがね」
中年商人「それもこれも、中央の。
云ってしまえば教会の意向次第だろう?
魔族がいる限り戦争をやめるわけにも
行かないが、南部諸王国では政権交代が相次ぐと。
そういうわけだな」
青年商人「どうなるかは判りませんがね」
中年商人「全ては、戦争次第か」
170 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 18:38:23.50 ID:Lbanm5QNP
――白夜の国、軍艦ドック
兵士達「……すごい数だな」
兵士達「しぃっ……」
兵士達「はじまるぞ」
ザッザッザッ!
白夜王「諸君! 歴戦の勇士たる諸君!
人間世界の守護の盾たる諸君っ!
時は来た!!
愚かなる魔族がこの母なる大地、
光あふれる我が世界にその汚らしい手を伸ばしてから
およそ15年!!
我らが必死の防衛戦、我らが正義の戦は
一進一退を繰り返し、ついには我らが光の領土
極光島を失うに至った。
われらが魔族の重要拠点、開門都市を制圧した時
差し違えるようにして失ってしまった、
大いなる失点であった」
王子「そりゃなにか? 俺の親父に喧嘩うってんのか、
ああん!? このパーマ頭」
執事「若、若っ、聞こえてしまいます」
176 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 18:45:03.68 ID:Lbanm5QNP
白夜王「しかし時は来た! 聞け、勇士諸君よ!
君たちの眼前にあるのは、世界から結集した
軍艦である。その数200! 勇猛なる諸君が
乗り込めば200の軍艦は、そのまま魔族の心臓に
突き立てられた200の剣となろう!
南氷海、極光島は魔族の精鋭、
南氷将軍を僭称する盗人によって占拠されている。
魔族の戦闘能力は確かに脅威である。
大型魔族は様々な能力を持つだろう。
しかし、数ではこちらが圧倒している。
諸君らがその勇気を我に預ければ勝利は絶対である」
王子「おいおい、まじか? このおっさん
船に乗せたら数なんて意味ねぇぞ」
白夜王「さあ、乗り込もう! 船出の時間だ。
太陽は我らが勝利のために輝いている。
魔族から極光島を取り返した暁には、
大いなる恩賞が約束されるだろうっ。
もっともはやく極光島にたどり着いた船には、
船全員で金貨2000枚が支払われる。
勇士諸君、その力を人間世界のために振るうのだっ!」
178 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 18:54:45.74 ID:Lbanm5QNP
――魔界、開門都市、略奪された神殿
カランッ
勇者「ここは、一層ひどいな……」
魔族娘「はい……。ここは、神殿です」
勇者「悪いな、案内頼んじゃって」
魔族娘「いえ、あの。沢山お金もらったから……。
マスターは……その嬉しそうでした。あの……わたしも」
勇者「そうだ。魔族には神様、沢山いるんだろう?」
魔族娘「……ううう、そうです」
ザッザッ
勇者「そうか。人間には精霊様が1人だけだ。
沢山いるといいよなー」
魔族娘「そうですか?」
勇者「神様に怒られた時、他の神様が匿ってくれるだろう?」
魔族娘「そう……かもしれません」
勇者「ふむふむ……。瓦礫が、すごいな……」
魔族娘「黒騎士さま……は、なんで……」
勇者「?」
181 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 19:00:35.73 ID:Lbanm5QNP
魔族娘「なんで、人間なのに……魔王様の騎士ですか?」
勇者「あー。本当は騎士でも何でもないって云うか、
説明が難しいんだけど……。
つまり、なんというか魔王の物なんだ。俺は」
魔族娘「魔王様の?」
勇者「そう」 こくん
魔族娘「持ち物ですか」
勇者「そうそう」
魔族娘「じゃぁ、魔王様に……負けた……のですね」
勇者「へ?」
魔族娘「ちがう、ですか? ……ご、ごめんなさい。
魔族は……魔族では、勝ったものが、負けたものを
……その、自由に……します……から。
ま、間違えました……か?」おどおど
勇者「あ、ああ。そういうことか」
魔族娘「負けた……ですか」
199 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 19:10:18.13 ID:Lbanm5QNP
勇者「いや、それは違うな。
……いや、結果的にはそうなのか?
でも違うような……」
魔族娘「?」
勇者「ちょっと難しい関係なんだ」
魔族娘「そう、ですか……」
勇者「この像は?」
魔族娘「片目の神様、です……。竜族の……神様。
その他にも、沢山信じてます。……魔界では
強い神様……です」
勇者「へぇ、どんな神様なの?」
魔族娘「賢くて、強い……槍を持った……
魔王様みたいな……神様だそうです」 びくびく
勇者「どうしたの?」
魔族娘「私みたいな下級魔族は……入っちゃダメなんです」
勇者「あはははっ。こんな廃墟で何を今更」
204 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 19:17:04.38 ID:Lbanm5QNP
魔族娘「こっちの二つは……」
勇者「砕かれちゃってぼろぼろだなぁ」
魔族娘「カラスの像です……。
多分、昔はそうだった、はず……
こっちは『記憶』、右が『思惟』……です」
勇者「そう言う名前なのかな?
物知りだなぁ」
魔族娘「神様の……お手伝いで……あちこちに、
おしらせを……する、係で……賢いです。
カラスは、良い子……です」
勇者「あははは。そっか。使いっぱに伝令させるか。
そりゃぁ、確かに魔王によく似てる」
魔族娘「?」
傷病魔族「死ね……死ね、人間は死ねっ」
勇者「……?」
魔族娘「あ……あの……あっちへ、いきましょう」
勇者「あの声は?」
206 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 19:22:44.86 ID:Lbanm5QNP
魔族娘「あのぅ、こういった廃墟には、
戦で不具になった……その、魔族の人が……
棲み着くんです。ご、ごめんなさいっ……。
か、隠す訳じゃ……無いんですけど……」
勇者「うん」
魔族娘「あの、人間の黒騎士様は……その
い、いやな……気分かなと……。
あっちへ、いきま……せんか?」
傷病魔族「死ねっ! 我らが神都を奪った
放漫なる人間め! 悪魔の侵略者!
何千回でも呪われろ、我らが生活を! 我らが平和を!
襲い、奪い、侵した貴様らには腐った沼の蛆だけが
ふさわしい! 死ねっ! 死んで償えっ!
三千年にわたって呪われるがいいっ!!」
勇者「いや……」
魔族娘「でも」
勇者「いいんだ」
208 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 19:33:09.61 ID:Lbanm5QNP
傷病魔族「あはははは! 死ね死ね死ねっ!!
貴様らに二度と安息など無い! 奪われた死者の魂が
安らぐことなど無いと知れ、永劫が消滅するまで
人間世界など常闇に包まれるがいいっ!!」
魔族娘「……」
勇者「……」
ざっざっざ……
魔族娘「あの、ご、ごめんなさい。あ、れは」
勇者「……」
魔族娘「あんなひと、ばかりじゃ。その……ないです」
勇者「やっぱりさ。違うよ。違ったわ。さっきのさ」
魔族娘「?」
勇者「俺は魔王の持ち物だけど、
負けたから持ち物にされたわけじゃない。
勝ったら全てを得る、勝ったら正義。何をしてもいい。
負けたから持ち物になる。負けたら何をされても仕方ない。
そういうのじゃない。
そういうのじゃない事実が俺なんだ。
俺は……『丘の向こうへ続く道』だ」
211 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 19:49:03.35 ID:Lbanm5QNP
――冬越しの村、村はずれの館
メイド姉「今月分の賃借対照表です」
魔王「うむ」
メイド姉「現金流量が増大しながら不安定です」
魔王「しかたない。新規事業を連続開拓している状態だからな」
メイド姉「損益計算書上は問題ありませんが」
魔王「この世界は金融能力が低いからな。
ヘッジにも限界があるという訳か」
メイド姉「ヘッジ? ……とはなんでしょう」
魔王「危機に対する保険、だな。経理上の」
メイド姉「はい……。うーん、困りますね」
魔王「『同盟』内部には銀行に似た信用貸し付けの
機構があると聞いたな。銀行という概念もどうにか
広める必要があるのだろうが……」
メイド姉「手が足りませんか?」
魔王「そうだな」
213 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 19:52:48.53 ID:Lbanm5QNP
ぱさり
メイド姉「これは?」
魔王「おお、それか。火箭だ」
メイド姉「火箭……?」
魔王「ああ、単純な機構の火矢の一種だ。
燃えながら飛んでいって、当たると炎が広がる。
これはナフサを用いたもので、広範囲に対する
攻撃に効果が見込めるな」
メイド姉「……なふさ?」
魔王「難しかったか? まぁ、武器だ」
メイド姉「……」
魔王「どうした?」
メイド姉「やっぱり、武器も作るんですよね」
魔王「……ああ。備えないのは愚か者だ」
215 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 20:00:06.42 ID:Lbanm5QNP
メイド姉「当主様」
魔王「なんだ?」
メイド姉「その……」
魔王「?」
メイド姉「戦争って、何なのでしょう?
なぜおきるのですか? なぜ終わらないのですか?」
魔王「それは随分、難しい問いだな」
メイド姉「すみません」
魔王「なぜだろうなぁ」
メイド姉「……当主様にも判らないのですか!?」
魔王「判らないよ。私をなんだと思っていたんだ?」
メイド姉「この世で判らないことがない方かと」
魔王「私には判らないことばかりだよ」
メイド姉「……」
218 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 20:03:06.73 ID:Lbanm5QNP
魔王「戦争は争いの大規模な形の一つだ」
メイド姉「……」
魔王「争いというのは、摩擦だな。
異なる二つが接触した時に生じる軋轢と反発
作用と反作用のある部分が争いなんだ」
メイド姉「難しいです」
魔王「村に2人の子供がいて、出会う。
あの子は僕ではない。僕はあの子ではない。
2人は別の存在だ。別の存在が出会う。
そこで怒ることの一部分が、争いなんだ」
メイド姉「でもっ! 出会ったからって、
争いになる訳じゃありません。
出会って素敵なことだってあるじゃないですか。
助け合ったり、挨拶をしたり、友達になったり遊んだり」
魔王「そうだな。だから、争いは、
そう言う素敵なことの一部分なんだ。
本質的には同じ物なんだよ」
220 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 20:07:33.62 ID:Lbanm5QNP
メイド姉「そんなこと信じたくありませんっ」
魔王「わたしもだ」
メイド姉「……っ」
魔王「でも、私が学んできたことによれば、そうなんだ。
戦争は沢山の人が死ぬ。
憎しみと悲しみと、愚かさと狂気が支配するのが戦争だ。
経済的に見れば巨大消費で、歴史的に見れば損失だ。
でも、そんな悲惨も、出会いの一部なんだ。
知り合うための過程の一形態なんだよ」
メイド姉「これが、出会いなんですか?」
魔王「そうだ」
メイド姉「辛くて悲しくてひもじくて寒いだけじゃないですか」
魔王「でも、そうなんだ」
メイド姉「……」
魔王「出会いは必然にも似た運命、
もしくは運命に近似した必然だ。
しかし、その結果は違う。
だからせめて……あがきたい」
222 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 20:10:40.71 ID:Lbanm5QNP
魔王「戦争は争いの一形態だが、争いの全てが
戦争ではない。もっと他の方法で腕比べをしてもいいし
村の子供達が競って可愛い娘に花を届けるのも争いだ」
魔王「また、争いは関係の一形態だが、関係の全てが
争いなわけではない。友好的な関係や支援関係だって
この世にあるのは事実だ」
メイド姉「じゃぁ、なんで戦争なんか」
魔王「それはわからないが、存在するんだよ」
メイド姉「……なぜ。なぜ?」
魔王「私は、必要だからだと思う」
メイド姉「そんなものが必要だなんておかしいです」
魔王「『いずれ卒業するために必要』だと。
逆説的だが、そう言う事象もあるのかも知れない。
最初から大人として生を受けることが出来ないように」
メイド姉「……」
魔王「いずれにせよ、私には判らないことだらけだ」
224 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 20:16:55.21 ID:Lbanm5QNP
――極光島沖合、南部諸王国艦隊
兵士「快晴! 風向き良しっ!」
兵士「腕が鳴るな」
士官「この分なら朝焼けのうちに上陸だ。
見ていろよ魔族め、人間の武力、思い知らせてやる」
兵士「斧の手入れは怠りないか」
兵士「ぬかりない」
士官「反射光が目に入る。炭と油を混ぜて、
金属には塗っておけ」
兵士「わかりましたっ!」
ごぼごぼごぼ
兵士「ん? 北東に大規模な気泡ッ」
艦長「なんだ? このような場所で……」
227 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 20:24:35.32 ID:Lbanm5QNP
ごぼごぼごぼ
ごばっ! ざばっ! ざばばばぁんっ!!
兵士「てっ! 敵襲ぅぅぅっ!! 巨大烏賊ですっ!」 兵士「射てぇ! 射てぇ!!!」
士官「な、なん……だと……!?」
兵士「うわぁぁ!! 空だ、空にもいるっ!」
兵士「ハーピーだぁっ! 耳をふさげぇ!」
艦長「石弓隊っ! 頭上を狙えっ!
斧隊は触手を切り落とせっ!!」
兵士「うわぁぁ! うわぁっ!」
兵士「離れろっ! こいつ離れやがれっ!」
士官「勇戦せよっ! 一歩も退くなっ!」
ミシィ、ミシィッ!!
兵士「み、水の中から魚人が狙って」
兵士「ぎゃぁぁ!?」
230 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 20:28:46.14 ID:Lbanm5QNP
兵士「死ねっ! 貴様ら魔族は、魔界へと帰れっ!」
兵士「遊軍艦が魚人の切り込み攻撃を受けています!!」
士官「支援だ! 回頭っ! 回頭しろ、操舵手っ!」
操舵手「舵輪が効きませんっ!」
兵士「触手が、艦長っ!!」
ミシィ、ミシィッ!!
艦長「この音は、船体全てからっ!?」
兵士「18番、沈没っ!!」
兵士「灼けるっ! くそぉ、こいつら。酸をっ」
士官「水をっ! 水を掛けてくれっ!」
兵士「斧じゃダメだっ! 火矢を射込めっ!」
艦長「ダメだっ! やめろっ!!
遊軍艦を燃やすつもりかっ!?」
兵士「先行艦隊、壊滅っ!」
艦長「転進だっ! 船足を止めるなぁ!!」
240 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 20:43:36.44 ID:Lbanm5QNP
――南部諸王国軍、軍議
白夜王「……」
氷雪女王「戦船200隻のうち、かえってこれたのは15隻
生き残ったのは500人足らず……と」
冬の王子「大敗、ですね」
白夜王「……っ」
鉄槌王「ふんっ。ワシは反対したではないか。
水棲魔族への攻略無くして数で押し切ろうなどと
自殺行為ではないかと」
白夜王「うっ、うるさいっ!!」
鉄槌王「うるさいとはなんだ!!
貴様は大口を叩いていたではないか!!
勇気があれば敗れることはないなどと。
この様は何だ。指揮官のみおめおめと逃げ戻り」
白夜王「我は王族なのだっ、生き残る義務があるっ」
243 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 20:48:13.67 ID:Lbanm5QNP
鉄槌王「それもこれも、貴様が旗艦を転舵させている
あいだ身を挺してかばってくれた冬の国の戦船の
おかげではないかっ!!」
白夜王「頼んだわけではないわっ!」
冬の王子「……ッ」
鉄槌王「心中、お察しいたす」
氷雪女王「冬の王は勇敢な方でした」
冬の王子「いえ、父らしい最期でした」
白夜王「はんっ! らしいもらしくないも無かろう。
そもそもあの島が奪われたのも、冬の王がしっかりと
防備を固めていなかったためではないか。
命をかけてかばったくらいでその失点が
消えるわけでもないわっ」
鉄槌王「貴様ッ。南部の武人の矜恃を何処へやった!?」
氷雪女王「そうです。あの当時、聖鍵遠征でわれら
南部諸王国の兵力は殆ど出はからっていました。
総力を挙げた侵攻作戦だったのです。
それこそ、人間世界の防備がおろそかになるほどの」
249 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 20:53:30.09 ID:Lbanm5QNP
白夜王「それを云うならば、今回の作戦だって
聖王国と光の教会からの提案によるもの。
その提案を断れる南部諸王国かどうか、
お前達も自分の胸に手を当てて考えてみるがいい。
そうだっ!
貴様もっ!
貴様もっ!
そこの小僧、お前もだっ!!」
白夜王「冬の王に罪がないというのなら、
我の罪もないわっ。
我は艦隊を率い、総意によって総大将を勤めたまで。
その依頼は聖王国と光の教会からだったのだ。
200の船が壊滅したからどうだというのだ。
これでまた新しい船が手に入るではないかっ!」
鉄槌王「云わせておけば……」
バンッ!!
冬の王子「黙れっ」
253 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 20:57:22.10 ID:Lbanm5QNP
白夜王 びくっ
氷雪女王「……王子」
冬の王子「父は父の信じるところ為し、
その過程で命を落としたのだ。そのことで、白夜王。
貴公を責める気持ちは私にも、冬の民の1人に
至るまで持ってはいないっ」
白夜王「ほらみろ、そうではないかっ」
冬の王子「しかし、だからといって
この海戦敗北の責任を免れえるはずもない。
無策によって6000の将兵の命を散らしたのだ。
その意味、この会議に集った王族であれば
判らないはずは無いと考える」
白夜王「誰に向かって口をきいている、
くちばしの黄色いひよっこがっ」
鉄槌王「この会議に出た時点で、各国の代表だ。
わきまえよ、白夜王っ」
260 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 21:05:04.42 ID:Lbanm5QNP
白夜王「はっ! よかろう。貴様らがそう言うならば、
どのような責任でもとろうさ。はん? なんだ?
我の首でも欲しいのか? 我の首があれば、
中央や教会が納得するとでも?」
鉄槌王「……」
氷雪女王「常識的に考えて、賦役か資金援助でしょうね」
白夜王「良かろう、払おうではないか。
だがな、冬の。聞いておるぞ?」
冬の王子「何をです」
白夜王「冬の国が最近なにやら、湖畔修道会と1人の
天才学者をおしたてて、巨大な利益を独占していると。
何でも新しい作物や風車を通して、
かの『同盟』までをも巻き込み、
多額の戦費をたくわえているそうではないか」
冬の王子「農業に工夫を加えたのは事実だ」
白夜王「そのうえで、なお白夜の国からの資金援助を
欲するというのか? 冬の国は金の亡者というわけだ。
南海の槍武王の末裔が聞いてあきれるわっ!」
鉄槌王「……貴様ぬけぬけと」
266 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 21:08:18.82 ID:Lbanm5QNP
冬の王子「……潮時、か」
氷雪女王「?」
冬の王子「いえ、会議を続けましょう」
鉄槌王「そうだな。こうなっては善後策をうたねばならん」
氷雪女王「とはいえ、中央からの要請を放置するわけにも
行かないでしょう。このままでは財政にどのような
圧力を掛けられるか」
冬の王子「使者はなんと?」
氷雪女王「追加の援助が必要であれば、戦船で払う、と」
鉄槌王「ふんっ。どうやっても戦争をさせなければ
気がすまんようだな。自分たちは安全なところに
隠れておれば、どんな命令でも出せるというわけだ」
氷雪女王「どれだけの犠牲が出ればよいのか」
冬の王子「聞いてください。会議の方々。
中央や光の教会は意図は、戦意の高揚です。
勝てば良し、もし負けたとしてもその被害をテコに、
魔族の脅威を全世界に訴えて、次の聖鍵遠征軍を
起こすつもりだとしか思えません」
270 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 21:15:43.04 ID:Lbanm5QNP
冬の王子「どちらにせよ、我らの手には選択権がない」
白夜王「それみろ。結局は狗にすぎん」
鉄槌王「……」 氷雪女王「……」
冬の王子「犬で結構。犬なりの意地の見せ方を
白夜王にはお目に掛けるとしよう」
鉄槌王「まさかっ」
氷雪女王「いけませんっ」
冬寂王「いまを持って、冬寂王の名を継がせていただこう。
この冬のあいだに、第二次極光島奪還作戦を決行する」
鉄槌王「本気なのかっ!?」
冬寂王「私は若輩ゆえ、何の発言権もなかったが
その罪の重さは魂で感じている。
ここでもう一度懺悔させていただきたい。。
勇者を行かせたのは、
勇者を葬り去ったのは我ら四人の罪だ。
南部諸王国の罪なのだ。
この世界から星が一つ消えたのは
この会議が追うべき重責をたった1人の勇者に
負わせたからだ」
271 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 21:18:52.99 ID:Lbanm5QNP
鉄槌王「……」 氷雪女王「……」
白夜王「たかが兵卒の1人ではないかっ!」
冬寂王「中央の太鼓持ちに成り下がった輩には判らぬ。
王族には、王族なりの信義というものがあるのだ。
それは時に非情であり……。
――我が父のように、背くこともある。
その王族は一生の間恥を背負ってゆくのだ」
冬寂王「私は前王の子として、極光島を奪還し
勇者が為すべきだった光の千分の一でも
南部の王国にて肩代わりしなければならない」
白夜王「出来るかな、小童が」
冬寂王「その答えは戦場で証明しよう。失敬」
バタンッ!
執事「若様……」
冬寂王「会議は決裂だ。……至急、女騎士へ使いを出せ」
執事「女騎士に?」
冬寂王「この戦には総司令官が必要だ」
383 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 00:46:53.45 ID:vGBiMEoLP
――大陸街道、関所
義勇軍兵「ああ、そうだ。俺も南氷海での戦いへ参加する」
若い傭兵「俺もだ、もし南氷海へ行くのなら一緒に行かせてくれ」
遊歴騎士「わがはいもそうだ。是非頼む」
関所の兵士「おおいな、今日だけで15人は通ったぞ」
関所の兵士「ああ、何時にない勢いだな」
義勇軍兵「今回の遠征は、とうとう若い英雄、
冬寂王が立たれると聞いたんだ」
若い傭兵「ああ、槍武王の末裔、代々勇猛をもってなる
冬の国の若い王が軍を挙げるときいたぞ」
遊歴騎士「しかも、将軍は若く美しい、あの伝説の
女騎士だというじゃないか」
義勇軍兵「おお! 勇者の右の翼と呼ばれた!!」
若い傭兵「聞いたことがあるぞ!」
遊歴騎士「『黒点の射手』と呼ばれた左の翼、弓兵と並んで
魔王軍の並み居る将軍をたった四人で次々と打ち破った
勇者の仲間。伝説の英雄の一人だ!」
386 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 00:52:08.64 ID:vGBiMEoLP
義勇軍兵「実は俺の家族も後から来るんだ」
若い傭兵「そうなのか? 奇遇だな。俺もだ」
遊歴騎士「お前たち何を。戦場に家族づれだと?」
義勇軍兵「いや、そういう訳じゃないんだが」
若い傭兵「うむ。実を言えば、最近冬の国は豊かになったと
聞いてな。商業も盛んになってきたとか」
遊歴騎士「そんな噂があるのか?」
義勇軍兵「ああ。農奴の税も、賦役や作物ではなく
銀貨で治めても良いと云うことらしいんだ」
若い傭兵「俺もそう聞いた。銀貨で払って良いのならば
傭兵の給金で払えるじゃないか? 俺たちの家族は
やっと解放された農奴なんだ。冬の国へ行けば
小さな畑でも手に入れるかもしれない」
遊歴騎士「そんなうまい話があるものか」
義勇軍兵「ダメで元々だ。どうせ戦って死んでいくしか
俺たちみたいな半端者には残されていないんだ」
393 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 00:56:24.31 ID:vGBiMEoLP
遊歴騎士「まぁ、そうともいえるが」
若い傭兵「湖畔修道院の修道士が、紹介状を書いてくれたしな」
義勇軍兵「紹介状?」
若い傭兵「ああ、これをもってゆけば、
馬鈴薯の種芋をくれるというんだ」
義勇軍兵「種芋? なんだそれは」
遊歴騎士「わがはいもしらんな」
義勇軍兵「小麦の種のような物らしい」
義勇軍兵「ふむ、すぐにくれればいいのに。道中食べれたろうに」
若い傭兵「いや、それをつかって、
馬鈴薯を増やして欲しいと云うことなんだろう。
俺たちの家族は、もうずっと長い間、
自分たちの畑というものに憧れてきたんだよ」
遊歴騎士「その気持ちはわからんでも無いな」
義勇軍兵「なぁ、俺にもその紹介状はもらえるだろうか?」
若い傭兵「ああ。この紹介状をくれた修道士は、
人数は向こうで相談してくれと云っていたんだ。
家族が来たら俺と一緒に行ってみようじゃないか」
395 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 01:01:48.55 ID:vGBiMEoLP
――冬越しの村、夜の修道院
ばすん、どすん! ばたん!
女騎士「よし、こうだっ! この荷物めっ!」
女騎士「えいっ! えやっ!
何で素直に荷造りされないんだっ! えやっ!」
こんこん
女騎士「開いている、済まないが今手を離せないんだ」
魔王「夜半、すまない。良いだろうか」
女騎士「あ? ああっと。す、すまない。学士様だったのか
わたしはてっきり修道士かと」
魔王「いや、修道士殿に頼んでお邪魔させて貰ったのだ」
女騎士「そうだったのか」
魔王「……」きょろきょろ
女騎士「すごい有様だろう?」
魔王「もう、荷造りはされたのだな」
女騎士「もともと女らしさに欠ける性格でな。
その気になれば旅支度など簡単に整ってしまう」
397 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 01:06:51.65 ID:vGBiMEoLP
魔王「そうなのか。……よいかな?」
女騎士「ああ。すまないな散らかっていて。
その寝台に腰を掛けてくれ」
魔王「……」
女騎士「……えいっ! とやっ!」
魔王「……」
女騎士「どうしたんだ? 学士様」
魔王「いや、なんだか慌ただしくてな」
女騎士「ああ。わたしの出発か?」
魔王「うん」
女騎士「指名頂いたことだし。せいぜい暴れ回ってくるよ。
心配はしなくて良い。修道会の仕事はわたしなんか居なくても
全て滞りなく回るようになっている。
そもそも最初からわたし抜きでも回っていたんだ。
わたしは運営にはとんと不向きだからな」
魔王「そうではない」
女騎士「……」
魔王「そうではないんだが」
399 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 01:10:36.35 ID:vGBiMEoLP
女騎士「なんだ、随分歯切れが悪いな」
魔王「……」
女騎士「わたしのことなら心配はいらない。
確かに勇者に及ばないかもしれないが、
そこらの魔族にやられるような鍛え方はしていないよ。
あははははっ。
たとえ船が沈んだって泳いで帰ってこれる。うん」
魔王「……」
女騎士「どうした?」
魔王「その……。この一年間、わたしの我が儘に
さんざん付き合わせて」
女騎士「馬鈴薯のことか? 四輪作かな? 最初に云ったけれど
それらはぜんぶ我が修道会の理念に照らして正しいから
協力したんだ……。
だから遠慮することなど無い。
むしろ修道会一同、深く感謝している」
魔王「そうではなく、学院の指導だとか」
女騎士「ああ。剣と軍事教練か〜」
魔王「そうだ」
408 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 01:17:43.30 ID:vGBiMEoLP
女騎士「あれは良い運動になる。ストレス解消にも。
それにね。適度な燃焼をさせないと脂肪が肉についてしまう。
肥えてしまうからなぁ〜」ちらっ
魔王「ううっ……。うう」
女騎士「言い返してこないのか。
貧乳だの何だの。つまらないな。
その点ではあの眼鏡メイドの方が手強いか」
魔王「その、女騎士殿は」
女騎士「うん?」
魔王「わたしは……その、幼いときから、ずっと……
部屋の中で育ってな。狭い家ではなかったのだが。
一人で……育ってな」
女騎士「貴族の出だったのね」
魔王「うん、そんなものなのだ……」
女騎士「それで?」
魔王「だから、同性の親しい人は一人しかいなくて。
それはメイド長な訳だが」
女騎士「ふむ」
魔王「その、女騎士殿は。わたしにとって、いってみれば」
女騎士「……」
魔王「友達に一番近い存在だというように、
わたしの推測では、先日、そう結論したのだ」
410 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 01:22:07.69 ID:vGBiMEoLP
女騎士「……」
魔王「もちろん、女騎士殿がどう思ってるかと
わたしの推論は何の関係もなくてだな、
これはいわばわたしの側の勝手な定義付けというか、
境界条件の曖昧な主観的な分類に過ぎないのだとは
判っているんだがな」
女騎士「……」
魔王「その女騎士殿が、将軍として戦場に出向く。
この戦は何もわたしと無関係なわけではない。
状況に照らせば、わたしの意志がバタフライ効果的に
影響を及ぼしたことは想像に難くないのだ。
しかし、それなのにわたしは……」
女騎士「……」
魔王「わたしは、まだ躊躇ってしまい、
手を下せない事がいくつもあるのだ。
わたしは、こんなにも愚かで弱い。
毎日のように愚かになっていくような気さえする。
――例えば、硝石と黒色火薬がそうだ」
414 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 01:26:28.45 ID:vGBiMEoLP
魔王「それがあれば戦局は有利に展開できるのは判っている。
死者の数を2桁オーダーで減らせる可能性もある。
密かに冶金師への依頼も行い、研究も進めていた。
でも、それでもどうしても踏ん切りがつかないのだ。
それを手渡せば、戦には勝てるかもしれない。
でも、それを手渡してしまったら、
もう二度と戻れないのではないか。
そう思うと、笑ってくれるが良い。
手が震えそうになる」
女騎士「……」
魔王「あの日わたしは誓ったはずだった。
勇者の手を取って。……どんなことでもすると。
願いを叶えるためだったならば、
たとえこの身体がこの命が
どこともしれぬ道ばたで腐れ果てようと気にはしないと。
幼いときから学んできた書物と情報海以外の
何かを見るためにだったら
どんな物だろうが生け贄に差し出しても良いと。
……でも。
なぜだか判らないが、わたしはどんどんと
弱くなってゆく。どのような技術でも渡してしまい
その結果世界がどう変わるか見てみればいいのに。
……その勇気がでないんだ」
418 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 01:31:38.30 ID:vGBiMEoLP
魔王「これから、戦場へ赴く……友に。
それは酷い仕打ちだと思う。酷い裏切りだと思う。
わたしは女騎士殿と何の契約も交わしていない。
修道会と技術頒布の契約を交わしただけだ。
だから、わたしが女騎士殿に感じる
この罪悪感は無意味な物なのだ。
そのはずだ。
しかし、それでも胸からぬぐえない」
女騎士「まぁ、要するに」
魔王「……」
女騎士「そのブラックパウダーとかいうのは
特性の広域殺傷用魔法のような物でしょう?」
魔王「ああ」
女騎士「すごく強力で、すごく便利で、素人でも
使えちゃうかもしれないけれど、いってみれば
そういうものでしょう?」
魔王「そうだ」
女騎士「わたしはそんな物が無くても負けないから」
420 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 01:34:55.59 ID:vGBiMEoLP
魔王「それだけじゃない。……わたしは」
女騎士「……?」
魔王「女騎士殿に嘘をついているんだ」
女騎士「……」
魔王「ずっとみんなにも嘘をついている」
女騎士「……」
魔王「だから、今夜はここへ来たんだ。
これもまたわたしが望んだことだから。
かつて見たことのない『丘の向こう』のひとつだから。
女騎士殿。
わたしは……。
わたしは魔王なんだ」
女騎士「……」
魔王「……」
女騎士「わたしが、湖畔修道会の修道院長だってしってるよね?」
魔王「ああ」
女騎士「光の精霊に仕えていることも」
魔王「もちろん知っている」
427 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 01:40:09.20 ID:vGBiMEoLP
女騎士「では、私、女騎士が
聖なる光の精霊の信徒の一人として
湖畔修道会の修道院長として
魔王、あなたの告悔を受け入れましょう」
魔王「え?」
女騎士「あなたは友に嘘をついた。
それを友と精霊に告白をした。
あなたの罪は洗い清められた。
何の問題も有りはしない」
魔王「魔王なのに……?」
女騎士「懺悔の内容は嘘をついたことでしょう?
それとも、なに? 魔王であることに罪の意識があるの?」
魔王 ぶるぶる
女騎士「勇者を横取りしようとしたこと反省してるの?」
魔王 ぶるぶる
女騎士「じゃ、この件はそれで終了で良いでしょう。
湖畔修道会はごちゃごちゃした儀礼苦手なのよ」
439 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 01:46:30.44 ID:vGBiMEoLP
魔王「し、しかし!」
女騎士「いいじゃない。手早くて」
魔王「それじゃ……女騎士殿はっ」
(やー。わるいなぁ。女騎士よっ。
俺ちょっとさ、また魔界へいってこなきゃならねんだわ!)
(そんでさ、申し訳ないけど、俺の代わりに
剣の先生やっといてくれねぇ? ひよっこどもだから
面倒くさきゃ毎日走らせておけばいいよ。
逃げ足ってのはいつまでたっても重要だからさ)
(そんでさ)
(やー。いいづらいな、ほれ。あれだよ、察しろよ)
(うん、そうそう。あいつ魔王でさ〜。
痛っ!? ま、ま、まじ。や、やめて!? 両手剣は止めて!)
女騎士「何の問題もない」
(な、頼むよ。ほんと。土下座するから。
あれは魔王だけど……。その、悪いやつじゃないんだ。
頭はぶっ飛んでるし、常識ずれてるけどさ。
義理堅い、約束を破るヤツじゃないんだよ)
女騎士「何の問題もないんだ」
447 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 01:51:44.43 ID:vGBiMEoLP
女騎士「おい、魔王!」
魔王「お、女騎士殿……」
女騎士「こうなったら『殿』なんてつけるのは
やめにして欲しいな」
魔王「……それは」
女騎士「たしかに、勇者はあなたと契約をした。
あなたと勇者の間には特別な絆があるかもしれない。
それはまぁ……。
悔しいけれど、仕方ない。認める」
魔王「……」
女騎士「でもね、絆は一つじゃない。
わたしは勇者に信頼されたんだ。それはわたしの宝だ。
わたしは……わたしだって勇者を裏切らないっ」
魔王「女騎士殿……」
女騎士「だから心配なんてしないで。こんな戦で
わたしが毛筋ほども傷つくなんてあり得ない。
まだまだ降りるつもりはないんだからねっ」
456 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 02:04:09.11 ID:vGBiMEoLP
――冬の国、海岸資材集積地
開拓民「ほーぅい! ほーぅい!」
開拓民「よーそー。ようそー」
開拓民「あげろー! もっとあげろー!!」
冬寂王「どうだ?」
士官「はっ! これは冬寂王! 云って頂ければ報告を
お持ちしましたのに」
冬寂王「足が不自由な年寄りじゃねぇよ」
士官「作業は順調であります」
開拓民「ほーぅい! ほーぅい!」
冬寂王「よー!! 精が出るな!!」
開拓民「あんれ! 王様だよー!」
開拓民「王様だー!」
開拓民「冬寂王だー!」
冬寂王「すまねぇががんばってくれ! 夕暮れになったら
宿舎に熱い酒でも届けさせるからな!」
開拓民「任せてくだせぇ、王様!」
開拓民「ほーぅい! ほーぅい! 王様のために木を切るよ!」
459 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 02:07:21.56 ID:vGBiMEoLP
冬寂王「みんな表情に力があるな」
士官「王が回ってるお陰ですよ」
冬寂王「何ほどのことも出来てやしないさ。
おお、丁度良いところに」
漁師「おお、王様。戻ってきました」
冬寂王「アレはどうなってる?」
漁師「近いですだ。今年も必ず」
冬寂王「どれくらいになるかね」
漁師「年越しをしてから、2週間ほどかと」
冬寂王「ふむ」
士官「野営地の拡充を検討すべきですね」
冬寂王「足りないか?」 士官「志願兵が……これは大陸中央部からですが
思ったよりずっとやってきています。このままでいくと 今の2倍の野営地があっても足りないかもしれません」
冬寂王「ふむ、そっちの手を先に打ってくれ。
開拓民が必要なら、ふれを回せ」
冬寂王「で、あるならば外套と手袋が必要だ。
指が氷っちまったら作業も何もないからな」
青年商人「その件はわたしが対応しましょう。
『同盟』の名にかけて」
462 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 02:12:27.31 ID:vGBiMEoLP
――第二次極光島攻略作戦、臨時作戦本部
執事「はっはっは。お久しぶりでございます。
女騎士殿、お変わりないようで欣快に堪えません」
女騎士「爺さんもまったく変わらないな」
執事「ほっほっほ。女騎士殿もお胸のサイズが変わらないようで」
女騎士「斬るっ!」
執事「にょっほっほっほ。にょっほっほっほっほ」
女騎士「その妖怪じみた動きっ! いい加減にしろっ!」
執事「にょっほっほっほ。これは森の中で密かに動くための
弓兵独特の穏行術ですよ、にょっほっほっほ」
女騎士「ええーい、だから爺さんは昔から苦手なんだっ!
じっとしろっ! そのヒゲをさっぱりつるつるにしてやるっ」
執事「おや、まさかまだつるつるなのですか!?」
女騎士「〜〜っ!!!」
467 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 02:17:58.87 ID:vGBiMEoLP
執事「にょっほっほ! まだまだこんな物ではありませんよ」
女騎士「ええーい! 器用に腰だけ分身するなっ!!」
執事「まだまだ増えますぞっ!」
冬寂王「あー。なんだ。本当に仲が悪いのか?」
女騎士「こ、これは冬寂王っ!」
執事「若っ。のぞき見とはちとはしたないですぞ」きりっ
冬寂王「……」じー
執事「こほん。女騎士殿、こちら冬の国の冬寂王でございます」
冬寂王「……」じー
女騎士「……なんだその変わり身」
執事「何のことでございますかな?」
冬寂王「爺はこうだったのか?」
女騎士「最初から最後までこうでした」
執事「な、なんのことですかなっ!?」
冬寂王「我が国の者がご迷惑をおかけして申し訳ない」
女騎士「いえ、仕方有りません。しつけをしてください」
執事「若っ!」
472 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 02:25:01.79 ID:vGBiMEoLP
冬寂王「ともあれ呼集に快く応じてくださって
感謝してもしきれません、女騎士殿」
女騎士「顔を上げください。一国の王ではありませんか」
冬寂王「いえ、我ら一同あなた方には返しきれないほどの
借りがあります。そのせいで、爺など連絡を渋る始末で」
女騎士「そうなのか?」
執事「胸が育つ時間を猶予で差し上げたかったのです」
女騎士「斬るっ」
執事「にょっほ……こほん、こほんっ」
冬寂王「早速で悪いのですが、こちらへ」
女騎士「は、その方が助かります」
冬寂王「これはこの近辺の地図になります」
女騎士「かなり正確ですね」
執事「わたしが直々に指図して作りましたからな」
冬寂王「だ、そうです」
女騎士「加齢臭がしますね」
執事「なっ!?」
冬寂王「では、戦略の概要を検討するとしましょう」
女騎士「お聞きしましょう。新しき英雄との噂
我が友の二人の代わりに見届けさせて貰う所存です」
529 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 11:17:18.21 ID:vGBiMEoLP
――冬越しの村、降り込める雪
小さな村人「ほーぅい! ほぅい!」
中年の村人「寒いねぇ」
鋳掛け職人「まったくだぁよ」
小さな村人「今年の雪は大粒だなや」
中年の村人「ぽってりした感じだでなぁ。年が明けてから
急に寒くなるかもしんねだなぁ」
鋳掛け職人「冬籠もりの準備は終わったけぇ」
小さな村人「ああ、今年はよくがんばっただぁよ」
中年の村人「うちでも、今年は倍もベーコンを作っただ。
それなのに、豚は去年の3倍も居るだぁよ」
鋳掛け職人「ああ、カブなのかい?」
小さな村人「そうだねぇ。今年はイノシシも捕れたし」
中年の村人「何年ぶりだろう、こんなに豊作な冬は」
鋳掛け職人「良かったねぇ。うちもこの冬に、
注文して貰った農具の直しを全部やっちまわねぇと」
小さな村人「豚っ子の小屋を少し手直ししてやんねぇと」
中年の村人「雪の中でか? そりゃいそがねぇと!」
533 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 11:21:58.44 ID:vGBiMEoLP
鋳掛け職人「そういえば、学士様が来てもう1年以上だなや」
小さな村人「ああ、そうだなや」
中年の村人「学士様には世話になっとるだなぁ」
鋳掛け職人「ああ、そうだそうだ。修道院が出来てから
オラの所にもお客がたくさん増えただぁよ」
小さな村人「考えてみたら、村の人も増えただなや」
中年の村人「ああ、そうだ。今年のお祭りはきっと賑やかだぞ!」
鋳掛け職人「年越祭か?」
小さな村人「年越祭だ!」
中年の村人「ああ、楽しみだなやぁ!」
鋳掛け職人「一年で一番良い日だなや」
小さな村人「今年は戦に行ってる人もいるんだけども」
中年の村人「ああ、そうだ。修道院で、戦に行ってる人に
年越祭の届け物を集めるっていってたなや」
鋳掛け職人「そうかぁ。ジョッキを送ったら使って
もらえるだろか−?」 小さな村人「鋳掛けさんのジョッキなら大歓迎だでよ!」
中年の村人「おら、ベーコンおくるべぇか。今年は沢山出来たし」
小さな村人「じゃぁ、おらも何か贈り物用意せんとなぁ」
535 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 11:26:00.18 ID:vGBiMEoLP
――冬越しの村、村はずれの館……年越祭の夕べ
メイド妹「〜♪ ふふぅん〜♪」
メイド長「料理の準備は?」
メイド妹「でーきました〜♪」
メイド長「語尾を不必要に伸ばさない」
メイド妹「はぁい」うきうき
メイド長「まったく……。そんなに楽しみですか」
メイド妹「それは楽しみだよう!」
メイド長「よく判りませんね」
メイド妹「眼鏡のおねーちゃんは引っ越してきたから。
年越祭はこの国では一番大きなお祭りだよ〜」
メイド長「ふむ」
メイド姉「そうなんですよ?」
メイド長「ああ、メイド姉。書類整理はどうでした?」
メイド姉「はい。帳簿整理も、出納管理も一段落しました
荷物にはタグを全てつけましたので、明日にでも、
人手を借りられれば修道院の倉庫へ移せます」
537 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 11:34:02.20 ID:vGBiMEoLP
メイド長「ありがとう。それで……」
メイド姉「はい?」
メイド長「そんなに賑やかな祭りなのですか?」
メイド姉「賑やか、と云うのとは違いますが……。
この地方の冬は厳しくて、ほぼ四ヶ月は
ろくに屋外には出られません。
長い冬の間は家畜の世話をするくらいしかないんですよ。
もちろん、細工物をしたり、繕い物をしたり、
夏の間に出来ないことはしますけれどね。
長い冬の間、大人たちは、そういった細かい仕事をしながら
退屈を紛らわせます。
子供は新しいお話を覚えたり、羊の世話を覚えます。
年頃になった女の子は絨毯を編むことを覚えたりしますね。
それもこれも開拓民の話ですが……」
メイド長「……」
メイド姉「農奴はもっと惨めですが、それでも冬の寒さだけは
平等です。長い間表にも出られず、じっと火を守って
春を待つんですよ? そんな長い冬の間の最大の楽しみが……」
メイド妹「年越祭りなんだよ♪」
539 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 11:45:10.91 ID:vGBiMEoLP
メイド姉「新年を迎える日を挟んで四日間が年越祭です。
ご馳走を作って、プレゼントを交換するんです。
農奴はプレゼントを用意することは難しいですが、
それでも精一杯のご馳走を作ります。
このときばかりは、地主の方も振る舞いをして
農奴にベーコンやエールなどを訳惜しみなく与えることも
よく見られます。みんなで歌を歌ったり、運が良ければ
吟遊詩人や旅人の珍しい話を聞いたりします。
年越祭は、長い冬をすごすこの国の人の
一番楽しみにしている日なんですよ」
メイド妹「眼鏡のおねーちゃん、眼鏡のおねーちゃん」
メイド姉「妹、メイド長様と仰い」
メイド長「お姉さんでかまいませんよ?」
メイド妹「おばさんって云うと怒る……」
メイド長「吊されたいんですか?」ちらっ
メイド妹「……え、えっと。眼鏡のおねーちゃん。
踊りに行っても良いんだよね?」
メイド長「ええ、かまいませんよ。
そう言うことならば、是非いってらっしゃい」
魔王「うむ、そうだぞ。行ってくるべきだな」
メイド長「あら、当主様。いらしてたんですか?」
540 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 11:51:56.60 ID:vGBiMEoLP
魔王「そうか、そのような素晴らしい祭りであったのか」
メイド姉「はい」
メイド長「どうされました?」
魔王「いや、さきほど村長と修道士が招待に来たのだが、
生返事をしてしまったのだ」
メイド妹「えー。よくないよぅ」
メイド姉「こらっ」
魔王「もっともだ。良くない事だ。反省しよう」
メイド妹「当主のおねーちゃんも一緒に行こう?
あのねー。男の子もいっぱい居るんだよ。
おねーちゃんはおっぱい格好良いから、誘われるよ?」
メイド姉「こ、こ、こ、こらっ」
魔王「うーん。それはありがたい申し出だが
遠慮しておくとしよう」 なで
メイド妹「えー」
魔王「メイド長」
メイド長「はい?」
魔王「後で村長の家に林檎酒を1樽とどけてくれないか?
ほら、味見とか云って商人が送ってきたのがあっただろう」
542 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 11:59:19.56 ID:vGBiMEoLP
メイド長「よろしいのですか?」
魔王「いいだろう? わたしたちでは飲みきるものでもないし」
メイド妹「わたしあとで馬車頼んでくるよー!」
メイド姉「そうね。樽を運ぶのは私たちには無理ね。
馬丁さんによろしくね」
メイド長「賄賂は空振りですよ、商人様。
まぁ、商人様には泣いて貰いましょう」
魔王「?」
メイド妹・姉 こそこそ
メイド長「どうしたんです?」
メイド妹「ドジャーン!!!」
メイド姉「えっと」
メイド長「?」
メイド妹「年越し祭りのプレゼントで〜っす!!」
メイド姉「大きな物は用意できなかったのですが……」
544 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 12:04:12.35 ID:vGBiMEoLP
メイド妹「当主のおねーちゃんには、これですー!」
魔王「これは……?」
メイド妹「ぶらぶら勇者様人形でーっす!」ぶんぶんっ
メイド姉「お恥ずかしい」
魔王「あはははは。すごいではないかっ! くれるのか?」
メイド妹「プレゼントですっ」
メイド姉「わたしからは、スズランの香水です。
秋口から集めて作ったんです。修道院の資料にありまして……」
魔王「ああ。嬉しいぞ。ありがとうっ」
メイド長「あらあら、まぁまぁ」にっこり
メイド妹「眼鏡のおねーちゃんにはこれでーっす!
二人で作りました〜!!」
メイド長「え? わたしにもいただけるのですか?」
メイド姉「はい。新しい飾りエプロンなのですが」
メイド長「こんな……」
メイド妹「刺繍はスズラン、お姉ちゃん作っ! でぇす!」
魔王「わたしとおそろいだな?」
メイド姉「はいっ」
546 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 12:10:25.38 ID:vGBiMEoLP
メイド長「でも、こんな」
メイド姉「あっ。や、やっぱり。縫い目が不揃いですか?」
メイド長「とんでもない! でも……」
魔王「私たちはプレゼントなぞ、用意していないのだ。
すまんな。祭りのことなど、すっかり失念していた」
メイド妹「そんなのいいよー♪」
メイド姉「ええ、お気遣いなく」
メイド長「……」きゅっ
魔王「しかし」
メイド姉「こんなに優しくて暖かいお屋敷で
働かせて頂いてるんです。
毎日プレゼントをいただいているような気持ちです」
メイド妹「わたしたち、すっごく幸せだよ〜♪」
魔王「……お前たち」
メイド妹「それにねー。今年はね」じゅる
メイド姉「もぅっ」
メイド妹「えへへ〜」
メイド姉「この子、もうお祭りのご馳走で頭が
いっぱいなんです。これ以上幸せになったら、
子豚さんになっちゃいますよ」
549 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 12:16:22.37 ID:vGBiMEoLP
――冬越しの村、村はずれの館……年越祭の夜
(勇者に膝枕してみたいっ!)
(よしきた)
――勇者
(勇者の頭、もふもふしてるぞ)
(魔王も良い匂いだぞ?)
――勇者に
(そうか? 太くないか?)
(寝心地良いぞ)
〜♪ 〜〜♪
魔王「……んぅ」
魔王「ん……。どうやら、うたた寝してしまったようだな」
魔王「今何時だろう、日は暮れているようだが……。
だれかー……。だれか……。いないのか。
村長の所へ行くとか言っていたものな」
553 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 12:20:54.26 ID:vGBiMEoLP
魔王「……」もそもそ
魔王「資料だらけだな」
魔王「んぅ……。背中が痛い。こんなところで
寝てしまったからだ」
〜♪ 〜〜♪
魔王「……勇者か」
魔王「……」
魔王「もう一年も、だ」
魔王「……」
魔王「もう一年も、触れてない」
魔王「声が聞きたいんだ」
魔王「わたしは勇者の物なのに……」
魔王「勇者のものなのに」
557 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 12:26:53.49 ID:vGBiMEoLP
魔王「勇者、わたしは弱虫になってしまったよ。
世界を変えることが恐ろしい。
戦争とはこんなに恐ろしい物だったんだな。
それではわたしもやはり、血に抗争の遺伝を
流れさせる魔族の一人であったのだ。
あんなに躊躇いなく流せていた血なのに……」
魔王「わたしは……。がんばっているぞ?
勇者。
勇者も頑張っているのか?
褒めて欲しいぞ」
勇者「おう。――偉いぞっ。魔王」
魔王「勇者ッ!?」 がたんっ
勇者「おっす」にこっ
魔王「勇者、勇者っ! 勇者っ」
勇者「お、なんだよっ」
魔王「このうつけ者っ。一年もの間どこをほっつき
回っていたんだっ。糸の切れた凧とはお前のことだっ」
勇者「痛っ、痛いぞ、魔王。ぼこぼこ殴るなっ」
魔王「えい。この程度では飽き足らない!」
勇者「わぁった。ごめん。すみませんっ。
わたくしが悪ぅございましたぁ〜」
魔王「謝罪に誠意が足りないっ!!」
562 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 12:31:15.17 ID:vGBiMEoLP
勇者「だ、だ、だいたいなっ!」
魔王「ふんっ」
勇者「ちゃんと報告書は届けていたじゃないかっ」
魔王「あんなものは報告書とは言わん。絵日記というのだ!」
勇者「え、え、絵日記!?」
魔王「その。か、顔を見せに来ても良いではないかっ」
勇者「仕方ないだろうっ。こっちはこっちで忙しかったんだよ。
いまだって『開門都市』の件でてんやわんやなんだ。
北の砦に物資を運ぶ方法で頭を痛めているしっ」
魔王「何故そんなことをしてるんだ」
勇者「魔王が言ったんだろうっ。強硬過激派の芽を
そいでおけって! 忘れたのかよっ」
魔王「勇者のでたらめな超絶破壊魔法で
やってしまえば良いではないか」
勇者「出来るわけ無いだろっ」
魔王「……?」
勇者「みんな生きてるんだ。がんばってるんだぞ。
毎日毎日少ない手持ちと、なけなしの希望でさ。
そんなのいっしょくたに壊すなんて、出来るわけ無い」
565 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 12:35:17.72 ID:vGBiMEoLP
魔王「勇者……」
勇者「妖精の女王だって、森歌族だって」
魔王 ぴくっ
勇者「竜の公女だって、鎧族の娘だって、酒場の子だって」
魔王 びきびきっ
勇者「みんな、一生懸命なんだもんよ。勇者だからって
壊して良いなんて事、あるわけない」
魔王「そんなことを云って、本当はもてもてで
娘たちに囲まれて鼻の下を伸ばしておったのではないか!?」
勇者「そっ。そんなことはナナナ無いぞ! 断じてないっ」
魔王「そうなのか? 本当にそうなのか!?」
勇者「えー。その件につきましては誤解があるのでしたら
前向きな調査の上説明して差し上げたく」
魔王「その調査には是非串刺しを取り入れるべきだな」ぎらっ
勇者「そ、そ、そんなこと云ったって……あっちから……」
魔王「なにか?」ぎろっ
勇者「そ、そうじゃなくてだなっ!」
571 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 12:38:19.90 ID:vGBiMEoLP
勇者「魔王だってなんだよ。若い公子とか、都の貴族とか
エリート商人かなんかかららぶらぶ光線出されてたん
じゃないのかよっ」
魔王「あっんの、メイド長めっ。口止めしておいたのに」
勇者「え? マジなの?」
魔王「……」
勇者「……」
魔王「あ、あれはだなっ! 決してやましいものではなく
いわば決闘にも似た交渉の場での出来事でだなっ!!
そもそも高度な交渉というのは妥協と駆け引き、
決意と損益が火花を散らす戦場と言っても良い場所でっ」
勇者「……」 ずぅぅぅん
魔王「勇者っ。なんだそのざまはっ
沼地にはまった石巨人のような顔をしおって!」
勇者「いや、だって」 ずぅぅぅん
魔王「ええい、この軟弱者っ」
575 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 12:43:02.07 ID:vGBiMEoLP
勇者「軟弱とは何だよっ。俺頑張ってたのにっ!
ぷにぷに魔王めっ!!」
魔王「ぷっ!? ぷにぷにっ!? ぷにぷにと云ったか!
この口かっ! この口かっ!」ぽかぽかっ
勇者「痛いっ、やめれっ!」
魔王「わたしはこれでも毎日すとれっちとか体操してたのだ!
逆立ちだって頭をつけば出来るようになったのだ!」
勇者「お前魔王のくせに何でそう、みみっちい努力が得意なんだよ」
魔王「みみっちい云うな!
全ての野望は一歩目の努力から始まるのだ!」
勇者「このバカ魔王っ!」
魔王「アホ勇者っ!」
勇者「ひきこもりめっ」
魔王「放浪うつけ者っ!」
〜♪ 〜〜♪
勇者「……はぁ、はぁ」
魔王「……むぅー」
〜♪ 〜〜♪
勇者「やめよう」
魔王「うむ」
577 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 12:50:40.29 ID:vGBiMEoLP
勇者「……これ、なんだ?」
魔王「これか、これは村長の家から流れてくるらしい」
勇者「年越祭の、音楽か?」
魔王「そうだろう」
〜♪ 〜〜♪
勇者「明かりつけて良いか?」
魔王「いや、ダメだ。白衣はしわしわだし、寝癖があるのだ」
勇者「自分でばらしてたら意味ないじゃないか」
魔王「そんなことはない。予告編と本編では衝撃が違う」
勇者「あー。もうっ!」
魔王「?」
勇者「ま、魔王はいつでも美人で、その……素敵だよっ」
魔王「え、ええっ!? な、な、なにをっ」
勇者「べつにっ」ぷいっ
魔王「ううううう」
勇者「――ご馳走食べに行かなくて良いのか?
年越祭なら、子豚の丸焼きやら、酒やら、マスのはいった
香ばしいパイやら、香草包みやら、キノコのオムレツも
出るだろう?」
魔王「いい。ここにいる」
勇者「じゃぁ……あー。えー……。一曲、どうだ?」
578 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 12:54:36.09 ID:vGBiMEoLP
〜♪ 〜〜♪
――right step foward. right step foward.
魔王「こ、こ、これでいいのか?」
勇者「もうちょい胸を張って」
魔王「こうか?」
勇者「上等」
〜♪ 〜〜♪
――1/4 turn left step left.
魔王「あ、足を踏んでも赦すんだぞ? 真っ暗だから」
勇者「いや、雪明かりで見えるよ」
魔王「それはそうだけど」
勇者「白くて、キラキラして、きれいだ」
〜♪ 〜〜♪
――1/2turn right step left back.
魔王「……優しい曲だ」
勇者「古王国の輪舞曲だって聞いたことがある」
581 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 12:56:38.50 ID:vGBiMEoLP
〜♪ 〜〜♪
――Touch left next to right & Clap.
勇者「そこで右へ半歩」
魔王「こうか? こうか?」
勇者「上手いじゃないか」
魔王「もっとましな服を着ておくんだった」
勇者「誰も見てないよ」
〜♪ 〜〜♪
――right step foward. right step foward.
魔王「だ、だって。あっ」
勇者「大丈夫か?」
魔王「すまん」
勇者「魔王は良い匂いだな」
〜♪ 〜〜♪
――left step foward. 2turn left step right back.
魔王「目が回りそうだ」
勇者「輪舞曲は苦手か? ターンが多いからなぁ」
魔王「そうじゃない……けど」
584 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 13:00:42.06 ID:vGBiMEoLP
〜♪ 〜〜♪
――right step foward. right step foward.
勇者「これ」
魔王「これは……私が使っていた櫛だ」
勇者「魔王城へも行ったんだ」
〜♪ 〜〜♪
――1/4 turn left step left.
魔王「この櫛は小さな頃から使っていたんだ。
無くしたかと思っていた……」
勇者「大事に使っていたっぽい感じだったからさ。
もしかしたらと思ってな」
魔王「うん……」
〜♪ 〜〜♪
――1/2turn right step left back.
勇者「安上がりで悪いけど、それが年越祭のプレゼント」
魔王「……勇者」
勇者「ん?」
魔王「プレゼント、無い。……わたし用意してないんだ」
587 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 13:04:02.91 ID:vGBiMEoLP
〜♪ 〜〜♪
――Touch left next to right & Clap.
勇者「気にするなよ。礼を期待してやってるわけじゃない」
魔王「それはそうだろうが……」
勇者「魔王は俺のものなんだよな?」
魔王「もちろん」
勇者「それを聞きに帰ってきたんだよ」
〜♪ 〜〜♪
――right step foward. right step foward.
魔王「どうしたんだ? なにか辛いことでもあったのか?」
勇者「いや、頭が悪くてさ。俺。回り道して」
魔王「……」
勇者「勇者の頃は、出てきた敵を順番に倒していれば
みんなに褒めてもらえたんだ。勇者なんて簡単なものだよな」
〜♪ 〜〜♪
――left step foward. 2turn left step right back.
魔王「勇者」
勇者「ん?」
魔王「わたしも、やっぱり勇者に、その……」
589 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 13:07:48.76 ID:vGBiMEoLP
〜♪ 〜〜♪
――right step foward. right step foward.
魔王「あの、そのぅ、だな。
勇者にあげられる価値あるものなんてだな」
勇者「……え、あ?」
魔王「何でこのような時に限って、
手のひらが汗でペとぺとするのだっ」
〜♪ 〜〜♪
――1/4 turn left step left.
魔王「うううう。……静まれ我が魔心臓よ。
そは決戦の時ぞ、ゆ、ゆ、勇者っ」
勇者「ま、ま、魔王? すごい気迫だぞ?」
〜♪ 〜〜♪
――1/2turn right step left back.
魔王「ゆ、勇者。えっと……」ぎゅっ
勇者「それじゃステップ踏めないって魔王。
……魔王?」
591 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 13:11:32.45 ID:vGBiMEoLP
〜♪ 〜〜♪
魔王「勇者とくっつくのも、一年ぶりだ」
勇者「こっちだって」
〜♪ 〜〜♪
魔王「その……勇者が良ければだな。持ち主として
褒美を取らせてもだな、もちろんまだまだ駄肉で
ぷにってる訳で褒美というか罰ゲームかもしれないという
疑いはなきにしもあらずなのだがいやそれは
横に置いて報償というものは信賞必罰と云ってだな」
勇者「えっとその」
魔王「勇者……?」
勇者「……」
魔王「……」
〜♪ 〜〜♪ ……♪ ……
魔王「お、音楽終わってしまったな!!」 ばっ
勇者「そ、そうだなっ!! 離れないとっ」 ばばっ
魔王「……うううー」
勇者「……」 わたわた
魔王「――も、もうちょっとだったのにっ」
594 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 13:18:53.12 ID:vGBiMEoLP
――冬越しの村、雪明かりに照らされる一室
魔王「行くのか?」
勇者「ああ。魔王と会えたから、勇気百倍さ」
かちゃ、がちゃ。
魔王「みんなとは、良いのか?」
勇者「魔王は随分人間くさくなったな」
魔王「弱くなったのだ」
勇者「それはこっちも同じだ」
魔王「今度は程なく会えような」
勇者「ああ。一月もかけず、『開門都市』を攻略する」
魔王「出来るのか?」
勇者「魔王と話したからな。糸口は見えたよ」
魔王「こちらも見えてきた」
勇者「次に会うのは」
魔王「戦火の交わるところになるだろうな」
勇者「おっし、準備できた!」
魔王「勇者」
勇者「おうっ」
魔王「構えて遅れは取るまいぞ?」
勇者「心配無用。……俺は魔王の剣にして道だ」
しゅわんっ!!
魔王「君は……わたしの光だよ」
625 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 15:26:30.42 ID:vGBiMEoLP
――第二次極光島攻略作戦、冬の国野営地
義勇軍兵「ほーうい!」
志願兵「交代だ! 差し入れをもってきたぞ」
兵士「ありがたい、なんだ?」
義勇軍兵「ナッツとベーコン入りの黒パンだよ」
志願兵「豪勢だなぁ!」
兵士「年越祭の残り物だそうだよ」
義勇軍兵「そうなのか? 祭りのご馳走もたっぷりだったのに」
志願兵「自分はあんな祭りは初めてでした」
兵士「ああ、今年はひときわ豪勢だったよ」
義勇軍兵「そうなのか?」
兵士「うん。我が国は、少しずつ暮らし向きが
良くなってきているようだ。
ねぇ、そうでありますよね! 士官殿」
士官「うむ、そうだなぁ。……ええい、ちゃんと
見張りをせんかっ!」
義勇軍兵「はっ!」 がしゃ
兵士「はぁっ!」 がしゃん!
士官「まぁ、今のところ敵軍も見えないが」
義勇軍兵「こちら側の陸地へは攻めてこないのでしょうか」
士官「過去の大規模進行の記録はないが、
人間軍がここに野営地を築いていることは
向こうも承知だろう。油断は禁物だ」
627 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 15:32:03.15 ID:vGBiMEoLP
義勇軍兵「それにしても……」
志願兵「ん?」
義勇軍兵「いいのかな。俺たち、ここでもう二週間だぞ」 志願兵「ああ、そうだな」
義勇軍兵「確かに寒い中、厳しい訓練をさせられているけれど
それだけで戦に勝てる訳じゃないだろう?
こうやって、ただ飯を食っていて良いのかなぁ」
志願兵「お偉方には、お偉方の考えがあるんだろうさ」
兵士「船が足りないんじゃないか?」
義勇軍兵「ふむ」
志願兵「そうなのか?」
兵士「ここにある船じゃ、半分も乗せられない。
おそらく船が到着するのを待っているんだろう」
女騎士「見張り、ご苦労!」
士官「敬礼っ!」
ザザザッ
女騎士「ここが耐えどころだ。気を抜くな」
義勇軍兵「はっ!」
女騎士「訓練はどうだ?
志願兵「剣の使い方を教えて貰いましたっ!」
女騎士「戦場で己を生き延びさせるのは、常に己だからな。
わたしも守ってやることは出来ない。腕を磨けよっ!」
628 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 15:36:42.00 ID:vGBiMEoLP
――第二次極光島攻略作戦、臨時作戦本部
冬寂王「……補給物資は? ふむ」
執事「斥候が戻りました。まだ動きはないそうで」
女騎士「なかなかに、焦れるな」
冬寂王「将軍でもそうか?」
女騎士「将軍と呼ばないで欲しい。臨時の肩書きだ」
執事「にょほほ。誰に恥じることない胸ですのに」
女騎士「斬られたいか」ぎろり
士官「よろしいでしょうかっ!」
執事「む、入れ」
士官「お客様がお見えですっ」
冬寂王「客?」
士官「紅の学士、と名乗っております。荷馬車隊と一緒でして」
女騎士「学士殿か。来て頂けたんだなっ」
執事「おお」 冬寂王「噂の天才的学者殿か? かねてから一度お会いしたいと
は思っていたのだが、なぜ戦場へ?」
女騎士「王よ、学者だとは思わない方が良いぞ」ぼそり
631 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 15:43:04.03 ID:vGBiMEoLP
魔王「わたしは紅の学士を名乗るもの。お初にお目にかかる」
執事「こ、これはっ」
女騎士(まさか、魔の気配に気付かれるのかっ!?
執事「にょほー。たいそうな胸でございます」
女騎士 がっ
執事「〜っ!」
冬寂王「挨拶痛み入る。わたしが冬の国の冬寂王だ。
もっとも即位したての若造だがな」
魔王「いいや、王の器量は冬越し村にまで響いてきている」
冬寂王「実績がないゆえ、期待感だけがあるのだ」
執事「お茶でも入れますかな」
魔王「ありがたい」
冬寂王「ところで、どのようなご用件で?
我が国の農業を支えてくれている方だと伺っている
是非一度お目にかからねばと思っては居たのだが
無理難題を積み上げられてしまってな。
ご挨拶も出来ぬままだった。申し訳ない」
魔王「ご丁寧に。すまないことだ。
ところで、王よ」
冬寂王「なんだろう?」
魔王「勝つつもりなのだろうな?」
634 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 15:47:32.48 ID:vGBiMEoLP
冬寂王「無論」
魔王「是が非でも?」
冬寂王「あの島を取り戻すことは、
今の南部諸王国には必要なのだ」
魔王「どのような意味合いで?」
冬寂王「南部諸王国の、誇りを取り戻す」
魔王「ふむ」
冬寂王「現在の南部諸王国は、
云われるままに戦をする使い走りのような
国とも言えないような国でしかない。
あの島を取り返せば、わずかとは言えいくつかの交易路が
安定をするはずだ」
魔王「……」にやり
冬寂王「金のために将兵の命を掛けるとそしられようが」
魔王「いや、良い。理解は浅いが十分だ」
女騎士「まったく……」
635 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 15:51:34.98 ID:vGBiMEoLP
執事「若に対して無礼な!」
女騎士「弓兵。私たちの出る幕じゃない」
魔王「無礼はわびよう」
女騎士「もしかしてブラックパウダーですか?
そんなものが無くても、わたしは負けたりはしないと
云ったじゃないですか」
魔王「いや、ちがう。もってきたのは、塩だ」
冬寂王「……っ!」
女騎士「塩……」
執事「どこでそれを……」
魔王「馬車に6台分ほど用意してある。何かの役に立つかとな」
冬寂王「あなたは……」
魔王「……」
冬寂王「50里の彼方にいて、我が手の内を読むか」
女騎士「そうゆうことがある人だから」
執事「学士とは……そこまで……」
魔王「勝つつもりでいるのなら、あるいはと思っただけだ」
640 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 15:57:15.54 ID:vGBiMEoLP
冬寂王「この戦に何を望まれる? その塩の代価は?」
執事「報償ですか? それとも宮殿の地位?」
魔王「地位は、とりあえず……そうだな。
登城が出来る程度の肩書きがあれば面倒がないな」
冬寂王「よし、許そう。だがそれだけだとも思えない」
魔王「時間が所望だ」
冬寂王「時間……?」
魔王「あるいはそれは戦場において黄金よりも
価値があるやもしれないが」
冬寂王「……」
魔王「わたしは勝利を求めたことはない。
だから勝利では足りない部分を司ろうと思う。
そのためには時間が入り用だ。
長くて一昼夜」
冬寂王「ありえんっ。奇襲が成立せんではないかっ」
魔王「それでも方策はある。女騎士殿ならばな」
執事 ちらっ
女騎士「まぁ、学士様が言うんなら有るんでしょう」
642 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 16:03:35.91 ID:vGBiMEoLP
――魔界、開門都市、中央砦
遠征軍士官「……ま、まただっ!?」
遠征軍士官「こ、ここもだぁ」
遠征軍士官「呪いだ、呪われたんだっ!」
遠征軍士官「呪いなどである者か、これは暗殺者だ!」
遠征軍士官「それにしたって、ほんの五分だぞ?
たった五分目を離しただけで、小隊一つが……」
遠征軍士官「こ、これは……」
遠征軍士官「ひからびて死んでる」
遠征軍士官「こっちは、炭化してるぞ」
遠征軍士官「ゲタゲタゲタゲタゲタゲタゲタゲタゲタゲタゲタゲタ」
遠征軍士官「気が狂ってる!?」
遠征軍士官「ゲタゲタゲタゲタ! 夜、夜が来る!
月、月がふくれて、蒼く笑う。来る、やつが来る!
ゲタゲタゲタゲタ! ゲタゲタゲタゲタ!」
遠征軍士官「な、なんだっていうんだ!?」
ギャァァァアアア!!!
遠征軍士官「こんどは第三見張り鐘楼だ! 急げッ!」
645 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 16:08:30.22 ID:vGBiMEoLP
ダダダダッ!
遠征軍士官「な、なんだこれは」
遠征軍士官「何でこんな泥とぬかるみが……ヒッ! ひぃっ!」
遠征軍士官「こっこんなっ」
遠征軍士官「呪いだ。人間業じゃないっ」
勇者「……フフフ。フフフハハ」
遠征軍士官「だっ、誰だ!?」
遠征軍士官「で、出てこいっ! 我らは地上最強の
聖鍵遠征軍だぞ! で、出てこいっ!!」
勇者「……腕が無くても、しゃべれるだろう?」
ギンッ! ズザンっ! ザガッ!!
遠征軍士官「ギャ、ギャァ!」
遠征軍士官「黒い、黒い悪霊だっ! 亡霊騎士だぁぁ!!!」
遠征軍士官「退けッ!」
遠征軍士官「退却だ、相手は悪霊だ!! 呪いが現れた!」
遠征軍士官「ゲタゲタゲタゲタ!!」
遠征軍士官「ああああ! 無数の死者が!? 悪魔だぁ!!」
647 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 16:13:51.39 ID:vGBiMEoLP
勇者「ふんっ。腰抜けばかりだな」
羽妖精「黒騎士サマッ! カッコイー!」
勇者「あいつらがよわっちーだけだ。
それにしてもこれ、すごい顔な」
羽妖精「アハハハッ! 妖精ハ幻術、得意! エヘン!」
勇者「ああ、上手いぞ! この調子で、手分けして
あちこちに幻を掛けるんだ」
羽妖精たち「「「「ハーイ!」」」
勇者「とびっきりの怖い幻で行くんだぞ?」
羽妖精「怖イ?」 羽妖精「怖イ!」 羽妖精「怖ーイ♪」
勇者「それから、夢魔鶫はいるか?」
夢魔鶫「御身の側に」
勇者「司令室一帯に夢の回廊を作り上げろ。
思い上がった貴族どもに毎晩の悪夢を送り込んでやれ」
夢魔鶫「仰せのままに」
650 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 16:19:45.04 ID:vGBiMEoLP
――魔界、開門都市、貴族たちの豪華な寝室
司令官「ぎゃぁぁぁぁ!!??」
司令官「はぁ……。はぁ……はぁ……
ゆ……夢? 夢、なのか……?」
司令官「なんて……なんて夢だ。
あんなに無数の手が……死者が……
た、たかが魔族じゃないか。光の精霊の正義は
我らにあるのだ。あんな家畜、いくら殺そうが……。
さ、酒だっ! 酒をもてっ!」
魔族奴隷「御、御酒でござい……ます……」
司令官「獣臭い手で触れるな下郎っ!!」
どがぁ!
魔族奴隷「きゃぁんっ!」
651 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 16:25:57.79 ID:vGBiMEoLP
司令官「だ、だから俺はいやだったんだっ!」
ガチャン!
司令官「こんな辺境! 地獄の都市! なにが占領地だ!
何が栄光だ! こんな所、流刑地ではないかっ!」
司令官「おれは聖王家につらなる、霧の王国の血を
引いているのだぞ。何でこんな獣臭い魔族の都市に
ひきこもっておらねばならぬのだ!
そ、そうだっ。俺の功績は世に並ぶものとてない。
聖王国へ帰れば栄耀栄華も思いのままだというのにっ」
魔族奴隷「やめてっ! ら、乱暴はっ」
司令官「黙れ! この二等魔族っ、動物もどきめっ!
貴様らがっ! 貴様らが居るから俺は帰れんのだっ!」
司令官「瀟洒な夜会もない、美しく着飾った淑女も居ない。
こんな田舎の砂埃にまみれた陰鬱な都市で、一生を
おえるなどゆるされるものかっ!!」
がちゃん!!
遠征軍士官「指令っ!」
654 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 16:31:23.15 ID:vGBiMEoLP
司令官「何事だっ!」
遠征軍士官「またです! また死霊騎士が現れました!」
司令官「なにっ」
遠征軍士官「こんどは街中に繰り出していた休暇中の
将官数名がその……」
司令官「報告せんかっ!」
遠征軍士官「水たまりで、溺死したと……」
司令官「……っ!!」
遠征軍士官「そ、それでその……士官たちが」
司令官「なんだというのだ」
遠征軍士官「これは魔族の呪いだと。中には帰国申請を
出す者すらいる始末で」
司令官「ええい! 何を抜かす! 今までさんざん
飽食の限りを尽くしてきたではないか!!
帰りたいと抜かすヤツには、魔族の娘でもあてがえ!
酒と金を掴ませろっ」
遠征軍士官「その、それは、どこから……」
司令官「街から奪えば良かろうっ!」
656 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 16:38:58.69 ID:vGBiMEoLP
――第二次極光島攻略作戦、海岸線、深夜
漁師「来ました、王様!」
冬寂王「うむ、見えておる」
執事「本当に来ましたな!」
冬寂王「時期の読みもぴたり、だ。でかしたぞ」
漁師「いやぁ、こんなこと、ここらの漁師だったら
あったりまえだでよぉ」
冬寂王「年越祭が終わってしばらくすると、
一週間ほどだけ、だったな」
開拓民「うわぁ、でっけぇ!」
開拓民「でっけぇなぁ!」
漁師「そうですだ。おれたちゃ、
あれをこう呼んでます、王様。
――流氷 と」
冬寂王「よし、うかつに船で近づくな。つぶされるぞ!
アンカーを打て! ロープを掛けろ!
岸に引き寄せるのだ!
氷の固まり同士をつなげたら、ロープを張り、
結合部に海水を掛けろ!! 流氷をつなげるのだ!」
657 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 16:45:03.42 ID:vGBiMEoLP
開拓民「判りました、王様っ!」
開拓民「ほーぅい! ほーぅい!!」
漁師「おでは小型船で、他の流氷城もみてくるだぁよ」
冬寂王「たのんだぞ」
執事「わたしも斥候を飛ばしましょう」
開拓民「ほーぅい! よーそろー! ロープを引けぇ」
若い傭兵「ほーぅい! ほーぅい!」
兵士「おーせぃ! おーせぃ!」
女騎士「結合部に海水を掛ける! 班を組織しろ!
周辺には十分注意を払い、石弓兵は空中を監視!!」
冬寂王「海水を掛けたら塩をまくのだ!
1時間もすれば凍り付く!
手袋を忘れるな! 二時間ごとに休憩を取るのだっ」
開拓民「おらたちは大丈夫だよ、王様!」
開拓民「王様こそ天幕で温かくしていてくだせぇ」
冬寂王「わたしの方が若いではないか! あははは」
開拓民「まったくだなぁ! あはは!
王様には負けてらんねーべや!」
開拓民「ほーぅい! よーそろー! ロープを引けぇ」
冬寂王「橋を架けるぞ。流氷の橋を。いや、橋とはいわない。
この海峡を……騎馬の駆ける戦場としよう」
660 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 16:54:42.33 ID:vGBiMEoLP
――第二次極光島攻略作戦、極光島沖合、早朝
女騎士「重装歩兵団、整列っ!」
ザザッ
王国軍兵士「「「「はっ!」」」」
女騎士「これより第二次極光島奪還、上陸作戦を開始する!
重装歩兵団諸君、中央を突破し、極光島湾岸部に橋頭堡を
築くのだ! 流氷の末端部は脆い。中央500歩分を隊列の
目安とせよ!」
王国軍兵士「「「「はっ!」」」」
女騎士「中佐、上陸後一隊を率い、湾岸部西方の岩山を
占拠せよ! 物見の監視体制と、防空拠点としたい」
王国軍中佐「拝命いたしました!」
女騎士「石弓部隊、先行して空中および水中を監視せよ。
この流氷、船ほど簡単に沈みはしないが、それでも
水棲魔族を甘く見るな! もし現れた場合は撤退を繰り返し、射撃しながら後続を待て!
石弓傭兵「「「「はっ!」」」」
662 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 16:57:54.56 ID:vGBiMEoLP
女騎士「義勇兵のおのおの方!」
義勇兵「「「おー!」」」」
女騎士「おのおの方には、ソリの防衛と、運搬警護をお願いする。
このソリは頑丈に作られている。また中型のものでも馬車
数台分の長さをもっている上、鉄の板で補強が為されている」
女騎士「替えの鎧や馬などを運ぶと同時に、それらの
ソリは簡易型の防御柵、いや、小型の砦となるように
設計されている!
水棲魔族や大型魔族などが現れた場合、それらのソリを
盾として戦うのだ。
義勇軍槍兵と石弓兵を連携させれば、大型魔族や飛行魔族で
会っても十分対応可能だ。
重ねて云う。これは海戦ではないっ!
我らが人間の得意とする陸戦である!
個の力で戦う必要はない! 兵を回転させよ。
遊軍を頼れ。信頼が我らの力だ!」
兵たち「「「「おおおおー!」」」」
女騎士「第一目標、湾岸部! 橋頭堡を築き
補給線と陣地を確保するぞ。今回は、奇襲はお預けだ!
勝つべくして勝つ! 諸王国軍の力、見せてやれ!!」
666 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 17:18:01.37 ID:vGBiMEoLP
――第二次極光島攻略作戦、極光島上陸部
王国軍兵士「押せ! 押せ!」
王国軍兵士「第三隊、前へ!」
伝令「後方右翼に大型魔族! 巨大烏賊です!」
将官「義勇兵と軽装歩兵に任せろ!
この場所を死守すれば後続は来る! 退くな! 王国のために!」
王国軍兵士「「冬寂王のためにっ!!」」
王国軍兵士「「我らが姫騎士将軍に勝利を!!」」
うわぁぁぁぁ!!
伝令「左翼、後退! 蜥蜴人族、およそ1000!!」
将官「重装歩兵第四隊、押し出せ! 突進力を止めよ!!」
王国軍兵士「行くぞ! 第四隊の勇猛を精霊にお見せするのだ!」
王国軍兵士「大槍構え! 突撃ィッ!!」」
668 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 17:21:28.63 ID:vGBiMEoLP
――第二次極光島攻略作戦、簡易司令部
女騎士「はぁっ……はぁっ……。だれか! だれかある!」
兵士「はっ!」
女騎士「伝令、斥候を20出せ! 橋頭堡は確保した。
通信体制を確立させよっ。
何もなくとも20分ごとに使いを出せ!」
兵士「はっ!」
女騎士「換えの馬を頼む。こいつの汗を拭いてやってくれ。
何度もわたしを助けてくれたからな」
馬 ぶるるるんっ
冬寂王「騎士将軍! 戦況は?」
執事「タオルですぞ」
女騎士「上陸作戦に成功、橋頭堡確保。岩山についても
抵抗戦力はほぼ制圧、占拠に移っています。
大型魔族の撃破は12」
冬寂王「12か……前回目撃された数のほぼ全てだな」
女騎士「どれくらい余剰戦力がいるか判りません。
決して油断できる数字はありませんけれどね」
670 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 17:27:32.68 ID:vGBiMEoLP
冬寂王「して、損害は?」
女騎士「ざっと見たところ、500弱」
執事「なんと!」
冬寂王「大成功ではないか、ここまでの戦果を挙げられるとは」
女騎士「だがしかし、ここまでです」
冬寂王「……」
女騎士「ここまでは中央突破力と兵種連携で損害を減らして
前線を押し上げることが出来ました。首尾良く、極光島に
橋頭堡も確保できて、いま工兵にソリを解体させて
防備柵への組み替えをさせていますが……」
女騎士「極光島には天然の洞窟も多く、また山城は
堅固な要塞。そこに魔族の猛者、南氷将軍が居るのならば
籠城作をとってくるでしょう。
もちろん、包囲しているのはこちら。
勝つことは出来るでしょうが、ここからは時間のかかる
包囲線になるでしょうね。
消耗戦となれば、こちらの被害も無視し得ません。
そもそもそう言った戦いとなれば、水に潜り、
闇に溶けることが出来る魔族の方が有利です。
でも、まー」
671 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 17:30:51.10 ID:vGBiMEoLP
執事「まぁ?」
魔王「戦には勝った。もう勝ちは決まったのだろう?」
女騎士「おおざっぱには」
魔王「その先はわたしの出番だ」
冬寂王「学士殿」
魔王「さて、古来城攻めとは難しいものだ。力押しで
解決するためには、攻城側は守備側の三倍の兵力を
要するという。わたしの見たところ、魔族の残存
兵力は約8000。私たちとより4000は少ないが
倍の差はない。勝てはするが、双方大きく消耗する」
女騎士「甘さのない読みだと思うな」
魔王「問題点は?」
女騎士「なるべく訓練を施したとは言え、こちらの兵の
練度のばらつきだ。特に義勇軍兵は、単独で敵の正面に
立たせたくはない。それからさっきも云ったが、
持久戦にも不安が残る。夜襲や攪乱を使われれば
こちらが不利だ」
執事「では」
女騎士「魔族は巻き返しが図れると思ってこの状況に
乗っているとも云える」
675 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 17:48:30.78 ID:vGBiMEoLP
冬寂王「聞いていても簡単な状況とは思えないんだが」
女騎士「まったくです。本当ならここからが
本番。ここはスタート時点ですからね。
ここから胃の痛くなる神経戦の始まりなんですが」
執事「学士様には策がある、と」
魔王「うむ」
冬寂王「どのような?」
女騎士「……」
魔王「もう、手は打った」
冬寂王「?」
バタン!!
伝令「伝令! 伝令でございます!!」
冬寂王「かまわん! 報告するが良い!!」
伝令「極光島のさらに南、魔界への大陸から軍勢出現ッ!!
その数1万以上ッ! み、み、み、味方ですっ!!」
魔王「なんの芸もない。――援軍だ。この数の圧力で
南氷将軍は降伏……はせんだろうが、逃亡する」
677 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 17:51:00.73 ID:vGBiMEoLP
――魔界、開門都市、作戦会議室
司令官「げ、限界だっ!!」
将官「……」
東の砦将「そんな声荒げなくたってよぉ」
司令官「そなたは外部の砦にいるから判らないのだ!
この都市は悪夢だ。毎晩のように死霊が……。
街中には邪悪な死者の呪いが横行してるのだぞっ!」
東の砦将「そんなこと云ったって、
魔族娘のぼいんぼいーん☆にきゃっきゃうふふで
街中に居座ったのはあんたら近衛隊じゃねぇですか」
司令官「傭兵風情がっ!」
東の砦将「へぇへぇ、俺たちゃ傭兵ですがね。
それがなにか?」
司令官「ぐぅっ!」
東の砦将「大体、夢見にびびるってのは一人前の
男としていかがなものでござんしょねぇ」
680 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 17:54:11.31 ID:vGBiMEoLP
司令官「これ以上は士気の限界だ。
わ、わ、我々は撤退を行う!」
将官「司令官殿っ!」
東の砦将「おおっと、そいつはどんなもんですかい?
仮にもこの都市は人間世界全てが総力を結集して落としたと
云っても良い、魔界の重要戦略拠点だ。
そいつを放り投げて司令官が逃げ出すってのは
そりゃー軍律違反もいいところでしょうがよ」
司令官「〜っ!!」
将官「貴公も口を慎め! 総司令官をなんだと心得る!」
東の砦将「へいへい。だが軍律は、軍律だ」
司令官「え、え、え……援軍だっ!」
将官・東の砦将「はぁ?」
司令官「これは援軍なのだ」
東の砦将「どこから援軍が来てくれるんです?
援軍要請でも出したんですか? まさか?
戦らしい戦もしてないのに?」
683 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 17:57:58.08 ID:vGBiMEoLP
司令官「ちがう! 聞けば先日、極光島を舞台に
白夜王が奪還作戦を繰り広げたというではないか!!
白夜王は優れた指導力を発揮し勇戦したのだが
頼むに足りない無能な南部諸王国の王侯に
足を引っ張られたせいで苦い敗北を喫したという」
東の砦将「ああ、それなら俺も聞いてますけどね」
将官「白夜王は司令官の叔父上と
縁続きになられたとか」
東の砦将「あー」
司令官「ええいっ! それは関係ない! これは人類全体の
沽券に関わる重大事なのだ! かかる決戦とも云うべき
戦を前に、わが遠征軍が手をこまねくわけには行かぬ。
全軍をもって、極光島へと援軍に向かう!」
東の砦将「ばっ、ばっ、バカか、あんたっ!?」
将官「しぃーっ」
司令官「ええい! うるさい! これは総司令官たる
わたしの命令だ! わたしの命令と云うことは、
聖王国、ひいては光の精霊の命令に等しいっ!!」
688 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 18:03:47.32 ID:vGBiMEoLP
東の砦将「だからってこの都市を放っておく訳にも
いかんでしょうが! この都市には軍の物資を
扱うために軍属ではない人間の商人だって沢山
いるんだぞ!? 彼らの安全をどうするっ!!」
司令官「黙れ、黙れ! そんな奴らは裏切り者だ!
魔族と交流しているような劣等民を守るために
尊い遠征軍の血を流せるものかっ!!」
東の砦将「……」 めらっ
司令官「そんの輩、勝手に来たのだ、勝手に死ねば
良いではないか。いや、いっそ都市に火をかけるか。
むざむざ魔族に都市を明け渡す必要もないだろうっ
そうだっ!」
東の砦将 ダンッ!!
司令官「ひっ!? 」
東の砦将「……」 ギラッ
司令官「な、なんだ? 文句でもあるのかっ! 貴様!
ううう、貴様なぞに、貴様なぞにっ!!」
690 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 18:07:00.60 ID:vGBiMEoLP
司令官「そうだ、そこまで文句があるなら、
貴様がやれば良いではないかっ!」
東の砦将「はん!?」
司令官「き、貴様が司令官だ! 貴様がこの街を守れば良かろう!
それだけ大口を叩くからには貴様はこの街を
治められるのだろう? あ? 歴戦の傭兵様なのだろう?」
東の砦将「……わかった」
司令官「そうかそうか、貴公が誓約をするのだとなれば、
我も安心して援軍を出せるというもの! あははははは。
この先この都市を万が一魔族に奪い返されるようなこと
あれば全て貴公の責任であると。そう心得よっ!!」
東の砦将「我が砦の将兵に、民間人のために命を惜しむような
不届きものは一人もいはしないっ」
司令官「いいや、極光島にいるのは魔族の猛将、南氷将軍と
聞いた。わたしはあくまで全軍をもって援軍に向かうぞ。
この魔界のような訳のわからぬ地を、兵を減らして移動
するバカは居はせぬわっ!」
東の砦将「〜っ!」
司令官「ははは! 同じ軍のよしみ、500ほどは置いて
行ってやる。それでどうにかするが良い! 傭兵めっ!」
692 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 18:12:33.26 ID:vGBiMEoLP
ダッダッダ、バタン!!
東の砦将「あーあ、んったくよぉ」ボリボリ
副官「大将、大変なことになっちまいましたね」
東の砦将「ん? まったくだ。やりきれんな」
副官「どうしやす?」
東の砦将「どうもこうもない。仕方がねぇ、四方砦は
全て退去だ。守るだけの兵力はねぇ。全員都市に よびよせちまえ」
副官「はっ!」
東の砦将「それから街の有力商人を呼び寄せろ。
街に住む魔族の主立ったメンバーも、そうだな、
合わせて10人位招くんだ。
付近の有力魔族にも特使を送り出せ」
副官「え? どうするんですか!?」
東の砦将「兵力がないんだからしかたねぇだろう。
頭下げて頼むんだよ。臨時の自治政府だ。
今日をもって、この開門都市は人間の領地じゃねぇ。
交流都市として自治してくっきゃなかろうがよ」
697 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 18:29:20.62 ID:vGBiMEoLP
――第二次極光島攻略作戦、橋頭堡天幕
伝令「報告ですっ! 極光島城塞から、
魔族軍出撃しました! その数、おおよそ7500!!」
女騎士「全軍だな」
伝令「魔族軍、南方樹氷、謎の援軍に向かって高速で進軍中!!」
女騎士「伝令ご苦労っ!!」
魔王「早かったな」
女騎士「おそらく、援軍と我らが合流して、連携行動に
出るのを嫌ったんだろう。突破するのなら今が最後の
チャンスだ」
魔王「果断な決断だが、予想範囲内だ」
女騎士「魔族7500と援軍1万弱か」
魔王「どうなるかな」
女騎士「その援軍は、聖鍵遠征軍なのだろう?
で、あれば練度も装備も、人間界最高のはず」
699 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 18:35:41.86 ID:vGBiMEoLP
しゅぃんっ!
勇者「そりゃどうかな? 存外だらしない奴らかもしれないぜ」
魔王「勇者!」
女騎士「帰ってきたのかっ」がしっ
魔王「……ごほんごほんっ」じぃ
勇者「え、えと。まぁなっ! こんなタイミングで良かったか?」
女騎士「ああ、ばっちりだ。だがどうやって聖鍵軍を
呼び寄せたんだ?」
勇者「それよりも、タイミング合わせるために迷わせたり
足止めしたりしたからな、結構疲労してるぞ、あいつら」
魔王「それでは、戦力は拮抗するやもしれんな」
バタン! 伝令「謎の援軍と魔族先端が接触! 援軍の軍様は縦に
長く伸び、先頭は少数! 蹴散らされてゆきます!」
勇者「な?」
女騎士「遠征軍ともあろうものが情けないっ」
魔王「助けに行かないとまずそうだな」
女騎士「とはいえ、島の向こう側だ、時間がかかる」
魔王「それくらいは持つだろう、いくら何でも」
700 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 18:40:24.18 ID:vGBiMEoLP
ゴオォォン!!
勇者「なんだっ!?」
バタン!
伝令「伝令!! 伝令!! 一騎の巨大な魔族が
こちらの陣営に向かってきます! 南氷将軍を名乗っています!
軽装歩兵の一隊が壊滅ッ!!」
女騎士「退かせろっ!」
伝令「はっ!」
魔王「しんがりを自ら務める気か」
勇者「暑苦しいヤツだ」
女騎士「指揮官としての矜持だろうな」
魔王「だが、救援に向かうには倒す必要がある、か。
出来れば魔族の被害も出さず、逃走させたかったのだが……」
勇者「仕方ないだろう。信念があるヤツなんだ。
おれがいって、ちょっと捻ってくるよ」
女騎士「……いや」
勇者「へ?」
女騎士「それは、わたしの役目だ。
ここは任せてくれないか? 勇者。
武人の最後の願いだろう」
750 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 22:03:39.33 ID:vGBiMEoLP
――第二次極光島攻略作戦、夕暮れの戦地
南氷将軍「はぁあぁっ!」
女騎士「はっ!」
ギンッ! ガギンッ!
南氷将軍「ははは! 嬉しいぞ! この勝負を受けてくれてなっ!」
女騎士「勝てる勝負、捨てる気はないっ!」
王国軍兵士「す、すごいぞ!」
騎兵将官「大地がめり込み、崩れるほどだ……」
南氷将軍「大言壮語しよる、これはどうだっ!」
ドガァンっ!!
女騎士「遅いっ!」
ヒュバッ!!
南氷将軍「我は天下無双! そのような攻撃、効かぬ」
女騎士「天下無双が聞いて呆れるっ」
753 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 22:07:29.71 ID:vGBiMEoLP
南氷将軍「なんだと?」
女騎士「退くなら追うな、と命を受けている」
南氷将軍「っ! 愚弄するかっ!」
ギンッ! ガギンッ!
南氷将軍「敵に情けを受けるこの南氷将軍ではないわっ!
食らえ、“凍える吹雪”っ!!」
ひゅごぉぉぉっ!!
女騎士「勇者直伝っ! 岩盤返しっ!!」
ずだんっ! ダダダダダンッ!!!
王国軍兵士「ば、ば、ばけもんだっ!」
騎兵将官「だがなんて可憐なんだっ」 「え?」
南氷将軍「はははははは! 見事、さぁいくぞっ!」
女騎士「良かろう。引導を渡してやろうっ!」
南氷将軍「軽いわっ! 所詮女か、しゃらくさいっ!」
女騎士「女扱いしてくれるのは嬉しいが……」
758 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 22:14:44.49 ID:vGBiMEoLP
ギィィン!!
王国軍兵士「噛み合った!?」
騎兵将官「五倍は体重差があるんだぞ……」
ギリギリギリギリ
南氷将軍「やるではないかっ」
女騎士「非常識が身近にいると、これしきは身につく……
い、く、ぞっ! せいやぁぁぁ!!」
ザカッ!
南氷将軍「っ!?」
女騎士「まだ、まだっ!」
ザシュ! ザシャッ! ヒュバッ!!
王国軍兵士「なんて、なんて早さだ」
騎兵将官「姫将軍はこんなに強かったのかっ!!」
女騎士「いえぇぇええーい、やぁっ!」
南氷将軍「……ぐふっ」
ドサンッ!!
王国軍兵士「勝った……」
騎兵将官「勝ったぞ!」
王国軍兵士「「「俺たちの、勝ちだぁ!!」」」
763 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 22:23:00.69 ID:vGBiMEoLP
――冬越しの村、早春
小さな村人「本当なのけ?」
中年の村人「本当だなやっ」
狩人「そうか、凱旋かぁ!」
小さな村人「ガイセンってなんだぁ?」
中年の村人「馬鹿だなぁ。戦に勝って帰ってくることだぁよ」
狩人「女騎士様も、学士様も帰ってくるって言うことだよ!」
メイド妹「こーんにーちは〜♪」
メイド姉「こんにちは」
小さな村人「おんやまぁ。館の姉妹さんだなや」
中年の村人「おめでとうだなや!」
狩人「おめでとうだなや!」
メイド妹「はいっ!」
メイド姉「ありがとうございますっ」
小さな村人「いつ帰ってくるだなや?」
中年の村人「もう戦は終わったんだべ?」
狩人「馬鹿だなや。マゾクっちゅーのが居なくなんない限り
戦は終わったりしないんだなや。今回は、極光島っていう
のをとりもどしたっちゅー話だぁよ」
766 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 22:29:33.23 ID:vGBiMEoLP
小さな村人「そうなのけ?」 ほけぇ
中年の村人「でも、女騎士さんは、軍の将軍になって
お話の英雄みたいに活躍したっておら聞いただよ」
メイド妹「そうなんだよ♪」
小さな村人「さっそく吟遊詩人さんが歌さ作ってただ!
格好良かっただよぉ〜」
中年の村人「酒場にきとるんけ?」
狩人「酒場も二つになって、随分大きくなったべぇ」
メイド妹「あのね、あのね!」
メイド姉「当主様たちは、今から冬の王宮に向かうそうですよ」
小さな村人「王様のところだべか?」
中年の村人「ああ、きっとご褒美をもらえるだべよ」
メイド妹「きっとねー。ごちそうがでるんだよー」じゅる
メイド姉「もうっ……。何でこんな食いしん坊に
なっちゃったのかしら……」
メイド妹「えへへへ〜♪」
小さな村人「何はともあれ、今年も春だぁよ!
ああ、ここは良い村になっただなやぁ」
769 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 22:38:38.26 ID:vGBiMEoLP
――冬の王宮、爵位授与式
吹奏楽隊 〜♪ 〜〜♪
冬寂王「すまんな、こんな儀式に付き合わせて」
女騎士「いえ」
魔王「かまわん」
冬寂王「そなたらは目立つのは苦手なのだろうが
これも王族のもってる義務の一つでな」
女騎士「心得ております」
魔王「万民に威を示すことも責務であろうな」
執事「準備万端整ってございます」
冬寂王「さぁ、行こう」
ぎぃぃぃぃっ!
来駕の万民 わぁぁぁ!!!! わぁぁぁ!!!
773 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 22:42:12.05 ID:vGBiMEoLP
吹奏楽隊 〜♪ 〜〜♪
冬寂王「我が民、我が祖国よっ!」
来駕の万民 わぁぁぁ!!!! わぁぁぁ!!!
冬寂王「諸君らの働きに感謝する。極光島奪還は成った!
これもひとえに諸君らの忠誠、赤心によるものだと心得る。
こののち、極光島の防備に関してまた難しい計画があり
それについては諸君ら、文武百官の力を借りることも
あるだろう。また、このたびの戦役に恩賞も行わねば
ならぬ。この冬寂王、力を貸してくれた諸君を決して
粗末には扱わぬ」
女騎士「まだまだ貧乏国ですけどね」
魔王「それでもマシになる途中の貧乏国だ。それに、
なんだ。身も蓋もない言い方だが、貧乏だからと
云って恩賞を値切っていては人が居着かぬ」
執事「まこと身も蓋もない話でございますなぁ」
冬寂王「今宵は小さいながらも宴を用意した。
楽しんで欲しい! 乾杯だ!」
777 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 22:51:13.90 ID:vGBiMEoLP
冬寂王「杯を手に聞いて欲しい、この王宮に今日は客人を
迎えている。知っている者も多いとは思うが、かつて
勇者とともに魔界を駆け抜け、人界に大きな貢献をなした
三人の生きた伝説、その一人、女騎士殿だっ」
すっ
女騎士「ご紹介預かった、女騎士だ」
冬寂王「女騎士殿はこたびの戦役において、前線司令官
という非常に重い役目を担って頂いた。
さらには一騎打ちにて南氷将軍を仕留めるという
まさに英雄に相応しい貢献もして頂いた。
実を言えば
我が国の将軍を打診したのだが、断られてしまったよ」
来駕者 あははははは!!
冬寂王「いやいや、もちろん冬の国が貧乏なせいもあるの
だがな! だがしかし、女騎士殿は湖畔修道会の指導者
と云う責任有る立場についておられる。
湖畔修道会は、南部にとって無くてはならない組織だ。
我が国一つにその御身を縛り付けることは、精霊の意にも
そむくことになろう!
しかし、我が国の、人類の恩人であることには変わりない。
女騎士殿は、我が国の名誉伯位である!
みなのものもそう心得よ!」
778 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 22:58:49.93 ID:vGBiMEoLP
冬寂王「こちらは、紅の学士殿。
話を聞いたことはあるであろう?
この地に奇跡の作物、馬鈴薯をもたらしてくれた、
我が国の恩人の一人だ」
「おお、あの噂の……」「風車もあの人の計画だとか」
「羅針盤を海軍に提供したと聞きましたぞ?」
「天才だ……」「万物見通せぬもの無し、と聞きます」
魔王「ご紹介にあずかった紅の学士だ。
生来の不調法もの故このような席で語る言葉を持たぬのだが、
このたびの戦勝にお祝いを申し上げるためにまかり越した。
この国は……流れ者のわたしに本当によくしてくれる。
その暖かさが胸の痛みを溶かすようだ。
わたしは、この国の人々の穏やかな笑みを忘れぬ。
この国の四季と四方に億千の幸いがありますように」
冬寂王「……」
執事「若、若っ」
冬寂王「ああ、すまん。
学士殿のありがたい言葉を頂きこの国の長として嬉しく思うっ。
もし願えるのならば、この国のさらなる発展のために、
その知恵を貸して頂きたい。
学士殿も学究野道がある故、宮殿へ招くことは叶わなかったが、
その功績、名誉爵位である!」
来駕者 わぁぁぁ!!!
785 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 23:06:55.22 ID:vGBiMEoLP
参加者「乾杯!」「南部の安定のために!」「王の勝利に!」
女騎士「正式な授与式にせず、気を遣って頂いたのですね」
魔王「かもしれんな」
冬寂王「さらに皆には報告することがある。
今回の極光島奪還作戦において、南部諸王国は
一層の結束を強めた。
また、いままでのような対魔族軍事作戦のみならず、
通商、学術、技術分野でも協力が不可欠であるとの
結論に達した。
南部はその歴史において、一年の三分の一を雪に閉ざされた
寒く、貧しい国々として過ごしてきた。
しかし、地の宝は民である。
南部諸王国の民には興武の気風と、質素、倹約、素朴さ、
勤勉さ、暖かさが有るとわたしは信じる。
我が冬の国は、鉄の国、氷の国と条約を交わした。
これは通商および技術開発の各分野においても基本的な
協力の合意である。だがしかし、それのみならず
将来的な連合国家を視野に入れた取り組みだ。
我らは肩を並べ共に戦った。これから先、あらゆる分野で
共に進めると信じる。諸君らの協力を願いたい!!」
来駕者 わぁぁぁ!!! 冬寂王! 冬寂王!
798 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 23:14:08.62 ID:vGBiMEoLP
――冬の王宮、宴の間
吹奏楽隊 〜♪ 〜〜♪
質実な貴族「ほほう、三倍と!?」
若手騎士「作付けの方法はいかがなのです?」
魔王「今では種芋の管理を修道会に一任しているの
ですがさほどの難しさでもない。種芋は購入して
貰う形なのだが、農業技術支援とコミだと考えて
もらえば決して高い買い物では無かろうな」
冬寂王「……それにしても」
工業ギルド長「はは! それで銅の価格があがると?」
魔王「そうだ。分業体制における比較優位の法則という。
この国にはまだ有用な鉱物資源が多いはずだ。すぐに
利益には成らぬかもしれないが調査には利益があるの
では無かろうか」
冬寂王「“生来の不調法もの故このような席で
語る言葉を持たぬ”――だと?
どうだ、あの落ち着き、あの涼やかな態度。気品と美しさ。
貴族……。いや、王族のようじゃないか?」
冬寂王「なんて人なのだ。あの知恵、落ち着き。
発想の全て。……彼女も英雄なのか? 勇者のように。
それとももっと違う者なのか?
いやはや、王になった途端にこんな奇跡ばかり
目にするとは! 世界とはまったく油断がならんな!」
809 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 23:25:12.48 ID:vGBiMEoLP
――冬の王宮、宴の間、人のいないバルコニー
吹奏楽隊 〜♪ 〜〜♪
勇者「おお! 邪魔してる」
執事「おやおや、お帰りでしたか。勇者」
勇者「あんまびっくりしないのな」
執事「にょははは! 童貞のまま死ぬのは魔法使いと
きまっていますからな。勇者は童貞のままでは
死ねないでしょう?」
勇者「おお、ったりめぇだ」
執事「……お代わりをお作りしましょう」
勇者「ああ、あんがとな。……ん、美味いなこれ」
執事「にょははは。コックも喜びます」
勇者「うまうまっ! がふがふっ」
執事「……恨んでますかね、勇者」
勇者「なんでさ?」
執事「一人で行かせてしまいましたからね」
勇者「あれは俺がみんなを撒いて勝手に行ったんだ
恨んでるわけ無いじゃん。それじゃ逆恨みだ」
執事「まったくですなぁ。にょはははは」
812 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 23:29:35.24 ID:vGBiMEoLP
執事「まぁ、そんなことではありませんよ」
勇者「じゃ、なにさ」
執事「さ、リキュールたっぷりのカクテルですぞ?」
勇者「お、あんがとな!」
執事「……」
勇者「ん、美味い。ああ……。
いつだったか、鬼面都市の酒場でも、作ってもらったっけなぁ」
執事「そうでしたねぇ」
勇者「懐かしいなぁ」
執事「ええ」
勇者「……」
執事「……勇者は」
勇者「ん?」
執事「勇者は、あなたは強すぎる」
勇者「うん」
執事「あなたはその気になれば、まぁ、魔将軍クラスは
ともかくとして、千人軍隊とでも戦えるのでしょう」
勇者「まぁ、そうな」
817 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 23:35:06.55 ID:vGBiMEoLP
執事「足手まといだから、我らを置いて行かれた
訳ではないでしょう? もちろん足手まといでもあった
わけですが。本当の実力を出せないという意味では」
勇者「……」
執事「わたしが勇者に申し訳なく思うのは
勇者を一人で行かせたことではないんですよ。
勇者を孤独にさせてしまったことです。
勇者は強い。
戦えば軍にでも勝つ。
でも、その力を使えば使うほど、勇者はこの世界では
寂しくになってしまうでしょう? 普通の人間は
そんな強さを受け入れることなんて出来ないのだから。
あなたは強さにおいて人間とは隔絶している。
あなたは、私たち三人を“孤独”にさせないために
置いていったのでしょう?
でも、あなたは人間だ。人間であるはずだ。
その勇者を私たちは、孤独にさせてしまった。
それは私にはやはり、私たち人間の罪に思える」
823 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 23:40:26.18 ID:vGBiMEoLP
勇者「……そんなことねぇって」
執事「寂しい思いをさせて、申し訳ありません」
勇者「いやいやいや。爺さんには色々教えて貰ったから!」
執事「にょほほ!」
勇者「おっぱいとかな! 尻とかな!
パフパフの見極めとかな!!」
執事「偽パフパフはガチムチ兄貴ですからね〜!!」
カチャカチャ
執事「……」すっ
勇者「うまっ! 美味っ!」
執事「ああ、勇者。今宵は良い夜です!
でもね、聞いてください」
〜♪ 〜〜♪
勇者「ん?」
執事「我々だって捨てたものではないのですよ。
我々だって、月を目指して、歩くことが出来るのです!」
827 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 23:43:20.83 ID:vGBiMEoLP
執事「二年前には出来なかったことが、少しは出来るように
なっているのですよ? あなたと別れてから私も
すこしは、努力をしてきたのです」
勇者「……?」
執事「あの音楽が聞こえますか? 広間の明かりが見えますか?
私が若を育てたんですよ。勇者、聞こえますか?
あの笑い声が」
勇者「ああ、聞こえる」
執事「良い国でしょう?」
勇者「うん、全くだ」
執事「もう、勇者を孤独にはしませんよ。
勇者の桁外れの戦闘力が無くても、なんとかする。
もちろんまだひよっこですからな、よちよち歩きで
危なっかしいものですが、それでもやっていこうとしています。
勇者。勇者一人に罰を押しつけない国ですよ。
きっと、勇者が孤独ではなくなれる場所があります」
勇者「ああ……」
執事「お帰りなさい、勇者!」
勇者「ああ。爺さん。ただいまだ!」
908 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 12:48:05.32 ID:I63MLpWkP
――冬越しの村、晩夏、メイド妹の日記
「夏が終わろうとしてます。
勇者のおにーちゃんが帰ってきてから、もう半年がたちました。
当主のおねーちゃんはずっと機嫌がよいです。
騎士のおねーちゃんは毎日来ます。
剣の訓練がない日も、なんだか理由をつけて毎日来ます。
おねーちゃんはお昼ご飯を6人分つくることにしてしまったので
雨が降ったりして騎士のおねーちゃんがこないとこまります。
わたしがぷにぷにになっちゃうからね!
眼鏡のおねーちゃんは、この間までしばらく旅に出ていました。
帰ってきて怒られました。
勉強サボってごめんなさい。
でも、掃除はさぼってないよ! それに、花の名前は
今年は沢山覚えました。
今日は勇者のおにーちゃんのお弁当を届けに行きました。
勇者のおにーちゃんは毎日どこかへ行くけれど
大抵夕方には帰ってきます。今日はイノシシ狩りでした。
イノ鍋です。
でかしたぞ、おにーちゃん」
913 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 12:55:44.19 ID:I63MLpWkP
――冬越しの村、魔王の屋敷、裏庭で訓練中
女騎士「遅い! 腕を上げろ!」
若手兵士「やぁ!」 びゅんっ!
若手騎士「そいや!」 びゅんっ!
女騎士「ちがう、盾を持つ側だ。
喉を晒すな! 半身を崩すな! 重心の切り替えを
素早く! 弱点を晒すのははこちらが攻撃したときなんだぞ!」
若手兵士「や、やぁ!」 びゅびゅん!
若手騎士「そりゃー!」 びゅん!
勇者「ちげー! もっとこう……グワっと来てズパン! だ!」
貴族子弟「ひぇー!」 びゅんっ!
軍人子弟「どりゃっ!」 びゅんっ!!
勇者「いいぞ、もっと後ろ足をひきつけろ!」
貴族子弟「こ、こうかな?」 おずおず
軍人子弟「きっとこういう感じでゴザル」 びゅん!
貴族子弟「そうか、こうか?」 びゅ
軍人子弟「そうそう!」 びゅんっ!
勇者「やれば出来るじゃねぇか、あと3000!!」
貴族子弟「ひぃぃぃ!?」
軍人子弟「な、なんとぉ!?」
915 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 13:00:17.71 ID:I63MLpWkP
女騎士「では、仕上げだ! ため池の廻り5周!」
若手兵士「はぁ、はぁっ」
若手騎士「5、5周でありますか!?」
女騎士「疲れてる時じゃないと意味がない。
戦場で逃げ出すのはさんざん戦ったあとだろう?
つまり、へとへとになったときに足が動くかどうかで、
生き死にが決まるんだ。とっとと行け!!」
若手兵士・若手騎士「「は、はいっ!」」
勇者「ってなわけで、お前らも行け。負けるなよ」
貴族子弟「ひぁ!?」
軍人子弟「はっ!」
勇者「ちょっとまった、お前らは馬鈴薯の袋担いでけ!」
貴族子弟「な、なぜそのような!? お、横暴だ!」
勇者「逃げてる最中に子供見つけたら背負って逃げてぇだろ?」
貴族子弟「うううう」
軍人子弟「わ、判ったでござる! いくでござる!!」
貴族子弟「ひ、ひぇぇ!」
919 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 13:06:23.34 ID:I63MLpWkP
勇者「あ〜! いい汗かいた! 気分爽快!!」
女騎士「ちっとも運動して無いじゃないか」
勇者「そんなことないぞ、他人に教えるってのは疲れるな」
女騎士「お前のは半分くらいいじめだ」
勇者「そうかなぁ。あれくらいやれるって」
女騎士「そのうち死ぬぞ」
勇者「だいじょぶだいじょぶ。半分くらい殺した方が育つって!」
女騎士「ホントにこいつは……」
勇者「うわぁ、暑いな」 がちょん、がしゃん
女騎士「鎧を投げ出すな。はしたない」
勇者「女騎士は厳しいなぁ。……もう。これでいいか?」
女騎士「そうだ、命を守る武具だぞ。丁寧に扱うべきだ」
勇者「暑ぃ〜。おれ、井戸行って水浴びしてくる」
女騎士「ん、そうか?」
とことこ
とことこ
勇者「ん?」
女騎士「どうした?」
922 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 13:12:39.57 ID:I63MLpWkP
勇者「何でついてくるの?」
女騎士「わたしだって暑い。水浴びをしたい」
勇者「そうか」
女騎士「うむ」
勇者「よし、くみ上げるぞ? んしょ、んしょ」
女騎士「おー。ご苦労! このポンプなるものは便利だな」
勇者「まったくだな……。水貯まったか?」
ざぁぁぁぁ!!
女騎士「ああ。気持ちよいぞ! もう一杯頼む」
勇者「よしきた……んしょ、んしょ」
ざぁぁぁぁ!!
女騎士「ああ、涼しい! 爽快だ! もう一杯!」
勇者「どんどん行くぜ! ……んしょ、んしょ」
女騎士「勇者は本当にいいやつだな」
ざぁぁぁぁ!!
女騎士「ふぅ、訓練のあとの水浴びは最高だな」
勇者「そうだなっ!」
女騎士「さぁ、もう一杯頼んだ」
勇者「任せろ……ってか俺は汗みどろで暑いままだこのやろ−!!」
925 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 13:18:22.84 ID:I63MLpWkP
女騎士「男のくせに細かいことを」
勇者「水浴びは俺の発案だっての!」
女騎士「ほれ、濡れ布巾だ」
勇者「ちべてー! 気持ちいいな! じゃねぇよっ!」
女騎士「仕方ない。わたしが汲み上げをやろう。代わってくれ」
勇者「よしきた!」
女騎士「よっこいしょ」
勇者「……」びきっ
女騎士「どうした?」
勇者「お、お、ひょ、ひょ」
女騎士「スライムみたいな顔で固まるなよ」
勇者「おま、な、なんか。なんで肩タオル?」
女騎士「水浴びしてたからだろ?
ああ、なにか?
おい勇者。それとも私の胸が肩タオルで隠れちゃってるぜ、
どんなサイズだよそれって云う突っ込みなのか!?
爺さんと再会してから品が無くなったな!
しまいには斬るぞ!」
勇者「ま、まっしろ、ま、まっしろ」
929 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 13:24:50.02 ID:I63MLpWkP
女騎士「ほれ、とっとと下に行け」
勇者「あぅあぅ」 ふらふら
女騎士「まったく。混乱呪文でもくらってるのか。
いくぞー。勇者、水でるからなー」
勇者「あぅあぅ」
女騎士「ん、せぇっの! ……んっしょ、んしょ」
勇者「き、きたぞー」
ざぁぁぁぁ!!
女騎士「ちゃんと髪も流すんだぞ ……んっしょ、んしょ」
勇者「子供じゃねーよ!」
ざぁぁぁぁ!!
女騎士「そうだ、勇者」ひょいっ
勇者 びきっ
女騎士「これ貸してやる。修道会で作った石鹸だ」
勇者「お、お、おぅ」
女騎士「お前挙動不審だ」
ざぁぁぁぁ!!
932 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 13:30:42.23 ID:I63MLpWkP
勇者「ふわぁ。さっぱりしたぁ!」
女騎士「こっちもさっぱりしたな」
勇者「……」ぴょこぴょこ
女騎士「何してるんだ? 呪われてるのか?」
勇者「耳に水が入った」
女騎士「子供か、勇者は。ほら、タオルだ」
勇者「おお。あんがとよ」
女騎士「良く拭けよ。勇者の髪はもふもふだからな。
水分をちゃんと取っておかないと、あとで余計に汗をかくぞ?」
勇者「んぅ、わかってるって」 わしゃわしゃ
女騎士「櫛ももってないのか、お前は」
勇者「魔王がしてくれっからなぁ、自分のはねぇや」
女騎士「そうか……」
勇者「ふわぁ!」 とさっ
女騎士「どした?」
勇者「ちょっとベンチで休憩」
女騎士「ああ。良い風だな……」 すとん
勇者「夏の終わりのこの国は、最高だな」
女騎士「ああ、これから栗も美味しくなるだろうな」
さわさわさわ……
勇者「……」
女騎士「……」
935 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 13:36:58.76 ID:I63MLpWkP
女騎士「ずっとこうなら良いんだけどな」
勇者「そうな」
女騎士「……」
勇者「……」
さわさわさわ……
女騎士「そうもいかないか」
勇者「うん」
女騎士「妻妾同居にしてもどちらが妻か決っせんと」
勇者「魔界にしても何時までも指をくわえてない、そろそろ動きが」
女騎士・勇者「え?」
女騎士「あ、ああ! そうだな! 戦は今は膠着状態だが
この膠着状態が保証されているわけでは無論無い」
勇者「だよな」
女騎士「……疑問なんだが、勇者」
勇者「ん?」
女騎士「思うにだな」
勇者「うん」
939 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 13:43:05.61 ID:I63MLpWkP
女騎士「弓兵の爺さんと、私と、勇者と……
しゃくだが胸のでかい魔王とでな。
それでパーティーを組んで
魔族の主立った将軍と砦、軍勢を全て撃破すれば
案外、この戦はあっさり終わるのじゃないか?」
勇者「あー。かもなー」
女騎士「ダメなのか?」
勇者「……」
女騎士「魔王は人間の味方になったんだろう?」
勇者「それは違うさ」
女騎士「そうなのか?」
勇者「魔王は、“勝ちでも負けでもない”戦争の終わりを
目指しているんだ。だから、そんな殲滅作戦みたいなのを
提案したら同意してくれないと思うぜ」
女騎士「そうか」
勇者「あいつはあいつなりの方法で、魔族を救おうとしてるんだ」
女騎士「そう……なのか?」
勇者「たぶん」
943 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 13:50:17.55 ID:I63MLpWkP
女騎士「ままならないな」
勇者「そうでもないさ。俺はかえって良かった
かもしれないと思う」
女騎士「そうか?」
勇者「確かに俺も女騎士も、強いさ。
『外なる図書館』へ行った魔法使いもな。
敵を倒すことは出来ると思うよ。
でも、敵を倒すことと味方を守ることは、似ているようで違う。
俺たちが魔族の軍を倒すのは良いけれど、
その間。俺たちがいない場所で
魔族の軍の逆襲を誰が防ぐ?」
女騎士「それは聖鍵遠征軍をはじめ人間の軍が守る」
勇者「本当にそれで解決になるかな?」
女騎士「出来るさ、きっと」
勇者「それに、そうやって魔族の強硬派を
粛正したあとどうするんだ?」
女騎士「え?」 きょとん
946 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 13:54:11.46 ID:I63MLpWkP
勇者「それでもものすごい数の魔族が残るんだぜ?
戦争に直接参加していない魔族も、中立ぎみの魔族も居る。
人間は魔族の軍を全て殲滅しました、魔族は無防備です。
魔族の首具には全て敗戦国です。
――で、その後は?」
女騎士「そ、それは……」
勇者「魔族狩りか? 奴隷か?
なんだっけ、魔王は云ってたな
そう、『植民地』だ」
女騎士「なんだそれは?」
勇者「“他人の土地に攻め込んで支配して、
自分たちの場所であるかのように利益を吸い上げること”
だ、そうだ」
女騎士「そんなこと、人間はそんなことっ」
勇者「俺もそう答えかけたけど」
女騎士「っ!」
勇者「言い返すことは出来なかったよ」
950 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 14:07:58.61 ID:I63MLpWkP
勇者「それにさ、そうやって奴隷にされて、人間に
支配された魔族の怒りはどれほどのものだろうな。
もちろん、その後の人間側の対応次第だけど
世界中の有りとあらゆる場所に憎しみの火だねが
ばらまかれるんじゃないかな」
女騎士「それは……」
勇者「魔族が人間の主要な軍を全て殺し尽くし、
進軍をしてきて、南部諸王国を突破し、
聖王都を征服。人間は最後の一人に至るまで
魔族に征服されたとする。
世界のあちらもこちらも、家畜のように扱われる
人間でいっぱいだ。夏は灼かれ、冬は凍え、常に飢えて
ムチに怯えて、哀れを誘う懇願だけが続く。
そうなったら、女騎士はどうする?」
女騎士「命が果てるまで魔族を殺すっ!!」
勇者「ほれみろ。同じじゃねぇか」
女騎士「……」
勇者「そうなったら、それはもう、
世界中で戦争が起きているのと同じだ。
俺たちたかが5人や6人程度でどうにかなる騒ぎじゃない。
世界が終わるまで憎しみが続くんだ」
954 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 14:17:15.78 ID:I63MLpWkP
勇者「魔王は弱いよ。魔王のくせに笑っちゃうけど。
一対一で戦ったら、そうだなぁ……冬寂王と互角じゃないか?
あの王様、あれでしぶとそうだしな。
でも、その程度。
爺さんでも女騎士でも、余裕で勝てると思うよ」
女騎士「……」
勇者「でも、あいつは最初から、
下手をしたら生まれた次の瞬間には気が付いてたんだ。
“並外れた戦闘能力でこの戦争を終わらせることは出来る”
でも“争いの火種を鎮火することは出来ない”ってな」
勇者「あいつ、すげーよ?
知識ももちろんすげーけど
考えてることがすげーよ」
女騎士「だ、だから……」
勇者「?」
女騎士「だから、勇者は、魔王のこと……」
勇者「うん。仲間になった」
女騎士「……」
女騎士(わたしは、卑しいな……)
956 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 14:25:18.52 ID:I63MLpWkP
さわさわさわ……
勇者「それにさー」
女騎士「……」
勇者「女騎士もすげー」
女騎士「え?」
勇者「だって、魔界から帰ってきたら修道会の院長だぜ?
農民の生活を底上げするんだ、とか言い出してやがるの。
その一年前は猪豚鬼のケツの肉を3cmずつスライスする
練習してたくせにさっ!!」
女騎士「ばっ、あれはお前らが乗せたんじゃないか!!」
勇者「でも、すげぇよ」 にかっ
勇者「なんだろう、正解が判る嗅覚でもついてるのかなぁ?
お前たちはみんなすごいよ。びびるよびっくりだよ。
そうだよな、毎日腹一杯食えて、温かくて幸せなら
隣人に優しくできるもんな−。冴えてるよ」
女騎士「あれは、成り行きなんだ」
勇者「そうなのかー? でも、なんかもー。てへへ」
女騎士「……」
さわさわさわ……
勇者「俺は斬った張ったしかできないから、
二人とも……。いや、みんなが……まぶしいなぁ」
959 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 14:36:11.81 ID:I63MLpWkP
――冬越しの村、魔王の屋敷、台所
がちゃり
勇者「おーっす!」
魔王「おお、教練は終わったのか?」
勇者「おわったおわった、ばっちりさ」
魔王「お疲れ様だ」
勇者「魔王も休憩か?」
魔王「うむ、提出案件への評価が終わったからな」
メイド妹「当主のおねーちゃん、
お兄ちゃんが帰ってくると思ってそわそわ待って」
魔王「何を言うか、この口かっこの口かっ」ぎゅっ
メイド妹「うーうー。もがもが……もがもが」
勇者「仲良いな、ほんと」
メイド妹「うー。けほっけほっ。もうっ」
魔王「余計なことを云うからだ」
メイド妹「はーい。座っててくださーい。
ちゃんとオレンジ水だします」
魔王「なんだそれは?」
勇者「お、なんか冷たいぞ?」
メイド妹「井戸水で瓶ごと冷やすのです♪
わたしが発見したのだー!」
960 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 14:44:41.27 ID:I63MLpWkP
魔王「まったくもう」
勇者「お、美味いぞ! これ」
メイド妹「えっへーん♪」
魔王「これは……炭酸か?」
メイド妹「当主のおねーちゃんに教えて貰ったから、
工夫してみましたー!」
魔王「醸造職人もまっさおだな」
勇者「これ、しゅわしゅわで美味いなぁ。
蜂蜜の甘さも良いあんばいだ」
メイド妹「えへーん♪」
魔王「妹は、良い料理人になるやもしれんな」
勇者「へ? こんな食いしん坊が?」
魔王「良い料理人というものはえてして食いしん坊だ」
勇者「そうなのか?」
メイド妹「料理人?」
魔王「うむ、美味しい料理を作ったり開発したりするのだ」
メイド妹「うわぁん、それすごい♪」
勇者「すげぇ、花しょってるぞ」
魔王「恋する乙女の魔術か?」
勇者「よだれを垂らしてるところが違うな」
963 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 14:50:19.13 ID:I63MLpWkP
メイド妹「お姉ちゃんに報告してくるっ!」
勇者「何を?」
メイド妹「料理人になるって!
毎日好きなご馳走を作って食べるんだって!!」
勇者「何か誤解してないか?」
メイド妹「行ってくる−!!」
バタン! トタタタタッ!
魔王「騒がしいな、まったく」
勇者「ああ。でも、元気になったなー。あいつ」
魔王「ん?」
勇者「最初の頃は、姉ちゃんのうしろで半べそだったもんな」
魔王「そうだな。そのくせ、噛みついてきてな」
勇者「“めがねのおねえちゃんはいじわるなのっ”だろ?」
魔王「ああ、そうだな。 メイド長のやつ、びっくりしておったなぁ!」
勇者「そうなのか?」
魔王「ああ。あのあとでな。“人間にもなかなか根性のある
娘がいる”と云っていたよ」
勇者「そうだったのかぁ」
966 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 14:55:42.77 ID:I63MLpWkP
魔王「それにしても」 じぃー
勇者「?」
魔王「なんだそのざまは」
勇者「そのざまって?」
魔王「ぼさぼさではないか」
勇者「なにが?」
魔王「そこでじっとしておれ。わたしが梳かしてやる」
勇者「ああ、髪か。いいじゃんよ。そんなの」
魔王「よくない。自覚を持て」
勇者「へいへい」
しゅるん、しゅるるん
魔王「むぅ、もっふもふだ」
勇者「ちゃんと拭いたよ」
魔王「判ってる。これは趣味だ」
勇者「なんだかなぁ……。面倒くさくない?」
魔王「これがいいのだ。だがしかし、
いささか長くなってきたようだな。気にならぬか?」
勇者「んー。目に刺さると戦闘中困るな」
968 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 15:02:11.70 ID:I63MLpWkP,/
魔王「明日は、その……あれだろう?」
勇者「ああ、開門都市の連絡議会だ」
魔王「行くのだろう?」
勇者「あー。一応な。黒騎士が魔王の名代として出てるから
何とかかんとか、形になってるわけで」
魔王「それはそうだが」
勇者「なんだ、なんかまずいのか?」
しゅるん、しゅるるん
魔王「まずくはないのだが、そのぅ、火竜王がな」
勇者「あー。あいつか? 確かに最初に会ったときは
聞き分けのない頑固親父だったけれど、最近は協力的だぞ?
特に娘が周辺魔族代表として、連絡議会の議員になって
開門都市に住むようになってから、文句は言ってきてないぜ?」
魔王「や、それが問題の中心なんだが」
勇者「?」
魔王「あー。こほんっ。こほんっ。会議が終わったら
まっすぐ帰ってくるのだぞ?」
勇者「いや、今回は街の大通りで縁日をやるっていうから」
魔王「縁日?」
971 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 15:07:56.96 ID:I63MLpWkP
勇者「東方のお祭りらしい。傭兵将軍の提案でな」
魔王「ふむ」
勇者「色々無料で、安いけれど珍しい食い物をだしたり
夜に明かりをとも灯したりするんだってさ。
あと、囃子とか言う音楽を流すんだと」
魔王「交流が目的か」
勇者「うん、人間商人と魔族の関係はまだぴりぴりしてるしな。
これでも、この間の商店焼き討ちの頃よりは随分
マシになったんだけどなぁ」
魔王「占領して、植民地にする意味がわかったか?」
勇者「あー。身にしみたよ」
魔王「今回は不幸な事例だがな。人間の聖鍵軍の統治が
あまりにもひどかったのが災いしたな」
勇者「商人が魔族をあまり酷く扱ってこなかったのと
東の砦将の評判が悪くなかったことだけが救いだよ」
972 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 15:20:00.01 ID:I63MLpWkP
魔王「少し落ち着いてくれればいいが」
勇者「まぁ、なんとかするさ。こっちは魔王の代理だ。
上座に座って睨んでるだけで、大抵の議員はよい子になるって」
魔王「ふむ、そうか……。ところで今回の会議の議題は?」
勇者「傷病者治癒と保護の観点から病院を建てたいと」
魔王「ほう、良い着眼点だな」
勇者「火竜公女の発案でな。慈善事業ってわけじゃないけど
火竜族から資金の半分と、加工用の石材を供出しても
良いって云う打診を受けて居るぞ。
この工事で大量の作業者が必要だし、それで周辺の
貧しい魔族が街に流入して、言葉は悪いけれど
“悪い感情が薄まる”効果を期待して、とか」
魔王「公共工事か。その経済効果に着目するとは
瞠目すべきセンスだな」
勇者「それで、なんか縁日にもみんなで行くそうだ。
火竜公女はそういってたぞ? 林檎飴がどうとか。
帰りはそれで遅くなりそう」
魔王「へー」
勇者「顔を見せて住民の不安を払拭するのも役目なんだと」
魔王「へー」
Part.3
63 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 18:45:11.38 ID:I63MLpWkP
――冬の王宮
冬寂王「こ、こんなことになるとは」ぐったり
執事「若、大丈夫でございますか?」
冬寂王「強い氷酒をくれ。――いや、酒は自殺行為だな。
茶をくれ。うんと濃くしたヤツだ」
執事「ははっ」
将官「王よ、次の一団が控えの間に」
冬寂王「うう、判った。五分だけ、五分だけ休憩をくれ」
執事「若、お茶でございます」
冬寂王「とんでもないことになってしまった」
執事「さようですなぁ。これはまったく」
ごちゃらぁ
冬寂王「早まった決断だったのだろうか」
執事「いえいえ、決断自体は決して」
冬寂王「しかしこの惨状では……」
執事「はぁ、いかんともしがたいですな」
71 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 18:53:04.67 ID:I63MLpWkP
冬寂王「まさか、あの協定でここまで書類や陳情、
嘆願に取引が増えるとは」
執事「予想外でしたな」
冬寂王「そもそも税などと云うのは、
春と秋の2回にわけて、地主が城の倉庫へ運んできて
終わりだったではないか」
執事「さようで」
冬寂王「内政など、堤が切れたら賦役の発布し、
軍を養い食わせる程度であったのに、
ここまで仕事が増えるのか!?」
執事「南氷海の西側を通るルートと、港の使用権。
それに商人から上がる税収に、移民の申請……。
王一人で捌くのは無理がありますな」
冬寂王「そうだ。我が国の文官はどうした?
税務官も居ただろうに」
執事「あまりの激務に一週間で倒れましたな。
そもそも税務官など親子二人でやっていた仕事です。
これは我が国も、中央の大国のように
専用の役人を雇用しなければなりませんかなぁ」
将官「あのー。王? そろそろ次の商人を通して
よろしいでしょうか?」
冬寂王「ええい、通せ!」
73 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 18:58:49.17 ID:I63MLpWkP
商人子弟「お初にお目にかかります、王よ!!」
ごちゃらぁ
冬寂王「おお、良く来たな、若き商人殿よ」
商人子弟「はぁ」
執事「こっちか?」
将官「その山は、探しました。こっちでは?」
冬寂王「それともこれか? 違うではないか!」
商人子弟「何を探しておられるのですか?」
冬寂王「ああ、すまんな。立て込んでいて。
商人殿はニシンの交易であったか?
商人殿があらかじめ出しておいた書状が届いていたはずなのだが
確かここらに置いたと……それから今月の税の
とりまとめも。すまぬ、取り紛れてしまって」
商人子弟「ああ、それなら」 すたすたすた
ひょい。
商人子弟「これですね。紹介状です。……税のとりまとめは」
ひょい 「おそらく、この帳簿でしょう」
ひょい 「嘆願書はこれ。今月分は、
紐でまとめてあるようですね。几帳面だけど乱暴だなぁ」
78 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 19:06:17.82 ID:I63MLpWkP
冬寂王「おお! 助かった。時間の節約になった」
執事「いやはや、毎日が戦争ですな」
将官「しかも乱戦気味です。消耗戦かも」
冬寂王「して、商人殿。ニシンであったかな?」
商人子弟「違います。僕は商人の家の三男坊でして
ニシンを含む交易は次男の兄さんが、
商会と金貸しは長男の兄さんが継いだせいで、
仕事がないんですよ」
冬寂王「ふむふむ。それは大変だな。して、我が宮殿に
どのような用件で参ったのだ?」
商人子弟「この紹介状を……」
「育てるのには飽きた。
あとは浴びるほど仕事を与えて
現場でこき使ってやってくれ。
――紅」
冬寂王「……」
商人子弟「この宮殿で小さな船でも貸してくれるなら
僕も商売やら情報集めやらでお役に立てると思うんですよ。
一応商人の家の子ですからね」 ほやん
冬寂王「ふむ。いや、良いところにきた。あははは」 がしっ
執事「この国は、有望な若者を歓迎しますぞ」 がしっ
82 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 19:13:27.57 ID:I63MLpWkP
――開門都市、大通りの縁日
〜♪ 〜〜♪
勇者「へぇ、随分賑やかだな」
東の砦将「ああ、思いつきの突貫企画にしちゃ、良い線行ってるな」
勇者「良い匂いだ」
東の砦将「こいつぁ、焼き豚だな?
おい懐かしいな! おい、黒騎士。一切れ買おうぜ」
勇者「おう、そうしよう、そうしよう!」
東の砦将「冷たいエールもなっ」
人間商人「らっしゃい!」
勇者「その良く味の染みてそうなところを4切れくれ!」
人間商人「ほいよ! 金貨2枚で良いよ!」
勇者「そんなに安くていいのかい?」
人間商人「この祭りの販売物の仕入れは、
半額は都市の委員会さんがもってくれるんだとさ。
それで今日は大盤振る舞いって訳だ!」
勇者「そうだったのか〜。うっわぁ、良い匂いだなぁ!」
人間商人「そりゃそうだ。この焼き豚は、砂丘の国の
秘伝のスパイスで味付けしてあるんだから。
兄ちゃん、良い買い物をしたよ!」
90 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 19:22:34.47 ID:I63MLpWkP
東の砦将「エールをくれ、ジョッキで二杯だ!」
魔族商人「こりゃぁ、東の大将じゃねぇですか」
東の砦将「ああ、すまねぇな。邪魔をして」
魔族商人「いやいや、とんでもねぇ。二杯ですね?
きゅっと冷えた所を出しますから、待っててくだせえよ」
東の砦将「たのんだぜ。……どうだい? 案配は」
魔族商人「盛況ですねぇ。打ち壊し団も、今日ばっかりは
出ねぇと思いますよ。こんなに楽しい祭りなんだもの」
東の砦将「だといいがなぁ」
魔族商人「なんせ、戦いがないのが一番ですや。
もうね、戦争はまっぴらごめんですよ。焼け出されるのも
おわれるのも、そりゃぁ辛いもんでがしょう?」
東の砦将「ああ、誓ってそんなことには
成らないようにするととっつぁんに約束するよ」
魔族商人「はははは! 人間の約束かぁ……。
でも、将軍様のだもんな! この都市ならそれも
ありかもしれないなぁ。ほら、二杯だよ! 冷たいよ!」
東の砦将「おお、酒手はここに置くぜっ」
93 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 19:26:36.58 ID:I63MLpWkP
〜♪ 〜〜♪
勇者「おー。大将、買ってきたぜ?」
東の砦将「こっちもエール仕入れてきたぞ」
勇者「食おう、食おう」
東の砦将「よしきた。くっはぁ! んめぇなぁ!」
勇者「この火傷しそうな所を噛みちぎって、じゅわーってのがな!」
東の砦将「そいつを、この冷たいエールで流し込むと!
最高だな、おい。やっぱ食い物ってのはこうじゃなきゃ!」
〜♪ 〜〜♪
火竜公女「ここにおったかや」
魔族娘「あ、あの……ここ、こ、こんばんわっ」
勇者「あ?」
東の砦将「出たよ」
火竜公女「出た、とはなんですか。
視察も公務だと再三言っておいたではないですか。
それをお二人でこっそりと」
勇者「べ、べつにこっそりって訳じゃないし」
東の砦将「なぁ? 部下にだって云ってきたし」
勇者「俺……部下居ない……」
98 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 19:32:23.87 ID:I63MLpWkP
魔族娘「ご、ご、ご……あぅあぅ」
火竜公女「妾を振り切って出掛けるのがすでに
やましさの証です、黒騎士殿っ!」
勇者「は、はいぃ?」
火竜公女「妾は黒騎士殿の妻なのです。
なんて連れない態度なのですか?
火竜の一族でも涙が大河となってしまいましょう」
勇者「妻じゃないです」
火竜公女「そのような手練手管を用いずとも
妾の心も身体も、我が君の物」
勇者「俺のじゃないしっ。何の関係もしてませんしっ」
魔族娘「ご、ご、ご。ごめんなさいっ」
勇者「いや、魔族娘は悪くないから」
魔族娘「いえ、その……黒騎士様が、出掛けたの……
その……云ってしまった……ので、その
ご、ごめんなさい」
勇者「まぁ、どっちにしろ、すぐばれたよ。うん」 がくり
104 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 19:39:47.33 ID:I63MLpWkP
〜♪ 〜〜♪
東の砦将「それにしても、着飾ってるじゃないか?」
火竜公女「当然です。……だって東の砦将様が、
“縁日って云えば、庶民の娘も着飾ってくる”って
仰ったんじゃありませんか?」
勇者「でも、ちょっと布すくなくね?」
東の砦将「ははは! そうだそうだ、云ったんだっけ。
それになんだなぁ、見ようによっては、東の衣装に
似て無くもないような、奇天烈なような……」
火竜公女「急いでしらべさせたのですよ。
仕立てさせるのに手間がかかりましたが」
勇者「俺スルー……」
魔族娘「ううう、なんか、みなさんが……その……
み、見てるような……」
東の砦将「おお、魔族の嬢ちゃんも可愛い格好させてもらって」
火竜公女「この娘に着替えさせるのに手間取ったのですわ。
まったくとんだ愚図ですこと」
魔族娘「す、す、すみません……その、ごめんなさい」
106 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 19:45:50.35 ID:I63MLpWkP
火竜公女「いいえ。良いんですっ」
魔族娘 びくっ
火竜公女「たかが下女とは云っても我が君に仕える以上
最低限この程度、と云うたしなみと
美麗さが必要なのです。
だいたい、魔族の未婚の女性が
肉体を誇示しなくてどうしますっ!」
魔族娘「それは竜族のことであって……ごにょごにょ……」
火竜公女「魔族の常識ですっ」
魔族娘「ひゃ、ひゃ……ひゃいっ!」
勇者「おー。焼き馬鈴薯だよ、こんなとこまで」
東の砦将「あれはこのあたりの食い物だぞ」
勇者「そういえば魔界原産だったっけ。食うか?」
東の砦将「食おう、食おう! 美味いぞ!」
火竜公女「我が君?」
勇者「美味いな、バターが最高だな!」
東の砦将「だろう? このまろやかな岩塩がな」
火竜公女「わ が き み っ!!」
勇者「はいっ!?」
109 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 19:53:09.65 ID:I63MLpWkP
火竜公女「いかがです?」 くるんっ
勇者「いかがって? 良い縁日だな」
火竜公女「いかがでしょう?」 ふわり、くるんっ
魔族娘「ご、ご、ごめんなさい、黒騎士様」
勇者「美味いぞ、馬鈴薯食うか?」
火竜公女「い、い、いかがですか!?」 くるんっ
勇者「えーと」
東の砦将(小声)「おい、その、あんだろ、もうちょっとこう」
勇者(小声)「へ?」
東の砦将(小声)「服褒めるとかさ」
火竜公女 ゴゴゴゴゴ
勇者「あー、うん! よく似合ってるぞっ。
公女はスタイルが良いからどんな服でも似合うけれど、
今日のは異国情緒が合って素敵だな!
……その、ちょっと露出が多いような
気がしないでもないが、祭りだしな!」
東の砦将「あ、馬鹿。それは褒めすぎだ、知らんからなっ」
火竜公女「そ、そ、そうですかっ!? 我が君っ!
妾はっ。妾は三国一の果報者でございます!」
123 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 20:04:29.19 ID:I63MLpWkP
――冬越しの村、魔王の屋敷、執務室
魔王「ふむ……」
メイド長「今月に入って、もう2度ですから」
魔王「間隔も短くなってきているな」
メイド長「ええ、限界かと……」
魔王「あと、どれくらい余裕がある?」
メイド長「早ければ、早いに越したことはありませんが。
そうですね……一週間程度なら」
魔王「よかろう。一週間後だ」
メイド長「……心中、お察しいたします」
魔王「いや、なに。二年近くだ。良くもったものさ。
いずれこの日が来るとは判っていた」
メイド長「はいっ」
魔王「冥府宮に我が寝台を運ばせておけ」
メイド長「承りました」
魔王「人間界の仕事の後始末を急がねばな」
メイド長「はい」
魔王「そのような顔をするな」
メイド長「……」
魔王「すぐに戻れる。すぐにまた会えるさ」
128 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 20:12:48.73 ID:I63MLpWkP
――鉄の国、郊外の丘の上
しゅいんっ!
魔王「ふぅ、こちらはまだ空気が湿っているな」
メイド姉「頭の中がくわんくわんします……」
勇者「大丈夫か」
メイド姉「は、はい……」
魔王「無理はせず、大きく息を吸え」
勇者「考えてみたら転移呪文は初体験だったな」
メイド姉「はい。なんだか、目眩みたいで……。
ふぅ、もう大丈夫です」
魔王「転移酔いだな、仕方がない」
勇者「ゆっくり歩けば、回復するだろう」
ざっ、ざくっ、ざくっ
魔王「街までは、20分と云うところか」
勇者「そんなもんかな」
メイド姉「あれが鉄の国の都ですか! 大きいですねぇ!」
魔王「うむ、煙がたなびいているだろう?
数多くの工房が並んでおるのだ」
132 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 20:18:25.84 ID:I63MLpWkP
勇者「それにしても、今日は何の仕事なんだ?」
魔王「ああ、頼んでおいた機械の試作が出来たそうでな」
勇者「見に来たのか? メイド姉も?」
魔王「最近、わたしの仕事を色々教えておるのだ。
貴族よりも商人よりも筋が良いぞ」
メイド姉「そんなこと、ないです……」
魔王「ほれ、市街地に入るぞ」
門衛「止まれ!」
門衛「どこからやってきた、商人か?」
魔王「冬の国の学者だ。これが身分証明」
門衛「冬の国の国王印。そうでしたか! どうぞっ!」
魔王「身分も、役に立つものだな」
勇者「面倒がないのはありがたいよ、ほんと」
メイド姉「すごいですねぇ! 家がみんな石で出来てますよ?」
魔王「こらこら、上ばかり見ては危ないぞ」
135 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 20:23:40.86 ID:I63MLpWkP
勇者「で、どこへ行くんだ?」
メイド姉「どこでしょう?」
魔王「うむ、判らん」
勇者「なんだよ、頼りないな。手紙を見せろよ」
魔王「これだ」 ぺらっ
勇者「ああ、これは川沿いの職人街だな」
メイド姉「お詳しいのですね!」
勇者「勇者は風来坊だからな、色んな街でもめ事を
解決する旅だから地理だけは詳しくなるんだよ」
メイド姉「すごい特技ですよ」
魔王「わたしの物だからな。ふふんっ」
勇者「はいはい」
魔王「ほほう、あれは鉄か? こちらの工房では、銀細工か」
勇者「興味津々だな」
魔王「現場を見るのは初めてだからな」
勇者「今日は、何の工房にいくんだ? 武器か、農具か?」
魔王「工房自体は、銅の鋳造を行っている工房だ。
だが武器でも農具でもないな」
141 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 20:28:42.95 ID:I63MLpWkP
魔王「勇者とは以前、教育について話したことがあったな」
勇者「ああ、そうだな」
メイド姉「……」
魔王「わたしは、教育はこの世界においてもっともっと
大きな力を持っているのじゃないかと思う」
勇者「……ふむ」
魔王「本当の世界の広さは誰にも判らないほど広いのだ。
それを人間は……魂ある存在は、己の常識や、知識に
当てはめて知ったつもりになる」
勇者「それは、覚えがあるなぁ。
自分のやり方しかないと思い込んだり、
自分が正しいと思い込んだり」
メイド姉「はい……」
魔王「それらの闇を払うには、教育が必要だ。
しかも、教育がより重要である理由は
“教育が重要であるという事実”も教育がないと
理解されないという点にある」
勇者「ん? ちょっと難しいぞ」
144 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 20:39:19.79 ID:I63MLpWkP
メイド姉「それは、そうなんです」
勇者「判るのか? メイド姉は?」
メイド姉「はい。そのぅ……
たとえば、農奴は、教育が、つまり知識が少なくて
“もっと良い世界がある”事もよく判ってないんです。
だからずっと貧しいんです」
勇者「でも、地主だのなんだのは良い生活してるだろ?
そういうの見てるじゃないか」
メイド姉「でも、“そっちに行く方法”が判らないんです。
ううん、正確には“そっちに行けるかもしれない”って
事すらも判らないんです」
勇者「……」
魔王「……」
メイド姉「それは、とても不幸なことです。
だからわたしには当主様の話はよく判ります」
勇者「そっか……」
154 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 20:49:05.09 ID:I63MLpWkP
魔王「さて、そんな風に重要な教育だが、
重大な欠点というか、弱点がある。判るか?」
勇者「なんだろう? なぁ?」
メイド姉「判りませんね……」
魔王「それは、速度が遅いと云うことだ。
一人の人間が持つ知識を他の一人に伝えるのには
莫大な時間がかかる。
しかも、同時に多数の人間に伝えるのには限界がある。
もし仮に、一人の教師が自分と同等の生徒一人を
育てるのに一生の時間がかかるならば、
知識を持っている人間は増えないことになるではないか」
勇者「あー。まぁ、云われてみればそうだなぁ」
メイド姉「でも、知識は尊い物ですからそれも仕方ないの
ではないでしょうか? 当主様を学べば学ぶほど、
追いつける気がしませんし……」
魔王「それもまた、勝手に思い込んだ限界だ」
勇者「そう、なのか?」
159 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 20:53:49.16 ID:I63MLpWkP
――鉄の国、職人街、大型工房
がちゃり
職人長「やぁ。これは学士様! 長旅、お疲れになったでしょう!」
魔王「世話になっているな、職人長」
職人長「いやなんの! この年齢になって
まだこんなに面白い仕事をくださるなんて、
みなの意気も上がっておりますよ」
メイド姉「広い工房ですね!」
職人長「ああ、あまり歩き回ると危険ですよ、お嬢さん」
プシュー!!
職人長「熱い蒸気なども使っていますからね!」
メイド姉「はいっ」
職人長「さて、お疲れでしょう。お茶でも入れますので、
裏の屋敷の方にでも……」
魔王「いや、結構。何よりも、まずは試作品を見たい」
職人長「あははは。冬の国で話したときと
その性急さは変わりませんなぁ! さぁ、お連れ様も
こちらへどうぞ。専用の倉庫を設けたのですよ」
162 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 20:57:58.44 ID:I63MLpWkP
魔王「これか!」
勇者「でかいなぁ!」
メイド姉「これは、なんですか……?
脱穀機に似ているような、もっと大きなような……」
職人長「外側は仮組ですから、
どうしても大きくなってしまいました。
もっとも本体は小さい物です。巨大に見えるのは、
ある種の棚というか、倉庫ですね」
勇者「倉庫?」
職人長「いらっしゃい」
カツン、カツン、カツン
メイド姉「引き出しと、棚がすごい数ですね」
職人長「これが入っているんですよ」 コロンッ
勇者「これは、印章?」
メイド姉「ハンコですか?」
職人長「ええ、『活字』と呼んでいます」
魔王「これが、私たちの新しい武器さ」
職人長「活版印刷機と名付けました」
169 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 21:03:57.87 ID:I63MLpWkP
――冬越しの村、魔王の屋敷、深夜の廊下
女騎士「……」じぃぃっ
魔王「……」じぃっ
女騎士「な、なんで、こ、こんなところにっ」
魔王「それはこちらの台詞だ」
女騎士「いや、その洗面所はどこかなぁと」
魔王「洗面所は廊下の反対だ」
女騎士「大体、魔王は何でこんな所に?」
魔王「そっ、それはだな」
女騎士「それは?」
魔王「ええい、なんだ!
女騎士のその白いふりふりの寝間着は!
これは、き、き、絹ではないかっ!!??」
女騎士「いいではないか、人が何を着ようとっ!」
魔王「良くはないぞっ。そんなもの」
女騎士「それを言うなら、魔王は何で枕を抱えているんだっ」
177 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 21:10:37.74 ID:I63MLpWkP
魔王「……それはその」じりじり
女騎士「そこ、ドアににじり寄るんじゃない」
魔王「べつにそんなことはしていない」
女騎士「勇者の部屋にこんな夜更けに行くつもりなのか?」
魔王「か、かまわないではないか。夜の茶会だ」
女騎士「それならこっちだって夜のお茶会決行だっ」
魔王「どこの世界に絹の寝間着で男の部屋に
尋ねるお茶会があるのだ! この馬鹿!」
女騎士「枕持参でお茶会と言い切る馬鹿よりは
まだましな馬鹿だ!」
魔王「うむ。あー、こほん。女騎士」
女騎士「なに?」
魔王「わたしは女騎士を人間界で
ほとんど唯一の友達だと思っている……」
女騎士「……うん、そうだね。魔王」
魔王「だから見逃してくれ」
女騎士「それはダメ」
186 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 21:15:46.92 ID:I63MLpWkP
魔王「後生だ。事情があるのだ」
女騎士「こっちだって事情があるの」
魔王「どんな?」
女騎士「これだっ」 ばっ!
魔王「なになに? 『我が君への永久の忠誠を誓って』?
これは女物のハンカチではないか……。
え? ええっ!?」
女騎士「そうだ、あんの火竜公女だ。
こっちがなんやかやの仕事で忙殺されていると思って、
こんな粉かけるとは喧嘩を売るにもほどがある」ゴゴゴ
魔王「確かに……」ゴゴゴ
女騎士「そういう訳なので、今宵の私は退くに退けん。
愛剣・神性惨殺も血に飢えている」
魔王「どんな事情だ! こちらだって、残り数日のっ」
女騎士「?」
魔王「いや、なんでもない。とにかく、こちらも退けないっ」
メイド長「それでは私めが」
魔王・女騎士「え?」
193 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 21:24:27.59 ID:I63MLpWkP
魔王・女騎士「えぇっ!?」
メイド長「夜伽でしょう?
そんなことでもめるなんてはしたないですわ。
不肖、私がお務めさせて頂きます。
それで角が立たないでしょう?」
魔王「なんて事を云うんだメイド長!?」
女騎士「まったくだ、なんて横暴なんだ! 恥を知れっ!」
メイド長「だいたい未経験者の相手なのですから
そんなにぴりぴりした気持ちで居てどうします?
成功もおぼつきませんよ。
こんな時こそ包容力と寛容の精神が必要なのです。
閨房で殿方を甘えさせられなければ一人前とはいえますまい」
魔王「それは、そうかもしれんが……」
女騎士「たしかに婦女としてはずべきであった」
メイド長「ではちゃっちゃと済ませてきますので、
そこで待っててくださいますね」
魔王「それとこれとを一緒にするなぁ!」
女騎士「それは騎士として諾とは云えないぞ!!」
メイド長「では、廊下でなんか騒がないで
お二人で。いえ、三人で仲良くしてください」 にこりっ
がちゃ! ポポイッ!
199 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 21:29:42.50 ID:I63MLpWkP
――冬越しの村、魔王の屋敷、勇者の部屋
ごろごろごろ、ズテン!
魔王・女騎士「ふぎゃっ!!」
勇者「……なにやってるんだ? お前ら」
女騎士「いや、その。こ、これはな! 事情があるんだ」
魔王「うむ、話せば長い事ながら深くやむにやまれぬ事情が
あるのだ知っての通り世界情勢は混迷を極め我らが立場も
また深い迷夢の中と言って良いというこの時期にだな」
女騎士「他人の錯乱を目にするとちょっと落ち着くな」
魔王「つまり、今後の展望と展開を踏まえた思索の果てに
光明を見いだすべき勇者と我らが腹を割って話すことこ
そが今もっとも求められていることなのではないか?
たしかにぷにぷにと云われるリスクはあるのだが、
我らはそろそろ次のステップを踏むべきなのではないかと」
勇者「落ち着け」 スコン!
魔王「ぐっ!」
203 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 21:34:04.82 ID:I63MLpWkP
勇者「で、要約するとどういう事なんだ」
魔王「……」ちらっ
女騎士「……」ちらっ
勇者「アイコンタクトとってんじゃねぇよ」
魔王「ではタイムだ」
勇者「は?」
魔王「あちらで作戦会議をするから、聞くなよ?」
勇者「はぁぁー?」
こそこそっ
女騎士「作戦ってどんな作戦があるんだ」
魔王「これでも私は話し合いの魔王なのだ。
交渉は我が領域。話し合いで決着をつけよう」
女騎士「どんな?」
魔王「上は私で下が女騎士でどうだろう」
女騎士「どこの変態なのだっ。魔王はっ!?」
勇者「ひまだなぁ」
209 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 21:38:10.54 ID:I63MLpWkP
魔王「変態とは何だ? ベッドの上下だ」
女騎士「そ、そうか。済まない、誤解した」
魔王「それでいいか?」
女騎士「ちょっとまって、勇者は?」
魔王「ベッドの上に決まってる」
女騎士「私だけ下じゃないか、どこのいじめだ!」
魔王「だめか、ではタイムシェアリングはどうだ?」
女騎士「たいむしえあ? なにそれ?」
魔王「時間によって案件を共有するのだ」
女騎士「マシそうな提案ね」
魔王「生産性向上のための基礎知識だ」
女騎士「で、具体的には?」
魔王「勇者のベッドを陽のある間は女騎士が、
陽が落ちてからは私が使う」
女騎士「魔王だけ勇者つきではないかっ!?」
勇者「なんか小腹へってきたし」
216 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 21:46:44.50 ID:I63MLpWkP
――冬越しの村、魔王の屋敷、勇者の部屋
勇者「なんだこの状況は。何が起きてるんだ!?」
魔王「交渉とは妥協の婉曲な表現でもある。
その現実の哀しい写し絵だ」
女騎士「私だって不本意だ。しかし、しかたない。
“パンが一つ無いときは半分で感謝しなければならない”
そうお祖母ちゃんも云っていた」
勇者「すげぇ粗末な扱いだよなぁ、俺」
魔王「何を言うんだ! 両手に女を抱えて!!
まさか、勇者。……ふ、ふ、不満なのか」
女騎士「火竜のなんとかの方が良いって
云うんじゃないでしょうね!?」
勇者「いや、そうじゃなくてっ」
魔王「ぷ、ぷにぷにだからダメなのか!? 駄肉だからか!?
勇者は私の所有契約なのだぞ」むぎゅっむぎゅっ
女騎士「胸がないとだめなのかっ!?
そんな腐った肉がいいのか?
乙女の最上級は清らかさだぞっ。
神に捧げられた純潔の方がいいに決まってるっ」すりすり
勇者「ううう、なんでだよう。なんでこうなんだよ」
230 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 21:52:09.48 ID:I63MLpWkP
魔王「むぅ。このままではメイド長のいうとおりだ」
女騎士「……腹立たしいけど、そうだな」
魔王「一次休戦だ」
女騎士「心得た」
勇者「いつも俺の頭越しに会談がまとまるよ」
魔王「頭越しではないぞ? こうやって耳元で横になっている」
女騎士「うむ、肩に頭をもたせかけているだけだ」
勇者「……」びくびく
魔王「勇者は緊張しているのか?」
女騎士「自分の寝床なんだからそんなことはないだろう」
勇者(緊張してるよっ! しないわけないだろがっ!?)
魔王「まあ落ち着け」
女騎士「うん、戦場では冷静が生死を分けるぞ」
勇者(絶体絶命だ!)
魔王「暖かいなぁ! もふもふだ!」
女騎士「うむ、意外なほどに寝心地が良いな」
241 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 22:02:03.90 ID:I63MLpWkP
勇者「……すー……すー」
魔王「寝たのか? 勇者」
女騎士「かもしれないな。疲れているのだろうし」
勇者(寝れるかっ。この状況下で寝れる童貞が居たら
俺が全部雷撃魔法で電気椅子にしてやるわっ!!)
魔王「勇者の髪は、もふもふだ」
女騎士「うん、大きな犬みたいだね」
魔王「この髪を触るのが好きなのだ。
勇者の髪を整えているのはわたしなのだぞ?」
女騎士「わたしの方が付き合いは長いから。そんなの知ってる」
勇者「……すー……すー」
勇者(だ、だめだ。寝たふりをするしかない。
精神を鎮めるんだ!! 高まれ俺の魂!)
魔王「……」
女騎士「……」なで、なで
魔王「なぁ、女騎士」
女騎士「なに?」
249 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 22:08:26.33 ID:I63MLpWkP
魔王「わたしは、来週にでも魔界へ帰る」
女騎士「へ?」
勇者(え?)
魔王「いや、なに。魔王の免許更新のようなものでな」
女騎士「免許? 免状みたいなもの?」
魔王「そうだ」
女騎士「そっか……。すぐ帰ってくるの?」
魔王「いや、どうかな。早くて数ヶ月はかかると思う」
女騎士「何かあるの? 魔王……躊躇ってるよね?」
魔王「いや迷いはない。仕方ないことだ。
魔王というのは、何というか……。
魔王以外には上手く説明できないこともあってな。
代々の魔王の墓があるんだが、そこへ詣らないといけない」
女騎士「……」
魔王「それに、魔界にはたくさんの氏族があるが、
それらの多くは人間界侵攻に賛成なのだ。
今戦争が小康状態なのは、魔王であるわたしが
勇者と相打ちになり怪我の療養をしているという話に
なっている事が大きい。
そろそろ姿を見せて、魔族の心をまとめなければ、
かえって暴走した一部の氏族が勝手に戦争を再開する
かもしれない」
251 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 22:21:00.90 ID:I63MLpWkP
女騎士「でも、それなら……」
勇者(……)
魔王「ん?」
女騎士「魔王は、魔界で戦争賛成派のまっただ中に
取り残されることになるんじゃないのか?
それはすごく危険なように聞こえる」
勇者(……)
魔王「わたしの専門は経済、すなわち交渉だ。
そこまで酷いことにはならないさ。だいたい金も
食料も無しで戦争を続けられる生き物なんて居ないよ」
女騎士「しかし誰か連れてった方が良いだろう?
その……。勇者とか。なんならわたしが行こうかっ」
魔王「いや……」なで……
女騎士「……」
魔王「いいんだ。魔王の墓は、冥府殿というのだが、
そこにはどうせわたし以外は誰も入れないのだ。
ついてきて貰うには及ばない。一人で行く」
253 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 22:23:31.94 ID:I63MLpWkP
女騎士「そう……なのか……」
魔王「うん、だから、ちょっとだけ勇者の体温が欲しくてな」
勇者(……)
魔王「駄々をこねてしまった。許されよ」
女騎士「いや……」
魔王「もちろんメイド長はつれてゆく。身を守る程度なら
二人でどうとでもなる」
女騎士「そうか」 ほっ
魔王「こちらの世界のことは、書類を残してゆくし、
馬鈴薯や農業については女騎士も知っての通りだ」
女騎士「うん、修道会に任せて欲しい」
魔王「『同盟』に頼んだニシンも届こう。
そろそろ風車の代金や新型羅針盤の契約料も入ってくるはずだ。
これらの利益管理も『同盟』に依頼してある。
必要なときは相談してくれ」
女騎士「承知した」
魔王「細かいことはみな、メイド姉に教えてある。
そして……。
勇者のことを頼む」
女騎士「わかった。――その命、この剣に賭けて守ろう」
366 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 15:37:01.74 ID:CkBATQ0gP
――冬越し村、魔王の屋敷、執務室
魔王「さて」
メイド姉「はい」
メイド妹「はーい」
魔王「大体飲み込めたか?」
メイド姉「判りました」
メイド妹「よくわかんない」
メイド長「妹は、お姉さんの云うことをちゃんと聞いて
毎日のやることをこなしていくんですよ?」
メイド妹「はーい!」
メイド長「語尾を不必要に伸ばさない」
メイド妹「は、はいっ」
魔王「なに、気負うことはない」
勇者「やはり長引きそうか?」
魔王「メイド長の手の者に調べて貰っているが、
氏族の長の中には頑固者も居るからな。
人間世界が宝の山に見えている者も居るだろうし。
何を考えているやら……。
そんなものは、隣の芝生に過ぎないのだが」
370 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 15:42:05.60 ID:CkBATQ0gP
勇者「やっぱり俺も行くべきじゃないか?」
魔王「一人で行く」
勇者「……」
魔王「そのような顔をするな。
どちらにせよこれは魔王の仕事なんだ。
魔王でなければ出来ないこともする。
約束する、無理はしない」
メイド長「わたしがまおー様のことは守りますわ」
魔王「うん、メイド長が居るからな」
勇者「……」
魔王「それに、この世界のことだって心配だ。
南部諸王国は安定してきたし、農業改革も順調だとは云えるが
聞いた話だと、白夜王国は政情不安定になってきていると
云うじゃないか」
勇者「らしいな」
魔王「わたしがこの世で一番信頼しているのは、勇者だ。
何せわたしの持ち主だからな」
372 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 15:47:53.84 ID:CkBATQ0gP
魔王「だから、この場所に勇者を残していくのは、
心強いことなんだ。
前回は勇者が魔界に行って、わたしは残った。
農業改革や技術指導は、わたしにしか出来なかったからだ。
だが、今回は違う。
開門都市の件で勇者がもうただの戦士じゃないことは判っている。
もう一人のわたしだ。
だから、ここを任せる」
勇者「……判った」
魔王「それから、メイド姉」
メイド姉「はい」
魔王「これを預けよう」
メイド姉「指輪、ですか?」
魔王「ああ、知り合いの地妖精に作らせたんだ。
大したことはないが、姿変えの幻術が仕込んである。
幻術だから声や仕草はどうにもならないが、
わたしの姿になれるぞ」
メイド姉「どういうことでしょう?」
魔王「商人からの代金の受け取りや、尋ねてきた客人
と 会わなければならないときもあろう?
大抵は勇者がうまくやってくれるだろうが、
どうしても必要なときは、この指輪でわたしの替え玉を
やってくれ」
373 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 15:53:26.57 ID:CkBATQ0gP
メイド姉「判りました」
メイド妹「当主のおねーちゃん!」
魔王「ん、なんだ?」
メイド妹「おみやげ。ね♪」にぱ
メイド長「これ!」
魔王「あははは。うん、何か見繕ってこよう」
勇者「……」
メイド姉「無事のお帰りを祈っております」
メイド妹「お祈りしてるー!」
魔王「うむ。早ければ三ヶ月、長くても半年といったところか」
メイド長「おなかを出して寝ちゃいけませんよ?」
メイド姉「いってらっしゃいませ」
メイド妹「いってらっしゃーい♪」
しゅいんっ!
376 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 15:57:38.85 ID:CkBATQ0gP
――開門都市、街外れ
ひゅわんっ!
魔王「やはり勇者の転移魔法は便利だな」
勇者「運び屋は任せてくれよ」
メイド長「まおー様のよりずっと転移酔いが少ないですね」
魔王「うん、久しぶりの魔界だ!」
メイド長「そうですね、緑色の太陽。懐かしいですわ」
魔王「ここは――うん。大体判った、都市の南の外れだな」
勇者「そうだ、丘を下れば開門都市の南門に出る」
魔王「よし、ではここでお別れだ」
勇者「いや、街までは送るよ」
魔王「いいや、ダメだ。勇者は街に近づくな」
勇者「へ?」
魔王「と、とにかく禁止だ。
……そんな、そのぅ。火竜の小娘に会いに行かなくても……」
勇者「?」
魔王「ええい。勇者!」
勇者「おう?」
魔王「もふもふさせろ!」 わしゃわしゃ!
378 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 16:03:27.05 ID:CkBATQ0gP
勇者「なっ、なんだよいきなり!」
メイド長「あらあら、まぁまぁ」
魔王「なぁに。ちょっとした燃料補給だ」
勇者「――大丈夫なのか?」
魔王「勇者は心配性だな。男が廃るぞ」
勇者「とは云ってもなぁ」
魔王「大丈夫だ。今エネルギーを貰ったからな。
先代たちが束になってかかってきたところで
負ける気はしない」
勇者「……」
魔王「それに、やっとここまで来た。
わたしにも開門都市の明るい空気が感じられるぞ。
人間と魔族が一緒に暮らしている街があるじゃないか。
もう、丘の頂上は見え始めているんだ」
勇者「ああ、そうだな」
魔王「だから行ってくるぞ――わたしの勇者」
勇者「おう、いってきやがれ。――俺の魔王」
魔王・勇者「「また会おう、すぐにでも」」
383 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 16:07:45.08 ID:CkBATQ0gP
――冬越し村、実りの秋
小さな村人「ほーうぃ! ほーうぃ!」
中年の村人「おんや、こんにちはぁ」
羊毛職人「こんにちはぁ!」
小さな村人「きょうは一杯だぁね、どうするんだい?」
羊毛職人「ああ、もう秋だからねぇ。チーズの仕込みをしないと」
小さな村人「ああ、そうかぁ。今年はどんな案配だい?」
中年の村人「アーモンド入りのは作るだか?」
羊毛職人「良いよぉ、ミルクの出も良いし。
もちろんアーモンド入りのも作るだぁよ。
クローバーの葉をたっぷり食べてるせいかなぁ。
今年のミルクは、すごく甘いだよ」
小さな村人「そりゃぁ、良いことを聞いただよ」
中年の村人「小麦か馬鈴薯ととりかえてくれるだか?」
羊毛職人「もちろんだよ。銀貨でもかまわないよ?」
小さな村人「そういや、銀貨も使うようになっだぁね」
中年の村人「そうだなや。うちは埋めて貯めてるだよ」
羊毛職人「あんれまぁ。そうだね、用心せんとね」
386 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 16:11:55.63 ID:CkBATQ0gP
小さな村人「こっちは馬鈴薯の畑に、灰と魚カスを撒くだよ」
中年の村人「撒くのかい?」
羊毛職人「魚カスってなんだべ?」
小さな村人「教会で教えて貰った、肥料だなや。
大地の恵みが弱らないように撒くと良いらしいだよ」
中年の村人「でも、お金がかかるんがなぁ」
羊毛職人「そうなのかぁ」
小さな村人「まぁ、でも、たいした金額じゃねぇさ。
修道士様が教えてくれた馬鈴薯で作った金だ。
その修道院にお返ししたって罰は当たらないべ」
中年の村人「そりゃ、そうかもしれんなぁ」
小さな村人「それに、撒かないと馬鈴薯は病気に
なりやすいっていうべさ。うちんとこは小麦の畑は
減らしたから、馬鈴薯病気になったら困っちまう」
中年の村人「そうか、そうか。おらんとこも撒くかなぁ」
羊毛職人「おらは、自分の腹にニシン詰めてぇな」
小さな村人「あははは! 酒場でバター焼きを詰めるべ」
中年の村人「ああ、そりゃいいだなや!」
羊毛職人「チーズが一杯売れたら考えるだぁよ」
小さな村人「そうすべなぁ!」
387 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 16:17:57.20 ID:CkBATQ0gP
――聖王都、貴族院
がやがやがや
軍閥貴族「――開門都市を放棄して――」
富裕貴族「おめおめと――退却――とは」
司教「精霊の――にも――処罰――」
軍閥貴族「さすがは――弱腰の貴族――」
富裕貴族「――妾腹――な」
司教「王国臣民――100万の――」
軍閥貴族「この罰――」
富裕貴族「極刑――磔刑――」
司教「塩――すりこみ――焼きごて――」
がやがやがや
軍閥貴族「判決を――」
富裕貴族「いや、いまこそ――軍事法廷――」
司教「しかるべき――宗教裁判――」
軍閥貴族「敵前逃亡――任務放棄――」
富裕貴族「王国に対する裏切り――利敵行為――」
司教「神聖冒涜――」
392 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 16:23:15.26 ID:CkBATQ0gP
司令官「ちがうのだ! 居並ぶ王国重鎮の方々!
聖なる光の精霊教会の方々! 我は決して決して
王国を裏切ったわけではないっ!」
軍閥貴族「何を言う! あの開門都市を落とすのにどれだけ
血が流れたか判っているのかっ!」
富裕貴族「二年ですぞ! 二年の準備期間と、多額の戦費。
それこそこの大陸を搾り取るように作った戦費を浪費した
あの第2回遠征の全てを、貴公は無にされた!」
司教「魔界を光の教えに導くのが精霊様のご意志だったのです。
あなたは教会信徒9500万人の願いと希望を侮辱なされた」
司令官「違うっ! そ、そ、そうだ!
わ、われは逃げたわけでは無い。
そっ、そうだ。援軍に向かったまで! 我は決して逃げてなど」
軍閥貴族「黙れ、怯懦の輩がっ!」
司令官「あのとき、開門都市は恐ろしい敵の攻撃に
晒されていたのだっ。戦略上の決断は司令官の権限だっ」
軍閥貴族「ふんっ」
司教「ではどのような敵だというのです」
396 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 16:29:51.24 ID:CkBATQ0gP
司令官「そ、それは……水と、炎と……影と、死の魔物……」
軍閥貴族「見たのか?」
司令官「姿を見ることが出来るような相手ではないのだっ。
夜陰の乗じた卑怯な奇襲が繰り返され、我が部下達は次々と
倒れていった! け、警備体制は崩壊し、士気は減衰。
と、とても統治を維持できるような状態ではなかったっ。
そ、そうだ!
反乱だ! 反乱も起きたっ!」
軍閥貴族「ほほう」
司令官「魔族どもが反乱を起こしたのだ。
我ら一万の将兵は死力を尽くして戦った。
戦って戦って戦い抜いた!
我が剣は血糊と刃こぼれで使い物にならなくなったのだ!
あれはまさに死線だった。我らは九死に一生を得て帰ったのだ。
我は、精霊より預かった、聖王国の宝とも云える
遠征軍を失わずに連れ帰ろうとしただけだっ!!」
軍閥貴族「あははは」
富裕貴族「くくく、はははは」
司令官「笑うなっ! な、何がおかしい!?」
軍閥貴族「開門都市に駐留していた軍は約9000。
その九千が千も減らずに極光島沖に現れたという。
それだけの軍勢を温存しうる死線とはどのようなものか。
貴公は500の兵卒も失わないうちから撤退をしたのかっ」
400 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 16:36:26.34 ID:CkBATQ0gP
司令官「〜っ!!」
軍閥貴族「恥を知れっ!」
司令官「だがしかし!
我らが現れたおかげで極光島の戦役に終止符が打たれたのは
確かではないか! 我が増援で人類の版図であるあの島の
奪還は成ったのだ!
極光島攻略の第一の功は我にあるはずだっ!!」
富裕貴族「軍監および教会の情報によれば、
すでにあの時点で戦闘は一旦の終結を向かえ、
極光島城塞は南部諸王国軍に包囲された状態にあったと云います。
貴公の――あえて聖鍵軍とは云いますまい。
貴公の私軍はその戦いの最後に現われ、
しかも魔族の残存兵力を殲滅するでもなく、いたずらに兵を失い、
魔族の突破を許しただけではありませんか」
司教「8000の兵のうち2500も失い、申し開きのしようも
あるものか!!」
司令官「我らは広大なる魔界の辺境に荒野を彷徨い、
疲れ果てていたのだ。あのような突撃など、悪夢の突撃などっ
防ぎうるはずもない。あれは天与の災いだったのだっ!」
407 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 16:50:00.91 ID:CkBATQ0gP
軍閥貴族「いい加減聞き苦しいわっ」
富裕貴族「ふっ。吠える犬は溺れても治らぬようですな」
司令官「東の砦将だっ! ヤツがっ!
ヤツが魔族と謀り、我を陥れたのだ! 慈悲を!
どうかもう一度機会をっ! 我ほど魔界に詳しい
将はいないはず! 必ずやあの蛮族の土地を
聖王の膝下に捧げるっ! どうか、どうかっ!」
軍閥貴族「いかがいたす? 司教殿」
司教「ここで一つの罪を許すことは
聖なる教会の信徒9500万人にたいする罪を犯すこと。
わたしの心は悲しみで裂けそうですが。
くくくっ。 この病犬の罪は磔刑が相応しいものでしょう」
司令官「待ってくれ! 今少し、今少しの猶予を!」
軍閥貴族「軍律に照らしても貴公の極刑は避けられぬ」
司令官「東の砦将めぇ! 下賤の生まれの夷狄めっ!
薄汚い傭兵めっ! 許さぬ、魔族と通じおって許さぬぅっ!」
富裕貴族「狂ったか」
司教「醜い狂いざまですな」
410 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 16:57:19.64 ID:CkBATQ0gP
――冬の国、王宮、予算編纂室
商人子弟「うわぁん、忙しいよ。どうなってんだよ」
将官「だ、大丈夫ですか?」
従僕「僕お茶を入れてきますっ」
商人子弟「お茶なんか良い! 逃げるな! 整理しろ!」
従僕「ふぇぇーん。もう目がしばしばしますぅ」
商人子弟「ちょっと泣きべその方がもてるんだ。
お前みたいなショタっ子は特になっ! 下兄貴が云ってたぞ」
従僕「ふぇぇぇーん。ふぇぇーん」
将官「容赦がありませんね」
商人子弟「冬寂王が僕に判らせてくれたんだ……。
容赦なんかしてると自分の方が酷い目に会うって」
将官「なるほど」
商人子弟「見ろ、この書類の山をっ!」
どでーん!!
将官「でも、商人子弟さんが来るまではこの六倍
あったんですよ。もはや残敵掃討戦ではないですか」
商人子弟「王国経営する気無かったとした思えない!」
414 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 17:02:41.41 ID:CkBATQ0gP
将官「いや、冬寂王はあれでも名君って云われてるんですけどね」
商人子弟「そうなのか……。ノリで統治してるんじゃなかったのか」
従僕「そうですよ! 王様は格好良いですよ?」
商人子弟「とはいえなぁ、この惨状はなー」
将官「まぁ、三国通商協定や極光島奪還が成功するまでは
こうじゃなかったんですよ。その頃から書類仕事が
莫大に増えてしまったわけで」
商人子弟「ふむふむ。……その辺に解決のヒントがあるのかな?」
将官「そうなんですか?」
商人子弟「“問題を考えてはいけない。解決方法を考えよ”
これが先生の教えだ。ちょっと聞かせてくれないか?」
将官「もちろんかまいませんが」
商人子弟「おい、従僕くん。お茶を頼む」
従僕「ふぁい! あの、ぼ、僕の分も良いですか?」
商人子弟「ああ、いいぞ。将官さんの分もだ」
従僕「はいっ! すぐ入れてきます!!」
たたたっ
416 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 17:07:33.57 ID:CkBATQ0gP
商人子弟「わんこみたいなヤツだな」
将官「可愛いですね」
商人子弟「しっかり仕込んでやらにゃぁ、僕が死んでしまう」
将官「そうですねぇ、これは流石に……」
ごちゃらぁ
商人子弟「で、話の続きなのだけど」
将官「そうですねぇ、どこから始めましょうかね……。
うーん、お役に立つかどうかは判りませんが。
例えば、南部諸王国には貴族領が無いんですよ」
商人子弟「そうなのか? でも、書類には、男爵だの侯爵だの
色々出てくるぞ?」
将官「うーん、その辺が難しいんですけれどね。
恩貸地ってわかりますか?」
商人子弟「授業で聞いてるから、だいたいは。
王が臣下に土地を与えるということだろう?
報酬として与える物だったと思うけれど」
将官「そうです。それが判ると早いですね。
南部諸王国は冬が長く貧しいわけです。基本的に貧乏国ですね。
本来は人が住むには適していなかったわけですよ。
昔は今よりももっとそうでした。暖房とかが不十分でしたし」
417 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 17:14:42.38 ID:CkBATQ0gP
商人子弟「ふむふむ」
将官「ですから、国なんて偉そうなことを云っても、
それほどたいした組織じゃないんですよ。人も少ないし。
王とは名ばかりの、領主の親玉みたいな存在が
一人で土地の隅々まで見てれば良かったわけです。
どうせ監視が必要な土地はちょっぴりで、ほとんどは
耕作に適さない深い森や荒れ地や山地なんですからね」
従僕「熱いお茶を入れてきましたぁ」
商人子弟「おお、ありがとう。……うん、続けて」
将官「ですから貴族という名前がついていても、
大陸中央部とは意味合いが違うんです。
大陸中央部では、貴族というのは王から恩貸地を授かった
多くの場合、武力を持った領主です」
商人子弟「ふむふむ」
将官「当然、授かった土地は自分の物ですから、
自分で――もちろん農奴にやらせるわけですが、
開拓したり耕作したりして、作物も自由に取り立てます。
通行税なども貴族が自由に設定して取り立てますね。
賦役といって、農奴を強制労働させるのも自由です。
ですから大河や港を領地にもつ貴族は金持ちになります」
418 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 17:21:17.88 ID:CkBATQ0gP
商人子弟「ふむふむ。ああ、それで同じ国の中でも
何回も通行税を取られたり、
場所によって税が違ったりするのか」
将官「そうですね」
将官「王の側から見ると、王の直轄地は、
つまり自分が貴族であるのと同様に経営を行います。
開墾や税の設定などは王自身が決めるわけですね。
それ以外に臣下の貴族からの上納金が入ってきます。
さらには商人や教会からの献金もありますね。
ですから収入が複数あって、普段から税の処理は複雑です。
そのため、税収人が沢山いるし、担当の文官も多い」
将官「そこへ行くと南部諸王国は土地も痩せているし
貴族に対して恩貸地を与えるほどの良い土地もない。
南部諸王国で云う貴族というのは、名誉職であるか
宮廷内での位を表すんですよ」
商人子弟「それで文官の数が足りないのか……」
将官「付け加えると、軍の招集にも大きな差があります」
商人子弟「へ? 税と何か関係があるのか?」
将官「ええ。中央部では、王はもちろん軍をもっていますが、
その数はけして多くないんですよ。
そうですね……霧の国のような大国でも700程度ではない
でしょうか?」
421 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 17:25:57.46 ID:CkBATQ0gP
将官「王は戦争を行う場合、貴族に召集令を発布するんです。
貴族は土地を与えて貰っている代償として、
この招集に応じる義務があります。
貴族はさらに臣下の騎士や戦士に招集を掛けます。
こうして軍が集まるんですよ。
軍の規模は、王の直属の配下の十数倍になることが殆どです。
こうした招集は、当たり前の話ですが
集合までに時間がかかります。
また、あまり長い間拘束は出来ません、
貴族の側に負担があつまりますからね。
でも、メリットとしてはお金が殆どかからないという点が
あります」
商人子弟「なぜだい? 戦争するには金が必要だろう?」
将官「自分の軍を食べさせるのは貴族が自腹でやるんですよ。
“自分の臣下の面倒は自分で見る”。そういう機構なんです。
王は王の直下の軍だけ用意して食べさせれば良いんですね」
商人子弟「なんだか貴族には損ばかりに聞こえるな」
将官「いや、そんなことはないですよ。
だって、戦争で勝てば、土地がもらえるんですからね」
商人子弟「ああ、そういうことか。
恩貸地はそう言う循環で機能する訳なんだね」
将官「そうですね。ですから魔界への侵攻は多くの貴族の
関心を集めないではおかないんです」
422 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 17:31:39.75 ID:CkBATQ0gP
商人子弟「つまり、貴族は賭けをしているわけだ。
自分の君主が勝てば、自分も儲かると」
将官「その通りです」
商人子弟「南部諸王国はどこが違うんだ?
というか、南部諸王国は貴族が居ないのだから
軍もすごく少ないんじゃないのか?」
将官「南部諸王国の軍は、中央と違って常備軍なんですよ」
商人子弟「ああ、それも授業で聞いたなぁ。
軍事のことだからあまり覚えてもいないけれど……」
将官「南部諸王国の軍の最大の目的は、魔族の侵攻を防ぐこと
ですよね。そのような目的では、召集令を出してから集合する
貴族の軍では動きが遅くて間に合わない」
商人子弟「当たり前だな」
将官「だから、常備軍。つまり“常に待機している軍”が
必要なんですよ。当然招集なんて無いから、貴族の下でも
ない。全員が王の直下にいるわけです。わたしもそうですよ」
商人子弟「だがしかし、先ほどとは逆のデメリットがあるだろう?
つまり、常駐故に集合はきわめて高速。長い間拘束しても
専用の軍なので不満は少ない。
しかし、多量の金を食うはずだ」
将官「そうですね」
425 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 17:36:43.83 ID:CkBATQ0gP
将官「その弱点を、中央からの支援金がまかなってるわけです」
商人子弟「ああ、勘定項目の中でとがっているあれだな」
将官「そうです」
商人子弟「……」
将官「判って頂けましたか?」
商人子弟「だいたいな」
従僕「僕も少し難しかったけど、わかりました!」にぱぁ
商人子弟(だが、それはつまり……)
従僕「つまり、僕たちの兵隊さんは、魔界に行っちゃったり
しないで、僕らを守ってくれるって事ですよね?」にこっ
将官「そうだよ、えらいね」なでなで
商人子弟(そういうことだ。……防衛目的の部隊。
それに金を出すと云うことは、もちろん魔族の侵略を
食い止めるという目的もあるだろうが……
“美味しい獲物、つまり魔界の領土”を南部諸王国には取らせない
そんな思惑もあるんじゃなかろうか……)
将官「どうしました?」
商人子弟「いや、ちょっと考え事を」
430 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 17:42:01.79 ID:CkBATQ0gP
将官「こんな話で参考になれば幸いですけれど」
従僕「なりました?」
商人子弟「十分に」
将官「え? 本当ですか? あれだけでっ?」
商人子弟「ああ、先生に沢山教わったからね。
まず、話には出てこなかったけれど、中央の貴族制度には
問題が他にもあると思う」
将官「どんなでしょう?」
商人子弟「それは一部の貴族が、
――たとえば地主とか、商人とか、大工房、
あるいは傭兵部隊でもいい。そう言った勢力と癒着するのを
防げないって事じゃないかな。
だって貴族には税制の自由があるわけだろう?
だからその種の癒着がおこって、税が不公平になる。
実家は商人だからよくわかる。
毎年納める賄賂の額は、そりゃ相当なものだ。
もちろんその賄賂で港や運河の使用権を融通して貰ったり
するんだけどね。
時にはライバル商人の妨害を依頼することもある」
将官「ああ、そういうこともありますね。
わたしたち南の田舎者が都会に行くとすぐ
騙されて、ケツの毛まで抜かれるなんて聞きます」
432 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 17:47:05.86 ID:CkBATQ0gP
商人子弟「それにもう一つは、
賄賂に似ているけれどコネや袖の下だろうね」
将官「コネ、でありますか」
商人子弟「うん。そういう制度で動いているって事は
例えば役人や責任有る立場になるときに
誰かの血縁であったり、賄賂を納められるかどうかが
重要って事になってしまう。
役人になってしまえば甘い汁が吸えるわけだから
最初の段階で袖の下を使ったり、例えば血縁関係を
使って潜り込んだりするのは当たり前になる」
将官「そういえば、そんなのも聞き及びますねぇ。
都会の人の親戚自慢ってのはそう言うとこから来るんでしょうか」
商人子弟「これが答えだ」
将官「へ?」
商人子弟「判らないかな? つまり、大陸中央では
“能力ややる気があっても出世できない”傾向がある。
ならば、南部諸王国の答えは一つ」
将官「!」
商人子弟「広く一般から役人を募る。そしてその能力と
やる気に応じて給金を出す。――賄賂との、決別だ」
436 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 17:56:45.07 ID:CkBATQ0gP
――冬越し村、冬の始まり、メイド妹の日記
「このお屋敷に着てから三度目の冬が始まりました。
今年最初の雪です。
空がどんどん低くなって、雲がぐるぐると動いていたので
雨が降るかな、と思ったら雪でした。
べしゃべしゃして重い雪です。こういう雪は嫌いです。
当主のおねーちゃんと眼鏡のおねーちゃんが居ないので
お屋敷は静かです。
ご飯は、おねーちゃんとわたしが交代で作ります。
掃除が楽になったので、美味しいご飯を沢山勉強できます。
今日は酒場で、お料理を習ってきました。
ニジマスの香草焼きです。
おねーちゃんが当主様の書斎から、料理の本を探してくれました。
汚したら二度と口を聞いてくれないというので、
いま、紙に写しています。
文字を覚えて初めて便利だって思いました!
パイっていうのが面白そうです。
何でも包んでパン釜で焼くみたい。
このパイっていうの、作ってみたいな。
おにーちゃんは、ぼけらっとしているので
パイを作るのを手伝わせようと思います」
439 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 18:12:20.27 ID:CkBATQ0gP
――白夜の国、白夜王の宮殿
片目司令官「ええい! 黙れッ! 黙れッ!」
びゅっ! びゅうんっ!
白夜王「ふん。荒れておるではないか」
片目司令官「ふっ。疼くのだ、この目がっ。
下郎っ! 酒だ! 酒を持てっ!!」
侍従「は、はひぃっ……」 ダダダダッ
白夜王「我が宮殿の者に乱暴を働くのはよしてもらいたい」
片目司令官「うるさいっ! この目が」ガリ、ガリ、ガリッ
白夜王「ふはは。憎いのか」
片目司令官「ああ、憎い。ニクイっ」
白夜王「だがその狂気、我には向けるな、判っているだろうな」
片目司令官「ああ。感謝はしているさ。死を待つだけの
あの地下牢から替え玉まで使って救ってくれたことはな」
443 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 18:18:34.37 ID:CkBATQ0gP
白夜王「ふふ、そうだ。あの不潔な汚泥の中からな……。
貴族院の地下の地下、拷問の塔の最下層、黄泉へと通じる
ほどの深淵からお前を救ってやったのはこの我だ」
片目司令官「……」ごくっ、ごくっ、ごくっ
白夜王「思い出せるか? あの闇が」
片目司令官「ネズミがっ。ネズミが這い回り、我の目をっ。
我の目を、我の光を……。
うううっ。疼くっ。瞳が。
見えるぞ、赤黒い闇がっ。
闇が我を蝕むっ。痛い、全身が痛むっ。
殺す、殺してやるっ。東の砦将めっ! くされ魔族めっ!
我を取り囲み、愚弄しやがって!」
白夜王「そうだ、あやつらは我らを愚弄したのだっ」めらっ
片目司令官「……っ」
白夜王「冬の国の青二才め、この我をっ。この我を侮辱しおって。
何が流氷だ。何が農業改革だ。なにが生産性だっ。
やつのような詭弁を用いて戦って何になる。
やつのようなやり方、精霊が認めるはずがないっ」
片目司令官「そうだ、奴らは裏切り者だ。この世界を
暗黒に売り渡す売国奴。腐臭を放つ半人間どもよっ」
446 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 18:24:37.98 ID:CkBATQ0gP
白夜王「賢しい青二才が、西の交易を用いて
巨額の利益を上げているだと?
極光島は我ら南部諸王国共有の財産のはず。
いや、あの島にもっとも血を捧げたのは
我が白夜。
我らではないかっ!!
それをこともあろうに、なぜあの青二才が
勝利を吸い上げる。利益をむさぼるっ?」
片目司令官「ヒヒヒ、ヒヒィーッ」
白夜王「それをあの鉄腕王や、氷雪の女王までもが
英邁よ、豪傑よともてはやし、挙げ句の果ては
義勇軍として参加したものどもまでが冬の国に住み着くという。
わが白夜が凍えるような冬の厳しさに耐え
貧しい暮らしをつづけているというのに、
我を愚弄する小せがれは、我らが利益を盗んでいるのだ。
そのようなこと、精霊がお許しになるはずもないわっ」
片目司令官「アハハハハッ! 任せろ。この我にっ。
我にもはや失うべき命など無い。不死不滅の怨霊として
その青二才、我が切って捨ててくれるわ。
ははははっ。軍をよこせ! 我に手足を与えろっ!
斬って、斬って、斬り殺してやるっ!」
452 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 18:31:00.01 ID:CkBATQ0gP
白夜王「まぁ、まて。その狂気を解き放つのはな」
片目司令官「何故だ……」
白夜王「奴らを殺すのはいつでも出来る。杯に垂らす
一滴の毒、もしくは寝室に忍び込ませる短剣の一本でな」
片目司令官「ヒヒヒっ」 ごくっ、ごくっ
白夜王「あのヒヨッ子、そう容易くは殺しはしない。
やつには我が味わった、この高貴なる王者のあじわった
数千倍の恥辱を与えてやる。そうであろう?」
片目司令官「そうだっ! 屈辱の極みをっ。
裏切りの叛徒どものに、侮蔑の視線にさらされ
恥辱に灼かれる地獄を味あわせてやるっ!」
白夜王「ではまずはこの一手だ」にたり
片目司令官「……ふん? ははっ。
あははははははは!! これはいい!
そうか、そういうことかっ! あはははははは!!」
白夜王「ふふふ、そうだ。冬の王よ。お前の宝を
お前の国をばらばらにしてやろう。あははははは!」
片目司令官「あはははははははははは!!!!!」
460 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 18:36:57.16 ID:CkBATQ0gP
――冬越し村、魔王の屋敷、客間
メイド妹「こ、こちらにどうぞー」
青年商人「おやおや。小さなお嬢ちゃん。そんなに緊張しないで」
メイド妹「き、緊張してないですでございます」
青年商人「右手と右足が一緒だよ?」
メイド妹「へ、平気だもんっ」
青年商人「あははっ。よろしくね」
がちゃ
メイド妹「こ、こ、ここにどうぞっ」
青年商人「はい、座ります」
メイド妹「では、おねーちゃ……じゃなかった、当主様を
呼んでまいります。しょーしょーおまちくださひ」
青年商人「さひ?」
メイド妹 じわぁ
青年商人「あ、泣かない、泣かない!」 おろおろっ
463 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 18:42:59.95 ID:CkBATQ0gP
メイド妹「お、おねーちゃん、どうしよー?」
メイド姉「仕方ないわ。当主様から貰った指輪を使うしか」
メイド妹「う、うん……」
メイド姉「お茶の準備をお願いね」
こんこん……
メイド姉「お待たせして、済まない」
青年商人「ご無沙汰しています、学士殿っ」
メイド姉「一別以来だな。どうかな、変わりないかな」
青年商人「ええ……。
無事に商売を続けさせて頂いております」
メイド姉「……」
青年商人「……」
メイド姉「その、本日は」
青年商人「今回も定例の報告書や、収支決算書、納品書に
領収書類などのお届けです。普段は船便ですが、流石に
わたしも紅の学士殿の艶姿が懐かしくなりまして。
今回はお目にかかるためにのこのこ参上してしまいました。
はははは、お恥ずかしい」
メイド姉「それは、その……。言葉に困るな」
青年商人「ええ。はい。そのようなわけで、学士様。
お色直しなど、いかがですか?」
466 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 18:49:25.89 ID:CkBATQ0gP
メイド姉「はい?」
青年商人「いえいえ。極光島奪還が成りましたからね。
南西交易路による流通が増えて、船の便も増えました。
この冬の国にも、様々な物資が入ってくるようになった
でしょう?」
メイド姉「う、うむ」
青年商人「となると、商人に取りまして目利きが大事でして。
麦などは水を含ませて取引の際に目方を増やそうとする
者も居る始末でしてね。傷みが早くなるうえ、粗悪品。
そのような物を掴むのは二流の商売人。
わたしも駆け出しの頃は、父から良く鉄拳制裁を受けた
物です。お恥ずかしい話ですが。あはははは」
メイド姉「……そ、それが」
青年商人「さぁて」
カチャ
勇者「メイド姉、もういいや」
メイド姉「は、はいっ。いえ、まだっ」
勇者「いや、下がって良い。この人はもう見抜いてる」
メイド姉「……そっ、そんな」
勇者「確かな目利きだ。話に聞いていたとおり凄腕だなー」
471 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 18:55:02.08 ID:CkBATQ0gP
メイド姉「失礼します」
がちゃり。 とてて……
青年商人「や、すごい技ですね。幻術ですか?」
勇者「ああ、そうだ。一目で見抜かれるとは思わなかったよ」
青年商人「いえいえ逆です。こういう事は大抵直感が正しい。
考えた末に見破るというのは少ないのです」
勇者「恐れ入ったよ」
青年商人「あははは。大したことではありません。
それにしても……。お久しぶりですね、勇者殿」
勇者「ああ、久しぶり。三年、いや四年になるのか?」
青年商人「そうですね。懐かしいなぁ」
勇者「あー。腹立ってきた! そうだ、腹が立ってたんだ!
くっそ、広範囲殲滅雷撃系呪文が猛烈に恋しくなってきた」
青年商人「はい? どうしました?」
勇者「あのときは俺のこと騙したって云うじゃないか!」
青年商人「とんでもない。騙すだなんてこれっぽっちも」
勇者「金貨十五枚だぞ!? そっちは金貨数万枚は
少なくとも稼いだって云う話だぞっ!」
青年商人「ええ、あの演説は金になりました。
ありがとうございます」にこにこ
476 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 19:02:21.26 ID:CkBATQ0gP
勇者「うっわ、むかつく」
青年商人「ちゃんと契約どおりのお金をお払いしたじゃないですか」
勇者「それで納得してた俺の幼さが腹立たしいっ!」
青年商人「これもまた駆け引きの勝敗です」にこっ
勇者「まーそうだよな。はぁ……」
青年商人「生きてらっしゃったんですね」
勇者「ああ? おう。ぴんぴんしてるぞ」
青年商人「ふむ……」
勇者「何を考えている?」
青年商人「この後の話のもって行き方を」
勇者「あんたは……少し、変わったような気がするな」
青年商人「そうですか?」
勇者「四年前に会ったときは、もっと隙が無くて完璧で
どこをとってもとりつく島がないように見えた記憶がある」
青年商人「じゃぁ、四年で随分まるくなって温くなったんでしょう。
わたしもそろそろ後進に道を譲って隠居すべきでしょうか。 あはははっ」
477 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 19:10:02.45 ID:CkBATQ0gP
勇者「でも、今の方がよほど敵にはしたくないな」
青年商人「おやおや、奇遇ですね。
わたしもそう思っていたところです」
勇者「……」
青年商人「変わったとすれば、
それはあの方のせいかもしれませんよ。
自分の常識や今までの経験では飲み込めないような
巨大な存在に出会ったとき、どうすればいいのか。
腹をくくるとはどういうことか、
それを教わったような気がします」
勇者「あいつなのか?」
青年商人「はい」
勇者「そうか……」
青年商人「“相容れない光と影を仲介し、妥協し、
取引する”と。あれでわたしの商人としての生は
一つの道しるべを得た。かけがえのない言葉です」
479 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 19:15:30.82 ID:CkBATQ0gP
勇者「あいつが?」
青年商人「はい、最初にあった時に。
そして勇者、あなたがここに現われたことで
確信が持てました」
勇者「……契約は守ったとか云ってたよな?」
青年商人「はい?」
勇者「四年前の演説だよ」
青年商人「ええ、云いましたが……」
勇者「それは嘘だろう?
……俺が帰ったら宴を奢るとって云ってたじゃないか」
青年商人「おお。そうでした! 良く覚えていましたね。
それはまさしくその通りです。よろしいでしょう。
契約は果たさねば。いつでも良いですよ」
勇者「よし、その言葉、二言はないな」
青年商人「ええ、もちろん」
勇者「じゃぁ、今だ」
しゅいんっ!!
482 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 19:21:57.89 ID:CkBATQ0gP
――魔界、開門都市、郊外の虹降りしきる丘
しゅわんっ!
青年商人「こ、ここは……。くっ」
勇者「転移酔いだ。深呼吸すれば治るさ」
青年商人「これは……移動の呪文ですか?」
勇者「そうだ」
青年商人「ここは……。なんて場所だろう!!」
勇者「このあたりでは、夜になるとなぜか虹が降るんだ
磁気がどうとか説明されたけれど、俺にはちょっと
難しくて判らなかったな」
青年商人「すごい……」
勇者「夢魔鶫っ」
夢魔鶫「御身の側に」
勇者「公女に云って酒の用意を頼んでくれないか。
場所はここで良いだろう」
夢魔鶫「仰せのままに」
青年商人「魔族……?」
勇者「使い魔っていうんだ。伝言に便利だよ」
483 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 19:26:20.97 ID:CkBATQ0gP
青年商人「ここはまさか」
勇者「うん、魔界だ」
青年商人「……」
勇者「さっきの言葉で判ったよ。だから連れてきた」
青年商人「あの人は」
勇者「魔族だ」
青年商人「やはり……」
勇者「……」
青年商人「空気の香りも、違うのですね」
勇者「ん。そうかもな。でも、港町には港町の、
都市には都市の匂いがあるだろう? そういうものだ」
青年商人「あの外壁は?」
勇者「あれが『開門都市』。……この間まで人間が占拠
していた街さ」
青年商人「ああ。司令官が逃げ帰って魔族に再統治されたという」
488 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 19:32:50.23 ID:CkBATQ0gP
勇者「そりゃ嘘だな。だいたいその話が本当なら
開門都市にいた人間の商人数千人は殺されたことになる」
青年商人「違うのですか?」
勇者「あの都市で今でも商売をしているよ」
青年商人「は?」
勇者「ゲート周辺の治安や周囲の荒野の関係で、
いまはちょっと人間界と連絡を取りずらいかもしれないが
『同盟』の商人だって、残ってる」
青年商人「本当ですかっ!?」
勇者「嘘は言わない」
青年商人「そんな……」
勇者「おいおい。あいつと話したんだろう?」
青年商人「あ……。ええ……」
勇者「じゃあ判ってたはずだ。あいつが何を夢見ていたか」
青年商人「勇者……」
勇者「あいつは、お前のこと買ってたぞ?」
青年商人「……っ」
勇者「人間界にも好敵手は居る、ってな」
491 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 19:41:56.11 ID:CkBATQ0gP
勇者「俺はあいつじゃないから、あいつのように
計画も語れないし損得勘定であんたを説得できそうもない。
でも、やっぱり、今あんたに降りられると困るし。
あー。なんだろうな。
この感じは……。
うん……寂しい。
ただの勇者に戻るのは――寂しいんだな」
青年商人「……」
勇者「だから、見せる。これが開門都市だ。
今この世界にある唯一の魔族と人間が共存する交流都市だ。
この都市の人口は約三万二千。湖の国の首都より大きい。
この都市は中立地帯として魔王にも承認されている。
自治都市として、都市議会が統治を行っているんだ。
議会のメンバーの1/3は人間だよ。
議長は人間の元軍人が務めている。議員には魔界の
有力氏族の子女も……」
火竜公女「わが君〜ぃぃ」
勇者「入ってもらう形で……」
火竜公女「わが君、ご下命に応じましてただいま参上
いたしました。宴席であるとか。わが火竜一族の誇りに
賭けてお客人のおもてなしに無礼があっては成りませぬ故、
ただいま設営をっ!」
勇者「あー、んー。そのー。お手柔らかに」
494 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 19:46:46.44 ID:CkBATQ0gP
――魔界、開門都市、虹降りしきる丘、宴席
火竜公女「酌をしましょう、お客人」
青年商人「いえ、随分飲んだので」
火竜公女「なりませぬ」ぷいっ
勇者「ああ。飲んだ方がいいぞ。
火竜の酌を拒むと耳がかじられる。片耳だと不便だぞ」
青年商人「ええっ!? そんな無法なっ!!」
勇者「魔界だから仕方ない」
魔族娘「そ、その……黒騎士さまも、どうぞ……」
ぽたぽたぽた
青年商人「そ、そのくらいで。止めてくださいっ」
火竜公女「一人前の男子たるもの、杯の縁より酒が
こぼれるくらいでないと“注いだ”とは申しませぬ」
青年商人「なんて所なんだ!?」
勇者「おい、商人」
青年商人「なんですか、勇者」
496 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 19:50:55.47 ID:CkBATQ0gP
勇者「どーだ」
青年商人「なにがどーだですか」
勇者(小声)「おっぱいだよ、おっぱいっ!」
青年商人「はぁぁ!?」
勇者「お前がおっぱいいっぱいの打ち上げパーティーを
企画しておくから、民衆に手を振ってばきゅーん☆って
しろって俺を魔界に送り出したんだろ!」
青年商人「あ。あははは! そうでしたっ。
あははっ。ひどいなぁ、わたしそんなこと
云ってましたよね。若気の至りとは言え
我ながら呆れる悪辣さだっ」
勇者「どうよ、これ」ちらっ
青年商人「ええ、結構なお点前です」こくり
勇者「……あははっ」
青年商人「あはははっ。
ああ、おかしい。こんなに笑ったのは久しぶりです」
勇者「酒も旨いか」
青年商人「ええ。わたしは商人ですからね。
色んな国の酒を飲む。酒にはその国がでるような気がしますね」
勇者「おい、商人」
青年商人「なんですか、勇者」
499 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 19:54:50.66 ID:CkBATQ0gP
勇者「虹が、すごいなぁ!」 ごろん
青年商人「確かに」 ごろんっ
火竜公女「まぁ、殿方は子供ですね」
魔族娘「でも、ほんとうに……風が気持ちいいです」
青年商人「虹はすごいですが、それで交渉の妥協は
しませんよ? 勇者殿」にこっ
勇者「あいつが云ってたぞ。
“商人たちはその『許可』を求める”ってな。
使用許可、通行許可。新しい土地は新しい市場でもあり
新しい物産の供給源でもある。そう言った場所と
取引をする」
青年商人「ええ」
勇者「あの都市のそれはどうだ?」
青年商人「それは、そうですね。まさに……
“中央大陸の都市の金全て。
いや、既知世界の全てよりも金になる”」
勇者「売ろう」
青年商人「良いのですか?」
500 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 20:00:45.18 ID:CkBATQ0gP
勇者「かまわない」
青年商人「対価は何を求めるんです?」
勇者「俺はあいつじゃないから、何が適当な対価なんて
判らないんだよな。何が釣り合って、
何が釣り合わないかなんて、今までろくに考えないで生きてきた」
青年商人「……」
勇者「だから、対価なんて困っちまうんだけど。
それでも、となるとさ。
……商人は、何でも損と得に切り分けて
考えるのだろう?」
青年商人「ええ」
勇者「なんて云うのかな。
みんなは、そんな商人を強突張りだとか
利益にしか関心のない化け物のように云うけれど、
あいつを見ていると、
そんなことはないのじゃないかと、俺は思うんだ」
青年商人「……」
勇者「誰よりも利に聡く、誰よりも真剣に損得勘定で
生きている商人は、もしかしたら世界で一番最初に
損得では割り切れないものを見つけるかもしれない」
502 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 20:04:08.42 ID:CkBATQ0gP
青年商人「勇者……」
勇者「もしかしたらもっとちゃんとした
対価を求めるべきかもしれない。
あとであいつに殺されるかもなぁ。
でも、俺に『それ』を見せてくれ。それが対価だ」
青年商人「はははっ。なんでしょうね、この」
勇者「あいつと俺には、あんたの見つけるそれが必要だと思うんだ」
青年商人「うん、そうだ。このばかばかしい気持ちはっ!
ああ、愉快だ。わたしはどうやらとっても愉快ですよ」
勇者「……」
青年商人「良いでしょう、確かにその契約をお受けしました。
わたし自らが陣頭に立ち『同盟』を率いて
必ずや『それ』を仕入れてご覧に入れましょうっ」
勇者「頼む」
青年商人「その暁には」
勇者「?」
青年商人「あなたとあの方の関係を聞いても、
きっと退かずにに済むでしょう。なぁに、不利な時期に
戦いを挑むほど、この商人は愚かではありません」
537 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 22:06:26.36 ID:CkBATQ0gP
――冬越し村、屋敷の馬小屋
馬 ぶるるるんっ!
女騎士「よしよし、いいこだぞ。今拭いてやるからな」
勇者「やっぱり騎士だけあって、馬の扱いは上手いなぁ」
女騎士「何云ってるんだ。勇者だって乗れないと困るぞ」
勇者「自分で走った方が早いし……」
女騎士「見栄えの問題だ」
勇者「わかっけど。よし、林檎やる」
馬 がぶっ!
勇者「な、なにをするおんどれー!?」
女騎士「おい、大人げないな」
勇者「こいつがぶってやったんだぞ!?」
女騎士「お前、怒らせたんだろ?」
勇者「ちっげーよ。林檎食べる? ヘイ君可愛いねって」
馬 がぶっ!
勇者「ちょ、まてやこら。しまいにゃ卸すぞっ!」
543 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 22:13:32.13 ID:CkBATQ0gP
――。
――――。
女騎士「ったく、馬と喧嘩するやつがあるか」
勇者「だって……」
女騎士「おまけに駆けっこで負かすやつがあるか。
ほれみろ、お前の馬だって自信喪失だぞ」
勇者「面目ない」
馬 しょんぼり。
女騎士「まぁ、いい。馬の世話はやってやる」
勇者「む……」
女騎士「いくら勇者でも、馬で旅することもあるだろう?
何かのパレードに参加する事にでもなったら、
馬に乗れないじゃ格好はつかないぞ」
勇者「それはそうだけどさ」
ごっしごっし、ごしごし
女騎士「〜♪」
勇者「やっぱ、戦いよりも平和のが良いよな」
女騎士「それは当たり前だ」
勇者「当たり前なのに、そうならんのは何故かなぁ」
女騎士「それは判らない。わたしは馬鹿だからなっ」ふふん
548 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 22:19:28.53 ID:CkBATQ0gP
勇者「魔王と一緒にいると傷つくものが
女騎士と一緒だと癒されるよ」
女騎士「どういう意味だ?」
勇者「そのまま馬鹿でいて欲しい」
女騎士「喧嘩を売ってるのか?」
勇者「ちげー、ちげーですよ」
女騎士「まったく、勇者と居るとふざけてばっかりだ」
勇者「それがいいんじゃないか」
女騎士「へ?」
勇者「そういうのが良いんじゃないか。判って無いな」
女騎士「……」
勇者「俺はそうやって女騎士とふざけてるの好きだぞ?」
女騎士「え、あ……その」
勇者「?」
女騎士「……ありがとう」
勇者「……うわ、むず痒っ。普通に返すなよ」ぼりぼり
551 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 22:24:54.29 ID:CkBATQ0gP
女騎士「どうしたんだ?」
勇者「いや、髪が。ちょっと目に刺さって」
女騎士「ああ、長くなってきたもんな」
勇者「ちょっと切ってくれないか?」
女騎士「えっ。いいのかっ?」
勇者「うん。なんで?」
女騎士「あ。いや……。なんでもない。
何でもないけれど、切るのはやめておこう」
勇者「なんでだよ」
女騎士「なんでもない。……そうだ。
額環を作ってやるよ。それで髪をまとめれば、伸びても
目に刺さらないぞ」
勇者「面倒くさそうだぞ」
女騎士「いいや、似合うよ。ちょっと都会風になって
もてるかもしれないぞ? 勇者」
勇者「お! そうか? 格好良くなるのかっ」
女騎士「うむ、似合うものを作ってやろう!」
554 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 22:33:13.07 ID:CkBATQ0gP
女騎士 すっ
勇者「な、なんだよっ」
女騎士「いや、髪の毛を確かめているだけだ。
額環は、碧色が良いな。きっと似合う」
勇者「そかな」
女騎士「うん。わたしは切らないが、
それくらいなら許してくれるだろう?」
勇者「うーん。切った方が絶対早いんだけどな」
勇者「……」
女騎士「……」
女騎士「なぁ、勇者」
勇者「ん?」
女騎士「勇者は、魔王の物なんだろう?」
勇者「え。あ。……うん。そうだ。所有契約だ」
女騎士「そうか……」
勇者「まぁ、いろいろあったんだよ。そこに至るには」
557 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 22:38:06.50 ID:CkBATQ0gP
女騎士「魔王は勇者の物なのか?」
勇者「うん、まぁ。成り行き上、一応」
女騎士「じゃ、魔王がもし酷いことになったら保護しないとな」
勇者「そりゃするよ。でも俺は勇者だろう?
たいていのやつが困ってたら保護するんだぜ?」
女騎士「ああ、それはよく判ってるよ」
勇者「なんだかなぁ、心臓にストレスがキリキリと」
女騎士「そうなのか?」
勇者「そうなんだ。俺の勘は根拠はないけど良く当たる」
女騎士「勘じゃなくて、もうちょっと空気を
読む能力を身につけてくれると周囲が助かるんだがな」
勇者「なんだ、それは?」
女騎士「いや、気にしないでくれ。こっちの愚痴だ」
559 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 22:43:34.04 ID:CkBATQ0gP
女騎士「でも、やっぱり一方的なのは悔しいな」
勇者「?」
女騎士「わたしも勇者に何かあげたいのだ」
勇者「額環くれるんだろう? もてもての」
女騎士「うん、貰ってくれるか?」
勇者「もちもち。もてもてアイテムか〜。
女騎士に貰えるものなら何でも貰うぜ?」
女騎士「そうか。……そう言ってくれると嬉しい」にこり
勇者「大げさだな−。女騎士らしくもない」
女騎士「勇者」
ザッ
勇者「なんだよ、女騎士っ」
女騎士「黙って立ってろ」
勇者「何でいきなり跪くんだ?」
562 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 22:51:36.08 ID:CkBATQ0gP
女騎士「我は……
湖畔の国に精霊の恩寵を受け、生を賜りし光のしもべ。
勇者と共に旅をした長きにわたるこの剣を
女騎士の全てと共に勇者に捧げる」
勇者「……」
女騎士「我が剣、我が力、我が身体。
我が魂からの忠節と純潔は、勇者のもの。
勇者こそ我が魂の主人にして、我が希望の宿り主」
勇者「まてよ、女騎士っ」
女騎士「またない。勇者、この剣は勇者のもの」
勇者「立てって」
女騎士「立たない。勇者が貰ってくれるまで、動かない」
勇者「なに子供みたいな事言ってるんだよ」
女騎士「子供になって勇者に貰って貰えるならかまわない」
570 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 22:58:46.33 ID:CkBATQ0gP
女騎士「勇者が魔王の持ち物なのは、判った。
仕方ない。……わたしが、遅かった」
勇者「……」
女騎士「魔王はすごい。魔王は賢くて、懐が広くて
夢があって、ずぅっと遠くを見てる」
勇者「……」
女騎士「だから、わたしは勇者のことを欲しがったりはしない。
それは魔王のものだから、仕方ないと云えば、仕方ない。
もちろんその……魔王がいらなかったり隙があれば
遠慮なんかするつもりはないけれど」
女騎士「でも、だからといって、わたしはわたしのものだ。
せめて、わたしを勇者にあげたいんだ。
騎士に生まれて、今まで剣を捧げてこなかったわたしは、
騎士にしたって半端者だった。
剣を捧げるなら、勇者が良い。
始めに勇者に剣を捧げて、以後、主を変えない。
わたしは、そんな騎士でいたい」
勇者「……良いのかよ、こんなので。
こんな思いつきみたいな場所で。
そ、それってすげー大事な事じゃないのかよ」
574 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 23:03:59.22 ID:CkBATQ0gP
女騎士「どこだって、何時だって同じ事だ。
わたしだって何かがしたいんだ。
勇者たちが未来へ出掛けるなら、
わたしの居場所だってその近くに欲しい。
もう…… もう、おいて行かれるのはいやだ」
勇者「……悪かった」
女騎士「剣を取って、我が主。大丈夫、わたしはあなたに叛かない」
勇者「……」こくり
すっ
女騎士「よし。……反対にして、返して」
勇者「うん」
びゅんっ! びゅんびゅんびゅっ!! しゃきんっ!
女騎士「これで、わたしの剣は勇者のものだ。
わたしの身も心も、勇者に捧げたって訳だ。
うん、なんだかそこはかとなく充実感があるなっ!」
579 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 23:11:22.35 ID:CkBATQ0gP
勇者 ぞくっ
女騎士「どうした? 勇者」
勇者「いや、なんか寒気がした。あのさ、あのさ。女騎士」
女騎士「ん?」
勇者「その、返品とかって出来るのか? 契約解除とか」
女騎士「出来ると思うのか」にこり
勇者「……」
女騎士「大丈夫だ。その悪寒の件はわたしが対処する。
わたしたちは親友になったんだ」
勇者(親友〜!?)
女騎士「ちゃんと正面から話せば判ってくれるはずだ」
勇者(ちょ、なんでそう力勝負ばっかりっ!)
女騎士「勇者のことは、わたしが守るッ」
勇者「いや、まじほんと」
女騎士「ん?」
勇者「俺から云いますんで、一つ勘弁して」
593 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 23:20:30.64 ID:CkBATQ0gP
――冬越しの村、湖畔修道院
修道士「たっ! 大変だ!」
修道士「どうしたっていうんだっ!?」
修道士「大変だ、恐ろしいことが起きたっ。
も、もうだめかもしれないっ!!」
修道士「水を飲め、説明するんだ」
修道士「それどころじゃないっ。修道院長は?
女騎士様を呼べ、いや、探せっ! 一刻を争う!
早く女騎士様を捜すんだ!!」
――湾岸都市、商業区、大きな商業会館執務室
辣腕会計士「急報です、委員っ!」
青年商人「何ですか、慌ただしい」
辣腕会計士「一大事です。こ、これを……っ
とにかく、この報告書を……」
ガサリ
青年商人「……まっ、まさかっ!? 選挙の影響なのか。
迂闊、迂闊だった。この展開を見落とすとはってて。
――確認を、至急確認の船を出してくださいっ!!」
598 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 23:25:50.51 ID:CkBATQ0gP
――冬の国、冬の宮殿、謁見の間
ガタンッ!
冬寂王「なんだとっ!?」
使者「お聞こえになりませんでしたかな?
ではもう一度繰り返させて頂きます」
冬寂王「……」ぎりぎり
使者「冬の国にて学者を開きし『紅の学士』を名乗りしもの
彼のものについては、以下のような疑惑有り。
ひとつ。彼のものが湖畔修道会を利用して、罪なき
農民に広めている馬鈴薯なる作物は、魔族によって
栽培される悪魔の実である。
ひとつ。彼のものが進める農法、指導および肥料の
方法は精霊の教えたもうたものにあらず。そこには
邪なる異界の関与が認めらるる。
ひとつ。彼のものがその学校で教えている学問の数々。
これらは教会の権威をないがしろにし、侮蔑するものである。
ひとつ。聖王都の神学院は、彼のものが名乗るような
『紅の学士』なるものを輩出した記録はない。
告発と以上のような疑惑に基づき、
『紅の学士』なるものは異端であると疑いが十分である。
即刻身柄を引き渡すべし。
中央聖光教会 異端審問司教。
――この通り、署名もそろっております」
604 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 23:30:02.52 ID:CkBATQ0gP
冬寂王「そ、それは……間違いないのか、使者殿」
使者「言葉を控えた方がよろしかろう! 冬寂王どの。
それが真実かどうかは、異端審問の場で審議が為されること。
もっとも光の精霊の教えを受けたる司教どのが
千に一つ、万に一つも過つことがないことなど
敬虔なる信徒である冬寂王ももちろんお解りだろうが」
冬寂王「……」
執事「こ、このような……」
使者「もちろん聡明なる司教殿は、こうも仰せられた。
おそらく冬の国、および湖畔修道会は、この異端の学士の
奸計に巻き込まれた、いわば被害者であろうと」
冬寂王「っ!」 ぎりっ
執事「……」
冬寂王(……中央の妬心か。それほどまでにっ。
それほどまでに南部諸王国が首輪から外れるのを
嫌われるのかっ。聖王国よっ、聖教会よっ!
南部諸王国が貧しさを脱し、自らの意志を持つことを
そこまで憎まれるかっ。このような手まで使って
足止めを狙うほどにっ)
606 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 23:33:46.85 ID:CkBATQ0gP
使者「ご返答は如何に、冬寂王」
冬寂王「……」
執事「……」
使者「この世界において、教会に逆らうと云うことの意味は
わかっているでしょうな? 若き王よ。
信仰は光、教会は世界。それに背くと云うことは、
背教の輩、すなわち人類全てを敵に回すと云うことですぞ」
冬寂王「……く」
使者「大主教は、『破門』と云う言葉は口に出されませんでした。
ただ、“同じ信徒として異端に与するものが居たことは
非常に悲しい”とだけおっしゃった。
そのご厚情を無にするおつもりか、冬寂王っ」
冬寂王「そ、それは……」
執事「若……」
冬寂王「使者殿の、お言葉……痛み……いる……」
使者「では?」
冬寂王「軍を……出そう。しかし、冬越し村は、遠い。
時間を頂くことに……なる」
使者「よいでしょう。ただしお気をつけて、冬寂王。
もし、紅の学士を取り逃がすことなどあらば
あなたもこの国も湖畔教会も、背教のそしりを
免れないでしょうからなっ!」
Part.4
30 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 14:59:58.18 ID:I7KnzzEP
――冬越し村、屋敷の厨房
勇者「お。おお? こうか? こうか!?」
メイド姉「もっと優しくしてください、勇者様」
メイド妹「もんでぇ。お兄ちゃん。もっと揉んでー♪」
もみもみ
勇者「なんて、ちっとも嬉しくないな。実際」
メイド妹「さぼっちゃダメだよお兄ちゃん」
メイド姉「ミルクっぽくて良い香りです」
メイド妹「ふふーん。細かい挽きの小麦だもん」
勇者「小麦は、挽きがきめ細かいほど高いからなぁ。
これ、随分高かったろ? いいのか、散財して」
メイド妹「でも、パイ生地にするには、細かい方がいいんだよ。
馴れたら、色んな挽き方とか、大麦とか、蕎麦も試してみる」
勇者「ふーん。パイ、ねぇ」
31 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 15:01:18.44 ID:I7KnzzEP
メイド姉「妹? もう最初の分は焼けたかも」
メイド妹「うん♪ みてくる」
勇者「なんか結構面倒だなぁ。生地なんて普通、
混ぜてお仕舞いじゃないのか?」
メイド姉「えーっと、パイの場合は この折りたたんで伸ばすという作業が重要みたいですよ」
勇者「そうなのか?」 メイド姉「本によればそうですね」
メイド妹「わひゃお♪ うひゃひゃー♪」
勇者「なんて声出してるんだ、あいつ」
メイド姉「よっぽど嬉しいんでしょうね」くすくす
メイド妹「でーきたー! 完成〜!!」
勇者「お、出来たのか?」
メイド姉「どう? 膨らんだ?」
メイド妹「すごーい! きれい! 金色でぴかぴか!!」
勇者「どれどれ? お。すごいな、確かにきれいだぞ」
メイド姉「本当ね。ひまわりみたいねっ」
33 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 15:03:34.58 ID:I7KnzzEP
メイド妹「はいっ! 食べてみて」
勇者「これは。熱っ、あちち」
メイド姉「布巾で持ってください、勇者様」
メイド妹「焼きたてだから、熱いよぉ?」
勇者「こいつは、ん! 馬鈴薯と、ベーコンか?」
メイド妹「うん、馬鈴薯とベーコンのパイなのっ♪」
勇者「うまいなぁ、これちょっとすごいぞ?
なんつぅか、家庭の味なのにすごく贅沢で豪華というかっ」
メイド姉「美味しいわ。上出来よ、妹」
メイド妹「わーい♪ わーい♪」 くるくるっ
勇者「妹は才能あるなぁ。こいつはイけてるぜ?」
メイド姉「ええ、満点です」なでなで
メイド妹「えへへへ〜」 にへらっ
勇者「もう1個良いか?」
メイド妹「もちろん!」
34 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 15:05:43.57 ID:I7KnzzEP
勇者「うまっ。うまっ」
メイド姉「これは、小麦のグレードを下げて
原価をコントロールできれば名物料理になるかもしれないわね」
メイド妹「ほんと?」
勇者「ああ、まじだぜ。この具材の所は変えても良いんだろう?」
メイド妹「うん、鮭でも、キノコでも、羊でも良いと思うよ。
あと、甘い味も合うんだって。プラムとか、洋なしのも
考えてる〜」
勇者「じゃぁ、酒場でも出したがるかもしれないな」
メイド姉「ええ、焼いておけば暖めるだけで出せますし」
メイド妹「ねぇねぇ、じゃぁ。わたし料理人になれるかなっ?」
勇者「はん? もう料理人だろう?」
メイド姉「ですね」 くすっ
メイド妹「やったー! わたし料理人だぁ♪」くるくるっ
勇者「何でそんなに嬉しいんだ?」
メイド姉「あの子は、食いしん坊ですしね」
メイド妹「えへへへ〜。だってお仕事だよ?
お仕事あれば、のーどに戻らないで済むんだよ。
わたしこれから料理作って、もっと上手になって
みんなに食べさせてあげるんだぁ♪」
35 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 15:07:48.34 ID:I7KnzzEP
勇者「そっか」
メイド姉「……」なでなで
メイド妹「ね、ね? 美味しい? 美味しい?」
勇者「美味しいぞ」
メイド姉「うん、美味しいよ」にこっ
メイド妹「いっぱいあるんだよ! いっぱい作ったから!」
勇者「そっか。妹は料理人かぁ。いいな、それ」にこり
メイド妹「うんっ」
勇者「で、お姉ちゃんの方は何になるんだ?」
メイド姉「え?」
勇者「いや、何になるのかな、と。――お嫁さんとかか?」
メイド姉「そんな。わたしなんてとても……」
メイド妹「おねーちゃんは、眼鏡になると良いよ♪」
メイド姉「もうっ、そんなこと云ってると叱られますよ?」
メイド妹「うー」
ドンドンドン!
勇者「あれれ? 誰だろう」
「夜分遅くに失礼! 誰かおられませぬかっ!?
誰かご在宅ではございませぬかっ!?」 ドンドンドン!
39 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 15:25:08.13 ID:I7KnzzEP
――魔王城、最下層、冥府殿
オオオオン!
オオオオオン!
メイド長「随分、魔素が濃くなっておりますね」
魔王「無理もない。二年近く放置していたからな」
メイド長「ええ……」
魔王「荒れておるな、魔王の魂どもめ」
メイド長「封印はいかがでしょう?」
魔王「うむ。ぎりぎりだが、どうにかなるようだ。
わたしが中に入れば、ポテンシャルを
内側に解放して沈静化するだろう」
メイド長「まおー様が心配です……」
魔王「こんな残留思念に乗っ取られるのは
わたしだってごめんだ。
150年の生のうちでも、
これほど命を惜しむ気持ちになるのは初めてかもしれないな」
メイド長「……」
魔王「悪いことばかりでもない。ここに入れば
それだけで戦闘能力が上がるからな」
40 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 15:28:10.09 ID:I7KnzzEP
メイド長「それは……。
歴代魔王様達の能力全てが順次継承されてゆくのですから 戦闘能力は増大するでしょうが……」
魔王「故に、魔王は魔族最強なのだな。ふふっ。
……歴代魔王の中には日常からこの冥府殿を寝所として
使用していた剛の者もいたと聞く」
メイド長「それで破壊本能にとりつかれた
まおー様なんて見たくはありませんからね」
魔王「わたしだって見たくない。
そういう筋肉で解決! 的な思考はスマートさに欠ける。
醜悪だ。学究の徒として耐えられない」
メイド長「まおー様は学究の徒というより、
夢をおいかける現実主義者のような方ですよ」
魔王「ま、とにかく」
メイド長「……」
魔王「地震が起きない程度には、
この結界の内圧を下げてやらねばならん。よいな? メイド長」
メイド長「はっ」
魔王「もしここから出てきたわたしが、
わたしでなかった時には……」
メイド長「一命に賭けて、その“魔王”。討たせていただきます」
44 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 15:46:45.94 ID:I7KnzzEP
――冬越し村、魔王の屋敷
冬寂王「……」
女騎士「……」
執事「そのような次第で、
早馬に早馬をかさねまかり越した訳でして……」
勇者「……判った」
メイド姉「……」
メイド妹「おねぇちゃん……?」 ぎゅっ
冬寂王「しかし、学士殿が留守とは」
勇者「最低でも二月は帰らないと云う話だ」
執事「そうですか……。その知恵におすがりしたく
思っていたのですが。居ないとなりますと」
女騎士「それにしても教会め。
……光の精霊様をなんだと思っているんだ。
詭弁の種に使っているだけじゃないか」
冬寂王「……」
46 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 15:51:32.19 ID:I7KnzzEP
執事「しかし、聞けば幻術の指輪があるとか」
女騎士「爺さん。その先を口にすると両手に
首を抱えることになるぞ」
執事「しかし、わたしが言わずに誰ば云います」きっ
勇者「……っ」
冬寂王「すまぬ……」
女騎士「……何故、このような試練を」
冬寂王「勇者よ。……いきさつは爺から聞いた。
本来ならばあなたの生還を祝い国を挙げて
祭りを催すべきなのだろうが……。
その大恩ある勇者、そのお身内にまたしてもこのような
災禍をふりまく事になってしまった。
すべてこの冬寂王、冬の国、南部諸王国に力なき故のこと」
執事「若……」
冬寂王「すまぬ。我が不徳ゆえ、
故無くこのような仕儀となってしまった。
事は全て、我が南部諸王国が中央のくびきを脱しようと
独歩の気風を育てようとしたことから始まったこと。
詫びて詫びきれるものではない」
47 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 15:55:02.72 ID:I7KnzzEP
勇者「まぁ、その話は終わってるんだ。
気にしないで欲しいな」
女騎士「……」
メイド姉「あの、わたし……わたしが……」
勇者「それは不許可だ」
メイド姉「だけどっ」
冬寂王「……勇者、しかし」
勇者「おい、王様。その先は口に出したら感電死だぞ。
もしここにあいつが居たらそういうオチもあったかも
しれないけれどな」
(なんだったら魔族に村を襲わせて……)
メイド姉「でも……」
メイド妹「お姉ちゃん〜」ぎぅっ
勇者「だけど、その先は考えても、口に出したら
王としては立ち行かないんじゃないかと思うぜ。
それとも、その独歩の気風ってのは思いつきで云ってたのかよ」
冬寂王「……っ」
48 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 15:56:34.14 ID:I7KnzzEP
冬寂王「だがしかし、わたしには冬の国の国民全てを
守る義務がある。そのためには……。そのためには……」
執事「……」
勇者「ま、その辺は俺の方で案配するよ」
女騎士「……勇者?」
勇者「メイド姉には迷惑掛けるが、捕まってくれ」
メイド姉「はい」
冬寂王「それは……」
勇者「で、冬の国を出て、適当なところで俺が助ける。
なに、たかが異端審問の護送隊だろう?
いても100人やそこらだ。たいした敵じゃない」
女騎士「だがしかし、それじゃあ!」
執事「……勇者すみませぬ。申し訳ございませぬ」
勇者「引き渡して、冬の国を出たあとならば、
冬の国へのおと咎めはないだろう?
責任は護送隊の方にあるはずさ。それで万事解決だ」
49 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 16:00:14.29 ID:I7KnzzEP
執事「勇者。……それでは、勇者はまた」
勇者「うん。まぁ……また姿をくらませなければならないけどな。
しかたあるまいよ。教会に逆らうのは無理なんだろうし」
執事「また。この老愚は。
勇者を一人に……。また勇者を一人で……」
勇者「あー。ならない、ならない。
今回はこの姉妹も居るし、そのうち学士だって帰ってくる。
女騎士だって爺さんだって王様だって、
表だっては無理だろうが……また会ってくれるだろう?」
女騎士「論外だ、会うだなんて。わたしは共に行く」
勇者「それじゃ農民のや開拓民の支援を誰がやるんだよ」
女騎士「……それくらいっ、修道院の組織で出来るっ」
勇者「ま、そこのところが……。
軌道に乗り始めてきた改革や新しい作物、色んな発明が
全部無駄になっちまうのが痛いところだけどな。
しかしまぁ、メイド姉を見殺しにしたところで、
全部異端とか云って禁止されてしまうんだから同じ事だ。
あいつには生ぬるいって云われるんだろうけど
……俺はやっぱり勇者だから、見捨てるなんて出来ないよ」
50 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 16:03:39.18 ID:I7KnzzEP
執事「また勇者一人に背負わせてしまうのですか……」
冬寂王「これも全て人界の醜さだというのに。
我が身で済むことでさえあればっ」
勇者「落ち込むなよ。夜逃げには馴れてるんだ」
女騎士「では――この村ともお別れか」
メイド妹「おねーちゃん。この村から引っ越すの?」
メイド姉「……」
メイド妹「酒場のおいちゃんにパイ教えてあげちゃだめ?」
メイド姉「……」
冬寂王「……っ」
執事「若。若には、国を守る責務がおありです。
背筋を伸ばしてくだされっ」
勇者「そうそう、笑っておこうぜ。空元気でもな!」
女騎士「勇者……。勇者であれば、聖王都の軍でさえ
相手に回して戦うことも出来るのに……」
勇者「残念ながら、俺のオーナーがそう言うやり方は
許してくれないんだよ。戦って勝つとか、倒して奪うとか。
……だからって、奪わせる気なんかないけどな」
56 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 16:29:49.75 ID:I7KnzzEP
――冬の国、名も知れぬ村
なんだって? 学士様が?
まさか、そんなわけがあるわけないべ!
だって、教会の人が道ばたでそう怒鳴っていただよ。
教会? 修道会じゃないのけぇ?
うん、中央の教会から来たっていう、おっかない人だっただぁよ。
まさかぁ。
学士様が異端? そんなこと……。
でも、そう言ってただよ。
学士様がもってきた馬鈴薯は、悪魔の食べ物だって。
だって馬鈴薯がなかったらどうするんだべ?
学士様が居なかったら、うちの孫娘は死んでいたんだべや。
何かの間違いに決まってるだぁよ。
でも……学士様が連れて行かれたらどうすんだべ。
57 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 16:31:27.31 ID:I7KnzzEP
ほーうい! ほーうい!!
ほーうい!
どうしたんだべか?
そっただ慌てで、羊でも逃げちまっただかぁ?
おい、森の中の道にっ。はぁっ、はぁっ!
へ?
森の中の道に、学士様をとらえるって
檻と鎖を引きずった、おっかない兵隊さん達が進んでるだよっ!
え? 本当けっ!?
あれは、この国の兵隊じゃないべ、なしてだ?
なして冬の国に、人間の国が攻めてくるんだべやっ?
学士様を、学士様を出せって叫んでるべやぁ!
それじゃ学士様が異端だってのは……。
恐ろしい、なんてことだべや。精霊様、どうかお慈悲を!
ガシャン。ガシャーン。ガシャーン。
ああ、聞こえてきた。どうなっちまうんだべ。
せっかく暮らし向きも良くなってきたと思ったのに……。
この国はどうなっちまうんだべ……。
63 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 16:43:44.52 ID:I7KnzzEP
――湾岸都市、商業区、大きな商業会館執務室
辣腕会計「……以上です」
青年商人「そう、ですか……」
辣腕会計「これはやはり」
青年商人「ええ、教皇選挙の結果でしょうね。
今度の教皇は大陸中央、生粋の聖王国主義者です。
おそらく、教会の威信の低下を察知したのでしょう。
その回復のために、三回目の聖鍵遠征軍を企画して
いるのですね」
辣腕会計「そのためには、内政を回復させつつある
南部諸王国が邪魔である、と」
青年商人「そうです。
このところの魔族の進軍の鈍化。
いえ、鈍化というよりは空白ですね。
その影響で、南部諸王国が経済的自立を強め
結果、中央の発言力が低下している」
辣腕会計「中央が南部諸王国のとりまとめを
させようとしていた白夜王は、敗戦責任を取り
半ば以上失脚した形ですからね」
青年商人「ええ、その上、中央がノーマークだった
冬寂王などという英傑まで現われて、
人心を掌握しつつある。
さらには謎の学士が様々な農業改革や
機械開発を通して、南方の荒れ果てた地でも
その人口を養えるだけの食料が生産されてしまった」
64 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 16:45:08.90 ID:I7KnzzEP
辣腕会計「食料は、中央が南部諸王国につけた
いわば番犬の鎖でしたからね」
青年商人「……中央は、教会権力の権威を見せつけるために
魔族との軍事行動において勝利を喧伝しなければなりませんが
南部諸王国が国力をつけることは、望んでいない。
そう言うことになりますね」
辣腕会計「はい……」
青年商人「……」
辣腕会計「委員、『同盟』としてはどうしますか?」
青年商人「現状では、身動きが取れませんね」
辣腕会計「……」
青年商人「目下すべきは別のことです。
10人委員会の準備をしましょう。
……彼は居ますか?」
ガチャ
中年商人「おう、そろそろかと思ってたぜ」
貴族子弟「お邪魔します、青年商人さん」
67 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 16:48:09.53 ID:I7KnzzEP
青年商人「いえいえ、いつでも歓迎ですよ」にこにこ
貴族子弟「足がありませんでしたから、
こちらこそありがたいですよ。
ああ、そうだ。これ、氷雪女王からの代金です」
辣腕会計「それはわたしが受け取りましょう」 がさごそ
青年商人「女王はいかがお過ごしですか?」
貴族子弟「今回の件では心を痛めていますよ。
だがしかし“三国通商同盟の盟主は冬寂王だ”と。
それだけははっきりと申されました」
青年商人「そうですか」
中年商人「さぁて、俺はどこに行けば良いんだい?」
青年商人「中央へ。他の10人委員へと会ってきてください」
中年商人「この坊主は?」
青年商人「どうされます?」
貴族子弟「いやー。わたしは、氷雪宮にいても役立たず
なんですよ。女王もね。丁度良いから各国をまわって
お土産の饅頭でも配ってこい、なんて仰られて」
中年商人「良いのかよ、そんな暢気で」
70 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 16:50:25.45 ID:I7KnzzEP
貴族子弟「氷雪の国は別名、詩人のふるさと。
吟遊詩人を多く輩出する芸術の発祥地ですからね。
わたしみたいな穀潰しでも居心地が良いんです。
ま、ダンスと口説き文句が冴えないと
居心地悪くなってしまう国なんですけどね」
青年商人「では、決まりですね」
中年商人「ふむ」
青年商人「当面は静観です。決して天秤を揺らさぬよう。
そして、静かに10人委員に接触を持ってください」
中年商人「こいつはどうするんだ?」
青年商人「ご本人の仰るとおり、船に乗せて
行き先々でご挨拶させてあげればいいのではないですか?
手を貸す必要はありませんよ。
もちろん、あなたが紹介したい相手でも居れば、
そうなさることに反対はありませんが」
貴族子弟「一つよろしくお願いします」にこにこ
中年商人「まったく、俺はガキの子守かよぉ」
貴族子弟「そこを何とか。美味しい酒あるんですからっ」
とっとっとっと、がちゃん。
71 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 16:52:17.21 ID:I7KnzzEP
辣腕会計「――さて」
青年商人「はい」
辣腕会計「10人委員会への接触は、任せるとして」
青年商人「彼ならば他の委員の旗色を伺ってくれるでしょう。
教皇派がどれくらい居るのか、早急に把握したいですね」
辣腕会計「委員はどちらなのです?」
青年商人「どちらでもありませんよ。むしろどちらかに
偏っていたら、きっとあの人に軽蔑されてしまう」
辣腕会計「わたしはどうしましょう」
青年商人「……ふむ」
ぺらっ
青年商人「資産調査をお願いします」
辣腕会計「は?」
青年商人「『同盟』各支部の動的財産の規模把握、
および『同盟』参加商人に資産状況の把握です」
辣腕会計「資本……ですか?」
青年商人「ええ。聖鍵遠征軍が組織されるにせよ
そうでないにせよ、次に吹く風は生半可ではありませんから」
74 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 17:00:46.59 ID:I7KnzzEP
――冬の国、王宮、控えの間
うわぁぁ、うわぁぁ
勇者「外はすごい群衆だ」
女騎士「ああ、魔王は農民たちに慕われていたからな」
メイド姉「はい」
勇者「横柄な態度の女なのにな」
女騎士「そうか? 修道院にやってくる
開拓民や農奴の中には、魔王を本当の女神様だと
思い込んでるやつだって沢山いるんだぞ?」
メイド姉「わたしと妹が村の道を歩いていると」
勇者「……?」
メイド姉「みなさん、笑って手を振ってくれるんです。
笑顔で話しかけてくれるんですよ?
この春はこんなに馬鈴薯が取れたって。
この秋は小麦の育ちが良いって。
それでベリーをくれたり、
タマゴを持っていけって云ってくれたり。
ウズラを届けてくれたり。
あの屋敷で、村の人から貰ったものが
食卓に並ばない日なんてありませんでした」
勇者「そうだったのか」
女騎士「……あの村らしいな」
75 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 17:01:41.49 ID:I7KnzzEP
メイド姉「みんな本当にいい人で、
わたしや妹のことを可愛がってくれて。
当主様の役にたってやってくれ、って。
自分たちは本当にお世話になってるけれど
色んなお手伝いは直接できないから、って。
馬鈴薯をくれてありがとう、って。
時には赤ちゃんを連れてきて
小さな葉っぱみたいな手に触らせてくれるんです。
賢くて優しくなるように、って。
ただの農奴だったわたしにですよ?
当主様に仕える、偉い人だからって」
勇者「……」
メイド姉「あの村は、良い村ですね。
わたしたちが逃げ出した地主は、
隣村で没落してしまったみたいですが。
あの村では開拓民の方も、地主さんも、農奴の方も
本当に一生懸命で。支え合って、健やかで。
修道院で教えて貰った歌を夕暮れの畑で
麦を刈りながら何時までも歌っているんです」
勇者「うん」
メイド姉「……お別れするのは、少し寂しいですね」
女騎士「なに、次の住まいでも、きっと良い出会いがある」
77 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 17:03:34.19 ID:I7KnzzEP
女騎士「王は、すでに向かったか?」
勇者「ああ、引き渡しは広場の中央という話だったな」
女騎士「見せしめにしたいのだろうさ」 ぎりっ
勇者「あれが……使者か」
うわぁぁ、うわぁぁ
女騎士「わたしも行かねばならぬな。
湖畔修道会の長としてあの下卑た男の言葉を
受ける必要があるのだ。汚らわしいが」
メイド姉「はい、あの」
女騎士「?」
メイド姉「いってらっしゃいませ」
女騎士「メイド姉。君だってわたしの友人だ。
思い悩む必要なんて無いのだぞ」
カッカッカッ
勇者「……。よし、俺も移動する。無いとは思うが
周辺の監視もしておきたい。平気か?」
メイド姉「はい」
78 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 17:05:29.02 ID:I7KnzzEP
勇者「大丈夫だよ。メイド姉はなにも怖がる必要も
難しく考える必要もないんだ。二日以内にきっと
助け出してやる。少しだけ辛抱してくれ。
済まないな、こんな役を押しつけて
この国や人々を守るのは、俺や女騎士や、王の仕事なのに」
メイド姉「はい……」じっ
勇者「どうした?」
メイド姉「いえ。……わたし」
勇者「ん?」
メイド姉「いえ、なんでもないんです」
勇者「……? では、行く。ずっと見ているからな」
メイド姉「はい」
カッカッカッ
メイド姉「……。……っ」
メイド姉「わたし……」
メイド姉「……」ぐすっ
メイド姉「何でこんなに、何も出来ないんだろう……」
80 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 17:13:27.99 ID:I7KnzzEP
――冥府殿、闇の奥底
オオオーン。
オオオオオオーン。
魔王「こんな所……勇者には。みせ、られないな……」
殺せ! 殺せ! 人の全てを! ゲートを破壊せよ。
全ての大地は我が魔族のもの。世界の全ては我が魔族のもの!
魔王「違うであろう。……お前が言っているのは
“俺のもの”でしか……ないではないか」
そのどこがいけないっ。それのどこが悪いっ。
実りは全て手を伸ばした者の獲物。
剣を、鋼を持ち。
奪ったものが全てを手に入れる。
それが太古から続くただ一つの掟。絶対の法則ではないかっ!
魔王「芸のないことを。……太古から続く?
新しい掟を作るだけの想像力……の……欠如をことさらに
自慢をするなっ。何のために脳が……ついているのだ」
そのような脆弱な魔力で如何にこの世を統べる?
どうあがこうがこの世は力。
魔王「力にも……色々種類……が……あるのだ」
81 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 17:15:05.98 ID:I7KnzzEP
結局は貴様とて雌ではないか。
我が力、比類無き魔力、無敵の肉体、鉄をも引き裂く
戦の力を求めてこのしとねに入ったのであろう?
良かろう、くれてやる。我にその心を明け渡せっ。
魔王「馬鹿も休み休み云え。……わたしは……売約済みだ」
ふはははは!
そうか、魔王。新しき魔王よ!
好いた男でも出来たのか。まさに女だな。
だがしかし、貴様が如何に愛そうと
その愛ごとに勇者は粉々に引き裂くぞ?
お前が魔王である限り、勇者がお前を討ちに来る!
それを避けるために、
お前は結局我が力を求めねばならんのだっ。
魔王「時代遅れの旧弊な老害め。
殺すの、殺されるの。それだけかっ。
その問題は……すでに解決しているわっ」
だがしかし、この闇にいる間、
主導権は我にある。
がはははは! 波に揺られる木の葉のような貴様が
いつまで己を保てるかなっ。がはははは!
魔王「ごふぅっ……ああ……これは……
流石に……げふっ、げふぅっ……」
82 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/10(木) 17:17:00.71 ID:I7KnzzEP
苦しかろう! 身を任せるが良い。
我が力、大地を砕く無類の能力を与えてやろうっ。
魔王「ふふっ」
何がおかしいっ。新参の魔王よっ。
魔王「あはは……げふっ。げふっ、ごふっんっ。
これじゃ、ゆうしゃに……見せられない……
嫌われて……しまうなぁ……」
魔王「可愛くない……し、色気も……
ないのに……。
せめて……清潔に……してないと……」
何を余裕ぶった態度を! 冥府の波動を受け入れるが良い!
魔王など、所詮は代々続く“器”にすぎぬのにっ。
魔王「……なら……“器”の残滓が……偉そうにほざくな
……ごふっ。げふんっ……内蔵が……よじれ……
はは。
知っておるか……?」
墜ちろっ! 墜ちろっ! 貴様に魂などないのだっ!
魔王「……ゆうしゃの、くろかみは
……もふもふ、なのだぞ?
ああ、あったかい。
いつまでも、触って……いたい……な……」
87 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 17:28:22.55 ID:I7KnzzEP
――冬の国、王宮前広場
ざわざわざわ、ざわざわざわ
執事「すごい人の数だな」
将官「ええ、付近の村からも人が詰めかけているようです」
執事「何も起きなければよいが……」
将官「警備を増やしましょう」
執事「そうしてくれ」
ざわざわざわ、ざわざわざわ
押すな、押すな。みろ、あの台の上か?
あれが王か? いやよく見ろ、俺たちの王はあんな
貧相じゃない。じゃぁ、使者とか云うやつか?
まさか本当に学士様が異端なのか? そんなことはないよな。
学士様に限ってそんなことがあるはずが……
あ! 見ろ! 王が、王がお出ましになったぞ!
冬寂王「……諸君、大儀である」
使者「王よ。約束どおり、捕縛したのだろうな?」
89 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/10(木) 17:29:41.38 ID:I7KnzzEP
冬寂王「引き渡そう」すっ
ザッザッザ
治安兵士「……こちらへどうぞ」
メイド姉「……」
学士様! あれは学士様だよ! 間違いないっ!
そうだ、俺の息子も、あの学士様に畑のことを教えて貰った。
だぁよ。うちの豚だって学士様に見て貰っただぁ。
病気の姉ちゃんを見て貰ったのに……。学士様行っちゃうの?
学士様が異端だって、そんな! 精霊様、お慈悲をっ!
使者「ふむふむ。うむ、間違いないな?
替え玉を使おうとしても無駄だ。こちらには学士の
顔を知っている人間だって用意しているのだからな。
だがこれは間違いなく本人のようだ」
冬寂王「ご異存無いか?」
使者「如何にも。召し捕らえよっ!」
審問僧兵「はっ!」 ビシィ!
審問僧兵「抵抗するなっ!」 ドスンッ
メイド姉「……くふっ」
93 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/10(木) 17:32:26.91 ID:I7KnzzEP
冬寂王「……っ」めらっ
使者「さて、冬寂王、女騎士殿。
教会はあなた方の協力を感謝しますよ。
このような異端の女と関係性が無かったことが判り、
これは両者にとって誠に重畳であると申せましょうな」
冬寂王「痛み入る」
女騎士「……ああ」
使者「ふっ。殊勝な態度ですな。それでよいのです。
南部諸王国にとって中央との関係をこじらせ
良いことなど一つもないのですからね。
我らは魔族の驚異の前に、強固かつ永続的に
手を組む必要があるのです。
そうでしょう、王よ?」
冬寂王「……っ」ぎりっ
女騎士「……」
使者「ふっ」 くるっ
使者「捕縛士、その異端者を打ち据えよ。
外套をはげっ! 手かせをはめて王都まで連行するぞ」
審問僧兵「はっ!」 ビシィ!
96 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/10(木) 17:35:04.28 ID:I7KnzzEP
執事(堪えてください、若。
すまぬ、罪も無き少女よ……。
このような責めをおわせた世よ、呪われてあれ……)
審問僧兵「這いつくばれっ。枷をっ!」
メイド姉「……」キッ
使者「これは反抗的な。まさに異端者の目。
何か申し開きでも?
精霊の教えに背く悪魔の使いが、ですが」
学士様……。学士様、嘘だよな? 異端だなんてそんな。
あんなに皮膚が裂けて、血が流れて……。精霊様……。
お姉ちゃんは何でぶたれてるの? わるいことしたの? もうそんな。おら見てらんねぇだ。
メイド姉「わたしは……。
わたしは、魂持つ者として皆さんに語らなければならない
ことがあります」
ざわざわざわ、ざわざわざわ
メイド姉「……わたしは。
わたしは、農奴の子として生まれました」
学士様が!? そ、そうなのかやっ!?
おらたちといっしょの農奴だって!?
99 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/10(木) 17:38:03.42 ID:I7KnzzEP
メイド姉「農奴の生活は苦しいものです……。
もちろん地域や地主、貴族などによって違うのでしょうが
少なくともわたしが過ごした幼少期のそれは苦しいものでした。
わたしは七人の兄弟姉妹の三番目として生まれました。
ある兄は農作業中、腕を折り、
そのまま衰弱して捨て置かれました。
ある姉は、ある晩地主に招かれ、帰りませんでした」
ざわざわざわ、ざわざわざわ
メイド姉「冬の良く晴れた朝、
一番下の弟は、とうとう目を覚ましませんでした。
疱瘡にかかった姉妹も居ます。わたしは何も出来ませんでした。
生き残ったのは、わたしと二つ下の妹くらいのものです……。
あるとき逃げ出したわたし達に転機が訪れ
それは運命の輝きを持っていましたが
わたしはずっと悩んでいました」
メイド姉「ずっと……」
ざわざわざわ、ざわざわざわ
メイド姉「運命は暖かく、わたしに優しくしてくれました。
あんなにも優しい言葉を聞いたのは初めてです。
――安心しろ、と。何とかしてやる、と」
103 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 17:42:06.78 ID:I7KnzzEP
メイド姉「しかし、みなさん。
貴族の皆さんっ。兵士の皆さんっ。
開拓民のみなさんっ。そして農奴の皆さんっ。
わたしはそれを拒否しなければなりません。
あんなに恩のある、優しくしてくれた手なのに。
優しくしてくれたのに。
優しくしてくれたからこそ。
拒まねばなりませんっ」
ざわざわざわ、ざわざわざわ
メイド姉「わたしは、“人間”だからですっ。
わたしにはまだ自信がありません。この身体の中には
卑しい農奴の血が流れているじゃないかと、
そうあざ笑うわたしも確かに胸の内にいます。
しかしだからこそ、だとしてもわたしは“人間”だと
云いきらねばなりません。なぜなら自らをそう呼ぶことが
“人間”である最初の条件だとわたしは思うからです」
メイド姉「夏の日差しに頬を照らされるとき
目をつぶってもその恵みが判るように、
胸の内側に暖かさを感じたことがありませんか?
たわいのない優しさに幸せを感じることはありませんか?
それは皆さんが、光の精霊の愛し子で、人間である証明です」
104 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 17:44:51.05 ID:I7KnzzEP
使者「い、異端めっ!」 ビシィッ!
メイド姉「異端かどうかなど、問題にもしていませんっ。
わたしは人間として、冬越し村の恵みを受けたものとして
仲間に話しかけているのですっ!!」 きっ
メイド姉「みなさんっ。
望むこと、願うこと、考えること、働き続けることを
止めては、いけませんっ。
精霊様は……精霊様はその奇跡を持って人間に生命を
あたえてくださり、その大地の恵みを持って財産を与えて
くださり、その魂のかけらを持ってわたし達に自由を
与えてくださいました」
自由――?
メイド姉「そうです。それはより善き行いをする自由。
より善き者になろうとする自由です。
精霊様は、まったき善として人間を作らずに、
毎日、ちょっとずつがんばるという
自由を与えてくださった。それが――喜びだから」
メイド姉「だから、楽だからと手放さないでくださいっ。
精霊様のくださった贈り物は、
たとえ王でも!
たとえ教会であっても!
犯すことのない神聖な一人一人の宝物なのですっ!」
108 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 17:47:57.60 ID:I7KnzzEP
使者「異端めっ! その口を閉じろっ」 ビシィッ!
メイド姉「閉じませんっ。
わたしは“人間”ですっ。
もうわたしはその宝物を捨てたりしないっ。
もう虫には戻りませんっ。たとえその宝を持つのが辛く、
苦しくても、あの冥い微睡みには戻りはしないっ。
光があるからっ。
優しくして貰ったからっ!」
使者「この異端の売女めに石を投げろ! 何をしているのだ。
民草たちよ、この者のに石を投げ、その口を閉じさせよっ!
石を投げない者は全て背教者だっ!!」
ざわざわざわ、ざわざわざわ
メイド姉「投げようと思うなら投げなさいっ。
この狭く冷たい世界の中で、家族を守り、自分を守るために
石を投げることが必要なこともあるでしょう。
わたしはそれを責めたりしないっ。
むしろ同じ人間として誇りに思うっ。
あなたが石を投げて救われる人がいるなら、
救われた方が良いのですっ。
その判断の自由もまた人間のもの。
その人の心が流す血と同じだけの血をわたしは流しますっ」きっ
冬寂王「……っ」ぎりっ
111 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 17:50:17.69 ID:I7KnzzEP
メイド姉「しかし、他人に言われたからっ
命令されたからと云う理由で石を投げるというのならばっ!
その人は虫ですっ。
己の意志を持たない、精霊様に与えられた大切な贈り物を
他人に譲り渡して、考えることを止めた虫ですっ。
それがどんなに安逸な道であっても、
宝物を譲り渡した者は虫になるのですっ。
わたしは虫を軽蔑しますっ。
わたしは虫にはならないっ。
わたしは“人間”だからっ」
こつん。
こつんっ!
ごつん、どつんっ! どんっ!
使者「止めよ! 石を投げるのはこの汚れた女にだっ!
能のない農民風情がっ! 貴様らも、貴様らも全て背教徒だ!!
何をしている冬寂王! この場にいる民衆全てを取り押さえよっ!
捕縛士っ! もはや異端は明白だっ。
その娘っ! 即刻首を切り落とせぇっ!」
あ、ああっ。学士様が。学士様の言葉がっ。
ざわざわざわ、ざわざわざわ
メイド姉(ごめんなさい。勇者様……。
勇者様が任せておけって云ってくださったのに……。
わたし、出来ませんでした。
メイド長様。一度も呼べなかったけれど……
先生って呼んでも、許してくれますか?)
117 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 17:58:47.27 ID:I7KnzzEP
ギィンッ!
冬寂王「それには及ばない」
女騎士「……」 びゅんっ! 「立てるか?」
メイド姉「あ……あ……」
使者「な、何をする気だ!? お前達っ」
冬寂王「わたしは、この国の王だっ!」
使者「っ!」
冬寂王「だがしかし、その前に一人の“人間”でもある。
わたしは中央に繋がれた犬の国の王子として過ごしてきて、
判っていたつもりであったが、いつの間にか心まで虫に
なっていたようだ。
……このような娘に教えられるとは。
己が不明を恥じるばかりだ。
そして我が国の民の心に
このような誇りが育っていようとはな」
冬寂王! 冬寂王! 冬寂王!
王様、王様だ! それに姫騎士将軍だぁ!!!
女騎士「わたしは光の精霊のしもべの一人として、使者殿。
そなたの立ち居振る舞いが恥ずかしい。
そして中央の教会の為したことも、だ。
精霊様は仰られた。“あなたは罪を治めなければならない”と。
罪を犯す自由もまた人間に与えた上で……」
119 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 18:01:25.04 ID:I7KnzzEP
使者「な、何を言い始めるのだ、貴公達!?」
冬寂王「我が冬の国は、紅の学士に正式なる保護を与える」
女騎士「湖畔修道会は、紅の学士を聖人として認める」
使者「っ!?」
うわぁぁぁ!!!
王様が、王様が学士様をお守りくださった!
やはり学士様は異端なんかじゃなかっただなや!
修道会の人が言ってくれだな! 聖人さまって!
そうだなや、学士様は。おら達の学士様は聖人さまだなや!
かえれ! かえれ! 使者は、国へ帰れっ!
こつんっ!
ごつん、どつんっ! どんっ!
女騎士「お引き取り願おう、使者殿」
冬寂王「これもまた、お前達の目論見のうちなのであろうが……
以降は別の形でお目にかかろう。今はお引き取りを」
使者「おっ! 覚えておれっ。この背教の国々めがっ!
精霊の子たる中央協会に背いて、地上に存在できると
思わぬ事だなっ!!」
166 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 21:10:25.46 ID:I7KnzzEP
――冬の王宮、広間、対策会議
勇者「あー。まったくねっ!」 だむんっ!!
メイド姉「すみません……」
勇者「俺はもー。あいつに言われまくってたから
丸く収めよう、丸く収めようとしてたのに、
こんなんだったら
上級炎熱地獄呪文でぱぁっと焼き馬鈴薯にでもだなぁ!?」
メイド妹「おなかへった」
将官「何かお持ちしましょうか?」
商人子弟「いいね。ポリッジでも」
メイド妹「ぽりっじー!? あれ美味しくない」
将官「では、クルミのパンなどあったはずですから」
冬寂王「面目ない」
女騎士「大丈夫だ、勇者。わたしがついているっ」
氷雪の女王「勇者殿、勇者殿。どうか気を静めて」
鉄腕王「がははは。起きちまったことは仕方なかろう!」
勇者「大体なんだ、お前ら! おまえら自分の国
どうこうしようって言う気があんのかこら!
しかも何で王族増えてるんだよっ!」
鉄腕王「いや、事態が事態じゃからして。
あの演説は聴いておったよ。呼ばれてたし」
氷雪の女王「あれは素晴らしいものでした。
是非国民にも伝えなければ」
171 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 21:16:17.31 ID:I7KnzzEP
勇者「だったら余計にどうにかしろよ、じゃなければ怒れよ!」
鉄腕王「とはいえ、事態はもはや異端が
どうという範囲でもないしのう」
氷雪の女王「ええ」ほぅー
勇者「へ?」
鉄腕王「あんなことを言い切られてはなぁ」
冬寂王「はい」
勇者「……?」
氷雪の女王「いえ、ちゃんと説明せねば。勇者殿は、その……。
人間界に帰られて日が浅いのでしょうしね。
つまり、おそらく中央はまだ異端という言いがかりを
つけてくるとは思うのです。もちろんそれはあくまで言いがかり。
中央の狙いは我らが結束を脅かし、弱体化することですが……」
冬寂王「つまり、問題の本質は
“我らが中央にたいして独立するか、否か”
と云う問題だったわけだ。」
勇者「そんなこたぁ、判ってますよ」
冬寂王「しかしメイド姉くんの演説で、風向きは変わってしまった。
中央にとっては今までどおりかもしれないが、
我らにとっては……つまり、南部諸王国にとっては
“独立を希望する民に、国がどう向き合うか”
と云う問題になってしまったのだ」
175 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 21:22:28.37 ID:I7KnzzEP
勇者「……」
メイド姉「す、す、すみません」
冬寂王「あの演説の衝撃はけして小さくなかった。
そして燎原の火のごとく勢いを強めて燃えさかるだろう」
将官「現に、近郊では農奴を奴隷扱いしていた地主への
反乱めいた騒動もいくつか起きているようですし」
女騎士「うむ」
鉄腕王「と、なればわしらとしてもな」
氷雪の女王「ええ」こくり
冬寂王「せめて民と共に歩みたい」
鉄腕王「なーんていっちゃって。
農民に串刺しにされるのが嫌なだけかもしれないがのっ!」
氷雪の女王「あらあら。我が国ではそんなことは
起きませんわ。おほほほほほ。ひっく」
勇者「って、あんたらぁ!? 飲んでるじゃないですかっ!」
冬寂王「いやぁ、そう言うこともあるようだな。あはは」
鉄腕王「ごっきゅ、ごっきゅ、ごっきゅ」
氷雪の女王「まぁまぁ、この程度南部諸王国では
気付け程度の意味合いですわ」 ぽわぁ
180 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 21:30:22.49 ID:I7KnzzEP
メイド妹「美味しい! 美味しいよ、このパン♪」
将官「美味いですよねぇ」ほくほく
商人子弟「暖かいところが良いねぇ」
メイド妹「どうやって、この甘さを出してるのかなぁ」
将官「干し葡萄だとか云ってましたよ」
勇者「じゃぁ、もうそのっ! そっちの事情はわかったとして!」
冬寂王「ふむふむ」
勇者「これからの方策とか、方針とか、作戦とかを
かんがえてるのかよ、ちゃんとっ!」
女騎士「勇者」きりっ
勇者「そこっ、一番。女騎士っ」
女騎士「わたしは考えることが苦手だ」 えへんっ
鉄腕王「あはははははは!!」
女騎士「勇者の純潔は、わたしがまもるっ!」きりっ
勇者「誰だこいつに飲ましたの、うわっ。酒くせぇ。
……ひーふーみー。4? 5杯かぁ!?」
女騎士「湖畔騎士流戦闘術と、愛剣・惨殺三昧は無敵だっ!」
185 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 21:37:41.59 ID:I7KnzzEP
氷雪の女王「では次はわたしですね」
勇者「よし、二番。氷雪の女王。胸はでかいが年増」
氷雪の女王「既婚者ですからね。
そそういう突っ込みを入れる殿方は埋めますよ?
さて、問題の対応策ですが、これはもう
農奴の開放政策しかないでしょうね……」
勇者「以外にまともな意見だ」
氷雪の女王「馬鈴薯のお陰で扶養人口は倍増していますから
今なら、さほど無理なく方向転換が出来るとも思えます」
鉄腕王「しかし、それは中央との戦争がなければであろう?」
勇者「その辺はどうするんだ?」
氷雪の女王「戦争は殿方のお気に入りですからお任せします。
ぐっぴ、ぐっぴ、ぐっぴ。あら、もう一杯お願いね」
将官「はぁ、もってまいります」
勇者「だ、だめだ。このおばさんも何も考えてない……」
189 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 21:41:41.42 ID:I7KnzzEP
鉄腕王「ふふん、では真打ちの登場と
行こうじゃないか。勇者殿っ。我こそは鉄の国6代、鉄腕王じゃ!」
ドーン!
勇者「あんまり気乗りしないけど、じゃ三番、鉄腕王」
鉄腕王「まずは我が三カ国連合軍で、北の平野に前線をひく。
我が領土の収穫量を減らさぬため、今度は出戦となろう。
余剰食料を元手に傭兵も雇い入れる。
なあに、まだ中央からの義援金は残っておる。
いいや、実を言えば先代王の頃から少しずつ蓄えておったよ」
勇者「おおお! 初めて堅実な言葉が聞けたっ!」
鉄腕王「そして、進軍してくる異端審問官および捕縛軍、
または中央国家連合軍を、北の平原で迎え撃つ。
過去の遠征軍の規模からして、5万を超えると云うことは
まずありえないだろう。これを初戦で撃破!」
勇者「ふむふむっ」
鉄腕王「そのまま北上、駐留軍を撃破! 城を攻略!
恭順の意を示す国家は次々と組み入れ、連戦連勝!
とどろく我が無敵鉄鋼からくり部隊っ!」
勇者「……」
鉄腕王「そのまま聖王都に肉薄し、昼夜を分かたぬ
波状攻撃にて、王都陥落っ! 後顧の憂い無し。
物語は大団円を迎えるのじゃー! がははははは」
勇者「はい消えたー」
192 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 21:49:21.56 ID:I7KnzzEP
勇者「……もうね、なんかね」
メイド姉「すいません、勇者様」
冬寂王「ふぅむ。これは政策の根本から見直す必要があるな」
勇者「何か良い考えでもあるのか? 王様」
冬寂王「正直、無い」
勇者「がくっ」
冬寂王「だが、整理をしてみれば……、何か思いつくかもしれん」
勇者「あーもう。おい、誰かー?
何か思いついたやつは居ないのかよ」
将官「あのー」
勇者「おお、君は?」
将官「将官は名も無き軍人であります、勇者殿!」したっ
勇者「いや、素面というだけで君は有用な人材だ」
将官「将官もなにも思いつきはしませんが、
いくつか気にかかることを。
いや、気が付いたこと、とでも云いますか」
勇者「ふむ」
194 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 21:56:17.97 ID:I7KnzzEP
将官「まず、おそらく、中央はすぐには
軍を発しないと思われます」
商人子弟「それはそうでしょうね」
勇者「根拠は?」
商人子息「まず、第一に中央の意図は、南部諸王国を屈服
させることであって滅ぼすことではないということです。
南部諸王国が滅びたあと、魔族の侵攻があった場合
結局は自分達の身を守る盾が無いことに気がつくでしょう?
ですから、このあと、さらに圧力を強める何らかの
手を打ってくるのではないでしょうか?」
将官「それに、中央の持っている軍事力の殆どは
貴族の元に分散されています。
ですから集合や準備に時間もかかりますし
もし軍を発するのならば、その報酬も問題になります。
この場合、報酬は……考えたくはありませんが
わが南部諸王国を解体して、
貴族に分け与えることになるでしょう。
ですから、軍を発するとなれば、南部諸王国を
消滅させるつもりです。その準備には時間がかかる」
勇者「ふむふむ。どれくらい猶予があるんだ?」
冬寂王「いまは冬だからな。短くても春まで。
普通に考えれば、半年以上はかかるだろう」
200 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 22:05:40.90 ID:I7KnzzEP
勇者「半年かぁ……」
冬寂王「だが……いや……。そのような……ある、とすれば」
将官「……?」
勇者「どうしたんだ、王様?」
冬寂王「いや、なに。ちょっとした、懸念をな。
無いとは思う。ありえないとは、思うのだが……」
氷雪の女王「なんですか、若き王よ。じらしてはいけませんよ」
鉄腕王「がっはっはっは。なんでも忌憚なく言うが良い!」
冬寂王「聖王都が、魔族と……すくなくとも、魔族の一部と
手を握るなどということがあるだろうか?」
ぞくっ
冬寂王「いや、ただの思い付きだが。あははは。
まぁ、そうなれば、魔族の再侵攻についてもある程度は
安心が得られようしな。我らが南部諸王国に対する圧力も
ずっと自由度が上がるのではないか。
たとえば、魔族の侵攻にあわせて、再び異端告発を行い
動揺と経済的疲弊を狙う、といったような……。
いや、空想的なことを云ってしまった」
205 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 22:12:29.51 ID:I7KnzzEP
勇者「まぁ、そいつについては、俺が偵察して事情を
探ってくるしかないとして……」
女騎士「なぬ!? お出かけか? お出かけなら
お供するぞ勇者っ。地の果てまでも惨状、いや参上だっ」
勇者「えい、沈んでやがれ」スコンッ
女騎士「くふっ」 どでん!
勇者(えーっと、何から手をつけりゃ良いんだ……。
どれがどうなってんだよ、もう……っ)
勇者(こんなとき、あいつならどうする?
あいつならどう考える? 表面を考えちゃダメだ。
構造と、利害関係を……。
わ、わからーんっ!?)
メイド妹「でねー! じゃーん! これがパイですー!」
将官「おお! これはなんとも雅な……」
勇者(そもそも、何で戦ってるんだ。俺達は。
領土争い……なのか? 豊かになるための。
豊かってなんだっけ……?)
――……つまり、富をため込むってのは『お金持ち』にはなれても
『豊か』にはなれないんだ。
お金を渡して、使ってもらう。物もお金も流れが
よどみなく太いことが豊かなんだよ。
208 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 22:21:57.10 ID:I7KnzzEP
勇者(つまり、それは、その。
関係があるってことだよな。
物を売ったり、買ったりして流れて……
それが豊かってことだろう?
じゃぁ、俺達の世界は豊かになってないんじゃないか?
だって閉じてるんだから。
……教会がやってること、聖王都がやってること。
それはなんなんだ? 世界を限定して、狭くして……
その意図はどこにあるんだ?)
鉄腕王「黄金色で綺麗じゃのう!」
氷雪の女王「これはなんじゃ? ウズラのタマゴと肉なのか?」
勇者(つまりそれは……
教会がなりたいのは『お金持ち』なのか?
それは“富の独占”。いや、富ばかりじゃない。
知識も、人気も、権力も……“独占”するってことなのか?)
商人子息「おもしろいですね、さくりとした感触が」
メイド妹「そうだよー! 洋ナシのもあるよー♪」
勇者(閉じられた環境下で、他者から吸い上げることによって
階層構造を作り出し、それを永続化させることか?
そうなのか……。魔王が“違う”といったのはそういうことか)
メイド姉「勇者……さま?」
――精霊様は…… 精霊様はその奇跡を持って人間に生命をあたえてくださり、
その大地の恵みを持って財産を与えてくださり、
その魂のかけらを持ってわたし達に自由を与えてくださいました。
212 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 22:25:49.48 ID:I7KnzzEP
勇者(“独占”……“生命”……“財産”
そして“自由”……。独占とは、一者が全てを占めること。
冬寂王「ほほう、甘い味のもあるのか。うむ、美味い!」
将官「これは絶品でありますね」
鉄腕王「酒にも合うぞ、もっと塩辛くてもいけるのぅ」
氷雪の女王「軽やかで宮廷料理に比べても引けをとりませぬね」
勇者(一者とは……中心。集中する点。積み上げた石組みの、頂点)
商人子息「これは新商品になりますよ!」
メイド妹「えへへ〜そうかなぁ?」
冬寂王「おお、王直筆の勅書をあたえよう!」
将官「御用達というヤツですね王様っ」
鉄腕王「おお、わしのもやるぞ」
氷雪の女王「氷の国でも是非流行させてください」
勇者「じゃかしいわっ! お前ら王族かよっ!!」
メイド姉「す、す、すみません。勇者様っ」
鉄腕王「がははは! 勇者殿も、そう泣き笑いしても
しかたあるまい。勇者殿はどっちを食べる?」
勇者「どっち?」
メイド妹「ウズラのパイと、洋ナシのパイだよ♪」
219 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 22:33:09.65 ID:I7KnzzEP
メイド妹「はい♪ どっちにする?」
勇者「――」
将官「勇者殿?」
冬寂王「しっ」
勇者「――」
メイド姉「……ゆうしゃ、さま?」
勇者「公布を出そう」
商人子弟「公布? 新しい税ですか? 法律ですか?」
勇者「南部諸王国三カ国は、湖畔修道会を、
国家宗教として認めると。正当なる光の精霊信仰だと」
将官「へ?」
勇者「そうだよなっ! 別に1つしかないなんて決まりは無いし!
二つあっても良いじゃんな! 選べた方が幸せじゃん!
そうしよう! そうしようぜ。おい、起きろ、女騎士」ぐらぐら
女騎士「う、うぅうーん」
勇者「で、印刷機でどんどん刷らせよう! ほら、例のさ!
メイド姉の演説? あれを表紙にして、湖畔修道会の教えをさ。
農業技術だって載せちまおうぜ! なぁ、いいじゃないか。
教科書の代わりにもなる。なんだったら種芋の引換券を
つけちゃうってどうだ!?」
氷雪の女王「それにどういう意味があるのだ?」
勇者「頂点を二つにするのさっ。広報戦争だっ」
231 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 22:53:01.12 ID:I7KnzzEP
――湾岸都市、商業区、大きな商業会館執務室
青年商人「は?」
辣腕会計「えっと、ですから……。もう1つの教会である、と」
青年商人「……湖畔修道会が?」
辣腕会計「ええ、少なくとも南部三カ国通商同盟はそう公布しました」
青年商人「……」
辣腕会計「どう、されました?」
青年商人「ふふふふっ」
辣腕会計「?」
青年商人「ふははははははっ! そうですか!
そんな手を打ちましたかっ!
誰ですかね、これは。
あの人かな。いや、違う気がしますね。
あの人はああ見えて保険を忘れない人ですから。
私にも言質はくれませんでしたしね。
このやぶれかぶりっぷりは、勇者ですかねっ。
あはははっ!」
辣腕会計「委員……」
青年商人「そうですか、もう1つの教会。あははっ。
これはすごい、傑作ですね! 聖光教会の偉いがたは
赤、青を通り越してどす黒くなっているのではありませんか?」
辣腕会計「それはもう。すさまじい怒声だそうです」
236 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 22:59:20.48 ID:I7KnzzEP
青年商人「あははは。素晴らしいっ!
見世物だとしたところで、金貨千枚の価値がある!
あの老人達も冷水を浴びせかけられたような気分でしょうよ」
辣腕会計「それはそうですよ。まったく!
自分達が異端指定した人物を、聖人に祭り上げた挙句に
真っ向から対立されたんですよ?」
青年商人「情勢は?」
辣腕会計「それは、中央聖光協会が圧倒的な人数と支持ですよ。
当たり前ですがね。ただ、気になることも……」
青年商人「気になること?」
辣腕会計「こんなものが配られているんです」
青年商人「紙ですか? まだ高価でしょうに」
辣腕会計「いえ、それが、どうやら氷の国に工場なるものが
あるらしく……」
青年商人「工場?」
辣腕会計「工房に似たもののようです。
沢山紙を作っているのだとか。さらにそれを鉄の国で
印刷なる方法で、文字を記しているようで」
青年商人「ふぅむ。なるほど、これは……
ハンコのようなもののようですね」
辣腕会計「ええ、読めば判りますが、どうもこれは……」
青年商人「……」こくり
辣腕会計「ええ、そうです。
農奴の権利開放を意図しているようなんです。
ですから、南部に近い王国では、この半月で
ずいぶんな数の農奴が三カ国通商同盟に流入しているらしく」
240 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 23:05:31.15 ID:I7KnzzEP
青年商人「ほほう」にやっ
辣腕会計「驚きませんね」
青年商人「彼らなら、それくらいはするでしょう」
辣腕会計「そうですか」
青年商人「『同盟』内部の状況はどうです?」
辣腕会計「教皇派は3人のようです。三カ国派は2名。
残りは中立です。資産状況はこちらにまとめました」
ペラッ
青年商人「まだ機は熟していませんが……。
こちらも動き出すべきのようですね。小麦の価格は?」
辣腕会計「先週より2ポイントあがっています。上昇基調ですね。
冬ですし、このところ中央大陸の景気は低調ですから
しかたありません。今年も餓死者が出そうです」
青年商人「買いです」
辣腕会計「買い、ですか? 『同盟』の抑えている小麦を
放出すれば、かなりの利ざやが期待できますが?」
青年商人「……まぁ、そういう意見が多いでしょうから
“まだ値上がりしそうなので買い”と。しておきましょう」
243 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 23:12:32.27 ID:I7KnzzEP
辣腕会計「は、はぁ」
青年商人「小麦の買い指定は、とりあえず6ポイント上乗せまで
『同盟』全て、それに取引のある商人に回してください」
辣腕会計「了解」 さらさら
青年商人「それから、これは『同盟』内部の担当部署に
向けての発注です。鉄鉱石、木炭、銀。全て買いで」
辣腕会計「ポイントは?」
青年商人「不自然にならない範囲で、部署に任せます」
辣腕会計「はっ」 さらさら
青年商人「来週には100ポイント、来月一杯で250ポイントまで
小麦を買い付けますよ」
辣腕会計「っ!?」
青年商人「どうしました?」
辣腕会計「3倍以上の値段ですよ!? それは常識外れですっ!
そんな買いなど、聞いたことがありません。
だいたいそれだけの資本金をどうやって調達するんですか!?」
青年商人「調査して貰った資本で十分にまかなえますよ」
辣腕会計「それにしたって常軌を逸しているっ」
青年商人「あはははっ。そう見えるだけです。
わたし達は、買い付けなんかをしている訳じゃないんですよ?」
辣腕会計「何をしていると云うんですかっ?」
青年商人「王国の金貨を、売っているんです」にこっ
343 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/11(金) 15:53:53.03 ID:sQx9tPoP
――冬の王宮、広間、対策会議
将官「国境街道で見る限り、昨日は12人ですね」
勇者「うーん。思ったようもペースが鈍いな」
冬寂王「ふむ」
メイド姉「やはり、自由という考えは
受け入れられないのでしょうか……」
勇者「まぁ、難しいってのはあるだろうな」
冬寂王「言葉のない者に言葉を教えるようなものだからなぁ」
氷雪の女王「でしょうね……」
女騎士「いっそ、こう。どかんと人さらいをだな」
勇者「お前、本当に聖職者か?」
冬寂王「だが、あまりペースが遅いと冬が終わってしまうだろう」
勇者「そうだな、少なくとも冬の間にある程度の数を
取り込まないと、結局は既存路線の強さが出てしまうだろうし。
時間を掛けると、あっちの教会は信者も聖職者も
わんさといるんだ。押し負ける。
うーん……
文字を読む、ってのが意外とハードルが高いのかもなぁ」
女騎士「説法士を派遣はしているのだが、
湖畔修道会全体で50人も居ないのだ。
とても大陸はカバーできない」
勇者「ふむ……」
氷雪の女王「説法士ですか。――説法ではなくとも
良いのではないですか?」
女騎士「ん? 当てがあるのか?」
346 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 15:56:27.27 ID:sQx9tPoP
氷雪の女王「詩人はどうですか?
我が国は吟遊詩人のふるさとです。
幸い今は冬ですから、旅回りの吟遊詩人達も王都に
集まっているでしょう。
彼らに報償を出して、諸国で歌って貰うのですよ。
内容は、新しい修道会の教えで良いでしょう?
そして、三カ国の行いも歌って貰う。
歌は強いですよ? 農民でも節回しさえあれば
かなり難しい言葉を覚えてくれるものです。
覚えてくれれば、吟遊詩人が立ち去ったあとでも
歌の響きが続くでしょう」
女騎士「それは良い考えだな!」
勇者「どれくらいの人数が居るんだ?」
氷雪の女王「そうですね。腕の如何を問わなければ
500人近くは居るかと思います」
冬寂王「よし、早速依頼しよう。
旅の支度金はこちらで用意してもかまわぬぞ」
氷雪の女王「そうですね。……いっそ、吟遊詩人には、
この国当ての紹介状を書かせ、沢山の開拓民を
送り込んでくれた吟遊詩人には開拓民ひとりにつき、
金貨1枚の褒賞を与えるという事にしたらどうでしょう」
勇者「ああ、それがいいな! えっと、なんだっけ。
学士がいうところの、いんせんちぶだ」
冬寂王「いんせんちぶ?」
勇者「やる気があるやつに金を出す、みたいな意味だよ」
348 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 15:57:34.68 ID:sQx9tPoP
メイド姉「あのぅ」
冬寂王「ん、どうしたのだ?」
メイド姉「今回の目的は、戦争じゃないんですよね?」
冬寂王「ああ、そうだ。出来れば戦争は避けたいと思っている」
氷雪の女王「そうですわね。
魔族の襲撃が何時あるか判らないこの状況では
争うのは愚かという他ないですわ」
メイド姉「では、教会とは喧嘩をするべきではないと思うんです」
勇者「……ふむ」
女騎士「どういうことだ?」
メイド姉「たぶん、教会のひとたちは、修道会の説法士さんや
吟遊詩人さんをあしざまに罵倒すると思うんです。
嘘つきだとか、悪魔の使いだとか……背教者だとか」
勇者「するだろうな」
女騎士「馬鹿の一つ覚えというやつだ」
メイド姉「ですけれど、そこで喧嘩を買ってしまったら
戦いになってしまいます。
人間同士で戦いはしたくないですよね」
冬寂王「そうだな」
メイド姉「ですから、説法士さんや吟遊詩人さん、
それをいうならばこれから印刷する紙にも、
教会を非難するような内容は盛り込むべきでは
ないと思うんです」
349 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 16:00:24.41 ID:sQx9tPoP
女騎士「とはいえ、あいつらの根性が曲がっているのは
確かなことだぞ。やられっぱなしではないか」
メイド姉「そうかもしれませんけれど、
大部分の信仰者の人は、本当に光の精霊様を信じているだけの
普通の人々なんですよ? そういう人まで争いに巻き込んでも
益はないはずです」
勇者「そうだな……」
女騎士「では、無視か? こう、つーんとな。
馬鹿は相手にしないっ。と」
メイド姉「それもあまり適当ではないと思うんです。
むしろ、褒めて良いと思うんですよ。
光の精霊様は尊い存在です。
正直、勤勉、平和。
そう言った点では同意が出来ると思うんです。
ですから、中央の聖教会も否定せず、その信仰を
守っている人も尊重すべきです」
氷雪の女王「それでは開拓民達を勧誘できないではないか」
メイド姉「それは手法の差で表現するんです。
南方の荒れ地は未だ開拓されていない。
そこには苦労もあるけれど、チャンスもある、と。
のうちを手に入れる機会は、精霊様がくれたものです、と。
南部の諸王国は、新しい開拓民を求めていて、
そこには農奴制度はなくて、誰でも頑張って働きさえすれば
飢えないだけの実りが取れる。租税もかなり安いぞ、って」
冬寂王「……夢見がちな理想論を唱えるかと思えば
嫌になるほど冷静な現実を武器として持ち出すな」
勇者「あいつの教え子はみんなそうなるんだよなぁ」
356 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 16:36:56.25 ID:sQx9tPoP
――湾岸都市、商業区、大きな商業会館執務室
辣腕会計「委員、小麦の価格が多くの都市で
+6ポイントまで上昇しました」
青年商人「市場動向はどのような印象ですか?」
辣腕会計「貴族や商人はむしろ好感触のようですね。
手持ちの小麦に余裕あるからでしょうか、
換金する動きも見て取れます。
農場主は警戒感を強めています。
彼らにとっては冬の間の食料ですからね。
しかし、金額によっては手放すものも少なくありません」
青年商人「そうですか」
辣腕会計「今のところ相場の上昇は例年とそう変わりなく
ある意味織り込み済みですから激しい反応は出ていませんが」
青年商人「了解です。――次の手を打っておきましょう。
“生産物買い取り証書”の発行、ですね」
辣腕会計「聞き慣れない言葉です。なんですか?」
青年商人「今でっち上げましたからね。まぁ、聞いてください」
359 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 16:41:25.91 ID:sQx9tPoP
辣腕会計「黒板に板書してみます」カッカッ
青年商人「現在は冬です。冬小麦は秋に籾を蒔き、冬を越えて
初夏の収穫と云うことになりますね。
現在畑に籾はあるけれど、収穫はまだまだ……そうですね、
6ヶ月は先でしょう。
この先、畑にはどんなトラブルがあるか判らないが、順調に
行けば半年後には収穫が望める」
辣腕会計「ふむふむ。まぁ、常識ですね」
青年商人「しかし、何らかのトラブルの発生で小麦の生産が
減ってしまうと、地主や領主の収入は激減してしまう。
またはそうでなかった場合でも、天候に恵まれて大豊作に
なってしまっえば小麦の相場が安くなってしまう」
辣腕会計「ふむ」 カッカッカッ
青年商人「そこで、“小麦引き渡し証書”の出番です。
つまり、“できあがった小麦を買い取る約束”です」
辣腕会計「それは、代金を先払いするという意味ですか?」
青年商人「そうです」
辣腕会計「地主や領主は手元にない麦でも売れるわけですね」
青年商人「そうなりますね。しかし、引き渡し時期……
年明けの初夏には、契約した量の小麦は必ずそろえて貰う」
362 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 16:47:34.92 ID:sQx9tPoP
辣腕会計「つまり豊作であれば、領主達は、
“小麦の販売時と引き渡し時の差益”を得ることが出来る」
青年商人「引き渡し時に凶作などの理由で相場が上昇していれば
わたし達は“相場より安い金額で小麦を手にする”ことが出来る」
辣腕会計「相場が上昇する読みはあるのですか?」 カリカリ
青年商人「中央聖王都と教会が異端告発を意図している以上
戦争が開始される可能性は高いでしょうね。
それに――仮に戦争が回避されても問題はないでしょう」
辣腕会計「なぜです?」
青年商人「戦争がなければ、その人口は減らない。
今まで足りなかったのは、資本と輸送力。
それから市場間の“膜”ですよ。
食べる口さえあれば、人為的な小麦の枯渇を作れる、
小麦相場が下がることはあり得ない」
辣腕会計「……」ごくっ
青年商人「もし仮に、大陸の小麦生産量がわたしの予想より
倍も大きければ『同盟』は破産するかもしれませんけどね」
辣腕会計「……なるほど。
人為的な相場形成の一つの手段にすると。
となると、この“小麦引き渡し証書”は
最終的には、貴族を縛る鎖となりますね」
青年商人「それも一つの過程。あり得る選択肢ですね」
364 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 16:49:48.13 ID:sQx9tPoP
辣腕会計「意図がよく判りませんね」
青年商人「領主や地主の判断を重くするんですよ。
来年の小麦相場のことを考えさせるのです。
“小麦引き渡し証書”がこちらの手にある限り
それは云ってみれば、多量の小麦を借りているに等しい状況。
自領内の畑を損なうような動きは取れない。
また、初夏の収穫から、あらかじめ引き渡す分は
除外して考えなければならない」
辣腕会計「そうなりますね……」
青年商人「小麦の流通のイニシアチブを押さえるのが
目下の目的です。そこが第1段階のステップ。
初夏になっても小麦を自由に出来る量が少ない。
手元にはさほど残らない。
しかも小麦は高騰を続けていたら……。
なにも本当に高騰している必要はない。
“そうであったら困る”。
そう思って貰うだけで、その不安は利益になります。
証書を発行して、王国の金貨を渡しましょう。
なに、安い投資ですよ」 にこにこ
辣腕会計「……」ぞくっ
青年商人「中央貴族の皆さんには、
今しばらく長い冬を味わって貰おうじゃないですか。
楽しい舞踏会の始まりです。
この円舞曲。――買い、売り、交換する。
その響きが大陸を満たすまで」
368 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 17:23:08.38 ID:sQx9tPoP
――開門都市、自治議会、執務室
コンコンッ
東の砦将「開いてるぞー。どうぞー」
火竜公女「ごきげんいかがかや、砦将?」
東の砦将「可もなく不可もなく。
天気は良いが仕事は山積み。
やってもやっても終わらんな」
火竜公女「やってもやっても終わらないのであれば、
やらなくても良いのではないかや?」
東の砦将「おお! 尻尾のお嬢はいいこというなぁ!!」
副将「全然良くありませんっ!」 だむんっ
魔族豪商「ははは。相変わらずだのぅ」
火竜公女「これはこれは! 八鎧のお爺さまっ」
東の砦将「通商の用件で尋ねてきてくださったんだ」
火竜公女「それはお邪魔をしましたかや?
妾は席を外す故、お話などゆるりと」
魔族豪商「かまわんよ。話は簡単なもので、
ものの数分で片がついてしまったわ。
じつに剛胆な御仁じゃな」
369 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 17:25:17.44 ID:sQx9tPoP
東の砦将「いやいや。自治都市とは名ばかりの
張りぼて所帯ですからね。
商売に来てくれるってんならこんなにありがたい
事はないってやつですよ」
副将「ええ、本当に。ああ、公女様、加糊茶をどうぞ」
魔族豪商「はっはっは。こんな具合で、細かい書類も調べも
袖の下もな。何にもなかったんじゃよ」
火竜公女「それはもう。
この開門都市は自治委員会で運営されていますゆえ。
執行役とはいえ、賄賂なんてもらったら一発で首を
撥ねられてしまうのです。
――お爺さま? この都市には何を商いにいらっ
しゃったのですか?」
魔族豪商「なぁに、細々とした日常品じゃよ。
塩、鉄、馬鈴薯に、玉蜀黍。可可樹。綿花。
それに砂金を少々」
火竜公女「そんなことを云って、お爺さまの商会は
いつでも大商いをなさるではありませぬか」
東の砦将「豪商どのは馬鈴薯を入れてくださることに
なってな。塩を求めているらしいんだが……」
副将「いやはや」
魔族豪商「以前は極光島から潤沢な塩が送られてきた
ものだがな。いや、あれは痛かった」
火竜公女「そうでありました……」
371 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 17:27:48.78 ID:sQx9tPoP
魔族豪商「いやいや、人間である砦将殿が居る前で、
詮方ないことを云ってしまった。老人の繰り言と
思って許されよ」
火竜公女「……」ちらり
東の砦将「いやいや。お気遣いなどなさらずに。
開き直るわけではありませんが、我らも沢山の
魔族の方を手に掛けた。我が部下も沢山散っていった。
争いもこの世の習いの一つですから……。
今は明日を生きることが出来ることを感謝したいと。
――そう思います」
魔族豪商「若いのに、肝が据わっておるの」
東の砦将「塩は何とかしてみましょう」
魔族豪商「ではよろしく頼みましたぞ。
いや、茶を馳走になりましたな」
東の砦将「副将、お送りして差し上げてくれ」
副将「はっ!」
ザッザッザッ。ガチャン
東の砦将「存在感のある爺さんだな」
火竜公女「それは、お爺さまは魔族でも重鎮ですゆえ。
ああ見えて、昔は相当強面だったとの話」
372 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 17:30:50.81 ID:sQx9tPoP
東の砦将「さぁて、話がある」
火竜公女「妾もですわ」
東の砦将「先にそちらを聞きましょう」
火竜公女「気になることがありまして。
……砦将どのは蒼魔族をご存じかや?」
東の砦将「蒼魔族ですか? 戦ったことはあるが、
あんまり詳しくはないな。そもそも、あのころは
魔族の見分けもついちゃ居なかった」
火竜公女「蒼魔族とは蒼い肌をもつ魔神の末裔たる魔族。
魔界四氏族の一つにして、勢力も強い一族なのです。
中には小型の者から大型の者まで、様々な亜種族を
含みますが、総じて魔力、戦闘能力に秀でております」
東の砦将「ふむ……」
火竜公女「我ら竜族、妖精族などとはあまり交わろうとは
しませぬね。我らもまた他族と交わる気風を持ちませぬが。
――蒼魔族は歴代のうち4名の魔王を輩出した、大氏族と
いえるでしょう。そして、人間界を欲する氏族でもあり
まする」
東の砦将「どうもきな臭い氏族だな」
火竜公女「その蒼魔族を最近、この都市で見かけると……」
東の砦将「……」
374 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 17:32:10.76 ID:sQx9tPoP
火竜公女「妾も直接確認したわけではないが、
そのような話が出ております。
開門都市はいまや人間族と魔族が混交した珍しき地。
もちろん蒼魔族が住まって悪いわけではないのです。が」
東の砦将「気になる、と」
火竜公女 こくり
東の砦将「判った、配下を出そう。
いや、魔族の方に頼んだ方が目立たないかな?
とにかく、手を打ってみますよ。お任せあれ」
火竜公女「感謝いたします。……して、そちらの用件は?」
東の砦将「あー。んー。さっきのな」
火竜公女「?」
東の砦将「豪商どのの求めているのは塩なんだ」
火竜公女「はい、そのようで」
東の砦将「でも、この都市にも今そこまでの塩の備蓄はない」
火竜公女「はぁ……」
東の砦将「調達してきてくれないか?」
火竜公女「それはそれで無体な要求。塩の需要はどこでも
高く、随分高価です。我が一族の領内にも塩山はひとつ
しかないのですよ?」
東の砦将「いや、まぁ……。行く場所はあるんだ」
火竜公女「?」
東の砦将「人間界だよ」
386 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 18:00:02.88 ID:sQx9tPoP
――思い出の庭、魔王の回想
魔王「……ん。……うぬぬ! うわぁっ!?」
きょろきょろ
魔王「もうこんな時間か。……おわっ。な、なんだ。
背中が痛いぞ。と云うか、全身が痛む……。
な、なぜだ」
メイド長「“こんな時間か”、が二日ぶりだからですよ」
魔王「おわっ」
メイド長「いい加減にしないと身体をこわしますよ」
魔王「うーん。しかし、面白いのだ、止められん」
メイド長「気持ちはわかりますが」
魔王「そちらはどうなんだ?」
メイド長「わたしの専門は実技を伴いますからね。
身体を動かして技術を身につける以上、
そこまで本や資料を読みあさって、
筋が硬くなるなんて事はないんですよ」
魔王「そういえばそうか」
メイド長「お茶でも入れましょうか?」
魔王「なにも気を遣わなくても良いのに」
メイド長「あなたには恩がありますからね」
魔王「あれは行きがかり上だ」
387 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 18:01:10.10 ID:sQx9tPoP
メイド長「だとしても奴隷だったわたしには救いでした」
魔王「……」
メイド長「いえ、別にそれだけが理由ではありません。
そんなことより目下重要なことがあるんです」
魔王「なんだ? 新しい研究か?」
メイド長「ええ、お茶を出すときの新しい作法です」
魔王「何だ、作法に新しいだの古いだの、いらないだろうに」
メイド長「必要なものだけがある世界なんて
味気ないじゃありませんか。これも彩りです。
そもそも“メイド道”は彩り重視なんですよ」
魔王「お茶がもらえるならありがたくもらうけど」
メイド長「承知しました、お嬢様」
魔王「お嬢様ぁ?」
メイド長「演出の一環ですよ。しばらくお付き合いください」
とっとっとっ
魔王「しかし、我が一族は奇人変人ばかりだが……
というか奇人変人が我が一族になるわけだが、
あそこまでの変わり者もなかなかいないなぁ。
部屋が片づいて良いけど」
魔王「……」
388 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 18:03:26.08 ID:sQx9tPoP
魔王「――ファンダメンタルズ、最適化、パレート
――債権、内需、所得、産業、成長率、空洞化」
魔王「興味は尽きないな。これはおそらく、価値観か」
魔王「名前、が本体なのだろうな。
概念に名前――名詞をつけることによって、
新しい価値観が発見/創造される。
この場合発見と創造は同じ行為で、その瞬間に世界が
拡張される。
新しい視座を得て、今までの全ての事象は再評価されるわけだ。
つまり、視座の数は、世界に対する係数。
視座を多く持つほどに多くの世界を見ることが叶う。
それが知識の、学習の意味。
我が一族の、存在意義。
我らは概念に名前をつける。
新しい概念で世界を拡張する。
概念と概念は時に出会い、融合して、生み出した我々にも
思いつかなかったような変化を遂げることがある。
それは、我らが手にする実り。
世界の、果実。
理論面においてはl=n(n−1)/2を取るのかな。
素晴らしいな。……知ることは素晴らしい。
けれど、それ以上にこの世界は素晴らしいな。
この世界には、この世界を加速度的に拡張する存在が
沢山いるんだ。
それは魔族だけじゃなくて……」
389 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 18:05:54.96 ID:sQx9tPoP
魔王「……“魂持つ者”」
魔王「そう呼べたら素敵だな。
あの向こうには、どれほど豊かな世界が広がっているんだろう?
二つの世界が出会ったら、どれだけの組み合わせ爆発が
起こるんだろう? 概念と概念が融合し、どんなに
素晴らしい世界を見せてくれるんだろう?」
魔王「人間、世界か……。
ただの魔物の一匹であるわたしには、触れ得ないだろうけれど。
城ってどんなものなんだろうな。
村って云うのは、魔族のそれといっしょなのかな。
なかなかにもどかしいな。
映像資料がもうちょっと充実してればよいのだろうが……」
魔王「我らも、物も、貨幣も流れる。
決して留まりたるを知らない。
時も流れる。
でも、現われたものは、けして消えない。
消えたかに見えて、必ずや残る。
この瀬良の図書館のように。
いくつも、いくつも、数千数億の世界の記録が
歌っているのが聞こえる。
何でみんなには聞こえないのかな?」
魔王「こんなにも見つけて欲しいと
誇らしげに、高らかに、歌っているのに。
わたしの想いも、
やはり誰にも……届かないのかな」
392 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 18:07:46.47 ID:sQx9tPoP
メイド長「お嬢様、お茶が入りました」
魔王「ん? 何だ、そんなところに立って」
メイド長「……新しい作法でして」
魔王「ふむ」
メイド長「きゃー」
魔王「きゃー?」
メイド長「あー、ちょっと、ちょっと。わわわ、きゃふうん」
魔王「何を言っているんだ?」
メイド長「ここで素早くカップを投げつける」
魔王「へ?」
ばしゃぁ!
魔王「熱っ! 熱っ! 熱いではないかっ!!」
メイド長「だ、だいじょうぶですかぁ。きゃふーん」
魔王「なんで雑巾っ、こっ、こらぁ!!」
メイド長「新しい作法でございます」すちゃ
魔王「……」
メイド長「まったく知識は素晴らしい。
研鑽に果てはございません」きらきらっ
魔王「どんな資料を参照しているのだっ!」
402 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 19:14:02.57 ID:sQx9tPoP
――霧の国、地方都市の街角で
吟遊詩人「〜♪
いざ生き者の学をまなばん!
まずあぐるは、自由の民よ、四族の名前。
はじめに生(あ)れし草の民らよ。
次は、水辺を治めし、湖の民。
三が荒れ地の砂の民。真に剛毅闊達なる。
四が南の、荒れ地に住まいし風、開拓の民にして興武なり。
黄金なる小麦の乗り手よ、何処(いずこ)へゆくか。
吹き鳴られたる角笛、今どこに。
土に触れたるたくましい指、紅く燃えたる炉辺の火よ。
春は何処? 春は何処?
実りの時よ、丈高く、頭を垂れる黄金の麦。
土に埋もれる馬鈴薯の丘、山なす実りをいざ求め。
南へ、南へ。実りをもとめ。
南へ、南へ。いざ旅立たん
〜♪」
403 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 19:16:13.76 ID:sQx9tPoP
――冬の王宮、広間、対策会議
ガチャリ
勇者「案配はどうだ〜?」
冬寂王「やはり文字の読み書きが一つの障害になっていたようだ。
吟遊詩人の効果が徐々に出てきて、流入してくる開拓民が
徐々に増えてきたようだな」
将官「冬の間は、南の国でなくても娯楽が必要ですからね」
勇者「この資料か?」
ぺらぺら
勇者「……」
冬寂王「何か気になることでもあるのか?」
勇者「いや、この世界には俺たちしか居ない訳じゃないからな」
冬寂王「そうだな」
将官「は?」
冬寂王「我らと利害を共にする、または異にする“誰か”も
同じように様々な策謀を練っている可能性がある。
それを常に忘れてはいけないと云うことだ」
404 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 19:17:58.69 ID:sQx9tPoP
執事「そういえば、他の皆様は?」
冬寂王「ああ、鉄腕王も氷雪の女王も国元へと帰ったよ。
何時までも宮殿を留守にするわけにも行かないだろう」
執事「……」はぁ
勇者「どうしたんだ?」
執事「華やかさのない男臭い部屋でございますね」
勇者「あの姉妹は氷雪の女王の所へ行ったよ。
吟遊詩人に言葉を伝えるにしても、直接の方がいいだろうし。
その後は、活版印刷の原盤を作るために、
鉄の国へ向かうはずだ。
女騎士も、護衛で同行。よって、ここは男パラダイス」
将官「姫騎士将軍もでありますか」
執事「あれは絶壁ですからようございます」
勇者「そうかな、あれはあれでいいやつだぞ?」
執事「……」ちらっ&ため息
勇者「そういえば、何か言ってきたか?」
冬寂王「ああ、もちろん。ほら」
ドサリ
勇者「うへぇ、なんて量だ。何でこんなにあるんだよ!?」
406 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 19:20:22.80 ID:sQx9tPoP
冬寂王「まぁ、中央大陸と云っても
統一されているわけではないからな。
20年前までは領土戦争もしていた国同士が
魔族の侵攻という現実を前に、
一つの宗教を中心に結託しただけのことだ。
だから、非難するにしても、自然とこうなってしまう」
勇者「じゃぁ、内容は似たり寄ったり?」
冬寂王「そうだ。
中心となるのは、聖光教会からの公式な非難書だな。
今回の書状には破門もちらつかせてある。
そのほかは、王族や諸侯からの書状だ。
内容は一言で言うならば“早く謝れ”だな」
将官「いやいや、言葉が飾られておりますので、
それだけのことを3ページにもわけて書いてあるのですよ」
勇者「やっぱアホなんだなぁ」
冬寂王「いいや。……これは仕方がない。
おそらくこの非難書、似たようなこの文面を出さないと
大陸中央国家の派閥から外れてしまうことを恐れたのだろう。
逆に言えば、これだけの国家、諸侯から非難された
すなわち三カ国同盟は世界で孤立して居るぞ、という
脅しを含んでいるのだ」
勇者「まぁ、わからんじゃない。実際破門された場合、
商取引も事実上停止するんだろうしなぁ」
執事「そうですなぁ」
勇者「それが恐ろしくて、教会に逆らった国は今まで
無かったわけだ」
冬寂王「そうなるな」
408 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 19:23:24.29 ID:sQx9tPoP
冬寂王「いずれにしろ、軍を小部隊に編制して、
国境地帯を見回らせようと思う」
勇者「それがいいだろうな」
将官「小官は国内治安も不安であります」
執事「それについては、わたしも報告を受けておりますな。
国境付近では、野盗化した傭兵団が出没しておるとのことです。
また国内では、急速に自由化が進んでいるために
地主に対する略奪事件が起きているとか」
冬寂王「なかなか頭が痛い問題だが、そちらの方はわたしが
面倒を見ているよ」
勇者「ああ、すまないなぁ。なんか俺、そういうのは苦手だ。
良い案がないってーか、うすうす判っちゃ居るんだが」
冬寂王「これについて、奇跡の妙手はないのだと考える。
地道に説き、問題の起きた箇所をそのたびに手直しせねば
ならないのだろうな。
農奴が全て自由開拓民になって、独自の畑を持てるようになるのは
なるほど素晴らしいことなのだろが
その場合、どうしても、開墾されていない土地が
割り当てられることになる。
開墾をした土地は、開墾者に権利があるべきだからだ。
だが、未開墾の土地では栽培もままならないだろうし、
飢えれば暴力的な事件も起きるだろう」
勇者「そうだな」
409 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 19:27:07.22 ID:sQx9tPoP
冬寂王「また、地主による集団的な労働管理が無くなれば
開墾のような多数の人手を必要とする作業も出来ないし
付近のみんなが使うような、いわば公共の施設の維持や
管理もままならない。
実際、このような乱暴な改革が曲がりなりにも
実施できたのは、土地の面積に比べて、住んでいる
国民の数が少ない、貧しい国だったからに過ぎないよ。
農奴を解放したはいいが、地主に変わる機構が
何も出来てやしないのだからな」
勇者「解決の方策はあるのか?」
冬寂王「まずは、巡回衛視だ。
兵の中から常識のある者を選抜し、領内の村を巡回させている。
もめ事に対処させるためだ。
また法を犯した者は厳重に処罰する。
地主的な存在が居なくなったいま、全ての国民は
等しく尊法精神を身につけて貰わねばならぬ」
将官「わたしも衛視なのですよ。
わたし達は国内の村々を廻り、
二週間ごとに戻ってくるような巡回経路が
それぞれ組まれているのです」
勇者「ふむ」
冬寂王「次に、戸籍と里家制度だな」
勇者「里家?」
410 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 19:31:02.92 ID:sQx9tPoP
冬寂王「ああ、数軒から十軒程度の自由開拓民の家を
ひとつの“里家”とする。
開拓や、公共物の管理は“里家”を単位として
受け持って貰う。税の徴収や賦役も同じくだ。
“里家”ごとに、種芋や必需品を配り配分をし
力を合わせて発展して貰う」
冬寂王「もめ事が起きた場合は、巡回衛視が対応する。
問題があるような一家は訴えなどを聞きつつ、
“里家”を移す」
勇者「理念は判るが、大変そうだな」
冬寂王「そうだな、大変だ。恐ろしく手間がかかる。
その上、これは過渡的な制度だ。いまは、流入してきた
開拓民を“里家”に強制的に編入しているが
将来的には“里家”さえも自由に選べるのが理想なのだろう。
大変だが、仕方あるまい。これが正しいと信じたのだ。
学士殿が残してくれた『紙』が役に立っているよ」
勇者「そらまた、どうして」
執事「このようなことには大量の記録を保存する必要が
あるのですよ。ここまで詳細な戸籍調査が行われ
きめ細かい対応を実施できるのは記録のたまものです」
勇者「はぁ……俺や女騎士には無理な領域の話だな」
417 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 20:02:20.18 ID:sQx9tPoP
――湖の国、首都、『同盟』作戦本部
カッカッカ。ガチャン!
辣腕会計「……小麦の価格が異常上昇を開始しましたっ」
青年商人「来ましたね」
辣腕会計「はい。例年よりも64%、先週より9ポイント増しです」
青年商人「湖の国に本部を移した直後でよかったですね、
手遅れにならずに済みます」
辣腕会計「開始しますか」
青年商人「まだためらいでも?」
辣腕会計「いいえ、わたしも商人に生まれた者。
ここまで来れば腹をくくりました。果てを見ましょうっ」
青年商人「そうですね。通達準備、早馬の準備は?」
辣腕会計「整っています」
青年商人「ここからは潮目次第の勝負もあります。
この本部は不眠不休になりますよ」
職員「「「「はいっ」」」」
418 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 20:03:20.73 ID:sQx9tPoP
青年商人「でが、通達を」
辣腕会計「はっ」さらさら
青年商人「現時刻から『同盟』は、
小麦、鉄、塩、木炭を中心とした生活必需品の
買い占めを行います。
小麦は例年の320%、そのほかの品については240%を
一旦の上限として買い増し」
辣腕会計「……」サラサラっ
青年商人「もちろん、不必要に金を払う必要はありません。
取引ごとには、いつもどおり細心の注意を持って利益を
求めること。ただし、今の風は現金よりも現物です。
物資を持つべきです」
辣腕会計「はいっ」
青年商人「治安悪化も予想されます。物資の輸送と保管
には注意を払い、警備の傭兵を増やしてください。
傭兵への支払いは現金を中心としますが、
つなぎ止めに必要とあらば、直接小麦やそのほか穀物
での支払いも認めます。
その場合は月払いではなく週払いにするように」
辣腕会計「心得ました」
青年商人「“小麦引き渡し証書”についてはどうですか?」
辣腕会計「順調に契約が進んでいます」
青年商人「大規模な地主と領主に交渉を集中させてください」
419 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 20:06:57.12 ID:sQx9tPoP
辣腕会計「……」サラサラ
青年商人「さて、ここからですね」
辣腕会計「?」
青年商人「教皇派委員はこれ以上の買い占めには
難色を示すでしょうから」
ペラッ
辣腕会計「はい、すでに口頭での不快感表明をしていますね」
青年商人「教皇に尾をふってどうします。
目の前の利益を捨ててまで権力の歓心を買おうとは
それはそれで商人としての筋が通りません」
辣腕会計「……何か対処を?」
青年商人「『黒の手』を回します。
教皇派委員3人は、二週間現場を離れて貰います」
辣腕会計「……っ」
青年商人「二週間で形勢を作ります。
一度始まった楽曲を、中途で止めさせはしません」
辣腕会計「判りました」
青年商人「ぎりぎりまで物資の買い付けを装いましょう。
この手を予想しているひとは、中央には居ないと思いますが
それも長くは持たない。この偽装で2週間は突っ張ります」
431 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 20:27:20.01 ID:sQx9tPoP
――聖王の国、地方都市、貴族領
地方市民「はぁ!? なんでだよっ!」
穀物商「だから、云っただろう? 小麦一袋で、金貨19枚」
地方市民「馬鹿じゃねぇのか? 何でそんな値段なんだよ」
穀物商「あんた買い物に来るのは久しぶりなのかい?」
地方市民「ああ、そうりゃそうだ。わざわざ荷馬車を
御してまで、買い付けに来たんだ。この買い物で
一家八人が食うんだぞ!?」
旅商人「親父、小麦をくれ」
穀物商「はいはい、商人さんだね。いくつだい?」
旅商人「いくらだ?」
穀物商「小麦一袋で、金貨19枚。挽きが粗い二級のものなら
金貨15枚半だ。大麦は金貨12枚」
旅商人「二級を見せてもらおう」
穀物商「こいつだ!」
旅商人「ふむ……。多少虫が混じっているな」
穀物商「今日日どこでもこんなもんだ。買手は他にも居るんだよ」
旅商人「良かろう。25袋積んでくれ」
穀物商「よしきた、売買成立だっ」
433 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 20:28:39.82 ID:sQx9tPoP
カッポ、カッポ、カッポ……
地方市民「……くそ。親父、じゃぁ、俺にもその二級のをくれ」
穀物商「一袋、金貨16枚だ」
地方市民「はぁ!? さっきは15枚半って云ったじゃねぇか!」
穀物商「お客さん。この二級の小麦、
先週は一袋で金貨8枚だったんだ。
この先もどうなるか判りゃしない。
わたしだって、売らないで取っておいた方が
儲かるかもしれないんだ」
地方市民「……くぅ。くれっ! 2袋だ。それと大麦も4袋くれ」
穀物商「お客さんはよい買い物をしたと思うよ」
パン屋「安いよぉ! 安いよぉ! いまなら
バターをつけた大きな葡萄パンが、二つで 金貨一枚だっ」
カッポ、カッポ、カッポ……
地方市民「何が安いもんか。あんなに小さいじゃないか。
それが金貨一枚だなんて。いったいどうすりゃいいってんだ」
地方市民「……仕方ない。レンズ豆とカラス豆も
仕入れるとしよう。今年は精霊様のお恵みがなかったんだ。
来年になれば良いこともあるさ」
435 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 20:30:31.48 ID:sQx9tPoP
地方市民「え!?」
商家「レンズ豆は一袋、金貨9枚。カラス豆は11枚半だ」
地方市民「なんでそんなことになるんだよっ!?
小麦は不作だったかもしれない。確かに天気がちょっと
良くなかったから。しかし、豆は豊作だったはずだろう!?」
商家「ああ、確かにね。しかしね、お客さん」
地方市民「あ、ああ」
商家「考えてみてくれ。普段小麦を食べている人でも、
小麦が高ければ、大麦やカラス麦のパンを食べるだろう?
普段大麦やカラス麦のパンを食べている人でも、
それが高ければ、マメや、蕎麦、クルミまでも食べ
なけりゃならん。
判るだろう? 普段より大勢の人間が、豆を求めてるんだ。
値段が上がってしまうんだよ」
地方市民「何でこんなことになってしまったんだ……」
商家「これでも、わたしは努力しているんだよ。
ちょっとでも安くしようとね」 地方市民「……?」
商家「と、いうのも、領主が来月には、豆や穀物、
さらにはパンの値段を固定しようとしているんだ」
地方市民「固定……?」
商家「ああ、定価販売を義務づけるというんだ」
438 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 20:33:03.84 ID:sQx9tPoP
地方市民「素晴らしいじゃないか! じゃぁ、来月まで
待てば麦も豆ももっと安く買えるんだっ!」
カッポ、カッポ、カッポ……
旅商人「やれやれ」
地方市民「あぁ、あなたはさっきの」
旅商人「さきほどの穀物商でもお会いしましたな」
地方市民「ええ、旅商人の方ですか? ごきげんよろしく」
旅商人「何にも判っていないようですね」 ちらっ
商家「仕方ありません。畑を耕している方には本来無関係
何ですからね」
地方市民「どういうことです? どうしたのです?」
商家「……はぁぁ」
旅商人「本来こういうことを言ってはいけないかも
しれないのだが、わたしは旅の者だし、差し支えないだろう」
商家「わたしは、豆の重さでも量っていますよ」
地方市民「?」
旅商人「麦の値段は、小麦も、大麦も、オート麦に至るまで
上昇の一途だ。来月に下がるとはとても思えない。
こんな状況で、麦やパンの販売価格を決められたらどうなると
思う? あっという間に破産してしまう。
仕入れるべき小麦は高いままなのだからね。
正気の穀物商やパン屋なら、店を開くこともしないだろう」
439 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 20:35:08.64 ID:sQx9tPoP
地方市民「あっ!」
旅商人「そういうことだ。値段は上がっているが、
彼らもある程度は売り切ってしまいたいのさ。
もちろん、自分たちが食べる分くらいは残さないと
飢えてしまうがね」
地方市民「……そ、そんな」
商家「よいしょっと。……そうですよ、お客さん。
もしかしたら、来月のこの通りは一軒の店も開いて
無いかもしれない。わたしだって、こんなベーコンや
豆は始末して、少しは大麦を買い入れておきたいんだ」
地方市民「わ、わ、わかった。買うよ!」
商家「今日は店じまいだ。おまけしておくよ」
地方市民「レンズ豆とカラス豆を2袋ずつ頼む」
商家「金貨20枚にしておこうかね」
旅商人「こちらはカラス豆を20袋だ」
商家「よしきた。おーうぃ、大口のお客だ。
運ぶのを手伝っておくれ〜」
456 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 21:43:43.65 ID:sQx9tPoP
――冬の王宮、広間、対策会議
ガチャ。ザッザッザ!
商人子弟「王よ、冬寂王よっ!」
従僕「わわわ。はわーっ」
将官「これは商人子弟さんではありませんか、
どうされたんですか?」
商人子弟「緊急の上奏があってきました。王はどこに」
執事「おや、商人子弟殿。若はこちらですよ」
冬寂王「なにごとだ?」
商人子弟「おお。冬寂王っ。至急案件です。
上奏があります、公布を出して頂きたい」
従僕「はうー」
冬寂王「なにごとだ?
税のことでそのような緊急事態など起きるものなのか?
それともまさか軍事のことなのか?」
商人子弟「違います、まさに税のことです」
従僕 こくんっこくんっ
冬寂王「上奏文を読もう」
商人子弟「読まないでいいです。時間がもったいないから」
執事「随分たくましくなって……」
商人子弟「王との付き合い方を学びました」
458 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 21:46:09.19 ID:sQx9tPoP
商人子弟「判りやすく口頭で説明をします。
おい、フリップ!」
従僕「はいっ!」 ペラッ
将官「紙芝居……?」
商人子弟「現在、大陸中央部の諸王国で急速に物価の上昇が
発生しています。と、同時に金貨の流通量が増えています」
従僕「ですっ」
冬寂王「どういうことなのだ?」
商人子弟「つまり、先週金貨5枚で買えた品物が、
今週は10枚、来週は20枚というように
どんどん値上がりしているんです」
執事「それでは庶民の暮らしが立ちゆかないではないか」
商人子弟「当然そうなります。
しかし、これに対して、領主を中心に金貨の流通量も
増大しつつあるんです。
領主が民衆に金をばらまけば、もしかしたら均衡が取れるの
かもしれませんが、現在は物価の上昇に対応するだけの
貨幣が民衆の側に無いのが実情です。
そのため加速度的に事態は進行中。
おい、フリップその2」
従僕「はいっ!」 ペラッ
商人子弟「この図にあるとおり、現在価格はおよそ例年の
2倍に迫りつつあり、その速度は衰えていません」
従僕「ですっ」
将官「わ、わかりやすい。……おまけに何故かどきどきする」
執事「これは一大事なのでは」
冬寂王「ふむ」
461 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 21:49:39.52 ID:sQx9tPoP
商人子弟「これは何者かによる、
小麦を中心とした物資の買い占め工作かと考えられます」
冬寂王「工作? 目的は?」
商人子弟「それは後回しです。今はそんな暇はありません。
ただでさえ、こんな凄腕のプレイヤーを相手に回して
うちは後手に回ってるんですからねっ」
将官「プレイヤー?」
商人子弟「ああ、それも忘れて良いです」ぽいぽいっ
商人子弟「目下重要なのは、これから何が起きるかです」
冬寂王「判った。対応が先というわけだな。
いったいどのような事態が予測されるのだ?」
商人子弟「中央の国家全てに、
激しい富の変調が発生しています。
市中には金貨がないにもかかわらず一部の大商人、
地主、領主、貴族、王族には金貨が集中しているんです。
しかし、価格高騰は全ての物資に波及していて、
多量の金貨を持っても物資の調達は思うように
行えない事になるでしょう。時間差はあるでしょうが
ゆくゆくは、全ての価格が上昇するはずです」
執事「ふむ……」
465 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 21:52:03.03 ID:sQx9tPoP
商人子弟「このような状況には
財政出動などの政策が効果を持っていて、一部の賢明な
領主は着手したようですが効果は非常に限定的です。
理由ははしょりますが、“一部の賢い領主”の努力程度では、
この流れは止まりそうにありません、となると。
おい、三枚目出せ」
従僕「はいっ!」 ペラッ
執事「っ!?」
商人子弟「そうです。まだ価格の高騰していない、遠方。
つまり南部諸王国ですね。ここで大量の物資を調達する
というのが彼らが次に執る手段です。
一部にその兆候が見え始めています」
冬寂王「それに巻き込まれた場合は、我が国でも物価が?」
商人子弟「ええ、間違いなく高騰します」
従僕「すごいことになりますぅ」うるっ
執事「た、対処方法は?」
商人子弟「今述べます。まず、第一にこれはある種の
攻撃であると認識してください。
向こうにその意図がなかった場合は、災害です。
防衛しなければなりません。
これはかなりの危機です。道を誤れば国が傾きます」
466 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 21:53:49.86 ID:sQx9tPoP
冬寂王「承知した」
商人子弟「まずは、関税です。
小麦を中心に、三カ国通商同盟の内側から外側へ
品物が出て行く場合は税を取りましょう」
冬寂王「通行税のようなものか?」
商人子弟「フリップ」
従僕「はいっ!」 ペラッ
商人子弟「似ていますが、方向が限定的です。
この場合出て行く物資にかければ良いだけです。
小麦でも馬鈴薯でも、持ち出す場合は
荷馬車一台につき金貨50枚」
将官「50枚!? べらぼうなっ!」
商人子弟「なぁに、わたし達の懐が痛むわけではありません。
それにこの関税をかけなかった場合、わたし達の食料は
すべて中央に買い上げられ、冬に飢えることになるんですよ?」
将官「そ、そうだなっ。60枚でも良いかもしれない」
執事「飢えるのだけは勘弁して欲しいですからなぁ」
商人子弟「次に宮殿関連の給金制度の段階的な休止」
冬寂王「それはどういう意味があるのだ?」
468 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 21:55:52.50 ID:sQx9tPoP
商人子弟「この現象は、“金貨一枚で何が出来るのか?”
という問いの答えがあやふやになったから起きているのです。
つまり、普段ならパンが四つは買えた金貨で、
今何が出来るか判らない。そこに問題があります」
執事「ふむ」
商人子弟「普段金貨30枚もあれば一月暮らすことが
出来ていたとしても、今は出来るかどうか判らない。
今出来たとしても、今後どうなるか判らない。
これはつまり、貨幣の信用が崩壊しているせいです。
ですから、通貨の使用を一部減らします。
必要であれば、兵士や文官の給与は金貨ではなく、
今貯蔵のある小麦で支払います」
将官「馬鈴薯ではいけないのか?
あれは旨いし、沢山あるだろう?」
商人子弟「フリップつぎっ!」
従僕「はいっ!」 ペラッ
商人子弟「さいわい、我が国および通商三カ国は
食料の中心を麦から馬鈴薯に移行しつつあります。
これは不幸中の幸いです。何せ馬鈴薯は中央から見れば
異端指定の作物ですからね。生半可なことでは
これを買おうとは思わないでしょう。
そこを利用します」
冬寂王「そうか、定価制だな」
470 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 21:58:19.30 ID:sQx9tPoP
商人子弟「そうです。馬鈴薯の生産者からは一定の金額で
これを買い上げます。そして馬鈴薯を食べたいものや、
市中の食堂などには一定価格で馬鈴薯を売ります。
この一定価格は、2ヶ月毎程度で見直すべきですが」
商人子弟「また、開拓者に飢饉が発生した場合などは
この馬鈴薯を中心に対処を行うべきです。
これによって、少なくとも三カ国通商内部では
貨幣の信用力が比較において安定するはずです。
つまり、金貨一枚で、馬鈴薯がいくつ買えるか?
という問いに答えが出るわけですからね。
金貨十数枚で一月暮らせるだけの馬鈴薯が保証される
のならば、金貨を持っている意味は保証される。
加えて云うならば、気になることも何点かあり
馬鈴薯の貯蓄はなるだけ伸ばした方がいいでしょう。
生産を奨励してください」
冬寂王「対処としてはそのようなところか?」
商人子弟「ええ、これがとりあえず財政の
処方箋です。しかし、まだ有ります」
冬寂王「なんと」
商人子弟「こちらはわたしの専門ではありませんが
大陸中央の物価が上昇すると云うことは、
餓死者が出るはずです。当然治安悪化も予想されます」
473 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 22:01:16.27 ID:sQx9tPoP
執事「おお、そう言うことでしたかっ」ぽむんっ!
冬寂王「ん? どうした爺」
執事「いやいや。
最近、野盗化する傭兵団の噂が後を絶たぬのですよ。
連中、食い詰めて盗賊に身を落としているのだな」
冬寂王「そのような話も出ていたな」
商人子弟「野盗であるなら異端指定だからと云って
馬鈴薯を嫌がったりもしないでしょう。
領内に強盗、いや略奪が発生しないとも限りません」
将官「それは小官の役目でありますね! ご安心あれ。
常備軍を通常の国の三倍もおいているのは
我が南部の諸王国だけです。
強盗ごときにどうして引けを取りましょう」
執事「野盗とはいえ、元は傭兵団。慢心するでないぞ」
将官「はっ!」
商人子弟「もう一点が、流入する民衆です。
これから越冬に向かいもし中央部がもっと冷えるのであれば
飢饉になるやもしれません。そうすれば、大規模な移民が
発生する可能性があります」
冬寂王「ははは、そうなれば、それはそれでありがたいがな」
商人子弟「それもこれも食べさせることが出来れば、です。
その点もあり、馬鈴薯の増産を進言しました」
475 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 22:03:40.30 ID:sQx9tPoP
冬寂王「委細承知した。良く進言してくれたな」
商人子弟「いえいえ、これもお役目」
従僕「ですっ」にこっ
冬寂王「貴公の見識は良く把握した。今日から財務長だ」
商人子弟「え」ぴきっ
冬寂王「侯爵位だ。給金や手当はおって考えよう」
商人子弟「いや」
冬寂王「遠慮はするな。財務長となったからには
三倍の仕事もこなせるはず。よろしく頼むぞっ」
商人子弟「ちょ、ちょっとまってくださいよ!
そういうんじゃないですよ! 死んじゃいますよっ!」
冬寂王「ははははっ。我は早速布告作業にはいる。
何かあれば何時なりと来てくれるが良い。
そうだ、こんど晩餐でも共にしよう。たのんだぞっ!」
将官「ご愁傷様です」
執事「はやく奥様を貰われることですな。
おっぱいは男を癒す摩訶不思議な力がありますぞ?」
商人子弟 がくっ
従僕「……」なでなで
477 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 22:05:49.20 ID:sQx9tPoP
冬寂王「ははははっ。では、行ってくる!」
執事「お待ちください、若〜。爺もまいりますぞっ」
かっかっかっ。がちゃん
商人子弟「……ふぁぁぁ」がくり
従僕「大丈夫ですか?」
商人子弟「ダメかもしんない」
従僕「お茶入れましょうか?」
商人子弟「たのむよ」
従僕「はーい♪」 ぱたたたっ
商人子弟「それにしても……この流れ……」
商人子弟(誰の仕掛けかなんて事は判っている
こんな規模の商戦をしかけられるのは
『同盟』以外にあるものか。
連中が大規模な買い占めをやっているんだ。
だが、その目的は何だ? 連中は敵か? 味方なのか?)
商人子弟(俺みたいな三下の商人の小せがれじゃぁ
どうやったって化け物みたいな商人連中のそのまた
集合体である『同盟』になんか太刀打ちできないぞ。
だが……。はぁぁぁ。今さら逃げるわけにも行かないし)
商人子弟(小麦と生活必要物資を買ってどうする?
その費用はどこからひねり出したんだ? 他の物資の
売買の兆候はない。とすれば、何らかの契約か、自分の
財布から金をひねり出したんだろうが……。
そんなことに何の意味がある? ただの投機なのか?
食料品の価格を高騰させて、売り抜けて利益を得る。
――可能だろうが、それだけが目的なのか?)
503 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 23:00:03.23 ID:sQx9tPoP
――思い出の庭、魔王の回想
メイド長「――!」
魔王 かちゃかちゃ
メイド長「――! ――!」
魔王「むぅ、変換式が違うのか?」
メイド長「――!
もうっ、呼びかけたら返事くらいしてくださいっ」
魔王「うぉっ! びっくりしたではないか」
メイド長「びっくりしたのは、こっちですよ!」
魔王「むぅ。お互いびっくりでは間抜けではないか」
メイド長「それこそお互い様ですっ」
魔王「むぅ」
メイド長 くんくん 「ん? ――! いつから
着替えてないんですかっ!?」
魔王「そんなこと良いではないか。
ライオンも熊も着替えはせぬ。
竜も殺戮機兵もだ。
そんなことしなくても生きていける」
メイド長「ダメですよ。そんなの。
あなたは人型形態なんですから。
そもそも年頃の女の子なんですよ? 弁えてくださいっ」
魔王「年頃なんて云ったって、もう100年もこのままではないか」
メイド長「そりゃ、ここは『外なる図書館』だからですっ」
504 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 23:01:45.14 ID:sQx9tPoP
魔王「身支度は苦手だ」
メイド長「ああっ。もうっ!
そういう話じゃなかった。
――! 魔王になるってのは本当なんですか!?」
魔王「ああ、うん……」
メイド長「照れないでくださいっ!」
魔王「なるのだ」えへん
メイド長「無駄に成長した胸を張らないでくださいよっ」
魔王「だめだったか?」
メイド長「……まさか、わたしのためじゃないでしょうね?」
魔王「いや、違うぞ」
メイド長「それなら良いんですが……」
魔王「あれは本当に行きがかりのことだ。
気にする方がおかしいのだ」
メイド長「……」
魔王「来月には、継承をする」
メイド長「――魔王になる意味、判ってるんですか?」
魔王「うむ」
メイド長「冥府宮にはいるんですよ?
他の魔族ならいざしらず、この一族には
冥府宮に関する知識だって伝わっているじゃないですかっ!」
魔王「“この一族”なんていうな。“我が一族”と云うべきだ」
メイド長「わたしは……新参ですから」
魔王「新参だろうが何だろうが、一族だ」
507 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 23:03:47.48 ID:sQx9tPoP
メイド長「そんなことより、あそこに行ったら歴代魔王に
意識も身体も乗っ取られるんですよ?」
魔王「正確には乗っ取りではない。汚染だ」
メイド長「同じじゃないですか」
魔王「全然違うぞ。汚染はわたし自身の変化だ。
乗っ取りなら元に戻る方法もあるかもしれないが
汚染に方法はない」
メイド長「余計に悪いじゃないですかっ?」
魔王「いや、そうとも限らない。
物事には何でも利点と欠点があるのだ。
まず、汚染されてもわたしはわたしだ。
最後までわたしの罪はわたしについて回る」
メイド長「欠点にしか聞こえません」
魔王「それに、乗っ取りは一瞬だろうが、汚染には
時間がかかろう? そこが目の付け所だ」
メイド長「はぁ?」
魔王「冥府宮にはちょっぴりだけ入る」
メイド長「へ?」
魔王「ちょぅぴり入って、すぐ出てくる」
メイド長「はぁ〜? な、何を言ってるんですか!?
それじゃ魔王の戦闘能力が身につかないじゃないですかっ。
そんなのでどうやって魔界を統治するんですかっ?
そもそもどうやって戦うんですかっ!?」
510 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 23:05:57.83 ID:sQx9tPoP
魔王「統治に暴力なんて使わない」
メイド長「何を言ってるんですか、そんなっ」
魔王「NDC310番台を見てみろ。
人間は個体の戦闘能力など中級魔族以下なのに
それでも統治も政治もやって居る。
戦闘能力など統治の必須要件ではない証明だ」
メイド長「そ、それはそうかもしれませんけれど。
だいたい、何で魔王になんてなるつもりなんですかっ。
そこからして変じゃないですか。研究の虫のくせにっ」
魔王「これも一つの実習だ。お前だってしているだろう?」
メイド長「実習……」
魔王「うん。わたしは、二つの世界がふれあう様を見てみたい。
出来うるならば、わたしの運命に出会いたいんだ」
メイド長「え?」
魔王「ほら」
キラキラキラ、キラキラキラ
メイド長「これ……え……?」
魔王「先週、生まれたんだ」
メイド長「にん、げん?」
魔王「遠隔映像に過ぎないし、酷く画質は悪いし、
これっきりだけどな。瀬良の図書館も、万能ではないから」
513 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 23:10:24.46 ID:sQx9tPoP
メイド長「男の子……なんですか?」
魔王「勇者だよ」
メイド長「……っ!?」
魔王「この世界にたったふたつのLiving Singularity。
運命の子供だ。きっと15年もすれば格好良くなるんだろうな」
メイド長「まさか……」
魔王「うん。ふふふっ。――この人に会いたいんだ」
メイド長「そ、そんなっ。この人は、魔王を殺しに来る
存在ですよっ!? 何を考えてるんですかっ!!」
魔王「それが良いんじゃないか」
メイド長「――」
魔王「わたしに会いに来てくれるんだ。
遠いところから触れあえないはずのところから来てくれるんだよ。
それはまぁ、彼の剣はわたしを殺すかもしれないけれど、
殺される前に“こんにちは”位は云えるだろう。
もしかしたら“ご機嫌いかが”も云えるかもしれない。
奇跡でも起きたら――あの黒髪に
触れさせてもらえるかもしれない。あれはきっと、
もふもふしてて、くしゃくしゃにすると幸せなんだ」
メイド長「正気じゃありませんっ」
魔王「いたって正気だ。それがわたしの持っている
唯一のチャンスだと思う。“見たことのない未来”を
見るための。この図書館に収められていない物語を
読むための。――運命と出会うための」
515 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 23:13:40.57 ID:sQx9tPoP
メイド長「そんな……だって」
魔王「決めたんだ」
メイド長「継承候補者戦はどうするんですかっ」
魔王「それは、まぁ、適当に」
メイド長「魔界からとっておきの猛者や従者が6人も
集まるんですよ? 勝てるわけ無いじゃないですかっ。
無理に決まっています、魔王になることも出来ませんよっ」
魔王「それはまぁ、うまくやるよ。
戦闘は苦手だけど損得勘定は得意だ。
棄権して貰うように話をまとめるとか。
手加減して貰うとか」
メイド長「出来るわけありません」 どんっ
魔王「手厳しいな」
メイド長「――はっ! ――は馬鹿ですかっ!?」
魔王「勝ち負けは問題じゃないんだ。
ここが唯一のチャンスだから。
問題はもはや勝ち負けではなく
“賭けずに後悔するか、賭けてみるか”でしかないんだ」
メイド長「……あなたは」
魔王「ん? 変なことを云ったか?」
メイド長「いえ」
魔王「……」
メイド長「…………マイマスター」
魔王「なんだそれ?」
518 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/11(金) 23:16:24.08 ID:sQx9tPoP
メイド長「マイマスター。あなたは酷く馬鹿ですから」
魔王「何を言い出すんだっ。異界の博士号だって取れるんだぞ」
メイド長「それでも馬鹿ですから」
魔王「む」
メイド長「わたしがメイドとしてあなたに仕えましょう」
魔王「え?」
メイド長「あなたの従者になりましょう」
魔王「何を言っているんだ。馬鹿を云うな。
これはわたしの夢で、わたしのチャンスなんだっ。
他人を巻き込んで良いものじゃないっ」
メイド長「ならさっさと諦めるべきです。
王になる、統治者になるというのは、
“他人を巻き込む”以外の何だというのですかっ!?
その程度で曲げるような夢に命を掛ける馬鹿がいますかっ!」
魔王「――っ」
メイド長「これは、わたしの夢でもあります。マイマスター。
わたしも、“メイド道”を極めたいですからね。
あなたには多少の恩もある。
でもそれ以上に、こんなにぐうたらでいい加減な人は
見たことがありません。素材は良いのに宝の持ち腐れ。
本当に理想のご主人様です」
魔王「いいのか? そっちだって馬鹿の相乗りになるぞ。
死ぬかも、というか死ぬっぽいんだぞ? かなり確実に」
521 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 23:19:35.57 ID:sQx9tPoP
メイド長「それはマイマスターがメイドをご存じないからでしょう」
魔王「はぁ?」
メイド長「どの書物を読んでもメイドの卓越した美意識、
実務能力、家政能力、問題処理能力、
さらに特筆すべきはその戦闘能力について絶賛されていますよ?
ヴィクトリア朝とヤーパンにおける
メイドはまさに現人神のようなものです」
魔王「そう……なのか?」
メイド長「ええ、ご安心あれ」
魔王「そ、そうか。その」
メイド長「お茶でも入れましょうね」
魔王「う、うむ。頼む。その……メイド長」
メイド長「まだ部下は居ませんけれどね」
魔王「部下がいなくても、長に相応しい」
メイド長「ありがとうございます」 にこり
魔王「でも、その……良いのか?」
メイド長「ええ、もちろん。――だって」
魔王「……」
メイド長「“さだめられたあの方を待つために”なんて
そんな夢、応援しないわけには行きませんでしょう?
わたしだって女性の身に生まれているのですから」
534 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 23:46:03.44 ID:sQx9tPoP
――大陸中央、霧の国、領主の館
家令「領主様っ! 領主様ぁっ!」
肥満領主「んー。もう1個プラム剥いてくれたまえっ」
少女メイド「はい……」
家令「領主様っ!」
肥満領主「ええいっ! うるさいっ! 聞こえているわっ!
何事だ、騒々しいっ!」
家令「き、き、来ましたっ!」
肥満領主「召集令かっ!?」
家令「その通りでございますっ!」
ぱらっ、するするするっ
肥満領主「ふむっ。総大将は霧の国の灰青王か……。
招集が掛かるは思っていたが、このように早くとはなっ。
ふははははっ! 南部の蛮王どもめ、我らが書面による
交渉を繰り返すと高をくくっていたのだろうな。
現実はそうそううまくはいかんよっ」
家令「いかがいたしましょう?」
肥満領主「領主の義務ゆえ、至急馳せ散じると返書を送れ!」
家令「ははぁっ!」 がちゃっ!
肥満領主「何とも良いタイミングで招集をかけてくれたものよ。
こちらは小麦の売買を通してたっぷりと軍資金を蓄えておる。
今年に限って“小麦引き渡し証書”なるものまで
出現する始末。わが宝物庫には金貨がうなっておるわ」
536 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 23:47:48.34 ID:sQx9tPoP
少女メイド「あ、あの……剥けました……」
肥満領主「ふふっ。おうっ、これは甘いなっ」くっちゃくっちゃ
肥満領主「これだけの金があれば、騎士達への給金も
余裕を持って払えようし、傭兵団を雇うことも
容易かろう……」
肥満領主「700、いや1000の兵をそろえれば、
灰青王の本軍よりもさらに人数で上回ることも
可能かもしれんな。そうなれば司教様の覚えもめでたくなる。
光の白十字章か、いや……伯位も夢ではないかもしれん」
肥満領主「丁度小麦も値あがっていたのだ。
これだけの金貨があればどうとでもなるとはいえ、
ふふふふっ。
最近肥え太っているという、南部の豚料理をいただくのも
それはそれで悪くなかろう」
肥満領主「その宮殿にはたっぷりと
宝物が蓄えられていようゆえな。くっくっくぁっはっは。
今から胸が高鳴るわ。
戦は、ふむ……集合は半月後。
冬ではあるが、年を越して雪が本格的になる前に
けりをつけるつもりか。
これはこれは、灰青王も血気にはやっていると見ゆる」
ガチャリ
家令「返書を手配してまいりりましたっ!」
肥満領主「よいだろう。領内の騎士のリストを持てっ!
招集する部下の選定を始めるぞっ! 武具を確かめよっ!」
630 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 13:12:44.49 ID:Xzdt3noP
――湖の国、富裕街、路地
青年商人「はははは。ではお嬢様も?」
金満貴族「ははっ。ミーの娘ももう年頃なのだがネ。
いろいろヤンチャがオゥバァヒィトでこまるよ。ははっ」
青年商人「いえいえ、女性は花に舞う蝶のようなもの。
そのようなお嬢様に憧れる騎士や貴族の方も
多いかと思いますよ」にこにこ
金満貴族「そういうユーはどうなのかね? ん?
『同盟』の中でもかなりの地位があるのだろう?」
青年商人「いえいえ。わたしなどまだまだ未熟でして。
こうして貴族様とお近づきになれるチャンスがありますと
未だにあがってしまうんですよ」
金満貴族「ははは。謙虚な男だな、君は。
どうだい、今度我が領内で、舞踏会があるのだよ。
何人か貴族の娘もでるはずだ。ご招待しよう」
青年商人「わたくし不調法でして、
とんだ粗相をしないとも限らないのですが……」
金満貴族「はっはっは。気にしないでくれ。
なぁに、新しい冬の別邸のお披露目をかねた
内輪の小さな……そう、100名程度のパァティなのだよ」
青年商人「すばらしいですね」にこっ
631 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/12(土) 13:14:05.87 ID:Xzdt3noP
金満貴族「ははははっ。今日は本当にナイスな取引が
出来たよ。ふぅむ、北方産の鳩血紅玉が45万とはね。
ふふふふっ。良く手に入れてくれた」
青年商人「勉強させて頂きました。今後ともご贔屓に
お願いいたします」
金満貴族「ああ、貴族仲間にも紹介しようじゃないか。
では、舞踏会の日取りが決まったら招待状を送ろう」
カッポカッポカッポカッポ
青年商人「さ、馬車の用意が出来たようですよ」
金満貴族「そのようだ。では行かせて貰うよ」
青年商人「真にありがとうございました」 ふかぶか
金満貴族「うむっ」
がちゃん、カッポカッポカッポカッポ
青年商人「……」
青年商人「ふぅ。……結構なことだ。
紅玉髄(ルビー)に45万とは。一晩の稼ぎとしては悪くない。
代価は麦でいただけるとは、あの方本人は把握もしてないん
だろうが……。その紅玉、食べれればさぞ美味いだろうな」
ヒュルルルゥーン
632 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/12(土) 13:15:44.48 ID:Xzdt3noP
青年商人「冷えるな。まぁ、湖の国でももう冬だ。
南はそろそろ雪もきつかろうな。――っくしっ」
青年商人「宿に帰るか。今晩は作戦本部もいいだろう。
馬車は……乗るまでもないな」
カッカッカッ
乞食「おねげぇでございますだ、旦那さな」
青年商人「……」ちゃりん
青年商人「柄にも、ない。か」
どんっ
????「ひゃ」
青年商人「こりゃ済まないな」
青年商人(この夜更けに、フードにケープ? 北方の人か?
声は若い女性のようだが……)
????「いや妾こそ」
青年商人「こんな時間に女性の一人歩きは危ないですよ。
お気をつけて宿にお戻りなさい」
????「お待ちくださるかや」
633 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 13:16:42.98 ID:Xzdt3noP
青年商人「は?」
????「お客人」
青年商人「はぁ」
????「一度お会いしました」
青年商人「は? え。流石にそのフードだと」
火竜公女「そうでありましたね、申し訳ない」 はらり
青年商人「あ。ああっ!」
火竜公女「思い出してくださいましたかや」にこり
青年商人「どうしてこんなところにっ」
火竜公女「お客人を探しておりました」
青年商人「なんでわたしを?」
火竜公女「お客人は、商人だと。どのようなものでも
手に入れらるる方だと、あの宴で聞きましたゆえ」
青年商人「それは商人ですが。……あっ」
火竜公女「?」
青年商人「尻尾。……尻尾を」
火竜公女「尻尾が何か?」 ゆらゆら
青年商人「いえ、場所が悪い。移しましょう」
火竜公女「はい。妾も話があります」
641 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 13:57:26.02 ID:Xzdt3noP
――湖の国、富裕街、青年の取った宿
青年商人「胆が冷えました」
火竜公女「なにゆえです?」
青年商人「あー。人間には尻尾がないですからね」
火竜公女「そうでありますな」きょとん
青年商人「茶でも飲みますか?」
火竜公女「あれば火酒を。……ここは寒くてかまいませぬ」
青年商人「そう言えば、あちらよりぐっと寒いですね」
火竜公女「こちらに来てから尻尾の先が暖まったことが
一度もありませぬ。本当に人間界は冷え切った場所」
青年商人「まぁ、今は冬ですから」
火竜公女「冬……」
青年商人「ええ、魔界にはないんですか?」
火竜公女「聞き慣れぬ言葉ですね。いえ、意味はわかりますが。
二つのゲートに近きところは寒く、遠きところは熱い。
それが魔界です」
とぷとぷとぷ……
青年商人「ん……。入りましたよ」
火竜公女「有り難く頂戴しまする」
642 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 13:59:03.80 ID:Xzdt3noP
青年商人「さて、と。どうして公女がここにいるんです?」
火竜公女「お客人に会いにまいりました」
青年商人「そのお客人ってのは止めましょう」
火竜公女「ではなんとお呼びすれば?」
青年商人「商人と」
火竜公女「では、商人様に会いに」くぴくぴくぴ
青年商人「はぁ……。はるばる魔界から。というか、
転移呪文ですか? 魔族の魔法は人間のより
強力なんですかね」
火竜公女「そのようなことはありませぬ。
むしろ人間の儀式法術の方が強力だと、
父様などは云っているくらいで。
魔族は、魔力は品に込めるのが得意なだけ。
人間界へも転移符で来たくらいです」
青年商人「どうやって居場所を? 勇者ですか?」
火竜公女「いえ、我が君には内緒です。
――此度は妾の仕事ですゆえ。
居場所は探知魔法をかけて貰ったのですよ。
通りすがりの魔法使いに」くぴくぴ
青年商人「常識の削られる音がしますね」
火竜公女「削る分があるうちは取り返しがつくというもの」
青年商人「ごもっとも。削って売れれば文句はありません。
常識に元手は掛からないですからね」
643 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 14:00:30.81 ID:Xzdt3noP
青年商人「して、どのような品物をお求めでしょう、公女様」
火竜公女「塩を」
青年商人「いかほど?」
火竜公女「判りませぬ。必要なだけ」
青年商人「何とも曖昧は注文ですね」
火竜公女「ですから来ました」
青年商人「……?」
火竜公女「この注文をこなせるのは、
商人様しかいないと踏んで出向きました」
青年商人「ふむ」
火竜公女「塩は魔界では貴重品。これを融通して頂きたいのです」
青年商人「……」
火竜公女「……」くぴくぴ
青年商人「……」
火竜公女「……」とぷとぷとぷ、くぴ
青年商人「……」
火竜公女「……暖まります」
青年商人「その壺全部飲んで良いですよ」
火竜公女「聞いていたのかや」
青年商人「ちょっと考え事を」
644 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 14:05:49.24 ID:Xzdt3noP
火竜公女「……?」
青年商人「これは謎かけでしょうか?」
火竜公女「妾は愚かしき子女ゆえ、考え深い殿御に
とっては謎かけかもしれませぬ」
青年商人「考えすぎだ、と?」
火竜公女「賢きおなごは、万象の識をあつめ
知を尽くして物事に当たります。
しかし、心得を持つおなごは、殿方を立てることにより
何もせずともそれ以上を手にしまする。
それが妾が母上から受けた竜の教え。
商人様に、なるべく多くを手に入れて貰うためならば
謎かけでも何でもいたしましょう。
殿御にお力をふるって頂くのが
子女の誉れと心得ておりまする」
青年商人「塩なら造作もないんですけどねー」
火竜公女「……ああ、尻尾の先まで暖まりまする」こくん、こくん
青年商人「よく飲みますね」
火竜公女「人界の酒は珍しいゆえ」
青年商人「人間世界は初めてですか?」
火竜公女「もちろん初めてです。何もかもが珍しい。
パンという食べ物は美味しいものですね。
聞いていたのより随分高くて路銀で苦労しますが……。
それから教会というのも良い。
賛美歌というのはわくわくする代物ゆえ。
一つの建物が丸ごと楽器などとは、これは仰天の
体験でございます。人界とはまこと興味が尽きぬ」
645 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 14:08:53.43 ID:Xzdt3noP
青年商人「……しばらく、人界にいますか?」ぽつり
火竜公女「?」
青年商人「当面の塩は手配しましょう」
火竜公女「本当かや?」
青年商人「ええ」
火竜公女「それはかたじけない」
青年商人「ここまで危難に遭わなかったのが不思議ですよ」
火竜公女「尻尾かや?」
青年商人「ええ、まぁ。角も」
火竜公女「隠してはいたのですだ。
人界の人はみな慌ただしいゆえ、注意を払われぬ」
青年商人「……」
火竜公女「……」くぴくぴ
青年商人「あなたは」
火竜公女「?」
青年商人「あなたが。あなたの存在が、
“割り切れぬもの”に繋がるかもしれませんね。
わたしたちは、知らなすぎるのではないでしょうか?」
火竜公女「何を?」
青年商人「おそらく、互いを」
647 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 14:28:33.88 ID:Xzdt3noP
――白夜の国、白夜王の宮殿
片目司令官「ええい! だから云ったのだ!」
ガッシャァン!
白夜王「やつらはなぜ生きている!?
なぜ地上の光を浴びている!?
背教者だぞ? 我らが密告を受け、異端審問まで
行ったというのに、なぜのうのうとこの世にはびこっているのだ」
片目司令官「くくくくっ。ははははっ」
白夜王「何がおかしいっ!」
片目司令官「悪魔だからに決まっておるではないかっ!
豚に向かって“貴様は豚だ!”と言ったところで
何の意味があるのだっ。
ふんっ。屠殺しなければ終わるものではないっ」
白夜王「何を賢しらなことをっ!」
片目司令官「我は最初から剣で事を決しようと
云ったではないか、それを策謀にて進めようとしたのは
白夜王、あなたであろう?」
白夜王「うるさいっ! 我が国をみよっ!
今年は麦が高騰を続けているのだ。
中央からの義援金は例年よりも多く入ってきた。
四カ国に送る予定だったのだからな。
普段の二倍近い。
しかし、それで買える麦は普段より
少ないくらいでしかない位でしかないのだぞっ」
649 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 14:32:33.89 ID:Xzdt3noP
白夜王「そのうえ……」ぎりぎりっ
白夜王「昼も夜も絶えず、農奴どもが国境を越え、
鉄の国へと流れておる。三カ国がなんだというのだ!?
所詮は農奴を騙す新しいお題目を唱えているだけだというのに
冬寂王、あやつにだけなぜ人々が味方をするっ」
片目司令官「それはな、あやつが天を欺いておるからよ」
白夜王「〜っ!!」
片目司令官「クカカカカッ」
白夜王「このままでは我が白夜は。我が白夜だけが……ッ」
片目司令官「なぁ、白夜王」
白夜王「……」
片目司令官「奪えば良いではないか? ほら、見ろ。
鉄腕王の国、氷雪の女王の国。
たっぷりと身の詰まった果物のように熟れておる。
いずれにせよ、背教者。
遠からず人間世界で腐って落ちよう?
それなら、その前に奪って食って悪い道理があるものか」
白夜王「……いけるのか」
片目司令官「中央の兵達は、戦になれば呼び集められる
招集の騎士と歩兵。誇り高いが実戦経験で劣る。
この国にいるのはなんだ?
世界で最高の経験を経た常備軍だと抜かしていたではないか」
661 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 15:17:37.23 ID:Xzdt3noP
白夜王「しかし、我は手勢の多くを極光島で失った。
一年の訓練は施したが、同じ南部諸王国が相手では
練度で劣るやもしれぬのだっ……」
片目司令官「あはははっ! 中央も、貴様も!
そしてその冬寂王とか云う小せがれもまったく判っておらんな!」
白夜王「なに?」
片目司令官「常備軍の強さというものを」
白夜王「それはなんだというのだ」
片目司令官「奇襲だよ」にぃっ
白夜王「それでは野盗と同じではないかっ!
人間同士の戦でそのようなことをしてどうする。
教会の非難に遭えば国が危ういのだぞっ」
片目司令官「その教会の敵が相手なのだ、相手は獣と同じ」
白夜王「!!」
片目司令官「野盗? 結構っ! 国境の盗賊どもに
金を払い、鉄の王国を荒らさせるのだ。
防備が分散した時点で騎兵による強行奇襲をかける。
畑も家も燃やし、一気呵成に鉄の国を落とすのだ」
白夜王「ふふふっ。それしかないようだな」ぐびっ
片目司令官「この片目の闇を、鉄の国にぶちまけてくれよう」
673 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 16:50:54.18 ID:Xzdt3noP
――冬の王宮、謁見室
ガチャン!
勇者「宣戦布告があったって!?」
執事「勇者、来ていただけましたかっ」
冬寂王「そうだ。
これが今朝届いた書面による正式な宣戦布告だ。 そのうえ同時に教会からは破門状も送られてきた」
勇者「早すぎる」
将官「もうしわけありませんっ。小官が甘い予想を」
冬寂王「いや、それは仕方ない。――事態が変わったのだ」
勇者「事態……?」
冬寂王「うむ、おそらく向こうも苦しいのだろう。
小麦を初めとして全ての物価が上昇しているのだそうだ」
勇者「物価が? 食い物が買えなくなるのか?」
冬寂王「そうらしい。詳しいことは商人子弟にでも聞いてくれ。
わたしもその構造や原因はわからぬ。だが、例年の二倍
以上にはなっているようだ」
執事「恐ろしい冬にならねば良いのですが」
674 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 16:52:52.01 ID:Xzdt3noP
冬寂王「おそらく、その物価の上昇が教会か中央の首脳を
刺激してしまったのだろう。
もしくは手に入った多量の金貨を用いて、
短期決戦を決意したのやもしれぬ。
それがこのような急を告げる知らせになった」
勇者「そうか……」
将官「王よ、詳しい書状の話を」
執事「それは私から。えぇー。ごほんっ。
冬の1月め、第四兎の日に南部草原にて会戦、
との宣戦状であります」
冬寂王「ふんっ。一応体裁だけは取り繕ったわけだ」
勇者「あと十日か」
執事「出向かなければどうなります?」
将官「今までの戦でいえば、我らがこの宣戦状を無視すれば
中央軍はそのまま進軍。向こうから見れば、攻城戦となりますね。
――しかし、我が国を始め、南部諸王国は
魔族に備える砦は多くとも、領土の北部、大陸中心部方面
つまり今回中央軍がやってくる方向には、警備のための
塔がいくつかある程度で砦らしき砦はありません。
と、なれば、いずれかの首都決戦になってしまうかと」
冬寂王「そうだな。この会戦を受けぬという選択肢は、無い」
勇者「くっそぉ。戦いたくないのにっ。
――戦いたくないんだ、俺はっ!」
676 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 16:54:28.79 ID:Xzdt3noP
冬寂王「これは、我ら愚かしい人間の戦だ」
勇者「だって、これは俺の、俺やあいつが撒いた」
冬寂王「違う。
“農奴の権利を認める”と判断したときから
これは人間の手による、人間の戦になったのだ。
勇者。
勇者が背負う必要など、どこにもない」
将官「そうですよ、勇者殿っ!」
執事「我らは今のこの時を、感謝こそすれ、けっして
恨みに思っていたりはしませんぞ」
勇者「ちがう……。違うんだ」
執事「勇者……」
勇者「うまく言えないけれど、これは違う。
こんな物が、あいつの目指した物であるはずがない。
これが結末だなんてあり得ないっ」
将官「……」
冬寂王「確かにここで戦力を消耗するのは、
我らにとっても益のないこと。
我らにとってもはや戦は国力を増す手段にはならぬのだから。
なぜ中央はその道理を判らぬ」
勇者(戦を望むのは、独占者。
限られた世界の中で、“豊かさ”ではなく“優越”を
求めるために寡占しようとする者。
……そこは間違っちゃいないはずだ)
677 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 16:55:48.59 ID:Xzdt3noP
勇者(どうすれば良いんだ?
どうすれば止められる?
聖王の、暗殺? ……馬鹿か、俺は。
それじゃ魔王のところに行ったときと同じじゃねぇか。
せめて。
せめて、あと半年。いや、3ヶ月の時間があれば……)
勇者「せめて、いましばらく……」
勇者(この物価の上昇は、あの商人がやっているはずだ。
あいつなら、これくらいのことはやる。
きっとやる。……そういう目をしていた。
あいつだけじゃないかもしれないけれど、
あいつはきっと、中枢に噛みつけるような場所にいる。
……なんでだ? 何で小麦の値段や物価を上げる?
あー、もう判らねぇよっ!
なんで魔王はこう言う時にいねーんだよっ。
あいつだったらさくっと解決しちまいそうなのにっ)
(そうだろう? 勇者だものな!)
勇者(何でこんな時に思い出すんだよ……)
(“あの丘の向こうに何があるんだろう?”って
思ったことはないかい?
“この船の向かう先には何があるんだろう?”って
ワクワクした覚えは?)
勇者(なんであいつ、生きるの死ぬののって云う時に、
のど元に剣を突きつけられて、あんなキラキラした
瞳してやがったんだよっ)
679 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 16:56:53.39 ID:Xzdt3noP
(だから“そう言うもの”が見たいんだ)
勇者(あんなに無防備にっ)
(でも、だからこそ、それが“別の結末”を
迎える事ができるのならば、
それは私にとってだけじゃない。
三千世界にとって“未だ見ぬもの”じゃないだろうか?)
勇者「〜ッ」 ガツンッ
将官「勇者殿っ」
勇者「冬寂王、戦になったとしてどれくらい被害を
出さずに戦える?」
冬寂王「相手の戦意と数次第だな。
この種の戦は、平野に両軍が終結し、時間指定も為される。
その後合図……大抵はホルンによって騎士は騎乗し、
正面から衝突することになる。
両者の戦意や数、戦略に大きな食い違いがなければ
これが一日につき1〜2回、数日の間繰り返されるだろう。
指揮官が虜囚になるなどのアクシデントがあれば
一方が加速度的に崩れることもある。
はっきりした形で決着がつけば、負けた方は降伏するな」
勇者「犠牲は出したくない。味方にも、中央の軍にも」
冬寂王「……」
勇者「これは甘さじゃない。今後の展開上、必須だ」
680 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 17:00:06.76 ID:Xzdt3noP
冬寂王「……」
将官「冬寂王……」
冬寂王「天気次第、だな」
勇者「――雪かっ」
冬寂王「そうだ。こちらではもう積もっているが、
あの平原にはまだ降雪はないだろう。
山脈が雲から雪を搾り取るのだ。
あの平原が雪に覆われるのはどれくらい先か
雪が降れば戦意も下がるし、戦は停滞せざるを得ない。
10日先に降り始めていればよし、天気が続くようならば
会戦には問題が無くなってしまう。
逆に本格的な降雪が始まれば、雪の降る間は
戦を避けることが出来よう」
勇者「……」
冬寂王「おそらく、四週。
早ければ、二週持ちこたえれば雪は降るはずだ。
それだけの時間を凌ぐ、と云うことか」
勇者「できるか?」
冬寂王「……引き受けよう。
わたしは、冬の戦ならば負けぬ。この名にかけて」
686 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 17:23:48.74 ID:Xzdt3noP
――魔王城、最下層、冥府殿、魔王の回想
魔王「ふわぁぁ」
メイド長「何をしているんです? 魔王様」
魔王「む」
メイド長「だらけていますね」
魔王「ちょっと疲れたのだ」
メイド長「やれやれ。魔王になってもあまり変わりませんね」
魔王「変わってたまるか」
メイド長「ふふふ。そうですね。
お変わりなくて、本当に良かった」
魔王「あんなに運動をしたのは初めてだ。
もう一生分の運動をしたから、
あとは研究三昧で勇者が来るのを待ちたいものだな」
メイド長「変わったのは、呼び名ぐらいですね。魔王様」
魔王「それだ」
メイド長「はい?」
魔王「その、“魔王様”というのが良くない」
メイド長「そうですか? だって魔王になられたじゃありませんか」
688 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 17:26:28.16 ID:Xzdt3noP
魔王「背中がむずむずする。どうにかならんか」
メイド長「とはいえ、もう名前も剥奪されたわけですしね。
旧名でお呼びするわけにも行かないでしょう?
では、いっそ“胸ばかり太った無駄な肉、略して駄肉”
というのはいかがですか?」
魔王「おぬしはわたしを嫌悪しているのではないかと
思う時がある。たまに、より多い頻度で」
メイド長「困りましたね」
魔王「せめて、もうちょっとこう。明るく」
メイド長「そうですか。ふむ。まぁ、そう仰られるのなら」
魔王「出来るのか?」ぱぁっ
メイド長「我がメイド術に死角はありません」
魔王「おおっ!」
メイド長「こほん。――まおー様♪」きらきらっ
魔王「な、なんだ!? いま背後に花が見えたぞ!?」
メイド長「メイド術でございます」
魔王「それはそれで気色悪いな」
メイド長「まおー様。なんでそんなこと仰るんですか
こんなにお慕い申し上げていますのに。まおー様ぁ♪」
魔王「ううう。何でそう甘ったるい声を出す!?」
メイド長「この術の要点ですので」すちゃ
魔王「うううっ。早まったかもしれん」
690 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 17:28:23.80 ID:Xzdt3noP
メイド長「それにしても」
魔王「なんだ?」
メイド長「いいんですか、こんなに『図書館』に引きこもって」
魔王「まぁな、統治するならこっちの方が都合が良い」
メイド長「判らないではないですが」
魔王「魔界にはこれだけの資料も情報素子海もないからな。
プリンタもなければ汎用機もない。原始の世界だ」
メイド長「逆です。この空間が特殊なんですよ」
魔王「それはそうだがな。よいしょっと」
メイド長「どうされました?」
魔王「いや、多少はな。テコ入れしないと、
統治もままならないと思ってな。計画書を作っているのだ」
メイド長「ふむ」
魔王「魔界は部族や氏族が入り乱れて戦乱状態だ。
それは精霊五家の罪もあるから仕方がないが、
逆に云えばそれだけ戦える豊かさがあると云うことでもあるしな。
戦争が貨幣経済や流通網の発展を加速する側面がある以上、
一方的に非難するわけにもいかんのだが」
メイド長「はい」
魔王「とりあえずは、これだ!」
692 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 17:30:27.48 ID:Xzdt3noP
メイド長「これは紙ですね。随分粗いですが」
魔王「そう。図書館製ではなく、魔界製の『紙』だ。
森歌族に命令して作らせた」
メイド長「はぁ。これでどうなるのです?」
魔王「戦争の記録を義務づけるんだ。
勝敗から場所、日時、敵味方の人数や被害、
おおよその用意した物資、かかった費用、参加した武将」
メイド長「よく判りません」
魔王「目的はいくつかある。
まずは“記録を取る”という事に馴れて貰う。
専門職が育成されることもあるだろうが
長い目で見れば識字率の向上にも役立とう。
もう一つは自分たちのやっていることを理解して貰う」
メイド長「理解、ですか?」
魔王「戦を一方的に否定する気はないんだが
本当に必要な戦と、気分や遺恨でやってる戦を
混同するのも困る。自分たちがやっていることは
果たして支払った代価に見合った効果が得られる行為なのか
自覚して欲しいのだ」
メイド長「気の長い話ですね」
魔王「勇者が来るまで、そう時間はないから急ぎたいがな」
693 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 17:32:15.30 ID:Xzdt3noP
メイド長「勇者……ですか」
魔王「見るか? 新しい画像が手に入ったんだ」
メイド長「はぁ」
魔王「ほら、もう立てるようになったらしいぞ?
可愛いだろう? すごいだろうっ?
うーん、声を聞いてみたいなぁ」
メイド長「会いたくてたまらなさそうですね」
魔王「それは会いたいさ。
ゲートが封印されてさえなければお忍びで出掛けて
しまいたいくらいだ。
ほら、こっちの画像は寝ているところだぞ?」
メイド長「わんこと大差ありませんね」
魔王「そうだ! そこが良いんだよっ」
メイド長「まったく呆れたものです。まさに盲目ですね」
魔王「?」
メイド長「まおー様は可愛いですね」
魔王「馬鹿を云うな。可愛くなんて無いぞ。
勇者とわたしは、この世でたった二つのLiving Singularityだ。
勇者と出会えば、何かが変わる。
概念と概念が衝突し、化合し、反応して何かが始まる」
メイド長「多分それは戦闘かと思われます」
695 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 17:34:30.70 ID:Xzdt3noP
魔王「新しい視座が得られるんだ」
メイド長「はい……」
魔王「頭でっかちで、引きこもって、
無駄に長生きしてしまったわたしに、何かが起きるんだ。
その時になれば、わたし達は言葉を交わし
ほんの一瞬でも、何かを感じられる」
メイド長「……この件だけはロマンチックですね」
魔王「ロマンなど感じていない。
これは純粋な経済学的な市場拡大に対する欲求だ」
チカ、チカ、チカ
メイド長「そういう物でしょうか……おや」
魔王「どうした?」
メイド長「連絡です。失礼して」
魔王「部下も増えたな、メイド長。良いことだ」
メイド長「――。――――。――?」
魔王「早いところ啓蒙思想くらいは広めておかないとなぁ。
思想史くらいは広めたいんだが……NDC130番台かな?
あんまり機械文明を広めると、勇者が来た時揉めそうだしな。
海とか云うのさえあれば、色々やりようもあるのになぁ」
メイド長「――!? ――!!」
696 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 17:35:52.96 ID:Xzdt3noP
メイド長「魔王様っ」 くるっ!
魔王「どうした?」
メイド長「ゲートの封印が、解除されました」
魔王「は?」
メイド長「大規模な儀式法術により、封印が解除されたようです」
魔王「馬鹿な!?
勇者は言葉もまだろくにしゃべれないんだぞっ?
早すぎるっ。誰が封印を解除したんだ。
こちらから中和術式を呪核に注入できるわけがっ」
メイド長「いえ、人間です。人間界からです。
ゲート解除後、約1500名ほどが転移にて侵入。
――第一次聖鍵遠征軍。
そう名乗って付近の魔族の降伏を求めています」
魔王「至急使者を。急がせろっ」
メイド長「はっ」
魔王「わたしたちも、魔王城へ戻るぞっ」
メイド長「もちろんでございますっ」
魔王「なんでだ。何で人間がこっちに来るんだ!?
――勇者の誕生で結界強度が下がっていたのか?
だが、人間がこちら側に何の用があるって言うんだっ」
707 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 18:23:17.58 ID:Xzdt3noP
――大陸草原、雪の集合地
肥満領主「おお、寒い。なんて寒さだ!」
家令「さようですな」
肥満領主「何をしておる、もっと薪をくべんか」
小姓「はいっ」
肥満領主「夕飯はまだか? このような旅のテント暮らしでは、
せいぜいが精のつく物でも食べんとやっていられん」
家令「はぁ、では尋ねて参りましょう。少々お待ちを」
肥満領主「ふぅぅ。寒いな」ぶるるっ
ガサ、ガサッ
近衛兵士「失礼しますっ」
肥満領主「どうした?」
近衛兵士「我が領内の全騎士、全兵士そろいましたっ。
今回の出兵、我ら合計650でありますっ」
肥満領主「ふむ、思ったより少ないな。まぁ、よい。
傭兵団を加えれば1000は優に超えよう」
近衛兵士「はっ!」
708 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 18:24:55.35 ID:Xzdt3noP
肥満領主「他の陣幕はどうなっておる?」
近衛兵士「灰青王は近衛騎士団、斧騎士団を率いて到着。
山の国の重装騎士団、梢の国の弓騎士団もそろっておりますが
全体としては、まだ参集は進行中であります」
肥満領主「どれくらい掛かりそうなのだ」いらいら
近衛兵士「はっ。あと二三日はかかるかと……」
肥満領主「今日が参集日時ではないかっ。
何をしているのだっ!!
うすのろどもが、勝利が欲しくはないのかっ」
近衛兵士「騎士および兵士の配置はいかがしましょう」
肥満領主「このテントを中心に円陣の形態に天幕をはれ。
やれやれ、この分では戦までもうしばらく待つ必要が
ありそうだ」
近衛兵士「申し訳ございません」
肥満領主「よい。腰抜け領主どもめの仕業だ。
敵は? 南部の豚どもはどうしている」
近衛兵士「敵軍総数は、約2500程度。
森林の縁に張り付くように布陣しております」
肥満領主「ふっ。世界の辺境に張り付くように
生きていた野ねずみども、平原の中央に出るのが
恐ろしくて仕方ないと見えるな」
709 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 18:27:05.78 ID:Xzdt3noP
ガサ、ガサッ
傭兵隊長「領主の大将、いるかい?」
肥満領主「おお。隊長か? 数はどうであった?」
傭兵隊長「ご注文どおり、古強者どもを400そろえたぜ」
肥満領主「それはありがたい!
これで総数は1000を越える。圧勝は間違いのないところだな」
近衛兵士「ですなっ」
傭兵隊長「報酬の方は忘れて貰っちゃ困るぜ」
肥満領主「無論だ。金貨ははずもう。
また、活躍次第ではたっぷりとした恩賞も
期待してくれてかまわないぞ」
傭兵隊長「まぁ、そいつはいいとして、
もう一つの約束の方が大事さね」
肥満領主「無論覚えておる。冬の国に入った暁には、
最初の村とふたつめの村で二日間の略奪を許そう」
傭兵隊長「へっ。そいつが聞けりゃ十分だ。
石弓兵も用意してある。用があれば声をかけてくれ」
710 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 18:28:14.38 ID:Xzdt3noP
パサッ
家令「領主様。夕飯のお支度が調いましたようで。
よろしければ、いまからでも召し上がって頂けると」
肥満領主「よしっ」
家令「それから、なんでも付近の地主から樽酒の献上品が
あったそうです。なかなか上質の氷酒でして、それが
20樽もだそうです」
傭兵隊長「ははは。農民ども。よほど自分たちの農地が
荒らされるのが恐ろしいらしい」
肥満領主「まったくだな! 地に這いつくばるものの
せめてもの知恵か。ふふふっ。頂こうではないか。
そう言えば、隊長は夕飯はまだなのであろう?」
傭兵隊長「おう」
肥満領主「2,3日は戦闘も始まらぬようだ。
晩餐というわけにはいかんだろうが、一緒にどうだ。
ふむ、そうだ。傭兵の隊の方にも酒1樽を差し入れに
いってはいかがか?」
傭兵隊長「そいつはありがてぇな。寒さが紛れるってもんだ」
肥満領主「ははははっ。宮殿料理というわけにはいくまいが
今宵は、我らが勝利の前祝いと行こうではないかっ。
ふはははははっ!」
713 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 18:54:37.33 ID:Xzdt3noP
――湖の国、首都、『同盟』作戦本部
ガヤガヤッ
3ポイント上昇。買い指示だっ。強気で行け
銅の国、銅を積んだ船を発見
押さえろ。倍値でかまわんっ!!
青年商人「……物珍しいですか」
火竜公女「はい」 きょろきょろ
青年商人「まぁ。情報は交換の約束ですからね」
火竜公女「取引は公平でなければゆけませぬ」
青年商人「いいんですか? こんな場所で。
わたしは忙しいですが、腕の立つ護衛くらいは
手配出来ますよ? 市中の案内くらいされては。
魔界の情報を色々貰いましたからね、遠慮せずとも」
火竜公女「いぇ、いいのです」
青年商人「はぁ」
火竜公女「ここは商人様の仕事場なのでしょう?
壁に掛けられたあの大きな地図は、この世界ので
ございますね?」
青年商人「そうです」
火竜公女「では、街を見回るよりここに一日いましょう。
お邪魔はしませぬ。声も立てませぬ。
街と人々の暮らしに興味は尽きませぬが、
おそらくここは世界の中心の1つ。
――そうでございましょう?」
714 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 18:55:34.78 ID:Xzdt3noP
青年商人「……」
火竜公女「わたしは異境からの旅人ですが愚か者ではございませぬ」
青年商人「そうですね。これも取引です」
火竜公女「ええ、公平です」
青年商人「だがもう決して明け方に潜り込むようなことは
しないでくださいよ」
火竜公女「あれは何かの間違いでござりまするっ!
わたしには我が君とお慕いする殿御がいるというのにっ。
傷物にでもなったらどうするのです。いかが心得ますっ」
青年商人「被害者ぶっても通用しません」
火竜公女「この話は終わりと云ったはずですっ!!」
青年商人「かしましいですね、本当に」
カチャッ
職員「委員。昨晩の動きです」 バサッ
青年商人「了解、目を通します。――梢の国の買い付けは?」
職員「進んでいます! 小麦の相場は+165、一昨日付」
青年商人「……鈍化してきたな」
715 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 18:57:08.57 ID:Xzdt3noP
ガチャッ
辣腕会計「征伐軍、集合を継続中。遅れが出ているようです」
青年商人「遅れ?」
辣腕会計「士気が低く、どうも軍規に乱れがあるようで」
青年商人「驕っているのか……。冬寂王の策略か」
辣腕会計「策略だと見ますね」
青年商人「なぜ?」
辣腕会計「迂回されてはいますが、
冬の国の商人に氷酒が随分売れたようです」
ダッダッダッダ、ガチャン!!
職員「委員ッ!! 緊急ですっ!!」
青年商人「報告を」
職員「教会がバックにつき、
聖王国が金貨の再鋳造を計画しているようですっ!。
未確定ですが、現行の金貨28枚を新金貨10枚へと交換っ。
現行金貨は法によって所持も使用も禁止するとの
見方が強まっていますっ。
会わせてこの新金貨、交換比率を超えた数
鋳造されるとの情報もあります。確認急がせますが……」
719 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 18:58:51.32 ID:Xzdt3noP
青年商人「……ふふっ」
職員「い、委員……?」
青年商人「なかなか気の利いた手ではあるのでしょうが。
……勝負をかけてきたのは認めます。
新金貨は、現行金貨の2.8倍の価値を持つはずですが
その価値、守れるでしょうかね。
教皇ですか。それとも王かな。
本当に、本当の自分の国を知っているんですか?
知ることが出来るほど愛してるんですか?
大地から麦を得ると言うこと、岩を切り出し、
木炭を焼き、鉄を鍛え、パンを焼き、家畜を育てる。
それらのことを、どこまで理解しているんでしょうね。
我らは卑しい商人ですが
卑しいからこそ、そのことを忘れた日はない。
忘れれば、その炎はすぐさま我ら自身を焼き尽くすんですから。
いまこそ云えますよ。
“損得勘定こそ我らが共通の言葉”
――その意味するところは
“誰もが、少しでも幸福になりたい”ということ。
他者の幸福を認めると云うことだと」
青年商人「その一手で、民衆が幸せになれるのならば
わが『同盟』の負け、と云うことですがね」
720 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 18:59:58.70 ID:Xzdt3noP
辣腕会計「どうされます?」
青年商人「おそらく戦場は膠着します」
辣腕会計「はっ」
青年商人「“小麦引き渡し証書”なんてね……。
早すぎたんですよ。こんな物に頼って溺れようだなんて。
手元にない物を売るだなんて、自分で考えついて何ですがね。
それは、信用を売買するのと同じ事」
辣腕会計「……」
青年商人「信用に応える力があるのか無いのか。
連中、勘違いしてやしませんかね。
王侯や貴族、領主に教会。そんなものに信用があるなどと。
信用の源泉は大地。求められたものを生み出す事、
それを相手に必ず渡すこと。取引を凍てつかせないこと。
結局は大地からの収入が信用なのに。
信用を奪うことは出来ても、増やすことが出来ない
その農民を痛めつけるだけとは、商人とは云えませんね」
辣腕会計「彼らは、商人ではないんです」
青年商人「ええ。我らは商人の義を通しに行きましょう」
辣腕会計「はいっ」
青年商人「公女。冬の国へと行きます」
火竜公女「お供しましょう」
728 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 19:27:43.12 ID:Xzdt3noP
――貴族子弟からの手紙、氷雪の女王宛
我が敬愛する氷雪の女王へ。
過日国元を出ましてからずいぶんな時が流れました。
大陸中央部はまだ秋の気配を残しておりますが
道を行き交う馬車の量は少なく、人々の表情は冴えません。
麦を初めとして物資の値段が高騰しているようです。
こちらに来てから多くの領主や貴族、王族の方に
ご挨拶しましたが、顔色は三色。
戦の喜びに輝いているか、
決断の苦渋にしかめられているか
この冬の民を思って憂いておられるか
そのどれかのようです。
とはいえ、流石中央。
社交界は洗練されていますし、
流行のドレスは襟ぐりが深く悩殺されてしまいますね。
こちらに来てからリュートなども手すさびに始めまして、
楽しく過ごさせて頂いています。
まったく、国のお金で遊んでいるようで気が咎めるのですが
女王におかれましては、いかがお過ごしですか?
最新のドレスを一着、長手袋を2揃い送らせて頂きます。
すみれ色は女王にお似合いになるかと思います。
追伸.出来ましたら路銀の追加をお願いします。
追伸の追伸.そういえば、湖の国の女王が関税60%は
きついって云ってました。秘密同盟とかすればよい
ですよ、と云っておきました。他にも6領主が今年の
飢饉を乗り切るのが辛いとのこと。氷の国に甘えれば?
などと適当な事を喋っておきました。そういえば湖の国
から木炭と毛皮を送ったそうです。着きました?
738 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/12(土) 21:09:42.28 ID:Xzdt3noP
――冬の王宮、広間、対策本部
冬寂王「では、堅守を意識した布陣で」
女騎士「と、なれば騎兵戦力よりも、歩兵を。
特に槍兵を重視したいな。多少の工兵も必要だろう」
将官「防寒具も必要でございますね」
女騎士「揃うか?」
将官「それについては極光島の時に、
たっぷり中央に作ってもらいましたからね」
女騎士「すぐ手配してくれ」
勇者「わるいな。お守りのあとにはすぐに将軍で」
女騎士「いや、いいさ。
あの姉妹は無事に鉄の国に向かったよ。
いまこの状況では、戦場に近い冬の国よりも、
鉄の国にいた方が遙かに安全だろう?」
執事「……ふむ。暇を見つけて様子を見に行きましょう」
将官「おっぱい見たいだけですか?」
執事「にょにょにょっ。失敬な!」
冬寂王「これで、出来うる限りではある」
739 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 21:11:04.12 ID:Xzdt3noP
女騎士「わたしに任せろ、勇者。なるだけ誰も傷つけないさ」
勇者「でも、お前の愛剣って物騒だからなぁ」
女騎士「何を言うんだ。愛剣も愛馬も凶暴なくらいが丁度良いんだ」
勇者「無茶はするなよ?」
女騎士「もちろんだ! 必要とあれば1人も
怪我させることなくことごとく首をはねてみせるっ!」
執事「……」
冬寂王「将官。おまえも物資をとりまとめ次第、
後詰めとして補給持って合流、姫騎士将軍どのをお助けせよ」
将官「はぁ」
女騎士「中央の征伐軍か。総数はおそらく2万に迫るだろうな」
執事「聖鍵遠征軍以外で、ここまでの規模は類例がありませぬな」
冬寂王「こちらは、4500が良いところだろう」
勇者「……」
冬寂王「そんなに顔をしかめるな。
いずれにせよ、軍の指揮は勇者よりも将軍の方が
向いているだろう?」
女騎士「任せておけ! 腕が鳴る」
741 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 21:13:33.11 ID:Xzdt3noP
タッタッタッタ! ガチャン!
伝令「伝令、伝令であります!!」
執事「何事だっ」
冬寂王「申すが良い」
伝令「南氷海より伝令っ! ま、ま、魔族です!」
勇者「っ!」 女騎士「!!」 執事「!!」
冬寂王「数はっ!?」
伝令「不明です。現在集合中。遠隔目視では最低1500!」
勇者「こんなタイミングでっ」
女騎士「魔族の侵攻……。魔王……」
勇者「こんな時にな。はぁぁぁ〜。
ああ、俺が行く……。
あいつ、なにやってやがる。何かあったのかよっ」だんっ!
執事「勇者殿……」
冬寂王「勇者であれば……。相手が万の軍勢でも
平気なのかもしれぬが……。
すまぬ、これ以上の軍は割けぬのだ」
勇者「冬寂王」
冬寂王「ん?」
勇者「魔族ともやり合いたくないって云ったら呆れるか?」
742 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 21:14:53.04 ID:Xzdt3noP
冬寂王「……」
将官「そ、それは……」
冬寂王「どんなことをしてでも、二正面作戦は避けるべきだろう」
勇者「……」
執事「若……」
冬寂王「いまはそれしか云えないな」
勇者「そっか。ありがとう。って云うべきなんだろな」
女騎士「勇者、そ、その……。大丈夫なのか?」
勇者「余裕だぜ」
しゅわんっ!
女騎士「……」
執事「どういう事なのでしょう?」
冬寂王「……」
ガチャンッ!
伝令「伝令っ、伝令でありますっ!!」
冬寂王「何事だ! 魔族についてはすでに第一報がきているっ」
伝令「違います。早馬よりっ!
鉄の国に白夜王が軍2000が強襲っ! 一昨日の日付ですっ」
751 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 21:34:07.96 ID:Xzdt3noP
――冬の国、王宮、予算編成室
ダッダッダッダ! ダタン! ダッダ!
青年商人「なかなかに活気がありますね」
商人子弟「殺気立っているんです。騒がしくて済みません」
火竜公女「……」
青年商人「いえいえ、この状況ですから、お察ししますよ。
このようにお手紙を差し上げることもなく、
突然押しかけて申し訳ありません」
商人子弟「いえ、お待ちしていたところです」
青年商人「ほう」
商人子弟「確認させて頂きますが……」
青年商人「はい」
商人子弟「このテーブルでゲームをされていたのはあなたですね?」
青年商人「なぜそう思うのです?」
商人子弟「でなければ、いま、ここに訪れる意味がない」
青年商人「わたしは操り人形で、
本当のプレイヤーは背後に控えているかもしれない」
商人子弟「遠隔操縦で交渉を?
それは時間が余っている時の手法でしょう。
こういった場合、交渉者に裁量権を与えない限り機能はしません。
そして、もしあなたが人形だとしてもこの場の裁量権を預かって、
ある程度自分の判断で交渉の可否を決定できるのならば、
それは傀儡ではなくプレイヤーの1人と認識します」
752 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 21:35:00.73 ID:Xzdt3noP
青年商人「ふふふっ」
商人子弟「もし僕なら自分で出向きます。物見高いですから」
青年商人「よく判ります。荷物に関税をかけたのはあなたですね?」
商人子弟「そうです」
従僕「はぅー」
商人子弟「ああ。お茶を頼むよ」
従僕「はいっ!」たたたっ
青年商人「可愛らしい少年ですね」
商人子弟「見習い、のようなものです」
青年商人「では、交渉とまいりましょうか」
商人子弟「……」ごくり
青年商人「今日の交渉は多岐にわたります。 要点をかいつまんでお話ししましょう。
第一点。三カ国同盟領内の通行権、この勅書を頂きたい。
現在の関税ですと、品物が出て行く時に貨物に応じた
額となりますね。これを『同盟』に限っては
特例を設けて頂きたい」
商人子弟「特例、とは?」
青年商人「それは三カ国通商内部で商いを行わない場合です。
持ってきた荷物を、ただ単純に通過させたい場合。
これならば通商圏内の経済には影響を与えないでしょう?」
商人子弟「それは……そうですね」
753 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 21:35:53.82 ID:Xzdt3noP
青年商人「第二に極光島の租借交渉です」
商人子弟「は?」
青年商人「極光島は地理的に云って冬の国の領内にありますね。
これを貴族領、もしくは荘園に準じたような形態で租借したい。
『同盟』が借り上げるのでもかまいませんが
これについては第三者がおります。
この交渉は代理交渉であると理解して頂いてかまいません」
商人子弟「はぁ……。どこの誰です? あんな場所を」
青年商人「第三。『同盟』内部には銀行組織があります。
ご存じですか?」
商人子弟「知っていますよ。その銀行による
資金の流動化と集中が『同盟』の大きな武器の1つですよね」
青年商人「その銀行組織を含む、『同盟』の商館を
通商同盟三カ国の首都にそれぞれ構えたい。
この許可を頂きたい」
商人子弟「それは比較的有り難く、わかりやすい話です」
青年商人「第四に、わが『同盟』は三カ国通商同盟の備蓄する
全ての馬鈴薯を引き取る用意があります」
商人子弟「……は?」
青年商人「以上が本日の案件です。特記事項として、お察しか
とは思いますが、現在『同盟』には金貨が殆どありません。
これらの交渉は金貨を用いないやり方でお願いしたい」
754 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 21:38:16.40 ID:Xzdt3noP
商人子弟「……」
ぱたんっ!
従僕「お茶をお持ちしましたぁ!」
商人子弟「ああ、お配りしてくれ」
従僕「はいっ!」
商人子弟「……」こくっ
青年商人「これは暖まりますね。ジャムを入れるのですか」
商人子弟「ええ、雪国ですからね」
火竜公女「ありがとう、坊」
従僕「えへへへ〜」
商人子弟(あんなフードをかぶってるからどんな面相かと
思えば、ずいぶんな美人じゃないか)
従僕「あっ。お菓子も持ってきます!」 ぱたぱたっ
青年商人「落ち着く執務室ですね」
火竜公女「ええ、本当に」
商人子弟(どういう事だ……。考えろ。
一連の交渉に、どんな意図がある?)
759 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 21:47:15.94 ID:Xzdt3noP
商人子弟(まず、第一に銀行つきの商会、だ。
あんな言い方をする以上、銀行機能を解放……
少なくとも、ギルドか国には解放すると云うことなのだろが。
それにどんな意味がある? そりゃ、いま人が増えている
我が国にとっては渡りに船の話だが……。
しかし、そんなことが公になったならば、
そりゃぁおおっぴらにではないだろうが、
中央や教会での『同盟』の立場が悪化するんじゃないのか?)
商人子弟(いや、そうか)
商人子弟(これは、順番が重要なんだ。つまり、三番目に
話した商会の話は、1,2を通した後のご褒美、と云った
ところか……)
商人子弟(と、なると順番に考えないとな。
1は通行権の勅書か。これは容易いな。
そもそもあの関税は国内の物資流出を防ぐためのもの。
ただ通り抜けるなら、この商人の云うとおり、
我が国にはほとんど影響がない。
……が。
何だろう、この違和感は)
商人子弟(次は2についてか。
相手が判らないと何とも云えない不気味さはあるが。
付近の漁業や海運に問題を生じないのならば検討の余地はあるな。
だが、誰が? 何のために?
あの島で何を行うつもりだ? 塩か?
島の租借をしてまでそんなことをする意味はどこにある?)
761 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 21:48:21.18 ID:Xzdt3noP
商人子弟(3は良いとして、4か。
4についても順番としてはご褒美なんだろうが、意味が不明だ。
そもそもこの商人は三ヶ国がどれほどの
馬鈴薯を保有しているか把握しているのか?
なまじっかな相手に売りさばけるような分量ではないんだぞ。
小国とは言え国家備蓄だ。
そもそも馬鈴薯が食料として通用する国はそこまで多くない。
通商同盟三ヶ国、それに湖畔修道会の元本拠地だった
湖の国やその隣国、梢の国。
その辺までは、多少広まったはずだが、現在の異端作物指定で
どこまで買ってもらえるものか……。
だいたいその二ヶ国でさばける量じゃないはずだ。
いったい誰に食べさせようと云うんだ)
商人子弟(意味……誰……何処……。
どこ……?
そうだ。1についても同様だ。
我が領内を通り抜けて何処に行くと言うんだ?
白夜の国だろうが、他の国だろうが、我が領内を
通らなくてもいけるじゃないか。
我が国を通り抜けることで圧倒的に輸送コストが
安くつくような航路があるのか?
いや、新発見されたのでもなければそんな航路は存在しない。
氷の国か鉄の国で商売を? 意味がない。
その関税は通商同盟の内部では効力を持たない設定だ。
“三ヶ国から外に出る”が発生条件なのだから)
762 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 21:50:41.54 ID:Xzdt3noP
商人子弟(金貨がない、ということは今回の買い占めで
金貨を吐き出したと云うことなのだろうな。
無理もない。これだけの規模だ。
中央の物価上昇はすさまじい状況だろう。
国民は塗炭の苦しみだろうな。
……一部の領主は財政出動、社会保障や公共工事によって、
民間に貨幣を回そうと頑張ったようだが、
大陸全土の貨幣、通商が繋がっている状態では焼け石に水だ。
どんなに貨幣をばらまいても、他国にも流れている限り、
自分の領地のインフレは、薄まらない。
大ダライの氷水を、スプーンの湯で暖めようとするものだ)
商人子弟(先生の話ではこの種の財政出動、財政政策は
状況によっては有効と云うことだがな。今回ばかりは
状況が酷すぎる。全領主が同時にするのでもない限りは。
……財政政策。
銀行……? 金融?
金融……政策? 金融政策が向こうなのは固定相場を採用?
先生の言葉によれ貨幣が一種しかないこの大陸は
完全固定相場を敷いてるわけだ。だからこそ財政出動が有効で)
商人子弟(あ、あ、あっ……)
商人子弟「あなたはっ。小麦を物資だとは見ていないっ。
現在、疑似通貨としてみているっ」
青年商人「ええ」にこっ
763 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 21:52:08.75 ID:Xzdt3noP
商人子弟「そしてその小麦を、
三ヶ国通商同盟に投資するおつもりかっ!?」
青年商人「ご名答です」
商人子弟「そ、そ、その心は……」
青年商人「心は?」
商人子弟「――二大通貨体制」 ぞくっ
青年商人「はい、そうです」にこっ
商人子弟「本気なのかっ!?」
青年商人「中央の成長能力は弱まっている。で、あれば
新興市場で成長が期待できる地域に投資するのは
もっともな判断かと思いますが?」
商人子弟「我が国はその中央と戦争中なんだぞ!?」
青年商人「戦場で稼ぎたければ、火の粉が飛んでくる距離が良い。
……我が師の言葉です。命をはるのは兵士ばかりではない」
商人子弟「それだけの成長保証が何処にあるんですかっ!?」
青年商人「1と2の中に」
商人子弟「……」
従僕「う−?」おろおろ
商人子弟「……っ!」
765 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 21:55:11.16 ID:Xzdt3noP
青年商人「そうです」
商人子弟「そ、そのようなことが出来ると思っているんですか?
わたしたちは、やっとの思いであの島を取り戻したんですよっ」
青年商人「勝ったから出来るのです」
商人子弟「どうしてそんなことを思いつきます。
なぜそのようなことを実行しようとするんですっ!?
あ、あなたは。我が国の領海を抜けて……。
魔族との通商を開始するおつもりだっ!」
青年商人「はい」
商人子弟「なぜ……。そんな……」
青年商人「わたしが商人だからです」
商人子弟「しょう……にん?」
青年商人「商人だから、魔族と取引できるのです。
この世界は敵と味方だけですか? 白と黒だけですか?
そうであれば……勇者は何を苦労しているのですか?
あの方は何を夢見ているというのですか?」
商人子弟「……っ」
青年商人「誰もが異なる正義を持っているのです。
我らは誰しもが、そうなのです。
正義ではわかり合えない我らは、誰しもが
“もうちょっと幸せになりたい”とささやかな願いを抱いている。
ならばその一点で妥協し取引するのは、
我らが役目でしょう。ちがいますか?」
766 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 21:57:46.76 ID:Xzdt3noP
パサッ
火竜公女「妾からも伏してお願い申し上げる」
商人子弟「あ、そ……その……角」
青年商人「彼女は火竜公女。
現在魔界にて唯一、人間と魔族が共存する街、開門都市。
その自治政府の代表者です」
火竜公女「我らには塩が必要なのだ。
……あの島を、貸して欲しい。
謝罪もしよう。代価も払おう。
我らは、あの島において敗者であった。
どうかどうかお願いする」
商人子弟「あ、あっ」がたがたっ
火竜公女「衛兵を呼ぶまでもない。
望むならこのまま虜囚にもなろう。
ただ、どうかこの件だけでも検討して頂けまいか?」
従僕「それ、つの?」
火竜公女「そうじゃ。坊。妾の自慢の薔薇水晶の角だ」
従僕「あの……」どきどき
火竜公女「?」
従僕「触って、良いですか?」
火竜公女「もちろんだ」にこっ
790 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 22:18:34.28 ID:Xzdt3noP
――南極海、ゲート周辺
しゅわんっ!
勇者「この辺か? ――“飛行呪”っ」
勇者「っと、こいつは目立つんだよなぁ。
特にこんな氷原だと。……あっちか?」
(戦争を終わらせるのが軍だとすれば
終わる着地点を模索するのが王の役目だ)
勇者「わりぃな。魔王。……魔王はさ、魔の王だけど
俺は王じゃなくて勇者だから。やっぱり着地点なんか
探せなかったよ。何でこうなっちまうのかなぁ」
(どうだ? 私の物にならないか?
私はあんまり我が儘は言わないぞ)
勇者「嘘つけ、お前会ってからこっち、
ずっと我が儘ばっかりじゃないか。
あれをする、これをする。
あっちに行きたい、何処へ連れてけ。
今度はあれやそれを作る。――そんなんばっかりで。
そのくせ、おれが魔界へ行く時もちっとも反対なんかしなくて。
我が儘言わなきゃいけないタイミングで
1回も我が儘言わなかったじゃないか」
791 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 22:19:46.03 ID:Xzdt3noP
(『丘の向こう側』に一緒に行ってくれればそれだけで満足だ)
勇者「そんなのな」
勇者「そんなの俺だって絶対見てみてぇよ」
勇者「魔王と、俺と、女騎士と、爺と、王様と、
メイド姉妹にメイド長に女魔法使いに開門都市のみんな、
南部の国のみんな、冬越し村のみんなに、
実を言えば中央の連中にだって見せてやりたいよ。
魔族にだって見せたいよっ」
勇者「……だって」
勇者「だって、おれ。
壊したり殺したりするばっかりで
何にも作ってないじゃんね」
ヒュバァァァァァ!!
勇者「他人に見せられるような作品なんて
一個も作ってないじゃんね」
勇者「だからさ」
ヒュバァァァァァ!!
勇者「だからもう、やめろよっ。
俺には微塵も云えた義理はないけどっ。
壊したり殺したり、それで何かが達成出来り
偉いと思ったりするのさっ!!」
792 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 22:20:49.56 ID:Xzdt3noP
ヒュバァァァァァ!!
勇者「あれかっ。蒼い肌……。蒼魔族の大型種。
長距離侵攻用の装備か、糧食もあるな。撤退させるとすれば
アレを狙うか……」
「おうけい」
勇者「……?」
「……数に入ってた」
勇者「は?」
「……数にはいってたのは、すこし偉い」
勇者「え ……あ?」
女魔法使い「……」こくり
勇者「おまえ、何処にいたんだよっ!?」
女魔法使い「……出待ち」
勇者「はぁ?」
女魔法使い「……うそ。図書館」
勇者「『外なる図書館』かっ?
どうやってもたどり着けなかったあの場所か!?」
女魔法使い こくり
793 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 22:21:43.93 ID:Xzdt3noP
勇者「それにしたって……」
女魔法使い「……あそこは一族しか入れない」
勇者「……?」
女魔法使い「あれ」ぴしっ
勇者「ん? ……ああ、魔族だ」
女魔法使い「まだ、ころしたい?」
勇者「……いや。さっぱり。ただ、止めたいだけだ」
女魔法使い「……判った」
勇者「は?」
女魔法使い「目をつむって」
勇者「……? 判った」
女魔法使い ぴとっ
勇者「ぅわ、ひゃっこいっ!!」
女魔法使い「……連絡回路を形成した」
勇者「通信魔法か?」
女魔法使い こくり
勇者「相変わらず、なんか昼寝してそうな雰囲気だな」
女魔法使い「きのせい」
799 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 22:22:35.94 ID:Xzdt3noP
女魔法使い「行って」
勇者「?」 女魔法使い「……魔王が、待ってる」
勇者「魔王を知っているのか?」
女魔法使い「……待ってる。あなたのかわりは、わたしがする。
わたしがあいつらを始末したら……最大呪文で、ゲートを
壊して」
勇者「そんなことしたら、魔界へ行けなくなっちまうだろっ」
女魔法使い「……」
勇者「……壊せば、いいのか?」
女魔法使い こくり
勇者「どれくらい?」
女魔法使い「最強」
勇者「どんだけえぐれるか保証できないぞ!?」
女魔法使い「必要」
勇者「なにが?」
女魔法使い「勇者が、必要」
813 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 22:40:47.36 ID:Xzdt3noP
――南極海、ゲート直情
女魔法使い「魔族総数2670。距離測定開始」
女魔法使い「照準固定、圧縮術式解凍中」
女魔法使い「解凍15%……37%……59%……81%」
女魔法使い「指定範囲カレントエリア、コンフリクト解除」
女魔法使い「勇者の……」くわっ!!
ぎりぎりぎりぎりぎりっ
女魔法使い「勇者を助けるためにっ、
こっちは連続圧縮で時間伸張してまで術式ため込んでるんだっ。
あぁん!? わかるか、お前らっ!
こっちの年期と覚悟がっ!!
勇者に何かがあれば必ず駆けつけっ、
その願いを叶える。
その魔法使いがっ。魔法を使うあたしがっ!
あの日。
あの夕暮れの中でっ!
何も出来なかったあたしのプライドがっ!
どんだけ軋んだかっ!
いくつの夜を歯ぎしりと共に過ごしたかっ
お前らみたいなぁっ!! 三下のドさんぴんっ!!
あ い て にぃぃぃぃ!!
出来るかよぉぉぉぉっ!!!!」
816 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 22:41:48.80 ID:Xzdt3noP
勇者「あいつ……また過激になってやがる……」
女魔法使い「消し飛べっ! このち○かすがぁっ!!」
ヒュバッ! ヒュバッ! ヒュバッ!
ヒュバッ! ヒュバッ! ヒュバッ!
ヒュバッ! ヒュバッ! ヒュバッ!
勇者「転移っ!? まさか、こんだけの数を個別転移してるのか!?」
「……除去完了」
勇者「わ、わかった。行く。広域雷撃っ!!」
ごろごろごろごろ! ズガーン!
「たりない」
勇者「っ!? くっそぉ、魔力結晶! 超高域雷撃、撃滅呪文!!」
「もっと」
勇者「その声、テンション下がるんよっ。
いや、さっきのはいいです……。。うううぅ!
雷撃! 雷撃! 雷撃! 極大雷撃殲滅ッッ!!」
勇者「ど、どうだっ」
「……広域破砕を確認」
817 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 22:42:56.79 ID:Xzdt3noP
「飛行呪で土煙内部に特攻」
勇者「おうっ!」
ヒュバァァァァァ!!
「あと25秒」
勇者「……我ながらやり過ぎたか?
とんでもないクレーター出来ちまったんじゃないか?」
「臨海面接触」
勇者「え?」
「加速して突破」
勇者「おっ、おうっ!」
ヒュバァァァァァ!! パァァァァア!
勇者「明るいっ、な、なんだ。この風っ。何処に抜けたっ!?」
「ちかせかい」
勇者「え?」
「斥力光球に照らされた地下世界。
……“魔界という別世界”は、存在しない」
916 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 14:23:05.27 ID:6HXLExsP
――鉄の国、国境付近の街道、峠道
ダカダッ! ダカダッ! ダカダッ!
片目司令官「駆れ! 駆れっ!」
将校「ハイヤッ! ドウドウッ!」
片目司令官「フハハハハっ。見せてやる、地獄を見せてやるぞ」
将校「はっ! 士気も上々でありますっ」
片目司令官「ふんっ。酒と女。略奪の褒美だ」
将校「ふはは。そうでありますな」
片目司令官「数と隊列は」
将校「は。軽騎兵1500! 歩兵500! 傭騎兵400、傭兵600。
徒歩の歩兵500は後方距離、1日。
傭騎兵400はあと一時間で合流っ。そのほか傭兵600のほうは
別ルートから森を抜けて進軍中」
片目司令官「用意しておいた軍使はどうなった?」
将校「はっ。捕虜の鉄の国兵士をつかいます。
明朝の夜明けとともに宮殿へ到着。
我らの宣戦布告を通達するでありましょうっ」
片目司令官「よっし、全軍停止!!」
軽騎兵「停止! 停止っ!!」
軽騎兵「止まれぇ」
将校「静聴っ! ただいまより司令官の指示があるっ!」
918 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 14:24:58.50 ID:6HXLExsP
片目司令官「聞けっ! 白夜の騎兵達よ!
われらは明朝、夜明けより1時間の後、鉄の国を強襲するッ!!
鉄の国は三ヶ国通商同盟なる愚劣な世迷いごとをほざく
背教者の一党である。
きゃつらは愚かにも光の精霊に背を向けた破門の輩となった。
これは聖なる戦であり、奴らの頭上には精霊の
怒りが降り注ぐだろうっ」
「――背教者に鉄槌をっ!」
片目司令官「我が軍は、この後しばらく並足にて移動、
森林近くで休憩、仮眠を取る。交代で休むが良い。
騎馬の世話を行え。明日は存分に働いて貰うぞ。
武器の手入れも怠るな。
血を吸う飢えた刃を愛でて眠るのだっ!
白夜の子らよ、貴様らに精霊の祝福あれっ」
「――おぉぉおっ!!」
将校「ふふふっ。奴らも仰天しましょう」
片目司令官「鉄の国のような弱敵、相手にもならぬ。
ぐぅっ!! 〜っつぅ!!」 ぎゅっ
将校「ど、どうなさいましたっ!」
片目司令官「く、暗闇がっ! 燃えるっ。この瞳が燃えるっ。
囓るなっ、わ、わ、我を囓るなっ! 去れっ、悪魔の使いめっ!
我が瞳を、我が光を。グギャハハハっ。ああ、そうだ。
見返してやるぞ、冬寂王とやらっ。
忘れはしないぞ、裏切り者の砦将めっ。
我があの苛烈なる魔界の彷徨を決死の思いで抜け出た先に
魔族の伏兵を配した冬寂王っ。そのうえ、何の落ち度もないかの
ように振る舞いおって。地獄の業火すら生ぬるいっ。
鉄の国は始まりに過ぎん。
我を侮辱した者どもに最高の恥辱を味あわせてくれるっ」
919 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 14:26:50.37 ID:6HXLExsP
――鉄の国、国境付近の街道、山裾の平地
斥候「きっ! 来ました! 鏡光信号確認っ」
鉄国少尉「本当に来ましたね……」
軍人子弟「かえってすっきりしたでござろう。
長い間出番の待機するのは嘘偽りなく疲れるでござるよ」
斥候「詳しい情報は山中より鳩がくると思いますが……」
軍人子弟「なに。おおよそは判るでござる。
軽騎兵中心の高速機動戦力2000。
白夜の国の常備軍と傭兵の混合部隊。
出発は斥候の目視で確認済みでござるしね」
斥候「はっ」
鉄国少尉「2000ですか」
軍人子弟「もうちょっと多いかと思ってござったが。
まぁ、このタイミングでこの数と云うことは国内治安にも
不安が生じているのでござろう。
王宮内権力掌握のためか、農奴の反乱に備えるためか、
白夜王が手元にも多少の兵を起きたがった証拠と云えるで
ござろうな」
鉄国少尉「しかし、こちらは冬の国へも兵力を送った関係で
訓練を受けた兵士400、開拓民をざっと訓練した即席兵が
これも500とすこし……勝負になりません」
920 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 14:28:56.29 ID:6HXLExsP
軍人子弟「笑うでござるよ」 にかっ
鉄国少尉「……そんな無茶な」
軍人子弟「おのおのがたっ!!!」
ざわざわ
軍人子弟「ただいま斥候により連絡があった!
百夜の国の騎兵約2000がここに向かっている!!
これは非常によい知らせでござるっ!
なぜなら百夜の国がこのような戦に
騎兵2000しか送ってよこさぬと云うことは、
百夜の国はもはや最低限の兵力しか
残っていないと云うことを示すからでござる!
おのおのがた!
さらに云えば、ここはおのおの方の国でござるっ!
おのおの方のかけがえのない大地でござるっ!
つまり、この一戦に勝利すれば、おのおのがたの故郷たる
土地も、家も、畑も、家族も守ることが出来るのでござるっ!
確かに敵の数は多い。
しかし、勝機は十分以上にあるでござるっ!
おのおの方の中には、白夜の国から逃げてきたものもいれば
白夜の国に同胞とも友も呼べる身内を持つ者もいるでござろうっ。
この一戦は、彼らのために行うものでもあるっ!
馬鈴薯を食って、笑うでござる!
姫将軍、白き剣士……。我が師は云ってござった。
“苦しい戦いで笑えれば勝利は自ずと手の中にある”と。
敵の数は倍なれど、それ見据えて笑うでござる! 覚悟を決めよ!
たった一つ断言するっ。勝つのは我らでござるっ!」
930 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 14:38:59.48 ID:6HXLExsP
――鉄の国、国境付近の街道、峠の裾
ダカダッ! ダカダッ! ダカダッ!
片目司令官「もはや国境も越えたっ、
今日の大地はたっぷり血の供物を受け取るだろう。あはははっ」
軽騎兵「司令っ! 前方、敵兵を発見っ!!」
将校「なんだって!? そんなっ。まだ殆ど夜明けだぞっ。
宣戦布告は届いていないか、届いたとしてもその直後のはずだっ」
軽騎兵「数は不明、街道で動揺している模様っ!」
片目司令官「狼狽えるなぁっ!!!」 ビリビリっ
将校「はっ!」
片目司令官「おそらく国境警備兵でしかないっ。
多少数はそろえているかもしれんが、多くて数百っ。
練度も一線とは比較にならぬっ。
鉄の国が中央との会戦に備えて兵力を供出している事実は
内通者を通じて入手しているっ」
将校「はっ!」
片目司令官「全軍全速前進っ! 前方の人影は敵兵だっ!
村ではないぞ、略奪には及ばぬっ!
残敵掃討は遅れてくる歩兵に任せておけっ。
一気に襲いかかり、蹴散らせっ!!」
将校「全速前進っ!」
軽騎兵「「「白夜の勇猛をっ!」」」
ダカダッ! ダカダッ! ダカダッ!
931 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 14:40:22.92 ID:6HXLExsP
軽騎兵「見えた、あいつらかっ!」
軽騎兵「はっ。なんだあれは!? 冗談なのか?
自分たちが掘った落とし穴に自分たちで勝手に落ちているのかっ!
鉄の国の兵士は馬鹿なのかっ」
軽騎兵「一気に行くぞっ!」
軽騎兵「「「おうっ!」」」
ダカダッ! ダカダッ! ダカダッ!
軽騎兵「っ!?」 ドシャァ!
軽騎兵「落馬っ、間抜けが。あはははっ。
一番乗りはこの俺――ギャッ!!??」
軽騎兵「な、なんだっ!? 落馬、なぜっ!?
馬が暴れるっ。何をされているっ!?」
軽騎兵「どけぇっ! 馬にぶつかるっ。何をしているんだっ」
軽騎兵「これはっ、網だっ。……魚取り用の網が何で地面にっ」
軽騎兵「切れっ! 網くらいっ! 下馬して切るんだっ」
ジャッ
軽騎兵「くっ、この糞網めっ! 小細工をグフッ!」
ヒュダダン! ヒュダダンッ!!!
軽騎兵「弓だっ。石弓っ!? どこからっ!?」
932 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 14:41:50.68 ID:6HXLExsP
――鉄の国、国境付近の街道、山裾の平地
軍人子弟「さて、講義の時間でござる」
鉄国少尉「こんな時にっ。敵は目の前ですよっ」
軍人子弟「我が師は教育を説いてござった。
何時いかなる時でも後続を育てなければ、と。
これは伝統でござるよ」
鉄国少尉「は、はぁっ」
軍人子弟「騎馬の持つ意味とは大きく三つあるでござる。
まずは高速移動。
これは戦場と戦場の間を早く移動すると云うことでござるね。
遠征などには重要な要素でござるが
今回のような場合にはあまり関係ござらん。
第二はその機動力でござる。
第一と混同されがちでござるが、これは戦場において、
敵の弱点に敵が反応し切れないうちに攻撃を行う能力でござる。
本質的に移動力と機動力は別の意味合いをもつでござるね。
機動力は敵の部隊に隙が存在し、それを見抜くことが出来る
司令官の下では強力な武器になるでござる。
この機動力に対抗するには情報遮断と、
こちらの軍の有機的連携が重要でござる」
鉄国少尉「は、はぁ……」
斥候「敵兵接近! 土埃が見えます! あと1分前後で
到着すると思われますっ!!」
933 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 14:42:58.90 ID:6HXLExsP
軍人子弟「第三のポイント。
今回のような戦闘で、もっとも恐ろしいのは突破力でござる。
そもそも騎兵の攻撃力は高くないはずでござる。
なぜなら攻撃翌力の高い両手用の武器が使えないのでござるからね。
にもかかわらず騎兵がこれほどの戦闘能力を発揮できるのは、
まず、馬そのもの戦闘能力があり、
また馬に乗るという技術を習得できる階級が裕福であり
戦闘訓練を十分に得られるという事実。
そして高所からの攻撃による振り下ろし破壊力によるところが
大きいのでござる。
これらに馬の突進力が加わり、
騎兵は瞠目に値する高い突破力を有するのでござるよ」
鉄国少尉「その突破力がこちらに向かっているんですよっ!」
軍人子弟「慌ててはいけないでござる」
斥候「接触30秒前っ!!」
軍人子弟「おのおの方っ!! 石弓の準備をっ!!」
鉄国兵士 ガチャ、ジャキッ!
軍人子弟「第一射撃の優先目標!
立ち止まった兵馬。および下馬した兵士!
敵は速度重視の軽騎兵でござる。
石弓を防ぐ板金鎧の装備はないっ!
無理せずマトの大きい胴体を狙えっ!」
斥候「接触! あ! 混乱してますっ! 馬が転んだり
ああ、突っ込んできた! ち、近いですっ!」
軍人子弟「まだまだぁっ! 引きつけよ……っ。斉射ッ!!」
934 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 14:43:54.12 ID:6HXLExsP
ヒュダダン! ヒュダダンッ!!!
ヒュダダン! ヒュダダンッ!!!
鉄国少尉「命中多数! 倒れていますっ!!」
軍人子弟「喜ぶなっ!! 役目をこなすでござるっ!
即席兵っ! 射出済み石弓を受け取れっ!
装弾済み石弓を即座に交換っ! 鉄国兵士は照準っ!!
そこっ! 頭を上げるなっ! 体勢を低くっ!
塹壕を信頼して、集中して作業を続けるでござるっ」
うわぁっ!
これはっ、網だっ。……魚取り用の網が……
切れっ! 網くらいっ! 下馬して切るんだっ
軍人子弟「第一射撃の優先目標!
馬を狙って混乱誘発! 引き寄せよっ。誘い込むでござるっ!」
鉄国兵士 ガチャ、ジャキッ!
軍人子弟「斉射ッ!!」
ヒュダダン! ヒュダダンッ!!!
ヒュダダン! ヒュダダンッ!!!
鉄国兵士「やった! 落ちてるぞっ!」
即席兵士「装填完了っ。次をどうぞっ!」ごしごし、にかっ!
鉄国兵士「おお、どんどんいこうっ!」にやりっ
935 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 14:44:47.48 ID:6HXLExsP
――鉄の国、国境付近の街道、山裾の平地
片目司令官「何が起きているっ!? 何故止まるのだっ!」
将校「敵兵の抵抗かと……」
片目司令官「速度を行かして突破せぬかっ! 前進せよっ!」
将校「全軍前進っ! 敵は少数だっ! 押しつぶせっ!」
片目司令官「何をしているのだっ!」
わぁぁぁぁ!!!
わあああぁぁぁああ!!
軽騎兵「し、司令っ! 前方には足止めの網がっ!」
片目司令官「網!?」
軽騎兵「はっ! 鉄線で強化された魚取りの網が街路に
配置され、それが馬に絡みついて足止めをっ!
そこに石弓が飛来していますっ!」
片目司令官「敵数はっ?」
軽騎兵「未確認っ」
片目司令官「なぜ判らぬっ。撃たれているのだろうっ」
軽騎兵「敵はどうやら、地面に穴か溝のようなものを
掘って落ちているらしく、視認が困難ですっ」
片目司令官「っ!! 機動力を生かせ。
前線を押し上げると共に後列兵力を左右に回すのだっ!!」
943 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 15:00:25.98 ID:6HXLExsP
――鉄の国、国境付近の街道、山裾の平地
ヒュダダン! ヒュダダンッ!!!
ヒュダダン! ヒュダダンッ!!!
軍人子弟「いま隠れているのは塹壕と呼ぶでござる」
鉄国少尉「はっ、はいっ」
軍人子弟「また、こういった人工の地形全般を
野戦陣地などというでござるね。
もっとも先生から聞いたことで、他で聞いたことはござらんから
先生の思いついたことかもしれないでござるが」
斥候「落馬多数! 前線は混乱していますっ!」
軍人子弟「敵の突破力を殺すための手法の一つとして
覚えると良いでござるよ。
――連続射撃っ!!
装填係の即席兵はあらかじめの割り振りどおり、
防御と装填に班を分けよっ!
防御班は陣地に侵入した敵兵の排除、および落下してきた
馬などを邪魔にならぬように移動っ!
射撃兵と装填は右翼に攻撃を集中っ!
自由目標射撃でござるっ!
焦らず照準をすることっ。
おのおの方の隣では兵士ではないにも関わらず
勇気を持って参加してくれた仲間が石弓に鉄矢を
装填してくれているでござるっ!
じっくり照準をしても、
普段よりずっと早く射撃できるでござるよっ」
944 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage_saga]:2009/09/13(日) 15:01:49.05 ID:6HXLExsP
――鉄の国、国境付近の街道、山裾の平地
片目司令官「ええい、まだ突破できんのかっ!」
将校「はっ」
片目司令官「殺せっ! 殺すのだっ!!
前線を突破した兵士には金貨百枚の褒賞を与えるぞっ!
鉄の国の軟弱兵など、木っ端微塵に打ち砕いてしまえっ!」
軽騎兵「膠着打破っ!」
片目司令官「動いたかっ?」
軽騎兵「側面攻撃が効果をあらわしつつありますっ。
左翼の防御は固いようですが、右翼は手薄の模様っ。
まばらな林を抜ければ、敵の陣地の後背さえつけますっ!」
片目司令官「よっし! 全軍投入っ!
正面の落とし穴に圧力を加えつつ右翼重心で前進っ!!」
軽騎兵「「「白夜の勇猛をっ!」」」
ダカダッ! ダカダッ! ダカダッ!
将校「……いや」
軽騎兵「どうされました、副官殿?」
将校「こ、これはっ」
片目司令官「何だと云うんだっ」
将校「右翼の前進が早いのでは……と。
こ、これは……吸い込まれるようなっ」
946 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage_saga]:2009/09/13(日) 15:05:38.28 ID:6HXLExsP
――鉄の国、国境付近の街道、山裾の平地
鉄国少尉「敵が左翼へ流れ始めましたっ」
軍人子弟「そもそも、この陣地は斜線陣地でござるからね。
前進を繰り返せば、主力軽騎兵ほど左翼へ流れるでござる。
しかし、一度混乱した前線を抜けた騎兵に突破力はない。
突破力はないが、後ろから押されるように狭い密集地帯に
圧縮誘導される。そういう陣地でござるよ」
鉄国少尉 ごくり
軍人子弟「さぁ、仕上げでござる。少尉も拙者も出番でござるよ」
鉄国少尉「はっ!」
ザッザッザッ
鉄国少尉「行くぞっ! 防御抽出部隊っ!!
長槍装備で、左翼に集中した軽騎兵を叩くっ!
恐れるなっ! 敵の数はもはや我らと変わらぬっ!」
軍人子弟(同数だなどと……。乗せるのが上手いでござるね)
鉄国少尉「農民兵の諸君!! 頭を低くして槍を突き出せっ!
馬を恐れるな! 相手の剣は馬を下りない限り、
塹壕の中の諸君には届きはしないのだっ!」にやり
鉄国少尉「行くぞっ! 大地のためにっ!」
鉄国兵士・即席兵士「「「大地のためにっ!!」」」
947 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 15:07:08.33 ID:6HXLExsP
ザシュ! ザシュン!!
ズビシャッ! ガシュッ!!!
斥候「左翼の長槍部隊、敵と接触。敵前線膠着、崩壊の兆し」
軍人子弟「右翼もどうやら敵が退いた様子。
おのおの方っ! 今一度石弓の確認をっ!
――総攻撃の時は来たっ!!」
鉄国兵士 ガチャ、ジャキッ!
軍人子弟「敵はこの陣地の攻略を半ば以上断念し、
左翼に向かって流れているでござるっ!
この好機を生かすっ。照準! 馬の横腹、
および司令官が目視できれば司令官とおぼしき騎士!
連中は無防備に部隊の横っ腹をこちらに向けているっ!
転進中の後列から順次撃って、部隊を混乱に陥れよ!
左翼長槍部隊を助けるために、一兵でも多く倒すのだっ!
行くでござるっ! 一斉射撃ッ!!!」
ヒュダダン! ヒュダダンッ!!!
ヒュダダン! ヒュダダンッ!!!
軽騎兵「なっ!?」
ヒュダダン! ヒュダダンッ!!!
ヒュダダン! ヒュダダンッ!!!
軽騎兵「うわぁぁぁーっ!!」
973 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 17:30:49.98 ID:6HXLExsP
――魔王城、最下層、冥府殿
メイド長「なぜ出てこないんですか……。まおー様」
オオオオン!
オオオオオン!
メイド長「もう、一月ですよ? ――もう十分です。
これ以上の吸収は魂の構成因子さえ汚染されます。
何をやっているんですか」
オオオオ……オン!!!
オ……オオン
オン……
メイド長「鳴動が……」
きぃ
メイド長「止まりました……」
きぃ
メイド長「……」
ギギィィィィィ
974 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 17:32:14.96 ID:6HXLExsP
メイド長「まおーさま……?」
魔王「良い気分だ」
メイド長「まおーさま?」
魔王「どうしたんだー? メイド長−。きょとんとした顔をして」
メイド長「まおー、様?」
魔王「おなかも減った、疲れた。まったく酷い目にあった」
メイド長「……」
魔王「ふふん。もう大丈夫だ。戻ろう」
メイド長「どこへ?」
魔王「――戦場へ」 にたぁり
メイド長「うわぁぁぁっ!!」 ザシュッ!
魔王「くぅっ! 主人に手を挙げるとは、
しつけがなっていないぞ雌犬めっ」
メイド長「わたしのまおー様は! まおー様はっ!
魔王なんかじゃ、ないっ!!」 ヒュバッ!
キンッ! キンッ! ギキンッ!
魔王「どこから出した、その長剣……」
メイド長「わたしのまおー様は、そんな下卑た、物欲しげで
下品に笑ったりはしませんっ!」
976 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 17:33:51.10 ID:6HXLExsP
魔王「それは残念、可哀想に。これからはこの表情で笑うのだ」
メイド長「せりゃぁぁっ!!」 ザッ! シュバっ! ヒュインッ!
魔王「上級魔族並みか。
“技”とはすごいな、獣鬼にまさる我が筋力さえも凌ぐのか」
メイド長「まおー様っ! まおー様っ!!」
魔王「ええいっ! 間抜けな呼び方で我が名前を連呼するなっ!」
メイド長「あなたなどの名を呼ぶつもりはないっ。
わたしのまおー様は、マイマスターはただ1人っ」
魔王「こざかしいっ!」 ドシュっ!
メイド長「まおー様はっ。賢くて、聡明で、理知的で、
合理的で、冷静で、シニカルで、嫌って云うほど現実的なのに
はにかんだ笑顔は可愛らしいマイマスターっ。
だらしなくて着替えも洗濯もいやがって、
掃除も料理もろくに出来ない、わたしの選んだわたしの運命っ!」
魔王「これほどのっ……たかが魔族がっ」
メイド長「わたしはメイドですっ!!」 ギュバン!!
魔王「〜っ!」
メイド長「はぁっ、はぁっ、はぁ……」
魔王「はっ。手駒になると手加減すれば……」
978 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 17:34:36.24 ID:6HXLExsP
メイド長「っ!」ぞくっ
魔王「ふふん。……執事やしもべなどいくらでも作れる。
貴様の血液で喉を潤し、城へ戻るとしよう」
メイド長「……」じりっじりっ
魔王「死ぬが良いっ!!」
ガキィィッ!
メイド長「〜っ!! ま、お……」
魔王「ふっ。何処を狙っているのだ。相打ち狙いか?
……はははは、残念だな。我は無傷で、貴様の腕は。
ほれ。ここだ」
どしゃ
メイド長「はぁっ、はぁ……。まおー様?」
魔王「?」
メイド長「……ねぇ、まおー様?
もう一回だけ、がんばりましょうよ……。
ね? だって、あんなに黒くて、もふもふで、
温かそうだったじゃありませんか?」
魔王「なにを笑わせる」
メイド長「きゃー」
魔王「きゃぁ?」
979 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 17:35:53.29 ID:6HXLExsP
メイド長「そこでっ! あなたをっ! 投げるッ!!」
魔王「くっ、なんでっ。捉え……きれないっ!?」
メイド長「せぇい、やぁっ!!」 シュダン!!
魔王「突き飛ばし他くらいで何をっ」
ガチン! ゴゴゴゴ!!
メイド長「はぁっ、はぁ……。もう一度出てきたら
わたしは、死んじゃうのでしょうね……」
ギギギギギギギッ
魔王「ここはっ、玄室!? きさまっ!!」
ギギギギッ
メイド長「まおーさま。それでも、わたし待ってますから」
ギギッ
魔王「時間稼ぎかっ! ばかなっ!
判らんのか、この身体は我の物だっ! 我が魔王なのだっ!!」
ドォォーン!!
メイド長「はぁっ、はぁ……。痴れ者め……。うくっ。
まおー様は。……まおー様は。
あなたなんかより
――何十倍も強いのです」
つづく